説明

酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液、酸化物超電導薄膜層および酸化物超電導薄膜線材

【課題】MOD法を用いて、異相であるRE211の形成がない酸化物超電導薄膜を得て、所望する高い超電導特性を有する酸化物超電導薄膜線材を提供する。
【解決手段】塗布熱分解法を用いて、配向金属基材上に形成された中間層の上に、酸化物超電導薄膜層を形成するに際して使用される酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液であって、RE(希土類元素)およびBa(バリウム)、Cu(銅)の各有機金属化合物が、RE:Ba:Cu=X:2:3(0.8≦X<1.0)の比率で、溶媒に溶解されている酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液。塗布熱分解法を用いて、配向金属基材上に形成された中間層の上に形成された酸化物超電導薄膜層であって、膜内にREBaCu相が形成されていない酸化物超電導薄膜層。配向金属基材上に形成された中間層の上に、前記酸化物超電導薄膜層が形成されている酸化物超電導薄膜線材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗布熱分解法により高い超電導特性を有する酸化物超電導薄膜層の形成を可能とする酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液、前記原料溶液を用いて形成された酸化物超電導薄膜層、および前記酸化物超電導薄膜層が形成された酸化物超電導薄膜線材に関する。
【背景技術】
【0002】
液体窒素の温度で超電導性を有する高温超電導体の発見以来、ケーブル、限流器、マグネットなどの電力機器への応用を目指した高温超電導線材の開発が活発に行われている。中でも、基板上に酸化物超電導層を形成させた酸化物超電導薄膜線材が注目されている(例えば、特許文献1)。
【0003】
酸化物超電導薄膜線材の製造方法の1つに、塗布熱分解法(Metal Organic Deposition、略称:MOD法)がある(特許文献1)。
【0004】
この方法は、Y(イットリウム)などのRE(希土類元素)およびBa(バリウム)、Cu(銅)の各有機金属化合物(金属塩)を溶媒に溶解して製造された原料溶液(MOD溶液)を基板に塗布して塗布膜を形成した後、例えば、500℃付近で仮焼熱処理して、有機金属化合物を熱分解させ、熱分解した有機成分を除去することにより酸化物超電導薄膜の前駆体である仮焼膜を作製後、作製した仮焼膜をさらに高温(例えば750〜800℃付近)で本焼熱処理することにより結晶化を行って、REBaCu7−Xで表されるRE123超電導薄膜層を形成させて酸化物超電導薄膜線材を製造するものであり、主に真空中で製造される気相法(蒸着法、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法等)に比較して製造設備が簡単で済み、また大面積や複雑な形状への対応が容易である等の特徴を有しているため、広く用いられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−165153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来のMOD法を用いた酸化物超電導薄膜線材の製造においては、所定の組成で調製したMOD溶液を使用しているにも拘わらず、得られた酸化物超電導薄膜線材では所望する超電導特性に至っていないことがあった。
【0007】
このため、MOD法を用いながらも、所望する高い超電導特性を有する酸化物超電導薄膜線材を製造することができる技術が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題の解決について検討するに際し、先ず、従来のMOD法を用いて形成された酸化物超電導薄膜層につき、分析を行ったところ、酸化物超電導薄膜層には、RE123の他に、REBaCu(RE211)などの異相が形成されており、この異相の発生が、臨界電流密度Jcを低下させ、臨界電流値Icの伸びを制限していることが分かった。
【0009】
次に、本発明者は、RE211の発生原因について、種々の実験、検討を行い、その結果、MOD溶液の調製に原因があることが分かった。
【0010】
即ち、従来のMOD法においては、所望する超電導薄膜の組成に合わせて、RE:Ba:Cu=1:2:3(モル比)の組成となるように各有機金属化合物を秤量し、溶媒に溶解することにより、原料溶液(MOD溶液)を調製した後、配向金属基材上に形成された中間層の上に塗布し、仮焼熱処理、本焼熱処理を経て、RE123超電導薄膜層を形成していた。しかし、本焼熱処理の際、原料Baの一部が中間層を構成する化合物と反応して消費されるため、RE123超電導薄膜層の形成に充分なBa量を確保することができず、原料YやCuの一部が、RE211やCuOを生成する。そして、生成されたRE211は、臨界電流密度Jcを低下させるため、臨界電流値Icの伸びが制限されていた。
【0011】
具体的な一例としては、REとしてYを用い、中間層としてCeOを用いた場合、Y123の形成と並行して、Y211、BaCeO、CuOが生成される。この内、Y211はJcを大きく低下させるため、Icの伸びが制限される。
【0012】
そこで、本発明者は、RE211を生成する余剰のREが発生しないように、Baの消費を見込んで、REの配合比率を低く抑えたMOD溶液を調製することに思い至り、適切なRE量につき、さらに実験、検討を行った。
【0013】
この結果、MOD溶液の調製における各原料の適切な比が、RE:Ba:Cu=X:2:3(0.8≦X<1.0)であることが分かった。
【0014】
即ち、REの比率が0.8未満であると、RE211の形成は抑制されるものの、REの量が少なすぎるため、充分な量のRE123を形成させることができない。このため、高い超電導特性の酸化物超電導薄膜線材を得ることができない。
【0015】
一方、1以上であると、中間層を構成する化合物との反応に消費された残りのBa量に対してREが過剰となるため、RE211の形成を抑制することができず、やはり、高い超電導特性の酸化物超電導薄膜線材を得ることができない。
【0016】
本発明は、上記の知見に基づくものであり、請求項1に記載の発明は、
塗布熱分解法を用いて、配向金属基材上に形成された中間層の上に、酸化物超電導薄膜層を形成するに際して使用される酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液であって、
RE(希土類元素)およびBa(バリウム)、Cu(銅)の各有機金属化合物が、RE:Ba:Cu=X:2:3(0.8≦X<1.0)の比率で、溶媒に溶解されている
ことを特徴とする酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液である。
【0017】
本請求項の発明において、配向金属基材としては、2軸配向した配向金属基板が好ましく用いられ、具体的には、IBAD基板、Ni−W合金基板、SUS等をベース金属としたクラッドタイプの金属基板等を挙げることができる。
【0018】
中間層を形成する材料としては、酸化セリウム(CeO)、酸化イットリウム(Y)、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO)、酸化マグネシウム(MgO)や、バリウムジルコネート(BaZrO)、アルミン酸ランタン(LaAlO)等を挙げることができる。
【0019】
また、中間層は、一般的に、配向金属基材側から順に、種層(シード層)、拡散防止層(バリア層)、格子整合層(キャップ層)の3層構造で形成され、前記したBaとの反応は、主にキャップ層で発生する。キャップ層には、格子整合性の面より、一般的に、CeOが用いられる。なお、LSMO、STOなどをキャップ層に用いてもよい。なお、これらの中間層は、一般に、スパッタ法やPLD法などの気相法を用いて形成される。
【0020】
請求項2に記載の発明は、
請求項1に記載の酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液を用いて形成されていることを特徴とする酸化物超電導薄膜層である。
【0021】
前記したように、REの配合比率を低く抑えたMOD溶液を用いて形成された酸化物超電導薄膜層は、異相の発生が抑制されている。
【0022】
請求項3に記載の発明は、
塗布熱分解法を用いて、配向金属基材上に形成された中間層の上に形成された酸化物超電導薄膜層であって、膜内にREBaCu相が形成されていないことを特徴とする酸化物超電導薄膜層である。
【0023】
異相であるREBaCu(RE211)が形成されていない酸化物超電導薄膜層は、臨界電流密度Jcが低下せず、臨界電流値Icの伸びを充分に得ることができる。
【0024】
このような酸化物超電導薄膜層は、前記の酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液を用いることにより、得ることができる。
【0025】
請求項4に記載の発明は、
配向金属基材上に形成された中間層の上に、請求項2または請求項3に記載の酸化物超電導薄膜層が形成されていることを特徴とする酸化物超電導薄膜線材である。
【0026】
異相であるRE211の形成がない酸化物超電導薄膜層が形成された酸化物超電導薄膜線材は、臨界電流密度Jcが低下しないため、高いIcの酸化物超電導薄膜線材を提供することができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、MOD法を用いて、異相であるRE211の形成がない酸化物超電導薄膜層を得て、所望する高い超電導特性を有する酸化物超電導薄膜線材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の実施の形態における酸化物超電導薄膜線材の構成を模式的に示す断面図である。
【図2】本発明の実施の形態における酸化物超電導薄膜線材の異相の発生率と、MOD溶液中のYの組成比との関係を示す図である。
【図3】本発明の実施例および比較例における酸化物超電導薄膜層の表面の異相の発生状況を示すSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。
【0030】
以下に、有機金属化合物の組成を変えたMOD溶液を用いて、配向金属基材上に中間層を設けた配向金属基板の上に、MOD法により、Y123酸化物超電導薄膜層を形成させたY123酸化物超電導薄膜線材を例に挙げ、本発明をより具体的に説明する。
【実施例】
【0031】
1.Y123酸化物超電導薄膜線材の構成
図1は、Y123酸化物超電導薄膜線材の構成を模式的に示す断面図である。図1に示すように、配向金属基板3は、配向金属基材1上に、21、22、23の3層からなる中間層2を設けて構成されている。そして、配向金属基板3の上に、Y123酸化物超電導薄膜層4が形成されて、Y123酸化物超電導薄膜線材が構成されている。
【0032】
2.Y123酸化物超電導薄膜線材の作製
以下の手順により、実施例および比較例のY123酸化物超電導薄膜線材を作製した。
【0033】
(1)配向金属基材の準備
配向金属基材1としては、2軸配向したNi合金基板を用いた。
【0034】
(2)中間層の作製
前記配向金属基材1の上に、スパッタ法を用いて、配向金属基板1側から、Y/YSZ/CeOの順で、3層からなる中間層2を形成して、配向金属基板3とした。なお、第1層目21のYは120nm、第2層目22のYSZは440nm、第3層目(キャップ層)23のCeOは60nmの厚さで成膜した。
【0035】
(3)酸化物超電導薄膜層の作製
次に、中間層2の上に、MOD法を用いて、以下の要領で、1200nm厚の酸化物超電導薄膜層を作製した。
【0036】
(イ)MOD溶液の作製
Y、Ba、Cuの各アセチルアセトナート塩から出発してY:Ba:Cu=X:2:3の比率(モル比)で合成し、アルコールを溶媒としたMOD溶液を作製した。なお、Xは、表1の各実施例および比較例に示すYの組成比である。
【0037】
(ロ)塗膜作製工程
形成された中間層2の上に、前記MOD溶液を塗布し、乾燥させて塗膜を作製した。
【0038】
(ハ)仮焼熱処理工程
塗膜が形成された基板を、大気圧の空気雰囲気下、500℃、120分間の仮焼熱処理を行い、Y123仮焼膜を作製した。
【0039】
前記塗膜作製工程と仮焼熱処理工程とを8回繰り返し、1200nm厚のY123仮焼膜を作製した。
【0040】
(ニ)本焼熱処理工程
作製されたY123仮焼膜に対し、アルゴン・酸素混合ガス(酸素濃度100ppm)雰囲気下で、800℃、90分間の本焼熱処理を行い、1200nm厚のY123超電導薄膜層4を作製し、各実施例および比較例のY123酸化物超電導薄膜線材を得た。
【0041】
3.Y123酸化物超電導薄膜線材の評価
得られた各実施例および比較例のY123酸化物超電導薄膜線材について、以下の評価を行った。
【0042】
(1)Y211相の発生率
各実施例および比較例のY123酸化物超電導薄膜線材(各10個)について、それぞれ、Y123酸化物超電導薄膜層の表面をSEMにより観察して、Y211相の発生状況を確認し、Y211相が発生しているY123酸化物超電導薄膜線材の割合(Y211発生率)を求めた。結果を表1に示す。
【0043】
また、Yの組成比とY211発生率との関係を図2に示す。
【0044】
(2)超電導特性(Jc)
実施例および比較例で得られたY123酸化物超電導薄膜線材の超電導特性として、77K、自己磁場下におけるJcを測定した。結果を表1に示す。
【0045】
【表1】

【0046】
(3)考察
表1、図2より、Yの組成比が1.0以上であるか否かによって、Y123酸化物超電導薄膜線材におけるY211発生率が大きく相違していることが分かる。即ち、Yの組成比が1.0未満の実施例1〜3の場合、全てのY123酸化物超電導薄膜線材にY211が発生せず、一方、Yの組成比が1.0以上の比較例1〜3の場合、全てのY123酸化物超電導薄膜線材にY211が発生している。そして、これに伴い、Jcも大きく相違している。
【0047】
なお、表1には示していないが、本発明者は、Yの組成比が0.8未満、例えば0.75の場合、全てのY123酸化物超電導薄膜線材にY211の発生は見られないものの、Jcは0.0MA/cmとなり、実施例1〜3に比べ、低下していることを確認している。これは、Yの組成比が低すぎ、生成されるY123結晶自体が少なくなったものと思われる。
【0048】
次に、実施例1および比較例1で得られたY123酸化物超電導薄膜層の表面のSEM写真を図3に示す。図3において、(a)は実施例1、(b)は比較例1である。図3より、Yの組成比が適切なMOD溶液を用いて形成された実施例1のY123酸化物超電導薄膜層では、Y211相が形成されていなく、一方、Yの組成比が過剰なMOD溶液を用いて形成された比較例1のY123酸化物超電導薄膜層では、細長い形状のY211が多数形成されていることが分かる。
【0049】
以上より、Yの組成比Xが、0.8≦X<1.0であるMOD溶液を用いることにより、異相であるY211の発生が抑制されて、Jcが向上したY123酸化物超電導薄膜線材を作製できることが分かる。
【0050】
以上、本発明を実施の形態に基づき説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0051】
1 配向金属基材
2 中間層
21 第1層目中間層
22 第2層目中間層
23 第3層目中間層
3 配向金属基板
4 Y123酸化物超電導薄膜層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗布熱分解法を用いて、配向金属基材上に形成された中間層の上に、酸化物超電導薄膜層を形成するに際して使用される酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液であって、
RE(希土類元素)およびBa(バリウム)、Cu(銅)の各有機金属化合物が、RE:Ba:Cu=X:2:3(0.8≦X<1.0)の比率で、溶媒に溶解されている
ことを特徴とする酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液。
【請求項2】
請求項1に記載の酸化物超電導薄膜層形成用の原料溶液を用いて形成されていることを特徴とする酸化物超電導薄膜層。
【請求項3】
塗布熱分解法を用いて、配向金属基材上に形成された中間層の上に形成された酸化物超電導薄膜層であって、膜内にREBaCu相が形成されていないことを特徴とする酸化物超電導薄膜層。
【請求項4】
配向金属基材上に形成された中間層の上に、請求項2または請求項3に記載の酸化物超電導薄膜層が形成されていることを特徴とする酸化物超電導薄膜線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−221922(P2012−221922A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−90178(P2011−90178)
【出願日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】