説明

酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液

【課題】FF−MOD法を用いた酸化物超電導薄膜の製造において、Icが高い酸化物超電導薄膜を安定して得ることが可能となる技術を提供する。
【解決手段】塗布熱分解法により酸化物超電導薄膜を製造する際に使用される酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液であって、フッ素を含まない金属有機化合物を溶質とする溶液に、塩素が含有されている酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液。純金属イオン濃度に対する前記塩素の含有率が、0.05%〜5%である酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液。金属有機化合物が、希土類元素、バリウムおよび銅のそれぞれのアセチルアセトン金属錯体である酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液。酸化物超電導薄膜が、REBaCu7−Xの薄膜である酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗布熱分解法により酸化物超電導薄膜を作製する際に用いられる酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液に関し、詳しくは、超電導特性が優れた酸化物超電導薄膜を製造することができる酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物超電導薄膜を用いた超電導線材の一層の普及のため、臨界電流値Icをより高めた酸化物超電導薄膜の製造の研究が行われている。
【0003】
酸化物超電導薄膜の製造方法の1つに、塗布熱分解法(Metal Organic Deposition、略称:MOD法)と言われる方法がある。この方法は、金属有機化合物溶液を基板に塗布した後、金属有機化合物を例えば500℃付近で熱処理(仮焼)して熱分解させ、さらに高温(例えば800℃付近)で熱処理(本焼)することにより結晶化を行って、例えばREBaCu7−X(RE:希土類元素)で表される酸化物超電導体からなる酸化物超電導薄膜を製造するものであり、主に真空中で製造される気相法(蒸着法、スパッタ法、パルスレーザ蒸着法等)に比較して製造設備が簡単で済み、また大面積や複雑な形状への対応が容易である等の特徴を有している。
【0004】
そして、上記MOD法には、原料としてフッ素を含む有機酸塩を用いるTFA−MOD法(Metal Organic Deposition using TriFluoroAcetates)(非特許文献1)とフッ素を含まない金属有機化合物を用いるフッ素フリーMOD法(以下、「FF−MOD法」とも言う)とがある。
【0005】
一方、酸化物超電導薄膜は、例えば膜全体に亘りc軸配向している等、結晶配向性が揃っていなければ、超電導電流はスムースに流れず、臨界電流値Icは低くなる。このため、結晶化に際しては結晶を配向基板の配向性を受け継ぐエピタキシャル成長をさせる必要があり、基板から膜表面へ向けて結晶成長を進める必要がある。
【0006】
TFA−MOD法を用いると、面内配向性に優れた酸化物超電導薄膜を得ることができる。しかし、この方法では、仮焼時にフッ化物であるBaF(フッ化バリウム)が生成され、このBaFが本焼時に分解して危険なフッ化水素ガスを発生する。このため、フッ化水素ガスを処理する装置、設備が必要となる。
【0007】
これに対して、FF−MOD法は、フッ化水素ガスのような危険なガスを発生することがないため、環境にやさしく、また処理設備が不要であるという利点を有している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Takeshi Araki and Izumi Hirabayashi、「Review of a chemical approach to YBa2Cu3O7−x−coated superconductors−metalorganic deposition using trifluoroacetates」、Supercond.Sci.Technol.、16(2003)、R71−R94
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来のFF−MOD法では、例えば厚さが0.5μm以上の厚膜を作製する場合、充分に良好なIcを有する酸化物超電導薄膜が得られないという問題があった。
【0010】
そこで、本発明は、FF−MOD法を用いた酸化物超電導薄膜の製造において、Icが高い酸化物超電導薄膜を安定して得ることが可能となる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、厚膜の場合、何故Icが高い酸化物超電導薄膜を安定して得ることができないかについて鋭意検討した。その結果、仮焼熱処理工程において、金属有機化合物を熱分解させる際に生じるCOなどのガスによって、仮焼膜中には多くの空隙が生じていることが分かった。具体的には、図4は、FF−MOD法の仮焼膜の断面のSTEM写真であり、図4の黒い部分に空隙が生じていることが分かる。
【0012】
また、FF−MOD法の仮焼膜中にはCuの偏析が生じており、仮焼膜中における元素組成が不均一になっていることが分かった。具体的には図5は、FF−MOD法の仮焼膜の断面のEDX測定画像であり、図5の白い部分はCuであり、Cuが偏析していることが分かる。
【0013】
このように多くの空隙を有し、Cuが偏析した仮焼膜を本焼熱処理した場合、基板からの結晶成長が阻害されて、c軸配向の良好な酸化物超電導薄膜を得ることができない。薄膜の場合はあまり問題とならないが、仮焼膜を積層して厚膜化した場合、本焼熱処理したとしても、臨界電流値Icが高い酸化物超電導薄膜が得られない。
【0014】
以上の知見を基に、本発明者が鋭意検討の結果、フッ素を含まない金属有機化合物を溶質とした溶液に適量の塩素が添加された原料溶液を使用することにより、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。以下、各請求項の発明について説明する。
【0015】
請求項1に記載の発明は、
塗布熱分解法により酸化物超電導薄膜を製造する際に使用される酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液であって、
フッ素を含まない金属有機化合物を溶質とする溶液に、塩素が含有されていることを特徴とする酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液である。
【0016】
本請求項の発明においては、酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液が、フッ素を含まない金属有機化合物からなる溶質および塩素を含有しているため、フッ化水素ガスが発生しないという利点に加えて、厚膜であってもIcが高い厚膜の酸化物超電導薄膜を安定して得ることができる。
【0017】
即ち、塩素を含まない酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液を用いた塗膜を仮焼熱処理する場合、仮焼熱処理において前記金属有機化合物が熱分解されて、例えばY、CuO、CuO等の酸化物およびBaCOが生成する。これらの化合物の融点はそれぞれ2410℃、1235℃、1026℃、811℃(BaOとCOに分解)であり、いずれの化合物も融点が前記した本焼温度、例えば800℃より高いため、本焼熱処理において、仮焼膜に生成した空隙や組成の不均一が解消されることなく結晶化される。このため基板からの結晶成長が阻害されc軸配向した結晶が得られない。
【0018】
一方、本請求項の発明の酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液を用いた塗膜を仮焼熱処理する場合、前記の各酸化物などに加えて、YCl、CuCl、CuCl、BaCl等の塩化物が生成する。これらの塩化物の融点はそれぞれ721℃、430℃、498℃、962℃であり、BaClを除いて前記した本焼温度より低い融点を有している。
【0019】
このため、仮焼熱処理時、本焼熱処理時に生成する塩化物の一部は融液となり、仮焼膜に生成した空隙や組成の不均一を解消する役割を果たす。その結果、膜が緻密化すると共に、膜の組成が均一化されて、基板からの結晶のc軸成長が行われ、フッ化水素ガスが発生しないため、環境にやさしく、フッ化水素ガスの処理設備が不要であるというFF−MOD法の利点を有しながらIcが高い厚膜の酸化物超電導薄膜を得ることができる。
【0020】
なお、希土類元素REとしては、イットリウム(Y)、プラセオジウム(Pr)、ネオジウム(Nd)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、ホルミウム(Ho)、イッテルビウム(Yb)等を挙げることができる。
【0021】
また、溶媒としてはメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等の各種アルコールが、溶解度が高く高濃度溶液を作製しやすいといった観点から好ましく用いられる。
【0022】
請求項2に記載の発明は、
純金属イオン濃度に対する前記塩素の含有率が、0.05%〜5%であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液である。
【0023】
塩素の含有量が少なすぎる場合、充分な量の塩化物を生成させることができず、酸化物が多く生成されるため、空隙や組成の不均一を充分に解消することができず好ましくない。一方、塩素の含有量が多すぎる場合、塩化物を生成した後も塩素が残存しているため、危険な塩化水素ガスが発生する恐れがある。純金属イオン濃度に対する前記塩素の含有率が0.05%〜5%であるとこれらの問題が発生しない。
【0024】
請求項3に記載の発明は、
前記金属有機化合物が、希土類元素、バリウムおよび銅のそれぞれのアセチルアセトン金属錯体であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液である。
【0025】
アセチルアセトン金属錯体を溶質として使用した場合、c軸配向結晶が充分に成長した酸化物超電導薄膜を得ることができる。
【0026】
請求項4に記載の発明は、
前記酸化物超電導薄膜が、REBaCu7−Xの薄膜であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液である。
【0027】
REBaCu7−X(RE123)は高いJcおよびIcを有する酸化物超電導薄膜である。このため、このような酸化物超電導薄膜の作製に当たって、前記の原料溶液を用いることにより、より優れた超電導特性の酸化物超電導薄膜を製造することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、FF−MOD法を用いた酸化物超電導薄膜の製造において、Icが高い厚膜の酸化物超電導薄膜を安定して得ることが可能となる技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の一実施例のYBCO酸化物超電導薄膜の表面のSEM写真である。
【図2】比較例のYBCO酸化物超電導薄膜の表面のSEM写真である。
【図3】比較例の仮焼膜の空隙の存在、およびCuの偏析を説明するために、膜断面を模式的に表した図である。
【図4】従来のFF−MOD法により作製された仮焼膜の断面のSTEM写真である。
【図5】従来のFF−MOD法により作製された仮焼膜の断面におけるCuの分布を示すEDX測定画像である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
【0031】
[1]実施例
1.原料溶液の作製
本実施例は、YBCO(Y123)酸化物超電導薄膜に関する例である。
(1)アセチルアセトン金属錯体溶液の調製
Y、Ba、Cuの各アセチルアセトン金属錯体を、Y:Ba:Cuのモルが1:2:3となるように調整してメタノールに溶解し、純金属イオン濃度が1mol/Lであるアセチルアセトン金属錯体溶液を調製した。
【0032】
(2)塩素の添加
調製したアセチルアセトン金属錯体溶液に1mol/Lの塩酸を添加し、塩素を0.01mol/L(純金属イオン濃度に対して1%)含むYBCO酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液を調製した。
【0033】
2.YBCO酸化物超電導薄膜の作製
(1)仮焼成
調製した原料溶液をCeO/YSZ/CeO/Ni合金の基板上に塗布後、乾燥して塗膜を作製した。次に、作製した塗膜を大気雰囲気の下で、500℃まで20℃/分の昇温速度で昇温後、2時間保持後炉冷した。この工程を6回繰り返し行って厚さ1.2μmの6層構造(1層の膜厚は0.2μm)の仮焼膜を作製した。
【0034】
(2)本焼成
次に、作製した仮焼膜をアルゴン/酸素混合ガス(酸素濃度:100ppm、CO濃度:1ppm以下)雰囲気の下、10℃/分の昇温速度で770℃まで昇温させ90分間保持した。その後、酸素濃度100%雰囲気の下で炉冷し、膜厚が0.9μm(厚膜)のYBCO酸化物超電導薄膜を作製した。
【0035】
[2]比較例
塩素を添加しなかったこと以外は、実施例と同じ方法でYBCO酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液を調製した。その後、原料溶液を実施例と同じ基板に塗布後、実施例と同じ条件で仮焼および本焼を行い、YBCO酸化物超電導薄膜を作製した。
【0036】
[3]YBCO酸化物超電導薄膜の評価
(1)表面状態の観察
図1および図2は、それぞれ実施例および比較例のYBCO酸化物超電導薄膜の表面のSEM写真である。得られたYBCO(Y123)酸化物超電導薄膜の表面状態を、SEMにより観察したところ、実施例は、図1より、ほぼ均一な平滑面が形成されていることが確認できた。これに対して、比較例は、図2より、表面に荒れが生じていることが確認できた。
【0037】
(2)断面状態の観察
仮焼膜の断面状態を、STEMにより観察したところ、実施例の場合は、空隙が認められず、Cuの分布が一様であり、均一な組成であることが確認できた。これに対して、比較例の場合は、仮焼膜に多くの空隙が存在しており、Cuが偏析していることを示すCuリッチ部が確認できた。この様子を図3に示す。図3は比較例の仮焼膜の空隙の存在、およびCuの偏析を説明するために、膜断面を模式的に表した図であり、1はCuプア部、2は空隙、3はCuリッチ部である。
【0038】
(3)超電導特性およびYBCO(005)ピーク強度
(a)77K、自己磁場下において作製したYBCO酸化物超電導薄膜の超電導特性の一つとしてIcを測定した。また、X線回折(XRD)によりYBCO(005)ピーク強度を測定した。
(b)単位幅、即ち幅1cm当たりのIcおよびYBCO(005)ピーク強度の測定の結果を膜厚と併せて表1に示す。
【0039】
【表1】

【0040】
表1より、比較例では、Icが0で、YBCO(005)ピーク強度が低く、c軸配向していないことが分かる。これに対して、実施例では、Icが高く、YBCO(005)ピーク強度が高く、膜表面までc軸配向していることが分かる。
【0041】
このように、本発明の原料溶液を用いることにより、FF−MOD法でありながら優れた超電導特性の酸化物超電導薄膜を得ることができる。
【0042】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は、前記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、前記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0043】
1 Cuプア部
2 空隙
3 Cuリッチ部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗布熱分解法により酸化物超電導薄膜を製造する際に使用される酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液であって、
フッ素を含まない金属有機化合物を溶質とする溶液に、塩素が含有されていることを特徴とする酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液。
【請求項2】
純金属イオン濃度に対する前記塩素の含有率が、0.05%〜5%であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液。
【請求項3】
前記金属有機化合物が、希土類元素、バリウムおよび銅のそれぞれのアセチルアセトン金属錯体であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液。
【請求項4】
前記酸化物超電導薄膜が、REBaCu7−Xの薄膜であることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の酸化物超電導薄膜製造用の原料溶液。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−253764(P2011−253764A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−128049(P2010−128049)
【出願日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】