説明

金属保持器

【課題】保持器のポケットに転動体を保持させるにあたり、加締める工程を行わずに抜け止めとなる突部を組み立て前に形成し、その突部を高い精度で容易に小さく製造する。
【解決手段】円周方向に隣り合うポケット14間を仕切る壁13の内外径の少なくとも一方側の端部15に、工具31を当該壁13の円周方向中間部に当てて円周方向両側に引っ掻くことにより転動体21が上記一方側に引っ掛かる一対の突部を形成する。一対の突部18、18の間に転動体21が押し込まれることにより突部18、18が弾性変形を生じて転動体21がポケット14に入り、転動体21がポケット14に入った後は、突部18、18が弾性回復して抜け止めとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は金属保持器に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受を組み立てるとき、保持器のポケットから転動体が落ちないようにするため、従来は保持器に抜け止めが設けられている。これにより保持器、転動体、軌道輪をアセンブリとして取り扱える様にしている。
【0003】
例えば、図9(a)に示す保持器1は、円周方向に隣り合うポケット2間を仕切る壁3の内外径の一方側の端部を、転動体6をポケット2に入れた状態で、手作業で加締めることで、図9(b)のように変形させることにより、抜け止め4とすることができる(特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特開2007−170465号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、転動体をポケットに収めた後に個々のポケットの両側にある一対の突片をそれぞれ加締めなければならず、軸受の組み立て時の工数を増加させてしまっていた。
【0006】
また、保持器の製造時に抜け止めとなる突部を設けようとしても、鋳造や射出成形の場合は、小さく形成するほど精度管理が難しくなる。もみ抜き保持器の場合はポケット内側に突き出た抜け止めを形成するとポケット内面の切削加工が複雑になる。打ち抜き保持器のときは、ポケット内側に突き出た抜け止めに、パンチに耐え得る強度を要し、小さくするのには限界があった。
【0007】
そこで、この発明は、保持器のポケットに転動体を保持させるにあたり、加締める工程を行わずに抜け止めとなる突部を組み立て前に形成し、その突部を高い精度で容易に小さく製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、金属保持器の、円周方向に隣り合うポケット間を仕切る壁の上記内外径の少なくとも一方側の端部に、工具を当該端部の円周方向中間部に当てながら円周方向両側に引っ掻いて、上記転動体が上記一方側に引っ掛かる一対の突部を形成し、上記ポケットの内外径一方側から一対の突部の間に上記転動体が押し込まれることにより上記突部が弾性変形を生じて当該転動体がポケットに入り、当該転動体がポケットに入った後は、当該突部が弾性回復して抜け止めとなる構成の採用により、上記の課題を解決したのである。
【0009】
上記一方側の端部の中間部から円周方向両側に向かって引っ掻くことで突部を形成すれば、突部を組み立て前に一対で形成することができる。
一対の突部の間に上記転動体が押し込まれることにより上記突部が弾性変形を生じて当該転動体がポケットに入り、当該転動体がポケットに入った後は、当該突部が弾性回復して抜け止めとなる。
したがって、この構成によれば、従来のように抜け止めを加締めて形成することがなく、保持器のポケットに転動体を保持させるにあたり、加締める工程を行わずに抜け止めとなる突部を組み立て前に形成することができる。
【0010】
上記突部は、工具の幅や形状、引っ掻く際の力や深さ、速さが同一条件であれば再現性があり、その形状精度を管理することができる。突部の大きさは、上記の条件を調整することで精度管理を行ないながら適宜に変更することができる。また、上記突部は、上記壁の内外径の端部を引っ掻いて形成されるため、ポケット内面の形成と独立に可能であり、ポケット内面を切削加工した後に加工することができる。さらに、上記突部は、打抜き保持器としたとき、パンチに耐え得る大きさに制限されず、小さくすることができる。したがって、この構成によれば、上記突部を高い精度で容易に小さく製造することができる。
【0011】
上記突部は、上記壁の外径側の端部に形成すれば、径寸の大小を問わず、工具を当て易い。なお、上記壁の内径側の端部に工具を当てることができる限り、上記突部を壁の内径側の端部に形成することも可能である。
【0012】
上記壁の内外径の少なくとも一方側の端部は、塑性変形で突部を形成することが可能な金属で形成されていればよく、例えば、鉄又は鉄合金からなる鉄系材料や、銅又は銅合金からなる銅系材料を用いることができる。銅系材料を用いると、鉄系材料よりも柔らかいため、転動体をポケットに押し込む際に転動体が傷つきにくい。一方で、鉄系材料を用いると、銅系材料よりも硬いため、弾性力を高くすることができ、突部を小さくすることができる。
【0013】
なお、金属保持器とは、少なくとも上記端部が金属であればよく、その他の部分に樹脂材料など他の材料が合わさった複合的なものであってもよいし、全体が単一の金属材料であってもよい。
【0014】
上記転動体は、玉でもころでもよい。
【0015】
この発明にかかる金属保持器を用いれば、一方側の軌道輪と組み合わせた状態でポケットに収めた転動体を、突部が抜け止めとなるため非分離なものとすることができる。
【0016】
この発明にかかる金属保持器は、つの形保持器でも、かご形保持器でもよい。また、鉄板打ち抜き保持器やもみ抜き保持器、鋳造保持器などでもよい。
【0017】
用途としては、ラジアル軸受、スラスト軸受とを問わず、例えばアンギュラ玉軸受、深溝玉軸受け、円筒ころ軸受、円すいころ軸受に採用することができる。具体的には、工作機械主軸を支持する転がり軸受に好適である。この発明に係る保持器は、抜け止めとなる突部を従来より小さく形成することができ、保持器の軽量化を図って回転慣性力を小さくするのに都合がよいためである。また、抜け止めが小さくなれば、転動体とポケット内面間の隙間から潤滑剤がポケット内に入り込み易くなるためである。
【発明の効果】
【0018】
上記のように、この発明にかかる金属保持器は、軸受の組み立て前に容易な手順で抜け止めとなる突部を設けておくことができ、軸受の組立の際の工数を増加させることなく、保持器に転動体を保持させておくことができる。また、その突部の大きさや形状を高い精度で管理することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、この発明の実施形態を、添付図面を用いて説明する。図1(a)に、実施形態に係る保持器11の斜視図を示し、図1(b)に保持器11をアキシャル平面で切断した断面図を示す。
この保持器11は、円環部12から外径側へ拡径するように、中心軸周りの円周方向に一定間隔で突き出た仕切り壁13が形成されたつの形保持器であり、仕切り壁13間にポケット14が形成され、各ポケット14に玉からなる転動体21を入れるスラストアンギュラ玉軸受用のものである。
【0020】
図2(a)は、仕切り壁13を外径方向から見た拡大図を示す。また、図2(b)は図1(b)の断面を拡大して示す。さらに、図3は、図1(a)の円周部分の一部を拡大した斜視図を示す。
仕切り壁13の外径側の端部は、中心軸周りの円筒面に従う最大外径面15と、そのアキシャル方向の一端から縮径する斜面16とからなっている。
【0021】
それぞれの最大外径面15に、円周方向に延びる溝17が形成されている。溝17の円周方向延長上に一連で、最大外径面15の円周方向端に形成された弧状縁15aから円周方向ポケット14内側に突き出る突部18が形成されている。
【0022】
ポケット14に転動体21を入れる際は、内輪22と保持器11とを図4のように配置するようになっている。
【0023】
転動体21をポケット14に収める様子を、図5にラジアル断面で示す。転動体21をポケット14に対して保持器外径側からポケット14内に向かって径方向に押し込むと、ポケット14の内側に突き出る一対の突部18、18間に転動体21が入り込み、突部18、18が転動体21に押されることで弾性変形させられ、その結果、転動体21が突部18,18間を通過する。その状態を図5(a)中に破線で示す。転動体21がポケット14に入った後は、突部18、18は弾性回復する。この状態を図5(b)に示す。
【0024】
図5(b)に示す状態では、転動体21は内輪22の軌道22aとポケット14の底部19に支えられるとともに、突部18が抜け止めとなり、脱落しなくなっている。このため、保持器11と転動体21と内輪22とをアセンブリとして取り扱うことができ、保持器11の全てのポケット14に転動体21を入れた後、外輪23の軌道23aを転動体21に軸方向から当てることで、スラストアンギュラ玉軸受を容易に組み立てることができる。
【0025】
なお、突部18は、弾性変形することで一対の突部18、18間に転動体21を通過させることが可能であるとともに、弾性回復後は抜け止めとなる大きさである。具体的には、直径8〜10mm程度の転動体21を用いる際の、一対の突部18の弾性変形幅の合計は、銅系材料である場合には0.2mm程度であり、鉄系材料である場合には0.1mm程度である。
【0026】
この溝17及び突部18の形成方法について、図6及び図7を用いて説明する。図6は図2(b)と同じ断面視である。図7は図6の左側の側面を示す。
仕切り壁13の最大外径面15の円周方向中間点20に、溝掘り工具31の先端を当て、ポンチのごとく内径側に凹ます。その状態で円周方向一方側に、保持器11と溝掘り工具31を相対回転させる。溝掘り工具31の先端が最大外径面15を引っ掻き、最大外径面15の表面を塑性変形させて溝17を形成することにより、最大外径面15からポケット14の内側に肉部をはみ出させ、突部18を形成する。相対回転させた保持器11と溝掘り工具31を逆方向に相対回転させて元の位置関係に戻し、今度は円周方向他方側に引っ掻いて、同じように突部18を形成することができる。この円周方向両側への加工を全ての仕切り壁13について行い、全てのポケット14に一対の突部18を形成させる。
【0027】
なお、最大外径面15の円周方向幅が溝掘り工具31の先端の大きさに対して十分に大きい場合は、溝掘り工具31を当てる箇所は円周方向中間点20でなくてもよく、二つの点から円周方向逆方へ引っ掻いて突部18、18を形成してもよい。具体的には、中間点20近傍の中間部の、中間点20に対して円周方向線対称な二点のうちの一点に溝掘り工具31の先端を当て、近い側のポケット14に向かって引っ掻いて突部18を形成する。次に、溝掘り工具31を一旦最大外径面15から離した後、もう一点に当て直し、逆方向のポケット14に向かって引っ掻いて突部18を形成する。
【0028】
上記の突部18の、縁15aからはみ出したはみ出し幅は、最大外径面15を引っ掻く際の深さと力、速さ、溝掘り工具31の先端部分の大きさ及び形状によって調整することができる。すなわち、溝掘り工具31によって、突起18の長さ、大きさを高い精度で調整することができる。
【0029】
図8は、工作機械主軸41をハウジング42に対して回転自在に支持する転がり軸受40の形態を示す。この転がり軸受40は、主軸41に嵌合される内輪22とハウジング42に嵌合される外輪23とを有し、外輪23が複列の軌道輪とされ、一対の内輪22,22間に内輪間座24が介在された構成になっている。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】(a)実施形態に係る保持器の斜視図、(b)(a)のアキシアル断面で示す縦断正面図
【図2】(a)図1の仕切り壁を保持器外径側から示した拡大図、(b)図1(b)の仕切り壁付近の拡大図
【図3】図1(a)の仕切り壁付近の拡大図
【図4】一の実施形態をスラストアンギュラ玉軸受に組み込んだ際のアキシアル断面図
【図5】(a)図1のポケットに転動体を一対の突部間に押し込む様子を示す作用図、(b)(a)の状態からポケットに転動体が入れ終えた状態を示す作用図
【図6】図1の仕切り壁の端部に突部を形成する様子をアキシアル方向断面で示す作用図
【図7】図6の状態を保持器の左側面から示した作用図
【図8】実施形態に係る保持器を用いる転がり軸受で工作機械の主軸を支持する状態を示す断面図
【図9】(a)従来の保持器の加締め工程前の様子を示す概略図、(b)(a)の状態から加締め工程を施した様子を示す概略図
【符号の説明】
【0031】
11 保持器
12 円環部
13 仕切り壁
14 ポケット
15 最大外径面
17 溝
18 突部
19 底部
20 中間点
21 転動体
22 内輪
23 外輪
24 内輪間座
31 溝掘り工具
40 転がり軸受
41 主軸
42 ハウジング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心軸周りの円周方向に転動体を入れるポケットが並び、上記転動体をポケットの内外径の少なくとも一方側に抜け止めした金属保持器において、
円周方向に隣り合うポケット間を仕切る壁の上記内外径の少なくとも一方側の端部に、工具を当該端部の円周方向中間部に当てながら円周方向両側に引っ掻いて当該端部を塑性変形させることにより、上記転動体が上記一方側に引っ掛かる一対の突部を形成し、
上記ポケットの内外径一方側から一対の突部の間に上記転動体が押し込まれることにより上記突部が弾性変形を生じて当該転動体がポケットに入り、当該転動体がポケットに入った後は、当該突部が弾性回復して抜け止めとなることを特徴とする金属保持器。
【請求項2】
上記壁の外径側の端部に上記突部を形成したことを特徴とする、請求項1に記載の金属保持器。
【請求項3】
上記壁が銅系材料からなることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属保持器。
【請求項4】
上記壁が鉄系材料からなることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属保持器。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の保持器と、上記転動体と、一方側の軌道輪を非分離とした転がり軸受。
【請求項6】
工作機械主軸とハウジング間に組み込み、前記工作機械主軸を前記ハウジングに対して回転自在に支持する、請求項5に記載の転がり軸受。
【請求項7】
中心軸周りの円周方向に転動体を入れるポケットが並び、上記転動体をポケットの内外径の少なくとも一方側に抜け止めする金属保持器の製造方法であって、
円周方向に隣り合うポケット間を仕切る壁の上記内外径の少なくとも一方側の端部に、工具を当該端部の円周方向中間部に当てながら円周方向両側に引っ掻いて当該端部を塑性変形させることにより、上記転動体が上記一方側に引っ掛かる一対の突部を形成し、この突部により抜け止めを実現する金属保持器の製造方法。
【請求項8】
上記工具により、一定の深さで上記端部に溝を掘ることにより、一定の大きさの上記突部を形成させることを特徴とする請求項7に記載の金属保持器の製造方法。
【請求項9】
上記壁の外径側の端部に上記突部を形成することを特徴とする請求項7又は8に記載の金属保持器の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−185983(P2009−185983A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−29180(P2008−29180)
【出願日】平成20年2月8日(2008.2.8)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】