説明

鉄−リン電気めっき浴および方法

【課題】クラックキングがほとんどまたは全く発生せず、アニーリング状態で付着性の消失をほとんどまたは全く示さない合金析出物を生成し得る鉄−リン電気めっき浴を開発すること。
【解決手段】1つの実施形態においては、本発明は、(A)鉄が電解で析出し得る少なくとも1つの化合物と、(B)ホスフィン酸イオンと、(C)スルホアルキル化ポリエチレンイミン、スルホン化サフラニン染料、およびメルカプト脂肪族スルホン酸もしくはそのアルカリ金属塩から選択される硫黄含有化合物とを含む、水性で酸性の鉄リン浴に関する。任意で、本発明の水性で酸性の鉄リン浴は、アルミニウムイオンをさらに含む。本発明の方法によって基板上に析出される合金は、鉄、リンおよび硫黄の存在を特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄−リン電気めっき浴、および当該浴から電着した、耐久性のある合金に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、電気めっきした鉄−リン膜は、電気めっきした鉄膜比べて高い硬度を有する。それ故に、アルミニウム合金のピストン、シリンダー等を、耐磨耗性および耐擦傷性を向上させるため、鉄リン合金でめっきすることが知られている。従来技術において知られている鉄−リン電気めっき浴は、一般的に、鉄(II)イオン、ホスフィン酸もしくはホスフィン酸塩を含み、さらに、ホウ酸、塩化アルミニウム、塩化アンモニウム、錯化剤等の他の任意の材料を含み得る。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来いわれている鉄−リン電気めっき浴の多くに付随する問題の1つは、析出した合金のクラッキングと基板への付着性の消失である。合金にクラックが存在すると硬度が低下し、また、合金めっき仕掛かり品の靭性を低下させる傾向にある。それ故に、クラックキングがほとんどまたは全く発生せず、アニーリング状態で付着性の消失をほとんどまたは全く示さない合金析出物を生成し得る鉄−リン電気めっき浴を開発することが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
1つの実施形態においては、本発明は、
(A)鉄が電解で析出し得る少なくとも1つの化合物と、
(B)ホスフィン酸イオンと、
(C)スルホアルキル化ポリエチレンイミン、スルホン化サフラニン染料、およびメルカプト脂肪族スルホン酸もしくはそのアルカリ金属塩から選択される硫黄含有化合物とを含む、水性で酸性の鉄リン浴に関する。
任意で、本発明の水性で酸性の鉄リン電気めっき浴は、さらに、アルミニウムイオンを含み得る。
【0005】
また、本発明は、
(A)上記の酸性で水性の電気めっき浴を準備する工程と、
(B)前記浴を用いて基板上に合金を電着させる工程とを含む、
導電基板上に鉄−リン合金を電着する方法に関する。
本発明の方法によって基板上に析出される合金は、鉄、リンおよび硫黄の存在を特徴とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
1つの実施形態においては、本発明は、
(A)鉄が電解で析出し得る少なくとも1つの化合物と、
(B)ホスフィン酸イオンと、
(C)スルホアルキル化ポリエチレンイミン、スルホン化サフラニン染料、およびメルカプト脂肪族スルホン酸もしくはそのアルカリ金属塩から選択される硫黄含有化合物とを含む、水性で酸性の鉄リン浴に関する。
【0007】
前記電気めっき浴における鉄源は、硫酸鉄(II)、塩化鉄(II)、フッ化ホウ素酸鉄(II)、スルファミン酸鉄(II)、メタンスルホン酸鉄(II)、およびこれらの混合物などの当業界で公知で任意の鉄源を採用し得る。1つの実施形態においては、鉄源は、塩化鉄(II)と硫酸鉄(II)との混合物である。めっき浴における鉄(II)イオンの含有量は、1l当たり、約20g〜約120gの範囲、または約0.5モル〜鉄(II)イオンおよび上記めっき浴についての飽和限界(約2モルまでの鉄(II)イオンであり得る)の範囲である。別の実施形態においては、めっき浴における鉄(II)イオンの濃度は、浴1l当たり約20〜約80gである。
【0008】
ホスフィン酸(HPO)およびアルカリ金属ホスフィン酸塩は、本発明の電気めっき浴中のホスフィン酸イオン源として有用である。1つの実施形態においては、浴中のホスフィン酸イオン源は、ホスフィン酸とアルカリ金属ホスフィン酸塩との混合物である。有用なホスフィン酸塩の例としては、ナトリウム塩(NaHPO)、カリウム塩(KHPO)等が挙げられる。本発明のめっき浴におけるホスフィン酸イオンの濃度は、めっき浴から析出する鉄−リン合金中のリンの量を決定する。浴中に含まれるホスフィン酸もしくはアルカリ金属ホスフィン酸塩の量は、約0.01〜約15g/lで変化し得、本発明のめっき浴中のリン含有量は、めっき浴1l当たり約0.2〜約8gの範囲であり得る。別の実施形態においては、ホスフィン酸イオンおよびホスフィン酸の合計は、約0.005と0.1モルとの間であり得、さらに別の実施形態においては、約0.01〜約0.07モルであり得る。電気めっき浴中のホスフィン酸およびホスフィン酸塩の具体的な量は、析出する鉄−リン合金の所望のリン含有量に応じて変化する。
【0009】
上述のように、本発明の水性で酸性の鉄リン浴は、さらに、スルホアルキル化ポリエチレンイミン、およびメルカプト脂肪族スルホン酸もしくはそのアルカリ金属塩から選択される硫黄含有化合物を含む。より十分に後述するが、これらの硫黄含有化合物が電気めっき浴に導入されると、当該浴から、優れた鉄−リン合金が電導基板上に析出すること、および、この改良された合金は、電気めっき浴の従来技術で通常用いられている錯化剤を含まなくてもよい本発明の電気めっき浴から得られること、が見出された。1つの実施形態においては、メルカプト脂肪族スルホン酸およびそのアルカリ金属塩は、下記式(1)で表され得る。

Y−S−R−SOX (1)

ここで、Xは水素またはアルカリ金属であり、Rは1〜約5個の炭素原子を含むアルキレン基であり、Yは水素、S−R−SOX、C(S)NR”、C(S)OR” 、C(NH)NR” 、または複素環基であり、R”はそれぞれ独立して水素または1〜約5個の炭素原子を含むアルキル基である。
別の実施形態においては、Rは水素または1〜3個の炭素原子を含むアルキレン基であり、R”は水素またはメチル基である。
【0010】
様々な実用的なメルカプト脂肪族スルホン酸およびそのアルカリ金属塩は、Raschigから入手できる。具体例としては、メルカプトプロピル硫酸ナトリウム(MPSといわれる);ビス−(ナトリウム スルホプロピル)−ジスルフィド(SPS);N,N−ジメチル−ジチオカルバミル プロピル硫酸ナトリウム塩(DPS);3−(ベンゾチアゾリル−2−メルカプト)−プロピル硫酸ナトリウム塩(ZPS);O−エチルジチオカーボナート)−S−(3−スルホプロピル)−エステルカリウム塩(OPX);3−S−イソチウロニウムプロピル硫酸塩(UPS)が挙げられる。本発明の鉄−リン電気めっき浴に加えられる硫黄含有化合物はまた、例えば、RaschigからLeveller 135 CUと称する水溶液として市販されているスルホプロピル化ポリエチレンイミンであり得る。別の使用される硫黄含有化合物は、例えば、Clariantから市販されているスルホン化サフラニン染料である。
【0011】
本発明の電気めっき浴中に含まれる硫黄含有化合物の量は、浴1l当たり、約0.001〜約0.5gで変化し得る。別の実施形態においては、電気めっき浴中に含まれる硫黄含有化合物の量は、浴1l当たり、約0.01〜約0.1gの範囲であり得る。
【0012】
別の実施形態においては、本発明の電気めっき浴は、さらに、アルミニウムイオンを含み得る。電気めっき浴中に含まれ得るアルミニウムイオン源の例としては、硫酸アルミニウム、塩化アルミニウム等が挙げられる。本発明のめっき浴中に存在し得るアルミニウムイオンの量は、浴1l当たり、約0.1〜約10gの範囲であり得る。別の実施形態においては、約1〜約5g/lのアルミニウムイオンを含み得る。
【0013】
本発明の電気めっき浴は、錯化剤および/または安定剤として機能する化合物を含み得る。しかし、この発明のめっき浴の特徴の1つは、優れた特性を有する析出合金が、浴中にどんな安定剤も錯化剤も含まれていなくても得られ得ることである。場合によっては、浴中に当業界で公知の安定剤および錯化剤が含まれ得る。このような化合物の例としては、グリシン、B−アラニン、DL−アラニン、コハク酸、L−アスコルビン酸、グルコン酸、シュウ酸等が挙げられる。
【0014】
本発明のめっき浴は、さらに、金属、水不溶性の無機および有機微粒子ならびにファイバーから選択される水不溶性材料を1つ以上含み得る。水不溶性材料の例としては、Pb、Sn、Mo、Cr、Mo−Ni、Al−Si、Fe−Cr、Pb−Sn、Pb−Sn−Sb、Pb−Sn−Cu等の金属微粉;Al、SiO、ZrO、TiO、ThO、Y、CeO等の酸化物;Si、TiN、BN、CBN等の窒化物;TiC、WC、SiC、Cr、BC、ZrC等の炭化物;ZrB、Cr等のホウ化物;フッ素化グラファイト、ナノダイアモンド等の炭素同素体;MoS等の硫化物;その他の無機微粒子;ポリテトラフルオロエチレン、エポキシ樹脂、およびゴムラテックス等のフッ化樹脂;その他の有機微粒子;および、ガラスファイバー、ナノチューブを含むカーボンファイバー、各種金属ウィスカー、および金属−ポリマー両親媒性物質を含むその他無機および有機のファイバーが挙げられる。これらの中でも、特に摺動部材をめっきすることを意図する場合には、硬い、もしくは潤滑性の材料が、用いられ得る。有用なフッ化樹脂粒子の1つの例は、水性ポリテトラフルオロエチレン分散体である、Shamrock Technical社のFluoro A650である。
【0015】
本発明の実施で用いられる微粒子は、好ましくは0.01〜200μm、さらに好ましくは0.1〜20μmの平均粒径を有し得、ファイバーは、好ましくは0.01〜2000μm長さであり得、さらに好ましくは0.1〜60μm長さである。微粒子および/またはファイバーは、好ましくは5〜500g/lの量でめっき浴に加えられ得、さらに好ましくは20〜100g/lである。
【0016】
上述の微粒子またはファイバーの分散体を有する複合めっき浴から得られるめっき膜は、微粒子またはファイバーが共析出および分散しているマトリックス相として、鉄−リン析出物を有する。共析出する微粒子またはファイバーはそれ自身固有の特性を膜全体に加える一方で、鉄−リン析出物のマトリックス相は、それ自身の優れた力学的性質を維持する。
【0017】
さらに、本発明のめっき浴には、より一層の耐磨耗性を有する混合めっき膜を得るために、水溶性チタン化合物および/またはジルコニウム化合物を加え得る。ここで用いられ得るチタンおよびジルコニウム化合物としては、例えば、NaTiF、KTiF、(NHTiF、Ti(SO、NaZrF、KZrF、(NHZrF、Zr(SO・4HO等、および、これらの混合物が挙げられる。加えられるチタンもしくはジルコニウム化合物の量は、めっき溶液1l当たりのチタンもしくはジルコニウム元素で計算すると、0.05〜10gであり得、さらに好ましくは0.1〜5gである。これより少量のチタンもしくはジルコニウム化合物は、得られるめっき膜の耐摩耗性の向上に効果的ではない。これより大量の場合、チタンもしくはジルコニウム化合物は、浴中に溶解するというよりも浴中に浮遊し、その結果、めっき膜表面に付着して、外観および耐摩耗性を損ねるザラザラした質感を与える。
【0018】
本発明の電気めっき浴のめっき中のpHは、約0.5〜約5の間であり得る。別の実施形態においては、めっき中のめっき浴のpHは、約0.8〜約2.5もしくは約1.5〜約2.0の範囲であり得る。1つの実施形態においては、めっき中の浴の温度は、約10と80℃との間であり、多くの場合、約40〜約60℃である。
【0019】
有用な鉄−リン合金は、広範囲の電流密度にわたって、本発明のめっき浴から析出し得る。1つの実施形態においては、当該合金は、約0.5〜約300A/dmもしくは約50〜約100A/dmの電流密度で本発明の電気めっき浴から析出する。
【0020】
本発明の電気めっき浴から析出する鉄リン合金の厚みは、約1〜約250μmの範囲であり得、別の実施形態においては、約10〜150μmであり得る。
【0021】
以下の実施例は、本発明の電気めっき浴を示し、別段の表示がなければ、全ての部および%は重量基準であり、温度は摂氏温度であり、圧力は大気圧もしくは大気圧近傍である。実施例は例示的であり、範囲の限定を意図するものではない。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
【表3】

【0025】
【表4】

【0026】
1つの実施形態においては、本発明のめっき浴は、鉄、鋼鉄、アルミニウム等の様々な導電基板上に鉄−リン合金を析出させるのに有用である。それ故に、本発明のめっき浴は、小さな部品、積層材料、プレート、線材、摺動部材等の上に鉄−リン合金を析出させるのに有用である。摺動部材の代表例としては、高ケイ素アルミニウム合金のシリンダーの底部で摺動するように作動させるピストンのスカートである。摺動材料としては、マグネシウム合金、ねずみ鋳鉄、バネ鋼、特殊鋼およびステンレス鋼が挙げられる。本発明の電気めっき浴でめっきされ得る摺動部材の他の例としては、ピストン、ピストンリング、ピストン棒、ベアリング、ボアードシリンダー、シャフト、クラッチハウジング、クラッチダイアフラム、ばね等が挙げられる。
【0027】
本発明の硫黄含有化合物を含む浴で得られる改良点を示すために、比較めっき浴は、硫黄化合物MPSを含まないこと以外は上記実施例1および4と同様に調製した。
【0028】
【表5】

【0029】
【表6】

【0030】
4032アルミニウム合金の仕掛かり品、0.8と1.2cmの間の径を有するAISI O1(UNS T 31501)油焼き入れの特殊鋼合金棒(心棒)、もしくは、6inch×2.5inchの固定鋳造アルミニウムADC12合金パネルは、約50℃の温度、電流密度10A/dmの直流下で、実施例1、4および比較例1、2のめっき浴で電気めっきする。約3.6m/分の溶解速度を供給するため、心棒は約1000rpmで回転され、また、陽極はポリプロピレンでバッグされた鋼帯(polypropylene bagged steel strips)である。全ての試験で、1時間当たり約10の回転率で溶液を継続的に循環させる。
【0031】
代表的な鉄鋼およびアルミニウムの加工手順は、
(1)320、400および600グリットのサンドペーパーで、心棒を順次磨く
(2)心棒の重さを量る
(3)めっきされない領域にテープを貼り、めっきされる領域を注意して測る
(4)高温アルカリ電気洗浄剤中の標準液浸に続き、冷水洗浄(CWR)、希塩酸中の短時間の液浸、および、2回目の冷水洗浄により、めっき用の鋼鉄の心棒を準備する
(5)標準二重亜鉛酸塩処理により、めっき用のアルミニウム心棒およびパネルを準備する
である。
【0032】
めっきが終了した後、心棒もしくはパネルは、取り除かれ、洗浄され、テープを除去され、乾燥され、それから再び秤量される。合金の形態は走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察され、組成はエネルギー分散分光法(EDS)によって、場合によっては、X線光電子分光法もしくはプロトン励起X線放射(immision)により測定される。電流効率は、測定された合金組成と、このような合金についてファラデーの法則およびModern Electroplating 第4版中の表を用いて、電流と時間との積から得られる重量とから理論重量増加率を決定することに基づいて計算される。クラックの総数は、光学顕微鏡法(OM)を用いて表面を観察することにより得られる。合金相は、CuKαX線源の粉末X線回折により決定される。接着性は、切り取り試片もしくは心棒を鋭い回転研磨機に打ちつけて、打ちつけられた部分に隣接する打ちつけられていない部分の基材がどの程度露出するかを観察することにより、または、300℃まで切り取り試片を加熱して、室温の水に投入して急冷して、ふくれもしくは他のはがれ(decohesion)の兆候について被覆層を観察することにより評価される。析出厚みは、金属組織断面から得られ、硬度は微小硬さ試験機で断面被覆層を測定することにより決定される。OMおよびSEMは代表的な断面の観察方法として用いられる。
【0033】
硫黄含有化合物を含まない比較例と比較して硫黄修飾した電気めっき浴の作用を評価するため、いくつかの試験が行われ、ここで、心棒もしくはパネルはアニール前後に試験される。すべてのケースにおいて、アニール炉は予備加熱され、試料が導入され、示された温度で30分間保持される。その後、試料は炉から取り出され、室温環境下に急激に(ballistically)冷却され、Kimax観察ガラスの上に置かれる。析出物のビッカーズ硬度は決定される。これらの試験の結果を表Iにまとめる。これらの結果からわかるように、実施例1および実施例4の浴で得られた析出物の初期硬度は、硫黄化合物を含まない比較例で得られたものよりも高い。比較例の析出物をアニールした場合、著しい硬度の増加がある。その一方で、実施例1および4の浴から得られた析出物のアニール処理は、硬度の著しい増加はもたらさない。
【0034】
【表7】

【0035】
上述したように、本発明の電気めっき浴から析出する合金は、鉄、リンおよび硫黄を含む。合金中で観測されるリンの量は、溶液中に含まれるホスフィン酸の量および電流密度によって直接的に変化する。このことは、本発明の様々な量のホスフィン酸を含む電気めっき浴を用いた実験および試験の結果からわかり得る。実施例11〜15では、実施例1において調製されるめっき浴を、リンの量を1l当たり0.016〜0.065モルの範囲で含むように変えて、4032アルミニウム棒もしくは心棒は、3つの異なった電流密度:10A/dm、20A/dm、30A/dmで電気めっきされる。得られる析出物はリン百分率で分析される。表IIにまとめられた結果は、析出物のリン含有量が電気めっき浴中のホスフィン酸濃度に伴って変化することを示す。さらに、析出物の硬度は試験されたレベルではリン含有量の増加に伴い概ね増加することを示す。
【0036】
【表8】

【0037】
1つの実施形態においては、本発明の電気めっき浴を使って得られる鉄−リン合金は、約70〜約99原子百分率の鉄、約1〜約30原子百分率のリンおよび約0.1〜約0.5原子百分率の硫黄を含む。別の実施形態においては、当該合金は、約92〜約98原子百分率の鉄、約1.7〜約7.5原子百分率のリンおよび約0.1〜約1.2原子百分率の硫黄を含む。
【0038】
EDSは、4032アルミニウム心棒の上に析出された実施例1および4のめっき浴からの析出物の断面のリンおよび硫黄の濃度を決定するのに用いられる。実施例1および実施例4のめっき浴で得られる析出物は、断面全体で優れた均一性を示し、当該合金中に硫黄が検出される。合金中の硫黄の確認は、プロトン励起X線分光法(PIXE)およびX線光電子分光法(XPS)を用いて行われる。
【0039】
実施例1および4の浴から析出する析出合金の接着性は、脂肪族硫黄含有化合物MPSの存在により向上される。このことは、実施例1および4の電気めっき浴から得られる析出物と、比較例1および比較例2の浴から得られる析出物との接着性を、それぞれ比較することにより証明される。2種類の接着性は、鉄鋼およびアルミニウムの心棒について調べられる。1つ目の接着性は、300℃まで加熱し、熱い棒および被覆層を約10℃の水に突っ込むことにより生じるふくれの観察である。2つ目の接着性試験は、砥石車に供された領域の端から被覆が剥がれ落ちたところまでの距離の観察である。最善の調製サイクルを得るためのいくつかの実験後、実施例1の浴からの析出物と比較例1の浴からの析出物との比較では、鋼鉄もしくはアルミニウム棒の85%以上が優れた接着性を示す一方で、比較例1の浴で被覆された鋼鉄およびアルミニウム棒の38%しか優れた接着性を示さない。実施例4の浴からの合金析出物は、鋼鉄の上で優れた接着性を示さないが、実施例4のめっき浴によるアルミニウム心棒については優れた接着性が試験の80%以上について得られる。一方、比較例2の浴の析出物については、優れた接着性は試験の30%についてしか得られない。
【0040】
実施例1のめっき浴で得られた合金析出物の結晶系が決定された。実施例1の浴の鉄−リンで被覆された切り取り試片が、TEM、XRPDおよびSEMを用いて観察され、これらの結果は、析出物が非晶質FePマトリックス中に存在する50〜100nmの超微粒子α−鉄の混合物であることを示す。この析出物をアニール処理なしで1年以上室温に放置し、標準的な粉末X線回折を用いて測定してできたての析出物と比較した場合、当該析出物は非晶質シグナルが減少し、α−鉄のシグナル強度が増加する。できたておよび室温で放置された析出物はいずれも、アニール後、結晶系において劇的な変化を示す。アニール試験は、200℃、350℃、500℃および600℃の温度で行われる。350℃を超える温度で30分を超えてアニールされ、次いで冷却された試料は、さらなる結晶系変化を示さない。
【0041】
さらに、析出物の微小割れは、電気めっき浴中の硫黄含有化合物の存在によって影響されることが示された。硫黄含有化合物を含まない場合(比較例1および2)、鉄−リン析出物は、アニール後、クラック数は大幅に増加し、表面の断面は、アニール後のクラックはずっと大きくてしばしば基材が露呈していることを示す。本発明の電気めっき浴で得られる析出物、例えば、実施例1および実施例4の析出物は、アニール後のクラック数において変化を示さず、クラック幅の平均は増加せず、表面から基材に伸びているクラックは稀である。
【0042】
さらに、上述したように本発明のめっき浴において硫黄含有化合物の存在が浴に安定性の向上をもたらすことが、見出された。本発明のめっき浴は、電気分解後、貯蔵しても、色もしくは圧力(腐敗のサイン)において、全く変化を示さない。一方、電気分解に供された比較例1および2のめっき浴は、放置すると、鉄イオン(II)から鉄イオン(III)への顕著な酸化を示す。
【0043】
本発明の様々な実施形態に関して説明してきたが、本明細書を読めば、当業者にとって当該実施形態の他の変形が明らかになることが、理解されるべきである。それ故に、本明細書で開示された発明が、添付の請求項の範囲内となるそのような変形をカバーすることを意図していることが理解されるべきである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)鉄が電解で析出し得る少なくとも1つの化合物と、
(B)ホスフィン酸イオンと、
(C)スルホアルキル化ポリエチレンイミン、スルホン化サフラニン染料、およびメルカプト脂肪族スルホン酸もしくはそのアルカリ金属塩から選択される硫黄含有化合物とを含む、
水性で酸性の鉄リン浴。
【請求項2】
前記鉄化合物が、塩化鉄(II)、硫酸鉄(II)、フッ化ホウ素酸鉄(II)、メタンスルホン酸鉄(II)、スルファミン酸鉄(II)、およびこれらの混合物から選択される、請求項1に記載の浴。
【請求項3】
前記ホスフィン酸イオン源が、ホスフィン酸、アルカリ金属ホスフィン酸塩、またはこれらの混合物である、請求項1に記載の浴。
【請求項4】
前記硫黄含有化合物が、メルカプト脂肪族スルホン酸もしくはそのアルカリ金属塩、またはこれらの混合物である、請求項1に記載の浴。
【請求項5】
前記硫黄含有化合物が、下記式(1)で表される、請求項1に記載の浴:

Y−S−R−SOX (1)

ここで、Xは水素またはアルカリ金属であり、Rは1〜約5個の炭素原子を含むアルキレン基であり、Yは水素、S−R−SOX、C(S)NR”、C(S)OR” 、C(NH)NR” 、または複素環基であり、R”はそれぞれ独立して水素または1〜約5個の炭素原子を含むアルキル基である。
【請求項6】
アルミニウムイオンをさらに含む、請求項1に記載の電気めっき浴。
【請求項7】
pHが約0.5〜約5である、請求項1に記載の浴。
【請求項8】
錯化剤を含まない、請求項1に記載の浴。
【請求項9】
前記鉄(II)イオン源が、硫酸鉄(II)および塩化鉄(II)を含む、請求項1に記載の浴。
【請求項10】
(A)約20〜約120g/lの鉄(II)イオンと、
(B)ホスフィン酸イオンとして供給される、約0.2〜約8g/lのリンと、
(C)スルホアルキル化ポリエチレンイミン、スルホン化サフラニン染料、およびメルカプト脂肪族スルホン酸もしくはそのアルカリ金属塩から選択される硫黄含有化合物として存在する約0.001〜約0.5g/lの硫黄とを含む、
水性で酸性の鉄リン電気めっき浴。
【請求項11】
前記鉄(II)イオンが、塩化鉄(II)、硫酸鉄(II)、フッ化ホウ素酸鉄(II)、メタンスルホン酸鉄(II)、スルファミン酸鉄(II)、およびこれらの混合物から選択される少なくとも1つの塩として存在する、請求項10に記載の電気めっき浴。
【請求項12】
前記リンが、ホスフィン酸、アルカリ金属ホスフィン酸塩、またはこれらの混合物として存在する、請求項10に記載の電気めっき浴。
【請求項13】
前記硫黄含有化合物が、メルカプト脂肪族スルホン酸化合物もしくはその塩である、請求項10に記載の電気めっき浴。
【請求項14】
前記硫黄含有化合物が、下記式(1)で表される、請求項10に記載のめっき浴:

Y−S−R−SOX (1)

ここで、Xは水素またはアルカリ金属であり、Rは1〜約5個の炭素原子を含むアルキレン基であり、Yは水素、S−R−SOX、C(S)NR”、C(S)OR” 、C(NH)NR” 、または複素環基であり、R”はそれぞれ独立して水素または1〜約5個の炭素原子を含むアルキル基である。
【請求項15】
約0.1〜約10g/lのアルミニウムイオンをさらに含む、請求項10に記載の電気めっき浴。
【請求項16】
pHが約0.8〜約2.5である、請求項10に記載のめっき浴。
【請求項17】
錯化剤を含まない、請求項10に記載のめっき浴。
【請求項18】
(A)請求項1に記載の酸性で水性の電気めっき浴を準備する工程と、
(B)前記浴を用いて基板上に合金を電着させる工程とを含む、
導電基板上に鉄−リン合金を電着する方法。
【請求項19】
前記基板が、内燃機関のシリンダーである、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
(A)請求項10に記載の酸性で水性の電気めっき浴を準備する工程と、
(B)前記浴を用いて基板上に合金を電着させる工程とを含む、
導電基板上に鉄−リン合金を電着する方法。
【請求項21】
その上に電着された鉄−リン合金を有する導電基板であって、
該電着合金は、請求項1に記載の浴から電着させることによって形成されている、導電基板。
【請求項22】
前記合金が、原子百分率で約1〜約30%のリンを含む、請求項21に記載の導電基板。
【請求項23】
前記合金が、原子百分率で約70〜約99%の鉄を含む、請求項21に記載の導電基板。
【請求項24】
前記合金が、原子百分率で約0.1〜約0.5%の硫黄を含む、請求項21に記載の導電基板。

【公表番号】特表2007−525600(P2007−525600A)
【公表日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−501772(P2007−501772)
【出願日】平成17年1月11日(2005.1.11)
【国際出願番号】PCT/US2005/000791
【国際公開番号】WO2005/093134
【国際公開日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(503037583)アトテック・ドイチュラント・ゲーエムベーハー (55)
【氏名又は名称原語表記】ATOTECH DEUTSCHLAND GMBH
【Fターム(参考)】