説明

鉄道車両の車体傾斜制御装置

【課題】脱線時の新たな二次災害事故の発生又は事故被害の拡大を防止する。
【解決手段】車輪121と車軸122とを備える台車120と車体110との間に左右一対で設けられた空気バネ50L,50Rと、各空気バネに対して給排気を行う給排気手段と、軌道からの車輪の脱線状態を検出する脱線検出手段11L,11Rとを備え、脱線検出手段11L,11Rにより脱線状態の検出が行われると、左右一対の空気バネ50L,50Rに対して、一方が他方に対して高圧となるように給排気手段を制御する制御手段40を備え、建築限界Kをこえて隣接軌道側へ車体が大きく傾斜するのを防止し、通過する隣接車両との二次的衝突事故の発生を防止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車体傾斜制御装置に係り、特に軌道走行を行う鉄道車両の車体傾斜制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両においては、例えば震災や事故などの発生により、走行時に脱線を生じると、さらに大きな事故や損害の発生原因にもなりかねない。
このため、震災の対策としては、地震の震動がP波(初期微動、縦波)とS波(主要動、横波)とからなり、P波の伝達速度の方が高速であることを利用して、P波を感知すると警報を伝え、S波の到達前に例えば走行中の鉄道車両を緊急停止させる等の措置が採用されている。
しかしながら、上記対策は、地震の震源が深く或いは遠い場合には有効だが、震源が浅く或いは近い場合には、P波とS波の到達時間に差が生じないため、緊急の措置が間に合わないという問題があった。
また、上記対策は、震災時の対策に限定され、その他の要因によるものには対処できないという問題もあった。
【0003】
このため、鉄道車両そのものに対して安全対策を実施する装置を搭載することが検討されている。例えば、その一環として、鉄道車両が軌道から脱線した場合に、軌道の一方のレール側面に当接して、それ以上の車体幅方向への移動を防止するストッパ装置を車両底面側に搭載する技術が考えられている(例えば特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平10−250576号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記ストッパ装置は、脱線時に鉄道車両が軌道から大きく逸脱することは防止できるが、そのような場合であっても、二つの軌道が並んで設けられている路線では、隣の軌道側に車体の傾きが発生すると、隣の軌道で走行する鉄道車両に対して、車体上部が衝突或いは接触する可能性があり、緊急時の事故対策としては未だ不十分であった。
【0005】
本発明は、事故の発生或いは事故被害の拡大を防止することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1記載の発明は、車輪と車軸とを備える台車と車体との間に左右一対で設けられた空気バネと、各空気バネに対して給排気を行う給排気手段と、軌道からの車輪の脱線状態を検出する脱線検出手段とを備え、脱線検出手段による脱線状態の検出が行われると、左右一対の空気バネに対して、一方が他方に対して高圧となるように給排気手段を制御する制御手段を備える、という構成を採っている。
なお、「左右一対の空気バネの一方が他方に対して高圧」となるように制御するとは、双方の空気バネに給気を行いつつも給気量に差を設ける場合と、請求項2記載の発明のように、一方を給気し、他方を排気する場合の双方を含むものとする。
【0007】
上記構成では、台車の車輪が脱線し、これが脱線検出手段により検出されると、制御手段が、給排気手段に対して、一方の空気バネを他方の空気バネよりも高圧となるように制御する。これにより、高圧となる空気バネはもう一方よりも膨張して、当該膨張した空気バネがある方が高くなるように車体が左右方向について傾斜した状態となる。
これにより、脱線時に車体上端部を左右のいずれか一方に傾斜させることで、車体を傾斜した方向とは逆側で隣接する軌道上の車両と接触又は衝突を回避する。
なお、隣接軌道が左右いずれに位置するかが予め分かっている場合には、隣接軌道に近接する方の空気バネを高圧とする制御を行うことが望ましい。
また、隣接軌道が左右いずれに位置するかを示す情報が脱線時に取得可能である場合には、取得した情報に基づく隣接軌道に近接する方の空気バネを高圧とする制御を行うことが望ましい。
【0008】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明と同様の構成を備えると共に、制御手段は、左右一対の空気バネの一方に給気を行うと共に他方に排気を行うように給排気手段の制御を行う、という構成を採っている。
かかる構成では、一方の空気バネは積極的に膨張し、他方の空気バネは接触的に収縮される。つまり、車体の傾斜が迅速に行われる。
【0009】
請求項3記載の発明は、請求項1又は2記載の発明と同様の構成を備えると共に、制御手段は、二つ並んで設けられた軌道上で隣接する軌道に近接する空気バネが高圧となるように給排気手段の制御を行う、という構成を採っている。
上記構成では、脱線時に隣接軌道と逆側に車体が傾斜するように、制御手段による給排気手段の制御が行われる。
【0010】
請求項4記載の発明は、請求項1から3記載の発明と同様の構成を備えると共に、給排気手段は、左右の空気バネについて圧力の均衡状態を維持する均衡維持手段を備え、制御手段は、脱線検出手段による脱線状態の検出が行われると、均衡維持手段の機能を停止させる制御を行う、という構成を採っている。
【0011】
上記構成では、脱線を生じないときには、均衡維持手段により、左右の空気バネに所定の圧力差が生じないように維持され、例えば、給排気手段や空気バネの不良や故障により、一方の空気バネが過度に圧力低下を生じた場合でも、他方の空気バネとの均衡が維持され、通常走行時に車体の過度の傾斜の発生が回避される。
一方、脱線時には、均衡維持手段の機能が停止されるので、二つの空気バネの圧力差を良好に生じさせることができ、車体の傾斜を迅速且つ速やかに行うことができる。
【発明の効果】
【0012】
請求項1記載の発明は、脱線時において、一方の空気バネを膨張させて車体を傾斜させるので、当該車体の傾斜方向とは逆側で隣接する軌道上の車両に対して、車体の接触や衝突を回避し、脱線による新たな事故の発生或いは事故被害の拡大を防止することが可能となる。
【0013】
請求項2記載の発明は、左右一対の空気バネの一方が給気され、他方が排気されるので、脱線時に速やかに車体傾斜状態に移行させ、より確実且つ効果的に、車体の接触や衝突を回避させることが可能となる。
【0014】
請求項3記載の発明は、脱線時において、一方の空気バネを膨張させて隣接軌道と逆側に車体を傾斜させるので、隣接する軌道上の車両に対して、車体の接触や衝突を回避し、脱線による新たな事故の発生或いは事故被害の拡大を防止することが可能となる。
【0015】
請求項4記載の発明は、脱線時に車体の接触や衝突を回避する効果を維持しつつも、非脱線状態での走行時には、均衡維持手段により、不慮の原因により一方の空気バネが過度に圧力低下を生じた場合でも、他方の空気バネとの均衡が維持されて、車体の過度の傾斜の発生を抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(発明の実施形態の概略)
本発明の実施形態たる車体傾斜制御装置10について図1乃至図8に基づいて説明する。図1は本発明の実施形態である車体傾斜制御装置10の概略構成を示すブロック図であり、図2は本発明の車体傾斜制御装置10が適用された鉄道車両100の左側面図である。
上記車体傾斜制御装置10は、鉄道車両100が何らかの要因により脱線を生じた場合に、通常は制振や緩衝のために使用されている車体左右の空気バネ50L,50Rを使用して、当該脱線による被害を最小限に押さえることを目的として搭載されるものである。
【0017】
(鉄道車両:全体構成)
まず、車体傾斜制御装置10が適用される鉄道車両100の主要部について説明を行う。鉄道車両100は、主に、運転室や客室等が設けられる箱状の車体110と、当該車体110の下側の前後にそれぞれ設けられた台車120とから構成される。
なお、以下の説明において、鉄道車両100の前進方向を前側、その逆方向の後側、前進方向を向いて左手を左側、前進方向を向いて右手を右側、鉄道車両100を水平面上に配置した状態での上方を上側、同状態での下方を下側として以下の説明を行うものとする。
【0018】
(車体)
車体110は、その下側に配置される台枠と、台枠上の左右両側に配置される左右の側構体と、台枠上の前後両端に配置される前後の妻構体と、屋根となる屋根構体とからなる六面体で構成された箱状の構造物となっている。そして、その内部には、用途に応じて運転室或いは客室がレイアウトされている。
そして、台枠の下面側の前部と後部のそれぞれに台車120が設置されている。
【0019】
(台車)
図3(A)は台車120の平面図を示し、図3(B)は左側面図を示している。
台車120は、一対の車輪121を両端部近傍で固定保持する車軸122と、一対の車軸122を前後の回転可能に支持する台車枠123と、車軸122の両端部と台車枠123との間に設けられて上下方向の緩衝作用をもたらす軸箱124と、台車枠123に保持されて車軸122の回転駆動を行う電動機125と、各々の車輪121の制動装置126と、台車枠123の上側中央部と車体110の台枠とを連結する牽引装置127とを備えている。そして、台車枠123の上側であって牽引装置127の左右両側には、車体110と台車120との間の緩衝を図る一対の空気バネ50L,50Rとが設けられている。
【0020】
上記台車120は、いわゆるボルスターレス型であり、台車枠123は、牽引装置127により車体110の台枠に対する上下左右の変位が許容されつつも前後方向にはほとんど変位を生じないように連結されている。また、台車枠123の左右両側部にはそれぞれヨーダンパ128が設けられて、車体110に対する台車枠123のヨーイング(蛇行運動)が抑制されている。
また、各空気バネ50L,50Rは、台車120の上部左右において、主として上下方向に弾性的な加圧力を発生させることで、台車123における車体110の前後方向に沿った軸を中心とする揺動の抑制或いは同方向の揺動による傾きを調整する機能を有している。
【0021】
(車体傾斜制御装置:全体構成)
図1に示すように、車体傾斜制御装置10は、台車120ごとに車体110との間に左右一対で設けられた空気バネ50L,50Rと、各空気バネ50L,50Rに対して給排気による圧力調節を行う給排気手段60と、軌道からの各車輪121の脱線状態を検出する脱線検出手段としての路面センサ11L,11Rと、給排気手段60の制御手段としての制御回路40とを備えている。
【0022】
(車体傾斜制御装置:空気バネ)
次に、車体傾斜制御装置10の空気バネ50Lについて図4に基づいて説明する。図4は空気バネ50Lの右半分を断面で図示した正面図である。なお、空気バネ50Rは空気バネ50Lと同一の構造であるため説明を省略する。
空気バネ50Lは、対向して上下に配置されたいずれも円形の上面板51及び下面板52と、上面板51と下面板52の間に設けられると共に図示のように断面略C字状の膜状体であるダイアフラム53と、当該ダイアフラム53の下方で複数枚が積層配置された環状の緩衝ゴム54と、積層された緩衝ゴム54の下側に配置された円形の底板55とを備えている。
【0023】
そして、上面板51の中央部には空気バネ50Lの内部に対する給排気口51aが設けられ、給排気により空気バネ50Lの内部圧力や上下方向の高さ調整が可能となっている。
上面板51と下面板52との間はダイアフラム53により密閉された第一の空気室が形成されている。また、下面板52と底板55との間は積層された緩衝ゴム54により密閉された第二の空気室が形成されている。さらに、底板55からはノズルが下方に設けられ、台車枠123のフレーム内を利用した補助空気室に連通されている。そして、第一の空気室と第二の空気室との間と第二の空気室と補助空気室との間には絞り弁が設けられて空気バネ50Lにダンパー効果を与えている。
【0024】
また、ダイアフラム53は、下面板52よりも下部の周囲を取り囲む状態で配置されており、上面板51に対する下面板52の偏心を内部圧力により中心側に押し戻す作用が生じるようになっている。
つまり、台車123と車体110の間で、空気バネ50Lは、上下方向のばね作用を持ちながら前後左右方向の剛性を柔らかくして台車120と車体110との間の変位を吸収すると共に、前後左右方向に生じた変位を元の位置に復帰させる役割を果たしている。
また、さらに、給排気口51aからの給排気により、空気バネ50Lは上下方向にも伸縮し、その結果、車体110の高さ調節を行うことも可能としている。そして、左右の空気バネ50L,50Rをそれぞれ伸縮させることで車体110の左右における傾き(前後方向に沿った軸を中心とする車体の揺動角度)の調節を行うことが可能となっている。
【0025】
(車体傾斜制御装置:給排気手段)
図5は給排気手段60の空気配管図であり、図5における点線は電磁弁装置箱とその外部との境界を示す。
図1及び図5に示すように、給排気手段60は、コンプレッサ61と空気溜62とからなる空圧供給源63と、空圧供給源63から空気バネ50Lに空圧を供給する第一の供給路64Lの途中に設けられた高さ調整装置65Lと、空気バネ50Lと高さ調整装置65Lと間の接続と遮断とを切替可能なLV遮断弁66Lと、空圧供給源63から空気バネ50Lに空圧を供給する第二の供給路67Lの途中に設けられた傾斜制御弁68Lと、空気バネ50Lと傾斜制御弁68Lとの間の接続と遮断を切替可能な入力遮断弁69Lと、空圧供給源63から傾斜制御弁68Lへの接続と遮断を切替可能な出力遮断弁70Lとを備えている。
【0026】
上記高さ調整装置65Lは、空気バネ50Lの近傍に設けられ、同位置における台車120に対する車体110の高さに応じて揺動するレベル検出アームと、当該アームの揺動に応じて空気バネ50Lを図示しない排気ポートと空圧供給源63とに切替動作を行う図示しない切替弁とを備えている。
そして、台車120に対する車体110の高さが基準高さよりも高いときには、レベル検出アームが所定方向に揺動することで切替弁が空気バネ50Lを排気ポートに接続して排気を行い、また、車体110の高さが基準高さよりも低いときには、レベル検出アームが逆方向に揺動することで切替弁が空気バネ50Lを空圧供給源63に接続する。
これにより、車体110の左側が上昇する傾きを生じた場合には空気バネ50Lが収縮し、車体110の左側が下降する傾きを生じた場合には空気バネ50Lが膨張して、いずれの場合も傾きを解消するようにも補正する。
【0027】
傾斜制御弁68Lは、後述する制御回路40により、空気バネ50Lを空圧供給源63と排気ポート71Lとに切替接続することが可能である。即ち、傾斜制御弁68Lが、制御回路40の制御信号により、空気バネ50Lを空圧供給源63に接続したときには、空気バネ50Lを膨張させて車体の左側を押し上げることができ、空気バネ50Lを排気ポート71Lに接続したときには、空気バネ50Lを収縮させて車体の左側を下降させることができ、車体110を左側と右側とに選択的に傾斜させることができる。
【0028】
LV遮断弁66Lと入力遮断弁69L及び出力遮断弁70Lとは、高さ調整装置65Lと傾斜制御弁68Lのいずれを使用するかを切り替えるために設けられている。即ち、高さ調整装置65Lの使用時にはLV遮断弁66Lを接続して入力遮断弁69L及び出力遮断弁70Lを遮断し、傾斜制御弁68Lの使用時にはLV遮断弁66Lを遮断して入力遮断弁69L及び出力遮断弁70Lを接続状態とする。
高さ調整装置65Lと傾斜制御弁68Lのいずれを使用するかは、後述する制御回路40の制御により決定される。
【0029】
また、給排気手段60は、空気バネ50Rに対しても、上述した符号64L〜71Lに対応する構成を備えており、これらについては、英文字LをRに替えて同じ番号で示すものとする。
【0030】
さらに、給排気手段60は、左右の空気バネ50L,50Rについて所定範囲で圧力の均衡状態を維持する均衡維持手段75を備えている。かかる均衡維持手段75は、各空気バネ50L,50Rの各給排気口の近傍において接続する配管76の途中に設けられた差圧弁77と、配管76の途中で並列に設けられた二つの遮断弁78,79とを備えている。
上記差圧弁77は、二つの空気バネ50Lと50Rの圧力が均衡しているときには遮断され、空気バネ50Lと50Rとの間で所定の圧力差を生じた場合に、高圧となる一方から低圧となる他方に給気可能となるように接続する機能を備えている。
かかる差圧弁77は、一般に、左右の傾斜の解消のために行われる各空気バネ50L,50Rへの給排気で生じる圧力差では遮断状態を維持し、例えば、一方の空気バネへの給気不通や空気バネの給気漏れになどの異常によって生じるより大きな圧力差で給気の移動を生じるように設定されている。
二つの遮断弁78,79は、差圧弁77による差圧発生の監視の機能を必要とする場合と不要とする場合とで切り替えるために設けられている。即ち、差圧弁77の機能の必要時には各遮断弁78,79を接続し、差圧弁77の機能の不要時には各遮断弁78,79を遮断するように制御回路40により制御される。
【0031】
(路面センサ)
路面センサ11L,11Rは、図1に示すように、台車120の下側であって左右両側部にそれぞれ設けられている。かかる路面センサ11L,11Rは下方に光照射を行う光源とその反射光を受光する受光素子とからなり、発光と受光の時間差から道床までの距離を検出することを可能とするものである。
つまり、各路面センサ11L,11Rからの出力により、制御回路40は、台車120の下面から道床までの距離を算出し、その距離が通常走行時における距離よりも過剰に接近しているか否かによって脱線による台車120の傾斜やレールからの脱落の有無の判断を行うようになっている。
【0032】
(制御回路)
図6は車体傾斜制御装置10の制御系を示すブロック図である。図5及び図6に基づいて制御回路40について説明する。
制御回路40は、所定の制御プログラムや基本データを記憶するメモリと演算処理を実行する演算装置と各路面センサ11L,11Rを接続するA/D変換器と、各制御弁68L,68R、各遮断弁66L,66R,69L,69R,70L,70R,78,79を駆動させる駆動回路とを備えている。
【0033】
そして、制御回路40は、各路面センサ11L,11Rの検出出力から台車120の左右端部のいずれか一方或いは双方の高さが予め記憶された規定値を下回るか否かを判定し、下回る場合には脱線を生じていると判断を行う。
【0034】
さらに、制御回路40は、脱線状態を検出しないときには、LV遮断弁66L,66Rと差圧遮断弁78,79とを接続状態に切り替え、入力遮断弁69L,69R及び出力遮断弁70L,70Rを遮断状態に切り替える制御を実行する。これにより、各高さ調整装置65L,65Rが各空気バネ50L,50Rに接続された状態となり、各空気バネ50L,50Rは各高さ調整装置65L,65Rにより内部圧力が調節されることとなる。また、差圧弁77が機能する状態となる。
そして、その一方では、各傾斜制御弁68L,68Rは外部に遮断された状態となり、これらはいずれも外部に作用しない状態となる。
【0035】
一方、制御回路40は、脱線状態を検出すると、LV遮断弁66L,66Rと差圧遮断弁78,79とを遮断状態に切り替え、入力遮断弁69L,69R及び出力遮断弁70L,70Rを接続状態に切り替える制御を実行する。
これにより、各高さ調整装置65L,65R及び差圧弁77は機能しない状態となり、その一方で、各傾斜制御弁68L,68Rが機能する状態となる。
さらに上述の状態において、制御回路40は、予めメモリに記憶設定された一方の傾斜制御弁68R(仮に右側とする)を、空気バネ50Rと排気ポート71Rとを接続する状態とし、他方の傾斜制御弁68L(仮に左側とする)を、空気バネ50Lと空圧供給源63とを接続する状態とする切り替え制御を実行する。
これにより、一方の空気バネ50Rは収縮すると共に他方の空気バネ50Lは膨張し、鉄道車両100の車体110が左上がりに傾斜した状態となる。なお、前述したように傾斜を補正する各高さ調整装置65L,65Rは機能せず、また、各空気バネ50L,50Rの差圧発生状態に対しても差圧弁77は機能しない。
【0036】
このように、脱線時において、鉄道車両100の車体110を左右いずれか一方に傾けることの意義について、図7及び図8を参考にして説明する。
図7は二組の軌道が並行して設けられた路線において、双方の軌道上をそれぞれ鉄道車両100が走行している状態を示している。また、図8は、双方の軌道上の鉄道車両100が脱線を生じた状態を示している。図示左側の鉄道車両100は紙面垂直に手前に向かって前進しており、図示右側の鉄道車両100は逆方向に前進している。そして、図中に二点鎖線で示す範囲は鉄道車両の大きさの限界を示す車両限界Sを示し、点線で示す範囲は建築物や設備の近接配置の限界を示す建築限界Kを示している。
図8に示すように、鉄道車両100が脱線を生じると、建築限界Kを侵して隣接する車両に接近する場合を生じ得る。このとき、鉄道車両100の車体110が台車120上で隣接する鉄道車両側に傾くと、ついには正面衝突も生じ得る。
【0037】
従って、このように、隣接する軌道が存在し、その隣接軌道が左右いずれ側に位置しているかが予め分かっている場合には、車体110が隣接軌道と逆方向に傾斜するように、車体傾斜制御装置10の制御回路40のメモリ内には、脱線状態の検出時において、隣接軌道に近い方の傾斜制御弁(例えば、図7における右側)68Lを空気バネ50Lと空圧供給源63とを接続する状態に切り替えると共に、隣接軌道に遠い方の傾斜制御弁(例えば、図7における左側)68Rを空気バネ50Rと排気ポート71Rとを接続する状態に切り替えるように、設定される。
従って、制御回路40の制御により、鉄道車両が、隣接軌道側に脱線を生じた場合であっても、車体110は逆側に傾斜させることができるので、接触や衝突の被害を回避することができる。
【0038】
(鉄道車両と車体傾斜制御装置の動作説明)
前述した図1,4,7,8に基づいて鉄道車両100と車体傾斜制御装置10の動作説明を行う。
まず、制御回路40は、各路面センサ11L,11Rによる検出距離がいずれも適正な値を示している場合(図7の状態)には、LV遮断弁66L,66Rと差圧遮断弁78,79とを接続状態に切り替え、入力遮断弁69L,69R及び出力遮断弁70L,70Rを遮断状態に切り替える。
【0039】
これにより、各空気バネ50L,50Rに対する給排気が各高さ調整装置65L,65Rに制御される状態となる。例えば、台車120に対して車体110が左右いずれかに傾斜して左右いずれかの台車−車体間距離が縮むと、対応する空気バネ50L,50Rに対して給気が行われて膨張し、台車−車体間距離が拡張するように調整が行われる。また、左右いずれかの台車−車体間距離が拡張すると、対応する空気バネ50L,50Rから排気が行われて収縮し、台車−車体間距離が縮むように調整が行われる。これにより、台車枠120に対して車体110の左右方向の傾斜が常に一定範囲内に調整される。
【0040】
また、各空気バネ50L,50Rの間が差圧弁77を介して接続した状態となるので、装置の破損や動作不良などの何らかの要因により各空気バネ50L,50Rに所定値以上の差圧が発生すると、高圧となる一方の空気バネから他方の空気バネ側に空気が流入し、左右の空気バネ50L,50Rの過剰の圧力差による車体110の傾斜の発生が抑制される。
【0041】
一方、いずれか一方或いは双方の路面センサ11L,11Rの検出距離が過剰に近接状態を示す場合(図8の状態)には、制御回路40は、LV遮断弁66L,66Rと差圧遮断弁78,79とを遮断状態に切り替え、入力遮断弁69L,69R及び出力遮断弁70L,70Rを接続状態に切り替える。
さらに、制御回路40は、メモリ内の設定に従って、空気バネ50Lが空圧供給源63に接続されるように傾斜制御弁68Lを切り替えると共に、空気バネ50Rが排気ポート71Rに接続されるように傾斜制御弁68Rを切り替える制御を行う。
【0042】
これにより、空気バネ50Lには給気が行われて膨張し、空気バネ50Rからは排気が行われて収縮する。その結果、台車120に対して車体110の上部が隣接軌道とは逆側に傾斜した状態となる。また、このとき、各高さ調整装置65L,65Rと差圧弁77は各空気バネ50L,50Rに作用しないので、通常走行状態では、生じない角度まで速やかに車体110を傾斜させることが可能となる。
【0043】
(車体傾斜制御装置の効果)
上記車体傾斜制御装置10は、脱線時において、隣接軌道側の一方の空気バネ50Lを膨張させて車体110を傾斜させるので、隣接する軌道上の鉄道車両に対して、車体110の接触や衝突を回避し、脱線による新たな事故の発生或いは事故被害の拡大を防止することが可能となる。
また、上記給排気制御の際には、一方の空気バネ50Lを膨張させ、他方の空気バネ50Rを収縮させるので、脱線時に速やかに車体傾斜状態に移行させ、より確実且つ効果的に、車体110の接触や衝突を回避させることが可能となる。
さらに、給排気手段60は差圧弁77を備え、脱線時には、差圧遮断弁78,79により、差圧弁77を各空気バネ50L,50Rから遮断するので、脱線時に車体110の接触や衝突を回避する効果を維持しつつも、非脱線状態での走行時には、一方の空気バネの不良による過度の圧力低下を生じた場合でも、他方の空気バネとの均衡が維持されて、車体の過度の傾斜の発生を抑制することが可能となる。
【0044】
(その他)
上記車体傾斜制御装置10では、脱線検出手段として、台車120の左右に設けた測距を行う路面センサ11L,11Rを採用したが、脱線の発生による台車120のいずれかの部位の道床への接近や過剰な振動、衝撃を検出可能なあらゆる手段を使用しても良い。例えば、脱線の発生による台車120の道床への接近によって押圧されて通電されるリミットスイッチやこれに類するものでも良いし、振動や衝撃を検出する加速度センサ等を使用しても良い。
また、或いは、脱線検出手段として、いずれかの車輪がレールから離れたことを検出可能な手段を使用しても良い。
【0045】
また、上記実施形態では、隣接軌道が左右いずれに位置するかが予め分かっており、それに対応する給排気制御を行うように予めメモリに設定する場合を例示したが、かかる例に限定するものではない。
例えば、隣接軌道が左右いずれに位置するかを示す情報の受信又は検出手段を備え、受信又は検出情報から脱線時に車体を左右いずれに傾けるかを決定する制御を行っても良い。
さらに、走行する路線について隣接軌道が左側となる区間と右側となる区間を示す情報を備え、現在位置を走行距離やGPS等の現在位置情報から判断すると共に、そこから隣接軌道が左右いずれにあるかを判断しても良い。
つまり、車体傾斜制御装置10は、隣接軌道が左右いずれにあるかを判断可能とする何らかの手段を備え、制御回路40は、その判断に従って、各空気バネ50L,50Rの給排気制御を実行する構成であれば、判断手段について限定するものではない。
【0046】
また、車体傾斜制御装置10は、当然のことながら、地震対策に限定的に使用されるものではないが、前述した地震予知システム或いはその他の地震予知システムと組み合わせて使用しても良い。
つまり、地震の発生の報知を受けると鉄道車両100の走行を停止させる緊急停止システムを搭載し、地震の発生時には上記システムにより緊急停止を図り、万が一その緊急停止が間に合わず、脱線を生じた場合には、車体傾斜制御装置10により、速やかに車体110を傾斜状態に移行させ、より確実且つ効果的に、車体110の接触や衝突を回避させる。従って、かかる構成により、地震による脱線の被害の拡大を防止することが可能となる。
【0047】
さらにまた、車体傾斜制御装置10を搭載した鉄道車両100には、先行技術として開示した脱線防止用のストッパ或いはこれと同等にレールとの係合により車体幅方向の車両の逸脱を防止するストッパを台車120に設けても良い。これにより、台車120そのものがレールから逸脱を防止しつつ、車体110の傾斜により隣接する軌道側への侵入を防止し、脱線による新たな事故の発生或いは事故被害の拡大をより効果的に防止することが可能となる。
【0048】
また、軌道の走行用の本線レール近傍に、安全レール、脱線防止レール又は脱線防止ガードが併設されているような区間においては、鉄道車両100に搭載された車体傾斜制御装置10はより効果的にその機能を発揮する。
上記安全レールとは、脱線した鉄道車両100が軌道から大きく飛び出して大事故になるのを防止するために,脱線した車輪を誘導するように本線レールの内側または外側に沿って設けられたレールをいう。橋梁上や高所などに設けられる。脱線防止レールは脱線そのものを防止するために設けられているが、これとは機能的に異なり、安全レールは本線レールとの間隔も大きく設置される。
また、上記脱線防止ガードとは、断面がL字形をした鋼鉄製のガードであり、機能的には脱線防止レールと同じように、脱線防止に用いられているが、軽くて作業がしやすいのでこちらの方が一般的である。
上述のような安全レール、脱線防止レール又は脱線防止ガードが設けられた軌道を走行する鉄道車両100に車体傾斜制御装置10を搭載することにより、鉄道車両100を安全に誘導する安全レール、脱線防止レール又は脱線防止ガードの作用と車体傾斜制御装置10による隣接軌道側への車体110の傾斜を防止する作用とが相まって、より効果的に脱線による車両衝突などの被害拡大を低減させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の実施形態である車体傾斜制御装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】車体傾斜制御装置が適用された鉄道車両の左側面図である。
【図3】図3(A)は図2に開示した台車の平面図を示し、図3(B)は左側面図を示す。
【図4】図1に開示した空気バネの右半分を断面で図示した正面図である。
【図5】車体傾斜制御装置の空気配管図である。
【図6】車体傾斜制御装置の制御系を示すブロック図である。
【図7】二組の軌道が並行して設けられた路線において、双方の軌道上をそれぞれ鉄道車両が走行している状態を示す動作説明図である。
【図8】二組の軌道が並行して設けられた路線において、双方の軌道上の鉄道車両が脱線を生じた状態を示す動作説明図である。
【符号の説明】
【0050】
10 車体傾斜制御装置
11L,11R 路面センサ(脱線検出手段)
40 制御回路(制御手段)
50L,50R 空気バネ
60 給排気手段
75 均衡維持手段
77 差圧弁
100 鉄道車両
110 車体
121 車輪
122 車軸
120 台車

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪と車軸とを備える台車と車体との間に左右一対で設けられた空気バネと、
前記各空気バネに対して給排気を行う給排気手段と、
軌道からの前記車輪の脱線状態を検出する脱線検出手段とを備え、
前記脱線検出手段により脱線状態の検出が行われると、前記左右一対の空気バネに対して、一方が他方に対して高圧となるように前記給排気手段を制御する制御手段を備えることを特徴とする鉄道車両の車体傾斜制御装置。
【請求項2】
前記制御手段は、前記左右一対の空気バネの一方に給気を行うと共に他方に排気を行うように前記給排気手段の制御を行うことを特徴とする請求項1記載の鉄道車両の車体傾斜制御装置。
【請求項3】
前記制御手段は、二つ並んで設けられた軌道上で他方の軌道に近接する空気バネが高圧となるように前記給排気手段の制御を行うことを特徴とする請求項1又は2記載の鉄道車両の車体傾斜制御装置。
【請求項4】
前記給排気手段は、前記左右の空気バネについて圧力の均衡状態を維持する均衡維持手段を備え、
前記制御手段は、前記脱線検出手段による脱線状態の検出が行われると、前記均衡維持手段の機能を停止させる制御を行うことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の鉄道車両の車体傾斜制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−306274(P2006−306274A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−131690(P2005−131690)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(590003825)北海道旅客鉄道株式会社 (94)
【Fターム(参考)】