説明

鋼板内の材質均一性に優れた高強度高靭性厚肉鋼板及びその製造方法

【課題】鋼板の板厚方向および板幅方向の硬さのばらつきを効果的に軽減して、鋼板内の材質均一性を向上させた高強度鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.01〜1.0%及びMn:0.5〜2.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物の組成とし、鋼組織をフェライトとベイナイト組織とし、さらに板厚方向の硬さのばらつきをビッカース硬さΔHVで50以下、かつ板幅方向の硬さのばらつきをビッカース硬さΔHVで50以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築、海洋構造物、造船、土木、建設産業用機械及びラインパイプ等の分野に使用して好適な、鋼板内の材質均一性に優れた高強度高靭性厚肉鋼板及びその製造方法に関するものである。
本発明において、厚肉鋼板とは板厚が40mm以上の鋼板を意味する。
【背景技術】
【0002】
鋼構造物の大型化やコスト削減の観点から、より高強度や高靭性を有する鋼板の需要が高まっている。鋼板の特性の向上や合金元素の削減、さらには熱処理の省略などを目的として、通常、高強度鋼板の製造に際しては、制御圧延と制御冷却を組み合わせた、いわゆるTMCP技術が適用されている。このTMCP技術を用いて鋼材の高強度化を行うには、制御冷却時の冷却速度を大きくすること、および冷却の停止温度を低くすることが有効である。
しかしながら、高冷却速度で制御冷却した場合、鋼板表層部が急冷されるため、鋼板内部に比べて表層部の硬さが高くなり、板厚方向の硬さ分布にばらつきが生じる。また、この板厚方向の硬さ分布のばらつきは、冷却停止温度を低くするにつれて、および/または、板厚が厚くなるにつれて大きくなる傾向がある。したがって、鋼板内の材質均一性を確保する観点で問題となる。
【0003】
上記の問題を解決するため、従来から種々の解決策が提案されており、例えば特許文献1には、制御冷却に際して、冷却速度を3〜12℃/sという比較的低い冷却速度に制御することにより、板厚中心部に対する表面の硬さ上昇を抑える方法が開示されている。
また、特許文献2には、冷却過程で、フェライトが析出する温度域で待機を行うことにより、鋼板の組織をフェライトとベイナイトの2相組織とし、表層と板厚中心部の硬さの差を低減した、板厚方向の材質差が小さい鋼板の製造方法が開示されている。
さらに、特許文献3,4には、圧延後、表層部がベイナイト変態を完了する前に表面を復熱させる高冷却速度の制御冷却を行うことにより、板厚方向の材質差が小さい鋼板の製造方法が開示されている。
【0004】
一方、鋼板表面のスケール性状にむらがあると、冷却時にスケール厚さに応じてその下部の鋼板の冷却速度に違いを生じ、ひいては鋼板内で局所的に冷却停止温度のばらつきが生じる結果、スケール性状に対応して板幅方向に鋼板材質のばらつきが生じる。
これに対し、特許文献5,6には、冷却直前にデスケーリングを行うことにより、スケール性状に起因した冷却むらを低減し、鋼板形状を改善する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平7−116504号公報
【特許文献2】特許第3911834号公報
【特許文献3】特許第3951428号公報
【特許文献4】特許第3951429号公報
【特許文献5】特開平9−57327号公報
【特許文献6】特許第3796133号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、冷却速度が制限され、しかも冷却停止温度が400℃以上と比較的高いため、高冷却速度による高強度化や合金元素の削減、制御圧延の簡略化等といった制御冷却の効果を十分に活用することができない。また、特許文献2に開示の製造方法は、Ar3変態点以下での冷却待機でフェライトを析出させるものであるため、強度が低下するだけでなく、冷却待機時間が必要になるため製造効率が悪化する。さらに、特許文献3,4に記載の製造方法では、鋼板の成分により変態挙動が異なると、復熱による十分な材質均質化の効果が得られない場合がある。しかも、高精度な冷却制御を必要とするため、適用範囲が限られると共に、製造効率の低下を余儀なくされる。
【0007】
他方、特許文献5,6に記載の方法では、デスケーリングにより、鋼板の冷却むらを低減して鋼板形状を改善しているが、板厚方向の硬度分布に対しては何ら考慮が払われていない。
【0008】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、鋼板の板厚方向および板幅方向の硬さのばらつきを効果的に軽減して、鋼板内の材質均一性を向上させた高強度高靭性厚肉鋼板を、その有利な製造方法と共に提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、高強度鋼板の板厚方向および板幅方向の硬さのばらつきを低減し、鋼板内の材質均一性を向上させるために、鋼材の化学成分、ミクロ組織および製造条件について、数多くの実験と検討を繰り返した末に、開発されたものである。
【0010】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.01〜1.0%及びMn:0.5〜2.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物の組成からなり、鋼組織がフェライトとベイナイト組織であり、しかも板厚方向の硬さのばらつきがビッカース硬さΔHVで50以下で、かつ板幅方向の硬さのばらつきがビッカース硬さΔHVで50以下であることを特徴とする、鋼板内の材質均一性に優れた高強度高靭性厚肉鋼板。
【0011】
2.前記鋼が、さらに、質量%で、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:1.0%以下及びMo:0.5%以下のうちから選んだ1種又は2種以上を含有することを特徴とする、前記1に記載の高強度高靭性厚肉鋼板。
【0012】
3.前記鋼が、さらに、質量%で、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%及びTi:0.005〜0.1%のうちから選んだ1種又は2種以上を含有することを特徴とする、前記1または2に記載の高強度高靭性厚肉鋼板。
【0013】
4.前記鋼が、さらに、質量%で、B:0.0003〜0.002%を含有することを特徴とする、前記1乃至3のいずれかに記載の高強度高靭性厚肉鋼板。
【0014】
5.質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.01〜1.0%及びMn:0.5〜2.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物の組成からなる鋼片を、900℃以上1300℃以下の温度に加熱し、圧延終了温度が鋼板表面温度で700℃以上900℃以下で熱間圧延したのち、鋼板表面温度が700℃以上の温度域から、鋼板表面の冷却速度が20℃/s以上100℃/s以下の速度で鋼板表面温度が400℃以上600℃以下の温度域まで下記(1)式を満たす条件で1段目の冷却を行い、ついで鋼板平均の冷却速度が4℃/s以上で冷却後の復熱温度が600℃以下となる2段目の冷却を行うことを特徴とする、鋼板内の材質均一性に優れた高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。

3≦(700−T)/V ・・・(1)
ここで、T:1段目冷却における鋼板表面の冷却終了温度(℃)
V:1段目冷却における鋼板表面の冷却速度(℃/s)
【0015】
6.質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.01〜1.0%及びMn:0.5〜2.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物の組成からなる鋼片を、900℃以上1300℃以下の温度に加熱し、圧延終了温度が鋼板表面温度で700℃以上900℃以下で熱間圧延し、引き続く制御冷却の直前に鋼板表面での噴射流の衝突圧が1MPa以上の条件でデスケーリングを行い、その後5秒以内に、鋼板表面温度が700℃以上の温度域から、鋼板表面の冷却速度が20℃/s以上100℃/s以下の速度で鋼板表面温度が400℃以上600℃以下の温度域まで下記(1)式を満たす条件で1段目の冷却を行い、ついで鋼板平均の冷却速度が4℃/s以上で冷却後の復熱温度が600℃以下となる2段目の冷却を行うことを特徴とする、鋼板内の材質均一性に優れた高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。

3≦(700−T)/V ・・・(1)
ここで、T:1段目冷却における鋼板表面の冷却終了温度(℃)
V:1段目冷却における鋼板表面の冷却速度(℃/s)
【0016】
7.前記鋼片が、さらに、質量%で、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:1.0%以下及びMo:0.5%以下のうちから選んだ1種又は2種以上を含有することを特徴とする、前記5または6に記載の高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。
【0017】
8.前記鋼片が、さらに、質量%で、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%及びTi:0.005〜0.1%のうちから選んだ1種又は2種以上を含有することを特徴とする、前記5乃至7のいずれかに記載の高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。
【0018】
9.前記鋼片が、さらに、質量%で、B:0.0003〜0.002%を含有することを特徴とする、前記5乃至8のいずれかに記載の高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明に従い、制御冷却技術、さらにはデスケーリング技術を活用することにより、従来の制御冷却技術では達成が困難とされた、低廉な成分系を用いて高冷却速度で冷却を行う場合であっても、材質均一性に優れ、しかも高強度・高靱性の厚肉鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を具体的に説明する。
[化学成分]
まず、本発明の高強度鋼板の化学成分について説明する。以下の説明において%で示す単位は全て質量%である。
C:0.02〜0.15%
Cは、強度の向上に有効に寄与するが、含有量が0.02%未満では十分な強度が確保できず、一方0.15%を超えると靭性の劣化を招くため、C量は0.02〜0.15%の範囲に限定する。
【0021】
Si:0.01〜1.0%
Siは、脱酸のため添加するが、含有量が0.01%未満では脱酸効果が十分でなく、一方1.0%を超えると靭性や溶接性を劣化させるため、Si量は0.01〜1.0%の範囲に限定する。
【0022】
Mn:0.5〜2.0%
Mnは、強度、靭性の向上に有効に寄与するが、含有量が0.5%未満ではその添加効果に乏しく、一方2.0%を超えると溶接性が劣化するため、Mn量は0.5〜2.0%の範囲に限定する。
【0023】
以上、本発明の基本成分について説明したが、本発明では、鋼板の強度や靱性の一層の改善のために、Cu,Ni,Cr及びMoのうちから選んだ1種又は2種以上を、以下の範囲で適宜含有させることができる。
Cu:1.0%以下
Cuは、靭性の改善と強度の上昇に有効な元素であり、この効果を得るには0.03%以上を含有することが好ましいが、含有量が多すぎると表面に割れが生じ易くなるため、Cuを添加する場合は1.0%を上限とする。
【0024】
Ni:1.0%以下
Niは、靭性の改善と強度の上昇に有効な元素であり、この効果を得るには0.03%以上を含有することが好ましいが、含有量が多すぎるとコスト的に著しく不利になるので、Niを添加する場合は1.0%を上限とする。
【0025】
Cr:1.0%以下
Crは、Mnと同様、低Cでも十分な強度を得るために有効な元素であり、この効果を得るには0.02%以上を含有することが好ましいが、含有量が多すぎると溶接性が劣化するため、Crを添加する場合は1.0%を上限とする。
【0026】
Mo:0.5%以下
Moは、靭性の改善と強度の上昇に有効な元素であり、この効果を得るには0.02%以上を含有することが好ましいが、含有量が多すぎると溶接性が劣化するため、Moを添加する場合は0.5%を上限とする。
【0027】
本発明では、さらに、Nb,VおよびTiのうちから選んだ1種又は2種以上を、以下の範囲で含有させることもできる。
Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%及びTi:0.005〜0.1%のうちから選んだ1種又は2種以上
Nb,VおよびTiはいずれも、鋼板の強度および靭性を高めるために添加することができる任意元素であり、要求強度に応じて、1種または2種以上を添加することができる。各元素とも、含有量が0.005%未満ではその添加効果に乏しく、一方0.1%を超えると溶接部の靭性が劣化するので、これらの元素を添加する場合はいずれも0.005〜0.1%の範囲とするのが好ましい。
【0028】
さらに、本発明では、Bを以下の範囲で含有させることもできる。
B:0.0003〜0.002%
Bは、強度を高めるのに有効な元素であるが、含有量が0.0003%未満ではその効果が十分でなく、一方0.002%を超えると溶接部の靱性を著しく劣化させるため、Bを添加する場合は0.0003〜0.002%の範囲とする。
【0029】
その他、不純物として鋼中に不可避的に混入する元素としてPやSがあるが、これらの元素はいずれも、鋼母材や、溶接熱影響部の靭性を劣化させるため、経済性を考慮して可能な範囲で低減することが好ましく、P量、S量はそれぞれ0.05%以下、0.01%以下とすることが好ましい。
【0030】
上記した元素以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
ただし、本発明の作用効果を害しない限り、他の微量元素の含有を妨げない。たとえば、靱性改善の観点から、Ca:0.003%以下、Mg:0.02%以下、REM(希土類金属):0.02%以下の1種または2種以上を含有させることができる。
【0031】
次に、本発明鋼の鋼組織(ミクロ組織)について説明する。
本発明で目標とする引張強さ:490MPa以上の高強度化を図るために、鋼組織は、実質的にフェライトとベイナイト組織とする。特に、表層部は、マルテンサイトや島状マルテンサイト(MA)等の硬質相が生成した場合、表層硬さが上昇し、鋼板内の硬さのばらつきが増大して材質均一性が劣化する。表層硬さの上昇を抑制するために、鋼板組織とくに表層部はフェライトとベイナイト組織とする。フェライトとベイナイト組織中に、マルテンサイトやパーライト、島状マルテンサイト、残留オーステナイトなどの異種組織が混在すると、強度の低下や靭性の劣化、表層硬さの上昇などが生じるため、フェライトとベイナイト相以外の組織分率は少ない程良い。ただし、フェライトとベイナイト相以外の組織の体積分率が低い場合には、それらの影響が無視できるので、ある程度の量であれば許容される。具体的には、トータルの体積分率で5%以下であれば、他の鋼組織すなわちマルテンサイトやパーライト、島状マルテンサイト、残留オーステナイト等の混在も許容される。
【0032】
〔硬さのばらつき〕
板厚方向の硬さのばらつき:ビッカース硬さΔHVで50以下で、かつ板幅方向の硬さのばらつき:ビッカース硬さΔHVで50以下
鋼板の強度や伸び、成形性、耐HIC性、耐SSCC性能などの観点から、鋼板内の硬さのばらつきを抑制することが要求される。板厚方向の硬さのばらつきがビッカース硬さΔHVで50を超えた場合や、板幅方向の硬さのばらつきがビッカース硬さΔHVで50を超えた場合は、上記特性に悪影響を及ぼす。例えば、鋼板表層部の硬さが鋼板内部に比べてΔHV50を超えて硬くなった場合は、成形後にスプリングバックが起こり易くなったり、硫化水素に対する割れ感受性が高まったりする。また、板幅方向の硬さ分布がΔHV50を超えた場合は、成形時に硬い部分と軟らかい部分とで変形の仕方に差が生じて所望の形状が得られなかったり、小板に切断した場合にそれぞれの小板で強度や伸びが異なったりする。
そこで、鋼板内の材質均一性の観点から、板厚方向および板幅方向の硬さのばらつきはいずれもビッカース硬さΔHVで50以下とした。好ましくは、ΔHVで40以下である。さらに好ましくは、ΔHVで30以下である。
【0033】
次に、本発明に係る高強度鋼板の製造条件について説明する。
本発明の工程的特徴は、冷却工程を2段階に分けたことである。すなわち、1段目の冷却で鋼板全体の高強度化を図りつつ、鋼板表層部において硬化を抑制したミクロ組織を造り込み、2段目の冷却においては専ら鋼板を高強度化高靭性化することに努める。
【0034】
〔スラブ加熱温度〕
スラブ加熱温度:900〜1300℃
加熱温度が900℃未満では、ミクロ組織の均質化が不十分で、必要な強度、靱性が得られず、一方1300℃を超えると靭性が劣化するため、スラブ加熱温度は900〜1300℃とする。なお、この温度は加熱炉の炉内温度であり、スラブは中心部までこの温度に加熱されるものとする。
【0035】
〔圧延終了温度〕
圧延終了温度:鋼板の表面温度で700℃以上900℃以下
圧延終了温度が鋼板の表面温度で700℃を下回ると、冷却の開始が遅れ十分な強度を得ることができず、一方900℃を超えるとミクロ組織が粗くなり靱性が劣化するため、圧延終了温度は鋼板の表面温度で700℃以上900℃以下とする。なお、鋼板の表面温度は放射温度計等で測定することができる。
【0036】
〔冷却1段目の冷却開始温度〕
冷却開始温度は、鋼板の表面温度で700℃以上の温度域から行うものとする。冷却開始温度が700℃未満では十分な強度が得られない。
【0037】
〔冷却1段目の冷却速度〕
鋼板表面の冷却速度:20℃/s以上100℃/s以下
高強度化を図りつつ、鋼板内の硬さのばらつきを低減し、材質均一性を向上させるためには、冷却速度を制御することが重要である。鋼板表面の冷却速度が20℃/s未満では鋼板全体で十分な高強度化が得られず、一方100℃/sを超えると鋼板表層部でマルテンサイトや島状マルテンサイト(MA)等の硬質相が生成して、表層硬さが著しく上昇するため、冷却速度は鋼板表面で20℃/s以上100℃/s以下の範囲とする。
【0038】
〔冷却1段目の冷却停止温度〕
冷却停止温度:鋼板の表面温度で400℃以上600℃以下
700℃以上の温度域から、20℃/s以上100℃/s以下の速度で冷却して、鋼板表層部にフェライトとベイナイト相を生成させるが、冷却停止温度が400℃を下回ると、引き続く2段目の冷却の開始が遅れて冷却の効果が不十分となり、高強度高靭性化が得られなくなる。一方、冷却停止温度が600℃を超えているとフェライトとベイナイトの生成が十分ではなく、その状態で2段目の冷却を開始すると表層部にマルテンサイトや島状マルテンサイト(MA)が生成してしまう。したがって、1段目の冷却停止温度は、鋼板の表面温度で400℃以上600℃以下の範囲とする。
【0039】
〔冷却1段目の制約条件〕
上記した1段目の冷却において、Tを1段目冷却における鋼板表面の冷却終了温度(℃)、Vを1段目冷却における鋼板表面の冷却速度(℃/s)としたとき、これらが次式(1)を満たす条件で1段目の冷却を行うことが重要である。
3≦(700−T)/V ・・・(1)
上記(1)式の右辺が意味するところは、1段目冷却の冷却時間である。すなわち、1段目冷却は3秒以上継続する必要があることを示している。これは、表層の組織が硬質とならないように、フェライトやベイナイト相が十分に生成するためには、3秒以上の時間を要するためである。
(1)式が満たされない場合は、鋼板表層部にマルテンサイトや島状マルテンサイト(MA)が生成し、表層部の硬さ上昇が著しくなり、硬さのばらつきが大きくなるため、冷却1段目の制約条件として(1)式を満足させる必要がある。
【0040】
〔冷却2段目の冷却速度〕
鋼板平均の冷却速度:4℃/s以上
冷却2段目の冷却速度とは、(「2段目冷却開始時の鋼板平均温度」−「2段目冷却が終了して鋼板表面が復熱したときの鋼板平均温度」)/(「2段目冷却が終了して鋼板表面が復熱したときの時刻」−「2段目冷却開始時刻」)である。2段目の冷却が終了した時点で、鋼板表面は鋼板の板厚方向中央部に比べて温度が低いが、その後、温度の高い板厚中央部から表面に熱が伝わるので、表面温度は上昇し、表面温度は極大値を取る。この現象は復熱と称され、復熱した状態、すなわち、表面温度が極大値となった状態では、鋼板の板厚方向温度差は小さくなる。2段目冷却開始時の鋼板平均温度から、鋼板表面が復熱したときの鋼板平均温度を差し引いた温度差を、冷却開始から復熱完了までの所要時間で割ることにより、鋼板平均の冷却速度を計算することができる。
鋼板平均の冷却速度が4℃/sに満たないと強度上昇効果が十分得られなくなるため、4℃/s以上とする。なお、鋼板の厚みが大きくなると、板厚方向中央部の冷却速度は鋼中の熱伝達律速となるため、板厚:100mmの鋼板平均冷却速度の物理限界はおおよそ4℃/sである。また、この冷却条件を厚肉鋼板で得ようとする場合には、鋼板表面でその温度が200℃以上の温度域において鋼板表面の冷却速度として100℃/sを超える冷却を行う必要がある。
【0041】
ところで、1段目の冷却の影響を受けて、2段目冷却開始時の鋼板表面温度がその時点での鋼板板厚中央部の温度よりも低い可能性はある。しかしながら、本発明においては、鋼板平均の冷却速度の計算に用いる2段目冷却開始時の鋼板温度として、上述のように鋼板表面温度を用いるので、本発明で規定する鋼板平均の冷却速度を確保すれば、2段目冷却開始時の温度が鋼板表面よりも高い領域についても、本発明で規定する鋼板冷却速度を確保できるので、十分な強度上昇効果が得られることになり、問題となることはない。
なお、鋼板平均の温度および冷却速度については、物理的に直接測定することはできないが、表面の温度変化を基にしたシミュレーション計算によりリアルタイムで求めることができる。
【0042】
〔冷却2段目の冷却後の復熱温度〕
冷却後の復熱温度:2段目冷却が終了して鋼板表面が復熱したときの鋼板の平均温度で600℃以下
合金元素を削減し、低合金化した化学成分の鋼においては、2段目の冷却が終了して鋼板表面が復熱したときの鋼板の平均温度が600℃を上回ると十分な高強度化が得られないため、冷却後の復熱温度、すなわち、2段目冷却が終了して鋼板表面が復熱したときの鋼板の平均温度は600℃以下とする。
【0043】
〔デスケーリング〕
また、本発明では、上述したような2段階の制御冷却の直前に高衝突圧の噴射流によるデスケーリングを行うことが好ましい。
圧延後の鋼板においては、圧延前および圧延中のデスケーリング等により幅方向にスケールの厚みにムラが生じることがある。また、スケール厚みが大きい場合には、部分的にスケールの剥離が生じることがある。圧延後の冷却の際に、スケール厚みにばらつきが生じていると、その厚みに応じて鋼板表面の冷却速度も変化してしまい、その冷却速度に応じて鋼板表面の硬さも変化してしまう。その対策として、制御冷却の直前に高衝突圧の噴射流によるデスケーリングを実施し、これによりスケール厚みを冷却速度に大きな差が生じない程度に薄くすることにより、上記の問題を解消するのである。
ここに、制御冷却後の鋼板のスケール厚みが15μm以下の場合には、板幅方向および板厚方向の硬さのばらつきがいずれもΔHVで30以下となる。制御冷却直前の鋼板のスケール厚みを測ることは事実上困難であるが、制御冷却前のスケール厚みは制御冷却後のスケール厚みによって推定することができ、冷却後の鋼板のスケール厚みが15μm以下となるように冷却直前にデスケーリングを行うことによって、所望の効果が得られることが解明された。
【0044】
デスケーリング圧(鋼板表面での噴射流の衝突圧):1MPa以上
本発明では、制御冷却の直前に鋼板表面での噴射流の衝突圧が1MPa以上となる条件でデスケーリングを行う。鋼板表面での噴射流の衝突圧が1MPa未満では、デスケーリングが不十分でスケールむらが生じる場合があり、表層硬さのばらつきが生じるため、噴射流の衝突圧は1MPa以上とする。デスケーリングは高圧水を用いて行うが、鋼板表面での噴射流の衝突圧が1MPa以上であれば、他の噴射流を用いても問題はない。より好ましくは2MPa以上である。
【0045】
また、デスケーリング後、5秒以内に制御冷却を行うことが望ましい。デスケーリング後、制御冷却を行うまでの時間が5秒を超えると、スケールが成長するため表層部の冷却速度が上昇し、硬さのばらつきが大きくなる。特に、スケール厚さが15μmを超える場合、表層硬さばらつきが顕著となる。この点、デスケーリング後、5秒以内に制御冷却を開始すれば、スケール厚さを15μm以下とすることができる。従って、制御冷却の直前にデスケーリングを行う場合には、デスケーリングから制御冷却までの時間は5秒以内とする必要がある。
【0046】
本発明鋼板の製造に使用して好適な圧延ラインとの一例としては、上流から下流側に向かって、熱間圧延機、高衝突圧デスケーリング装置、1段目冷却用の制御冷却装置、2段目冷却用の制御冷却装置をこの順に配置する構成が挙げられる。また、デスケーリング装置の前に熱間矯正機を設置することもできる。この熱間矯正機で鋼板の形状を改善することにより、噴射流の衝突圧を増大させることができるため、低コストでより効率的なデスケーリングの実施が可能となる。
また、デスケーリング装置の前に熱間矯正機を設置することもできる。この熱間矯正機で鋼板の形状を改善することにより、噴射流の衝突圧を増大させることができるため、低コストでより効率的なデスケーリングの実施が可能となる。
【実施例】
【0047】
表1に示す化学成分になる鋼(鋼種A〜G)を、連続鋳造法によりスラブとし、これを用いて板厚:60mmから100mmの厚鋼板(No.1〜16)を製造した。
ついで、スラブを加熱後、熱間圧延により所定の板厚としたのち、あるいはその後高衝突圧のデスケーリングを行ったのち、水冷型の制御冷却装置を用いて2段階の制御冷却を行った。各鋼板(No.1〜16)の製造条件を表2に示す。
【0048】
得られた鋼板のミクロ組織およびスケール性状を、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡により観察した。10視野の断面組織写真を得て、画像解析装置を用いて相分率を測定した。また、スケール厚さを測定し、10視野の平均値で評価した。特性は、圧延方向に直角の方向、t/4位置(板厚1/4位置)の丸棒試験片を引張試験片として、引張強度を測定した。また、圧延方向に直角な断面について、JIS Z 2244に準拠して、ビッカース硬さを測定し、板厚方向の硬さ分布と板幅方向の硬さ分布を求めた。板厚方向については、1mmピッチで全厚の硬さを測定し、板幅方向については、20mmピッチで全幅の硬さを測定した。なお、板幅方向の硬さは、表面下1mm位置、t/4位置(板厚1/4位置)、t/2位置(板厚中心部)で測定したが、いずれの鋼板も表面下1mm位置において硬さのばらつきが最大を示したので、板幅方向の硬さのばらつきは表面下1mm位置で評価した。
本発明の目標範囲は、高強度鋼板として引張強度が490MPa以上、−40℃でのシャルピー衝撃試験値vE(−40℃)が27J以上、ミクロ組織はフェライトとベイナイトの複相組織、板厚方向および板幅方向の硬さのばらつきはいずれもΔHV50以下である。
得られた結果を表3に示す。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
【表3】

【0052】
No.1〜5は、化学成分および製造条件が本発明の適正範囲を満足する発明例である。いずれも、引張強度:490MPa以上、−40℃でのシャルピー衝撃試験値vE(−40℃):27J以上、板厚方向と板幅方向の硬さのばらつきΔHV:50以下であり、鋼板のミクロ組織は実質的にフェライトとベイナイト組織であった。特に、制御冷却直前に高衝突圧のデスケーリングを実施したNo.5においては、制御冷却後のスケール厚さが15μm以下となり、板厚方向と板幅方向の硬さのばらつきΔHV:30以下の良好な結果となった。
一方、No.6,7は、化学成分が本発明の範囲外の比較例であり、No.6はCが、またNo.7はSiが、それぞれ本発明の適正範囲を超えているため、十分な靭性が得られなかった。No.8〜16はいずれも、化学成分は本発明の適正範囲内であるが、製造条件が本発明の適正範囲を逸脱した比較例である。No.8は、スラブ加熱温度が低いため、ミクロ組織の均質化が不十分であり、十分な強度および靭性が得られなかった。No.9は、圧延終了温度が本発明の適正範囲を下回り、同時に制御冷却の開始温度も本発明の適正範囲を下回ったため、満足いく強度が得られなかった。No.10は、1段目冷却の冷却速度が本発明の下限に満たないため、低い強度しか得られなかった。No.11,12,14は、1段目冷却の冷却条件が本発明の適正範囲を逸脱し、ミクロ組織としてフェライトとベイナイトの複相組織が得られなかったため、いずれも板厚方向と板幅方向の硬さのばらつきがΔHV50を超えていた。No.13は、1段目冷却の停止温度が本発明の上限を超えているため、2段目冷却における冷却効果を十分に得ることができず、満足いく強度が得られなかった。No.15,16は、2段目冷却の冷却条件が本発明の適正範囲を逸脱しているため、低い強度しか得られなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.01〜1.0%及びMn:0.5〜2.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物の組成からなり、鋼組織がフェライトとベイナイト組織であり、しかも板厚方向の硬さのばらつきがビッカース硬さΔHVで50以下で、かつ板幅方向の硬さのばらつきがビッカース硬さΔHVで50以下であることを特徴とする、鋼板内の材質均一性に優れた高強度高靭性厚肉鋼板。
【請求項2】
前記鋼が、さらに、質量%で、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:1.0%以下及びMo:0.5%以下のうちから選んだ1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の高強度高靭性厚肉鋼板。
【請求項3】
前記鋼が、さらに、質量%で、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%及びTi:0.005〜0.1%のうちから選んだ1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の高強度高靭性厚肉鋼板。
【請求項4】
前記鋼が、さらに、質量%で、B:0.0003〜0.002%を含有することを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の高強度高靭性厚肉鋼板。
【請求項5】
質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.01〜1.0%及びMn:0.5〜2.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物の組成からなる鋼片を、900℃以上1300℃以下の温度に加熱し、圧延終了温度が鋼板表面温度で700℃以上900℃以下で熱間圧延したのち、鋼板表面温度が700℃以上の温度域から、鋼板表面の冷却速度が20℃/s以上100℃/s以下の速度で鋼板表面温度が400℃以上600℃以下の温度域まで下記(1)式を満たす条件で1段目の冷却を行い、ついで鋼板平均の冷却速度が4℃/s以上で冷却後の復熱温度が600℃以下となる2段目の冷却を行うことを特徴とする、鋼板内の材質均一性に優れた高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。

3≦(700−T)/V ・・・(1)
ここで、T:1段目冷却における鋼板表面の冷却終了温度(℃)
V:1段目冷却における鋼板表面の冷却速度(℃/s)
【請求項6】
質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.01〜1.0%及びMn:0.5〜2.0%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物の組成からなる鋼片を、900℃以上1300℃以下の温度に加熱し、圧延終了温度が鋼板表面温度で700℃以上900℃以下で熱間圧延し、引き続く制御冷却の直前に鋼板表面での噴射流の衝突圧が1MPa以上の条件でデスケーリングを行い、その後5秒以内に、鋼板表面温度が700℃以上の温度域から、鋼板表面の冷却速度が20℃/s以上100℃/s以下の速度で鋼板表面温度が400℃以上600℃以下の温度域まで下記(1)式を満たす条件で1段目の冷却を行い、ついで鋼板平均の冷却速度が4℃/s以上で冷却後の復熱温度が600℃以下となる2段目の冷却を行うことを特徴とする、鋼板内の材質均一性に優れた高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。

3≦(700−T)/V ・・・(1)
ここで、T:1段目冷却における鋼板表面の冷却終了温度(℃)
V:1段目冷却における鋼板表面の冷却速度(℃/s)
【請求項7】
前記鋼片が、さらに、質量%で、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:1.0%以下及びMo:0.5%以下のうちから選んだ1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項5または6に記載の高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記鋼片が、さらに、質量%で、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%及びTi:0.005〜0.1%のうちから選んだ1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項5乃至7のいずれかに記載の高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記鋼片が、さらに、質量%で、B:0.0003〜0.002%を含有することを特徴とする、請求項5乃至8のいずれかに記載の高強度高靭性厚肉鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2012−77326(P2012−77326A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−221512(P2010−221512)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】