説明

電力変換装置及びその制御方法

【課題】 ノイズ等の制御外乱に対し広い領域で有効となる変化率リミット値を備えた電力変換装置及びその制御方法を提供する。
【解決手段】 ベクトル制御で制御される電動機駆動用電力変換装置において、電動機の位相角度、電動機の速度信号、電動機のすべり及び2軸変換されたd/q軸電流のすくなくとも1つの制御量の変化率を制限するリミット処理手段4を備え、前記リミット処理手段4は、制御量の変化率の現在値を基準に、第一の所定量を加算した上限リミット値と第2の所定量を減算した下限リミット値とを有するように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機に必要な電力を供給する電力変換装置及びその制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電力変換装置、特に電動機の速度あるいはトルクを精密に制御するためのインバータ装置においては、応答性や制御精度の改善のためトルク電流と励磁電流を分離して制御する所謂ベクトル制御方式が使用されている。また、速度センサを用いないセンサレスベクトル制御も使用されている。これらのインバータ装置にはパルス幅変調(PWM)制御方式が採用されるのが普通である。
【0003】
このような電力変換装置の制御においては、対象となる一つの制御量が外乱により一時的に大幅に変化すると、結果として全体の制御が乱れることになり、この現象を抑制するために、変化率のリミット処理を実施することがある(例えば特許文献1参照。)。
【特許文献1】特開平9−312978号公報(第2−3頁、図2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の変化率リミット処理は、対象となる制御量の想定される最大の変化率を基準として、一定のリミット値を選定していた。例えば、ベクトル制御における位相角度θrの変化率リミットを設定する場合、位相角度の変化率dθr/dtの想定される最大値を基準としてある一定値を加算した値を変化率リミットとして設定していた。
【0005】
すなわち、従来から使用している変化率リミット方式においては、対象となる制御量のリミット値がすべての領域において同じ値になるため、例えば、ピークカットを行って除去すべきノイズ成分が存在する場合、変化率が大きい領域ではこの除去が可能であるが、変化率の小さい領域においては、実際の変化率に対してリミット値が大きくなるためこの除去ができず、あまり効果がない結果となっていた。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みて為されたもので、ノイズ等の制御外乱に対し広い領域で有効となる変化率リミット値を備えた電力変換装置及びその制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明の電力変換装置及びその制御方法は、直流母線に接続された電動機駆動用の逆変換器と、前記電動機の位相角度及び速度信号を直接または間接的に検出する速度検出手段と、前記速度信号と速度基準からトルク基準を算出する速度制御手段と、前記トルク基準と前記速度信号からd/q軸電流基準およびすべりを算出するベクトル演算制御手段と、前記電動機の入力電流を検出する電流検出手段と、前記すべりと前記位相角度から磁束位置を演算する手段と、この磁束位置と前記電流検出手段によって検出された電流からd/q軸電流を算出する演算手段と、前記d/q軸電流および前記d/q軸電流基準からd/q軸電圧基準を算出する電流制御手段と、このd/q軸電圧基準と前記磁束位置から3相の電圧基準を算出する座標変換手段と、この3相の電圧基準から前記逆変換器を制御するゲートパルスを出力するPWM変換手段と、前記位相角度、前記速度信号、前記すべり及び前記d/q軸電流のすくなくとも1つの制御量の変化率を制限するリミット処理手段とから構成される電力変換装置において、前記リミット処理手段は、制御量の変化率の現在値を基準に、第1の所定量を加算した値を上限リミット値とし、第2の所定量を減算した値を下限リミット値としてリミット処理を行うことを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ノイズ等に対し広い領域で有効となる変化率リミット値を備えた電力変換装置及びその制御方法を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、図面を参照して本発明の実施例を説明する。
【実施例1】
【0010】
図1(a)は本発明に係る電力変換装置の回路構成図である。平滑用のコンデンサを有する直流母線に接続された逆変換器1は、負荷である電動機2を駆動する。直流母線には、通常商用交流を順変換器で直流に変換した直流電力が供給されるが、図示は省略している。電動機2に取り付けた速度センサ3により、電動機の位相角度θrが検出され、変化率リミット回路4、微分回路5を経由して速度信号ωrが得られる。速度信号ωrと速度基準ωr*の差分を増幅演算する速度制御回路6の出力としてトルク基準T*が得られ、ベクトル制御回路7ではトルク基準T*と速度信号ωrから2軸電流基準Iq*、Id*及びすべりωsが算出される。電流検出器8により検出される相電流Iu、Iwと、すべりωsと位相角度θrを加算回路9で加算して得られる磁束位置を示す位相θ0とから、座標変換回路10によりフィードバック電流としてのq軸電流Iq及びd軸電流Idが算出される。q軸電流Iq及びd軸電流Idと2軸電流基準Iq*及びId*の夫々の差分を演算増幅する電流制御回路11の出力として電圧基準Vq*、Vd*が夫々算出され、この電圧基準Vq*、Vd*と位相θ0から座標変換回路12により3相の電圧基準Vu*、Vv*及びVw*が算出される。この電圧基準Vu*、Vv*及びVw*をPWM変換回路13に入力し、逆変換器1を制御するゲートパルスを最終的に得ている。
【0011】
図1(b)は実施例1における変化率リミット回路の内部構成図である。
【0012】
入力信号Data_inから、減算器41によって、逆Z変換回路42の出力である1サンプリング前のデータが減算され、その差分がリミット回路43に与えられる。リミット回路43の出力は加算器44に与えられ、逆Z変換回路42の出力に加算されて出力信号Data_outとなる。この出力信号Data_outが上述の逆Z変換回路42の入力となるように構成されているため、逆Z変換回路42の出力は現在値より1サンプリング前の入力信号データとなる。
【0013】
リミット回路43の出力DQDTは移動平均回路45に与えられる。移動平均回路45には過去のデータが蓄積されており、過去の一定時間毎にサプリングした少なくとも1つのデータに今回のリミット回路43の出力信号DQDTを加え、これらの平均値AVE_DQDTを演算しこれを出力する。この平均値AVE_DQDTに一定値αを加算器46で加えた値をリミット回路43の上限リミット値ULとし、またこの平均値AVE_DQDTから一定値βを減算器47で差し引いた値をリミット回路43の下限リミット値LLとする。
【0014】
以下本発明の実施例1の作用効果について図2を参照して説明する。
【0015】
図2は、図1(b)に示した変化率リミット回路の動作説明図である。位相角度θrの値が図2に示したように時間ごとに変化していく場合を考える。まず、dθr/dt=aの状態を考えると、入力信号Data_inは単位時間にaだけ増加していく信号となり、従って、変化率リミット回路4の出力信号Data_outは、一定値aとなる。このとき、移動平均回路45の出力も一定値aとなるため、上限リミット値ULは図2に破線で示したように(a+α)となる。同様にして、dθr/dt=bに変化した状態では、上限リミット値ULは(b+α)、またdθr/dt=cに変化した状態では、上限リミット値ULは(c+α)となる。下限リミット値LLについても同様の考え方で決定される。また、図示は省略しているが、移動平均回路45の出力は過去のデータを含む移動平均値としているため、位相角度の変化率が急変したときには、上限リミット値UL及び下限リミット値LLは滑らかに変化する。
【0016】
以上のように、本実施例によれば、変化率の現在値に任意の値αを加算した値を上限リミット値、任意の値βを減算した値を下限リミット値とするので、変化率が小さい領域においてもノイズ等の影響を除去することが可能となる。
【0017】
尚、実施例1の構成においては、速度センサ3を用いて速度検出を行っているが、電動機2の速度を間接的に検出する所謂センサレスベクトル制御方式であっても本発明は有効である。
【実施例2】
【0018】
図3は本発明の実施例2に係る電力変換装置の変化率リミット回路の内部構成図である。この実施例2の各部について、図1(b)の実施例1に係る電力変換装置の変化率リミット回路の各部と同一部分は同一符号で示し、その説明を省略する。この実施例2が実施例1と異なる点は、平均値AVE_DQDTと一定値αを乗算器48で掛け合わせた値と平均値AVE_DQDTを加算器46で加えた値をリミット回路43の上限リミット値ULとし、またこの平均値AVE_DQDTと一定値βを乗算器48で掛け合わせた値を平均値AVE_DQDTから減算器47で差し引いた値をリミット回路43の下限リミット値LLとするように構成した点である。
【0019】
このように構成すると、上限リミット値ULは(AVE_DQDT(1+α))となり、下限リミット値LLは(AVE_DQDT(1−β))となる。この回路を用いることにより、現在の変化量を基準に、変化率が大きくなれば大きなリミット値、小さくなれば小さなリミット値を自動設定することが可能となり、例えば、ノイズが変化率に比例して増加するような場合、ノイズの影響を除去することがより容易となる。
【実施例3】
【0020】
図4は本発明の実施例3に係る電力変換装置の変化率リミット回路の内部構成図である。この実施例3の各部について、図3の実施例2に係る電力変換装置の変化率リミット回路の各部と同一部分は同一符号で示し、その説明を省略する。この実施例3が実施例2と異なる点は、減算器46及び47に代え、加減算器50及び51を設け、加減算器50に対し一定値aを加算し、加減算器51に対し一定値bを減算するようにした点、また、乗算器48及び49に代え、除算器52及び53を設け、除算器52で任意の値αを一定時間ごとに移動平均回路45により算出される変化量の平均値AVE_DQDTで除算した値を加減算器50の減算入力とし、任意の値βを変化量の平均値AVE_DQDTで除算した値を加減算器51の加算入力とするようにした点である。
【0021】
このように構成することにより、加減算回路50で加減算した結果上限リミット値ULは(AVE_DQDT−α/AVE_DQDT+a)となり、また、加減算回路51で加減算した結果下限リミット値LLは(AVE_DQDT+β/AVE_DQDT−b)となる。この回路を用いて、a>α/AVE_DQDT 、b>β/AVE_DQDTとなるようなa、α、b及びβを選定することにより、リミット値の設定範囲をaとbの中間の値で固定でき、且つ現在の変化量を基準に、変化率が大きくなれば大きなリミット値、小さくなれば小さなリミット値を自動設定することが可能となる。
【0022】
尚上記の実施例3のリミット機能は、実施例2のリミット機能に上限及び下限の絶対リミット値a及びbを追加するような構成としても同様の効果が得られる。
【実施例4】
【0023】
図5は本発明の実施例4に係る電力変換装置の回路構成図である。この実施例4の各部について、図1(a)の実施例1に係る電力変換装置の回路構成図の各部と同一部分は同一符号で示し、その説明を省略する。この実施例4が実施例1と異なる点は、位相角θrに対する変化率リミット回路4に代え、この位相角の微分値である速度信号ωrに対し変化率リミット回路4Aを設けた点である。
【0024】
このように速度信号ωrの変化率リミットを設けることも電力変換装置の設置状況によっては制御の安定性確保の上で有効な場合がある。また、図1(a)の位相角θrに対する変化率リミット回路4とこの速度信号ωrの変化率リミット回路4Aを併用するようにしても良い。
【0025】
更に、図示は省略するが、すべりωsあるいはd軸電流id及びq軸電流iqなどの制御量に変化率リミット回路を付加することが制御の安定性確保の上で有効な場合もあるのでこれ等を付加する構成としても良い。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施例1に係る電力変換装置の回路構成図。
【図2】変化率リミット回路の動作説明図。
【図3】本発明の実施例2に係る電力変換装置の変化率リミット回路の内部構成図。
【図4】本発明の実施例3に係る電力変換装置の変化率リミット回路の内部構成図。
【図5】本発明の実施例4に係る電力変換装置の回路構成図。
【符号の説明】
【0027】
1 逆変換器
2 電動機
3 速度センサ
4、4A 変化率リミット回路
41 減算器
42 逆Z変換回路
43 リミット回路
44 加算器
45 移動平均回路
46 加算器
47 減算器
48 、49 乗算器
50、51 加減算回路
52、53 除算器
5 微分回路
6 速度制御回路
7 ベクトル制御回路
8 電流検出器
9 加算器
10 座標変換回路
11 電流制御回路
12 座標変換回路
13 PWM制御回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流母線に接続された電動機駆動用の逆変換器と、
前記電動機の位相角度及び速度信号を直接または間接的に検出する速度検出手段と、
前記速度信号と速度基準からトルク基準を算出する速度制御手段と、
前記トルク基準と前記速度信号からd/q軸電流基準およびすべりを算出するベクトル演算制御手段と、
前記電動機の入力電流を検出する電流検出手段と、
前記すべりと前記位相角度から磁束位置を演算する手段と、
この磁束位置と前記電流検出手段によって検出された電流からd/q軸電流を算出する演算手段と、
前記d/q軸電流および前記d/q軸電流基準からd/q軸電圧基準を算出する電流制御手段と、
このd/q軸電圧基準と前記磁束位置から3相の電圧基準を算出する座標変換手段と、
この3相の電圧基準から前記逆変換器を制御するゲートパルスを出力するPWM変換手段と
前記位相角度、前記速度信号、前記すべり及び前記d/q軸電流のすくなくとも1つの制御量の変化率を制限するリミット処理手段と
を備え、
前記リミット処理手段は、制御量の変化率の現在値を基準に、第1の所定量を加算した上限リミット値と第2の所定量を減算した下限リミット値とを有することを特徴とする電力変換装置。
【請求項2】
直流母線に接続された電動機駆動用の逆変換器と、
前記電動機の位相角度及び速度信号を直接または間接的に検出する速度検出手段と、
前記速度信号と速度基準からトルク基準を算出する速度制御手段と、
前記トルク基準と前記速度信号からd/q軸電流基準およびすべりを算出するベクトル演算制御手段と、
前記電動機の入力電流を検出する電流検出手段と、
前記すべりと前記位相角度から磁束位置を演算する手段と、
この磁束位置と前記電流検出手段によって検出された電流からd/q軸電流を算出する演算手段と、
前記d/q軸電流および前記d/q軸電流基準からd/q軸電圧基準を算出する電流制御手段と、
このd/q軸電圧基準と前記磁束位置から3相の電圧基準を算出する座標変換手段と、
この3相の電圧基準から前記逆変換器を制御するゲートパルスを出力するPWM変換手段と、
前記位相角度、前記速度信号、前記すべり及び前記d/q軸電流のすくなくとも1つの制御量の変化率を制限するリミット処理手段と
から構成される電力変換装置において、
前記リミット処理手段は、制御量の変化率の現在値を基準に、第1の所定量を加算した値を上限リミット値とし、第2の所定量を減算した値を下限リミット値としてリミット処理を行うことを特徴とする電力変換装置の制御方法。
【請求項3】
前記第1の所定量及び、前記第2の所定量は各々一定値であることを特徴とする請求項1に記載の電力変換装置または請求項2に記載の電力変換装置の制御方法。
【請求項4】
前記第1及び第2の所定量は、各々変化率の現在値の増加に応じて増加する量としたことを特徴とする請求項1に記載の電力変換装置または請求項2に記載の電力変換装置の制御方法。
【請求項5】
前記第1及び第2の所定量は、各々変化率の現在値の増加に応じて増加する量とし、且つ各々所定の絶対リミット値以下としたことを特徴とする請求項1に記載の電力変換装置または請求項2に記載の電力変換装置の制御方法。
【請求項6】
前記変化率の現在値は、
過去の少なくとも1つ変化率のサンプル値と現在の変化率の値を移動平均して求めるようにしたことを特徴とする請求項1に記載の電力変換装置または請求項2に記載の電力変換装置の制御方法。



【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2006−6072(P2006−6072A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−182047(P2004−182047)
【出願日】平成16年6月21日(2004.6.21)
【出願人】(501137636)東芝三菱電機産業システム株式会社 (904)
【Fターム(参考)】