説明

電動ブレーキ装置

【課題】ブレーキペダルの操作量に応じた制動力を確保することができる電動ブレーキ装置を提供する。
【解決手段】 制動動作開始時にRAM31が記憶している剛性テーブルT0と制動間隔や制動時間等の制動状況などに伴い変化する電動キャリパ4の実際の剛性特性(位置対応の押付力特性)とが一致しない場合においても、1回の制動中に推力推定値が算出されるごとに、押付力指令値・回転位置対応特性(剛性テーブル)の更新を行うため、押付力指令値と発生押付力との偏差を低減することができ、換言すれば、電動キャリパ4の実際の剛性特性の状態に応じて押付力指令に対する追従性を確保することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制動に用いられる電動ブレーキ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電動ブレーキ装置では、1回の制動の終了後、例えばブレーキペダルを踏んで離すまでの1回の制動操作の終了後に、キャリパやブレーキパッドの剛性特性を示す剛性テーブルを更新するようにするものがある(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−161154号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来技術では、1回の制動中におけるキャリパやブレーキパッドの剛性変化に対応することができず、剛性の変化度合いによってはブレーキペダルの操作量等の制動指示に対して制動力に過不足が生じてしてしまう虞があった。
【0005】
本発明は、ブレーキペダルの操作量等の制動指示に応じた制動力を確保することができる電動ブレーキ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明に係る電動ブレーキ装置は、電動モータ、該電動モータの回転位置を検出する回転位置検出手段、及びディスクロータにブレーキパッドを押付ける押付部材を備え、該押付部材が前記電動モータにより推進されるキャリパと、制動指示信号に応じた前記押付部材による前記ブレーキパッドへの押付力指令値に基づいて前記電動モータの制御に用いる供給電流値を前記キャリパの剛性特性データから算出する制御手段と、からなり、前記制御手段は、前記回転位置検出手段で検出された前記電動モータの回転位置における前記押付部材に実際に作用している推力の情報を算出する推力情報算出手段と、前記押付部材が1回の制動中で前記ブレーキパッドを押圧している最中に、該推力情報算出手段で前記推力の情報が算出されるごとに、当該推力の情報と前記電動モータの回転位置とに基づいて前記キャリパの剛性特性データを更新する更新手段と、前記更新手段によって前記キャリパの剛性特性データが更新されるごとに、当該更新された前記剛性特性データに基づいて、前記供給電流値を算出するために前記押付力指令値から変換される指令値を変更する指令値変更手段と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本願発明によれば、ブレーキ操作量等の制動指示に応じた良好な制動力を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の第1実施形態に係る電動ディスクブレーキシステムの電動キャリパの断面図である。
【図2】図1の電動ディスクブレーキシステムを模式的に示すブロック図である。
【図3】図1の電動ディスクブレーキシステムの制御方法を説明するための図2のECUの機能ブロック図である。
【図4】図2のECUが実行する剛性テーブルの更新方法を説明するためのフローチャートである。
【図5】押付力指令値・回転位置対応特性(剛性テーブル)の更新方法を示す図である。
【図6】実施形態に係る剛性テーブルの更新処理を説明するための図であり、時間対応の押付力、回転位置指令を夫々示すタイムチャート
【図7】図2のECUが実行する剛性テーブル更新に用いる推定推力値の算出方法を説明するためのフローチャートである。
【図8】剛性テーブルの原点から推定推力値が求まった位置までの剛性テーブルの更新方法を説明するための図である。
【図9】推定推力値が求まった位置以降の剛性テーブルを更新する方法を説明するための図である。
【図10】図2のECUが実行する剛性テーブル更新に用いる推定推力値の算出方法を説明するための変形例1のフローチャートである。
【図11】図2のECUが実行する剛性テーブル更新に用いる推定推力値の算出方法を説明するための変形例2のフローチャートである。
【図12】推定推力値が求まった位置以降の剛性テーブルを更新する方法を説明するための変形例3の図である。
【図13】モータ回転位置指令の算出方法を示す変形例4の図であり、(a)は、更新前後の剛性テーブルの差異が大きい場合の状況を示す図、(b)は、モータ回転位置指令の変化量を制限して行う例を示す図である。
【図14】本発明の第2実施形態に係る電動ディスクブレーキシステムの制御方法を説明するためのECUの機能ブロック図である。
【図15】本発明の第3実施形態に係る電動ディスクブレーキシステムの制御方法を説明するためのECUの機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[電動ブレーキ装置の構成]
以下、本発明の第1実施形態に係る電動ブレーキ装置を図面に基づいて説明する。本実施形態に係る電動ブレーキ装置は、電動ディスクブレーキシステム1である。図1、図2において、電動ディスクブレーキシステム1は、車体の非回転部に固定されるキャリア2にディスクロータ3の軸線方向へ移動可能に支持される電動キャリパ4と、ブレーキペダル5の操作量を検出してブレーキペダル5の操作量や操作力を示す情報(以下、ペダル操作情報という。)を出力する操作センサ6と、制御手段の一例であるコントローラ7と、を備えている。操作センサ6は、ブレーキペダル5の踏力を検出する踏力センサ、ブレーキペダル5の回転量や直線移動量を検出するストロークセンサ等から適宜選択されて用いられる。なお、ペダル操作情報(ブレーキペダル5の操作量や操作力を示す情報)は制動指示信号に相当している。また、制動指示信号としては、上記ペダル操作情報のほか、車両姿勢制御装置や回生制御装置からの制動力を付与するための信号がある。
【0010】
電動キャリパ4は、キャリパ本体15を有している。キャリパ本体15は、ディスクロータ3にブレーキパッド9を押付ける押付部材としてのピストン11を収納するシリンダ部13と、シリンダ部13からディスクロータ3を跨いで延びる爪部17とから構成されている。シリンダ部13の内部には、電動モータ19、レゾルバ21、減速機構25、ボール・ランプ機構27、及びパッド摩耗補償機構29が設けられている。レゾルバ21は、回転位置検出手段として電動モータ19の回転位置、詳しくは、電動モータ19のロータの回転位置を検出する。減速機構25は、電動モータ19の回転を減速してモータトルクを増力する。ボール・ランプ機構27は、減速機構25を介して受ける電動モータ19の回転を直線運動に変換してピストン11を移動させる。パッド摩耗補償機構29は、ブレーキパッド9の摩耗に応じてピストン11の位置を変更してパッド摩耗を補償するようになっている。これらのシリンダ部13の内部構成によって、ピストン11は、ボール・ランプ機構27及び減速機構25を介して電動モータ19により推進されて一対のブレーキパッド9のうち一方のブレーキパッド9(図1右側のブレーキパッド9)に押付力を付与するようになっている。なお、本実施形態においては、電動モータ19の回転を直線運動に変換する、いわゆる回転直動変換機構として、ボール・ランプ機構27を用いて説明しているが、これに限らず、回転を直線運動に変換する機構であれば、ボールねじ機構や、精密ローラねじ機構、ラック・アンド・ピニオン機構等を用いることができる。
【0011】
コントローラ7は、図2に示すように、電動モータ19へ電流を供給するモータドライバ32、RAM31及びECU33を有している。ECU33は、操作センサ6からのペダル操作情報を制動指示信号として入力を受け、ペダル操作情報が示すペダル操作情報に基づいてモータドライバ32を介して電動モータ19ひいてはピストン11によるブレーキパッド9への押付力の制御を行うようにしている。モータドライバ32はインバータ回路により構成されており、内部には、電動モータ19への供給電流を検出する電流センサ23を内蔵している。RAM31には、後述する剛性特性データとしての剛性テーブルが記憶されている。剛性テーブルは、ペダル操作情報に基づく押付力指令値と前記電動モータ19の回転位置との関係を示すもので、押付力・回転位置対応特性に相当している。本実施形態では、剛性テーブルについて、例えば図5に示すように、電動モータの回転位置を横軸、押付力指令値を縦軸にして表現している。なお、本実施形態では、押付力指令(押付力指令値)をモータ回転位置指令値に変換しているが、押付力指令値については、押付力発生に寄与する電流指令値やモータトルク指令値を用いるようにしてもよく、これらについては、別の実施形態として後述する。
【0012】
[ECUの機能構成]
ECU33は、図3に示すように機能ブロックで表すと、ペダル操作量‐押付力指令変換処理部35、押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37、位置制御処理部39、電流制御処理部41、電流補正処理部43、電流‐推力変換処理部45、及び剛性テーブル作成処理部46を含んで構成されている。ECU33は、これら各処理部が機能して、ペダル操作情報から電動モータ19のモータ動作指令を作成、言い換えれば、押付力指令値から電動モータ19への供給電流値を算出して電動モータ19へ供給するようにしている。
【0013】
ペダル操作量‐押付力指令変換処理部35は、入力されたペダル操作情報である制動指示信号をあらかじめ設定された変換係数によって、押付力指令値に変換して該押付力指令値を押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37に出力する。押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37は、前記押付力指令値をRAM31に記憶されている剛性テーブルに基づいてモータ回転位置指令値に変換して該モータ回転位置指令値を位置制御処理部39に出力する。そして、この押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37は、後述する電流‐推力変換処理部45から推定推力値が検出されたことが入力される度に、そのときにRAM31に記憶されている剛性テーブルに基づいて変換したモータ回転位置指令値を位置制御処理部39に出力するようになっている。
【0014】
位置制御処理部39は、レゾルバ21によって検出されたモータ回転位置と押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37からの前記モータ回転位置指令値との差異に基づいて加速度指令値を算出し、該加速度指令値を電流制御処理部41に出力する。位置制御処理部39による前記加速度指令値の算出は、例えばPID制御やオブザーバを用いて行われる。電流制御処理部41は、加速度指令値に対応した供給電流値であるモータ動作指令値を算出し、該モータ動作指令値に基づく電流を電動キャリパ4内の電動モータ19へ供給する。電流制御処理部41による前記モータ動作指令の算出は、モータトルク定数および慣性モーメントに基づく計算により実行される。
【0015】
キャリパ4は、電流制御処理部41からのモータ動作指令値を受けて動作する。そして、キャリパ4が動作することによって生じる、モータ回転位置の変位がレゾルバ21によって、また、モータへ実際に流れる電流であるq軸電流値が電流センサ23によって計測され、前記モータ回転位置の変位(以下、モータ回転位置ともいう。)を示す情報(以下、モータ回転位置情報という。)およびモータのq軸電流を示す情報(以下、モータ電流情報という。)がECU33の電流補正処理部43に入力される。
【0016】
ECU33の電流補正処理部43は、前記モータ回転位置情報を受けて、モータ速度及びモータ加速度を算出する。この前記モータ速度及びモータ加速度の算出は、モータ回転位置情報が示すモータ回転位置の時間変化量に基づいて行われる。また、電流補正処理部43は、モータ回転位置情報からのモータ回転位置、上述したようにして得られたモータ速度、モータ加速度、およびモータ電流情報からのモータのq軸電流値を用いて、電流補正処理を行なう。この電流補正処理は、加速度トルクや機械摩擦、粘性抵抗分の電流を除去してピストン推力に要する電流として補正後電流を算出する。また、電流補正処理としては、上記の補正後電流は単純にモータ回転位置情報と一致しないので、補正後電流に対応するモータ回転位置としてモータ回転位置情報から一定量を差し引いた補正後モータ回転位置を算出する。これら電流補正処理により得られた補正後電流は電流‐推力変換処理部45へ、また、補正後モータ回転位置を剛性テーブル作成処理部46に出力する。なお、上記電流補正処理については、図5のフローチャートに示すように行われるものであるが、詳細については後述する。
【0017】
電流‐推力変換処理部45は、電流補正処理部43が出力した補正後電流から推力の情報である推定推力値を算出する。電流‐推力変換処理部45の前記推定推力値の算出は、モータトルク定数および事前に計測することによって求めたキャリパ4の機械効率に基づいて行なう。この電流‐推力変換処理部45によって、推力情報算出手段が具現化されている。算出された推定推力値は、電流‐推力変換処理部45から剛性テーブル更新部46と押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37とへ出力される。
【0018】
剛性テーブル更新部46は、電流‐推力変換処理部45で求められた推力の情報である推定推力値および電流補正処理部43によって求められた補正後モータ回転位置を用いて、推定推力値が算出されたタイミングで、後述するように更新剛性テーブルを生成し、RAM31に記憶されている剛性特性データである剛性テーブルを更新剛性テーブルに変更する。
【0019】
[電動ブレーキ装置による制動作動]
この実施形態では、ブレーキパッド9とディスクロータ3の距離が、一定の間隔を保った初期位置にある状態における運転者のブレーキペダル5の操作に伴う制動力の発生、該制動力の解除、電動モータ19のモータ回転位置情報及びモータ電流情報(電動モータ19の供給電流)の計測は、大略、以下のとおり、行われる。
【0020】
運転者によってブレーキペダル5が操作されると、ペダル操作量が操作センサ6によってペダル操作情報に変換され、この制動指示信号に基づいてECU33から供給電流値としてモータ動作指令値が出力される。モータ動作指令値によって電動モータ19が動作すると、その動力が図1に示す減速機構25に伝わり、ボール・ランプ機構27によりピストン11が図1左方向に変位する。このピストン11の変位により一方のブレーキパッド9がディスクロータ3に押付けられ、その反力によるキャリパ4の変位によりキャリパ4の爪部17が他方のブレーキパッド9をディスクロータ3に押し付ける。これら一対のブレーキパッド9が両面からディスクロータ3を挟み付けることで、車両の制動力が発生する。このとき、電動モータ19の回転変位量はレゾルバ21によって計測され、電動モータ19へ実際に流れる電流は電流センサ23によって計測される。計測された電動モータ19のモータ回転位置情報およびモータ電流情報に基づいて、キャリパ4の剛性に基づく剛性テーブルがECU33にて更新され、更新された剛性テーブルによって算出される供給電流値によって電動モータ19が駆動されることが1回の制動中、繰り返して行われる。そして、運転者がブレーキペダル5を放すと、ブレーキパッド9は初期位置まで戻り、制動力が解除される。
【0021】
[電動ブレーキ装置の制御内容]
本実施形態では、上記した制動作動を行なうために、図4に示すような制御を行なう。まず、電動ディスクブレーキシステム1(以下、ブレーキシステムという)がオン(ON)であるか否かを判定する(ステップS1)。ステップS1で否(No)と判定すると処理を終了する。ここで、ブレーキシステムがオンとなるのは、制動指示信号がECU33に入力されたとき、すなわち、ブレーキペダル5が操作されてペダル操作情報が入力される場合のほか、車両に搭載されている車両姿勢制御装置等から制動信号が出力されることによって判定されるようになっている。なお、本フローチャートの処理は、ブレーキシステムがオンとなった後オフとなるまで、すなわち、1回の制動が終了するまで、繰り返し行われるようになっている。
【0022】
ステップS1でブレーキシステムがオンである(Yes)場合は、押付力指令値が押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37に入力された(Yes)か否(No)かを判定する(ステップS2)。ステップS2において、押付力指令値が押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37に入力された(Yes)場合は、電流‐推力変換処理部45が推定推力値を求めたか(Yes)否か(No)を判定する(ステップS3)。
【0023】
制動開始時には、推定推力値が求められていないため、ステップS3からステップ6へ進む。ステップ6では、電動モータ19を動作させるためのモータ回転位置指令値をRAM31に格納されている剛性テーブルから求める。そして、ステップS6で算出されたモータ回転位置指令に基づいて図2に示された位置制御処理部39及び電流制御処理部41を介して供給電流値を供給することで電動モータ19の作動制御を行なう。この電動モータ19の作動に伴ってピストン11に推力が付与されて電動キャリパ4が制動力を発生させ(ステップS7)始めて、ステップS1に戻る。
【0024】
電動ディスクブレーキシステムが制動力を発生させ始めると、ECU33の電流補正処理部43には、前記モータ回転位置情報およびモータ電流情報が入力されるようになって推定推力値が算出され始める。このため、ステップS3において、電流‐推力変換処理部45が推定推力値を算出した(Yes)場合には、剛性テーブル作成処理部46で剛性テーブルが更新作成される(ステップS4)。ステップS4で更新作成された剛性テーブルがRAM31に記億される(ステップS5)ようになる。
【0025】
ステップS5に続いて、ステップS6で電動モータ19を動作させるためのモータ回転位置指令値を更新後の剛性テーブルから求める。そして、ステップS6で算出されたモータ回転位置指令に基づいて供給電流値が算出されて電動モータ19の作動制御を行なう。この電動モータ19の作動に伴って電動キャリパ4が制動力を発生し(ステップS7)続けて、再びステップS1に戻る。上記ステップ6の処理で指令値変更手段が具現化されている。
【0026】
上記のように、例えば、ブレーキペダル5が踏み込まれてから解放されるまでの1回の制動中に推定推力値が算出されるごとに剛性テーブルを作成更新していく。そして、最終的に、ステップS1でブレーキ装置がオフである(No)場合、例えば、ブレーキペダル5の操作が終わってペダル操作情報が入力されなくなった場合は、制動制御を終了する。このように、1回の制動中で推定推力値が算出されるごとに剛性テーブルを作成更新することにより、1回の制動中におけるキャリパやブレーキパッドの剛性変化に対応することができ、ブレーキ操作量に応じた良好な制動力を確保することが可能となる。
【0027】
[電流補正処理]
ここで、上記ステップS3で推力の情報である推力推定値を算出するために用いられる補正後電流、また、ステップS4で剛性テーブルを更新作成するために用いられる補正後回転位置の算出方法(電流補正処理部43で行われる処理内容)について、図5に基づいて説明する。
【0028】
図5のフローチャートに記載された処理は、上述の図4のフローチャートに記載された処理と平行して行われるようになっており、まず、図4のステップS1と同様に、ブレーキシステムがオンであるか否かを判定する(ステップS11)。ここで、ステップS11で否(No)と判定すると処理を終了する。
【0029】
ステップS11でブレーキシステムがオンである(Yes)と判定すると、電動モータ19が動作することによってモータ速度が電流補正処理部43に入力されることになる。次のステップS12では、ピストン11の移動方向、すなわち電動モータ19の回転方向が増圧方向か否かを判定するために、モータ回転位置情報から得られるモータ速度が予め定めた閾値を超えたか否かを判定する。このモータ速度の閾値については、モータ速度の算出時に発生するノイズ成分を考慮して、電動モータ19の動作方向を誤って判定しない値に設定する。例えば、モータ速度のノイズ幅が±30[r/min]の場合、増力方向の回転を+(プラス)としたとき、回転速度の閾値としては+30[r/min]以上の値とする。そして、ステップS12で、モータ速度が前記閾値を超えた(Yes)場合、電動モータ19の回転方向をピストン11が増力側へ移動する方向と判定する。
【0030】
ステップS13において、電流センサ23から入力されるモータ電流情報のうちのq軸電流値(以下、モータ電流値という)をモータ電流情報のうちの速度情報と加速度情報とによりノイズ成分をフィルタし、その後に、レゾルバ21から入力されるモータ回転位置情報のうちのモータ回転位置毎のモータ電流値を計算用バッファに格納していく。この計算用バッファは、ある一定のモータ回転位置範囲、例えば電動モータ19の電気角で360°、本実施形態においては、レゾルバ21から出力される1024パルス分のモータ回転位置に対するがモータ電流値格納できる容量が設定されており、RAM31内のメモリ領域に設けられている。計算用バッファに上記一定のモータ回転位置範囲分のモータ電流値が格納されていると、格納されたモータ電流値の合計値を一定のモータ回転位置範囲分のレゾルバ21のパルス数で除算して平均処理を行うことで補正後電流を算出することが可能となる。このような平均処理により補正後電流を算出するのは、電流センサ23で検出できるモータ電流値は電動モータ19の周期的な変動特性の影響を受けた電流値の上下変動が激しい波形を有しているため、この周期的な変動特性の影響を排除して推力の算出に有効な電流値を補正後電流として抜き出すためである。また、モータ回転位置の変化に応じてこのステップS13の平均処理を行なうことで、移動平均処理となり、少ないプロット数で精度高い補正後電流を算出することができる。
【0031】
ステップS13に続いて、ステップS14で補正後モータ回転位置および補正後電流が計算可能になったか否かを判定するため、計算用バッファに現在のモータ回転位置から遡って一定のモータ回転位置範囲分(レゾルバ21から出力されるモータ回転位置の1024パルス分)のモータ電流値が格納されているかを判定する。
【0032】
ステップS14で補正後モータ回転位置および補正後電流が計算可能になった(Yes)と判定すると、上述の平均処理により補正後電流および補正後モータ回転位置を算出して電流‐推力変換処理部45および剛性テーブル更新部46に出力する(ステップS15)。ここで、補正後電流に対応する補正後モータ回転位置は、計算用バッファの最終端に格納されたモータ電流値に対応するモータ回転位置から一定量戻した回転位置、具体的には上記一定のモータ回転位置範囲の平均値となるような回転位置としている。これは、補正後電流を上述の平均処理して求めている都合上、算出された補正後電流に対応するモータ回転位置は、補正後電流を算出した時点におけるモータ回転位置とは異なっているためである。具体的には、補正後電流と押圧力とは比例関係にあるため、図5の縦軸の押圧力を補正後電流として捉えると、平均処理を行なうため、図5に一点鎖線で示される一定のモータ回転位置範囲ΔP分のモータ電流値がモータ回転位置P1’で計算用バッファに格納されて補正後電流の計算が可能になったとすると、●で示される補正後電流に対応するモータ回転位置は、モータ回転位置P1’よりもΔPの半分のモータ回転位置量だけ初期位置側であるモータ回転位置P1となる。また、図5に示されるように一定のモータ回転位置範囲分ΔPが重なるようになると、移動平均処理となり、少ないプロット数で精度高い補正後電流を算出することができる。
【0033】
なお、本実施例においては、レゾルバ21の512パルス分の回転位置分を差し引いた値を補正後回転位置として算出する。また、本実施形態においては、1回の平均処理により補正後電流を算出しているが、上述した移動平均処理により算出した複数の補正後電流を平均処理してさらに精度の高い補正後電流を算出するようにしても良い。また、補正後電流の算出には、平均処理に限らず、フリーエ変換処理を用いても良い。
【0034】
このステップS15の処理の後、または、ステップS14において補正後モータ回転位置および補正後電流の算出が可能となっていない(No)と判断された場合は、ステップS11に戻って繰り返し処理を行っていくが、次のステップS13の処理時には、計算用バッファの値をクリアすることなく、先頭のアドレスから電流値を上書きしていくことになる。
【0035】
ステップS12において、モータ速度が閾値を超えていない(No)と判断された場合は、電動モータ19の回転方向はピストン11が停止または減力側へ移動する方向となっており、補正後電流を算出する必要がないため、補正後位置および補正後電流を計算するための計算用バッファをクリア(ステップS16)してステップS11の処理に戻る。上述したようにして、前記電流‐推力変換処理部45(図3)は、推力の情報である推力推定値を算出するための補正後電流を求める処理を行う。
【0036】
[剛性テーブルの更新時の制御内容]
次に、前記ECU33(コントローラ7)が実行する剛性テーブルを更新しながら制動を行っていくときの制御内容について図6の図面に基づいて説明する。
【0037】
図6は、剛性テーブルの更新方法の概要を示しており、電動キャリパ4の実際の剛性特性(位置対応の押付力特性)が点線で示す曲線Trであり、RAM31が記憶している剛性テーブルが実線で示す曲線T0である場合について示している。このように、RAM31が記憶している剛性テーブルT0と電動キャリパ4の実際の剛性特性Trとが異なってくるのは、電動キャリパ4による制動時に発生する熱により、ブレーキパッド9の摩擦材の剛性やキャリパ本体15の剛性が変化するためで、例えば、電動キャリパ4が冷えている状態で剛性テーブルT0が記憶され、急制動により急激に電動キャリパ4やブレーキパッド9の温度が上昇した場合に上記のような相違が発生することがある。
【0038】
剛性テーブルの更新においては、まず、ECU33の押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37は押付力指令値Fcomの入力を受けると、モータ回転位置指令値が剛性テーブルT0を基に計算され、押付力指令値Fcomの押圧力(推力)に対応するモータ回転位置を示す値であるモータ回転位置指令値Pcom-0が求められる。ECU33は電動モータ19のモータ回転位置をモータ回転位置指令値Pcom-0へ到達させるための供給電流値を算出してモータ制御を開始する。電動モータ19がモータ回転位置Pl’まで動作したときに、補正後電流が計算可能になり、前述の電流補正処理部43で行われる平均処理により算出された補正後電流に基づいて電流ー推力変換処理部45で推力の情報である推定推力値Fe-1が算出される。このとき、電流補正処理部43で算出された補正後モータ回転位置P1に対応する剛性テーブルT0の推力値F1と推定推力値Fe-1とに基づいて、剛性テーブルをT0から例えばTl(以下、剛性テーブルTlともいう。)に更新する。この更新の方法については、後述する。
【0039】
剛性テーブルが更新された段階、すなわち、推力推定値Fe−1が押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37に入力され推力推定値が算出されたことが判断されたときに、押圧力指令Fcomに対応するモータ回転位置指令を剛性テーブルTlを参照して再度計算し、モータ回転位置指令値をPcom-0からPcom-1へ変更し、このモータ回転位置指令値Pcom-1へ到達させるための供給電流値を算出してモータ制御する。その後、電動モータ19が位置P2へ到達したときに推定推力値Fe-2が算出された場合、現在の剛性テーブルTlと推定推力値Fe-1、Fe-2を用いて剛性テーブルをTl から、例えばT2(以下、剛性テーブルT2ともいう。)に更新する。
【0040】
剛性テーブルが更新された段階で、モータ回転位置指令値を再度計算し、モータ回転位置指令値をPcom-1からPcom-2に変更し、このモータ回転位置指令値Pcom-2へ到達させるための供給電流値を算出してモータ制御する。このように、推力の情報である推定推力値が算出される度に剛性テーブルを更新していき、モータ回転位置指令値を更新(ひいては変更)していくことによって、RAM31が記憶している剛性テーブルTnが、その1回の制動中における電動キャリパ4の実際の剛性特性Trに近づいていき、電動モータ19(キャリパ4)の発生する押付力が押付力指令値Fcomによる所望の押圧力へ近づいていくことになる。
【0041】
上述したようにECU33は、剛性特性データである剛性テーブルの更新を行うと共に、更新した剛性テーブルに応じてモータ回転位置指令値(モータ回転位置指令値)を変更するようにしており、本実施形態では、ECU33における電流補正処理部43及び電流‐推力変換処理部45が推力情報算出手段を、剛性テーブル更新部46が更新手段を、押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37が指令値変更手段をそれぞれ構成している。
【0042】
つぎに、上記の剛性テーブルを更新しながら1回の制動を行っていくときの制御内容について図6と対応させながら図7を用いて時系列で説明する。なお、図7(a)は押圧力(推力)の時系列を示し、図7(b)はモータ回転位置の時系列を示している。また、この図7では、電動モータ19を目標位置であるモータ回転位置指令値まで回転させる位置制御を行っている。
【0043】
図7において、時刻t0にて押付力指令値Fcomが押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37に入力されたとき、この時点でRAM31が記憶している図6に示される剛性テーブルT0を用いて押付力指令値Fcomに対応するモータ回転位置指令値Pcom-0が算出される。そして、モータ回転位置が図6におけるP1’となった時刻(時刻t1とする)にて、前述の電流補正処理部43で行われる平均処理により算出された補正後電流によって、電流‐推力変換処理部45で図7(a)に示される推定推力値Fe-1が算出される。このとき、推定推力値Fe-1に対応するモータ回転位置は図7(b)に示すようにPe-1(図6のP1に相当)となる。この後に、剛性テーブルの更新処理が行われる。このとき、図6に示されるように、RAM31が記憶している剛性テーブルT0が剛性テーブルTlのように更新された場合、押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37は、更新後の剛性テーブルTlを用いて押付力指令Fcomに対応するモータ回転位置指令値Pcom-1を算出する。以降、モータ回転位置が回転位置指令値Pcom-n付近に達するまで、推定推力値Fe-nの算出処理および剛性テーブルTnの更新処理が続けられる。その結果、RAM31が記憶している剛性テーブルは、図6に示される剛性テーブルTnのように更新され、電動キャリパ4の実際の剛性特性Trに漸近して、電動キャリパ4の剛性変化に伴う押付力指令値に対応する所望の押付力と実際に電動キャリパ4が発生する押付力との偏差を低減することができる。
【0044】
[剛性テーブルの更新方法]
つぎに、剛性テーブル更新部46にて処理される剛性テーブルの更新方法について、図8、9に基づいて以下に説明する。
【0045】
図8、9は、横軸にモータ回転位置、縦軸に押付力(推力)をとって表した剛性特性データとなる押付力‐モータ回転位置特性(以下、剛性テーブルという)を示している。図7、8においては、剛性テーブルのうち、制動初期に使用している剛性テーブルT0を細線の実線で示し、更新処理によって算出される剛性テーブルT1を太線の実線で示している。また、図中の■は剛性テーブルの原点Oを示し、●は推定推力値を示している。なお、原点Oは、モータ回転位置の機械的な原点を示すものではなく、押圧力の発生開始位置に対応するモータ回転位置となっている。
【0046】
本実施形態では、図8に示すように、電流-推力変換処理部45によって推定推力値Fe-1が算出されたときに、モータ回転位置が剛性テーブルT0の原点Oから推定推力値に対応する補正後電流の補正後モータ回転位置P1まで移動した場合には、推定推力値Fe-1の点(●)を通るような曲線を、たとえば多項式近似、最小二乗法を用いて補完作成することで補正後モータ回転位置P1までの前半更新後剛性テーブルを作成するようにしている(図8の補正後モータ回転位置P1までの太線T1a参照)。
【0047】
また、推定推力値Fe-1が求まった補正後モータ回転位置P1以降は、図9に示すように、電動モータ19の作動に伴う制動力(電動ブレーキ)発生のために使用している更新前の剛性テーブルT0における推定推力値Fe-1に対応するモータ回転位置以降の特性情報を左右方向に平行移動して補完するようにして後半更新後剛性テーブルT1bを作成している。このように図8の算出された推定推力値Fe-1に対応する補正後モータ回転位置P1以前の前半更新後剛性テーブルT1aと図9の算出された推定推力値Fe-1に対応する補正後モータ回転位置P1以降の後半更新後剛性テーブルT1bとを合成して更新後の剛性テーブルT1として作成し、この更新後の剛性テーブルT1をRAM31に記憶されている更新前の剛性テーブルT0と置き換えて剛性テーブルの更新を行うようにしている。
【0048】
[変形例1(剛性テーブルの更新方法)]
上述したような本実施形態が採用する上述した図8による推定推力値Fe-1が求まった補正後モータ回転位置P1までについての剛性テーブルの更新方法に代えて、変形例1として図10に示すような更新方法により剛性テーブルの更新を行うようにしてもよい。すなわち、上述した図8に示す更新方法によって剛性テーブルを補完した暫定の剛性テーブルT1ak(図10の●付きの点線で示した曲線。以下、暫定更新後前半剛性テーブルT1akという。)を求める。この暫定前半更新後剛性テーブルT1akと更新前剛性テーブルT0とを比較して、更新前剛性テーブルT0から推定推力値Fe-1が求まったモータ回転位置での発生押付力の変化量が暫定前半更新後剛性テーブルT1akに向かう方向で一定量、たとえば2[kN]以内になるように調整して前半更新後剛性テーブルT1a'を作成する。具体的には、発生押付け力の変化量を、最初のモータ回転位置では2[kN]以内とし、次のモータ回転位置では差所の変化量+2[kN]以内とし、これを順次繰り返すようにして作成する。このように前半更新後剛性テーブルT1a'を作成するのは、暫定前半更新後剛性テーブルT1akを電動モータ19の制御に用いた場合、現在の更新前の剛性テーブルT0を用いた場合に比較してブレーキ操作感に過大な変化をもたらす可能性がある。たとえば、ブレーキペダル5の操作量に対する押付力変化が急激に変わった場合に、ドライバに違和感を抱かせるような過大な制動力の変化をもたらす場合がある。本変形例1では、前半更新後剛性テーブルの変化の度合いを緩和するように調整するようにしているので、ブレーキペダル5の操作量に対する押圧力変化が滑らかになり、ドライバに違和感を抱かせるような過大な制動力の変化を抑制することが可能となっている。
【0049】
[変形例2(剛性テーブルの更新方法)]
また、上述した図8による推定推力値Fe-1が求まった補正後モータ回転位置P1までについての剛性テーブルの更新方法に代えて、変形例2として図11に示す更新方法により剛性テーブルの更新を行うようにしてもよい。すなわち、推定推力値(図中の●)が求まったときのモータ回転位置情報から算出されるモータ速度、加速度を考慮して、剛性テーブルの更新処理にそれぞれの推定推力値をどの程度反映させるかを別途決定しても良い。たとえば、通常のブレーキ操作のようにブレーキペダル5が比較的緩やかに操作される場合には、モータ速度や加速度が所定値未満で緩やかに動作するため、精度の高い推定推力を算出することができる。したがって、この推定推力に基づいて図11の剛性テーブルT1a(i)を算出して剛性テーブルを更新する。一方、急ブレーキ操作にあっては、モータ速度、加速度が所定値以上で急激に変化するため、算出される推定推力値は精度の低いものとなるから剛性テーブルを更新せず、図11に示す剛性テーブルT1a(ii)を用いるようにする。さらには、推定推力値の精度(モータ速度、加速度の大小)を相対的に判断することによって、図11で円弧状の双方向の矢印で示すように、剛性テーブルをT1a(i)とT1a(ii)の間でT1a(iii)、T1a(iv)の曲線のように調整(更新)してもよい。このようにした場合においても、ドライバに違和感を抱かせるような過大な制動力の変化を抑制することが可能となっている。
【0050】
[変形例3(剛性テーブルの更新方法)]
また、上述したように本実施形態が採用する上述した図9による推定推力値Fe-1が求まった補正後モータ回転位置P1以降ついての剛性テーブルの更新方法に代えて、変形例3として図12に示す更新方法により後半更新後剛性テーブルT1b'の作成を行うようにしてもよい。すなわち、図12の左側に示すように、推定推力値P1が求まった補正後モータ回転位置P1以前の剛性テーブルT1aの更新結果を考慮して、不自然でない剛性特性(たとえば位置の増加に応じて押付力も増加する)となるよう補完処理(更新処理)を行うように構成してもよい。または、推定推力値Fe-1が求まった補正後モータ回転位置P1以前の剛性テーブルT1aの更新結果に最も合致する剛性特性を別途用意した剛性テーブルリスト情報〔図12右上部分参照〕から選択するようにしても良い。
【0051】
[変形例4]
上述した実施形態では、図4におけるステップS6の処理で、モータ回転位置指令値を更新後の剛性テーブルに基づいて算出するようにしている。そして、図6に示すように、モータ回転位置指令値は、推力推定値が算定されると、更新前の剛性テーブルを用いて得られるモータ回転位置指令値Pcom-0から更新後の剛性テーブルを用いて得られるモータ回転位置指令値Pcom-1に変更される。
【0052】
なお、モータ回転位置指令値の算出については、本実施形態が採用する図7に示すモータ回転位置指令値の算出方法に代えて、図13(b)に示す算出方法を用いてもよい。なお、図13中の細い実線はモータ回転位置指令値の変化を表しており、太い実線はモータ回転位置の変化を示している。すなわち、図13(a)に示すように、上記実施形態において更新前後の剛性テーブルの差異が大きい場合には、時刻tc(モータ回転位置指令が更新されるタイミング)においてモータ回転位置指令値の変動、すなわちモータ回転位置指令値Pcom-0とモータ回転位置指令値Pcom-1との差分が大きくなってしまう。この場合、電動モータ19を位置制御する上でモータ回転位置指令値が大きく変動することはモータ速度の変動につながる。したがって、これらの変動は、結果的に制動力の変動に影響するため、ブレーキ操作感の悪化につながってしまう。そこで、図13(a)に示すようにモータ回転位置指令の変動が大きい場合、すなわち、モータ回転位置指令値Pcom-0とモータ回転位置指令値Pcom-1との差分が大きくなってしまう場合には、図13(b)に示すように、ブレーキ操作感に大きな影響を与えないよう、ある一定の時間間隔(時刻tc〜tc´)において、(i)に示すようにモータ回転位置指令値の変化量を制限するように構成したり、または、(ii)に示すようにモータ速度の変動に制限を設けることにより、上記要因によるブレーキ操作感の悪化を抑えるように構成してもよい。
【0053】
本実施形態では、上述したように、制動動作開始時にRAM31が記憶している剛性テーブルT0と制動間隔や制動時間等の制動状況などに伴い変化する電動キャリパ4の実際の剛性特性(位置対応の押付力特性)とが一致しない場合においても、1回の制動中に推力推定値が算出されるごとに、押付力指令値・回転位置対応特性(剛性テーブル)の更新を行うため、押付力指令値と発生押付力との偏差を低減することができ、換言すれば、電動キャリパ4の実際の剛性特性の状態に応じて押付力指令に対する追従性を確保することができ、ひいては、良好な制動力を確保することができる。さらに、1回の制動中に(押付力指令値・回転位置対応特性)の更新を行うため、事前に剛性テーブルの校正を行う必要がないため、不必要な押付力発生を抑えることができる。
【0054】
なお、上記で1回の制動中に更新された剛性テーブル(例えば、図5中のTn)は、次回のブレーキペダル5の操作による制動時や車両姿勢制御装置による制動時に使用されるようになっている。但し、剛性テーブルの更新後、制動の間隔が長い場合、例えば、電動キャリパ4やブレーキパッド9の温度が剛性テーブルの更新時の温度と異なる(高温状態から低温(常温)状態となる)ような場合には、特開2008-184023号公報に記載されているように、次回の制動時に基準の剛性テーブルT0によってモータ回転位置指令値を求めるようにしても良い。ここで、上述した基準の剛性テーブルT0は、車両のエンジン始動時等の車両システムの起動確認時に停車状態で検出される剛性テーブルとなっている。
【0055】
[第2実施形態]
上記第1実施形態では、上述したようにECU33が、押付力指令値を前記電動モータの制御に用いるモータ回転位置指令値に変換して供給電流値を算出する制御手段と、推力の情報を電動モータヘ実際に流れた電流に基づいて算出されるブレーキパッドへの押付力に相当する推力推定値として算出する推力情報算出手段と、剛性特性データを推力推定値と電動モータ回転位置との関係からなるものとして更新する更新手段と、前記更新手段によって更新された前記剛性特性データに応じて前記押付力指令値に基づく前記回転位置指令値を変更する指令値変更手段と、を備えたものになっている。
【0056】
本第2実施形態においては、上記推力情報算出手段を電流補正処理部43’として、推力の情報を回転位置検出手段で検出された電動モータの所定の回転位置において電動モータヘ実際に流れた電流に基づいて算出されるブレーキパッドへの押付力に相当する電流値として算出するように代えている。また、上記更新手段を剛性テーブル作成処理部46’として、剛性特性データを電流値と電動モータの回転位置との関係からなるものとして更新するように代えている。そして、上記指令値変更手段をモータ回転位置指令‐供給電流指令変換処理部39’として、前記更新手段によって更新された剛性特性データに応じて回転位置指令値に基づく供給電流指令値を変更するように代えている。
【0057】
具体的には、図14に示すように、ECU33’には、ペダル操作量‐押付力指令変換処理部35、押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37、モータ回転位置指令‐供給電流指令変換処理部39’、電流制御処理部41’、電流補正処理部43’、及び剛性テーブル作成処理部46’を含んで構成されている。ECU33’は、これら各処理部が機能して、ペダル操作情報から電動モータ19の供給電流指令値を作成、言い換えれば、押付力指令値から電動モータ19への供給電流値を算出して電動モータ19へ供給するようにしている。
【0058】
上記各処理部のうち、第1実施形態の処理部と異なるのは、モータ回転位置指令‐供給電流指令変換処理部39’、電流制御処理部41’、電流補正処理部43’、及び剛性テーブル作成処理部46’であり、これらの処理部が行なう処理を以下に説明する。
【0059】
モータ回転位置指令‐供給電流指令変換処理部39’は、レゾルバ21によって検出されたモータ回転位置と押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37から供給電流値を算出して電流制御処理部41’に出力する。そして、この供給電流値の算出に当たっては、前記モータ回転位置指令値をRAM31’に記憶されている、電流値と電動モータの回転位置との関係からなる剛性特性データである剛性テーブルに基づいて電流値に変換して供給電流値としている。電流制御処理部41’は、供給電流値であるモータ動作指令値に基づく電流を電動キャリパ4内の電動モータ19へ供給する。
【0060】
電流補正処理部43’は、第1実施形態の電流補正処理部43と同様に補正後電流及び補正後モータ回転位置を算出する。そして、電流補正処理により得られた補正後電流を推力の情報としてモータ回転位置指令‐供給電流指令変換処理部39’及び剛性テーブル作成処理部46’へ、また、補正後モータ回転位置を剛性テーブル作成処理部46’へ出力するようになっている。本第2実施形態においては、この電流補正処理部43’によって、推力情報算出手段が具現化されている。
【0061】
剛性テーブル更新部46’は、電流補正処理部43’で求められた推力の情報である補正後電流および補正後モータ回転位置を用いて、補正後電流が算出されたタイミングで、上述の図6〜13に記載した方法と同様の方法により更新剛性テーブルを生成し、RAM31’に記憶されている剛性特性データである剛性テーブルを更新する。
【0062】
このように、第2実施形態においては、推力の情報を補正後電流とした場合においても、電流値と電動モータの回転位置との関係からなる剛性特性データである剛性テーブルに基づいて、指令値としての供給電流値を変更することが可能となっている。したがって、第1実施形態と同様に、押付力指令値と発生押付力との偏差を低減することができ、換言すれば、電動キャリパ4の実際の剛性特性の状態に応じて押付力指令に対する追従性を確保することができ、ひいては、良好な制動力を確保することができる。
【0063】
[第3実施形態]
本第3実施形態においては、押付力指令値を前記電動モータの制御に用いる回転位置指令値に変換して該回転位置指令値を電動モータヘのモータトルク指令値に変換した後に供給電流値としてのモータ動作指令を算出するようにしている。そして、推力情報算出手段を電流‐モータトルク変換処理部45”として、推力の情報を、前記回転位置検出手段で検出された前記電動モータの所定の回転位置において前記電動モータヘ実際に流れた電流に基づいて算出される前記ブレーキパッドへの押付力に相当する推定モータトルク値として算出するように代えている。また、更新手段を剛性テーブル作成処理部46”として、剛性特性データを前記推定モータトルク値と前記電動モータの回転位置との関係からなるものとして更新するように代えている。そして、上記指令値変更手段をモータ回転位置指令‐モータトルク指令変換処理部39”として、前記更新手段によって更新された前記剛性特性データに応じて前記回転位置指令値に基づくモータトルク指令値を変更するように代えている。
【0064】
具体的には、図15に示すように、ECU33”には、ペダル操作量‐押付力指令変換処理部35、押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37、モータ回転位置指令‐モータトルク指令変換処理部39”、モータトルク指令‐電流指令変換処理部41”、電流補正処理部43”、電流‐モータトルク変換処理部45”、及び剛性テーブル作成処理部46”を含んで構成されている。ECU33”は、これら各処理部が機能して、ペダル操作情報から電動モータ19の供給電流指令値を作成、言い換えれば、押付力指令値から電動モータ19への供給電流値を算出して電動モータ19へ供給するようにしている。
【0065】
上記各処理部のうち、第1実施形態の処理部と異なるのは、モータ回転位置指令‐モータトルク指令変換処理部39”、モータトルク指令‐電流指令変換処理部41”、電流補正処理部43”、電流‐モータトルク変換処理部45”、及び剛性テーブル作成処理部46”であり、これらの処理部が行なう処理を以下に説明する。
【0066】
モータ回転位置指令‐モータトルク指令変換処理部39”は、レゾルバ21によって検出されたモータ回転位置と押付力指令‐モータ回転位置指令変換処理部37からの前記モータ回転位置指令値との差異に基づいて加速度を算出し、この加速度を加速度指令値に対応したモータトルク指令値を算出してモータトルク指令‐電流指令変換処理部41”に出力する。そして、このモータトルク指令値の算出に当たっては、前記モータ回転位置指令値をRAM31”に記憶されている、モータトルクと電動モータの回転位置との関係からなる剛性特性データである剛性テーブルに基づいてモータトルクに変換してモータトルク指令値としている。そして、このモータ回転位置指令‐モータトルク指令変換処理部39”は、後述する電流‐モータトルク変換処理部45”から推定モータトルク値が検出されたことが入力される度に、そのときにRAM31”に記憶されている剛性テーブルに基づいて変換したモータトルク指令値をモータトルク指令‐電流指令変換処理部41”に出力するようになっている。
【0067】
モータトルク指令‐電流指令変換処理部41”は、モータトルク指令値から供給電流値であるモータ動作指令値を算出し、このモータ動作指令値に基づく電流を電動モータ19へ供給する。
【0068】
電流補正処理部43”は、第1実施形態の電流補正処理部43と同様に補正後電流及び補正後モータ回転位置を算出する。そして、電流補正処理により得られた補正後電流を電流‐モータトルク変換処理部45”、及び剛性テーブル作成処理部46”へ、また、補正後モータ回転位置を剛性テーブル作成処理部46”へ出力するようになっている。
【0069】
電流‐モータトルク変換処理部45”は、電流補正処理部43”が出力した補正後電流から推力の情報である推定モータトルク値を算出する。この前記推定モータトルク値の算出は、モータトルク定数および事前に計測することによって求めたキャリパ4の機械効率に基づいて行なう。算出された推定推力値は、電流‐推力変換処理部45”から剛性テーブル更新部46”とモータ回転位置指令‐モータトルク指令変換処理部39”とへ出力される。本第3実施形態においては、この電流‐モータトルク変換処理部45”によって、推力情報算出手段が具現化されている。
【0070】
剛性テーブル更新部46”は、電流‐モータトルク変換処理部45”で求められた推力の情報である推定モータトルク値、および電流補正処理部43”で求められた補正後モータ回転位置を用いて、推定モータトルク値が算出されたタイミングで、上述の図6〜13に記載した方法と同様の方法により更新剛性テーブルを生成し、RAM31”に記憶されている剛性特性データである剛性テーブルを更新する。
【0071】
このように、第3実施形態においては、推力の情報を推定モータトルク値とした場合においても、推定モータトルク値と電動モータの回転位置との関係からなる剛性特性データである剛性テーブルに基づいて、指令値としてのモータトルク指令値を変更することが可能となっている。したがって、第1実施形態と同様に、押付力指令値と発生押付力との偏差を低減することができ、換言すれば、電動キャリパ4の実際の剛性特性の状態に応じて押付力指令に対する追従性を確保することができ、ひいては、良好な制動力を確保することができる。
【0072】
上述した第1〜3実施形態に記載された電動ブレーキ装置によれば、電動モータ、該電動モータの回転位置を検出する回転位置検出手段、及びディスクロータにブレーキパッドを押付ける押付部材を備え、該押付部材が前記電動モータにより推進されるキャリパと、制動指示信号に応じた前記押付部材による前記ブレーキパッドへの押付力指令値に基づいて前記電動モータの制御に用いる供給電流値を前記キャリパの剛性特性データから算出する制御手段と、からなり、前記制御手段は、前記回転位置検出手段で検出された前記電動モータの回転位置における前記押付部材に実際に作用している推力の情報を算出する推力情報算出手段と、前記押付部材が1回の制動中で前記ブレーキパッドを押圧している最中に、該推力情報算出手段で前記推力の情報が算出されるごとに、当該推力の情報と前記電動モータの回転位置とに基づいて前記キャリパの剛性特性データを更新する更新手段と、前記更新手段によって前記キャリパの剛性特性データが更新されるごとに、当該更新された前記剛性特性データに基づいて、前記供給電流値を算出するために前記押付力指令値から変換される指令値を変更する指令値変更手段と、を有する。これにより、ブレーキ操作量等の制動指示に応じた良好な制動力を確保することができる。
【符号の説明】
【0073】
1…電動ブレーキシステム(電動ブレーキ装置)、3…ディスクロータ、4…電動キャリパ、7…コントローラ(制御手段)、19…電動モータ、21…レゾルバ(回転位置検出手段)、33…ECU(制御手段、推力情報算出手段、更新手段、指令値変更手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータ、該電動モータの回転位置を検出する回転位置検出手段、及びディスクロータにブレーキパッドを押付ける押付部材を備え、該押付部材が前記電動モータにより推進されるキャリパと、
制動指示信号に応じた前記押付部材による前記ブレーキパッドへの押付力指令値に基づいて前記電動モータの制御に用いる供給電流値を前記キャリパの剛性特性データから算出する制御手段と、からなり、
前記制御手段は、
前記回転位置検出手段で検出された前記電動モータの回転位置における前記押付部材に実際に作用している推力の情報を算出する推力情報算出手段と、
前記押付部材が1回の制動中で前記ブレーキパッドを押圧している最中に、該推力情報算出手段で前記推力の情報が算出されるごとに、当該推力の情報と前記電動モータの回転位置とに基づいて前記キャリパの剛性特性データを更新する更新手段と、
前記更新手段によって前記キャリパの剛性特性データが更新されるごとに、当該更新された前記剛性特性データに基づいて、前記供給電流値を算出するために前記押付力指令値から変換される指令値を変更する指令値変更手段と、
を有することを特徴とする電動ブレーキ装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動ブレーキ装置において、
前記制御手段は、前記押付力指令値を前記電動モータの制御に用いる回転位置指令値に変換して供給電流値を算出し、
前記推力情報算出手段は、前記推力の情報を前記電動モータヘ実際に流れた電流に基づいて算出される前記ブレーキパッドへの押付力に相当する推力推定値として算出し、
前記更新手段は、前記剛性特性データを前記推力推定値と前記電動モータの回転位置との関係からなるものとして更新し、
前記指令値変更手段は、前記更新手段によって更新された前記剛性特性データに応じて前記押付力指令値に基づく前記回転位置指令値を変更する
ことを特徴とする電動ブレーキ装置。
【請求項3】
請求項1に記載の電動ブレーキ装置において、
前記制御手段は、前記押付力指令値を前記電動モータの制御に用いる回転位置指令値に変換して該回転位置指令値を電動モータヘの供給電流指令値に変換し、
前記推力情報算出手段は、前記推力の情報を前記回転位置検出手段で検出された前記電動モータの所定の回転位置において前記電動モータヘ実際に流れた電流に基づいて算出される前記ブレーキパッドへの押付力に相当する電流値として算出し、
前記更新手段は、前記剛性特性データを前記電流値と前記電動モータの回転位置との関係からなるものとして更新し、
前記指令値変更手段は、前記更新手段によって更新された前記剛性特性データに応じて前記回転位置指令値に基づく供給電流指令値を変更する
ことを特徴とする電動ブレーキ装置。
【請求項4】
請求項1に記載の電動ブレーキ装置において、
前記制御手段は、前記押付力指令値を前記電動モータの制御に用いる回転位置指令値に変換して該回転位置指令値を電動モータヘのモータトルク指令値に変換し、
前記推力情報算出手段は、前記推力の情報を、前記回転位置検出手段で検出された前記電動モータの所定の回転位置において前記電動モータヘ実際に流れた電流に基づいて算出される前記ブレーキパッドへの押付力に相当する推定モータトルク値として算出し、
前記更新手段は、前記剛性特性データを前記推定モータトルク値と前記電動モータの回転位置との関係からなるものとして更新し、
前記指令値変更手段は、前記更新手段によって更新された前記剛性特性データに応じて前記回転位置指令値に基づくモータトルク指令値を変更する
ことを特徴とする電動ブレーキ装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の電動ブレーキ装置において、
前記更新手段は、前記剛性特性データの更新を、前記推力情報算出手段により前記推力の情報が算出されたときに、算出された当該推力の情報に基づいて予め記憶された複数の剛性特性データから選択することを特徴とする電動ブレーキ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2011−213201(P2011−213201A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−81952(P2010−81952)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】