説明

電子放出源形成用組成物及び電子放出源用被膜の形成方法

【課題】カーボンナノチューブが焼成中に焼失せず好適に固定され、発光性に優れた電子放出源用被膜を形成可能な被膜形成用組成物及び電子放出源の形成方法を提供する。
【解決手段】電子放出源形成用組成物は、カーボンナノチューブと、ガラスフリットと、有機バインダー樹脂と、有機溶剤とを含有し、ガラスフリットの軟化点は500℃以下である。基板に塗布される電子放出源形成用組成物から有機溶剤を除去して得られる塗膜を、400〜450℃の温度で焼成して有機バインダー樹脂を除去し、カーボンナノチューブとガラスとを含有する被膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界の印加で電子を放出する電子放出源に適した被膜を形成するための電子放出源形成用組成物及び電子放出源用被膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブは、高いアスペクト比を有し、電界を印加することにより高効率で電子放出を行なえるため、近年、自発光パネル型表示装置の電子放出源として利用することが数多く報告されている。例えば、特許文献1には、カーボンナノチューブと、黒鉛、カーボンブラック等の導電性粒子とをエタノール等の液体中に分散させたペーストをスピンコーターにより塗布、乾燥することによって電子放出源となる被膜を作製することが記載されている。また、特許文献2には、銀ペーストにカーボンナノチューブ(柱状グラファイト)を混合したペーストを、スクリーン印刷により塗布、乾燥、焼成して電子放出源となる被膜を作製することが記載されている。また、特許文献3には、露光性、現像性及び放出電流特性の向上を目的として、カーボンナノチューブと、ガラスフリットと、エチルセルロース樹脂、アクリル樹脂等の有機バインダーと、テルピネオール等の有機溶媒とを用いた電子放出源組成物が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2000−123712号公報
【特許文献2】特開平11−260249号公報
【特許文献3】特開2003−331713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されるような、カーボンナノチューブと、黒鉛、カーボンブラック等の導電性粒子とから構成される電子放出源用の被膜は、キュアリング(硬化処理)被膜と呼ばれ、特許文献3で行われるような焼成工程は不要であるので、作業工程の点で有利であるが、得られる被膜の強度が弱く、例えば振動による被膜の剥れや電界の印加によってカーボンナノチューブや導電性粒子の剥れが発生する虞がある。従って、被膜の強度を改善する必要がある。
【0005】
他方、特許文献2において形成される電子放出源用の被膜は、銀とカーボンナノチューブとからなり、被膜の強度は適切であるが、この被膜を形成した後に、導電層、誘電層等の製膜やパネル封止のために400〜450℃程度の温度に加熱すると、被膜中のカーボンナノチューブが燃焼し、電子放出源としての機能は損なわれる。従って、実際に表示装置の製造に適用すると、満足な発光機能を発揮するものは得られない。
【0006】
また、特許文献3の電子放出源組成物は、有機バインダー及びガラスフリットを含有しており、この組成物を用いて形成される厚膜を乾燥した後に焼成することによって有機バインダーが燃焼し、カーボンナノチューブとガラスとからなる電子放出源用の被膜が得られる。しかし、この文献に従って実際に組成物の焼成を行うと、たとえ原料カーボンナノチューブの酸化雰囲気中での耐熱温度が450℃を超えていても、400〜450℃での熱処理においてカーボンナノチューブが焼失してしまう。カーボンナノチューブの焼失を防止するために焼成温度を低下させると、有機バインダーの燃焼が不完全になって被膜中に残留し、真空封止した後のパネルにおいて、残留有機バインダーが分解して発生するガスでパネル内の真空度が低下し、周囲が分解ガス成分によって汚染される。しかも、被膜の強度が低下するため、電界の印加によってカーボンナノチューブが剥れる虞がある。
【0007】
本発明の目的は、表示装置の電子放出源として好適な発光性を有し、電界の印加によってカーボンナノチューブの剥れが生じることのない適切な強度を有する被膜を良好に形成できる電子放出源形成用組成物及びこれを用いた電子放出源用被膜の形成方法を提供することにある。
【0008】
また、本発明の目的は、電子放出源として形成した被膜中のカーボンナノチューブが、製膜及びその後の表示装置製造プロセスにおける酸化雰囲気中での加熱によって焼失することなく、良好な発光性を担保できるような被膜を形成可能な電子放出源形成用組成物及びこれを用いた電子放出源用被膜の形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の一態様によれば、電子放出源形成用組成物は、カーボンナノチューブと、ガラスフリットと、有機バインダー樹脂と、有機溶剤とを含有する電子放出源形成用組成物であって、前記ガラスフリットの軟化点は500℃以下であることを要旨とする。
【0010】
又、本発明の他の態様によれば、電子放出源形成用組成物は、カーボンナノチューブと、ガラスフリットと、有機バインダー樹脂と、有機溶剤とを含有する電子放出源形成用組成物であって、前記ガラスフリットのガラス組成は、Vを実質的に含まないか、又は、含有量が5mol%以下であり、PbOを実質的に含まないか、又は、含有量が3mol%以下であることを要旨とする。
【0011】
更に、本発明の一態様によれば、電子放出源用被膜の形成方法は、基板に塗布される上記の電子放出源形成用組成物から有機溶剤を除去して塗膜を設け、400〜450℃の温度で前記塗膜を焼成して有機バインダー樹脂を除去することによってカーボンナノチューブとガラスとを含有する被膜を形成することを要旨とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、電子放出源形成用組成物を用いて電子放出源用被膜を形成する際の焼成において、カーボンナノチューブの焼失を防止しつつ、好適に組成物中の有機バインダー樹脂を分解除去することができ、また、ガラスフリットによる被膜の固着が良好に行われるため、強度及び発光均一性に優れた電子放出源用被膜が形成される。得られる被膜は、振動や電界の印加でカーボンナノチューブが剥れることがなく、電界の印加により均一に発光する電子放出源が提供される。また、被膜中のカーボンナノチューブの耐熱性が高く、製膜後の表示装置製造プロセスにおいて電子放出源としての機能の損失が回避される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】試料2の組成物から形成される被膜の走査電子顕微鏡写真である。
【図2】試料14の組成物から形成される被膜の走査電子顕微鏡写真である。
【図3】試料19の組成物から形成される被膜の走査電子顕微鏡写真である。
【図4】試料1の組成物から形成される被膜のDTA曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の電子放出源形成用組成物は、カーボンナノチューブ及びガラスフリットを、有機バインダー樹脂及び有機溶剤(これらの混合物をビヒクルと呼ぶ)に分散させた被膜形成用組成物であり、この組成物を基板に塗布し、塗膜の乾燥及び焼成によりビヒクルを除去することによって、電子放出源用の被膜が形成される。塗膜の乾燥は150℃程度の加熱によって可能である。有機バインダー樹脂は、組成物に適度な粘稠性をもたせてカーボンナノチューブの分散性を向上させる成分であり、分散性の向上によって被膜中のカーボンナノチューブの均一性が高まり、被膜の発光特性が上がる。また、パターン形成時の組成物の流動性を最適化することができ、スクリーン印刷等によって精細で平滑なパターンを形成することができる。但し、樹脂成分が含まれる塗膜をそのまま電子放出源として用いると、真空封止した後のパネルにおいて、有機バインダーの分解物によるパネル内の真空度の低下及び周囲の汚染が生じるので、樹脂成分は燃焼除去する必要があり、これに要する温度は350〜450℃程度である。一方、電子放出源用被膜を形成した後の表示装置製造プロセスにおいて加熱を要する封止工程等の温度は450℃程度であることから、樹脂を完全に燃焼できる450℃程度を焼成時の温度とすると、有機バインダーに関連した製膜後の問題は解消されるので好都合である。
【0015】
焼成の際、ガラスフリットは軟化し、ガラス粒子同士及びガラス粒子と基板との固着、ガラス粒子によるカーボンナノチューブの固定によって、カーボンナノチューブが固定された被膜が形成される。但し、焼成時にガラスフリットが完全に溶融すると、カーボンナノチューブが溶融ガラスに埋没して発光が困難になる。また、焼成後の被膜は、カーボンナノチューブを好適に発光させるために、カーボンナノチューブを適度に起立配向させる表面処理を施すので、カーボンナノチューブがガラスによって強固に接着されるのは好ましくない。従って、焼成時のガラスフリットは、適度に軟化するが、流動可能な低粘度の液状にまで溶融しないことが肝要である。このような焼成によって、ガラス粒子は互いに接触部分で結合すると共にガラス基板に接着し、多孔性のガラス層による被膜を形成して被膜全体として強度を発揮する。また、ガラス粒子は、カーボンナノチューブの外形に対応して変形することにより、カーボンナノチューブを部分的に密接保持し、又は、局所的に固着し、これにより、ガラス被膜中に分散するカーボンナノチューブが固定される。被膜には、ガラス粒子間の微小な隙間が残留し、このような多孔質構造はカーボンナノチューブを起立配向させるのに有益である。
【0016】
このようなガラスフリットの軟化を実現するために、450℃程度での焼成を前提として、様々な組成の無機酸化物ガラスを用いて実際の塗膜の焼成について検討を重ねたところ、軟化点が500℃以下である無機酸化物ガラスのガラスフリットを用いた電子放出源形成用組成物を使用する時に、適切な強度でカーボンナノチューブが固定された被膜が形成されることが判明した。特に、軟化点が400〜500℃の無機酸化物ガラス、又は、SnOを含んだ組成の無機酸化物ガラスのガラスフリットを用いたときに被膜の固着性が良好であり、焼成中及び製膜後のカーボンナノチューブの焼失が好適に抑制される被膜を得ることも可能である。
【0017】
以下、本発明の電子放出源形成用組成物について説明する。
【0018】
電子放出源形成用組成物は、カーボンナノチューブと有機バインダー樹脂とガラスフリットと有機溶剤とを含有し、有機バインダー樹脂及び有機溶剤はビヒクルの役割を有する。この組成物を前述の製膜好適に供することによって、カーボンナノチューブがガラスと共に基板に固着された電子放出源用被膜が得られる。この電子放出源形成用組成物に、更に、導電性粒子として、銀、ニッケルなどの導電性金属や、黒鉛、カーボンブラック等の炭素材料の粉末を添加すると、形成される被膜の導電性が導電性粒子によって高まり、導電性粒子の使用量を適宜変更することによって被膜の導電性を調節することができるので、これを利用して陰極配線と被膜のカーボンナノチューブとの導通を向上することもできる。電子放出源形成用組成物を構成する各成分について以下に詳述する。
【0019】
カーボンナノチューブは、アーク放電法やレーザー蒸発法、CVD法等によって製造され、単層、二層、多層などの構造を有するカーボンナノチューブが得られる。本発明においては、単層、二層及び多層のいずれの構造のカーボンナノチューブも使用可能である。電子放出源用の被膜を作製する際の焼成工程を考慮して、カーボンナノチューブを酸化雰囲気中で単独で加熱した場合に上記焼成温度で燃焼しないカーボンナノチューブが好適に使用される。カーボンナノチューブは、黒鉛、フラーレン、アモルファス炭素等の炭素材料を不純物として含有することがあるが、このような炭素材料を含んだカーボンナノチューブも電子放出源用カーボンナノチューブとして使用可能である。
【0020】
使用するカーボンナノチューブが、結晶性がよく直径が小さいものであると、形成した電子放出源用被膜の電子放出特性が良好であり、低い電圧で電子を放出できるので、この被膜を利用して低消費電力で駆動させることが可能な自発光パネル型表示装置を製造できる。この点において、良好な電子放出特性を発揮するためには、直径が20nm以下のカーボンナノチューブを用いることが好ましく、望ましくは10nm以下のものが用いられる。
【0021】
有機バインダー樹脂は、組成物中のカーボンナノチューブの分散性を高める成分であり、例えば、エチルセルロース、ニトロセルロース、酢酸セルロース、ヒドロキシメチルセルロース等のセルロース系樹脂;アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、シアノアクリル酸エステル等のアクリル樹脂;アクリル系単量体と他の単量体とによるアクリル共重合体;酢酸ビニル系樹脂;ポリビニルアルコール系樹脂;ポリビニルアセタール系樹脂;ポリエステル系樹脂などの樹脂が使用できる。
【0022】
有機溶剤としては、スクリーン印刷等で被膜化される組成物に通常使用される各種溶剤から適宜選択して使用可能であり、例えば、ブチルセロソルブアセテート、ブチルカルビトール、ブチルカルビトールアセテート、α−テルピネオール、γ−ブチロラクトン等の低蒸気圧溶剤が挙げられるが、これらに限定されない。例えば、乾燥速度を速めるためには、酢酸エチル、メチルエチルケトン、トルエン、ベンジルアルコールなどの低沸点溶剤を使用してもよい。
【0023】
ガラスフリットは、ガラス原料の調合物を熔融、均一化した後に急冷によりガラス化して適度な粒度に破砕することによって得られる粉末ガラスである。
【0024】
一般に、ガラスは、無機ガラス、金属ガラス(金属合金)及び有機ガラス(有機高分子)に大別され、無機ガラスは更に、酸化物ガラス、カルコゲナイドガラス及びハライドガラスに分類される。本発明のガラスフリットは、酸化物ガラスに属し、軟化点が500℃以下であるガラスフリットが使用される。ガラスの状態変化は、軟化点において顕著に起こるものではなく、DTA曲線においてブロードなピークとして表れる(例えば、図4参照)ことからも分かるように、軟化点の±50℃又はこれより幅広い温度範囲において徐々に起こる。具体的には、軟化点が500℃のガラスは、450℃程度でも粘度低下を生じて多少の変形及び接着が可能であるが、500℃で完全に液状化している訳ではない。従って、450℃程度の焼成において、軟化点が500℃以下のガラスフリットによってカーボンナノチューブの固定が可能である。但し、ガラスが完全に溶融、液状化すると、溶融したガラスがカーボンナノチューブを覆って電子放出を困難にし、また、焼成後の被膜においてカーボンナノチューブが強固に固着されるために起立配向させることが困難となる。この点を考慮すると、軟化点が低すぎるのも好ましくなく、450℃程度での焼成を基準とすれば、ガラスフリットの軟化点は400〜500℃程度が適切である。但し、ガラス組成がSnOを含む場合はこの限りではなく、軟化点が400℃未満であっても使用可能であり、具体的には、軟化点が300〜500℃程度のものを好適に使用できる。この理由は、ガラスフリットがSnOを含有する場合には、酸化雰囲気中において炭素が共存する状態で加熱した時に、SnOが炭素の酸化を抑制すると同時に自らがSnOに酸化され、ガラス粒子表面の組成が変化することによると考えられる(図4のDTA曲線の300〜500℃における変動はこれを示すと思われる)。SnOがSnOに変化するとガラスの軟化点はかなり高くなるので、ガラスフリットは、粒子表面の軟化点が上昇し、内部が溶融しても完全には液状化せず、隣接物との接着程度に留まる。従って、SnOを含む組成のガラスフリットは、軟化点が400℃未満であっても、フリットの粒子原形を完全には失わずに幾分留めた状態で隣接物と結合又は密接する。この結果、軟化点が400〜500℃程度のガラスフリットの場合と同様に、製膜後のカーボンナノチューブを起立配向させることが可能な程度の固定と、ガラス基板への好適な固着とを形成する。SnOを含む組成のガラスフリットは、カーボンナノチューブの酸化を抑制して被膜中での耐熱性(燃焼温度)を上げるので、特に好ましい。
【0025】
ガラスフリットの組成は、ガラス原料及び調合によって様々なものが含まれる。
【0026】
本発明において、ガラス原料としては、B,SiO,Al,P,V,Sb,ZrO,ZnO,SnO,BaO,Bi,TeO,GeO,MgO,CaO,SrO,TiO,MnO,Sb、CaO、NiO,Y,MoO,Rh,PdO,AgO,In,WO等の無機酸化物が挙げられ、このような酸化物から適宜選択される原料を熔融してガラス化する。必要に応じて、コージェライト、ウイレマイト、ムライト等の耐火物フィラーを添加しても良く、耐火物フィラーの添加によってガラスの膨張係数を調節できる。
【0027】
一般的な低融点ガラスは、PbO(酸化鉛)を主成分とする鉛ガラスであるが、PbOは、炭素材料に対して酸化剤として作用するため、酸化雰囲気中での焼成においては塗膜中のカーボンナノチューブの燃焼を促進して焼失させる。従って、本発明においては、従来の鉛ガラスではなく、原料としてPbOを用いないガラスフリットを用いることが望ましい(但し、完全にPbOを排除することを必須とするものではなく、この点に関しては後述する)。また、作業工程や環境等の観点から鉛の人体に対する有害性への懸念を考慮すると、鉛を除くことが強く求められている。
【0028】
ガラスの軟化点に関して、上記ガラス原料酸化物のうち、Bi,TeO及びSnOは、添加によってガラスの軟化点を下げることが可能な成分であり、必要に応じてこれらの成分をガラス原料に配合する量を調節することによって、得られるガラスフリットの軟化点を調整できる。つまり、このような軟化点を下げる成分を用いれば、PbOを用いずに低融点ガラスを適宜構成することができる。このようにして得られる軟化点が500℃以下のガラスフリットを使用して調製される電子放出源形成用組成物を用いると、400〜450℃程度での塗膜の熱処理によって被膜強度及び固着性が良好な被膜が得られる。
【0029】
上述のガラス原料酸化物は、ガラス(非晶質)の骨格である3次元網目をガラス組成中で形成するガラス形成能を有する酸化物(網目形成酸化物);単独ではガラスを形成できず、網目形成酸化物の網目中に入ってガラスの一部を構成する酸化物(網目修飾酸化物);及び、単独ではガラスを形成できず、3次元網目を形成する酸化物と置換して網目形成に参加する酸化物(中間酸化物)に分類することができる。中間酸化物は、網目修飾酸化物としての役割も果たすことができ、網目修飾酸化物は、ガラスの物性に影響を及ぼす。網目形成酸化物には、B,SiO,P,Al(Alの酸素配位数=4)、V,Sb,ZrO(Zrの酸素配位数=6)等がある。網目修飾酸化物には、SnO,BaO,ZnO,PbO,TeO,Bi等がある。中間酸化物には、ZnO,PbO,Al(Alの酸素配位数=6)、TeO,Bi,ZrO(Zrの酸素配位数=8)等がある。
【0030】
本発明においては、ガラスフリットのガラス組成を構成する酸化物として、少なくとも1種の網目形成酸化物と、少なくとも1種の中間酸化物又は網目修飾酸化物とを含むことが好ましく、特に、網目形成酸化物は、B,SiO,Al,Pからなる群より選択し、中間酸化物又は網目修飾酸化物は、ZnO,SnO,BaO,Bi,TeOからなる群より選択すると好適である。このようなガラス組成においては、上記の網目形成酸化物が、カーボンナノチューブの燃焼を促進しないガラス骨格を構成し、上記の中間酸化物又は網目修飾酸化物の存在によって、500℃以下の軟化点が実現し、また、ガラスの安定性が向上する。その結果、酸化雰囲気中で乾燥塗膜を450℃程度の温度で焼成(熱処理)することによって得られる被膜においては、カーボンナノチューブが好適に固定されて、振動や電界の印加によるカーボンナノチューブの剥れが発生せず、しかも、カーボンナノチューブの酸化による耐熱性の低下が抑制されるので、カーボンナノチューブの燃焼は防止される。従って、本発明のガラス組成は、上記のガラス組成を基本として、上記の有効性を損なわない範囲で、GeO,MgO,CaO,SrO,TiO,MnO,Sb、CaO、NiO,Y,ZrO,MoO,Rh,PdO,AgO,In,WO等を含むように応用することができ、さらに、コージェライト、ウイレマイト、ムライト等の耐火物フィラーを添加してガラスの膨張係数を調節することが可能である。
【0031】
本発明におけるガラスフリットの好ましいガラス組成の具体例として、SnO−P系ガラス、Bi−B系ガラス、TeO−B−BaO系ガラス、SnO−B系ガラス及びSnO−B−P系ガラスが挙げられる。これらのガラスは、PbO等の酸化促進成分を含まない低融点ガラスであり、カーボンナノチューブ被膜を形成するためのペースト状組成物に適用するガラスフリットとして好適である。
【0032】
SnO−P系ガラスは、網目形成酸化物としてPを、軟化点を500℃以下に調整する成分としてSnOを含み、これらを主成分として構成される。このガラスは、カーボンナノチューブの燃焼を抑制する。後述の実施例では、軟化点が308℃のSnO−P系ガラス、又は、軟化点が350℃のSnO−P系ガラスを用いた電子放出源形成用組成物の場合は、被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度が620℃前後と最も高くなり、パネルの封止作業温度でもある450℃程度においてカーボンナノチューブの燃焼が見られない。従って、パネル内に形成する導電層や誘電層の焼成に500℃以上の温度が必要な場合に、導電層や誘電層の成膜工程の順序を変更することにも対応可能であり、製造プロセスの設計の自由度が大きく、製品性能のみならず工程の簡略化にも有利である。
【0033】
Bi−B系ガラスは、網目形成酸化物としてBを、500℃以下に軟化点を下げるための成分としてBiを含み、これらを主成分として構成される。このガラスは、カーボンナノチューブの燃焼を抑制する。後述の実施例では、軟化点が430℃のBi−B系ガラスを用いた電子放出源形成用組成物の場合は、被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度が504℃、軟化点が462℃のBi−B系ガラスを用いた組成物の場合は521℃であり、パネルの封止作業温度でもある450℃程度においてカーボンナノチューブの燃焼が見られず、焼成後の電子放出特性が良好である。
【0034】
TeO−B−BaO系ガラスは、網目形成酸化物としてBを、500℃以下に軟化点を下げるための成分としてTeOを、ガラスの安定化効果を有する成分としてBaOを含み、これらを主成分として構成される。このガラスは、カーボンナノチューブの燃焼を抑制する。後述の実施例では、軟化点が472℃のTeO−B−BaO系ガラスを用いた電子放出源形成用組成物の場合は、被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度が512℃であり、パネルの封止作業温度でもある450℃程度においてカーボンナノチューブの燃焼が見られず、焼成後の電子放出特性が良好である。
【0035】
SnO−B系ガラスは、網目形成酸化物としてBを、軟化点を500℃以下に調整するための成分としてSnOを含み、これらを主成分として構成される。このガラス成分は、カーボンナノチューブの燃焼を抑制する。後述の実施例では、軟化点が393℃のSnO−B系ガラスを用いた電子放出源形成用組成物の場合は、被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度が506℃であり、パネルの封止作業温度でもある450℃程度においてカーボンナノチューブの燃焼が見られず、焼成後の電子放出特性が良好である。
【0036】
SnO−B−P系ガラスとしては、網目形成酸化物としてB及びPを、軟化点を低下させるための成分としてSnOを含み、これらを主成分として構成される。このガラスは、カーボンナノチューブの燃焼を抑制する。後述の実施例では、軟化点が391℃のSnO−B−P系ガラスを用いた電子放出源形成用組成物の場合は、カーボンナノチューブの燃焼温度が506℃及び511℃であり、パネルの封止作業温度でもある450℃程度においてカーボンナノチューブの燃焼が見られず、焼成後の電子放出特性も良好である。
【0037】
本発明の電子放出源形成用組成物に配合するガラスフリットには、最大粒子径が10μm以下、好ましくは2〜5μm、より好ましくは3μm程度のものを使用する。形成される電子放出源から均一に電子が放出されるためには、被膜中のカーボンナノチューブが均一に分布する必要がある。ガラスフリットの粒子が粗大であると、ガラス粒子上には少量のカーボンナノチューブしか存在せず、ガラス粒子間に多量のカーボンナノチューブが存在することになり、得られる被膜の電子放出が不均一になる。また、被膜表面の平坦度が低下し、カーボンナノチューブに均一に電界が集中しないために、発光も不均一になる。更に、酸化雰囲気中での熱処理(450℃程度での焼成)において粗大なガラス粒子が軟化した時にカーボンナノチューブ全体を覆って、電子の放出が困難なものを生じ易くなる。このような理由から、ガラスフリットの粒子径は10μm以下とする。
【0038】
尚、ガラスフリットのガラス組成を構成する酸化物にV及び/又はPbOが含まれる場合、Vの含有量は5mol%以下、PbOの含有量は3mol%以下にすることが好ましい。これは以下の理由による。
【0039】
Pbは、炭素と同族(IV族)の融点が低い元素であり、PbO(酸化鉛)を炭素の存在化で高温に加熱すると、下記式1に示す反応が進行してPbOはメタル化(還元)され、PbOから解離した酸素は容易に炭素と反応する。Vも、加熱によって炭素を酸化させる性質を有する点では同じである。
【0040】
PbO+C→Pb+CO (式1)
従って、このような酸化物を含むガラスフリットと、カーボンナノチューブのような比較的欠陥の多い結晶構造を有し、比表面積が大きい炭素材料とを有機バインダー樹脂で分散した組成物を用いた場合、乾燥後の塗膜を加熱すると、カーボンナノチューブ本来の耐熱温度よりも低い温度で燃焼が始まる。つまり、カーボンナノチューブの耐熱性を低下させないためには、上述のような炭素を酸化させる成分を極力減少させる必要がある。但し、ガラス原料へのPbOやVの配合は、ガラス製基板へのフリットの濡れ性や電子放出源用被膜と基板との密着性の改善に有効であり、また、ガラスフリットの融点の調整に有効な場合がある。この点を考慮して、カーボンナノチューブの耐熱温度が焼成温度(450℃程度)以下に低下しない配合量を検討した結果、PbOの含有量はガラス原料の3mol%以下、Vの含有量は5mol%以下に制限する必要があることが判明した。故に、この範囲でガラスフリットの組成を調整した電子放出源用組成物を用いれば、450℃前後の焼成においてもカーボンナノチューブの燃焼による焼失が抑制され、電子放出特性の良い被膜が作製可能になる。
【0041】
スクリーン印刷等によって良好に塗膜を形成するためには、電子放出源形成用組成物中の各成分の配合割合は、カーボンナノチューブ:2〜10質量%、有機バインダー樹脂:5〜12質量%、ガラスフリット:2〜25質量%、有機溶剤:60〜85質量%程度が好ましい。導電性粒子を配合する場合は、組成物中の割合が5〜80質量%程度であることが好ましい。このような配合割合に従って、上記成分を均一に混合分散させることによってペースト状の電子放出源形成用組成物が調製される。ガラス組成が異なる複数種のガラスフリットを混合して用いることも可能である。
【0042】
電子放出源用の被膜は、例えば、以下のような作製方法に従って得られる。まず、電力供給用の陰極配線が表面に形成されたガラス基板等のような、被膜を形成する基板に、電子放出源形成用組成物をスクリーン印刷などでパターニングして、所望の形状の塗膜を形成する。塗膜の厚さは0.5〜10μm程度が好ましい。この塗膜を150℃程度で加熱することで有機溶剤が除去され、乾燥塗膜が得られる。塗膜の乾燥温度は、使用する有機溶剤の気化温度に応じて適宜変更しても良い。得られた乾燥膜を、大気等の酸化雰囲気中で400〜450℃程度の温度で焼成することによって、樹脂成分が分解除去されると共に、軟化したガラスフリットが形成する被膜によってカーボンナノチューブが固定された電子放出源用被膜が作製される。PbO及びVを実質的に含まない組成のガラスフリットを用いた場合には、焼成温度が480℃程度まで上昇してもカーボンナノチューブの焼失は抑制され、SnOを含む組成のガラスフリットの場合には500℃程度又はそれ以上まで上げることが可能となる。焼成後の電子放出源用被膜は、カーボンナノチューブを好適に起立配向させるために、例えば粘着テープ等を接着した後に剥離することによって表面の起毛処理が施される。上述した組成のガラスフリットを採用することにより、焼成温度におけるカーボンナノチューブの酸化、燃焼が防止され、得られた被膜は、均一に分布したカーボンナノチューブによって良好な電子放出特性を発揮する。従って、この被膜を電子放出源として用いた表示装置は、低消費電力で駆動することができる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明の有効性を明らかにするが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0044】
ガラスフリット(ガラス組成物)の作製方法、ガラスフリットを用いた電子放出源形成用組成物の調製方法及び各組成物の評価方法について説明する。
【0045】
<ガラスフリットの作製>
表1〜4に示す割合に従ってガラス原料酸化物を調合及び混合し、白金ルツボに入れて、大気雰囲気中で800〜1400℃で1時間加熱して溶融した。但し、SnOを含有するガラスを作製する場合は、SnOがSnOに酸化されないように窒素等の非酸化性雰囲気中で溶融した。その後、溶融物を60℃以下に急冷してガラス化し、遊星ボールミル等を用いて粉砕することによりガラスフリットを作製した。
【0046】
<粒度の測定>
上述のガラスフリットの粒子径を、レーザー回折式粒度分布計(SALD−2100、島津製作所製)を用いて測定した。
【0047】
<電子放出源形成用組成物の調製>
上述のガラスフリット27質量部、カーボンナノチューブ3質量部及びエチルセルロース樹脂9質量部に、有機溶剤としてα−テルピネオール61質量部を加えて、三本ロールミル等で混練することにより、ペースト状の電子放出源形成用組成物(試料1〜19)を調製した。尚、ここで用いたカーボンナノチューブは、CVD法で作製され、酸化雰囲気中で450℃以上の耐熱性を有する、直径が10nm(試料1〜11,14〜19),20nm(試料12)又は30nm(試料13)の多層カーボンナノチューブである。
【0048】
<被膜の作製>
上述の電子放出源形成用組成物(試料1〜19)を用いて、ガラス基板に形成された陰極配線上に3mm角の正方形パターンを膜厚5μmでスクリーン印刷法により印刷し、150℃で15分間加熱乾燥した後、大気雰囲気中において450℃で30分間焼成(熱処理)して電子放出源用の被膜を作製した。
【0049】
<耐熱性の評価>
上述で作製した被膜を、走査電子顕微鏡で観察することによって、カーボンナノチューブの耐熱性を評価した。評価は、焼成によるカーボンナノチューブの焼失が見られなかった場合を○、部分的な焼失が見られた場合を△、完全に焼失した場合を×として表1〜4に記載する。尚、評価の参考として、図1はカーボンナノチューブの焼失が見られなかった場合の写真、図2は部分的な焼失が見られた場合の写真、図3は完全に焼失した場合の写真である。
【0050】
<カーボンナノチューブの燃焼温度の測定>
示差熱天秤(TAS−100、理学製)を用いて、上述の被膜の作製において焼成する前の乾燥塗膜を大気雰囲気中で1分間に10℃の昇温速度で室温から800℃まで加熱したときのDTA曲線を測定し、TG−DTA(熱重量−示差熱)分析に従ってカーボンナノチューブが燃焼する際の発熱ピークからカーボンナノチューブの燃焼温度を決定した。尚、試料皿は白金製のものを用い、対照試料としてAlを使用し、測定におけるサンプリング条件は0.8秒とした。図4は、試料1の被膜9.54mgを用いて測定したDTA曲線である。
【0051】
<密着性の評価>
上述で作製したガラス基板上の被膜の表面に粘着テープ(商標名:スコッチメンディングテープ、3M社製)を接着した後に剥離する剥離試験を行って、剥離試験後の被膜の状態により被膜の密着力を評価した。評価は、粘着テープ剥離後に被膜が残っており、陰極配線が露出していない場合を○、被膜は残っているが、部分的に陰極配線が露出する場合を△、被膜が残っていない場合を×として表1〜4に記載する。
【0052】
<発光均一性の評価>
上述の密着性の評価を行った後、10−6Torrの真空状態で、被膜が作製されたガラス基板の表面から300μmの距離にアノード電極を設置して電子放出を行い、被膜の発光状態を観察して発光の均一性を評価した。評価は、被膜の全面が均一に発光した場合を○、部分的に発光が見られた場合を△、全く発光が見られなかった場合を×として表1〜4に記載する。
【表1】

【0053】
表1の試料1〜5は、CVD法で作製した直径10nmの多層カーボンナノチューブと、軟化点が500℃以下のガラスフリットと、有機バインダー樹脂としてエチルセルロースと、有機溶剤としてα−テルピネオールとを用いて作製した電子放出源形成用組成物である。これらの組成物は、スクリーン印刷で電子放出源用被膜となる塗膜を陰極配線上に容易に形成することができる。そして、電子放出源用被膜を構成するガラスフリットの組成を、軟化点500℃以下のガラス組成物から選択することによって、塗膜を大気中において450℃で焼成する際に塗膜中のカーボンナノチューブの焼成が抑制されることが分かる。また、大気中における450℃での焼成によって、カーボンナノチューブを固定するのに十分な密着力を有する被膜が得られ、これらの被膜は、表示装置の電子放出源に適した均一な発光を示す。
【0054】
試料1〜5で用いたガラスフリットは、網目形成酸化物として、B,SiO,P,Alの1種以上を含み、網目修飾酸化物又は中間酸化物として、ZnO,SnO,BaO,Bi,TeOの1種以上を含んでおり、軟化点が500℃以下である。これらの電子放出源形成用組成物においては、被膜中のカーボンナノチューブの燃焼は促進されない。これに対し、軟化点が518℃のSiO−B−ZnO系ガラスフリットを使用した試料8の電子放出源形成用組成物では、大気中での450℃の焼成においてガラスが軟化しないため、カーボンナノチューブがしっかりと固定されず、被膜の密着力は弱い。そのため、カーボンナノチューブは振動や電界の印加によって剥がれ易くなる。しかも、発光均一性の評価においても、まばらな発光しか見られない。
【0055】
ガラス組成に関して、試料1及び2のガラスフリットは、SnO−P系ガラスである。試料1におけるガラス組成は、SnO:71.2mol%、P:28.8mol%であり、ガラスの軟化点は308℃であり、フリットの最大粒子径は6μmである。試料2におけるガラス組成は、SnO:46.5mol%、P:26.5mol%、SiO:21.0mol%、Al:6.0mol%であり、ガラスの軟化点は350℃で、フリットの最大粒子径は5μmである。何れにおいても、形成される被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度は、全試料の中で最も高い620℃程度(試料1:図4参照)であり、大気中での450℃の焼成においてもカーボンナノチューブの焼失は見られない(試料2:図1参照)。又、ガラスフリットの軟化点が低いことにより、焼成によって形成される被膜の密着力も好適に得られる。発光均一性の評価においても均一な発光が得られている。これらのガラスフリットにおいて、Pは、ガラスの必須成分である網目形成酸化物であり、これが不足すればガラスが不安定になる。SnOは、ガラスの軟化点を低くする成分で、ガラスの安定化に有効であり、焼成時にカーボンナノチューブの酸化抑制及び自己酸化によりフリット表面を膜化してガラスの軟化を適度に抑制する。SiO,Alは、ガラスの安定化に有効な成分であるが、過剰であるとガラスの軟化点が高くなる。
【0056】
試料3及び4のガラスフリットは、Bi−B系ガラスである。試料3におけるガラス組成は、Bi:48.3mol%、B:47.1mol%、SiO:4.6mol%であり、ガラスの軟化点は430℃で、フリットの最大粒子径は3μmである。試料4におけるガラス組成は、Bi:33.4mol%、B:29.5mol%、ZnO:25.2mol%、Al:6.4mol%、BaO:5.5mol%であり、ガラスの軟化点は462℃で、フリットの最大粒子径は6μmである。何れにおいても、形成される被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度は504℃(試料3)、521℃(試料4)と高く、大気中での450℃の焼成においてもカーボンナノチューブの焼失は見られない。又、焼成によって形成される被膜の密着力も好適に得られる。発光均一性の評価においても均一な発光が得られている。これらのガラスフリットにおいて、Bは、ガラスの必須成分である網目形成酸化物であり、これが不足すればガラスが不安定になる。Biは、ガラスの軟化点を低くする成分で、不足するとガラスの軟化点が500℃を超える。SiO,ZnO,Al,BaOは、ガラスの安定化に有効な成分であるが、過剰であるとガラスの軟化点が高くなる。
【0057】
試料5のガラスフリットは、TeO−B−BaO系ガラスであり、ガラス組成は、TeO:40.2mol%、SiO:24.5mol%、B:15.2mol%、BaO:11.2mol%、ZnO:8.9mol%であり、ガラスの軟化点は472℃で、フリットの最大粒子径は4μmである。形成される被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度は512℃と高く、大気中での450℃の焼成においてもカーボンナノチューブの焼失は見られない。ガラスの軟化点が472℃であるので、450℃の焼成においてガラスフリットは完全には軟化しない。このため、被膜の剥離試験において被膜表層の剥離が見られるが、陰極配線は露出せず、カーボンナノチューブは良好に固定されている。表1中の被膜の密着力の評価「△〜○」は、このような状態を意味する。発光均一性の評価においては均一な発光が得られている。このガラスフリットにおいて、Bは、ガラスの必須成分である網目形成酸化物であり、これが不足すればガラスが不安定になる。TeOは、ガラスの軟化点を低くする成分で、不足するとガラスの軟化点が500℃を超える。BaO,SiO,ZnOは、ガラスの安定化に有効な成分であるが、過剰であるとガラスの軟化点が高くなる。
【0058】
試料6のガラスフリットは、SnO−B系ガラスであり、ガラス組成は、SnO:50.0mol%、B:50.0mol%であり、ガラスの軟化点は393℃で、フリットの最大粒子径は4μmである。形成される被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度は506℃であり、大気中での450℃の焼成においてカーボンナノチューブの焼失は見られない。又、焼成によって形成される被膜の密着力も好適に得られる。発光均一性の評価においても均一な発光が得られている。このガラスフリットにおいて、Bは、ガラスの必須成分である網目形成酸化物であり、これが不足すればガラスが不安定になる。SnOは、ガラスの軟化点を低くする成分で、ガラスの安定化に有効な成分であり、焼成中に酸化されてフリット表面を膜化しガラスの軟化を好適化する。
【0059】
試料7のガラスフリットは、SnO−B−P系ガラスであり、ガラス組成は、SnO:66.6mol%、B:16.7mol%、P:16.7mol%であり、ガラスの軟化点は391℃で、フリットの最大粒子径は6μmである。形成される被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度は511℃と高く、大気中での450℃の焼成においてもカーボンナノチューブの焼失は見られない。又、焼成によって形成される被膜の密着力も好適に得られる。発光均一性の評価においても均一な発光が得られている。このガラスフリットにおいて、Bは、ガラスの必須成分である網目形成酸化物であり、これが不足すればガラスが不安定になる。SnO及びPは、ガラスの軟化点を低くする成分で、ガラスの安定化に有効な成分であり、SnOは焼成中に酸化されてフリット表面を膜化しガラスの軟化を好適化する。
【0060】
上記から、試料1〜7の電子放出源形成用組成物を用いた被膜形成プロセスでは、酸化雰囲気中での450℃の焼成においてカーボンナノチューブが焼失せず、良好な密着力を発揮し、電界の印加で容易にカーボンナノチューブが剥がれない被膜が得られ、被膜は電子放出源として好適であることが解る。
【表2】

【0061】
表2に記載される試料9及び試料10では、配合するガラスフリットの最大粒子径が異なること以外は試料3と同じ電子放出源形成用組成物を用いて被膜を形成している。従って、これらの結果から、形成される電子放出源用被膜に対してガラスフリットの粒子径が及ぼす影響を確認できる。
【0062】
試料9及び試料10においては、Bi−B系ガラスフリットを用いて電子放出源形成用組成物を調製しており、ガラスフリットの最大粒子径は、試料9では9μm、試料10では13μmである。電子放出源用被膜の発光均一性の評価において、試料9では発光に斑が見られるが、全面が発光しており、表2に記載する「△〜○」は、このような状態を意味している。これに対し、試料10では、被膜は部分的な発光しか見られなかった。この原因は、ガラスフリットの粒子径が13μmと大きいために、被膜中のカーボンナノチューブの分布が不均一になり、また、被膜の平坦度が低下してカーボンナノチューブに印加される電界が均一になり難くなることにより、発光が不均一になると考えられる。従って、試料9及び試料10の結果から、被膜の均一な発光が得られるためには、使用に適したガラスフリットの最大粒子径は10μm以下であると見なされる。
【表3】

【0063】
表3に記載される試料11〜13では、配合するカーボンナノチューブの直径が異なること以外は試料3と同じ電子放出源形成用組成物を用いて被膜を形成している。従って、これらの結果から、形成される電子放出源用被膜に対してカーボンナノチューブの直径が及ぼす影響を確認できる。
【0064】
試料11〜13において電子放出源形成用組成物の調製に用いているカーボンナノチューブは、CVD法で作製した多層カーボンナノチューブであり、その直径は、試料11では10nm、試料12では20nm、試料13では30nmである。電子放出源用被膜の発光均一性の評価において、試料11では均一な発光が見られ、一方、試料12では発光に斑が見られるが、全面が発光している。表3に記載する試料12の「△〜○」は、このような状態を意味している。これに対し、試料13では、被膜は部分的な発光しか見られなかった。従って、使用するカーボンナノチューブの直径が過大になると、被膜の発光が不均一になると言える。試料11〜13の結果から、被膜の均一な発光が得られるためには、使用に適したカーボンナノチューブの直径は20nm以下であると見なすことができる。
【表4】

【0065】
表4に記載される試料14〜19では、PbO又はVを含むガラス組成のガラスフリットを配合した電子放出源形成用組成物を用いて被膜を形成している。従って、これらの結果から、ガラスフリットに含まれるPbO及びPが形成される電子放出源用被膜に及ぼす影響を確認できる。
【0066】
試料14のガラスフリットは、Vを4.8mol%含んだBi−B系ガラスであり、試料15のガラスフリットは、PbOを2.8mol%含んだBi−B系ガラスである。また、試料16のガラスフリットは、Vを8mol%含んだBi−B系ガラスであり、試料17のガラスフリットは、PbOを5mol%含んだBi−B系ガラスである。形成される被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度は、試料14では491℃、試料15では492℃であり、大気中での450℃の焼成において僅かにカーボンナノチューブの焼失が見られる(試料14:図2参照)。表4における試料14,15のカーボンナノチューブの耐熱性の評価の記載「○〜△」はこのような状態を意味している。又、発光均一性の評価については、発光に斑が見られるが、全面が発光しており、表4に記載する試料14,15の「△〜○」は、このような状態を意味している。これらの発光斑は、カーボンナノチューブの僅かな焼失に起因すると考えられる。これに対し、試料16の被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度は472℃、試料17では464℃であり、何れにおいても、大気中での450℃の焼成においてカーボンナノチューブの部分的焼失が見られ、発光均一性の評価においても疎らな発光しか得られない。試料18及び19は、試料16及び17より更にPbO又はPの含有量が多く、試料18のガラスフリットは、Vを32.5mol%含んだV−BaO−TeO系ガラスであり、試料19のガラスフリットは、PbOを52.0mol%含んだPbO−B−SiO系ガラスである。形成される被膜中のカーボンナノチューブの燃焼温度は、試料18では436℃、試料19では370℃であり、何れの場合も、大気中での450℃の焼成においてカーボンナノチューブは完全に焼失し(試料19:図3参照)、発光均一性の評価において発光は見られない。
【0067】
上記から、ガラスフリットの組成にPbO又はVが含まれると、形成される被膜中のカーボンナノチューブの酸化が促進され、焼成時に焼失し易くなることが明らかである。但し、これらのガラス組成中の割合を制限することによってカーボンナノチューブの焼失を防止可能であることが試料14,15から理解される。PbO及びVは、ガラス基板に対する濡れ性や被膜の密着性の改善、及び、ガラスフリットの軟化点の低下に有効な成分であるので、使用する場合、Vは5mol%以下、PbOは3mol%以下であれば、焼成中にカーボンナノチューブの焼失を減少させて電子放出源用被膜を形成できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブと、ガラスフリットと、有機バインダー樹脂と、有機溶剤とを含有する電子放出源形成用組成物であって、前記ガラスフリットの軟化点は500℃以下であることを特徴とする電子放出源形成用組成物。
【請求項2】
前記ガラスフリットを構成するガラスは、軟化点が400〜500℃のガラス、又は、SnOが含まれる組成を有するガラスである請求項1記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項3】
前記ガラスフリットは、B,SiO,Al,P,V,Sb及びZrOからなる群より選択される少なくとも1種の酸化物と、ZnO,SnO,BaO,Bi,TeO,ZrO及びAlからなる群より選択される少なくとも1種の酸化物を含むガラス組成を有する請求項1又は2記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項4】
前記ガラスフリットを構成するガラスは、SnO−P系ガラス、Bi−B系ガラス、TeO−B−BaO系ガラス、SnO−B系ガラス及びSnO−B−P系ガラスからなる群から選択される無機酸化物ガラスである請求項1〜3の何れかに記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項5】
前記ガラスフリットの最大粒子径は、10μm以下である請求項1〜4の何れかに記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項6】
前記カーボンナノチューブの直径は、20nm以下である請求項1〜5の何れかに記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項7】
前記ガラスフリットのガラス組成は、Vの含有量が5mol%以下であり、PbOの含有量が3mol%以下である請求項1〜6の何れかに記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項8】
前記ガラスフリットのガラス組成は、V及びPbOの何れも実質的に含有しない請求項1〜6の何れかに記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項9】
前記ガラスフリットのガラス組成は、Bi,TeO及びSnOの何れかを含有する請求項1〜8の何れかに記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項10】
更に、導電性金属粒子又は炭素粒子を含有する請求項1〜9の何れかに記載の電子放出源形成用組成物。
【請求項11】
カーボンナノチューブと、ガラスフリットと、有機バインダー樹脂と、有機溶剤とを含有する電子放出源形成用組成物であって、前記ガラスフリットのガラス組成は、Vを実質的に含まないか、又は、含有量が5mol%以下であり、PbOを実質的に含まないか、又は、含有量が3mol%以下であることを特徴とする電子放出源形成用組成物。
【請求項12】
基板に塗布される請求項1〜11の何れかに記載の電子放出源形成用組成物から有機溶剤を除去して塗膜を設け、400〜450℃の温度で前記塗膜を焼成して有機バインダー樹脂を除去することによってカーボンナノチューブとガラスとを含有する被膜を形成することを特徴とする電子放出源用被膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−171312(P2011−171312A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−103572(P2011−103572)
【出願日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【分割の表示】特願2005−325825(P2005−325825)の分割
【原出願日】平成17年11月10日(2005.11.10)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【Fターム(参考)】