説明

電子銃の駆動方法、電子ビーム描画装置および電子ビーム描画方法

【課題】カソードの長寿命化を図ることが可能な電子銃の駆動方法と、この機能を備えた電子ビーム描画装置、さらには、カソードの長寿命化を図ることが可能な電子ビーム描画方法を提供する。
【解決手段】所定間隔毎に、電子ビームの電流密度を測定し、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内でない場合に、エミッション電流を調整して輝度がスペック内となるようにする。電子ビームの開き角の測定値が設定範囲内となるように調整してから、エミッション電流の調整を行うことが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子銃の駆動方法、電子ビーム描画装置および電子ビーム描画方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、大規模集積回路(LSI)の高集積化および大容量化に伴い、半導体素子に要求される回路線幅は益々狭く微細なものとなっている。半導体素子は、回路パターンが形成された原画パターン(マスクまたはレチクルを指す。以下では、マスクと総称する。)を用い、いわゆるステッパと呼ばれる縮小投影露光装置でウェハ上にパターンを露光転写して回路形成することにより製造される。こうした微細な回路パターンをウェハに転写するためのマスクの製造には、微細パターンを描画可能な電子ビーム描画装置が用いられる。尚、電子ビーム描画装置は、ウェハに直接パターン回路を描画する場合にも用いられる。
【0003】
電子ビーム描画装置は、利用する電子ビームが荷電粒子ビームであるため本質的に優れた解像度を有し、また、焦点深度を大きく確保することができるので、高い段差上でも寸法変動を抑制できるという利点を有する。かかる電子ビーム描画装置の一例となる可変成形型の電子ビーム描画装置は、電子ビームを照射する電子銃と、第1成形アパーチャと、第2成形アパーチャと、成形偏向器とを有し、さらに電子ビームを集束するためのいくつかの電子レンズを有する。電子銃から照射された電子ビームは、第1成形アパーチャに結像された後、第2成形アパーチャに結像される。そして、成形偏向器により偏向されて、第1成形アパーチャ像と第2成形アパーチャ像とが光学的に重ね合わされることにより、電子ビームの寸法と形状が可変成形される。成形された電子ビームは、描画対象であるマスク上にショットされ、ショット図形が高精度に繋がれることによってパターンが描画される。
【0004】
電子銃としては、カソードフィラメントを用いた熱電子放射型の電子銃が用いられる。この電子銃では、フィラメント電力によりカソードを加熱することで電子が放出される。放出された電子は加速電圧により加速され、またバイアス電圧により制御されて、所定のエミッション電流となりマスク上に照射される(例えば、特許文献1参照。)。
【0005】
上記のような電子銃の動作条件は、通常、エミッション電流を所定の値に設定したときのフィラメント電力とバイアス電圧の関係から決定される。具体的には、エミッション電流を所定の値にして、フィラメント電力とバイアス電圧との関係を測定する。次いで、フィラメント電力の変化に対してバイアス電圧が飽和する点(バイアス飽和点)におけるフィラメント電力を求める。得られたフィラメント電力に所定のマージンを持たせて最適動作点としている。
【0006】
描画動作時における電子銃の周囲は高真空となっており、この状態でカソードとアノードの間に高電圧(加速電圧)が印加され、エミッタが加熱されると、エミッタから熱電子が放出される。この熱電子が加速電圧により加速されて、電子ビームとして放出される。
【0007】
カソードを構成する材料としては、六硼化ランタン(LaB)が知られている。この材料は、高い融点と低い仕事関数を持ち、また、残留ガスに対して比較的安定で、他の材料を使用した場合に比べ長寿命でもあり、さらに優れたイオン衝撃性を有することから、電子ビーム描画装置だけでなく、電子顕微鏡などの熱電子放出エミッタにも使用されている。
【0008】
電子銃では、電子ビームを安定して照射するために、カソードに供給するフィラメント電流は直流となっている。しかし、カソードに長時間同じ方向の電流が流れると、蒸発した六硼化ランタンが、カソードを挟むヒータの片側にのみ飛散して付着する。すると、この付着した六硼化ランタンによってカソードに物理的な傾きが生じ、放射される電子ビームが傾いてしまう。こうした問題に対して、特許文献2には、フィラメント供給電源の極性を変更することにより、ヒータの片側にのみ六硼化ランタンが付着するのを防ぐようにした電子ビーム描画装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平5−166481号公報
【特許文献2】特開2009−283217号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、六硼化ランタンなどのカソード構成材料は、加熱により蒸発して先端径(先端の直径。以下、本明細書において同じ。)が小さくなることが知られている。先端径が小さくなるにしたがって輝度は上昇していく。そして、目標とする輝度よりも高くなれば、実際に必要なカソードの動作温度よりも高い温度で動作させていることになり、結果としてカソードの寿命を縮めることになる。
【0011】
図9は、カソード構成材料として六硼化ランタンと六硼化セリウムを用いた場合について、カソードの温度と蒸発量との関係を示す一例である。この図から分かるように、真空度の値によらず、カソードの温度が高くなると蒸発量は大きくなる。したがって、カソードを目標とする輝度に対応する温度Tよりも高い温度T’(T’>T)で動作させれば、本来は温度Tに対応する蒸発量で済むはずのものが、温度T’に対応する蒸発量となってしまうため、カソードの寿命は短くなる。
【0012】
この問題に対し、従来は、上昇した輝度、すなわち、電子ビームの電流密度に応じてショット時間を調整することで対応していた。しかしながら、ショット時間が速くなると、電子ビームの偏向やブランキングも速くする必要が生じるため、かかる対応法には限界がある。
【0013】
本発明は、こうした点に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の目的は、カソードの長寿命化を図ることが可能な電子銃の駆動方法と、この機能を備えた電子ビーム描画装置、さらには、カソードの長寿命化を図ることが可能な電子ビーム描画方法を提供することにある。
【0014】
本発明の他の目的および利点は、以下の記載から明らかとなるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の第1の態様は、所定間隔毎に、電子ビームの電流密度を測定し、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内でない場合に、エミッション電流を調整して前記輝度が前記スペック内となるようにすることを特徴とする電子銃の駆動方法に関する。
この電子銃は、加熱により電子を放出するカソードと、カソードとの間に加速電圧を印加され、カソードから放出された電子を収束して電子ビームを形成するアノードとを備えた熱電子放射型の電子銃とすることができる。
カソードの構成材料は、金属六硼化物またはタングステンとすることができる。金属六硼化物は、六硼化ランタン(LaB)、六硼化セリウム(CeB)、六硼化ガドリニウム(GdB)および六硼化イットリウム(YB)よりなる群から選ばれることが好ましい。
所定間隔毎は、電子銃の稼動期間における所定期間毎、または、この電子銃を電子ビーム描画装置に用いたときの描画処理の所定進度毎とすることができる。
【0016】
本発明の第1の態様は、電子ビームの開き角の測定値が設定範囲内となるように調整してから、エミッション電流の調整を行うことが好ましい。
【0017】
本発明の第2の態様は、電子ビームを放出する電子銃を備えた電子ビーム描画装置において、
電子ビームの電流密度を測定する測定部と、
電流密度から得られる輝度が目標輝度のスペック内であるか否かを判断する判断部と、
輝度がスペック内でない場合に、電子銃のエミッション電流を調整して輝度がスペック内となるようにする制御部とを有することを特徴とするものである。
電子銃は、加熱により電子を放出するカソードと、カソードとの間に加速電圧を印加され、カソードから放出された電子を収束して電子ビームを形成するアノードとを備えた熱電子放射型の電子銃とすることができる。
カソードの構成材料は、金属六硼化物またはタングステンとすることができる。金属六硼化物は、六硼化ランタン(LaB)、六硼化セリウム(CeB)、六硼化ガドリニウム(GdB)および六硼化イットリウム(YB)よりなる群から選ばれることが好ましい。
【0018】
本発明の第2の態様において、判断部は、電子ビームの開き角の測定値が設定範囲内であるか否かについても判断することが好ましい。
【0019】
本発明の第3の態様は、電子銃から電子ビームを放出して描画を行う電子ビーム描画方法において、
所定間隔毎に、電子ビームの電流密度を測定し、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内でない場合に、電子銃のエミッション電流を調整して輝度がスペック内となるようにすることを特徴とするものである。
電子銃は、加熱により電子を放出するカソードと、カソードとの間に加速電圧を印加され、カソードから放出された電子を収束して電子ビームを形成するアノードとを備えた熱電子放射型の電子銃とすることができる。
カソードの構成材料は、金属六硼化物またはタングステンとすることができる。金属六硼化物は、六硼化ランタン(LaB)、六硼化セリウム(CeB)、六硼化ガドリニウム(GdB)および六硼化イットリウム(YB)よりなる群から選ばれることが好ましい。
所定間隔毎は、電子銃の稼動期間における所定期間毎、または、描画処理の所定進度毎とすることができる。
【0020】
本発明の第3の態様は、電子ビームの開き角の測定値が設定範囲内となるように調整してから、エミッション電流の調整を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、カソードの長寿命化を図ることが可能な電子銃の駆動方法と、この機能を備えた電子ビーム描画装置、さらには、カソードの長寿命化を図ることが可能な電子ビーム描画方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施の形態の電子ビーム描画装置について、主として熱電子放射型の電子銃の構成を示す図である。
【図2】六硼化ランタンを用いた場合のエミッション電流と輝度との関係を示す図である。
【図3】カソード温度とバイアス電圧との関係を示す図である。
【図4】本実施の形態における電子銃の駆動方法を示すフローチャートである。
【図5】本実施の形態における別の電子銃の駆動方法を示すフローチャートである。
【図6】六硼化ランタンの先端径と、先端径が30μmになるまでに要した日数との関係を示す図である。
【図7】本実施の形態の電子ビーム描画装置について、主として描画制御部の構成を示す図である。
【図8】本実施の形態における電子ビーム描画方法の説明図である。
【図9】カソード構成材料として六硼化ランタンと六硼化セリウムを用いた場合について、カソードの温度と蒸発量との関係を示す一例である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
図1は、本実施の形態の電子ビーム描画装置について、主として熱電子放射型の電子銃の構成を示す図である。
【0024】
図1に示すように、電子銃10は、電子源であるカソード11と、カソード11から放射される電子を集束させるウェネルト14と、ウェネルト14の下方に配置されたアノード16とを有する。カソード11の先端は、微小領域に電界を集中させて輝度を向上させるために凸形状をしている。カソード11を構成する材料には、低い仕事関数、高い電気伝導、高温における機械的強度と化学的安定性が求められる。具体的には、希土類元素の硼化物、例えば、六硼化ランタン(LaB)、六硼化セリウム(CeB)、六硼化ガドリニウム(GdB)、六硼化イットリウム(YB)などの金属六硼化物が挙げられる。また、タングステン(W)などをカソード構成材料として用いることも可能である。
【0025】
図1において、カソード11は、フィラメント12を介して、カソード11を加熱するためのフィラメント供給電源13と接続され、フィラメント回路が構成されている。また、カソード11とフィラメント12を囲むように、ウェネルト14が配置されている。ウェネルト14は、カソード11の下方に開口部を有していて、カソード11から放出される電子を収束し制御する。ウェネルト14には、カソード11との間にバイアス電圧を印加するためのバイアス電源15が接続されており、これによってバイアス回路が構成されている。
【0026】
ウェネルト14の下方には、アノード16が配置されている。そして、アノード16、フィラメント回路およびバイアス回路には、カソード11とアノード16の間に加速電圧を印加してエミッション電流を供給する加速電源17が接続されている。
【0027】
フィラメント供給電源13とバイアス電源14は、フィラメント電力およびエミッション電流を制御するための制御部18に接続されている。さらに、制御部18は、判断部23に接続されている。また、判断部23には、各パラメータの関係を記憶し、設定電流密度Jよりエミッション電流値とフィラメント電力値を算出するための記憶演算部19も接続されている。
【0028】
電子銃10の下方には、電子ビーム20を制御するための励磁レンズなどを含む電子ビーム制御系21が設置されており、さらに、描画に供される試料が載置されるステージ(図示せず)が設置されている。描画時には、ステージ上に描画対象となるマスク等の試料が配置されることになる。また、ステージ上には、試料が配置される位置とは異なる位置に、電流密度Jを測定するのに必要な検出器22が設置されている。検出器22は、判断部23を介して制御部18に接続される。検出器22としては、ファラデーカップまたは半導体検出器(SSD;Solid State Detector)などが用いられる。
【0029】
図2は、カソード構成材料として六硼化ランタン(LaB)を用いた場合について、エミッション電流と輝度との関係を示した図である。この図から分かるように、エミッション電流が同じであれば、カソードの先端径が小さいものほど輝度は高くなる。換言すると、所定の輝度を得るのに必要なエミッション電流は、カソードの先端径が小さいものほど低い値で済む。
【0030】
電子銃の動作条件は、エミッション電流を所定の値としたときのフィラメント電流とバイアス電圧の関係から決定される。具体的には、エミッション電流を所定の値にして、フィラメント電力とバイアス電圧との関係を測定し、次いで、フィラメント電力の変化に対してバイアス電圧が飽和する点(バイアス飽和点)におけるフィラメント電力を求め、得られたフィラメント電力に所定のマージンを持たせて最適動作点とする。
【0031】
フィラメント電力とカソード温度は相関する。図3は、カソード温度とバイアス電圧との関係を示す図である。バイアス電圧が変化している領域は温度制限領域である。この領域内では、カソード先端の電界が十分に高く、カソードから放出された電子は全てカソード外に出て行く。また、この条件下で放出される電子の量はカソードの温度で決まる。一方、バイアス電圧が一定となる領域は、空間電荷制限領域である。この領域では、カソード先端の電界が低く、カソードから放出された電子はカソード前方の空間に滞留して空間電荷を形成する。空間電荷は放出される電子の量の変化を抑制するので、カソードの温度が多少変化しても電子の量は安定する。
【0032】
また、図3は、先端径の異なる3種類のカソードについて、これらの輝度が同じとなるようエミッション電流を設定したときのカソード温度とバイアス電圧の関係を示している。例えば、先端径60μmのカソードと先端径40μmのカソードは、同じエミッション電流であれば、前者の方が後者より輝度は小さくなる。したがって、先端径60μmのカソードを先端径40μmのカソードと同じ輝度にするには、先端径40μmのカソードより高いエミッション電流とする必要がある。その結果、先端径60μmのカソードは、先端径40μmのカソードより動作温度が高くなる。
【0033】
カソード温度が高いとカソードの蒸発を早めてカソード寿命を縮める結果となるので、カソード温度ができるだけ低くなるようなフィラメント電力にする必要がある。つまり、フィラメント電力の最適動作点はこの点を考慮して決定される。具体的には、空間電荷制限領域内であって、カソード温度が低くなるところで電子銃が動作するように、最適動作点を設定する。図3において、温度T、T、Tは、それぞれ、カソードの先端径が40μm、50μm、60μmである場合の最適動作点における温度である。
【0034】
従来法において、エミッション電流は一定であり、先端径が小さくなることによる輝度の上昇に対しては、電子ビームの電流密度の増加に応じてショット時間を調整することで対処していた。しかしながら、この方法では、ショット時間が速くなると、電子ビームの偏向やブランキングも速くする必要が生じる。
【0035】
電子ビーム描画装置における輝度は、描画精度やスループットから決定される。カソードの先端径が小さくなることによる輝度の変化に対しては、目標輝度となるように調整することで、ショット時間を変えずに済ますことができる。輝度の調整は、図2に示すようにエミッション電流を変えることで可能であり、エミッション電流を低くして輝度を低下させれば、カソードの動作温度も低くすることができる。そして、カソードの動作温度が低くなれば、六硼化ランタンや六硼化セリウムなどのカソード構成材料の蒸発速度が遅くなるので、カソードの寿命を延ばすことができる。
【0036】
図4は、本実施の形態における電子銃の駆動方法を示すフローチャートである。尚、図4に示すフローは、所定間隔毎、すなわち、電子銃の稼動期間における所定期間毎とすることができる。また、この電子銃を電子ビーム描画装置に用いたときの描画処理の所定進度毎、例えば、所定枚数の試料への描画を終える毎とすることもできる。
【0037】
図4に示すように、まず、電子ビームの電流密度を測定する(S101)。次いで、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内であるか否かを判断する(S102)。具体的には、図1において、検出器22によって電流密度Jを測定する。測定値は判断部23に送られ、判断部23において、測定値から輝度を求め、この値が目標輝度のスペック内であるかどうかを判断する。スペックは、例えば、目標輝度から±5%とすることができる。
【0038】
S102でスペック内でないと判断されれば、制御部18でエミッション電流の調整を行って、輝度が目標輝度のスペック内となるようにする(S103)。具体的には、記憶演算部19において、設定電流密度より求められたエミッション電流値が判断部23に送られ、この値に基づいて制御部18でエミッション電流の調整が行われる。
【0039】
S103でエミッション電流の調整をした後、再びS101に戻り、電子ビームの電流密度を測定する。そして、S102で、測定値から求められた輝度が目標輝度のスペック内であるか否かが判断される。スペック内でなければ、S103に戻り、上記工程を繰り返す。一方、測定値から得られた輝度が目標輝度のスペック内である場合には、S104に進む。
【0040】
S104では、カソード動作温度の最適化が行われる。S103でエミッション電流を調整して輝度が目標輝度のスペック内となるようにしたので、カソードの動作温度を調整後の輝度に対応する温度となるようにする必要があるからである。具体的には、エミッション電流は変えずに、フィラメント電力とバイアス電圧との関係を測定する。次いで、フィラメント電力の変化に対してバイアス電圧が飽和する点(バイアス飽和点)におけるフィラメント電力を求め、この値からカソードの動作温度の最適値を求める。S104は、図1の制御部18で行うことができるが、フィラメント回路とバイアス回路に接続する測定部を別途設け、この測定部を制御部に接続するようにしてもよい。
【0041】
次に、S105で、改めて電子ビームの電流密度を測定する。次いで、S106において、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内であるか否かを判断する。スペックは、例えば、目標輝度から±5%とすることができる。スペック内でなければ、S103に戻ってエミッション電流の調整を行う。そして、上記ステップを繰り返す。一方、S106において、測定値から得られた輝度が目標輝度のスペック内である場合には、一連の工程を終了する。
【0042】
このように、本実施の形態では、カソードの先端径が小さくなることで上昇した輝度を、エミッション電流を低くして目標とする輝度のスペック内に収める。これにより、カソードの動作温度を低くすることができるので、カソード構成材料の蒸発速度が遅くなり、カソードの寿命を延ばすことが可能となる。
【0043】
図5は、本実施の形態における別の電子銃の駆動方法を示すフローチャートである。尚、図5に示すフローも、稼動している電子ビーム描画装置について所定期間毎に行うことができる。また、描画処理の所定進度毎、例えば、所定枚数の試料への描画を終える毎に行うこともできる。
【0044】
図5の例では、図4で説明した一連の工程に加えて、試料面(ステージ)上での電子ビームの開き角を測定し、図1の電子ビーム制御系21を構成するレンズの調整を行うことを特徴とする。
【0045】
輝度は、電子ビームの開き角によっても変化する。すなわち、輝度(B)と、電流密度(J)と、試料面上での電子ビームの開き角(α)との間には、B=J/(πα)の関係が成立する。したがって、開き角の調整を行うことで、より正確な輝度調整が可能となる。
【0046】
図5では、まず、試料面上での電子ビームの開き角を測定する(S201)。測定値は、図1の判断部23に送られる。次いで、判断部23において、この測定値が設定された開き角のスペック内であるか否かを判断する(S202)。スペックは、例えば、設定された開き角から±5%とすることができる。
【0047】
S202でスペック内でないと判断されれば、電子ビーム制御系21の調整、具体的にはレンズ系の調整が行われる(S203)。再びS201に戻り、電子ビームの開き角を測定する。そして、S202で、この測定値が設定された開き角のスペック内であるか否かを判断する。スペック内でなければS203に戻り、上記工程を繰り返す。
【0048】
一方、S202でスペック内であると判断されれば、S204に進んで電子ビームの電流密度を測定する。次いで、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内であるか否かを判断する(S205)。具体的には、図1において、検出器22によって電流密度Jを測定する。測定値は判断部23に送られ、判断部23において、測定値から輝度を求め、この値が目標輝度のスペック内であるかどうかを判断する。スペックは、例えば、目標輝度から±5%とすることができる。
【0049】
S205でスペック内でないと判断されれば、制御部18でエミッション電流の調整を行って、輝度が目標輝度のスペック内となるようにする(S206)。具体的には、記憶演算部19において、設定電流密度より求められたエミッション電流値が判断部23に送られ、この値に基づいて制御部18でエミッション電流の調整が行われる。
【0050】
S206でエミッション電流の調整をした後、再びS204に戻り、電子ビームの電流密度を測定する。そして、S205で、測定値から求められた輝度が目標輝度のスペック内であるか否かを判断する。スペック内でなければ、S206に戻り、上記工程を繰り返す。一方、測定値から得られた輝度が目標輝度のスペック内である場合には、S207に進む。
【0051】
S207では、カソード動作温度の最適化が行われる。S206でエミッション電流を調整して輝度が目標輝度のスペック内となるようにしたので、カソードの動作温度を調整後の輝度に対応する温度となるようにする必要があるからである。具体的には、エミッション電流は変えずに、フィラメント電力とバイアス電圧との関係を測定する。次いで、フィラメント電力の変化に対してバイアス電圧が飽和する点(バイアス飽和点)におけるフィラメント電力を求め、この値からカソードの動作温度の最適値を求める。S207は、図1の制御部18で行うことができるが、フィラメント回路とバイアス回路に接続する測定部を別途設け、この測定部を制御部に接続するようにしてもよい。
【0052】
次に、改めて試料面上での電子ビームの開き角を測定する(S208)。測定値は、図1の判断部23に送られる。次いで、判断部23において、この測定値が設定された開き角のスペック内であるか否かを判断する(S209)。スペックは、例えば、設定された開き角から±5%とすることができる。
【0053】
S209でスペック内でないと判断されれば、再び、電子ビーム制御系21の調整、具体的にはレンズ系の調整が行われる(S203)。そして、上記ステップを繰り返す。
【0054】
一方、S209でスペック内であると判断されれば、S210で、改めて電子ビームの電流密度を測定する。次いで、S211において、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内であるか否かを判断する。スペックは、例えば、目標輝度から±5%とすることができる。スペック内でなければ、S206に戻ってエミッション電流の調整を行う。そして、上記ステップを繰り返す。一方、S211において、測定値から得られた輝度が目標輝度のスペック内である場合には、一連の工程を終了する。
【0055】
図5の工程も図4の工程と同様に、カソードの先端径が小さくなることで上昇した輝度を、エミッション電流を低くして目標とする輝度のスペック内に収める。これにより、カソードの動作温度を低くすることができるので、カソード構成材料の蒸発速度が遅くなり、カソードの寿命を延ばすことが可能となる。さらに、図5の工程によれば、試料面(ステージ)上での電子ビームの開き角を測定してレンズの調整を行うので、より正確な輝度調整が可能となる。
【0056】
図6は、カソード材料として用いた六硼化ランタン(LaB)の先端径と、先端径が30μmになるまでに要した日数との関係を示した図であり、本実施の形態による輝度調整を行った場合(□)と、輝度調整を行わない場合(○)とで比較したものである。
【0057】
図6では、先端径の異なる4種類のカソードについて、先端径が30μmになるまでの日数を示している。本実施の形態による輝度調整を行ったカソードについては、最初に目標輝度になるように調整した後、電子銃を最初に起動してから30日経過後に図4の工程を行い、以後も30日を経過する毎に図4の工程を繰り返して、先端径が30μmになるまでの日数を求めた。一方、輝度調整を行わないカソードについては、最初に目標輝度に設定した後は輝度調整を行わず、先端径が30μmになるまでの日数を求めた。
【0058】
先端径の異なるカソードの輝度が同じとなるように調整する際、先端径が大きいほど高いエミッション電流となるので、カソードの動作温度は高くなる。カソードの動作温度が高いほど蒸発量が大きくなるので、先端径は小さくなる。つまり、先端径の大きいカソードほど輝度は徐々に高くなっていく。そこで、30日経過毎にエミッション電流を低くする調整を行うことにより、輝度を低下させてカソードの動作温度を低くする。すると、蒸発量が小さくなり、カソード寿命は長くなる。図3の例では、先端径が30μmになるまでに80日〜110日を要している。一方、輝度調整を行わない例では、先端径が30μmになるまでに要する日数は60日〜70日である。したがって、本実施の形態によれば、20日〜40日程度カソード寿命を延ばすことができる。
【0059】
図7は、本実施の形態の電子ビーム描画装置について、主として描画制御部の構成を示す図である。この電子ビーム描画装置は、図1で説明した本実施の形態の電子銃を備えており、本実施の形態による電子銃の駆動方法が実施可能である。
【0060】
図7において、電子ビーム描画装置30の試料室31内には、試料であるマスク基板32が設置されたステージ33が設けられている。ステージ33は、ステージ駆動回路34によりX方向(紙面における左右方向)とY方向(紙面における垂直方向)に駆動される。ステージ33の移動位置は、レーザ測長計等を用いた位置回路35により測定される。
【0061】
試料室31の上方には、電子ビーム光学系40が設置されている。この光学系40は、本実施の形態の電子銃10、各種レンズ37、38、39、41、42、ブランキング用偏向器43、成形偏向器44、ビーム走査用の主偏向器45、ビーム走査用の副偏向器46、および、2個のビーム成形用アパーチャ47、48等から構成されている。
【0062】
電子銃10は、図1の電子銃10に対応するものであり、所定時間経過毎にエミッション電流を低くする調整を行うことにより、カソードの蒸発で先端径が小さくなり上昇した輝度を目標とする輝度のスペック内に納まるようにする機能を備えている。輝度が低下すればカソードの動作温度は低くなるので、カソードの蒸発量を低減させてカソードの長寿命化を図ることができる。
【0063】
図8は、本実施の形態における電子ビーム描画方法の説明図である。この描画方法は、本実施の形態の電子ビーム描画装置30を使用することにより実現される。すなわち、図8に示す電子ビーム20は、本実施の形態の電子ビーム描画装置30の電子銃10によって放出された電子ビームである。
【0064】
図8に示すように、マスク基板32上に描画されるパターン81は、短冊状のフレーム領域82に分割されている。電子ビーム描画装置30の電子銃10によって放出される電子ビーム20による描画は、ステージ33が一方向(例えば、X方向)に連続移動しながら、フレーム領域82毎に行われる。フレーム領域82は、さらに副偏向領域83に分割されており、電子ビーム20は、副偏向領域83内の必要な部分のみを描画する。尚、フレーム領域82は、主偏向器45の偏向幅で決まる短冊状の描画領域であり、副偏向領域83は、副偏向器46の偏向幅で決まる単位描画領域である。
【0065】
副偏向領域83内での電子ビーム20の位置決めは、副偏向器46で行われる。副偏向領域83の位置制御は、主偏向器45によってなされる。すなわち、主偏向器45によって、副偏向領域83の位置決めがされ、副偏向器46によって、副偏向領域83内でのビーム位置が決められる。さらに、成形偏向器44とビーム成形用アパーチャ47、48によって、電子ビーム20の形状と寸法が決められる。そして、ステージ33を一方向に連続移動させながら、副偏向領域83内を描画し、1つの副偏向領域83の描画が終了したら、次の副偏向領域83を描画する。フレーム領域82内の全ての副偏向領域83の描画が終了したら、ステージ33を連続移動させる方向と直交する方向(例えば、Y方向)にステップ移動させる。その後、同様の処理を繰り返して、フレーム領域82を順次描画して行く。
【0066】
電子ビームによる描画を行う際には、まず、CADシステムを用いて設計された半導体集積回路などのパターンデータ(CADデータ)が、図7の電子ビーム描画装置30に入力することのできる形式のデータ(レイアウトデータ)に変換される。次いで、レイアウトデータが変換されて描画データが作成された後、描画データは実際に電子ビーム20がショットされるサイズに分割された後、ショットサイズ毎に描画が行われる。
【0067】
レイアウトデータから変換された描画データは、記憶媒体である入力部51に記録された後、制御計算機50によって読み出され、フレーム領域82毎にパターンメモリ52に一時的に格納される。パターンメモリ52に格納されたフレーム領域82毎のパターンデータ、すなわち、描画位置や描画図形データ等で構成されるフレーム情報は、データ解析部であるパターンデータデコーダ53と描画データデコーダ54に送られる。次いで、これらを介して、副偏向領域偏向量算出部60、ブランキング回路55、ビーム成形器ドライバ56、主偏向器ドライバ57、副偏向器ドライバ58に送られる。
【0068】
また、制御計算機50には、偏向制御部62が接続している。偏向制御部62は、セトリング時間決定部61に接続し、セトリング時間決定部61は、副偏向領域偏向量算出部60に接続し、副偏向領域偏向量算出部60は、パターンデータデコーダ53に接続している。また、偏向制御部62は、ブランキング回路55と、ビーム成形器ドライバ56と、主偏向器ドライバ57と、副偏向器ドライバ58とに接続している。
【0069】
パターンデータデコーダ53からの情報は、ブランキング回路55とビーム成形器ドライバ56に送られる。具体的には、パターンデータデコーダ53で描画データに基づいてブランキングデータが作成され、ブランキング回路55に送られる。また、描画データに基づいて所望とするビーム寸法データも作成されて、副偏向領域偏向量算出部60とビーム成形器ドライバ56に送られる。そして、ビーム成形器ドライバ56から、電子ビーム光学系40の成形偏向器44に所定の偏向信号が印加されて、電子ビーム20の形状と寸法が制御される。
【0070】
副偏向領域偏向量算出部60は、パターンデータデコーダ53で作成したビーム形状データから、副偏向領域83における、1ショット毎の電子ビームの偏向量(移動距離)を算出する。算出された情報は、セトリング時間決定部61に送られ、副偏向による移動距離に対応したセトリング時間が決定される。
【0071】
セトリング時間決定部61で決定されたセトリング時間は、偏向制御部62へ送られた後、パターンの描画のタイミングを計りながら、偏向制御部62より、ブランキング回路55、ビーム成形器ドライバ56、主偏向器ドライバ57、副偏向器ドライバ58のいずれかに適宜送られる。
【0072】
描画データデコーダ54では、描画データに基づいて副偏向領域83の位置決めデータが作成され、このデータは、主偏向器ドライバ57と副偏向器ドライバ58に送られる。そして、主偏向器ドライバ57から、電子光学系40の主偏向器45に所定の偏向信号が印加されて、電子ビーム20が所定の主偏向位置に偏向走査される。また、副偏向器ドライバ58から、副偏向器46に所定の副偏向信号が印加されて、副偏向領域83内での描画が行われる。この描画は、具体的には、設定されたセトリング時間が経過した後、電子ビーム20を繰り返し照射することによって行われる。
【0073】
本実施の形態の電子ビーム描画方法によれば、カソードの先端径が小さくなることで上昇した輝度を、所定間隔毎に、電子ビームの電流密度を測定し、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内でない場合に、電子銃のエミッション電流を調整して輝度がスペック内となるようにする。これにより、カソードの動作温度を低くすることができるので、カソード構成材料の蒸発速度が遅くなり、カソードの寿命を延ばすことが可能となる。
【0074】
尚、本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内において、種々変形して実施することができる。例えば、上記実施の形態では電子ビームを用いたが、本発明は、イオンビームなどの他の荷電粒子ビームを用いた荷電粒子銃、荷電粒子ビーム描画装置および荷電粒子ビーム描画方法にも適用可能である。
【符号の説明】
【0075】
10 電子銃
11 カソード
12 フィラメント
13 フィラメント供給電源
14 ウェネルト
15 バイアス電源
16 アノード
17 加速電源
18 制御部
19 記憶演算部
20 電子ビーム
21 電子ビーム制御系
22 検出器
23 判断部
30 電子ビーム描画装置
31 試料室
32 マスク基板
33 ステージ
34 ステージ駆動回路
35 位置回路
37、38、39、41、42 各種レンズ
40 光学系
43 ブランキング用偏向器
44 成形偏向器
45 主偏向器
46 副偏向器
47、48 ビーム成形用アパーチャ
50 制御計算機
51 入力部
52 パターンメモリ
53 パターンデータデコーダ
54 描画データデコーダ
55 ブランキング回路
56 ビーム成形器ドライバ
57 主偏向器ドライバ
58 副偏向器ドライバ
60 副偏向領域偏向量算出部
61 セトリング時間決定部
62 偏向制御部
81 描画されるパターン
82 フレーム領域
83 副偏向領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定間隔毎に、電子ビームの電流密度を測定し、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内でない場合に、エミッション電流を調整して前記輝度が前記スペック内となるようにすることを特徴とする電子銃の駆動方法。
【請求項2】
前記電子ビームの開き角の測定値が設定範囲内となるように調整してから、前記エミッション電流の調整を行うことを特徴とする請求項1に記載の電子銃の駆動方法。
【請求項3】
電子ビームを放出する電子銃を備えた電子ビーム描画装置において、
前記電子ビームの電流密度を測定する測定部と、
前記電流密度から得られる輝度が目標輝度のスペック内であるか否かを判断する判断部と、
前記輝度が前記スペック内でない場合に、前記電子銃のエミッション電流を調整して前記輝度が前記スペック内となるようにする制御部とを有することを特徴とする電子ビーム描画装置。
【請求項4】
前記判断部は、前記電子ビームの開き角の測定値が設定範囲内であるか否かについても判断することを特徴とする請求項3に記載の電子ビーム描画装置。
【請求項5】
電子銃から電子ビームを放出して描画を行う電子ビーム描画方法において、
所定間隔毎に、前記電子ビームの電流密度を測定し、この値から得られる輝度が目標輝度のスペック内でない場合に、前記電子銃のエミッション電流を調整して前記輝度が前記スペック内となるようにすることを特徴とする電子ビーム描画方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−18790(P2012−18790A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−154612(P2010−154612)
【出願日】平成22年7月7日(2010.7.7)
【出願人】(504162958)株式会社ニューフレアテクノロジー (669)
【Fターム(参考)】