説明

電解用電極の製造方法

【課題】陽極において酸素発生を伴う電解銅箔製造、アルミニウム液中給電、連続電気亜鉛メッキ鋼板製造等の工業電解において優れた耐久性を有する電解用電極の製造方法を提供する。
【解決手段】バルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体1の表面に、AIP法により結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層2を形成する工程と、電極基体を加熱焼成処理し、結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層のタンタル成分を非晶質に変換する加熱焼成工程と、非晶質に変換されたタンタル成分及び結晶質のチタン成分を含有するAIP下地層の表面に電極触媒層3を形成する工程とよりなる電解用電極の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種工業電解に使用される電解用電極の製造方法に関し、特に、陽極において酸素発生を伴う、電解銅箔の製造、液中給電によるアルミニウム電解コンデンサーの製造、連続電気亜鉛メッキ鋼板の製造等の工業電解において優れた耐久性を有する電解用電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電解銅箔の製造、液中給電によるアルミニウム電解コンデンサーの製造、連続電気亜鉛めっき鋼板の製造等の工業電解では、陽極において酸素発生を伴うため、金属チタン基体に主として酸素発生に耐性のある酸化イリジウムを電極触媒としてコーティングした陽極が多く用いられるようになった。しかし、陽極において酸素発生を伴うこの種の工業電解では、製品の安定化のために有機物や不純物元素が添加されるため、種々の電気化学反応や化学反応が起こり、酸素発生反応に伴う水素イオン濃度の高まり(pHが低下)による電極触媒の消耗をさらに早めることになる。
【0003】
また、酸素発生用に多く用いられる酸化イリジウム電極触媒では、電極触媒の消耗と、それと共通する原因による電極基体の腐食から開始され、さらに、電極触媒の部分的な内部消耗と剥離によって、残った電極触媒への電流集中が加わり、連鎖的かつ加速度的に進行するものと考えられる。
【0004】
従来、このような電極基体の腐食溶解やそれに伴う有効な電極触媒の電極基体からの剥離を抑制するために、チタン基体と電極触媒層の間に中間層を設けることを中心に多くの方法が採られており、この中間層の電極活性は、電極触媒層より低いものが選択され、いずれのタイプも電子伝導性を持ち、腐食性の電解液及びpHの低下をもたらす酸素発生部位から電極基体を遠ざけることによって、基体のダメージを緩和するという役割を担っている。このような条件を満たす中間層として、各種方法が以下に記載する特許文献に記載されている。
【0005】
特許文献1においては、タンタル及び/又はニオブの酸化物を金属換算で0.001〜1g/m2の薄さで設け、基体表面に生成するチタン酸化皮膜に導電性を付与した中間層が提案された。
【0006】
特許文献2においては、チタン及び/又はスズの酸化物に、タンタル及び/又はニオブの酸化物を添加した原子価制御半導体が提案され、いずれも工業的に広く用いられている。
【0007】
特許文献3においては、基体表面に真空スパッタリングにより粒界のない非晶質層からなる下地層を設け、その上に金属酸化物からなる中間層を設けることが提案されている。
【0008】
しかるに、近年経済的効率を重視する流れから、運転条件が益々過酷となり、より高い耐久性を持った電極が求められており、これら特許文献1〜3に記載の方法では、十分なる効果が得られていなかった。
【0009】
特許文献4においては、このような中間層形成の問題点を解消するために、チタン製電極基体自体を電解酸化して該電極基体表面のチタンを酸化チタンに変換して中間層(チタン酸化物単独層)を形成する方法が記載されている。この特許文献4に記載の電極では、電解酸化で形成可能な中間層が極めて薄いため十分な耐食性が得られず、そのため前記第1のチタン酸化物単独層の表面に熱分解法で厚い第2のチタン酸化物単独層を形成し、その上に電極触媒層を形成している。
しかるに、この特許文献4に記載の方法では、中間層形成に2工程、特に電解と熱分解といった全く異なった設備を要する工程を要するため、作業性が劣り経済的にも負担が大きく、十分な実用性を有し得なかった。
【0010】
特許文献5においては、電極基体の高温酸化処理により、電極基体と電極触媒の中間に耐食性に富み緻密で電極基体と強固に接合できる高温酸化皮膜よりなる中間層が提案された。特許文献5によれば、電極基体の高温酸化で得られる高温酸化皮膜は、耐食性に富み、緻密で電極基体と強固に接合しているため、電極基体を保護し、さらに、主として酸化物からなる電極触媒を酸化物―酸化物結合により、確実に担持することができる。
【0011】
特許文献6においては、特許文献5における効果を更に向上するため、金属酸化物と高温酸化による基体由来の高温酸化皮膜との2層構造の中間層が提案された。
しかるに、特許文献5及び特許文献6のいずれの方法によっても、電極基体と電極触媒の中間に、耐食性に富み、緻密で電極基体と強固に接合できる中間層を形成する点において不十分であり、より緻密で電解耐食性と導電性を高めた電解用電極を得ることが出来なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特公昭60−21232号公報
【特許文献2】特公昭60−22074号公報
【特許文献3】特許第2761751号公報
【特許文献4】特開平7−90665号公報
【特許文献5】特開2004−360067号公報
【特許文献6】特開2007−154237号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上記の従来技術の欠点を解消し、前記各種工業電解において、より緻密で電解耐食性と導電性を高めた電解用電極及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記目的を達成するため、第1の課題解決手段として、バルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体の表面にアークイオンプレーティング法(以下、単に、「AIP法」という。)により結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるアークイオンプレーティング下地層(以下、単に、「AIP下地層」という。)を形成する工程と、該電極基体を加熱焼成処理し、結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層のタンタル成分のみを非晶質に変換する加熱焼成工程と、非晶質に変換されたタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するAIP下地層の表面に電極触媒層を形成する工程とよりなることを特徴とする電解用電極を提供することにある。
【0015】
本発明は、第2の課題解決手段として、前記AIP下地層の形成工程において、加熱焼成処理における焼成温度を550℃以上、焼成時間を60分以上とし、前記AIP下地層を形成するバルブメタル基合金を部分的に酸化物に変換することを特徴とする電解用電極の製造方法を提供することにある。
【0016】
本発明は、第3の課題解決手段として、前記電極触媒層を形成する際に、塗布熱分解法によって前記電極触媒層の形成を行うようにしたことを特徴とする電解用電極の製造方法を提供することにある。
【0017】
本発明は、第4の課題解決手段として、前記バルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体がチタン又はチタン基合金であることを特徴とする電解用電極の製造方法を提供することにある。
【0018】
本発明は、第5の課題解決手段として、前記AIP下地層を形成するバルブメタル又はバルブメタル基合金が、タンタル及びチタンとともに、ニオブ、ジルコニウム及びハフニウムから選ばれた少なくとも1種の金属とにより構成されたことを特徴とする電解用電極の製造方法を提供することにある。
【発明の効果】
【0019】
本発明方法によれば、バルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体の表面に、AIP法により結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層を形成した後、該電極基体を加熱焼成処理し、AIP下地層のタンタル成分のみを非晶質に変換した上で、AIP下地層の表面に電極触媒層を形成するための加熱焼成処理を行う。
【0020】
電極触媒層を形成するための加熱焼成処理に伴うAIP下地層の結晶粒成長や転位の移動による変形は、本質的に結晶面や転位の移動・増殖のない非晶質相となったタンタル成分には起こりえず、結晶質相のままのチタン成分のみに生じ、全体的にはAIP下地層に生じるこの熱変形は緩和される。AIP下地層のこの熱変形はその表面形状・形態の変化をもたらすから、AIP下地層とその上に熱分解によって積層されていく電極触媒層の間に間隙が生じる危険性がある。AIP下地層の非晶質化はこの問題を軽減させる。
【0021】
また、このAIP下地層中の結晶質相のチタン成分に関しても、AIP下地層形成後の電極基体の加熱焼成処理をすることによって、将来の変形の原因となる内部応力を減少させるいわゆる焼鈍を行って、あらかじめ熱変形させていることになるので、その分電極触媒層を形成するための加熱焼成処理による熱変形は小さくなる。電極基体にAIP処理を行った直後のAIP下地層には、他の物理蒸着、化学蒸着、めっき等と同様に大きな内部応力が包含されているからである。
【0022】
さらにまた、電極触媒層を形成するための加熱焼成処理工程において電極全体を加熱して冷却させる際に、AIP下地層と電極触媒層の熱膨張率の差からその界面に生じるせん断応力は残留して、将来の電極触媒層の剥離の原因の一つとなる。しかし、特許文献6において本発明者らが詳述したように、電極触媒成分の貴金属及び貴金属酸化物が表面に存在しない状態でバルブメタル及びバルブメタル合金表面に形成される高温酸化皮膜は緻密で強固である一方、貴金属及び貴金属酸化物が表面に存在する状態において電極触媒層とバルブメタル及びバルブメタル合金表面の間に形成される高温酸化皮膜はより厚くかつ脆弱となる。よって、本発明における電極触媒層の形成の前の加熱によって、AIP下地層上に形成される高温酸化皮膜は緻密で強固なものとなり、AIP下地層と電極触媒層の界面に生じる残留せん断応力に対する抵抗性は高まることになる。
【0023】
その結果、この電極が電解液中で電解される際には、この界面のAIP下地層側あるいは電極触媒層側のどちらかが腐食・脆化し始めても、AIP下地層と電極触媒層の界面は強固に接合し、AIP下地層と電極触媒層の界面の剥離を効果的に防ぐことができる。よって、AIP下地層/電極触媒層は、従来の単純な高温酸化皮膜/電極触媒層より長寿命となる。
【0024】
なお、後述のように、AIP下地層の加熱焼成処理なしで、そのままその上層に電極触媒層の加熱焼成処理による形成を行った場合には、AIP下地層のタンタル成分の結晶質は非晶質に変換されない。
【0025】
更に、本発明によれば、該電極基体を加熱焼成処理し、AIP下地層のタンタル成分を非晶質に変換するとともに、焼成温度を550℃以上、焼成時間を60分以上とし、AIP下地層のバルブメタル成分を部分的に酸化物に変換することにより、後述のように、550℃以上でAIP下地層表面に生じた高温酸化皮膜は、AIP下地層中に広く分散された状態で含有された酸化物の一部と結合して、いわゆるアンカー効果によって強固にAIP下地層に接合することとなり、AIP下地層と電極触媒層の界面の接合が更に強固となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る電解用電極の一例を示す概念図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を詳細に説明する。
図1は、本発明における電解用電極の一例を示す概念図である。
本発明においては、先ず、バルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体1を洗浄し、電極基体表面の油脂、切削屑、塩類等の汚れを除去する。洗浄は水洗、アルカリ洗浄、超音波洗浄、蒸気洗浄、スクラブ洗浄等を用いることができる。更に、電極基体1の表面をブラストやエッチングにより粗面化し、表面積を拡大することによって、接合強度を高め、電解電流密度を実質的に下げることができる。エッチングすると単に表面洗浄するより表面の清浄度をあげることができる。エッチングは、塩酸、硫酸、蓚酸等の非酸化性酸又はこれらの混合酸を用いて沸点かそれに近い温度で行うか、硝弗酸を用いて室温付近で行う。しかる後、仕上げとして、純水でリンスした後十分乾燥させておく。純水を使う前には、大量の水道水でリンスしておくことが好ましい。
【0028】
本明細書において、バルブメタルとは、チタン、タンタル、ニオブ、ジルコニウム、ハフニウム、バナジウム、モリブデン、タングステンをいう。本発明において使用されるバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体の代表的な基体材料としては、チタン又はチタン基合金が使用される。チタン及びチタン基合金が好ましいのは、その耐食性と経済性のほか、強度/比重つまり比強度が大きくかつ圧延等の加工が比較的容易で、切削等の加工技術も近年非常に向上しているからである。その形状は棒状、板状の単純なものでも、機械加工により複雑な形状を持つものでもよく、表面は平滑なものでも多孔質なものでも対応が可能である。ここで表面とは電解液に浸漬したとき電解液に触れることが可能な部分のことをいう。
【0029】
次いで、バルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体1の表面にAIP法により結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層2を形成する。
【0030】
結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層2の形成に使用する金属としての好ましい組み合わせとしては、タンタルとチタン、又はタンタルとチタンに加えてニオブ、ジルコニウム及びハフニウムの3種から選ばれた少なくとも1種の金属を加えた組み合わせが使用される。これらの金属を用いて、電極基体1の表面に、AIP法によりAIP下地層2を形成すると、AIP下地層2中の金属はすべて、結晶質となる。
【0031】
AIP法とは、真空中において、金属ターゲット(蒸発源)を陰極としてアーク放電を起こし、それにより発生した電気エネルギーにより、ターゲット金属を瞬時に蒸発させると同時に、真空中に飛び出させ、一方、バイアス電圧(負圧)を被コーティング物に印加することで、金属イオンを加速し、反応ガス粒子とともに、被コーティング物の表面に密着させ、強固で緻密な膜を生成する方法である。AIP法によれば、アーク放電の驚異的なエネルギーを使用し、超硬質膜を強固な密着力で生成することが出来る。また、真空アーク放電の特性により、ターゲット材料のイオン化率が高く、緻密で密着力の優れた皮膜を容易に高速で形成できる。
ドライコーティング技術として、PVD(Physical Vapor Deposition、物理的吸着法)とCVD(Chemical Vapor Deposition、化学的吸着法)とがあり、AIP法は、PVD法の代表的手法であるイオンプレーティング法の一種であるが、真空アーク放電を利用した特殊なイオンプレーティング法である。従って、このAIP法によれば、高蒸発レートが簡単に得られ、他方式のイオンプレーティング法では困難とされている高融点金属の蒸発や融点や蒸気圧の異なる材料を組み合わせた合金ターゲット材料でも略合金成分比のまま蒸発させることが可能であり、本発明による下地層の形成に必須の方法である。
【0032】
前述の特許文献3の2ページ右欄20〜30行中には、「このような物質の該非晶質層を金属性基体上に形成する方法として真空スパッタリングによる薄膜形成方法を用いる。真空スパッタリング法によれば、粒界のない非晶質なアモルファス状の薄膜が得やすい。真空スパッタリングは直流スパッタリング、高周波スパッタリング、イオンプレーティング、イオンビームプレーティング、クラスターイオンビーム法等、種々の装置を適用することが可能であり、真空度、基板温度、ターゲット板の組成や純度、析出速度(投入電力)等の条件を適宜設定することにより所望の物性の薄膜を形成することができる。」ことが開示され、特許文献3の3ページ右欄以下の実施例1及び2において、高周波スパッタリングが採用されている。しかし、この高周波スパッタリング法では、AIP法と異なり、ターゲット金属の蒸発レートが低く、タンタル、チタンのように融点や蒸気圧の異なる材料を組み合わせた合金ターゲット材料では、形成される合金比が一定とならない欠点を有している。また、特許文献3の右欄以下の実施例1及び2においては、高周波スパッタリングが採用されている。しかし、この高周波スパッタリング法では、ターゲット金属として、タンタルとチタンを用いた場合、両金属ともに、非晶質の薄膜が得られたのに対して、本発明におけるAIP法によれば、すべての金属が結晶質の薄膜になった。また、特許文献3に開示されている、直流スパッタリング、高周波スパッタリング、イオンプレーティング、イオンビームプレーティング、クラスターイオンビーム法等の真空スパッタリングでは、高周波スパッタリングと同様な結果しか得られず、AIP法による緻密で強固な被覆層を得ることが出来なかった。
【0033】
結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層2の厚さは通常0.1〜10μmの範囲でよく、耐食性や生産性等の実用的見地から適宜選定すればよい。
【0034】
しかる後、該電極基体1を加熱焼成処理し、結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層2のタンタル成分を非晶質に変換する。このときの加熱焼成条件としては、焼成温度を550℃以上、焼成時間を60分以上とすると、タンタル成分が非晶質化するとともに、タンタル及びチタン成分を含有するバルブメタル基合金の一部が酸化物に変換され、AIP下地層2が酸化物含有層となり、塗布熱分解法によって形成される電極触媒層との密着性をさらに向上させることが出来る。すなわち550℃以上でAIP層表面に生じた高温酸化皮膜は、AIP層中に広く分散された状態で含有された酸化物の一部と結合して、いわゆるアンカー効果によって強固にAIP層に接合するものと思われる。
【0035】
ここでAIP下地層の加熱焼成処理による高温酸化特性は、一般的に使用される板状や棒状のいわゆるバルクの金属/合金とは大きく異なっていることについて述べる。
【0036】
実施例1〜3で使用したのと同様なAIP下地層とAIP下地層なしのチタン基体を同じ温度で同じ時間保持して高温酸化させると、525℃及び550℃、3時間における酸化重量増加量は(以下の括弧内に二つの温度による結果を併記)それぞれAIP下地層を片面に被覆したチタン基体が(2.09、2.52)g/m2、チタン基体が(0.45、0.65)g/m2、参考までに純タンタル基体では(14.58、62.92)g/m2であった。AIP下地層はチタン基体より高温酸化重量増加量は多いが、タンタル相を多く含有するのに、純タンタル基体よりはるかに高温酸化重量増加量は少なく、高温酸化耐性があることが分かる。
さらにこれらの断面をEPMAの特性X線マップによって解析すると(すなわち断面の面分析)、AIP下地層中には、高温酸化に伴う酸素の分布がほぼ全体的に観察され、温度の上昇に伴って酸素の分布はより均一となり、その酸素強度はより大きくなったが、高温酸化皮膜に相当する最表面層に特に酸素分布が集中するということはなかった。550℃以上でAIP下地層を加熱焼成したときにX線回折で検出されるバルブメタルの酸化物の分布の多くは、この酸素の分布に重なっているものと思われる。これに対して、AIP下地層なしのチタン基体では金属チタン内部には酸素の分布は見られず、高温酸化皮膜に相当する最表面層に、525℃3時間の加熱焼成では0.1μm程度、600℃3時間の加熱焼成では0.2μm程度の厚さで強く酸素が集中していた。すなわち、AIP下地層の加熱焼成処理によって形成される高温酸化皮膜はごく薄いもので、大部分の酸素はAIP下地層中に侵入したものと思われる。このときAIP下地層中のタンタル成分は非晶質化する。
【0037】
一方、これと同じ程度の熱履歴をAIP下地層に施しても、結晶質が非晶質に転換しない場合がある。比較例1に示したように、AIP下地層に加熱焼成処理を施さず、その上層に535℃15分の加熱焼成処理(塗布熱分解コーティング)を12回繰り返して、酸化イリジウムと酸化タンタルから成る電極触媒層を設けた場合には、正味535℃3時間の加熱焼成処理に相当するにもかかわらず、X線回折によって非晶質のタンタル成分は確認されず、塗布熱分解コーティング前と同様な結晶質の金属タンタルが検出された。さらにこの断面をEPMAの特性X線マップによって解析したところ、前述の加熱焼成処理による高温酸化を施したAIP下地層より酸素の侵入範囲は浅く、また酸素強度も小さくなっていた。
【0038】
すなわちAIP下地層の加熱焼成工程と、加熱焼成処理なしのAIP下地層の上に塗布熱分解法によって表面に電極触媒層を形成させる工程とが、AIP下地層にたとえ同じ程度の熱履歴・熱負荷を与えたとしても、前者においてはタンタル成分の結晶質が非晶質に転換し、後者においてはタンタル成分が結晶質を維持した。これは高温酸化皮膜の厚さの数倍から数十倍にも達する厚さの電極触媒層によって酸素の泳動・拡散がより抑制されたためと考えられる。しかも電極触媒層は何回も積層されるために、酸素の拡散速度は積層回数を増すごとに低下していく。
通常非晶質金属・合金は、ある特定の結晶化温度以上で結晶化するが、本発明中において使用したAIP下地層中の結晶質のタンタル成分は加熱焼成処理による高温酸化で逆に非晶質化するという特異な挙動を示す。その非晶質化のメカニズムは必ずしも明らかではないが、高温酸化皮膜の形成はごくわずかの厚さにとどまり、それ以外の多くの酸素が特異な現象としてAIP下地層中に高速拡散・泳動し、AIP下地層を構成する金属・合金の結晶格子中にドーピングされることが関係していると考えられる。
【0039】
このようにして加熱焼成処理して形成された非晶質相及び酸化物含有層でありかつ上層に緻密でごく薄い高温酸化皮膜を持つAIP下地層によってもたらされる熱的酸化に対する熱変形抑制効果及び高温酸化皮膜の緻密化効果及び高温酸化皮膜のアンカー効果は、次記する電極活性物質被覆工程における熱影響の緩和は勿論、同様に電解使用時の電気化学的酸化・腐食に対する緩和効果をもたらし、電極の耐久性の向上に大きく寄与するものと考えられる。
【0040】
更に、このようにして形成されたAIP下地層2の表面に、貴金族金属又は貴金族金属酸化物等を主触媒とする電極触媒層3を設ける。
電極触媒は各種電解に対応して、白金、ルテニウム酸化物、イリジウム酸化物、ロジウム酸化物、パラジウム酸化物等から適宜、単独で又は組み合わせて選択するが、発生酸素、低pH、有機不純物等に対する耐久性を特に要求される場合の酸素発生用電極においては、イリジウム酸化物が好適である。また、基体との密着性や電解耐久性を高めるために、チタン酸化物、タンタル酸化物、ニオブ酸化物、スズ酸化物等を混合させておくことが望ましい。
【0041】
この電極触媒層の被覆方法としては、塗布熱分解法、ゾルゲル法、ペースト法、電気泳動法、CVD法、PVD法等を用いることが出来るが、特に特公昭48−3954号公報及び特公昭46−21884号公報に詳細に記載されているような、被覆層の主体となる元素を含有する化合物溶液を基体に塗布し、乾燥させた後、加熱焼成処理を行って、熱分解及び熱合成反応により目的の酸化物を生成する方法である塗布熱分解法が好適である。
【0042】
電極触媒層成分の金属化合物としては、有機溶媒に溶解させた金属アルコキシド、主として強酸水溶液に溶解させた金属塩化物や硝酸塩、及び油脂に溶解させたレジネート等があり、これらに適宜安定化剤として塩酸、硝酸、蓚酸、及び錯化剤としてサリチル酸、2−エチルヘキサン酸、アセチルアセトン、EDTA、エタノールアミン、クエン酸、エチレングリコール等を添加して塗布溶液とし、ブラシ塗布、ローラー塗布、スプレー塗布、スピンコート、印刷及び静電塗装等、既知の塗布方法を用いて、前述の加熱焼成処理を施したAIP下地層表面に塗布し、乾燥後、空気等の酸化性雰囲気炉中で加熱焼成処理を行う。
【実施例】
【0043】
次に本発明に係る電解用電極及びその製造に関する実施例及び比較例を記載するが、これらは本発明を限定するものではない。
【0044】
<実施例1>
JISI種チタン板の表面を鉄グリット(G120サイズ)にて乾式ブラスト処理を施し、次いで、沸騰濃塩酸水溶液中にて10分間酸洗処理を行い、電極基体の洗浄処理を行った。洗浄した電極基体を、蒸発源としてTi−Ta合金ターゲットを用いたアークイオンプレーティング装置にセットし、電極基体表面にタンタルとチタン合金下地層コーティング被覆を行った。被覆条件は、表1の通りである。
【0045】
【表1】

【0046】
該当合金層の組成は、検査用として電極基体と並置されたステンレス板の蛍光X線分析からは、ターゲットと同組成であった。合金下地層被覆後、X線回折を行ったところ、基体バルク自体と合金下地層にも帰属する明瞭な結晶性のピークが見られ、該下地層が稠密六方晶(hcp)のチタン、体心立方晶(bcc)と少量の単斜晶系(monoclinic)のタンタルからなる結晶質相であることが分かった。
次に、前記被覆処理済基体は空気循環式の電気炉中において530℃、180分間の熱処理を行った後、X線回折を行うと、AIP下地層に帰属するタンタル相のブロードなパターンが見られ、該下地層のタンタル相が熱処理によって結晶質から非晶質に転換したことが分かった。他にはチタン基体及び合金下地層に帰属するチタン相の明瞭なピークも見られた。
次に、四塩化イリジウム、五塩化タンタルを濃塩酸に溶解して塗布液とし、前記被覆処理済基体に塗布し、乾燥後、空気循環式の電気炉中にて535℃、15分間の熱分解被覆を行い、酸化イリジウムと酸化タンタルとの混合酸化物よりなる電極触媒層を形成した。塗布液の1回あたりの塗布厚みがイリジウム金属に換算してほぼ1.0g/m2になる様に前記塗布液の量を設定し、この塗布〜焼成の操作を12回繰り返して、イリジウム金属換算で約12g/m2の電極触媒層を得た。
この試料についてX線回折を行ったところ、電極触媒層に帰属する酸化イリジウムの明瞭なピークとチタン基体及びAIP下地層に帰属するチタン相の明瞭なピークが見られ、さらに合金下地層に帰属するタンタル相のブロードなパターンが見られ、AIP下地層のタンタル相が電極触媒層を得るための加熱焼成処理によっても非晶質を維持していることが分かった。
【0047】
このようにして作製した電解用電極について以下の条件で電解寿命評価を行った。
電流密度:500A/dm2
電解温度:60℃
電解液:150g/l硫酸水溶液
対極:Zr板
初期セル電圧より1.0Vの上昇が見られた時点を電解寿命とした。
この電極のAIP処理によるTi−Ta合金のAIP下地層の熱処理条件と得られた合金下地層の成分の相転換のX線回折結果と電解寿命を表2に示した。表2の比較例に比べ、合金下地層の熱処理による結晶質から非晶質への転換の効果によって、電極耐久性が向上したことが明確になった。
【0048】
<実施例2>
空気中の熱処理を560℃、120分間施したこと以外は、実施例1と同様にして、電解用電極の作製を行い、さらに同様の電解寿命評価を行った。
熱処理後X線回折を行ったところ、AIP下地層に帰属するタンタル相のブロードなパターンと酸化タンタルのピークが見られ、該下地層のタンタル相が熱処理によって結晶質から非晶質に転換したと共に、一部酸化物になることが分かった。
表2に示すように、合金被覆下地層の熱処理によって、Ta相成分が結晶質から非晶質に転換したのと同時に、酸化タンタルが生成したことによって電極寿命が更なる上昇をすることが分かった。
【0049】
<実施例3>
空気中の熱処理を575℃、80分間施したこと以外は、実施例1と同様にして、電解用電極の作製を行い、さらに同様の電解寿命評価を行った。
熱処理後X線回折を行ったところ、合金被覆下地層に帰属するタンタル相のブロードなパターンと酸化タンタル及び酸化チタンのピークが見られ、該下地層のタンタル相が熱処理によって結晶質から非晶質に転換したと共に、一部酸化物になることが分かった。
表2に示すように、AIP下地層の熱処理によって、結晶質から非晶質に転換したと同時に、酸化タンタル及び酸化チタンの二つの酸化物相が生成したことによって電極寿命が更に向上したことが確認された。
【0050】
<比較例1>
AIP下地層の熱処理を施さなかったこと以外は実施例1と全く同じ方法にてサンプルを作成し、同様の電解寿命評価を行った結果、電解寿命は985時間を示すにとどまった。これより、基材表面を本発明により改質することによって耐久性が大幅に向上できることが明確になった。
加熱焼成処理によって電極触媒層をAIP下地層上に形成した試料についてX線回折を行ったところ、電極触媒層に帰属する酸化イリジウムの明瞭なピークとチタン基体及び合金下地層に帰属するチタン相の明瞭なピークが見られ、さらに合金下地層に帰属するタンタル相の明瞭なピークも見られた。AIP下地層のタンタル相は電極触媒層を得るための加熱焼成処理によっても非晶質に転換せず、結晶質を維持したままであることが分かった。
【0051】
<比較例2>
空気中の熱処理を470℃、180分間施したこと以外は、実施例1と同様にして、電極基体の表面にAIP下地層を形成し、加熱焼成を行った。AIP下地層の加熱焼成後、熱処理後X線回折を行ったところ、基体バルクと合金下地層にも帰属する鋭い結晶性ピークが見られ、この熱処理条件では該AIP下地層は非晶質相に転換しなかったことがわかった。
【0052】
次に、実施例1と同様の方法で電極触媒層を形成し、同様の電解寿命評価を行ったところ、比較例1とほぼ同程度の電解寿命を示すにとどまった。この結果から、熱処理による合金層の結晶質から非晶質に転換及び酸化物を生成させることは電極寿命に著しく好影響を与えることが明確になった。
【0053】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、電解銅粉、電解銅箔の製造又は銅メッキだけでなく、各種の電解用電極の再活性方法に適用可能である。
【符号の説明】
【0055】
1 電極基体
2 AIP下地層
3 電極触媒層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体の表面にアークイオンプレーティング法(以下、単に、「AIP法」という。)により結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるアークイオンプレーティング下地層(以下、単に、「AIP下地層」という。)を形成する工程と、
該電極基体を加熱焼成処理し、結晶質のタンタル及び結晶質のチタン成分を含有するバルブメタル又はバルブメタル基合金よりなるAIP下地層のタンタル成分のみを非晶質に変換する過熱焼成工程と、
非晶質に変換されたタンタル成分及び結晶質のチタン成分を含有するAIP下地層の表面に電極触媒層を形成する工程とよりなることを特徴とする電解用電極の製造方法。
【請求項2】
前記AIP下地層の形成工程において、加熱焼成処理における焼成温度を550℃以上、焼成時間を60分以上とし、前記AIP下地層を形成するバルブメタル基合金を部分的に酸化物に変換することを特徴とする請求項1に記載の電解用電極の製造方法。
【請求項3】
前記電極触媒層を形成する際に、塗布熱分解法によって前記電極触媒層の形成を行うようにした請求項1に記載の電解用電極の製造方法。
【請求項4】
前記バルブメタル又はバルブメタル基合金よりなる電極基体がチタン又はチタン基合金であることを特徴とする請求項1に記載の電解用電極の製造方法。
【請求項5】
前記AIP下地層を形成するバルブメタル又はバルブメタル基合金が、タンタル及びチタンとともに、ニオブ、ジルコニウム及びハフニウムから選ばれた少なくとも1種の金属とにより構成されたことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の電解用電極の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−263770(P2009−263770A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−58533(P2009−58533)
【出願日】平成21年3月11日(2009.3.11)
【出願人】(390014579)ペルメレック電極株式会社 (62)
【Fターム(参考)】