説明

高圧ガス容器用バルブ及び高圧ガス容器

【課題】耐久性、耐食性に優れ、ガス漏洩を防止し、製造コストを低減できる高圧ガス容器用バルブ及び高圧ガス容器を提供する。
【解決手段】高圧ガス容器1に取り付けられるバルブボディ3内に形成されたガス流路4の開度を弁体5により変更する。弁体5と弁座6の中の少なくとも一方は合成樹脂製シール部材5bを有する。弁体5が弁座6にシール部材5bを介して押し付けられることでガス流路4が閉鎖される。その合成樹脂として、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、及びポリエーテルサルフォン樹脂の中の少なくとも一つが用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧ガス容器に取り付けられるバルブと、そのバルブが取り付けられた高圧ガス容器に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば半導体製造プロセスにおいて用いられるガスを供給するため、バルブが取り付けられた高圧ガス容器が用いられている。そのようなガスは人体や設備に損傷をもたらす毒性の強いガスが多いことから、微小な漏洩をも防止し、安全性を確保し、環境にも影響を与えない方策が必要とされる。そのため、高圧ガス容器用バルブとして、高圧ガス容器に取り付けられるバルブボディと、このバルブボディ内に形成されたガス流路の開度変更用の弁体と、この弁体を受けるための弁座とを備え、その弁体と弁座の中の少なくとも一方は合成樹脂製シール部材を有し、その弁体が弁座にシール部材を介して押し付けられることでガス流路が閉鎖されるものが用いられている。合成樹脂製シール部材は変形性を有することから、万が一にもガス流路に微小異物が混入したり微小な傷等が生じたとしてもガスの漏洩を防止できる。
【0003】
そのようなシール部材を構成する合成樹脂として、一般にポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)樹脂が使用されている。PCTFE樹脂は、硬度適性、加工性に優れ、また、多くのガス種に対して膨潤や強度低下などを生じないことから耐久性、耐食性に優れると考えられていた。
【0004】
しかし、PCTFE樹脂は、ガス種によっては耐食性、耐久性に問題があり、物理的強度低下や膨潤などによりシール性能が低下することが指摘されている。そこで、シール部材をポリビニリデンフルオライド(PVDF)製や四フッ化エチレン(PTFE)製とすることが提案されている(特許文献1、2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−223176号公報
【特許文献2】特開2005−157913号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されたPVDF樹脂は、連続使用温度が150℃であるため、高圧容器内部を洗浄後に加温乾燥する際に軟化するという問題があり、また、ケトンやエーテルのような極性溶剤やアミンにより軟化したり溶解するという問題もある。
特許文献2に記載されたPTFE樹脂は、加熱しても流動し難く射出成形や押出し成形ができず、シール部材のような小型部品を成形加工する際の熱変形が大きく、加工に特別な技能が必要であることから、量産に適さず製造コストが増大するという問題がある。
また、最近になり、PCTFE樹脂は、アンモニアガス容器用バルブのシール部材として用いられた場合、長期使用時に、当該シール部材に亀裂や剥離が見られることがわかり、安全性を高める改善が必要であることがわかった。
本発明は、上記のような問題を解消できる高圧ガス容器用バルブ及び高圧ガス容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明が適用される高圧ガス容器用バルブは、高圧ガス容器に取り付けられるバルブボディと、前記バルブボディ内に形成されたガス流路の開度変更用の弁体と、前記弁体を受けるための弁座とを備え、前記弁体と前記弁座の中の少なくとも一方は合成樹脂製シール部材を有し、前記弁体が前記弁座に前記シール部材を介して押し付けられることで前記ガス流路が閉鎖される。
【0008】
本発明の高圧ガス容器用バルブは、前記合成樹脂として、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂、及びポリエーテルサルフォン(PES)樹脂の中の少なくとも一つが用いられることを特徴とする。
中でも、PEEK樹脂、PES樹脂が好ましく、PEEK樹脂を用いることがさらに好ましい。
従来のPCTFE樹脂製シール部材を用いたバルブにおいては、PCTFE樹脂の柔軟性が低下し、高圧の作用によりシール部材に亀裂や破壊が生じてシール性能が失われることが、高圧ガス容器からガスが漏洩する原因の一つである。そこで本件発明者らが鋭意検討した結果、シール部材の材料としてPEEK樹脂、PPS樹脂、及びPES樹脂の中の少なくとも一つを用いることで、優れたシール性能を奏することを見出し、本件発明に至った。また、PEEK樹脂、PPS樹脂、及びPES樹脂は、PVDF樹脂よりも連続使用温度が高く、高圧容器内部を洗浄後に加温乾燥する際に軟化するようなことはなく、また、ケトンやエーテルのような極性溶剤やアミンによっても軟化したり溶解することはなく、しかも、PTFE樹脂よりも加熱することで流動し易く、射出成形や押出し成形ができ量産に適する。
【0009】
本発明の高圧ガス容器は、本発明の高圧ガス容器用バルブが取り付けられていることを特徴とする。本発明の高圧ガス容器によれば、高圧が作用してもシール部材に亀裂や破壊が生じることはなく、シール性能を維持してガスの漏洩を防止できる。
【0010】
本件発明者らは、シール部材の材料としてPEEK樹脂、PPS樹脂、及びPES樹脂の中の少なくとも一つを用いることで、アンモニアに対する優れた耐食性を奏し、柔軟性の低下が小さく、耐久性に優れることを見出した。よって、本発明の高圧ガス容器においては、高圧ガスとして特に液化アンモニアガスが充填されるのが適している。これにより、アンモニアガスを充填した高圧ガス容器からのガスの漏洩を防止できる。
【0011】
なお、本発明の高圧ガス容器に充填される高圧ガスは、例えば、常用の温度において圧力(ゲージ圧力をいう。以下同じ。)が1〜15メガパスカルとなる圧縮ガスであって現にその圧力が1〜15メガパスカルであるもの又は温度35度において圧力が1〜15メガパスカルとなる圧縮ガスや、常用の温度において圧力が1〜15メガパスカルとなる液化ガスであって現にその圧力が1〜15メガパスカルであるもの又は圧力が1〜15メガパスカルとなる場合の温度が35度以下である液化ガスであってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐久性、耐食性に優れ、ガス漏洩を防止することで安全性を向上させると共に環境への影響を低減し、製造コストを低減し、高圧ガスの製造や消費に貢献する高圧ガス容器用バルブ及び高圧ガス容器を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施形態に係る高圧ガス容器用バルブの断面図
【図2】本発明の実施形態に係るシール部材の平面図
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1に示す高圧ガス容器1に取り付けられたバルブ2は、高圧ガス容器1に取り付けられるバルブボディ3、バルブボディ3に形成されたガス流路4、ガス流路4の開度変更用の弁体5、弁体5を受けるための弁座6、および操作機構7を備える。
【0015】
容器1に、高圧ガスとして本実施形態では液化アンモニアガスが充填されるが、これに限定されるものではない。容器1の材質は本実施形態ではステンレス鋼とされるが、特に限定されない。なお、ステンレス鋼以外には例えば防錆性に優れた調質マンガン鋼、アルミニウム、クロム−モリブデン鋼などを用い、容器1の内面を研磨して微小異物の発生を防止するのが好ましい。
【0016】
バルブボディ3は、本実施形態ではステンレス鋼製とされ、高圧ガス容器1に雄ねじ部3aを介し取り付けられ、ガス供給用配管(図示省略)に雄ねじ3bを介し取り付けられる。
【0017】
ガス流路4は、第1流路4a、第2流路4b、及び弁体収納室4cを有する。第1流路4aの一端は高圧ガス容器1の内部に通じるガス導入口4dとされ、他端は弁体収納室4cに通じ、中途部はリリーフバルブ8に接続される。第2流路4bの一端はガス供給用配管に通じるガス排出口4eとされ、他端は弁体収納室4cに通じる。ガス排出口4eは、バルブボディ3がガス供給用配管に接続されるまでは、接続用ねじ部3bにねじ合わされる蓋9によって閉鎖される。
【0018】
弁体5は、円柱形の弁棒5aと、弁棒5aに取り付けられたシール部材5bを有し、バルブボディ3に形成された凹部3cから弁体収納室4cに挿入される。弁棒5aは例えばステンレス鋼製とされる。図2に示すように、シール部材はリング状であり、弁棒5aの一端に形成された環状溝に嵌め合わされる。
【0019】
弁座6は、バルブボディ3における第1流路4aと弁体収納室4cとの接続口を囲む環状領域により構成されている。
【0020】
操作機構7は、弁体収納室4cと凹部3cの間を気密状に閉鎖するダイヤフラム7a、ダイヤフラム7aに弁体5を押し付けるバネ7b、バネ7bの弾力をダイヤフラム7aとスペーサを介して受けるロッド7c、ロッド7cに取り付けられたハンドル7d、及びバルブボディ3にねじ部材を介して取り付けられた支持筒7eを有し、ロッド7cは支持筒7eにねじ合わされている。
【0021】
ハンドル7dを一方向に回転させることで、支持筒7eにねじ込まれるロッド7cが弁体5を弁座6に向かい押し付け、シール部材5bが弁座6に押し付けられ、ガス流路4が閉鎖される。ハンドル7dを他方向に回転させることで、ロッド7cによる弁体5の弁座6に向かう押し付けが解除され、バネ7bの弾力により弁体5と共に変位するシール部材5bが弁座6から離れ、ガス流路4が開かれる。なお、ハンドル7dの他方向への回転は、ガス流路4が全開となる一定位置でロッド7cが支持筒7eに形成されたストッパー部に当接することで規制される。
【0022】
シール部材5bは合成樹脂製とされ、その合成樹脂として、PEEK樹脂、PPS樹脂、及びPES樹脂の中の何れか一つが用いられ、エンジニアリングプラスチックとして市販されているものを用いることができる。なお、シール部材5bの材質を、PEEK樹脂、PPS樹脂、及びPES樹脂の中の二つまた全てを混合した樹脂としてもよい。あるいは、リング状シール部材5bを複数とし、互いに径方向寸法が異なるものとして同心状に配置し、各々の材質としてPEEK樹脂、PPS樹脂、及びPES樹脂の中から任意に選択するようにしてもよい。要は、シール部材5bの材質として、PEEK樹脂、PPS樹脂、及びPES樹脂の中の少なくとも一つが用いられればよい。また、シール部材の形状は限定されず、例えば円板状のシール部材を弁体に取り付けるようにしてもよい。
【実施例】
【0023】
上記実施形態のバルブ2を用い、実施例1、実施例2及び比較例1として以下の試験を行い、その結果を以下の表1に示す。
(実施例1)
4ヶのPEEK樹脂(日本ポリペンコ製PK−450)製シール部材5bを液化アンモニア中に90日間浸漬し、試験前後におけるシール部材5bの全長(弁体5の移動方向に沿う寸法)、質量、および高分子計器(株)製「アスカーゴム硬度計タイプDデュロメータ」による表面硬度を測定し、また、外観の変化を観測した。
(実施例2)
シール部材5bをPPS樹脂(東洋プラスチック精工製TPS−PPS(NS)−SC)製とした以外は実施例1と同一の試験を行った。
(比較例1)
シール部材5bをPCTFE樹脂製とした以外は実施例1と同一の試験を行った。
【0024】
【表1】

【0025】
表1から、シール部材5bは膨潤が少なく全長変化率と質量変化率は実施例と比較例の何れも小さかったが、液化アンモニア中への浸漬後の硬度変化は実施例1及び実施例2では認められなかったのに対し、比較例1では認められた。また、外観は実施例1及び実施例2では変色が認められなかったが比較例1では茶変色が認められた。茶変色した比較例1の樹脂表面のX線光電子分光分析(XPS分析)を行ったところ、塩素(Cl)の脱離、窒化、および酸化により樹脂表面の変質が生じていた。これにより、実施例のシール部材5bは樹脂の性質が保持され、アンモニアに対する耐食性を有していることを確認できる。
なお、PES樹脂(八十島プロシード製4100G)製のシール部材5bについても同様の試験を行ない、アンモニアに対する耐食性を有していることを確認できた。
【0026】
上記実施形態のバルブ2を用い、実施例3、実施例4、実施例5及び比較例2として以下の試験を行い、その結果を以下の表2に示す。
(実施例3)
実施例1で用いたものと同様のPEEK樹脂製シール部材5bを弁体5に取り付け、無加圧の状態で、ハンドル7dを往復回転させ、ガス流路4を1回/分のサイクルで5000回開閉する試験を行ない、試験前後におけるシール部材5bの全長(弁体5の移動方向に沿う寸法)、およびガス流路4を全開状態から閉鎖するのに要するハンドル7dの回転角度を測定した。なお、ガス流路4の閉鎖時は、シール部材5bを弁座6に一定の力で押し付けるため、ハンドル7dに作用させるトルクを12N・mとした。
また、閉鎖状態のガス流路4の気密状態を確認するために、発泡性のガスリーク検出液を用いる方法と、真空状態に減圧した高圧ガス容器をヘリウムガス雰囲気に置いて、容器内に侵入したヘリウムを検知する方法を行なった。
(実施例4)
シール部材5bをPPS樹脂製とした以外は実施例3と同一の試験を行った。
(実施例5)
シール部材5bをPES樹脂製とした以外は実施例3と同一の試験を行った。
(比較例2)
シール部材5bをPCTFE樹脂製とした以外は実施例3と同一の試験を行った。
【0027】
【表2】

【0028】
表2から、シール部材5bの全長変化は実施例と比較例とで大きな差はなかったが、ガス流路4を全開状態から閉鎖するのに要するハンドル7dの回転角度の変化は、実施例3〜5では34°〜47°であるのに対し、比較例2では60°と大きくなっているのを確認できる。これは、実施例3〜5では比較例2に比べて、ハンドル7dに一定トルクを作用させた時の変形が小さいことを示している。
また、PEEK樹脂、PPS樹脂、及びPES樹脂製のシール部材5bは損傷もなく、Heガスのリークがないことが確認され、一方、PCTFE樹脂製のシール部材5bではHeガスのリークはなかったが微小の損傷が認められた。これにより、実施例のシール部材5bは、大きなトルクを作用させてガス流路4を閉鎖しても十分な機械的強度を有し、耐久性に優れていることを確認できる。
【0029】
上記実施形態のバルブ2を用い、実施例6、実施例7及び比較例3として以下の試験を行い、その結果を以下の表3に示す。
(実施例6)
シール部材5bとして、実施例1において液化アンモニア中へ90日間浸漬したPEEK樹脂製のものを用いた以外は実施例3と同一の試験を行った。
(実施例7)
シール部材5bとして、実施例2において液化アンモニア中へ90日間浸漬したPPS樹脂製のものを用いた以外は実施例3と同一の試験を行った。
(比較例3)
シール部材5bとして、比較例1において液化アンモニア中へ90日間浸漬したPCTFE樹脂製のものを用いた以外は実施例3と同一の試験を行った。
【0030】
【表3】

【0031】
表3から、実施例6、7ではガスのリークがないのに対し、比較例3では試験後にガスのリークが生じているのを確認できる。また、実施例3、4の変異量と実施例6、7の変異量の比較、比較例2と比較例3の変異量の比較から、実施例のシール部材5bはアンモニアに対する柔軟性の低下が小さく、耐食性を奏するのを確認できる。
【0032】
本発明は上記実施形態や実施例に限定されない。例えば弁座にリング状のシール部材を取り付けることで、弁体ではなく弁座がシール部材を有するようにしてもよい。あるいは、弁体と弁座の双方がシール部材を有するようにしてもよく、この場合、ガス流路の閉鎖時に弁体のシール部材が弁座に押し付けられると共に弁座のシール部材が弁体に押し付けられてもよいし、シール部材同志が互いに押し付けられてもよい。また、バルブの種類は手動開閉バルブに限定されず、例えば減圧弁としての機能を備えるものや、電動バルブであってもよい。
【符号の説明】
【0033】
1…高圧ガス容器、2…バルブ、3…バルブボディ、4…ガス流路、5…弁体、5b…シール部材、6…弁座

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高圧ガス容器に取り付けられるバルブボディと、前記バルブボディ内に形成されたガス流路の開度変更用の弁体と、前記弁体を受けるための弁座とを備え、前記弁体と前記弁座の中の少なくとも一方は合成樹脂製シール部材を有し、前記弁体が前記弁座に前記シール部材を介して押し付けられることで前記ガス流路が閉鎖される高圧ガス容器用バルブにおいて、
前記合成樹脂として、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリフェニレンサルファイド樹脂、及びポリエーテルサルフォン樹脂の中の少なくとも一つが用いられることを特徴とする高圧ガス容器用バルブ。
【請求項2】
請求項1に記載のバルブが取り付けられた高圧ガス容器。
【請求項3】
高圧ガスとして液化アンモニアガスが充填された請求項2に記載の開閉弁付高圧ガス容器。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−223396(P2010−223396A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−73508(P2009−73508)
【出願日】平成21年3月25日(2009.3.25)
【出願人】(000195661)住友精化株式会社 (352)
【Fターム(参考)】