説明

CZTS系半導体用CBD溶液、CZTS系半導体用バッファ層の製造方法及び光電素子

【課題】CZTS系半導体からなる光吸収層の上に良好な特性を持つCdSバッファ層を形成することが可能なCZTS系半導体用バッファ層の製造方法、このような方法に用いられるCZTS系半導体用CBD溶液、及び、このような方法により得られるバッファ層を備えた光電素子を提供すること。
【解決手段】酢酸カドミウム、硫黄源、及び、硫化物合成助剤を含むCZTS系半導体用CBD溶液。CZTS系半導体用CBD溶液に、CZTS系半導体層が形成された基板を浸漬し、前記CZTS系半導体層の表面にCdS膜を形成するCBD工程と、前記CdS膜を200℃以下で熱処理する熱処理工程とを備えたCZTS系半導体用バッファ層の製造方法。本発明に係る方法により得られるバッファ層を備えた光電素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CZTS系半導体用CBD溶液、CZTS系半導体用バッファ層の製造方法及び光電素子に関し、さらに詳しくは、CZTS系半導体からなる光吸収層の上にCdSバッファ層が形成された各種光電素子(例えば、薄膜太陽電池、光導電セル、フォトダイオード、フォトトランジスタ、増感型太陽電池など)を製造する際に用いられるCZTS系半導体用バッファ層の製造方法、このような方法に用いられるCZTS系半導体用CBD溶液、及び、このような方法により得られるバッファ層を備えた光電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
光電素子とは、光量子のエネルギーを何らかの物理現象を介して電気的信号に変換(光電変換)することが可能な素子をいう。太陽電池は、光電素子の一種であり、太陽光線の光エネルギーを電気エネルギーに効率よく変換することができる。
【0003】
太陽電池に用いられる半導体としては、単結晶Si、多結晶Si、アモルファスSi、GaAs、InP、CdTe、CuIn1-xGaxSe2(CIGS)、Cu2ZnSnS4(CZTS)などが知られている。
これらの中でも、CIGSやCZTSに代表されるカルコゲナイト系の化合物は、光吸収係数が大きいので、低コスト化に有利な薄膜化が可能である。特に、CIGSを光吸収層に用いた太陽電池は、薄膜太陽電池中では変換効率が高く、多結晶Siを用いた太陽電池を超える変換効率も得られている。しかしながら、CIGSは、環境負荷元素及び希少元素を含んでいるという問題がある。
一方、CZTSは、太陽電池に適したバンドギャップエネルギー(1.4〜1.5eV)を持ち、しかも、環境負荷元素や希少元素を含まないという特徴がある。
【0004】
CIGSやCZTSを光吸収層として用いる太陽電池において、バッファ層が必須である。バッファ層は、光吸収層と窓層の間に成膜され、バンドプロファイル及びヘテロ界面の調整のために必要と推測されている。バッファ層の成膜には、溶液成長(Chemical Bath Deposition、CBD)法が用いられる場合が多く、この系において、CdSが用いられる場合が多い。
【0005】
CdS自体は、光センサ材料として知られており、化学的手法によるSi基板やガラス基板上へのCdSの成膜については、多数の報告がある。
例えば、非特許文献1には、CBD法を用いてガラス基板上にCdS薄膜を形成する原料(CBD溶液)や方法が開示されている。
同文献には、
(1)酢酸カドミウムを使用すると、単相のCdS膜が成膜できる点、
(2)硫酸カドミウムを使用すると、硫酸カドミウムが混在した膜が成膜される点、
(3)塩化カドミウムを使用すると、六方晶と立方晶の混合物となる点、及び、
(4)酢酸カドミウムを使用すると、透光性が向上する点、
が記載されている。
【0006】
また、非特許文献2には、CBD法を用いてガラス基板上にCdS薄膜を形成する原料や方法が開示されている。
同文献には、
(1)塩化カドミウムに比べて、酢酸カドミウムを使用した場合には、緻密で透光性の良い膜ができる点、及び、
(2)溶液中にアンモニウム塩を添加すると、良質な膜が成膜できる点
が開示されている。
【0007】
さらに、非特許文献3、4には、CBD法を用いてCIGS薄膜表面にCdS膜を形成する原料や方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】E.Pentia et al., "The influence of cadmiumu salt anion on the growth mechanism and the physical property of CdS thin films," J.Optoelectronics & Advanced Mater., 2(2000)593-601
【非特許文献2】X.B.Xu et al., "Influence of cadmium salts on a modified chemical bath deposition of cadmium sulfide thin films," Surface Review & Letters, 15(2008)265-270
【非特許文献3】D.Abou-Ras et al., "Structural and chemical investigated of CBD- and PVD-CdS buffer layers and interface in Cu(in,Ga)Se2-based thin film solar cells," Thin Solid Films, 480-481(2005)118-123
【非特許文献4】A.Kylner et al., "Impurity in chemical bath deposited CdS films for Cu(In,Ga)Se2 solar cells and their stability," J.Electrochem.Soc., 143(1996)2662-2669
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、CZTS系半導体からなる光吸収層の上に良好な特性を持つCdSバッファ層を形成し、これによって光電素子の特性を向上させることが可能なCZTS系半導体用バッファ層の製造方法、このような方法に用いられるCZTS系半導体用CBD溶液、及び、このような方法により得られるバッファ層を備えた光電素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明に係るCZTS系半導体用CBD溶液は、酢酸カドミウム、硫黄源、及び、硫化物合成助剤を含む水溶液からなる。
本発明に係るCZTS系半導体用バッファ層の製造方法は、
本発明に係るCZTS系半導体用CBD溶液に、CZTS系半導体層が形成された基板を浸漬し、前記CZTS系半導体層の表面にCdS膜を形成するCBD工程と、
前記CdS膜を200℃以下で熱処理する熱処理工程と
を備えていることを要旨とする。
また、本発明に係る光電素子は、本発明に係る方法により得られるバッファ層を備えている。
【発明の効果】
【0011】
CBD法を用いてCZTS系半導体層の上にCdS層を形成する場合において、Cd源として酢酸カドミウムを用いると、CZTS系半導体層の特性が向上する。これは、CBD溶液中における酢酸カドミウム由来の酢酸イオンの存在が、バッファ層とCZTS層のヘテロ界面を良好な状態に変化させるためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Cd源として塩化カドミウムを用い、かつ、塩化アンモニウム無添加のCBD溶液を用いて成膜されたCdS膜(比較例2)のTEM写真である。
【図2】図1に示すCdS膜(比較例2)のEDS解析結果である。
【図3】Cd源として塩化カドミウムを用い、かつ、塩化アンモニウムを0.4g添加したCBD溶液を用いて成膜されたCdS膜(比較例4)のTEM写真である。
【図4】図3に示すCdS膜(比較例4)のEDS解析結果である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. CZTS系半導体用バッファ層の製造方法及びCZTS系半導体用CBD溶液]
本発明に係るCZTS系半導体用バッファ層の製造方法は、CBD工程と、熱処理工程とを備えている。
【0014】
[1.1. CBD工程]
CBD工程は、酢酸カドミウム、硫黄源、及び、硫化物合成助剤を含むCBD溶液に、CZTS系半導体層が形成された基板を浸漬し、CZTS系半導体層の表面にCdS膜を形成するCBD工程を備えている。
【0015】
[1.1.1. 光吸収層]
CdS膜は、光吸収層の上に形成される。本発明において、光吸収層は、CZTS(Cu2ZnSnS4)系半導体層からなる。
本発明において、「CZTS系半導体」というときは、化学量論組成の化合物だけでなく、すべての不定比化合物、あるいは、Cu、Zn、Sn、及びSを主成分とするすべての化合物が含まれる。
CZTS系半導体は、Cu、Zn、Sn及びSのみからなるものでも良く、あるいは、これらに加えて他のカルコゲン元素や各種のドーパントや不可避的不純物などがさらに含まれていても良い。
【0016】
[1.1.2. 基板]
処理対象は、光吸収層が形成された基板である。基板と、光吸収層の間には、他の層が形成されていても良い。
例えば、CZTS系半導体を用いた薄膜太陽電池は、一般に、基板、下部電極、光吸収層、バッファ層、窓層、及び上部電極がこの順で積層された構造を備えている。各層の間には、付加的な層(例えば、接着層、光散乱層、反射防止層など)が形成されていても良い。光吸収層には、CZTS系半導体が用いられる。本発明において、光吸収層及びバッファ層以外の各層の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の材料を用いることができる。
【0017】
[1.1.3. CZTS系半導体用CBD溶液]
CdS膜を形成するための処理溶液(CZTS系半導体用CBD溶液。以下、単に「CBD溶液」という。)は、酢酸カドミウム、硫黄源、及び、硫化物合成助剤を含む水溶液からなる。
【0018】
[A. 酢酸カドミウム]
本発明においてCd源には、酢酸カドミウムを用いる。Cd源として酢酸カドミウムを用いると、詳細は不明であるが、CZTS系半導体層の上に良質のCdS膜を形成することができる。
【0019】
[B. 硫黄源]
「硫黄源」とは、Sを含み、水溶液中でSを遊離することが可能な水溶性の化合物をいう。
硫黄源としては、具体的には、
(a)チオウレア(SC(NH2)2)、チオアセトアミド(CH3CSNH2)、チオアセティックアシド(CH3COSH)、チオベンザミド(C65CSNH2)などの有機系化合物からなる硫黄源、
(b)チオ硫酸ナトリウム(Na223)、チオ硫酸カリウム(K223)、亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)、亜硫酸水素ナトリウム(NaHSO3)、二亜硫酸ナトリウム(Na225)、硫化ナトリウム(Na2S)などの無機系化合物からなる硫黄源、
などがある。
CBD溶液には、これらのいずれか1種が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
【0020】
[C. 硫化物合成助剤]
「硫化物合成助剤」とは、Cdイオンの錯体を形成することができ、かつ、水溶液をアルカリ性にすることができるものをいう。水溶液をアルカリ性にするのは、硫黄源を分解させ、S2-イオンを生成させるためである。
硫化物合成助剤としては、具体的には、
(a)アンモニア水、
(b)NaCN、KCNなどのシアン酸化合物、
(c)NaSCN、KSCNなどのチオシアン酸化合物、
(d)(a)〜(c)のいずれか2以上の混合物、
などがある。
【0021】
[D. CBD溶液組成]
CBD溶液の組成は、CdS膜の特性に影響を与える。
CBD溶液中の酢酸カドミウムの濃度が低すぎると、光吸収層の特性が低下する。従って、酢酸カドミウムの濃度は、0.001M以上が好ましい。酢酸カドミウムの濃度は、さらに好ましくは、0.0015M以上である。
一方、酢酸カドミウムの濃度が高すぎると、光吸収層の特性が低下する。従って、酢酸カドミウムの濃度は、0.05M以下が好ましい。酢酸カドミウムの濃度は、さらに好ましくは、0.01M以下である。
【0022】
CBD溶液中の硫黄源の濃度が低すぎると、光吸収層の特性が低下する。従って、硫黄源の濃度は、0.05M以上が好ましい。硫黄源の濃度は、さらに好ましくは、0.1M以上である。
一方、硫黄源の濃度が高すぎると、光吸収層の特性が低下する。従って、硫黄源の濃度は、3.0M以下が好ましい。硫黄源の濃度は、さらに好ましくは、1.0M以下、さらに好ましくは、0.6M以下である。
【0023】
CBD溶液中の硫化物合成助剤の濃度が低すぎると、光吸収層の特性が低下する。硫化物合成助剤の濃度は、1.7M以上が好ましい。硫化物合成助剤の濃度は、さらに好ましくは、2.0M以上である。
一方、硫化物合成助剤の濃度が高すぎると、光吸収層の特性が低下する。硫化物合成助剤の濃度は、5.5M以下が好ましい。硫化物合成助剤の濃度は、さらに好ましくは、5.0M以下である。
【0024】
CBD溶液は、上述した酢酸カドミウム、硫黄源、及び、硫化物合成助剤のみを含む水溶液が好ましい。特に、酢酸アンモニウムなどのアンモニウム塩が含まれていると、光吸収層の特性が低下する。光吸収層の特性を向上させるためには、CBD溶液に含まれるアンモニウム塩の濃度は、0.1M以下が好ましい。アンモニウム塩の濃度は、さらに好ましくは、0.01M以下である。CBD溶液中のアンモニウム塩の濃度は、少ないほどよい。
【0025】
[1.1.4. 成膜条件]
CdS膜の成膜は、光吸収層が形成された基板をCBD溶液に浸漬し、所定の温度で加熱することにより行う。加熱は、反応を促進させるために行われる。加熱温度は、通常、30〜80℃である。
CdS膜の膜厚は、反応時間により制御することができる。反応時間は、膜厚にもよるが、通常、5〜60分である。
【0026】
[1.2. 熱処理工程]
熱処理工程は、光吸収層の上に形成されたCdS膜を200℃以下で熱処理する工程である。
CBD法により製造されたCdS膜をそのまま放置すると、残存した水分や反応溶液成分によりCdS膜が劣化しやすい。そのため、CBD法によりCdS膜を成膜した後、残存した水分を除去するために熱処理が行われる。熱処理温度は、残存した水分を除去できる温度(200℃以下)であれば良い。
熱処理時の雰囲気は、特に限定されるものではなく、酸化雰囲気、還元雰囲気、不活性雰囲気のいずれでも良い。
【0027】
[2. 光電素子]
本発明に係る光電素子は、基板と、基板の上に形成されたCZTS系半導体からなる光吸収層と、光吸収層の上に形成されたバッファ層とを備えている。バッファ層は、本発明に係る方法により得られるものからなる。基板と光吸収層の間には、他の層が形成されていても良い。
例えば、CZTS系半導体を用いた薄膜太陽電池は、一般に、基板、下部電極、光吸収層、バッファ層、窓層、及び上部電極がこの順で積層された構造を備えている。各層の間には、付加的な層(例えば、接着層、光散乱層、反射防止層など)が形成されていても良い。本発明において、バッファ層及び光吸収層以外の各層の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の材料を用いることができる。
【0028】
例えば、光電素子が薄膜太陽電池である場合、薄膜太陽電池は、以下のようにして製造することができる。すなわち、まず、基板上に下部電極及び光吸収層をこの順で形成する。次いで、本発明に係る方法を用いて、光吸収層の上にCdSバッファ層を形成する。さらに、CdSバッファ層の上に、窓層及び上部電極をこの順で形成する。
バッファ層以外の層の形成方法は、特に限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。各部材の形成方法としては、具体的には、スパッタ法、真空蒸着法、パルスレーザー堆積法(PLD)法、メッキ法、電気泳動成膜法(EPD)、化学気相成膜法(CVD),スプレー熱分解成膜法(SPD)、スクリーン印刷法、スピンコート法、微粒子堆積法などがある。
【0029】
[3. CZTS系半導体用バッファ層の製造方法及び光電素子の作用]
CBD法を用いてCZTS系半導体層の上にCdS層を形成する場合において、Cd源として酢酸カドミウムを用いると、CZTS系半導体層の特性が向上する。これは、以下のような理由によると考えられる。
【0030】
すなわち、CBD法を用いてCdS膜を成膜する場合、アルカリ性水溶液中でカドミウム塩から解離したCd2+と、硫黄源から解離したS2-とが反応することにより基板上にCdS膜が形成される。CdS膜を光センサ材料として使用する場合、CdS膜は、Si基板やガラス基板上に直接成膜される。この場合、Si基板やガラス基板は、化学的に不活性であるため、成膜中の基板とCBD溶液との反応は起こりにくい。そのため、成膜条件を決定する際に、基板との反応を考慮する必要はない。
一方、CZTS系半導体層の上にCdS膜を形成する場合、CZTS系半導体層はSを含むため、CZTS系半導体層とCBD溶液とが反応する。そのため、従来の方法をそのままCZTS系半導体に適用しても、良質なCdS膜は得られない。また、このような反応を考慮したCBD溶液が提案された例は、従来にはない。
【0031】
開放端電圧(Voc)やフィルファクター(FF)値は、バッファ層とCZTS系半導体層のヘテロ界面の状態に影響されると推測できる。アルカリ性水溶液中では、CdS膜の成膜と同時にCZTS系半導体層の腐食やエッチングも同時に発生すると考えられる。さらに、一度溶解したCZTS系半導体層の構成元素がCdS膜に取り込まれる形で、再びCZTS系半導体層の上に堆積することも考えられる。
この時、水溶液のpH、あるいは、配位子(アンモニア、CN)やCd源由来のアニオンの存在は、CdSの成膜と同時に、CZTS系半導体層の腐食などにも影響を及ぼすと推測できる。本発明では、詳細は不明であるが、酢酸カドミウム由来の酢酸イオンの存在が、CZTS系半導体層の腐食や再成膜に影響し、その結果として、バッファ層とCZTS系半導体層のヘテロ界面を良好な状態に変化させたと考えられる。また、これによってVocやFF値が向上したと考えられる。
【0032】
太陽電池において、並列抵抗(I−V曲線のV=0の傾き)は、電流の漏れの程度を表す指標となる。並列抵抗は、大きいほど良い。直列抵抗(I−V曲線のI=0の傾き)は、取り出すことが可能な電流の量を表す指標となる。直列抵抗は、小さいほど良い。
CBD法を用いてCdS膜を形成する場合において、Cd塩として酢酸カドミウムを用いると、並列抵抗が向上し、かつ、直列抵抗が低下する。並列抵抗の向上と直列抵抗の低下は、CdSバッファ層の均一性の向上を意味していると推測できる。
本発明の場合、酢酸カドミウム由来の酢酸アニオンの存在が、Cd錯体の形成、及び、CdイオンとSイオンの反応に何らかの影響を及ぼしていると考えられる。その結果として、良質なCdS膜が形成できたと考えられる。
【実施例】
【0033】
(実施例1、比較例1〜2)
[1. 試料の作製]
以下の手順に従い、太陽電池を作製した。
(1)ソーダライムガラス(SLG)基板上にMo裏面電極層(層厚:〜1μm)をスパッタ法により形成した。
(2)Mo裏面電極層の上に、Cu−Zn−Sn−S前駆体膜をスパッタ法により形成した。次いで、大気圧、5%H2S+N2ガス雰囲気中、550〜580℃、3hの硫化処理により、前駆体膜をCZTS光吸収層(層厚:〜1.4μm)にした。
(3)CBD法を用いて、CZTS膜の上にCdSバッファ層(層厚:〜70nm)を形成した。
(4)スパッタ法を用いて、CdSバッファ層の上に、Al:ZnO窓層(層厚:〜400nm)及び櫛形Al表面電極層(層厚:〜0.6μm)をこの順で形成した。
(5)作製した太陽電池の有効受光面積は、約0.16cm2であった。
【0034】
CdSバッファ層は、以下の条件で成膜した。まず、500mLのビーカに、Cd塩:0.004M相当、チオウレア:10.1g(0.3M)、28%アンモニア水:90mL(3.0M)、イオン交換水:360mLを入れ、室温でこれらを溶解させた。Cd塩には、ヨウ化カドミウム:0.58g(比較例1)、塩化カドミウム:0.36g(比較例2)、又は、酢酸カドミウム:0.43g(実施例1)を用いた。
この反応溶液に、CZTS膜が形成された基板を浸漬した。浸漬後に、ビーカを70℃のウォータバスに投入して加熱した。ビーカ内の溶液温度は徐々に上昇し、20min後には約60℃となった。20min後、基板を速やかに取り出した。基板をイオン交換水で洗浄し、空気吹きつけで乾燥した。乾燥した基板は、管状炉で200℃×30min、窒素中で熱処理した。その後、上述した手順に従い、窓層及び表面電極層を成膜した。
【0035】
[2. 試験方法]
作製された太陽電池を用いて、短絡電流密度(JSC)、開放端電圧(VOC)、形状因子(F.F.)、変換効率(Eff)、並列抵抗、及び、直列抵抗を評価した。測定には、太陽光シミュレータを用いた。測定は、エアマス1.5(AM1.5)の疑似太陽光を太陽電池に当て、時間を置かずに測定を開始し、数十秒の内に測定を完了した。
なお、変換効率(Eff)、開放端電圧(VOC)、短絡電流密度(JSC)、及び形状因子(F.F.)には、次の(1)式の関係が成り立つ。
ff=VOC×JSC×F.F. ・・・(1)
【0036】
[3. 結果]
表1に、その結果を示す。表1より、酢酸カドミウムを用いることにより、Vocが0.15V程度上昇し、Effも2.4倍程度向上していることがわかる。また、並列抵抗が向上し、直列抵抗が低下していることがわかる。これは、Cd源として酢酸カドミウムを用いたことにより、CdS/CZTSヘテロ界面の状態が良好となったため、あるいは、CdSバッファ層の均一性が向上したためと考えられる。
【0037】
【表1】

【0038】
(実施例2、比較例3〜6)
[1. 試料の作製]
CBD溶液にNH4COOCH3:0.58g(0.017M)を添加した以外は、実施例1と同様にして太陽電池を作製した(実施例2)。
また、CBD溶液にNH4Cl:0.23〜7.00g(0.01〜0.29M)を添加した以外は、比較例2と同様にして太陽電池を作製した(比較例3〜6)。
【0039】
[2. 試験方法]
[2.1. 太陽電池特性]
実施例1と同様にして、太陽電池特性を評価した。
[2.2. CdS膜の評価]
CdS膜のTEM観察及びEDS解析を行った。
【0040】
[3. 結果]
表2及び表3に、その結果を示す。なお、表2及び表3には、それぞれ、実施例1及び比較例2の結果も併せて示した。
表2より、酢酸カドミウム系のCBD溶液に酢酸アンモニウムを添加すると、僅かな添加で急激に太陽電池特性が劣化することがわかる。同様に、表3より、塩化カドミウム系のCBD溶液に塩化アンモニウムを添加すると、僅かな添加で急激に太陽電池特性が劣化することがわかる。これは、CZTS系半導体層の上にCBD法によりCdS膜を形成する場合において、CBD溶液にアンモニウム塩を添加すると、バッファ層とCZTS系半導体層のヘテロ界面の状態が劣化し、あるいは、CdS膜の均一性が低下するためと考えられる。
【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【0043】
図1及び図2に、ぞれぞれ、Cd源として塩化カドミウムを用い、かつ、塩化アンモニウム無添加のCBD溶液を用いて成膜されたCdS膜(比較例2)のTEM写真及びEDS解析結果を示す。また、図3及び図4に、Cd源として塩化カドミウムを用い、かつ、塩化アンモニウムを0.4g添加したCBD溶液を用いて成膜されたCdS膜(比較例4)のTEM写真及びEDS解析結果を示す。
図1〜4より、塩化カドミウム系のCBD溶液に塩化アンモニウムを添加すると、CdS膜内に相対的に多量のZn及びCuが混入していることがわかる。非特許文献2には、ガラス基板上にCdS膜を製膜する場合、アンモニウム塩の添加により良質なCdS膜が成膜できると記載されているが、この結果は、非特許文献2とは対照的である。
塩化アンモニウムの添加によって太陽電池特性が低下したのは、塩化アンモニウムがCZTS系半導体層の腐食を促進したためと考えられる。従って、CBD法を用いてCZTS系半導体層の上にCdS膜を形成する場合、CBD溶液は、Cd塩、硫黄源及び硫化物合成助剤のみを含むものが好ましい。
【0044】
(実施例3〜7)
[1. 試料の作製]
酢酸カドミウムの量を0.0086〜1.29g(0.0008〜0.012M)、チオウレアの量を1.01〜30.3g(0.03〜0.9M)、28%アンモニア水の量を45〜180mL(1.5〜6.0M)、イオン交換水の量を270〜360mLとした以外は、実施例1と同様にして、太陽電池を作製した。
【0045】
[2. 評価]
実施例1と同一条件下で、太陽電池特性を評価した。
【0046】
[3. 結果]
表4に、その結果を示す。なお、表4には、実施例1の結果も併せて示した。
表4より、
(1)アンモニア水の量が過剰である場合及び少なすぎる場合のいずれも、Jsc、Voc、及び、F.F.値が低下する(実施例1、3、5参照)、
(2)チオウレアの量が少なすぎると、Jsc、Voc、及び、F.F.値が低下する(実施例1、4参照)、
(3)CBD溶液中の酢酸カドミウム及びチオウレアの濃度をともに増大させると、Jscは向上するが、Voc及びF.F.が低下する(実施例1、6参照)、
(4)CBD溶液中の酢酸カドミウム及びチオウレアの濃度をともに減少させると、Jscは向上するが、Voc及びF.F.が極端に低下する(実施例1、7参照)、
(5)高い変換効率を得るためには、酢酸カドミウムの濃度は0.001〜0.05M、チオウレアの濃度は0.05〜1.0M、アンモニア水の濃度は1.7〜5.5Mが好ましい、
ことがわかる。
【0047】
【表4】

【0048】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明に係るCZTS系半導体用バッファ層の製造方法は、薄膜太陽電池、光導電セル、フォトダイオード、フォトトランジスタ、増感型太陽電池などの光吸収層としてCZTS系半導体層を用いた各種光電素子の製造に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸カドミウム、硫黄源、及び、硫化物合成助剤を含む水溶液からなるCZTS系半導体用CBD溶液。
【請求項2】
前記硫黄源は、
(a)チオウレア(SC(NH2)2)、チオアセトアミド(CH3CSNH2)、チオアセティックアシド(CH3COSH)、及び、チオベンザミド(C65CSNH2)、並びに、
(b)チオ硫酸ナトリウム(Na223)、チオ硫酸カリウム(K223)、亜硫酸ナトリウム(Na2SO3)、亜硫酸水素ナトリウム(NaHSO3)、二亜硫酸ナトリウム(Na225)、及び、硫化ナトリウム(Na2S)
から選ばれるいずれか1以上である請求項1に記載のCZTS系半導体用CBD溶液。
【請求項3】
前記硫化物合成助剤は、
(a)アンモニア水、
(b)シアン酸化合物、
(c)チオシアン酸化合物、又は、
(d)(a)〜(c)のいずれか2以上の混合物、
である請求項1又は2に記載のCZTS系半導体用CBD溶液。
【請求項4】
前記酢酸カドミウムの濃度が0.001M以上0.05M以下であり、
前記硫黄源の濃度が0.05M以上3.0M以下であり、
前記硫化物合成助剤の濃度が1.7M以上5.5M以下である
請求項1から3までのいずれかに記載のCZTS系半導体用CBD溶液。
【請求項5】
アンモニウム塩の濃度が0.1M以下である請求項1から4までのいずれかに記載のCZTS系半導体用CBD溶液。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれかに記載のCZTS系半導体用CBD溶液に、CZTS系半導体層が形成された基板を浸漬し、前記CZTS系半導体層の表面にCdS膜を形成するCBD工程と、
前記CdS膜を200℃以下で熱処理する熱処理工程と
を備えたCZTS系半導体用バッファ層の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の方法により得られるバッファ層を備えた光電素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−146595(P2011−146595A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7353(P2010−7353)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】