説明

DLC皮膜とその製造方法、摺動部材および前記摺動部材が用いられている製品

【課題】潤滑油環境下での摺動において、従来以上に摩擦係数が低減された摺動部材を提供することができるDLC皮膜とその製造方法を提供する。
【解決手段】摺動部材の摺動側表面にコーティングされたDLC皮膜であって、表面エネルギーが52〜74mJ/mまたはエチレングリコールの接触角が27〜51度であるDLC皮膜。前記DLC皮膜は、X線散乱スペクトルにおいてグラファイト結晶ピークを有する。予め作製されたDLC皮膜にプラズマ処理を施して、表面エネルギーを制御することによりDLC皮膜を製造するDLC皮膜の製造方法。前記プラズマ処理は、照射イオン量を調整してDLC皮膜にプラズマ照射する処理であり、照射イオン量は1.30×1016〜1.85×1017イオン/cmであり、バイアス(イオン加速)電圧は80〜140Vである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)皮膜とその製造方法、摺動部材および前記摺動部材が用いられている製品に関し、特に摩擦係数が低減されたDLC皮膜とその製造方法および摺動特性に優れた摺動部材および前記摺動部材が用いられている製品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のピストンリングおよびピストン等のように、2つの部材が接触して相互に摺動する摺動部材は、自動車を始め、家電製品、工作機械等の各種機械や装置の部品、あるいはこれらの製造に用いる金型、刃物、針等の工具や治具等、多くの分野で用いられている。
【0003】
このような摺動部材として、ダイヤモンド結晶のような高硬度、高耐摩耗性、高固体潤滑性、優れた化学的安定性に加え、相手材料との接触における低摩擦性を有するDLC皮膜を基材にコーティングした摺動部材が、従来より広く使用されている。
【0004】
しかし、このような摺動部材に対して、近年、環境問題や省エネルギーの観点から、一層、摩擦係数、特に潤滑油環境下における摩擦係数を低減することが求められている。即ち、例えば、自動車の内燃機関の摺動部、特にカムフォロア部シム・タペット部など動弁系での摺動部の摩擦を低減させることは、自動車全体の燃費の向上や排出ガスの低減に多大の効果があるため、注目されている。
【0005】
このような要求に応え、摩擦係数をより低減させる技術として、以下に示すような技術が開示されている。
【0006】
即ち、特許文献1には、高硬度(20GPa以上、45GPa未満)のDLC皮膜上に低硬度(5GPa以上、20GPa以下)のDLC皮膜を積層して2層構造としたDLC皮膜が開示されている。2層構造とすることにより、ドライ、油中、水中といずれの場合においても摩擦係数が低減される。
【0007】
そして、特許文献2には、非晶質炭素皮膜(DLC皮膜)に、W、Mo、Si等の金属元素を添加することにより、摩擦係数を低減させることが開示されている。
【0008】
また、特許文献3には、自動車のフロントガラス、自動車の窓、自動車の鏡、建築上鏡、浴室の鏡などのような支持体上に親水性皮膜(例えば、防曇皮膜)を形成させて水との濡れ性を向上させる方法として、DLC含有層(皮膜)の表面に極性ドーパント(硼素、窒素等)をドープする技術が開示されている。
【0009】
さらに、非特許文献1には、膜中の水素含有量を低減することにより、潤滑油環境下において摩擦係数を低減させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−167512号公報
【特許文献2】特開2009−203556号公報
【特許文献3】特表2003−534223号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】日産自動車株式会社、株式会社リケン、株式会社日立製作所、日本アイ・ティ・エフ株式会社、”エンジン用水素フリーDLCバルブリフター”、[online]、平成19年12月12日、(財)機械振興協会 技術研究所、[平成22年4月1日検索]、インターネット<URL:http://www.tri.jspmi.or.jp/prize/ppmi/005/report/N05−06.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、前記の各先行技術文献に開示された技術によっても、前記した近年の要請に対しては、未だ充分に応えられてはいなかった。
【0013】
そこで、本発明は、潤滑油環境下での摺動において、従来以上に摩擦係数が低減された摺動部材を提供することができるDLC皮膜とその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意検討の結果、以下の各請求項に示す発明により、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。以下、各請求項毎に説明する。
【0015】
請求項1に記載の発明は、
摺動部材の摺動側表面にコーティングされたDLC皮膜であって、表面エネルギーが52〜74mJ/mまたはエチレングリコールの接触角が27〜51度であることを特徴とするDLC皮膜である。
【0016】
本発明者は、DLC皮膜における摩擦係数の低減を図るに際して、種々のDLC皮膜を作製し、潤滑油環境下における摩擦係数に影響を持つ要因としてDLC皮膜の表面エネルギーあるいはエチレングリコールの接触角を取り上げ、摩擦係数との関係を詳細に検討した。
【0017】
その結果、表面エネルギーが大きくなるに従い摩擦係数が低下するとの予想に反し、実際には、ある段階までは、表面エネルギーが大きくなるに従い摩擦係数が低下するものの、それを超えると逆に表面エネルギーが大きくなるに従い摩擦係数が上昇することが分かった。これを図1に示す。
【0018】
図1は、表面エネルギーと潤滑油環境下における摩擦係数との関係を示す図である。図1において、横軸は表面エネルギー(mJ/m)、縦軸は摩擦係数であり、実測値◇と、それに基づく近似曲線が示されている。なお、図1上部に記載した式は、この近似曲線を式で表したものである。
【0019】
図1に示すように、摩擦係数が表面エネルギーに対して極小値を持つ理由としては、以下のように推測される。
【0020】
即ち、潤滑油環境下における摩擦抵抗は、下記の(1)式で示す境界摩擦式によって表される。
F=Asolid×Ssolid+Aoil×Soil・・・(1)
但し、F :摩擦抵抗
solid:DLC皮膜と相手材との接触面積
oil :DLC皮膜と潤滑油との接触面積
(Asolid+Aoil=一定)
solid:DLC皮膜と相手材との接触部のせん断応力
oil :DLC皮膜と潤滑油との接触部のせん断応力
(通常 Ssolid>Soil
【0021】
潤滑油環境下においては、DLC皮膜は相手材と潤滑油のそれぞれに接触しており、摩擦抵抗Fは、(1)式で表されるように相手材との摩擦抵抗(Asolid×Ssolid)と潤滑油との摩擦抵抗(Aoil×Soil)の和で示すことができる。
【0022】
(1)式に基づき、従来は、DLC皮膜の表面エネルギーが増加するに従い、せん断応力が小さい潤滑油との接触部の接触面積Aoilが増加し、その一方で、せん断応力が大きい相手材との接触部の接触面積Asolidが減少するため、トータルの摩擦抵抗Fが減少し、摩擦抵抗Fにより決定される摩擦係数が低減されると考えられていた。
【0023】
しかし、DLC皮膜の表面エネルギーが増加すると、DLC皮膜の表面が活性化され、相手材との凝着性(凝着摩擦)が増加してくるため、DLC皮膜と相手材との接触部のせん断応力Ssolidが増加してくる。この結果、摩擦抵抗Fの減少は止まり、その後は却って増加することとなる。このため、表面エネルギーの増加に対して、摩擦係数は極小値を持つと考えられる。
【0024】
そして、図1より、一般的なDLC皮膜の摩擦係数である0.1よりも小さな摩擦係数、具体的には0.1未満に対応する表面エネルギーの範囲は52〜74mJ/mであり、この範囲であればDLC皮膜の摩擦係数を0.1未満に維持できることが分かった。
【0025】
また、潤滑油との濡れ性の簡易評価として分散成分のエネルギー値が主であるエチレングリコールの接触角を用いて摩擦係数との関係を調べた。図7は、DLC皮膜の摩擦係数とエチレングリコールの接触角との関係を、DLC皮膜の摩擦係数を縦軸に、エチレングリコールの接触角を横軸にそれぞれとって示した図である。図7より、0.1未満に対応するエチレングリコールの接触角の範囲が27〜51度であれば、DLC皮膜の摩擦係数を0.1未満に維持できることが分かった。
【0026】
本請求項の発明は、上記の知見に基づく発明であり、表面エネルギーが52〜74mJ/mまたはエチレングリコールの接触角が27〜51度に制御されていると、潤滑油環境下におけるDLC皮膜の摩擦係数を0.1未満に低減することができ、潤滑油環境下においても充分な摺動特性を発揮することができる。57〜70mJ/mまたは32〜46度であると、より確実に、DLC皮膜の摩擦係数を0.1未満に低減することができ好ましい。
【0027】
なお、従来より、水素が存在するDLC皮膜は、潤滑油環境下において、油分に対する濡れ性が悪いと言われていたが、本請求項の発明によれば、水素が存在するDLC皮膜であっても、油分に対する濡れ性をよくして、充分な摺動特性を発揮することができる。
【0028】
上記の52〜74mJ/mという大きな表面エネルギーまたは27〜51度というエチレングリコールの小さい接触角は、予め作製されたDLC皮膜に、例えば、Arなどの不活性ガスを用いたプラズマ処理を施して、イオンを照射することより得ることができる。そして、イオンの照射量を調整することによって所定の値に制御することができる。
【0029】
なお、本請求項の発明における「表面エネルギー」とは、表面エネルギー測定時以外において、少なくとも液体に非接触であるDLC皮膜の表面エネルギーを指し、また、「エチレングリコールの接触角」とは、エチレングリコールの接触角の測定時以外において、少なくとも液体に非接触であるDLC皮膜の接触角を指している。具体的には、後述するプラズマ処理等の表面エネルギー増加またはDLC皮膜の接触角の低下手段を施した直後の表面エネルギーまたはエチレングリコールの接触角を意味している。これは、DLC皮膜表面に液体が接触すると未結合手の減少及び極性成分付与等により表面エネルギーが変化するため、上記のように規定している。
【0030】
請求項2に記載の発明は、
X線散乱スペクトルにおいてグラファイト結晶ピークを有することを特徴とする請求項1に記載のDLC皮膜である。
【0031】
グラファイト結晶はダイヤモンド結晶などに比べて油との親和性が高い。このため、グラファイト結晶が存在することにより潤滑油環境下での摩擦抵抗をより効果的に低減することができる。
【0032】
また、潤滑油環境下での摺動においては、相手材の磨耗を促進する極圧剤を潤滑油に添加することにより表面の凹凸に起因する摩擦を緩和することが一般に行われているが、X線散乱スペクトルにおいてグラファイト結晶ピークを有するDLC皮膜は、摺動面として適度な硬度を有するため、コストの高い極圧剤が添加されていない無添加オイルを用いて、低摩擦とすることができる。
【0033】
請求項3に記載の発明は、
予め作製されたDLC皮膜にプラズマ処理を施して、表面エネルギーまたはエチレングリコールの接触角を制御することにより、請求項1または請求項2に記載のDLC皮膜を製造することを特徴とするDLC皮膜の製造方法である。
【0034】
DLC皮膜に対してプラズマ処理を施すことにより、DLC皮膜の表面エネルギーまたはエチレングリコールの接触角を制御することができ、潤滑油環境下での摩擦抵抗が低減された請求項1や請求項2に記載のDLC皮膜を容易に、また確実に得ることができる。
【0035】
具体的なプラズマ処理としては、Ar、N、Heなどの不活性ガスを用いた不活性ガスプラズマ処理が好ましい。
【0036】
なお、本請求項の発明におけるプラズマ処理は、予め作製されたDLC皮膜に極性を持たせない処理方法であり、極性ドーパントをドープする特許文献3に示された方法に比べて、親油性が高くなる点で好ましい。
【0037】
請求項4に記載の発明は、
前記プラズマ処理が、照射イオン量を調整してDLC皮膜にプラズマ照射する処理であることを特徴とする請求項3に記載のDLC皮膜の製造方法である。
【0038】
照射イオン量をモニタリングして、調整することにより、DLC皮膜の表面エネルギーまたはエチレングリコールの接触角を変化させて、潤滑油環境下での摩擦抵抗が低減されたDLC皮膜を容易に製造することができる。
【0039】
請求項5に記載の発明は、
前記プラズマ処理における照射イオン量が、1.30×1016〜1.85×1017イオン/cmであることを特徴とする請求項4に記載のDLC皮膜の製造方法である。
【0040】
照射イオン量を1.30×1016〜1.85×1017イオン/cmに制御することにより、潤滑油環境下での摩擦係数が0.1未満に低減されたDLC皮膜を製造することができる。
【0041】
請求項6に記載の発明は、
前記プラズマ処理におけるバイアス(イオン加速)電圧が、80〜140Vであることを特徴とする請求項3ないし請求項5のいずれか1項に記載のDLC皮膜の製造方法である。
【0042】
潤滑油環境下での摩擦係数が0.1未満に低減されたDLC皮膜を製造するに際して、効果的なバイアス(イオン加速)電圧は、80〜140Vである。
【0043】
請求項7に記載の発明は、
表面に、請求項1または請求項2に記載のDLC皮膜がコーティングされていることを特徴とする摺動部材である。
【0044】
摩擦係数が0.1未満に低減された上記のDLC皮膜がコーティングされた摺動部材は、充分な摺動特性を発揮することができる。なお、相手材はDLC皮膜のコーティングが施されていなくてもよいが、相手材にも同様なDLC皮膜のコーティングが施されている場合には、さらに優れた摺動特性を発揮することができ好ましい。
【0045】
請求項8の発明は、
請求項7に記載の摺動部材が用いられていることを特徴とする物品である。
【0046】
上記した摺動特性に優れた摺動部材が用いられている物品は、環境問題や省エネルギーの観点から好ましい物品として提供することができる。特に好ましい物品としては、自動車等の輸送機械部品、工作機械部品、家電部品、金型、刃物、針、治具、および輸送機械、工作機械、家電製品、スポーツ用品、レジャー用品、医療用品等を挙げることができる。
【発明の効果】
【0047】
本発明によれば、潤滑油環境下での摺動において、従来以上に摩擦係数が低減されたDLC皮膜とその製造方法を提供することができる。そして、従来以上に摩擦係数が低減されたDLC皮膜を用いることにより、摺動特性に優れた摺動部材、さらには、環境問題や省エネルギーの観点から好ましい物品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】DLC皮膜の摩擦係数と表面エネルギーとの関係を示す図である。
【図2】DLC皮膜の形成に用いる陰極PIGプラズマCVD装置の概要を示す図である。
【図3】プラズマ処理に用いるプラズマ処理装置の概要を模式的に示す図である。
【図4】DLC皮膜の表面エネルギーと照射イオン量との関係を示す図である。
【図5】摺動試験方法を模式的に示す図である。
【図6】DLC皮膜の摩擦係数と表面エネルギーとの関係を示す図である。
【図7】DLC皮膜の摩擦係数とエチレングリコールの接触角との関係を示す図である。
【図8】DLC皮膜のエチレングリコールの接触角と照射イオン量との関係を示す図である。
【図9】DLC皮膜の摩擦係数とエチレングリコールの接触角との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、本発明を実施の形態に基づき、図面を用いて説明する。
【0050】
本実施の形態の摺動部材は、以下の手順により作成される。
【0051】
1.DLC皮膜の形成
最初に、図2に示す陰極PIGプラズマCVD装置を用いて、基材の表面にDLC皮膜を形成する。
【0052】
図2に示す陰極PIGプラズマCVD装置において、図中の符号40はチャンバー、42は取り付け治具、43はプラズマ源、44は基材載置台(電極)、45はコイル、46はカソード、47はガス導入口、48はガス排出口、49はバイアス電源、50はチャンバー40内に形成されたプラズマである。基材41には、取り付け治具42および基材載置台44を介してバイアス電源49が接続されており、マイナスの電圧がパルス印加されるようになっている。
【0053】
そして、基材41を取り付け治具42にセットした後、ガス導入口47よりチャンバー40内にArガスを注入すると共に、プラズマ源43、基材載置台(電極)44、コイル45を用いて、プラズマ50を発生、安定させる。次に、プラズマ50中にて分解されたArガスをバイアス電源49にて基材41へ引きつけ、表面エッチングを行う。その後、高密度プラズマ雰囲気下でガス導入口47より注入された原料ガスを分解、反応させることにより、膜中にグラファイト結晶を含有するDLC皮膜41a(図3参照)を形成し、所定の厚さになるまでそのまま維持してDLC皮膜の成膜を完了する。
【0054】
DLC皮膜がグラファイト結晶を含有するか否かについては、次のようにして確認することができる。即ち、結晶材料のX線回折スペクトルには、個々の格子面に対応した鋭い回折ピークが複数本存在し、これらを照合して結晶構造が確定されるのが一般的であるが、非晶質に特有のハローパターンと呼ばれるブロードな散乱ピークに混じって、グラファイト結晶の回折ピークが存在することによりグラファイト結晶の存在を確認することができる。
【0055】
上記の方法でDLC皮膜を成膜するに際して、成膜パラメータを適切に選択することにより、X線散乱スペクタルにおいてグラファイト結晶ピークをもつ、摩擦摩耗特性に優れたDLC皮膜を得ることができる。
【0056】
なお、基材41としては、金属系またはセラミックス系の基材を用いることができ、具体的には、例えば、鉄、熱処理鋼、超硬合金、ステンレス、ニッケル、銅、アルミニウム合金、チタン合金、アルミナ、窒化珪素、炭化珪素などが好ましく用いられる。
【0057】
2.DLC皮膜へのプラズマ処理
次に、図3に示すプラズマ処理装置を用いて、DLC皮膜にプラズマ処理を施す。
【0058】
図3に示すプラズマ処理装置において、図中の符号1はプラズマ、4は基材ステージ、5は基材電流、6はバイアス電源、7はアーク電源、8はフィラメント電源、9は電子源(フィラメント)、10はチャンバーである。
【0059】
最初に、DLC皮膜が形成された基材41を基材ステージ4にセットし、チャンバー10内を例えば0.3PaのAr雰囲気にし、アーク電源7で電子源9から熱電子を引出してArのプラズマ1を発生させ、バイアス電源6で基材41にArイオンを引き込み、DLC皮膜41aの表面にArイオン照射を行う。なお、照射されるArイオンのエネルギーは、バイアス電源6とアーク電源7で制御される。
【0060】
そして、プラズマ照射の条件を適切な値に設定することにより、表面エネルギーが所定範囲の低摩擦係数のDLC皮膜を得ることができる。
【0061】
3.DLC皮膜の摩擦係数と表面エネルギーとの関係を求める実験
上記の装置を用いて、摩擦係数と表面エネルギーとの関係を求める以下の実験を行った。
【0062】
(1)DLC皮膜の作製
(a)DLC皮膜の作製
70mm(長さ)×14mm(幅)×9mm(厚さ)のSKH51製の基材を、7個準備した。
【0063】
図2に示す陰極PIGプラズマCVD装置のプラズマ源43に、50ccmの量のArガスを流しながら直流放電(アノード電圧:50V、放電電流:10A)させることによりプラズマ50を発生させ、発生したプラズマ50をチャンバー40内に輸送した(輸送用コイル電流:3A)。そして、ガス導入口47から、原料ガスとして、アセチレンガス(C)を導入することにより、原料ガスを解離、イオン化した。そして、原料ガス及びArガスの解離分子、イオンを基材に照射することにより厚さ5μmのDLC膜を形成した。なお、バイアス電源49のバイアス電圧は−700Vとした。
【0064】
(b)グラファイト結晶の確認
DLC皮膜内におけるグラファイト結晶の存在の確認は、前記の通り、X線回折測定を用いて行った。具体的には、X線エネルギー:15keV、検出器スキャン範囲:5〜140°、スキャンステップ:0.1°、積算時間:20秒/ステップ、各試験体は基板から剥離&キャピラリに充填という測定条件の下、X線回折測定を行った。これにより、グラファイト結晶が存在することが確認できた。
【0065】
(2)DLC膜のプラズマ処理
図3に示すプラズマ処理装置を用いて、7個の基材41の表面に形成されたDLC皮膜41aに対して、基材毎に、イオン照射量を変えて、以下の条件で、プラズマ処理を施した。
【0066】
Arガス(不活性ガス)流量:10ccm
ガス圧:0.3Pa
アーク電圧:60V
バイアス(イオン加速)電圧:80Vまたは140V
フィラメント電圧:基材電流(0.5〜7mA)が一定になるように制御
処理時間(照射時間):600秒
基材ステージ面積:142cm
【0067】
このとき、照射イオン量については、式(2)に基づき制御した。
【0068】
【数1】

【0069】
以上のようにして、イオン照射量の異なる7個の試料を作製した。
【0070】
(3)表面エネルギーおよび摩擦係数の測定
(a)表面エネルギーの測定
得られた7個の試料のDLC皮膜の表面エネルギーについて、KRUSS社製のDSA(自動接触角測定装置)を用いて、プラズマ処理直後のDLC皮膜の純水、エチレングルコール、ホルムアルデヒドの3種類の液体に対する接触角を測定し、Owens−Wendtの方法を用いて算出した。なお、各液体のエネルギー値γ(mJ/m)は表1に示す値を使用した。
【0071】
【表1】

【0072】
その結果は、図4と図8に示す通りである。図4より表面エネルギーと照射イオン量、図8よりエチレングリコールの接触角と照射イオン量との間には相関性があり、照射イオン量を調整することによって、表面エネルギーまたはエチレングリコールの接触角を制御できることが分かる。
【0073】
(b)摩擦係数の測定
次に、各試験体の表面エネルギーに対する摩擦係数を、摺動試験装置を用いて、潤滑油環境下、以下の条件で、測定した。図5は、摺動試験方法を模式的に示す図である。図5において、41aはDLC皮膜、41は基材、23は相手材である。そして、相手材23を矢印で示すように往復動させ摩擦係数を測定した。
【0074】
潤滑油環境:油中(NISSAN 5W−30SM グレード)
往復摺動:往復動摩擦摩耗試験機
荷重:550N
回転数:600rpm
摺動時間:120分
基材:SKH51
相手材:FC250
【0075】
測定結果は、図6、図9に示す通りである。
【0076】
次に、この測定結果に基いて摩擦係数と表面エネルギーの関係を示す近似式を求め、下記の2次関数の近似式を得た。前記近似式の曲線を、図1に示す。
y=(2.7097x−342.73x+11484)/10000
同様に摩擦係数とエチレングリコールの関係を示す近似式を図7に示す。
y=(2.174x−168.63x+3915.9)/10000
【0077】
図1より、表面エネルギーを52mJ/m以上74mJ/m以下にすることにより、潤滑油環境下において一般的なDLC皮膜の摩擦係数である0.1よりも低減させることができることが分かる。
【0078】
同様に図7より、エチレングリコールの接触角を27以上51度以下にすることにより
摩擦係数を0.1よりも低減できることが分かる。
【0079】
また、より安定した好ましい摩擦係数の範囲に対応する表面エネルギーまたはエチレングリコールの接触角を近似曲線から特定した。具体的には、摩擦係数の最小値0.0647(エチレングリコールの接触角の場合には最小値0.0646)が2割増の範囲において、充分に低い摩擦係数が得られるため、この範囲の摩擦係数に対応する表面エネルギーを近似曲線から求め、安定した好ましい摩擦係数を得るには57mJ/m以上70mJ/m以下(エチレングリコールの場合は32度以上46度以下)にすればよいことが分った。
【0080】
以上より、本発明によれば、DLC皮膜のプラズマ処理に際し、イオン照射量で表面エネルギー値またはエチレングリコールの接触角を所定の範囲に調整することにより、従来のDLC皮膜を凌ぐ低摩擦係数のDLC皮膜を作製することができる。
【0081】
以上、本発明を実施の形態に基づき説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0082】
1 プラズマ
4 基材ステージ
5 基材電流
6 バイアス電源
7 アーク電源
8 フィラメント電源
9 電子源(フィラメント)
10、40 チャンバー
23 相手材
41 基材
41a DLC皮膜
42 取り付け治具(ホルダー)
43 プラズマ源
44 基材載置台(電極)
45 コイル
46 カソード
47 ガス導入口
48 ガス排出口
49 バイアス電源
50 プラズマ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部材の摺動側表面にコーティングされたDLC皮膜であって、表面エネルギーが52〜74mJ/mまたはエチレングリコールの接触角が27〜51度であることを特徴とするDLC皮膜。
【請求項2】
X線散乱スペクトルにおいてグラファイト結晶ピークを有することを特徴とする請求項1に記載のDLC皮膜。
【請求項3】
予め作製されたDLC皮膜にプラズマ処理を施して、表面エネルギーまたはエチレングリコールの接触角を制御することにより、請求項1または請求項2に記載のDLC皮膜を製造することを特徴とするDLC皮膜の製造方法。
【請求項4】
前記プラズマ処理が、照射イオン量を調整してDLC皮膜にプラズマ照射する処理であることを特徴とする請求項3に記載のDLC皮膜の製造方法。
【請求項5】
前記プラズマ処理における照射イオン量が、1.30×1016〜1.85×1017イオン/cmであることを特徴とする請求項4に記載のDLC皮膜の製造方法。
【請求項6】
前記プラズマ処理におけるバイアス(イオン加速)電圧が、80〜140Vであることを特徴とする請求項3ないし請求項5のいずれか1項に記載のDLC皮膜の製造方法。
【請求項7】
表面に、請求項1または請求項2に記載のDLC皮膜がコーティングされていることを特徴とする摺動部材。
【請求項8】
請求項7に記載の摺動部材が用いられていることを特徴とする物品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−7199(P2012−7199A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−142692(P2010−142692)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(591029699)日本アイ・ティ・エフ株式会社 (25)
【Fターム(参考)】