説明

FM−CWレーダ装置

【課題】FM−CWレーダ装置において、レーダの受信信号に混入したインパルス状の干渉波をビート信号から除去する。
【解決手段】ビート信号を連続する3以上の被調整・注目・被調整スイープデータ列とし、被調整スイープデータ列の振幅と位相を前記注目スイープデータ列の振幅と位相に等しくなるようにそれぞれ調整して調整済スイープデータ列を得、調整済・注目・調整済スイープデータ列の対応するデータの中央値を出力用スイープデータ列とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーダの受信信号に混入する干渉波を除去するようにしたFM−CWレーダ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パルスレーダ装置では、送信信号を物標で反射させて戻ってきた信号に比べ, 例えば他レーダの送信信号を直接受信した信号は非常に大きな振幅をもっているから、レーダの受信信号に混入した干渉波を除去するために、振幅比較によって干渉を除去する技術が用いられている。
【0003】
このパルスレーダでは、連続したパルス送信タイミングに対応する受信データ列 (スイープデータ) を保持しておき、同一レンジの受信信号の振幅を連続スイープ間で比較する。その中で振幅が突出していれば干渉であると判断されるため、よく用いられる手法としては、連続スイープ間で振幅比較し、前回のスイープにより得られた受信波と今回のスイープにより得られた受信波との相関を求め、相関の低い反射波を干渉波と見なして除去するスイープ相関処理を行うことによって干渉を除去することが行われている(特許文献1)。
【特許文献1】特開平8−36055号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、FM−CWレーダ装置は、パルスレーダ装置とは異なり、アンテナの指向方向に存在する物標で反射した信号が途切れることなく続いている。当然、レーダ装置の近傍に反射体が存在する状態では、受信期間の全体にわたって大振幅の信号が受信されるため、干渉が入ってきたとしても振幅だけではそれを判断できない。
【0005】
そこで、本発明は、レーダの受信信号に混入したインパルス状の干渉波を、ビート信号から除去するようにしたFM−CWレーダ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載のFM−CWレーダ装置は、所定の変調周期で時間の経過とともに線形的に周波数変調した連続波の送信信号を送信し、空間的に隔てた物標にて反射された信号を含む受信信号を受信して、送信信号と受信信号の周波数差によって物標までの距離を求められることを利用したFM−CWレーダ装置において、
送信信号と受信信号の周波数差を周波数成分とするビート信号を規定の標本化クロックに同期してディジタル信号に変換するAD変換部と、
前記AD変換部によって標本化されたビート信号を、前記変調周期毎のスイープデータ列として、連続するNのスイープデータ列(Nは、3以上の整数)を格納するスイープバッファと、
前記スイープバッファに格納された連続するNのスイープデータ列の1つを注目スイープデータ列とし、該注目スイープデータ列以外の複数N−1のスイープデータ列を被調整スイープデータ列とし、該N−1の被調整スイープデータ列の振幅と位相を前記注目スイープデータ列の振幅と位相に等しくなるようにそれぞれ調整してN−1の調整済スイープデータ列を得る振幅・位相調整部と、
前記振幅・位相調整部から出力された前記注目スイープデータ列及び前記N−1の調整済スイープデータ列の対応するデータの実部と虚部をそれぞれ小さい順に並べ替え、実部の中央値を実部とし虚部の中央値を虚部とする複素数を1スイープデータ列に含まれるすべてのサンプリング時刻のデータについて出力するセレクタ回路とを備えて、
前記注目スイープデータ列に含まれる妨害信号を低減することを特徴とする。
【0007】
請求項2に記載のFM−CWレーダ装置は、請求項1に記載のFM−CWレーダ装置において、
前記振幅・位相調整部は、
前記スイープバッファに格納された連続する注目スイープデータ列及びN−1の被調整スイープデータ列をそれぞれフーリエ変換するフーリエ変換部と、
前記フーリエ変換部による連続する注目スイープデータ列及びN−1の被調整スイープデータ列のフーリエ変換結果を、前記スイープバッファの注目スイープデータ列及びN−1の被調整スイープデータ列と対応付けできるように、格納するフーリエバッファと、
前記フーリエバッファに格納された前記注目スイープデータ列のフーリエ変換結果の複素絶対値を計算する複素絶対値演算部と、
前記複素絶対値演算部での複素絶対値演算によって計算された注目スイープデータ列のフーリエ変換結果の複素絶対値を一時的に格納する複素絶対値バッファと、
前記複素絶対値バッファに格納された複素絶対値を探索してその複素絶対値が最大になる振幅最大周波数を前記フーリエ変換部の周波数分解能よりも細かい周波数分解能で算出する最大値検出部と、
前記フーリエバッファに格納された連続する注目スイープデータ列及びN−1の被調整スイープデータ列のフーリエ変換結果に対して前記振幅最大周波数に対応する各関数値を計算する複素関数補間処理部と、
前記複素関数補間処理部で計算された各関数値を用いて、前記N−1の被調整スイープデータ列の振幅と位相が、前記注目スイープデータ列の振幅と位相に一致するように補正するビート信号補正部と、を有することを特徴とする。
【0008】
請求項3に記載のFM−CWレーダ装置は、請求項2に記載のFM−CWレーダ装置において、
前記ビート信号補正部は、
前記複素関数補間処理部で計算された関数値の内の前記N−1の被調整スイープデータ列にそれぞれ対応する関数値の逆数をそれぞれに計算するN−1の被調整スイープ用複素逆数回路と、
前記N−1の被調整スイープ用複素逆数回路によってそれぞれに計算された関数値の逆数と、前記注目スイープデータ列に対応する計算された関数値とをそれぞれ乗算することによって前記N−1の被調整スイープデータ列にそれぞれ対応する複素補正値を計算し、該複素補正値をそれぞれ対応する前記被調整スイープデータ列に乗算して、前記N−1の被調整スイープデータ列の振幅と位相を前記注目スイープデータ列の振幅と位相に一致させる複素乗算回路と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のFM−CWレーダ装置によれば、ビート信号を連続する3以上の被調整・注目・被調整スイープデータ列とし、複数の被調整スイープデータ列の振幅と位相を前記注目スイープデータ列の振幅と位相に等しくなるようにそれぞれ調整して調整済スイープデータ列を得、調整済・注目・調整済スイープデータ列の対応するデータの中央値を出力用スイープデータ列とするから、レーダの受信信号に混入した妨害信号を著しく低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、FM−CWレーダ装置の受信信号にインパルス状の干渉波が混入した場合に、ビート信号からそのインパルス状干渉波分を除去しようとするものである。図1は、本発明のFM−CWレーダ装置の構成例を示す図である。
【0011】
図1において、信号発生器201は所定の変調周期で時間の経過とともに線形的に周波数変調した連続波が線形的に変化する周波数変調信号(送信周波数信号)を生成するもので、電圧制御による発振器(VCO)またはシンセサイザによって実現される。周波数変換器203は、局部発振器202で発生される無線周波数信号を用いて、信号発生器201の周波数変調信号を基本周波数帯から無線周波数帯へ周波数変換する。周波数変換器203で周波数変換された周波数変調信号は、電力増幅器204で送信電力レベルまで増幅されて、送信アンテナ205から送信信号として放射される。
【0012】
受信アンテナ206は、空間的に隔てた物標にて反射された受信信号を受信する。この受信信号には、物標による反射信号の外に、例えばインパルス状の干渉波が混入している。送信アンテナと受信アンテナは同一アンテナでもよい。受信アンテナで受信された受信信号は、レーダの探知性能を劣化させないような低雑音増幅器207で増幅された後、周波数変換器208で周波数変換器203からの周波数変調信号(送信周波数信号)とを混合し、受信信号周波数と送信周波数の差の周波数をもつビート信号を取り出す。A/D変換器208は、ビート信号を規定の標本化クロックに同期してディジタル信号(標本化されたビート信号)に変換し、直交検波回路210でそのビート信号をI信号とQ信号に分離する。
【0013】
妨害信号除去回路100は本発明のFM−CWレーダ装置の特徴部分であり、ビート信号からインパルス状干渉波分を除去するための回路である。妨害信号除去回路100で干渉波成分が著しく低減されたビート信号は、フーリエ変換部211で周波数(距離)軸における信号に変換され、更に対数変換部212で振幅の対数を計算し(いわゆるLOG検波)、レーダ表示装置213にレーダー映像を表示するために供給される。この図1において、一重矢尻の矢印は実数信号であることを示し、二重矢尻の矢印は複素信号であることを示している。
【0014】
本発明で妨害信号除去回路100は図1に示すようなFM−CWレーダの内部に組み込まれて使用され、特に、ビート信号を周波数軸(距離に対応する軸)における信号に変換するためのフーリエ変換の直前に配置される。なお、図1の例では、直交検波回路210はA/D変換の直後に配置されている。これは、論理回路またはソフトウェアによるヒルベルトフィルタによって直交検波することを想定している。直交検波は必ずしもこの位置である必要はなく、アナログによって直交検波する例も可能である。本発明は、ビート信号を周波数軸の信号に変換する前に、重畳している干渉を取り除き、その後は、通常のFM−CWの信号処理が実行され、レーダ表示装置にレーダ映像が表示されるようになっている。
【0015】
図2は、本発明の基本構成を示す図である。本発明においては、標本化されたビート信号を、変調周期毎のスイープデータ列として、連続するNのスイープデータ列(Nは、3以上の整数)をスイープバッファ10に格納する。このスイープバッファ10に格納された連続するNのスイープデータ列の1つを注目スイープデータ列とし、その注目スイープデータ列以外の複数N−1のスイープデータ列を被調整スイープデータ列とし、振幅・位相調整部20でこれらN−1の被調整スイープデータ列の振幅と位相を注目スイープデータ列の振幅と位相に等しくなるようにそれぞれ調整してN−1の調整済スイープデータ列を得る。そして、セレクタ回路30で、振幅・位相調整部20から出力された注目スイープデータ列及びN−1の調整済スイープデータ列の対応するデータの実部と虚部をそれぞれ小さい順に並べ替え、実部の中央値を実部とし虚部の中央値を虚部とする複素数を1スイープデータ列に含まれるすべてのサンプリング時刻のデータについて出力する。これにより、注目スイープデータ列に含まれる妨害信号を著しく低減する。
【0016】
図3は、本発明の概念図である。図2、図3及び実施例では、例示のために、スイープデータ列のNを3とし、中央のスイープデータ列を注目スイープとして掃引nと表記し、中央の1つ前のスイープデータ列を第1の被調整スイープとして掃引nー1と表記し、中央の1つ後のスイープデータ列を第2の被調整スイープとして掃引n+1と表記する。なお、Nは3以上であれば良く、また注目スイープはNのスイープデータ列のうちのいずれか1つのスイープデータ列であればよい。
【0017】
本発明では、連続するスイープのデータを比較することによって干渉を除去する。ただし、パルスレーダのような振幅比較による方法では不十分である。FM−CWレーダは受信信号に対して周波数解析をすることによって物標までの距離を算出する方式であるので、位相情報ができるだけ壊れないようにする必要がある。
【0018】
まず、ビート信号を互いに90度の位相差をもつI信号とQ信号に分離しておく。これら分離された信号はI信号を実部としQ信号を虚部として1つの複素信号として取り扱う。干渉除去に関しては、連続したスイープ間でI信号同士とQ信号同士で比較をして干渉を判断すればよい。アンテナにはビーム幅があるため、連続するスイープの信号振幅は大きな変化はないが異なる値である。一方、物標が運動している場合、スイープ間で物標までの距離が変化することにより、ビート信号の位相が変化する。そのため、信号を比較する前にスイープ間で振幅と位相が等しくなるように信号補正する必要がある。
【0019】
これを図3を用いて説明すると、この図は、注目スイープであるスイープnに含まれる干渉を除去する処理について描いている。保持されている3本のスイープには異なる箇所にインパルス状の干渉が混入している。このインパルス状の干渉は、例えば他のパルスレーダから放射され、反射信号に重畳された干渉波によってビート信号に混入したものが想定される。
【0020】
保持された3本のスイープデータはそれぞれ振幅と位相が異なるが、振幅・位相補正処理を用いてこれらをすべて同一振幅、同位相の信号に変換する。振幅・位相補正処理によって3本のスイープデータは同一の信号となるはずであり、その中に他とは異なる値が混入していた場合にそれが干渉ということである。連続する3スイープのビート信号を用いて干渉除去を実行する。ビート信号には物標までの距離に対応する周波数成分の信号に干渉が重ねあわされている。即ち、ビート信号は、一般的には、図3のように干渉を含み、しかも、物標の方位とビーム幅に関連してスイープごとに振幅がわずかに異なり、物標の相対速度のためドップラ効果が発生しビート信号の位相がスイープごとで異なる。補正された3本のスイープデータを正負の符号つきの値のまま小さい順に並べたとき、干渉のような異常値は、必ず最も大きい値か最も小さい値になっているはずである。よって、3本のスイープデータの中央値(2番目の値)を出力すれば干渉が除去される。
【0021】
さて、振幅・位相補正処理の実現についてはフーリエ変換を用いればよい。例えば、角周波数ω0のビート信号を時刻の関数として、数式1のように表されるとする。ただし、iは虚数単位(すなわち、i2=−1)、Aoは信号振幅、φは時刻ゼロにおける信号位相 (初期位相) である。
【0022】
【数1】

【0023】
この信号を時刻ゼロからTにわたってフーリエ変換すると、数式2のようになる。
【0024】
【数2】

【0025】
数式2のF(r)(ω)は、よく知られているようにはシンク関数と呼ばれる関数形状をしている。この関数は複素数であり、その絶対値はω=ω0のとき、すなわち、ビート信号の周波数に対応する場所で最大値となる。その絶対値の最大値はA0Tとなり、信号振幅に比例する。また、その絶対値最大の場所における位相はφ、すなわち、ビート信号の初期位相と同じ値である。したがって、保持したスイープすべてについてフーリエ変換をした結果に対し、その絶対値が最大となる場所を求め、その場所における絶対値を調べれば振幅の補正値が計算でき, 位相を調べれば, 位相の補正値を計算できる。なお、インパルス成分はフーリエ変換されることにより全ての周波数成分に同一振幅で分散されるから、インパルス状の干渉はフーリエ変換の後には考慮しなくても良い。
【0026】
このようなフーリエ変換による周波数解析では、ハニング窓のような窓関数を信号に乗じた後でフーリエ変換をすることが多い。窓関数なしでフーリエ変換をした場合、周波数軸上のサイドローブが大きいため、複数の周波数成分が存在する場合に他成分のサイドローブによって必要な情報が影響を受けてしまうからである。当然、FM−CWレーダのビート信号には複数の周波数成分が入っていることが多いから、振幅・位相補正のためのフーリエ変換にも窓関数(例えば、数式3)をかけておいたほうがよいと思われる。
【0027】
【数3】

【0028】
例えば、数式3で表されるハニング窓を、ビート信号f(t)に掛けた場合のフーリエ変換を計算してみると、数式4となる。
【0029】
【数4】

【0030】
この場合も、フーリエ変換の絶対値はω=ω0のときに最大となる。その最大値はA0T/2、そのときのフーリエ変換F(h)(ω)の位相はφである。よって、ハニング窓関数をかけたときも窓なしと同様の関係があるため、フーリエ変換を比較することによって振幅・位相補正処理が可能になる。
【0031】
例として、連続する3スイープのビート信号を用いて干渉除去する場合を説明する。干渉除去に用いる3スイープのビート信号を、数式5で表す。
【0032】
【数5】

【0033】
これら3スイープのビート信号は同一物標からの信号を想定しているため、ビート周波数ω0はこれらのスイープで共通した値である。振幅は、アンテナの放射パターンにより隣接するスイープ間で急激に変化しないが異なる値となる。初期位相も、物標が運動していると仮定すれば、ドップラ周波数のため掃引ごとに異なる値となる。そうなると、掃引ごとに物標までの距離が変化するのでビート周波数も微妙に変化するはずであるが、その変化は無視できるくらい小さな値である。例えば、搬送波の周波数を24GHz、1掃引における周波数変調時間を2ミリ秒、掃引間隔を2ミリ秒、周波数偏移幅を20MHzとする。そのとき、速さ20m/sで接近する物標を見ているとする。この場合、各スイープの間に物標は40mmずつ近づいてくる。搬送波の波長が12.5mmであるので初期位相は掃引ごとに、(−40×2)/12.5×2π=−40.19[rad]ずつ回転する。一方、ビート周波数の掃引ごとの変化量は2.67Hzとなる。この送信条件では、ビート周波数は数kHzであり、しかも、レーダ信号処理における周波数分解能が500Hzなので、ビート周波数はほぼ一定であると考えてもよい。
【0034】
ところで、連続した3掃引のビート信号fn-1(t)、f(t)、fn+1(t)をフーリエ変換した結果をFn−1(ω)、F(ω)、Fn+1(ω)とする。上で説明したように、フーリエ変換するときにハニング窓をかけているとすると、数式6が成り立つ。
【0035】
【数6】

【0036】
これら数式6の値を使って、数式7で表される補正した値を計算する。これらの値は、gn−1(t)=gn+1(t)=f(t)、となるはずである。
【0037】
【数7】

【0038】
現実的なビート信号の場合、信号に含まれる雑音や重畳した干渉信号の影響のために、厳密にはgn−1(t)=gn+1(t)=f(t)なる関係は成り立たない。しかし、干渉のように大きな外乱がない状態では、gn−1(t)とf(t)とgn+1(t)はほぼ等しいはずである。干渉がある場合には、干渉が存在する箇所だけ、ビート信号の実部または虚部または両方が大きく異なる値となっている。つまり、gn−1(t)とf(t)とgn+1(t)の実部と虚部を、それぞれ小さい順に並び替えたとき、最も大きい値と最も小さい値は干渉の影響を受けている可能性がある。しかし、ビート信号の同一位置において、干渉が連続掃引にわたって現れないという条件では、小さい順に並べ替えた2番目の値は干渉の影響を受けていない。すなわち、実部を小さい順に並べ替えた2番目と虚部を小さい順に並べ替えた2番目を実部および虚部とする複素数は、ビート信号から干渉を取り除いた値に他ならない。
【0039】
以上のような干渉除去を行うための振幅・位相調整部20の構成例が図4に、また、セレクタ回路30の構成例が図5に示されている。
【0040】
図4においても二重矢尻の矢印は複素信号(I信号とQ信号で表現される)であり、一重矢尻の矢印は実数信号である。振幅・位相調整部20はビート信号のフーリエ変換を利用して掃引n−1と掃引n+1の振幅と位相を掃引nと一致するように調整する回路である。
【0041】
この図4の構成では、スイープバッファ10に保存された3スイープのビート信号それぞれをフーリエ変換部[Size−4N FET]21−1〜21−3に入力してフーリエ変換を計算する。ただし、このフーリエ変換部21−1〜21−3は、絶対値が最大になる周波数を高精度で計算するため、ビート信号の後ろに信号長の3倍の長さにゼロを追加して得られる4倍長の系列をフーリエ変換するようになっている。このようにゼロを追加して長さを拡張することで、周波数軸における計算分解能を細かくすることができ、絶対値が最大となる周波数を特定しやすくなる。
【0042】
計算分解能を細かくするにはフーリエ変換する系列長の拡張倍率を4倍とは言わず、さらに長くするとよいと思われるが、8倍、16倍のように倍率を上げてもそれに見合った効果は現れない。後に説明する [最大値検出部] において、2次補間処理していることによって、それほど拡張倍率を上げないうちに十分な効果が得られるのである。発明者が実施した評価によると、拡張倍率2倍では誤差が大きく、4倍で十分に収束することがわかっている。それ以上倍率を上げても、フーリエ変換の演算量の増大に見合う効果が得られないことがわかっている。よって、効果的な拡張倍率は4倍または8倍である。
【0043】
フーリエ変換結果は、一時格納場所であるフーリエバッファ22に供給され、掃引n−1、掃引n、掃引n+1のフーリエ変換結果がそれぞれバッファ22−1、22−2、22−3に格納される。この実施例で保持されているスイープデータ列(掃引n−1、掃引n、掃引n+1)のうち、スイープnが干渉除去をする注目スイープである。
【0044】
注目スイープnのフーリエ変換結果に含まれるすべての周波数に対して、絶対値計算部[abs()]23によって複素絶対値を計算する。この絶対値計算部23は複素数の絶対値、すなわち実部と虚部の自乗和の平方根を計算する演算部である。絶対値計算によって得られた実数系列は、複素絶対値バッファ24で一時的に保持され、最大値検出部[peak−pos()]25に入力される。最大値検出部25で、フーリエ変換の絶対値が最大となる周波数xが計算され、出力される。この周波数xは、フーリエ変換で得られる離散的な周波数ではなく、補間処理によって得られた高精度な値である。最大値検出部25が2次補間によってフーリエ変換の絶対値が最大になる周波数を離散周波数の分解能よりも細かい小数点以下の精度で周波数xを決定する。
【0045】
最大値検出部25によって得られた周波数xは、複素関数補間処理部[f(x)]26−1〜26−3に入力され、保存されている3スイープそれぞれに対して、周波数xにおけるフーリエ変換の値(複素数)を計算する。この複素関数補間処理部[f(x)]26−1〜26−2では、フーリエバッファ22から与えられたデータ系列に対して補間演算によって、小数点以下の精度で指定された周波数xに対する高精度の複素量、即ち関数値、を演算する。
【0046】
複素関数補間処理部26−1の関数値z=Aexpiθは複素逆数回路27−1で逆数に変換され、複素乗算回路28−1で、複素関数補間処理部26−2の関数値z=Aexpiθと乗算され、第1被調整スイープデータ列である掃引n−1に対応する複素補正値z/z=(A/A)expi(θ−θ)を得る。同様に、複素関数補間処理部26−3の関数値z=Aexpiθは複素逆数回路27−3で逆数に変換され、複素乗算回路28−3で、複素関数補間処理部26−2の関数値z=Aexpiθと乗算され、第2被調整スイープデータ列である掃引n+1に対応する複素補正値z/z=(A/A)expi(θ−θ)を得る。
【0047】
複素補正値z/z=(A/A)expi(θ−θ)は、複素乗算回路29−1で、第1被調整スイープデータ列である掃引n−1に乗算されて、振幅・位相補正された第1調整済スイープデータ列である掃引n−1(補正値)を得る。同様に、複素補正値z/z=(A/A)expi(θ−θ)は、複素乗算回路29−3で、第2被調整スイープデータ列である掃引n+1に乗算されて、振幅・位相補正された第2調整済スイープデータ列である掃引n+1(補正値)を得る。この部分の演算は、数式7に記述したとおりの演算になっている。これら複素逆数回路27−1,27−3及び複素乗算回路28−1〜29−3が、ビート信号補正部を構成する。
【0048】
図5のセレクタ回路30は、入力された複素信号の実数Iを小さい順に並べるソート回路31と、入力された複素信号の虚数Qを小さい順に並べるソート回路32とを備えている。
【0049】
振幅・位相補正された3つのスイープ掃引n−1(補正値)、掃引n、掃引n+1(補正値)がセレクタ30に入力され、3スイープの実部と虚部をそれぞれ比較し、中央値を出力する。したがって、セレクタ30から出力されるスイープデータは、注目スイープnから干渉を取り除いた値になっている。
【0050】
図6は、振幅・位相調整部20からフーリエ変換回路を削減した構成例を示しており、図5とはフーリエ変換回路が異なるのみで他の構成は同じである。図5で説明した例では、スイープバッファ10に保持されたすべてのビート信号のフーリエ変換を計算するためにフーリエ変換回路が3つ実装されている。しかし、図6では、ビート信号の入力に同期して、最近のビート信号をフーリエ変換回路に入力し、その結果を保持するようにして、振幅・位相調整部20のフーリエ変換回路を1つ実装する構成としている。
【0051】
本発明の振幅・位相調整部20に含まれる最大値検出部23は、フーリエ変換結果F(ω)の絶対値が最大になる周波数ωを計算する。しかし、実際の計算においては、周波数ωは整数値しかとることができず、フーリエ変換F(ω)はその離散的な波数ωに対する値しか計算されていない。しかし、フーリエ変換の絶対値を最大にする角周波数とはビート信号に含まれる信号の周波数であるため、ビート信号の位相を正確に合わせる目的上、角周波数の特定は小数点以下の精度で計算することが望ましい。
【0052】
そのために行う以下の計算は、離散的周波数において、フーリエ変換の絶対値が最大となる付近でフーリエ変換の絶対値を2次補間することによるアルゴリズムを用いている。そのため、最大値探索に用いるフーリエ変換は単純にビート系列f(t)(ただし、t=1,2,・・・N−1)をフーリエ変換した値を使うよりも、例えばf(N)〜f(4N−1)=0のようにもとの系列の長さの3倍の長さのゼロを後ろに追加してデータ数を4倍にする4倍ゼロ拡張した系列を用いたほうが、2次補間の性能がよい。そのように4倍ゼロ拡張されたビート系列を用いた場合、フーリエ変換に現れる周波数はω=0,1,2,・・・4N−1のような整数値をとる。しかしながら、ビート信号の周波数は整数値であるとは限らないから、小数部を含む精度で周波数を計算する必要がある。以下に、高精度で周波数を特定するための手順を、その処理概念を示す図7を参照して説明する。
【0053】
手順1.フーリエ変換の絶対値|F(ω)|を最大にする整数周波数ω=ωmを探索する。
【0054】
手順2.探索された整数周波数について、ωm=0ならばωm←1、またωm=4N−1ならばωm←4N−2のように整数周波数を補正する。なお、ωm=0、4N−1にならないように、例えばビート信号に適切な特性の帯域通過フィルタを通過させるなどの前処理を施すことが良い。
【0055】
手順3.次の数式8の代入式によって係数α,αを求める。この係数はω=ωmの近傍において、|F(ω)|=α(ω−ωm2+α(ω−ωm)+|F(ωm)|のような2次補間をするための係数である。
【0056】
【数8】

【0057】
手順4.二次補間された式から、|F(ω)|を最大にする周波数ωは、次の代入式[ω←ω−α/(2・α)]によって計算される。なお、既に説明したように、フーリエバッファに保存されるフーリエ変換結果は、4倍ゼロ拡張された系列に対してフーリエ変換した結果である。
【0058】
周波数の単位について補足すると、ここでの周波数は長さ4Nの系列をフーリエ変換したときの周波数分解能を単位とする周波数で表現されている。ビート信号入力における標本化周波数fとすれば、周波数分解能はf/4Nとなる。よって、ここで記述した周波数ωをMKSA単位(すなわちHz)に変換した値をfとするなら、f=f・ω/4N、によって計算することができる。
【0059】
また、振幅・位相調整部20に含まれる複素関数補間処理部[f(x)]26−1〜26−3は、小数点以下の精度で指定された周波数xについて、複素数で表現されるフーリエ変換の結果を計算する処理であり、この処理は、ビート信号の振幅・位相補正のために必要である。この処理も最大値検出部25と同様、対象とする周波数の近傍に存在する離散的周波数3点を用いて2次補間することにより、正確なフーリエ変換の値F(ω)を算出する。以下に、その手順を説明する。
【0060】
手順1.対応する周波数ω(小数部含む)に最も近い整数周波数ωmを得る。具体的には、ωm←floor(ω+0.5)とすればよい。ここで、floor(ω)はω以下である最大の整数を得る演算である。
【0061】
手順2.整数化された周波数ωmについて、ωm=0ならばωm←1、またωm=4N−1ならばωm←4N−2のように整数周波数を補正する。最大値検出部の手順2と同様である。
【0062】
手順3.次の数式9の代入式によって係数α,αを求める。この係数はω=ωmの近傍において、F(ω)=α(ω−ωm2+α(ω−ωm)+F(ωm)のような2次補間をするための係数である。なお、最大値検出部とは異なり、ここで求める係数α,αは複素数である。
【0063】
【数9】

【0064】
手順4.手順3に記述したように、求めた係数を用いて、以下の代入式、F(ω)←α(ω−ωm2+α(ω−ωm)+F(ωm)、によって任意周波数に対するフーリエ変換F(ω)を計算する。なお、周波数の単位については、最大値検出部における補足事項と同じ。
【0065】
本発明は、レーダ物標が単一の場合に効果を奏することはもちろんであるが、レーダ物標が複数の場合においても効果を得ることができる。以下、本発明によって得ることができる効果を、計算機シミュレーションによって示す。
【0066】
このシミュレーションにおいて、表1に示す3つの物標を想定した。これらの物標は、振幅、距離(ビート周波数)および相対速度(ドップラ周波数)が異なるものとしている。
【0067】
表1
振幅 ビート周波数 ドップラ周波数
[x2p rad/SWEEP] [rad/SWEEP]
Target 1 1.0 10.8 1.0
Target 2 0.95 45.7 0.7
Target 3 0.03 141.4 −0.3
【0068】
表1にしたがって作成したビート信号に図8(a)(b)(c)のような干渉を重畳させた。図8のグラフは、横軸が時刻(サンプリング周期を単位とする)、縦軸がビート信号の波動関数(電圧)である。この図8(a)(b)(c)には3スイープのビート信号(Iチャンネルのみ)を描いているが、そのうち、上から2番目の図8(b)のスイープが干渉除去の対象となる注目スイープである。各スイープには2〜3サンプル幅のインパルス状干渉が重畳している。
【0069】
本発明によって注目スイープを干渉除去すると、図8(d)の結果を得ることができる。この図8(d)のグラフは、図8(b)の干渉を含むグラフから干渉が除去されており、除去された干渉以外の場所ではほとんど重なり合っている。
【0070】
図9のグラフは、最終的なレーダ出力における本発明の効果を示すグラフである。FM−CWレーダの出力はビート信号をフーリエ変換した結果である。このグラフは、横軸をビート周波数(距離に対応する)、縦軸を信号強度(何らかの正規化をした値、単位はデシベル)である。この図は、「本発明の適用なし」と「本発明の適用あり」を重ねて表示している。本発明を適用しない場合、インパルス性の干渉によって雑音レベルが非常に高くなっている。この現象は、デルタ関数のフーリエ変換が1になることを考えると理解できるはずである。それに対し、本発明を適用した場合、雑音レベルには約20dBの改善が見られている。正確に言うと、干渉によって雑音レベルが20dB劣化していたということである。特に、target3が干渉除去をしなければ、雑音に埋もれて見えなくなっているのに対し、干渉除去をすることによって十分に見えるようになっている。同一物標からの反射信号の電力はよく知られているように距離の4乗に反比例するから、20dBの雑音劣化は、レーダの最大探知距離を31.6%まで劣化させてしまう。本発明は、そのような著しい性能劣化の原因となる干渉を効果的に取り除くことができる。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明のFM−CWレーダ装置の構成例を示す図
【図2】本発明の干渉除去の基本構成を示す図
【図3】本発明の干渉除去の概念を示す図
【図4】振幅・位相調整部20の構成例を示す図
【図5】セレクタ回路30の構成例を示す図
【図6】振幅・位相調整部20のフーリエ変換回路を削減した構成例を示す図
【図7】最大値検出部の処理概念を示す図
【図8】本発明の干渉除去効果を説明するためのビート信号を示す図
【図9】本発明の効果を説明するためのシミュレーション結果を示す図
【符号の説明】
【0072】
100:妨害信号除去回路、10:スイープバッファ、20:振幅・位相調整部、
30:セレクタ回路、21,21−1〜21−3:フーリエ変換部(フーリエ変換回路)、
22,22−1〜22−3:フーリエバッファ、23:複素絶対値演算部(abs())、
24:複素絶対値バッファ、25:最大値検出部(peak−pos())、
26−1〜26−3:複素関数補間処理部(f(x))、
21−1,27−3:複素逆数回路、28−1〜29−1:複素乗算回路、
31、32:ソート回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の変調周期で時間の経過とともに線形的に周波数変調した連続波の送信信号を送信し、空間的に隔てた物標にて反射された信号を含む受信信号を受信して、送信信号と受信信号の周波数差によって物標までの距離を求められることを利用したFM−CWレーダ装置において、
送信信号と受信信号の周波数差を周波数成分とするビート信号を規定の標本化クロックに同期してディジタル信号に変換するAD変換部と、
前記AD変換部によって標本化されたビート信号を、前記変調周期毎のスイープデータ列として、連続するNのスイープデータ列(Nは、3以上の整数)を格納するスイープバッファと、
前記スイープバッファに格納された連続するNのスイープデータ列の1つを注目スイープデータ列とし、該注目スイープデータ列以外の複数N−1のスイープデータ列を被調整スイープデータ列とし、該N−1の被調整スイープデータ列の振幅と位相を前記注目スイープデータ列の振幅と位相に等しくなるようにそれぞれ調整してN−1の調整済スイープデータ列を得る振幅・位相調整部と、
前記振幅・位相調整部から出力された前記注目スイープデータ列及び前記N−1の調整済スイープデータ列の対応するデータの実部と虚部をそれぞれ小さい順に並べ替え、実部の中央値を実部とし虚部の中央値を虚部とする複素数を1スイープデータ列に含まれるすべてのサンプリング時刻のデータについて出力するセレクタ回路とを備えて、
前記注目スイープデータ列に含まれる妨害信号を低減することを特徴とする、FM−CWレーダ装置。
【請求項2】
前記振幅・位相調整部は、
前記スイープバッファに格納された連続する注目スイープデータ列及びN−1の被調整スイープデータ列をそれぞれフーリエ変換するフーリエ変換部と、
前記フーリエ変換部による連続する注目スイープデータ列及びN−1の被調整スイープデータ列のフーリエ変換結果を、前記スイープバッファの注目スイープデータ列及びN−1の被調整スイープデータ列と対応付けできるように、格納するフーリエバッファと、
前記フーリエバッファに格納された前記注目スイープデータ列のフーリエ変換結果の複素絶対値を計算する複素絶対値演算部と、
前記複素絶対値演算部での複素絶対値演算によって計算された注目スイープデータ列のフーリエ変換結果の複素絶対値を一時的に格納する複素絶対値バッファと、
前記複素絶対値バッファに格納された複素絶対値を探索してその複素絶対値が最大になる振幅最大周波数を前記フーリエ変換部の周波数分解能よりも細かい周波数分解能で算出する最大値検出部と、
前記フーリエバッファに格納された連続する注目スイープデータ列及びN−1の被調整スイープデータ列のフーリエ変換結果に対して前記振幅最大周波数に対応する各関数値を計算する複素関数補間処理部と、
前記複素関数補間処理部で計算された各関数値を用いて、前記N−1の被調整スイープデータ列の振幅と位相が、前記注目スイープデータ列の振幅と位相に一致するように補正するビート信号補正部と、を有することを特徴とする、請求項1に記載のFM−CWレーダ装置。
【請求項3】
前記ビート信号補正部は、
前記複素関数補間処理部で計算された関数値の内の前記N−1の被調整スイープデータ列にそれぞれ対応する関数値の逆数をそれぞれに計算するN−1の被調整スイープ用複素逆数回路と、
前記N−1の被調整スイープ用複素逆数回路によってそれぞれに計算された関数値の逆数と、前記注目スイープデータ列に対応する計算された関数値とをそれぞれ乗算することによって前記N−1の被調整スイープデータ列にそれぞれ対応する複素補正値を計算し、該複素補正値をそれぞれ対応する前記被調整スイープデータ列に乗算して、前記N−1の被調整スイープデータ列の振幅と位相を前記注目スイープデータ列の振幅と位相に一致させる複素乗算回路と、を有することを特徴とする、請求項2に記載のFM−CWレーダ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−25901(P2010−25901A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−191090(P2008−191090)
【出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【出願人】(000004330)日本無線株式会社 (1,186)
【Fターム(参考)】