β−アミラーゼを利用した食品の改質方法
【課題】実用性に優れた新規β−アミラーゼを見出し、その実用的な用途を提供すること
【解決手段】グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖を含む食品にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させることを特徴とする食品の改質方法が提供される。
【解決手段】グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖を含む食品にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させることを特徴とする食品の改質方法が提供される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規なβ−アミラーゼの用途に関する。詳しくは、微生物由来の新規β−アミラーゼの食品分野への適用に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、β−アミラーゼは、大豆、小麦、大麦、麦芽、甘藷、馬鈴薯などの植物起源のものが知られていた。中でも大豆、小麦、大麦、麦芽などの穀類から抽出・精製されたβ−アミラーゼは、製糖産業、製パン産業、及び醸造産業において用いるマルトース含有シロップを製造するためなど、広く工業的に用いられている。植物起源のβ−アミラーゼの内、大豆由来のものは酵素活性が高く、耐熱性にも優れている。
ところで、近年、バイオエタノールの需要拡大によりトウモロコシの価格が高騰している。これを受けて作付けも大豆や小麦からトウモロコシへとシフトしている。このため大豆、小麦、大麦などが品薄となり価格が高騰し、β−アミラーゼの原料を確保することも困難な情勢となっている。
【0003】
β−アミラーゼはデンプン、グリコーゲンなどグルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖類に作用して、非還元性末端よりマルトース単位で分解する酵素である。β−アミラーゼは、古くより大豆や麦類など高等植物にその存在が知られていた。1972年、微生物中にも高等植物β−アミラーゼと同様の作用機構を示す酵素の存在することが発表されて以来、β−アミラーゼ生産菌として多くの微生物が見出されている(非特許文献1)。
【0004】
これまでにバチルス・セレウス(Bacillus cereus)、バチルス・ポリミキサ(Bacillus polymyxa)、バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)、そしてバチルス・ステアロサーモフイルス(Bacillus stearothermophilus)などのバチルス属、あるいはストレプトマイセス属(Streptomyces sp.)、やシュードモナス属(Pseudomonas sp.)などがβ−アミラーゼを生産する菌として報告された。しかし、その多くは生産性が低く、実用化に至っているものは少ない。
【0005】
一方、アスペルギルス属など糸状菌の生産するアミラーゼはアミロースやアミロペクチンをエンド型で分解する。従って、当該アミラーゼを使用した場合、マルトースの他にグルコース、マルトトリオース、その他のオリゴ糖も多数生成する。また、当該アミラーゼは耐熱性も低く、マルトース生産用としての実用性は低い。
【0006】
バチルス・ステアロサーモフィラス(Bacillus stearothermophilus)は耐熱性の高いマルトース生成酵素を生産する(特許文献1、非特許文献2)。この酵素はデンプンの非還元性末端からエキソ型でマルトースを生成するが、生成するマルトースはα型である。また、この酵素は植物起源のβ−アミラーゼのように厳密にマルトース単位で加水分解するものではなく、反応初期にはマルトテトラオース(G4)、マルトトリオース(G3)とマルトース(G2)の他に少量のマルトペンタオース(G5)やマルトヘキサオース(G6)も生成すること、シャーディンガー(Shardinger)デキストリンをマルトースとグルコースに分解すること、及びマルトトリオースをマルトースとグルコースに分解することが報告されている。このため、この酵素によるデンプン分解物中には6〜8%のグルコースが含まれることになる。従って、当該酵素は高純度なマルトースシロップの製造には適さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭60−2185号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】工業用糖質酵素ハンドブック、講談社サイエンティフィック、1999年
【非特許文献2】H.OuttrupとB.E.Normanら スターチ(Starch)第12巻、第405頁〜411頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述の通り、現在β−アミラーゼの主流である植物起源のものについては安定的な供給が困難である。また、植物から得られる酵素量は決まっており、その生産量に限界がある。一方、微生物由来のものについては、生産性が低い、あるいは大量培養が困難であるといった理由から、実用化に至っているものは少ない。そこで本発明は、実用性に優れた新規β−アミラーゼを見出し、その実用的な用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討を重ねてきた。その結果、枯草菌であるバチルス・フレクサス(Bacillus flexus)が、大豆由来のβ−アミラーゼに匹敵する耐熱性を有するβ−アミラーゼを生産することを見出した。また、本発明者らは、当該β−アミラーゼを単離・精製し、その酵素化学的性質を決定することに成功した。さらには、当該β−アミラーゼをコードする遺伝子の塩基配列の決定にも成功した。加えて、当該遺伝子を含有するベクターを導入した形質転換体を用いてβ−アミラーゼを製造することが可能であることを確認した。一方、当該β−アミラーゼの用途を検討した結果、食品材料の製造や食品の改質に有用であることが示された。
本発明は上記成果によって完成されたものであり、次の通りである。
[1]グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖を含む食品にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させることを特徴とする、食品の改質方法。
[2]加工前の原材料又は加工中の食品に対してβ−アミラーゼが添加されることを特徴とする、[1]に記載の食品の改質方法。
[3]食品が、パン類ないしパン類生地、餅ないし餅菓子、及び炊飯米ないし炊飯米加工品からなる群より選択されるいずれかの食品であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の食品の改質方法。
[4]食品が餅ないし餅菓子であり、加熱加工前の餅生地原料又は加熱加工によって得た餅生地に対してβ−アミラーゼが添加されることを特徴とする、[1]に記載の食品の改質方法。
[5]β−アミラーゼの添加後に25℃〜70℃の温度条件の下、専用の酵素処理工程が行われることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[6]β−アミラーゼの添加後に37℃〜65℃の温度条件の下、専用の酵素処理工程が行われることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[7]β−アミラーゼの添加後に専用の酵素処理工程が行われないことを特徴とする、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[8]β−アミラーゼが、下記の酵素化学的性質を備えるβ−アミラーゼであることを特徴とする、[1]〜[7]のいずれか一項に記載の食品の改質方法、
(1)作用:多糖類及びオリゴ糖類のα−1,4グルコシド結合に作用し、マルトースを遊離する、
(2)基質特異性:デンプン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースに良好に作用し、プルラン、デキストラン、サイクロデキストリン、マルトトリオースには作用しない、
(3)至適温度:約55℃、
(4)至適pH:約8.0、
(5)温度安定性:55℃以下で安定である(pH 5.0、10分間)、
(6)pH安定性:pH 4〜9で安定である(30℃、3時間)、
(7)分子量:約60,000(SDS-PAGE)。
[9]β−アミラーゼが、下記の酵素化学的性質を更に備えるβ−アミラーゼであることを特徴とする、[8]に記載の食品の改質方法、
(8)生澱粉分解活性を有する。
[10]β−アミラーゼが、配列番号7に示すアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有するβ−アミラーゼであることを特徴とする、[1]〜[7]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[11]等価なアミノ酸配列が、配列番号7に示すアミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列である、[10]に記載の食品の改質方法。
[12]β−アミラーゼに加えて、別の酵素も作用させることを特徴とする、[1]〜[11]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[13]別の酵素が、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びマルトジェニックα−アミラーゼからなる群より選択される一以上の酵素であることを特徴とする、[12]に記載の食品の改質方法。
[14][1]〜[13]のいずれか一項に記載した改質方法によって改質された食品。
[15][8]〜[11]のいずれか一項において定義されたβ−アミラーゼと、別の酵素とを配合してなる酵素組成物。
[16]別の酵素が、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びマルトジェニックα−アミラーゼからなる群より選択される一以上の酵素であることを特徴とする、[15]に記載の酵素組成物。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの至適温度を示すグラフである。
【図2】バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの至適pHを示すグラフである。●:クエン酸緩衝液pH2、3、4、□:ブリットン−ロビンソン緩衝液pH4、5、6、7、8、9、10、11
【図3】バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの温度安定性を示すグラフである。
【図4】バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼのpH安定性を示すグラフである。●:クエン酸緩衝液pH2、3、4、□:ブリットン−ロビンソン緩衝液pH4、5、6、7、8、9、10、11
【図5】精製β−アミラーゼ及び精製途中のサンプルのSDS-PAGEの結果を示す図である。レーン1:硫安分画、レーン2:HiPrepButyl 16/10 FF、レーン3:HiTrap CM FF、レーン4:HiLoad 16/60 Superdex200
【図6】発現プラスミドpET-BAFの構造。
【図7】マルトース生成量の比較を示すグラフである。3種類のβ−アミラーゼ(バチルス・フレクサス由来、大麦由来、小麦由来)のマルトース生成量を比較した。
【図8】マルトース生成量の比較を示すグラフである。2種類のβ−アミラーゼ(バチルス・フレクサス由来、大豆由来)のマルトース生成量を比較した。
【図9】β−アミラーゼの老化防止効果を示すグラフである。β−アミラーゼを添加した餅を25℃(左)、15℃(中央)、4℃(右)で保存し、硬化抑制効果を調べた。
【図10】β−アミラーゼの餅に対する老化防止効果を示すグラフである。餅生地の原材料にβ−アミラーゼを添加して酵素処理した後、蒸し上げ餅生地を得た。その後、常法で餅を製造した。得られた餅について老化防止効果を調べた。
【図11】β−アミラーゼの餅に対する老化防止効果を示すグラフである。餅生地の原材料にβ−アミラーゼを添加した後、常法で餅を製造した。得られた餅について老化防止効果を調べた。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(用語)
本発明において「タンパク質をコードするDNA」とは、それを発現させた場合に当該タンパク質が得られるDNA、即ち、当該タンパク質のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有するDNAのことをいう。従ってコドンの縮重も考慮される。
【0013】
本明細書において用語「単離された」は「精製された」と交換可能に使用される。本発明の酵素(β−アミラーゼ)に関して使用する場合の「単離された」とは、本発明の酵素が天然材料に由来する場合、当該天然材料の中で当該酵素以外の成分を実質的に含まない(特に夾雑タンパク質を実質的に含まない)状態をいう。具体的には例えば、本発明の単離された酵素では、夾雑タンパク質の含有量は重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満である。一方、本発明の酵素が遺伝子工学的手法によって調製されたものである場合の用語「単離された」とは、使用された宿主細胞に由来する他の成分や培養液等を実質的に含まない状態をいう。具体的には例えば、本発明の単離された酵素では夾雑成分の含有量は重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満である。尚、それと異なる意味を表すことが明らかでない限り、本明細書において単に「β−アミラーゼ」と記載した場合は「単離された状態のβ−アミラーゼ」を意味する。β−アミラーゼの代わりに使用される用語「本酵素」についても同様である。
【0014】
DNAについて使用する場合の「単離された」とは、もともと天然に存在しているDNAの場合、典型的には、天然状態において共存するその他の核酸から分離された状態であることをいう。但し、天然状態において隣接する核酸配列(例えばプロモーター領域の配列やターミネーター配列など)など一部の他の核酸成分を含んでいてもよい。例えばゲノムDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、天然状態において共存する他のDNA成分を実質的に含まない。一方、cDNA分子など遺伝子工学的手法によって調製されるDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、細胞成分や培養液などを実質的に含まない。同様に、化学合成によって調製されるDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、dNTPなどの前駆体(原材料)や合成過程で使用される化学物質等を実質的に含まない。尚、それと異なる意味を表すことが明らかでない限り、本明細書において単に「DNA」と記載した場合には単離された状態のDNAを意味する。
【0015】
(β−アミラーゼ及びその生産菌)
本発明の第1の局面はβ−アミラーゼ(以下、「本酵素」ともいう)及びその生産菌を提供する。後述の実施例に示す通り、本発明者らは鋭意検討の結果、バチルス・フレクサスが耐熱性β−アミラーゼを産生することを見出した。また、当該β−アミラーゼを分離・生成することに成功するとともに、以下に示す通り、その酵素化学的性質を決定することに成功した。
【0016】
(1)作用
本酵素はβ−アミラーゼであり、多糖類及びオリゴ糖類のα−1,4グルコシド結合に作用し、マルトースを遊離する。グルコースはほとんど遊離しない。
【0017】
(2)基質特異性
本酵素は基質特異性に優れ、デンプン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースに対して良好に作用する。これに対して、プルラン、デキストラン、サイクロデキストリン、マルトトリオースには作用しない。可溶性デンプンを基質とした場合の活性を基準(100%)としたときの相対活性が50%以上あれば、「本酵素が良好に作用する基質である」と判断される。同様に相対活性が10%未満であれば、「本酵素が作用しない基質である」と判断される。本酵素はマルトトリオース及びサイクロデキストリン(α、β、又はγ)に対して実質的な作用を有しない。尚、本酵素の反応性及び基質特異性は、後述の実施例に示す方法(β−アミラーゼ活性測定方法(1))で測定・評価することができる。
【0018】
(3)至適温度
本酵素の至適温度は約55℃である。本酵素は約50℃〜約60℃において高い活性を示す。至適温度は、後述のβ−アミラーゼ活性測定方法(0.1Mリン酸−塩酸緩衝液(pH5.0)中)による測定で算出された値である。
【0019】
(4)至適pH
本酵素の至適pHは約8.0である。本酵素はpH約6.0〜約9.0において高い活性を示す。至適pHは、例えば、pH 2〜4のpH域についてはクエン酸緩衝液中で、pH 4〜11についてはブリットン−ロビンソン緩衝液中で測定した結果を基に判断される。
【0020】
(5)温度安定性
本酵素は、大豆由来のβ−アミラーゼに匹敵する優れた耐熱性を示す。10mM酢酸カルシウムを含む0.1M酢酸−塩酸緩衝液(pH5.0)中、55℃の条件で10分間処理しても本酵素は90%以上の活性を維持する。
【0021】
(6)pH安定性
本酵素はpH 4〜9という広いpH域で安定した活性を示す。即ち、処理に供する酵素溶液のpHがこの範囲内にあれば、30℃、3時間の処理後、最大活性の70%以上の活性を示す。至適pHは、例えば、pH 2〜4のpH域についてはクエン酸緩衝液中で、pH 4〜11についてはブリットン−ロビンソン緩衝液中で測定した結果を基に判断される。
【0022】
(7)分子量
本酵素の分子量は約60,000(SDS-PAGEによる)である。
【0023】
(8)生澱粉に対する作用
生澱粉分解活性を有する。後述の実施例に示す通り、本酵素の生澱粉分解活性は非常に高く、900 U以上の活性が認められた。
【0024】
本酵素は好ましくはバチルス・フレクサス(Bacillus flexus)に由来するβ−アミラーゼである。ここでの「バチルス・フレクサスに由来するβ−アミラーゼ」とは、バチルス・フレクサスに分類される微生物(野生株であっても変異株であってもよい)が生産するβ−アミラーゼ、或いはバチルス・フレクサス(野生株であっても変異株であってもよい)のβ−アミラーゼ遺伝子を利用して遺伝子工学的手法によって得られたβ−アミラーゼであることを意味する。従って、バチルス・フレクサスより取得したβ−アミラーゼ遺伝子(又は当該遺伝子を改変した遺伝子)を導入した宿主微生物によって生産された組み換え体も、「バチルス・フレクサスに由来するβ−アミラーゼ」に該当する。
【0025】
本酵素がそれに由来することとなるバチルス・フレクサスのことを、説明の便宜上、本酵素の生産菌という。本酵素の生産菌の例として、後述の実施例に示すバチルス・フレクサスDSM1316(DSMZ、ドイツ)、DSM1320(DSMZ、ドイツ)、DSM1667(DSMZ、ドイツ)、APC9451を挙げることができる。APC9451株は以下の通り所定の寄託機関に寄託されており、容易に入手可能である。
寄託機関:NITEバイオテクノロジー本部 特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)
寄託日(受領日):2008年4月9日
受託番号:NITE BP-548
【0026】
以上のように、取得に成功した本酵素の性状の詳細が明らかとなった。その結果、本酵素が耐熱性に優れること、基質特異性に優れることが判明した。従って、本酵素は食品加工および糖化用途に適したものである。
【0027】
本発明者らの更なる検討の結果、バチルス・フレクサスが産生するβ−アミラーゼのアミノ酸配列(配列番号7)が決定された。そこで本発明の一態様は、配列番号7のアミノ酸配列を有するタンパク質からなるという特徴を備える。ここで、一般に、あるタンパク質のアミノ酸配列の一部に改変を施した場合において改変後のタンパク質が改変前のタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちアミノ酸配列の改変がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、配列番号7に示すアミノ酸配列と等価なアミノ酸配列からなり、β−アミラーゼ活性を有するタンパク質(以下、「等価タンパク質」ともいう)を提供する。ここでの「等価なアミノ酸配列」とは、配列番号7に示すアミノ酸配列と一部で相違するが、当該相違がタンパク質の機能(ここではβ−アミラーゼ活性)に実質的な影響を与えていないアミノ酸配列のことをいう。「β−アミラーゼ活性を有する」とは、デンプン、グリコーゲンなど、グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖類やオリゴ糖類に作用して、非還元性末端よりマルトース単位で分解する活性を意味するが、その活性の程度は、β−アミラーゼとしての機能を発揮できる限り特に限定されない。但し、配列番号7に示すアミノ酸配列からなるタンパク質と同程度又はそれよりも高いことが好ましい。
【0028】
「アミノ酸配列の一部の相違」とは、典型的には、アミノ酸配列を構成する1〜数個のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1〜数個のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。ここでのアミノ酸配列の相違はβ−アミラーゼ活性が保持される限り許容される(活性の多少の変動があってもよい)。この条件を満たす限りアミノ酸配列が相違する位置は特に限定されず、また複数の位置で相違が生じていてもよい。ここでの複数とは例えば全アミノ酸の約30%未満に相当する数であり、好ましくは約20%未満に相当する数であり、さらに好ましくは約10%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約5%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。即ち等価タンパク質は、配列番号7のアミノ酸配列と例えば約70%以上、好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、より一層好ましくは約95%以上、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する。
【0029】
好ましくは、β−アミラーゼ活性に必須でないアミノ酸残基において保存的アミノ酸置換を生じさせることによって等価タンパク質を得る。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。
【0030】
「等価タンパク質」が、付加的な性質を有していてもよい。かかる性質として、例えば、配列番号7に示すアミノ酸配列からなるタンパク質に比べて安定性に優れているという性質、低温及び/又は高温においてのみ異なる機能を発揮するという性質、至適pHが異なるという性質等が挙げられる。
【0031】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの核酸(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。本発明の核酸分子に等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。本発明のポリペプチド分子に等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0032】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの核酸配列の相同度を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0033】
本酵素が、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組み換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0034】
上記アミノ酸配列を有する本酵素は、遺伝子工学的手法によって容易に調製することができる。例えば、本酵素をコードするDNAで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0035】
(β−アミラーゼをコードするDNA)
本発明の第2の局面は本酵素をコードする遺伝子、即ち新規なβ−アミラーゼ遺伝子を提供する。一態様において本発明の遺伝子は、配列番号7のアミノ酸配列をコードするDNAからなる。当該態様の具体例は、配列番号6に示す塩基配列からなるDNAである。
【0036】
ところで、一般に、あるタンパク質をコードするDNAの一部に改変を施した場合において、改変後のDNAがコードするタンパク質が、改変前のDNAがコードするタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちDNA配列の改変が、コードするタンパク質の機能に実質的に影響を与えず、コードするタンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、配列番号6に示す塩基配列と等価な塩基配列を有し、β−アミラーゼ活性をもつタンパク質をコードするDNA(以下、「等価DNA」ともいう)を提供する。ここでの「等価な塩基配列」とは、配列番号6に示す核酸と一部で相違するが、当該相違によってそれがコードするタンパク質の機能(ここではβ−アミラーゼ活性)が実質的な影響を受けていない塩基配列のことをいう。
【0037】
等価DNAの具体例は、配列番号6に示す塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAである。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃〜約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃〜約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0038】
等価DNAの他の具体例として、配列番号6に示す塩基配列を基準として1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、β−アミラーゼ活性をもつタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該DNAがコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2〜40塩基、好ましくは2〜20塩基、より好ましくは2〜10塩基である。以上のような等価DNAは例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などを利用して、塩基の置換、欠失、挿入、付加、及び/又は逆位を含むように配列番号6に示す塩基配列を有するDNAを改変することによって得ることができる。また、紫外線照射など他の方法によっても等価DNAを得ることができる。
等価DNAの更に他の例として、SNP(一塩基多型)に代表される多型に起因して上記のごとき塩基の相違が認められるDNAを挙げることができる。
【0039】
本発明の遺伝子は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって単離された状態に調製することができる。具体的には、適当なバチルス・フレクサスのゲノムDNAライブラリー又はcDNAライブラリー、或はバチルス・フレクサスの菌体内抽出液から、本発明の遺伝子に対して特異的にハイブリダイズ可能なオリゴヌクレオチドプローブ・プライマーを適宜利用して調製することができる。オリゴヌクレオチドプローブ・プライマーは、市販の自動化DNA合成装置などを用いて容易に合成することができる。尚、本発明の遺伝子を調製するために用いるライブラリーの作製方法については、例えばMolecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照できる。
【0040】
例えば、配列番号6に示す塩基配列を有する遺伝子であれば、当該塩基配列又はその相補配列の全体又は一部をプローブとしたハイブリダイゼーション法を利用して単離することができる。また、当該塩基配列の一部に特異的にハイブリダイズするようにデザインされた合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いた核酸増幅反応(例えばPCR)を利用して増幅及び単離することができる。また、配列番号7に示されるアミノ酸配列や配列番号6に示される塩基配列の情報を元にして、化学合成によって目的とする遺伝子を得ることもできる(参考文献:Gene,60(1), 115-127 (1987))。
【0041】
以下、本発明の遺伝子の取得法の具体例を示す。まず、バチルス・フレクサスから本酵素(β−アミラーゼ)を単離・精製し、その部分アミノ酸配列に関する情報を得る。部分アミノ酸配列決定方法としては、例えば、精製したβ−アミラーゼを直接常法に従ってエドマン分解法〔ジャーナル オブ バイオロジカル ケミストリー、第 256巻、第7990〜7997頁(1981)〕によりアミノ酸配列分析〔プロテイン−シーケンサ476A、アプライド バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製等〕に供する。タンパク質加水分解酵素を作用させて限定加水分解を行い、得られたペプチド断片を分離精製し、得られた精製ペプチド断片についてアミノ酸配列分析を行うのが有効である。
【0042】
このようにして得られる部分アミノ酸配列の情報を基にβ−アミラーゼ遺伝子をクローニングする。例えば、ハイブリダイゼーション法又はPCRを利用してクローニングを行うことができる。ハイブリダイゼーション法を利用する場合、例えば、Molecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)に記載の方法を用いることができる。
【0043】
PCR法を利用する場合、以下の方法を用いることができる。まず、β−アミラーゼを産生する微生物のゲノムDNAを鋳型とし、部分アミノ酸配列の情報を基にデザインした合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いてPCR反応を行い、目的の遺伝子断片を得る。PCR法は、PCRテクノロジー〔PCR Technology、エルリッヒ(Erlich)HA編集、ストックトンプレス社(Stocktonpress)、1989年発行〕に記載の方法に準じて行う。更に、この増幅DNA断片について通常用いられる方法、例えば、ジデオキシチェーンターミネーター法で塩基配列を決定すると、決定された配列中に合成オリゴヌクレオチドプライマーの配列以外にβ−アミラーゼの部分アミノ酸配列に対応する配列が見出され、目的のβ−アミラーゼ遺伝子の一部を取得することができる。得られた遺伝子断片をプローブとして更にハイブリダイゼーション法等を行うことによってβ−アミラーゼ全長をコードする遺伝子をクローニングすることができる。
【0044】
後述の実施例では、バチルス・フレクサスが産生するβ−アミラーゼをコードする遺伝子の配列をPCR法を利用して決定した。バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼをコードする遺伝子の全塩基配列を配列番号6に示した。また、当該塩基配列がコードするアミノ酸配列を決定した(配列番号7)。なお、配列番号7に示すアミノ酸配列に対応する塩基配列は配列番号6に記載したもの以外に複数存在する。
【0045】
全塩基配列が明らかにされたβ−アミラーゼ遺伝子(配列番号6)の全体あるいは一部分をハイブリダイゼーション用のプローブとして用いることによって、他のβ−アミラーゼを産生する微生物のゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーから、配列番号6のβ−アミラーゼ遺伝子と相同性の高いDNAを選別することができる。
【0046】
同様に、PCR用のプライマーをデザインすることができる。このプライマーを用いてPCR反応を行うことによって、上記β−アミラーゼ遺伝子と相同性の高い遺伝子断片を検出し、さらにはその遺伝子全体を得ることもできる。
【0047】
得られた遺伝子のタンパク質を製造し、そのβ−アミラーゼ活性を測定することにより、β−アミラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であるか否かを確認することができる。また、得られた遺伝子の塩基配列(又はそれがコードするアミノ酸配列)を上記β−アミラーゼ遺伝子の塩基配列(又はそれがコードするアミノ酸配列)と比較することで遺伝子構造や相同性を調べ、β−アミラーゼ活性を有するタンパク質をコードするか否かを判定することにしてもよい。
【0048】
一次構造及び遺伝子構造が明らかとなったことから、ランダム変異あるいは部位特異的変異の導入によって改変型β−アミラーゼ(1個又は複数個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入若しくは置換の少なくとも1つが施された遺伝子)を得ることが可能である。これにより、β−アミラーゼ活性を有するが、至適温度、安定温度、至適pH、安定pH、基質特異性等の性質が異なるβ−アミラーゼをコードする遺伝子を得ることが可能となる。また、遺伝子工学的に改変型β−アミラーゼを製造することが可能となる。
【0049】
ここで、変異を導入する際の計画は、例えば、遺伝子配列上の特徴的な配列を参酌して行われる。特徴的な配列の参酌は、例えば、そのタンパク質の立体構造予測、既知のタンパク質との相同性を考慮することにより行うことができる。
【0050】
ランダム変異を導入する方法を例示すると、DNAを化学的に処理する方法として、亜硫酸水素ナトリウムを作用させシトシン塩基をウラシル塩基に変換するトランジション変異を起こさせる方法〔プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブサイエンシーズ オブ ザ USA、第79巻、第1408〜1412頁(1982)〕、生化学的方法として、〔α-S〕dNTP存在下、二本鎖を合成する過程で塩基置換を生じさせる方法〔ジーン(Gene)、第64巻、第313〜319頁(1988)〕、PCRを用いる方法として、反応系にマンガンを加えて PCRを行い、ヌクレオチドの取込みの正確さを低くする方法〔アナリティカル バイオケミストリー(Analytical Biochemistry)、第224巻、第347〜353頁(1995)〕等である。
【0051】
部位特異的変異を導入する方法を例示すると、アンバー変異を利用する方法〔ギャップド デュプレックス(gapped duplex)法、ヌクレイック アシッズ リサーチ(Nucleic Acids Research)、第12巻、第24号、第9441〜9456頁(1984)〕、制限酵素の認識部位を利用する方法〔アナリティカル バイオケミストリー、第200巻、第81〜88頁(1992)、ジーン、第102巻、第67〜70頁(1991)〕、dut(dUTPase)とung(ウラシルDNA グリコシラーゼ)変異を利用する方法〔クンケル(Kunkel)法、プロシーディングズ オブ ザ ナショナル オブ サイエンシーズ オブ ザ USA、第82巻、第488 〜492 頁(1985)〕、DNAポリメラーゼ及びDNAリガーゼを用いたアンバー変異を利用する方法〔オリゴヌクレオチド−ダイレクティッド デュアル アンバー(Oligonucleotide-directed Dual Amber:ODA)法、ジーン、第152巻、第271〜275頁(1995)、特開平7-289262号公報〕、DNAの修復系を誘導させた宿主を利用する方法(特開平8-70874号公報)、DNA鎖交換反応を触媒するタンパク質を利用する方法(特開平8-140685号公報)、制限酵素の認識部位を付加した2種類の変異導入用プライマーを用いたPCRによる方法(USP5,512,463)、不活化薬剤耐性遺伝子を有する二本鎖DNAベクターと2種類のプライマーを用いたPCRによる方法〔ジーン、第103巻、第73〜77頁(1991)〕、アンバー変異を利用したPCRによる方法〔国際公開WO98/02535号公報〕等である。
【0052】
市販されているキットを使用することにより、部位特異的変異を容易に導入することもできる。市販のキットとしては、例えば、ギャップド デュプレックス法を用いた Mutan(登録商標)-G(宝酒造社製)、クンケル法を用いた Mutan(登録商標)-K(宝酒造社製)、ODA 法を用いたMutan(登録商標)-ExpressKm(宝酒造社製)、変異導入用プライマーとピロコッカス フリオサス(Pyrococcus furiosus)由来 DNAポリメラーゼを用いたQuikChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit〔ストラタジーン(STRATAGENE)社製〕等を用いることができ、また、PCR法を利用するキットとして、TaKaRa LA PCR in vitro Mutagenesis Kit(宝酒造社製)、Mutan(登録商標)-Super Express Km(宝酒造社製)等を用いることができる。
【0053】
このように、本発明によりβ−アミラーゼの一次構造及び遺伝子構造が提供されたことにより、β−アミラーゼ活性を有するタンパク質の安価で高純度な遺伝子工学的製造が可能となる。
【0054】
(組換えベクター)
本発明のさらなる局面は本発明の遺伝子を含有する組換えベクターに関する。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸分子を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいい、その種類、形態は特に限定されるものではない。従って、本発明のベクターはプラスミドベクター、コスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター(アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等)の形態をとり得る。
【0055】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。ベクターの具体例を挙げれば、大腸菌を宿主とするベクター(M13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)など)、酵母を宿主とするベクター(pYepSec1、pMFa、pYES2等、昆虫細胞を宿主とするベクター(pAc、pVLなど)、哺乳類細胞を宿主とするベクター(pCDM8、pMT2PCなど)等である。
【0056】
本発明の組換えベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0057】
本発明の遺伝子のベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0058】
(形質転換体)
本発明は更に、本発明の遺伝子が導入された形質転換体に関する。本発明の形質転換体では、本発明の遺伝子が外来性の分子として存在することになる。本発明の形質転換体は、好ましくは、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって調製される。トランスフェクション、トランスフォーメーションはリン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter, H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))、マイクロインジェクション(Graessmann, M. & Graessmann,A., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 73,366-370(1976))、Hanahanの方法(Hanahan, D., J. Mol. Biol. 166, 557-580(1983))、酢酸リチウム法(Schiestl, R.H. et al., Curr. Genet. 16, 339-346(1989))、プロトプラスト−ポリエチレングリコール法(Yelton, M.M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 81, 1470-1474(1984))等によって実施することができる。
【0059】
宿主細胞としては微生物、動物細胞、植物細胞等を用いることができる。微生物としては、大腸菌、Bacillus属、Streptomyces属、Lactococcus属等の細菌、Saccharomyces属、Pichia属、Kluyveromyces属等の酵母、Aspergillus属、Penicillium属、Trichoderma属等の糸状菌が挙げられる。動物細胞としては、バキュロウイルスの系統が挙げられる。
【0060】
(β−アミラーゼの製造法)
本発明の更なる局面はβ−アミラーゼの製造法を提供する。本発明の製造法の一態様では、本酵素(β−アミラーゼ)の生産能を有するバチルス・フレクサスを培養するステップ(ステップ(1))及び培養後の培養液及び/又は菌体より、β−アミラーゼを回収するステップ(ステップ(2))が行われる。
【0061】
ステップ(1)におけるバチルス・フレクサスとして例えば上記のバチルス・フレクサスDSM1316、DSM1320、DSM1667、APC9451等を用いることができる。培養法及び培養条件は、目的の酵素が生産されるものである限り特に限定されない。即ち、本酵素が生産されることを条件として、使用する微生物の培養に適合した方法や培養条件を適宜設定できる。培養法としては液体培養、固体培養のいずれでも良いが、好ましくは液体培養が利用される。液体培養を例にとり、その培養条件を説明する。
【0062】
培地としては、使用する微生物が生育可能な培地であれば、如何なるものでも良い。例えば、グルコース、シュクロース、ゲンチオビオース、可溶性デンプン、グリセリン、デキストリン、糖蜜、有機酸等の炭素源、更に硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、あるいは、ペプトン、酵母エキス、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、ふすま、肉エキス等の窒素源、更にカリウム塩、マグネシウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マンガン塩、鉄塩、亜鉛塩等の無機塩を添加したものを用いることができる。使用する微生物の生育を促進するためにビタミン、アミノ酸などを培地に添加してもよい。培地のpHは例えば約3〜10、好ましくは約7〜8程度に調整し、培養温度は通常約10〜50℃、好ましくは約20〜37℃程度で、1〜7日間、好ましくは3〜4日間程度好気的条件下で培養する。培養法としては例えば振盪培養法、ジャー・ファーメンターによる好気的深部培養法が利用できる。
【0063】
以上の条件で培養した後、培養液又は菌体よりβ−アミラーゼを回収する(ステップ(2))。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理等することによって不溶物を除去した後、限外ろ過膜による濃縮、硫安沈殿等の塩析、透析、イオン交換樹脂等の各種クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。
【0064】
他方、菌体内から回収する場合には、例えば菌体を加圧処理、超音波処理などによって破砕した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。尚、ろ過、遠心処理などによって予め培養液から菌体を回収した後、上記一連の工程(菌体の破砕、分離、精製)を行ってもよい。
尚、発現の確認や発現産物の確認は、β−アミラーゼに対する抗体を用いて行うことが簡便であるが、β−アミラーゼ活性を測定することにより発現の確認を行うこともできる。
【0065】
本発明の他の態様では、上記の形質転換体を用いてβ−アミラーゼを製造する。この態様の製造法ではまず、それに導入された遺伝子によってコードされるタンパク質が産生される条件下で上記の形質転換体を培養する(ステップ(i))。様々なベクター宿主系に関して形質転換体の培養条件が公知であり、当業者であれば適切な培養条件を容易に設定することができる。培養ステップに続き、産生されたタンパク質(即ち、β−アミラーゼ)を回収する(ステップ(ii))。回収及びその後の精製については、上記態様の場合と同様に行えばよい。本酵素の精製度は特に限定されない。また、最終的な形態は液体状であっても固体状(粉体状を含む)であってもよい。
【0066】
(酵素組成物)
本発明の酵素は例えば酵素組成物(酵素剤)の形態で提供される。酵素組成物は、有効成分(本発明の酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としては乳糖、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0067】
本発明の酵素組成物の一態様は、本発明の酵素(バチルス・フレクサス由来β−アミラーゼ)に加えて、別の酵素を有効成分として含有する。これによって、複合的な酵素反応が可能な酵素組成物となる。当該「別の酵素」として、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、マルトジェニックα−アミラーゼなどが挙げられる。枝きり酵素として例えばクライスターゼPL45(大和化成社製)が、プルラナーゼとして例えばプルラナーゼ「アマノ」3(天野エンザイム社製)、イソアミラーゼとしてはシュードモナス・アミロデラモサ由来の酵素、α‐アミラーゼとして例えばクライスターゼP8(大和化成社製)やビオザイムL(天野エンザイム社製)、グルコアミラーゼとして例えばグルクザイムAF6(天野エンザイム社製)、マルトジェニックα−アミラーゼとして例えばジオバチルス・ステアロサーモフィラス由来の酵素が挙げられる。尚、「別の酵素」として二種類以上の酵素を採用してもよい。
【0068】
(β−アミラーゼの用途)
本発明の更なる局面は、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの用途として、マルトースを生成する方法を提供する。本発明のマルトース生成法では、グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖からなる基質に対してバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させる。基質の例として可溶性デンプン、バレイショデンプン、コーンスターチ、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトオリゴ糖を挙げることができる。基質の純度は特に限定されない。従って、他の物質と混在した状態の基質に対してβ−アミラーゼを作用させることにしてもよい。また、二種以上の基質に対して同時にβ−アミラーゼを作用させることにしてもよい。
【0069】
本発明のマルトース生成法は、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを使用することを特徴とするが、好ましくは、β−アミラーゼとして上記本発明のβ−アミラーゼ(本酵素)を用いる。本発明のマルトース生成法は例えばマルトース含有シロップやマルトース水飴の生産に利用される。
【0070】
本発明の更なる局面は、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを、パン類及びパン生地の品質改良剤、餅・餅菓子の老化防止剤、或いは炊飯米の老化防止剤などとして利用する方法を提供する。このような食品の特性を変化させる方法のことを本発明では「食品の改質方法」と呼ぶ。本発明の食品の改質方法によって改質可能な食品は、グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖を含む食品である。当該条件を満たす限り、食品は限定されない。本発明で改質可能な食品を例示すると、パン類ないしパン類生地、餅ないし餅菓子、炊飯米である。本発明において「パン類ないしパン類生地」とは、小麦粉を主原料とし、これに水等を加え更に油脂、糖類、乳製品、卵、イーストフード、各種酵素類、各種乳化剤等の原料を必要に応じて添加した後、イーストの添加の有無に拘らず、混捏工程を経て得られた一般的生地、餅や饅頭生地やドーナッツ生地、パイ生地、ピザ生地、ホットケーキ生地、スポンジケーキ生地、クレープ生地、餃子生地等、及びこれらの生地を成形、加熱(オーブンや釜などで焼くこと、蒸すこと、油で揚げることなど)などして得られる製品(パン、ドーナツ、パイ、ピザ、ホットケーキ、スポンジケーキ、クレープ、餃子など)をいう。小麦粉以外の穀物、例えばライ麦等を混入して得られた生地、製品なども包含する。
【0071】
本発明において「餅ないし餅菓子」とは、板餅、大福餅、柏餅、草餅、桜餅、団子、すあま、ういろう、白玉団子、求肥もち、かるかんまんじゅう、じょうようまんじゅう等、米又は米粉を主原料とし、これに水を加え更に糖類などの原料を必要に応じて添加し、混ぜ合わせた餅生地、及びこれらを蒸したりすることによって得られた製品をいう。尚、ここでの「米又は米粉」とは、粳米や餅米又は粳米を水洗いして乾燥し粉砕した上新粉、並新粉及び餅米を水洗して乾燥し製粉した餅粉、などを包含する。更に米又は米粉を構成しているデンプンをも包含する。
【0072】
本発明において「炊飯米ないし炊飯米加工品」とは、米類を炊飯せしめたもの及び炊飯米を加工して得られるもの指す。ここでいう米類とは米、もち米、玄米等の米類全般を指す。これらの材料は単独で用いてもよく、複数種類を混合してもよく、さらに他の穀類を混合してもよい。炊飯の段階で調味、風味付けなどを施したもの(赤飯、炊き込みご飯、粥など)や炊飯米に調味、風味付けをしたもの(リゾット、粥など)、或いは炊飯米を利用した各種食品(おにぎり、寿司、弁当、米麺)なども「炊飯米ないし炊飯米加工品」に該当する。
【0073】
本発明の改質方法では、上記のごとき食品に対してバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させる。β−アミラーゼを作用させる時期は特に限定されないが、通常は原材料にβ−アミラーゼを添加・混合して食品の製造・加工を行うことにより、或いは製造・加工中の食品にβ−アミラーゼを添加することによって酵素を作用させる。具体例を示すと、餅ないし餅菓子の改質を目的とした場合には、例えば、加熱加工前(典型的には蒸す前)の餅生地原料又は加熱加工によって得た餅生地に対してβ−アミラーゼが添加される。或いは、餅生地を更に加工する段階でβ−アミラーゼが添加される。
【0074】
β−アミラーゼの添加後に専用の酵素処理工程を設けることが好ましいが、以降の加工処理においてβ−アミラーゼが作用する環境が作られる場合には、専用の酵素処理工程を設けなくても良い。実際、後述の実施例に示す通り、餅生地の原材料にβ−アミラーゼを添加した後、専用の酵素処理工程を行うことなく、その後の製造工程(蒸煮、練り、搗き)を行った場合にも、β−アミラーゼによる老化防止効果が得られている。尚、本明細書において「専用の酵素処理工程」とは、β−アミラーゼを作用させるために行われる、所定温度下での付加的な工程をいう。専用の酵素処理工程における温度条件は例えば25℃〜70℃である。デンプンが糊化しないよう70℃以下にすることが好ましい。また、過度に低温又は高温にすると十分な酵素活性が発揮されないため、好ましくは37℃〜65℃、更に好ましくは50℃〜60℃である(図1を参照)。高温条件の方が雑菌繁殖防止に有利である。低温条件又は高温条件を採用した場合であっても長時間反応させることによって酵素使用量あたりの反応量を増大できる。酵素使用量あたりの反応量を増大できれば酵素使用量を低減でき、実用上好ましい。
【0075】
β−アミラーゼの添加量は、改質対象の食品、改質の程度などによっても異なるが、例えば食品100gあたり2 U〜40 Uである。尚、ここでの活性値は後述のβ−アミラーゼ活性測定方法(2)により規定されるものとする。
【0076】
本発明のマルトース生成法又はパン類、餅、炊飯米などの食品の改質方法においては、β‐アミラーゼに加え、別の酵素を併用することも出来る。当該「別の酵素」として、グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖に作用する酵素を用いることができる。当該酵素の例は、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、マルトジェニックα−アミラーゼである。枝きり酵素として例えばクライスターゼPL45(大和化成社製)が、プルラナーゼとして例えばプルラナーゼ「アマノ」3(天野エンザイム社製)、イソアミラーゼとしてはシュードモナス・アミロデラモサ由来の酵素、α‐アミラーゼとして例えばクライスターゼP8(大和化成社製)やビオザイムL(天野エンザイム社製)、グルコアミラーゼとして例えばグルクザイムAF6(天野エンザイム社製)、マルトジェニックα−アミラーゼとして例えばジオバチルス・ステアロサーモフィラス由来の酵素が挙げられる。パン類、餅、炊飯米などの食品の改質方法においては、「別の酵素」としてリパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ等を用いることもできる。尚、「別の酵素」として二種類以上の酵素を採用してもよい。
【0077】
典型的には、β−アミラーゼと「別の酵素」は同時に作用させる。但し、β−アミラーゼを作用させた後に「別の酵素」を作用させるようにしても、或いはこれは逆の順序で両者を作用させるようにしてもよい。
【実施例】
【0078】
<β−アミラーゼ活性測定方法(1)>
β−アミラーゼの活性は以下の通り測定した。即ち、1%可溶性デンプン及び10mM酢酸カルシウムを含む0.1Mリン酸-塩酸緩衝液(pH5.0)0.5mlに酵素溶液0.5mlを添加して、37℃、30分間インキュベートした後、DNS溶液(0.2% DNS, 80mM NaOH, 0.2M 酒石酸ナトリウムカリウム四水和物)2.5mlを加えて反応を停止する。反応停止後、5分間煮沸を行い、波長530nmにおける吸光度を測定する。波長530nmでの吸光度が1となる酵素量を1単位(U)とする。
【0079】
1.バチルス・フレクサス(Bacillus flexus)由来β−アミラーゼの確認
バチルス・フレクサスDSM1316、DSM1320、DSM1667、APC9451の4株について表1に示す組成の液体培地を用いて30℃、3日間振とう培養した。
【表1】
【0080】
得られた培養上清液中のβ−アミラーゼ活性を、上記β−アミラーゼ活性測定法にて測定した。その結果を表2に示す。
【表2】
【0081】
2.バチルス・フレクサスAPC9451由来β−アミラーゼの生産および精製
バチルス・フレクサスAPC9451を表1に示す組成の液体培地を用いて30℃、3日間振とう培養した。得られた培養上清液をUF膜(AIP-0013、旭化成社製)にて4倍に濃縮後、60%飽和濃度になるよう硫酸アンモニウムを添加した。沈殿画分を20mM酢酸緩衝液(pH5.5)に再度溶解し、続いて20%飽和濃度になるよう硫酸アンモニウムを添加した。生じた沈殿を遠心にて除去した後、20%飽和濃度の硫酸アンモニウムを含む20mM酢酸緩衝液(pH5.5)にて平衡化したHiPrep Butyl 16/10 FFカラム(GEヘルスケア製)に供し、20%飽和濃度から0%飽和濃度の硫酸アンモニウム直線濃度勾配により、吸着したβ−アミラーゼタンパク質を溶離させた。
【0082】
集めたβ−アミラーゼ活性画分をUF膜にて濃縮後、20mM酢酸緩衝液(pH5.5)で平衡化したHiTrap CM FFカラム(GEヘルスケア製)に供し、0Mから0.5MのNaCl直線濃度勾配により、吸着したβ−アミラーゼタンパク質を溶離させた。
【0083】
さらに、集めたβ−アミラーゼ活性画分をUF膜にて濃縮後、0.15MのNaClを含む20mM酢酸緩衝液(pH5.5)で平衡化したHiLoad 16/60 Superdex200カラム(GEヘルスケア製)に供し、同緩衝液で溶離した。β−アミラーゼ活性画分を集め、限外ろ過膜にて脱塩濃縮をし、精製酵素標品を得た。得られた本精製酵素は下記の諸性質の検討に供し、またN末端アミノ酸配列分析および内部ペプチドアミノ酸配列分析に供した。
【0084】
なお、各段階における精製の結果を表3に示した。最終段階の比活性は粗酵素に比較して2270倍となった。図5に、精製工程における各ステップのサンプルを10-20%のグラジエントゲルにてSDS-PAGE(CBB染色)した結果を示す。本精製酵素標品(レーン4)はSDS-PAGEにおいて単一なタンパク質であることがわかる。
【表3】
【0085】
3.耐熱性β−アミラーゼの諸性質
(1)至適反応温度
上記β−アミラーゼ活性測定法に準じ、反応温度を25℃、37℃、50℃、55℃、60℃、65℃及び70℃で反応させた。最高活性を示した温度での値を100%とした相対活性で示した。至適反応温度は55℃付近であった(図1)。
【0086】
(2)至適反応pH
基質には1%可溶性デンプンを用い、各緩衝液(クエン酸緩衝液pH2、pH3、pH4、ブリットン−ロビンソン緩衝液pH4、pH5、pH6、pH7、pH8、pH9、pH10、pH11)中、37℃、10分間の反応条件下で測定した。最大活性値を示したpHの値を100%とした相対活性で示した。至適反応pHは約8.0付近であった(図2)。
【0087】
(3)温度安定性
20 U/mlの酵素液を37℃、50℃、55℃、60℃、65℃及び70℃の各温度下、10mM酢酸カルシウムを含む0.1M 酢酸−塩酸緩衝液(pH5.0)中、10分間熱処理した後、残存活性を上記β−アミラーゼ活性測定法にて測定した。熱に対して未処理の活性を100%とした残存活性で示した。55℃、10分間の熱処理では、90%以上の残存活性を有しており、55℃まででは安定であった(図3)。
【0088】
(4)pH安定性
各緩衝液(クエン酸緩衝液pH2、pH3、pH4、ブリットン−ロビンソン緩衝液pH4、pH5、pH6、pH7、pH8、pH9、pH10、pH11)中、30℃で3時間処理後、上記β−アミラーゼ活性測定法にて活性を測定した。最大活性値を示したpHの値を100%とした相対活性で示した。至適反応pHは4〜9であった(図4)。
【0089】
(5)SDS-PAGEによる分子量測定
SDS-PAGEはLaemmliらの方法に従い行った。なお、用いた分子量マーカーは、Low Molecular Weight Calibration Kit for Electrophoresis (GEヘルスケア)であり、標準タンパク質としてPhosphorylase b(97,000Da)、Albumin(66,000Da)、Ovalbumin(45,000Da)、Carbonic anhydrase(30,000Da)、Trypsin inhibitor(20,100Da)、α-Lactalbumin(14,400Da)を含んでいた。ゲル濃度10-20%のグラジエントゲル(Wako)を用いて、20mA/ゲルで約80分間電気泳動を行い、分子量を求めた結果、分子量は約60kDaであった(図5)。
【0090】
(6)等電点
アンホラインを用いた等電点集積(600V、4℃、48時間通電)により測定したところ、本酵素の等電点は9.7であった。
【0091】
(7)金属イオンおよび阻害剤の影響
10mM酢酸カルシウムを含む0.1M 酢酸−塩酸緩衝液(pH5.0)中のβ−アミラーゼに1mMの各種金属イオンあるいは阻害剤をそれぞれ添加し、30℃、30分間処理した後、上記β−アミラーゼ活性測定法にて活性を測定した。その結果を表4に示した。無添加の場合を100%とした相対活性で示した。Cuイオン、ヨード酢酸、PCMB、SDSにより阻害を受けた。
【表4】
【0092】
(8)基質特異性
各基質に対するβ−アミラーゼ活性を調べた。可溶性デンプンに対する活性を100%とした相対活性で示した。オリゴ糖類については、以下に示すマルトースの定量法によりマルトース生成量を調べた。0.5%の各マルトオリゴ糖に対して0.1 U/mlの酵素を37℃、30分間反応させた後、HPLC(Aminex carbohydrate HPX-42A, BIO-RAD社)にてマルトースの定量を行った。可溶性デンプンを基質としたときのマルトース生成量を100%として各マルトオリゴ糖に対する相対活性をマルトース生成量から求めた。
結果を表5に示した。可溶性デンプンに対するマルトース生成量を100%とした相対活性で示した。サイクロデキストリン、プルラン、デキストランはほとんど分解されなかった。オリゴ糖については、マルトトリオースには作用せず、他のオリゴ糖にはよく作用した。
【表5】
【0093】
4.バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼをコードする遺伝子断片の取得
(a)染色体DNAの単離
1.で得られたバチルス・フレクサス(Bacillus flexus)の菌体から斉藤・三浦の方法(Biochim. Biophys. Acta, 72, 619-629, 1963) によりゲノムDNAを調製した。
【0094】
(b)部分アミノ酸配列の決定
1.で得られたβ−アミラーゼの精製標品をアミノ酸配列解析に供し、10残基のN末端アミノ酸配列(配列番号1)および内部ペプチドアミノ酸配列(配列番号2、3)を決定した。
【0095】
(c)PCRによるDNAプローブの作製
N末端アミノ酸配列および内部アミノ酸配列をもとに、2種の混合オリゴヌクレオチドを合成し、PCRプライマーとした(配列番号4、5)。これらのプライマーとバチルス・フレクサス(Bacillus flexus)の染色体DNAを鋳型として、以下の条件下、PCR反応を行なった。
【0096】
<PCR反応液>
10×PCR反応緩衝液(TaKaRa社) 5.0μl
dNTP混合液(それぞれ2.5 mM、TaKaRa社) 4.0μl
25mM MgCl2 5μl
100μM センス・プライマー 3.0μl
100μM アンチセンス・プライマー 3.0μl
蒸留水 28.5μl
染色体DNA溶液(140μg/ml) 1μl
LA Taq DNAポリメラーゼ(TaKaRa社) 0.5μl
【0097】
<PCR反応条件>
ステージ1: 変性(94℃、5分) 1サイクル
ステージ2: 変性(94℃、30秒) 30サイクル
アニール(48℃、30秒)
伸長(72℃、1分)
【0098】
得られた約0.86kbのDNA断片をpGEM-Teasy(Promega社)にクローニング後、塩基配列を確認したところ、センス・プライマーの直後とアンチセンス・プライマーの直前に、上記の部分アミノ酸配列をコードする塩基配列が見出された。本DNA断片を全長遺伝子クローニングのためのDNAプローブとした。
【0099】
(d)遺伝子ライブラリーの作製
バチルス・フレクサスの染色体DNAのサザン・ハイブリダイゼーション解析の結果、KpnI分解物中にプローブDNAとハイブリダイズする約5.0 kbのシングルバンドが確認された。この約5.0 kbのKpnI DNA断片をクローニングするため、以下の様に遺伝子ライブラリーを作製した。上記(a)で調製した染色体DNAのKpnI処理を行った。バチルス・フレクサスのゲノムDNA 28μg、10×L緩衝液3μl、蒸留水26μl、及びKpnIを1μl混合し、37℃で15時間処理した。得られた分解物をKpnI処理したpUC19(TaKaRa社)ベクターにライゲーションし、遺伝子ライブラリーを得た。
【0100】
(e)遺伝子ライブラリーのスクリーニング
上記(c)で得た0.86 kbのDNA断片をDIG-High Prime(Roche社)を用いてラベルした。これをDNAプローブとして、(d)で得た遺伝子ライブラリーをコロニー・ハイブリダイゼーションによりスクリーニングした。得られたポジティブコロニーからプラスミドpUC19-BAFを得た。
【0101】
(f)塩基配列の決定
プラスミドpUC19-BAFの塩基配列を定法に従って決定した。β−アミラーゼをコードする塩基配列(1638bp)を配列番号6に示す。また配列番号6によりコードされるアミノ酸配列(545アミノ酸)を配列番号7に示す。このアミノ酸配列中には、(b)で決定したN末端領域アミノ酸配列(配列番号1)および内部アミノ酸配列(配列番号2、3)が見出された。
【0102】
5.バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの大腸菌での発現
【0103】
(a)β−アミラーゼの大腸菌での発現プラスミドの構築
N末端領域アミノ酸配列およびC末端領域アミノ酸配列をコードするDNA配列をもとに、2種のオリゴヌクレオチド(配列番号8、9)を合成し、PCRプライマーとした。センス・プライマーにはNdeI制限酵素認識部位が、アンチセンス・プライマーにはXhoI制限酵素認識部位が付加されている。これらのプライマーとβ−アミラーゼ遺伝子を有するプラスミドpUC19-BAFを鋳型として、以下の条件下、PCR反応を行なった。
【0104】
<PCR反応液>
10×PCR反応緩衝液(TOYOBO社) 5.0μl
dNTP混合液(それぞれ2.5 mM、TOYOBO社) 5.0μl
10μM センス・プライマー 1.5μl
10μM アンチセンス・プライマー 1.5μl
25mM MgSO4 2μl
蒸留水 33μl
プラスミドpUC19-BAF溶液(83μg/ml) 1.0μl
KOD -Plus- DNAポリメラーゼ(TOYOBO社) 1.0μl
【0105】
<PCR反応条件>
ステージ1: 変性(94℃、2分) 1サイクル
ステージ2: 変性(94℃、15秒) 30サイクル
アニール(60℃、30秒)
伸長(68℃、2分)
【0106】
得られたPCR産物を電気泳動にて確認後、GENE CLEANE IIIで精製(34μl)、4μlの10×H緩衝液及びNdeI 1μlとXhoI 1μlとを加え、37℃で15時間酵素処理した。制限酵素処理液を電気泳動にて確認、精製後、予めNdeI及びXhoIで処理したベクターpET20(b)(タカラバイオ株式会社)にライゲーション、発現プラスミドpET-BAFを得た(図6)。また、pET-BAF中のβ−アミラーゼをコードする塩基配列が正しいことを確認した。
【0107】
(b)β−アミラーゼの大腸菌での発現
発現プラスミドpET-BAFを大腸菌BL21(DE3)(Novagen社)に導入した。アンピシリン耐性株として得られた形質転換体の中から、コロニーPCRにより目的のβ−アミラーゼ遺伝子が挿入されたpET-BAFを保持する菌株を選別した。また対照として発現ベクターpET20(b)を有する大腸菌BL21(DE3)の形質転換体も得た。これらの形質転換体を50μg/mlのアンピシリンを含有するLB培地4mlで18℃、160rpmで47時間培養し、集菌した。菌体を0.5mlの20mM 酢酸緩衝液(pH5.5)に縣濁し、φ0.1mmのガラスビーズを0.25g加え、マルチビーズショッカー(安井機械社製)にて菌体を破砕した。破砕条件は、ON 30秒、OFF 30秒を3.5サイクル繰り返した。得られたCell free-extractを遠心分離に供し、可溶性成分を得た。
【0108】
得られたサンプルについて、上記β−アミラーゼ活性測定法に準じ活性測定を行った結果を以下の表6に示す。
【表6】
【0109】
<β−アミラーゼ活性測定方法(2)>
また、以下の方法でもβ−アミラーゼ活性を測定した。即ち、0.5%可溶性デンプンを含む0.05M酢酸-酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)10mlに酵素溶液1mlを添加して、40℃、30分間インキュベートした後、フェーリング試液(1.25M NaOH, 0.62M 酒石酸ナトリウムカリウム四水和物, 0.14M硫酸銅(II)五水和物)4mlを加えて反応を停止する。反応停止後、2分間煮沸を行い、2.26Mヨウ化カリウム試液2mlおよび0.25%硫酸試液2mlを添加し、0.005mol/Lチオ硫酸ナトリウム液にて滴定を行う。反応時間30分間に10mgのグルコースに相当する還元力を増加させる酵素量を1単位(U)とする。以下の実施例については本法により測定された活性値を用いている。
【0110】
6.バチルス・スレクサス由来のβ‐アミラーゼによるマルトースシロップの製造
6−1.基質濃度の影響
デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)を20%〜35%に調製し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを0.6 U/g-DS添加し、pH5.8、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表7に示す。このように、高濃度デキストリンに対しても高いマルトース生成能を示した。
【0111】
【表7】
【0112】
6−2. 反応温度の影響
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)(pH5.8)にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを4 U/g-DS添加し、56, 65℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表8に示す。このように、高温においても高いマルトース生成能を示した。
【表8】
【0113】
6−3. 反応pHの影響及び枝切り酵素との組み合わせ
種々のpHにおいて、β−アミラーゼと枝切り酵素と組み合わせて、デキストリンよりマルトースシロップを製造した。30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)をpH5.8〜7.0に調製し、β−アミラーゼを1 U/g-DS、枝切り酵素としてクライスターゼPLF(大和化成製)を3.3μl/g-DS添加し、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表9に示す。
【表9】
【0114】
このように、枝切り酵素を組み合わせることにより80%以上のマルトースを生成することができた。また、中性域でも十分な生成能を有していた。
【0115】
6−4. 酵素添加量の影響及び大麦由来及び小麦由来のβ‐アミラーゼとの比較
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼ、ビオザイムML(大麦β‐アミラーゼ、天野エンザイム製)、及びビオザイムKL(小麦β‐アミラーゼ、天野エンザイム製)を添加し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの場合はpH5.8、62℃で、その他の場合はpH5.5、58℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を図7及び表10に示す。
【表10】
【0116】
このように、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼは1.0U/g-DSの添加量で59.14%のマルトースを生成し、大麦酵素の場合の2.0U/g-DSの添加量で56.06%、小麦酵素の場合の4.0U/g-DSの添加量で54.30%のマルトース生成量に比べ明らかに優れていた。
【0117】
6−5. 酵素添加量の影響及び大豆由来のβ‐アミラーゼとの比較
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼ或いはビオザイムM5(大豆β‐アミラーゼ、天野エンザイム製)、及び枝切り酵素としてクライスターゼPLF(大和化成製)を3.3μl/g-DS添加し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの場合はpH5.8で、大豆酵素の場合はpH5.5において、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を図8及び表11に示す。
【表11】
【0118】
このように、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼは1.0U/g-DSの添加量で80.48%のマルトースを生成し、大豆酵素の場合の1.0U/g-DSの添加量で78.51%のマルトース生成量に比べ明らかに優れていた。
【0119】
6−6. αアミラーゼとの組み合わせ(1)
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)(pH5.8)を調製し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを0.5 U/g-DS、枝切り酵素としてクライスターゼPLF(大和化成製)を3.3μl/g-DS添加し、62℃で42時間反応させた。この反応液にα−アミラーゼ剤クライスターゼL1(細菌由来、大和化成製)を、0.198、0.264、0.330μl/g-DS添加し、さらに6及び24時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表12に示す。
【表12】
【0120】
このように、α−アミラーゼを添加することにより、マルトース収量が向上したと共にG5以上の高分子オリゴ糖を減少させることができた。これにより反応後のろ過性の改善が期待できる。
【0121】
6−7. α−アミラーゼとの組み合わせ(2)
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)(pH5.8)を調製し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを0.6 U/g-DS、枝切り酵素としてクライスターゼPLF(大和化成製)を3.3μl/g-DS及びα−アミラーゼ剤としてクライスターゼL1(細菌由来、大和化成製)を0.02μl/g-DS、添加し、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表13に示す。
【表13】
【0122】
このように、α−アミラーゼを添加することにより、マルトース収量が向上したと共にG5以上の高分子オリゴ糖を減少させることができた。これにより反応後のろ過性の改善が期待できる。
【0123】
6−8. α−アミラーゼとの組み合わせ(3)
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)(pH5.8)を調製し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを0.6 U/g-DS及びα−アミラーゼ剤としてビオザイムL(麹菌由来、天野エンザイム製)を0.10μl/g-DS、添加し、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表14に示す。
【表14】
【0124】
このように、α−アミラーゼを添加することにより、マルトース収量が向上したと共にG5以上の高分子オリゴ糖を減少させることができた。これにより反応後のろ過性の改善が期待できる。
【0125】
7.β‐アミラーゼによる製パンへの影響
β−アミラーゼをパン生地に添加してパンを製造した。山形パン用基本材料(強力粉 260g;砂糖 13g;食塩 5.2g;ショートニング 10.4g;L-アスコルビン酸 0.013g;冷水 192g;ドライイースト 3.1g)、またはこの材料にβ−アミラーゼ80 Uを添加したものを、自動ホームベーカリーSD-BT50(パナソニック製)に供した。
【0126】
焼成後、パンを26℃で1時間放冷し、次いでこれを水分蒸発を防止するためにビニール袋に入れ、そして26℃で保存した。1または5日間保存した後、パンを2cmの厚さにスライスし、パンの中央部を直径47mmの円柱状にカットした。パンの硬さを、FUDOHレオメーターNRM-2002J(レオテック製)を使用して、圧縮スピード2mm/分で1.5cm圧縮した場合の最大荷重を測定した。結果を表15に示す。
【表15】
【0127】
酵素無添加区及び酵素添加区について、それぞれ1日保存のパンの硬さを100%とした時の5日保存のパンの硬さを比較した。その結果、酵素添加区は151%となり、無添加区(207%)と比較して、パンの硬化が抑制されており、ソフトネスが維持されていた。
【0128】
8−1.β‐アミラーゼによる餅の老化防止への影響(1)
上新粉200gに水165g添加した後、キッチンエイドミキサーKSM5(キッチンエイド製)に供し、平面ビーターにて均一にした後、15分間強火で蒸し上げ、餅生地を得た。得られた餅生地を再びキッチンエイドミキサーに供し、ドゥーフックにて捏ねた。生地温度が55℃まで冷ました後、β−アミラーゼ120 Uを添加し、均一に分散するよう3分間捏ねて餅を得た。得られた餅を空気が入らないようシャーレに詰め、4℃, 15℃, 25℃ぞれぞれで3日間静置した。1日ごとに、餅を直径28mmの円柱状にくり抜き、FUDOHレオメーターNRM-2002J(レオテック製)を使用して、直径15mmのプランジャーにて、圧縮スピード2mm/分で5mm圧縮した場合の応力を測定した。結果を図9に示す。酵素添加区は無添加区と比較して、応力の変化がない、つまり餅の硬化が抑制されていることが分かる。この硬化抑制効果は低温保存でも有効であった。
【0129】
8−2.β‐アミラーゼによる餅の老化防止への影響(2)
上新粉100gにβ−アミラーゼを2000u添加した後、キッチンエイドミキサーKSM5(キッチンエイド製)に供し、平面ビーターにて3分間均一にした。そこへ60℃温水75gを添加し、再びキッチンエイドミキサーにて均一にした後、40℃, 30分間インキュベートした。その後15分間強火で蒸し上げ、餅生地を得た。得られた餅生地を再びキッチンエイドミキサーに供し、ドゥーフックにて3分間捏ねた。得られた餅を空気が入らないようシャーレに詰め、15℃で3日間静置した。1日ごとに、餅を直径28mmの円柱状にくり抜き、FUDOHレオメーターNRM-2002J(レオテック製)を使用して、直径15mmのプランジャーにて、圧縮スピード2mm/分で5mm圧縮した場合の応力を測定した。結果を図10に示す。酵素添加区は無添加区と比較して、応力の変化がない、つまり餅の硬化が抑制されていることが分かる。蒸煮前にβ-アミラーゼを添加しても老化防止効果が得られた。
【0130】
8−3.β‐アミラーゼによる餅の老化防止への影響(3)
上新粉100gにβ−アミラーゼを2000u添加した後、キッチンエイドミキサーKSM5(キッチンエイド製)に供し、平面ビーターにて3分間均一にした。そこへ60℃温水75gを添加し、再びキッチンエイドミキサーにて均一にした。その後15分間強火で蒸し上げ、餅生地を得た。得られた餅生地を再びキッチンエイドミキサーに供し、ドゥーフックにて3分間捏ねた。得られた餅を空気が入らないようシャーレに詰め、15℃で3日間静置した。1日ごとに、餅を直径28mmの円柱状にくり抜き、FUDOHレオメーターNRM-2002J(レオテック製)を使用して、直径15mmのプランジャーにて、圧縮スピード2mm/分で5mm圧縮した場合の応力を測定した。結果を図11に示す。酵素添加区は無添加区と比較して、応力の変化がゆるやかであり、つまり餅の硬化が抑制されていることが分かる。蒸煮前にβ-アミラーゼを添加し、専用の酵素処理工程を設けなくとも老化防止効果が得られた。
【0131】
9.β‐アミラーゼによる炊飯米への影響
米75gを水洗後、水150mL、またはこの材料にβ−アミラーゼ30 Uを添加したものを2時間室温に静置して後、定法により炊飯して飯米を得た。得られた炊飯米を4℃で7日間保存した。保存前後の糊化度をBAP法で測定した。結果を表16に示す。
【表16】
【0132】
BAP法による糊化度は、酵素添加区は炊飯直後96.2%、7日後62.9%であった。それに対して、無添加区は炊飯直後95.3%、7日後59.7%であった。酵素添加区では糊化度の低下が抑制、即ち、デンプンの老化の進行が抑制された。
【0133】
10.β-アミラーゼの生澱粉分解活性
生澱粉に対する分解活性を以下のように測定した。即ち、1.5%小麦デンプン及び20mM酢酸緩衝液(pH6.0)2mlに酵素溶液1mlを添加して、40℃、60分間振とう反応させた後、10分間煮沸を行い反応を停止する。反応停止後、10分間水冷を行い、遠心(3000rpm, 10分間)をして上清を得る。上清0.75mlに対し、DNS溶液(1%
DNS, 1% NaOH, 0.05% 亜硫酸ナトリウム、0.2w/v% フェノール)1.5mlを加え20分間煮沸を行い、精製水7.75mlを加えて、波長560nmにおける吸光度を測定する。本条件下、60分間に反応液3.0ml中に1mgのマルトースを生成する酵素力を1単位とする。
【0134】
バチルス・フレクサス由来β-アミラーゼおよび、大麦由来β-アミラーゼ(ビオザイムML(天野エンザイム製))、小麦由来β-アミラーゼ(ビオザイムKL(天野エンザイム製))、大豆由来β-アミラーゼ(ビオザイムM5(天野エンザイム製))について、上記方法にて生澱粉分解活性を測定した。その結果を表17に示す。植物由来β-アミラーゼと異なり、バチルス・フレクサス由来β-アミラーゼには生澱粉分解活性があることが分かる。
【表17】
(N.D.:検出限界以下)
【産業上の利用可能性】
【0135】
本発明のβ−アミラーゼは大豆由来のβ−アミラーゼに匹敵する耐熱性を示し、高温下での反応が望まれる用途に好適である。本発明のβ−アミラーゼを用いれば、雑菌汚染のおそれの少ない高温下で酵素反応を実施することができる。従って、本発明のβ−アミラーゼは、マルトースシロップの製造等澱粉の糖化、或いはパン類またはパン生地の改良、餅または餅菓子の老化防止、炊飯米の老化防止などの食品加工等の用途に特に有用である。
【0136】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表フリーテキスト】
【0137】
配列番号4、5、8、9:人工配列の説明:プライマー
【技術分野】
【0001】
本発明は新規なβ−アミラーゼの用途に関する。詳しくは、微生物由来の新規β−アミラーゼの食品分野への適用に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、β−アミラーゼは、大豆、小麦、大麦、麦芽、甘藷、馬鈴薯などの植物起源のものが知られていた。中でも大豆、小麦、大麦、麦芽などの穀類から抽出・精製されたβ−アミラーゼは、製糖産業、製パン産業、及び醸造産業において用いるマルトース含有シロップを製造するためなど、広く工業的に用いられている。植物起源のβ−アミラーゼの内、大豆由来のものは酵素活性が高く、耐熱性にも優れている。
ところで、近年、バイオエタノールの需要拡大によりトウモロコシの価格が高騰している。これを受けて作付けも大豆や小麦からトウモロコシへとシフトしている。このため大豆、小麦、大麦などが品薄となり価格が高騰し、β−アミラーゼの原料を確保することも困難な情勢となっている。
【0003】
β−アミラーゼはデンプン、グリコーゲンなどグルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖類に作用して、非還元性末端よりマルトース単位で分解する酵素である。β−アミラーゼは、古くより大豆や麦類など高等植物にその存在が知られていた。1972年、微生物中にも高等植物β−アミラーゼと同様の作用機構を示す酵素の存在することが発表されて以来、β−アミラーゼ生産菌として多くの微生物が見出されている(非特許文献1)。
【0004】
これまでにバチルス・セレウス(Bacillus cereus)、バチルス・ポリミキサ(Bacillus polymyxa)、バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)、そしてバチルス・ステアロサーモフイルス(Bacillus stearothermophilus)などのバチルス属、あるいはストレプトマイセス属(Streptomyces sp.)、やシュードモナス属(Pseudomonas sp.)などがβ−アミラーゼを生産する菌として報告された。しかし、その多くは生産性が低く、実用化に至っているものは少ない。
【0005】
一方、アスペルギルス属など糸状菌の生産するアミラーゼはアミロースやアミロペクチンをエンド型で分解する。従って、当該アミラーゼを使用した場合、マルトースの他にグルコース、マルトトリオース、その他のオリゴ糖も多数生成する。また、当該アミラーゼは耐熱性も低く、マルトース生産用としての実用性は低い。
【0006】
バチルス・ステアロサーモフィラス(Bacillus stearothermophilus)は耐熱性の高いマルトース生成酵素を生産する(特許文献1、非特許文献2)。この酵素はデンプンの非還元性末端からエキソ型でマルトースを生成するが、生成するマルトースはα型である。また、この酵素は植物起源のβ−アミラーゼのように厳密にマルトース単位で加水分解するものではなく、反応初期にはマルトテトラオース(G4)、マルトトリオース(G3)とマルトース(G2)の他に少量のマルトペンタオース(G5)やマルトヘキサオース(G6)も生成すること、シャーディンガー(Shardinger)デキストリンをマルトースとグルコースに分解すること、及びマルトトリオースをマルトースとグルコースに分解することが報告されている。このため、この酵素によるデンプン分解物中には6〜8%のグルコースが含まれることになる。従って、当該酵素は高純度なマルトースシロップの製造には適さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭60−2185号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】工業用糖質酵素ハンドブック、講談社サイエンティフィック、1999年
【非特許文献2】H.OuttrupとB.E.Normanら スターチ(Starch)第12巻、第405頁〜411頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述の通り、現在β−アミラーゼの主流である植物起源のものについては安定的な供給が困難である。また、植物から得られる酵素量は決まっており、その生産量に限界がある。一方、微生物由来のものについては、生産性が低い、あるいは大量培養が困難であるといった理由から、実用化に至っているものは少ない。そこで本発明は、実用性に優れた新規β−アミラーゼを見出し、その実用的な用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討を重ねてきた。その結果、枯草菌であるバチルス・フレクサス(Bacillus flexus)が、大豆由来のβ−アミラーゼに匹敵する耐熱性を有するβ−アミラーゼを生産することを見出した。また、本発明者らは、当該β−アミラーゼを単離・精製し、その酵素化学的性質を決定することに成功した。さらには、当該β−アミラーゼをコードする遺伝子の塩基配列の決定にも成功した。加えて、当該遺伝子を含有するベクターを導入した形質転換体を用いてβ−アミラーゼを製造することが可能であることを確認した。一方、当該β−アミラーゼの用途を検討した結果、食品材料の製造や食品の改質に有用であることが示された。
本発明は上記成果によって完成されたものであり、次の通りである。
[1]グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖を含む食品にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させることを特徴とする、食品の改質方法。
[2]加工前の原材料又は加工中の食品に対してβ−アミラーゼが添加されることを特徴とする、[1]に記載の食品の改質方法。
[3]食品が、パン類ないしパン類生地、餅ないし餅菓子、及び炊飯米ないし炊飯米加工品からなる群より選択されるいずれかの食品であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の食品の改質方法。
[4]食品が餅ないし餅菓子であり、加熱加工前の餅生地原料又は加熱加工によって得た餅生地に対してβ−アミラーゼが添加されることを特徴とする、[1]に記載の食品の改質方法。
[5]β−アミラーゼの添加後に25℃〜70℃の温度条件の下、専用の酵素処理工程が行われることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[6]β−アミラーゼの添加後に37℃〜65℃の温度条件の下、専用の酵素処理工程が行われることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[7]β−アミラーゼの添加後に専用の酵素処理工程が行われないことを特徴とする、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[8]β−アミラーゼが、下記の酵素化学的性質を備えるβ−アミラーゼであることを特徴とする、[1]〜[7]のいずれか一項に記載の食品の改質方法、
(1)作用:多糖類及びオリゴ糖類のα−1,4グルコシド結合に作用し、マルトースを遊離する、
(2)基質特異性:デンプン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースに良好に作用し、プルラン、デキストラン、サイクロデキストリン、マルトトリオースには作用しない、
(3)至適温度:約55℃、
(4)至適pH:約8.0、
(5)温度安定性:55℃以下で安定である(pH 5.0、10分間)、
(6)pH安定性:pH 4〜9で安定である(30℃、3時間)、
(7)分子量:約60,000(SDS-PAGE)。
[9]β−アミラーゼが、下記の酵素化学的性質を更に備えるβ−アミラーゼであることを特徴とする、[8]に記載の食品の改質方法、
(8)生澱粉分解活性を有する。
[10]β−アミラーゼが、配列番号7に示すアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有するβ−アミラーゼであることを特徴とする、[1]〜[7]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[11]等価なアミノ酸配列が、配列番号7に示すアミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列である、[10]に記載の食品の改質方法。
[12]β−アミラーゼに加えて、別の酵素も作用させることを特徴とする、[1]〜[11]のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
[13]別の酵素が、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びマルトジェニックα−アミラーゼからなる群より選択される一以上の酵素であることを特徴とする、[12]に記載の食品の改質方法。
[14][1]〜[13]のいずれか一項に記載した改質方法によって改質された食品。
[15][8]〜[11]のいずれか一項において定義されたβ−アミラーゼと、別の酵素とを配合してなる酵素組成物。
[16]別の酵素が、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びマルトジェニックα−アミラーゼからなる群より選択される一以上の酵素であることを特徴とする、[15]に記載の酵素組成物。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの至適温度を示すグラフである。
【図2】バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの至適pHを示すグラフである。●:クエン酸緩衝液pH2、3、4、□:ブリットン−ロビンソン緩衝液pH4、5、6、7、8、9、10、11
【図3】バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの温度安定性を示すグラフである。
【図4】バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼのpH安定性を示すグラフである。●:クエン酸緩衝液pH2、3、4、□:ブリットン−ロビンソン緩衝液pH4、5、6、7、8、9、10、11
【図5】精製β−アミラーゼ及び精製途中のサンプルのSDS-PAGEの結果を示す図である。レーン1:硫安分画、レーン2:HiPrepButyl 16/10 FF、レーン3:HiTrap CM FF、レーン4:HiLoad 16/60 Superdex200
【図6】発現プラスミドpET-BAFの構造。
【図7】マルトース生成量の比較を示すグラフである。3種類のβ−アミラーゼ(バチルス・フレクサス由来、大麦由来、小麦由来)のマルトース生成量を比較した。
【図8】マルトース生成量の比較を示すグラフである。2種類のβ−アミラーゼ(バチルス・フレクサス由来、大豆由来)のマルトース生成量を比較した。
【図9】β−アミラーゼの老化防止効果を示すグラフである。β−アミラーゼを添加した餅を25℃(左)、15℃(中央)、4℃(右)で保存し、硬化抑制効果を調べた。
【図10】β−アミラーゼの餅に対する老化防止効果を示すグラフである。餅生地の原材料にβ−アミラーゼを添加して酵素処理した後、蒸し上げ餅生地を得た。その後、常法で餅を製造した。得られた餅について老化防止効果を調べた。
【図11】β−アミラーゼの餅に対する老化防止効果を示すグラフである。餅生地の原材料にβ−アミラーゼを添加した後、常法で餅を製造した。得られた餅について老化防止効果を調べた。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(用語)
本発明において「タンパク質をコードするDNA」とは、それを発現させた場合に当該タンパク質が得られるDNA、即ち、当該タンパク質のアミノ酸配列に対応する塩基配列を有するDNAのことをいう。従ってコドンの縮重も考慮される。
【0013】
本明細書において用語「単離された」は「精製された」と交換可能に使用される。本発明の酵素(β−アミラーゼ)に関して使用する場合の「単離された」とは、本発明の酵素が天然材料に由来する場合、当該天然材料の中で当該酵素以外の成分を実質的に含まない(特に夾雑タンパク質を実質的に含まない)状態をいう。具体的には例えば、本発明の単離された酵素では、夾雑タンパク質の含有量は重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満である。一方、本発明の酵素が遺伝子工学的手法によって調製されたものである場合の用語「単離された」とは、使用された宿主細胞に由来する他の成分や培養液等を実質的に含まない状態をいう。具体的には例えば、本発明の単離された酵素では夾雑成分の含有量は重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満である。尚、それと異なる意味を表すことが明らかでない限り、本明細書において単に「β−アミラーゼ」と記載した場合は「単離された状態のβ−アミラーゼ」を意味する。β−アミラーゼの代わりに使用される用語「本酵素」についても同様である。
【0014】
DNAについて使用する場合の「単離された」とは、もともと天然に存在しているDNAの場合、典型的には、天然状態において共存するその他の核酸から分離された状態であることをいう。但し、天然状態において隣接する核酸配列(例えばプロモーター領域の配列やターミネーター配列など)など一部の他の核酸成分を含んでいてもよい。例えばゲノムDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、天然状態において共存する他のDNA成分を実質的に含まない。一方、cDNA分子など遺伝子工学的手法によって調製されるDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、細胞成分や培養液などを実質的に含まない。同様に、化学合成によって調製されるDNAの場合の「単離された」状態では、好ましくは、dNTPなどの前駆体(原材料)や合成過程で使用される化学物質等を実質的に含まない。尚、それと異なる意味を表すことが明らかでない限り、本明細書において単に「DNA」と記載した場合には単離された状態のDNAを意味する。
【0015】
(β−アミラーゼ及びその生産菌)
本発明の第1の局面はβ−アミラーゼ(以下、「本酵素」ともいう)及びその生産菌を提供する。後述の実施例に示す通り、本発明者らは鋭意検討の結果、バチルス・フレクサスが耐熱性β−アミラーゼを産生することを見出した。また、当該β−アミラーゼを分離・生成することに成功するとともに、以下に示す通り、その酵素化学的性質を決定することに成功した。
【0016】
(1)作用
本酵素はβ−アミラーゼであり、多糖類及びオリゴ糖類のα−1,4グルコシド結合に作用し、マルトースを遊離する。グルコースはほとんど遊離しない。
【0017】
(2)基質特異性
本酵素は基質特異性に優れ、デンプン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースに対して良好に作用する。これに対して、プルラン、デキストラン、サイクロデキストリン、マルトトリオースには作用しない。可溶性デンプンを基質とした場合の活性を基準(100%)としたときの相対活性が50%以上あれば、「本酵素が良好に作用する基質である」と判断される。同様に相対活性が10%未満であれば、「本酵素が作用しない基質である」と判断される。本酵素はマルトトリオース及びサイクロデキストリン(α、β、又はγ)に対して実質的な作用を有しない。尚、本酵素の反応性及び基質特異性は、後述の実施例に示す方法(β−アミラーゼ活性測定方法(1))で測定・評価することができる。
【0018】
(3)至適温度
本酵素の至適温度は約55℃である。本酵素は約50℃〜約60℃において高い活性を示す。至適温度は、後述のβ−アミラーゼ活性測定方法(0.1Mリン酸−塩酸緩衝液(pH5.0)中)による測定で算出された値である。
【0019】
(4)至適pH
本酵素の至適pHは約8.0である。本酵素はpH約6.0〜約9.0において高い活性を示す。至適pHは、例えば、pH 2〜4のpH域についてはクエン酸緩衝液中で、pH 4〜11についてはブリットン−ロビンソン緩衝液中で測定した結果を基に判断される。
【0020】
(5)温度安定性
本酵素は、大豆由来のβ−アミラーゼに匹敵する優れた耐熱性を示す。10mM酢酸カルシウムを含む0.1M酢酸−塩酸緩衝液(pH5.0)中、55℃の条件で10分間処理しても本酵素は90%以上の活性を維持する。
【0021】
(6)pH安定性
本酵素はpH 4〜9という広いpH域で安定した活性を示す。即ち、処理に供する酵素溶液のpHがこの範囲内にあれば、30℃、3時間の処理後、最大活性の70%以上の活性を示す。至適pHは、例えば、pH 2〜4のpH域についてはクエン酸緩衝液中で、pH 4〜11についてはブリットン−ロビンソン緩衝液中で測定した結果を基に判断される。
【0022】
(7)分子量
本酵素の分子量は約60,000(SDS-PAGEによる)である。
【0023】
(8)生澱粉に対する作用
生澱粉分解活性を有する。後述の実施例に示す通り、本酵素の生澱粉分解活性は非常に高く、900 U以上の活性が認められた。
【0024】
本酵素は好ましくはバチルス・フレクサス(Bacillus flexus)に由来するβ−アミラーゼである。ここでの「バチルス・フレクサスに由来するβ−アミラーゼ」とは、バチルス・フレクサスに分類される微生物(野生株であっても変異株であってもよい)が生産するβ−アミラーゼ、或いはバチルス・フレクサス(野生株であっても変異株であってもよい)のβ−アミラーゼ遺伝子を利用して遺伝子工学的手法によって得られたβ−アミラーゼであることを意味する。従って、バチルス・フレクサスより取得したβ−アミラーゼ遺伝子(又は当該遺伝子を改変した遺伝子)を導入した宿主微生物によって生産された組み換え体も、「バチルス・フレクサスに由来するβ−アミラーゼ」に該当する。
【0025】
本酵素がそれに由来することとなるバチルス・フレクサスのことを、説明の便宜上、本酵素の生産菌という。本酵素の生産菌の例として、後述の実施例に示すバチルス・フレクサスDSM1316(DSMZ、ドイツ)、DSM1320(DSMZ、ドイツ)、DSM1667(DSMZ、ドイツ)、APC9451を挙げることができる。APC9451株は以下の通り所定の寄託機関に寄託されており、容易に入手可能である。
寄託機関:NITEバイオテクノロジー本部 特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)
寄託日(受領日):2008年4月9日
受託番号:NITE BP-548
【0026】
以上のように、取得に成功した本酵素の性状の詳細が明らかとなった。その結果、本酵素が耐熱性に優れること、基質特異性に優れることが判明した。従って、本酵素は食品加工および糖化用途に適したものである。
【0027】
本発明者らの更なる検討の結果、バチルス・フレクサスが産生するβ−アミラーゼのアミノ酸配列(配列番号7)が決定された。そこで本発明の一態様は、配列番号7のアミノ酸配列を有するタンパク質からなるという特徴を備える。ここで、一般に、あるタンパク質のアミノ酸配列の一部に改変を施した場合において改変後のタンパク質が改変前のタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちアミノ酸配列の改変がタンパク質の機能に対して実質的な影響を与えず、タンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、配列番号7に示すアミノ酸配列と等価なアミノ酸配列からなり、β−アミラーゼ活性を有するタンパク質(以下、「等価タンパク質」ともいう)を提供する。ここでの「等価なアミノ酸配列」とは、配列番号7に示すアミノ酸配列と一部で相違するが、当該相違がタンパク質の機能(ここではβ−アミラーゼ活性)に実質的な影響を与えていないアミノ酸配列のことをいう。「β−アミラーゼ活性を有する」とは、デンプン、グリコーゲンなど、グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖類やオリゴ糖類に作用して、非還元性末端よりマルトース単位で分解する活性を意味するが、その活性の程度は、β−アミラーゼとしての機能を発揮できる限り特に限定されない。但し、配列番号7に示すアミノ酸配列からなるタンパク質と同程度又はそれよりも高いことが好ましい。
【0028】
「アミノ酸配列の一部の相違」とは、典型的には、アミノ酸配列を構成する1〜数個のアミノ酸の欠失、置換、若しくは1〜数個のアミノ酸の付加、挿入、又はこれらの組合せによりアミノ酸配列に変異(変化)が生じていることをいう。ここでのアミノ酸配列の相違はβ−アミラーゼ活性が保持される限り許容される(活性の多少の変動があってもよい)。この条件を満たす限りアミノ酸配列が相違する位置は特に限定されず、また複数の位置で相違が生じていてもよい。ここでの複数とは例えば全アミノ酸の約30%未満に相当する数であり、好ましくは約20%未満に相当する数であり、さらに好ましくは約10%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約5%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。即ち等価タンパク質は、配列番号7のアミノ酸配列と例えば約70%以上、好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上、より一層好ましくは約95%以上、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する。
【0029】
好ましくは、β−アミラーゼ活性に必須でないアミノ酸残基において保存的アミノ酸置換を生じさせることによって等価タンパク質を得る。ここでの「保存的アミノ酸置換」とは、あるアミノ酸残基を、同様の性質の側鎖を有するアミノ酸残基に置換することをいう。アミノ酸残基はその側鎖によって塩基性側鎖(例えばリシン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖(例えばアスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電極性側鎖(例えばグリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖(例えばアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β分岐側鎖(例えばスレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖(例えばチロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)のように、いくつかのファミリーに分類されている。保存的アミノ酸置換は好ましくは、同一のファミリー内のアミノ酸残基間の置換である。
【0030】
「等価タンパク質」が、付加的な性質を有していてもよい。かかる性質として、例えば、配列番号7に示すアミノ酸配列からなるタンパク質に比べて安定性に優れているという性質、低温及び/又は高温においてのみ異なる機能を発揮するという性質、至適pHが異なるという性質等が挙げられる。
【0031】
ところで、二つのアミノ酸配列又は二つの核酸(以下、これらを含む用語として「二つの配列」を使用する)の同一性(%)は例えば以下の手順で決定することができる。まず、最適な比較ができるよう二つの配列を並べる(例えば、第一の配列にギャップを導入して第二の配列とのアライメントを最適化してもよい)。第一の配列の特定位置の分子(アミノ酸残基又はヌクレオチド)が、第二の配列における対応する位置の分子と同じであるとき、その位置の分子が同一であるといえる。二つの配列の同一性は、その二つの配列に共通する同一位置の数の関数であり(すなわち、同一性(%)=同一位置の数/位置の総数 × 100)、好ましくは、アライメントの最適化に要したギャップの数およびサイズも考慮に入れる。二つの配列の比較及び同一性の決定は数学的アルゴリズムを用いて実現可能である。配列の比較に利用可能な数学的アルゴリズムの具体例としては、KarlinおよびAltschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-68に記載され、KarlinおよびAltschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-77において改変されたアルゴリズムがあるが、これに限定されることはない。このようなアルゴリズムは、Altschulら (1990) J. Mol. Biol. 215:403-10に記載のNBLASTプログラムおよびXBLASTプログラム(バージョン2.0)に組み込まれている。本発明の核酸分子に等価なヌクレオチド配列を得るには例えば、NBLASTプログラムでscore = 100、wordlength = 12としてBLASTヌクレオチド検索を行えばよい。本発明のポリペプチド分子に等価なアミノ酸配列を得るには例えば、XBLASTプログラムでscore = 50、wordlength = 3としてBLASTポリペプチド検索を行えばよい。比較のためのギャップアライメントを得るためには、Altschulら (1997) Amino Acids Research 25(17):3389-3402に記載のGapped BLASTが利用可能である。BLASTおよびGapped BLASTを利用する場合は、対応するプログラム(例えばXBLASTおよびNBLAST)のデフォルトパラメータを使用することができる。詳しくはhttp://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。配列の比較に利用可能な他の数学的アルゴリズムの例としては、MyersおよびMiller (1988) Comput Appl Biosci. 4:11-17に記載のアルゴリズムがある。このようなアルゴリズムは、例えばGENESTREAMネットワークサーバー(IGH Montpellier、フランス)またはISRECサーバーで利用可能なALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列の比較にALIGNプログラムを利用する場合は例えば、PAM120残基質量表を使用し、ギャップ長ペナルティ=12、ギャップペナルティ=4とすることができる。
【0032】
二つのアミノ酸配列の同一性を、GCGソフトウェアパッケージのGAPプログラムを用いて、Blossom 62マトリックスまたはPAM250マトリックスを使用し、ギャップ加重=12、10、8、6、又は4、ギャップ長加重=2、3、又は4として決定することができる。また、二つの核酸配列の相同度を、GCGソフトウェアパッケージ(http://www.gcg.comで利用可能)のGAPプログラムを用いて、ギャップ加重=50、ギャップ長加重=3として決定することができる。
【0033】
本酵素が、より大きいタンパク質(例えば融合タンパク質)の一部であってもよい。融合タンパク質において付加される配列としては、例えば、多重ヒスチジン残基のような精製に役立つ配列、組み換え生産の際の安定性を確保する付加配列等が挙げられる。
【0034】
上記アミノ酸配列を有する本酵素は、遺伝子工学的手法によって容易に調製することができる。例えば、本酵素をコードするDNAで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0035】
(β−アミラーゼをコードするDNA)
本発明の第2の局面は本酵素をコードする遺伝子、即ち新規なβ−アミラーゼ遺伝子を提供する。一態様において本発明の遺伝子は、配列番号7のアミノ酸配列をコードするDNAからなる。当該態様の具体例は、配列番号6に示す塩基配列からなるDNAである。
【0036】
ところで、一般に、あるタンパク質をコードするDNAの一部に改変を施した場合において、改変後のDNAがコードするタンパク質が、改変前のDNAがコードするタンパク質と同等の機能を有することがある。即ちDNA配列の改変が、コードするタンパク質の機能に実質的に影響を与えず、コードするタンパク質の機能が改変前後において維持されることがある。そこで本発明は他の態様として、配列番号6に示す塩基配列と等価な塩基配列を有し、β−アミラーゼ活性をもつタンパク質をコードするDNA(以下、「等価DNA」ともいう)を提供する。ここでの「等価な塩基配列」とは、配列番号6に示す核酸と一部で相違するが、当該相違によってそれがコードするタンパク質の機能(ここではβ−アミラーゼ活性)が実質的な影響を受けていない塩基配列のことをいう。
【0037】
等価DNAの具体例は、配列番号6に示す塩基配列に相補的な塩基配列に対してストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAである。ここでの「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このようなストリンジェントな条件は当業者に公知であって例えばMolecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)を参照して設定することができる。ストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液(50%ホルムアミド、10×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、5×Denhardt溶液、1% SDS、10% デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いて約42℃〜約50℃でインキュベーションし、その後0.1×SSC、0.1% SDSを用いて約65℃〜約70℃で洗浄する条件を挙げることができる。更に好ましいストリンジェントな条件として例えば、ハイブリダイゼーション液として50%ホルムアミド、5×SSC(0.15M NaCl, 15mM sodium citrate, pH 7.0)、1×Denhardt溶液、1%SDS、10%デキストラン硫酸、10μg/mlの変性サケ精子DNA、50mMリン酸バッファー(pH7.5))を用いる条件を挙げることができる。
【0038】
等価DNAの他の具体例として、配列番号6に示す塩基配列を基準として1若しくは複数の塩基の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含む塩基配列からなり、β−アミラーゼ活性をもつタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。塩基の置換や欠失などは複数の部位に生じていてもよい。ここでの「複数」とは、当該DNAがコードするタンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置や種類によっても異なるが例えば2〜40塩基、好ましくは2〜20塩基、より好ましくは2〜10塩基である。以上のような等価DNAは例えば、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)やランダム突然変異導入法(Molecular Cloning, Third Edition, Chapter 13 ,Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)による変異の導入などを利用して、塩基の置換、欠失、挿入、付加、及び/又は逆位を含むように配列番号6に示す塩基配列を有するDNAを改変することによって得ることができる。また、紫外線照射など他の方法によっても等価DNAを得ることができる。
等価DNAの更に他の例として、SNP(一塩基多型)に代表される多型に起因して上記のごとき塩基の相違が認められるDNAを挙げることができる。
【0039】
本発明の遺伝子は、本明細書又は添付の配列表が開示する配列情報を参考にし、標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって単離された状態に調製することができる。具体的には、適当なバチルス・フレクサスのゲノムDNAライブラリー又はcDNAライブラリー、或はバチルス・フレクサスの菌体内抽出液から、本発明の遺伝子に対して特異的にハイブリダイズ可能なオリゴヌクレオチドプローブ・プライマーを適宜利用して調製することができる。オリゴヌクレオチドプローブ・プライマーは、市販の自動化DNA合成装置などを用いて容易に合成することができる。尚、本発明の遺伝子を調製するために用いるライブラリーの作製方法については、例えばMolecular Cloning, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照できる。
【0040】
例えば、配列番号6に示す塩基配列を有する遺伝子であれば、当該塩基配列又はその相補配列の全体又は一部をプローブとしたハイブリダイゼーション法を利用して単離することができる。また、当該塩基配列の一部に特異的にハイブリダイズするようにデザインされた合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いた核酸増幅反応(例えばPCR)を利用して増幅及び単離することができる。また、配列番号7に示されるアミノ酸配列や配列番号6に示される塩基配列の情報を元にして、化学合成によって目的とする遺伝子を得ることもできる(参考文献:Gene,60(1), 115-127 (1987))。
【0041】
以下、本発明の遺伝子の取得法の具体例を示す。まず、バチルス・フレクサスから本酵素(β−アミラーゼ)を単離・精製し、その部分アミノ酸配列に関する情報を得る。部分アミノ酸配列決定方法としては、例えば、精製したβ−アミラーゼを直接常法に従ってエドマン分解法〔ジャーナル オブ バイオロジカル ケミストリー、第 256巻、第7990〜7997頁(1981)〕によりアミノ酸配列分析〔プロテイン−シーケンサ476A、アプライド バイオシステムズ(Applied Biosystems)社製等〕に供する。タンパク質加水分解酵素を作用させて限定加水分解を行い、得られたペプチド断片を分離精製し、得られた精製ペプチド断片についてアミノ酸配列分析を行うのが有効である。
【0042】
このようにして得られる部分アミノ酸配列の情報を基にβ−アミラーゼ遺伝子をクローニングする。例えば、ハイブリダイゼーション法又はPCRを利用してクローニングを行うことができる。ハイブリダイゼーション法を利用する場合、例えば、Molecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)に記載の方法を用いることができる。
【0043】
PCR法を利用する場合、以下の方法を用いることができる。まず、β−アミラーゼを産生する微生物のゲノムDNAを鋳型とし、部分アミノ酸配列の情報を基にデザインした合成オリゴヌクレオチドプライマーを用いてPCR反応を行い、目的の遺伝子断片を得る。PCR法は、PCRテクノロジー〔PCR Technology、エルリッヒ(Erlich)HA編集、ストックトンプレス社(Stocktonpress)、1989年発行〕に記載の方法に準じて行う。更に、この増幅DNA断片について通常用いられる方法、例えば、ジデオキシチェーンターミネーター法で塩基配列を決定すると、決定された配列中に合成オリゴヌクレオチドプライマーの配列以外にβ−アミラーゼの部分アミノ酸配列に対応する配列が見出され、目的のβ−アミラーゼ遺伝子の一部を取得することができる。得られた遺伝子断片をプローブとして更にハイブリダイゼーション法等を行うことによってβ−アミラーゼ全長をコードする遺伝子をクローニングすることができる。
【0044】
後述の実施例では、バチルス・フレクサスが産生するβ−アミラーゼをコードする遺伝子の配列をPCR法を利用して決定した。バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼをコードする遺伝子の全塩基配列を配列番号6に示した。また、当該塩基配列がコードするアミノ酸配列を決定した(配列番号7)。なお、配列番号7に示すアミノ酸配列に対応する塩基配列は配列番号6に記載したもの以外に複数存在する。
【0045】
全塩基配列が明らかにされたβ−アミラーゼ遺伝子(配列番号6)の全体あるいは一部分をハイブリダイゼーション用のプローブとして用いることによって、他のβ−アミラーゼを産生する微生物のゲノムDNAライブラリーあるいはcDNAライブラリーから、配列番号6のβ−アミラーゼ遺伝子と相同性の高いDNAを選別することができる。
【0046】
同様に、PCR用のプライマーをデザインすることができる。このプライマーを用いてPCR反応を行うことによって、上記β−アミラーゼ遺伝子と相同性の高い遺伝子断片を検出し、さらにはその遺伝子全体を得ることもできる。
【0047】
得られた遺伝子のタンパク質を製造し、そのβ−アミラーゼ活性を測定することにより、β−アミラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子であるか否かを確認することができる。また、得られた遺伝子の塩基配列(又はそれがコードするアミノ酸配列)を上記β−アミラーゼ遺伝子の塩基配列(又はそれがコードするアミノ酸配列)と比較することで遺伝子構造や相同性を調べ、β−アミラーゼ活性を有するタンパク質をコードするか否かを判定することにしてもよい。
【0048】
一次構造及び遺伝子構造が明らかとなったことから、ランダム変異あるいは部位特異的変異の導入によって改変型β−アミラーゼ(1個又は複数個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入若しくは置換の少なくとも1つが施された遺伝子)を得ることが可能である。これにより、β−アミラーゼ活性を有するが、至適温度、安定温度、至適pH、安定pH、基質特異性等の性質が異なるβ−アミラーゼをコードする遺伝子を得ることが可能となる。また、遺伝子工学的に改変型β−アミラーゼを製造することが可能となる。
【0049】
ここで、変異を導入する際の計画は、例えば、遺伝子配列上の特徴的な配列を参酌して行われる。特徴的な配列の参酌は、例えば、そのタンパク質の立体構造予測、既知のタンパク質との相同性を考慮することにより行うことができる。
【0050】
ランダム変異を導入する方法を例示すると、DNAを化学的に処理する方法として、亜硫酸水素ナトリウムを作用させシトシン塩基をウラシル塩基に変換するトランジション変異を起こさせる方法〔プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブサイエンシーズ オブ ザ USA、第79巻、第1408〜1412頁(1982)〕、生化学的方法として、〔α-S〕dNTP存在下、二本鎖を合成する過程で塩基置換を生じさせる方法〔ジーン(Gene)、第64巻、第313〜319頁(1988)〕、PCRを用いる方法として、反応系にマンガンを加えて PCRを行い、ヌクレオチドの取込みの正確さを低くする方法〔アナリティカル バイオケミストリー(Analytical Biochemistry)、第224巻、第347〜353頁(1995)〕等である。
【0051】
部位特異的変異を導入する方法を例示すると、アンバー変異を利用する方法〔ギャップド デュプレックス(gapped duplex)法、ヌクレイック アシッズ リサーチ(Nucleic Acids Research)、第12巻、第24号、第9441〜9456頁(1984)〕、制限酵素の認識部位を利用する方法〔アナリティカル バイオケミストリー、第200巻、第81〜88頁(1992)、ジーン、第102巻、第67〜70頁(1991)〕、dut(dUTPase)とung(ウラシルDNA グリコシラーゼ)変異を利用する方法〔クンケル(Kunkel)法、プロシーディングズ オブ ザ ナショナル オブ サイエンシーズ オブ ザ USA、第82巻、第488 〜492 頁(1985)〕、DNAポリメラーゼ及びDNAリガーゼを用いたアンバー変異を利用する方法〔オリゴヌクレオチド−ダイレクティッド デュアル アンバー(Oligonucleotide-directed Dual Amber:ODA)法、ジーン、第152巻、第271〜275頁(1995)、特開平7-289262号公報〕、DNAの修復系を誘導させた宿主を利用する方法(特開平8-70874号公報)、DNA鎖交換反応を触媒するタンパク質を利用する方法(特開平8-140685号公報)、制限酵素の認識部位を付加した2種類の変異導入用プライマーを用いたPCRによる方法(USP5,512,463)、不活化薬剤耐性遺伝子を有する二本鎖DNAベクターと2種類のプライマーを用いたPCRによる方法〔ジーン、第103巻、第73〜77頁(1991)〕、アンバー変異を利用したPCRによる方法〔国際公開WO98/02535号公報〕等である。
【0052】
市販されているキットを使用することにより、部位特異的変異を容易に導入することもできる。市販のキットとしては、例えば、ギャップド デュプレックス法を用いた Mutan(登録商標)-G(宝酒造社製)、クンケル法を用いた Mutan(登録商標)-K(宝酒造社製)、ODA 法を用いたMutan(登録商標)-ExpressKm(宝酒造社製)、変異導入用プライマーとピロコッカス フリオサス(Pyrococcus furiosus)由来 DNAポリメラーゼを用いたQuikChangeTM Site-Directed Mutagenesis Kit〔ストラタジーン(STRATAGENE)社製〕等を用いることができ、また、PCR法を利用するキットとして、TaKaRa LA PCR in vitro Mutagenesis Kit(宝酒造社製)、Mutan(登録商標)-Super Express Km(宝酒造社製)等を用いることができる。
【0053】
このように、本発明によりβ−アミラーゼの一次構造及び遺伝子構造が提供されたことにより、β−アミラーゼ活性を有するタンパク質の安価で高純度な遺伝子工学的製造が可能となる。
【0054】
(組換えベクター)
本発明のさらなる局面は本発明の遺伝子を含有する組換えベクターに関する。本明細書において用語「ベクター」は、それに挿入された核酸分子を細胞等のターゲット内へと輸送することができる核酸性分子をいい、その種類、形態は特に限定されるものではない。従って、本発明のベクターはプラスミドベクター、コスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター(アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等)の形態をとり得る。
【0055】
使用目的(クローニング、タンパク質の発現)に応じて、また宿主細胞の種類を考慮して適当なベクターが選択される。ベクターの具体例を挙げれば、大腸菌を宿主とするベクター(M13ファージ又はその改変体、λファージ又はその改変体、pBR322又はその改変体(pB325、pAT153、pUC8など)など)、酵母を宿主とするベクター(pYepSec1、pMFa、pYES2等、昆虫細胞を宿主とするベクター(pAc、pVLなど)、哺乳類細胞を宿主とするベクター(pCDM8、pMT2PCなど)等である。
【0056】
本発明の組換えベクターは好ましくは発現ベクターである。「発現ベクター」とは、それに挿入された核酸を目的の細胞(宿主細胞)内に導入することができ、且つ当該細胞内において発現させることが可能なベクターをいう。発現ベクターは通常、挿入された核酸の発現に必要なプロモーター配列や発現を促進させるエンハンサー配列等を含む。選択マーカーを含む発現ベクターを使用することもできる。かかる発現ベクターを用いた場合には選択マーカーを利用して発現ベクターの導入の有無(及びその程度)を確認することができる。
【0057】
本発明の遺伝子のベクターへの挿入、選択マーカー遺伝子の挿入(必要な場合)、プロモーターの挿入(必要な場合)等は標準的な組換えDNA技術(例えば、Molecular Cloning, Third Edition, 1.84, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New Yorkを参照することができる、制限酵素及びDNAリガーゼを用いた周知の方法)を用いて行うことができる。
【0058】
(形質転換体)
本発明は更に、本発明の遺伝子が導入された形質転換体に関する。本発明の形質転換体では、本発明の遺伝子が外来性の分子として存在することになる。本発明の形質転換体は、好ましくは、上記本発明のベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって調製される。トランスフェクション、トランスフォーメーションはリン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション(Potter, H. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 81, 7161-7165(1984))、リポフェクション(Felgner, P.L. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 84,7413-7417(1984))、マイクロインジェクション(Graessmann, M. & Graessmann,A., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 73,366-370(1976))、Hanahanの方法(Hanahan, D., J. Mol. Biol. 166, 557-580(1983))、酢酸リチウム法(Schiestl, R.H. et al., Curr. Genet. 16, 339-346(1989))、プロトプラスト−ポリエチレングリコール法(Yelton, M.M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. 81, 1470-1474(1984))等によって実施することができる。
【0059】
宿主細胞としては微生物、動物細胞、植物細胞等を用いることができる。微生物としては、大腸菌、Bacillus属、Streptomyces属、Lactococcus属等の細菌、Saccharomyces属、Pichia属、Kluyveromyces属等の酵母、Aspergillus属、Penicillium属、Trichoderma属等の糸状菌が挙げられる。動物細胞としては、バキュロウイルスの系統が挙げられる。
【0060】
(β−アミラーゼの製造法)
本発明の更なる局面はβ−アミラーゼの製造法を提供する。本発明の製造法の一態様では、本酵素(β−アミラーゼ)の生産能を有するバチルス・フレクサスを培養するステップ(ステップ(1))及び培養後の培養液及び/又は菌体より、β−アミラーゼを回収するステップ(ステップ(2))が行われる。
【0061】
ステップ(1)におけるバチルス・フレクサスとして例えば上記のバチルス・フレクサスDSM1316、DSM1320、DSM1667、APC9451等を用いることができる。培養法及び培養条件は、目的の酵素が生産されるものである限り特に限定されない。即ち、本酵素が生産されることを条件として、使用する微生物の培養に適合した方法や培養条件を適宜設定できる。培養法としては液体培養、固体培養のいずれでも良いが、好ましくは液体培養が利用される。液体培養を例にとり、その培養条件を説明する。
【0062】
培地としては、使用する微生物が生育可能な培地であれば、如何なるものでも良い。例えば、グルコース、シュクロース、ゲンチオビオース、可溶性デンプン、グリセリン、デキストリン、糖蜜、有機酸等の炭素源、更に硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、あるいは、ペプトン、酵母エキス、コーンスティープリカー、カゼイン加水分解物、ふすま、肉エキス等の窒素源、更にカリウム塩、マグネシウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マンガン塩、鉄塩、亜鉛塩等の無機塩を添加したものを用いることができる。使用する微生物の生育を促進するためにビタミン、アミノ酸などを培地に添加してもよい。培地のpHは例えば約3〜10、好ましくは約7〜8程度に調整し、培養温度は通常約10〜50℃、好ましくは約20〜37℃程度で、1〜7日間、好ましくは3〜4日間程度好気的条件下で培養する。培養法としては例えば振盪培養法、ジャー・ファーメンターによる好気的深部培養法が利用できる。
【0063】
以上の条件で培養した後、培養液又は菌体よりβ−アミラーゼを回収する(ステップ(2))。培養液から回収する場合には、例えば培養上清をろ過、遠心処理等することによって不溶物を除去した後、限外ろ過膜による濃縮、硫安沈殿等の塩析、透析、イオン交換樹脂等の各種クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。
【0064】
他方、菌体内から回収する場合には、例えば菌体を加圧処理、超音波処理などによって破砕した後、上記と同様に分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。尚、ろ過、遠心処理などによって予め培養液から菌体を回収した後、上記一連の工程(菌体の破砕、分離、精製)を行ってもよい。
尚、発現の確認や発現産物の確認は、β−アミラーゼに対する抗体を用いて行うことが簡便であるが、β−アミラーゼ活性を測定することにより発現の確認を行うこともできる。
【0065】
本発明の他の態様では、上記の形質転換体を用いてβ−アミラーゼを製造する。この態様の製造法ではまず、それに導入された遺伝子によってコードされるタンパク質が産生される条件下で上記の形質転換体を培養する(ステップ(i))。様々なベクター宿主系に関して形質転換体の培養条件が公知であり、当業者であれば適切な培養条件を容易に設定することができる。培養ステップに続き、産生されたタンパク質(即ち、β−アミラーゼ)を回収する(ステップ(ii))。回収及びその後の精製については、上記態様の場合と同様に行えばよい。本酵素の精製度は特に限定されない。また、最終的な形態は液体状であっても固体状(粉体状を含む)であってもよい。
【0066】
(酵素組成物)
本発明の酵素は例えば酵素組成物(酵素剤)の形態で提供される。酵素組成物は、有効成分(本発明の酵素)の他、賦形剤、緩衝剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを含有していてもよい。賦形剤としては乳糖、ソルビトール、D-マンニトール、白糖等を用いることができる。緩衝剤としてはリン酸塩、クエン酸塩、酢酸塩等を用いることができる。安定剤としてはプロピレングリコール、アスコルビン酸等を用いることができる。保存剤としてはフェノール、塩化ベンザルコニウム、ベンジルアルコール、クロロブタノール、メチルパラベン等を用いることができる。防腐剤としては塩化ベンザルコニウム、パラオキシ安息香酸、クロロブタノール等と用いることができる。
【0067】
本発明の酵素組成物の一態様は、本発明の酵素(バチルス・フレクサス由来β−アミラーゼ)に加えて、別の酵素を有効成分として含有する。これによって、複合的な酵素反応が可能な酵素組成物となる。当該「別の酵素」として、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、マルトジェニックα−アミラーゼなどが挙げられる。枝きり酵素として例えばクライスターゼPL45(大和化成社製)が、プルラナーゼとして例えばプルラナーゼ「アマノ」3(天野エンザイム社製)、イソアミラーゼとしてはシュードモナス・アミロデラモサ由来の酵素、α‐アミラーゼとして例えばクライスターゼP8(大和化成社製)やビオザイムL(天野エンザイム社製)、グルコアミラーゼとして例えばグルクザイムAF6(天野エンザイム社製)、マルトジェニックα−アミラーゼとして例えばジオバチルス・ステアロサーモフィラス由来の酵素が挙げられる。尚、「別の酵素」として二種類以上の酵素を採用してもよい。
【0068】
(β−アミラーゼの用途)
本発明の更なる局面は、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの用途として、マルトースを生成する方法を提供する。本発明のマルトース生成法では、グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖からなる基質に対してバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させる。基質の例として可溶性デンプン、バレイショデンプン、コーンスターチ、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトオリゴ糖を挙げることができる。基質の純度は特に限定されない。従って、他の物質と混在した状態の基質に対してβ−アミラーゼを作用させることにしてもよい。また、二種以上の基質に対して同時にβ−アミラーゼを作用させることにしてもよい。
【0069】
本発明のマルトース生成法は、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを使用することを特徴とするが、好ましくは、β−アミラーゼとして上記本発明のβ−アミラーゼ(本酵素)を用いる。本発明のマルトース生成法は例えばマルトース含有シロップやマルトース水飴の生産に利用される。
【0070】
本発明の更なる局面は、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを、パン類及びパン生地の品質改良剤、餅・餅菓子の老化防止剤、或いは炊飯米の老化防止剤などとして利用する方法を提供する。このような食品の特性を変化させる方法のことを本発明では「食品の改質方法」と呼ぶ。本発明の食品の改質方法によって改質可能な食品は、グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖を含む食品である。当該条件を満たす限り、食品は限定されない。本発明で改質可能な食品を例示すると、パン類ないしパン類生地、餅ないし餅菓子、炊飯米である。本発明において「パン類ないしパン類生地」とは、小麦粉を主原料とし、これに水等を加え更に油脂、糖類、乳製品、卵、イーストフード、各種酵素類、各種乳化剤等の原料を必要に応じて添加した後、イーストの添加の有無に拘らず、混捏工程を経て得られた一般的生地、餅や饅頭生地やドーナッツ生地、パイ生地、ピザ生地、ホットケーキ生地、スポンジケーキ生地、クレープ生地、餃子生地等、及びこれらの生地を成形、加熱(オーブンや釜などで焼くこと、蒸すこと、油で揚げることなど)などして得られる製品(パン、ドーナツ、パイ、ピザ、ホットケーキ、スポンジケーキ、クレープ、餃子など)をいう。小麦粉以外の穀物、例えばライ麦等を混入して得られた生地、製品なども包含する。
【0071】
本発明において「餅ないし餅菓子」とは、板餅、大福餅、柏餅、草餅、桜餅、団子、すあま、ういろう、白玉団子、求肥もち、かるかんまんじゅう、じょうようまんじゅう等、米又は米粉を主原料とし、これに水を加え更に糖類などの原料を必要に応じて添加し、混ぜ合わせた餅生地、及びこれらを蒸したりすることによって得られた製品をいう。尚、ここでの「米又は米粉」とは、粳米や餅米又は粳米を水洗いして乾燥し粉砕した上新粉、並新粉及び餅米を水洗して乾燥し製粉した餅粉、などを包含する。更に米又は米粉を構成しているデンプンをも包含する。
【0072】
本発明において「炊飯米ないし炊飯米加工品」とは、米類を炊飯せしめたもの及び炊飯米を加工して得られるもの指す。ここでいう米類とは米、もち米、玄米等の米類全般を指す。これらの材料は単独で用いてもよく、複数種類を混合してもよく、さらに他の穀類を混合してもよい。炊飯の段階で調味、風味付けなどを施したもの(赤飯、炊き込みご飯、粥など)や炊飯米に調味、風味付けをしたもの(リゾット、粥など)、或いは炊飯米を利用した各種食品(おにぎり、寿司、弁当、米麺)なども「炊飯米ないし炊飯米加工品」に該当する。
【0073】
本発明の改質方法では、上記のごとき食品に対してバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させる。β−アミラーゼを作用させる時期は特に限定されないが、通常は原材料にβ−アミラーゼを添加・混合して食品の製造・加工を行うことにより、或いは製造・加工中の食品にβ−アミラーゼを添加することによって酵素を作用させる。具体例を示すと、餅ないし餅菓子の改質を目的とした場合には、例えば、加熱加工前(典型的には蒸す前)の餅生地原料又は加熱加工によって得た餅生地に対してβ−アミラーゼが添加される。或いは、餅生地を更に加工する段階でβ−アミラーゼが添加される。
【0074】
β−アミラーゼの添加後に専用の酵素処理工程を設けることが好ましいが、以降の加工処理においてβ−アミラーゼが作用する環境が作られる場合には、専用の酵素処理工程を設けなくても良い。実際、後述の実施例に示す通り、餅生地の原材料にβ−アミラーゼを添加した後、専用の酵素処理工程を行うことなく、その後の製造工程(蒸煮、練り、搗き)を行った場合にも、β−アミラーゼによる老化防止効果が得られている。尚、本明細書において「専用の酵素処理工程」とは、β−アミラーゼを作用させるために行われる、所定温度下での付加的な工程をいう。専用の酵素処理工程における温度条件は例えば25℃〜70℃である。デンプンが糊化しないよう70℃以下にすることが好ましい。また、過度に低温又は高温にすると十分な酵素活性が発揮されないため、好ましくは37℃〜65℃、更に好ましくは50℃〜60℃である(図1を参照)。高温条件の方が雑菌繁殖防止に有利である。低温条件又は高温条件を採用した場合であっても長時間反応させることによって酵素使用量あたりの反応量を増大できる。酵素使用量あたりの反応量を増大できれば酵素使用量を低減でき、実用上好ましい。
【0075】
β−アミラーゼの添加量は、改質対象の食品、改質の程度などによっても異なるが、例えば食品100gあたり2 U〜40 Uである。尚、ここでの活性値は後述のβ−アミラーゼ活性測定方法(2)により規定されるものとする。
【0076】
本発明のマルトース生成法又はパン類、餅、炊飯米などの食品の改質方法においては、β‐アミラーゼに加え、別の酵素を併用することも出来る。当該「別の酵素」として、グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖に作用する酵素を用いることができる。当該酵素の例は、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ、マルトジェニックα−アミラーゼである。枝きり酵素として例えばクライスターゼPL45(大和化成社製)が、プルラナーゼとして例えばプルラナーゼ「アマノ」3(天野エンザイム社製)、イソアミラーゼとしてはシュードモナス・アミロデラモサ由来の酵素、α‐アミラーゼとして例えばクライスターゼP8(大和化成社製)やビオザイムL(天野エンザイム社製)、グルコアミラーゼとして例えばグルクザイムAF6(天野エンザイム社製)、マルトジェニックα−アミラーゼとして例えばジオバチルス・ステアロサーモフィラス由来の酵素が挙げられる。パン類、餅、炊飯米などの食品の改質方法においては、「別の酵素」としてリパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ等を用いることもできる。尚、「別の酵素」として二種類以上の酵素を採用してもよい。
【0077】
典型的には、β−アミラーゼと「別の酵素」は同時に作用させる。但し、β−アミラーゼを作用させた後に「別の酵素」を作用させるようにしても、或いはこれは逆の順序で両者を作用させるようにしてもよい。
【実施例】
【0078】
<β−アミラーゼ活性測定方法(1)>
β−アミラーゼの活性は以下の通り測定した。即ち、1%可溶性デンプン及び10mM酢酸カルシウムを含む0.1Mリン酸-塩酸緩衝液(pH5.0)0.5mlに酵素溶液0.5mlを添加して、37℃、30分間インキュベートした後、DNS溶液(0.2% DNS, 80mM NaOH, 0.2M 酒石酸ナトリウムカリウム四水和物)2.5mlを加えて反応を停止する。反応停止後、5分間煮沸を行い、波長530nmにおける吸光度を測定する。波長530nmでの吸光度が1となる酵素量を1単位(U)とする。
【0079】
1.バチルス・フレクサス(Bacillus flexus)由来β−アミラーゼの確認
バチルス・フレクサスDSM1316、DSM1320、DSM1667、APC9451の4株について表1に示す組成の液体培地を用いて30℃、3日間振とう培養した。
【表1】
【0080】
得られた培養上清液中のβ−アミラーゼ活性を、上記β−アミラーゼ活性測定法にて測定した。その結果を表2に示す。
【表2】
【0081】
2.バチルス・フレクサスAPC9451由来β−アミラーゼの生産および精製
バチルス・フレクサスAPC9451を表1に示す組成の液体培地を用いて30℃、3日間振とう培養した。得られた培養上清液をUF膜(AIP-0013、旭化成社製)にて4倍に濃縮後、60%飽和濃度になるよう硫酸アンモニウムを添加した。沈殿画分を20mM酢酸緩衝液(pH5.5)に再度溶解し、続いて20%飽和濃度になるよう硫酸アンモニウムを添加した。生じた沈殿を遠心にて除去した後、20%飽和濃度の硫酸アンモニウムを含む20mM酢酸緩衝液(pH5.5)にて平衡化したHiPrep Butyl 16/10 FFカラム(GEヘルスケア製)に供し、20%飽和濃度から0%飽和濃度の硫酸アンモニウム直線濃度勾配により、吸着したβ−アミラーゼタンパク質を溶離させた。
【0082】
集めたβ−アミラーゼ活性画分をUF膜にて濃縮後、20mM酢酸緩衝液(pH5.5)で平衡化したHiTrap CM FFカラム(GEヘルスケア製)に供し、0Mから0.5MのNaCl直線濃度勾配により、吸着したβ−アミラーゼタンパク質を溶離させた。
【0083】
さらに、集めたβ−アミラーゼ活性画分をUF膜にて濃縮後、0.15MのNaClを含む20mM酢酸緩衝液(pH5.5)で平衡化したHiLoad 16/60 Superdex200カラム(GEヘルスケア製)に供し、同緩衝液で溶離した。β−アミラーゼ活性画分を集め、限外ろ過膜にて脱塩濃縮をし、精製酵素標品を得た。得られた本精製酵素は下記の諸性質の検討に供し、またN末端アミノ酸配列分析および内部ペプチドアミノ酸配列分析に供した。
【0084】
なお、各段階における精製の結果を表3に示した。最終段階の比活性は粗酵素に比較して2270倍となった。図5に、精製工程における各ステップのサンプルを10-20%のグラジエントゲルにてSDS-PAGE(CBB染色)した結果を示す。本精製酵素標品(レーン4)はSDS-PAGEにおいて単一なタンパク質であることがわかる。
【表3】
【0085】
3.耐熱性β−アミラーゼの諸性質
(1)至適反応温度
上記β−アミラーゼ活性測定法に準じ、反応温度を25℃、37℃、50℃、55℃、60℃、65℃及び70℃で反応させた。最高活性を示した温度での値を100%とした相対活性で示した。至適反応温度は55℃付近であった(図1)。
【0086】
(2)至適反応pH
基質には1%可溶性デンプンを用い、各緩衝液(クエン酸緩衝液pH2、pH3、pH4、ブリットン−ロビンソン緩衝液pH4、pH5、pH6、pH7、pH8、pH9、pH10、pH11)中、37℃、10分間の反応条件下で測定した。最大活性値を示したpHの値を100%とした相対活性で示した。至適反応pHは約8.0付近であった(図2)。
【0087】
(3)温度安定性
20 U/mlの酵素液を37℃、50℃、55℃、60℃、65℃及び70℃の各温度下、10mM酢酸カルシウムを含む0.1M 酢酸−塩酸緩衝液(pH5.0)中、10分間熱処理した後、残存活性を上記β−アミラーゼ活性測定法にて測定した。熱に対して未処理の活性を100%とした残存活性で示した。55℃、10分間の熱処理では、90%以上の残存活性を有しており、55℃まででは安定であった(図3)。
【0088】
(4)pH安定性
各緩衝液(クエン酸緩衝液pH2、pH3、pH4、ブリットン−ロビンソン緩衝液pH4、pH5、pH6、pH7、pH8、pH9、pH10、pH11)中、30℃で3時間処理後、上記β−アミラーゼ活性測定法にて活性を測定した。最大活性値を示したpHの値を100%とした相対活性で示した。至適反応pHは4〜9であった(図4)。
【0089】
(5)SDS-PAGEによる分子量測定
SDS-PAGEはLaemmliらの方法に従い行った。なお、用いた分子量マーカーは、Low Molecular Weight Calibration Kit for Electrophoresis (GEヘルスケア)であり、標準タンパク質としてPhosphorylase b(97,000Da)、Albumin(66,000Da)、Ovalbumin(45,000Da)、Carbonic anhydrase(30,000Da)、Trypsin inhibitor(20,100Da)、α-Lactalbumin(14,400Da)を含んでいた。ゲル濃度10-20%のグラジエントゲル(Wako)を用いて、20mA/ゲルで約80分間電気泳動を行い、分子量を求めた結果、分子量は約60kDaであった(図5)。
【0090】
(6)等電点
アンホラインを用いた等電点集積(600V、4℃、48時間通電)により測定したところ、本酵素の等電点は9.7であった。
【0091】
(7)金属イオンおよび阻害剤の影響
10mM酢酸カルシウムを含む0.1M 酢酸−塩酸緩衝液(pH5.0)中のβ−アミラーゼに1mMの各種金属イオンあるいは阻害剤をそれぞれ添加し、30℃、30分間処理した後、上記β−アミラーゼ活性測定法にて活性を測定した。その結果を表4に示した。無添加の場合を100%とした相対活性で示した。Cuイオン、ヨード酢酸、PCMB、SDSにより阻害を受けた。
【表4】
【0092】
(8)基質特異性
各基質に対するβ−アミラーゼ活性を調べた。可溶性デンプンに対する活性を100%とした相対活性で示した。オリゴ糖類については、以下に示すマルトースの定量法によりマルトース生成量を調べた。0.5%の各マルトオリゴ糖に対して0.1 U/mlの酵素を37℃、30分間反応させた後、HPLC(Aminex carbohydrate HPX-42A, BIO-RAD社)にてマルトースの定量を行った。可溶性デンプンを基質としたときのマルトース生成量を100%として各マルトオリゴ糖に対する相対活性をマルトース生成量から求めた。
結果を表5に示した。可溶性デンプンに対するマルトース生成量を100%とした相対活性で示した。サイクロデキストリン、プルラン、デキストランはほとんど分解されなかった。オリゴ糖については、マルトトリオースには作用せず、他のオリゴ糖にはよく作用した。
【表5】
【0093】
4.バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼをコードする遺伝子断片の取得
(a)染色体DNAの単離
1.で得られたバチルス・フレクサス(Bacillus flexus)の菌体から斉藤・三浦の方法(Biochim. Biophys. Acta, 72, 619-629, 1963) によりゲノムDNAを調製した。
【0094】
(b)部分アミノ酸配列の決定
1.で得られたβ−アミラーゼの精製標品をアミノ酸配列解析に供し、10残基のN末端アミノ酸配列(配列番号1)および内部ペプチドアミノ酸配列(配列番号2、3)を決定した。
【0095】
(c)PCRによるDNAプローブの作製
N末端アミノ酸配列および内部アミノ酸配列をもとに、2種の混合オリゴヌクレオチドを合成し、PCRプライマーとした(配列番号4、5)。これらのプライマーとバチルス・フレクサス(Bacillus flexus)の染色体DNAを鋳型として、以下の条件下、PCR反応を行なった。
【0096】
<PCR反応液>
10×PCR反応緩衝液(TaKaRa社) 5.0μl
dNTP混合液(それぞれ2.5 mM、TaKaRa社) 4.0μl
25mM MgCl2 5μl
100μM センス・プライマー 3.0μl
100μM アンチセンス・プライマー 3.0μl
蒸留水 28.5μl
染色体DNA溶液(140μg/ml) 1μl
LA Taq DNAポリメラーゼ(TaKaRa社) 0.5μl
【0097】
<PCR反応条件>
ステージ1: 変性(94℃、5分) 1サイクル
ステージ2: 変性(94℃、30秒) 30サイクル
アニール(48℃、30秒)
伸長(72℃、1分)
【0098】
得られた約0.86kbのDNA断片をpGEM-Teasy(Promega社)にクローニング後、塩基配列を確認したところ、センス・プライマーの直後とアンチセンス・プライマーの直前に、上記の部分アミノ酸配列をコードする塩基配列が見出された。本DNA断片を全長遺伝子クローニングのためのDNAプローブとした。
【0099】
(d)遺伝子ライブラリーの作製
バチルス・フレクサスの染色体DNAのサザン・ハイブリダイゼーション解析の結果、KpnI分解物中にプローブDNAとハイブリダイズする約5.0 kbのシングルバンドが確認された。この約5.0 kbのKpnI DNA断片をクローニングするため、以下の様に遺伝子ライブラリーを作製した。上記(a)で調製した染色体DNAのKpnI処理を行った。バチルス・フレクサスのゲノムDNA 28μg、10×L緩衝液3μl、蒸留水26μl、及びKpnIを1μl混合し、37℃で15時間処理した。得られた分解物をKpnI処理したpUC19(TaKaRa社)ベクターにライゲーションし、遺伝子ライブラリーを得た。
【0100】
(e)遺伝子ライブラリーのスクリーニング
上記(c)で得た0.86 kbのDNA断片をDIG-High Prime(Roche社)を用いてラベルした。これをDNAプローブとして、(d)で得た遺伝子ライブラリーをコロニー・ハイブリダイゼーションによりスクリーニングした。得られたポジティブコロニーからプラスミドpUC19-BAFを得た。
【0101】
(f)塩基配列の決定
プラスミドpUC19-BAFの塩基配列を定法に従って決定した。β−アミラーゼをコードする塩基配列(1638bp)を配列番号6に示す。また配列番号6によりコードされるアミノ酸配列(545アミノ酸)を配列番号7に示す。このアミノ酸配列中には、(b)で決定したN末端領域アミノ酸配列(配列番号1)および内部アミノ酸配列(配列番号2、3)が見出された。
【0102】
5.バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの大腸菌での発現
【0103】
(a)β−アミラーゼの大腸菌での発現プラスミドの構築
N末端領域アミノ酸配列およびC末端領域アミノ酸配列をコードするDNA配列をもとに、2種のオリゴヌクレオチド(配列番号8、9)を合成し、PCRプライマーとした。センス・プライマーにはNdeI制限酵素認識部位が、アンチセンス・プライマーにはXhoI制限酵素認識部位が付加されている。これらのプライマーとβ−アミラーゼ遺伝子を有するプラスミドpUC19-BAFを鋳型として、以下の条件下、PCR反応を行なった。
【0104】
<PCR反応液>
10×PCR反応緩衝液(TOYOBO社) 5.0μl
dNTP混合液(それぞれ2.5 mM、TOYOBO社) 5.0μl
10μM センス・プライマー 1.5μl
10μM アンチセンス・プライマー 1.5μl
25mM MgSO4 2μl
蒸留水 33μl
プラスミドpUC19-BAF溶液(83μg/ml) 1.0μl
KOD -Plus- DNAポリメラーゼ(TOYOBO社) 1.0μl
【0105】
<PCR反応条件>
ステージ1: 変性(94℃、2分) 1サイクル
ステージ2: 変性(94℃、15秒) 30サイクル
アニール(60℃、30秒)
伸長(68℃、2分)
【0106】
得られたPCR産物を電気泳動にて確認後、GENE CLEANE IIIで精製(34μl)、4μlの10×H緩衝液及びNdeI 1μlとXhoI 1μlとを加え、37℃で15時間酵素処理した。制限酵素処理液を電気泳動にて確認、精製後、予めNdeI及びXhoIで処理したベクターpET20(b)(タカラバイオ株式会社)にライゲーション、発現プラスミドpET-BAFを得た(図6)。また、pET-BAF中のβ−アミラーゼをコードする塩基配列が正しいことを確認した。
【0107】
(b)β−アミラーゼの大腸菌での発現
発現プラスミドpET-BAFを大腸菌BL21(DE3)(Novagen社)に導入した。アンピシリン耐性株として得られた形質転換体の中から、コロニーPCRにより目的のβ−アミラーゼ遺伝子が挿入されたpET-BAFを保持する菌株を選別した。また対照として発現ベクターpET20(b)を有する大腸菌BL21(DE3)の形質転換体も得た。これらの形質転換体を50μg/mlのアンピシリンを含有するLB培地4mlで18℃、160rpmで47時間培養し、集菌した。菌体を0.5mlの20mM 酢酸緩衝液(pH5.5)に縣濁し、φ0.1mmのガラスビーズを0.25g加え、マルチビーズショッカー(安井機械社製)にて菌体を破砕した。破砕条件は、ON 30秒、OFF 30秒を3.5サイクル繰り返した。得られたCell free-extractを遠心分離に供し、可溶性成分を得た。
【0108】
得られたサンプルについて、上記β−アミラーゼ活性測定法に準じ活性測定を行った結果を以下の表6に示す。
【表6】
【0109】
<β−アミラーゼ活性測定方法(2)>
また、以下の方法でもβ−アミラーゼ活性を測定した。即ち、0.5%可溶性デンプンを含む0.05M酢酸-酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)10mlに酵素溶液1mlを添加して、40℃、30分間インキュベートした後、フェーリング試液(1.25M NaOH, 0.62M 酒石酸ナトリウムカリウム四水和物, 0.14M硫酸銅(II)五水和物)4mlを加えて反応を停止する。反応停止後、2分間煮沸を行い、2.26Mヨウ化カリウム試液2mlおよび0.25%硫酸試液2mlを添加し、0.005mol/Lチオ硫酸ナトリウム液にて滴定を行う。反応時間30分間に10mgのグルコースに相当する還元力を増加させる酵素量を1単位(U)とする。以下の実施例については本法により測定された活性値を用いている。
【0110】
6.バチルス・スレクサス由来のβ‐アミラーゼによるマルトースシロップの製造
6−1.基質濃度の影響
デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)を20%〜35%に調製し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを0.6 U/g-DS添加し、pH5.8、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表7に示す。このように、高濃度デキストリンに対しても高いマルトース生成能を示した。
【0111】
【表7】
【0112】
6−2. 反応温度の影響
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)(pH5.8)にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを4 U/g-DS添加し、56, 65℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表8に示す。このように、高温においても高いマルトース生成能を示した。
【表8】
【0113】
6−3. 反応pHの影響及び枝切り酵素との組み合わせ
種々のpHにおいて、β−アミラーゼと枝切り酵素と組み合わせて、デキストリンよりマルトースシロップを製造した。30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)をpH5.8〜7.0に調製し、β−アミラーゼを1 U/g-DS、枝切り酵素としてクライスターゼPLF(大和化成製)を3.3μl/g-DS添加し、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表9に示す。
【表9】
【0114】
このように、枝切り酵素を組み合わせることにより80%以上のマルトースを生成することができた。また、中性域でも十分な生成能を有していた。
【0115】
6−4. 酵素添加量の影響及び大麦由来及び小麦由来のβ‐アミラーゼとの比較
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼ、ビオザイムML(大麦β‐アミラーゼ、天野エンザイム製)、及びビオザイムKL(小麦β‐アミラーゼ、天野エンザイム製)を添加し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの場合はpH5.8、62℃で、その他の場合はpH5.5、58℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を図7及び表10に示す。
【表10】
【0116】
このように、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼは1.0U/g-DSの添加量で59.14%のマルトースを生成し、大麦酵素の場合の2.0U/g-DSの添加量で56.06%、小麦酵素の場合の4.0U/g-DSの添加量で54.30%のマルトース生成量に比べ明らかに優れていた。
【0117】
6−5. 酵素添加量の影響及び大豆由来のβ‐アミラーゼとの比較
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼ或いはビオザイムM5(大豆β‐アミラーゼ、天野エンザイム製)、及び枝切り酵素としてクライスターゼPLF(大和化成製)を3.3μl/g-DS添加し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼの場合はpH5.8で、大豆酵素の場合はpH5.5において、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を図8及び表11に示す。
【表11】
【0118】
このように、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼは1.0U/g-DSの添加量で80.48%のマルトースを生成し、大豆酵素の場合の1.0U/g-DSの添加量で78.51%のマルトース生成量に比べ明らかに優れていた。
【0119】
6−6. αアミラーゼとの組み合わせ(1)
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)(pH5.8)を調製し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを0.5 U/g-DS、枝切り酵素としてクライスターゼPLF(大和化成製)を3.3μl/g-DS添加し、62℃で42時間反応させた。この反応液にα−アミラーゼ剤クライスターゼL1(細菌由来、大和化成製)を、0.198、0.264、0.330μl/g-DS添加し、さらに6及び24時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表12に示す。
【表12】
【0120】
このように、α−アミラーゼを添加することにより、マルトース収量が向上したと共にG5以上の高分子オリゴ糖を減少させることができた。これにより反応後のろ過性の改善が期待できる。
【0121】
6−7. α−アミラーゼとの組み合わせ(2)
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)(pH5.8)を調製し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを0.6 U/g-DS、枝切り酵素としてクライスターゼPLF(大和化成製)を3.3μl/g-DS及びα−アミラーゼ剤としてクライスターゼL1(細菌由来、大和化成製)を0.02μl/g-DS、添加し、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表13に示す。
【表13】
【0122】
このように、α−アミラーゼを添加することにより、マルトース収量が向上したと共にG5以上の高分子オリゴ糖を減少させることができた。これにより反応後のろ過性の改善が期待できる。
【0123】
6−8. α−アミラーゼとの組み合わせ(3)
30%デキストリン溶液(ニッシ製、NSD100)(pH5.8)を調製し、バチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを0.6 U/g-DS及びα−アミラーゼ剤としてビオザイムL(麹菌由来、天野エンザイム製)を0.10μl/g-DS、添加し、62℃で42時間反応させた。反応後の糖組成を高速液体クロマトグラフィー用カラムMCI GEL CK04S(三菱化成工業製)にて分析した結果を表14に示す。
【表14】
【0124】
このように、α−アミラーゼを添加することにより、マルトース収量が向上したと共にG5以上の高分子オリゴ糖を減少させることができた。これにより反応後のろ過性の改善が期待できる。
【0125】
7.β‐アミラーゼによる製パンへの影響
β−アミラーゼをパン生地に添加してパンを製造した。山形パン用基本材料(強力粉 260g;砂糖 13g;食塩 5.2g;ショートニング 10.4g;L-アスコルビン酸 0.013g;冷水 192g;ドライイースト 3.1g)、またはこの材料にβ−アミラーゼ80 Uを添加したものを、自動ホームベーカリーSD-BT50(パナソニック製)に供した。
【0126】
焼成後、パンを26℃で1時間放冷し、次いでこれを水分蒸発を防止するためにビニール袋に入れ、そして26℃で保存した。1または5日間保存した後、パンを2cmの厚さにスライスし、パンの中央部を直径47mmの円柱状にカットした。パンの硬さを、FUDOHレオメーターNRM-2002J(レオテック製)を使用して、圧縮スピード2mm/分で1.5cm圧縮した場合の最大荷重を測定した。結果を表15に示す。
【表15】
【0127】
酵素無添加区及び酵素添加区について、それぞれ1日保存のパンの硬さを100%とした時の5日保存のパンの硬さを比較した。その結果、酵素添加区は151%となり、無添加区(207%)と比較して、パンの硬化が抑制されており、ソフトネスが維持されていた。
【0128】
8−1.β‐アミラーゼによる餅の老化防止への影響(1)
上新粉200gに水165g添加した後、キッチンエイドミキサーKSM5(キッチンエイド製)に供し、平面ビーターにて均一にした後、15分間強火で蒸し上げ、餅生地を得た。得られた餅生地を再びキッチンエイドミキサーに供し、ドゥーフックにて捏ねた。生地温度が55℃まで冷ました後、β−アミラーゼ120 Uを添加し、均一に分散するよう3分間捏ねて餅を得た。得られた餅を空気が入らないようシャーレに詰め、4℃, 15℃, 25℃ぞれぞれで3日間静置した。1日ごとに、餅を直径28mmの円柱状にくり抜き、FUDOHレオメーターNRM-2002J(レオテック製)を使用して、直径15mmのプランジャーにて、圧縮スピード2mm/分で5mm圧縮した場合の応力を測定した。結果を図9に示す。酵素添加区は無添加区と比較して、応力の変化がない、つまり餅の硬化が抑制されていることが分かる。この硬化抑制効果は低温保存でも有効であった。
【0129】
8−2.β‐アミラーゼによる餅の老化防止への影響(2)
上新粉100gにβ−アミラーゼを2000u添加した後、キッチンエイドミキサーKSM5(キッチンエイド製)に供し、平面ビーターにて3分間均一にした。そこへ60℃温水75gを添加し、再びキッチンエイドミキサーにて均一にした後、40℃, 30分間インキュベートした。その後15分間強火で蒸し上げ、餅生地を得た。得られた餅生地を再びキッチンエイドミキサーに供し、ドゥーフックにて3分間捏ねた。得られた餅を空気が入らないようシャーレに詰め、15℃で3日間静置した。1日ごとに、餅を直径28mmの円柱状にくり抜き、FUDOHレオメーターNRM-2002J(レオテック製)を使用して、直径15mmのプランジャーにて、圧縮スピード2mm/分で5mm圧縮した場合の応力を測定した。結果を図10に示す。酵素添加区は無添加区と比較して、応力の変化がない、つまり餅の硬化が抑制されていることが分かる。蒸煮前にβ-アミラーゼを添加しても老化防止効果が得られた。
【0130】
8−3.β‐アミラーゼによる餅の老化防止への影響(3)
上新粉100gにβ−アミラーゼを2000u添加した後、キッチンエイドミキサーKSM5(キッチンエイド製)に供し、平面ビーターにて3分間均一にした。そこへ60℃温水75gを添加し、再びキッチンエイドミキサーにて均一にした。その後15分間強火で蒸し上げ、餅生地を得た。得られた餅生地を再びキッチンエイドミキサーに供し、ドゥーフックにて3分間捏ねた。得られた餅を空気が入らないようシャーレに詰め、15℃で3日間静置した。1日ごとに、餅を直径28mmの円柱状にくり抜き、FUDOHレオメーターNRM-2002J(レオテック製)を使用して、直径15mmのプランジャーにて、圧縮スピード2mm/分で5mm圧縮した場合の応力を測定した。結果を図11に示す。酵素添加区は無添加区と比較して、応力の変化がゆるやかであり、つまり餅の硬化が抑制されていることが分かる。蒸煮前にβ-アミラーゼを添加し、専用の酵素処理工程を設けなくとも老化防止効果が得られた。
【0131】
9.β‐アミラーゼによる炊飯米への影響
米75gを水洗後、水150mL、またはこの材料にβ−アミラーゼ30 Uを添加したものを2時間室温に静置して後、定法により炊飯して飯米を得た。得られた炊飯米を4℃で7日間保存した。保存前後の糊化度をBAP法で測定した。結果を表16に示す。
【表16】
【0132】
BAP法による糊化度は、酵素添加区は炊飯直後96.2%、7日後62.9%であった。それに対して、無添加区は炊飯直後95.3%、7日後59.7%であった。酵素添加区では糊化度の低下が抑制、即ち、デンプンの老化の進行が抑制された。
【0133】
10.β-アミラーゼの生澱粉分解活性
生澱粉に対する分解活性を以下のように測定した。即ち、1.5%小麦デンプン及び20mM酢酸緩衝液(pH6.0)2mlに酵素溶液1mlを添加して、40℃、60分間振とう反応させた後、10分間煮沸を行い反応を停止する。反応停止後、10分間水冷を行い、遠心(3000rpm, 10分間)をして上清を得る。上清0.75mlに対し、DNS溶液(1%
DNS, 1% NaOH, 0.05% 亜硫酸ナトリウム、0.2w/v% フェノール)1.5mlを加え20分間煮沸を行い、精製水7.75mlを加えて、波長560nmにおける吸光度を測定する。本条件下、60分間に反応液3.0ml中に1mgのマルトースを生成する酵素力を1単位とする。
【0134】
バチルス・フレクサス由来β-アミラーゼおよび、大麦由来β-アミラーゼ(ビオザイムML(天野エンザイム製))、小麦由来β-アミラーゼ(ビオザイムKL(天野エンザイム製))、大豆由来β-アミラーゼ(ビオザイムM5(天野エンザイム製))について、上記方法にて生澱粉分解活性を測定した。その結果を表17に示す。植物由来β-アミラーゼと異なり、バチルス・フレクサス由来β-アミラーゼには生澱粉分解活性があることが分かる。
【表17】
(N.D.:検出限界以下)
【産業上の利用可能性】
【0135】
本発明のβ−アミラーゼは大豆由来のβ−アミラーゼに匹敵する耐熱性を示し、高温下での反応が望まれる用途に好適である。本発明のβ−アミラーゼを用いれば、雑菌汚染のおそれの少ない高温下で酵素反応を実施することができる。従って、本発明のβ−アミラーゼは、マルトースシロップの製造等澱粉の糖化、或いはパン類またはパン生地の改良、餅または餅菓子の老化防止、炊飯米の老化防止などの食品加工等の用途に特に有用である。
【0136】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表フリーテキスト】
【0137】
配列番号4、5、8、9:人工配列の説明:プライマー
【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖を含む食品にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させることを特徴とする、食品の改質方法。
【請求項2】
加工前の原材料又は加工中の食品に対してβ−アミラーゼが添加されることを特徴とする、請求項1に記載の食品の改質方法。
【請求項3】
食品が、パン類ないしパン類生地、餅ないし餅菓子、及び炊飯米ないし炊飯米加工品からなる群より選択されるいずれかの食品であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の食品の改質方法。
【請求項4】
食品が餅ないし餅菓子であり、加熱加工前の餅生地原料又は加熱加工によって得た餅生地に対してβ−アミラーゼが添加されることを特徴とする、請求項1に記載の食品の改質方法。
【請求項5】
β−アミラーゼの添加後に25℃〜70℃の温度条件の下、専用の酵素処理工程が行われることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項6】
β−アミラーゼの添加後に37℃〜65℃の温度条件の下、専用の酵素処理工程が行われることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項7】
β−アミラーゼの添加後に専用の酵素処理工程が行われないことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項8】
β−アミラーゼが、下記の酵素化学的性質を備えるβ−アミラーゼであることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の食品の改質方法、
(1)作用:多糖類及びオリゴ糖類のα−1,4グルコシド結合に作用し、マルトースを遊離する、
(2)基質特異性:デンプン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースに良好に作用し、プルラン、デキストラン、サイクロデキストリン、マルトトリオースには作用しない、
(3)至適温度:約55℃、
(4)至適pH:約8.0、
(5)温度安定性:55℃以下で安定である(pH 5.0、10分間)、
(6)pH安定性:pH 4〜9で安定である(30℃、3時間)、
(7)分子量:約60,000(SDS-PAGE)。
【請求項9】
β−アミラーゼが、下記の酵素化学的性質を更に備えるβ−アミラーゼであることを特徴とする、請求項8に記載の食品の改質方法、
(8)生澱粉分解活性を有する。
【請求項10】
β−アミラーゼが、配列番号7に示すアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有するβ−アミラーゼであることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項11】
等価なアミノ酸配列が、配列番号7に示すアミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列である、請求項10に記載の食品の改質方法。
【請求項12】
β−アミラーゼに加えて、別の酵素も作用させることを特徴とする、請求項1〜11のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項13】
別の酵素が、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びマルトジェニックα−アミラーゼからなる群より選択される一以上の酵素であることを特徴とする、請求項12に記載の食品の改質方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載した改質方法によって改質された食品。
【請求項15】
請求項8〜11のいずれか一項において定義されたβ−アミラーゼと、別の酵素とを配合してなる酵素組成物。
【請求項16】
別の酵素が、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びマルトジェニックα−アミラーゼからなる群より選択される一以上の酵素であることを特徴とする、請求項15に記載の酵素組成物。
【請求項1】
グルコースのα−1,4結合を主鎖とする多糖又はオリゴ糖を含む食品にバチルス・フレクサス由来のβ−アミラーゼを作用させることを特徴とする、食品の改質方法。
【請求項2】
加工前の原材料又は加工中の食品に対してβ−アミラーゼが添加されることを特徴とする、請求項1に記載の食品の改質方法。
【請求項3】
食品が、パン類ないしパン類生地、餅ないし餅菓子、及び炊飯米ないし炊飯米加工品からなる群より選択されるいずれかの食品であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の食品の改質方法。
【請求項4】
食品が餅ないし餅菓子であり、加熱加工前の餅生地原料又は加熱加工によって得た餅生地に対してβ−アミラーゼが添加されることを特徴とする、請求項1に記載の食品の改質方法。
【請求項5】
β−アミラーゼの添加後に25℃〜70℃の温度条件の下、専用の酵素処理工程が行われることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項6】
β−アミラーゼの添加後に37℃〜65℃の温度条件の下、専用の酵素処理工程が行われることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項7】
β−アミラーゼの添加後に専用の酵素処理工程が行われないことを特徴とする、請求項1〜4のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項8】
β−アミラーゼが、下記の酵素化学的性質を備えるβ−アミラーゼであることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の食品の改質方法、
(1)作用:多糖類及びオリゴ糖類のα−1,4グルコシド結合に作用し、マルトースを遊離する、
(2)基質特異性:デンプン、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲン、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースに良好に作用し、プルラン、デキストラン、サイクロデキストリン、マルトトリオースには作用しない、
(3)至適温度:約55℃、
(4)至適pH:約8.0、
(5)温度安定性:55℃以下で安定である(pH 5.0、10分間)、
(6)pH安定性:pH 4〜9で安定である(30℃、3時間)、
(7)分子量:約60,000(SDS-PAGE)。
【請求項9】
β−アミラーゼが、下記の酵素化学的性質を更に備えるβ−アミラーゼであることを特徴とする、請求項8に記載の食品の改質方法、
(8)生澱粉分解活性を有する。
【請求項10】
β−アミラーゼが、配列番号7に示すアミノ酸配列、又は該アミノ酸配列と等価なアミノ酸配列を有するβ−アミラーゼであることを特徴とする、請求項1〜7のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項11】
等価なアミノ酸配列が、配列番号7に示すアミノ酸配列と90%以上同一のアミノ酸配列である、請求項10に記載の食品の改質方法。
【請求項12】
β−アミラーゼに加えて、別の酵素も作用させることを特徴とする、請求項1〜11のいずれか一項に記載の食品の改質方法。
【請求項13】
別の酵素が、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びマルトジェニックα−アミラーゼからなる群より選択される一以上の酵素であることを特徴とする、請求項12に記載の食品の改質方法。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか一項に記載した改質方法によって改質された食品。
【請求項15】
請求項8〜11のいずれか一項において定義されたβ−アミラーゼと、別の酵素とを配合してなる酵素組成物。
【請求項16】
別の酵素が、リパーゼ、ホスホリパーゼ、グルコースオキシダーゼ、キシラナーゼ、プロテアーゼ、トランスグルタミナーゼ、プロテイングルタミナーゼ、枝切り酵素、プルラナーゼ、イソアミラーゼ、α−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びマルトジェニックα−アミラーゼからなる群より選択される一以上の酵素であることを特徴とする、請求項15に記載の酵素組成物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2011−36237(P2011−36237A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−86606(P2010−86606)
【出願日】平成22年4月3日(2010.4.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行所:社団法人 日本農芸化学会、刊行物名:日本農芸化学会2009年度(平成21年度)大会講演要旨集、発行日:平成21年3月5日
【出願人】(000216162)天野エンザイム株式会社 (26)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年4月3日(2010.4.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行所:社団法人 日本農芸化学会、刊行物名:日本農芸化学会2009年度(平成21年度)大会講演要旨集、発行日:平成21年3月5日
【出願人】(000216162)天野エンザイム株式会社 (26)
【Fターム(参考)】
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