説明

うつ病、不安神経症、薬物依存症、およびこれらに類似した精神疾患治療のための有機カチオントランスポーターOCT3関連分子の利用法

OCT3遺伝子のアンチセンスを脳へ投与することにより、OCT3の発現が抑制されたマウスの作製に成功した。OCT3の発現が抑制された該マウスは、抗うつ作用、抗不安作用等の精神疾患に関連する表現型を呈することから、精神疾患の治療薬のスクリーニングに利用することができる。併せて、OCT3の発現もしくは機能の抑制物質が、うつ症状、不安神経症の治療薬として実際に有効であることが示された。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、うつ病、不安神経症、薬物依存症等の精神疾患治療のための有機カチオントランスポーターOCT3の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
薬物治療においては様々な薬剤が用いられているが、そのうちのいくつかは生体条件下で陽イオン(カチオン)となる。近年、細胞膜に存在し、薬剤を能動的に輸送することにより、薬剤の組織移行、吸収、腎排泄、胆汁排泄に寄与するトランスポーター(輸送蛋白質)の研究が飛躍的に進んできており(非特許文献1および2参照)、同時にイオン性薬物の輸送を司る有機イオントランスポーターの遺伝子クローニングと、構造・機能解析も著しく進展してきた。
【0003】
このうちカチオン性薬剤を輸送するのに重要なトランスポーターは、有機カチオントランスポーター(OCT)である(非特許文献3参照)。このうちOCT1が1994年に(非特許文献4参照)、OCT2が1996年(非特許文献5参照)にそれぞれクローニングされている。かねてより、腎臓の近位尿細管細胞が有機カチオンを尿中に排泄することで、これらの毒性を低減させるのに重要な役割を果たしていることが知られていた(非特許文献6参照)。OCT1およびOCT2は、いずれも腎臓に発現していることから、この両者のうちのどちらかが重要であることが想定されたが、免疫組織学的検討によりその可能性が否定され(非特許文献4および7参照)、別のOCTが重要である可能性が示唆されてきた。
【0004】
OCT3は1998年にラット胎盤より、OCT1に相同性の高いトランスポーターとしてクローニングされた(非特許文献8参照)。なお、遺伝子配列と薬理学的特性より、OCT3は1990年代初頭に薬理学的にその存在が明らかにされ、OCT3とほぼ同時期にヒト心筋よりクローニングされたuptake2あるいは神経細胞外モノアミントランスポーター(EMT)と呼ばれるトランスポーターと同一であることが明らかになった(非特許文献9参照)。
【0005】
一連の検討により、OCT3のカチオン輸送活性や組織分布が他のOCTとは異なっていることも明らかになった。すなわち免疫組織学的検討により、OCT1が肝臓、腎臓、OCT2が腎臓に特異的に局在しているのに対し、OCT3は胎盤だけでなく腎臓、小腸、肺、心臓、脳に存在していることが明らかになった(非特許文献10参照)。なお、脳では神経細胞ではなく、アストロサイト(非特許文献11参照)のような神経支持細胞やあるいは血液-脳脊髄液関門(非特許文献12参照)に存在することも明らかになった。また、OCT3は腎臓では近位尿細管に局在していることが明らかとなり、現状では腎臓におけるカチオン性薬剤の排出に最も重要なトランスポーターの一つと考えられている(非特許文献13参照)。
【0006】
また、OCT3は他のOCTとは基質特異性が大きく異なる。OCT3はドパミン神経毒MPP+、ノルアドレナリン、セロトニン、ドパミン、覚せい剤、抗うつ薬などの輸送活性を有しているが、これらは他のOCTでは輸送されないことが知られている(非特許文献10参照)。
【0007】
上述以外にも、これまでのところ、以下に示すような知見が報告されている。
1)脳におけるOCT3は、in situ ハイブリダイゼーションでは最後野のみに見られ、他の部位での発現は低かった。よってOCT3は嘔吐や食欲、心血管機能の制御に重要と考えられている(非特許文献14参照)、
2)神経支持細胞であるグリア細胞、アストロサイトにOCT3が存在し、脳内のモノアミン濃度調節に重要な役割を果たしている(非特許文献15参照)、
3)気管支平滑筋にOCT3とOCT1が発現しているが、このうちOCT3が吸入ステロイドによるノルエピネフリン取り込み抑制を介した急性的な気管支収縮への関与が考えられる(非特許文献16および17参照)、
4)ヒトOCT3(別名EMT)に*1から*12までのハプロタイプがあることが、白人にて確認された(非特許文献18参照)、
5)小脳顆粒細胞における1-Methyl-4-phenylpyridinium (MPP+)の取り込みにはOCT3が重要であることが示唆された(非特許文献19参照)、
6)覚せい剤投与によりOCT3の発現が低下する(非特許文献20参照)、
7)セロトニントランスポーター欠損動物で、代償的にセロトニンを含むモノアミン輸送活性を有するOCT3の発現が一部の脳部位で増加していることが示された(非特許文献21参照)、
8)OCT3およびOCT2に依存治療薬の母化合物になりうるアグマチン(Agmatine)の輸送活性があることが、OCT3/EMTを発現させた腎由来HEK293細胞で確認された(非特許文献22参照)、
9)胎盤には様々なトランスポーターが存在するが、OCT3もその一つである(非特許文献23参照)、
10)ヒトの神経支持細胞であるアストロサイトにOCT3/EMTが発現しており、モノアミンや薬剤などの取り込みに重要な役割を果たしている(非特許文献24および25参照)、
11)子宮頸部上部の神経節細胞においてOCT3が発現、機能している(非特許文献26参照)、
12)小腸由来のCaco-2細胞でOCT3/EMTが刷子縁膜側に発現し、基質の細胞内への取り込みに重要な役割を果たしている(非特許文献27および28参照)、
13)ヒト胎盤におけるアセチルコリンの量的制御にOCT1とOCT3が関与している(非特許文献29参照)、
14)培養細胞系のMadin-Darby canine kidney (MDCK)細胞はOCT2のみを発現し、OCT1およびOCT3が検出されない細胞である(非特許文献30参照)、
15)血液-脳脊髄液関門が存在する脳の脈絡叢にOCT2とOCT3が発現しており、この部位でのコリンの輸送にはOCT2が重要である(非特許文献31参照)、
16)OCT3/EMTを発現させた腎由来HEK293細胞では一部のP糖蛋白基質の曝露により、OCT3/EMT基質MPP+の輸送能が低下する(非特許文献32参照)、
17)ヒトグリオーマ由来SK-MG-1におけるのアグマチンの取り込みにはカチオン輸送系が重要であるが、それはOCT3を介していない可能性が高い(非特許文献33参照)、
18)ラットの脳微小血管細胞RBE4細胞ではコリンの取り込みが観察されるが、OCT3は発現しておらず、未同定のカチオン輸送系の関与が考えられる(非特許文献34参照)、
19)遺伝子改変により作製したOCT3欠損マウスでは、心臓におけるOCT3/EMT基質MPP+の取り込みが著明に低下したが、他の組織では変化が見られなかった(非特許文献35参照)、
20)マウスの胎盤ではOCT3(マウスではORCT3)とモノアミン代謝酵素のMAO-Aが同一部位に存在している(非特許文献36参照)、
21)ラットOCT3は11個のエクソンと10個のイントロンよりなる。また、マウスOCT3はヒトOCT3と86%の相同性を有している。OCT3が近位尿細管に局在するという免疫組織学的所見から考えるとOCT3は腎臓におけるカチオン性薬剤の排出に重要な役割を果たしていると考えられる(非特許文献13参照)、
22)ラットの培養アストロサイトにはOCT3が発現している(非特許文献37参照)、
23)OCT3を持つ腎臓由来Caki-1細胞とOCT1を持つ初代培養肝細胞におけるMPP+の取り込み特性は完全に異なる。Caki-1細胞においてコルチコステロン(corticosterone)はMPP+の取り込みを抑制したが、ストレス時の血中コルチコステロンの上昇によるOCT3の機能低下が、モノアミンの取り込み変化に与える影響は小さいと考えられる(非特許文献38参照)、
24)性ホルモンであるエストラジオールやプロゲステロンは、培養ブタ尿細管細胞におけるノルアドレナリンの取り込みを著明に減弱させる(非特許文献39参照)、
25)OCT3は神経細胞外モノアミントランスポーターuptake2と同一であり、海馬、大脳皮質、小脳を含む脳内全般に広く分布している(非特許文献40参照)、
26)初代培養肝細胞におけるアドレナリンの細胞内への取り込みには、OCT3/uptake2とP糖蛋白質が関与している(非特許文献41参照)、
27)酸化ストレスによる脳組織へのドパミン取り込み低下には、神経細胞に存在するモノアミン輸送系(uptake1)とOCT3/uptake2の両方の取り込み機能低下が関与している(非特許文献42参照)、
28)ラット胎盤より電位感受性のカチオン輸送蛋白OCT3が単離された(非特許文献43参照)、
29)OCT3/EMTはヒトのグリア細胞に存在する(非特許文献44参照)、
30)1,1'-Diisopropyl-2,4'-cyanine (disprocynium24)はOCT3/uptake2の強力な阻害剤であり、その静脈内投与はモノアミンの尿中排泄を強力に抑制する(非特許文献45参照)、
31)ラット心筋細胞へのノルアドレナリン取り込みにはuptake2が重要な役割を果たしている(非特許文献46参照)、
32)OCT3と同じく有機カチオン輸送担体であるOCT1,OCT2の性質、組織分布などが総説されている(非特許文献49参照)。
【0008】
また、ヒトおよびマウスのOCT3遺伝子を比較し、発見されていないOCT3の遺伝子多型と精神疾患との間で、何らかの関連性がある可能性が指摘されているが、具体的なデータは全く提示されていない(非特許文献47参照)。
【0009】
また、OCT3/EMT/uptake2はラット心筋細胞より見出されたトランスポーターであり、ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリンのようなモノアミンを基質とする。神経細胞以外の細胞に局在することから、末梢における神経刺激の際に遊離されるノルアドレナリンの除去に重要なトランスポーターであると想定されてきた。
【0010】
一方、OCT3は抗うつ剤を基質とする可能性がこれまでに報告されている。しかしながら、抗うつ剤はOCT3の基質MPP+の輸送に対して優れた阻害活性を有するが、これは抗うつ剤の構造の一部がモノアミンに類似していることと、抗うつ剤が強力なカチオン性薬剤であることに由来している。従って、この薬剤指向性がOCT3とうつ病の関連を示唆するものではない。
【0011】
別の例として、OCT3と薬効の関係が取りざたされたものとしては降圧薬であるβ遮断薬がある。これはモノアミンに構造の類似した降圧薬であるβ遮断薬がOCT3に輸送される特性を持ち、OCT3が心臓によく発現しているからである。(ただし、すべて90年代初頭〜半ばにドロップアウトした)。これは基質の種類とトランスポーターの発現が一致していたから注目されたといえる。
【0012】
一方、最初にOCT3をクローニングしたKekudaらはOCT3の発現は心臓で最も多く、ついで肺、腎臓であるとされ、脳の発現は極めて少ないと報告している。後に同じグループのWuらがOCT3の脳内発現を報告し、いくつかのグループがグリア細胞などの神経支持細胞におけるOCT3の発現を報告しているが、脳における発現量が少なく、神経に発現のないOCT3の中枢における機能を評価することはこれまで意義がないと考えられ、検討が行われていなかったのが現状である。
【0013】
また、OCT3欠損動物で脳におけるMPP+の取り込みには差がないこと、OCT3欠損動物の行動に異常がないことが報告された。この結果もまた、OCT3とうつ、不安などの関与に関する研究が進展しなかった理由であると考えられる。
【0014】
【非特許文献1】大槻 純男、外2名著、「血液脳関門の薬物透過と排出の分子機構―中枢支援防御システム―」、日本薬理学雑誌、2003年、Vol.122、p.55-64
【非特許文献2】遠藤 仁著、「薬物輸送の分子機構」、日本薬理学雑誌、2000年、Vol.116、p.114-124
【非特許文献3】Koepsell H、外2名著、「Molecular pharmacology of organic cation transporters in kidney.」、J Membr Biol、1999年、Vol.167、p.103-117
【非特許文献4】Grundemann D、外4名著、「Drug excretion mediated by a new prototype of polyspecific transporter.」、Nature、1994年、Vol.372、p.549-552
【非特許文献5】Okuda M、外4名著、「cDNA cloning and functional expression of a novel rat kidney organic cation transporter, OCT2.」、Biochem. Biophys. Res. Commun.、1996年、Vol.224、p.500-507
【非特許文献6】Pritchard JBおよびMiller DS著、「Mechanisms mediating renal secretion of organic anions and cations.」、Physiol. Rev.、1993年、Vol.73、p.765-96
【非特許文献7】Gorboulev V、外9名著、「Cloning and characterization of two human polyspecific organic cation transporters.」、DNA Cell Biol、1997年、Vol.16、p.871-881
【非特許文献8】Kekuda R、外6名著、「Cloning and functional characterization of a potential-sensitive, polyspecific organic cation transporter (OCT3) most abundantly expressed in placenta.」、J. Biol. Chem.、1998年、Vol.273、p.15971-15979
【非特許文献9】Grundemann D、外3名著、「Molecular identification of the corticosterone-sensitive extraneuronal catecholamine transporter.」、Nat Neurosci、1998年、Vol.1、p.349-351
【非特許文献10】Wu X、外7名著、「Identity of the organic cation transporter OCT3 as the extraneuronal monoamine transporter (uptake2) and evidence for the expression of the transporter in the brain.」、J. Biol. Chem.、1998年、Vol.273、p.32776-32786
【非特許文献11】Inazu M、外6名著、「Pharmacological characterization of dopamine transport in cultured rat astrocytes.」、Life Sci.、1999年、Vol.64、p.2239-2245
【非特許文献12】若山健太郎、外3名著、「1-Metyl-4-phenylpyridinium (MPP+)の脳関門排出機構」、第123回年会日本薬学会、2003年、要旨集4、P64
【非特許文献13】Wu X、外7名著、「Structure, function, and regional distribution of the organic cation transporter OCT3 in the kidney. 」、Am J Physiol Renal Physiol. 2000 Sep、Vol.279(3)、F449-58
【非特許文献14】Haag C、外5名著、「The localisation of the extraneuronal monoamine transporter (EMT) in rat brain.」、J Neurochem. 2004年Jan、Vol.88(2)、p.291-7
【非特許文献15】Inazu M、外2名著、「The role of glial monoamine transporters in the central nervous system」、Nihon Shinkei Seishin Yakurigaku Zasshi.、2003年Aug、Vol.23(4)、p.171-8
【非特許文献16】Horvath G、外5名著、「Norepinephrine transport by the extraneuronal monoamine transporter in human bronchial arterial smooth muscle cells. 」、Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol.、2003年Oct、Vol. 285(4)、L829-37
【非特許文献17】Horvath G、外4名著、「Steroid sensitivity of norepinephrine uptake by human bronchial arterial and rabbit aortic smooth muscle cells.」、Am J Respir Cell Mol Biol.、2001年Oct、Vol. 25(4)、p.500-6.
【非特許文献18】Lazar A、外5名著、「Genetic variability of the extraneuronal monoamine transporter EMT (SLC22A3).」、J Hum Genet.、2003年、Vol.48(5)、p.226-30
【非特許文献19】Shang T、外4名著、「1-Methyl-4-phenylpyridinium accumulates in cerebellar granule neurons via organic cation transporter 3. 」、J Neurochem.、2003年Apr、Vol.85(2)、p.358-67
【非特許文献20】Kitaichi K、外7名著、「Increased plasma concentration and brain penetration of methamphetamine in behaviorally sensitized rats.」、Eur J Pharmacol.、2003年Mar7、Vol.464(1)、p.39-48
【非特許文献21】Schmitt A、外7名著、「Organic cation transporter capable of transporting serotonin is up-regulated in serotonin transporter-deficient mice. 」、J Neurosci Res.、2003年Mar1、Vol.71(5)、p.701-9
【非特許文献22】Grundemann D、外3名著、「Agmatine is efficiently transported by non-neuronal monoamine transporters extraneuronal monoamine transporter (EMT) and organic cation transporter 2 (OCT2). 」、J Pharmacol Exp Ther.、2003年Feb、Vol.304(2)、p.810-7
【非特許文献23】Leazer TM,およびKlaassen CD. 著、「The presence of xenobiotic transporters in rat placenta.」、Drug Metab Dispos.、2003年Feb、Vol.31(2)、p.153-67
【非特許文献24】Inazu M、外2名著、「Expression and functional characterization of the extraneuronal monoamine transporter in normal human astrocytes. 」、J Neurochem.、 2003年Jan、Vol.84(1)、p. 43-52
【非特許文献25】Takeda H、外2名著、「Astroglial dopamine transport is mediated by norepinephrine transporter.」、Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol.、2002年Dec、Vol. 366(6)、p.620-3
【非特許文献26】Kristufek D、外3名著、「Organic cation transporter mRNA and function in the rat superior cervical ganglion.」、J Physiol.、2002年Aug15、Vol.543(Pt 1)、p.117-34
【非特許文献27】Martel F、外3名著、「Uptake of (3)H-1-methyl-4-phenylpyridinium ((3)H-MPP(+)) by human intestinal Caco-2 cells is regulated by phosphorylation/dephosphorylation mechanisms.」、Biochem Pharmacol.、2002年Apr15、Vol.63(8)、p.1565-73
【非特許文献28】Martel F、外3名著、「Apical uptake of organic cations by human intestinal Caco-2 cells: putative involvement of ASF transporters.」、Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol.、2001年Jan、Vol.363(1)、p.40-9
【非特許文献29】Wessler I、外6名著、「Release of non-neuronal acetylcholine from the isolated human placenta is mediated by organic cation transporters.」、Br J Pharmacol.、2001年Nov、Vol.134(5)、p.951-6
【非特許文献30】Shu Y、外4名著、「Functional characteristics and steroid hormone-mediated regulation of an organic cation transporter in Madin-Darby canine kidney cells.」、J Pharmacol Exp Ther.、2001年Oct、Vol.299(1)、p.392-8
【非特許文献31】Sweet DH、外3名著、「Ventricular choline transport: a role for organic cation transporter 2 expressed in choroid plexus.」、J Biol Chem.、2001年Nov9、Vol.276(45)、p.41611-9
【非特許文献32】Martel F、外3名著、「Effect of P-glycoprotein modulators on the human extraneuronal monoamine transporter.」、Eur J Pharmacol.、2001年Jun 22、Vol.422(1-3)、p.31-7
【非特許文献33】Molderings GJ、外3名著、「Agmatine and putrescine uptake in the human glioma cell line SK-MG-1.」、Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol.、2001年Jun、Vol.363(6)、p.671-9
【非特許文献34】Friedrich A、外4名著、「Transport of choline and its relationship to the expression of the organic cation transporters in a rat brain microvessel endothelial cell line (RBE4). 」、Biochim Biophys Acta.、2001年Jun 6、Vol.1512(2)、p.299-307
【非特許文献35】Zwart R、外4名著、「Impaired activity of the extraneuronal monoamine transporter system known as uptake-2 in Orct3/Slc22a3-deficient mice. 」、Mol Cell Biol.、2001年Jul、Vol.21(13)、p.4188-96
【非特許文献36】Verhaagh S、外2名著、「The extraneuronal monoamine transporter Slc22a3/Orct3 co-localizes with the Maoa metabolizing enzyme in mouse placenta.」、Mech Dev.、2001年Jan、Vol.100(1)、p.127-30
【非特許文献37】Inazu M、外6名著、「Pharmacological characterization of dopamine transport in cultured rat astrocytes.」、Life Sci.、1999年、Vol.64(24)、p.2239-45
【非特許文献38】Martel F、外3名著、「Comparison between uptake2 and rOCT1: effects of catecholamines, metanephrines and corticosterone.」、Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol.、1999年Apr、Vol.359(4)、p.303-9
【非特許文献39】Dynarowicz IおよびWatkowski T.著、「The effect of oestradiol-17 beta and progesterone on uptake1, uptake2 and on release of noradrenaline in the uterine artery of ovariectomized pigs.」、Arch Vet Pol.、1993年、Vol.33(3-4)、p.249-58
【非特許文献40】Wu X、外7名著、「Identity of the organic cation transporter OCT3 as the extraneuronal monoamine transporter (uptake2) and evidence for the expression of the transporter in the brain.」、J Biol Chem.、1998年Dec4、Vol.273(49)、p.32776-86
【非特許文献41】Martel F、外3名著、「Uptake of [3H]-adrenaline by freshly isolated rat hepatocytes: putative involvement of P-glycoprotein.」、J Auton Pharmacol.、1998年Feb、Vol.18(1)、p.57-64
【非特許文献42】Page G、外5名著、「Possible relationship between changes in [3H]DA uptake and autoxidation in rat striatal slices.」、Exp Neurol.、1998年Jul、Vol.152(1)、p.88-94
【非特許文献43】Kekuda R、外6名著、「Cloning and functional characterization of a potential-sensitive, polyspecific organic cation transporter (OCT3) most abundantly expressed in placenta.」、J Biol Chem.、1998年Jun26、Vol.273(26)、p.15971-9
【非特許文献44】Schomig E、外5名著、「The extraneuronal monoamine transporter exists in human central nervous system glia.」、Adv Pharmacol.、1998年、Vol.42、p.356-9
【非特許文献45】Graefe KH、外5名著、「1,1'-Diisopropyl-2,4'-cyanine (disprocynium24), a potent uptake2 blocker, inhibits the renal excretion of catecholamines.」、Naunyn Schmiedebergs Arch Pharmacol.、1997年Jul、Vol.356(1)、p.115-25
【非特許文献46】Obst OO 外2名著、「Characterization of catecholamine uptake2 in isolated cardiac myocytes. 」、Mol Cell Biochem.、1996年Oct-Nov、Vol.163-164、p.181-3
【非特許文献47】Wieland A、外3名著、「Analysis of the gene structure of the human (SLC22A3) and murine (Slc22a3) extraneuronal monoamine transporter. 」、J Neural Transm.、2000年、Vol.107(10)、p.1149-57
【非特許文献48】Lazar A、外5名著、「Genetic variability of the extraneuronal monoamine transporter EMT (SLC22A3).」、J Hum Genet、2003年、Vol.48、p.226-230
【非特許文献49】J Pharmacol Exp Ther.、2004年 Jan、Vol.308(1)、p.2-9
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、うつ、不安、または薬物依存症等の精神疾患とOCT3との関連を明らかにすることにより、該精神疾患の治療のための薬剤、および該薬剤のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上述のように、野生型と比較して行動に変化が見られるOCT3欠損動物は、これまでのところ報告されていない。本発明者は、セロトニントランスポーター欠損動物では代償的にセロトニンを含むモノアミン輸送活性を有するOCT3の発現が、一部の脳部位で増加しているとの知見から、次のような仮説を想起した。即ち、上記OCT3欠損動物では、他のモノアミン輸送活性をもつトランスポーターが動物の成長過程において過剰発現し、OCT3の機能を代償しているものと考えた。そして本発明者は、成熟した動物の脳内のOCT3の発現を抑制させることによって、行動に変化が見られる動物の作製が可能であるものと想到した。本発明者は、OCT3の発現が抑制され、行動に変化を呈するマウスを作製すべく、鋭意研究を行った。
【0017】
本発明者は、OCT3に対するアンチセンスを脳内へ直接投与することにより、OCT3の発現が抑制されたマウスの作製を試みた。アンチセンスの標的部位には種々の部位が考えられるが、本実験においては、標的遺伝子のOCT3の開始コドンを含む配列を使用した。また本発明者は、脳室と血液の接点となる血液-脳脊髄液関門にOCT3が発現しているという知見に着目し、上記アンチセンスの投与脳部位として脳室を選択した。通常、脳実質に標的がある場合は直接、標的組織にアンチセンスを入れる方法もあるが、アンチセンスは一般的に塩基配列の分解阻止を目的に配列内のリン酸に硫黄をつけたphosphorothioate体を用いることが多い。しかしながら本発明者は、実際は上記phosphorothioate体として毒性が発現し、組織が壊死することが多く、実験の際に困難を伴うものと考え、脳室内へのアンチセンス投与という創意・工夫を施した。
【0018】
本発明者は、上述のように作製されたマウスについて、各種精神疾患との関連を調べるために、うつ病様症状に対する効果、および不安症状に対する効果について検討を行った。より具体的には、上記マウスについて強制水泳試験、および探索行動の観察を行った。その結果、上記マウスは、遊泳中の無動状態が消失し抗うつ作用を呈すること、並びに探索行動が亢進し抗不安作用を呈することを見出した。また、これらマウスにおいてOCT3の発現が有意に低下していることを確認した。
【0019】
上述の結果は、OCT3遺伝子の発現を抑制する物質(例えば、アンチセンス核酸等)が、各種精神疾患に対して実際に有効であることを、動物実験レベルで証明するものである。即ち、OCT3の発現を抑制することによって、抗うつ作用、または抗不安作用が動物の行動の変化として観察された今回の知見により、OCT3の発現もしくは機能の抑制物質が、うつ症状、不安神経症の治療薬として実際に有効であることが示された。
【0020】
さらに本発明者は、OCT3遺伝子の発現抑制の効果と抗うつ薬との併用効果について検討した。その結果、OCT3の発現を抑制することにより、抗うつ薬の作用が増強されることを新たに見出した。即ち、OCT3の発現を調節する化合物は、抗うつ薬との併用剤として有用であることが示された。
【0021】
また本発明者は、OCT3を標的とする低分子化合物が実際に抗うつ薬と同様の作用を有することを見出した。即ち、OCT3を標的とする化合物が、実際にうつ病等の精神疾患に対して治療効果を有することが示された。
【0022】
さらに上述の結果は、単独の遺伝子(OCT3)の発現を抑制することにより、野生型と容易に識別可能な表現型を呈する動物を、実際に作製することに成功したことを示すものである。上記の如く本発明者は、OCT3遺伝子の発現を抑制することによって、野生型動物と容易に識別可能な動物を作製することに初めて成功し、本発明を完成させた。本発明の動物は、実際に、うつ、不安等の精神疾患と関連する表現型を呈する、非常に有用な動物である。
【0023】
本発明の上記のOCT3遺伝子ノックアウト動物は、例えば、精神疾患の治療薬のスクリーニング、あるいは、精神疾患を引き起こす原因物質の同定に非常に有用である。上記方法によって取得(同定)される物質(化合物)は、本発明の動物の表現型を実際に変化(亢進または消失)させ得る物質であることから、精神疾患に治療効果を有する、もしくは精神疾患の原因物質である蓋然性の非常に高い物質であると言うことができる。
【0024】
また上記のOCT3の発現が抑制されたマウスは、覚せい剤誘発自発運動量の亢進が見られた。即ち、覚せい剤の単回投与にも関わらず、覚せい剤反復投与による逆耐性現象と同様の行動が観察された。本発明によって、覚せい剤の反復投与をせずに、覚せい剤の逆耐性現象を呈する、即ち、覚せい剤自発運動量の亢進が見られるマウスの作製に成功した。上記動物は、薬物依存症の形成メカニズムの解析に有用である。さらに上記動物は、覚せい剤依存症のための治療薬のスクリーニングに好適に使用することができる。
【0025】
本発明は、うつ、不安等、覚せい剤依存症等の精神疾患と関連する表現型を呈するOCT3ノックアウト動物、および該精神疾患の治療のための薬剤、および該薬剤のスクリーニング方法に関し、より具体的には、
〔1〕 有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現抑制物質を有効成分として含む、精神疾患治療薬、
〔2〕 有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の発現抑制物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物である、〔1〕に記載の精神疾患治療薬、
(a)OCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)OCT3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)OCT3遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
〔3〕 有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質を有効成分として含む、精神疾患治療薬、
〔4〕 有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質が、以下の(a)または(b)の化合物である、〔3〕に記載の精神疾患治療薬、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する抗体
(b)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する(親和性を有する)低分子化合物
〔5〕 精神疾患が、うつ病または不安神経症である、〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の治療薬、
〔6〕 有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の発現亢進物質、もしくは機能亢進物質を有効成分として含む、覚せい剤依存症治療薬、
〔7〕 有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現が人為的に抑制されていることを特徴とする、遺伝子ノックアウト非ヒト動物、
〔8〕 以下の(a)〜(c)のいずれかの核酸の作用により、前記OCT3遺伝子の発現が抑制されている、〔7〕に記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物、
(a)OCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)OCT3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)OCT3遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
〔9〕 以下の(a)〜(c)のいずれかの表現型を示す、〔7〕に記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物、
(a)抗うつ様作用
(b)覚せい剤誘発自発運動の亢進
(c)抗不安作用
〔10〕 非ヒト動物がげっ歯類である、〔7〕〜〔9〕のいずれかに記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物、
〔11〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合活性を測定する工程
(c)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質またはその部分ペプチドと結合する化合物を選択する工程
〔12〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子を発現する細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
〔13〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
〔14〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該タンパク質の活性を低下させる化合物を選択する工程
〔15〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患の原因化合物の同定方法、
(a)〔7〕〜〔10〕のいずれかに記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物に被検化合物を投与する工程
(b)前記非ヒト動物の有する表現型に依存する行動を観察する工程
(c)前記表現型に依存する行動を消失させる化合物を、精神疾患の原因化合物であるものと判定する工程
〔16〕 精神疾患が、うつ病または不安神経症である、〔11〕〜〔15〕のいずれかに記載の方法、
〔17〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子を発現する細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを上昇させる化合物を選択する工程
〔18〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを上昇させる化合物を選択する工程
〔19〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該タンパク質の活性を上昇させる化合物を選択する工程
〔20〕 以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法、
(a)〔7〕〜〔10〕のいずれかに記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物に被検化合物を投与する工程
(b)前記非ヒト動物の有する表現型に依存する覚せい剤誘発自発運動を観察する工程
(c)前記運動を消失させる化合物を選択する工程
〔21〕 非ヒト動物の脳内へOCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸を投与する工程を含む、〔7〕に記載のノックアウト非ヒト動物の作製方法、
〔22〕 有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現抑制物質を有効成分として含む、抗うつ薬作用増強剤、
〔23〕 有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の発現抑制物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物である、〔22〕に記載の抗うつ薬作用増強剤、
(a)OCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)OCT3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)OCT3遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
〔24〕 有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質を有効成分として含む、抗うつ薬作用増強剤、
〔25〕 有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質が、以下の(a)または(b)の化合物である、〔24〕に記載の抗うつ薬作用増強剤、
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する抗体
(b)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する低分子化合物
〔26〕 抗うつ薬、および、請求項22〜25のいずれかに記載の抗うつ薬作用増強剤を有効成分として含有する抗うつ作用を有する医薬組成物
を、提供するものである。
【0026】
さらに本発明は、
〔27〕 有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現抑制物質あるいはOCT3タンパク質の機能抑制物質を個体(例えば、患者等)へ投与する工程を含む、精神疾患を予防および/または治療する方法、
〔28〕 有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現亢進物質あるいはOCT3タンパク質の機能亢進物質を個体(例えば、患者等)へ投与する工程を含む、覚せい剤依存症の予防および/または治療する方法、
〔29〕 有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現抑制物質あるいはOCT3タンパク質の機能抑制物質の精神疾患治療薬の製造における使用、
〔30〕 有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現亢進物質あるいはOCT3タンパク質の機能亢進物質の覚せい剤依存症治療薬の製造における使用、
を、提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】うつ病モデルにおける、OCT3に対するアンチセンス脳内持続注入の効果および低用量のOCT3に対するアンチセンスと低用量の抗うつ薬イミプラミンとの相乗効果を示すグラフである。a:p<0.01 vs. 溶媒群、b:p<0.01 vs. OCT3-ScrAS、c:p<0.01 vs. (OCT-AS 0 + IMI 0)、d:p<0.01 vs. (OCT-AS 0 + IMI 4)、e:p<0.01 vs. (OCT-AS 0.075 + IMI 0)。
【図2】うつ病モデルにおける、OCT3に比較的選択的に輸送されるノルメタネフリンの脳内持続注入の効果を示すグラフである。a:p<0.01 vs. 溶媒群。
【図3】OCT3に対するアンチセンスを脳内に持続注入したラットにおけるOCT3タンパク質の発現低下を示すグラフである。a:p<0.01 vs. 溶媒群、b:p<0.01 vs. OCT3-ScrAS。
【図4】覚醒剤誘発自発運動における、OCT3に対するアンチセンス脳内持続注入の効果を示すグラフである。
【図5】不安活性に対するOCT3に対するアンチセンス脳内持続注入の効果を示すグラフである。左側グラフは、場所探索行動をとった結果の立ち上がり行動の回数を示す。右側グラフは、自発運動量の回数を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明者によって、有機カチオントランスポーターOCT3(本明細書においては、単に「OCT3」と記載する場合あり)の発現を抑制する物質は、うつ(病)、不安(神経症)等の精神疾患に対して、治療効果を有することが示された。従って本発明は、OCT3遺伝子もしくはOCT3タンパク質の発現、または、OCT3遺伝子によってコードされるタンパク質(OCT3タンパク質)の機能(活性)を抑制する物質を含む、精神疾患治療薬に関する。
【0029】
本発明の好ましい態様においては、まず、OCT3遺伝子の発現の発現抑制物質を有効成分として含む、精神疾患治療薬(精神疾患治療のための薬剤・医薬組成物)を提供する。
【0030】
本発明におけるOCT3は、種々の生物において存在することが知られている。本発明のOCT3には、種々の生物におけるOCT3が含まれる。本発明のOCT3として例えば、ヒトOCT3、マウスOCT3、ラットOCT3等が挙げられる。これらのOCT3をコードする遺伝子の塩基配列をそれぞれ配列番号:1(ヒト)、3(マウス)、5(ラット)に示す。また、該塩基配列によってコードされるタンパク質のアミノ配列をそれぞれ、配列番号:2(ヒト)、4(マウス)、6(ラット)に示す。これら以外のタンパク質であっても、例えば、上記配列表に記載された配列と高い相同性(通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上)を有し、かつ、OCT3が有する機能(例えば、有機トランスポーターとしての機能)を持つタンパク質は、本発明のOCT3に含まれる。上記タンパク質とは、例えば、配列番号:2、4または6のいずれかに記載のタンパク質のアミノ酸配列において、1以上のアミノ酸が付加、欠失、置換、挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質であって、通常、変化するアミノ酸数は、30アミノ酸以内、好ましくは、10アミノ酸以内、より好ましくは5アミノ酸以内、最も好ましくは3アミノ酸以内である。
【0031】
本発明の上記治療薬において、治療効果が期待される「精神疾患」としては、例えば、うつ病、不安神経症、躁病、躁うつ病、統合失調症、多動症(ADHD)等が挙げられる。本発明における「精神疾患」としては、好ましくは、うつ病、または不安神経症等を挙げることができる。
【0032】
うつ(鬱)病とは一般的に、悲しみ、孤独、絶望、自責感を特徴とする一時的な精神状態ないし慢性的な精神障害で、精神運動制止、頻回ではない焦燥、社会からの引きこもり、食欲低下や不眠などの植物神経症状などの徴候を伴う疾患を指す。また、不安神経症とは一般的に、急激に引き起こる不安発作を主症状とする疾患を言う。通常、発作中は、心悸亢進・頻脈・呼吸困難・めまい・ふるえ等の症状を伴う。また、所謂「パニック障害」も、上記不安神経症に含まれる。
【0033】
本発明においてOCT3遺伝子の発現抑制物質には、例えば、OCT3の転写もしくは該転写産物からの翻訳を阻害する物質が含まれる。本発明の上記発現抑制物質の好ましい態様として、例えば、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物(核酸)を挙げることができる。
(a)OCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)OCT3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)OCT3遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
【0034】
本発明における「核酸」とはRNAまたはDNAを意味する。また、所謂PNA (peptide nucleic acid)等の化学合成核酸アナログも、本発明の核酸に含まれる。PNAは、核酸の基本骨格構造である五単糖・リン酸骨格を、グリシンを単位とするポリアミド骨格に置換したもので、核酸によく似た3次元構造を有する。
【0035】
特定の内在性遺伝子の発現を阻害する方法としては、アンチセンス技術を利用する方法が当業者によく知られている。アンチセンス核酸が標的遺伝子の発現を阻害する作用としては、以下のような複数の要因が存在する。即ち、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が作られた部位とのハイブリッド形成による転写阻害、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点におけるハイブリッド形成によるスプライシング阻害、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行阻害、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始阻害、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳阻害、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻害、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現阻害などである。このようにアンチセンス核酸は、転写、スプライシングまたは翻訳など様々な過程を阻害することで、標的遺伝子の発現を阻害する(平島および井上, 新生化学実験講座2 核酸IV遺伝子の複製と発現, 日本生化学会編, 東京化学同人, 1993, 319-347.)。
【0036】
本発明で用いられるアンチセンス核酸は、上記のいずれの作用によりOCT3遺伝子の発現を阻害してもよい。一つの態様としては、OCT3遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的と考えられる。また、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用することができる。このように、OCT3遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含む核酸も、本発明で利用されるアンチセンス核酸に含まれる。使用されるアンチセンス核酸は、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。このようにして調製された核酸は、公知の方法を用いることで、所望の動物へ形質転換できる。アンチセンス核酸の配列は、形質転換される動物が持つ内在性OCT3遺伝子またはその一部と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に抑制できる限りにおいて、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相補性を有する。アンチセンス核酸を用いて標的遺伝子(OCT3)の発現を効果的に抑制するには、アンチセンス核酸の長さは少なくとも15塩基以上25塩基未満であることが好ましいが、本発明のアンチセンス核酸は、必ずしもこの長さに限定されない。
【0037】
本発明のアンチセンスは、特に制限されないが、例えば、GenBankのアクセッション番号NM_019230で取得されるラットOCT3遺伝子の388-408番目の塩基配列、またはGenBankのアクセッション番号NM_011395のマウスOCT3遺伝子の377-397番目の塩基配列等を基に作成することができる。一例を示せば、5'- tggtcgaacgtgggcatggtg -3'(配列番号:7)の配列に相補的なRNAを挙げることができる。
【0038】
また、OCT3遺伝子の発現の阻害は、リボザイム、またはリボザイムをコードするDNAを利用して行うことも可能である。リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子を指す。リボザイムには種々の活性を有するものが存在するが、中でもRNAを切断する酵素としてのリボザイムに焦点を当てた研究により、RNAを部位特異的に切断するリボザイムの設計が可能となった。リボザイムには、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1 RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子, タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.)。
【0039】
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15という配列のC15の3'側を切断するが、その活性にはU14とA9との塩基対形成が重要とされ、C15の代わりにA15またはU15でも切断され得ることが示されている(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 228, 228.)。基質結合部位が標的部位近傍のRNA配列と相補的なリボザイムを設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することができる(Koizumi, M. et al., FEBS Lett, 1988, 239, 285.、小泉誠および大塚栄子, タンパク質核酸酵素, 1990, 35, 2191.、Koizumi, M. et al., Nucl Acids Res, 1989, 17, 7059.)。
【0040】
また、ヘアピン型リボザイムも本発明の目的に有用である。このリボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan, JM., Nature, 1986, 323, 349.)。ヘアピン型リボザイムからも、標的特異的なRNA切断リボザイムを作出できることが示されている(Kikuchi, Y. & Sasaki, N., Nucl Acids Res, 1991, 19, 6751.、菊池洋, 化学と生物, 1992, 30, 112.)。このように、リボザイムを用いて本発明におけるOCT3遺伝子の転写産物を特異的に切断することで、該遺伝子の発現を阻害することができる。
【0041】
内在性遺伝子の発現の阻害は、さらに、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二本鎖RNAを用いたRNA干渉(RNA interferance;RNAi)によっても行うことができる。本発明のRNAi効果による阻害作用を有する核酸は、一般的にsiRNAとも言われる。RNAiは、標的遺伝子のmRNAと相同な配列からなるセンスRNAとこれと相補的な配列からなるアンチセンスRNAとからなる二本鎖RNAを細胞等に導入することにより、標的遺伝子mRNAの破壊を誘導し、標的遺伝子の発現を抑制し得る現象である。このようにRNAiは、標的遺伝子の発現を抑制し得ることから、従来の煩雑で効率の低い相同組み換えによる遺伝子破壊方法に代わる簡易な遺伝子ノックアウト方法として、または、遺伝子治療への応用可能な方法として注目を集めている。RNAiに用いるRNAは、OCT3遺伝子もしくは該遺伝子の部分領域と必ずしも完全に同一である必要はないが、完全な相同性を有することが好ましい。
【0042】
本発明の上記(c)の核酸の好ましい態様として、OCT3遺伝子に対してRNAi(RNA interference;RNA干渉)効果を有する二本鎖RNA(siRNA)を挙げることができる。より具体的には、配列番号:1、3、または5のいずれかに記載の塩基配列の部分配列に対するセンスRNAおよびアンチセンスRNAからなる二本鎖RNA(siRNA)を挙げることができる。
【0043】
RNAi機構の詳細については未だに不明な部分もあるが、DICERといわれる酵素(RNase III核酸分解酵素ファミリーの一種)が二本鎖RNAと接触し、二本鎖RNAがsmall interfering RNAまたはsiRNAと呼ばれる小さな断片に分解されるものと考えられている。本発明におけるRNAi効果を有する二本鎖RNAには、このようにDICERによって分解される前の二本鎖RNAも含まれる。即ち、そのままの長さではRNAi効果を有さないような長鎖のRNAであっても、細胞においてRNAi効果を有するsiRNAへ分解されることが期待されるため、本発明における二本鎖RNAの長さは、特に制限されない。
【0044】
例えば、本発明のOCT3遺伝子のmRNAの全長もしくはほぼ全長の領域に対応する長鎖二本鎖RNAを、例えば、予めDICERで分解させ、その分解産物を精神疾患治療薬として利用することが可能である。この分解産物には、RNAi効果を有する二本鎖RNA分子(siRNA)が含まれることが期待される。この方法によれば、RNAi効果を有することが期待されるmRNA上の領域を、特に選択しなくともよい。即ち、RNAi効果を有する本発明のOCT3遺伝子のmRNA上の領域は、必ずしも正確に規定される必要はない。
【0045】
なお、上記RNA分子において一方の端が閉じた構造の分子、例えば、ヘアピン構造を有するsiRNA(shRNA)も本発明に含まれる。即ち、分子内において二本鎖RNA構造を形成し得る一本鎖RNA分子もまた本発明に含まれる。
【0046】
本発明の上記「RNAi効果により抑制し得る二本鎖RNA」は、当業者においては、該二本鎖RNAの標的となる本発明のOCT3遺伝子の塩基配列を基に、適宜作製することができる。一例を示せば、配列番号:1、3、または5のいずれかに記載の塩基配列をもとに、本発明の二本鎖RNAを作製することができる。即ち、配列番号:1、3、または5のいずれかに記載の塩基配列をもとに、該配列の転写産物であるmRNAの任意の連続するRNA領域を選択し、この領域に対応する二本鎖RNAを作製することは、当業者においては、通常の試行の範囲内において適宜行い得ることである。また、該配列の転写産物であるmRNA配列から、より強いRNAi効果を有するsiRNA配列を選択することも、当業者においては、公知の方法によって適宜実施することが可能である。また、一方の鎖(例えば、配列番号:1、3、または5のいずれかに記載の塩基配列)が判明していれば、当業者においては容易に他方の鎖(相補鎖)の塩基配列を知ることができる。siRNAは、当業者においては市販の核酸合成機を用いて適宜作製することが可能である。また、所望のRNAの合成については、一般の合成受託サービスを利用することができる。
【0047】
さらに、本発明の上記RNAを発現し得るDNA(ベクター)もまた、本発明のOCT3遺伝子の発現を抑制し得る化合物の好ましい態様に含まれる。例えば、本発明の上記二本鎖RNAを発現し得るDNA(ベクター)は、該二本鎖RNAの一方の鎖をコードするDNA、および該二本鎖RNAの他方の鎖をコードするDNAが、それぞれ発現し得るようにプロモーターと連結した構造を有するDNAである。本発明の上記DNAは、当業者においては、一般的な遺伝子工学技術により、適宜作製することができる。より具体的には、本発明のRNAをコードするDNAを公知の種々の発現ベクターへ適宜挿入することによって、本発明の発現ベクターを作製することが可能である。
【0048】
また、本発明の発現抑制物質には、例えば、OCT3の発現調節領域(例えば、プロモーター領域)と結合することにより、OCT3の発現を抑制する化合物が含まれる。該化合物は、例えば、OCT3のプロモーターDNA断片を用いて、該DNA断片との結合活性を指標とするスクリーニング方法により、取得することが可能である。また、当業者においては、所望の化合物について、本発明のOCT3の発現を抑制するか否かの判定を、公知の方法、例えば、レポーターアッセイ法等により適宜実施することができる。
【0049】
また本発明は、有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質を有効成分として含む精神疾患治療薬を提供する。OCT3タンパク質の有機カチオントランスポーターとしての機能を抑制することにより、神経伝達物質を含む有機カチオンの輸送が阻害され、神経伝達物質の機能が増加し、精神疾患の治療に有効であると考えられる。また該機能を抑制する物質は、精神疾患治療薬として有効であるものと考えられる。
【0050】
本発明におけるOCT3タンパク質の機能抑制物質としては、例えば、以下の(a)または(b)の化合物を挙げることができる。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する抗体
(b)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する低分子化合物
【0051】
OCT3タンパク質に結合する抗体(抗OCT3抗体)は、当業者に公知の方法により調製することが可能である。ポリクローナル抗体であれば、例えば、次のようにして得ることができる。天然のOCT3タンパク質、あるいはGSTとの融合タンパク質として大腸菌等の微生物において発現させたリコンビナント(組み換え)OCT3タンパク質、またはその部分ペプチドをウサギ等の小動物に免疫し血清を得る。これを、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、OCT3タンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することにより調製する。また、モノクローナル抗体であれば、例えば、OCT3タンパク質若しくはその部分ペプチドをマウスなどの小動物に免疫を行い、同マウスより脾臓を摘出し、これをすりつぶして細胞を分離し、該細胞とマウスミエローマ細胞とをポリエチレングリコール等の試薬を用いて融合させ、これによりできた融合細胞(ハイブリドーマ)の中から、OCT3タンパク質に結合する抗体を産生するクローンを選択する。次いで、得られたハイブリドーマをマウス腹腔内に移植し、同マウスより腹水を回収し、得られたモノクローナル抗体を、例えば、硫安沈殿、プロテインA、プロテインGカラム、DEAEイオン交換クロマトグラフィー、OCT3タンパク質や合成ペプチドをカップリングしたアフィニティーカラム等により精製することで、調製することが可能である。
【0052】
本発明の抗体の形態には、特に制限はなく、本発明のOCT3タンパク質に結合する限り、上記ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のほかに、ヒト抗体、遺伝子組み換えによるヒト型化抗体、さらにその抗体断片や抗体修飾物も含まれる。
【0053】
抗体取得の感作抗原として使用される本発明のOCT3タンパク質は、その由来となる動物種について制限されないが、哺乳動物、例えばマウス、ヒト由来のタンパク質が好ましく、特にヒト由来のタンパク質が好ましい。ヒト由来のタンパク質は、当業者においては、本明細書に開示される遺伝子配列又はアミノ酸配列を用いて、適宜、取得することができる。
【0054】
本発明において、感作抗原として使用されるタンパク質は、完全なタンパク質あるいはタンパク質の部分ペプチドであってもよい。タンパク質の部分ペプチドとしては、例えば、タンパク質のアミノ基(N)末端断片やカルボキシ(C)末端断片が挙げられる。本明細書における「抗体」とはタンパク質の全長又は断片に反応する抗体を意味する。
【0055】
また、ヒト以外の動物に抗原を免疫して上記ハイブリドーマを得る他に、ヒトリンパ球、例えばEBウィルスに感染したヒトリンパ球をin vitroでタンパク質、タンパク質発現細胞又はその溶解物で感作し、感作リンパ球をヒト由来の永久分裂能を有するミエローマ細胞、例えばU266と融合させ、タンパク質への結合活性を有する所望のヒト抗体を産生するハイブリドーマを得ることもできる。
【0056】
本発明のOCT3タンパク質に対する抗体は、OCTタンパク質と結合することにより、OCT3タンパク質の機能を阻害し、例えば、精神疾患の治療や改善効果が期待される。得られた抗体を人体に投与する目的(抗体治療)で使用する場合には、免疫原性を低下させるため、ヒト抗体やヒト型抗体が好ましい。
【0057】
さらに本発明は、OCT3タンパク質の機能を阻害し得る物質として、OCT3タンパク質に結合する低分子量物質(低分子化合物)も含有する。本発明のOCT3タンパク質に結合する低分子量物質は、天然または人工の化合物であってもよい。通常、当業者に公知の方法を用いることによって製造または取得可能な化合物である。また本発明の化合物は、後述のスクリーニング方法によって、取得することも可能である。
【0058】
また、OCT3タンパク質の基質となる化合物は、OCT3のトランスポーターとしての活性を競合的に阻害する可能性が考えられる。例えば、プロプラノロール等のβ遮断薬(心不全等の治療薬)は、OCT3によって輸送されることが知られている。β遮断薬は血液脳関門を通過できないが、類似物質で中枢移行性があり、かつOCT3のトランスポーター活性を競合的に阻害する物質は、脳内で上記OCT3タンパク質の機能を阻害することが期待される。即ち、該阻害物質もまた、本発明の上記低分子化合物に含まれる。
【0059】
上記(b)のOCT3タンパク質に結合する低分子化合物には、例えば、OCT3に対して親和性が高い化合物が含まれる。該化合物の具体例としては、ノルアドレナリンの不活性代謝物であるノルメタネフリンを挙げることができる。ノルメタネフリンは後述の実施例で示すように、実際に抗うつ作用を有することが確認されたことから、上記低分子化合物の好ましい一例と言える。
【0060】
また、OCT3に対して親和性を有する低分子化合物としては、ノルメタネフリン以外にも、例えば、3-methoxyisoprenaline、3-0-methyl isoprenaline、carteolol、(-)isoprenaline、(-)adrenaline、1-methyl-4-phenylpyridinium (MPP+)、(2-chloroethyl)-3-sarcosinamide-1-nitrosourea (SarCNU)、1,1'-Diisopropyl-2,4'-cyanine (disprocynium24)、decynium 22、cyanine 863、corticosterone、estradiol、disopyramide、lidocaine、procainamide等の化合物を挙げることができる。
【0061】
また、上記化合物の中にはOCT3のみを標的とせず、他の標的を介した多彩な薬理作用を有するものが含まれている。例えば、3-methoxyisoprenaline、3-0-methyl isoprenaline、Carteolol、(-)isoprenaline、および(-)adrenalineは降圧作用、SarCNUは抗腫瘍作用、disopyramide、lidocaine、およびprocainamideは抗不整脈作用、corticosteroneおよびestradiolはステロイドホルモン様作用を有する。また、1-methyl-4-phenylpyridinium (MPP+)はドパミン神経毒として知られている。また、disprocynium24、decynium 22、およびcyanine 863は強力なOCT3阻害薬であるが、同時に他のOCTサブタイプに対しても強力な阻害作用を示す。
【0062】
従って、ノルメタネフリン以外の上記化合物を本発明の薬剤として使用する場合には、例えば、上記化合物の誘導体化を行い、OCT3以外の標的への親和性をなくすことが好ましい。このように上述の種々の化合物の誘導体もまた、本発明の低分子化合物として有用である。
【0063】
本発明の好ましい態様においては、OCT3に対して親和性を有する、ノルメタネフリン、3-methoxyisoprenaline、3-0-methyl isoprenaline、carteolol、(-)isoprenaline、(-)adrenaline、1-methyl-4-phenylpyridinium (MPP+)、(2-chloroethyl)-3-sarcosinamide-1-nitrosourea (SarCNU)、1,1'-Diisopropyl-2,4'-cyanine (disprocynium24)、decynium 22、cyanine 863、corticosterone、estradiol、disopyramide、lidocaine、およびprocainamideからなる群より選択される化合物、もしくは該化合物の誘導体を有効成分として含有する精神疾患治療薬を提供する。
【0064】
さらに、本発明のOCT3タンパク質の機能を阻害し得る物質として、OCT3タンパク質に対してドミナントネガティブの性質を有するOCT3タンパク質変異体を挙げることができる。「OCT3タンパク質に対してドミナントネガティブの性質を有するOCT3タンパク質変異体」とは、該タンパク質をコードする遺伝子を発現させることによって、内在性の野生型タンパク質の活性を消失もしくは低下させる機能を有するタンパク質を指す。
【0065】
また、本発明の機能抑制物質は、本発明のOCT3のカチオントランスポーター活性を指標とするスクリーニング方法により、適宜、取得することができる。
【0066】
また本発明は、有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の発現亢進物質、もしくは機能亢進(活性化)物質を有効成分として含む、覚せい剤依存症治療薬を提供する。上記「タンパク質の発現亢進」には、遺伝子からの転写の亢進、および該転写産物からの翻訳の亢進、等が含まれる。
【0067】
一般的に覚せい剤とは、眠気を覚まし、疲労感を除去する目的で用いられる中枢神経興奮剤の総称であり、通常、メタンフェタミン、またはメタンフェタミンに類似した合成薬物を指す。本発明の覚せい剤には、上記メタンフェタミン以外の化合物も含まれ、さらに、覚せい剤類似薬等も包含される。例えば、メタンフェタミン以外の覚せい剤として、アンフェタミン、MDMA等が挙げられる。また、覚せい剤類似薬としては、例えば、メチルフェニデート(薬品名リタリン)等が挙げられる。
【0068】
アンフェタミンおよびメタンフェタミンは、非常に類似した化学構造を有し、同様の薬理効果を発現する。現在日本で乱用が問題となっている覚せい剤のほとんどがメタンフェタミンであり、通常塩酸塩の状態で密売乱用されている。メチル基のついたメタンフェタミンの方が薬理作用が強い。
【0069】
覚せい剤を使用すると、心拍数、呼吸、血圧が上昇し、瞳孔が散大し、食欲が減退する。覚せい剤は連用すると依存症を発現するが、その症状には、発汗、頭痛、かすみ目、めまい、不眠、不安などのほかに、覚せい剤に対する感受性亢進(逆耐性)が含まれる。逆耐性現象は長期間持続し、覚せい剤は連用後、長期間休薬をしても容易に発現し、既存の精神疾患治療薬では治療できないことから、不可逆的な神経機能変化の結果であると解釈されている。実験動物においても覚せい剤を反復投与すると、覚せい剤誘発自発運動量の亢進が観察され、この現象は既存の精神疾患治療薬では治療できない。従って、覚せい剤に代わって、自発運動量を亢進可能な物質は、覚せい剤依存症を治療する薬剤として有効であるといえる。本発明のOCT3タンパク質は、マウスにおいて発現を抑制することにより、覚せい剤反復投与による逆耐性現象と同様の行動が観察された。すなわち、OCT3タンパク質の発現亢進物質もしくは機能(活性)亢進物質は覚せい剤依存症治療薬として有効である。
【0070】
本発明の上記機能亢進物質は、当業者においては、上述のようにレポーターアッセイ、またはOCT3のトランスポーター活性を指標とする方法により、適宜、取得することが可能である。
【0071】
また本発明のOCT3遺伝子の発現抑制物質、およびOCT3タンパク質の機能抑制物質は、それ自体がうつ病や不安神経症等の精神疾患に対して治療効果を有するが、例えば、既知の抗うつ薬と併用した際に、抗うつ薬の作用を増強させる効果も併せ持つ。
【0072】
従って本発明は、OCT3遺伝子の発現抑制物質、またはOCT3タンパク質の機能抑制物質を有効成分として含有する、抗うつ薬作用増強剤(抗うつ薬併用剤)を提供する。また本発明は、抗うつ薬と本発明の抗うつ薬作用増強剤とを有効成分として含有する医薬組成物に関する。
【0073】
本発明の抗うつ薬作用増強剤と併用した際に作用(効果)が増強される抗うつ剤としては、例えば、イミプラミン、イミプラミンと構造が類似する三環系抗うつ薬を含む古典的抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン、ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)等を挙げることができる。
【0074】
さらに本発明は、有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現が人為的に抑制されていることを特徴とする、OCT3遺伝子ノックアウト非ヒト動物(本明細書においては、「ノックアウト非ヒト動物」、あるいは、単に「動物」と記載する場合あり)を提供する。
【0075】
本発明の遺伝子ノックアウト非ヒト動物は、例えば、うつ病、不安神経症等の精神疾患治療のための薬剤のスクリーニングに用いることが可能である。また、上記各疾患のメカニズム解明の研究のための病態モデル動物として、非常に有用である。
【0076】
本発明におけるノックアウト動物には、アンチセンスRNAもしくはsiRNAの作用により遺伝子の発現が抑制された所謂「ノックダウン動物」も含まれる。
【0077】
本発明において「OCT3遺伝子の発現が人為的に抑制されている」には、例えば、(1)OCT3遺伝子の遺伝子対の一方または双方に、ヌクレオチドの挿入、欠失、置換等の遺伝子変異を有することにより該遺伝子の発現が抑制されている状態、(2)本発明の核酸(例えば、アンチセンスRNAまたはsiRNA等)の作用により遺伝子の発現が抑制されている状態、等を挙げることができる。
【0078】
本発明における「抑制」には、OCT3遺伝子の発現が完全に抑制されている場合、および、本発明の動物におけるOCT3の発現量が野生型動物におけるOCT3遺伝子の発現量と比較して有意に低下している場合、が含まれる。
【0079】
上記(1)には、OCT3遺伝子の遺伝子対の一方の遺伝子の発現のみが抑制されている場合も含まれる。本発明における遺伝子変異の存在する部位は、該遺伝子の発現が抑制されるような部位であれば特に制限されず、例えばエクソン部位、プロモーター部位等を挙げることができる。
【0080】
本発明の遺伝子ノックアウト動物は、当業者においては一般的に公知の遺伝子工学技術により作製することができる。例えば、以下のようにして遺伝子ノックアウトマウスを作製することができる。まず、マウスから本発明のOCT3遺伝子のエクソン部分を含むDNAを単離し、このDNA断片に適当なマーカー遺伝子を挿入し、ターゲッティングベクターを構築する。このターゲッティングベクターをエレクトロポレーション法などによりマウスのES細胞株に導入し、相同組み換えを生じた細胞株を選抜する。挿入するマーカー遺伝子としては、ネオマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子が好ましい。抗生物質耐性遺伝子を挿入した場合には、抗生物質を含む培地で培養するだけで相同組み換えを生じた細胞株を選抜することができる。また、より効率的な選抜を行うためには、ターゲッティングベクターにチミジンキナーゼ遺伝子などを結合させておくことも可能である。これにより、非相同組み換えを起こした細胞株を排除することができる。また、PCRおよびサザンブロットにより相同組み換え体の検定を行い、本発明の遺伝子の遺伝子対の一方が不活性化された細胞株を効率よく得ることもできる。
【0081】
相同組み換えを生じた細胞株を選抜する場合、相同組み換え箇所以外にも、遺伝子挿入による未知の遺伝子破壊の恐れがあることから、複数のクローンを用いてキメラ作製を行うことが好ましい。得られたES細胞株をマウス胚盤葉にインジェクションし、キメラマウスを得ることができる。このキメラマウスを交配させることで、本発明のOCT3遺伝子の遺伝子対の一方を不活性化したマウスを得ることができる。さらに、このマウスを交配させることで、本発明の遺伝子の遺伝子対の双方を不活性化したマウスを取得することができる。マウス以外のES細胞が樹立された動物においても、同様の手法により、遺伝子改変を行うことができる。
【0082】
本発明の上記ノックアウト動物は、好ましくは、本発明の上記核酸を非ヒト動物へ導入することによってOCT3遺伝子の発現が抑制されていることを特徴とする、ノックアウト(ノックダウン)動物である。
【0083】
上記ノックダウン動物は、本発明の核酸(アンチセンスRNAまたはsiRNA等)を発現し得る構造のベクターを、非ヒト動物へ導入することによっても作製することができる。
【0084】
また、上記のようにして作製される本発明のノックアウト非ヒト動物の作製方法もまた、本発明に含まれる。本作製方法の好ましい態様としては、本発明の動物の脳内へ、本発明の核酸を投与する工程を含む、ノックアウト非ヒト動物の作製方法である。より詳しくは、例えば、本発明の動物の脳内、好ましくは脳室内へ、OCT遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸を投与する工程を含む方法である。投与は、例えば、実施例に記載の方法によって行うことができる。
【0085】
本発明の上記アンチセンス核酸は、特に制限されるものではないが、例えば、以下のようにして設計されたものが好ましい。(1)標的遺伝子であるOCT3の開始コドンを含むアンチセンス配列である。(2)アンチセンスの全長は18-25 merが至適である。(3)転写調節領域にかかってしまう可能性があるため、開始コドン上流はあまり長く取らない。(4)アンチセンスそのものがモノマー(一本鎖がそれ自体で結合してしまう)、ダイマー(2本のアンチセンス同士で結合する)となるような設計は避ける。
【0086】
本発明のノックアウト動物の種類は、非ヒト動物であれば特に制限されないが、通常、哺乳類であり、好ましくは霊長類である。より具体的には、本発明の動物として、好ましくはマウス、ラット、ハムスター等のげっ歯類(ネズミ目)、またはサルであり、より好ましくは、マウスもしくはサルである。
【0087】
好ましい態様においては、本発明のノックアウト非ヒト動物は、特に限定されるものではないが、以下の(a)〜(c)のいずれかの核酸の作用により、OCT3遺伝子の発現が抑制されている動物である。
(a)OCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)OCT3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)OCT3遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
【0088】
本発明のOCT3遺伝子ノックアウト(ノックダウン)非ヒト動物は、うつ病、不安神経症、覚せい剤依存症等の精神疾患に関連する表現型を示すことを特徴とする動物である。より詳しくは、本発明の動物は、例えば、以下の(a)〜(c)のいずれか少なくとも一つの表現型を示すことを特徴とする、遺伝子ノックアウト非ヒト動物である。
(a)抗うつ様作用
(b)覚せい剤誘発自発運動の亢進
(c)抗不安作用
【0089】
足がつかず、這い上がることができない容器内で遊泳させた実験動物を再度、同じ容器で遊泳させる(強制遊泳試験)と動物は絶望状態に陥り、実験時間中のほとんどで無動状態を呈する。このような状態は「うつ状態」であるものと考えられる。この無動状態(「うつ状態」)が緩和した動物、あるいは、完全に消失した動物は、本発明の上記(a)「抗うつ様作用」の表現型を示す動物の一例と言える。
【0090】
また、覚せい剤は連用すると依存症を発現するが、その症状には、覚せい剤に対する感受性亢進(逆耐性)が含まれる。実験動物においても覚せい剤を反復投与すると覚せい剤誘発自発運動量の亢進が観察される。この状態を呈する動物は、本発明の上記(b)「覚せい剤誘発自発運動量の亢進」の表現型を示す動物の一例である。
【0091】
また、動物は新規な広い場所に曝露されると当初は探索行動(移所運動、立ち上がり行動)を行うが、時間経過と共にその行動は減少していく。このような行動が解除され探索行動が維持される動物は、本発明の上記(c)「抗不安作用」の表現型を示す動物の一例である。
【0092】
本発明の上記動物は、例えば、精神疾患の治療薬のスクリーニング、精神疾患を引き起こす原因物質の同定、および、薬物依存症形成のメカニズムの解析に非常に有用である。
【0093】
また本発明は、精神疾患治療(例えば、うつ病、不安神経症等)または覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法、並びに、精神疾患の原因化合物の同定方法を提供する。なお、上記の「治療のための薬剤」には、治療薬との併用薬(治療薬作用増強剤)も含まれる。従って、本発明の一つの態様としては、精神疾患治療(例えば、うつ病、不安神経症等)または覚せい剤依存症治療に用いるための併用薬(例えば、治療薬作用増強剤)のスクリーニング方法に関する。
【0094】
本発明のスクリーニング方法の好ましい態様においては、有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質またはその部分ペプチドとの結合を指標とする方法である。通常、OCT3タンパク質またはその部分ペプチドと結合する化合物は、OCT3タンパク質の機能を阻害する効果を有することが期待される。
【0095】
本発明の上記方法は、より詳しくは、以下の(a)〜(c)の工程を含む方法である。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合活性を測定する工程
(c)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質またはその部分ペプチドと結合する化合物を選択する工程
【0096】
本発明の上記方法においては、まず、OCT3タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物を接触させる。OCT3タンパク質またはその部分ペプチドは、被検化合物との結合を検出するための指標に応じて、例えば、OCT3タンパク質またはその部分ペプチドの精製された形態、細胞内または細胞外に発現した形態、あるいはアフィニティーカラムに結合した形態であり得る。この方法に用いる被検化合物は必要に応じて適宜標識して用いることができる。標識としては、例えば、放射標識、蛍光標識等を挙げることができる。
【0097】
本方法においては、次いで、OCT3タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合活性を測定する。OCT3タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合は、例えば、OCT3タンパク質またはその部分ペプチドに結合した被検化合物に付された標識によって検出することができる。また、細胞内または細胞外に発現しているOCT3タンパク質またはその部分ペプチドへの被検化合物の結合により生じるOCT3タンパク質の活性の変化を指標として検出することもできる。
【0098】
本方法においては、次いで、OCT3タンパク質またはその部分ペプチドと結合する被検化合物を選択する。
【0099】
本方法により選択(取得)される化合物は、OCT3タンパク質の阻害作用を有することが期待され、例えば、精神疾患を治療するための薬剤(例えば、治療薬もしくは治療薬作用増強剤)として期待される。
【0100】
本発明のスクリーニング方法の他の態様は、OCT3遺伝子の発現レベルを指標とする方法である。OCT3遺伝子の発現レベルを低下させる化合物は、精神疾患治療のための薬剤となることが期待される。反対にOCT3遺伝子の発現レベルを上昇させる化合物は、覚せい剤依存症治療のための薬剤となることが期待される。
【0101】
本発明の上記方法は、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法である。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子を発現する細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
【0102】
また、本発明の上記方法は、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法である。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子を発現する細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを上昇させる化合物を選択する工程
【0103】
本方法においては、まずOCT3遺伝子を発現する細胞に、被検化合物を接触させる。用いられる「細胞」の由来としては、ヒト、マウス、ラット等に由来する細胞が挙げられるが、これらに由来する細胞に制限されない。「OCT3遺伝子を発現する細胞」としては、内因性のOCT3遺伝子を発現している細胞、または外来性のOCT3遺伝子が導入され、該遺伝子が発現している細胞を利用することができる。外来性のOCT3遺伝子が発現した細胞は、通常、OCT3遺伝子が挿入された発現ベクターを宿主細胞へ導入することにより作製することができる。該発現ベクターは、一般的な遺伝子工学技術によって作製することができる。
【0104】
本方法に用いる被検化合物としては、特に制限されないが、例えば、天然化合物、有機化合物、無機化合物、タンパク質、ペプチドなどの単一化合物、並びに、化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等が挙げられる。
【0105】
OCT3遺伝子を発現する細胞への被検化合物の「接触」は、通常、OCT3遺伝子を発現する細胞の培養液に被検化合物を添加することによって行うが、この方法に限定されない。被検化合物がタンパク質等の場合には、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより、「接触」を行うことができる。
【0106】
本方法においては、次いで、該OCT3遺伝子の発現レベルを測定する。ここで「遺伝子の発現」には、転写および翻訳の双方が含まれる。遺伝子の発現レベルの測定は、当業者に公知の方法によって行うことができる。例えば、OCT3遺伝子を発現する細胞からmRNAを定法に従って抽出し、このmRNAを鋳型としたノーザンハイブリダイゼーション法またはRT-PCR法を実施することによって該遺伝子の転写レベルの測定を行うことができる。また、OCT3遺伝子を発現する細胞からタンパク質画分を回収し、OCT3タンパク質の発現をSDS-PAGE等の電気泳動法で検出することにより、遺伝子の翻訳レベルの測定を行うこともできる。さらに、OCT3タンパク質に対する抗体を用いて、ウェスタンブロッティング法を実施することにより該タンパク質の発現を検出することにより、遺伝子の翻訳レベルの測定を行うことも可能である。OCT3タンパク質の検出に用いる抗体としては、検出可能な抗体であれば、特に制限はないが、例えばモノクローナル抗体、またはポリクローナル抗体の両方を利用することができる。
【0107】
本方法においては、次いで、被検化合物を接触させない場合(対照)と比較して、該発現レベルを低下させる化合物あるいは上昇させる化合物を選択する。低下させる化合物は、精神疾患治療のための薬剤となり、反対に上昇させる化合物は覚せい剤依存症治療のための薬剤となる。
【0108】
本発明のスクリーニング方法の他の態様は、本発明の有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現レベルを低下あるいは上昇させる化合物を、レポーター遺伝子の発現を指標として同定する方法である。
【0109】
本発明の上記方法は、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法である。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
【0110】
また、本発明の上記方法は、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法である。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを上昇させる化合物を選択する工程
【0111】
本方法においては、まず、OCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞または細胞抽出液と、被検化合物を接触させる。ここで「機能的に結合した」とは、OCT3遺伝子の転写調節領域に転写因子が結合することにより、レポーター遺伝子の発現が誘導されるように、OCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが結合していることをいう。従って、レポーター遺伝子が他の遺伝子と結合しており、他の遺伝子産物との融合タンパク質を形成する場合であっても、OCT3遺伝子の転写調節領域に転写因子が結合することによって、該融合タンパク質の発現が誘導されるものであれば、上記「機能的に結合した」の意に含まれる。OCT3遺伝子のcDNA塩基配列に基づいて、当業者においては、ゲノム中に存在するOCT3遺伝子の転写調節領域を周知の方法により取得することが可能である。
【0112】
本方法に用いるレポーター遺伝子としては、その発現が検出可能であれば特に制限はなく、例えば、CAT遺伝子、lacZ遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子、およびGFP遺伝子等が挙げられる。「OCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」として、例えば、このような構造が挿入されたベクターを導入した細胞が挙げられる。このようなベクターは、当業者に周知の方法により作製することができる。ベクターの細胞への導入は、一般的な方法、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法、リポフェタミン法、マイクロインジェクション法等によって実施することができる。「OCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」には、染色体に該構造が挿入された細胞も含まれる。染色体へのDNA構造の挿入は、当業者に一般的に用いられる方法、例えば、相同組み換えを利用した遺伝子導入法により行うことができる。
【0113】
「OCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞抽出液」とは、例えば、市販の試験管内転写翻訳キットに含まれる細胞抽出液に、OCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを添加したものを挙げることができる。
【0114】
本方法における「接触」は、「OCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞」の培養液に被検化合物を添加する、または該DNAを含む上記の市販された細胞抽出液に被検化合物を添加することにより行うことができる。被検化合物がタンパク質の場合には、例えば、該タンパク質を発現するDNAベクターを、該細胞へ導入することにより行うことも可能である。
【0115】
本方法においては、次いで、該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する。レポーター遺伝子の発現レベルは、該レポーター遺伝子の種類に応じて、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、レポーター遺伝子がCAT遺伝子である場合には、該遺伝子産物によるクロラムフェニコールのアセチル化を検出することによって、レポーター遺伝子の発現量を測定することができる。レポーター遺伝子がlacZ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による色素化合物の発色を検出することにより、また、ルシフェラーゼ遺伝子である場合には、該遺伝子発現産物の触媒作用による蛍光化合物の蛍光を検出することにより、さらに、GFP遺伝子である場合には、GFPタンパク質による蛍光を検出することにより、レポーター遺伝子の発現量を測定することができる。
【0116】
本方法においては、次いで、測定したレポーター遺伝子の発現レベルを、被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、低下(抑制)あるいは上昇(亢進)させる化合物を選択する。低下(抑制)させる化合物は、精神疾患治療のための薬剤となり、反対に上昇(亢進)させる化合物は覚せい剤依存症治療のための薬剤となる。
【0117】
本発明のスクリーニング方法の他の態様は、有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の活性を指標とする方法である。
【0118】
本発明の上記方法は、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法である。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該タンパク質の活性を低下させる化合物を選択する工程
【0119】
また、本発明の上記方法は、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法である。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該タンパク質の活性を上昇させる化合物を選択する工程
【0120】
本方法においては、まず、OCT3タンパク質または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる。
【0121】
次いでOCT3タンパク質の活性を測定する。OCT3タンパク質の活性としては、例えばモノアミンおよびその関連薬剤の輸送活性が挙げられる。より具体的には、ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、ドパミン神経毒MPP+、覚せい剤等の輸送活性を挙げることができる。これらの活性の測定は当業者に公知の手法によって行うことができる。
【0122】
例えば、上記モノアミンおよびその関連薬剤の輸送活性の調節は、上記したOCT3によって輸送されうる物質を放射性同位元素で標識し、それを被検化合物とOCT3発現細胞に暴露し、一定時間後に細胞内に取り込まれた放射性標識物質の放射活性を比較することにより評価することが可能である。なお、放射性標識が不可能な場合でも、当該物質の細胞内濃度が十分であれば高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などの測定機器で上記モノアミンおよびその関連薬剤の輸送活性を評価することが可能である。
【0123】
さらに、被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該タンパク質の活性を低下(抑制)あるいは上昇(亢進)させる化合物を選択する。低下(抑制)させる化合物は精神疾患治療のための薬剤となり、反対に上昇(亢進)させる化合物は覚せい剤依存症治療のための薬剤となる。
【0124】
また本発明は、本発明の上記動物を利用した精神疾患の原因化合物の同定方法、並びに、覚せい剤依存症治療のための薬剤(覚せい剤依存症治療薬)のスクリーニング方法に関する。
【0125】
本発明の方法は、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患の原因化合物の同定方法である。
(a)本発明の遺伝子ノックアウト非ヒト動物に被検化合物を投与する工程
(b)前記非ヒト動物の有する表現型に依存する行動を観察する工程
(c)前記表現型に依存する行動を消失させる化合物を、精神疾患の原因化合物であるものと判定する工程
【0126】
本発明の上記方法は、本発明の動物の有する表現型に依存する行動を指標とした、精神疾患の原因化合物の同定方法である。
【0127】
まず、上記した遺伝子ノックアウト非ヒト動物に被検化合物を投与する。被検化合物の投与は、経口、非経口投与のいずれでも可能であるが、好ましくは非経口投与であり、具体的には、注射剤型、経鼻投与剤型、経肺投与剤型、経皮投与型等が挙げられる。注射剤型の例としては、例えば、静脈内注射、筋肉内注射、腹腔内注射、皮下注射などにより全身または局部的に投与することができる。
【0128】
被検化合物がDNAである場合、生体内に投与する場合には、レトロウイルス、アデノウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクターやリポソームなどの非ウイルスベクターを利用することができる。投与方法としては、in vivo法およびex vivo法を例示することができる。
【0129】
本方法においては次いで、OCT遺伝子をノックアウトした非ヒト動物の有する表現型に依存する行動を観察する。OCT遺伝子をノックアウトした非ヒト動物の有する表現型とは、例えば、上記の(a)抗うつ様作用、または(c)抗不安作用を好適に示すことができる。
【0130】
即ち、上記方法において、「前記表現型に依存する行動を消失させる」とは、例えは、強制水泳試験における無動状態の消失、新規な場所における探索行動(移所運動や立ち上がり行動など)の維持等が挙げられる。
【0131】
本方法においては、さらに、これらの表現型に依存する行動を消失させる化合物を選択する。選択された化合物は、精神疾患の原因化合物であるものと判定される。これらの同定された精神疾患の原因化合物は、例えば、精神疾患のメカニズム解明のための試薬として有用である。
【0132】
また、本発明の方法は、例えば、以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法である。
(a)本発明の遺伝子ノックアウト非ヒト動物に被検化合物を投与する工程
(b)前記非ヒト動物の有する表現型に依存する覚せい剤誘発自発運動を観察する工程
(c)前記運動を消失(低下)させる化合物を選択する工程
【0133】
上記工程(c)によって選択される化合物は、覚せい剤依存症治療のための薬剤であるものと判定される。
【0134】
本発明の薬剤、または治療用化合物を医薬品として用いる場合には、該薬剤もしくは化合物自体を直接患者に投与する以外に、公知の製剤学的方法により製剤化した医薬組成物として投与を行うことも可能である。本発明の薬剤または化合物は、例えば、薬理学上許容しうる担体(賦形剤、結合剤、崩壊剤、矯味剤、矯臭剤、乳化剤、希釈剤、溶解補助剤等)と混合して得られる医薬組成物または錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、トローチ剤、シロップ剤、液剤、乳剤、懸濁剤、注射剤(液剤、懸濁剤等)、坐剤、吸入剤、経皮吸収剤、点眼剤、眼軟膏等の製剤として、経口または非経口に適した形態とすることができる。
【0135】
また本発明は、本発明の精神疾患治療薬もしくは抗うつ薬作用増強剤を個体(例えば、患者等)へ投与することを特徴とする、精神疾患の治療もしくは予防方法に関する。さらに本発明は、本発明の覚せい剤依存症治療薬を個体(例えば、患者等)へ投与することを特徴とする、覚せい剤依存症の治療もしくは予防方法に関する。
【0136】
本発明の治療方法における個体とは、通常、上記疾患の患者を指し、特に制限されないが、好ましくはヒトである。
【0137】
患者への投与は、一般的には、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射など当業者に公知の方法により行うことができる。投与量は、患者の体重や年齢、投与方法などにより変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。また、該化合物がDNAによりコードされうるものであれば、該DNAを遺伝子治療用ベクターに組込み、遺伝子治療を行うことも考えられる。
【0138】
遺伝子治療用ベクターとしては、例えば、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクターなどのウイルスベクターやリポソームなどの非ウイルスベクターなどを例示することができる。該ベクターを利用して、ex vivo法やin vivo法などにより患者へ目的のDNAの投与を行うことができる。
【0139】
さらに本発明は、OCT3の発現抑制物質もしくは機能抑制物質の、精神疾患治療薬もしくは抗うつ薬作用増強剤の製造における使用に関する。
【0140】
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0141】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
〔実施例1〕 OCT3発現調節のうつ病様症状に対する効果
足がつかず這い上がることができない容器内で遊泳させた実験動物を再度、同じ容器で遊泳させると、動物は絶望状態に陥り、実験時間中のほとんどで無動状態を呈する。この無動状態は抗うつ薬の投与で短縮する(例:クロルジアゼポキシド100mg/kg、イミプラミン16mg/kgなど)ことから、本実験(強制水泳試験)はうつ病薬のスクリーニングによく用いられている(Behav Brain Res. 73, 43-46, 1996)。そこで本発明者は本モデルにおけるOCT3発現調節の効果および抗うつ薬イミプラミンとの併用効果について検討を行った。
【0142】
実験にはddY系雄性マウスを使用した。購入より3日以上飼育したマウスはビーカー(直径15cm、深さ20cm)内で300秒間遊泳させ、無動時間を測定し、無動時間の平均値がほぼ同一になるように各群に振り分けた。遊泳翌日にOCT3の遺伝子配列より作成したアンチセンス(OCT3アンチセンス)を、既報(J. Chem. Neuroanat. 2000 20:375-87)に基づき、浸透圧ポンプで持続的に脳室内に注入した。また、アンチセンスの溶媒であるリンゲル液を注入する群(溶媒群)、アンチセンスと同じ塩基を持つが、ランダムに配列させ既存の遺伝子とは相同性を持たないcDNA配列を注入する群(スクランブルOCT3アンチセンス群)もあわせて準備した。注入より1週間後にマウスを再度ビーカー内で300秒間遊泳させ、無動時間を測定した。なお、抗うつ薬イミプラミンは試験開始の30分前に腹腔内に投与した。
【0143】
結果、溶媒群ではうつ病様症状が惹起され、300秒間の遊泳中のほとんどで無動状態を呈した(平均値:234±9秒)(図1A)。OCT3アンチセンス(0.25μg/0.25μl/hr)を持続注入したマウスではこの無動状態は有意に短縮した(平均値:69±13秒)。なお、スクランブルOCT3アンチセンス群は効果を示さなかった(平均値:236±6秒)(図1A)。
【0144】
さらに、抗うつ薬との併用効果に関して検討を行った。低用量の抗うつ薬イミプラミン(4mg/kg)あるいは低用量のOCT3アンチセンス(0.075μg/0.25μl/hr)は強制水泳試験では溶媒群(平均値:242±4秒)に比して差が見られないが[イミプラミン(4mg/kg) 平均値:245±15秒;OCT3アンチセンス(0.075μg/0.25μl/hr)平均値:241±6秒]、両者の併用は無動状態を有意に短縮させた(平均値:123±33秒)(図1B)。
【0145】
次に、OCT3に対して親和性が高いノルメタネフリンの効果を検討した。ノルメタネフリンは先のアンチセンスの実験と同様に、1回目の強制水泳試験の翌日よりノルメタネフリン(2.5μg/0.25μl/hr)を脳室内に持続注入した。そして、注入より1週間後にマウスを再度ビーカー内で遊泳させ、無動時間を測定した。その結果、溶媒群(平均値:228±13秒)に比してノルメタネフリンは有意に無動時間を短縮した(平均値:108±29秒)(図2)。
【0146】
なお、OCT3アンチセンスの脳室内注入(1-2週間)は、脳におけるOCT3の発現を偽手術群に比して約30%低下させていたが、これは既報のアンチセンス脳室内注入とほぼ同等の効果であった(図3)。スクランブルOCT3アンチセンス群はOCT3発現には影響をおよぼさなかった(図3)。
【0147】
〔実施例2〕 OCT3発現調節の薬物依存症様症状に対する効果
覚せい剤は連用すると依存症を発現するが、その症状には覚せい剤に対する感受性亢進(逆耐性)が含まれる。逆耐性現象は長期間持続し、覚せい剤は連用後、長期間休薬をしても容易に発現し、既存の精神疾患治療薬では治療できないことから、不可逆的な神経機能変化の結果であると解釈されている。実験動物においても覚せい剤を反復投与すると、覚せい剤誘発自発運動量の亢進が観察され、この現象は既存の精神疾患治療薬では治療できない。したがって、実験動物における覚せい剤の反復投与による覚せい剤誘発自発運動量の亢進は薬物依存症の形成のメカニズム解析によく用いられている。そこで本発明者は本モデルにおけるOCT3発現調節の効果について検討を行った。
【0148】
実験にはddY系雄性マウスを使用した。購入より3日以上飼育したマウスを2群に分割し、一群はOCT3の遺伝子配列より作成したアンチセンス(OCT3アンチセンス)を、既報(J. Chem. Neuroanat. 2000 20:375-87)に基づき、浸透圧ポンプで持続的に脳室内に注入した。別の一群は偽手術を行った。注入1週間後より、覚せい剤メタンフェタミン(1 mg/kg)を投与し、覚せい剤誘発自発運動量の測定を行った。
【0149】
その結果、偽手術群に比べて、OCT3アンチセンスを注入したマウスでは覚せい剤誘発自発運動量の亢進が見られ、覚せい剤の単回投与にも関わらず、覚せい剤反復投与による逆耐性現象と同様の行動が観察された(図4)。なお、OCT3アンチセンスの脳室内注入(1-2週間)は、脳におけるOCT3の発現を偽手術群に比して約30%低下させていたが、これは既報のアンチセンス脳室内注入とほぼ同等の効果であった。
【0150】
〔実施例3〕 OCT3発現調節の不安および新規場所探索行動に対する効果
動物は新規な広い場所に曝露されると、当初は探索行動(移所運動、立ち上がり行動)を行うが、時間経過と共にその行動は減少していく。このような行動は抗不安薬の投与により解除され、動物の探索行動は維持されることから、抗不安薬のスクリーニングに使用される。そこで本発明者は本モデルにおけるOCT3発現調節の効果について検討を行った。
【0151】
実験にはddY系雄性マウスを使用した。購入より3日以上飼育したマウスを2群に分割し、一群はOCT3の遺伝子配列より作成したアンチセンス(OCT3アンチセンス)を、既報(J. Chem. Neuroanat. 2000 20:375-87)に基づき、浸透圧ポンプで持続的に脳室内に注入した。別の一群は偽手術を行った。注入より1週間後に動物を新規な広いケージに置き、その移所運動と立ち上がり行動を90分間測定した。
【0152】
その結果、偽手術群では時間と共に移所運動が減少したが、OCT3アンチセンスを注入したマウスではケージに入れた直後より、有意な移所運動の増加が見られ、それは90分間にわたり持続した(図5右)。また、別の探索行動の指標である立ち上がり行動もまた、OCT3アンチセンスを注入したマウスで有意な増加が観察された(図5左)。なお、OCT3アンチセンスの脳室内注入(1-2週間)は脳におけるOCT3の発現を偽手術群に比して約30%低下させていたが、これは既報のアンチセンス脳室内注入とほぼ同等の効果であった。
【産業上の利用の可能性】
【0153】
本発明者によって初めて作製されたOCT3遺伝子ノックアウト動物は、野生型動物と容易に区別可能な精神疾患に関連する表現型を呈する。本発明の該動物を用いることにより、うつ病、不安神経症、薬物依存症等の精神疾患に関連する化合物、あるいは、該疾患の治療薬のスクリーニングを行うことができる。本発明の該スクリーニング方法によって取得される化合物は、実際に、動物レベルで表現型に変化をもたらす作用を有することから、実効性の高い薬剤となることが期待される。
【0154】
また、本発明の上記動物は、各種精神疾患のメカニズムを解明するための病態モデル動物として、大いに有用である。本発明の抗うつ作用の表現型を呈するマウスの抗うつ効果は劇的なもの(例えば、強制遊泳試験により、5分以上遊泳する)であり、病態モデル動物として、極めて有用である。
【0155】
さらに本発明によって、OCT3の発現を制御する物質は、実際に上記疾患に対する治療効果を有することが、動物実験レベルで示された。即ち、OCT3の発現をアンチセンス、ベクターによる遺伝子導入で制御すること、OCT3の機能を特異性の高い低分子化合物により制御することは上記疾患の治療に有用である。
【0156】
うつ、不安などの精神疾患では遺伝子要因の他にもストレスなどの環境要因の関与が強く示唆されており、健常人であった人でも過酷なストレスにさらされると発症してしまう疾患である。従って、正常な動物においてアンチセンス投与して標的分子OCT3発現を低下させた結果、抗不安、抗うつ効果が得られたという本発明者によって見出された知見は、環境素因が大きいうつや不安にOCT3の機能調節が如何に重要であるということを示した貴重な知見であるといえる。
【0157】
さらに本発明のOCT3の発現を抑制する物質は、抗うつ薬の作用を増強させる効果があることが見出された。即ち、該物質は抗うつ薬作用増強剤として機能し、既存の抗うつ薬との併用剤として非常に有用である。既存の抗うつ薬が効果を十分に発揮されないような低用量の場合であっても、本発明の抗うつ薬作用増強剤を併用することにより、抗うつ作用を発揮させることが可能である。例えば、既存の抗うつ薬が副作用を伴うことから十分量の投与が困難である場合には、本発明の抗うつ薬増強作用を併用することにより、該副作用が軽減するような低用量にて、所望の効果を発揮させることが可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現抑制物質を有効成分として含む、精神疾患治療薬。
【請求項2】
有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の発現抑制物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物である、請求項1に記載の精神疾患治療薬。
(a)OCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)OCT3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)OCT3遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
【請求項3】
有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質を有効成分として含む、精神疾患治療薬。
【請求項4】
有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質が、以下の(a)または(b)の化合物である、請求項3に記載の精神疾患治療薬。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する抗体
(b)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する低分子化合物
【請求項5】
精神疾患が、うつ病または不安神経症である、請求項1〜4のいずれかに記載の治療薬。
【請求項6】
有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の発現亢進物質、もしくは機能亢進物質を有効成分として含む、覚せい剤依存症治療薬。
【請求項7】
有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現が人為的に抑制されていることを特徴とする、遺伝子ノックアウト非ヒト動物。
【請求項8】
以下の(a)〜(c)のいずれかの核酸の作用により、前記OCT3遺伝子の発現が抑制されている、請求項7に記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物。
(a)OCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)OCT3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)OCT3遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
【請求項9】
以下の(a)〜(c)のいずれかの表現型を示す、請求項7に記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物。
(a)抗うつ様作用
(b)覚せい剤誘発自発運動の亢進
(c)抗不安作用
【請求項10】
非ヒト動物がげっ歯類である、請求項7〜9のいずれかに記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物。
【請求項11】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質またはその部分ペプチドと被検化合物との結合活性を測定する工程
(c)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質またはその部分ペプチドと結合する化合物を選択する工程
【請求項12】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子を発現する細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
【請求項13】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを低下させる化合物を選択する工程
【請求項14】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該タンパク質の活性を低下させる化合物を選択する工程
【請求項15】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、精神疾患の原因化合物の同定方法。
(a)請求項7〜10のいずれかに記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物に被検化合物を投与する工程
(b)前記非ヒト動物の有する表現型に依存する行動を観察する工程
(c)前記表現型に依存する行動を消失させる化合物を、精神疾患の原因化合物であるものと判定する工程
【請求項16】
精神疾患が、うつ病または不安神経症である、請求項11〜15のいずれかに記載の方法。
【請求項17】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子を発現する細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを上昇させる化合物を選択する工程
【請求項18】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の転写調節領域とレポーター遺伝子とが機能的に結合した構造を有するDNAを含む細胞と、被検化合物を接触させる工程
(b)該レポーター遺伝子の発現レベルを測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該発現レベルを上昇させる化合物を選択する工程
【請求項19】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質、または該タンパク質を発現する細胞もしくは細胞抽出液と、被検化合物を接触させる工程
(b)該タンパク質の活性を測定する工程
(c)被検化合物の非存在下において測定した場合と比較して、該タンパク質の活性を上昇させる化合物を選択する工程
【請求項20】
以下の(a)〜(c)の工程を含む、覚せい剤依存症治療のための薬剤のスクリーニング方法。
(a)請求項7〜10のいずれかに記載の遺伝子ノックアウト非ヒト動物に被検化合物を投与する工程
(b)前記非ヒト動物の有する表現型に依存する覚せい剤誘発自発運動を観察する工程
(c)前記運動を消失させる化合物を選択する工程
【請求項21】
非ヒト動物の脳内へOCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸を投与する工程を含む、請求項7に記載のノックアウト非ヒト動物の作製方法。
【請求項22】
有機カチオントランスポーターOCT3遺伝子の発現抑制物質を有効成分として含む、抗うつ薬作用増強剤。
【請求項23】
有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の発現抑制物質が、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される化合物である、請求項22に記載の抗うつ薬作用増強剤。
(a)OCT3遺伝子の転写産物またはその一部に対するアンチセンス核酸
(b)OCT3遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有する核酸
(c)OCT3遺伝子の発現をRNAi効果による阻害作用を有する核酸
【請求項24】
有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質を有効成分として含む、抗うつ薬作用増強剤。
【請求項25】
有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質の機能抑制物質が、以下の(a)または(b)の化合物である、請求項24に記載の抗うつ薬作用増強剤。
(a)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する抗体
(b)有機カチオントランスポーターOCT3タンパク質に結合する低分子化合物
【請求項26】
抗うつ薬、および、請求項22〜25のいずれかに記載の抗うつ薬作用増強剤を有効成分として含有する抗うつ作用を有する医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【国際公開番号】WO2005/084707
【国際公開日】平成17年9月15日(2005.9.15)
【発行日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−510650(P2006−510650)
【国際出願番号】PCT/JP2005/003042
【国際出願日】平成17年2月24日(2005.2.24)
【出願人】(504091854)有限会社 バイオステーション (1)
【Fターム(参考)】