説明

アクティブ除振装置

【課題】アクティブ・マスダンパの固有振動数を除振対象物の固有振動数よりも高くした場合に、除振対象物及びアクティブ・マスダンパの両方の固有振動数において振動伝達率を長期に亘って低減させることが可能なアクティブ除振装置を提供する。
【解決手段】基本制御部4aにおいて、除振対象物の振動状態に応じて、アクティブ・マスダンパ(制振ユニット3)の可動質量33の駆動反力が除振対象物(機器D及び定盤1)の振動を減殺する制御力となるように、アクチュエータ(リニアモータ32)を制御するとともに、補正部4bによって、除振対象物の固有振動数と制振ユニット3の固有振動数との間に相当する周波数で、アクチュエータへの制御信号の位相を180°進ませる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、除振対象物に取り付けられたアクティブ・マスダンパによって、該除振対象物の所定方向の振動を減殺する制御力を該除振対象物に付加するアクティブ除振装置に関する技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば特許文献1に示されているように、除振対象物にアクティブ・マスダンパ(Active Mass Damper:以下、AMDともいう)を取り付けて、このAMDによって、除振対象物の所定方向(上下方向や水平方向等)の振動を減殺する制御力を該除振対象物に付加するようにしたアクティブ除振装置が知られている。
【0003】
前記特許文献1のアクティブ除振装置では、AMDの固有振動数を除振対象物の固有振動数よりも低くするとともに、AMDのアクチュエータの制御をノッチフィルタ(位相進み補償フィルタ)により補正することで、AMDの可動質量及びばね要素からなる付加振動系の共振の影響を排除するようにしている。すなわち、ノッチ周波数をAMDの固有振動数に一致させ、これにより、AMDの固有振動数において、前記アクチュエータ制御(フィードバック制御)の開ループ特性におけるゲイン特性の共振ピークを打ち消すようにしている。尚、前記開ループ特性における伝達関数は、除振対象物の伝達関数G(s)に、アクチュエータの制御をコントローラ(位相進み補償フィルタを含む)の伝達関数C(s)を掛けたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−303997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、除振対象物の固有振動数が例えば5Hz程度と低い場合には、AMDの固有振動数を除振対象物の固有振動数よりも低くしようとすると、AMDのばね要素をかなり柔らかいものにする必要があり、このため、可動質量の支持性の問題が生じる。
【0006】
そこで、除振対象物の固有振動数が低い場合には、AMDの固有振動数を除振対象物の固有振動数よりも高くすることが考えられる。そして、この場合も、前記特許文献1のような位相進み補償フィルタによって、付加振動系の共振の影響を排除するようにすることが考えられる。これにより、AMDの固有振動数において、開ループ特性においてゲイン特性の共振ピークを打ち消すことができる(図8参照)。この結果、AMDが存在しないような状態になる。
【0007】
しかし、開ループ特性における位相特性で、除振対象物の固有振動数において位相(開ループ特性の入力(外力)に対する出力(コントローラからの出力)の位相差)を0°にする必要があり、これにより、AMDの固有振動数においては、位相が0にならなくなる。すなわち、除振対象物の固有振動数の前後で90°から−90°に変化した位相が、AMDの固有振動数の前後で、−90°から−270°に変化しようとするが、位相進み補償フィルタによって180°進められるため、−90°のままとなる(図8参照)。
【0008】
この結果、前記コントローラのアクチュエータ制御により、振動伝達率は、除振対象物の固有振動数において低減することはできるものの、AMDの固有振動数において低減することはできない(図9参照)。
【0009】
また、位相進み補償フィルタのノッチ周波数をAMDの固有振動数に一致させる必要があるが、除振装置の製造直後に一致していても、AMDのばね要素の経年変化等によりAMDの固有振動数が変化した場合には一致しなくなり、このため、長期使用により十分な効果が得られなくなる可能性がある。
【0010】
さらに、位相進み補償フィルタは、AMDの固有振動数に一致するセンサ信号をカット(ノッチ)し、AMDの応答が大きくならないようにしているが、仮に、除振対象物に大きな外乱や突発的な力が加わったとき、ノッチ深さは有限であるため、センサ信号をカットしきれなくなる場合があり、この場合も、十分な効果が得られなくなる可能性がある。
【0011】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、アクティブ・マスダンパの固有振動数を除振対象物の固有振動数よりも高くした場合に、除振対象物及びアクティブ・マスダンパの両方の固有振動数において振動伝達率を長期に亘って低減させることが可能なアクティブ除振装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記の目的を達成するために、本発明では、除振対象物に取り付けられたアクティブ・マスダンパによって、該除振対象物の所定方向の振動を減殺する制御力を該除振対象物に付加するアクティブ除振装置を対象として、前記除振対象物に前記アクティブ・マスダンパが取り付けられた状態で、該アクティブ・マスダンパの前記所定方向の固有振動数が、該除振対象物の前記所定方向の固有振動数よりも高くされ、前記アクティブ・マスダンパは、前記除振対象物にばね要素を介して前記所定方向に移動可能に取り付けられた可動質量と、前記除振対象物に取り付けられて、前記可動質量を前記所定方向に駆動し、その駆動反力を該除振対象物に作用させるアクチュエータとを有しており、前記除振対象物の前記所定方向の振動状態を検出する振動状態検出センサと、前記振動状態検出センサにより検出される前記除振対象物の振動状態に応じて、前記可動質量の駆動反力が前記除振対象物の所定方向の振動を減殺する制御力となるように、前記アクチュエータを制御する基本制御部と、前記基本制御部による前記アクチュエータの制御を補正する補正部とを備え、前記補正部は、前記基本制御部からのアクチュエータ制御信号の位相を、前記除振対象物の前記所定方向の固有振動数と前記アクティブ・マスダンパの前記所定方向の固有振動数との間に相当する周波数で180°進ませるように構成されている、という構成とした。
【0013】
前記の構成により、アクチュエータ制御(フィードバック制御)の開ループ特性における位相特性で、除振対象物の固有振動数の前後で90°から−90°に変化した位相(開ループ特性の入力に対する出力の位相差)が、除振対象物の固有振動数とアクティブ・マスダンパの固有振動数との間に相当する周波数で、補正部によって180°進められて90°となり、アクティブ・マスダンパの固有振動数の前後で180°遅れて90°から−90°に変化することになる。これにより、開ループ特性において、除振対象物の固有振動数だけでなく、アクティブ・マスダンパの固有振動数においても、位相が0になる。この結果、除振対象物及びアクティブ・マスダンパの両方の固有振動数において振動伝達率を低減させることができる。また、位相進み補償フィルタのノッチ周波数をアクティブ・マスダンパの固有振動数に一致させる場合とは異なり、アクティブ・マスダンパのばね要素の経年変化等によりアクティブ・マスダンパの固有振動数が変化したとしても、また、除振対象物に大きな外乱や突発的な力が加わったとしても、振動伝達率低減の効果は変わらない。
【0014】
前記アクティブ除振装置において、前記補正部は、ノッチフィルタで構成されていて、その伝達関数F(s)が、
F(s)=(s+2ζωs+ω)/s …(1)
により表されるものであり、前記式(1)中のsはラプラス演算子であり、前記式(1)中のωは、前記ノッチフィルタのノッチ周波数に相当する振動数(単位:rad/s)であって、前記除振対象物の前記所定方向の固有振動数をωaとし、前記アクティブ・マスダンパの前記所定方向の固有振動数をωとして、
ωa<ω<ω
を満たし、
前記式(1)中のζは、前記ノッチフィルタの減衰比であって、0.005以上0.1以下の値に設定される、ことが好ましい。
【0015】
このことにより、アクチュエータへの制御信号の位相を、除振対象物の固有振動数とアクティブ・マスダンパの固有振動数との間に相当する周波数で180°進ませることが容易にできる。ここで、ζの値は、アクチュエータへの制御信号の位相が180°進むのに必要な周波数幅に影響し、ζの値が大きすぎると、その周波数幅が大きくなってノッチ周波数をアクティブ・マスダンパの固有振動数に近づけることができなくなり、これにより、制御帯域(ノッチ周波数よりも低い帯域)が狭くなる一方、ζの値が0に限りなく近付くと、理論的にはω=ωとなって、ノッチフィルタとアクティブ・マスダンパとが干渉する可能性があるので、0.005以上0.1以下の値に設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
以上説明したように、本発明のアクティブ除振装置によると、アクティブ・マスダンパの固有振動数を除振対象物の固有振動数よりも高くした場合に、除振対象物及びAMDの両方の固有振動数において振動伝達率を長期に亘って低減させることができ、除振性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態に係るアクティブ除振装置としての除振台の概略構成を模式的に示す図である。
【図2】コントローラによるリニアモータの制御を示すブロック図である。
【図3】実施例の開ループ特性(ゲイン特性曲線及び位相特性曲線)を示すボード線図である。
【図4】実施例の閉ループ特性において、周波数による振動伝達率の変化を示すグラフである。
【図5】実施例において、閉ループ特性における、制振ユニットの固有振動数での応答特性(開ループ特性の入力−開ループ特性の出力)を示すグラフである。
【図6】閉ループを示すブロック図である。
【図7】開ループを示すブロック図である。
【図8】比較例の開ループ特性(ゲイン特性曲線及び位相特性曲線)を示すボード線図である。
【図9】比較例の閉ループ特性において、周波数による振動伝達率の変化を示すグラフである。
【図10】比較例において、閉ループ特性における、制振ユニットの固有振動数での応答特性(開ループ特性の入力−開ループ特性の出力)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明の実施形態に係るアクティブ除振装置としての除振台Aを示す。この除振台Aは、例えば半導体関連の製造装置、試験機器、電子顕微鏡、レーザ顕微鏡等の精密計測機器のように、振動の影響を受けやすい精密な機器Dを搭載するための精密除振台であって、機器Dを床の振動から出来る限り絶縁した状態で設置するためのものである。
【0020】
前記除振台Aは、機器Dが搭載される定盤1を、通常は3個(4個以上でもよい)の空気ばね2(図1には2つのみ示す)によって弾性的に支持するものであり、その定盤1及び搭載機器Dが除振対象物となる。また、除振台A自体は所謂パッシブタイプのものであって、各空気ばね2には、図示は省略するが、高圧空気を供給又は排気するための空気圧回路が接続されて、レベリングバルブ等の作動により定盤1の高さを概略一定に維持するようになっている。
【0021】
本実施形態では、機器Dの上面に制振ユニット3を取り付けて、この制振ユニット3により機器Dに付加する制御力によって機器D及び定盤1の所定方向(本実施形態では、上下方向)の振動を減殺するようにしており、この制御ユニット3を含めた除振台A全体がアクティブ除振装置を構成する。制振ユニット3は、アクティブ・マスダンパと呼ばれるものであって、機器Dに固定したケース30内の可動質量33をリニアモータ32(アクチュエータ)により上下方向に駆動し、その駆動反力をケース30を介して機器Dに付加するものである。本実施形態では、除振対象物(機器D及び定盤1)の上下方向の振動を減殺するべく、上下方向の振動に着目するので、以下、上下方向の振動を単に振動という。また、制振ユニット3の上下方向の固有振動数を単に制振ユニット3の固有振動数といい、除振対象物の上下方向の固有振動数を単に除振対象物の固有振動数という。
【0022】
以下に、制振ユニット3(アクティブ・マスダンパ)の構造について説明する。制振ユニット3は、図1に示す(実際よりも大きく示す)ように、円筒状のケース30の基端(下端)に、例えば矩形状の基板30aが取り付けられて、この基板30aの4つの角部が機器Dの上面に締結されている。一方、ケース30の先端(上端)には、円板状の蓋部材30bが取り付けられている。ケース30の周壁部は、基端側の概略半分を構成する基端側部材30cと、残りの部分のうちの先端側を構成する先端側部材30dと、基端側部材30c及び先端側部材30dの間に位置する中間部材30eとに3分割されている。
【0023】
ケース30の内部は、2つの区画壁30f,30gによって、ケース30の中心軸J方向(上下方向)に概略3等分されており、ケース30内における下側の区画壁30fと基板30aとの間の空間に、加速度センサ31が収容されている。この加速度センサ31は、基板30aに固定されていて、機器Dの振動による加速度z″を検出するものである。すなわち、加速度センサ31は、除振対象物の振動状態を検出する振動状態検出センサを構成する。
【0024】
また、ケース30内における2つの区画壁30f,30gの間の空間には、リニアモータ32が収容されている。このリニアモータ32のケース上面が上側の区画壁30gに固定され、リニアモータ32のロッドが、区画壁30gに形成された貫通孔に挿通されかつケース30の中心軸J上において上側に延びて、ケース30内における区画壁30gと蓋部材30bとの間の空間に突出している。
【0025】
前記リニアモータ32のロッドが突出する空間には、可動質量33が収容されており、この可動質量33は、2枚の板ばね34によりケース30に対して中心軸J方向に移動可能に保持されている。可動質量33は、略円筒状の本体部33aと該本体部33aを上下方向に貫通する軸部33bとからなり、この軸部33bの上下両端部がそれぞれ、2枚の板ばね34の中心部に貫通した状態で固定されているとともに、軸部33bの下端がリニアモータ32のロッドの先端に連結されている。
【0026】
板ばね34は、詳細は図示しないが、円盤状をなしていて、中心部及び外周部の所定範囲を除いた径方向の中間部位に、複数の貫通溝が形成されたものである。上側の板ばね34の外周部は、先端側部材30d及び中間部材30eに挟持され、下側の板ばね34は、基端側部材30c及び中間部材30eに挟持されてケース30に連結される一方、両板ばね34の中心部には、前記のように可動質量33の軸部33bが貫通状態で固定される中心孔が形成されている。
【0027】
本実施形態では、機器Dに制振ユニット3が取り付けられた状態で、該制振ユニット3の固有振動数が、除振対象物(機器D及び定盤1)の固有振動数よりも高くされている。除振対象物の固有振動数は、周波数換算で、例えば4〜6Hzと低い。但し、このような低い値には限られない。制振ユニット3の固有振動数は、除振対象物の固有振動数に対して5Hz以上高いことが好ましい。
【0028】
次に、制振ユニット3の制御について具体的に説明する。本実施形態では、制振ユニット3の作動、すなわち、リニアモータ32の制御による可動質量33の駆動が、コントローラ4によって行われる。このコントローラ4は、図1に示すように、基本制御部4aと補正部4bとを有している。基本制御部4aは、制振ユニット3の加速度センサ31からの信号に基づいて、リニアモータ32のフィードバック制御を行う。すなわち、基本制御部4aは、加速度センサ31からの信号を入力して、該加速度センサ31により検出される除振対象物(機器D及び定盤1)の振動状態に応じて、可動質量33の駆動反力が前記除振対象物の振動を減殺する制御力となるように、リニアモータ32を制御する。補正部4bは、基本制御部4aによる前記リニアモータ32の制御(基本制御部4aから出力されるリニアモータ制御信号)を補正して、該補正したリニアモータ制御信号を、コントローラ4からの出力信号として、リニアモータ32へ出力する。
【0029】
図2に一例を示すように、基本制御部4aは、加速度センサ31からの信号、つまり除振対象物の加速度z″を2回積分して得られる変位zに対しゲインB1を乗算するとともに、加速度z″を1回積分して得られる速度z′に対しゲインB2を乗算し、また、加速度z″に対しゲインB3を乗算した上で、それらを合算して、リニアモータ32のフィードバック操作量u1を求める。この操作量u1が、可動質量33の駆動反力として除振対象物の振動を減殺するような制御力を発生させるためのものである。
【0030】
前記の制御演算においては、速度z′のフィードバック制御が基本であり、これは制振ユニット3によって、機器D、定盤1及び空気ばね2からなる主振動系に減衰を付加するという意味を持つ。制振ユニット3を付加することによって、除振台Aは2自由度の振動系になるが、速度z′のフィードバック制御によって減衰が加わり、共振倍率が低下するので、主振動系の共振を抑えることができる。また、加速度z″のフィードバック制御によって高周波側の性能を向上させることができるとともに、変位zのフィードバック制御によって低周波側の性能を向上させることができる。尚、加速度z″及び変位zのフィードバック制御をなくして、速度z′のフィードバック制御のみとしてもよい。
【0031】
補正部4bは、前記基本制御部4aからのリニアモータ制御信号の位相を、前記除振対象物の固有振動数と前記制振ユニット3の固有振動数との間に相当する周波数で180°進ませるように構成されている。
【0032】
具体的に、本実施形態では、補正部4bは、ノッチフィルタ(位相進み補償フィルタ)で構成されていて、その伝達関数F(s)が、
F(s)=(s+2ζωs+ω)/s …(1)
により表されるものである。
【0033】
前記式(1)中のsはラプラス演算子であり、ωは、前記ノッチフィルタのノッチ周波数に相当する振動数(単位:rad/s)であって、前記除振対象物の固有振動数をωaとし、前記制振ユニット3の固有振動数をωとして、
ωa<ω<ω
を満たす。
【0034】
前記式(1)中のζは、前記ノッチフィルタの減衰比であって、0.005以上0.1以下の値に設定される。
【0035】
ここで、ζの値は、前記基本制御部4aからのリニアモータ制御信号の位相が180°進むのに必要な周波数幅に影響し、ζの値が大きすぎると、その周波数幅が大きくなって、ノッチ周波数をアクティブ・マスダンパの固有振動数に近づけることができなくなり、この結果、制御帯域(ノッチ周波数よりも低い帯域)が狭くなる。ωが既に決まっている場合(通常は、このようになる)、制御帯域(ノッチ周波数よりも低い帯域)を広くする観点から、ωをωの値に近づける(大きくする)ことが好ましい。したがって、上記周波数幅を小さくしてωをωの値に近づけるべく、ζを小さく設定するのがよいが、0に限りなく近付くと、理論的にはω=ωとなって、ノッチフィルタと制振ユニット3とが干渉する可能性がある。そこで、ζを0.005以上0.1以下に設定することが好ましい。より好ましいのは、ζを0.007以上0.05以下の値に設定することである。
【0036】
補正部4bは、基本制御部4aからの操作量u1(リニアモータ制御信号)を入力して、これにF(s)を掛けて補正後の操作量u2を求め、更にこれを4次のハイパスフィルタを通過させた後に、電力増幅器を介してリニアモータ32へ出力する。操作量u2が4次のハイパスフィルタを通過するようにするのは、ノッチフィルタが低周波数で高ゲインになるからである。尚、ハイパスフィルタは必須のものではなく、なくしてもよい。
【0037】
ここで、前記の如く説明した除振台Aと同様の除振台(以下、実施例という)を作製した。但し、この実施例では、簡易的なものであるため、除振対象物の固有振動数ωaが周波数換算で25Hzと比較的大きくなっている。また、制振ユニット3の固有振動数ωは周波数換算で81Hzとした。さらに、速度z′のフィードバック制御のみとし、ゲインB1及びB3は0とし、B2は10とした。また、積分器、ノッチフィルタ及びハイパスフィルタのカットオフ周波数を、それぞれ0.1Hz、0.1Hz及び1.0Hzとした。そして、減衰比ζを0.01とし、ノッチ周波数ωを周波数換算で50Hzとした。
【0038】
一方、比較のために、ノッチ周波数ωをωに一致させて81Hzとし、その他は実施例と同様の除振台を作製した。
【0039】
前記実施例のリニアモータ制御(フィードバック制御)における開ループ特性を図3に示し、リニアモータ制御における閉ループ特性を図4に示す。ここで、閉ループ特性は、図6に示すように、前記フィードバック制御と同じ特性であって、除振対象物への入力(外力)を打ち消すべく、該入力とは逆位相となるように制御力に−1を掛けて、これを前記入力に加えた場合の特性である。閉ループ特性における入力は、除振対象物へ入力される外力であり、閉ループ特性における出力は、除振対象物からの出力(加速度センサ31により検出されるもの)である。図4は、閉ループ特性において、周波数による、入力の大きさに対する出力の大きさの比である振動伝達率の変化を示す。尚、除振対象物の伝達関数をG(s)とし、コントローラ4(基本制御部4a及び補正部4bの両方を含む)の伝達関数をC(s)としている。
【0040】
一方、開ループ特性は、図7に示すように、前記閉ループ特性においてコントローラ4からの出力を除振対象物への入力に加えないようにするために閉ループを途中で切断した場合の特性である。開ループ特性における入力は、除振対象物へ入力される外力であり、開ループ特性における出力は、コントローラからの出力である。開ループ特性の伝達関数は、G(s)×C(s)となる。図3は、開ループ特性において、周波数による、入力の大きさに対する出力の大きさの比の変化(ゲイン特性曲線)と、周波数による、入力に対する出力の位相差の変化(位相特性曲線)とを示す。開ループ特性における入力と出力とが同位相(位相差が0°)であれば、閉ループ特性で出力が入力よりも低減される(振動伝達率が低減する)一方、開ループ特性における入力と出力とが逆位相(位相差が180°)であれば、閉ループ特性で出力が入力よりも増幅される(振動伝達率が増大する)ことになる。実施例において、閉ループ特性における、制振ユニットの固有振動数ω(81Hz)での応答特性(開ループ特性の入力−開ループ特性の出力)を図5に示す。
【0041】
また、比較例において、開ループ特性(ゲイン特性曲線及び位相特性曲線)を図8に示し、閉ループ特性を図9に示し、閉ループ特性における、制振ユニットの固有振動数ω(81Hz)での応答特性(開ループ特性の入力−開ループ特性の出力)を図10に示す。
【0042】
比較例では、図8の位相特性曲線に示すように、位相(入力に対する出力の位相差)が、除振対象物の固有振動数ωaの前後で、90°から−90°に変化し、除振対象物の固有振動数ωaにおいて、0°になる。この結果、図9に示すように、除振対象物の固有振動数ωaにおいて、振動伝達率が制御なし(パッシブ)の場合に比べて低減する。
【0043】
また、比較例では、図8の位相特性曲線に示すように、制振ユニットの固有振動数ωの前後で、−90°から−270°に変化しようとするが、ノッチフィルタによって180°進められるため、−90°のままとなる。そして、図8のゲイン特性曲線に示すように、制振ユニットの固有振動数ωにおいて、開ループ特性の共振ピークが打ち消されて、制振ユニットが存在しないような状態になる。しかし、前記位相が−90°であるため、閉ループ特性における、制振ユニットの固有振動数ωでの応答特性は図10のようになり、図9に示すように、制振ユニットの固有振動数ωにおいては、振動伝達率を低減することができない。
【0044】
これに対し、実施例では、図3の位相特性曲線に示すように、除振対象物の固有振動数ωa及び制振ユニットの固有振動数ωのどちらにおいても、位相が0°になる。すなわち、開ループ特性における位相特性で、除振対象物の固有振動数の前後で90°から−90°に変化した位相が、除振対象物の固有振動数ωaと制振ユニットの固有振動数ωとの間に相当する周波数(ノッチ周波数(50Hz))で、ノッチフィルタによって180°進められて90°となる。そして、制振ユニットの固有振動数ωの前後で180°遅れて90°から−90°に変化し、制振ユニットの固有振動数ωにおいて、0°になる。この結果、閉ループ特性における、制振ユニットの固有振動数ωでの応答特性は図5のようになる。したがって、図4に示すように、制振ユニットの固有振動数ωだけでなく、制振ユニットの固有振動数ωにおいても、振動伝達率を制御なしの場合に比べて低減することができる。
【0045】
以上のように、本実施形態では、制振ユニット3の固有振動数ωを除振対象物の固有振動数ωaよりも高くし、基本制御部4aにおいて、加速度センサ31により検出される前記除振対象物の振動状態に応じて、制振ユニット3の可動質量33の駆動反力が前記除振対象物の振動を減殺する制御力となるように、リニアモータ32を制御するとともに、補正部4b(ノッチフィルタ)によって、除振対象物の固有振動数ωaと制振ユニット3の固有振動数ωとの間に相当する周波数(ノッチ周波数)で、リニアモータ制御信号の位相を180°進ませるようにしたので、除振対象物及び制振ユニット3の両方の固有振動数において振動伝達率を低減させることができる。また、ノッチフィルタのノッチ周波数を制振ユニット3の固有振動数に一致させる場合とは異なり、制振ユニット3の板ばね34の経年変化等により制振ユニット3の固有振動数が変化したとしても、また、除振対象物に大きな外乱や突発的な力が加わったとしても、振動伝達率低減の効果は変わらない。
【0046】
本発明は、前記実施形態に限られるものではなく、請求の範囲の主旨を逸脱しない範囲で代用が可能である。
【0047】
例えば、前記実施形態では、制振機構を加速度センサ31と共にケース30に収容して、一体の制振ユニット3を構成しているが、これに限らず、加速度センサ31やリニアモータ32をそれぞれ機器Dに直接、配設することもできる。また、加速度センサ31に代えて、例えば速度センサや変位センサを用いることもできるし、リニアモータ32以外に、例えばサーボ弁で内圧を制御する空気ばねや圧電素子等のアクチュエータを用いることもできる。
【0048】
また、制振ユニット3において、可動質量33をケース30に連結する板ばね34に代えて、例えば、金属製又は樹脂製の環状部材と環状のゴム部材とを径方向に交互に積層してなる積層弾性体を用いることもできるし、磁気ベアリングやエアベアリング等を利用することもできる。
【0049】
また、前記実施形態では、除振対象物(機器D及び定盤1)の上下方向の振動を減殺するために、可動質量33をリニアモータ32により上下方向に駆動するようにしたが、除振対象物の水平方向や水平方向又は上下方向に対して斜め方向の振動を減殺するようにしてもよく、その減殺する方向にケース30の中心軸Jが延びるようにして、該方向に可動質量33を駆動するようにすればよい。
【0050】
さらに、前記実施形態では、定盤1を空気ばね2により支持するようにした除振台Aを例示しているが、その空気ばね2に代えて、空気以外の気体を封入した気体ばねを用いることもできるし、コイルばね等のような、気体ばね以外のばね要素を用いることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、除振対象物に取り付けられたアクティブ・マスダンパによって、該除振対象物の所定方向の振動を減殺する制御力を該除振対象物に付加するアクティブ除振装置に有用である。
【符号の説明】
【0052】
A 除振台(アクティブ除振装置)
D 機器(除振対象物)
1 定盤(除振対象物)
3 制振ユニット(アクティブ・マスダンパ)
4 コントローラ
4a 基本制御部
4b 補正部
31 加速度センサ(振動状態検出センサ)
32 リニアモータ(アクチュエータ)
33 可動質量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
除振対象物に取り付けられたアクティブ・マスダンパによって、該除振対象物の所定方向の振動を減殺する制御力を該除振対象物に付加するアクティブ除振装置であって、
前記除振対象物に前記アクティブ・マスダンパが取り付けられた状態で、該アクティブ・マスダンパの前記所定方向の固有振動数が、該除振対象物の前記所定方向の固有振動数よりも高くされ、
前記アクティブ・マスダンパは、前記除振対象物にばね要素を介して前記所定方向に移動可能に取り付けられた可動質量と、前記除振対象物に取り付けられて、前記可動質量を前記所定方向に駆動し、その駆動反力を該除振対象物に作用させるアクチュエータとを有しており、
前記除振対象物の前記所定方向の振動状態を検出する振動状態検出センサと、
前記振動状態検出センサにより検出される前記除振対象物の振動状態に応じて、前記可動質量の駆動反力が前記除振対象物の所定方向の振動を減殺する制御力となるように、前記アクチュエータを制御する基本制御部と、
前記基本制御部による前記アクチュエータの制御を補正する補正部とを備え、
前記補正部は、前記基本制御部からのアクチュエータ制御信号の位相を、前記除振対象物の前記所定方向の固有振動数と前記アクティブ・マスダンパの前記所定方向の固有振動数との間に相当する周波数で180°進ませるように構成されていることを特徴とするアクティブ除振装置。
【請求項2】
請求項1記載のアクティブ除振装置において、
前記補正部は、ノッチフィルタで構成されていて、その伝達関数F(s)が、
F(s)=(s+2ζωs+ω)/s …(1)
により表されるものであり、
前記式(1)中のsはラプラス演算子であり、
前記式(1)中のωは、前記ノッチフィルタのノッチ周波数に相当する振動数(単位:rad/s)であって、前記除振対象物の前記所定方向の固有振動数をωaとし、前記アクティブ・マスダンパの前記所定方向の固有振動数をωとして、
ωa<ω<ω
を満たし、
前記式(1)中のζは、前記ノッチフィルタの減衰比であって、0.005以上0.1以下の値に設定されることを特徴とするアクティブ除振装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2012−87880(P2012−87880A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−235182(P2010−235182)
【出願日】平成22年10月20日(2010.10.20)
【出願人】(000201869)倉敷化工株式会社 (282)
【Fターム(参考)】