説明

エポキシ変性ポリフェニレンエーテル及びそれを用いた絶縁電線、電機コイル、モータ

【課題】コロナ放電開始電圧を高くできるとともに、耐熱性、機械的強度等の要求特性を満たすことのできる絶縁電線、及びこれに用いる樹脂材料を提供する。
【解決手段】ポリフェニレンエーテルとエポキシ化合物とを反応して得られるエポキシ変性ポリフェニレンエーテル。前記エポキシ変性ポリフェニレンエーテルとブロックイソシアネートとを含有するエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニス。導体及び該導体を被覆する単層又は多層の絶縁層を有する絶縁層であって、前記絶縁層の少なくとも一層は、上記エポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニス、若しくは、上記エポキシ変性ポリフェニレンエーテルとポリアミドイミド又はポリエステルイミドとの混合樹脂ワニスを塗布して形成された樹脂層である絶縁電線。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコイル等に使用する絶縁電線に関し、より詳しくは、部分放電(コロナ放電)開始電圧の高い絶縁皮膜を有する絶縁電線、及びこの絶縁電線の絶縁層を形成する樹脂に関する。
【背景技術】
【0002】
適用電圧が高い電気機器、例えば高電圧で使用されるモータ等では、電気機器を構成する絶縁電線に高電圧が印加され、その絶縁皮膜表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。コロナ放電の発生により局部的な温度上昇やオゾンやイオンの発生が引き起こされやすくなる。その結果絶縁電線の絶縁被膜に劣化が生じることで早期に絶縁破壊を起こし、電気機器の寿命が短くなるという問題があった。
【0003】
モータ等のコイル用巻線として用いられる絶縁電線において、導体を被覆する絶縁層(絶縁皮膜)には、優れた絶縁性、導体に対する密着性、耐熱性、機械的強度等が求められている。さらに高電圧で使用される絶縁電線には上記の理由によりコロナ放電開始電圧の向上も求められている。
【0004】
絶縁層中やコイルの線間に微小な空隙があると、その部分に電界集中しコロナ放電が発生しやすくなる。コロナ放電を防ぐため、特許文献1には、導体上に形成された絶縁層の外側に熱融着樹脂を塗布、焼付けした絶縁電線を捲線してコイルを形成した後、加熱して熱融着樹脂を溶解して線間の空気層を埋める、コイルの形成方法が開示されている。
【0005】
コロナ放電の発生を防ぐための別の手法としては、導体上に形成された絶縁層の外側に、1kΩ〜1MΩの表面抵抗を有する導電層や半導電層を形成させた絶縁電線がある(特許文献2等)。絶縁層の外側にある導電層や半導電層によって、絶縁層表面に生じる静電位勾配が緩やかになりコロナ放電開始電圧を向上することができる。
【0006】
また絶縁層を低誘電率化することでコロナ放電開始電圧を向上できる。ポリイミド樹脂やフッ素樹脂は低誘電率であり、これらの材料を絶縁層とすることでコロナ放電開始電圧が向上する。また特許文献3には、ポリエステルイミドとポリエーテルスルホンとの混合樹脂を絶縁層として使用した絶縁電線が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−261321号公報
【特許文献2】特開2004−254457号公報
【特許文献3】特開2009−277369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1のような熱融着樹脂を使用する方法では、コイル形成後に熱融着工程が必要で、製造コストが高くなる。また導電層や半導電層を使用する方法では、コロナ放電開始電圧は向上するものの、導電層、半導電層により絶縁電線の表面抵抗が小さくなることで交流通電時に電線の表面に流れる漏れ電流が大きくなり、絶縁電線の表面が発熱して劣化しやすくなる。また絶縁電線末端の導体露出部と導電層、半導電層とが短絡するおそれがあるため、絶縁電線末端では導電層、半導電層を剥離する工程が必要となる。
【0009】
絶縁層の低誘電率化による方法はコロナ放電開始電圧の向上に有効であるが、絶縁層には低誘電率であるだけではなく、絶縁性、導体に対する密着性、耐熱性、機械的強度等が求められており使用用途によって求められる特性が変わってくる。また材料のコストも材料選定において重要な要素である。ポリイミド樹脂は低誘電率であり耐熱性、機械的強度等に優れているが、コストが高くポリイミドを絶縁層として使用した場合には絶縁電線が高価格となる。またフッ素樹脂は低誘電率ではあるが、柔らかく耐熱性や機械的強度に劣り絶縁層として使用する場合には用途が限られてしまう。特許文献3に記載の絶縁材料は誘電率、耐熱性、機械的特性のバランスが取れたものであるが、用途によっては特性が不十分な場合もある。
【0010】
本発明者らは低誘電率材料であるポリフェニレンエーテルに着目し、誘電率の低いポリフェニレンエーテルとポリアミドイミド又はポリエステルイミドとを組み合わせたワニスを使用することで、機械特性、耐熱性と誘電率のバランスを取り、絶縁電線の絶縁層として使用可能であることを見出している。ポリフェニレンエーテルは可撓性(機械特性)が低く脆い材料であるが、可撓性に優れるポリアミドイミド又はポリエステルイミドと組み合わせることで絶縁電線の絶縁層として使用可能な特性を得ることができる。
【0011】
ポリフェニレンエーテルの分子量と可撓性は相関しており、分子量が高くなるほど引張強度や伸びが大きくなり可撓性に優れる。そのため充分な可撓性を得るためにはより高分子量のポリフェニレンエーテルを使用する必要がある。しかしポリフェニレンエーテルは溶剤に溶けにくい材料であり、高分子量になるほど溶解性が低下する。分子量の低いポリフェニレンエーテルは溶解性に優れるが、分子量の低いポリフェニレンエーテルでは、ポリアミドイミド又はポリエステルイミドと混合した場合でも充分な可撓性が得られない。
【0012】
本発明は上記の問題に鑑みてなされたものであり、低誘電率で溶剤への溶解性と可撓性とを両立可能である樹脂材料を提供することを課題とする。
【0013】
また本発明は上記の樹脂材料を用いて形成された樹脂層を有し、コロナ放電開始電圧を高くできるとともに、耐熱性、機械的強度等の要求特性を満たすことのできる絶縁電線を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、ポリフェニレンエーテルとエポキシ化合物とを反応して得られるエポキシ変性ポリフェニレンエーテルである(請求項1)。
【0015】
エポキシ化合物はエポキシ基を有する化合物である。本発明では分子の両末端にエポキシ基を有しているエポキシ化合物を使用すると好ましい。中でも下記式(1)又は式(2)で示されるエポキシ化合物を使用すると、コストの点で好ましい(請求項2)。
【0016】
【化1】



【0017】
【化2】

【0018】
ポリフェニレンエーテルは下記一般式(3)で示されるものであり、分子の両末端に水酸基を有していると好ましい。
【0019】
【化3】

(式中、R〜Rはそれぞれ独立に水素原子又は置換基を有することもある全炭素数1〜20の炭化水素基を表す。)
【0020】
エポキシ化合物のエポキシ基とポリフェニレンエーテルの末端水酸基とが反応することで、ポリフェニレンエーテルが高分子量化する。そのため引張強度、伸びが向上し可撓性に優れた材料となる。またエポキシ化合物の分子構造がポリフェニレンエーテル中に導入されることで溶剤への溶解性が向上し、可撓性と溶剤への溶解性とを両立可能となる。
【0021】
ポリフェニレンエーテルの重量平均分子量は100以上5,000以下が好ましい(請求項3)。ポリフェニレンエーテルの分子量が5,000を超えると溶剤に溶けにくくなり良好に反応させることが困難となる。また分子量が大きくなると反応後のエポキシ変性ポリフェニレンエーテルの分子鎖中に導入されるエポキシ化合物量が相対的に少なくなり、溶剤への溶解性向上効果が少なくなる。
【0022】
エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの重量平均分子量は5,000以上100,000以下が好ましい(請求項4)。分子量が5,000未満であると可撓性が低下する。また100,000を超えると溶剤への溶解性が不十分となる。
【0023】
エポキシ変性ポリフェニレンエーテルは単独で使用することもできるが、さらに硬化剤と組み合わせたエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニスとして使用すると好ましい。硬化剤としてはブロックイソシアネート、メラミン系硬化剤、チタンアルコキシド等を使用できる。これらのなかでもブロックイソシアネートを使用すると好ましい(請求項5)。エポキシ変性ポリフェニレンエーテル中には、ポリフェニレンエーテル由来の水酸基とエポキシ化合物由来のエポキシ基が反応してできた水酸基や未反応のエポキシ基、水酸基が存在している。ブロックイソシアネートのイソシアネート基がこれらの官能基と反応することでエポキシ変性ポリフェニレンエーテル同士が架橋し、さらに可撓性が向上する。そのため、ポリアミドイミドやポリエステルイミドのような可撓性に優れた材料と組み合わせることなく、単独で絶縁電線の被覆材料として使用可能である。なお複数の硬化剤を組み合わせて使用しても良い。
【0024】
請求項6に記載の発明は、導体及び該導体を被覆する単層又は多層の絶縁層を有する絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも一層は、上記のエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニスを塗布、焼付けして形成された樹脂層である絶縁電線である。エポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニスを塗布、焼付けして形成された樹脂層は誘電率が低く、コロナ放電開始電圧を高くできる。
【0025】
請求項7に記載の発明は、導体及び該導体を被覆する単層又は多層の絶縁層を有する絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも一層は、ポリアミドイミド又はポリエステルイミド(A)と、上記のエポキシ変性ポリフェニレンエーテルとをA:B=10:90〜90:10の割合(質量比)で混合した混合樹脂ワニスを塗布、焼付けして形成された樹脂層である絶縁電線である。低誘電率であるエポキシ変性ポリフェニレンエーテルを、耐熱性及び機械特性(可撓性)に優れるポリアミドイミド又はポリエステルイミドとを組み合わせることで、誘電率、耐熱性、可撓性の特性のバランスが取れた絶縁電線を得ることができる。混合樹脂ワニスには、さらに硬化剤としてブロックイソシアネートを含有すると、エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの架橋度が向上して好ましい(請求項8)。
【0026】
請求項9に記載の発明は、上記の絶縁電線を捲線してなる電機コイルである。また請求項10に記載の発明は、該電機コイルを有するモータである。これらの電機コイル、モータは高いコロナ放電開始電圧を有し、高電圧が印加された場合でも絶縁皮膜の劣化が起こりにくいので、寿命を長くすることが可能である。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、低誘電率で溶剤への溶解性と可撓性とを両立可能であるエポキシ変性ポリフェニレンエーテルが得られる。また本発明の絶縁電線は、上記のエポキシ変性ポリフェニレンエーテルを用いて形成された樹脂層を有することで、コロナ放電開始電圧を向上できると共に耐熱性、機械的強度等の要求特性を満たすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】誘電率の測定方法を説明する模式図である。
【図2】コロナ放電開始電圧測定用の試験サンプルを説明する模式図である。
【図3】本発明の一例を示す断面模式図である。
【図4】本発明のコイルの一例を示す模式図である。
【図5】本発明のモータ構成部材の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
ポリフェニレンエーテルとしては、下記式(4)で示されるものが好ましく使用できる。具体的にはSABICイノベーティブプラスチックス製のPPO(登録商標)樹脂等を使用できる。ポリフェニレンエーテルの分子量が100〜5,000程度のものを選択すると好ましい。
【0030】
【化4】

【0031】
エポキシ化合物としては、下記式(1)又は式(2)で示されるものが好ましく使用できる。これ以外にも、両末端にエポキシ基を有するエポキシ化合物であれば使用可能である。汎用性、コストの観点からビスフェノールS型、ビスフェノールF型のエポキシ化合物が好ましい。エポキシ化合物は単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせても良い。
【0032】
【化1】

【0033】
【化2】

【0034】
ポリフェニレンエーテルとエポキシ化合物とを混合し、有機溶媒中で加熱して反応させるとエポキシ変性ポリフェニレンエーテルが得られる。ポリフェニレンエーテルの合計量(当量)と、エポキシ化合物の合計量(当量)を約1:1とすると反応が良好に進行して好ましい。
【0035】
有機溶媒としては、シクロヘキサノン、ナフサ、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、γ−ブチロラクタム等が使用できる。これらの有機溶媒は単独で用いても2種以上を組み合わせても良い。
【0036】
有機溶媒の量はポリフェニレンエーテル及びエポキシ化合物を均一に分散させることができる量であれば良く、特に制限されないが、通常これらの成分の合計量100質量部あたり40質量部〜100質量部使用する。有機溶媒量を少なくするとできあがったエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニスの固形分量が多くなり、コスト低減に有効である。
【0037】
ポリフェニレンエーテルとエポキシ化合物との反応は、例えば材料を混合した後有機溶媒を加え、60℃〜140℃程度の温度で数時間反応させて行う。窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガス雰囲気下で反応させることが好ましい。またイミダゾール等の反応触媒を加えると反応が進行しやすくなり好ましい。反応によりポリフェニレンエーテルとエポキシ化合物とが重合してエポキシ変性ポリフェニレンエーテルが生成する。生成したエポキシ変性ポリフェニレンエーテルの分子量は、各成分の仕込み量、反応時間などを調整することによって制御できる。エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの分子量を5,000以上100,000以下とすると特性のバランスが取れ、好ましい。なおここでいう分子量は重量平均分子量であり、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)で測定した値とする。
【0038】
得られたエポキシ変性ポリフェニレンエーテル溶液は適当な濃度に希釈して使用する。ブロックイソシアネートと混合して使用するとより好ましい。ブロックイソシアネートは、多官能イソシアネートの末端イソシアネート基を、ブロック剤で封鎖したものである。ワニスの焼付け工程で加熱されることでブロック剤が解離し、イソシアネート基が生成する。このイソシアネート基がエポキシ変性ポリフェニレンエーテルを架橋する。
【0039】
多官能イソシアネートとしては、トリレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)等が例示される。またブロック剤としてはアルコール類、オキシム類等が例示される。ブロックイソシアネートは、エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの固形分100質量部あたり5質量部〜30質量部程度添加するのが好ましい。
【0040】
エポキシ変性ポリフェニレンエーテルはポリアミドイミド又はポリエステルイミドと混合して使用しても良い。この場合においても、ブロックイソシアネートをさらに混合して使用することが好ましい。
【0041】
ポリエステルイミドとしては、下記一般式(5)で示されるものが好ましく使用できる。
【0042】
【化5】

式中、Rはトリカルボン酸無水物の残基等の3価の有機基、Rはジオールの残基等の2価の有機基、Rはジアミンの残基等の2価の有機基である。
【0043】
ポリエステルイミドは、トリカルボン酸無水物、ジオール、及びジアミンを公知の方法で反応させて得られる。トリカルボン酸無水物としては、トリメリット酸無水物、3,4,4’−ベンゾフェノントリカルボン酸無水物、3,4,4’−ビフェニルトリカルボン酸無水物等を使用できる。これらの中ではトリメリット酸無水物が最も好ましい。
【0044】
ジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、トリメチレングリコール、ジエチレングリコール等が使用できる。またジアミンとしては4,4’−ジアミノジフェニルメタン、4,4’−ジアミノジフェニルエーテル、m−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン、1,4−ジアミノナフタレン、ヘキサメチレンジアミン、ジアミノジフェニルスルホン等が使用できる。
【0045】
ポリエステルイミドの具体的な製品としては、日立化成(株)製の商品名ISOMID 40SM−45、40HA−45、東特塗料(株)製の商品名Neoheat8625H2、8625AY等を使用することもできる。
【0046】
ポリアミドイミドは、ジイソシアネート化合物を含むイソシアネート成分と酸成分とを反応させて得られる。イソシアネート成分としてはジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルメタン−3、3’−ジイソシアネート、ジフェニルメタン−3,4’−ジイソシアネート、ジフェニルエーテル−4,4’−ジイソシアネート、ベンゾフェノン−4、4’−ジイソシアネート、ジフェニルスルホン−4,4’−ジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネートが使用できる。
【0047】
酸成分としては、トリメリット酸無水物(TMA)、1,2,5−トリメリット酸(1,2,5−ETM)、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、オキシジフタル酸二無水物(OPDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、4,4’−(2,2’−ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物等が使用できる。イソシアネート成分、酸成分は1種類ずつ用いても良いし複数の種類を組み合わせても良い。
【0048】
ポリアミドイミド又はポリエステルイミド(A)とエポキシ変性ポリフェニレンエーテル(B)とは、その固形分比率がA:B=10:90〜90:10の割合(質量比)となるように混合する。エポキシ変性ポリフェニレンエーテル(B)の混合比率を上げると誘電率が下がり、耐コロナ放電特性を向上できるが、耐熱性や可撓性等の機械特性が低下するため、必要な特性を考慮し、ポリアミドイミド又はポリエステルイミド(A)とエポキシ変性ポリフェニレンエーテル(B)との混合比率を決めると良い。A:B=70:30〜30:70とすると特性のバランスが良く好ましい。なお混合した樹脂ワニス中に、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤等の各種添加剤や反応性低分子、相溶化剤等を添加しても良い。さらに本発明の趣旨を損ねない範囲で他の樹脂を混合して使用することもできる。
【0049】
エポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニス、もしくはポリアミドイミド又はポリエステルイミド(A)とエポキシ変性ポリフェニレンエーテル(B)とを混合した混合樹脂ワニスを導体上に直接又は他の層を介して塗布、焼き付けして絶縁層を形成する。塗布、焼付けは通常の絶縁電線の製造と同様に行うことができる。例えば、導体に樹脂ワニスを塗布した後、設定温度を350〜500℃とした炉内を1パス当たり5〜10秒間通過させて焼付ける作業を数回繰り返して絶縁層を形成する。絶縁層の厚みは10μm〜100μmとする。
【0050】
導体としては、銅や銅合金、アルミ等を使用できる。導体の大きさやその断面形状は特に限定されないが、丸線の場合は導体径が100μm〜5mmのものが、平角線の場合は一辺の長さが500μm〜5mmのものが一般に使用される。
【0051】
絶縁層は単層であっても多層であっても良い。絶縁層が単層である場合は上記のエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニス、またはポリアミドイミド又はポリエステルイミドとエポキシ変性ポリフェニレンエーテルとを混合した混合樹脂ワニス塗布、焼き付けして形成された樹脂層(以下、第1の樹脂層とする)のみが絶縁層となる。絶縁層を多層にする場合は、上記第1の樹脂層の形成前又は形成後に他の樹脂層を形成する。第2の樹脂層としてポリアミドイミドを主体とする樹脂を更に有すると耐熱性が向上して好ましい。第2の樹脂層は第1の樹脂層の下層にあっても上層にあっても良いが、密着性に優れたポリアミドイミドを用い、この高密着性ポリアミドイミド樹脂からなる層を導体と密着させた構成とすると、絶縁皮膜の導体との密着性が向上して好ましい。
【0052】
第2の樹脂層としては、ポリアミドイミドの他に、ポリエステルイミド、ポリイミド、ポリウレタン等を使用することができる。
【0053】
さらに、絶縁層として最外層に表面潤滑層を有すると加工性が向上して好ましい。表面潤滑層は潤滑性を有する樹脂からなる層であり、カルナバワックス、ミツロウ、モンタンワックス、マイクロクリスタンワックス等の各種ワックス、ポリエチレン、フッ素樹脂、シリコーン樹脂等の潤滑剤をバインダー樹脂と混合した樹脂を塗布、焼き付けして形成できる。この場合はさらにインサート性や加工性が向上する。
【0054】
図3は本発明の絶縁電線の一例を示す断面模式図である。導体1の外側に多層の絶縁層があり、導体側から第2の樹脂層2、第1の樹脂層3、表面潤滑層4となっている。第1の樹脂層は、エポキシ変性ポリフェニレンエーテルとブロックイソシアネートを混合したエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニス、もしくはポリアミドイミド又はポリエステルイミドとエポキシ変性ポリフェニレンエーテルとを混合した混合樹脂ワニスを塗布、焼付けして形成される。なお本発明の絶縁電線はこの形状に限定されるものではなく、導体の外側に第1の樹脂層のみを有する単層の絶縁電線や、第1の樹脂層の外側に第2の樹脂層を有する絶縁電線であっても良い。
【0055】
図4(a)は本発明の電機コイルの一例を示す模式図であり、図4(b)は図4(a)のA−A’断面図である。磁性材料からなるコア13の外側に絶縁電線11を捲線して電機コイル12が形成される。コアと電機コイルからなる部材は、モータのロータやステータとして使用される。例えば、図5に示すように、コア13と電機コイル12とからなる分割ステータ14を複数組み合わせて環状に配置したステータ15を、モータの構成部材として使用する。
【実施例】
【0056】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。なお本発明の範囲はこの実施例のみに限定されるものではない。
【0057】
(実施例1〜6)
(エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの作製)
温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器、窒素吹き込み管を取り付けたフラスコ中に、前記窒素吹き込み管から毎分150mlの窒素ガスを流しながらポリフェニレンエーテル(SABICイノベーティブプラスチックス製のPPO(登録商標) MX90(分子量1,700)と表1に記載のエポキシ化合物、溶媒(シクロヘキサノン)を投入し、攪拌器で攪拌しながら80℃まで加熱してポリフェニレンエーテル及びエポキシ化合物を溶解した。完全に溶解した後、触媒としてイミダゾール(四国化成(株)製、2E4MZ)を添加し、1時間かけて温度を80℃から140℃まで上昇して反応させた。希釈溶剤を加えた後、濃度27%のブロックイソシアネート(日本ポリウレタン(株)製MS−50)溶液を混合し、室温で一時間攪拌してエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニスを得た。
【0058】
(エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの評価)
エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの重量平均分子量をゲルパーミエーションクロマトグラフィーで測定した。実施例1の重量平均分子量は37,800、数平均分子量は12,450、実施例2の重量平均分子量は34,800、数平均分子量は11,858であった。
【0059】
(ポリエステルイミドワニスの調整)
ポリエーテルイミドワニスとして、日立化成(株)製の商品名Isomoid40SM−45を使用した。
【0060】
(ポリアミドイミドワニスの作製)
温度計、冷却管、塩化カルシウム充填管、攪拌器、窒素吹き込み管を取り付けたフラスコ中に、前記窒素吹き込み管から毎分150mlの窒素ガスを流しながら、TMA(トリメリット酸無水物、三菱瓦斯化学(株)製)108.6g、MDI(メチレンジイソシアネート、三井武田ケミカル(株)製、商品名コスモネートPH)141.5gを投入した。次いでN−メチルピロリドン637gを入れ、攪拌器で攪拌しながら80℃で3時間加熱した。さらに約3時間かけて反応系の温度を140℃まで昇温した後140℃で1時間加熱した。1時間経過した段階で加熱を止め、放冷して不揮発分25%のポリアミドイミド樹脂ワニスとした。
【0061】
(絶縁電線の作製)
エポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニス、もしくはエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニス(PPO)とポリエステルイミドワニス(PEsI)又はポリアミドイミドワニス(PAI)とを混合した混合樹脂ワニスを作製した。導体径(直径)約1mmの導線の表面に混合樹脂ワニスを常法によって塗布、焼付けして絶縁層を形成し、実施例1〜6の絶縁電線を作製した。なお表2、表3中の混合割合はエポキシ変性ポリフェニレンエーテル、ポリアミドイミド、ポリエステルイミドの固形分(質量)比である。
【0062】
(誘電率の測定)
得られた各絶縁電線について、絶縁層の誘電率を測定した。図1に示すように、絶縁電線の表面3カ所に銀ペーストを塗布して測定用のサンプルを作製した(塗布幅は両端2カ所が10mm、中央部分が100mmである)。導体と銀ペースト間の静電容量をLCRメータで測定し、測定した静電容量の値と被膜の厚みから誘電率を算出した。測定結果を表1に併せて示す。
【0063】
(可撓性の評価)
得られた絶縁電線に20%の予備伸長を加えた後、JIS C3003 7.1に基づいて可撓性試験を行った。評価は、絶縁電線を1.0mmの丸棒に10ターン巻き付けて皮膜割れを生じたターン数を数えた。
【0064】
(比較例1)
ポリフェニレンエーテル(SABICイノベーティブプラスチックス製のPPO(登録商標) MX90(分子量1,700)と表1に記載のエポキシ化合物、溶媒(シクロヘキサノン)及びイミダゾール(四国化成(株)製、2E4MZ)を投入し、攪拌器で攪拌しながら80℃まで加熱して各成分を溶解した。完全に溶解した後、希釈溶剤及び濃度27%のブロックイソシアネート(日本ポリウレタン(株)製MS−50)溶液を混合し、室温で一時間攪拌してポリフェニレンエーテル/エポキシ化合物/ブロックイソシアネート混合ワニスを作製した。この混合ワニスを実施例1〜6と同様に導体径(直径)約1mmの導線の表面に混合樹脂ワニスを常法によって塗布、焼付けして絶縁電線を作製し、一連の評価を行った。
【0065】
(比較例2、3)
上記のポリアミドイミドワニス(比較例2)、ポリエステルイミドワニス(比較例3)を単独で使用し、実施例1〜6と同様に導体径(直径)約1mmの導線の表面に混合樹脂ワニスを常法によって塗布、焼付けして絶縁電線を作製し、一連の評価を行った。以上の結果を表1〜表3に示す。









【0066】
【表1】

【0067】
実施例1、2はエポキシ変性ポリフェニレンエーテルと硬化剤とを混合したエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニスを用いた絶縁電線であり、誘電率が非常に低くなっている。また可撓性試験でも皮膜割れを生じず、可撓性に優れていることがわかる。ポリフェニレンエーテルとエポキシ化合物とを混合しただけの比較例1の絶縁電線は、誘電率は低いが可撓性が低い。
【0068】
【表2】











【0069】
【表3】

【0070】
実施例3〜5はポリアミドイミドとエポキシ変性ポリフェニレンエーテルとを混合したワニスを用いた絶縁電線である。ポリアミドイミドを単独で用いた比較例2に比べて誘電率が低くなっており、エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの混合割合が多くなるほど誘電率が低くなっている。また実施例6はポリエステルイミドとエポキシ変性ポリフェニレンエーテルとを混合したワニスを用いた絶縁電線である。ポリエステルイミドを単独で用いた比較例3に比べて誘電率が低くなっている。
【符号の説明】
【0071】
1 導体
2 第1の樹脂層
3 第2の樹脂層
4 表面潤滑層
11絶縁電線
12電機コイル
13コア
14分割ステータ
15ステータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリフェニレンエーテルとエポキシ化合物とを反応して得られるエポキシ変性ポリフェニレンエーテル。
【請求項2】
前記エポキシ化合物は、下記式(1)又は式(2)で示される化合物である、請求項1に記載のエポキシ変性ポリフェニレンエーテル。
【化1】

【化2】

【請求項3】
前記ポリフェニレンエーテルの分子量が100以上5,000以下である、請求項2又は3に記載のエポキシ変性ポリフェニレンエーテル。
【請求項4】
前記エポキシ変性ポリフェニレンエーテルの分子量が、5,000以上100,000以下である、請求項1から3のいずれか一項に記載のエポキシ変性ポリフェニレンエーテル。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載のエポキシ変性ポリフェニレンエーテルとブロックイソシアネートとを含有する、エポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニス。
【請求項6】
導体及び該導体を被覆する単層又は多層の絶縁層を有する絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも一層は、請求項5に記載のエポキシ変性ポリフェニレンエーテルワニスを塗布、焼付けして形成された樹脂層である、絶縁電線。
【請求項7】
導体及び該導体を被覆する単層又は多層の絶縁層を有する絶縁電線であって、前記絶縁層の少なくとも一層は、ポリアミドイミド又はポリエステルイミド(A)と、請求項1〜4のいずれか一項に記載のエポキシ変性ポリフェニレンエーテル(B)とを、A:B=10:90〜90:10の割合(質量比)で混合した混合樹脂ワニスを塗布、焼付けして形成された樹脂層を有する、絶縁電線。
【請求項8】
前記混合樹脂ワニスは、さらにブロックイソシアネートを含有する、請求項7に記載の絶縁電線。
【請求項9】
請求項6〜8のいずれか1項に記載の絶縁電線を捲線してなる電機コイル。
【請求項10】
請求項9記載の電機コイルを有するモータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−51966(P2012−51966A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−193632(P2010−193632)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】