説明

エンジンの出力制御装置

【課題】目標トルクと出力トルクとの誤差を抑制しつつ共振を十分に低減可能とする。
【解決手段】ECUにおいてアクセル開度に基づいて目標トルクを設定する際に、目標トルク変換器により、アクセル開度の変化によって車両の駆動系に発生する振動が低減されるように目標トルクを設定するとともに、補償器により、目標トルク変換器により設定された目標トルクの変化に対して出力されるトルクが追従できるように、エンジンの回転速度に基づいて目標トルクの変化率を制限する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエンジンの出力制御装置に係り、詳しくは加減速時における振動を低減する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、車両のアクセル踏み込み時や戻し操作時(特に、急激なアクセルの踏み込み時)には振動(加減速ショック)が生じる。このような、加減速ショックは、急激なアクセルの踏み込みや戻し操作によりエンジントルクが急変し、その結果駆動系に捩り振動が発生することに起因している。そして、このような駆動系の捩り振動が車体前後方向の振動現象として現れる。
【0003】
このようなアクセル操作に伴って発生する駆動系の振動を抑制するには、スロットルを段階的にまたは徐々に開く手法が広く知られているが、このような手法では加速感が損なわれる。また、このような手法では、通常、アクセル操作のパターンを認識して、振動が低くなる目標トルクパターンに置き換えるので、アクセルによるエンジントルクの急激な変化の指示が認識されてからトルク波形が変更することとなり、タイミング良く制御することが困難であり、十分な効果が得られない虞がある(特許文献1)。
【0004】
このようなことから、本出願人は、電子スロットルバルブ(ETV)の制御入力上流にフィルタからなる補償器を介装し、駆動系の共振をキャンセルするように目標トルクを逐次補正することで駆動系の振動を抑制する手法を提案している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−68702号公報
【特許文献2】特開2006−90220号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、エンジンの出力波形は1行程が単位となっており、1行程の間はトルクを変化させることができない。したがって、例え上記特許文献2のように補償器を用いてトルクを補正したとしても、実際に出力されるトルクが目標トルクに対して誤差を生じる虞がある。特に、低回転域では着火周波数が低いため目標トルクが急激に変化する場合には十分に追従することができず、目標トルクに対する誤差が大きくなってしまう。そして、目標トルクと出力トルクとに誤差が生じると、共振を低減させることが困難となってしまう。
【0007】
本発明はこのような問題点を解決するためになされたもので、その目的とするところは、目標トルクと出力トルクとの誤差を抑制しつつ共振を十分に低減可能なエンジンの出力制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した目的を達成するために、請求項1のエンジンの出力制御装置は、アクセル開度を検出するアクセル開度検出手段と、アクセル開度検出手段により検出されたアクセル開度に基づいて目標トルクを設定する目標トルク設定手段と、を備えたエンジンの出力制御装置であって、目標トルク設定手段は、アクセル開度の変化によってエンジンの駆動系に発生する共振が低減されるようにアクセル開度の周波数に対応したゲインで目標トルクの大きさを設定する目標トルク変換手段と、エンジンの回転速度に基づいてエンジン低回転時に目標トルクの変化率を制限する目標トルク変化率制限手段と、を備えたことを特徴とする。
【0009】
また、請求項2のエンジンの出力制御装置では、請求項1において、目標トルク変化率制限手段は、エンジンの回転速度が低下するに従って目標トルクの変化率を低下させることを特徴とする。
また、請求項3のエンジンの出力制御装置では、請求項1または2において、目標トルク変化率制限手段は、ローパスフィルタにより構成され、エンジンの回転速度に基づいてカットオフ周波数を変更させることで、目標トルクの変化率の制限量を可変することを特徴とする。
【0010】
また、請求項4のエンジンの出力制御装置では、請求項1または2において、目標トルク変化率制限手段は、逆FFT処理を含んで構成され、逆FFT処理における次数をエンジンの回転速度に基づいて制限することで、目標トルクの変化率の制限量を可変することを特徴とする。
また、請求項5のエンジンの出力制御装置では、請求項1〜4のいずれかにおいて、目標トルク変化率制限手段は、駆動系の共振周波数とエンジンの回転速度との比に基づいて、目標トルクの変化率を制限することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
請求項1のエンジンの出力制御装置によれば、目標トルク変換手段により、アクセル開度の変化によってエンジンの駆動系に発生する共振が低減されるようにアクセル開度の周波数に対応したゲインで目標トルクの大きさが設定されることで、車両の駆動系に発生する共振が低減されるが、目標トルクが細かく変化するように設定された場合に、エンジンの回転速度が低下しているとこの目標トルクの変化に対してトルクを追従して出力させることが困難となる虞がある。
【0012】
そこで、本発明では更に、エンジンの回転速度に基づいてエンジン低回転時に目標トルクの変化率を制限することで、エンジンの回転速度に応じて変化するトルクの追従性に対応した目標トルクの設定が可能となる。したがって、目標トルクと出力トルクとの誤差を抑制しつつ目標トルクを追従可能な範囲で細かく設定することができ、共振を十分に低減させることができる。
【0013】
請求項2のエンジンの出力制御装置によれば、エンジンの回転速度が低下するに従って目標トルクの変化率が低下するように制限するので、目標トルクの変化に対する出力トルクの追従性が低下する低回転域においては目標トルクの変化率が抑えられ、目標トルクと出力トルクとの誤差が低減される。高回転域においては、目標トルクの変化率の制限が少なくなるので、出力トルクを迅速に変化させることができる。
【0014】
請求項3のエンジンの出力制御装置によれば、ローパスフィルタにより目標トルクの高周波数成分をカットすることで、目標トルクの変化を逐次ゆるやかにすることができる。そして、カットオフ周波数をエンジン回転速度に基づいて変更することで、低回転時にエンジン出力トルクが追従しやすい特性の目標トルクを容易に設定可能となる。
請求項3のエンジンの出力制御装置によれば、逆FFT処理における次数をエンジンの回転速度に基づいて制限することで、低回転時にエンジン出力トルクが追従しやすい特性の目標トルクを容易に設定可能となる。
【0015】
請求項5のエンジンの出力制御装置によれば、駆動系の共振周波数とエンジン回転速度との比に基づいて目標トルクが変更されるので、駆動系での共振周波数が変更したとしても、共振周波数とエンジン回転速度との比に基づいて目標トルクを変更することで、共振周波数に対応した目標トルクの設定が可能となり、共振を確実に低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る出力制御装置を含む系の制御モデルを示すブロック図である。
【図2】車両モデル及び目標トルク変換器での夫々のゲインの周波数特性を示しており、(A)は車両モデル、(B)は目標トルク変換器を示す。
【図3】アクセル開度を急激に増加させたときの目標トルク及び出力トルクの推移を示すタイムチャートであり、(A)は高回転域、(B)は低回転域の場合を示している。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら本発明に係るエンジンの出力制御装置の一実施形態について説明する。
本発明は、車両走行駆動源として用いられるエンジンに適用される。
図1は、本発明に係るエンジンの出力制御装置を含む系の制御モデルを示すブロック図である。
【0018】
図1に示すように、当該制御モデルでは、アクセルペダルの操作量、即ちアクセル開度を検出するアクセル開度センサ(アクセル開度検出手段)10からの信号がECU20(電子コントロールユニット、目標トルク設定手段)に入力する。ECU20は、アクセル開度に基づいて目標トルクを演算し燃料噴射装置30(エンジン出力調整手段)に出力する。これにより、燃料噴射装置30のインジェクタから噴射される燃料噴射量が調節されて、エンジンのトルクが変化する。エンジンから出力するトルクにより、図示しないクラッチ、変速機、駆動軸等を介して、駆動輪を回転させ、車両を走行させる。ここで、目標トルクの入力信号から駆動輪の駆動トルクを出力するまでを車両モデル40とし、その内部の演算を演算式Gp(s)として表す。車両モデル40は、内部で固有の共振周波数を有しており、例えば図1に示すようにアクセル開度をステップ状に変化するように入力を与えると、車両モデル40からの出力値、即ち駆動トルクが振動したものとなってしまう場合がある。
【0019】
ECU20には、目標トルク変換器50(目標トルク変更手段)と補償器51(目標トルク変化率制限手段)とが備えられている。目標トルク変換器50は、アクセル開度に基づいて、目標トルクを演算する機能を有する。目標トルク変換器50では、アクセル開度及びその他エンジン回転速度等の運転状態に基づいて、あらかじめ記憶されたマップから読み出すことで目標トルクが求められる。目標トルク変換器50では、更に、上記共振(駆動トルクの振動)を抑制するために、フィルタを用いて目標トルクを抑制する制御を行なっている(ここでの共振を抑制するための演算式をW(s)とする)。
【0020】
図2は、車両モデル40及び目標トルク変換器50での夫々のゲインの周波数特性を示しており、(A)は車両モデルでのゲインGp(s)、(B)は目標トルク変換器でのゲインW(s)を示している。本図では、周波数を対数表示としており、共振周波数を10として表示している。
図2(A)に示すように、車両モデル40では、駆動系の共振により共振周波数(10)でゲインにピークが発生する。これに対し、目標トルク変換器50は、ノッチフィルタを有しており、狭帯域での変動ゲインを0にするために用いられる。
【0021】
具体的には、目標トルク変換器50では、図2(B)に示すように、アクセル開度の周波数に対応したゲインが共振周波数で負のピークとなるように狭帯域でゲインを大きく低下させ、車両モデル40での共振によるピークを相殺させるように設定している。
このように制御することで、目標トルクの変動により発生する共振を遅滞なく低減させることが可能となる。
【0022】
更に、本実施形態では、補償器51において、エンジン回転速度に基づいて目標トルクの波形を変化させる制御を行なっている。
詳しくは、共振周波数に対する着火周波数の比を求め、この比が小さくなる、即ち共振周波数が一定であればエンジン回転速度が低下するにしたがって、目標トルクの変化率を制限する。共振周波数に対する着火周波数の比が比較的大きい高回転域においては、目標トルク変換器50で設定した目標トルクをそのまま出力し、共振周波数に対する着火周波数の比が比較的小さい低回転域においては、目標トルクの変化率を低下させて目標トルクが時間経過とともにゆるやかに変化するように補正する。低回転域において目標トルクの変化率を低下させる方法としては、ローパスフィルタを用いたり、着火周波数までの燃焼圧波形で近似したり、エンジンの回転数で次数を制限した逆FFT(目標トルクの時間波形をフーリエ変換し再度時間領域に戻す際にエンジンの回転数が低いほど次数を落とす)を用いたりして行なえばよい。以下、ローパスフィルタの場合で説明する。
【0023】
ローパスフィルタは、カットオフ周波数を変更可能であるものが採用される。そして、共振周波数と着火周波数との比に基づいて、カットオフ周波数を変更する。具体的には、共振周波数に対して着火周波数が大きくなる、即ち高回転になるに従って、カットオフ周波数を高い値に設定する。カットオフ周波数は共振周波数より大きな範囲内で設定すればよい。なお、共振周波数はあらかじめ確認の上記憶しておけばよいが、例えば変速機のギヤ比が変化したときに共振周波数が変化するので、夫々の場合で記憶しておき、適宜選択して用いられるようにすればよい。
【0024】
図3は、本実施形態でアクセル開度を急激に増加させたときの目標トルク及び出力トルクの推移を示すタイムチャートである。図3(A)はエンジン回転速度が高回転域である場合、(B)は低回転域である場合を示す。
図3に示すように、例えばアクセル開度をステップ状に急激に上昇させた場合、上記のように目標トルク変換器50において共振周波数でのゲインを負にすることで、目標トルクの増加途中で一端増加を抑えるように設定される。このように目標トルクを設定することで、アクセル開度の上昇開始時に迅速にエンジン出力を上昇させるとともに、出力トルクの過剰な上昇を抑え目標トルクへの収束性を向上させて、トルク振動を抑えている。
【0025】
そして、本実施形態では、補償器51において、上記のようにローパスフィルタを用いてカットオフ周波数を変更することで、目標トルクを出力可能なトルクのカーブに一致するように制御する。
図3(A)に示すように、高回転域(例えば着火周波数が共振周波数の10倍の場合)には、上記のように設定した図中破線で示す目標トルクを補正せずにそのまま最終的な目標トルクとして設定する。このように高回転域においては、エンジンが1行程毎にしか出力を変化できない特性であっても、十分に出力トルクを目標トルクに近似させることができる。
【0026】
一方、低回転域(例えば着火周波数が共振周波数の5倍の場合)では、上記のように設定した図中破線で示す目標トルクをそのまま最終的な目標トルクとして設定すると、出力トルクを目標トルクに近似させることが困難となり、図3(B)に示すように出力トルクと目標トルクとの間の誤差が大きくなってしまう。そこで、本実施形態では、低回転域において目標トルクを上記のようにローパスフィルタを用いることで、目標トルクの高周波数成分を除去して、低周波成分のみとする。これにより、目標トルクの変化率を抑え、目標トルクを図3(B)に示す出力トルクに一致するように、ゆるやかに変化させるようにする。これにより、低回転域においても目標トルクと出力トルクとの誤差を低減させるようにする。
【0027】
このように、本実施形態では、高回転域において出力トルクの細かな制御が可能であることから、応答性を高く確保できるように目標トルクを設定し、低回転域では出力トルクの細かな制御が困難であるので目標トルクを補正して出力トルクとの誤差をなくすように制御する。これにより、高回転域では、共振を抑制する最適な目標トルクに設定されるとともに、応答性を低下させず車両の加速性を確保することができ、低回転域では、出力トルクに対して誤差をなくすように目標トルクを補正することで、トルク振動を常に抑えることが可能となる。上記説明では高回転域と低回転域のみ述べているが、これらの間で目標トルクを出力可能なトルクのカーブに合わせるように連続的に変更させることが望ましい。
【0028】
本発明は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンのいずれにも適用可能であるが、燃料噴射制御方式として直噴ディーゼルが望ましい。これは、直噴ディーゼルでは、空気量に関わらず筒内に燃料を噴射でき、次の行程で噴射した燃料がトルクに変換されるため、応答性の観点から目標トルクに対する燃料噴射の再現性が他の噴射制御方式より好ましい為である。ガソリンエンジンでは空気量に制限があり、吸気管燃料噴射では燃料噴射からエンジン出力までの応答性が低下してしまう。また、点火時期を制御してエンジンの出力を補正することで振動を低減させる方法も可能であるが、出力増加側に余裕がなく出力増加への対応が困難であるので、燃料噴射制御の方が望ましい。
【0029】
また、上記実施例では、目標トルク変換器50(目標トルク変更手段)の後段に補償器51(目標トルク変化率制限手段)を配置したが前後逆の配置としてもよい。
また、上記実施例における目標トルク変換器50および補償器51における処理に代えて以下の式(1)に示す伝達関数により導くようにしてもよい。
目標トルク=K×1/(1+sτ)・・・(1)
但し、Kは図2(B)に示した特性のゲイン、sはラプラス演算子、τはエンジン回転速度の低下に伴い増加する時定数である。
【符号の説明】
【0030】
10 アクセル開度センサ
20 ECU
30 燃料噴射装置
50 目標トルク変換器
51 補償器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクセル開度を検出するアクセル開度検出手段と、
前記アクセル開度検出手段により検出されたアクセル開度に基づいて目標トルクを設定する目標トルク設定手段と、を備えたエンジンの出力制御装置であって、
前記目標トルク設定手段は、前記アクセル開度の変化によって前記エンジンの駆動系に発生する共振が低減されるように前記アクセル開度の周波数に対応したゲインで前記目標トルクの大きさを設定する目標トルク変換手段と、前記エンジンの回転速度に基づいてエンジン低回転時に前記目標トルクの変化率を制限する目標トルク変化率制限手段と、を備えたことを特徴とするエンジンの出力制御装置。
【請求項2】
前記目標トルク変化率制限手段は、前記エンジンの回転速度が低下するに従って前記目標トルクの変化率を低下させることを特徴とする請求項1に記載のエンジンの出力制御装置。
【請求項3】
前記目標トルク変化率制限手段は、ローパスフィルタにより構成され、エンジンの回転速度に基づいてカットオフ周波数を変更させることで、前記目標トルクの変化率の制限量を可変することを特徴とする請求項1または2に記載のエンジンの出力制御装置。
【請求項4】
前記目標トルク変化率制限手段は、逆FFT処理を含んで構成され、逆FFT処理における次数をエンジンの回転速度に基づいて制限することで、前記目標トルクの変化率の制限量を可変することを特徴とする請求項1または2に記載のエンジンの出力制御装置。
【請求項5】
前記目標トルク変化率制限手段は、前記駆動系の共振周波数とエンジンの回転速度との比に基づいて、前記目標トルクの変化率を制限することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のエンジンの出力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−241761(P2011−241761A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−114519(P2010−114519)
【出願日】平成22年5月18日(2010.5.18)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【出願人】(000176811)三菱自動車エンジニアリング株式会社 (402)
【Fターム(参考)】