説明

エンジンの燃料噴射制御方法及び燃料噴射制御装置

【課題】エンジン1回転につき回転信号が燃料噴射制御装置に1回入力される燃料噴射制御システムにおいて、コストの高騰を伴うことなく始動時の燃料噴射開始の遅延を回避して、エンジン始動性や始動時のフィーリングを良好にする。
【解決手段】エンジン1の燃料噴射システムの一部を構成する燃料噴射制御装置である電子制御ユニット10Aが、エンジン回転信号により燃料噴射時期を決定しながらエンジン運転状態に応じた燃料噴射信号を生成してインジェクタ5に出力することにより行うエンジンの燃料噴射制御方法において、電子制御ユニット10Aが自己への供給電圧を連続的に検出して、その起動時の供給電圧から所定の変動が生じたことを検知した時点、又は起動時の供給電圧が予め定めた電圧値以下であると判定した時点で、エンジン1の回転開始を認識してエンジン回転信号入力前であっても燃料噴射を開始する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの燃料噴射制御方法及び燃料噴射制御装置に関し、殊に、エンジン始動時にその回転開始を検知することにより燃料噴射を開始するエンジンの燃料噴射制御方法及びこれを実行するエンジンの燃料噴射制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
汎用エンジンなど、構成の簡易さやコストの低廉さが要求されるエンジンにおいては、例えば特開平11−173246号公報に記載され後述する本発明の燃料噴射制御方法を実施するためのシステムとハード構成を共通にする図1の燃料噴射システムの配置図に示すように、エンジン1の回転1回に対し電子制御ユニット10Bにはクランク回転信号が1回しか入力されないのが通常であり、クランクローター12が少なくとも1回転しないとエンジンの回転開始を検知することができない。
【0003】
また、マグネット式点火ユニットの1次信号からエンジンの回転を検知する燃料噴射制御装置では、エンジン始動時にエンジン回転速度が所定速度以上にならないとエンジンの回転信号を検知できないようになっている。そのため、これらの燃料噴射制御方法では、エンジンの始動時に最初の数回転を検出できないのが一般的である。
【0004】
従って、上述のようにエンジンの回転信号を基準にして燃料噴射制御を行う場合には、エンジン回転を検知するのに時間を要することから最初の燃料噴射が遅れることになり、エンジン始動性が悪くなったり運転者にとって始動時のフィーリングが悪く感じられたりする。
【0005】
図6は、マグネット式点火ユニットから点火信号を検知して燃料噴射制御を実行する場合においてエンジン始動時のエンジン回転速度と燃料噴射のタイミングの関係を示すグラフ、及びそのときの点火信号のタイミングとバッテリ電圧の変動を示すグラフである。燃料噴射制御装置はエンジンが回転し始めてもすぐには回転信号を検知できないために、燃料噴射の開始時期が1サイクル遅れていることが分かる。そして、このように低い回転速度(約500rpm)となるエンジン始動時においては、1サイクルの時間が比較的長いために(約0.2秒〜0.8秒)、1サイクル分の噴射の遅れが始動時のフィーリングとして悪く感じられる結果となる。
【0006】
一方、自動車用の燃料噴射システムにおいては、クランクローター周縁側に多数の歯を設けてエンジン回転信号を検出することが一般的であり、エンジンの回転開始直後にこれを検出することにより燃料噴射の遅れを回避することができる。ところが、汎用エンジンにおいてこのような機構を設けることは大きなコストアップに繋がることから、これを採用することは実際には困難である。
【特許文献1】特開平11−173246号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のような問題点を解決しようとするものであり、エンジン1回転に対しエンジン回転信号が1回だけ燃料噴射制御装置に入力されるエンジンの燃料噴射制御システムにおいて、コストの高騰を伴うことなくエンジン始動時における燃料噴射開始の遅延を回避して、エンジンの始動性や始動時のフィーリングを良好にすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明は、エンジンの燃料噴射システムの一部を構成する燃料噴射制御装置が、入力されたエンジン回転信号により燃料噴射時期を決定しながらエンジン運転状態に応じた燃料噴射信号を生成してインジェクタに出力することにより行うエンジンの燃料噴射制御方法において、前記燃料噴射制御装置が自己への供給電圧を連続的に検出し、前記燃料噴射制御装置起動時の供給電圧から所定の変動が生じたことを検知した時点、又は前記燃料噴射制御装置起動時の供給電圧が予め定めた基準電圧値以下であると判定した時点で、前記エンジンの回転開始を認識して前記エンジン回転信号入力前であっても燃料噴射を開始することにした。
【0009】
エンジン始動時において、スタータモータを駆動することにより燃料噴射制御装置への供給電圧が一時的に降下すること、及びスタータモータへの給電に伴う電圧低下で燃料噴射制御装置が停止した後の再起動時に供給電圧が低い状態から立ち上がることを利用して、燃料噴射制御装置起動時から所定以上の電圧の降下や上昇があった時点、又は燃料噴射制御装置起動時の供給電圧が所定レベル以下であった時点で、エンジンの回転開始を認識するようにしたことで、システム構成の複雑化や高価な部品の追加を要することなくエンジン回転信号入力前でも燃料噴射を開始できるようになり、エンジン始動時における燃料噴射開始の遅れを回避することができる。
【0010】
また、その所定の変動とは、供給電圧が燃料噴射制御装置起動時の電圧値からエンジン始動の判定基準として予め定めた降下電圧差又は上昇電圧差以上に変動した場合であって、その起動時から所定の期間内に生じた場合であるものとすれば、比較的簡易な手順によりスタータモータの駆動やそのために燃料噴射制御装置が一時停止したことを検知して、エンジンの回転開始を迅速且つ確実に認識することができる。
【0011】
さらに、上述したエンジンの燃料噴射制御方法において、エンジンの回転開始を認識して最初の燃料噴射を行った後に、エンジン回転信号の出力を検知することにより通常の始動時燃料噴射制御に移行することを特徴とするものとすれば、エンジンが要求する燃料噴射量を遅れることなく確保できる。
【0012】
さらにまた、エンジンの燃料噴射制御方法を実行するための燃料噴射制御プログラムが記憶手段に格納されており、スタータモータを駆動させるバッテリから電力を供給されるものとしてエンジンの燃料噴射システムに配設されることにより、上述した燃料噴射制御方法を実行することを特徴とするエンジンの燃料噴射制御装置とすれば、上述したエンジンの燃料噴射制御方法を容易に実現することができる。
【発明の効果】
【0013】
スタータモータの駆動で燃料噴射制御装置への供給電圧が変動する現象を利用してエンジンの回転開始を認識するものとした本発明によると、コストの高騰を招くことなくエンジン始動時における燃料噴射開始の遅延を有効に回避することができ、エンジン始動性や始動時のフィーリングを良好にすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、図面を参照しながら本発明を実施するための最良の形態を説明する。尚、本発明において、エンジンの始動時にはシリンダ内で燃料が燃焼する前段階でエンジンの回転が開始している部分も含まれるものとする。
【0015】
図1は、本実施の形態のエンジンの燃料噴射制御装置である電子制御ユニット10Aを配設した燃料噴射システムの配置図を示しており、エンジン1は汎用エンジン等の比較的簡易な構成で比較的製造コストの低廉なものを想定している。このシステムにおいては、エンジン1のクランクローター12周縁側に設けた磁石13が通過することによるクランク角度センサ9の検出信号を、電子制御ユニット10Aがエンジン回転信号として検知してイグニッションドライバ6を介する点火プラグ7による点火時期の決定に利用している。
【0016】
また、電子制御ユニット10Aは、吸気管圧力センサ4で検知した吸気管圧力データやクランク角度センサ12で検知したエンジン回転信号等を用いて、エンジンの運転状態に適合した燃料噴射量を実現する燃料噴射信号を生成し、吸気管路2に配設したインジェクタ5に出力することにより、その燃料噴射制御方法を実行するものであり、以上の構成は従来例とも共通した周知のものである。
【0017】
そして、本実施の形態において、電子制御ユニット10Aは図示しないスタータモータを駆動させるバッテリから電流供給を受けるようになっているが、その電子制御ユニット10Aの記憶手段に格納された燃料噴射制御プログラムにより実行される。
【0018】
即ち、電子制御ユニット10Aは、その起動時から連続的にバッテリからの供給電圧を検出するようになっており、エンジン回転信号が入力される前から検出している供給電圧にスタータモータ駆動に伴う変動が生じる現象を利用してエンジン1の回転開始を認識するものであり、最初のエンジン回転信号が入力される前に最初の燃料噴射信号をインジェクタ5に出力するようになっている。
【0019】
図6下段に示した従来例の制御によるエンジン始動時のバッテリ電圧のグラフを参照して、エンジン始動時においてはスタータモータを駆動させるために顕著に供給電圧が降下していることが分かる。この一時的で顕著な電圧降下を検知することでスタータモータに電流が流れていると判断することができるため、点火信号を検知する前でもエンジン1の回転開始を認識することができる。
【0020】
そして、電子制御ユニット10A起動時の供給電圧からスタータモータ起動により少なくとも生じると想定される降下電圧差が始動判定用の基準として予め設定してあり、本実施の形態の制御結果を示す図2のグラフに示すように、この基準以上の変動(低下)が起動時から所定の期間内に生じたことを検知した時点でエンジン1が回転開始をしたと認識して最初の燃料噴射を行う。
【0021】
このような燃料噴射制御方法を採用したことで、比較的簡易な処理手順により電子制御ユニット10Aの演算部に過剰な処理負担をかけることなく、迅速かつ的確にエンジン1の回転開始を認識できるものとなる。また、本実施の形態ではエンジン1の回転開始を認識することでエンジン回転信号(点火信号)を検知しなくても燃料噴射信号を出力可能となっており、その後エンジン回転信号を検知した後は通常の始動時燃料噴射制御に移行する。
【0022】
ところで、本実施の形態の制御結果を示す図3のグラフに示すように、バッテリからの供給電圧が電子制御ユニット10Aの最低作動電圧(グラフでは7V)よりも低くなる場合があり、これにより電子制御ユニット10Aが一時的に停止することがあるため、その復帰(再起動)時の供給電圧は通常低い状態から立ち上がることになる。従って、この場合において前述した方法ではエンジン回転開始の認識をすることができない。
【0023】
そこで、電子制御ユニット10Aの復帰(再起動)後に供給電圧が低い状態から徐々に上昇することを利用して、電子制御ユニット10Aの起動時の供給電圧が、始動判定用の基準として予め定めた電圧値以下であると判定した時点、又は起動時から所定の期間内における電圧上昇が始動判定用の基準として予め定めた上昇電圧差以上であると判定した時点で、エンジン1の回転開始を認識するものとして点火信号が入力される前に燃料噴射を行う。
【0024】
次に、本実施の形態の燃料噴射制御装置である電子制御ユニット10Aによる制御手順について、図4のフローチャートを参照しながらさらに詳細に説明する。電子制御ユニット10Aの電源がONになると、始動時燃料噴射制御が開始される。すると、電子制御ユニット10Aは、その起動時電圧Vsを検出(A1)し、これが始動時判定用の電圧値以下であるか否かを判定し(A2)、それ以下である場合はA6に移行して燃料噴射を開始し、そうでない場合はその後の起動後電圧V1を検出し(A3)、起動時電圧Vsからこの起動後電圧V1を引いて電圧差ΔVを算出する(A4)。
【0025】
そして、この電圧差ΔVが、予め定めたエンジン始動を判定するための判定用電圧差以上の大きさであるか否かを判定し(A5)、判定用電圧差以上である場合はエンジンの回転開始を認識して始動判定電圧差条件で算出される燃料噴射量をインジェクタ5に噴射させ(A6)、そうではない場合はA3に戻る。
【0026】
その後、エンジン回転信号を検知したら(A7)、従来通りの始動時燃料噴射量を実現する燃料噴射信号を出力してインジェクタ5に燃料噴射を行わせ(A8)、検知しているエンジン回転速度が始動時運転の基準となる始動判定用回転速度を超えた時点で(A9)、通常の運転領域噴射制御に移行して始動時の燃料噴射制御を終了する。
【0027】
図2、図3に本実施の形態の制御によるエンジン始動時の燃料噴射タイミングのグラフを示したが、エンジン始動時のバッテリ供給電圧を検出することにより点火信号が入力されなくてもエンジンの回転開始を認識できることが分かる。これにより、燃料を噴射するタイミングが早くなりエンジン始動初期の吸気行程前の噴射が可能となって、1サイクル目で燃料をシリンダ内に入れることが可能になった。
【0028】
図5は、エンジン始動時において、本実施の形態の制御によるエンジン回転速度と従来仕様の制御によるエンジン回転速度とを比較するためのグラフであるが、従来仕様ではエンジン始動直後からエンジン回転速度が上がるまでに1サイクルの遅れがあるのに対し、本実施の形態の仕様では殆ど遅れることがないためエンジン回転速度がスムースに立ち上がっているのが分かる。
【0029】
そして、本実施の形態によるエンジン始動時の燃料噴射制御方法は、従来の燃料噴射システムに配設した燃料噴射制御装置の記憶手段に、上述した燃料噴射制御方法を実行するための燃料噴射制御プログラムをインストールするだけで容易に実現することができ、エンジン始動時に燃料噴射の遅れが生じない燃料噴射システムを低コストで容易に構築することができる。
【0030】
以上、述べたように、エンジン1回転に対しエンジン回転信号が1回だけ燃料噴射制御装置に入力されるエンジンの燃料噴射制御システムにおいて、本発明により、コストの高騰を招くことなくエンジン始動時の燃料噴射開始の遅れを回避可能として、エンジン始動性や始動時のフィーリングを良好にすることができた。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の実施の形態及び従来例に共通した燃料噴射システムの配置図。
【図2】図1の燃料噴射制御装置による制御結果を示すグラフ。
【図3】図1の燃料噴射制御装置による制御結果を示すグラフ。
【図4】図1の燃料噴射制御装置によるエンジン始動時の燃料噴射制御方法の手順を示すフローチャート。
【図5】図1の燃料噴射制御装置と従来仕様によるエンジン回転速度を比較したグラフ。
【図6】従来例による制御結果を示すグラフ。
【符号の説明】
【0032】
1 エンジン、2 吸気管路、4 吸気管圧力センサ、5 インジェクタ、7 点火プラグ、9 クランク角度センサ、10A 電子制御ユニット、12 クランクローター


【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの燃料噴射システムの一部を構成する燃料噴射制御装置が、入力されたエンジン回転信号により燃料噴射時期を決定しながらエンジン運転状態に応じた燃料噴射信号を生成してインジェクタに出力することにより行うエンジンの燃料噴射制御方法において、前記燃料噴射制御装置が自己への供給電圧を連続的に検出し、前記燃料噴射制御装置起動時の供給電圧から所定の変動が生じたことを検知した時点、又は前記燃料噴射制御装置起動時の供給電圧が予め定めた基準電圧値以下であると判定した時点で、前記エンジンの回転開始を認識して前記エンジン回転信号入力前であっても燃料噴射を開始することを特徴とするエンジンの燃料噴射制御方法。
【請求項2】
前記所定の変動とは、前記供給電圧が前記燃料噴射制御装置起動時の電圧値からエンジン始動の判定基準として予め定めた降下電圧差又は上昇電圧差以上に変動した場合であって、前記燃料噴射制御装置起動時から所定の期間内に生じた場合であることを特徴とする請求項1に記載したエンジンの燃料噴射制御方法。
【請求項3】
前記エンジンの回転開始を認識して最初の燃料噴射を行った後に、前記エンジン回転信号の出力を検知することにより通常の始動時燃料噴射制御に移行することを特徴とする請求項1または2に記載したエンジンの燃料噴射制御方法。
【請求項4】
前記燃料噴射制御方法を実行するための燃料噴射制御プログラムが記憶手段に格納されており、スタータモータを駆動させるバッテリから電力を供給されるものとしてエンジンの燃料噴射システムに配設されることにより、請求項1,2または3に記載したエンジンの燃料噴射制御方法を実行することを特徴とするエンジンの燃料噴射制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−121307(P2009−121307A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−295301(P2007−295301)
【出願日】平成19年11月14日(2007.11.14)
【出願人】(000153122)株式会社ニッキ (296)
【Fターム(参考)】