説明

オキシルアミノ基含有化合物および標識化された標的化合物

【課題】 生体試料中に含有する標的化合物を簡便に標識化でき、高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析機器のいずれにもよる解析も可能である化合物を提供する事。
【解決手段】下記式(1)の構造を有するオキシルアミノ基含有化合物、および該オキシルアミノ基含有化合物によって標識化された標的化合物。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規オキシルアミノ基化合物に関するもので、特に生体試料中に含まれる所定の生体高分子を効率よく分析するための標識化合物およびその使用方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体高分子とは、糖鎖、糖タンパク、糖ペプチド、ペプチド、オリゴペプチド、タンパク、核酸、脂質などの総称である。
【0003】
また、これら生体高分子は、医学、細胞工学、臓器工学などのバイオテクノロジー分野において重要な役割を担っており、これら物質による生体反応の制御機構を明らかにすることはバイオテクノロジー分野の発展に繋がることになる。
【0004】
この中でも、糖鎖は、非常に多様性に富んでおり、天然に存在する生物が有する様々な機能に関与する物質である。糖鎖は生体内でタンパク質や脂質などに結合した複合糖質として存在することが多く、生体内の重要な構成成分の一つである。生体内の糖鎖は細胞間情報伝達,タンパク質の機能や相互作用の調整などに深く関わっていることが明らかになりつつある。
【0005】
なお、糖鎖とは、グルコース,ガラクトース,マンノース,フコース,キシロース,N−アセチルグルコサミン,N−アセチルガラクトサミン,シアル酸などの単糖およびこれらの誘導体がグリコシド結合によって鎖状に結合した分子の総称である。
【0006】
例えば、糖鎖を有する生体高分子としては、細胞の安定化に寄与する植物細胞の細胞壁のプロテオグリカン、細胞の分化、増殖、接着、移動等に影響を与える糖脂質、及び細胞間相互作用や細胞認識に関与している糖タンパク質等が挙げられる。これらの生体高分子に含まれる糖鎖が、この生体高分子と互いに機能を代行、補助、増幅、調節、あるいは阻害しあいながら高度で精密な生体反応を制御する機構が次第に明らかにされつつある。さらに、このような糖鎖と細胞の分化増殖、細胞接着、免疫、及び細胞の癌化との関係が明確にされれば、この糖鎖工学と、医学、細胞工学、あるいは臓器工学とを密接に関連させて新たな展開を図ることが期待できる(非特許文献1)。
【0007】
そのため近年糖鎖構造を迅速、簡便に、かつ精度高く解析する方法が求められるようになり、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、核磁気共鳴法(NNMR法)、質量分析法、レクチンアレイ法などの各種の方法による糖鎖解析が行われている。
中でも、高速液体クロマトグラフィーや質量分析機器による解析が盛んに行われているが、糖鎖の精製や標識化等に時間と工数のかかる作業が必要であり、ハイスループット解析が行える環境が整っていないのが現状である。
【0008】
【非特許文献1】糖鎖生物学入門 化学同人 2005年11月1日発行 第1版
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、糖鎖等の標的化合物のハイスループット解析を可能とする、生体試料中に含有する糖鎖等の標的化合物を簡便に標識化でき、高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析機器どちらによる解析も可能である化合物を提供する事を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は以下の通りである。
(1)下記式(1)の構造を有するオキシルアミノ基含有化合物。
【化1】

(2)(1)記載のオキシルアミノ基含有化合物によって標識化された標的化合物。
(3)前記標的化合物が糖鎖である(2)記載の標識化された標的化合物。
(4)(3)記載の標識化された標的化合物を作成する方法であって、糖鎖が糖鎖のアルデヒド基を介して結合している担体に対して、過剰量の前記オキシルアミノ基含有化合物を加える事によって成されるものである標識化された標的化合物を作成する方法。
(5)(2)又は(3)3記載の標識化された標的化合物を高速液体クロマトグラフィーにより検出する標的化合物の検出方法。
(6)前記検出方法が蛍光検出又はUV吸収検出である(5)記載の標的化合物の検出方法。
(7)(2)又は(3)記載の標識化された標的化合物を質量分析機器により検出する標的化合物の検出方法。
(8)前記検出方法において、前記標識化された標的化合物が負電荷を有さない場合、質量分析機器のポジティブモードにて検出する(7)記載の標的化合物の検出方法。
(9)前記検出方法において、前記標識化された標的化合物が負電荷を有する場合、質量分析機器のネガティブモードにて検出する(7)記載の標的化合物の検出方法。
(10)前記負電荷を有する化合物がシアル酸、硫酸化糖又はリン酸化糖を含む負電荷を有する糖鎖である(9)記載の標的化合物の検出方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のオキシルアミノ基含有化合物によれば、生体試料中に含有する糖鎖等の標的化合物の選択的、且つ簡便な標識化が可能となる。また、標識化された糖鎖等の標的化合物は高速液体クロマトグラフィーおよび質量分析機器による解析が可能であり、ハイスループット解析が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は下記式(1)の構造を有するオキシルアミノ基含有化合物であり、それによって標識化された標的化合物である。
下記式(1)の構造を有するオキシルアミノ基含有化合物は、N−アミノオキシアセチル−トリプトファンメチルエステル(N−Aminooxyacetyl−tryptophanemetylester)である。該オキシルアミノ基含有化合物は、例えばトリプトファンメチルエステルを原料として合成する。以降、該化合物を、化合物Aと称す。
【0013】
【化2】

【0014】
化合物Aと標的化合物とを反応させることによって、標的化合物の標識を行なう。標的化合物が糖鎖の場合、反応系においてpHが酸性の条件であるのが好ましく、好ましくは2〜9、より好ましくは2〜7であり、さらに好ましくは2〜6である。反応温度に関しては4〜90℃が好ましく、好ましくは25〜90℃で、さらに好ましくは40〜90℃である。反応時間は、10分間〜24時間、好ましくは10分間〜8時間、より好ましくは10分間〜2時間である。開放系で行い、溶媒を完全に蒸発させるのが好ましい。
【0015】
生体試料中に含有する糖鎖に化合物Aを標識化させる場合、試料中から標識化された糖鎖を精製するのは手間がかかる。そこで、次に述べる工程を経て化合物Aによる標識を行うのが望ましい。
(工程1)生体試料中に含有する糖鎖を糖鎖のアルデヒド基を介して担体に捕捉する。
(工程2)生体試料中から糖鎖捕捉担体を取り出し、洗浄することで糖鎖以外の生体高分子を除去する。
(工程3)化合物Aを過剰に加えて反応させることにより化合物Aにて標識された糖鎖を得る。
【0016】
工程1の担体は糖鎖のアルデヒド基と反応する官能基を有していることが好ましい。官能基としてはヒドラジド基あるいはオキシルアミノ基であることがより好ましく、ヒドラジド基であることがさらに好ましい。
工程3の過剰に加える化合物Aの量は、担体が有する糖鎖のアルデヒド基と特異的に反応する官能基量に対して、好ましくは1.5倍量以上、より好ましくは3倍量以上、さらに好ましくは5倍量以上であり、最も好ましくは10倍量以上である。置換するための反応系のpHは、好ましくは2〜9、より好ましくは2〜7であり、さらに好ましくは2〜6である。pH調整のためには、各種緩衝液を用いることができる。反応系の温度は,4〜90℃が好ましく、好ましくは25〜90℃で、さらに好ましくは40〜90℃である。反応時間は、10分間〜24時間、好ましくは10分間〜8時間、より好ましくは10分間〜2時間である。開放系で行い溶媒を完全に蒸発させるのが好ましい。。
【0017】
化合物Aによって標識化された標的化合物の検出を高速液体クロマトグラフィーによって行うことが出来る。この場合、検出を化合物AのUV吸収あるいは蛍光特性を利用して行うことが可能である。感度の面から考えて蛍光特性を利用して検出するのが望ましい。UV吸収波長は280 nmで、励起波長 280 nm、蛍光波長350 nmでの検出可能である。
【0018】
化合物Aによって標識化された標的化合物の検出を質量分析機器によって行なう場合について説明する。シアル酸、硫酸化糖、リン酸化糖などのような負電荷を有する化合物を標識した場合、ネガティブモードで検出するのが望ましい。また、質量分析機器のイオン化法がマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI法)の場合、シアル酸の脱離が起きやすいので予めカルボン酸をメチルエステル化し、ポジティブモードで測定するのが望ましいが、カルボン酸をメチルエステル化しない場合でも高速液体クロマトグラフィーにて標識化合物を単離し、ネガティブモードにて測定をすることで分子量を確認することも可能である。この際もやはり一部のシアル酸が脱離した分子量のピークが検出される可能性があるが、完全に化合物が単離された状態であればシアル酸が最も多くついている分子量が目的の化合物の分子量であると言える。
【実施例】
【0019】
《実施例1》
本発明化合物の合成例を説明する。
(a)Boc−NHOCHCO−W−OMe(化合物B)の合成
Bocアミノオキシ酢酸100 mg(0.52 mmol)のTHF(2.5 mL)液を−20℃に冷却した。ついで4−メチルモルホリン(0.63mmol)、イソブチルクロロホルメート(0.63mmol)を添加し、15分攪拌することで混合酸無水物を調製した。反応溶液を0℃とし、THF:水=1:1の混合溶媒1 mLに溶解させたD−Tryptophan methyl ester・HCl(0.63 mmol)、炭酸水素ナトリウム(0.63 mmol)を添加した。、1時間攪拌後反応溶液を減圧濃縮し、得られた残留物をシリカゲルクロマトグラフィー(展開溶媒:クロロホルム/メタノール=20:1)により精製することで目的物である化合物B(Boc−NHOCHCO−W−OMe、下式(2))を得た。MALDI−TOF−MS、目的物の[M+Na]イオンをm/z:414に観測した。
(b)NHOCHCO−W−OMe(化合物A)の合成
化合物B30 mgを1 mLのメタノールに溶解させた後、4 M塩酸ジオキサン溶液1 mLを加え15分攪拌させた。反応液を減圧濃縮し、メタノールを加え共沸を繰り返してTFAを除去して、目的物である化合物A(NHOCHCO−W−OMe)を得た。MALDI−TOF−MSによる解析により、目的物の[M+Na]イオンをm/z:314に観測した。
【0020】
【化3】

【0021】
《実施例2》
本発明の化合物Aによって標識化された標的化合物、及び検出方法を以下の実施例により説明する。しかし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
本実施例では、モデルケースとして糖タンパク質であるウシ血清由来フェチュインおよびウシ血清由来IgGの糖鎖を分析試料として調製する方法およびその測定方法を示す。
【0022】
(生体試料の予備処理)
糖タンパクの一種であるウシ血清由来フェチュインおよびウシ血清由来IgGそれぞれ1 mgを100mM重炭酸アンモニウム50μLにDTT(ジチオスレイトール)を加え60℃で30分間反応させた後、IAA(ヨードアセトアミド)を加えて遮光下、室温で1時間反応させた。続いてトリプシンによるプロテアーゼ処理して、タンパク質部分をペプチド断片化し、グリコシダーゼFによる処理を行って糖鎖をペプチドから遊離させて、予備処理済の生体試料を得た。
【0023】
(糖鎖捕捉反応)
より簡便に生体試料中の糖鎖に本発明化合物Aを結合させるために、体試料中に含有する糖鎖をアルデヒド基を介して担体に捕捉させた。その際、質量分析用の試料(ポジティブモード測定)はシアル酸の脱離を防ぐためにカルボン酸をメチルエステル化させた。質量分析用(ネガティブ測定)および高速液体クロマトグラフィー用の試料はシアル酸の情報を維持しておくためメチルエステル化は行わなかった。
(メチルエステル化あり) 予備処理済の各生体試料の懸濁物20μLをヒドラジド基を有するビーズ5mg(住友ベークライト BS−X4104S)に添加し、80℃で1時間反応させた。グアニジン溶液、水、メタノール、トリエチルアミン溶液にてビーズを洗浄後、無水酢酸を添加し、室温で30分間反応させヒドラジド基をキャッピングした。キャッピング後、メタノール、塩酸水溶液、水、1,4−ジオキサンにてビーズを洗浄した。100mMの1−メチル−3−p−トリルトリアゼン(MTT)(東京化成 No.M0641)を20μL加え、60℃で1時間反応させシアル酸残基のカルボン酸をメチルエステル化した。反応後、メタノール、水、ジオキサンにてビーズを洗浄した。
(メチルエステル化なし)
予備処理済の各生体試料の懸濁物20μLをヒドラジド基を有するビーズ5mg(住友ベークライト BS−X4104S)に添加し、80℃で1時間反応させた。グアニジン溶液、水、メタノール、トリエチルアミン溶液にてビーズを洗浄後、無水酢酸を添加し、室温で30分間反応させヒドラジド基をキャッピングした。キャッピング後、メタノール、塩酸水溶液、水にてビーズを洗浄した。
【0024】
(化合物Aによる糖鎖の標識化)
上記各ビーズに実施例1で得られた化合物A(N−Aminooxyacetyl−tryptophanemetylester)を20mMに調整した溶液を20μL加え、80℃で1時間反応させた。この反応にて、例えばグルコースがビーズに付加していた場合、下式(3)に示したような反応が起き、糖鎖がビーズから遊離、標識化される。標識化された糖鎖を水50μLに溶解して回収した。
【0025】
【化4】

【0026】
(化合物A標識糖鎖の解析)
(質量分析機器による解析)
得られた糖鎖サンプル(メチルエステル化あり)をマトリックス支援レーザーイオン化−飛行時間型質量分析器(MALDI−TOF MS)(Bruker社製 autoflex III)によりポジティブモードにて分析した。マトリックスには2,5−ジヒドロキシ安息香酸を用いた。測定結果を図1に示す。上段はウシ由来フェツイン、下段はウシ由来IgGを測定した結果である。どちらにおいても目的の糖鎖に化合物Aが付加した分子量に該当する場所にシャープなピークが得られた。
また、シアル酸含有糖鎖を持つフェツイン糖鎖サンプル(メチルエステル化なし)を同装置を用いてネガティブモードにて測定した。測定結果を図2に示す。レーザーにより一部シアル酸が失われた分子量のものも検出されたが、目的の糖鎖に化合物Aが付加した分子量に該当する場所にシャープなピークが得られた。
(高速液体クロマトグラフィーによる解析) 得られた糖鎖サンプル(メチルエステル化なし)を高速液体クロマトグラフィーにて測定した。ウシフェツイン由来糖鎖はアミノカラム(Shodex Asahipak NH2P−50)、ウシ由来IgGはアミドカラム(TSK−GEL Amide−80)にて励起波長280 nm、蛍光波長350 nmにて検出した。測定結果を図3に示す。目的の糖鎖が化合物Aの蛍光にて検出された。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】実験例にて得られた化合物A標識糖鎖の解析結果(MALDI−TOF MS、ポジティブモード)である。上段:ウシ由来フェツイン糖鎖を化合物Aで標識。下段:ウシ由来IgG糖鎖を化合物Aで標識
【図2】実験例にて得られた化合物A標識糖鎖の解析結果(MALDI−TOF MS、ネガティブモード)である。
【図3】化合物Aにて標識したウシ由来糖タンパク質糖鎖を高速液体クロマトグラフィーにより測定した結果を示すチャート図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)の構造を有するオキシルアミノ基含有化合物。
【化1】

【請求項2】
請求項1記載のオキシルアミノ基含有化合物によって標識化された標的化合物。
【請求項3】
前記標的化合物が糖鎖である請求項2記載の標識化された標的化合物。
【請求項4】
請求項3記載の標識化された標的化合物を作成する方法であって、糖鎖が糖鎖のアルデヒド基を介して結合している担体に対して、過剰量の前記オキシルアミノ基含有化合物を加える事によって成されるものである標識化された標的化合物を作成する方法。
【請求項5】
請求項2又は3記載の標識化された標的化合物を高速液体クロマトグラフィーにより検出する標的化合物の検出方法。
【請求項6】
前記検出方法が蛍光検出又はUV吸収検出である請求項5記載の標的化合物の検出方法。
【請求項7】
請求項2又は3記載の標識化された標的化合物を質量分析機器により検出する標的化合物の検出方法。
【請求項8】
前記検出方法において、前記標識化された標的化合物が負電荷を有さない場合、質量分析機器のポジティブモードにて検出する請求項7記載の標的化合物の検出方法。
【請求項9】
前記検出方法において、前記標識化された標的化合物が負電荷を有する場合、質量分析機器のネガティブモードにて検出する請求項7記載の標的化合物の検出方法。
【請求項10】
前記負電荷を有する化合物がシアル酸、硫酸化糖又はリン酸化糖を含む負電荷を有する糖鎖である請求項9記載の標的化合物の検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−192337(P2009−192337A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−32538(P2008−32538)
【出願日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】