説明

クラッチドラムの製造方法および同製造装置

【課題】簡単なプレス加工を採用しつつ、より高い加工精度を得ることができるクラッチドラムの製造方法および同製造装置を提供する。
【解決手段】有底円筒状の円筒部にスプライン溝14が形成されたクラッチドラム10の製造方法において、円筒部外周側をダイス40の受け面41に当接させるダイス受け工程P3と、その後、トリミングパンチ53を内側から外側へ移動させて円筒先端部19を所定長さに切り揃えるトリミング工程P4と、穴開けパンチ60を内側から外側へ移動させ、トリミング工程P4後に、油穴15を開ける穴開け工程P5と、溝成形パンチ58を内側から外側へ移動させ、穴開け工程後P5に、円筒先端部19と油穴15との間の軸方向位置の内周側にスナップリング溝17を成形する溝成形工程P6と、その後、ダイス40を退避させるダイス退避工程P8とを含む製造方法及びそれを実現する装置とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の自動変速機等に用いられる湿式多板クラッチに好適なクラッチドラムの製造方法および同製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車の一般的な自動変速機には湿式多板クラッチが組み込まれている。このクラッチは、一般的に有底円筒状の回転体であるクラッチドラムを備えている。クラッチドラムには、油圧ピストン及び複数のクラッチプレートが内蔵されている。クラッチプレートには、摩擦材が貼付された複数の摩擦プレートと複数の金属プレートとがあり、これらが同軸で交互に列設されている。
【0003】
摩擦プレートと金属プレートのうち、一方が入力側部材、他方が出力側部材にスプライン嵌合により係合されている。ここで、クラッチドラムは入力側部材か出力側部材かの何れかである。すなわち、摩擦プレートと金属プレートのうち一方の外周側がクラッチドラムとスプライン嵌合する。従って、クラッチドラムの円筒部(の少なくとも内周側)には、スプライン嵌合のためのスプライン溝が形成されている。
【0004】
油圧ピストンは、クラッチドラムの、クラッチプレートに対して底側(閉じた側)に設けられている。一方、クラッチプレートを挟んで油圧ピストンの軸方向反対側、すなわちクラッチドラムの開放端側には、油圧ピストンの押圧力を(クラッチプレートを介して)受けるスナップリングが設けられている。スナップリングは、クラッチドラムの内周側に形成されたスナップリング溝に嵌入され、保持されている。
【0005】
油圧ピストンの非作動時には、各クラッチプレート間に適度な隙間が確保され、互いの相対回転が可能となっている。すなわちクラッチが解放状態であって、入力側から出力側への動力の伝達が行われない。
【0006】
油圧ピストン作動時には、油圧ピストンがクラッチプレートを押圧する。押圧されたクラッチプレートは互いに圧着し、相対回転が禁止される。すなわちクラッチ締結状態となり、入力側から出力側への動力伝達が行われる。
【0007】
特許文献1には、このようなクラッチドラムについて、少ない工程数で寸法精度の高いクラッチドラムを得る技術が開示されている。特許文献1に記載のクラッチドラム製造方法によれば、パンチとダイスとを用いたプレス加工によって、クラッチドラムの円筒部先端を切り揃える加工(トリミング加工)と、スナップリング溝の溝成形加工とが同時に行われる。
【特許文献1】特開2000−230574号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、より加工精度を高めるためには特許文献1に示される製造方法では不充分であるという問題が起こってきた。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、簡単なプレス加工を採用しつつ、より高い加工精度を得ることができるクラッチドラムの製造方法および同製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための請求項1に係る発明は、板金製で有底円筒状の円筒部にスプライン溝が形成されたクラッチドラムの製造方法において、上記円筒部の外周側をダイスの受け面に当接させるダイス受け工程と、上記ダイス受け工程後、トリミングパンチを上記円筒部の径方向内側から外側へ移動させて該円筒部の開放側の先端部を軸方向所定長さに切り揃えるトリミング工程と、穴開けパンチを上記円筒部の径方向内側から外側へ移動させ、上記トリミング工程後に、上記円筒部に径方向に貫通する油穴を開ける穴開け工程と、溝成形パンチを上記円筒部の径方向内側から外側へ移動させ、上記穴開け工程後に、上記円筒部の上記先端部と上記油穴との間の軸方向位置の内周側にスナップリング溝を成形する溝成形工程と、上記溝成形工程後、上記ダイスを退避させるダイス退避工程とを含むことを特徴とする。
【0011】
請求項2に係る発明は、板金製で有底円筒状の円筒部にスプライン溝が形成されたクラッチドラムの製造装置において、上記円筒部の外周側を受けるダイスと、上記円筒部の開放側の先端部を軸方向所定長さに切り揃えるトリミングパンチと、上記円筒部に径方向に貫通する油穴を開ける穴開けパンチと、上記円筒部の、上記先端部と上記油穴との間の軸方向位置の内周側にスナップリング溝を成形する溝成形パンチと、上記ダイスによって上記円筒部の外周側が受けられた状態で、上記トリミングパンチと上記穴開けパンチと上記溝成形パンチとを上記円筒部の内側から外側へ移動させ、上記トリミングパンチによる加工を施し、その後上記穴開けパンチによる加工を施し、その後上記溝成形パンチによる加工を施す駆動機構とを備えることを特徴とする。
【0012】
請求項3に係る発明は、請求項2記載のクラッチドラムの製造装置において、上記トリミングパンチ、上記穴開けパンチおよび上記溝成形パンチは、一度の加工において上記クラッチドラムの周方向の一部を加工するものであり、加工位置を周方向に順次ずらして複数回の加工を行うことにより全周の加工を完了させることを特徴とする。
【0013】
請求項4に係る発明は、請求項2または3記載のクラッチドラムの製造装置において、上記トリミングパンチ、上記穴開けパンチおよび上記溝成形パンチは互いに一体化されており、上記駆動機構によって同時駆動されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
請求項1の発明によれば、以下説明するように、簡単なプレス加工を採用しつつ、より高い加工精度を得ることができる。
【0015】
本願発明の発明者は、加工精度を悪化させる要因を鋭意研究した結果、各加工工程におけるワーク(この場合クラッチドラム)の変形(塑性変形)が他の加工工程に影響を与えていることを見出した。例えば特許文献1に示されるようにトリミング加工と溝成形加工とを行う場合、トリミング加工においてワークに比較的大きな変形が生じる。トリミング加工と溝成形加工とを同時に行うと、トリミング加工においてワークが変形している途中で溝成形加工を施すこととなる。そのため、トリミング加工における変形がスナップリング溝の成形に影響を与え、スナップリング溝の加工精度を低下させてしまうのである。
【0016】
そこで本発明によれば、トリミング加工後、つまりトリミング加工による変形が完了した後に溝成形加工が行われる。従ってトリミング加工における変形がスナップリング溝の成形に影響を与えることがなく、狙い通りのスナップリング溝の加工精度を得ることができる。
【0017】
ところで本発明に係るクラッチドラムの円筒面(スプライン溝形成部)には、径方向に貫通する油穴が設けられている。オイル(自動変速機の場合はATF:自動変速機油)がこの油穴を通ることにより、潤滑性や冷却性が高められる。この油穴は、スナップリング溝よりも閉塞端側(有底円筒の底)に設けられる。
【0018】
本発明において、その油穴を開ける穴加工は、トリミング加工の後かつ溝成形加工の前に行われる。トリミング加工後に穴加工が行われることにより、トリミング加工におけるワークの変形が穴加工の加工精度を低下させることを抑制することができる。同様に、穴加工後に溝成形加工が行われることにより、穴加工におけるワークの変形が溝成形加工の加工精度を低下させることを抑制することができる。
【0019】
また、上記トリミング加工、穴加工および溝成形加工は順次行われるが、これらはダイス受け工程とダイス退避工程との間に行われる。すなわち円筒部の外周側を受けるダイスを途中で退避させずに行われる。こうすることで、溝成形工程が完了するまで、トリミングパンチや穴開けパンチの退避を遅らせることができる。トリミング加工や穴加工の後、トリミングパンチや穴開けパンチを未退避のままにしておくと、加工部付近のワークが加工負荷でダイスに密着した状態となる。溝成形加工部(スナップリング溝)は、軸方向においてトリミング加工部(円筒部先端)と穴加工部(油穴)との間にある。従って、溝成形工程時には、その加工部の軸方向両側のワークがトリミング加工や穴加工の加工負荷によってダイスに密着した状態となっている。そのため、溝成形加工を、ワークの拘束度合が高い安定状態で行うことができ、加工精度を一層高めることができる。
【0020】
また、各パンチで加工を行う際、ワークがパンチに食い付く(僅かに固着する)という現象が起こる。そしてパンチが退避する際、その食い付きによってワークがパンチに引きずられ、僅かに変形する。本発明の構成では、溝成形工程が完了するまで各パンチの退避を遅らせることができるので、上記食い付きによる変形が後工程での穴加工や溝成形加工に影響を及ぼさない。従って一層加工精度を高めることができる。
【0021】
請求項2の発明によれば、請求項1の製造方法を的確に実行する製造装置を得ることができる。
【0022】
請求項3の発明によれば、以下説明するように上記加工精度向上効果をより顕著に得ることができる。本発明の構成によれば、トリミング加工、穴加工および溝成形加工は、一度の加工において周方向の一部を加工することとなる。このようにするとパンチの移動動作を簡潔にし、装置を単純化することができる。しかし一方、各加工による変形が積み重なってクラッチドラム全体として比較的大きな変形となりがちである。そのような製造装置において、本発明の構成、特に途中でダイスを退避させることなくトリミングパンチと穴開けパンチと溝成形パンチとによる加工を行わせる構成は、各加工ごとにダイスを退避させるものに比べ、パンチ退避時の変形を大幅に抑制することができ、顕著な加工精度向上効果を得ることができる。
【0023】
請求項4の発明によれば、一つの駆動機構で各パンチを駆動することができる。従って各パンチを個別の駆動機構で駆動するものに比べて駆動機構を簡潔にすることができ、装置の小型化を図ることができる。なお、各パンチによる加工を順次行わせるには、各パンチの径方向長さを調節し、各パンチの先端がクラッチドラム円筒部の内周に到達するタイミングをずらすようにすれば良い。またパンチ退避時には全てのパンチを同時に退避させることになるが、これは溝成形工程後までトリミングパンチや溝成形パンチの退避を遅らせることになり、好都合である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、添付図面を参照しながら本発明の好ましい実施の形態について説明する。
【0025】
図1は、本発明の一実施形態に係るクラッチドラム10を含む自動変速機1の部分断面図である。自動変速機1は多段変速型であって、ミッションケース2の内部にクラッチ・ブレーキ機構3を備える。クラッチ・ブレーキ機構3は複数のクラッチやブレーキを備え、図外の油圧機構によってそれらを締結または解放させ、その組合せによって所定の変速段を達成するように構成されている。
【0026】
クラッチ・ブレーキ機構3は周知の機構なので詳細な説明は省略する。クラッチ・ブレーキ機構3は、第3速、第4速において締結される3/4クラッチ5を備える。3/4クラッチ5は、有底円筒状の回転体であるクラッチドラム10を備えている。そしてクラッチドラム10には、クラッチパック6および油圧ピストン7が内蔵されている。クラッチパック6は複数のクラッチプレートからなる。このクラッチプレートには、摩擦材が貼付された複数の摩擦プレートと複数の金属プレートとがあり、これらが同軸で交互に列設されている。
【0027】
当実施形態のクラッチパック6では、金属プレートが入力側、摩擦プレートが出力側となっている。そしてクラッチドラム10は、その内周側に形成されたスプライン溝14(図2参照)によって上記金属プレートの外周側とスプライン嵌合している。一方、上記摩擦プレートは、その内周側において出力側部材とスプライン嵌合している。
【0028】
油圧ピストン7は、クラッチドラム10の、クラッチパック6に対して底側(閉じた側)に設けられている。一方、クラッチパック6を挟んで油圧ピストン7の反対側、すなわちクラッチドラム10の開放側先端部付近には、油圧ピストン7の押圧力をクラッチパック6を介して受けるスナップリング8が設けられている。スナップリング8は、クラッチドラム10の内周側に形成されたスナップリング溝17(図2参照)に嵌入され、保持されている。
【0029】
油圧ピストン7の非作動時には、クラッチパック6の各クラッチプレート間に適度な隙間が確保され、互いの相対回転が可能となっている。すなわち3/4クラッチ5が解放状態であって、入力側から出力側への動力の伝達が行われない。
【0030】
油圧ピストン7の作動時には、油圧ピストン7がクラッチパック6を押圧する。押圧されたクラッチパック6の各クラッチプレートは互いに圧着し、相対回転が禁止される。すなわちクラッチ締結状態となり、入力側から出力側への動力伝達が行われる。
【0031】
図2はクラッチドラム10の斜視図である。図の上下方向がクラッチ・ブレーキ機構3の軸方向である。上述したようにクラッチドラム10は板金製で有底円筒状であり、その底部には軸部材を通す軸穴12が設けられている。クラッチドラム10の円筒部には、軸方向に延びるスプライン溝14が形成されている。スプライン溝14は、交互に配置された各32条の凹部14aと凸部14bとから成る。
【0032】
クラッチドラム10の円筒部でスプライン溝14が形成された箇所には径方向に貫通する16個の油穴15が形成されている。油穴15は32条の凸部14bの、1つ飛びに設けられている。油穴15は、これにATF(自動変速機油)を通すことにより、3/4クラッチ5及びその周辺の部材の潤滑性や冷却性を高める作用を有する。
【0033】
クラッチドラム10の軸方向で、円筒部の開放側先端部(円筒先端部19)と油穴15との間に、スナップリング8が嵌入されるスナップリング溝17が形成されている。スナップリング溝17はスプライン溝14の全周に亘って設けられているが、その溝深さが凸部14bにまで及ばないので、実際に溝成形加工が施されるのは図示のように凹部14aとなる。スナップリング溝17(が形成された箇所)は、スナップリング8を保持することにより、スナップリング8が受ける油圧ピストン7の押圧力を最終的に受ける。
【0034】
次にクラッチドラム10の製造方法および製造装置について説明する。上述のようにクラッチドラム10は板金製である。まず1枚の金属板に図略のプレス装置によって打ち抜き加工と絞り加工とが施され、概略形状が形成される。すなわちクラッチドラム10の有底円筒形状、軸穴12およびスプライン溝14が形成される。概略形状における円筒部の軸方向長さ(円筒先端部19の高さ)は完成寸法よりも長く、円筒部は余剰部を有するものとなっている。
【0035】
図3は、概略形状が形成されたクラッチドラム10に、追加工を施す製造装置20の平面図である。製造装置20が行う追加工は、クラッチドラム10の円筒先端部19を所定の軸方向所定長さに切り揃えるトリミング加工と、油穴15を開ける穴加工と、スナップリング溝17を成形する溝成形加工である。
【0036】
これらの加工は、パンチ52とダイス40とによって行われる。製造装置20には、パンチ52、ダイス40及び加工対象であるクラッチドラム10(以下ワーク10とも言う)に所定の動作を行わせる機構が設けられている。
【0037】
製造装置20の概略構成としては、駆動機構30、ダイス40、パンチ部50及びワーク10を固定する治具70を備える。駆動機構30は、平面視で軸心の重なる第1油圧シリンダ31と第2油圧シリンダ35とを備える。第1油圧シリンダ31にはロッド32が、第2油圧シリンダ35にはロッド36がそれぞれ接続されている。そしてロッド32にはダイス40及びパンチ52が、ロッド36にはパンチ52が接続されている。
【0038】
第1油圧シリンダ31は、ロッド32をワーク10の軸心に向けて(矢印A1方向に)移動させる。そしてダイス40が受けるパンチ52の加工負荷を受ける。一方、第2油圧シリンダ35は、ロッド36をワーク10の軸心から離れる方向(矢印A2方向)に移動させる。そしてパンチ52によってワーク10を内周側から押圧し、加工する。
【0039】
パンチ部50は、パンチ52と、パンチ52を支持・案内するガイド51からなる。パンチ52は、その先端側(図3の左側)においてワーク10のスプライン溝14の2山分(1山は1組の凹部14aと凸部14b)に内側から当接し、加工を施す。
【0040】
一方ダイス40は、その先端側(図3の右側)において、ワーク10のスプライン溝14の2山分に外側から当接し、パンチ52による加工負荷を受ける。
【0041】
以上のようなパンチ52とダイス40とにより、一度の加工(ロッド36の1ストローク)でワーク10の周方向の一部(スプライン溝14の2山分)が加工される。以下この一度の加工を加工単位U1という。加工単位U1にはダイス40やパンチ52の移動工程を含む(図5参照)。製造装置20は、ワーク10を載置するテーブル71(図4に示す)を備えており、このテーブル71は昇降(図3に示す紙面に垂直な方向)可能であるとともにワーク10の軸まわりに回転可能に構成されている。製造装置20は、テーブル71を回転させ、加工単位U1あたりスプライン溝14の2山分づつずらしながら、合計16回の加工単位U1によって全周分(32山分)の加工を行うように構成されている。
【0042】
図4は図3のIV−IV線断面図である。ワーク10は治具70によって固定されている。治具70は上記のテーブル71と、ワーク10の外周側を固定する押え治具72と、内周側を固定する押え治具73とを含む。ワーク10は、円筒部先端側を上にした状態でテーブル71に載置され、押え治具72,73によって固定されている。
【0043】
パンチ部50はワーク10の内周側に配設され、加工部を径方向外側に向けたパンチ52を備える。パンチ52は、詳細には上段から順にトリミングパンチ53、溝成形パンチ58及び穴開けパンチ60を備える。これらの各パンチは互いに一体化されており、駆動機構30により同時駆動される。
【0044】
トリミングパンチ53は、ワーク10の円筒部の開放側の先端部を軸方向所定長さに切り揃えるパンチ、すなわちトリミング加工を施すパンチである。トリミングパンチ53の内部には上下一対のイジェクトピン54が設けられている。各イジェクトピン54はスプリング55によってそれぞれ径方向外側に付勢されている。トリミング加工の非実行時であってトリミングパンチ53の先端53aに加工負荷がかかっていないときにはスプリング55の付勢力によってイジェクトピン54の先端はトリミングパンチ53の先端53aから突出している。トリミング加工時にはその加工負荷によってスプリング55が縮み、イジェクトピン54がトリミングパンチ53内に完全に格納される。このような構成により、イジェクトピン54はトリミング加工によって生じるスクラップをダイス40側に跳ね飛ばす。
【0045】
溝成形パンチ58は、ワーク10の円筒部の内周側にスナップリング溝17を成形するパンチ、すなわち溝成形加工を施すパンチである。溝成形パンチ58の厚みがスナップリング溝17の溝幅となる。
【0046】
穴開けパンチ60は、ワーク10の円筒部(詳しくはスプライン溝14の凸部14b)に径方向に貫通する油穴15を開けるパンチ、すなわち穴加工を施すパンチである。穴開けパンチ60の内部にはその先端60aに開口するエア通路62が設けられており、エア通路62には図外の圧縮空気供給部から圧縮空気が供給される。エア通路62の開口部から噴出する圧縮空気により、穴加工によって生じるスクラップがダイス40側に吹き飛ばされる。
【0047】
上述のようにトリミングパンチ53、溝成形パンチ58及び穴開けパンチ60は、互いに一体化されているが、各パンチの径方向長さはトリミングパンチ53、穴開けパンチ60、溝成形パンチ58の順に長くなっている。従って後述するように、これらのパンチが同時駆動されたとき、まずトリミングパンチ53によるトリミング加工が行われ、次いで穴開けパンチ60による穴加工が行われ、最後に溝成形パンチ58による溝成形加工が行われることとなる。
【0048】
ダイス40は、その受け面41をワーク10の外周側に当接させ、パンチ52の加工負荷を受ける部材である。ダイス40にはスクラップ排出溝43及びスクラップ排出穴45が形成されている。これらはトリミング加工や穴加工で生じたスクラップをダイス40の外側に導く通路である。ダイス40の外側には排出されたスクラップを回収するスクラップ回収部25が設けられている。
【0049】
次に製造装置20の動作および製造装置20によるクラッチドラム10の製造方法について説明する。
【0050】
図5は、製造装置20の概略製造工程図である。まずダイス40及びパンチ部50(パンチ52)が図4に示す退避位置にある状態で、ワーク10が図4に示す位置に固定される(工程P1)。工程P1では、まず昇降自在のテーブル71が、ワーク10とパンチ部50とが干渉しない位置まで降下する。そしてワーク10がテーブル71の所定位置に載置され、押え治具72によって保持される。その状態でテーブル71が上昇し、図4に示す状態にセットされ、ワーク10が押え治具73で押えられて固定される。
【0051】
次に、加工単位数Nに「1」が入力される(処理P2)。加工単位数Nは、加工単位U1が何回行われたかをカウントするための数値である。
【0052】
次に、ダイス受け工程P3、トリミング工程P4、穴開け工程P5、溝成形工程P6、パンチ退避工程P7及びダイス退避工程P8が順次行われる。ダイス受け工程P3〜ダイス退避工程P8の一連の工程(破線で囲んだ部分)が加工単位U1となる。
【0053】
次に加工単位数N=16であるか否かが判定される(判定P9)。ここでNOと判定されれば、ワーク10がスプライン溝14の2山分(1/16回転:22.5度)回転される。この際、テーブル71を昇降させる動作を適宜組合わせても良い。また工程P10では、加工単位数Nを増分(+1)する処置が施される。そしてダイス受け工程P3に戻り、新たな加工部に対して加工単位U1が繰り返される。
【0054】
一方、判定P9でYESと判定されれば、ワーク全周(スプライン溝14の32山分)の加工が完了したことを意味するので、ワーク10を取出し(工程11)、製造装置20での加工が完了する。
【0055】
以下、主要な工程についてさらに詳細に説明する。
【0056】
図6は、ダイス受け工程P3を示す説明図である。ダイス受け工程P3は、ワーク10の円筒部の外周側をダイス40の受け面41に当接させる工程である。ダイス受け工程P3では、第1油圧シリンダ31のロッド32によって、ダイス40及びパンチ52が矢印A1方向に移動させられる。そしてダイス40の受け面41がワーク10の円筒部側面(スプライン溝14)に当接すると、その当接が図外のセンサによって電気的に感知され、ロッド32の移動が停止され、ダイス受け工程P3が完了する。図6は、ダイス受け工程P3が完了し、ダイス40が加工負荷を受ける準備が整った状態を示している。
【0057】
図7は、トリミング工程P4を示す説明図である。トリミング工程P4は、上記トリミング加工を行う工程である。トリミング工程P4では、第2油圧シリンダ35がロッド36を介してパンチ52を矢印A2方向に移動させる。そしてトリミングパンチ53の先端53aがワーク10の内周側に達するとトリミング加工が開始される。このとき、イジェクトピン54はスプリング55が縮むことにより完全にトリミングパンチ53内に格納されるので、加工に悪影響を及ぼさない。図7はトリミング工程P4におけるトリミング加工開始時点の状態を示す。
【0058】
図8は、トリミング工程P4及び穴開け工程P5を示す説明図である。図7に示す状態からさらにパンチ52が矢印A2方向に移動すると、トリミングパンチ53とダイス40との剪断力によって先端の余剰部分がスクラップ19aとして切り落とされ、所定長さに切り揃えられた円筒先端部19が形成される。スクラップ19aが完全に切り落とされた時点でトリミング工程P4が完了する。トリミング工程P4の完了直前から完了後にかけて、スプリング55の付勢力によってイジェクトピン54の先端がトリミングパンチ53の先端53aから突出する。そしてトリミング加工によって生じたスクラップ19aをダイス40側に跳ね飛ばす。跳ね飛ばされたスクラップ19aはスクラップ排出溝43を経由してスクラップ回収部25に導かれる。
【0059】
トリミング工程P4後の穴開け工程P5では、さらにパンチ52が矢印A2方向に移動する。そして穴開けパンチ60の先端60aがワーク10(詳しくはスプライン溝14の凸部14b)の内周側に達すると穴加工が開始される。図8は穴開け工程P5における穴加工開始時点の状態を示す。
【0060】
図9は、穴開け工程P5及び溝成形工程P6を示す説明図である。図8の状態からさらにパンチ52が矢印A2方向に移動すると、穴開けパンチ60とダイス40との剪断力によってスクラップ15aが打ち抜かれるとともに油穴15が形成される。スクラップ15aが完全に打ち抜かれた時点で穴開け工程P5が完了する。打ち抜かれたスクラップ15aは、エア通路62を介して供給された圧縮空気によって吹き飛ばされ、スクラップ排出穴45を介してスクラップ回収部25に導かれる。
【0061】
なお、油穴15はスプライン溝14の凸部14bに形成されているが、1山飛び、つまり2山に1箇所設けられている。従って1加工単位U1につき1個の油穴15が形成される。
【0062】
穴開け工程P5後の溝成形工程P6では、さらにパンチ52が矢印A2方向に移動する。そして溝成形パンチ58の先端58aがワーク10(詳しくはスプライン溝14の凹部14a)の内周側に達すると溝成形加工が開始される。図9は、溝成形工程P6における溝成形工程開始時点の状態を示している。図9に示す状態からさらにパンチ52が矢印A2方向に移動すると、溝成形パンチ58の先端58aがスプライン溝14の凹部14aを押圧し、スナップリング溝17を成形する。溝成形工程P6では、油穴15が形成された凸部14bの両側の凹部14aに対してスナップリング溝17が成形される。
【0063】
溝成形工程P6の完了後、続くパンチ退避工程P7では、第2油圧シリンダ35によってロッド36を介してパンチ52(パンチ部50)が退避させられる。つまりパンチ52(パンチ部50)が矢印A2と逆方向に移動させられる。
【0064】
パンチ退避工程P7後のダイス退避工程P8では、第1油圧シリンダ31によってロッド32を介してダイス40が退避させられる。つまり矢印A1(図6に示す)と逆方向に移動させられる。ダイス退避工程P8の開始時点はパンチ退避工程P7の完了前であっても良い。即ちパンチ退避工程P7とダイス退避工程P8とが部分的に重複しても良い。
【0065】
こうして判定P9でYES(加工単位数N=16)と判定されるまで加工単位U1が繰り返されることとなる。
【0066】
以上説明したように製造装置20によれば、1加工単位U1において、トリミング工程P4後に穴開け工程P5が行われ、穴開け工程P5後に溝成形工程P6が行われる。トリミング加工や穴加工を行うと、ワーク10に僅かな変形(塑性変形)が生じる。しかしこのように各工程P4,P5,P6が分離して行われるので、トリミング加工による変形が後の穴加工や溝成形加工に影響を与えることがなく、同様に穴加工による変形が後の溝成形加工に影響を与えることがない。従って各工程P4,P5,P6を同時または重複して行うものに比べ、穴加工や溝成形加工の加工精度を向上することができる。
【0067】
また、1加工単位U1において、トリミング工程P4、穴開け工程P5、溝成形工程P6はダイス受け工程P3とダイス退避工程P8との間に行われる。すなわちダイス40を途中で退避させずに行われる。さらに各パンチ53,58,60が同時駆動されることから、溝成形加工は、トリミングパンチ53や穴開けパンチ60が未退避の状態で行われる。これらのパンチ53,60が未退避状態のとき、各パンチ53,60による加工負荷で円筒先端部19付近や油穴15付近のワーク10がダイス40に密着した状態となる。そのようなワーク10の拘束度合が高い安定状態で溝成形加工を行うことができるので、加工精度を一層高めることができる。
【0068】
また、各パンチ53,60で加工を行う際、ワーク10が各パンチ53,60に食い付く現象が起こる。そしてパンチ退避工程P7において各パンチ53,60が退避する際、その食い付きによってワーク10がパンチ53,60に引きずられ、僅かに変形する。本実施形態によれば、溝成形工程P6が完了した後に全てのパンチ53,58,60が退避するので、上記食い付きによる変形が穴加工や溝成形加工に影響を及ぼさない。従って一層加工精度が高められる。
【0069】
また製造装置20によれば、1加工単位U1あたりスプライン溝14の2山分の加工が行われる。そのため、ダイス40やパンチ52の移動動作を簡潔な直線運動にすることができ、装置の単純化が図られる。
【0070】
但しこのような加工方法を採ると、加工単位U1ごとの変形が積み重なってワーク10全体として比較的大きな変形となりがちである。しかし製造装置20は、加工単位U1の途中でダイス40を退避させず、また前加工のパンチも退避させないので、各加工(トリミング加工、穴加工)ごとにダイス40を退避させるものに比べ、ワーク10の変形(の積み重ね)を大幅に抑制することができる。
【0071】
さらに製造装置20では、パンチ52が一体化されているので、一つの駆動機構30でパンチ52を駆動することができる。従ってトリミングパンチ53、溝成形パンチ58および穴開けパンチ60を個別の駆動機構で駆動するものに比べて駆動機構30を簡潔にすることができ、装置の小型化を図ることができる。
【0072】
以上、本発明の各実施形態について説明したが、上記実施形態は、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば上記実施形態では、トリミングパンチ53、溝成形パンチ58および穴開けパンチ60を互いに一体化し、同時駆動するようにしたが、これらの一部または全部を別体とし、独立駆動するようにしても良い。
【0073】
また、スプライン溝14の数は32条に限定するものではない。また1加工単位で加工される山数は2山に限定するものではない。例えば1山づつ或いは3山以上づつ加工するものであっても良い。
【0074】
クラッチドラム10は、3/4クラッチ5を構成するものである必要はなく、同様の構造を有する他のクラッチに適用されるクラッチドラムであっても良い。さらには自動変速機に用いられるものに限定する趣旨ではなく、同様の機構を有するあらゆるクラッチドラムに適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明の一実施形態に係るクラッチドラムを含む自動変速機の部分断面図である。
【図2】上記クラッチドラムの斜視図である。
【図3】概略形状が形成されたクラッチドラムに追加工を施す製造装置の平面図である。
【図4】図3のIV−IV線断面図である。
【図5】上記製造装置の概略製造工程図である。
【図6】上記製造装置によるダイス受け工程を示す説明図である。
【図7】上記ダイス受け工程に続くトリミング工程を示す説明図である。
【図8】上記トリミング工程とそれに続く穴開け工程を示す説明図である。
【図9】上記穴開け工程とそれに続く溝成形工程を示す説明図である。
【符号の説明】
【0076】
10 クラッチドラム、ワーク
14 スプライン溝
15 油穴
17 スナップリング溝
19 円筒先端部(円筒部の開放側先端部)
20 製造装置
30 駆動機構
40 ダイス
53 トリミングパンチ
58 溝成形パンチ
60 穴開けパンチ
P3 ダイス受け工程
P4 トリミング工程
P5 穴開け工程
P6 溝成形工程
P8 ダイス退避工程
U1 加工単位(一度の加工)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
板金製で有底円筒状の円筒部にスプライン溝が形成されたクラッチドラムの製造方法において、
上記円筒部の外周側をダイスの受け面に当接させるダイス受け工程と、
上記ダイス受け工程後、トリミングパンチを上記円筒部の径方向内側から外側へ移動させて該円筒部の開放側の先端部を軸方向所定長さに切り揃えるトリミング工程と、
穴開けパンチを上記円筒部の径方向内側から外側へ移動させ、上記トリミング工程後に、上記円筒部に径方向に貫通する油穴を開ける穴開け工程と、
溝成形パンチを上記円筒部の径方向内側から外側へ移動させ、上記穴開け工程後に、上記円筒部の上記先端部と上記油穴との間の軸方向位置の内周側にスナップリング溝を成形する溝成形工程と、
上記溝成形工程後、上記ダイスを退避させるダイス退避工程とを含むことを特徴とするクラッチドラムの製造方法。
【請求項2】
板金製で有底円筒状の円筒部にスプライン溝が形成されたクラッチドラムの製造装置において、
上記円筒部の外周側を受けるダイスと、
上記円筒部の開放側の先端部を軸方向所定長さに切り揃えるトリミングパンチと、
上記円筒部に径方向に貫通する油穴を開ける穴開けパンチと、
上記円筒部の、上記先端部と上記油穴との間の軸方向位置の内周側にスナップリング溝を成形する溝成形パンチと、
上記ダイスによって上記円筒部の外周側が受けられた状態で、上記トリミングパンチと上記穴開けパンチと上記溝成形パンチとを上記円筒部の内側から外側へ移動させ、上記トリミングパンチによる加工を施し、その後上記穴開けパンチによる加工を施し、その後上記溝成形パンチによる加工を施す駆動機構とを備えることを特徴とするクラッチドラムの製造装置。
【請求項3】
上記トリミングパンチ、上記穴開けパンチおよび上記溝成形パンチは、一度の加工において上記クラッチドラムの周方向の一部を加工するものであり、加工位置を周方向に順次ずらして複数回の加工を行うことにより全周の加工を完了させることを特徴とする請求項2記載のクラッチドラムの製造装置。
【請求項4】
上記トリミングパンチ、上記穴開けパンチおよび上記溝成形パンチは互いに一体化されており、上記駆動機構によって同時駆動されることを特徴とする請求項2または3記載のクラッチドラムの製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−14082(P2009−14082A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−175454(P2007−175454)
【出願日】平成19年7月3日(2007.7.3)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】