説明

クラッチドラム及びその製造方法

【課題】十分な大きさのトルク伝達ができ、かつ転造加工における、治具破損が生じにくいクラッチドラム及びクラッチドラムの製造方法を提供する。
【解決手段】摩擦板12が係合するスプライン5を内周に形成したクラッチドラム1において、スプラインは、周方向両縁部の一方に曲面の歯先4aを有する。また、クラッチドラムの製造方法は、スプラインを内周に形成したクラッチドラムの製造方法であって、回転方向の歯元が曲面を有する歯型成形工具上で転造することでスプラインを形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機等に使用される多板クラッチ用のクラッチドラム及び該クラッチドラムを有する多板クラッチに関する。また、クラッチドラムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オートマチック車等に用いられる自動変速機には、湿式多板クラッチが組み込まれている。このようなクラッチは、一端が開放された円筒形状の回転体であるクラッチドラムを備えている。クラッチドラムは入力側部材に連結されており、その内部には、複数のフリクションプレート及びセパレータプレートとが軸方向で交互に収容されている。また、ピストンがクラッチドラム内に配置されている。
【0003】
このように構成された多板クラッチでは、ピストンに作動油圧が伝わると、フリクションプレート及びセパレータプレートはピストンに押圧されて互いに圧着される。これにより、入力部材に連結されたクラッチドラム、フリクションプレート及びセパレータプレート、出力側部材が一体となって回転する。エンジンのトルクは、このようなクラッチの動作により、入力側部材から出力側部材へと伝達される。
【0004】
クラッチドラムは、円盤部と円盤部の外周端から垂直方向に延びる円筒部とを有している。円筒部の内周面には、スプラインが形成され、このスプラインにフリクションプレートまたはセパレータプレートが係合する。すなわち、フリクションプレートまたはセパレータプレートはスプラインに沿って軸方向に移動可能となっている。
【0005】
このようなクラッチドラムのスプライン加工は、強度確保及び製造コスト削減のために、切削加工でなく、転造加工により成形加工を行なうことが多い。このように成形すると精度が高く、かつ強度的にもすぐれたスプライン付きクラッチドラムが製造できる。
【0006】
上述のように、クラッチドラムには多板クラッチがセットされるが、トルクを伝達するためにできるだけ多板クラッチのスプラインとの接触面積を多くするためにクラッチドラムのスプランの歯先を小さく加工している。このような例は、例えば、特許文献1や図5に示されている。
【0007】
一般的な転造加工方法としては、図5に示すように、カップ状のクラッチドラム100を、歯型のついた成形工具102を装着したマンドレルと圧力ローラ101からなる装置により矢印の方向に転造加工し、クラッチドラム100の内周にスプラインを形成する。
【0008】
この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては次のものがある。
【特許文献1】特開2000−205294号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
成形工具を装着し回転駆動されるマンドレルにカップ状のワークを装着し、単数または複数の圧力ローラが軸方向に移動するときに、マンドレルまたは成形工具と単数または複数の圧力ローラとの間で金属のフローフォーミングが生じる。その際、ワークの肉厚が減少し長さが増大し、かつワークの内径面に歯型が成形されクラッチドラムが作られる。
【0010】
この場合、特にマンドレルまたは成形工具の回転方向側の歯元及びクラッチドラムの対面する歯先には加工中に特に過大な応力が加わり、例えば、図5のA領域においてマンドレル側の歯型成形工具の歯元には破損や亀裂、ドラムの歯先にはキズなどの不具合が生ずる。
【0011】
従って、本発明の目的は、十分な大きさのトルク伝達ができ、かつ転造加工における、治具破損が生じにくいクラッチドラム及びクラッチドラムの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するため、本発明のクラッチドラムは、
摩擦板が係合するスプラインを内周に形成したクラッチドラムにおいて、スプラインは、周方向両縁部の一方に曲面の歯先を有することを特徴としている。
【0013】
また、上記目的を達成するため、本発明のクラッチドラムの製造方法は、
スプラインを内周に形成したクラッチドラムの製造方法であって、回転方向の歯元が曲面を有する歯型成形工具上で転造することでスプラインを形成することを特徴としている。
【0014】
更に、上記目的を達成するため、本発明のクラッチ装置は、
内周にスプラインを形成したクラッチドラムと、
スプラインに係合する歯を外周に有する複数の摩擦板と、
摩擦板と軸方向で交互に配置されるセパレータプレートと、
摩擦板とセパレータプレートとを係合させるため押圧するピストンと、
からなり、スプラインは、周方向両縁部の一方に曲面の歯先を有し、摩擦板の歯は、周方向両縁部の一方に曲面の歯元を有し、歯先は歯元に対応していることを特徴としている。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、以下の効果を有する。
トルク伝達を行なわない側の歯先の曲面を大きくすることにより、成形工具も歯先加工部の曲率を大きくできるため、加工時の過大な応力が軽減でき、成形工具の破損が防止できる。またクラッチドラムの曲面の大きい反対側の面をトルク伝達面とすれば歯面の面圧が軽減できインデンテーション(圧痕)を防止できる。
【0016】
付随効果としてクラッチドラムの歯先部と摩擦板との間に間隙ができるために、この間隙が多板クラッチの潤滑油の油路もしくは、クラッチパック内の油排出通路としても利用でき、空転時の引き摺りトルクの低減や冷却効果の向上にも寄与する。
【0017】
スプラインは、周方向両縁部の一方に曲面の歯先を有し、摩擦板の歯は、周方向両縁部の一方に曲面の歯元を有し、歯先は前記歯元に対応しているため、片面交互貼りなどの裏表を決めて組み合わせる場合の逆組防止も可能となる。
【実施例】
【0018】
以下、添付図面を参照して本発明の実施例を詳細に説明する。尚、図において同一部分は同一符号にて示している。また、以下の実施例は例示として説明するものであり、いかなる意味においても本発明を限定するものではない。
【0019】
図1は、本発明の実施例を示す断面図であり、成形工具によりクラッチドラムにスプラインを成形する様子を示している。軸方向に延在する複数の歯3を有する成形工具2と、ローラ10との間に円筒形のクラッチドラム1を挟み、ローラ10、クラッチハウジング1、成形工具2を図中の矢印方向に回転させ、ローラ10を軸方向に移動させることで、図1に示すように、内周に軸方向に延在する複数のスプライン4を有するクラッチドラム1が形成される。
【0020】
ローラ10は、不図示の押圧機構によりクラッチドラム1の外周面を回転しながら押圧する。図1ではローラ10は1個だけ示しているが、クラッチドラム1の外周面の周方向で複数個配置することができる。
【0021】
成形工具2の外周に設けた歯3の周方向の一縁部における歯元は、所定の曲率を有する曲面部3aとなっている。他方の縁部は、従来のようにほぼ直角の角部3bとなっている。成形工具2による転造により形成されるクラッチドラム1のスプライン5の歯4は、周方向の一縁部における歯元が所定の曲率を有する曲面部4aとなっている。また、他方の縁部は、ほぼ直角の角部4bとなっている。
【0022】
転造により形成されるため、成形工具2の曲面部3aとスプライン5の曲面部4aとは互いに相補的な形状となっている。転造時、成形工具2に亀裂が発生しやすい回転方向の接触部(図2のA領域に相当)が、曲面部3aと曲面部4aとの接触関係になるため、転造加工時の過大な応力を軽減できる。これにより、成形工具2の破損を防止できる。
【0023】
また、摩擦板を装着して動作させるとき、クラッチドラム1の曲面の大きい反対側の面、すなわち、曲面部3a及び4aの反対側をトルク伝達面とすれば従来クラッチと同じ歯面の有効面積が確保できインデンテーション(圧痕)を防止できる。
【0024】
次に、図2及び3を参照して、クラッチドラム1と摩擦板12との係合関係を説明する。図2は、クラッチドラムに係合した摩擦板を示す部分正面図であり、図3は、摩擦板の変形例を示す、クラッチドラムに係合した摩擦板を示す部分正面図である。
【0025】
図2において、転造によりスプラインを形成したクラッチドラム1のスプライン5に摩擦板12が係合している。摩擦板12は、外周に複数の歯13を備え、この歯13がスプライン5に嵌合する。図2から明らかなように、スプライン5の歯4の曲面部4aと摩擦板12の歯13の周方向の一縁部13aとが対向する。このため、曲面部14aとほぼ直角の縁部13aとの間に軸方向に延在する間隙15が画成される。
【0026】
間隙15が多板クラッチ部の潤滑油の油路もしくは、クラッチパック内の油排出通路としても利用でき、空転時の引き摺りトルクの低減や冷却効果の向上にも寄与する。また、クラッチ作動時にトルクを伝達する際には、縁部13bと縁部4bとの係合部が荷重を受けるので、歯面の面圧が軽減できインデンテーション(圧痕)の発生を防止できる。
【0027】
図3は、摩擦板12の変形例を示す図である。この例では、摩擦板12の歯13の歯元の一縁部13cがスプライン5の曲面部4aに相補的な曲率を有する曲面として形成されている。このようにすることにより、片面交互貼りなどの裏表を決めて組み合わせる場合、摩擦板12の逆組防止ができる。
【0028】
次に、図4を用いて、本発明のクラッチドラムの製造方法を説明する。図4は、本発明のクラッチドラムを製造する装置の断面図である。クラッチドラム1の製造装置50は、マンドレル20、マンドレル20上に固定された成形工具2、上方よりワークを押えて固定する押え部材21とからなっている。ワークとしてのほぼ円筒形でカップ形状をしたクラッチドラム1は、成形工具2を覆うように嵌合し、押え部材21により上方から成形工具2へと固定状態に保持される。
【0029】
クラッチドラム1は、円盤部1aと円盤部1aから一体に軸方向に延在するほぼ円筒形の内周を有する円筒部1bとからなっている。クラッチドラム1の内周形状に対応した成形工具2の外周には、軸方向に延在する複数の歯3が形成されている。複数の歯3は、それぞれ周方向等配に設けられ、外径方向に突出している。
【0030】
クラッチドラム1の円筒部1bの外周には、複数のローラ10が接触可能に配置されている。ローラ10は、クラッチドラム1の外周において、周方向等配に複数設けられている。
【0031】
クラッチドラム1は、上述の製造装置50を用いて、次のように製造される。マンドレル20に載置され、そこに固定された成形工具2に、内周にスプラインの形成されていないクラッチドラム1が載置される。クラッチドラム1の円盤部1aが、成形工具2の上面と押え部材21との間で挟まれて固定状態に保持される。
【0032】
図4のように配置した状態で、クラッチドラム1の内周に形成するスプラインの歯形を成形する成形工具2及びローラ10は、それぞれ図4において矢印方向に回転する。この回転方向は、図1に示した矢印の回転方向と同じである。
【0033】
ローラ10は、クラッチドラム1に接触して回転しながら、クラッチドラム1を内方へ押圧する。この転造により、成形工具2の外周に設けられた歯3に相補的なスプラインがクラッチドラム1の内周面に形成される。図1に示すように、成形工具2の歯3は回転方向の歯元が曲面を有するので、それに対応するクラッチドラム1側のスプラインの歯先は曲面部4aを有するように形成される。
【0034】
転造時、更にローラ10はクラッチドラム1の軸方向に沿って、すなわち図4における矢印B方向に移動する。これにより、クラッチドラム1の肉厚が減少し長さが増大し、かつ内径面にスプライン5が成形されクラッチドラム1が作られる。
【0035】
本発明は、湿式または乾式多板クラッチのいずれにも適用できる。また、ローラは、単数、複数のいずれであっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施例を示す断面図である。
【図2】クラッチドラムに係合した摩擦板を示す部分正面図である。
【図3】摩擦板の変形例を示す、クラッチドラムに係合した摩擦板を示す部分正面図である。
【図4】本発明のクラッチドラムを製造する装置の断面図である。
【図5】従来のクラッチドラムの成形を示す断面図である。
【符号の説明】
【0037】
1 クラッチドラム
2 成形工具
3 歯
4 歯
5 スプライン
10 ローラ
12 摩擦板
50 製造装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦板が係合するスプラインを内周に形成したクラッチドラムにおいて、前記スプラインは、周方向両縁部の一方に曲面の歯先を有することを特徴とするクラッチドラム。
【請求項2】
請求項1のクラッチドラムにおいて、前記曲面の歯先の反対側の前記スプラインと前記摩擦板との係合面はトルク伝達面または伝達トルクの大きい側であることを特徴とするクラッチドラム。
【請求項3】
請求項1のクラッチドラムにおいて、回転方向の歯元が曲面を有する歯型成形工具上で転造することで該スプラインを形成することを特徴とするクラッチドラムの製造方法。
【請求項4】
内周にスプラインを形成したクラッチドラムと、
前記スプラインに係合する歯を外周に有する複数の摩擦板と、
前記摩擦板と軸方向で交互に配置されるセパレータプレートと、
前記摩擦板とセパレータプレートとを係合させるため押圧するピストンと、
からなり、前記スプラインは、周方向両縁部の一方に曲面の歯先を有し、前記摩擦板及び前記セパレータプレートの歯は、周方向両縁部の一方に曲面の歯元を有し、前記歯先は前記歯元に対応していることを特徴とするクラッチ装置。
【請求項5】
内周にスプラインを形成したクラッチドラムと、
前記スプラインに係合する歯を外周に有する複数の摩擦板と、
前記摩擦板と軸方向で交互に配置されるセパレータプレートと、
前記摩擦板とセパレータプレートとを係合させるため押圧するピストンと、
からなり、前記スプラインは、周方向両縁部の一方に曲面の歯先を有し、前記曲面の歯先の側に、前記スプラインと前記摩擦板の間にオイルが流通する油路が画成されていることを特徴とするクラッチ装置。
【請求項6】
請求項4または5のクラッチ装置において、前記曲面の歯先の反対側の前記スプラインと前記摩擦板及び前記セパレータプレートとの係合面はトルク伝達面または伝達トルクの大きい側であることを特徴とするクラッチ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−275089(P2006−275089A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−91713(P2005−91713)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(000102784)NSKワーナー株式会社 (149)
【Fターム(参考)】