説明

グリース封入転がり軸受

【課題】高温、高速回転下で使用される転がり軸受において、転走面での脆性剥離を効果的に防止できるグリース封入転がり軸受を提供する。
【解決手段】クロムを 1.8〜6.0 重量%含有する鋼材からなる内輪2および外輪3から選ばれた少なくとも一つの軌道輪に表面処理を施し、グリース7を封入した転がり軸受1であって、上記表面処理は軌道輪を所定の電解液で電解エッチングした後、クロム酸と、所定の酸との処理液に浸漬し軌道輪に被膜を形成した後、軌道輪をクロム酸と、所定の酸と、マグネシウム、カルシウム、バリウムの炭酸塩または硫酸塩から選ばれた少なくとも一つの物質の過飽和量と、界面活性剤とを含む水溶液を電解液として電解する処理であり、上記グリース7は、基油と増ちょう剤とからなるベースグリース 100 重量部に対して、アルミニウム系添加剤を 0.05〜10 重量部配合してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグリース封入転がり軸受に関し、特に軸受内外輪の転走面に生じる特異性のある剥離現象を防止したオルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装補機やモータ等に用いられるグリース封入転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の電装補機用に使用される軸受には、転動体と軌道輪のすべりに起因する脆性剥離問題がある。脆性剥離とは、転動体の滑りによる金属接触から転走面に新生面が発生し、この新生面から鋼中へ水素が侵入し、水素脆化が生じる事によって発生する鋼材の表面剥離をいう。また、水素は潤滑剤から引き離されて生じる場合や軸受内部への水分の浸入によって発生し、水素脆性剥離を引き起こす。
この脆性剥離を防止する方法は軸受材料・熱処理によるものと、潤滑剤によるものとに大別されるが、完全に防止できる方法となり得るものがなかった。
【0003】
例えば軸受材料として、鋼材にクロム(以下、「Cr」と一部記す)を含有させた特殊材料を用いる方法がある。鋼材中のCrは転走面表面の酸素と結合し、転走面表面にCrの酸化被膜を形成する。この酸化被膜が鋼中への水素の侵入を防ぎ、延いては脆性剥離を防止するものである。しかし、鋼材に特殊材料を用いることは製造コスト上、またはグローバル規模での輸送が必要となる場合がある等調達上も好ましくない。また、SUJ2の軸受鋼を熱処理して 50 体積%以上のベイナイト組織を保有させ、耐脆性剥離効果のある軸受が知られている(特許文献1参照)が、自動車の電装補機用として高温、高速回転で使用される軸受としては脆性剥離防止効果は十分であるとはいえない。
【0004】
表面処理によって脆性剥離を防止する手法については、例えば転がり軸受の軌道輪の軌道面もしくは転動体の転動面のうち少なくとも一つに、酸化鉄クロム系からなる厚さ 1〜1000 nm の酸化皮膜を形成する方法が知られている(特許文献2参照)。
しかしながら、特許文献1の方法では酸化鉄クロム系からなる厚さ 1〜1000 nm の酸化皮膜を形成するには軸受材質や熱処理履歴等により再加熱酸化処理や浸炭、浸炭窒化処理、研磨処理等の数次にわたる加工が必要であり、コストがかかるという問題がある。
【0005】
一方、潤滑剤により脆性剥離を防止するものとして、例えばグリースに不動態化剤を添加する方法(特許文献3参照)や、グリース組成物にビスマスジチオカーバメートを添加する方法が知られている(特許文献4参照)。
しかしながら、近年、自動車における電装部品や補機、産業機械におけるモータ等では、高温下で、高速運転−急減速運転−急加速運転−急停止が頻繁に行なわれる等、ますます転がり軸受の使用条件が過酷化され、不動態化剤やビスマスジチオカーバメートを添加する方法では剥離現象を防ぐ対策として不十分になってきている。
【特許文献1】特許第2899900号
【特許文献2】特再2000−11235号公報
【特許文献3】特開平3−210394号公報
【特許文献4】特開2005−42102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はかかる問題に対処するためになされたものであり、高温、高速回転下で使用される転がり軸受において、転走面での脆性剥離を効果的に防止できるグリース封入転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の転がり軸受は、クロムを 1.8 重量%〜6.0 重量%含有する鋼材からなり、内輪および外輪と、これら内外輪の転走面間に介在する複数の転動体とを備え、上記内輪および外輪から選ばれた少なくとも一つの軌道輪に表面処理を施し、上記転動体の周囲にグリースを封入してなる転がり軸受であって、上記軌道輪は、該軌道輪を陽極にし、硫酸、りん酸、硝酸および/またはそれらの塩から選ばれた少なくとも一つの物質を含有する水溶液を電解液とし、周波数が 20 KHz〜100 KHz の超音波を付与して電解エッチングした後、電解エッチングした軌道輪を、クロム酸 15 g/l〜300 g/l と、硫酸 30 g/l〜850 g/l または硝酸 40 g/l〜500 g/l とを含有した室温〜120℃の処理液に浸漬し上記軌道輪に被膜を形成した後、被膜を形成した軌道輪を陰極とし、クロム酸を 50 g/l〜150 g/l と、りん酸および/または硫酸を 0.1 ml/l〜100 ml/l と、マグネシウム、カルシウム、バリウムの炭酸塩または硫酸塩から選ばれた少なくとも一つの物質の過飽和量と、界面活性剤とを含む水溶液を電解液として電解することによって表面処理されてなり、上記グリースは、基油と増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなり、上記添加剤はアルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を含有し、該アルミニウム系添加剤の配合割合はベースグリース 100 重量部に対して 0.05 重量部〜10 重量部であることを特徴とする。
【0008】
上記電解エッチングで使用する硫酸およびりん酸は 50 g/l〜150 g/l 、硝酸は 50 g/l〜500 g/l 、これらの塩は 60 g/l〜800 g/l であることを特徴とする。
【0009】
上記アルミニウム化合物は、炭酸アルミニウムおよび硝酸アルミニウムから選ばれた少なくとも一つの化合物であることを特徴とする。
また、上記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることを特徴とする。
また、上記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ-α-オレフィン油から選ばれた少なくとも一つの油であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の転がり軸受は、標準軸受鋼JIS-SUJ2(Cr:1.3〜1.6 重量%)よりクロム含有量を多くした鋼材(Cr:1.8〜6.0 重量%)を用いた軌道輪を採用することにより、酸化クロム被膜(FeCrO4 )を形成し、水素に起因する白層を伴った脆性剥離を効果的に防止し、さらに軌道輪表面をエッチング処理、不動態被膜形成処理および電解処理の3段階の表面処理を施すので脆性剥離を防止することができる。すなわち、軌道輪の表面には活性転移の多い塑性変形組織を有する欠陥層が形成されているが、この欠陥層を、まず電解エッチングにより除去することができ、極めて防錆性に優れた被膜を形成するための下地処理ができる。次に、不動態被膜形成処理においてクロム酸を所定量含有する処理液に軌道輪を浸漬することにより、軌道輪表面に十分な厚さの不動態被膜を形成することができる。最後に電解処理において、Ca2+、Mg2+、Ba2+ イオンを含有する電解液を用いて、電解処理することにより上記不動態被膜に優れた防錆性を付与させることができる。
この結果、元々クロム含有量の多い軌道輪の表面に十分な厚さの不動態被膜が強固に形成され、脆性剥離を防止することができる。
さらに、グリースとして、基油と増ちょう剤とからなるベースグリースにアルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を配合したグリースを使用するので、不動態被膜が部分的に摩滅する等しても、軸受の摩擦摩耗面または摩耗により露出した金属新生面においてアルミニウム系添加剤が反応し、酸化鉄とともにアルミニウム被膜が軸受転走面に生成され、転走面での水素脆性による特異な剥離の発生を効果的に抑制することができる。
【0011】
本発明の転がり軸受は、以上の結果、軸受の長寿命化について飛躍的な向上を図ることができる。このため、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受として好適に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
転がり軸受について、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できる方法について鋭意検討を行なった。検討の結果、クロムを 1.8〜6.0 重量%含有する鋼材からなる軸受軌道輪に、所定の表面処理を施し酸化クロム被膜を形成した転がり軸受に、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を配合したグリースを封入した転がり軸受を用いて、急加減速試験を行なったところ軸受寿命が飛躍的に延長することがわかった。
本発明のグリース封入転がり軸受は、所定のクロム含有量の鋼材を軌道輪に使用するとともに、該軌道輪にエッチング処理、不動態被膜形成処理および電解処理の3段階の表面処理を施すことで、軌道輪等の表面に強固な酸化クロム被膜を形成し、転送面を不活性化しグリース分解による水素の発生を抑制するとともに、転走面への水素の侵入を防ぐことで脆性剥離を防止する第一の効果と、アルミニウム系添加剤を配合したグリースを使用することで、軸受転走面が活性化、すなわち軸受転走面において、摩擦摩耗面または摩耗により金属新生面が露出したとしても、グリースに配合したアルミニウム系添加剤が反応し、酸化鉄とともにアルミニウム被膜が軸受転走面に生成され、水素脆性による特異な剥離の発生を抑制する第二の効果とを相乗的に発揮させることができるものと考えられる。本発明は、このような知見に基づくものである。
【0013】
本発明のグリース封入転がり軸受は、軌道輪(内輪および外輪)が、クロム含有量が 1.8〜6.0 重量%の高クロム鋼からなる。クロムの含有量が多いほど水素脆性に対し優れた効果はあるが、逆にクロム含有量を 6.0 重量%より増加させると焼入温度を高くする必要が出てくるため、オーステナイト結晶粒の粗大化を促進し、靭性の低下に繋がる。また、クロム量の増加は材料コストの増大に直結する。したがって、十分な耐水素脆性を確保しつつ、軸受の疲労寿命低下を極力抑える点から、クロム含有量が 1.8〜3.0重量%の高クロム鋼を用いることが好ましい。
【0014】
本発明のグリース封入転がり軸受は、上記高クロム鋼からなる内輪および外輪から選ばれた少なくとも一つの軌道輪に表面処理を施した転がり軸受であって、上記軌道輪は、該軌道輪を陽極にし、硫酸、りん酸、硝酸および/またはそれらの塩から選ばれた少なくとも一つの物質を含有する水溶液を電解液とし、周波数が 20〜100 KHz の超音波を付与して電解エッチングした後、電解エッチングした軌道輪を、クロム酸 15〜300 g/l と、硫酸 30〜850 g/l または硝酸 40〜500 g/l とを含有した室温〜120℃の処理液に浸漬し軌道輪に被膜を形成した後、被膜を形成した軌道輪を陰極とし、クロム酸を 50〜150 g/l と、りん酸および/または硫酸を 0.1〜100 ml/l と、マグネシウム、カルシウム、バリウムの炭酸塩または硫酸塩から選ばれた少なくとも一つの物質の過飽和量と、界面活性剤とを含む水溶液を電解液として電解することによって表面処理される。
【0015】
本発明において上記エッチング処理では、軌道輪を陽極にし、硫酸、りん酸、硝酸および/またはそれらの塩から選ばれる1または2以上を含有する水溶液を電解液とし、周波数が 20 KHz〜100 KHz の超音波を付与しながら該軌道輪を電解エッチングする。
【0016】
硫酸、りん酸、硝酸および/またはそれらの塩としては、硫酸、りん酸、硝酸、およびこれらの酸のナトリウム塩またはカリウム塩を用いることができる。硫酸とりん酸は 50〜150 g/l 、硝酸は 50〜500 g/l が好ましく、これらの酸のナトリウム塩またはカリウム塩は 60〜800 g/l が好ましい。また電解は、電解電圧が 2〜50 V で、電解電流が 0.1 A/dm2 から 50 A/dm2 で、電解時間は 10 秒〜120 秒とすることができる。
【0017】
軌道輪の表面には活性転移の多い塑性変形組織を有する欠陥層が形成されているが、この欠陥層は後の表面処理にて付与する防錆性の効果を低減する。上記エッチング処理においてこの欠陥層を電解エッチングにより除去する。その結果、後述する不動態被膜形成処理および電解処理において、極めて防錆性に優れた被膜を形成することができる。本発明では 20 KHz〜100 KHz の超音波振動を付与しながら電解エッチングを行なうが、この超音波振動によって短時間で欠陥層を除去することができる。
【0018】
本発明において不動態被膜形成処理では、エッチング処理した軌道輪を、クロム酸 15〜300 g/l と硫酸 30〜850 g/l または硝酸 40〜500 g/l とを含有した室温〜120℃の処理液に浸漬し軌道輪に被膜を形成する。この処理液に 10〜120分間浸漬すると軌道輪の表面には十分な厚さの不動態被膜が形成される。
【0019】
本発明において電解処理では、不動態被膜が形成された軌道輪を陰極にし、クロム酸を 50〜150 g/l とりん酸 0.1〜100 ml/l および/または硝酸を 0.1〜100 ml/l とマグネシウム、カリウム、バリウムの炭酸塩または硫酸塩から選ばれる 1 または 2 以上の過飽和量と界面活性剤とを含む水溶液を電解液として電解する。この電解は、例えば電解電圧を 0.1〜20 V 、電解電流を 0.5〜2 A/dm2 とし、電解時間を 10分〜300分とする。
【0020】
本発明において軌道輪に形成された被膜は、十分に厚い不動態被膜であるため、優れた防錆性を有する。電解処理はこの不動態被膜に優れた防錆性能を付与するために行なう。すなわち電解処理にはCa2+、Mg2+、Ba2+ イオン含有する電解液を用いる。この結果、陰極では水素雰囲気が形成され、優れた防錆性が付与され、延いては耐脆性剥離性が向上する。
【0021】
本発明のグリース封入転がり軸受は、軌道輪に上記の高クロム鋼を採用すること、該軌道輪に上記表面処理を施すことに加えて、アルミニウム系添加剤を配合したグリースを使用することを特徴としている。
本発明に用いるアルミニウム系添加剤は、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つである。アルミニウム化合物としては、炭酸アルミニウム、硫化アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウムおよびその水和物、硫酸アルミニウム、フッ化アルミニウム、臭化アルミニウム、よう化アルミニウム、酸化アルミニウムおよびその水和物、水酸化アルミニウム、セレン化アルミニウム、テルル化アルミニウム、りん酸アルミニウム、りん化アルミニウム、アルミン酸リチウム、アルミン酸マグネシウム、セレン酸アルミニウム、チタン酸アルミニウム、ジルコン酸アルミニウム等の無機アルミニウム、安息香酸アルミニウム、クエン酸アルミニウム等の有機アルミニウムが挙げられる。これらアルミニウム系添加剤は、1種類または2種類を混合してグリースに添加してもよい。
本発明において特に好ましいのは、耐熱耐久性に優れ、熱分解しにくいため、極圧性効果の高いアルミニウム粉末である。
【0022】
アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース 100 重量部に対して 0.05 重量部〜10 重量部である。すなわち、(1)アルミニウム系添加剤がアルミニウム粉末のみである場合、ベースグリース 100 重量部に対してアルミニウム粉末を 0.05〜10 重量部、(2)アルミニウム系添加剤がアルミニウム化合物のみである場合、ベースグリース 100 重量部に対してアルミニウム化合物を 0.05〜10 重量部、(3)アルミニウム系添加剤がアルミニウム粉末とアルミニウム化合物とである場合、ベースグリース 100 重量部に対して、アルミニウム粉末とアルミニウム化合物とを合せて 0.05〜10 重量部配合する。
アルミニウム系添加剤の配合割合が 0.05 重量部未満であると水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できない。また 10 重量部をこえても剥離防止効果がそれ以上に向上しない。
【0023】
本発明に使用できる基油としては、スピンドル油、冷凍機油、タービン油、マシン油、ダイナモ油等の鉱油、高度精製鉱油、流動パラフィン、ポリブテン、フィッシャー・トロプシュ法により合成されたGTL油、ポリ-α-オレフィン油、アルキルナフタレン、脂環式化合物等の炭化水素系合成油、または、天然油脂、ポリオールエステル油、りん酸エステル油、ポリマーエステル油、芳香族エステル油、炭酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルベンゼン油、フッ素化油等の非炭化水素系合成油等を使用できる。
これらの中で、耐熱性と潤滑性に優れたアルキルジフェニルエーテル油、または、ポリ-α-オレフィン油を用いることが好ましい。
【0024】
本発明に使用できる増ちょう剤としては、ベントン、シリカゲル、フッ素化合物、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、力ルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物が挙げられる。
これらの中で、耐熱性、コスト等を考慮するとウレア系化合物が望ましい。
【0025】
ウレア系化合物は、イソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させることにより得られる。反応性のある遊離基を残さないため、イソシアネート化合物のイソシアネート基とアミン化合物のアミノ基とは略当量となるように配合することが好ましい。
【0026】
ジウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミンとの反応で得られる。ジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜等が挙げられ、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン、アニリン、p-トルイジン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。ポリウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミン、ジアミンとの反応で得られる。ジイソシアネート、モノアミンとしては、ジウレア化合物の生成に用いられるものと同様のものが挙げられ、ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン、ジアミノジフェニルメタン等が挙げられる。
【0027】
基油にウレア系化合物等の増ちょう剤を配合して、上記アルミニウム系添加剤等を配合するためのベースグリースが得られる。ウレア系化合物を増ちょう剤とするベースグリースは、基油中でイソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させて作製する。
ベースグリース 100 重量部中に占める増ちょう剤の配合割合は、1〜40 重量部、好ましくは 3〜25 重量部配合される。増ちょう剤の含有量が 1 重量部未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、40 重量部をこえると得られたベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られ難くなる。
【0028】
また、アルミニウム系添加剤とともに、必要に応じて公知のグリース用添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、有機亜鉛化合物、アミン系、フェノール系化合物等の酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレン等の粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤、金属スルホネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、有機モリブデンなどの摩擦低減剤、エステル、アルコールなどの油性剤、りん系化合物などの摩耗防止剤等が挙げられる。これらを単独または 2 種類以上組み合せて添加できる。
【0029】
本発明のグリース封転がり軸受の実施例について図面にしたがって説明する。図1は本発明の一実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。図2〜図3は本発明の他の実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
図1に示す転がり軸受1は、クロム含有量が 1.8〜6.0 重量%の高クロム鋼材からなり同心に配置された内輪2および外輪3と、内輪転走面・外輪転走面間に介在する転動体4と、この転動体4を保持する保持器5と、内、外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材6と、軸受空間に封入されたグリース7とからなり、外輪外周面3a、外輪内周面3b、外輪端面3cに上記表面処理によるCrの酸化被膜が形成されている。グリース7は上記アルミニウム系添加剤が配合されたグリースである。
【0030】
図2に示す転がり軸受11は、クロム含有量が 1.8〜6.0 重量%の高クロム鋼材からなり同心に配置された内輪12および外輪13と、内輪転走面・外輪転走面間に介在する転動体14と、この転動体14を保持する保持器15と、内、外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材16と、軸受空間に封入されたグリース17とからなり、内輪内周面12a、内輪外周面12b、内輪端面12cに上記表面処理によるCrの酸化被膜が形成されている。グリース17は上記アルミニウム系添加剤が配合されたグリースである。
【0031】
図3に示す転がり軸受21は、クロム含有量が 1.8〜6.0 重量%の高クロム鋼材からなり同心に配置された内輪22および外輪23と、内輪転走面・外輪転走面間に介在する転動体24と、この転動体24を保持する保持器25と、内、外輪の軸方向両端開口部をシールするシール部材26と、軸受空間に封入されたグリース27とからなり、外輪外周面23a、外輪内周面23b、外輪端面23cおよび内輪内周面22a、内輪外周面22b、内輪端面22cに上記表面処理によるCrの酸化被膜が形成されている。グリース27は上記アルミニウム系添加剤が配合されたグリースである。
【実施例】
【0032】
実施例1〜実施例8
表1に示した基油の半量に、4,4-ジフェニルメタンジイソシアナート(日本ポリウレタン工業社製商品名のミリオネートMT、以下、MDIと記す)を表1に示す割合で溶解し、残りの半量の基油にMDIの2倍当量となるモノアミンを溶解した。それぞれの配合割合および種類は表1のとおりである。
MDIを溶解した溶液を撹拌しながらモノアミンを溶解した溶液を加えた後、100℃〜120℃で 30 分間撹拌を続けて反応させて、ジウレア化合物を基油中に生成させた。
これにアルミニウム系添加剤および酸化防止剤を表1に示す配合割合で加えてさらに 100℃〜120℃で 10 分間撹拌した。その後冷却し、三本ロールで均質化し、グリースを得た。
【0033】
表1において、基油として用いた合成炭化水素油は 40℃における動粘度 30 mm2/sec の新日鉄化学社製シンフルード601を、アルキルジフェニルエーテル油は 40℃における動粘度 97 mm2/sec の松村石油社製モレスコハイルーブLB100を、それぞれ用いた。また、酸化防止剤は住友化学社製ヒンダードフェノールを用いた。
【0034】
転がり軸受(6203)の軌道輪に以下に示す表面処理を行なった。
NRJ75材(Cr 1.9 重量%含有)からなる軌道輪を陽極にし、硫酸 100 g/l を含有する水溶液を電解液とし、周波数が 20〜100 KHz の超音波を付与しながら該軌道輪を電解エッチングした。また電解は、電解電圧 10 V で、電解電流 10 A/dm2 で、電解時間 20 秒の条件にて実施した。エッチング処理した軌道輪を、クロム酸 100 g/l と硫酸 50 g/l とを含有した 60 ℃の処理液に 20 分間浸漬し軌道輪に被膜を形成した。被膜を形成した軌道輪を陰極にし、クロム酸を 100 g/l と、硫酸 1 ml/lと、カルシウムの炭酸塩の過飽和量と界面活性剤少量とを含む水溶液を電解液として、電解電圧 10 V 、電解電流 1 A/dm2 、電解時間 20 分の条件にて電解を行なった。
この転がり軸受に、上記得られたグリースを封入して、以下に示す急加減速試験を行なった。
【0035】
<急加減速試験>
電装補機の一例であるオルタネータを模擬し、回転軸を支持する内輪回転の転がり軸受として上記転がり軸受を用い、急加減速試験を行なった。急加減速試験条件は、回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を 1960 N 、回転速度は 0 rpm〜18000 rpm で運転条件を設定し、さらに、試験軸受内に 0.1 A の電流が流れる状態で試験を実施した。そして、軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって発電機が停止する時間を軸受寿命時間として計測した。なお、試験は軸受寿命時間として十分な水準である 500 時間で打ち切った。
【0036】
比較例1〜比較例3
実施例1に準じる方法で、表1に示す配合割合で、増ちょう剤、基油を選択してベースグリースを調整し、さらに添加剤を配合してグリースを得た。得られたグリースを、軌道輪としてSUJ2材(Cr 1.0 重量%含有)を用い、該軌道輪に表面処理を施さない転がり軸受(6203)に封入し、実施例1と同様の試験を行なって評価した。結果を表1に示す。
【0037】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明のグリース封入転がり軸受は、高Cr鋼の内外輪から選ばれた少なくとも一つの軌道輪に不動態被膜を有し、アルミニウム系添加剤を配合したグリースを封入してなるので、水素脆化による軸受軌道輪の表面剥離を防止する効果を有する。このため高速回転と高荷重をともに受ける各種産業機械に用いられる軸受、特にオルタネータ等、自動車電装・補機に用いられる軸受として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【図2】本発明の他の実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【図3】本発明の他の実施例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【符号の説明】
【0040】
1、11、21 転がり軸受
2、12、22 内輪
3a、23a 外輪外周面
3b、23b 外輪内周面
3c、23c 外輪端面
3、13、23 外輪
4、14、24 転動体
5、15、25 保持器
6、16、26 シール部材
7、17、27 グリース
12a、22a 内輪内周面
12b、22b 内輪外周面
12c、22c 内輪端面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロムを 1.8〜6.0 重量%含有する鋼材からなり、内輪および外輪と、これら内外輪の転走面間に介在する複数の転動体とを備え、前記内輪および外輪から選ばれた少なくとも一つの軌道輪に表面処理を施し、前記転動体の周囲にグリースを封入してなる転がり軸受であって、
前記軌道輪は、該軌道輪を陽極にし、硫酸、りん酸、硝酸および/またはそれらの塩から選ばれた少なくとも一つの物質を含有する水溶液を電解液とし、周波数が 20〜100 KHz の超音波を付与して電解エッチングした後、電解エッチングした軌道輪を、クロム酸 15〜300 g/l と、硫酸 30〜850 g/l または硝酸 40〜500 g/l とを含有した室温〜120℃の処理液に浸漬し前記軌道輪に被膜を形成した後、被膜を形成した軌道輪を陰極とし、クロム酸を 50〜150 g/l と、りん酸および/または硫酸を 0.1〜100 ml/l と、マグネシウム、カルシウム、バリウムの炭酸塩または硫酸塩から選ばれた少なくとも一つの物質の過飽和量と、界面活性剤とを含む水溶液を電解液として電解することによって表面処理されてなり、
前記グリースは、基油と増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなり、前記添加剤はアルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を含有し、該アルミニウム系添加剤の配合割合はベースグリース 100 重量部に対して 0.05〜10 重量部であることを特徴とするグリース封入転がり軸受。
【請求項2】
前記電解エッチングで使用する硫酸およびりん酸は 50〜150 g/l 、硝酸は 50〜500 g/l 、これらの塩は 60〜800 g/l であることを特徴とする請求項1記載のグリース封入転がり軸受。
【請求項3】
前記アルミニウム化合物は、炭酸アルミニウムおよび硝酸アルミニウムから選ばれた少なくとも一つの化合物であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のグリース封入転がり軸受。
【請求項4】
前記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載のグリース封入転がり軸受。
【請求項5】
前記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ-α-オレフィン油から選ばれた少なくとも一つの油であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載のグリース封入転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−138703(P2008−138703A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−323171(P2006−323171)
【出願日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】