説明

ゲインスケジュール制御装置及び制御方法

【課題】 慣性や剛性、共振特性等が運転状況によって変動する機械装置に対するスケジューリング制御を簡便に実現できるようにする。
【解決手段】 ゲインスケジュール制御装置は、機械装置10に指令入力を送るコントローラ14、前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定と前記コントローラのゲインの調整を行う適応調整器15、スケジューリングルールに基づいて前記コントローラのゲインを更新するスケジューリングルール部13を有し、前記スケジューリングルール部は、前記適応調整器の出力と、前記機械装置の運転状態量とに基づいて、前記コントローラのゲインの更新を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は機械装置の制御装置に関し、特にゲインスケジュール制御手法を用いた制御装置及び制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータを駆動源として含む機械装置は、その運転状況によって、装置の慣性や剛性、共振特性が大きく変動することが多い。例えば、多関節アーム型のマニピュレータでは根元以外の関節が変位すると、各軸のモータから見た装置特性の内、特に慣性特性が大きく変動する。また、ロープなどによって荷物を吊り上げる形のクレーンでは、荷物の重量、吊り上げ高さによって、特に水平移動方向の駆動モータから見た装置の慣性特性及び振動特性が変動する。
【0003】
機械装置に運転状況による変動が起きても適切な制御性能を得る代表的な手法としては、下記のアプローチが考えられている。
【0004】
(1)変動全体で安定性を確保するロバスト制御方法。
(2)機械装置の入出力信号から装置変動を推定してコントローラを調整する適応制御方法。
(3)機械装置の運転情報などに応じてコントローラを調整するゲインスケジュール制御方法。
【0005】
以下に、上記(1)〜(3)の制御方法の一般的なメリットと問題点について説明する。
【0006】
上記(1)のロバスト制御方法では、基本的には固定のコントローラで全ての状態での制御を行う為、コントローラの演算負荷を小さくして実現出来るが、応答性等の制御性能を高く保つことが困難である。
【0007】
図8は、上記(2)の適応制御方法を実現する適応制御系の概略構成例を示す。適応制御系は、駆動源としてのモータを含む機械装置100の入力信号(指令入力)及び出力信号(機械装置100における負荷の速度、位置等の動作状態量の検出出力)に基づいて適応同定を行なう適応同定器101、適応同定器101の同定結果に基づいてコントローラゲインを決めるゲイン調整器102、動作指令に加えて出力信号のフィードバックを受けてこれらの差を算出し、算出した差が0になるようにゲイン調整器102で決められたゲインで機械装置100のモータを制御するコントローラ103を含む。
【0008】
このような適応制御系による制御方法では、推定結果に基づいて制御を行う為、広い変動範囲において高い制御性能を得ることが可能であり、また、変動範囲などが未知であっても対応が可能である。しかし、推定動作は時間的な遅れを伴う為、変動の速度が速い場合には、推定が追従出来ず、制御性能が悪化する。また、推定には多くの演算が伴う為、推定速度を上げようとすると、非常に大きな演算コストが必要となる。
【0009】
図9は、上記(3)のゲインスケジュール制御方法を実現するゲインスケジュール制御系の概略構成例を示す。このゲインスケジュール制御系のスケジューリングルール部201は機械装置200の運転状態量(機械装置200における負荷の速度、位置等の検出出力)を入力とし、固定のスケジューリングルールに基づいてコントローラゲインを決める。コントローラ202は、動作指令に加えて出力信号のフィードバックを受けてこれらの差を算出し、差が0になるようにスケジューリングルール部201で決められたゲインで機械装置200を制御する。
【0010】
このようなゲインスケジュール制御方法では、機械装置の運転状態と制御特性の関連性に基づいて、事前に制御系の調整ルール等を設計するため、広い変動範囲において高い制御性能を得ることが可能である。また、調整ルールは一般的に演算量が少ない。しかし、機械装置の運転状態と制御特性の関連性を詳細に把握しないと制御系の設計が行えない。とはいえ、ゲインスケジュール制御方法は高い制御性能を少ない演算コストで実現出来る有望な手法である。
【0011】
ゲインスケジュール制御装置に関連する技術がいくつかの特許文献に記載されている。
【0012】
特許文献1には、ロボットに対するゲインスケジュールコントローラに関する発明が記載されているが、設計演算が非常に複雑であり、ロボットのみに特化した手法である。
【0013】
特許文献2には、ジブクレーンに対するゲインスケジュールコントローラに関する発明が記されているが、設計演算が非常に複雑であり、ジブクレーンのみに特化した手法である。
【0014】
特許文献3には、オブザーバ制御演算装置に関する発明が記載されているが、制御対象の変動特性を、重力モーメントとバネ定数に限定した手法であることから、ロボット以外には適用し難い。また、制御特性を改善する為には制御ゲインも装置特性の変動に対して調整する必要があるが、特許文献3ではオブザーバのみを調整している為、制御特性の改善が限定的である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2003−340755号公報
【特許文献2】特開2005−67747号公報
【特許文献3】特開平8−249068号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明の主たる課題は、慣性や剛性、共振特性等が運転状況によって変動する機械装置に対するスケジューリング制御を簡便に実現できるようにしようとするものである。
【0017】
本発明の具体的な課題は、適応制御器によるゲイン導出機能を用いて、ゲインスケジュール制御器のスケジューリングルールを設計する、自動調整ゲインスケジュール制御装置及び制御手法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の第1の態様によれば、機械装置に指令入力を送るコントローラを有する制御装置であって、前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定と前記コントローラのゲインの調整を行う適応調整手段と、スケジューリングルールに基づいて前記コントローラのゲインを更新するスケジューリングルール部と、を有し、前記スケジューリングルール部は、前記適応調整手段の出力と、前記機械装置の運転状態量とに基づいて、前記コントローラのゲインの更新を行うことを特徴とするゲインスケジュール制御装置が提供される。
【0019】
第1の態様によるゲインスケジュール制御装置においては、前記適応調整手段を、前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定を行なう適応同定器と、同定された前記機械装置の運転特性と前記機械装置の制御特性に基づいて前記コントローラのゲインの調整を行うゲイン調整器とで構成することができる。
【0020】
本発明の第2の態様によれば、機械装置に指令入力を送るコントローラを有する制御装置であって、前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定を行なう適応同定器と、同定された前記機械装置の運転特性と前記機械装置の運転状態量とに基づいて前記機械装置の運動特性を決めるスケジューリングルール部と、前記スケジューリングルール部で決められた運動特性を受け、前記コントローラのゲインを決めるゲイン調整器と、を有することを特徴とするゲインスケジュール制御装置が提供される。
【0021】
本発明の第3の態様によれば、機械装置に指令入力を送るコントローラを有する制御装置に適用され、前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定と前記コントローラのゲインの調整を行う適応調整手段の結果を用いて、スケジューリングルールを生成することを特徴とするゲインスケジュール制御方法が提供される。
【0022】
第3の態様によるゲインスケジュール制御方法においては、前記スケジューリングルールは、前記機械装置の運転状態量と前記コントローラのゲインの関係を表していることが望ましい。
【0023】
本発明の第4の態様によれば、機械装置に指令入力を送るコントローラを有する制御装置に適用され、前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定を行なう適応同定器の結果を用いて、スケジューリングルールを生成することを特徴とするゲインスケジュール制御方法が提供される。
【0024】
第4の態様によるゲインスケジュール制御方法においては、前記スケジューリングルールは、前記機械装置の運転状態量と前記機械装置の運動特性の関係を表していることが望ましい。
【0025】
上記のゲインスケジュール制御方法においては、前記機械装置を低速で動作させ、同時に加振信号を重畳させながら、スケジューリングルールの基データを作成し、この基データから前記機械装置の運転状態量の近似多項式によるスケジューリングルールを生成することができる。
【0026】
上記のゲインスケジュール制御方法においては、前記機械装置を低速で動作させ、同時に加振信号を重畳させながら、スケジューリングルールの基データを作成し、この基データから代表点を複数選択し、選択した代表点間を補間した結果をスケジューリングルールとすることができる。
【0027】
上記のゲインスケジュール制御方法においては、前記機械装置の特徴的な動作状態を複数状態選定し、該機械装置を選定した各動作状態に設定して加振試験を行ってスケジューリングルールの基データを作成し、この基データを補間した結果をスケジューリングルールとすることができる。
【0028】
上記のゲインスケジュール制御方法においては、前記コントローラがフィルタ特性を持つ場合、スケジューリングルールにおけるコントローラのゲインは、フィルタの極と零点とすることができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明の制御装置及び制御方法によれば、ゲインスケジュール制御手法によって得られる高い制御性能を、適応制御器のような簡便な使用方法で実現することが可能である。また、機械装置が想定外の変動を起こす場合においても、適応制御器によって検出が可能であれば、検出した変動に応じてスケジューリングルールを変更することで対応出来るので、図9で説明したような固定のスケジューリングルール部によるゲインスケジュール制御手法よりもよりロバストな制御手法である。
【0030】
演算コストに関しては、ゲイン調整の応答性はスケジューリングルールによって得られる為、スケジューリングルールの自動調整演算は比較的遅い周期で実施することが可能となることで、演算コストを低減可能である。また、マルチプロセッサ化して負荷を分散する演算装置の構成でも容易に実現可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明によるゲインスケジュール制御装置の第1の実施形態の構成を示した図である。
【図2】本発明によるゲインスケジュール制御装置の第2の実施形態の構成を示した図である。
【図3】本発明によるゲインスケジュール制御装置の第3の実施形態の構成を示した図である。
【図4】本発明が適用される例である、スタッカクレーンの概略構成及びその制御モデルについて示した図である。
【図5】図4のスタッカクレーンにおけるマストの1次共振周波数の、昇降台高さと搬送する荷物重量に依存する変動について説明するための特性図である。
【図6】図4のスタッカクレーンにおけるマストの1次共振周波数の、スケジューリングマップの第1の例を示した特性図である。
【図7】図4のスタッカクレーンにおけるマストの1次共振周波数の、スケジューリングマップの第2の例を示した特性図である。
【図8】従来の適応制御方法を実現する適応制御系の概略構成例を示した図である。
【図9】従来のゲインスケジュール制御方法を実現するゲインスケジュール制御系の概略構成例を示した図である。
【図10】本発明をスタッカクレーンの制御モデルに適用した場合の制御系について構成例を示した図である。
【図11】本発明をスタッカクレーンの制御モデルに適用した場合の制御系について構成例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
図1を参照して、本発明による適応ゲインスケジューリング制御系(ゲインスケジュール制御装置)の第1の実施形態について説明する。
【0033】
図1において、本制御系は、駆動源としてのモータを含む機械装置10の入力信号(指令入力)及び出力信号(機械装置10における負荷の速度、位置等の運転状態量の検出出力)に基づいて機械装置10の運動特性を同定する適応同定器11、機械装置10の制御特性を受け、適応同定器11の同定結果(同定された運動特性)に基づいてコントローラゲインを決めるゲイン調整器12、機械装置10の運転状態量(負荷の速度、位置等)、ゲイン調整器12で決められたコントローラゲインを入力とし、スケジューリングルールに基づいてコントローラゲインを決めるスケジューリングルール部13、動作指令に加えて出力信号(負荷の速度、位置等の検出出力)のフィードバックを受けてこれらの差を算出し、差を0とするようにスケジューリングルール部13で決められたゲインで機械装置10(モータ)を制御するコントローラ14を含む。
【0034】
第1の実施形態では、スケジューリングルールは、機械装置10の運転状態量とコントローラゲインの関連を表し、スケジューリングルール部13は機械装置10の運転状態量が入力されるとそれに応じたコントローラゲインを出力する。スケジューリングルール部13からの出力は、コントローラ14におけるコントローラゲインの更新に用いられる。スケジューリングルールの生成には、ゲイン調整器12から得られるコントローラゲインを用いる。
【0035】
図2を参照して、本発明による適応ゲインスケジューリング制御系(ゲインスケジュール制御装置)の第2の実施形態について説明する。
【0036】
図2において、本制御系は、簡単に言えば、機械装置10の入力信号(指令入力)及び出力信号(負荷の速度、位置等の運転状態量の検出出力)に加えて制御特性を受ける適応調整器15に、図1で説明した適応同定器11とゲイン調整器12の機能を併せ持たせるようにしたものである。すなわち、適応調整器15は、同定とコントローラゲインの調整を同時に行うMRACS(Model Reference Adaptive Control System)の様な、いわゆるImplicit型の適応調整器である。図1に示された構成要素と同じ要素には同じ参照番号を付し、説明は省略する。
【0037】
第2の実施形態においても、スケジューリングルールは、機械装置10の運転状態量とコントローラゲインの関連を表し、スケジューリングルール部13は機械装置10の運転状態量が入力されるとコントローラゲインを出力する。スケジューリングルール部13からの出力は、コントローラ14におけるコントローラゲインの更新に用いられる。スケジューリングルールの生成には、上述した同定とコントローラゲインの調整を同時に行うMRACSの様なImplicit型の適応調整器15から得られるコントローラゲインを用いる。
【0038】
図3を参照して、本発明による適応ゲインスケジューリング制御系(ゲインスケジュール制御装置)の第3の実施形態について説明する。
【0039】
図3において、本制御系は、簡単に言えば、図1で説明したゲイン調整器12とスケジューリングルール部13の順番を入れ換えたものである。すなわち、機械装置10の入力信号(指令入力)及び出力信号(負荷の速度、位置等の運転状態量の検出出力)に基づいて機械装置10の運動特性を同定する適応同定器11、機械装置10の運転状態量(負荷の速度、位置等)を受け、適応同定器11の同定結果(同定された運動特性)に基づいて機械装置10の運動特性を決めるスケジューリングルール部13’、制御特性、スケジューリングルール部13’で決められた運動特性を受け、コントローラゲインを決めるゲイン調整器12’、ゲイン調整器12’で決められたコントローラゲイン、動作指令に加えて出力信号(検出出力)のフィードバックを受け、ゲイン調整器12’で決められたゲインに更新して機械装置10を制御するコントローラ14を含む。
【0040】
第3の実施形態では、スケジューリングルールは、機械装置10の運転状態量と機械装置10の運動特性の関連を表し、スケジューリングルール部13’は機械装置10の運転状態量が入力されると機械装置10の運動特性を出力する。スケジューリングルール部13’からの出力は、ゲイン調整器12’においてコントローラゲインの更新に用いられ、コントローラ14はコントローラゲインを更新する。スケジューリングルールの生成には、適応同定器11から得られる機械装置10の運動特性を用いる。
【0041】
以上の説明で理解できるように、本発明のポイントは、スケジューリングルールの生成方法にあり、図1〜図3における適応同定器11、ゲイン調整器12、12’、コントローラ14等は、図8で説明したような適応制御系における構成要素と同じものを用いることができる。ゲイン調整器、コントローラについては後で具体例を示す。
【0042】
スケジューリングルールの作成方法としては、以下の方法がある。
【0043】
(A)機械装置の実際の動作パターンを、低速で動作させ、動作中に加振信号を重畳させる。加振信号はどこにどう重畳させても良く、これは次の(B)においても同様である。この時、適応同定器のような逐次同定を行う同定器を用いることで、動作パターン(運転状態量)とコントローラゲイン、もしくは、動作パターン(運転状態量)と機械装置の運動特性、の相関特性を収集する。この相関特性を、運転状態量に関する多項式に近似し、これをスケジューリングルールとする。
【0044】
(B)機械装置の実際の動作パターンを、低速で動作させ、動作中に加振信号を重畳させる。この時、適応同定器のような逐次同定を行う同定器を用いることで、動作パターン(運転状態量)とコントローラゲイン、もしくは、動作パターン(運転状態量)と機械装置の運動特性、の相関特性を収集する。この相関特性から代表点を複数選択し、代表点を何らかの補間法(線形補間、双線形補間、スプライン補間、最近傍値補間)により補間した結果をスケジューリングルールとする。演算量と精度の関係から、線形補間が有力である。
【0045】
(C)機械装置の特徴的な動作状態を複数状態選定し、機械装置を各動作状態に設定して加振試験等を行う。加振試験のデータから同定器を用いて、各運転状態量とコントローラゲイン、もしくは、各運転状態量と装置運動特性、の相関特性を収集する。この複数状態の相関性データを用いて、何らかの補間法(線形補間、双線形補間、スプライン補間、最近傍値補間)により補間した結果をスケジューリングルールとする。演算量と精度の関係から、線形補間が有力である。
【0046】
なお、コントローラゲインに関するスケジューリングルールを生成し、且つ、コントローラがオブザーバや応答性モデルの様なフィルタ構造を持っている場合、フィルタゲインを補間によって求めると所望のフィルタ特性が得られないケースを生じることがある。所望のフィルタ特性が得られないとは、安定な2つのフィルタを補間して連続的に変化させようとする場合に、補間されたフィルタの特性が不安定になったりするケースである。この様な現象を回避する為、フィルタ構造を持つコントローラの場合には、フィルタ係数や状態空間行列ではなく、零点と極に対する補間を行って、フィルタを構成する。また、零点や極の数が偶数の場合には、全ての極は共役極であると見なして周波数と減衰係数で極と零点を表す。零点や極の数が奇数の場合には、1つの実極とを(?)残りの共役極と見なして周波数と減衰係数で極と零点を表す。なお、零点や極の数が変化する場合には、最大の零点や極の数を確認し、数が減る場合にはナイキスト周波数の極や零点であると考えて、上記の演算を行う。
【0047】
制御出力を求める演算においては、パルス伝達関数や状態方程式に変換するなどして実装しても良い。
【0048】
この様な処理によって、特許文献1、2の様な厳密な設計を行わなくても、コントローラゲインを動作状態に合わせて連続的に切り替えることが可能となる。
【0049】
(実施例)
実施例として、自動倉庫に用いられるスタッカクレーンの制御装置に対する構成例を示す。
【0050】
図4は、スタッカクレーンの概略装置構成とその設計に用いられるモデルの例を示す。このスタッカクレーンは、縦、横について格子状に区画された部分が荷物を保管するための棚になっている保管棚ランドが間隔をおいて複数併設されている保管倉庫のような場所において用いられる。この場合、スタッカクレーンは、保管棚ランドに沿ってその延在方向に床面上を走行する走行部20、走行部20上に垂直に伸びるように設けられたマスト21、マスト21をガイドにして昇降する昇降台22を備える。昇降台22は、指定された棚に対して荷物の出し入れを行なうために水平方向にスライド駆動される載置板23を有する。
【0051】
このようなスタッカクレーンにおいては、走行部20が走行動作すると、昇降台22及び昇降台22を支持するマスト21に振動が生じる。この振動が大きいと棚への荷物の出し入れに支障を来たすので、振動が収まるまで待つ必要がある。このような振動により、棚への荷物の出し入れ動作に待ち時間が生じると、スタッカクレーンとしてのタクトが悪化する為、振動を抑制しながら高い応答性が求められる。
【0052】
また、この振動現象は図4の右側の制御モデルに示すように、いわゆる2慣性共振に近似してコントローラを設計することが出来る。この2慣性共振モデルに対して、制振制御系を構成することで、低振動かつ高応答な動作制御が可能である。しかし、マスト21の高さが高い場合には、昇降台22がマスト21の下部にいる場合と、マスト21の上部にいる場合では、昇降台22とマスト21による振動特性が変化する。また、昇降台22の重量に対して搬送する荷物の重量が大きいと、荷物の有無によっても可動部慣性および振動特性が変化する。この様に、装置特性の変動が大きくなると、これまでの固定のコントローラでは、機械装置の動作状態全域にわたる制振性能が得られなくなる。
【0053】
また、スタッカクレーンでは、走行部20の特性変動に影響を与える動作状態である、昇降台22の位置と荷物重量は、マスト21における位置、昇降台22の支持力として、既に監視されており、これに基づいて走行部20の制振制御系のゲインをスケジューリングする。
【0054】
図5に示したのは、昇降台22の位置と荷物重量によるマスト21の1次共振周波数の変動のグラフである。荷物が軽く昇降台22の高さが低くなると1次共振周波数は上昇し、荷物が重く昇降台22の高さが高くなると1次共振周波数は低くなることが分かる。
【0055】
これに対して、昇降台22の高さと荷物重量の組合せの代表的な状態における1次共振周波数を、前述の様に適応同定によって同定し、代表点間を補間して生成したマップを図6、図7に示す。
【0056】
図6、図7を見ると、図5に示した1次共振周波数の変動の概要を表現できていることが分かる。また、図6と図7の様に、代表点の選択により、近似の精度が異なることが分かる。この代表点の選択は、機械装置の重要な動作状態はユーザが容易に定義し、選択することが可能である。
【0057】
図6、図7の様に、装置特性のスケジューリングマップを用いる場合には、図3の構成の制御系を用いて、機械装置の運転状態に応じた装置運動特性である、1次共振周波数などをゲイン調整器12’に入力する。ゲイン調整器12’は、装置運動特性が変動すると、それに基づいたコントローラゲインを算出し、コントローラ14のコントローラゲインを更新する。
【0058】
本発明をスタッカクレーンの制御モデルに適用した例を図10に示す。図10に示す通り、制御対象と、コントローラとが示されている。コントローラゲイン(ゲイン調整部)が、制御特性と、装置運動特性を受けて、コントローラのゲインを調整する。なお、装置運動特性は、装置の運転状態(スタッカクレーンの場合は、搬送荷物質量と、昇降台高さ)に基づいて決定される。しかし、制御対象が複雑になるにつれ、装置運動特性を演算するのが困難になることがある。その場合は、装置運動特性を線形的に演算する手法が考えられる。その手法は図11に示す通りである。具体的には装置運動特性を線形で表したものである。この場合は式が複雑ではないので、同定がより簡単になる。
【0059】
なお、図10は、図3に対応しているが、図1、図2のような制御系でも同様に、本発明の具体例を構築することができる。
【0060】
以上のような構成により、従来の適応制御手法では得られない、大きく早い装置運動特性の変動にも対応が可能な適応ゲインスケジューリング制御系を、容易に実現することが可能となる。
【0061】
また、従来のゲインスケジューリング制御系の設計方法は、特許文献1、2に示すように非常に複雑であり、ある動作状態における微調整を行おうとしても、全体の制御系を見直す必要が生じていた。これに対し、本発明の手法であれば、実際の機械装置に合わせた調整を容易に行うことが出来る。
【産業上の利用可能性】
【0062】
上記説明では、実施例として、スタッカクレーンのスケジューリング制御手法を示したが、様々な機械装置の運動制御や、加工等のプロセスに関する制御など、広く適用することが可能である。
【符号の説明】
【0063】
20 走行部
21 マスト
22 昇降台
23 支持板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械装置に指令入力を送るコントローラを有する制御装置であって、
前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定と前記コントローラのゲインの調整を行う適応調整手段と、
スケジューリングルールに基づいて前記コントローラのゲインを更新するスケジューリングルール部と、を有し、
前記スケジューリングルール部は、前記適応調整手段の出力と、前記機械装置の運転状態量とに基づいて、前記コントローラのゲインの更新を行うことを特徴とするゲインスケジュール制御装置。
【請求項2】
前記適応調整手段は、前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定を行なう適応同定器と、
同定された前記機械装置の運転特性と前記機械装置の制御特性に基づいて前記コントローラのゲインの調整を行うゲイン調整器と、を有することを特徴とする請求項1に記載のゲインスケジュール制御装置。
【請求項3】
機械装置に指令入力を送るコントローラを有する制御装置であって、
前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定を行なう適応同定器と、
同定された前記機械装置の運転特性と前記機械装置の運転状態量とに基づいて前記機械装置の運動特性を決めるスケジューリングルール部と、
前記スケジューリングルール部で決められた運動特性を受け、前記コントローラのゲインを決めるゲイン調整器と、
を有することを特徴とするゲインスケジュール制御装置。
【請求項4】
機械装置に指令入力を送るコントローラを有する制御装置に適用され、前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定と前記コントローラのゲインの調整を行う適応調整手段の結果を用いて、スケジューリングルールを生成することを特徴とするゲインスケジュール制御方法。
【請求項5】
前記スケジューリングルールは、前記機械装置の運転状態量と前記コントローラのゲインの関係を表していることを特徴とする請求項4に記載のゲインスケジュール制御方法。
【請求項6】
機械装置に指令入力を送るコントローラを有する制御装置に適用され、
前記機械装置の指令入力及び出力信号に基づいて前記機械装置の運動特性の同定を行なう適応同定器の結果を用いて、スケジューリングルールを生成することを特徴とするゲインスケジュール制御方法。
【請求項7】
前記スケジューリングルールは、前記機械装置の運転状態量と前記機械装置の運動特性の関係を表していることを特徴とする請求項6に記載のゲインスケジュール制御方法。
【請求項8】
前記機械装置を低速で動作させ、同時に加振信号を重畳させながら、スケジューリングルールの基データを作成し、この基データから前記機械装置の運転状態量の近似多項式によるスケジューリングルールを生成することを特徴とする請求項5又は7に記載のゲインスケジュール制御方法。
【請求項9】
前記機械装置を低速で動作させ、同時に加振信号を重畳させながら、スケジューリングルールの基データを作成し、この基データから代表点を複数選択し、選択した代表点間を補間した結果をスケジューリングルールとすることを特徴とする請求項5又は7に記載のゲインスケジュール制御方法。
【請求項10】
前記機械装置の特徴的な動作状態を複数状態選定し、該機械装置を選定した各動作状態に設定して加振試験を行ってスケジューリングルールの基データを作成し、この基データを補間した結果をスケジューリングルールとすることを特徴とする請求項5又は7に記載のゲインスケジュール制御方法。
【請求項11】
前記コントローラがフィルタ特性を持つ場合、スケジューリングルールにおけるコントローラのゲインは、フィルタの極と零点とする請求項8から10のいずれか1項に記載のゲインスケジュール制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−14031(P2011−14031A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−158990(P2009−158990)
【出願日】平成21年7月3日(2009.7.3)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】