説明

サイズ選択マイクロキャビティアレイを用いた循環腫瘍細胞の検出

【課題】血液を前処理することなくそのまま分析できる上に、血球の分離から染色、洗浄までを一貫して行うことができる循環腫瘍細胞(CTC)の検出技術を提供すること。
【解決手段】試料供給口と試料排出口、その間を連通するマイクロ流路が形成され、マイクロ流路の一部に相当する位置に開口窓が設けられた上部部材と;開口窓の下方に相当する位置に、CTC捕捉用の孔径、孔数、配置が制御された微細貫通孔を有するサイズ選択マイクロキャビティアレイと、それを保持する密封性シールからなるマイクロキャビティアレイ保持部と;サイズ選択マイクロキャビティアレイの下方に相当する位置に設けられた吸引用開口窓と吸引口を連通する吸引流路が形成された下部部材と;を備え、前記CTC捕捉用の微細貫通孔をニッケル基板や石英基板に形成したマイクロ流体デバイスを用いて、CTCを検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サイズ選択マイクロキャビティアレイ(size-selective microcavity array)を備えた、循環腫瘍細胞(Circulating tumor cell: CTC)を捕捉することができるマイクロ流体デバイスや、該マイクロ流体デバイスを用いたCTCの検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CTCはがん患者の末梢血流を循環する腫瘍細胞と定義され、原発腫瘍又は転移腫瘍から血管中へ浸潤した腫瘍細胞である。このCTCの検出は、転移性悪性腫瘍の早期発見の方法の一つとして近年注目されている(例えば、非特許文献1又は2参照)。その理由は、X線写真や血清中の腫瘍マーカー検出よりも低侵襲かつ正確に転移性悪性腫瘍の診断を行え、患者の予後予測や治療効果の指標として利用できる点にある。
【0003】
CTCは非常に稀少な細胞であり、転移性がん患者の血液に含まれる10〜10個の血液細胞の内、わずか1細胞程度しか存在しないことが知られている(例えば、非特許文献3又は4参照)。このため、末梢血から稀少なCTCを正確に検出するための技術開発に多大な努力が注がれている。これまでに開発されてきた主要な検出方法には、免疫組織化学法(例えば、非特許文献3参照)、PCR法(例えば、非特許文献5参照)、フローサイトメトリー法(例えば、非特許文献6参照)などがある。しかしながら、前述したようにCTCは非常に稀少な細胞であるため、血液をそのままこれらの検出方法に供することは出来ない。通常は前処理として、CTCの濃縮操作が必須であり、検出法に則したレベルまでCTC存在比を濃縮させる必要がある。
【0004】
CTCの濃縮方法として開発されてきた様々な手法の中で、最も広く利用されているのは、細胞表面の特異的抗原を標的とした腫瘍細胞の濃縮である。その多くは、上皮細胞接着分子(Epithelial cell adhesion molecule: EpCAM)に対するモノクローナル抗体を固定化した磁気微粒子を血液と混合した後、磁石を用いて腫瘍細胞を濃縮する方法をとっている(例えば、非特許文献7参照)。しかしながら、EpCAMの発現量は腫瘍のタイプに依存し、大きく変動することが知られている(例えば、非特許文献8又は9参照)。その他の方法では、細胞のサイズなどの形態を基準として濃縮する手法がある。白血球に比べてサイズが大きな上皮性腫瘍細胞をフィルトレーションによって選別する方法は、ISET法(Isolation by Size of Epithelial Tumor cells)と呼ばれている。ISETは、孔径8μmのポリカーボネートメンブレンフィルターを用いて血液をフィルトレーションするという簡便な手法であり、安価かつユーザーフレンドリーな手法である。ここで用いられているポリカーボネートメンブレンフィルターは、重イオンを照射した後、エッチングを行うトラックエッチングという手法によって、孔が形成されている。しかし、孔が比較的低密度であり、二つ又はそれ以上の孔が重なりあったりする問題があるため、CTCの捕捉に利用した場合、その捕捉効率は50〜60%とされている(例えば、非特許文献10参照)。よって、濃縮法が簡便かつ効率も良い手法は未だ開発されていない。
【0005】
CTCの検出を効率的かつ正確なものにするためには、濃縮と検出といった技術を首尾一貫して行うことが必要である。多段階のハンドリング操作、例えば細胞の染色、洗浄、分離、分注などの操作はCTCのロスを引き起こすため、可能な限りこれらの操作を避け、一体の検出装置中で分析が一貫して行える形が望ましい。Cellsearch(VeridexTM, Warren, PA)はCTC検出装置として唯一FDAの認可を受けた装置である。この装置では、全血に対し抗EpCAM抗体固定化磁気微粒子によるCTCの濃縮を行い、腫瘍細胞に対して免疫染色を行った後、自動化蛍光顕微鏡を用いて腫瘍細胞の計数が行われる(例えば、非特許文献11参照)。一方で、CTC検出のためにマイクロ流体デバイスの開発も行われている。Tonerらが開発したCTC検出用マイクロ流体デバイスはCTC−chipと呼ばれ(例えば、非特許文献12参照)、フォトリソグラフィーによって形成されたシリコン製の流路内に、円筒状構造物(マイクロポスト)が78000個構成されている。このマイクロポストには、抗EpCAM抗体がコーティングされており、本流路に血液を送液すると、血液中のCTCがマイクロポスト上に捕捉される。捕捉されたCTCに対して、上皮細胞マーカー(cytokeratin)をターゲットとした蛍光免疫染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて腫瘍細胞の計数が行われる。本装置は、手のひらに乗る小型デバイスでありながら、5mL以上の血液をそのまま分析に供することができるという大きな利点を持っている。実際に転移性がん患者血液からCTC検出を行っており、回収したCTCからチロシンキナーゼ阻害薬に対する耐性を生む変異を検出することが出来ている(例えば、非特許文献13参照)。CellsearchやCTC−chipを用いたCTC検出は転移性がん患者血液などの実サンプルを用いた実験が精力的に行われ実績を挙げているが、これらの手法は抗EpCAM抗体でCTCを濃縮するという原理になっている。そのため、CTC陰性又は弱陽性の腫瘍細胞は検出できないという問題点が挙げられる。
【0006】
その他のグループでは、腫瘍細胞のサイズと形態を指標として、CTCを検出するマイクロ流体デバイスが開発されている。これらのデバイスでは、その流路構造内にメンブレンマイクロフィルター(例えば、非特許文献14参照)や、三日月型の細胞捕捉ウェル(例えば、非特許文献15参照)、4段階の細さの流路(例えば、非特許文献16参照)を配して、血液中の血球細胞と腫瘍細胞をサイズによって選別し、腫瘍細胞を選択的に濃縮するものとしている。また、その流路を利用して、濃縮後の細胞に対して溶解などの操作を連続的に行うことが出来る。これらのデバイスを用いたモデル腫瘍細胞を用いた回収効率の評価実験においては、80%以上のCTC回収効率を得ている。しかしながら、この評価はあくまでモデル細胞を用いた実験で行われており、実際にCTC検出時に必要となる細胞の染色操作や洗浄操作といった要素技術項目については検討されていない。さらに、がん患者血液などの実サンプルを用いた実験は行われておらず、実際にCTC検出に利用できるかどうかは明らかにされていない。
【0007】
他方、本発明者らは、試料中に含まれる細胞を1細胞レベルで捕捉することができる単一細胞捕捉用のマイクロ流路デバイスや、かかるマイクロ流路デバイスを用いた試料中に含まれる細胞を1細胞レベルで分離・捕捉する方法や、前記マイクロ流路デバイスを利用した単一細胞の遺伝子発現の定量的解析方法について提案している(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2009−0016842
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Pantel K, Brakenhoff RH, Brandt B. 2008. Detection, clinical relevance and specific biological properties of disseminating tumour cells. Nat Rev Cancer 8(5):329-40.
【非特許文献2】Paterlini-Brechot P, Benali NL. 2007. Circulating tumor cells (CTC) detection: clinical impact and future directions. Cancer Lett 253(2):180-204.
【非特許文献3】Cristofanilli M, Budd GT, Ellis MJ, Stopeck A, Matera J, Miller MC, Reuben JM, Doyle GV, Allard WJ, Terstappen LW and others. 2004. Circulating tumor cells, disease progression, and survival in metastatic breast cancer. N Engl J Med 351(8):781-91.
【非特許文献4】Ross AA, Cooper BW, Lazarus HM, Mackay W, Moss TJ, Ciobanu N, Tallman MS, Kennedy MJ, Davidson NE, Sweet D and others. 1993. Detection and viability of tumor cells in peripheral blood stem cell collections from breast cancer patients using immunocytochemical and clonogenic assay techniques. Blood 82(9):2605-10.
【非特許文献5】Schroder CP, Ruiters MH, de Jong S, Tiebosch AT, Wesseling J, Veenstra R, de Vries J, Hoekstra HJ, de Leij LF, de Vries EG. 2003. Detection of micrometastatic breast cancer by means of real time quantitative RT-PCR and immunostaining in perioperative blood samples and sentinel nodes. Int J Cancer 106(4):611-8.
【非特許文献6】Moreno JG, O'Hara SM, Gross S, Doyle G, Fritsche H, Gomella LG, Terstappen LW. 2001. Changes in circulating carcinoma cells in patients with metastatic prostate cancer correlate with disease status. Urology 58(3):386-92.
【非特許文献7】Allard WJ, Matera J, Miller MC, Repollet M, Connelly MC, Rao C, Tibbe AG, Uhr JW, Terstappen LW. 2004. Tumor cells circulate in the peripheral blood of all major carcinomas but not in healthy subjects or patients with nonmalignant diseases. Clin Cancer Res 10(20):6897-904.
【非特許文献8】Gastl G, Spizzo G, Obrist P, Dunser M, Mikuz G. 2000. Ep-CAM overexpression in breast cancer as a predictor of survival. Lancet 356(9246):1981-2.
【非特許文献9】Went PT, Lugli A, Meier S, Bundi M, Mirlacher M, Sauter G, Dirnhofer S. 2004. Frequent EpCam protein expression in human carcinomas. Hum Pathol 35(1):122-8.
【非特許文献10】Rostagno P, Moll JL, Bisconte JC, Caldani C. 1997. Detection of rare circulating breast cancer cells by filtration cytometry and identification by DNA content: sensitivity in an experimental model. Anticancer Res 17(4A):2481-5.
【非特許文献11】Riethdorf S, Fritsche H, Muller V, Rau T, Schindlbeck C, Rack B, Janni W, Coith C, Beck K, Janicke F and others. 2007. Detection of circulating tumor cells in peripheral blood of patients with metastatic breast cancer: a validation study of the CellSearch system. Clin Cancer Res 13(3):920-8.
【非特許文献12】Nagrath S, Sequist LV, Maheswaran S, Bell DW, Irimia D, Ulkus L, Smith MR, Kwak EL, Digumarthy S, Muzikansky A and others. 2007. Isolation of rare circulating tumour cells in cancer patients by microchip technology. Nature 450(7173):1235-9.
【非特許文献13】Maheswaran S, Sequist LV, Nagrath S, Ulkus L, Brannigan B, Collura CV, Inserra E, Diederichs S, Iafrate AJ, Bell DW and others. 2008. Detection of mutations in EGFR in circulating lung-cancer cells. N EnglJ Med 359(4):366-77.
【非特許文献14】Zheng S, Lin H, Liu JQ, Balic M, Datar R, Cote RJ, Tai YC. 2007. Membrane microfilter device for selective capture, electrolysis and genomic analysis of human circulating tumor cells. J Chromatogr A 1162(2):154-61.
【非特許文献15】Tan SJ, Yobas L, Lee GY, Ong CN, Lim CT. 2009. Microdevice for the isolation and enumeration of cancer cells from blood. Biomed Microdevices 11(4):883-92.
【非特許文献16】Mohamed H, Murray M, Turner JN, Caggana M. 2009. Isolation of tumor cells using size and deformation. J Chromatogr A 1216(47):8289-95.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、血液を前処理することなくそのまま分析できる;血球の分離から染色、洗浄までを一貫して行える;装置自体が小型で安価である;CTCの回収原理がEpCAMなどの表面抗原に依らないこと;等の特徴を有するCTCの検出技術として非常に強力なツールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討し、従来の磁気分離法によるCTC回収に問題点が多いことから(後述の比較例参照)、腫瘍細胞の選択的な捕捉を可能とするサイズ選択マイクロキャビティアレイを開発し、血液からのCTC検出への応用を目指した。血液のフィルトレーションによってCTCを検出する原理はISET法と共通しているが、市販のメンブレンフィルターとは異なり、マイクロキャビティアレイの孔径、孔数、配置を正確に制御することができる、電鋳技術を用いてニッケル基板に形成されたCTC捕捉用の微細貫通孔を有するサイズ選択マイクロキャビティアレイや、レーザー技術を用いて石英基板に形成されたCTC捕捉用の微細貫通孔を有するサイズ選択マイクロキャビティアレイを構築した。また、マイクロ流体デバイス内にマイクロキャビティアレイを配することで、血液からのCTCの濃縮に始まり、染色や洗浄のプロセスを一つのデバイス内で一貫して行うことが可能となることを見いだし、また、CTCが高密度に形成されたマイクロキャビティアレイ上に捕捉されるため、自動化蛍光顕微鏡などを用いて迅速に計数することができることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、(1)サイズ選択マイクロキャビティアレイにより血液試料中に含まれる循環腫瘍細胞(CTC)を捕捉することができるマイクロ流体デバイスであって、試料供給口と試料排出口、及び試料供給口と試料排出口を連通するマイクロ流路が形成され、マイクロ流路の一部に相当する位置にサイズ選択マイクロキャビティアレイ用開口窓が設けられた上部部材と;前記上部部材の開口窓の下方に相当する位置に、CTC捕捉用の孔径、孔数、配置が制御された微細貫通孔を有するサイズ選択マイクロキャビティアレイと、該サイズ選択マイクロキャビティアレイを保持する密封性シールからなるマイクロキャビティアレイ保持部と;前記サイズ選択マイクロキャビティアレイの下方に相当する位置に設けられた吸引用開口窓と、前記吸引用開口窓と吸引口を連通する吸引流路が形成された下部部材と;を備えていることを特徴とするマイクロ流体デバイスに関する。
【0013】
また本発明は、(2)マイクロキャビティアレイ保持部が、2〜3枚のサイズ選択マイクロキャビティアレイと,各サイズ選択マイクロキャビティアレイを保持する密封性シールからなる多層に形成され、上層から下層に向かって、サイズ選択マイクロキャビティアレイに設けられた貫通孔の孔径が小さくなっていることを特徴とする上記(1)記載のマイクロ流体デバイスや、(3)サイズ選択マイクロキャビティアレイが、孔径5μm〜20μmから選ばれる微細貫通孔を有するマイクロキャビティアレイであることを特徴とする上記(1)又は(2)記載のマイクロ流体デバイスや、(4)サイズ選択マイクロキャビティアレイが、孔径8μm又は10μmから選ばれる微細貫通孔を有し、孔の中心間距離60μm、100×100の10,000孔をアレイ状に配したマイクロキャビティアレイであることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれか記載のマイクロ流体デバイスや、(5)サイズ選択マイクロキャビティアレイのCTC捕捉用の微細貫通孔が、電鋳技術を用いてニッケル基板に形成されたものであることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載のマイクロ流体デバイスや、(6)サイズ選択マイクロキャビティアレイのCTC捕捉用の微細貫通孔が、レーザー技術を用いて石英基板に形成されたものであることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれか記載のマイクロ流体デバイスや、(7)上部部材が、試料供給口及び試料排出口が形成され、下面に試料供給口と試料排出口を連通するマイクロ流路形成用の溝が設けられたプラスチック製平板からなる上部基板と、前記上部基板と協働してマイクロ流路を形成するとともに、マイクロ流路の一部に相当する位置にサイズ選択マイクロキャビティアレイ用開口窓が設けられたプラスチック製上部平板とから構成されていることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれか記載のマイクロ流体デバイスや、(8)下部部材が、サイズ選択マイクロキャビティアレイの下方に相当する位置に吸引用開口窓が設けられたプラスチック製下部平板と、表面に吸引口が形成され、上面に前記下部平板と協働して前記吸引用開口窓と吸引口を連通する吸引流路形成用の溝が設けられたプラスチック製平板からなる下部基板とから構成されていることを特徴とする上記(1)〜(7)のいずれか記載のマイクロ流体デバイスや、(9)吸引口がペリスタルティックポンプに接続されていることを特徴とする上記(1)〜(8)のいずれか記載のマイクロ流体デバイスや、(10)上記(1)〜(9)のいずれか記載のマイクロ流体デバイスを用いることを特徴とする循環腫瘍細胞(CTC) の検出方法や、(11)血液を前処理することなくそのまま試料として使用することを特徴とする上記(10)記載のCTCの検出方法や、(12)血液導入速度を200〜1000μL/minとすることを特徴とする上記(10)又は(11)記載のCTCの検出方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、血液を前処理することなくそのまま分析できる;血球の分離から染色、洗浄までを一貫して行える;装置自体が小型で安価である;CTCの回収原理がEpCAMなどの表面抗原に依らないこと;等の特徴を有する、CTCを捕捉することができるサイズ選択マイクロキャビティアレイを備えたマイクロ流体デバイスや、該マイクロ流体デバイスを用いたCTCの検出方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】サイズ選択マイクロキャビティアレイによるCTC検出原理を示す図である。
【図2】サイズ選択マイクロキャビティアレイを配したCTCを回収する本発明のマイクロ流体デバイスの概要を示す図である。
【図3】本発明のサイズ選択マイクロキャビティアレイが積層されたマイクロ流体デバイスの概要を示す図である。
【図4】本発明のサイズ選択マイクロキャビティアレイが積層されたマイクロ流体デバイスの使用状態を示す図である。
【図5】サイズ選択マイクロキャビティアレイ(ニッケル基板)の模式図である。
【図6】孔径サイズが10μmのサイズ選択マイクロキャビティアレイ(ニッケル基板)の顕微鏡写真を示す図である。
【図7】血液導入速度とCTC回収率の関係性を示す図である。
【図8】サイズ選択マイクロキャビティアレイ(ニッケル基板)上に捉えられたNCI−H358細胞及び白血球細胞の蛍光顕微鏡写真を示す図である。
【図9】本発明のマイクロ流体デバイス(ニッケル基板)における、モデルCTCの検出効率評価に関する結果を示す図である。
【図10】本発明のマイクロ流体デバイス(ニッケル基板)における、MCF−7,NCI−H358,AGS,SW620の各細胞株を用いて行ったCTC検出実験の結果を示す図である。
【図11】MCF−7,NCI−H358,AGS,SW620の各細胞のサイズ分布を示す図である。
【図12】本発明のマイクロ流体デバイスを用いて、サイズ選択マイクロキャビティアレイ(石英基板)上に補足したNCI−H358細胞(肺がん細胞)の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明のマイクロ流体デバイスとしては、試料供給口と試料排出口、及び試料供給口と試料排出口を連通するマイクロ流路が形成され、マイクロ流路の一部に相当する位置にサイズ選択マイクロキャビティアレイ用開口窓が設けられた上部部材と;前記上部部材の開口窓の下方に相当する位置に、CTC捕捉用の孔径、孔数、配置が制御された微細貫通孔を有するサイズ選択マイクロキャビティアレイと、該サイズ選択マイクロキャビティアレイを保持する密封性シールからなるマイクロキャビティアレイ保持部と;前記サイズ選択マイクロキャビティアレイの下方に相当する位置に設けられた吸引用開口窓と、前記吸引用開口窓と吸引口を連通する吸引流路が形成された下部部材と;を備え、サイズ選択マイクロキャビティアレイにより血液試料中に含まれるCTCを捕捉することができる装置であれば特に制限されないが、前記上部部材とマイクロキャビティアレイ保持部と下部部材とが装脱着可能に構成され、かつ、前記サイズ選択マイクロキャビティアレイが交換可能に構成されているマイクロ流体デバイスを好適に例示することができる。ここでサイズ選択マイクロキャビティアレイを備えたCTC検出の原理を図1に示す。
【0017】
上記マイクロキャビティアレイ保持部を単層で構成し(図2参照)、孔径の異なるサイズ選択マイクロキャビティアレイを順次交換してCTCを検出することもできるが、マイクロキャビティアレイ保持部を、上層から下層に向かって、サイズ選択マイクロキャビティアレイに設けられた貫通孔の孔径が、例えば15μm,10μm,5μmへと、あるいは10μmから8μmへと順次小さくなっている2〜3枚のサイズ選択マイクロキャビティアレイと,各サイズ選択マイクロキャビティアレイを保持する密封性シールからなる多層に形成した積層マイクロ流体デバイスを好適に例示することができる(図3参照)。かかる多層に形成したマイクロ流体デバイスを用いたCTC検出の概念図を図4として示す。
【0018】
上記サイズ選択マイクロキャビティアレイとしては、電鋳技術を用いてニッケル基板に形成されたCTC捕捉用の微細貫通孔を有するものや、レーザー技術を用いてガラス基板、好ましくは石英基板に形成されたCTC捕捉用の微細貫通孔を有するものを好適に例示することができる。かかるサイズ選択マイクロキャビティアレイ(ニッケル基板)の模式図を図5に、また、孔径サイズが10μmのサイズ選択マイクロキャビティアレイ(ニッケル基板)の顕微鏡写真を図6に示す。電鋳技術を用いてニッケル基板に微細貫通孔を形成させることにより、CTC捕捉用の孔径、孔数、配置が制御された微細貫通孔を形成することができる。CTC捕捉用の孔径としては、5μm,8μm,10μm,15μm,20μmなど通常孔径5μm〜20μmから選ぶことができ、孔数としては1000個以上、好ましくは3000個以上、より好ましくは5000個以上、中でも100×100の10,000孔から100,000孔程度が特に好ましい。また、配置としては等間隔に設けることが好ましく、孔の中心間距離は20μm以上とすることができ、例えば、孔径が8μmや10μmの場合、孔の中心間距離を60μm程度とすることができる。
【0019】
上記密封性シールとしては、サイズ選択マイクロキャビティアレイと上部部材や下部部材との間、あるいはサイズ選択マイクロキャビティアレイ同士を密封しうるものであれば特に制限されず、ゴム製やプラスチック製の市販のシール部材を用いることができる。
【0020】
上記上部部材としては、試料供給口及び試料排出口が形成され、下面に試料供給口と試料排出口を連通するマイクロ流路形成用の溝が設けられたプラスチック製平板からなる上部基板と、前記上部基板と協働してマイクロ流路を形成するとともに、マイクロ流路の一部に相当する位置にサイズ選択マイクロキャビティアレイ用開口窓が設けられたプラスチック製上部平板とから構成されている部材を、製作や組立ての容易さから好適に挙げることができる。
【0021】
前記上部基板としては、表面(上面又は側面)に試料供給口及び試料送出口が形成され、下面に試料供給口と試料送出口を連通するマイクロ流路形成用の溝が設けられたプラスチック製の平板を例示することができ、上面は多少曲面となっていてもよく、また、下面は前記上部平板の上面と液密に積層しうる限り多少曲面となっていてもよいが、上下面とも水平面からなる平板が加工の簡便さの点で好ましい。マイクロ流路形成用の溝は、細胞の付着防止の点から、曲面状の内面となる溝、例えば半円筒状(断面半円弧状)の内面溝や断面が矩形の角形溝を好適に例示することができる。上記試料供給口に試料を供給するため、試料供給ポンプ等の試料供給手段が試料供給ラインを介して接続されている。さらに試料供給ラインのうち試料供給ポンプの上流には、試料供給バルブ及び試料貯留槽が上流側から下流側に向って順次接続しておくこともできる。また、上記試料送出口には、試料送出ポンプ等の試料送出手段が試料送出ラインを介して接続しておいてもよく、単に試料送出バルブを取付けておくこともできる。上記試料供給ポンプや試料送出ポンプとしては、チューブポンプもしくはプランジャポンプ等の微小流量を制御可能なマイクロポンプを具体的に例示することができる。
【0022】
前記上部平板としては、上記の上部基板と協働してマイクロ流路を形成するとともに、マイクロ流路の一部に相当する位置にサイズ選択マイクロキャビティアレイ用開口窓が設けられたプラスチック製上部平板を例示することができ、上部基板と協働してマイクロ流路を形成するため、上部基板に設けられたマイクロ流路形成用の溝に相当する上面位置に、マイクロ流路形成用の溝、例えば半円筒状(断面半円弧状)の内面溝を設けることもできるが、上面を平面としてマイクロ流路を形成することもできる。また、サイズ選択マイクロキャビティアレイ用開口窓は、サイズ選択マイクロキャビティアレイの全面が露出する大きさのものが好ましく、窓の形状は円形、正方形等の矩形、三角形、楕円、角丸四角形などを具体的に例示することができる。
【0023】
上記下部部材としては、サイズ選択マイクロキャビティアレイの下方に相当する位置に吸引用開口窓が設けられたプラスチック製下部平板と、表面に吸引口が形成され、上面に前記下部平板と協働して前記吸引用開口窓と吸引口を連通する吸引流路形成用の溝が設けられたプラスチック製平板からなる下部基板とから構成されている部材を、製作や組立ての容易さから好適に挙げることができる。
【0024】
前記プラスチック製下部平板としては、サイズ選択マイクロキャビティアレイの下方に相当する位置に吸引用開口窓が設けられ、前記下部基板と協働して吸引流路を形成しうる平板であれば特に制限されず、吸引用開口窓の形状も特に制限されないが、通常円形として構成される。この下部平板は、減圧吸引条件下に、前記サイズ選択マイクロキャビティアレイと下部基板との隙間を気密に維持しうる平板形状に構成されている。
【0025】
前記下部基板としては、表面に吸引口が形成され、上面に前記下部平板と協働して前記吸引用開口窓と吸引口を連通する吸引流路形成用の溝が設けられたプラスチック製平板からなるものであれば特に制限されず、吸引口は減圧吸引手段に連結され、サイズ選択マイクロキャビティアレイ上の試料液は、微細貫通孔、吸引用開口窓、吸引流路、吸引口を順次経由して排出される。吸引口にはペリスタルティックポンプに接続しておくことが好ましい。この吸引時には、前記上部基板の試料送出口の下流の試料送出バルブを閉塞しておくこともできる。また、下部基板の片側に、下から順次下部平板、サイズ選択マイクロキャビティアレイ、上部平板、上部基板を積層したときと同じ高さとなるような段差部を設けておくことが好ましい。このような段差部を設けることにより、減圧吸引時に下部基板上に下部平板、サイズ選択マイクロキャビティアレイ、上部平板、上部基板を安定に積層載置することができ、吸引圧によりこれら平板を互いにボルト等により固着することなく、しっかりと固定することができ、逆に、減圧解放時には簡便にこれら平板を互いにとり外すことができる。
【0026】
前記上部基板、上部平板、下部平板、下部基板の材質としては、硬質のプラスチックが好ましく、これらは同じ材質でも異なる材質でも特に制限されず、PDMS(poly-dimethylsiloxisane)、PMMA(Poly(methyl methacrylate))、PC、硬質ポリエチレン製等のプラスチック平板を例示することができるが、密封性シールとの密着性の点でPDMSが好ましい。
【0027】
前記マイクロ流路の内面、好ましくはマイクロ流路の内面に加えてサイズ選択マイクロキャビティアレイの上面を非イオン性界面活性剤であらかじめ処理しておくことが、マイクロ流路内面への細胞の付着を防除する上で好ましい。この非イオン性界面活性剤処理に先だって、表面プラズマ処理をすることがより好ましい。陰イオン界面活性剤を用いて表面を被覆することにより、表面電位が負に帯電している微生物の吸着を防除することはできるが、細胞は十分に防除することができず、非イオン性界面活性剤で処理する必要がある。かかる非イオン性界面活性剤としては、ブロックポリマー型エーテル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ショ糖脂肪酸エステル(シュガーエステル)、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルを例示することができるが、ブロックポリマー型エーテル、特にポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー型非イオン性界面活性剤が好ましい。上記ブロックポリマー型エーテルとしては、例えば、ポリオキシエチレン(196)ポリオキシプロピレン(67)グリコール(プルロニックF127)、ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコール(プルロニックF68)、ポリオキシエチレン(42)ポリオキシプロピレン(67)グリコール(プルロニックP123)、ポリオキシエチレンオキシプロピレンセチルエーテル(20E.O 4P.O)を挙げることができる。ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油としては、例えば、水素添加ヒマシ油ポリオキシエチレンエーテル、ポリオキシエチレン水素添加ヒマシ油等を挙げることができる。ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルとしては、例えば、ポリソルベート40(ツイーン40)、ポリソルベート60(ツイーン60)、ポリソルベート65、ポリソルベート80(ツイーン80)、モノラウリン酸ポリオキシエチレンソルビタン(20E.O)を挙げることができる。例えば、プルロニックF127などのポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー型非イオン性界面活性剤を用いる場合、その濃度は0.5〜10%、好ましくは1〜5%程度である。
【0028】
また、本発明のCTCの検出方法としては、上記本発明のマイクロ流体デバイスを用いてCTCの検出を行う方法であれば特に制限されず、血液を前処理することなくそのまま試料として使用することが好ましい。また、血液導入速度を200〜1000μL/minとすることがCTC回収率を高める点で好ましい。サイズ選択マイクロキャビティアレイ上に捕捉されたCTCに対する検出は、FITCやPEで標識された抗EpCAM抗体等のCTC特異的な抗体を用いて蛍光染色して蛍光顕微鏡等により観察することにより行うことができる。また、光学顕微鏡を用いて明視野観察を行う場合には、パパニコロウ染色やギムザ染色を行うことで細胞内の核、細胞質等の形態的特徴を指標としてCTC検出を行うことが出来る。特に、捕捉したCTCを長期的に観察する際には、光学顕微鏡を用いて明視野観察することが望ましい。
【0029】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
(ニッケル基板)
[試薬及び器具]
培地としてRPMI−1640,DMEM,MEMをSIGMAより購入した。これに、56℃で30分間加熱処理することで非動化した10%ウシ胎仔血清(Fetal Bovine Serum)、1%ペニシリン−ストレプトマイシンを抗生物質として添加し培養に用いた。MEMには10%ウシ胎仔血清、0.1mM非必須アミノ酸、2mM L−グルタミン、1mMピルビン酸ナトリウム、0.01mg/mLウシのインシュリン、1.5mg/mL重炭酸{じゅうたんさん}ナトリウムを添加し培養に用いた。細胞の染色に用いたFITC標識−抗CD45抗体及びPE標識−抗EpCAM抗体はBD bioscienceより購入した。Hoechst 33342はMolecular probeより購入したものを利用した。実験には蒸留水又は超純水を用い、その他の試薬類は、すべて市販特級品又はそれに準じたものを使用した。細胞の懸濁,洗浄にはPBS(2mM EDTA,0.5% BSA)を用いた。
【0031】
[サイズ選択マイクロキャビティアレイの作製]
マイクロキャビティアレイを加工するための基板としてニッケル基板(18×18mm,厚さ35μm)を使用した。マイクロキャビティアレイを介して血液を直接送液し、血中のCTCのみを選択的にマイクロキャビティ上に捕捉するため、血球成分のサイズとフィルトレーションに関する文献等の値から、マイクロキャビティアレイの孔径サイズは8〜11μmとした。ニッケル基板の加工に関しては、オプトニクス精密株式会社に依頼し、電鋳技術を用いてニッケル基板に貫通孔を加工した。孔の中心間距離を60μmとし、合計で100×100の10,000孔をアレイ状に配したものを設計した。図5にはサイズ選択マイクロキャビティアレイの模式図を、図6には孔径サイズが10μmのサイズ選択マイクロキャビティアレイの顕微鏡写真(×1000)をそれぞれ示す。さらに、PDMSマイクロ流路によりマイクロキャビティアレイ基板を挟み込む形式でのCTC回収装置を設計した。シリコンチューブ(0.5×1mm)からなるインレット(試料供給口),アウトレット(試料排出口)を配した上部流路と、吸引ラインを配した下部流路を作製した。これらのPDMSマイクロ流路をマイクロキャビティアレイに対して、in situ PCR slide seal(TAKARABIO)を介して貼り付けた。これらのPDMSからなる構造体は、その型をCAD−CAMMを用いてPMMAを切削することにより鋳型を作製し、この型にPDMSを注入し、加熱硬化させたものを使用した。CTC回収装置は、シリンジを加工したリザーバーにインレットを接続し、下部流路をぺリスタルティックポンプに接続し、コンピューター制御式電動ステージを配した正立顕微鏡下に設置して使用した。図2には、サイズ選択マイクロキャビティアレイを配したCTCを回収するマイクロ流体デバイスの概要が示され、図2aはCTC回収マイクロ流体デバイスの模式図が、図2bには血液導入の様子が、それぞれ示されている。
【0032】
本発明のマイクロ流体デバイスを用いたCTC回収の手順は以下の通りである。1)血液を(適宜希釈し)マイクロキャビティアレイを配したCTC回収装置に導入する。2)血球細胞はマイクロキャビティアレイを通り抜けさせ、サイズが大きな腫瘍細胞のみをマイクロキャビティアレイ上に捕捉する。3)染色液を同じようにマイクロキャビティアレイを介して送液し、マイクロキャビティアレイ上の腫瘍細胞又は白血球を蛍光免疫染色する。4)マイクロキャビティアレイ上の細胞の蛍光観察像を取得して、免疫表現型から腫瘍細胞を同定し、その数をカウントする。これらの操作を連続的に行うためにマイクロキャビティアレイに接続するマイクロ流路を作製した。上部流路のインレットは、シリンジを加工したリザーバーに接続し、このリザーバーに順次、サンプルや試薬を投入していくことで、細胞の捕捉や染色・洗浄を連続的に容易に行えるようにした。
【0033】
[動物細胞の培養及び蛍光染色]
NCI−H358細胞、AGS細胞、SW620細胞はRPMI−1640培地を用いて37℃,5%CO濃度下で静置培養した。培養3〜4日後、培地をピペッティングにより除去し、PBS(pH7.2)で洗浄を行った後、0.2%トリプシン/0.02%EDTAを添加し、COインキュベーター内で3〜5分間インキュベートした。検鏡し細胞がディッシュから剥離していることを確認した後に、血清入り培地を加えトリプシン作用を止めてピペッティングし、細胞を回収した。回収した細胞は遠心後(1200rpm,3min)、上清を除去して新鮮培地に再懸濁し、培地をピペッティングにより全て回収した。トリパンブルーを用いた色素排除法により生細胞数を計数し、1×10cells/mLに調製後、新しいディッシュに播種した。MCF−7細胞はMEM培地を用いて37℃,5%CO濃度下で静置培養した。培養後の操作は他の細胞と同様である。
【0034】
また、細胞捕捉実験に用いる細胞として、1.5mLチューブに1mLの培地を回収した。回収した細胞はリン酸緩衝液(PBS,pH7.4)で遠心洗浄(200g,5min)を3回繰り返した後にPBSに再懸濁した。その後、5μM CellTracker Red CMTPX(Molecular Probes)を添加し、30分間インキュベーションすることにより細胞を蛍光染色した。染色後、上記と同様の方法で遠心洗浄を行い、過剰な蛍光色素を取り除き、細胞捕捉実験に用いる蛍光染色細胞を調製した。また、モデル腫瘍細胞の回収効率評価実験には、ヘパリン含有真空採血管に採血した健常者血液に10〜100個の腫瘍細胞を混合させたサンプルを用いた。
【0035】
[サイズ選択マイクロキャビティアレイを用いた細胞捕捉・循環腫瘍細胞検出操作]
リザーバーにPBS(2mM EDTA,0.5% BSA)1mLを導入し、マイクロキャビティアレイ上をPBSで満たしてから、ぺリスタルティックポンプを介して200μL/minで送液を開始した。約5分後、リザーバーに1mLの血液サンプルを導入した。約5分後、血球成分を流しきるために、リザーバーに2mLのPBS(2mM EDTA,0.5% BSA)を導入した。約10分後、ポンプ流速を20μL/minに変更し、リザーバーに600μLの細胞染色液(PE標識抗EpCAM抗体、FITC標識抗CD45抗体、Hoechst 33342(0.5μg/mL))を導入した。マイクロキャビティアレイ上に捕捉された細胞に対して30分間染色を行った後、リザーバーに1mLのPBS(2mM EDTA,0.5% BSA)を導入して細胞の洗浄を行った。15分間以上の洗浄を行った後に、蛍光顕微鏡観察を行った。
【0036】
マイクロキャビティアレイ上に捕捉・回収された全ての細胞を観察するためにアレイ全体の撮像を行った。これにはコンピューター制御式電動ステージ、冷却デジタルカメラ(DP70;Olympus)を装備した蛍光顕微鏡(BX61; Olympus)を用い、DAPI、FITC、PE由来の蛍光を観察するためにWU、NIBA及びCy3フィルターを用いてそれぞれ画像を取得した。画像取得及び解析ソフトウェアにはLumina Vision(Mitani Corporation)を用いた。
【0037】
[サイズ選択マイクロキャビティアレイを用いた循環腫瘍細胞回収の検討結果]
はじめに、作製したサイズ選択マイクロキャビティアレイを用いて、1mLの血液を目詰まりなく送液することが出来るかを検討した。流速は、200μL/minとした。これまで用いてきた孔径2μmのマイクロキャビティアレイを用いて、血液を送液した場合、すぐさま目詰まりが起こった。一方、サイズ選択マイクロキャビティアレイを用いた場合では、スムーズな送液を行うことができ、血液1mLを送液した後、バッファーを送液することで、マイクロキャビティアレイ上を綺麗に洗い流すことができた。
【0038】
次に、孔径を大きくしたサイズ選択マイクロキャビティアレイを用いて、腫瘍細胞を通り抜けさせずにマイクロキャビティアレイ上に捉えられるかを検討した。ここでは、NCI−H358細胞をモデル細胞として用い、細胞100個をPBS1mLに懸濁したものをサンプルとした。ポンプ流速を変化させた場合に、どれだけ細胞をマイクロキャビティアレイ上に回収できるかを検討した。血液導入速度とCTC回収率の関係性を図7に示す。流速は200〜2000μL/minまで変化させたが、1000μL/min以下の流速であれば、90%近い回収効率を得られることが分かった。ポンプ流速をこれ以上に上げると、マイクロキャビティアレイ上に気泡が発生するなどの問題が起こることがあり、回収率は減少した。また、試行間誤差が大きくなるという問題もあることが分かった。よって、以後の実験では、1000μL/min以下の流速で血液導入と腫瘍細胞回収を行うこととした。
【0039】
これまでに報告されているマイクロ流体デバイス型のCTC検出装置では、血液の送液速度は10〜300μL/minとされている(Nagrath et al. 2007; Tan et al. 2009)。よって、サイズ選択マイクロキャビティアレイが可能とするサンプル導入速度はこれらに比較して圧倒的に早いということが言える。血液サンプルの状態は採血時から時間が経つほど悪化していくことが考えられ、CTCの回収及び検出に与える影響も懸念される。よって、迅速な処理は検出精度を上げる目的でも重要な役割を果たすと考えられ、これは本装置の大きな利点と考えられる。
【0040】
[モデル腫瘍細胞の回収効率の評価]
サイズ選択マイクロキャビティアレイを用いたCTCの回収効率を評価するために、健常者血液1mLに10,25,50,100個の各NCI−H358細胞を添加したサンプルを調製し、各サンプルにおける回収細胞数を評価した。図8はサイズ選択マイクロキャビティアレイ上に捉えられたNCI−H358細胞及び白血球細胞の蛍光顕微鏡写真である。図8に示されるように、回収された全ての細胞が核を有している。腫瘍細胞はEpCAMを発現しているが、CD45を発現していない。正常な血球細胞はCD45を発現しているが、EpCAMを発現していない。このように、染色液を導入することにより、細胞の染色が可能であり、その表現型の違いと細胞のサイズの違いから腫瘍細胞と正常白血球は容易に判別できた。処理後にサイズ選択マイクロキャビティアレイ上に残存する正常白血球数はおよそ1000個ほどであったが、CTCのカウントに際しては妨げにならない量であった。また、CTCに関しては微細孔に捕捉されているため、アレイ領域だけのスキャニングで全回収細胞数をカウントできた。このモデルCTCの検出効率評価に関する結果を図9に示す。この結果から10〜100個のCTC存在数において、96%以上の回収率で安定的に細胞を回収し検出できることが示された。
【0041】
[細胞サイズと循環腫瘍細胞回収の関係性の評価]
ヒトの血液1mL中には約5×10個の赤血球、約7×10個の白血球、約3×10個の血小板が存在している。それぞれのおおよその大きさは、赤血球が7〜8μm、血小板が2〜3μm、白血球は細胞によってサイズに幅があり、リンパ球などでは6〜15μm、大きな単球では20μmになる。一方、上皮系の腫瘍細胞は多くが10μm以上の直径を有している。また、血液細胞は毛細血管を巡り、体内を循環するという性質から上皮系の細胞などと比較して変形能が高いと考えられている。よって、数種の細胞株を用いた検出実験を行い、回収率を評価した後、これらのモデル腫瘍細胞のサイズを測定し、細胞サイズが回収効率に与える影響について考察した。
【0042】
MCF−7,NCI−H358,AGS,SW620の各細胞株を用いて行ったCTC検出実験の結果を図10に、MCF−7,NCI−H358,AGS,SW620の各細胞のサイズ分布を図11に示す。10μm径のサイズ選択マイクロキャビティアレイを用いた場合、それぞれの細胞株の平均回収率は、MCF−7:98%,NCI−H358:96%,AGS:74%,SW620:38%であった。また、用いた細胞のサイズを計測したところ、ヒト細気管支肺胞上皮癌NCI−H358の場合、細胞のサイズは9〜30μmにまたがり、平均直径は約18μmであった。ヒト乳癌細胞MCF−7は平均直径が22μmと最も大きく、サイズに15〜40μmまでのバリエーションがあった。SW620細胞は、7〜20μmの範囲で11μm径前後の細胞が最も多かった。ヒト胃癌AGS細胞は、8〜24μmの範囲で15μm径前後の細胞が最も多かった。これらの結果を見てみると、細胞サイズが10μm以下までまたがる細胞については、回収率が低下していることが分かった。腫瘍細胞のサイズ分布は約8μm以上であることが示されている。このため、サイズ選択マイクロキャビティアレイの孔径を8μmに変更して、SW620細胞の回収率を行った。その結果、回収率は91%まで向上した。微細貫通孔の孔径や形状を最適化することによって、様々なタイプの腫瘍細胞を効率的に捕捉できるのではないかと考えられた。
【0043】
[磁気分離を用いた循環腫瘍細胞回収との比較]
本発明のマイクロ流体デバイスを用いたCTC回収の有効性を評価するために、比較として一般的に用いられている磁気分離法を利用したCTC回収を行った。ここではMiltenyi Biotec社のCD326(EpCAM)マイクロビーズと磁気分離カラムを用いた。健常者血液1mLにモデル腫瘍細胞NCI−H358を100個添加したサンプルを調製し、腫瘍細胞の検出を試みた。磁気分離法は広く用いられている方法であるが、その処理には多段階の操作が必要である。この実験においても、はじめに、赤血球を取り除くために溶血操作を行った。溶血操作の後、磁気ビーズへの非特異吸着を抑制するためのブロッキング剤を添加し、続いてCD326(EpCAM)マイクロビーズと反応させた。続いて各蛍光標識抗体を添加して細胞を染色した後、サンプルを磁気分離カラムに移して、洗浄することにより目的外の白血球などを洗い流し、最後にカラムを磁石からはずして、目的細胞を溶出させた。以上のように、磁気分離法はサンプルの移し変えや洗浄操作が非常に多いため、目的のCTCをロスする危険性が非常に多い。結果として、100個の細胞導入時の磁気分離による回収細胞数は50個であった。サイズ選択マイクロキャビティアレイを用いた場合の回収細胞数は96%であるので、磁気分離法と比較して、その回収効率は大幅に上回っていることが示された。磁気分離法における回収率は操作条件によって大きく影響を受けるが、EpCAMを標的とした場合の回収効率は9〜90%と報告されており、各方法によって大きく異なっている(Lara et al. 2004)。また、標的としてもEpCAM以外にサイトケラチンを標的としてCTCを特異的に分離する手法もある(Deng et al. 2008)。また、CD45を標的として血液細胞をサンプルから除いてCTCを濃縮する手法も報告されている(Allard et al. 2004)。しかし、どの抗原を標的としても、もともと大過剰に存在している血球細胞の混入は避けられないため、最終的なCTCカウントに際して、疑陽性の細胞が検出される可能性を否定できない。また、多段階にわたる検出までのプロセスは煩雑であり、実験間誤差を生む要因となると考えられる。よって、操作の簡易性と再現性の高さといった観点からもサイズ選択マイクロキャビティアレイを用いた本発明方法は有用な方法であるといえる。
【実施例2】
【0044】
(石英基板)
石英基板上にフェムト秒レーザを用いて、孔径8μmのサイズ選択マイクロキャビティアレイ(孔数10,000個)を作製し、腫瘍細胞の捕捉について検討した。NCI−H358細胞をモデル細胞として用い、細胞100個をPBS1mLに懸濁したものをサンプルとした。ポンプ流速は200μL/minとした。石英基板のサイズ選択マイクロキャビティアレイを用いてアレイ上に補足したNCI−H358細胞(肺がん細胞)の光学顕微鏡写真を図12に示す。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明においては、マイクロキャビティアレイによる細胞集積化技術をCTCの濃縮及び検出という目的に特化させて改良し、サイズ選択マイクロキャビティアレイを作り上げた。サイズ選択マイクロキャビティアレイは、細胞サイズの違いによって、上皮系腫瘍細胞と血球細胞を分離し、血中のCTCを回収する有効な手段である。実施例に示されているとおり、腫瘍細胞モデルとしてNCI−H358細胞を用いた場合、血液1mL中にCTCが10〜100細胞個の条件で96%以上の回収効率を得ることができた。また、複数の細胞株を用いた検討実験においては、細胞サイズが回収率に与える影響を考察したが、10μm径のサイズ選択マイクロキャビティアレイではサイズの小さな腫瘍細胞を透過してしまう可能性が示唆された。これについては、より小さな孔径のサイズ選択マイクロキャビティアレイを利用又は併用することで、回収率を高められると考えられる。既存の方法との比較として、EpCAMマイクロビーズによる磁気回収法と比べたところ、本発明方法が回収率に優ることが明らかにされた。
【0046】
本発明は以下に述べる特徴を有しており、CTCの検出技術の一つとして非常に強力なツールとなる。(1)血液を前処理することなくそのまま分析できることが挙げられる。従来法では、分析の妨げとなる赤血球を溶血させたり、白血球を除いたりといった操作が必須であったが、これらの処理を一切必要とせず、分析装置に直接導入することができる。(2)血球の分離から染色、洗浄までを一貫して行えることにある。本発明のマイクロ流体デバイスのような装置設計でなければ、試験管内の細胞に対して繰り返し染色と洗浄操作を行うことになるため、目的細胞のロスの低減を実現する目的で有効に働く。(3)腫瘍細胞が規則的に加工されたマイクロキャビティアレイ上に捕捉されることが挙げられる。従来のメンブレンフィルターを用いた血球フィルトレーション法などでは、孔径が均一ではなく、分散して存在しているため、捕捉の安定性やスキャニング時間に問題があった。本発明のマイクロ流体デバイスでは、均一な孔径で安定した細胞捕捉を実現し、アレイ領域のみのスキャニングによって、回収したCTCをカウントすることができる。(4)本発明のマイクロ流体デバイスは、装置自体が小型で安価であるということが挙げられる。従来は、煩雑な作業を自動化するために、磁気分離やスキャニングといった要素技術を詰め込んだ大型装置(Cellsearchなど)を用いなければ多検体の処理は困難であった。しかし、ポンプと蛍光顕微鏡さえあれば使用でき、同時並行に検体を処理できるうえに、熟練した技術も必要としない。(5)CTCの回収原理がEpCAMなどの表面抗原に依らないことである。前述したように、EpCAMの発現量は検体毎に異なっており、これらを指標とした磁気分離法では、EpCAM陰性の腫瘍細胞などは回収できない。これに対し、本発明では、細胞サイズという異なる概念で腫瘍細胞を回収でき、その後の解析等に供することもできる。上記実施例では、EpCAM陽性細胞をCTCとしてカウントしたが、異なるマーカーを標的とした染色操作も同じように実行でき、前述したon−chip FISHを利用することでCTC特異的mRNAの検出も可能であると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サイズ選択マイクロキャビティアレイにより血液試料中に含まれる循環腫瘍細胞(CTC)を捕捉することができるマイクロ流体デバイスであって、
試料供給口と試料排出口、及び試料供給口と試料排出口を連通するマイクロ流路が形成され、マイクロ流路の一部に相当する位置にサイズ選択マイクロキャビティアレイ用開口窓が設けられた上部部材と;
前記上部部材の開口窓の下方に相当する位置に、CTC捕捉用の孔径、孔数、配置が制御された微細貫通孔を有するサイズ選択マイクロキャビティアレイと、該サイズ選択マイクロキャビティアレイを保持する密封性シールからなるマイクロキャビティアレイ保持部と;
前記サイズ選択マイクロキャビティアレイの下方に相当する位置に設けられた吸引用開口窓と、前記吸引用開口窓と吸引口を連通する吸引流路が形成された下部部材と;
を備えていることを特徴とするマイクロ流体デバイス。
【請求項2】
マイクロキャビティアレイ保持部が、2〜3枚のサイズ選択マイクロキャビティアレイと、各サイズ選択マイクロキャビティアレイを保持する密封性シールからなる多層に形成され、上層から下層に向かって、サイズ選択マイクロキャビティアレイに設けられた貫通孔の孔径が小さくなっていることを特徴とする請求項1記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項3】
サイズ選択マイクロキャビティアレイが、孔径5μm〜20μmから選ばれる微細貫通孔を有するマイクロキャビティアレイであることを特徴とする請求項1又は2記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項4】
サイズ選択マイクロキャビティアレイが、孔径8μm又は10μmから選ばれる微細貫通孔を有し、孔の中心間距離60μm、100×100の10,000孔をアレイ状に配したマイクロキャビティアレイであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項5】
サイズ選択マイクロキャビティアレイのCTC捕捉用の微細貫通孔が、電鋳技術を用いてニッケル基板に形成されたものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項6】
サイズ選択マイクロキャビティアレイのCTC捕捉用の微細貫通孔が、レーザー技術を用いて石英基板に形成されたものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項7】
上部部材が、試料供給口及び試料排出口が形成され、下面に試料供給口と試料排出口を連通するマイクロ流路形成用の溝が設けられたプラスチック製平板からなる上部基板と、前記上部基板と協働してマイクロ流路を形成するとともに、マイクロ流路の一部に相当する位置にサイズ選択マイクロキャビティアレイ用開口窓が設けられたプラスチック製上部平板とから構成されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項8】
下部部材が、サイズ選択マイクロキャビティアレイの下方に相当する位置に吸引用開口窓が設けられたプラスチック製下部平板と、表面に吸引口が形成され、上面に前記下部平板と協働して前記吸引用開口窓と吸引口を連通する吸引流路形成用の溝が設けられたプラスチック製平板からなる下部基板とから構成されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれか記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項9】
吸引口がペリスタルティックポンプに接続されていることを特徴とする請求項1〜8のいずれか記載のマイクロ流体デバイス。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか記載のマイクロ流体デバイスを用いることを特徴とする循環腫瘍細胞(CTC) の検出方法。
【請求項11】
血液を前処理することなくそのまま試料として使用することを特徴とする請求項10記載のCTCの検出方法。
【請求項12】
血液導入速度を200〜1000μL/minとすることを特徴とする請求項10又は11記載のCTCの検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−163830(P2011−163830A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24774(P2010−24774)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】