説明

シリンダとピストンの組み合わせ

【課題】内壁面に凹部が設けられたシリンダに最適であり、低摩擦性、耐摩耗性、耐スカッフ性に優れたシリンダとピストンの組み合わせを提供すること。
【解決手段】 シリンダを、その内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域に複数の凹部が形成されており、前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、かつ、当該行程中央部領域における、シリンダ周方向の全ての断面には、前記複数の凹部のうち少なくとも一つの凹部が形成されており、前記シリンダの内壁面の、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されていないシリンダとし、ピストンを、前記シリンダの内壁面を摺動し、ピストンにおけるピストンスカート部は、その表面の十点平均粗さRzが6μm以下であるピストンとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダとピストンの組み合わせに関する。具体的には、低摩擦性、耐摩耗性、耐スカッフ性に優れたシリンダとピストンの組み合わせに関する。
【背景技術】
【0002】
温暖化をはじめとする環境問題が地球規模で大きくクローズアップされ、大気中のCO削減に向けた内燃機関の燃費改善技術の開発が大きな課題となっており、その一環として、エンジン等に用いられる摺動部材の摩擦損失の低減が求められている。これに鑑み、近年において、耐摩耗性および耐スカッフ性に優れ、かつ、摩擦力の低減効果を最大限に発現することが可能な摺動部材の材料・表面処理・改質の技術の開発が進められている。
【0003】
内燃機関の燃費改善など、シリンダが用いられる装置のエネルギー効率を向上させるためには、摩擦低減が有効である。特に、往復運動を行なうピストン(およびピストンリング)と、シリンダの内壁面との間では、摩擦低減が有効である。
【0004】
上記往復摩擦の低減のために、特許文献1ではシリンダライナの内壁面にくぼみ(凹部)を形成することにより、ピストン(およびピストンリング)とシリンダライナとの往復動摩擦を低減する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−19718号公報
【特許文献2】特開2007−46660号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
通常用いられているピストンのピストンスカート部は、保油性の確保を主な目的としてその表面に凹部が形成されているが、上記特許文献1には、摩擦損失や摩耗を低減するために、シリンダの内面をアルミニウム合金で形成し、シリンダボア内面に多数の微細凹部を形成し、ピストンリングおよびピストンのピストンスカート部の表面に硬質カーボン膜を被覆した内燃機関が開示されている。
【0007】
しかしながら、特許文献1には、シリンダボア内面のどの位置に凹部を形成するのかについて明確に開示はされていない。
【0008】
また、特許文献2には、シリンダライナの内壁面にくぼみを形成することにより、ピストンリングと、シリンダライナとの往復動摩擦を低減する技術が開示されている。特許文献2においては、摺動速度の違いによってシリンダライナをシリンダの軸方向に複数の領域に分割し、領域ごとにくぼみの形状を異なるものとすることにより、往復動摩擦の低減効果を高めている。
【0009】
しかしながら、特許文献2においては、摺動面の少なくとも摺動部材が折り返す摺動端近傍部分に、円形状のくぼみが多数形成されている。ピストンが上死点、下死点に達した際には摺動速度が遅くなるため、上記摺動端近傍部分にくぼみが形成されている場合は油膜が薄くなり、金属接触を起こしやすくなって摩擦が大きくなるという不具合がある。
【0010】
本発明は、このような現状においてなされたものであり、内壁面に凹部が設けられたシリンダに最適であり、低摩擦性、耐摩耗性、耐スカッフ性に優れたシリンダとピストンの組み合わせを提供することを主たる課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明は、シリンダとピストンとの組み合わせであって、
前記シリンダは、その内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域に複数の凹部が形成されており、前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、かつ、当該行程中央部領域における、シリンダ周方向の全ての断面には、前記複数の凹部のうち少なくとも一つの凹部が形成されており、前記シリンダの内壁面の、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されていないシリンダであり、前記ピストンは、前記シリンダの内壁面を摺動し、ピストンにおけるピストンスカート部は、その表面の十点平均粗さRzが6μm以下であることを特徴とする。
【0012】
また、上記発明にあっては、前記シリンダが、シリンダ本体と、当該シリンダ本体の内側に固着されるシリンダライナとからなり、前記シリンダライナの内壁面に、前記複数の凹部が形成されていてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、シリンダ内壁面の行程中央部領域に複数の凹部が形成されたシリンダを用い、かつこれ組み合わせられるピストンにおいて、そのピストンスカート部の表面の十点平均粗さRzが6μm以下、つまり平滑化しているため、当該ピストンスカート部とシリンダとの間を流体潤滑状態とすることができ、これにより低摩擦性、耐摩耗性、耐スカッフ性を向上することができる。
【0014】
なお、従来のピストンにおけるピストンスカート部の表面には意図的に凹部が形成されており、当該凹部により保油性を担保していたが、本発明のピストンのピストンスカート部によっては保油性を担保することができなくなるが、これと組み合わされるシリンダの内壁面に複数の凹部が形成されているため、保油性については当該シリンダ内壁面の凹部によって充分に担保することができ、スカッフが発生することはない。
【0015】
つまり、本発明のピストンは、内壁面に凹部が設けられたシリンダと組み合わせるのに最適であり、本発明のピストンによって流体潤滑状態をつくりつつ、これと組み合わされるシリンダによって、保油性、低摩擦性、耐摩耗性、耐スカッフ性を向上させることができる。
【0016】
また、シリンダの内壁面の行程中央部領域のみに凹部を形成することにより、ピストンリングが摺動する領域において、ピストンリングとシリンダの内壁面との往復動摩擦を低減することができる。また、行程中央部領域における凹部の形成面積率を所定の範囲内とすることにより、接触面積が小さくなり、潤滑油のせん断抵抗に起因する摩擦力を小さく維持することができる。さらに、本発明においては、行程中央部領域に形成される複数の凹部は、シリンダ軸方向に重なるように形成されているため、接触面積を効率的かつ、平均的に摩耗を低減させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明のシリンダとピストンを組み合わせた状態を示す一部切欠正面図である。
【図2】図1に示すピストンのピストンスカート部を正面とした場合の正面図である。
【図3】本発明において用いられるシリンダを構成するシリンダライナの内壁面の凹部の形成位置の一例を示す説明図である。
【図4】本発明において用いられるシリンダにおける、行程中央部領域の範囲の一例を示す説明図である。
【図5】本発明において用いられるシリンダに形成される凹部の形状の例を示す概略展開図である。
【図6】本発明において用いられるシリンダにおける、凹部の配置の一例を示す概略展開図である。
【図7】本発明において用いられるのシリンダに形成される凹部の寸法位置を説明する概略展開図および概略断面図である。
【図8】本発明において用いられるシリンダにおける、凹部の配置の他の一例を示す概略展開図である。
【図9】本発明において用いられるシリンダにおける、面積率を説明する概略断面図および概略展開図である。
【図10】本発明の実施例において、凹部の形成時の状態を示す概略断面図である。
【図11】本発明の実施例および比較例における測定結果を示すグラフである。
【図12】参考実験1のシリンダライナの展開図である。
【図13】往復動摩擦力を測定するための装置の説明図である。
【図14】参考実験1の測定結果を示すグラフである。
【図15】参考実験2の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明のシリンダとピストンの組み合わせについて、図面を用いて詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明のシリンダとピストンを組み合わせた状態を示す一部切欠正面図である。
【0020】
図1に示すように、円筒状を呈するシリンダ10の内部にはピストン20が挿入されている。
【0021】
そして、本発明のピストン20は、ピストンピン21を介して回転可能に設けられたコネクティングロッド22に連結され、上下方向(図中の矢印参照)へ往復動可能に設けられている。また、ピストン20は、ピストンピン21に対してピストンピン21の軸線と直交する方向に配置されるピストンスカート部23と、ピストンリング溝24とを有している。
【0022】
一方で、上記ピストン20と組み合わされるシリンダ10の内壁面11には、複数の凹部12が設けられている。ここで、図1に示すシリンダ10は、ピストン20がシリンダ内壁面上を直に摺動する、いわゆる「ライナレスタイプ」のシリンダであるが、本発明はこのタイプに限定されることはなく、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成される、いわゆる「シリンダライナタイプ」のシリンダであってもよい(以下に詳述する。)。
【0023】
(1)ピストン
図2は、図1に示すピストンのピストンスカート部を正面とした場合の正面図である。
【0024】
図2中の符号25はオイルドレイン孔であり、符号24はピストンリング溝である。なお、この図に示すピストンには、ピストンリングは示されていない。
【0025】
このような本発明のピストン20は、そのピストンスカート部23の表面の十点平均粗さRzが6μm以下に平滑化されている。ここで、「十点平均粗さRz」は、JIS B0601(1994)に基づくものである。
【0026】
本発明のピストン20によれば、当該ピストンスカート部23とシリンダ10の内壁面11との間を流体潤滑状態とすることができ、これにより低摩擦性、耐摩耗性、耐スカッフ性を向上させることができる。一方で、本発明のピストン20と組み合わされるシリンダ10の内壁面11には複数の凹部12が形成されているため、保油性については当該シリンダ内壁面の凹部12によって充分に担保することができ、スカッフが発生することはない。
【0027】
本発明のピストン20のピストンスカート部23を平滑化する(十点平均粗さRzを6μm以下にする)方法については、特に限定されることはなく、従来公知の方法を適宜選択することができる。具体的には、旋削、切削、研磨、コーティング膜の被覆、等を挙げることができる。
【0028】
また、少なくともピストンスカート部23の表面を平滑化すればよく、ピストン20における他の部分、例えばリング溝24の間に位置するランド部分27や、ピストンスカート部23の裏面側などについては、必ずしも平滑化する必要はない。
【0029】
さらに、本発明においては、ピストンスカート部23の表面、言い換えれば、シリンダの内壁面と摺動する平面が平滑化されていればよい。したがって、ピストンスカート部23に溝が形成されている場合には、当該溝の内部にあっては必ずしも平滑化する必要はない。ただし、ピストンスカート部23に溝を形成する場合、当該溝の幅が過大であったり、溝同士の間隔が過小であったりすると、全体としての平滑化が不十分となることがある。したがって溝を設ける場合、当該溝同士の間隔は少なくとも0.3mm以上とすることが必要であり、ピストンスカート部23の全表面に対する溝の面積率は30%以下とする必要がある。
【0030】
ここで、本発明のピストン20を構成するピストンリングについては、特に限定されることはなく、現在公知である種々のピストンリングを適宜選択することができる。
【0031】
特に、ピストンリングの外周摺動面は、その目的や用途により種々の形状を呈しているが、本態様のシリンダは、すべての外周摺動面の形状が異なる全てのピストンリングと組み合わせが可能である。
【0032】
例えば、3本リング構成(2本の圧力リングと、1本のオイルリング)のピストンリングの場合にあっては、第一圧力リングの外周摺動面がバレル形状、偏心バレル形状、テーパ形状等が好ましく、第2圧力リングの外周摺動面が、テーパ形状、アンダーカット形状、アンダーフック形状等が好ましく、合口形状は中断アンダーカット形状が好ましく、オイルリングにあっては、コイルエキスパンダとオイルリング本体とからなる2ピース構成オイルリングや2本のサイドレールとスペーサエキスパンダからなる3ピース構成オイルリング等を用いることができ、特に2ピース構成オイルリングの外周摺動面形状がストレート形状、ダブルベベル形状もしくはバレル形状、オイルリング本体の上レールの上面側及び下レールの下面側のみがバレル形状とすることが好ましく、このような組み合わせをすることにより大幅なLOCの改善効果が期待できる。
【0033】
さらに、本発明のピストン20と組み合わされるシリンダは、その内壁面に複数の凹部を有しているため、当該凹部がオイル溜まりとして機能し、従来のシリンダ(凹部なし)と比べてオイル量が増大することにより、ピストンリングによるオイルのかき残しが生じ、凹部にかき残されたオイルが摺動面に流れ出し、上昇してきたピストンリングにかき上げられたり、残存するオイルが蒸発してしまうことによるLOCの悪化が懸念される。本発明のピストン20にあっては、オイルを素早く排出するために、オイルドレイン孔25(オイルをクランクケースに排出するための孔)をスラスト方向、反スラスト方向にそれぞれ2〜6箇所形成したり、オイルドレイン孔25の直径を大きくするなどの工夫をしてもよい。さらに、スラスト方向のオイルドレイン孔25の数や大きさを反スラスト方向に形成されるオイルドレイン孔24よりも多く、大きくすることが好ましい。
【0034】
(2)シリンダ
次に、上述したピストンと組み合わされるシリンダについて説明する。シリンダには、いわゆる「シリンダライナタイプ」と「ライナレスタイプ」の2種類があるが、本発明においては、何れをも用いることができる。以下にそれぞれについて説明する。
【0035】
A.第一態様(シリンダライナタイプ)
本発明の第一態様のシリンダは、シリンダ本体とその内側に固着されたシリンダライナとから構成され、前記シリンダライナの内壁面に上記複数の凹部が形成されているものである。本態様においては、シリンダ本体の内壁面とシリンダライナの外壁面とが固着されており、ピストンは上記シリンダライナの内壁面上を摺動するものであるため、上記シリンダライナが固着されているシリンダ本体の内壁面には、凹部は設けられている必要はない。
【0036】
以下、本態様のシリンダについて、図面を用いて説明する。
【0037】
図3は、本態様のシリンダ本体(図示せず)の内壁面に固着されているシリンダライナにおける、シリンダライナ内壁面の凹部の形成位置の一例を示す説明図である。
【0038】
図3に例示するように本態様におけるシリンダライナ31の内壁面32には、複数個の凹部33が形成されている。
【0039】
ここで、シリンダライナの内壁面32において、凹部33が形成される領域は行程中央部領域である。当該凹部33は、ピストン(およびピストンリング)とシリンダライナ内壁面との接触面積を小さくすることにより低摩擦性を向上し、さらに保油性を担保することを目的として形成されるものであり、当該目的を達成するためには、行程中央部領域34にのみ形成すべきである。
【0040】
行程中央部領域34は、ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、上記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である。
【0041】
図4は、本態様のシリンダ本体の内側に固着されるシリンダライナにおける、上記行程中央部領域34の範囲の一例を示す概略断面図である。
【0042】
図4は、ピストンが往復動する際の、上死点停止位置におけるピストン41aと、下死点停止位置におけるピストン41bとを同一の断面図に示すものである。上記行程中央部領域34は、シリンダライナ31の内壁面32のうち、上死点停止位置におけるピストン41aの最下位のピストンリング42のリング溝43の下面44位置から、下死点停止位置におけるピストン41bにおける最上位のピストンリング46のリング溝45の上面47位置までの間の領域である。図4は、3本のピストンリング(第1圧力リング、第2圧力リング、オイルコントロールリング)が用いられる構成のピストンを示しており、最下位のピストンリング42はオイルコントロールリングであり、最上位のピストンリング46は第1圧力リングである。
【0043】
シリンダが用いられる装置のエネルギー効率を向上させる、例えば、エンジンの燃費を向上させるためには、ピストンリングと、シリンダの内壁面(本態様においてはシリンダライナの内壁面)との摩擦損失低減が有効である。摩擦損失の低減方法は摺動条件によって異なるが、特にピストンは上死点で速度が0になる等の特徴を持つため、摺動する位置により異なる。そこで本態様のシリンダを構成するシリンダライナにおいては、その内壁面の行程中央部領域34のみに凹部を形成するとともに、シリンダ周方向の全ての断面には、前記複数の凹部のうち少なくとも一つの凹部が存在するように、換言すれば、各凹部をシリンダ軸方向において重なるように形成することによって、行程中央部領域34の全ての領域において摩擦力を低減することを可能とした。
【0044】
すなわち、ピストンの移動速度が比較的小さい上死点付近および下死点付近では、シリンダライナの内壁面の表面粗さを小さくすることにより、往復動摩擦の低減を図ることができる。しかしながら、シリンダライナの内壁面と、ピストンリングとの摺動速度が大きい領域である行程中央部領域34では、潤滑油のせん断抵抗の影響が大きくなる。そのため本態様においては、シリンダライナの内壁面のうち、上記行程中央部領域34にのみ凹部を形成することで、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積を小さくし、潤滑油のせん断抵抗の影響を低減することを可能とした。
【0045】
またここで、行程中央部領域34に複数の凹部を無造作に形成した場合、行程中央部領域34全体では、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積が小さくなるが、微視的には、摺動するピストンリングの幅(シリンダの軸方向の長さ)は行程中央部領域34にくらべて非常に短いため、場所によっては、凹部が形成されていない部分も存在する可能性があり、当該部分においては、ピストンリング摺動面とシリンダライナの内壁面とが100%接触をしていることとなってしまい、上記効果を十分に発揮できない可能性があるところ、本態様においては、上述の通り、シリンダ周方向の全ての断面には、前記複数の凹部のうち少なくとも一つの凹部が存在するように、換言すれば、各凹部をシリンダ軸方向において重なるように形成されているため、摺動するピストンリングは常に凹部と接触していることとなり、その結果、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積が100%となることはなく、上記効果を常に発揮することができる。
【0046】
なお、ピストンリングが摺動する領域全てに凹部を形成した場合、つまり行程中央部領域以外の領域にも凹部を形成した場合、上記接触面積が小さくなることにより接触面圧が増加し、上死点および下死点の近傍では境界潤滑となるため、摩擦力が増加してしまう場合がある。また、このような部分に凹部があると、不要な油だまりとなってしまい、これが燃焼し油の消費量が多くなってしまうこともある。
【0047】
以下、本態様のシリンダについて、項目を分けてさらに詳細に説明する。
【0048】
1.行程中央部領域
まず、本態様において、凹部が形成される領域である行程中央部領域について説明する。
【0049】
本態様において、「行程中央部領域」とは、上述したように、ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である。例えば、図4に例示するように、ピストンの上方から第1圧力リング、第2圧力リング、オイルコントロールリングの順番で3つのピストンリングが配置されている場合、上記行程中央部領域の上端はオイルコントロールリング42のリング溝43の下面44位置であり、下端は最上位のピストンリングである第1圧力リング46のリング溝45の上面47位置である。本態様において凹部は、当該行程中央部領域34のみに形成され、それ以外の領域には凹部は形成されない。なお、本態様は、上述したように、3本のピストンリングが用いられる構成に限定されるものではなく、ピストンリングが2本の構成(圧力リング、オイルコントロールリングが1本ずつ)や、ピストンリングが1本の構成(ガスシールと、オイルコントロールとを兼ね備えたピストンリング)においても同様に適用することができる。
【0050】
2.凹部
次に、本態様のシリンダを構成するシリンダライナの内壁面の前記行程中央部領域に形成される凹部について説明する。
【0051】
本態様において、前記行程中央部領域に形成される凹部の形状は特に限定される者ではなく、当該凹部の配置等に応じて適宜調整することができる。例えば、図5(a)〜(j)に例示するように、直線および/または曲線から構成される形状の凹部を形成することができる。凹部は、図5(a)〜(c)のような横長の形状でも、図5(d)〜(g)のような縦長の形状でも、図5(h)〜(j)のような縦対横の比率がほぼ等しい形状でもよい。
【0052】
ここで、本態様のシリンダにおいては、行程中央部領域におけるシリンダ周方向の全ての断面に前記凹部が少なくとも一つは形成されていることを特徴としている。これにより、接触面積を効率的、かつ平均的に低減することができる。
【0053】
前述したように、周方向の断面を考えた場合、ある断面に凹部が一つも形成されていないと、当該断面をピストンリングが通過する際は、凹部が複数個形成されている断面を通過する際と比べ、ピストンリングとシリンダライナの内壁面との接触面積が大きくなる場合がある。そのため、潤滑油のせん断抵抗の影響が大きくなり、結果として往復動摩擦も大きくなってしまう。
【0054】
これに対し、行程中央部領域におけるシリンダ周方向の全ての断面に凹部を少なくとも一つ形成することにより、行程中央部領域のどの周方向断面をピストンリングが通過する場合であっても、接触面積を確実かつ平均的に低減することができるため、往復動摩擦も確実に低減することができる。
【0055】
本態様の特徴である「シリンダ周方向の全ての断面において、複数個の凹部のうちの少なくとも一つの凹部が形成されている」状態の例としては、図6(a)や(b)の場合を挙げることができる。
【0056】
図6(a)は、上述した図3の行程中央部領域34における、凹部33の配置の一例を示す概略展開図である。図6(a)においては、図面の上下方向がシリンダの軸方向であり、図面の左右方向がシリンダの周方向である。図6(a)に例示するように、シリンダ周方向に引いた線Xは、凹部33aの最下点35aが、その下方に最も近接する凹部33bの最上点36bよりも下側に位置する。また、シリンダ周方向に引いた線Yは、凹部33bの最下点35bが、その下方に最も近接する凹部33cの最上点36cよりも下方に位置する。このように、上下に近接する凹部同士を、シリンダ軸方向に重なるように配置することにより、シリンダ周方向の全ての断面において複数個の凹部のうちの少なくとも一つの凹部を形成することができる。以上より、ピストンが往復した際に、行程中央部領域において、摺動するピストンリングが、シリンダ軸方向のどの位置においてもシリンダ内壁面との接触面積を小さくすることができ、往復動摩擦の低減に効果を奏する。
【0057】
ここで、図6(b)も図6(a)と同様、上述した図3の行程中央部領域34における、凹部33の配置の一例を示す概略展開図である。図6(b)においても図面の上下方向がシリンダの軸方向であり、図面の左右方向がシリンダの周方向である。図6(a)にあっては、凹部33がシリンダ軸方向にわたって均一の面積で形成されているが、この態様に限定されることはなく、図6(b)に示すように、シリンダ軸方向の行程中央部領域34の端部近傍においては凹部33の面積を小さくし、行程中央部領域34の中央部近傍においては凹部の面積を大きくしてもよい。
【0058】
本態様において上記凹部の寸法は特に限定されるものではなく、シリンダや共に用いられるピストンリングの寸法等に応じて適宜調整することができる。凹部は、行程中央部領域をシリンダ軸方向に貫くように形成されていてもよいが、シリンダの気密性保持の観点から、上記凹部のシリンダ軸方向の平均長さが、用いられるピストンリングのうちの、最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さ以下であることが好ましい。より具体的には、用いられるピストンリングのうちの、最上位のピストンリングのシリンダ軸方向の長さの5〜100%程度とすることが好ましい。
【0059】
凹部のシリンダ周方向平均長さは、0.1mm〜15mmの範囲内が好ましく、0.3mm〜5mmの範囲内が特に好ましい。シリンダ周方向平均長さがこの範囲に満たない場合は、凹部を形成した効果が十分に得られない場合がある。一方で、周方向平均長さがこの範囲を超える場合は、ピストンリングの一部が凹部内へ入り込み、ピストンリングが変形する等の不具合が発生する場合がある。
【0060】
凹部のシリンダ径方向平均長さは、0.1μm〜1000μmの範囲内が好ましく、0.1μm〜500μmの範囲内がさらに好ましく、0.1μm〜50μmの範囲内が特に好ましい。凹部のシリンダ径方向平均長さがこの範囲に満たない場合は、凹部を形成した効果が十分に得られない場合がある。一方で、径方向平均長さがこの範囲を超える場合は、加工が困難であり、また、シリンダライナの径方向長さを長くする(肉厚を厚くする)必要がある等の不具合が生じる場合がある。
【0061】
本態様においては、隣り合う凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)は、0.1〜15mmの範囲内が好ましく、0.3mm〜5mmの範囲内が特に好ましい。隣り合う凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)がこの範囲に満たない場合には、ピストンリングが摺動するシリンダライナの内壁面の幅が小さすぎて、ピストンリングとシリンダライナの内壁面とが安定して摺動できない可能性がある。一方で、この範囲を超える場合には、凹部を形成した効果が十分に得られない可能性がある。
【0062】
なお、本態様において上述した凹部の各平均長さは、図7に例示する各箇所の平均長さを意味するものとする。図7(a)は、シリンダライナの内壁面の、シリンダ軸方向を図面の上下方向に示した概略展開図である。また、図7(b)は、シリンダライナの、周方向における概略断面図である。前記凹部の軸方向平均長さとは、図7(a)に例示するように、シリンダ軸方向における、凹部33の長さの平均である。
【0063】
また、上記凹部33の周方向平均長さとは、図7(a)に例示するように、シリンダ周方向における、凹部33の長さの平均である。図7(b)に例示するように、前記凹部33の周方向平均長さとは、内壁面32を含む面における長さの平均を意味するものとし、前記凹部の面積についても同様とする。
【0064】
また、上記凹部33の径方向平均長さとは、図7(b)に例示するように、凹部33の底面からシリンダライナ31の内壁面32までの長さの平均である。また、上記凹部間のシリンダ周方向平均長さ(間隔)とは、図7(a)および(b)に例示するように、隣り合う凹部33の間隔の平均である。
【0065】
本態様において、凹部の配置は、前述の通り、「シリンダ周方向の全ての断面に前記凹部が少なくとも一つは形成されている」ように配置する以外、特に限定されるものではない。例えば図8はシリンダライナの内周を周方向に開いた展開図を示すが、図8(a)に例示するように、凹部が行程中央部領域をシリンダ軸方向に貫くように形成されていてもよいし、図8(b)に例示するように、シリンダライナの内壁面上にらせん状に形成されていてもよい。また、図8(c)および(d)に例示するように、シリンダ軸方向に特定の長さを有する形状の凹部が一定間隔をおいて配置されていてもよい。さらに、凹部は不規則(ランダム)に配置されていてもよい。加えて、1つのシリンダライナの内壁面上に形成される複数個の凹部の形状や寸法は、互いに異なっていても同一であってもよい。
【0066】
本態様においては、上記行程中央部領域のみに複数の凹部が形成されており、行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、シリンダ周方向の断面当たりに形成される凹部の個数が少なくとも一つ以上であればよく、その他は特に限定されるものではない。しかしながら、シリンダ周方向の一断面に形成される凹部の個数が少なすぎる場合には、凹部を形成し、接触面積を低減することによって得られる往復動摩擦力低減効果が十分に得られない可能性がある。したがって、シリンダ周方向の各断面毎に当該効果を十分に発揮できる程度の凹部を形成することが好ましい。
【0067】
往復動摩擦力低減効果が得られる程度の凹部とは、共に用いられるピストンの往復動の速度等によって異なるものであるが、本態様においては、行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計を1〜80%とすることが好ましく、10〜60%がより好ましく、20〜50%が特に好ましい。上記面積率がこの範囲に満たないと、凹部を形成した効果が十分に得られない場合があり、一方で、上記面積率がこの範囲を超えると、接触面積が小さすぎ、ピストンリングがシリンダライナの内壁面を安定して摺動できなくなる等の不都合が生じる可能性がある。前記往復動摩擦力低減効果の観点から、凹部の寸法の好ましい範囲がある。そのため、1つ1つの凹部の寸法を考慮しつつ、面積率が上記範囲内となるように、かつ、全てのシリンダ周方向断面に少なくとも1つの凹部が形成されるように、凹部の個数およびその配置を調整することが必要である。
【0068】
本態様において、「行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計」とは、図9(a)および(b)に例示するように、凹部33の面積をA、A、A、・・・Aとしたときの、上記行程中央部領域の面積に対するA、A、A、・・・Aの合計の比率を意味するものである。面積率は、行程中央部領域における凹部33の面積A、A、A、・・・Aの合計Atotalと、行程中央部領域における凹部33以外の内壁面32の面積Bの合計Btotalとを用い、下記式で表される。なお、図9(a)に例示するように、ここで凹部33の面積とは、前記凹部3の底部の面積ではなく、内壁面32を含む断面における面積を意味する。
【0069】
【数1】

本態様においては、上述した凹部の形状、寸法、配置、面積率等は、行程中央部領域の全てにおいて同じでもよいし、領域によって異なっていてもよい。例えば、行程中央部領域において、シリンダ軸方向の各領域で上記面積率が異なっていてもよく、行程中央部領域の上方部分および下方部分においては凹部面積が小さく、行程中央部領域の中央部分においては凹部面積が大きくなっていてもよい。上記面積率等は段階的に変化しても、連続的に変化してもよい。
【0070】
3.シリンダライナ
本態様におけるシリンダライナは、シリンダ本体の内側に固着して用いられるものであり、ピストンに装着されたピストンリングが、その内壁面上を摺動するものである。本態様のシリンダライナの寸法や材質等は、シリンダ本体の寸法や材質、共に用いられるピストンリング等との相性、さらには運転温度などを考慮し、適宜設計可能である。
【0071】
本態様においては、ピストンリングと、シリンダライナの内壁面との往復動摩擦力低減の観点から、上記行程中央部領域の、前記凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが4μm以下とすることが好ましく、2μm以下とすることがさらに好ましく、1μm以下とすることが特に好ましい。また、本態様においては、シリンダライナの内壁面における、上死点付近の領域、下死点付近の領域、および行程中央部領域等、ピストンが摺動する全ての領域が上記表面粗さを有することが好ましい。なお、上記十点平均粗さRzとは、JIS B0601(1994)にて規定されているものである。
【0072】
4.シリンダ本体
本態様において用いられるシリンダ本体は、前記シリンダライナをその内側に固着することができればよく、その材質や寸法などは用途や運転温度等に応じて適宜設計可能である。
【0073】
5.凹部の形成方法
本態様のシリンダの行程中央部領域における複数の凹部の形成方法については、特に限定されることはなく、上述した各条件を満たす凹部を形成することができれば、いかなる方法をも採用することができる。
【0074】
例えば、マスキングした後、砥粒を吹き付けることにより凹部を形成するブラスト加工法(後述する実施例で採用)や、マスキングした後、腐食溶液につけ込むことにより凹部を形成する方法、さらには凸版印刷においてインクの代わりに腐食液を使用した腐食加工方法などを採用することができる。
【0075】
また、本態様のシリンダにおいては、最終的に凹部が形成されていればよく、必ずしも、製造工程においてシリンダ表面を除去して凹部とする必要はなく、逆にシリンダ表面に凸部を形成することにより、結果として当該凸部が形成されなかった部分を凹部としてもよい。
【0076】
この場合、具体的には、所定のマスキングした後、各種PVD法によってPVD皮膜を凸部として形成する方法、またPVD皮膜の他、クロム、銅、錫、亜鉛、ニッケル、ニッケル−リン等のめっき皮膜や、その他四三酸化鉄、リン酸マンガン、二硫化モリブデン、フッ素樹脂、グラファイト皮膜等用いることができる。
【0077】
B.第二態様(ライナレスタイプ)
本態様の第二態様のシリンダは、上記「第一態様」のようなシリンダライナは用いられておらず、シリンダ本体の内壁面に直に上記凹部が形成され、ピストンが当該シリンダの内壁面上を直に摺動するものである。
【0078】
本態様において用いられるシリンダ本体は、その内壁面に直に前記凹部が形成されたものであればよく、その寸法や材質については特に限定されることはない。
【0079】
本態様のシリンダは、シリンダライナが用いられず、シリンダ本体の内壁面上に直に凹部が形成されること以外については、上記「A.第一態様」のシリンダライナタイプのシリンダと同様であるため、ここでの説明は省略する。すなわち、「A.第一態様」の「1.行程中央部領域」および「2.凹部」については、本態様のライナレスタイプにもそのまま適用することができ、本態様のシリンダは、その内壁面の行程中央部領域に所定の凹部を設けることにより、上記「第一態様」と同様な効果を奏するものである。
【0080】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。たとえば、本発明のシリンダ内壁面の材質は、アルミ、アルミ系合金、鋳鉄、鋳鋼、鋼など、従来より使用されている各種材料を用いることができる。
【実施例】
【0081】
以下に実施例と比較例を示して本発明をさらに具体的に説明する。
【0082】
<ピストンおよびシリンダの準備・加工>
(本発明のピストン)
従来公知のピストンを用意し、そのピストンスカート部に対し、ダイヤモンドチップによる切削加工をすることにより、その表面の十点平均粗さRzを2μmとした。当該ピストンを「本発明のピストン」とする。
【0083】
(従来のピストン)
従来公知のピストンを準備し、ピストンスカート部の表面の十点平均粗さRzを測定したところ10μmであった。当該ピストンを「従来のピストン」とする。
【0084】
(本発明のシリンダライナ)
従来公知のシリンダライナ(材質:FC250)(凹部なし)を用意し、その行程中央部領域にマスキング板(SUS420、厚さ:0.5mm)を用い、以下の手順で凹部を形成した。なお凹部は、図7(a)に示す菱形形状とし、配置も図7(a)と同様とした。
(1)シリンダライナの内壁面に前記マスキング板を固定した。
(2)図10に示すように、シリンダライナ90をブラスト加工機のターンテーブル91に固定した。
(3)図10に示すように、シリンダライナ90の内側にブラスト加工機の砥粒噴出口92を挿入し、ターンテーブル91を回転させ、かつ砥粒噴出口92を上下に移動させながら、砥粒をシリンダライナ90の内壁面に吐出させた(砥粒噴出口92が上昇している時のみ砥粒を吐出させた。)。なお、砥粒材としてはアルミナを用い、砥粒径は53〜74μmのものを用いた。砥粒噴出圧は約2MPaであり、ターンテーブル91の回転数は4rpmとした。また、砥粒噴出口92の上下移動時間は5min×2回とした。
(4)ターンテーブル91からシリンダライナ90を取り外し、ついでマスキング板をシリンダライナから取り外した。
(5)シリンダライナ90の内壁面にホーニング加工を行った。なお、ホーニング加工は、形成された凹部の端部に罵詈が生じている場合があり、これを削除するためである。
(6)形成された凹部の形状は、図7(a)の通り菱形であり、軸方向長さ、周方向長さともに1.4mmであった。また、図7(b)に示す凹部のシリンダ径方向長さは5μmであった。また、行程中央部領域における凹部の面積率は50%であった。
【0085】
当該シリンダライナを「本発明のシリンダライナ」とする。
【0086】
(従来のシリンダライナ)
従来のシリンダライナ(材質:FC250)(凹部なし)を用意した。これを「従来のシリンダライナ」とする。
【0087】
(実施例1)
上記「本発明のピストン」と「本発明のシリンダライナ」とを組み合わせて、本発明の実施例1の組み合わせとした。
【0088】
(比較例1)
上記「本発明のピストン」と「従来のシリンダライナ」とを組み合わせて、比較例1の
組み合わせとした。
【0089】
(比較例2)
上記「従来のピストン」と「本発明のシリンダライナ」とを組み合わせて、比較例2の組み合わせとした。
【0090】
(従来例1)
上記「従来のピストン」と「従来のシリンダライナ」とを組み合わせて、従来例1の組み合わせとした。
【0091】
<実機試験による摩擦力の測定>
上記実施例1、従来例1および比較例1〜2の組み合わせを、それぞれ以下の条件の実機(エンジン)に搭載し、摩擦力を測定した。
【0092】
・実機の種類:ディーゼルエンジン
・排気量:9000cc
・シリンダ数:6
・シリンダ径:112mm
・ストローク:150mm
・回転数:2700rpm
・荷重:全負荷
・水温:90℃
・油温:成り行き
<評価>
図11は、実施例および各比較例における摩擦力測定の結果である。
【0093】
この評価は、従来例1の組み合わせの摩擦力を基準(100%)とし、これに対する実施例1および比較例1〜2の摩擦力の割合を示したものである。
【0094】
図11に示すように、本発明のピストンとシリンダライナの組み合わせ(実施例1)は、従来のピストンと従来のシリンダライナとの組み合わせ(従来例1)と比べて10%も摩擦力を低減することができた。
【0095】
一方、従来のピストンと本発明のシリンダライナの組み合わせ(比較例2)は、上記比較例3の組み合わせと比較すると、多少の摩擦力低減効果はあるものの、ピストンのピストンスカート部表面に凹部が存在しているため、理想的な流体潤滑状態とはならず、当該部分において摩擦が生じていることが分かる。
【0096】
また、本発明のピストンと従来のシリンダライナの組み合わせ(比較例1)にあっては、ピストンのスカート部およびシリンダライナの内壁面のいずれにも凹部がないため、これらの間の保油性を担保することができず、スカッフが発生してしまった。
【0097】
以上からも、本発明のピストンは、内壁面に凹部が形成されたシリンダに用いるべきであり、また、凹部が形成されたシリンダと組み合わせた場合、飛躍的な低摩擦性を奏することが分かる。
【0098】
<参考実験1:往復動摩擦力の測定>
本発明のシリンダとピストンの組み合わせにおいて用いられるシリンダの性能を評価するため、往復動摩擦力の測定を行った。具体的には以下の通りである。
【0099】
図12において斜線が付されている行程中央部領域に、上記(本発明のシリンダライナ)に記載した(1)〜(6)の手順で、種々の面積率で凹部を形成し、図13に示す装置を用いて往復動摩擦力を測定した。この際に用いた試験片ピストンリングの軸方向長さh1は1.2mm、径方向長さa1は3.2mm、ピストンリングの接線方向張力Ftは9.8Nであった。また、往復動摩擦力の測定時の回転数は50〜750rpm、ピストンリング周辺温度は80℃であり、供給油はSAE粘度10W−30のものを用いた。
【0100】
<参考実験1の評価>
シリンダライナの内壁面の凹部が形成されていない箇所の十点平均粗さRzが2μm、凹部のシリンダ径方向平均長さが10μm、回転数が750rpmの際において、凹部の面積率が、0%、1%、10%、30%、50%、60%、80%、90%の場合の往復摩擦力の測定結果を図14に示す。なお、図14においては、凹部が形成されていない、つまり上記面積率が0%の従来のシリンダライナ摩擦力を1.00としたときの摩擦力比を示す。
【0101】
図14から、凹部の面積率が行程中央部領域の全域にわたって1〜80%の範囲においては、効果的に摩擦力が低減されており、摩擦力は凹部の面積率が50%の時に最小となることが分かる。これは、凹部の面積率を増加させていくと、50%までは接触面積の減少効果により摩擦力が減少し、上記面積率が50%を超えると接触面積が小さくなることによって摺動部の面圧が過剰に高くなり、摩擦力が増加することに起因するものと考えられる。
【0102】
<参考実験2:摩擦力による機械的損失の測定>
さらに、本発明のシリンダとピストンの組み合わせにおいて用いられるシリンダの性能を評価するため、摩擦力による機械的損失(FMEP)の測定を行った。具体的には以下の通りである。
【0103】
図13に示す装置を用いて、摩擦力による機械的損失(FMEP)を求めた。その際の試験方法は、ピストンに試験片ピストンリングをセットし、馴染み運転をした後、オイル温度80℃にてエンジンスピードに相当する回転数を変化させて、摩擦力を測定した。本参考実験においては、行程中央部領域にのみ凹部が形成されたシリンダライナ(参考実施例1)、凹部が形成されていないシリンダライナ(参考比較例1)、摺動端にのみ凹部が形成されたシリンダライナ(参考比較例2)、摺動端及び行程中央部領域に凹部が形成されたシリンダライナ(参考比較例3)について、摩擦力を測定した。なお、上記行程中央部領域に凹部を形成する場合には、上記行程中央部領域の面積を100%としたときに、全凹部の面積の合計が50%となるように形成した。また、上記摺動端とは、図13に例示する装置のシリンダライナの、上記シリンダライナの上端からピストンの上死点における試験片のピストンリングのリング溝の下面位置までの領域(上側摺動端)、及びピストンの下死点における試験片ピストンリングのリング溝の上面位置から上記シリンダライナの下端までの領域(下側摺動端)を意味するものとする。
【0104】
<参考実験2の評価>
測定結果を図15に示す。図15においては、凹部が形成されていない参考比較例1のシリンダライナの機械的損失を1としたときの、その他のシリンダライナの機械的損失比を示す。
【0105】
図15から、行程中央部領域にのみに凹部が形成された参考実施例1のシリンダライナは、凹部が形成されていない参考比較例1のシリンダライナや、摺動端に凹部が形成されている参考比較例2及び参考比較例3よりも機械的損失が少ないことがわかる。
【符号の説明】
【0106】
10…シリンダ
11…シリンダ内壁面
12、33…凹部
20…ピストン
23…ピストンスカート部
31…シリンダライナ
32…シリンダライナ内壁面
34…行程中央部領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダとピストンとの組み合わせであって、
前記シリンダは、
その内壁面のうち、前記ピストンの上死点における最下位のピストンリングのリング溝の下面位置から、前記ピストンの下死点における最上位のピストンリングのリング溝の上面位置までの間の領域である行程中央部領域に複数の凹部が形成されており、
前記行程中央部領域の面積を100%としたときの、全凹部の面積の合計が1〜80%の範囲内であり、
かつ、当該行程中央部領域における、シリンダ周方向の全ての断面には、前記複数の凹部のうち少なくとも一つの凹部が形成されており、
前記シリンダの内壁面の、前記行程中央部領域以外の領域には前記凹部が形成されていないシリンダであり、
前記ピストンは、
前記シリンダの内壁面を摺動し、
ピストンにおけるピストンスカート部は、その表面の十点平均粗さRzが6μm以下であることを特徴とするシリンダとピストンの組み合わせ。
【請求項2】
前記シリンダが、シリンダ本体と、当該シリンダ本体の内側に固着されるシリンダライナとからなり、前記シリンダライナの内壁面に、前記複数の凹部が形成されていることを特徴とする請求項1に記載のシリンダとピストンの組み合わせ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2010−236444(P2010−236444A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−86289(P2009−86289)
【出願日】平成21年3月31日(2009.3.31)
【出願人】(390022806)日本ピストンリング株式会社 (137)
【Fターム(参考)】