説明

ステアバイワイヤ式操舵装置

【課題】旋回時に内外輪に作用するコーナリング力が略均等になるようにトー角を調整できるステアバイワイヤ式転舵装置を提供する。
【解決手段】転舵用モータ6の回転を転舵軸10に伝える転舵動力伝達機構18と、トー角調整用モータ7の回転でトー角を調整するトー角調整動力伝達機構30とを備える。モータ6,7の失陥時に、各モータ6,7の動力伝達経路を切り換えて転舵可能にする切換機構17と、各モータ6,7に転舵角およびトー角の指令信号をそれぞれ与えるステアリング制御手段とを設ける。ステアリング制御手段は、車速とヨーレイトに応じてトー角調整を連続的に行わせるトー角調整制御部を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転舵用の転舵軸と機械的に連結されていないステアリングホイールで操舵を行うようにしたステアバイワイヤ式操舵装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用操舵装置として、ステアリングホイールの操作により左右に駆動されるステアリングシャフト(ラックバー)と、車輪を転舵するタイロッドとステアリングシャフトとの位置関係を変更する転舵角変更手段を備え、車速が所定値以下の場合には、左右の車輪の転舵角の関係をアッカーマンジオメトリにし、車速が所定値を超えると左右の車輪の転舵角の関係をパラレルジオメトリに切り替えるものが提案されている(特許文献1)。このほか、左右の車輪の転舵角の関係を前記操舵装置のように切り替えるのではなく、車速に応じて連続的に変更するものも提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−138709号公報
【特許文献2】特開2009−101857号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1,2に開示の操舵装置では、高速旋回時のローリングによって旋回内輪の接地荷重が減少し、外輪の接地荷重が増加することにより、より大きなコーナリング力が発生できる外輪の転舵角を増し、内輪の転舵角を減少させるようにしている。この方法は、タイヤ接地荷重の増加に応じてコーナリング力が一様に増加するという前提で成立している。
しかしながら、タイヤが負荷できるコーナリング力は限界があり、接地荷重に応じてむやみに転舵角を増やすことは、より限界に近づけることになり、好ましくない。
【0005】
この発明の目的は、旋回時に内外輪に作用するコーナリング力が略均等になるようにトー角を調整できるステアバイワイヤ式操舵装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明のステアバイワイヤ式操舵装置は、左右両端にタイロッドが設けられた転舵軸と、この転舵軸に機械的に連結されていないステアリングホイールと、このステアリングホイールの操舵角を検出する操舵角センサと、転舵用モータと、この転舵用モータの回転を前記転舵軸に伝える転舵動力伝達機構と、トー角調整用モータと、このトー角調整用モータの回転によりトー角を調整させるトー角調整動力伝達機構と、前記操舵角センサの検出する操舵角を基に転舵角の指令信号およびトー角の指令信号を生成し、これら指令信号を前記転舵用モータおよびトー角調整用モータにそれぞれ与えるステアリング制御手段とを備えるステアバイワイヤ式操舵装置において、
前記ステアリング制御手段は、定められた規則に従い、車速とヨーレイトに応じてトー角調整を連続的に行わせるように前記トー角調整用モータを制御するトー角調整制御部を有することを特徴とする。前記車速は、車速検出手段によって検出された車速であり、前記ヨーレイトは、ヨーレイト検出手段によって検出された値、または他の検出手段の検出値から計算されたヨーレイトである。
【0007】
この構成によると、ステアリング制御手段のトー角調整制御部において、車速とヨーレイトに応じてトー角調整を連続的に行わせるようにしたので、旋回時に車速とヨーレイトの変化に応じてトー角調整をきめ細かに行うことができる。例えば、内外輪に作用するコーナリング力が略均等になるようにトー角を制御するにつき、トー角調整をきめ細かに行うことができる。これにより、旋回時に内外輪に加わる負荷を均等化して、タイヤ限界である危険領域から遠ざけることができる。また、高接地荷重状態でのタイヤ横滑り角を減少させることができて、タイヤの摩耗量を減らすこともできる。
【0008】
この発明において、ヨーレイトを検出する専用のヨーレイトセンサを車両重心付近に設け、前記トー角調整制御部は前記ヨーレイトセンサの検出するヨーレイトをトー角調整制御に用いるものとしても良い。
【0009】
この発明において、車輪に作用する横力を検出する横力検出用センサを車両全輪のハブに設け、前記トー角調整制御部は、前記全横力検出用センサの出力および車両重心と各車輪との位置関係に基づき算出したヨーレイトをトー角調整制御に用いるものであっても良い。
【0010】
この発明において、前記トー角調整制御部は、操舵される内外輪に作用するコーナリング力の差が設定値以下になるようにトー角調整を行わせるものであっても良い。例えば、操舵される内外輪に作用するコーナリング力がほぼ均等になるようにトー角調整を行わせるものとしても良い。ステアバイワイヤ式操舵装置によるトー角調整は、車速およびヨーレイト検出手段の検出値に基づいて、旋回内輪と外輪のコーナリング力の差が設定値以下になるように内外輪に実舵角を制御することで、負荷を均等化することができる。
このトー角調整制御部において、同じヨーレイトに対して、車速が高速になるに従ってトー角をアウト側としても良い。コーナリング力を均等化するトー角は、車速が上がるに従ってトーアウト側に寄って行く。したがって、高速旋回中は、車速とヨーレイトすなわち旋回半径に応じてトー角をアウト側に調整すれば、安全でタイヤの負担も小さくなる。
【0011】
この発明において、前記転舵用モータが失陥したときに、前記転舵用モータを前記転舵動力伝達機構から切り離し、かつトー角の変化を止めておき、前記転舵用モータに代えて前記トー角調整用モータの回転を前記転舵動力伝達機構に伝えて転舵可能とし、前記トー角調整用モータが失陥したときに、前記トー角調整動力伝達機構を動力伝達不能状態として前記転舵用モータによる転舵のみ行わせる切換機構を設け、
前記転舵軸は、非回転分割軸と回転分割軸とに軸方向に2分割され、これら両分割軸を軸中心と同心のねじ結合部で互いに結合した軸であって、非回転分割軸および回転分割軸が一体に軸方向移動することで操舵輪を転舵させ、かつ非回転分割軸に対して回転分割軸を回転させて、前記ねじ結合部の螺合長さを調整することで、前記左右のタイロッド間距離を変更して操舵輪のトー角を変える作用をし、前記回転分割軸は前記タイロッドに対して、互い揺動自在に連結するボールジョイントに加えて、回転分割軸の軸心回りに回転自在なスラスト軸受を介して連結されており、
前記転舵動力伝達機構は、前記転舵用モータの回転により前記転舵軸の非回転分割軸および回転分割軸を一体に軸方向移動させる機構であり、
前記トー角調整動力伝達機構は、前記トー角調整用モータの回転により前記転舵軸の非回転分割軸に対し回転分割軸を回転させる機構であり、
これら転舵動力伝達機構およびトー角調整動力伝達機構は、前記ステアリング制御手段の制御により、左右の転舵輪の転舵角が目標値に一致するように互いに協調して動作させられるものとしても良い。
【0012】
この構成によると、転舵用モータの回転により、転舵動力伝達機構を介して、転舵軸の非回転分割軸および回転分割軸を一体に軸方向移動させることで、左右のタイロッドを同方向に同距離移動させて、操舵輪を転舵させる。また、トー角調整用モータの回転により、トー角調整動力伝達機構を介して、転舵軸の非回転分割軸に対し回転分割軸を回転させることで、ねじ結合部の螺合長さを調整し、左右のタイロッド間距離を変更して、操舵輪のトー角を変える。このトー角調整の際、転舵動力伝達機構およびトー角調整動力伝達機構は、ステアリング制御手段の制御により、左右の転舵輪の転舵角が目標値に一致するように互いに協調して動作させられる。
【0013】
転舵用モータが失陥したときには、切換機構により、転舵用モータを転舵動力伝達機構から切り離し、かつトー角の変化を止めておき、転舵用モータに代えてトー角調整用モータの回転を転舵動力伝達機構に伝えて転舵可能とする。これにより、転舵用モータ失陥時でも転舵可能なフェールセーフ機能を持たせられる。また、トー角調整用モータが失陥したときには、切換機構により、トー角調整動力伝達機構を動力伝達不能状態として転舵用モータによる転舵のみ行わせる。これにより、トー角調整用モータ失陥時にトー角調整機構を固定して安全に走行できる。
【0014】
転舵軸を、非回転分割軸と回転分割軸とに軸方向に2分割し、これら両分割軸を軸中心と同心のねじ結合部で互いに結合した軸としたことにより、非回転分割軸に対し回転分割軸を回転させることで、左右のタイロッド間距離を変更させられる。左右のタイロッドは、非回転分割軸および回転分割軸にそれぞれ直接連結することができる。このため、この発明のステアバイワイヤ式操舵装置は、構成がコンパクトで、かつ転舵軸が設けられている箇所の全体の軸方向長さを短くでき、車両に搭載しやすい。
なお、転舵軸が軸方向に分割されていない場合は、転舵軸の両端に、転舵軸の回転に応じて軸方向に進退する進退部材を設け、これら進退部材に左右のタイロッドを取付ける構成とする必要がある。そのため、転舵軸が設けられている箇所の全体の軸方向長さが長くなる。
また、トー角調整を行う際には転舵軸を回転させるが、その回転分割軸が、ボールジョイントに加えてスラスト軸受を介して前記タイロッドに連結されているので、軸方向荷重が負荷された状態でも回転分割軸とタイロッドの間での摩擦トルクを軽減することができる。このため、回転分割軸の回転駆動源であるトー角調整用モータの容量を小さくすることができ、ステアバイワイヤ式操舵装置の構成をさらにコンパクトにすることができる。
【0015】
この発明において、前記トー角調整用モータを中空モータとし、この中空モータからなるトー角調整用モータの中空モータ軸内に前記転舵軸を挿通させても良い。また、前記転舵用モータを中空モータとし、この中空モータからなる転舵用モータの中空モータ軸内に、前記切換機構の構成部品を挿通させても良い。
上記各構成とすれば、トー角調整用モータおよび転舵用モータと、転舵軸および切換機構の構成部品とを、コンパクトに配置できる。
【0016】
この発明において、前記転舵軸の非回転分割軸にボールねじ軸部を設け、このボールねじ軸部に螺合するボールナットを回転のみ自在に設け、前記転舵動力伝達機構は、前記転舵用モータの回転により前記ボールナットを回転させて前記転舵軸を軸方向に移動させ転舵を行うものとするのが良い。
この構成によれば、転舵動力伝達機構の動作箇所を最低でボールナットだけにすることができるため、転舵動力伝達機構の構成を簡略にできる。
【0017】
前記ボールナットは、ボールの循環方式をこま式とし、このボールナットを複列アンギュラ玉軸受および深溝玉軸受で支持しても良い。
こま式のボールナットは、外径を小さくでき、しかも回転バランスが良好である。複列アンギュラ玉軸受および深溝玉軸受を組み合わせてボールナットを支持すると、ボールナットに作用する軸方向荷重およびモーメント荷重の両方を受けることができる。
【0018】
前記転舵軸の非回転分割軸におけるボールねじ軸部の外径面を滑り軸受で支持するのが良い。
軸方向に2分割された構造である転舵軸は、両分割軸の結合部付近の剛性が低く、この結合部付近の支持剛性を高める必要がある。また、ボールねじ軸部にモーメント荷重が加わることは極力避けなければならない。ボールねじ軸部の外径面を滑り軸受で支持すれば、両分割軸の結合部付近の支持剛性を向上させると共に、ボールねじ軸部にモーメント荷重が加わることを避けられる。滑り軸受の軸方向位置を、非回転分割軸および回転分割軸の結合部とボールナットとの間とすれば効果的である。
【0019】
前記転舵軸の非回転分割軸が軸回りに回転するのを防止する回り止め手段を設ける。その場合、前記回り止め手段は、前記転舵軸の非回転分割軸に形成されて、軸方向と垂直な断面の外形が軸中心の同心円とは異なる非同心円部と、装置のハウジングに固定して設けられ、前記非同心円部が軸方向に摺動自在に嵌合する滑り軸受とで構成できる。
上記回り止め手段は、構成が簡単で、転舵軸の非回転分割軸を確実に回り止め可能である。
【0020】
この発明において、前記転舵軸の回転分割軸にスプライン軸部を設け、このスプライン軸部に軸方向に相対移動自在に噛み合うスプラインナットを回転自在に設け、前記トー角調整動力伝達機構は、前記トー角調整用モータで前記スプラインナットを回転させることにより、前記転舵軸の回転分割軸を回転させて、前記非回転分割軸および回転分割軸のねじ結合部の螺合長さを調整することにより、転舵軸の長さを変更して操舵輪のトー角を変えるものとするのが良い。
この構成によれば、トー角調整動力伝達機構の動作箇所を最低でスプラインナットだけにすることができるため、トー角調整動力伝達機構の構成を簡略にできる。
【0021】
上記構成とする場合、前記転舵軸の前記スプライン軸部のスプライン歯と前記スプラインナットのスプライン歯が滑り接触していても、転がり接触していても良い。いずれであっても、スプラインナットからスプライン軸部へ、力を良好に伝達することができる。
【0022】
前記ねじ結合部は、ねじの種類が角ねじまたは台形ねじであるのが良い。
ねじの種類が角ねじまたは台形ねじであるねじ結合部は、非回転分割軸と回転分割軸との結合が堅固である。
【0023】
この発明において、前記非回転分割軸および回転分割軸のうち前記ねじ結合部の雌ねじが設けられている方の分割軸に、軸中心と同心の内径孔を設け、かつ前記ねじ結合部の雄ねじが設けられている方の分割軸に、前記内径孔に嵌合する嵌合軸部を設けても良い。その場合、前記内径孔から前記嵌合軸部が外れないように、これら内径孔と嵌合軸部の軸方向相対位置関係を規制する抜け止め手段を設けるのが望ましい。
内径孔に嵌合軸部を嵌合させることで、非回転分割軸と回転分割軸の同軸度が保持される。また、抜け止め手段を設けることで、内径孔から嵌合軸部が外れることを防止して、非回転分割軸と回転分割軸の同軸度を確実に保持できる。
【0024】
この発明において、前記トー角調整用モータは、最大発生トルクが前記転舵用モータの最大発生トルクよりも小さいものとすることができる。
トー角調整用モータによる通常時のトー角調整および転舵用モータ失陥時の転舵用駆動源としての代替は、車両走行時に行う動作であるため、その最大発生トルクは、据え切り動作時に転舵用モータに必要なトルクよりもはるかに小さいものである。したがって、トー角調整用モータは、転舵用モータよりも小型のもので良い。
【発明の効果】
【0025】
この発明のステアバイワイヤ式操舵装置は、左右両端にタイロッドが設けられた転舵軸と、この転舵軸に機械的に連結されていないステアリングホイールと、このステアリングホイールの操舵角を検出する操舵角センサと、転舵用モータと、この転舵用モータの回転を前記転舵軸に伝える転舵動力伝達機構と、トー角調整用モータと、このトー角調整用モータの回転によりトー角を調整させるトー角調整動力伝達機構と、前記操舵角センサの検出する操舵角を基に転舵角の指令信号およびトー角の指令信号を生成し、これら指令信号を前記転舵用モータおよびトー角調整用モータにそれぞれ与えるステアリング制御手段とを備えるステアバイワイヤ式操舵装置において、前記ステアリング制御手段が、車速とヨーレイトに応じてトー角調整を連続的に行わせるトー角調整制御部を有するものとしたため、旋回時に内外輪に作用するコーナリング力が略均等になるようにトー角を調整できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】この発明の一実施形態にかかるステアバイワイヤ式操舵装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】(A)は同ステアバイワイヤ式操舵装置における転舵軸駆動部の正常動作時の水平断面図、(B)はそのIIB部拡大図である。
【図3】(A)は同転舵軸駆動部におけるトー角調整用モータ失陥時の水平断面図、(B)はそのIII B部拡大図である。
【図4】(A)は同転舵軸駆動部における転舵用モータ失陥時の水平断面図、(B)はそのIVB部拡大図である。
【図5】(A),(B)は同転舵軸の結合ねじ部のそれぞれ異なる状態を示す断面図である。
【図6】図2のVI−VI断面図である。
【図7】同転舵軸駆動部の回転規制機構の側面図であり、(A),(B)はそれぞれ異なる状態を示す。
【図8】通常のスプライン軸のスプライン歯の歯先形状を示す説明図である。
【図9】(A)は前記転舵軸駆動部の中間軸の一例の側面図、(B)は同正面図である。
【図10】(A)は同転舵軸駆動部の中間軸の他の一例の側面図、(B)は同正面図である。
【図11】(A)は同転舵軸駆動部の中間軸のさらに他の一例の側面図、(B)は同正面図である。
【図12】(A)は同転舵軸駆動部の中間軸のさらに他の一例の側面図、(B)は同正面図である。
【図13】同ステアバイワイヤ式操舵装置における回転分割軸とタイロッドの連結部の拡大断面図である。
【図14】R200のコーナーを80km/hの速度で旋回するときのトー角とコーナリング力との関係を計算した結果を示すグラフである。
【図15】R200のコーナーを100km/hの速度で旋回するときのトー角とコーナリング力との関係を計算した結果を示すグラフである。
【図16】R200のコーナーを120km/hの速度で旋回するときのトー角とコーナリング力との関係を計算した結果を示すグラフである。
【図17】R200のコーナーを140km/hの速度で旋回するときのトー角とコーナリング力との関係を計算した結果を示すグラフである。
【図18】この発明の他の実施形態にかかるステアバイワイヤ式操舵装置の概略構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
この発明の一実施形態を図面と共に説明する。このステアバイワイヤ式操舵装置は、図1に概略図で示すように、運転者が操舵するステアリングホイール1と、操舵角センサ2と、操舵トルクセンサ3と、操舵反力モータ4と、左右の操舵輪13にナックルアーム12およびタイロッド11を介して連結された転舵用の軸方向移動自在な転舵軸10と、この転舵軸10を駆動する転舵軸駆動部14と、転舵角センサ8と、ECU(電気制御ユニット)5とを備える。ECU5は、ステアリング制御手段5a、失陥対応制御手段5b、および補正動作制御手段5cを含む。ECU5およびその各制御手段5a,5b,5cは、マイクロコンピュータおよびその制御プログラムを含む電子回路などにより構成される。
【0028】
ステアリングホイール1は、転舵用の転舵軸10と機械的に連結されていない。ステアリングホイール1に対して、操舵角センサ2および操舵トルクセンサ3が設けられ、操舵反力モータ4が接続されている。操舵角センサ2は、ステアリングホイール1の操舵角を検出するセンサである。操舵トルクセンサ3は、ステアリングホイール1に作用する操舵トルクを検出するセンサである。操舵反力モータ4は、ステアリングホイール1に反力トルクを付与するモータである。
【0029】
図2〜図4は、転舵軸駆動部14のそれぞれ異なる状態を示す水平断面図である。転舵軸駆動部14には、転舵軸10と、操舵輪13(図1)の転舵を行う転舵機構15と、操舵輪13のトー角調整を行うトー角調整機構16と、転舵機構15およびトー角調整機構16の各動力伝達機構18,30を切り換える切換機構17とが設けられている。
【0030】
転舵軸10は、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとに軸方向に2分割され、これら両分割軸10A,10Bを軸中心と同心のねじ結合部10Cで互いに結合した軸である。転舵軸駆動部14のハウジング19から突出した非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bの先端部に、左右のタイロッド11(図1)がそれぞれ連結されている。
【0031】
図5に示すように、ねじ結合部10Cは、非回転分割軸10Aに設けられた雄ねじ81と、回転分割軸10Bに設けられた雌ねじ82とを有する。ねじの種類は、角ねじまたは台形ねじが好ましい。ねじの種類が角ねじまたは台形ねじであるねじ結合部10Cは、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとの結合が堅固である。
【0032】
雄ねじ81は、非回転分割軸10Aのボールねじ軸部10aから回転分割軸10B側に突出する嵌合軸部83の先端に設けられている。雌ねじ82は、回転分割軸10Bの筒状部84の内周に形成されている。回転分割軸10Bには、前記筒状部84から非回転分割軸10Aに延びる延長筒状部85が設けられており、この延長筒状部85の内径孔86に前記嵌合軸部83が嵌合している。内径孔86は、転舵軸10の軸中心と同心とされている。
【0033】
このねじ結合部10Cには、前記内径孔86から前記嵌合軸部83が抜けるのを防止する抜け止め手段88が設けられている。この抜け止め手段88は、嵌合軸部83の外周に形成された環状の外周溝89に嵌合するサークリップ90と、内径孔86の内径面に形成された環状の内周溝91とでなる。図5(A)の部分拡大図に示すように、内周溝91の非回転分割軸10Aと反対側の段面91aは、外側に向かい次第に溝深さが浅くなるテーパ状になっている。
【0034】
通常は、図5(A)のように、サークリップ90と内周溝91との軸方向位置がずれており、サークリップ90は内径孔86の内径面に押されて縮径した状態になっている。この状態で、非回転分割軸10Aに対し回転分割軸10Bを回転させると、ねじ結合部10Cの螺合長さが調整される。図5(B)のように、サークリップ90と内周溝91とが軸方向同位置になると、サークリップ90が自身の弾性反発力で拡径して内周溝91に係合する。それにより、ねじ結合部10Cの螺合長さを短くする方向の動作が規制されて、内径孔86から嵌合軸部83が抜けなくなる。内周溝91の段面91aは前記形状のテーパ状になっているので、ねじ結合部10Cの螺合長さを短くする方向の動作は規制されない。
【0035】
非回転分割軸10Aは、回り止め手段93により、転舵軸駆動部14のハウジング19に対して軸方向に進退自在かつ軸回りに回転不能とされている。回り止め手段93は、図6に示すように、非回転分割軸10Aにおける前記ボールねじ軸部10aの外側に続く部分である非同心円部10bと、ハウジング19に固定して設けられ、前記非同心円部10bが軸方向に摺動自在に嵌合する滑り軸受94とで構成される。非同心円部10bの軸方向と垂直な断面の形状は、外形が軸中心の同心円とは異なる形状である。この図例では、非同心円部10bは、円周の一部を直線で切り落とした断面形状とされているが、他の断面形状であっても良い。この構成の回り止め手段93は、構成が簡単で、転舵軸10の非回転分割軸10Aを確実に回り止めできる。
【0036】
転舵軸10全体は、以下のようにハウジング19に支持されている。すなわち、非回転分割軸10Aは、ボールねじ軸部10aに螺合する後記ボールナット26を介して複列アンギュラ玉軸受29aおよび深溝玉軸受29bにより支持されると共に、前記滑り軸受94によって支持される。また、回転分割軸10Bは、その外周にスプライン嵌合する後記スプラインナット40を介して転がり軸受44により支持されている。さらに、ボールねじ軸部10aの外径面が、滑り軸受95によって支持されている。滑り軸受95の軸方向位置は、ねじ結合部10Cとボールナット26との間とされている。
【0037】
転舵機構15は、転舵軸10の非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bを一体に軸方向に移動させて操舵輪13の転舵を行う。この転舵機構15は、転舵用モータ6と、この転舵用モータ6の回転により転舵軸10を軸方向に移動させる転舵動力伝達機構18とを備える。
【0038】
転舵用モータ6は、転舵軸駆動部14のハウジング19に、前記転舵軸10と平行に取り付けられている。転舵用モータ6は中空モータであって、筒状の中空モータ軸20を有する。この中空モータ軸20は、一対の軸受23によりハウジング19に回転自在に支持されている。中空モータ軸20の中空部内には、転舵軸10と平行に設けた転舵用中間軸21が、針状ころ軸受22を介して回転自在かつ軸方向に移動自在に支持されている。転舵用中間軸21は、後記トー角調整用中間軸35と共に、切換機構17の直動アクチュエータ47により、図2に示す基準位置と、図3に示すトー角調整用モータ失陥時位置と、図4に示す転舵用モータ失陥時位置の各位置に軸方向に位置切換される。
【0039】
転舵動力伝達機構18は、転舵用モータ6の前記中空モータ軸20と、前記転舵用中間軸21と、この転舵用中間軸21の外周にキー(図示せず)を介して回転伝達可能に嵌合した出力ギヤ24と、この出力ギヤ24とカウンタギヤ24aを介して噛み合う入力ギヤ25と、この入力ギヤ25に固定され前記転舵軸10の非回転分割軸10Aのボールねじ軸部10aに螺合するボールナット26とでなる。これらボールねじ軸部10aとボールナット26とでボールねじ機構Aを構成する。ボールナット26は、例えばボールの循環方式がこま式のものを用いる。こま式のボールナット26は、外径を小さくでき、しかも回転バランスが良好である。
【0040】
出力ギヤ24は、転がり軸受28を介して前記ハウジング19に支持されている。また、ボールナット26は、軸方向両側に配した複列アンギュラ玉軸受29aおよび深溝玉軸受29bにより、ハウジング19に回転自在に支持されている。複列アンギュラ玉軸受29aおよび深溝玉軸受29bを組み合わせてボールナット26を支持すると、ボールナット26に作用する軸方向荷重およびモーメント荷重の両方を受けることができる。転舵用中間軸21は、前記のように、転舵用モータ6の中空モータ軸20に針状ころ軸受22を介して嵌合し、かつ出力ギヤ24にキーを介して嵌合しているため、軸方向への移動が許容されている。
【0041】
中空モータ軸20の内周に内歯からなるスプライン歯20a、転舵用中間軸21の外周に外歯からなるスプライン歯21aがそれぞれ形成されており、転舵軸駆動部14の正常時状態(図2)では、これらスプライン歯20a,21aが互いに噛み合ってスプライン嵌合部27を構成することで、中空モータ軸20と転舵用中間軸21とが回転伝達可能に連結されている。中空モータ軸20のスプライン歯20aは軸方向に長く、どの軸方向箇所にも転舵用中間軸21のスプライン歯21aが噛み合うことができる。
【0042】
転舵軸駆動部14の正常時状態(図2)において、転舵用モータ6の回転出力は、転舵用中間軸21、出力ギヤ24、カウンタギヤ24a、入力ギヤ25を経てボールナット26に伝達され、ボールナット26の回転が転舵軸10の軸方向への移動に変換されて転舵が行なわれる。
【0043】
トー角調整機構16は、非回転分割軸10Aに対して回転分割軸10Bを回転させて、ねじ結合部10Cの螺合長さを調整することにより、前記左右のタイロッド間距離を変更して操舵輪13のトー角を変える。このトー角調整機構16は、トー角調整用モータ7と、このトー角調整用モータ7の回転によりトー角を調整させるトー角調整動力伝達機構30とを備える。
【0044】
トー角調整用モータ7は、転舵軸駆動部14のハウジング19に、転舵軸10と同心に取り付けられている。トー角調整用モータ7も中空モータであって、その筒状の中空モータ軸31が転舵軸10におけるねじ結合部10Cの外周に設けられている。
【0045】
トー角調整動力伝達機構30は、前記中空モータ軸31に固定された出力ギヤ32と、この出力ギヤ32とカウンタギヤ32aを介して噛み合う第1中間ギヤ33と、この第1中間ギヤ33とスプライン嵌合部34で噛み合うトー角調整用中間軸35と、このトー角調整用中間軸35とスプライン嵌合部36で噛み合う第2中間ギヤ37と、この第2中間ギヤ37とカウンタギヤ39を介して噛み合う入力ギヤ38と、この入力ギヤ38に固定されたスプラインナット40とでなる。転舵軸10の回転分割軸10Bは外周に歯溝が形成されたスプライン軸であって、この回転分割軸10Bに前記スプラインナット40がスプライン嵌合している。回転分割軸10Bとスプラインナット40とは、両者が滑り接触していても、あるいはボール(図示せず)を介して互いに転がり接触していても良い。いずれであっても、スプラインナット40から回転分割軸10Bへ、回転を良好に伝達することができる。
【0046】
第1中間ギヤ33および第2中間ギヤ37とトー角調整用中間軸35とは、両中間ギヤ33,37に形成された内歯からなるスプライン歯33a,37aとトー角調整用中間軸35に形成された外歯からなるスプライン歯35a,35bとが互いに噛み合うことで、スプライン嵌合部34,36を構成する。トー角調整用中間軸35のスプライン歯35bは軸方向に長く、どの軸方向箇所にも第2中間ギヤ37のスプライン歯37aが噛み合うことができる。
【0047】
中空モータ軸31は転がり軸受41を介して、第1中間ギヤ33は転がり軸受42を介して、第2中間ギヤ37は転がり軸受43を介して、スプラインナット40は転がり軸受44を介して、それぞれハウジング19に支持されている。また、第1中間ギヤ33と第2中間ギヤ37間には転がり軸受45が介在し、両ギヤ33,37は互いに回転自在である。トー角調整用中間軸35は、前記のように、第2中間ギヤ37にスプライン嵌合部36で噛み合っているため、軸方向への移動が許容されている。転舵用中間軸21とトー角調整用中間軸35は、同軸上に互いに隣接して配置されており、両中間軸21,35の互いに対向する軸端間にスラスト軸受46を介在させてある。これにより、両中間軸21,35が相対回転可能となるようにされている。
【0048】
転舵軸駆動部14の正常時状態(図2)において、トー角調整用モータ7の回転出力は、中空モータ軸31、出力ギヤ32、カウンタギヤ32a、第1中間ギヤ33、トー角調整用中間軸35、第2中間ギヤ37、カウンタギヤ39、入力ギヤ38を経てスプラインナット40に伝達され、スプラインナット40の回転で転舵軸10の回転分割軸10Bが回転させられる。非回転分割軸10Aに対し回転分割軸10Bを回転させることで、ねじ結合部10Cの螺合長さを調整して、転舵軸10を伸縮させる。それにより、左右のタイロッド11間距離を変更して、操舵輪13(図1)のトー角を変える。このトー角調整の際、後述するように、転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30は、ステアリング制御手段5aの制御により、左右の操舵輪13の転舵角が目標値に一致するように互いに協調して動作させられる。
【0049】
図13の拡大断面図に示すように、回転分割軸10Bは、スラスト軸受96およびボールジョイント97を介してタイロッド11に相対回転可能に連結されている。具体的には、回転分割軸10Bのねじ結合部10C側とは反対側の先端に、その外周に形成された雄ねじ98に螺合して袋ナット状の有底の筒状部材99が取り付けられ、この筒状部材99内に複列のスラスト軸受96が回転分割軸10Bの軸中心と同心に支持されている。スラスト軸受96は、回転分割軸10Bの軸端で支持される軌道輪100Aと、筒状部材99の端部壁99aの内面に皿ばね102を介して支持される軌道輪100Bと、これら両軌道輪100A,100Bの中間位置に配置される軌道輪100Cと、軌道輪100A,100C間および軌道輪100B,100C間にそれぞれ介在するボール101とで構成される複列のスラスト玉軸受からなる。すなわち、スラスト軸受96は、回転分割軸10Bの軸端に向けて皿ばね102で予圧を与えられた状態で筒状部材99内に支持されている。ボールジョイント97は、その球面部103がタイロッド11に固定され、球面部103を抱くソケット状の球面座部材104の軸部104aが筒状部材端部壁99aおよび軌道輪100Bに設けられた各軸部挿通孔105,106を貫通してスラスト軸受96の中間の軌道輪100Cに連結されている。
なお、回転駆動されることのない非回転分割軸10Aに対しては、タイロッド11は直接連結される。
【0050】
このように、トー角調整時に回転駆動される転舵軸10の回転分割軸10Bに対して、タイロッド11がボールジョイント97に加えてスラスト軸受96を介して連結されているので、軸方向荷重が負荷された状態でも回転分割軸10Bとタイロッド11の間での摩擦トルクを軽減することができる。このため、回転分割軸10Bの回転駆動源であるトー角調整用モータ7の容量を小さくすることができる。
【0051】
切換機構17は、転舵用モータ6が失陥したとき、ならびにトー角調整用モータ7が失陥したときに、転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30の動力伝達系統を切り換えるためのものである。この切換機構17は、転舵用中間軸21およびトー角調整用中間軸35と、これら中間軸21,35を一緒に軸方向に移動させる直動アクチュエータ47と、両中間軸21,35が常に互いに接する状態に維持されるように押圧力を付与する押圧機構48と、両中間軸21,35の移動により転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30の各伝動連結部の伝動を係脱する伝動係脱機構49とを備える。
【0052】
直動アクチュエータ47は、ばね部材51と、ばね係脱機構52とでなる。さらに、ばね係脱機構52は、ばね部材51の直線運動を回転運動に変換する直線・回転運動変換機構53と、この直線・回転運動変換機構53で得られる回転運動を規制する回転規制機構54とでなる。
【0053】
この例では、ばね部材51は圧縮コイルばねであり、サポート部材55を図2〜図4の左方向に付勢している。つまり、ばね部材51は、サポート部材55に接する側の端部が左右方向に直線運動をする。サポート部材55は転舵用中間軸21と同軸上に互いに隣接して設けられている。サポート部材55と転舵用中間軸21間にスラスト軸受56を、サポート部材55とばね部材51間にスラストころ軸受57をそれぞれ介在させてあり、サポート部材55は中心軸回りに回転自在である。
【0054】
また、この例では、直線・回転運動変換機構53はボールねじ機構であり、サポート部材55と一体のボールねじ軸58と、このボールねじ軸58に螺合するボールナット59とで構成される。直線・回転運動変換機構53はボールねじ機構以外の構成であっても良く、例えばラックとピニオンを組み合わせたものとしても良い。
【0055】
図7に示すように、回転規制機構54は、回転軸であるボールねじ軸58に設けた突起物60、この突起物60に引っ掛かることでボールねじ軸58の回転を止める役割を果たすレバー61、およびこのレバー61を作動させる回転規制駆動源62で構成される。突起物60は、外周の一部が他よりも外径側に張り出す突起部60aとなった板状の部材で、その突起部60aの周方向一方端に、レバー61が当たる段面60bが形成されている。厳密には、突起物60の突起部60aが、レバー61が引っ掛かる突起物である。レバー61は、ボールねじ軸58と平行な回動中心軸61aに回動自在に設けられ、前記突起物60の突起部60aに引っ掛かる一対の引っ掛かり部61b,61cを有する。回転規制駆動源62は、直動式のアクチュエータからなり、例えばリニアソレノイドとされる。回転規制駆動源62は、一方向(上下方向)に進退作動する進退ロッド62aを有し、この進退ロッド62aが前記レバー61に連結リンク63を介して連結されている。
【0056】
図7(A)は、転舵軸駆動部14が正常時状態にあるときの回転規制機構54の状態を示す。この状態では、レバー61の一方の引っ掛かり部61bが突起物60の突起部60aに引っ掛かっており、それによって突起物60およびそれと一体のボールねじ軸58の回転が拘束されている。そのため、ボールねじ機構からなる直線・回転運動変換機構53の作用により、ボールねじ軸58が軸方向に移動できず、ばね部材51(図2)がサポート部材55(図2)を押すことが規制されている。つまり、ばね部材51は圧縮状態に保持され、両中間軸21,35(図2)を軸方向に付勢することが不能な無付勢状態になっている。
【0057】
図7(A)の状態から回転規制駆動源62の進退ロッド62aを後退させると、レバー61の引っ掛かり部61bと突起物60の突起部60aとの引っ掛かりが解除され、ボールねじ軸58が回転可能になる。それにより、ばね部材51の弾性反発力によって、ボールねじ軸58がボールナット59に対して回転しながら図2の左方向へ移動する。つまり、ばね部材51は前記圧縮状態から開放され、両中間軸21,35を軸方向に付勢する状態となる。突起物60が所定の位相だけ回転すると、図7(B)のように、突起物60の突起部60aがレバー61のもう一方の引っ掛かり部61cに引っ掛かり、突起物60およびボールねじ軸58の回転が拘束される。この間、両中間軸21,35は左側へ軸方向移動して、図3のトー角調整用モータ失陥時位置になる。
【0058】
図7(B)の状態から回転規制駆動源62の進退ロッド62aを進出させると、レバー61の引っ掛かり部61cと突起物60の突起部60aとの引っ掛かりが解除され、ボールねじ軸58が回転可能になる。それにより、前記同様、ばね部材51が両中間軸21,35を軸方向に付勢する状態となり、両中間軸21,35が左側へ軸方向移動する。それに伴い、突起物60とレバー61の軸方向位置が外れる。そのため、突起物60が回転しても突起部60aがレバー61のいずれの引っ掛かり部61b,61cにも引っ掛からなくなり、ばね部材51は直線運動範囲端まで移動する。このばね部材51が直線運動範囲端まで移動したときの両中間軸21,35の位置が、図4の転舵用モータ失陥時位置である。
【0059】
前記ばね係脱機構52は、作用的な面から見た場合、次のように言うこともできる。すなわち、ばね係脱機構52は、ばね部材51の直線運動範囲内、またはばね部材51と共に直線運動する部材であるボールねじ軸58の運動範囲内に配されて直線運動を妨げる障害物と、この障害物を取り除くことでばね部材51を圧縮状態から開放する障害物取り除き機構Bとでなる。この場合、障害物は、ボールねじ軸58に取付けた突起物60に引っ掛かってボールねじ軸58の直線運動を妨げるレバー61であり、障害物取り除き機構Bは、ボールねじ軸58の運動範囲内に突出させた障害物としてのレバー61を取り去るように作用する回転規制駆動源62と連結リンク63とを組み合わせた機構である。
【0060】
押圧機構48は、図2〜図4に示すように、トー角調整用中間軸35に隣接して転舵用およびトー角調整用両中間軸21,35と同軸上に配置された押圧軸64と、この押圧軸64をトー角調整用中間軸35に押し付ける側に弾性付勢するコイルばね65とでなる。押圧軸64およびコイルばね65は、ハウジング19の一部である押圧機構収容部19aに収容されている。押圧軸64とトー角調整用中間軸35の互いに対向する軸端間にはスラスト軸受66が配置され、これにより押圧軸64に対してトー角調整用中間軸35が回転自在となるようにされている。
【0061】
伝動係脱機構49は、第1〜第3伝動係脱機構71〜73を有する。
第1伝動係脱機構71は、転舵用モータ6の中空モータ軸20と、転舵用中間軸21と、トー角調整用駆動側部材である第1中間ギヤ33とでなる。両中間軸21,35が図2の基準位置にあるとき、ならびに図3のトー角調整用モータ失陥時位置にあるときは、中空モータ軸20のスプライン歯20aと転舵用中間軸21のスプライン歯21aが互いに噛み合ってスプライン嵌合部27を構成することにより、中空モータ軸20と転舵用中間軸21とが結合する。両中間軸21,35が図4の転舵用モータ失陥時位置では、転舵用中間軸21のスプライン歯21aが中空モータ軸20のスプライン歯20aから外れ、転舵用中間軸21のスプライン歯21aが第1中間ギヤ33のスプライン歯33aと噛み合ってスプライン嵌合部74を構成することにより、転舵用中間軸21が第1中間ギヤ33と結合する。
【0062】
第2伝動係脱機構72は、転舵用中間軸21と、トー角調整用駆動側部材である第1中間ギヤ33と、トー角調整用中間軸35とでなる。両中間軸21,35が図2の基準位置にあるときは、第1中間ギヤ33のスプライン歯33aとトー角調整用中間軸35のスプライン歯35aが互いに噛み合ってスプライン嵌合部34を構成することにより、第1中間ギヤ33とトー角調整用中間軸35とが結合する。両中間軸21,35が図3のトー角調整用モータ失陥時位置にあるとき、ならびに図4の転舵用モータ失陥時位置にあるときは、上記スプライン嵌合部34の噛み合いが外れて、第1中間ギヤ33とトー角調整用中間軸35とが非結合になる。
【0063】
第3伝動係脱機構73は、トー角調整用中間軸35と、トー角調整用従動側部材である第2中間ギヤ37と、ハウジング19とでなる。ハウジング19の前記押圧機構収容部19aの基端には、内歯からなるスプライン歯75aが形成されている。両中間軸21,35が図2の基準位置にあるときは、トー角調整用中間軸35のスプライン歯35bと第2中間ギヤ37のスプライン歯37aが互いに噛み合ってスプライン嵌合部36を構成することにより、トー角調整用中間軸35と第2中間ギヤ37とが結合する。両中間軸21,35が図3のトー角調整用モータ失陥時位置にあるとき、ならびに図4の転舵用モータ失陥時位置にあるときは、上記スプライン嵌合部36に加えて、トー角調整用中間軸35のスプライン歯35bとハウジング19のスプライン歯75aが互いに噛み合って、スプライン嵌合部75が構成される。このスプライン嵌合部75により、トー角調整用中間軸35は、ハウジング19に結合されて回転が拘束される。
【0064】
上記伝動係脱機構49の切換動作において、両中間軸21,35が基準位置から転舵用モータ失陥時位置へ軸方向移動する過程で、トー角調整用中間軸35が第1中間ギヤ33から外れるのよりも先に、トー角調整用中間軸35がハウジング19に結合されるように各部材の位置関係が設定されている。
【0065】
上記伝動切換機構49の切換動作を円滑に行うために、転舵用中間軸21のスプライン歯21a、およびトー角調整用中間軸35のスプライン歯35a,35bは、図8に示す通常のスプライン軸80におけるスプライン歯80aのように歯先の形状を平坦な形状とせず、例えば図9または図10に示すように、その歯先の形状を鋭角状とするのが望ましい。あるいは、他の例として、図11または図12に示すように、スプライン歯21a,35a,35bの歯先の形状を歯先凸部の無いテーパ状とするのが望ましい。
【0066】
また、図10または図12に示すように、転舵用中間軸21のトー角調整用中間軸35に対向する側の先端に、スプライン歯21aよりも軸端側に突出させて突出部76を設けてもよい。この突出部76の外径は、スプライン歯21aの歯底半径以下とする。このような突出部76が転舵用中間軸21の先端に設けられていれば、転舵用中間軸21およびトー角調整用中間軸35が基準位置から転舵用モータ失陥時位置に位置切換するときに、突出部76の軸方向長さ分だけ、先にトー角調整中間軸35のスプライン歯35aが第1中間ギヤ33のスプライン歯33aから外れ、その後で転舵用中間軸21のスプライン歯21aが第1中間ギヤ33のスプライン歯33aに噛み合う。つまり、トー角調整用モータ7とトー角調整用中間軸35との動力的な結合が解除されてから、トー角調整用モータ7と転舵用中間軸21とが動力的に結合される。なお、図2〜図4に示す転舵軸駆動部14には、図10または図12に示す軸端形状の転舵用中間軸21が採用されている。
【0067】
ECU5のステアリング制御手段5aは、操舵反力モータ4、転舵用モータ6、およびトー角調整用モータ7を制御する。すなわち、ステアリング制御手段5aは、操舵角センサ2の検出する操舵角の信号、図示しない車速センサの検出する操舵輪回転速度の信号、および運転状態を検出する各種センサの信号に基づいて、定められた規則に従って目標操舵反力を設定し、実際の操舵反力トルクが目標操舵反力に一致するように操舵トルクセンサ3の検出する操舵トルクの信号をフィードバックして、操舵反力モータ4を制御する。また、転舵用モータ6およびトー角調整用モータ7の回転方向と回転量を選択設定して、操舵輪13の転舵とトー角調整を選択的に行う。トー角調整の際には、左右の操舵輪13の転舵角が目標値に一致するように、転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30を互いに協調して動作させる。この協調動作については、後で具体的に説明する。
【0068】
ステアリング制御手段5aは、車速とヨーレイトに応じてトー角調整を連続的に行わせるようにトー角調整用モータ7を制御するトー角調整制御部111を有する。ここでは、車両重心付近に、ヨーレイトを検出する専用のヨーレイトセンサ112(図1)を設けている。トー角調整用制御部111では、ヨーレイトセンサ112の検出したヨーレイト、および車速センサ114の検出した車速をトー角調整制御に用いる。上記ヨーレイトセンサ112に代えて、図18のように、車両の全車輪13,13Aのハブ110に、車輪13,13Aに作用する横力を検出する横力検出用センサ113を設けても良い。この場合、トー角調理用制御部111では、全横力検出用センサ113の出力、および車両重心と各車輪13,13Aとの位置関係に基づきヨーレイトを算出し、算出したヨーレイトをトー角調整制御に用いる。
【0069】
トー角調整制御部111は、定められた規則に従い、上記車速とヨーレイトに応じてトー角調整を連続的に行わせるものであるが、上記の「定められた規則」は、任意の内容で良く、また計算式として定められたものであっても、テーブル等して定められたものであっても良い。上記「定められた規則」の例を挙げると、操舵される旋回内外輪に作用するコーナリング力の差が設定値以下になるようにトー角調整を行わせる規則とされる。例えば、上記旋回内外輪に作用するコーナリング力が互いに略均等になるようにトー角調整を行わせるようにする。トー角調整は、車速およびヨーレイトの検出手段114,112(113)の検出した車速およびヨーレイトに基づいて、旋回内輪と外輪のコーナリング力の差が設定値以下になるように、内外輪の実舵角を制御することで、負荷を均等化することができる。
【0070】
また、トー角調整制御部11は、同じヨーレイトに対して、車速が高速になるに従って、トー角をアウト側にするものとしても良い。車速が上がるにほど、コーナリング力を均等化するトー角は、後に図グラフと共に説明するように、トーアウト側に寄って行く。したがって、高速旋回中は、車速とヨーレイトすなわち旋回半径に応じてトー角をアウト側に調整すれば、安全でタイヤの負担も小さくなる。なお、上記の同じヨーレイトに対して、車速が高速になるに従って、トー角をアウト側にする制御は、任意に定められた車速以上の場合にのみ行うようにしても良い。
【0071】
失陥対応制御手段5bは、切換機構17の回転規制駆動源62を制御する。すなわち、失陥対応制御手段5bは、転舵用モータ6の失陥、およびトー角調整用モータ7の失陥を検出した場合に、それに応答して回転規制駆動源62を動作させ、転舵用およびトー角調整用の両中間軸21,35を、基準位置から転舵用モータ失陥時位置またはトー角調整用モータ失陥時位置へ軸方向移動させる。
【0072】
補正動作制御手段5cは、上記失陥対応制御手段5bにより両中間軸21,35を軸方向移動させる制御の補正をする。詳しくは、トー角調整用中間軸35のスプライン歯35bとハウジング19のスプライン歯75aとをスプライン嵌合75させて、トー角調整用中間軸35の回転を拘束する際に、トー角調整用モータ7でトー角調整用中間軸35をスプライン歯35bの1ピッチ分以上回転させることで、両スプライン歯35b,75aの位相を揃える。このような補正動作を行わせることで、トー角調整用中間軸35のハウジング19への固定を誤動作無く円滑に行うことができる。
【0073】
次に、このステアバイワイヤ式操舵装置の転舵軸駆動部14での動作を説明する。転舵用モータ6およびトー角調整用モータ7が正常である場合には、図2のように、転舵用モータ6の中空モータ軸20の回転が転舵動力伝達機構18を介してボールナット26に伝達されると共に、トー角調整用モータ7の中空モータ軸31の回転がトー角調整動力伝達機構30を介してスプラインナット40に伝達される。転舵軸10の非回転分割軸10Aのボールねじ軸部10aに螺合するボールナット26の回転は、非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bを一体に軸方向に移動させ、これにより操舵輪13の操舵が行なわれる。転舵軸10の回転分割軸10Bにスプライン嵌合するスプラインナット40の回転は回転分割軸10Bを回転させ、この回転により転舵軸10の両端に連結されたタイロッド11が進退して、トー角調整が行なわれる。
【0074】
このトー角調整は、具体的には次のように転舵用動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構の30を互いに協調する動作により行われる。すなわち、トー角調整用モータ7によりスプラインナット40を回転させると、スプラインナット40と共に、回転分割軸10Bが回転する。回転分割軸10Bは非回転分割輪10Aに対して、互いに同心のねじ結合部10Cで螺合していて、スプラインナット40に対して軸方向に移動自在であるため、回転分割軸10Bが回転すると、ねじ結合部10Cにおける回転量に応じた軸方向距離だけ、非回転分割軸10Aに対して回転分割軸10Bが軸方向に移動する。これにより、非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bからなる転舵軸10の長さが変わるため、トー角が変わる。しかし、回転分割軸10Bだけ移動したのでは、転舵角が変わることになる。そこで、転舵用モータ6によってボールナット26を回転させ、非回転分割軸10Aを回転分割軸10Bの移動方向に対して逆方向に軸移動させる。すなわち、トー角調整用モータ7による、回転分割軸10Bの非回転分割軸10Aに対する軸方向の相対移動長さの半分だけ、転舵用モータ6によって非回転分割軸10Aを移動させ、転舵軸10の全体長さの中心位置を維持させる。これにより、左右の転舵輪13の転舵角度が共に目標値に一致するように、つまり転舵角を変えることなく、トー角調整が行われる。ECU5のステアリング制御手段5aは、トー角調整時、このようにトー角調整用モータ7と共に転舵用モータ6を駆動させ、回転分割軸10Bの偏った移動を相殺させて、転舵角を変えることなくトー角調整を行わせる。
【0075】
トー角調整用モータ7が失陥した場合、ECU5の失陥対応制御手段5bからの指令により、切換機構17の回転規制駆動源62を作動させて、回転規制機構54を図7(A)の状態から同図(B)の状態に切り換える。それにより、直動アクチュエータ47を構成するばね部材51の弾性反発力によって、両中間軸21,35が図3のトー角調整用モータ失陥時位置まで軸方向移動して停止する。
【0076】
トー角調整用モータ失陥時位置では、第1伝動係脱機構71により転舵用中間軸21は中空モータ軸20に結合したままに保持され、第2伝動係脱機構72によりトー角調整用中間軸35は第1中間ギヤ33に対し非結合になり、第3伝動係脱機構73によりトー角調整用中間軸35がハウジング19に結合された状態となる。すなわち、トー角調整動力伝達機構30が動力伝達不能状態となると共に、トー角調整用中間軸35の回転が拘束される。その結果、転舵用モータ6による転舵のみが行われる。前述したように、この転舵軸駆動部14には、図12または図14に示す軸端形状の転舵用中間軸21が採用されており、トー角調整用モータ7とトー角調整用中間軸35との動力的な結合が解除されてから、トー角調整用モータ7と転舵用中間軸21とが動力的に結合されるため、伝動系統の切換動作が円滑に行える。
【0077】
転舵用モータ6が失陥した場合、ECU5の失陥対応制御手段5bからの指令により、切換機構17の回転規制駆動源62を作動させて、回転規制機構54を図7(A)の状態から同図(B)の状態を経てから同図(A)の状態に戻す。それにより、ばね部材51の弾性反発力によって、両中間軸21,35が、前記トー角調整用モータ失陥時位置を経由して、図4の転舵用モータ失陥時位置まで軸方向移動する。
【0078】
転舵用モータ失陥時位置では、第1伝動係脱機構71および第2伝動係脱機構72により、転舵用中間軸21と中空モータ軸20の結合、ならびにトー角調整用中間軸35と第1中間ギヤ33の結合が外れて、新たに転舵用中間軸21が第1中間ギヤ33と結合し、第3伝動係脱機構73によりトー角調整用中間軸35がハウジング19に結合された状態となる。すなわち、転舵用モータ6が転舵動力伝達機構18から切り離され、かつトー角調整用中間軸35の回転を拘束したうえで、転舵用中間軸21がトー角調整動力伝達機構30に連結される。それにより、転舵用モータ6に代えて、トー角調整用モータ7の回転を転舵用動力伝達機構18に伝えて転舵することが可能になる。
【0079】
このように、このステアバイワイヤ式操舵装置では、切換機構17により、転舵用モータ6が失陥したときに、転舵用モータ6を転舵動力伝達機構18から切り離し、かつトー角の変化を止めておき、転舵用モータ6に代えてトー角調整用モータ7の回転を転舵動力伝達機構18に伝えて転舵可能とすることにより、転舵用モータ失陥時でも転舵可能なフェールセーフ機能を持たせられる。また、切換機構17により、トー角調整用モータ7が失陥したときに、トー角調整動力伝達機構30を動力伝達不能状態として転舵用モータ6による転舵のみ行わせることにより、トー角調整用モータ失陥時にトー角調整機構16を固定して安全に走行できる。これら転舵用モータ失陥時およびトー角調整用モータ失陥時における転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30の動力伝達系統を切り換える一連の動作は、直動アクチュエータ47で転舵用およびトー角調整用の各中間軸21,35を軸方向に移動させることで、伝動係脱機構49により確実に行われる。
【0080】
また、転舵軸10を、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとに軸方向に2分割し、これら両分割軸10A,10Bを軸中心と同心のねじ結合部10Cで互いに結合した軸としたことにより、非回転分割軸10Aに対し回転分割軸10Bを回転させることで、左右のタイロッド11間距離を変更させられる。左右のタイロッド11は、非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bにそれぞれ直接連結することができる。このため、このステアバイワイヤ式操舵装置は、構成がコンパクトで、かつ転舵軸10が設けられている箇所の全体の軸方向長さを短くでき、車両に搭載しやすい。
なお、転舵軸が軸方向に分割されていない場合は、転舵軸の両端に、転舵軸の回転に応じて軸方向に進退する進退部材を設け、これら進退部材に左右のタイロッドを取付ける構成とする必要がある。そのため、転舵軸が設けられている箇所の全体の軸方向長さが長くなる。
【0081】
また、トー角調整時に回転駆動される転舵軸10の回転分割軸10Bに対して、タイロッド11がボールジョイント97に加えてスラスト軸受96を介して連結されているので、軸方向荷重が負荷された状態でも回転分割軸10Bとタイロッド11の間での摩擦トルクを軽減することができ、回転分割軸10Bの回転駆動源であるトー角調整用モータ7の容量を小さくすることができる。このため、ステアバイワイヤ式操舵装置の構成をさらにコンパクトにすることができる。
【0082】
軸方向に2分割された構造である転舵軸10は、両分割軸10A,10Bのねじ結合部10C付近の剛性が低いため、このねじ結合部10C付近の支持剛性を高める必要がある。また、ボールねじ軸部10aにモーメント荷重が加わることは極力避けなければならない。この実施形態のように、ねじ結合部10Cに近いボールねじ軸部10aの外径面を滑り軸受95で支持すれば、ねじ結合部10C付近の支持剛性を向上させると共に、ボールねじ軸部10aにモーメント荷重が加わることを避けられる。滑り軸受95の軸方向位置を、ねじ結合部10Cとボールナット26との間とすれば効果的である。
【0083】
転舵用モータ6およびトー角調整用モータ7として中空モータを用いることにより、これら中空モータ6,7の中空部内に転舵用中間軸21および転舵軸10をそれぞれ挿通させて設けることができる。そのため、ステアバイワイヤ式操舵装置の各構成部品を狭いスペースに無理なく配置することができ、全体の構成をコンパクトにできる。転舵用モータ6の中空部内に、転舵用中間軸21以外の切換機構17の構成部品を配置しても良い。転舵用モータ6およびトー角調整用モータ7のいずれか一方だけが中空モータであっても良い。また、転舵用中間軸21とトー角調整用中間軸35を同軸中心上にかつ軸方向移動自在に配置し、これら両中間軸21,35を直動アクチュエータ47で一緒に軸方向に移動させる構成としたことにより、切換機構17をコンパクトにできる。
【0084】
転舵軸10の非回転分割軸10Aにボールねじ軸部10aを設け、このボールねじ軸部10aにボールナット26を螺合させたことにより、転舵動力伝達機構18の動作箇所を最低でボールナット26だけにすることができ、転舵動力伝達機構18の構成が簡略になっている。また、転舵軸10の回転分割軸10Bをスプライン軸部とし、この回転分割軸10Bにスプラインナット40を噛み合わせたことにより、トー角調整動力伝達機構30の動作箇所を最低でスプラインナット40だけにすることができ、トー角調整動力伝達機構30の構成が簡略になっている。
【0085】
なお、トー角調整用モータ7によるトー角調整および転舵用モータ6の失陥のときの転舵用駆動源としての代替は、車両走行時に行う動作であるため、その最大発生トルクは、据え切り動作時に転舵用モータ6に必要なトルクよりもはるかに小さなものである。したがって、トー角調整用モータ7は、転舵用モータ6よりも小型のもので良い。
【0086】
特に、このステアバイワイヤ式操舵装置では、ステアリング制御手段5aのトー角調整制御部111により、車速とヨーレイトに応じてトー角調整を連続的に行わせるようにしているので、旋回時に車速とヨーレイトの変化に応じて内外輪のトー角をきめ細かく制御でき、例えば内外輪に作用するコーナリング力が略均等になるように(具体的には内外輪のコーナリング力の差が所定の設定値以下になるように)トー角を制御することができる。これにより、内外輪に加わる負荷を均等化して、タイヤ限界である危険領域から遠ざけることができる。また、高接地荷重状態でのタイヤ横滑り角を減少させることができ、タイヤの摩耗量を減らすこともできる。
【0087】
図14〜図17は、小型車の3自由度(横方向、ヨーイング、ローリング)車両運動モデルを用いて、R200のコーナーを80km/h,100km/h,120km/h,140km/hの各一定速度で旋回するときに、トー角によってタイヤに作用するコーナリング力がどれ程変化するかを計算した結果をグラフで示したものである。その計算データを表1〜表4に示す。
【0088】
【表1】

【0089】
【表2】

【0090】
【表3】

【0091】
【表4】

【0092】
ここで言う危険領域とは、コーナリング力がタイヤ摩擦力を超える領域であり、厳密にはタイヤ接地力によって変わってくる。ここでは簡易的に、ロードインデックス84の小型車用タイヤを仮定し、最大接地力が500kgで乾燥路面の摩擦係数を0.8として、4000N以上のコーナリング力が加われば滑り出すということで危険領域を定義している。
【0093】
車速80km/hの場合(図14)では、トー角を−0.3deg辺り(わずかにトーアウト)にすることで、操舵している前輪の内外輪に作用するコーナリング力が均等になる。内外輪のコーナリング力の和は一定なので、両者を均等化することで危険領域から離れることができる。図14〜図17のグラフから、車速が100km/h,120km/h,140km/hと上がるほど、コーナリング力を均等化するトー角は、−側すなわちトーアウト側に寄っていくことが分かる。したがって、高速旋回中は、車速とヨーレイトすなわち旋回半径に応じてトー角をアウト側に調整すれば、安全でタイヤの負担も小さくなる。
【符号の説明】
【0094】
1…ステアリングホイール
2…操舵角センサ
5a…ステアリング制御手段
6…転舵用モータ
7…トー角調整用モータ
10…転舵軸
10A…非回転分割軸
10B…回転分割軸
10C…ねじ結合部
10a…ボールねじ軸部
10b…非同心円部
11…タイロッド
17…切換機構
18…転舵動力伝達機構
20…中空モータ軸
21…転舵用中間軸
26…ボールナット
30…トー角調整動力伝達機構
31…中空モータ軸
35…トー角調整用中間軸
40…スプラインナット
81…雄ねじ
82…雌ねじ
83…嵌合軸部
86…内径孔
88…抜け止め手段
93…回り止め手段
94,95…滑り軸受
96…スラスト軸受
97…ボールジョイント
110…ハブ
111…トー角調整制御部
112…ヨーレイトセンサ
113…横力検出用センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右両端にタイロッドが設けられた転舵軸と、この転舵軸に機械的に連結されていないステアリングホイールと、このステアリングホイールの操舵角を検出する操舵角センサと、転舵用モータと、この転舵用モータの回転を前記転舵軸に伝える転舵動力伝達機構と、トー角調整用モータと、このトー角調整用モータの回転によりトー角を調整させるトー角調整動力伝達機構と、前記操舵角センサの検出する操舵角を基に転舵角の指令信号およびトー角の指令信号を生成し、これら指令信号を前記転舵用モータおよびトー角調整用モータにそれぞれ与えるステアリング制御手段とを備えるステアバイワイヤ式操舵装置において、
前記ステアリング制御手段は、定められた規則に従い、車速とヨーレイトに応じてトー角調整を連続的に行わせるようにトー角調整用モータを制御するトー角調整制御部を有することを特徴とするステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項2】
請求項1において、ヨーレイトを検出する専用のヨーレイトセンサを車両重心付近に設け、前記トー角調整制御部は前記ヨーレイトセンサの検出するヨーレイトをトー角調整制御に用いるものとしたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項3】
請求項1において、車輪に作用する横力を検出する横力検出用センサを車両全輪のハブに設け、前記トー角調整制御部は前記全横力検出用センサの出力および車両重心と各車輪との位置関係に基づき算出したヨーレイトをトー角調整制御に用いるものとしたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記トー角調整制御部は、操舵される旋回内外輪に作用するコーナリング力の差が設定値以下になるようにトー角調整を行わせるものとしたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項5】
請求項4において、前記トー角調整制御部は、同じヨーレイトに対して、車速が高速になるに従って、トー角をアウト側にするステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項において、前記転舵用モータが失陥したときに、前記転舵用モータを前記転舵動力伝達機構から切り離し、かつトー角の変化を止めておき、前記転舵用モータに代えて前記トー角調整用モータの回転を前記転舵動力伝達機構に伝えて転舵可能とし、前記トー角調整用モータが失陥したときに、前記トー角調整動力伝達機構を動力伝達不能状態として前記転舵用モータによる転舵のみ行わせる切換機構を設け、
前記転舵軸は、非回転分割軸と回転分割軸とに軸方向に2分割され、これら両分割軸を軸中心と同心のねじ結合部で互いに結合した軸であって、非回転分割軸および回転分割軸が一体に軸方向移動することで操舵輪を転舵させ、かつ非回転分割軸に対して回転分割軸を回転させて、前記ねじ結合部の螺合長さを調整することで、前記左右のタイロッド間距離を変更して操舵輪のトー角を変える作用をし、前記回転分割軸は前記タイロッドに対して、互い揺動自在に連結するボールジョイントに加えて、回転分割軸の軸心回りに回転自在なスラスト軸受を介して連結されており、
前記転舵動力伝達機構は、前記転舵用モータの回転により前記転舵軸の非回転分割軸および回転分割軸を一体に軸方向移動させる機構であり、
前記トー角調整動力伝達機構は、前記トー角調整用モータの回転により前記転舵軸の非回転分割軸に対し回転分割軸を回転させる機構であり、
これら転舵動力伝達機構およびトー角調整動力伝達機構は、前記ステアリング制御手段の制御により、左右の転舵輪の転舵角が目標値に一致するように互いに協調して動作させられるものとしたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項7】
請求項6において、前記トー角調整用モータを中空モータとし、この中空モータからなるトー角調整用モータの中空モータ軸内に前記転舵軸を挿通させたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項8】
請求項6において、前記転舵用モータを中空モータとし、この中空モータからなる転舵用モータの中空モータ軸内に、前記切換機構の構成部品を挿通させたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項9】
請求項6ないし請求項8のいずれか1項において、前記転舵軸の非回転分割軸にボールねじ軸部を設け、このボールねじ軸部に螺合するボールナットを回転のみ自在に設け、前記転舵動力伝達機構は、前記転舵用モータの回転により前記ボールナットを回転させて前記転舵軸を軸方向に移動させ転舵を行うものとしたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項10】
請求項9において、前記ボールナットは、ボールの循環方式をこま式とし、このボールナットを複列アンギュラ玉軸受および深溝玉軸受で支持したステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項11】
請求項9において、前記転舵軸の非回転分割軸におけるボールねじ軸部の外径面を滑り軸受で支持したステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項12】
請求項9ないし請求項11のいずれか1項において、前記転舵軸の非回転分割軸が軸回りに回転するのを防止する回り止め手段を設けたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項13】
請求項12において、前記回り止め手段は、前記転舵軸の非回転分割軸に形成されて、軸方向と垂直な断面の外形が軸中心の同心円とは異なる非同心円部と、装置のハウジングに固定して設けられ、前記非同心円部が軸方向に摺動自在に嵌合する滑り軸受とでなるステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項14】
請求項5ないし請求項13のいずれか1項において、前記転舵軸の回転分割軸にスプライン軸部を設け、このスプライン軸部に軸方向に相対移動自在に噛み合うスプラインナットを回転自在に設け、前記トー角調整動力伝達機構は、前記トー角調整用モータで前記スプラインナットを回転させることにより、前記転舵軸の回転分割軸を回転させて、前記非回転分割軸および回転分割軸のねじ結合部の螺合長さを調整することにより、転舵軸の長さを変更して操舵輪のトー角を変えるものとしたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項15】
請求項14において、前記転舵軸の前記スプライン軸部のスプライン歯と前記スプラインナットのスプライン歯が滑り接触しているステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項16】
請求項14において、前記転舵軸の前記スプライン軸部のスプライン歯と前記スプラインナットのスプライン歯が転がり接触しているステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項17】
請求項5ないし請求項16のいずれか1項において、前記ねじ結合部は、ねじの種類が角ねじまたは台形ねじであるステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項18】
請求項5ないし請求項17のいずれか1項において、前記非回転分割軸および回転分割軸のうち前記ねじ結合部の雌ねじが設けられている方の分割軸に、軸中心と同心の内径孔を設け、かつ前記ねじ結合部の雄ねじが設けられている方の分割軸に、前記内径孔に嵌合する嵌合軸部を設けたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項19】
請求項18において、前記内径孔から前記嵌合軸部が外れないように、これら内径孔と嵌合軸部の軸方向相対位置関係を規制する抜け止め手段を設けたステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項20】
請求項5ないし請求項19のいずれか1項において、前記トー角調整用モータは、最大発生トルクが前記転舵用モータの最大発生トルクよりも小さいものとしたステアバイワイヤ式操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2011−161938(P2011−161938A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−22991(P2010−22991)
【出願日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】