説明

ステアバイワイヤ式操舵装置

【課題】トー角調整時に転舵軸の非回転分割軸と回転分割軸とが互いに抜けることが防げ、トー角調整用モータの消費電力量を抑えることができるステアバイワイヤ式操舵装置を提供する。
【解決手段】非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとがねじ結合部で互いに結合された転舵軸10を備える。両分割軸10A,10Bを一体に軸方向移動させることにより、転舵輪を転舵させる。非回転分割軸10Aに対して回転分割軸10Bを回転させて、ねじ結合部の螺合長さを調整することにより、転舵輪のトー角を変える。一方の分割軸10Aに、径方向に広がるつば部90b,90cを有する被係合部材90を設ける。他方の分割軸10Bに、ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以下になった場合に、つば部90cに係合して螺合長さが短くなる側への両分割軸10A,10Bの相対軸方向移動を規制する係合部材91を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転舵用の転舵軸と機械的に連結されていないステアリングホイールで操舵を行うステアバイワイヤ式操舵装置に関し、特に2軸分割構造である転舵軸の抜け止め機構に関する。
【背景技術】
【0002】
ステアバイワイヤ式操舵装置は、ステアリングホイールの操作に応じて転舵用モータを駆動し、この転舵用モータの駆動で転舵軸を軸方向に移動させ、転舵軸の左右両端に設けたタイロッドを動作させて左右の転舵輪を転舵させる(例えば特許文献1)。
【0003】
この種のステアバイワイヤ式操舵装置において、転舵輪のトー角を変えることを可能とするために、本件出願人は、前記転舵軸を、非回転分割軸と回転分割軸とに軸方向に2分割し、これら両分割軸を軸中心と同心のねじ結合部で互いに結合した構成を提案している(特願2009−238832)。この構成であると、非回転分割軸および回転分割軸を一体に軸方向移動させることで転舵輪が転舵し、かつ非回転分割軸に対して回転分割軸を回転させて、ねじ結合部の螺合長さを調整することで、左右のタイロッド間距離が変更されて転舵輪のトー角が変わる。
【0004】
上記提案では、前記ねじ結合部が外れて非回転分割軸と回転分割軸とが分離するのを防止するために、一方の分割軸にサークリップを設け、もう一方の分割軸に前記サークリップが嵌り込む円周溝を設けた抜け止め手段が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−349845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記サークリップと円周溝からなる抜け止め手段は、サークリップが自身の弾性反発力で径方向に拡がろうとして、前記もう一方の分割軸と常時接触しているため、トー角を変えるためにねじ結合部の螺合長さを変更する時に、サークリップの弾性反発力が負荷となり、トー角調整用モータの消費電力量が多くなるという課題が残っていた。
【0007】
また、サークリップは、一方の分割軸の外周に形成された環状溝に嵌合しており、外部から取り外すことができないため、保守、点検等のために、転舵軸を非回転分割軸と回転分割軸とに分離する場合に、サークリップを破壊しなければならない。さらに、その際に転舵軸を傷付ける可能性がある。
【0008】
この発明の目的は、トー角調整時に転舵軸の非回転分割軸と回転分割軸とが互いに抜けることが防げ、トー角調整用モータの消費電力量を抑えることができるステアバイワイヤ式操舵装置を提供することである。
この発明の他の目的は、保守や点検時に抜け止め手段を破壊することなく非回転分割軸と回転分割軸とを分離することを可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明のステアバイワイヤ式操舵装置は、ステアリングホイールと、このステアリングホイールに機械的に連結されず、左右両端にタイロッドが設けられた転舵軸と、転舵輪を転舵させる転舵機構と、転舵輪のトー角を調整するトー角調整機構とを備える。前記転舵軸は、非回転分割軸と回転分割軸とに軸方向に並ぶように2分割され、これら両分割軸を軸中心と同心のねじ結合部で互いに結合した軸であり、前記転舵機構は、転舵用モータの駆動で前記非回転分割軸および回転分割軸を一体に軸方向移動させることにより転舵輪を転舵させる機構であり、前記トー角調整機構は、トー角調整用モータの駆動で前記非回転分割軸に対して前記回転分割軸を回転させて、前記ねじ結合部の螺合長さを調整することにより、前記左右のタイロッド間距離を変更して転舵輪のトー角を変える機構である。前記転舵軸の非回転分割軸および回転分割軸のうちの一方の分割軸に、径方向に広がるつば部を有する被係合部材を設け、他方の分割軸に、前記ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以下になった場合に、前記被係合部材のつば部に係合して、前記螺合長さが短くなる側への前記非回転分割軸と前記回転分割軸との相対軸方向移動を規制する係合部材を設ける。
【0010】
この構成によると、転舵機構およびトー角調整機構を備えるため、転舵輪の転舵および転舵輪のトー角の変更の両方を行える。トー角調整時に、ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以下になった場合、係合部材が被係合部材のつば部に係合して、螺合長さが短くなる側への非回転分割軸と回転分割軸との相対軸方向移動が規制される。それにより、非回転分割軸と回転分割軸とが互いに抜けることが防げる。係合部材が被係合部材のつば部に係合していない時は、係合部材はどの部材とも接触していない。そのため、ねじ結合部の螺合長さ変更時に、係合部材が負荷とならず、トー角調整用モータの消費電力量を抑えることができる。
【0011】
この発明において、前記係合部材は、前記他方の分割軸に対して着脱自在であるのが良い。
係合部材が着脱自在であると、保守や点検時に抜け止め手段を破壊することなく非回転分割軸と回転分割軸とを分離することが可能である。
【0012】
この発明において、前記一方の分割軸に設けられた被係合部材は、軸方向に離れた2個所に前記つば部を有し、前記ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以下になった場合に、前記係合部材が前記被係合部材の一方のつば部に係合して、前記螺合長さが短くなる側への前記非回転分割軸と前記回転分割軸との相対軸方向移動を規制すると共に、前記ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以上になった場合に、前記係合部材が前記被係合部材の他方のつば部に係合して、前記螺合長さが長くなる側への前記非回転分割軸と前記回転分割軸との相対軸方向移動を規制する構成であってもよい。
この場合、非回転分割軸と回転分割軸とが互いに抜けることが防げると共に、ねじ結合部の螺合長さが長くなりすぎることによって両分割軸が互いに干渉することを防げる。
【0013】
この発明において、前記被係合部材は、前記転舵軸の一方の分割軸と別体であってもよい。
被係合部材が一方の分割軸と別体であると、被係合部材のつば部の加工が容易である。
【0014】
この発明において、前記係合部材が前記被係合部材のつば部に係合するとき、両者は互いに点接触または線接触するのが望ましい。
点接触または線接触であると、係合部材と被係合部材のつば部との接触面積を小さくできる。それにより、互いに接触状態にある係合部材と被係合部材のつば部を引き離す側へ回転分割軸を回転させるトルクが小さくて済む。係合部材と被係合部材のつば部とが平面同士で接触している場合、前記トルクが大きくなり、トー角調整用モータの能力を超えてしまう恐れがある。
【0015】
例えば、前記被係合部材のつば部および前記係合部材は、互いの接触面が、一方は平面であり、他方は曲面とする。より具体的には、前記被係合部材のつば部および前記係合部材のうち、前記接触面が曲面である方の部材は、その接触面が雄ねじの外周面からなるものとする。
上記構成とすることにより、簡単な構造で点接触または線接触を実現できる。
【発明の効果】
【0016】
この発明のステアバイワイヤ式操舵装置は、ステアリングホイールと、このステアリングホイールに機械的に連結されず、左右両端にタイロッドが設けられた転舵軸と、転舵輪を転舵させる転舵機構と、転舵輪のトー角を調整するトー角調整機構とを備え、前記転舵軸は、非回転分割軸と回転分割軸とに軸方向に並ぶように2分割され、これら両分割軸を軸中心と同心のねじ結合部で互いに結合した軸であり、前記転舵機構は、転舵用モータの駆動で前記非回転分割軸および回転分割軸を一体に軸方向移動させることにより転舵輪を転舵させる機構であり、前記トー角調整機構は、トー角調整用モータの駆動で前記非回転分割軸に対して前記回転分割軸を回転させて、前記ねじ結合部の螺合長さを調整することにより、前記左右のタイロッド間距離を変更して転舵輪のトー角を変える機構であり、前記転舵軸の非回転分割軸および回転分割軸のうちの一方の分割軸に、径方向に広がるつば部を有する被係合部材を設け、他方の分割軸に、前記ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以下になった場合に、前記被係合部材のつば部に係合して、前記螺合長さが短くなる側への前記非回転分割軸と前記回転分割軸との相対軸方向移動を規制する係合部材を設けたため、トー角調整時に転舵軸の非回転分割軸と回転分割軸とが互いに抜けることが防げ、さらにねじ結合部の螺合長さ変更時には、係合部材はどの部材との接触しないため、トー角調整用モータの消費電力量を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】この発明の一実施形態にかかるステアバイワイヤ式操舵装置の概略構成を示すブロック図である。
【図2】(A)は同ステアバイワイヤ式操舵装置における転舵軸駆動部の正常動作時の水平断面図、(B)はそのIIB部拡大図である。
【図3】(A)は同転舵軸駆動部におけるトー角調整用モータ失陥時の水平断面図、(B)はそのIIIB部拡大図である。
【図4】(A)は同転舵軸駆動部における転舵用モータ失陥時の水平断面図、(B)はそのIVB部拡大図である。
【図5】(A)は同転舵軸の結合ねじ部の断面図、(B)はその部分拡大図である。
【図6】図5(B)のVI−VI断面図である。
【図7】図2のVII−VII断面図である。
【図8】同転舵軸駆動部の回転規制機構の側面図であり、(A),(B)はそれぞれ異なる状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
この発明の一実施形態を図面と共に説明する。このステアバイワイヤ式操舵装置は、図1に概略図で示すように、運転者が操舵するステアリングホイール1と、操舵角センサ2と、操舵トルクセンサ3と、操舵反力モータ4と、左右の転舵輪13にナックルアーム12およびタイロッド11を介して連結された転舵用の軸方向移動自在な転舵軸10と、この転舵軸10を駆動する転舵軸駆動部14と、転舵角センサ8と、ECU(電気制御ユニット)5とを備える。ECU5は、ステアリング制御手段5a、失陥対応制御手段5b、および補正動作制御手段5cを含む。ECU5およびその各制御手段5a,5b,5cは、マイクロコンピュータおよびその制御プログラムを含む電子回路等により構成される。
【0019】
ステアリングホイール1は、転舵用の転舵軸10と機械的に連結されていない。ステアリングホイール1に対して、操舵角センサ2および操舵トルクセンサ3が設けられ、操舵反力モータ4が接続されている。操舵角センサ2は、ステアリングホイール1の操舵角を検出するセンサである。操舵トルクセンサ3は、ステアリングホイール1に作用する操舵トルクを検出するセンサである。操舵反力モータ4は、ステアリングホイール1に反力トルクを付与するモータである。
【0020】
図2〜図4は、転舵軸駆動部14のそれぞれ異なる状態を示す水平断面図である。転舵軸駆動部14には、転舵軸10と、転舵輪13(図1)の転舵を行う転舵機構15と、転舵輪13のトー角調整を行うトー角調整機構16と、転舵機構15およびトー角調整機構16の各動力伝達機構18,30を切り換える切換機構17とが設けられている。
【0021】
転舵軸10は、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとに軸方向に並ぶように2分割され、これら両分割軸10A,10Bを軸中心と同心のねじ結合部10Cで互いに結合した軸である。転舵軸駆動部14のハウジング19から突出した非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bの先端部に、左右のタイロッド11(図1)がそれぞれ連結されている。
【0022】
図5に示すように、ねじ結合部10Cは、非回転分割軸10Aに設けられた雄ねじ81と、非回転分割軸10Bに設けられた雌ねじ82とを有する。ねじの種類は、台形ねじが好ましい。ねじの種類が台形ねじであるねじ結合部10Cは、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとの結合が堅固である。
【0023】
雄ねじ81は、非回転分割軸10Aのボールねじ軸部10aから回転分割軸10B側に突出する嵌合軸部83の先端に設けられている。雌ねじ部82は、回転分割軸10Bの筒状部84の内周に形成されている。回転分割軸10Bには、前記筒状部84から非回転分割軸10A側に延びる延長筒状部85が設けられており、この延長筒状部85の内径孔86に前記嵌合軸部83が嵌合している。内径孔86は、転舵軸10の軸中心と同心である。
【0024】
このねじ結合部10Cには、前記内径孔86から前記嵌合軸部83が抜けて、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとが互いに分離するのを防止する抜け止め手段88が設けられている。この抜け止め手段88は、非回転分割軸10Aに設けた被係合部材90と、回転分割軸10Bに設けた係合部材91とでなる。
【0025】
被係合部材90は、転舵軸10の軸心に沿って延びる軸部90aの両端に、この軸部90aよりも径方向に拡がった一対のつば部90b,90cを有する部材であり、基端に設けられたねじ部90dにより非回転分割軸10Aの先端に締結されている。
【0026】
係合部材91は、図6のように、回転分割軸10Bの筒状部84に径方向にねじ込まれた雄ねじからなり、その先端が筒状部84の内周よりも中心側に突出している。図の例では、3個の係合部材91が、円周方向に等配で設けられている。各係合部材91の軸方向位置は、前記被係合部材90の一対のつば部90b,90c間の位置とされる。
【0027】
非回転分割軸10Aは、図7に示す回り止め手段93により、転舵軸駆動部14のハウジング19に対して軸方向に進退自在かつ軸回りに回転不能とされている。回り止め手段93は、非回転分割軸10Aにおける前記ボールねじ軸部10aの外側に続く部分である非同心円部10bと、ハウジング19に固定して設けられ、前記非同心円部10bが軸方向に摺動自在に嵌合する滑り軸受94とで構成される。非同心円部10bの軸方向と垂直な断面の形状は、外形が軸中心の同心円とは異なる形状である。この図例では、非同心円部10bは、円周の一部を直線で切り落とした断面形状とされているが、他の断面形状であってもよい。この構成の回り止め手段93は、構成が簡単で、転舵軸10の非回転分割軸10Aを確実に回り止めできる。
【0028】
図2〜図4において、転舵軸10全体は、以下のようにハウジング19に支持されている。すなわち、非回転分割軸10Aは、ボールねじ軸部10aに螺合する後記ボールナット26を介して複列アンギュラ玉軸受29aおよび深溝玉軸受29bにより支持されると共に、前記滑り軸受94によって支持される。非回転分割軸10Aのボールねじ軸部10aの外径面は、滑り軸受95によって支持されている。また、回転分割軸10Bは、その外周にスプライン嵌合する後記スプラインナット40を介して転がり軸受44により支持されている。滑り軸受95の軸方向位置は、ねじ結合部10Cとボールナット26との間とされている。回転分割軸10Bの外径面は、ハウジング19に固定された滑り軸受96および中空モータ軸31の内径面に固定された滑り軸受97によって支持されている。
【0029】
転舵機構15は、転舵軸10の非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bを一体に軸方向に移動させて転舵輪13の転舵を行う。この転舵機構15は、転舵用モータ6と、この転舵用モータ6の回転により転舵軸10を軸方向に移動させる転舵動力伝達機構18とを備える。
【0030】
転舵用モータ6は、転舵軸駆動部14のハウジング19に、前記転舵軸10と平行に取付けられている。転舵用モータ6は中空モータであって、筒状の中空モータ軸20を有する。この中空モータ軸20は、一対の軸受23によりハウジング19に回転自在に支持されている。中空モータ軸20の中空部内には、転舵軸10と平行に設けた転舵用中間軸21が、一対の円筒ころ軸受22を介して回転自在かつ軸方向に移動自在に支持されている。転舵用中間軸21は、後記トー角調整用中間軸35と共に、切換機構17の直動アクチュエータ47により、図2に示す基準位置と、図3に示すトー角調整用モータ失陥時位置と、図4に示す転舵用モータ失陥時位置の各位置に軸方向に位置切換される。
【0031】
転舵動力伝達機構18は、転舵用モータ6の前記中空モータ軸20と、前記転舵用中間軸21と、この転舵用中間軸21の外周にキー(図示せず)を介して回転伝達可能に嵌合した出力ギヤ24と、この出力ギヤ24とカウンタギヤ24aを介して噛み合う入力ギヤ25と、この入力ギヤ25に固定され前記転舵軸10の非回転分割軸10Aのボールねじ軸部10aに螺合するボールナット26とでなる。これらボールねじ軸部10aとボールナット26とでボールねじ機構Aを構成する。ボールナット26は、例えばボールの循環方式がこま式のものを用いる。こま式のボールナット26は、外径を小さくでき、しかも回転バランスが良好である。
【0032】
入力ギヤ24は、転がり軸受28を介して前記ハウジング19に支持されている。また、ボールナット26は、軸方向両側に配した複列アンギュラ玉軸受29aおよび深溝玉軸受29bにより、ハウジング19に回転自在に支持されている。複列アンギュラ玉軸受29aおよび深溝玉軸受29bを組み合わせてボールナット26を支持すると、ボールナット26に作用する軸方向荷重およびモーメント荷重の両方を受けることができる。転舵用中間軸21は、前記のように、転舵用モータ6の中空モータ軸20に円筒ころ軸受22を介して嵌合し、かつ出力ギヤ24にキーを介して嵌合しているため、軸方向への移動が許容されている。
【0033】
中空モータ軸20の内周に内歯からなるスプライン歯20a、転舵用中間軸21の外周に外歯からなるスプライン歯21aがそれぞれ形成されており、転舵軸駆動部14の正常時状態(図2)では、これらスプライン歯20a,21aが互いに噛み合ってスプライン嵌合部27を構成することで、中空モータ軸20と転舵用中間軸21とが回転伝達可能に連結されている。中空モータ軸20のスプライン歯20aは軸方向に長く、どの軸方向箇所にも転舵用中間軸21のスプライン歯21aが噛み合うことができる。
【0034】
転舵軸駆動部14の正常時状態(図2)において、転舵用モータ6の回転出力は、転舵用中間軸21、出力ギヤ24、カウンタギヤ24a、入力ギヤ25を経てボールナット26に伝達され、ボールナット26の回転が転舵軸10の軸方向への移動に変換されて転舵が行なわれる。
【0035】
トー角調整機構16は、非回転分割軸10Aに対して回転分割軸10Bを回転させて、ねじ結合部10Cの螺合長さを調整することにより、前記左右のタイロッド間距離を変更して転舵輪13のトー角を変える。このトー角調整機構16は、トー角調整用モータ7と、このトー角調整用モータ7の回転によりトー角を調整させるトー角調整動力伝達機構30とを備える。
【0036】
トー角調整用モータ7は、転舵軸駆動部14のハウジング19に、転舵軸10と同心に取付けられている。トー角調整用モータ7も中空モータであって、その筒状の中空モータ軸31が転舵軸10におけるねじ結合部10Cの外周に設けられている。
【0037】
トー角調整動力伝達機構30は、前記中空モータ軸31に固定された出力ギヤ32と、この出力ギヤ32とカウンタギヤ32aを介して噛み合う第1中間ギヤ33と、この第1中間ギヤ33とスプライン嵌合部34で噛み合うトー角調整用中間軸35と、このトー角調整用中間軸35とスプライン嵌合部36で噛み合う第2中間ギヤ37と、この第2中間ギヤ37とカウンタギヤ37aを介して噛み合う入力ギヤ38と、この入力ギヤ38に固定されたスプラインナット40とでなる。転舵軸10の回転分割軸10Bは外周に歯溝が形成されたスプライン軸であって、この回転分割軸10Bに前記スプラインナット40がスプライン嵌合している。回転分割軸10Bとスプラインナット40とは、両者が滑り接触していても、あるいはボール(図示せず)を介して互いに転がり接触していてもよい。いずれであっても、スプラインナット40から回転分割軸10Bへ、回転を良好に伝達することができる。
【0038】
第1中間ギヤ33および第2中間ギヤ37とトー角調整用中間軸35とは、両中間ギヤ33,37に形成された内歯からなるスプライン歯33a,37aとトー角調整用中間軸35に形成された外歯からなるスプライン歯35a,35bとが互いに噛み合うことで、スプライン嵌合部34,36を構成する。トー角調整用中間軸35のスプライン歯35bは軸方向に長く、どの軸方向箇所にも第2中間ギヤ37のスプライン歯37aが噛み合うことができる。
【0039】
中空モータ軸31は一対の転がり軸受41を介して、第1中間ギヤ33は転がり軸受42を介して、第2中間ギヤ37は転がり軸受43を介して、スプラインナット40は転がり軸受44を介して、それぞれハウジング19に支持されている。また、第1中間ギヤ33と第2中間ギヤ37間には転がり軸受45が介在し、両ギヤ33,37は互いに回転自在である。トー角調整用中間軸35は、前記のように、第1中間ギヤ33におけるスプライン嵌合部34の噛み合い、および第2中間ギヤ37におけるスプライン嵌合部36の噛み合いで支持されているだけなので、軸方向への移動が許容されている。操舵用中間軸21とトー角調整用中間軸35は、同軸上に互いに隣接して配置されており、両中間軸21,35の互いに対向する軸端間にスラスト軸受46を介在させてある。これにより、両中間軸21,35が相対回転可能となるようにされている。
【0040】
転舵軸駆動部14の正常時状態(図2)において、トー角調整用モータ7の回転出力は、中空モータ軸31、出力ギヤ32、カウンタギヤ32a、第1中間ギヤ33、トー角調整用中間軸35、第2中間ギヤ37、カウンタギヤ37a、入力ギヤ38を経てスプラインナット40に伝達され、スプラインナット40の回転で転舵軸10の回転分割軸10Bが回転させられる。非回転分割軸10Aに対し回転分割軸10Bを回転させることで、ねじ結合部10Cの螺合長さを調整して、転舵軸10を伸縮させる。それにより、左右のタイロッド間距離を変更して、転舵輪13(図1)のトー角を変える。このトー角調整の際、後述するように、転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30は、ステアリング制御手段5aの制御により、左右の転舵輪13の転舵角が目標値に一致するように互いに協調して動作させられる。
【0041】
切換機構17は、転舵用モータ6が失陥したとき、ならびにトー角調整用モータ7が失陥したときに、転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30の動力伝達系統を切り換えるためのものである。この切換機構17は、転舵用中間軸21およびトー角調整用中間軸35と、これら中間軸21,35を一緒に軸方向に移動させる直動アクチュエータ47と、両中間軸21,35が常に互いに接する状態に維持されるように押圧力を付与する押圧機構48と、両中間軸21,35の移動により転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30の各伝動連結部の伝動を係脱する伝動係脱機構49とを備える。
【0042】
直動アクチュエータ47は、ばね部材51と、ばね係脱機構52とでなる。さらに、ばね係脱機構52は、ばね部材51の直線運動を回転運動に変換する直線・回転運動変換機構53と、この直線・回転運動変換機構53で得られる回転運動を規制する回転規制機構54とでなる。
【0043】
この例では、ばね部材51は圧縮コイルばねであり、サポート部材55を図2〜図4の左方向に付勢している。つまり、ばね部材51は、サポート部材55に接する側の端部が左右方向に直線運動をする。サポート部材55は転舵用中間軸21と同軸上に互いに隣接して設けられている。サポート部材55と転舵用中間軸21間にスラスト軸受56を、サポート部材55とばね部材51間にスラスト玉軸受57をそれぞれ介在させてあり、サポート部材55は中心軸回りに回転自在である。
【0044】
また、この例では、直線・回転運動変換機構53はボールねじ機構であり、サポート部材55と一体のボールねじ軸58と、このボールねじ軸58に螺合するボールナット59とで構成される。直線・回転運動変換機構53はボールねじ機構以外の構成であってもよく、例えばラックとピニオンを組み合わせたものとしてもよい。
【0045】
図8に示すように、回転規制機構54は、回転軸であるボールねじ軸58に設けた突起物60、この突起物60に引っ掛かることでボールねじ軸58の回転を止める役割を果たすレバー61、およびこのレバー61を作動させる回転規制駆動源62で構成される。突起物60は、外周の一部が他よりも外径側に張り出す突起部60aとなった板状の部材で、その突起部60aの周方向一方端に、レバー61が当たる段面60bが形成されている。厳密には、突起物60の突起部60aが、レバー61が引っ掛かる突起物である。レバー61は、ボールねじ軸58と平行な回動中心軸61aに回動自在に設けられ、前記突起物60の突起部60aに引っ掛かる一対の引っ掛かり部61b,61cを有する。回転規制駆動源62は、直動式のアクチュエータからなり、例えばリニアソレノイドとされる。回転規制駆動源62は、一方向(上下方向)に進退作動する進退ロッド62aを有し、この進退ロッド62aが前記レバー61に連結リンク63を介して連結されている。
【0046】
図8(A)は、転舵軸駆動部14が正常時状態にあるときの回転規制機構54の状態を示す。この状態では、レバー61の一方の引っ掛かり部61bが突起物60の突起部60aに引っ掛かっており、それによって突起物60およびそれと一体のボールねじ軸58の回転が拘束されている。そのため、ボールねじ機構からなる直線・回転運動変換機構53の作用により、ボールねじ軸58が軸方向に移動できず、ばね部材51(図2)がサポート部材55(図2)を押すことが規制されている。つまり、ばね部材51は圧縮状態に保持され、両中間軸21,35(図2)を軸方向に付勢することが不能な無付勢状態になっている。
【0047】
図8(A)の状態から回転規制駆動源62の進退ロッド62aを後退させると、レバー61の引っ掛かり部61bと突起物60の突起部60aとの引っ掛かりが解除され、ボールねじ軸58が回転可能になる。それにより、ばね部材51の弾性反発力によって、ボールねじ軸58がボールナット59に対して回転しながら図2の左方向へ移動する。つまり、ばね部材51は前記圧縮状態から開放され、両中間軸21,35を軸方向に付勢する状態となる。突起物60が所定の位相だけ回転すると、図8(B)のように、突起物60の突起部60aがレバー61のもう一方の引っ掛かり部61cに引っ掛かり、突起物60およびボールねじ軸58の回転が拘束される。この間、両中間軸21,35は左側へ軸方向移動して、図3のトー角調整用モータ失陥時位置になる。
【0048】
図8(B)の状態から回転規制駆動源62の進退ロッド62aを進出させると、レバー61の引っ掛かり部61cと突起物60の突起部60aとの引っ掛かりが解除され、ボールねじ軸58が回転可能になる。それにより、前記同様、ばね部材51が両中間軸21,35を軸方向に付勢する状態となり、両中間軸21,35が左側へ軸方向移動する。それに伴い、突起物60とレバー61の軸方向位置が外れる。そのため、突起物60が回転しても突起部60aがレバー61のいずれの引っ掛かり部61b,61cにも引っ掛からなくなり、ばね部材51は直線運動範囲端まで移動する。このばね部材51が直線運動範囲端まで移動したときの両中間軸21,35の位置が、図4の転舵用モータ失陥時位置である。
【0049】
押圧機構48は、図2〜図4に示すように、トー角調整用中間軸35に隣接して転舵用およびトー角調整用両中間軸21,35と同軸上に配置された押圧軸64と、この押圧軸64をトー角調整用中間軸35に押付ける側に弾性付勢するコイルばね65とでなる。押圧軸64およびコイルばね65は、ハウジング19の一部である押圧機構収容部19aに収容されている。押圧軸64とトー角調整用中間軸35の互いに対向する軸端間にはスラスト軸受66が配置され、これにより押圧軸64に対してトー角調整用中間軸35が回転自在となるようにされている。
【0050】
伝動係脱機構49は、第1〜第3伝動係脱機構71〜73を有する。
第1伝動係脱機構71は、転舵用モータ6の中空モータ軸20と、転舵用中間軸21と、トー角調整用駆動側部材である第1中間ギヤ33とでなる。両中間軸21,35が図2の基準位置にあるとき、ならびに図3のトー角調整用モータ失陥時位置にあるときは、中空モータ軸20のスプライン歯20aと転舵用中間軸21のスプライン歯21aが互いに噛み合ってスプライン嵌合部27を構成することにより、中空モータ軸20と転舵用中間軸21とが結合する。両中間軸21,35が図4の転舵用モータ失陥時位置では、転舵用中間軸21のスプライン歯21aが中空モータ軸20のスプライン歯20aから外れ、転舵用中間軸21のスプライン歯21aが第1中間ギヤ33のスプライン歯33aと噛み合ってスプライン嵌合部74を構成することにより、転舵用中間軸21が第1中間ギヤ33と結合する。
【0051】
第2伝動係脱機構72は、転舵用中間軸21と、トー角調整用駆動側部材である第1中間ギヤ33と、トー角調整用中間軸35とでなる。両中間軸21,35が図2の基準位置にあるときは、第1中間ギヤ33のスプライン歯33aとトー角調整用中間軸35のスプライン歯35aが互いに噛み合ってスプライン嵌合部34を構成することにより、第1中間ギヤ33とトー角調整用中間軸35とが結合する。両中間軸21,35が図3のトー角調整用モータ失陥時位置にあるとき、ならびに図4の転舵用モータ失陥時位置にあるときは、上記スプライン嵌合部34の噛み合いが外れて、第1中間ギヤ33とトー角調整用中間軸35とが非結合になる。
【0052】
第3伝動係脱機構73は、トー角調整用中間軸35と、トー角調整用従動側部材である第2中間ギヤ37と、ハウジング19とでなる。ハウジング19の前記押圧機構収容部19aの基端には、内歯からなるスプライン歯75aが形成されている。両中間軸21,35が図2の基準位置にあるときは、トー角調整用中間軸35のスプライン歯35bと第2中間ギヤ37のスプライン歯37aが互いに噛み合ってスプライン嵌合部36を構成することにより、トー角調整用中間軸35と第2中間ギヤ37とが結合する。両中間軸21,35が図3のトー角調整用モータ失陥時位置にあるとき、ならびに図4の転舵用モータ失陥時位置にあるときは、上記スプライン嵌合部36に加えて、トー角調整用中間軸35のスプライン歯35bとハウジング19スプライン歯75aが互いに噛み合って、スプライン嵌合部75が構成される。このスプライン嵌合部75により、トー角調整用中間軸35は、ハウジング19に結合されて回転が拘束される。
【0053】
上記伝動係脱機構49の切換動作において、両中間軸21,35が基準位置から転舵用モータ失陥時位置へ軸方向移動する過程で、トー角調整用中間軸35が第1中間ギヤ33から外れるのよりも先に、トー角調整用中間軸35がハウジング19に結合されるように各部材の位置関係が設定されている。
【0054】
ECU5のステアリング制御手段5aは、操舵反力モータ4、転舵用モータ6、およびトー角調整用モータ7を制御する。すなわち、ステアリング制御手段5aは、操舵角センサ2の検出する操舵角の信号、図示しない車速センサの検出する車輪回転速度の信号、および運転状態を検出する各種センサの信号に基づいて目標操舵反力を設定し、実際の操舵反力トルクが目標操舵反力に一致するように操舵トルクセンサ3の検出する操舵トルクの信号をフィードバックして、操舵反力モータ4を制御する。また、転舵用モータ6およびトー角調整用モータ7の回転方向と回転量を選択設定して、転舵輪13の転舵とトー角調整を選択的に行う。トー角調整の際には、左右の転舵輪13の転舵角が目標値に一致するように、転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30を互いに協調して動作させる。この協調動作については、後で具体的に説明する。
【0055】
失陥対応制御手段5bは、切換機構17の回転規制駆動源62を制御する。すなわち、失陥対応制御手段5bは、転舵用モータ6の失陥、およびトー角調整用モータ7の失陥を検出した場合に、それに応答して回転規制駆動源62を動作させ、転舵用およびトー角調整用の両中間軸21,35を、基準位置から転舵用モータ失陥時位置またはトー角調整用モータ失陥時位置へ軸方向移動させる。
【0056】
補正動作制御手段5cは、上記失陥対応制御手段5bにより両中間軸21,35を軸方向移動させる制御の補正をする。詳しくは、トー角調整用中間軸35のスプライン歯35bとハウジング19のスプライン歯75aとをスプライン嵌合75させて、トー角調整用中間軸35の回転を拘束する際に、トー角調整用モータ7でトー角調整用中間軸35をスプライン歯35bの1ピッチ分以上回転させることで、両スプライン歯35b,75aの位相を揃える。このような補正動作を行わせることで、トー角調整用中間軸35のハウジング19への固定を誤動作無く円滑に行うことができる。
【0057】
次に、このステアバイワイヤ式操舵装置の転舵軸駆動部14での動作を説明する。転舵用モータ6およびトー角調整用モータ7が正常である場合には、図2のように、転舵用モータ6の中空モータ軸20の回転が転舵動力伝達機構18を介してボールナット26に伝達されると共に、トー角調整用モータ7の中空モータ軸31の回転がトー角調整動力伝達機構30を介してスプラインナット40に伝達される。転舵軸10の非回転分割軸10Aのボールねじ軸部10aに螺合するボールナット26の回転は、非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bを一体に軸方向に移動させ、これにより転舵輪13の転舵が行なわれる。転舵軸10の回転分割軸10Bにスプライン嵌合するスプラインナット40の回転は回転分割軸10Bを回転させ、この回転によりねじ結合部10Cの螺合長さが変わって、左右のタイロッド11間の距離が変化することで、トー角調整が行なわれる。
【0058】
このトー角調整は、具体的には次のように転舵用動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構の30を互いに協調する動作により行われる。すなわち、トー角調整用モータ7によりスプラインナット40を回転させると、スプラインナット40と共に、回転分割軸10Bが回転する。回転分割軸10Bは非回転分割輪10Aに対して、互いに同心のねじ結合部10Cで螺合していて、スプラインナット40に対して軸方向に移動自在であるため、回転分割軸10Bが回転すると、ねじ結合部10Cにおける回転量に応じた軸方向距離だけ、非回転分割輪10Aに対して回転分割軸10Bが軸方向に移動する。これにより、非回転分割輪10Aおよび回転分割軸10Bからなる転舵軸10の長さが変わるため、トー角が変わる。
【0059】
しかし、非回転分割軸10Bだけ移動したのでは、転舵角が変わることになる。そこで、転舵用モータ6によってボールナット26を回転させ、回転分割軸10Aを非回転分割軸10Bの移動方向に対して逆方向に軸方向させる。すなわち、トー角調整用モータ7による、非回転分割軸10Bの回転分割軸10Aに対する軸方向の相対移動長さの半分だけ、転舵用モータ6によって回転分割軸10Aを移動させ、転舵軸10の全体長さの中心位置を維持させる。これにより、左右の転舵輪13の転舵角度が共に目標値に一致するように、つまり転舵角を変えることなく、トー角調整が行われる。ECU5のステアリング制御手段5aは、トー角調整時、このようにトー角調整用モータ7と共に転舵用モータ6を移動させ、非回転分割軸10Bの偏った移動を相殺させて、転舵角を変えることなくトー角調整を行わせる。
【0060】
トー角調整用モータ7が失陥した場合、ECU5の失陥対応制御手段5bからの指令により、切換機構17の回転規制駆動源62を作動させて、回転規制機構54を図8(A)の状態から同図(B)の状態に切り換える。それにより、直動アクチュエータ47を構成するばね部材51の弾性反発力によって、両中間軸21,35が図3のトー角調整用モータ失陥時位置まで軸方向移動して停止する。
【0061】
トー角調整用モータ失陥時位置では、第1伝動係脱機構71により転舵用中間軸21は中空モータ軸20に結合したままに保持され、第2伝動係脱機構72によりトー角調整用中間軸35は第1中間ギヤ33に対し非結合になり、第3伝動係脱機構73によりトー角調整用中間軸35がハウジング19に結合された状態となる。すなわち、トー角調整動力伝達機構30が動力伝達不能状態となると共に、トー角調整用中間軸35の回転が拘束される。その結果、転舵用モータ6による転舵のみが行われる。
【0062】
転舵用モータ6が失陥した場合、ECU5の失陥対応制御手段5bからの指令により、切換機構17の回転規制駆動源62を作動させて、回転規制機構54を図8(A)の状態から同図(B)の状態を経てから同図(A)の状態に戻す。それにより、ばね部材51の弾性反発力によって、両中間軸21,35が、前記トー角調整用モータ失陥時位置を経由して、図4の転舵用モータ失陥時位置まで軸方向移動する。
【0063】
転舵用モータ失陥時位置では、第1伝動係脱機構71および第2伝動係脱機構72により、転舵用中間軸21と中空モータ軸20の結合、ならびにトー角調整用中間軸35と第1中間ギヤ33の結合が外れて、新たに転舵用中間軸21が第1中間ギヤ33と結合し、第3伝動係脱機構73によりトー角調整用中間軸35がハウジング19に結合された状態となる。すなわち、転舵用モータ6が転舵動力伝達機構18から切り離され、かつトー角調整用中間軸35の回転を拘束したうえで、転舵用中間軸21がトー角調整動力伝達機構30に連結される。それにより、転舵用モータ6に代えて、トー角調整用モータ7の回転を転舵用動力伝達機構18に伝えて転舵することが可能になる。
【0064】
このように、このステアバイワイヤ式操舵装置では、切換機構17により、転舵用モータ6が失陥したときに、転舵用モータ6を転舵動力伝達機構18から切り離し、かつトー角の変化を止めておき、転舵用モータ6に代えてトー角調整用モータ7の回転を転舵動力伝達機構18に伝えて転舵可能とすることにより、転舵用モータ失陥時でも転舵可能なフェールセーフ機能を持たせられる。また、切換機構17により、トー角調整用モータ7が失陥したときに、トー角調整動力伝達機構30を動力伝達不能状態として転舵用モータ6による転舵のみ行わせることにより、トー角調整用モータ失陥時にトー角調整機構16を固定して安全に走行できる。これら転舵用モータ失陥時およびトー角調整用モータ失陥時における転舵動力伝達機構18およびトー角調整動力伝達機構30の動力伝達系統を切り換える一連の動作は、直動アクチュエータ47で転舵用およびトー角調整用の各中間軸21,35を軸方向に移動させることで、伝動係脱機構49により確実に行われる。
【0065】
転舵軸10を、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとに軸方向に2分割し、これら両分割軸10A,10Bを軸中心と同心のねじ結合部10Cで互いに結合した軸としたことにより、非回転分割軸10Aに対し回転分割軸10Bを回転させることで、ねじ結合部10Cの螺合長さが変わり、左右のタイロッド間距離を変更させられる。左右のタイロッド11は、非回転分割軸10Aおよび回転分割軸10Bにそれぞれ直接連結することができる。このため、このステアバイワイヤ式操舵装置は、構成がコンパクトで、かつ転舵軸10が設けられている箇所の全体の軸方向長さを短くでき、車両に搭載しやすい。
なお、転舵軸が軸方向に分割されていない場合は、転舵軸の両端に、転舵軸の回転に応じて軸方向に進退する進退部材を設け、これら進退部材に左右のタイロッドを取付ける構成とする必要がある。そのため、転舵軸が設けられている箇所の全体の軸方向長さが長くなる。
【0066】
ねじ結合部10Cの螺合長さの変更により、抜け止め手段88の係合部材91は、被係合部材90に対して一対のつば部90b,90c間で相対的に軸方向に移動する。係合部材91が被係合部材90のつば部90b,90cに係合していない時は、係合部材91はどの部材とも接触していない。そのため、ねじ結合部10Cの螺合長さ変更時に、係合部材91が負荷とならず、トー角調整用モータ7の消費電力量を抑えることができる。
【0067】
ねじ結合部10Cの螺合長さが一定長さ以下になると、係合部材91が被係合部材90の先端側のつば部90cの側面に係合することにより、係合部材91は、被係合部材90の先端側へ移動できなくなる。つまり、螺合長さが短くなる側への非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとの相対軸方向移動が規制される。それにより、両分割軸10A,10Bが互いに抜けることが防げる。
【0068】
また、ねじ結合部10Cの螺合長さが一定長さ以上になると、係合部材91が被係合部材90の基端側のつば部90bの側面に係合することにより、係合部材91は、被係合部材90の基端側へ移動できなくなる。つまり、螺合長さが長くなる側への非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとの相対軸方向移動が規制される。それにより、ねじ結合部10Cの螺合長さが長くなり過ぎることによって両分割軸10A,10Bが互いに干渉することを防げる。
【0069】
被係合部材90は、先端側のつば部90cだけを有するものであってもよい。その場合、つば部90bは不要で、つば部90c、軸部90a、およびねじ部90dで被係合部材90が構成される。先端側のつば部90cを有していれば、抜け止め手段88により、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとが互いに抜けることを防げる。基端側のつば部90bが無いと、抜け止め手段88では両分割軸10A,10Bが互いに干渉することは防げないが、その場合は、抜け止め手段88とは別に干渉防止用の機構を設ければよい。
【0070】
この実施形態の場合、係合部材91は雄ねじからなり、被係合部材90のつば部90b,90cに対する係合部材91の接触面は曲面である。よって、係合部材91が被係合部材90のつば部90b,90cに係合するとき、両者は互いに点接触する。点接触であると接触面積が小さくなり、それにより、接触状態にある係合部材91と被係合部材90のつば部90b,90cを引き離す側へ回転分割軸10Bを回転させるトルクが小さくて済む。なお、係合部材91と被係合部材90のつば部90b,90cとが平面同士で接触している場合、前記トルクが大きくなり、トー角調整用モータ7の能力を超えてしまう恐れがある。係合部材91を雄ねじで構成とすることにより、簡単な構造で点接触を実現できる。係合部材91と被係合部材90のつば部90b,90cとを、線接触させてもよい。
【0071】
係合部材91は、回転分割軸10Bに着脱自在に取付けられている。そのため、保守や点検時に抜け止め手段88を破壊することなく、非回転分割軸10Aと回転分割軸10Bとを分離することができる。また、被係合部材90は、非回転分割軸10Aと別体とされている。そのため、被係合部材90のつば部90b,90cの加工が容易である。
【0072】
軸方向に2分割された構造である転舵軸10は、両分割軸10A,10Bのねじ結合部10C付近の剛性が低いため、このねじ結合部10C付近の支持剛性を高める必要がある。この実施形態のように、ねじ結合部10Cに近いボールねじ軸部10aの外径面を滑り軸受95で支持すれば、ねじ結合部10C付近の支持剛性を向上させることができる。滑り軸受95の軸方向位置を、ねじ結合部10Cとボールナット26との間とすれば効果的である。
【0073】
転舵用モータ6およびトー角調整用モータ7として中空モータを用いることにより、これら中空モータ6,7の中空部内に転舵用中間軸21および転舵軸10をそれぞれ挿通させて設けることができる。そのため、ステアバイワイヤ式操舵装置の各構成部品を狭いスペースに無理なく配置することができ、全体の構成をコンパクトにできる。転舵用モータ6の中空部内に、転舵用中間軸21以外の切換機構17の構成部品を配置してもよい。転舵用モータ6およびトー角調整用モータ7のいずれか一方だけが中空モータであってもよい。また、転舵用中間軸21とトー角調整用中間軸35を同軸中心上にかつ軸方向移動自在に配置し、これら両中間軸21,35を直動アクチュエータ47で一緒に軸方向に移動させる構成としたことにより、切換機構17をコンパクトにできる。
【0074】
なお、トー角調整用モータ7によるトー角調整および転舵用モータ6の失陥のときの転舵用駆動源としての代替は、車両走行時に行う動作であるため、その最大発生トルクは、据え切り動作時に転舵用モータ6に必要なトルクよりもはるかに小さなものである。したがって、トー角調整用モータ7は、転舵用モータ6よりも小型のもので良い。
【符号の説明】
【0075】
1…ステアリングホイール
6…転舵用モータ
7…トー角調整用モータ
10…転舵軸
10A…非回転分割軸(一方の分割軸)
10B…回転分割軸(他方の分割軸)
10C…ねじ結合部
11…タイロッド
13…転舵輪
15…転舵機構
16…トー角調整機構
88…抜け止め手段
90…被係合部材
90b,90c…つば部
91…係合部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステアリングホイールと、このステアリングホイールに機械的に連結されず、左右両端にタイロッドが設けられた転舵軸と、転舵輪を転舵させる転舵機構と、転舵輪のトー角を調整するトー角調整機構とを備え、
前記転舵軸は、非回転分割軸と回転分割軸とに軸方向に並ぶように2分割され、これら両分割軸を軸中心と同心のねじ結合部で互いに結合した軸であり、
前記転舵機構は、転舵用モータの駆動で前記非回転分割軸および回転分割軸を一体に軸方向移動させることにより転舵輪を転舵させる機構であり、
前記トー角調整機構は、トー角調整用モータの駆動で前記非回転分割軸に対して前記回転分割軸を回転させて、前記ねじ結合部の螺合長さを調整することにより、前記左右のタイロッド間距離を変更して転舵輪のトー角を変える機構であり、
前記転舵軸の非回転分割軸および回転分割軸のうちの一方の分割軸に、径方向に広がるつば部を有する被係合部材を設け、他方の分割軸に、前記ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以下になった場合に、前記被係合部材のつば部に係合して、前記螺合長さが短くなる側への前記非回転分割軸と前記回転分割軸との相対軸方向移動を規制する係合部材を設けたことを特徴とするステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項2】
請求項1において、前記係合部材は、前記他方の分割軸に対して着脱自在であるステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、前記一方の分割軸に設けられた被係合部材は、軸方向に離れた2個所に前記つば部を有し、前記ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以下になった場合に、前記係合部材が前記被係合部材の一方のつば部に係合して、前記螺合長さが短くなる側への前記非回転分割軸と前記回転分割軸との相対軸方向移動を規制すると共に、前記ねじ結合部の螺合長さが一定長さ以上になった場合に、前記係合部材が前記被係合部材の他方のつば部に係合して、前記螺合長さが長くなる側への前記非回転分割軸と前記回転分割軸との相対軸方向移動を規制するステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、前記被係合部材は、前記転舵軸の前記一方の分割軸と別体であるステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、前記係合部材が前記被係合部材のつば部に係合するとき、両者は互いに点接触または線接触するステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項6】
請求項5において、前記被係合部材のつば部および前記係合部材は、互いの接触面が、一方は平面であり、他方は曲面であるステアバイワイヤ式操舵装置。
【請求項7】
請求項6において、前記被係合部材のつば部および前記係合部材のうち、前記接触面が曲面である方の部材は、その接触面が雄ねじの外周面からなるステアバイワイヤ式操舵装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−236550(P2012−236550A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−107983(P2011−107983)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】