説明

スパッタリングターゲットとその製造方法及びスパッタリング装置並びに液体噴射ヘッド

【課題】 基板上に薄膜を均一な厚さで良好に形成することができるスパッタリングターゲットとその製造方法及びスパッタリング装置並びに液体噴射ヘッドを提供する。
【解決手段】 白金からなる金属材料を圧延することによって形成された所定厚さの金属板を加熱して再結晶化することによって得られるスパッタリングターゲットを、その結晶組織が面内方向及び厚さ方向の何れにおいても等方性であり且つビッカース硬度の最大値が60以下であるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリング法によって基板上に薄膜を形成する際に用いられる白金からなるスパッタリングターゲットとその製造方法及びスパッタリング装置並びに液体噴射ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、インクジェット式記録ヘッド等の液体噴射ヘッドには、液滴の吐出のための圧力を付与するために圧電素子を用いたものがある。また、近年の液体噴射ヘッドの高性能化及び小型化等に伴って、このような圧電素子は薄膜を積層することによって形成されてきている。例えば、このような圧電素子の電極としては、スパッタリング法によって形成した白金等からなる薄膜が、一般的に採用されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、このような白金等からなる薄膜をスパッタリング法により形成する際に用いられるスパッタリングターゲットとしては、例えば、金属材料(インゴット)を圧延することによって形成されたものが、一般的に用いられている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
しかしながら、このようなスパッタリングターゲットを用いて基板上に薄膜を形成した場合、膜の厚さを均一にするのが難しいという問題がある。具体的には、圧延により形成したスパッタリングターゲットは、結晶組織が異方性となってしまう。このため、例えば、スパッタリングターゲットの結晶方位に対して基板を水平又は垂直に配置するかで、スパッタリングレートが変化してしまう。また、スパッタリングターゲットは、薄膜の形成により消耗するが、その消耗量はターゲットの面内方向において一定にはならないため、結晶組織が異方性であると、スパッタリングレートの経時的な変化が起こりやすい。このため、同一のスパッタリングターゲットを用いていてスパッタ条件を同一としても、基板上に形成される膜の厚さが均一にならず、その結果、シート抵抗がばらついてしまうという問題がある。
【0005】
また、例えば、液体噴射ヘッド等に用いられる圧電素子の変位特性は、圧電材料からなる圧電体層の結晶性、例えば、結晶粒径、結晶配向等によって決まる部分が大きいが、このような圧電体層の結晶性は、下電極の膜厚あるいは膜質等によって変化する。このため、良好な変位特性を有する圧電素子を形成するためには、下電極を均一な膜厚・膜質で形成する必要がある。
【0006】
【特許文献1】特開2001−88294号公報(第10図、第10頁等)
【特許文献2】特開平6−330298号公報(段落[0002]等)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような事情に鑑み、基板上に薄膜を均一な厚さで良好に形成することができるスパッタリングターゲットとその製造方法及びスパッタリング装置並びに液体噴射ヘッドを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の第1の態様は、白金からなる金属材料を圧延することによって形成された所定厚さの金属板を加熱して再結晶化することによって得られ、結晶組織が面内方向及び厚さ方向の何れにおいても等方性であり且つビッカース硬度の最大値が60以下であることを特徴とするスパッタリングターゲットにある。
かかる第1の態様では、このようなスパッタリングターゲットを実際に用いることで、薄膜を形成する際のスパッタリングレートの変化が小さく抑えられる。したがって、常に均一な厚さの薄膜が得られ、結果的にシート抵抗のばらつきも防止される。
【0009】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、ビッカース硬度の最小値が50以上であることを特徴とするスパッタリングターゲットにある。
かかる第2の態様では、スパッタリングターゲットの硬度のばらつきが小さいため、スパッタリングレートの変化がより小さく抑えられる。
【0010】
本発明の第3の態様は、第1又は2の態様において、圧延により形成された集合組織が残留していないことを特徴とするスパッタリングターゲットにある。
かかる第3の態様では、スパッタリングレートの変化がさらに確実に抑えられる。
【0011】
本発明の第4の態様は、第1〜3の何れかの態様のスパッタリングターゲットが固定されたカソードと、前記スパッタリングターゲットに対向するように配置される基板を保持する保持手段とを具備することを特徴とするスパッタリング装置にある。
かかる第4の態様では、薄膜を形成する際のスパッタリングレートの変化が小さく抑えられるため、常に均一な厚さの薄膜を形成することができる。また、結果的に、薄膜のシート抵抗のばらつきも防止することができる。
【0012】
本発明の第5の態様は、第4の態様において、前記スパッタリングターゲットが、前記保持手段に保持された前記基板の中心に対して偏心する位置に配置されていることを特徴とするスパッタリング装置にある。
かかる第5の態様では、基板上に形成される薄膜の厚さをさらに均一化することができる。
【0013】
本発明の第6の態様は、第1〜3の何れかの態様のスパッタリングターゲット若しくは請求項4又は5のスパッタリング装置により形成された白金膜を含む下電極を有する圧電素子を具備することを特徴とする液体噴射ヘッドにある。
かかる第6の態様では、下電極上に結晶性の良好な圧電体層が形成されるため、圧電素子の駆動による液体の吐出特性を向上した液体噴射ヘッドを実現できる。
【0014】
本発明の第7の態様は、白金からなる金属材料を圧延することによって所定の厚さの金属板を形成する圧延工程と、該金属板を加熱して再結晶化させ、当該金属板を構成する結晶組織が面内方向及び厚さ方向の何れにおいても等方性であり且つビッカース硬度の最大値が60以下となるようにする再加熱工程とを有することを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法にある。
かかる第7の態様では、結晶構造が良好であり、スパッタリングレートの変化の少ないスパッタリングターゲットを形成することができる。
【0015】
本発明の第8の態様は、第7の態様において、前記再加熱工程での前記金属板の加熱温度が、800℃以上であることを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法にある。
かかる第8の態様では、金属板を確実に再結晶化させることができ、結晶構造の良好なスパッタリングターゲットをより確実に形成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に本発明を実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0017】
図1は、一実施形態に係るスパッタリング装置の概略図である。本実施形態に係るスパッタリング装置1は、マグネトロン方式のスパッタリング装置であり、図1に示すように、例えば、DC電源2に接続されると共にスパッタリングターゲット3が固定されるマグネトロンカソード4と、スパッタリングターゲット3に対向するように設けられて所定の基板5を保持する保持部材6とを有する。なお、図示しないが、これらマグネトロンカソード4及び保持部材6は、真空チャンバ内に配置されている。また、本実施形態では、スパッタリングターゲット3は、基板5の中心から偏心した位置に設けられている。この際、基板を回転させることが好ましい。基板上に形成される薄膜の厚さをさらに均一化させることができるためである。また、複数のマグネトロンカソードを配置するために真空チャンバの大きさに応じて、マグネトロンカソードを傾けても構わない。勿論、スパッタリングターゲット3は、その中心が基板5の中心と一致するように配置されていてもよい。
【0018】
なお、スパッタリングターゲット3と基板5との間隔は、例えば、100mm以上と比較的広くしておくのが望ましい。これにより、基板5上に比較的均一な厚さで薄膜を形成することができるからである。また、図示しないが、保持部材6は、例えば、モータ等の駆動手段に接続されており、薄膜を形成する際には、約30rpm程度の回転数で回転されるようになっている。
【0019】
ここで、本発明に係るスパッタリングターゲット3は、白金からなる金属材料を圧延することによって形成した金属板を再結晶化させることによって形成されている。具体的には、まず、白金からなる金属材料(インゴット)を圧延することにより、所定の厚さ、例えば、3〜10mm程度の厚さの金属板を形成する。その後、所定温度の窒素(N)雰囲気下で、この金属板を再結晶化させることによって形成されている。
【0020】
なお、金属板を再結晶化する際の温度は、金属板(白金)の融点の1/2以上の温度であることが好ましい。すなわち、およそ800℃以上であることが好ましく、さらに好ましくは900℃以上である。ただし、再結晶化の温度を上げすぎるのは、金属板が雰囲気の影響を受けてしまうため好ましくない。例えば、本実施形態では、約900℃の窒素(N)雰囲気下で約1時間、金属板を再結晶化させるようにした。
【0021】
そして、このように形成された本発明に係るスパッタリングターゲット3は、圧延によって形成された金属板に残留している集合組織が再結晶化され、結晶組織が面内方向及び厚さ方向の何れにおいても等方性となっている。また、スパッタリングターゲット3は、全体が、比較的均一な粒径の結晶によって構成されている。ここで、結晶組織が等方性とは、金属組織が面内方向および板厚方向において、短軸と長軸が存在する矩形の結晶粒ではないことを意味する。白金の場合、結晶構造が面心立方晶のため、圧延によって生じる結晶粒は、白金の<111>方向を長軸とする組織となる。
【0022】
ここで、図2に、白金からなる金属材料を圧延後、再結晶化することにより形成した本発明に係るスパッタリングターゲット3の結晶状態を模式的に示す。また、図3に、白金からなる金属材料を圧延することによって形成した従来のスパッタリングターゲットの結晶状態を模式的に示す。また、これら図2及び図3は、図4に示すように、圧延方向に対して直交する方向の断面領域S1における結晶状態を示す図である。
【0023】
本発明に係るスパッタリングターゲット3の断面領域S1において結晶状態を観察したところ、図2に示すように、圧延によって生じる集合組織は全く残っておらず、全体が、比較的な均一な粒径を有する結晶によって構成されていることが分かる。また、図示しないが、圧延方向に対して平行な方向の断面領域S2及び平面領域S3(図4参照)においても、同様の観察結果が得られた。そして、これらの観察結果から明らかなように、本発明に係るスパッタリングターゲット3では、結晶組織が面内方向及び厚さ方向の何れにおいても等方性となっている。
【0024】
一方、圧延のみによって形成した従来のスパッタリングターゲットの断面領域S1において結晶状態を観察したところ、図3に示すように、厚さ方向の少なくとも中央部に集合組織が残留していた。この集合組織は、圧延の加工度が高い部分に発生するものであるが、ターゲットの中央部に限らず発生するものである。また、他の領域についても同様の観察を行ったところ、断面領域S2においてもこのような集合組織が残留していた。そして、この観察結果からも分かるように、従来のスパッタリングターゲットの結晶組織は異方性となっていた。
【0025】
さらに、本発明に係るスパッタリングターゲットは、結晶組織が等方性となっていると共に、ビッカース硬度の最大値が比較的低くなっている。例えば、本実施形態では、スパッタリングターゲットの表面、あるいは断面の何れの位置においても、ビッカース硬度は60以下であった。例えば、図2に示した断面領域S1において、10ヶ所でビッカース硬度を測定したところ、その値は何れも50〜60の範囲内であった。すなわち、本実施形態に係るスパッタリングターゲット3は、ビッカース硬度が比較的低く且つ全体に亘って極めて均一となっている。なお、図3に示した従来のスパッタリングターゲットの断面領域S1においても同様にビッカース硬度を測定したところ、最大値は72と比較的高く、また各測定箇所におけるビッカース硬度の範囲も50〜75と比較的広く、硬さにばらつきがあった。また、集合組織が多いほどビッカース硬度が大きくなる傾向にある。
【0026】
そして、このような本発明に係るスパッタリングターゲット3を用いて薄膜を形成することにより、基板5上に常に均一な厚さで緻密な薄膜を形成することができる。すなわち、スパッタリングターゲット3に対する基板5の配置方向に拘わらず、スパッタリングレートは略一定となる。また、結晶組織が等方性であることで、スパッタリングターゲット3の消耗に伴う経時的なスパッタリングレートの変化も小さく抑えられる。特に、本実施形態では、スパッタリングターゲット3の硬度のばらつきが極めて小さく抑えられているため、スパッタリングレートの変化も極めて小さく抑えられている。したがって、白金からなる緻密な薄膜を基板上に常に均一な厚さで形成することができ、結果的にそのシート抵抗も均一となる。
【0027】
なお、このようなスパッタリングターゲットを用いて圧電素子を構成する下電極膜を形成した場合には、圧電素子の変位特性を向上することができるという効果もある。以下、圧電素子を用いた装置の一例として、インクジェット式記録ヘッドについて説明する。
【0028】
図5は、本発明の一実施形態に係るインクジェット式記録ヘッドを示す分解斜視図であり、図6は、図5の平面図及び断面図である。図示するように、流路形成基板10は、本実施形態では面方位(110)のシリコン単結晶基板からなり、その一方の面には予め熱酸化によって二酸化シリコンからなる厚さ0.5〜2μmの弾性膜50が形成されている。
【0029】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板30のリザーバ部32と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバ100の一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。
【0030】
流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、厚さが例えば、0.01〜1mmで、線膨張係数が300℃以下で、例えば2.5〜4.5[×10-6/℃]であるガラスセラミックス、シリコン単結晶基板又はステンレス鋼などからなる。
【0031】
一方、このような流路形成基板10のノズルプレート20とは反対側の面には、上述したように、厚さが例えば約1.0μmの弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、厚さが例えば、約0.4μmの絶縁体膜55が形成されている。さらに、この絶縁体膜55上には、厚さが例えば、約0.2μmの下電極膜60と、厚さが例えば、約1.0μmの圧電体層70と、厚さが例えば、約0.05μmの上電極膜80とが、後述するプロセスで積層形成されて、圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、下電極膜60、圧電体層70及び上電極膜80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。そして、ここではパターニングされた何れか一方の電極及び圧電体層70から構成され、両電極への電圧の印加により圧電歪みが生じる部分を圧電体能動部という。本実施形態では、下電極膜60は圧電素子300の共通電極とし、上電極膜80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。何れの場合においても、各圧力発生室毎に圧電体能動部が形成されていることになる。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせて圧電アクチュエータと称する。
【0032】
また、このような各圧電素子300の上電極膜80には、リード電極90がそれぞれ接続され、このリード電極90を介して各圧電素子300に選択的に電圧が印加されるようになっている。
【0033】
また、流路形成基板10上の圧電素子300側の面には、圧電素子300に対向する領域に圧電素子保持部31を有する保護基板30が接合されている。圧電素子300は、この圧電素子保持部31内に形成されているため、外部環境の影響を殆ど受けない状態で保護されている。さらに、保護基板30には、流路形成基板10の連通部13に対応する領域にリザーバ部32が設けられている。このリザーバ部32は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の並設方向に沿って設けられており、上述したように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバ100を構成している。保護基板30の圧電素子保持部31とリザーバ部32との間の領域には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられ、この貫通孔33内に下電極膜60の一部及びリード電極90の先端部が露出され、これら下電極膜60及びリード電極90には、図示しないが、駆動ICから延設される接続配線の一端が接続される。
【0034】
なお、保護基板30の材料としては、例えば、ガラス、セラミックス材料、金属、樹脂等が挙げられるが、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料で形成されていることがより好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0035】
さらに、保護基板30のリザーバ部32に対応する領域上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料(例えば、厚さが6μmのポリフェニレンサルファイド(PPS)フィルム)からなり、この封止膜41によってリザーバ部32の一方面が封止されている。また、固定板42は、金属等の硬質の材料(例えば、厚さが30μmのステンレス鋼(SUS)等)で形成される。この固定板42のリザーバ100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、リザーバ100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0036】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドでは、図示しない外部インク供給手段からインクを取り込み、リザーバ100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、図示しない駆動ICからの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの下電極膜60と上電極膜80との間に電圧を印加し、圧電素子300及び振動板をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインクが吐出する。
【0037】
ここで、このようなインクジェット式記録ヘッドの製造方法、特に、圧電素子の製造方法について、図7〜図10を参照して説明する。なお、図7〜図10は、圧力発生室の長手方向の断面を示す図である。
【0038】
まず、図7(a)に示すように、シリコンウェハである流路形成基板用ウェハ110を約1100℃の拡散炉で熱酸化し、その表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン膜51を形成する。なお、本実施形態では、流路形成基板用ウェハ110として、厚さが約625μmと比較的厚く剛性の高いシリコンウェハを用いている。
【0039】
次に、図7(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜51)上に、酸化ジルコニウムからなる絶縁体膜55を形成する。具体的には、弾性膜50(二酸化シリコン膜51)上に、例えば、スパッタリング法等によりジルコニウム(Zr)層を形成後、このジルコニウム層を、例えば、500〜1200℃の拡散炉で熱酸化することにより酸化ジルコニウム(ZrO)からなる絶縁体膜55を形成する。
【0040】
次いで、図7(c)に示すように、この絶縁体膜55上に、例えば、白金とイリジウムとをスパッタリング法によって形成することにより、薄膜である下電極膜60を形成する。このとき、本実施形態では、上述したスパッタリングターゲットを具備するスパッタリング装置(図1参照)を用いて下電極膜60を形成するようにした。これにより、下電極膜60を均一な膜厚で形成することができる。
【0041】
次に、図7(d)に示すように、下電極膜60及び絶縁体膜55上に、チタン(Ti)を、例えば、スパッタリング法により塗布して所定の厚さの種チタン層65を形成する。なお、種チタン層65は、下電極膜60に連続して積層することが好ましい。また、この種チタン層65は、後述する工程で形成する圧電体層70の結晶の核となるものであり、圧電体層70の結晶粒径及び結晶配向は、この種チタン層65の厚さによって変化する。圧電体層70の結晶粒径は、例えば、200nm以下と比較的小さいことが望ましい。そして、このような結晶粒径の圧電体層70を得るためには、およそ2nm以上の厚さで種チタン層65を形成しておく必要がある。
【0042】
次に、このように形成した種チタン層65上に、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZ
T)からなる圧電体層70を形成する。ここで、本実施形態では、金属有機物を触媒に溶解・分散したいわゆるゾルを塗布乾燥してゲル化し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層70を得る、いわゆるゾル−ゲル法を用いて圧電体層70を形成している。
【0043】
なお、圧電体層70の製造方法としては、ゾル−ゲル法に限定されず、例えば、MOD(Metal-Organic Decomposition)法等を用いてもよい。また、圧電体層70の材料としては、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)等の強誘電性圧電性材料や、これにニオブ、ニッケル、マグネシウム、ビスマス又はイットリウム等の金属を添加したリラクサ強誘電体等が用いられる。その組成は、圧電素子300の特性、用途等を考慮して適宜選択すればよいが、例えば、PbTiO(PT)、PbZrO(PZ)、Pb(ZrTi1−x)O(PZT)、Pb(Mg1/3Nb2/3)O−PbTiO(PMN−PT)、Pb(Zn1/3Nb2/3)O−PbTiO(PZN−PT)、Pb(Ni1/3Nb2/3)O−PbTiO(PNN−PT)、Pb(In1/2Nb1/2)O−PbTiO(PIN−PT)、Pb(Sc1/2Ta1/2)O−PbTiO(PST−PT)、Pb(Sc1/2Nb1/2)O−PbTiO(PSN−PT)、BiScO−PbTiO(BS−PT)、BiYbO−PbTiO(BY−PT)等が挙げられる。
【0044】
この圧電体層70の具体的な形成手順としては、まず、図8(a)に示すように、種チタン層65上にPZT前駆体膜である圧電体前駆体膜71を成膜する。すなわち、流路形成基板用ウェハ110上に金属有機化合物を含むゾル(溶液)を塗布する。次いで、圧電体前駆体膜71を、所定温度に加熱して一定時間乾燥させ、ゾルの溶媒を蒸発させることで圧電体前駆体膜71を乾燥させる。さらに、大気雰囲気下において一定の温度で一定時間、圧電体前駆体膜71を脱脂する。なお、ここでいう脱脂とは、ゾル膜の有機成分を酸化させ、例えば、NO、CO、HO等として離脱させることである。
【0045】
そして、このような塗布・乾燥・脱脂の工程を、所定回数、例えば、本実施形態では、2回繰り返すことで、図8(b)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定厚に形成し、この圧電体前駆体膜71を拡散炉で加熱処理することによって結晶化させて圧電体膜72を形成する。すなわち、圧電体前駆体膜71を焼成することで種チタン層65を核として結晶が成長して圧電体膜72が形成される。例えば、本実施形態では、約700℃で30分間加熱を行って圧電体前駆体膜71を焼成して圧電体膜72を形成した。なお、このように形成した圧電体膜72の結晶は(100)面に優先配向する。また、このように下電極膜60上に圧電体膜72を形成した後、圧電体膜72と下電極膜60とを所定形状にパターニングする。なお、本実施形態では、2層の圧電体前駆体膜71からなる圧電体膜72を形成後に、これら圧電体膜72と下電極膜60とを所定形状にパターニングするようにしたが、1層の圧電体前駆体膜からなる圧電体膜を形成して、圧電体膜及び下電極膜をパターニングするようにしてもよい。
【0046】
次いで、図8(c)に示すように、パターニングされた圧電体膜72及び絶縁体膜55上に亘って、再び、種チタン層65Aを形成し、上述した塗布・乾燥・脱脂・焼成の工程を、複数回繰り返すことにより、図8(d)に示すように、複数層、本実施形態では、5層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、ゾルの塗布1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、圧電体層70全体の膜厚は約1μmとなる。
【0047】
このように形成された圧電体層70の特性は、上述したように下電極膜60の膜厚等によって変化するが、上述したように本発明に係るスパッタリングターゲットを用いて下電極膜60を形成することで、下電極膜60の膜厚を均一に形成することができる。したがって、下電極膜60上に形成する種チタン層の膜厚を制御することで、良好な結晶性、すなわち、結晶粒径が比較的小さく且つ結晶が(100)面に良好に配向した圧電体層70を形成することができる。さらに、このように圧電体層70が良好に形成されることにより、圧電素子300を形成後の流路形成基板10の反り量が小さく抑えられるという効果もある。
【0048】
なお、このように圧電体層70を形成した後は、図9(a)に示すように、例えば、イリジウムからなる上電極膜80を流路形成基板用ウェハ110の全面に形成する。次いで、図9(b)に示すように、圧電体層70及び上電極膜80を、各圧力発生室12に対向する領域にパターニングして圧電素子300を形成する。
【0049】
次に、リード電極90を形成する。具体的には、図9(c)に示すように、流路形成基板用ウェハ110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなる金属層91を形成する。その後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して金属層91を各圧電素子300毎にパターニングすることでリード電極90が形成される。
【0050】
次に、図9(d)に示すように、流路形成基板用ウェハ110の圧電素子300側に、シリコンウェハであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハ130を接合する。なお、この保護基板用ウェハ130は、例えば、400μm程度の厚さを有するため、保護基板用ウェハ130を接合することによって流路形成基板用ウェハ110の剛性は著しく向上することになる。
【0051】
次いで、図10(a)に示すように、流路形成基板用ウェハ110をある程度の厚さとなるまで研磨した後、さらにフッ化硝酸等によってウェットエッチングすることにより流路形成基板用ウェハ110を所定の厚みにする。例えば、本実施形態では、約70μm厚になるように流路形成基板用ウェハ110をエッチング加工した。次いで、図10(b)に示すように、流路形成基板用ウェハ110上に、例えば、窒化シリコン(SiN)からなるマスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。そして、このマスク膜52を介して流路形成基板用ウェハ110を異方性エッチングすることにより、図10(c)に示すように、流路形成基板用ウェハ110に圧力発生室12、連通部13及びインク供給路14等を形成する。
【0052】
なお、その後は、流路形成基板用ウェハ110及び保護基板用ウェハ130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハ110の保護基板用ウェハ130とは反対側の面にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハ130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハ110等を図5に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドとする。
【0053】
そして、上述したように、このようなインクジェット式記録ヘッドを製造する際、すなわち、下電極膜を形成する際に、本発明の白金からなるスパッタリングターゲットを用いることで、下電極膜の抵抗値が安定すると共に、ヤング率・応力の値も安定させることができる。これにより、安定したインク吐出特性を有するインクジェット式記録ヘッドを得ることができる。また、下電極膜と酸化ジルコニウムの密着性も向上し、信頼性の高いインクジェット式記録ヘッドを得ることができる。
【0054】
以上、本発明を実施形態に基づいて説明したが、本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、圧電素子の下電極膜を本発明のスパッタリングターゲットを用いて形成した例を説明したが、勿論、本発明のスパッタリングターゲットは、あらゆる薄膜の形成に適用することができる。また、上述した実施形態では、マグネトロン方式のスパッタリング装置を例示したが、勿論、他の方式のスパッタリング装置にも採用することができることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】一実施形態に係るスパッタリング装置の概略図である。
【図2】本発明に係るスパッタリングターゲットの結晶状態を模式的に示す図である。
【図3】従来のスパッタリングターゲットの結晶状態を模式的に示す図である。
【図4】スパッタリングターゲットの観察位置を説明する図である。
【図5】一実施形態に係る記録ヘッドの概略を示す斜視図である。
【図6】一実施形態に係る記録ヘッドの平面図及び断面図である。
【図7】一実施形態に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図8】一実施形態に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図9】一実施形態に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【図10】一実施形態に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図である。
【符号の説明】
【0056】
1 スパッタリング装置、 2 DC電源、 3 スパッタリングターゲット、 4 マグネトロンカソード、 5 基板、 6 保持部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白金からなる金属材料を圧延することによって形成された所定厚さの金属板を加熱して再結晶化することによって得られ、結晶組織が面内方向及び厚さ方向の何れにおいても等方性であり且つビッカース硬度の最大値が60以下であることを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項2】
請求項1において、ビッカース硬度の最小値が50以上であることを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項3】
請求項1又は2において、圧延により形成された集合組織が残留していないことを特徴とするスパッタリングターゲット。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかのスパッタリングターゲットが固定されたカソードと、前記スパッタリングターゲットに対向するように配置される基板を保持する保持手段とを具備することを特徴とするスパッタリング装置。
【請求項5】
請求項4において、前記スパッタリングターゲットが、前記保持手段に保持された前記基板の中心に対して偏心する位置に配置されていることを特徴とするスパッタリング装置。
【請求項6】
請求項1〜3の何れかのスパッタリングターゲット若しくは請求項4又は5のスパッタリング装置により形成された白金膜を含む下電極を有する圧電素子を具備することを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項7】
白金からなる金属材料を圧延することによって所定の厚さの金属板を形成する圧延工程と、該金属板を加熱して再結晶化させ、当該金属板を構成する結晶組織が面内方向及び厚さ方向の何れにおいても等方性であり且つビッカース硬度の最大値が60以下となるようにする再加熱工程とを有することを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項8】
請求項7において、前記再加熱工程での前記金属板の加熱温度が、800℃以上であることを特徴とするスパッタリングターゲットの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−161066(P2006−161066A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−350038(P2004−350038)
【出願日】平成16年12月2日(2004.12.2)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】