説明

スピン素子及びこれを用いた磁気センサ及びスピンFET

【課題】 分極率を向上可能なスピン素子、及びこれを用いた磁気センサ及びスピンFETを提供する。
【解決手段】
このスピン素子は、単結晶のSiからなる半導体層3と、半導体層3の表面上に形成された第1トンネル絶縁層T1と、第1トンネル絶縁層T1上に形成された第1強磁性金属層1とを備えている。半導体層3と第1トンネル絶縁層T1との間の界面におけるダングリングボンドの面密度が3×1014/cm以下である。この際の分極率は、著しく向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン素子及びこれを用いた磁気センサ及びスピンFETに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、強磁性体におけるスピンの機能と、電気伝導における電子の機能を共に利用したスピンエレクトロニクスデバイスの研究開発が盛んに行われている。こうしたデバイスの例として、例えばハードディスクドライブにおける磁気ヘッドやMRAM(Magnetic Random Access Memory)がある。さらに、MOS−FET(Metal−Oxide−Semiconductor−Field−Effect Transistor)にスピンの機能を付与させるスピンMOS−FETのアイディアが提案され、半導体(シリコン)スピンエレクトロニクスデバイスの研究開発も盛んに行われている。これらスピンエレクトロニクスの基本技術は、金属強磁性体から非磁性物質へのスピン注入の利用である。非磁性物質として金属を用いた、磁気メモリ及び磁気センサも開示されている(特許文献1、特許文献2)。
【0003】
また、非磁性物質としてSiを用いたスピンMOSFETが開示されている(特許文献3)。スピン注入の効率を上げるため、電極構造としては、強磁性金属/トンネル絶縁膜/非磁性物質が採用され、非磁性物質に注入されたスピンが伝導し(この伝導層はチャネルと称される)、対向して配置された同様な構造の電極で、その磁化の向きに応じた電位の変化から、伝導スピンを検出している。半導体の場合は、トンネル絶縁膜は用いず、界面に形成されるショットキーバリアを擬似トンネル層として用いることも可能である。
【0004】
デバイスの応用形態は、非局所構造(特許文献1、2)と、局所構造(特許文献3)に分類できる。非局所構造では、固定層を通過した電流はフリー層へは流れないため,固定層とフリー層の間のチャネル領域では電流がゼロであり、有限のスピン流だけが流れるという状況が実現されている。すなわち、アップスピンによる電子流とダウンスピンによる電子流の大きさが等しく、かつ向きが逆で完全な打ち消し合いが起こっている。チャネル領域を拡散してきたスピン流の一部はフリー層磁性体で吸収される。このとき、フリー層と固定層の磁化の相対的な向きによってフリー層の電位が変化するため、それを電圧計で測定することができる。このように、スピン伝導の形態で言えば、非局所構造では電子流ではなくスピン流がスピン情報を運んでいる。スピン流は、異方性磁気抵抗(AMR)やジュール熱等に起因するノイズが極めて小さく、良質のスピン情報の伝達に向いている。局所構造は従来の磁気抵抗素子同様に、スピン偏極した電流を担体としてスピン情報が伝導している。
【0005】
これらスピン注入を応用した全てのデバイスの基本動作に共通するのは、入力としては電子流、情報伝達はスピンの流れ、出力はスピン蓄積電圧、を用いることである。従って、デバイス動作の良否を決定するのは、いかに電流から効率よくスピンの流れを作り出すかであり、注入電子流をiとし、注入電極からチャネルに入ったときの電流のスピン成分をi(up)、i(down)したとき、注入電子流をi=(i(up)+i(down))で与えられるが、スピン分極率Pをどれだけ高く設定できるかが重要である。スピン分極率Pは、以下の式で与えられる。
【0006】
(式1)
スピン分極率P=(i(up)−i(down))/i
【0007】
強磁性体では、電子のスピンの向きによって電流の流れやすさが異なり、上向きスピンの電気伝導度σ(up)と下向きスピンの電気伝導度σ(down)が異なる。そのため、強磁性体に流れる電流はスピン偏極しており、その分極率Pは、以下のようになる。
【0008】
(式2)
強磁性体中のスピン分極率P=(σ(up)−σ(down))/σ(up)+σ(down)
【0009】
従って、電極内部での電子の散乱がなければ、注入された電子流のスピン分極率Pは、強磁性体中のスピン分極率Pになることが期待される。また、トンネル膜が単結晶であって、スピンフィルター効果を有する場合は、P≧Pも理論的にはありえる。
【0010】
しかしながら、実際の分極率Pは、強磁性体中の分極率Pよりもずっと小さくなってしまう。本願発明者らの研究によれば、トンネル膜とSi界面で電子の散乱が起こり、分極率Pが減少することが発見された(非特許文献1,2)。非特許文献1によれば、8Kでの分極率Pは約0.02であり、温度の上昇に連れ分極率Pは低下し、100K以上で0.01以下になる。強磁性体として用いているFeのスピン分極率Pはおよそ0.5なので、実際の分極率Pは、Pの4%以下に低下している。
【0011】
界面散乱を低減させるため、Si上にトンネル膜と強磁性金属をエピタキシャル成長させることが試みられている。例えばトンネル膜としてMgO、強磁性金属としてFeの成長を試みているが、Si界面はアモルファスになっているという結果が報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2004−186274号公報
【特許文献2】特開2007−299467号公報
【特許文献3】特開2004−111904号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】T.Sasaki et al.Applied Physics Letter,96,122101、2010年
【非特許文献2】T.Sasaki et al.APEX,2,053003、2009年
【非特許文献3】C.Martinez et al.J. Appl. Phys. Vol.93,2126、2003年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、上記従来の技術においては、分極率の向上に関する解決策は見出されていない。本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、分極率を向上可能なスピン素子、及びこれを用いた磁気センサ及びスピンFETを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
トンネル磁気抵抗効果デバイスにおいて、高い分極率を得るには、トンネル絶縁層の材質はアモルファスより単結晶が好ましいと考えられる。したがって、本願発明者らは、Siからなる半導体層上へのトンネル絶縁層のエピタキシャル成長を試みた。この結果、本願発明者らが鋭意検討を行ったところ、Siの半導体層とトンネル絶縁層との間に、ダングリングボンド(未結合手)が多数存在しており、このダングリングボンド密度を低減させることで、分極率を著しく向上可能であることを発見した。
【0016】
すなわち、本発明は、単結晶のSiからなる半導体層と、前記半導体層の表面上に形成された結晶質の第1トンネル絶縁層と、前記第1トンネル絶縁層上に形成された第1強磁性金属層と、を備えたスピン素子であって、前記半導体層と前記第1トンネル絶縁層との間の界面におけるダングリングボンドの面密度が3×1014/cm以下であることを特徴とする。第1強磁性金属層から、第1トンネル絶縁層を介して、半導体層に電子を注入した場合、第1強磁性金属層の磁化の向きに依存したスピンが半導体層内に注入される。この際の分極率は、ダングリングボンドの面密度が上記の場合、著しく向上させることができる。また、この分極率は、半導体層側から、第1トンネル絶縁層を介して、第1強磁性金属層内に、スピンを注入する場合にも同様に向上する。
【0017】
上記ダングリングボンドの面密度が1×1014/cm以上である場合には、上述の分極率向上効果を確認することができた。
【0018】
前記第1トンネル絶縁層はMgOであることが好ましい。半導体層としてSi単結晶を用い、トンネル絶縁層としてMgOを用いた場合には、10%以上の分極率が得られた。
【0019】
本発明に係る磁気センサは、上述のスピン素子と、前記半導体層の表面上に形成された第2トンネル絶縁層と、前記第2トンネル絶縁層上に形成された第2強磁性金属層と、前記半導体層上に形成された一対の非磁性金属からなる電極とを備えることを特徴とする。この場合、スピン分極率が高いため、高精度の検出を行うことができる。
【0020】
本発明に係るスピンFETは、上述のスピン素子と、前記半導体層の表面上に形成された第2トンネル絶縁層と、前記第2トンネル絶縁層上に形成された第2強磁性金属層と、前記第1及び第2強磁性金属層間における前記半導体層の電位を制御するゲート電極と、を備えることを特徴とする。この場合、スピン分極率が高いため、高精度の動作を行うことができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明のスピン素子によれば、分極率を向上させることが可能であるため、これを用いた磁気センサ及びスピンFETは、高精度の検出又は動作を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】非局所構造のスピン素子の縦断面構成を示す図である。
【図2】図1に示したスピン素子の強磁性金属層1,2の位置におけるXZ断面図である。
【図3】強磁性金属層1,2を含む電極構造の詳細を示す図である。
【図4】Fe/MgO/Si積層体(比較例)の逆フーリエTEM像を示す図である。
【図5】Fe/MgO/Si積層体(実施例)の逆フーリエTEM像を示す図である。
【図6】ESRスペクトル(比較例)を示すグラフである。
【図7】ESRスペクトル(実施例)を示すグラフである。
【図8】ダングリングボンドの面密度DD(×1014/cm)とスピン分極率Pの関係を示すグラフである。
【図9】ダングリングボンドの面密度DD(×1014/cm)、スピン分極率P、アニール温度(℃)、室温スピン伝導の有無について示す図表である。
【図10】スピン素子20を磁気センサとして含む磁気ヘッドの縦断面構造を示す図である。
【図11】スピン素子を含むFETの縦断面構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、実施の形態に係るスピン素子について説明する。なお、同一要素には、同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0024】
図1は、非局所構造のスピン素子の縦断面構成を示す図である。同図では、XYZ三次元直交座標系が設定されている。また、図2は、図1に示したスピン素子の強磁性金属層1の位置におけるXZ断面図(A)、強磁性金属層2の位置におけるXZ断面図(B)である。
【0025】
Siからなる半導体基板10上に、SiOやAlなどの絶縁層11を介して、半導体層3が形成されている。すなわち、半導体層3を含む基板は、SOI(Silicon On Insulator)基板であり、半導体層3の厚みが例えば100nm以下に設定されている。SOI基板を用いた場合、半導体層3を薄くすることができるため、基板の深い位置からの影響を抑制することができるという利点がある。半導体層3は、Siの単結晶からなり、強磁性金属層1,2や非磁性の電極1M,2Mの形成される表面が{100}となっている。
【0026】
このスピン素子20は、単結晶のSiからなる半導体層3と、半導体層3の表面上に形成された第1トンネル絶縁層T1と、第1トンネル絶縁層T1上に形成された第1強磁性金属層1とを備えている。ここで、半導体層3と第1トンネル絶縁層T1との間の界面におけるダングリングボンドの面密度は3×1014/cm以下である。この際、分極率は、著しく向上させることができる。
【0027】
第1強磁性金属層1と第1電極1Mとの間には、電子流源Jが接続されている。電子流源Jにより、第1強磁性金属層1から、第1トンネル絶縁層T1を介して、半導体層3に電子を注入した場合、第1強磁性金属層1の磁化の向きに依存したスピンが半導体層内に注入される。この際の分極率は、ダングリングボンドの面密度が上記の場合、著しく向上させることができる。
【0028】
図1に示すスピン素子20は、磁気センサとしても機能させることができる。すなわち、この磁気センサは、半導体層3の表面上に形成された第2トンネル絶縁層T2と、第2トンネル絶縁層T2上に形成された第2強磁性金属層2とを備えている。半導体層3上には一対の非磁性金属からなる電極1M、2Mが形成されている。この磁気センサは、非局所構造を有しており、電流源Jから、第1強磁性金属層1に電子を供給する。第1強磁性金属層1から半導体層3内に注入された電子eは、半導体層3内を伝播して、第1電極1Mに流れることになる。
【0029】
一方、第1強磁性金属層1から半導体層3内への注入電子位置から、スピン流Spが第2強磁性金属層2方向に拡散する。スピン流Spに応じて、第2強磁性金属層2と第2電極2Mとの間に電圧が発生するが、この電圧は、第2強磁性金属層2と第2電極2Mとの間に接続された電圧計Vによって測定される。スピン流Spは、半導体層3内に導入される外部磁場に依存して、スピンの向きが回転し、磁場の大きさに依存して、電圧計Vによって検出される電圧値が異なることなる。したがって、このスピン素子は、磁気センサとして機能させることができる。
【0030】
なお、第1強磁性金属層1と第2強磁性金属層2は、共にY軸に平行な磁化方向を有している。これらの磁化方向は、固定されており、第1強磁性金属層1と第2強磁性金属層2は磁化固定層として機能しているが、スピンFET(電界効果トランジスタ)のように、一方の磁化の向きを固定しないでフリー層として用いる構造も考えられる。
【0031】
さらに、本発明は、非局所構造のスピン素子ではなく、磁気抵抗効果型のスピン素子に応用することも可能である。この場合、第1強磁性金属層1と第2強磁性金属層2との間に電子流を流し、外部磁場による第2強磁性金属層2の磁化の回転、もしくは伝導するスピンの回転に応じて、第2強磁性金属層2の界面付近に蓄積するスピン量が変化し、磁気抵抗が変化することを利用する。第1電極1Mと第2電極2Mは利用しない、又は、予め形成しないこととする。第1強磁性金属層1と第2強磁性金属層2との間の抵抗は、一定の電圧を印加した場合に、これらの間に流れる電流を計測することで、求めることができる。非局所構造の場合には、第1及び第2強磁性金属層の磁化方向は同一の方向(平行)であることが、製造時の磁場印加工程が単純化されるため好ましく、磁気抵抗効果型では、スピンFET(電界効果トランジスタ)のように、一方の磁化の向きを固定しないでフリー層として用いる構造、もしくは大きな出力を得るという観点から、反平行に固定することが好ましい。
【0032】
なお、半導体層3は、電子流又はスピン流が伝播するチャネル層として機能する領域以外は、エッチングにより除去され、Y軸方向に延びた長方形の形状を呈している(図2参照)。図2に示されるように、エッチングによって露出した半導体層3の側面及びZ軸に垂直な露出表面は、SiOなどの絶縁性の保護膜Fによって被覆されている。
【0033】
図3は、強磁性金属層1,2を含む電極構造の詳細を示す図である。
【0034】
磁化方向を固定する場合、図3(A)に示すように、第1トンネル絶縁層T1上には、第1強磁性金属層1、第1反強磁性層1AF、及び、外部配線と接続される第1電極層1Eが順次積層されている。同様に、磁化方向を固定する場合、図3(B)に示すように、第2トンネル絶縁層T2上には、第2強磁性金属層2、第2反強磁性層2AF、及び、外部配線と接続される第2電極層2Eが順次積層されている。強磁性金属層1,2と、反強磁性層1AF,2AFとが交換結合することで、磁化方向が固定される。フリー層として機能させる場合には、反強磁性層を用いないで、且つ、強磁性金属層のアスペクト比を低下させることで、その長手方向に磁化方向が向きやすくなる傾向を抑制することができる。
【0035】
なお、上記トンネル絶縁膜T1,T2の材料としては、結晶質(単結晶又は多結晶:アモルファスを除く)のMgOの他、ZnOやAlなどを用いることができ、その厚みは、電子がトンネルするよう、2nm以下に設定することが好ましい。また、強磁性金属層1,2の材料としては、Fe,Ni又はCo及びこれらから選択されるCoFeやNeFeなどの合金を用いることができる。反強磁性層AF1,AF2の材料としては、IrMnやPtMnなどのMn合金を用いることができる。また、形状磁気異方性が強い場合は、反強磁性層AF1,AF2は省略することができる。電極層1E,2E及び電極1M,2Mの材料としては、非磁性の金属であればよいが、Al、Cu又はAuなどを用いることができる。
【0036】
半導体層3としてSi、トンネル絶縁層T1(またはT2)として単結晶のMgO、強磁性層1(又は2)としてFeを用いた場合の界面状態を、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察した。以下の図4及び図5は、得られた素子の界面付近のTEM像をフーリエ変換し、その特定の逆格子成分のみを逆フーリエ解析を行い、画像化したものである。波数成分は図4では、Si[111]方向の逆格子点とΓ点(k=(0,0,0))、図5ではSi[110]方向の逆格子点とΓ点を採用して変換を行った。原子配列は線で示され、直線的に延び、その線上に原子が連続的に配列している。
【0037】
比較例及び実施例の素子の寸法は以下の通りである。
・第1強磁性金属層と第1電極との間の離間距離:50μm
・第2強磁性金属層と第2電極との間の離間距離:50μm
・第1強磁性金属層と第2強磁性金属層との間の離間距離:500nm
・半導体層3の厚み:100nm
・トンネル絶縁層の厚み:1nm
・第1電極と第1強磁性層間の電流:1mA
・第1強磁性層と第2強磁性層の中心間距離:1.7μm
【0038】
図4は、Fe/MgO/Si積層体(比較例)の逆フーリエTEM像を示す図である。
【0039】
比較例では、まず、SOI基板(半導体基板10={100}Si、絶縁層11=SiO、半導体層3=厚さ100nmの{100}Si)を用意し、不純物としてリン(P)イオンを半導体層3内に、5x1019/cmの濃度で注入し、アセトンとイソプロピルアルコールで洗浄後、表面の酸化膜をフッ酸で除去した。その後、この基板をMBE(分子線エピタキシー)チャンバに入れ、一度、低温(300℃、400℃、500℃、550℃、580℃)で60分間加熱して、アニールした後、室温でMgO、Fe、Tiの順に成膜した。ここでTiは保護層である。なお、図4は、300℃でアニールした場合の逆フーリエTEM像を示している(分極率P=0.0015)。
【0040】
その後、図1に示した非局所構造の素子を作製した。強磁性金属層1,2の磁化の固定には、形状磁気異方性を用い、電極層1E,2Eと電極1M,2Mの材料にはAlを用い、蒸着法により形成した。半導体層3として、{100}Siを用いたが、成長したMgOのSiとの界面は{100}面であり、Si及びMgOの結晶の[110]方向とFeの結晶の[100]方向が界面に平行な同一方向を向いている。MgOの厚みは1.4nmである。同図中の三角印の位置において転位が観察される。
【0041】
図5は、Fe/MgO/Si積層体(実施例)の逆フーリエTEM像を示す図である。
【0042】
実施例では、まず、比較例と同じSOI基板を用意し、不純物としてリン(P)イオンを半導体層3内に、5x1019(cm−)の濃度で注入し、アセトンとイソプロピルアルコールで洗浄後、表面の酸化膜をフッ酸で除去した。その後、この基板をMBE(分子線エピタキシー)チャンバに入れ、一度、高温(600℃、620℃、650℃、680℃、700℃)で60分間加熱して、アニールした後、室温でMgO、Fe、Tiの順に成膜した。ここでTiは保護層である。その後、比較例と同一の方法で、図1に示した非局所構造の素子を作製した。なお、図5は、700℃でアニールした場合の逆フーリエTEM像を示している(分極率P=0.35)。
【0043】
半導体層3として{100}Siを用いたが、成長したMgOのSiとの界面は{100}面であり、Siの結晶の[100]方向とMgOの結晶の[110]方向とFeの結晶の[100]方向が界面に平行な同一方向を向いている。MgOの厚みは1.4nmである。同図中の三角印の位置において転位が観察される。
【0044】
これらの画像から、MgOは界面付近でも結晶化しており、これら界面は、セミコヒーレントな界面と呼ぶことができる。なお、図4では、ほぼ原子5層につき1層の割合で転位が存在し、図5ではほぼ原子10層につき1層の割合で転位が存在している。Si/MgO界面がセミコヒーレント界面だとすれば、転位の位置ではSiとOの結合が切れるため、不対電子が取り残され、ダングリングボンドとなっている。
【0045】
次に、上述の比較例(アニール温度:300℃〜580℃)と、実施例(アニール温度600℃〜700℃)の試料において、半導体層3とトンネル絶縁層T1(T2)との間の界面におけるダングリングボンドの面密度を、電子スピン共鳴法(ESR)を用いて計測すると共に、スピン分極率Pを求めた。
【0046】
図6は、ESRスペクトル(比較例:アニール温度550℃)を示すグラフ、図7は、ESRスペクトル(実施例:アニール温度700℃)を示すグラフである。横軸は印加される外部磁場H(Oe)を示し、縦軸はESRスペクトル強度I(a.u.)を示している。外部磁場Hを変化させると、ESR信号の強度Iが変化する。ESR測定では、g値が用いられ、g値は外部から印加されるマイクロ波の振動数と共鳴磁場の強度で決定される固有の値であり、このスペクトルとg値を観察することで、格子欠陥などを同定することができる。マイクロ波のパワーは200μWであり、これらの図のスペクトル計測時の試料温度は8Kである。
【0047】
図6及び図7における磁場H1におけるg値は、2.0055であり、磁場H2におけるg値は1.9996である。g値=2.0055の場合、MgOにおける「O」と、下地の半導体層の「Si」との間の結合(Si−O)が切断され、ダングリングボンドが発生しているものと考えられる。スペクトルのフィッティングを用いて求められるダングリングボンドの面密度は、図6では4.8×1014/cmであり、図7では1.0×1014/cmである。
【0048】
なお、ESRスペクトルにおいては、Pセンターが観察されている。Pセンターは、Siから延びる4本の結合手のうち1本が切れSi同士の三重結合が生じるPb0センターと、同様に1本が切れSi同士の二重結合とSiとOとの結合があるPb1センターからなる。上記スペクトルでは、磁場H1において、g値=2.0055にピークが観測されるが、これはフッ酸洗浄後に形成されるSi酸化膜を測定した場合に観測される典型的なPセンターによるピークであり、Si−O結合における結合の切断が反映された結果と考えられる。磁場H2におけるg値=1.9996のピークは、MgOもしくはSiO中の欠陥に捕獲された電子からの信号と考えられ、ダングリングボンドには関与していないと考えられる。
【0049】
図8は、ダングリングボンドの面密度DD(×1014/cm)とスピン分極率Pの関係を示すグラフ(100K)、図9は、ダングリングボンドの面密度DD(×1014/cm)、スピン分極率P、アニール温度(℃)、室温スピン伝導の有無について示す図表である。
【0050】
これらの図に示されるように、ダングリングボンドの面密度が3×1014/cm以下となると、室温においてもスピン伝導が観察され、スピン分極率Pも急激に増加し、3×1014/cmではスピン分極率P=0.35を得ることができた。この場合の半導体層3のアニール温度は600℃〜700℃である。比較例では、アニール温度は580℃〜300℃であるが、これらのダングリングボンドの面密度は3.9×1014/cm以上であり、分極率Pも低いという結果になった。
【0051】
ダングリングボンドが多いほど界面付近のポテンシャルの乱れが増加するものと考えられ、分極率Pは、ダングリングボンド密度に対して指数関数的に減衰することがわかった。また、ダングリングボンドのESR測定によれば、界面の性質にはMgの影響は現れず、Si−Oの結合が切れた状態とみなされる。従って、電子の散乱は、MgO以外の材料であっても、同様にエピタキシャル成長を行う結晶であれば、同程度に生じるものと予想される。Siへのエピタキシャル成長によって、同程度の効果が得られる材料としては、結晶質のZnOなどがある。
【0052】
なお、典型的なデバイスから考えると、注入電子流1mAにおいて、出力電圧V=1mV以上が要求される。理論的には概ね出力電圧V=P×λN×i×/σSで与えられる。なお、第1及び第2強磁性金属層1,2の離間距離はスピン拡散長λNより短い。例えば半導体層の抵抗率1/σ=0.01Ωcm、スピンが流れるチャネルの断面積S=10μm×0.1μm=1μm、スピン拡散長λN=1μm、印加電流i=1mAを想定すると、このような場合、出力電圧V(1mV以上)は、0.1×Pに比例するものとすると、分極率Pは0.1以上が好ましいことになる。それに対応してダングリングボンド密度は3×1014/cm以下となる。また、上記ダングリングボンドの面密度は低いほど好ましいと考えられるが、上記では、1×1014/cm以上の場合に、分極率が高くなることが確認された。
【0053】
なお、同様にスピン散乱が抑制されるという理由から、分極率Pは、半導体層側から、トンネル絶縁層を介して、強磁性金属層内に、スピンを注入する場合にも同様に向上する。
【0054】
以上のように、半導体層としてSi単結晶を用い、トンネル絶縁層としてMgOを用いた場合には、10%以上の分極率Pを得ることができ、最大で35%の分極率Pを得ることができた。
【0055】
図10は、スピン素子20を磁気センサとして含む磁気ヘッドの縦断面構造を示す図である。
【0056】
この磁気センサ(スピン素子20)は、磁気ヘッドMHに組み込まれている。磁気ヘッドMHは、AlTiCなどの支持基板SSと、支持基板SS上に形成された一対の磁気シールド層SH1、SH2と、一対の磁気シールド層SH1、SH2間に配置されたスピン素子20とを備えており、スピン素子20は磁気記録媒体MDAの記憶領域からの磁場を検出する磁気センサとして機能する。磁気ヘッドMHは、SiOなどの適当な絶縁層ILを備えており、絶縁層IL内には磁気情報の書き込み素子30が形成されている。書き込み素子30は、磁気記録媒体MDAに磁気情報を書き込むことができる。なお、書き込み素子30は、内部コイルに通電することで、磁場を発生する素子であり、従来から知られている。なお、スピン素子20は、図1に示した半導体層3内に外部磁場を導入できるように配置すればよいが、本例では、電子流又はスピン流の流れる方向(Y軸方向)が、磁気記録媒体MDAのトラック幅方向に一致するように設定されている。
【0057】
上述のスピン素子20を非局所構造の磁気センサとして用いる場合、図1に示したものを採用すればよく、半導体層3の表面上に形成された第1、2トンネル絶縁層T1,T2と、第1、2トンネル絶縁層T1,T2上に、それぞれ形成された強磁性金属層1,2と、半導体層3上に形成された一対の非磁性金属からなる電極1M,2Mとを備える。
【0058】
上述のスピン素子20を磁気抵抗効果型の磁気センサとして用いる場合、図1における電極1M,2Mは不要であり、磁気ヘッド内に組み込む場合の配置は、電子流の流れる方向(Y軸方向)が、磁気記録媒体MDAのトラック幅方向に一致するように設定される。
【0059】
上述の磁気センサは、分極率が高いため、高い精度で外部磁場を検出することが可能となる。
【0060】
図11は、上述のスピン素子20を含むスピンFETの縦断面構造を示す図である。
【0061】
このスピンFET(TR)は、上述のスピン素子20における主要部(基板10、絶縁層11、半導体層3、第1、2トンネル絶縁層T1,T2、強磁性金属層1,2)を同様に備えている。ここで、半導体層3はP型に設定されており、これにN型の不純物が添加されたソース領域S及びドレイン領域Dが形成されている。上述のトンネル絶縁層T1,T2は、それぞれ半導体層3のソース領域D及びドレイン領域D上に形成され、それぞれのトンネル絶縁層T1,T2上に、強磁性金属層1,2が形成されている。第1及び第2強磁性金属層1,2間における半導体層3の電位を制御するため、これらの間の領域上にはゲート絶縁膜IGを介してゲート電極Gが形成されている。ソースSからドレインDに流れるスピン偏極した電子流eの量は。ゲート電圧によって制御することができる。また、第2強磁性金属層2は、フリー層とされており、図示しない外部磁場又はスピン注入構造により、その磁化方向を制御することができる。フリー層の磁化方向を制御することで、このフリー層内に流れ込む電子量を制御することができる。
【0062】
以上のように、上記スピンFETは、半導体層3の表面上に形成されたトンネル絶縁層T1,T2と、トンネル絶縁層上に形成された強磁性金属層1,2とを備えているが、スピン分極率は高いため、フリー層の磁化方向に応じた高い精度で、スピンがフリー層内に流れ込むことができ、高精度の動作を行うことができる。
【符号の説明】
【0063】
3・・・半導体層、T1,T2・・・トンネル絶縁層、1,2・・・強磁性金属層。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶のSiからなる半導体層と、
前記半導体層の表面上に形成された結晶質の第1トンネル絶縁層と、
前記第1トンネル絶縁層上に形成された第1強磁性金属層と、
を備えたスピン素子であって、
前記半導体層と前記第1トンネル絶縁層との間の界面におけるダングリングボンドの面密度が3×1014/cm以下であることを特徴とするスピン素子。
【請求項2】
前記ダングリングボンドの面密度が1×1014/cm以上であることを特徴とする請求項1に記載のスピン素子。
【請求項3】
前記第1トンネル絶縁層はMgOであることを特徴とする請求項1又は2に記載のスピン素子。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載のスピン素子と、
前記半導体層の表面上に形成された第2トンネル絶縁層と、
前記第2トンネル絶縁層上に形成された第2強磁性金属層と、
前記半導体層上に形成された一対の非磁性金属からなる電極と、
を備えることを特徴とする磁気センサ。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載のスピン素子と、
前記半導体層の表面上に形成された第2トンネル絶縁層と、
前記第2トンネル絶縁層上に形成された第2強磁性金属層と、
前記第1及び第2強磁性金属層間における前記半導体層の電位を制御するゲート電極と、
を備えることを特徴とするスピンFET。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−191063(P2012−191063A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−54564(P2011−54564)
【出願日】平成23年3月11日(2011.3.11)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】