説明

セラミック積層膜及び該セラミック積層膜の形成方法

【課題】本発明は結晶性に優れたTiN系セラミック膜を提供することを課題とする。
【解決手段】蒸着プロセスを経て形成されるセラミック積層膜であり、該セラミック積層膜は基材上に、下地膜、窒化チタン膜、が順次積層されてなるものであり、上記下地膜は酸化亜鉛を主成分とする膜であり、上記下地膜の膜厚は1〜150nm、上記窒化チタン膜の膜厚は1〜50000nmであることを特徴とし、また、上記窒化チタン膜はCuKα線を用いたX線回折測定において、42°付近に窒化チタンの(200)面に帰属される回折線が検出されること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築物の窓ガラスや外壁、あるいはアクセサリなどの装飾品、あるいは切削工具になどに適用可能な結晶性セラミック膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
基材上に形成される酸化物化合物、窒化物化合物、炭化物化合物等からなるセラミック膜では、これら化合物が本来有する特性を発揮せしめるために、結晶性の良い薄膜を得ることが重要である。結晶性の良いセラミック薄膜を得ることを目的として、さまざまな方法が検討されており、その中でも、真空成膜法によるセラミック薄膜を形成する方法は、生産性の点において、優れた可能性を秘めた方法として検討がなされている。
【0003】
上記のセラミック膜の中でも、金属チタンの窒化物(以下、TiNと記載することがある)膜などのTi系セラミック膜は、成膜条件や、TiN膜のTiとNとの化学量論組成、異種元素の添加量や元素の種類などに応じて多様な物性を示すため、様々な分野で幅広く応用されている。
【0004】
一般的に、基材上に形成されたTiN膜は電気伝導性を有し、導電性薄膜として様々な物品に用いられている。例えば、電気伝導性が高い薄膜は、優れた熱線遮蔽性能の有することが理論的に明らかとされており(非特許文献1)、ガラス基材上にスパッタリング法によってTiN膜などのTi系セラミック膜を形成し、該Ti系セラミック膜は熱線遮蔽ガラスとして利用されている(特許文献1)。
【0005】
また、TiNを主成分とするセラミック薄膜において、薄膜表面の反射色調は、チタン、窒素、酸素の組成比によって決定されるとされており(特許文献2)、基材上にTiNを主成分とするセラミック薄膜を形成することで、筆記用具、腕時計、眼鏡、ブレスレッド、ライターなどに好適な、金色を呈する道具や装飾品等の物品として利用されている(特許文献3、4)。
【0006】
さらに、TiN膜の硬度は、膜の結晶化度と相関関係にあるとされており(特許文献5)、例えば、イオンプレーティング法により、基材を150℃〜200℃に加熱しながらTiN膜などを形成する方法(非特許文献2)、基材に負電位を印加しながらスパッタリング法によりTiN膜を形成する方法(以下、基板バイアススパッタ法と呼ぶことがある)(特許文献6)、などが開示されている。上記のTiN膜は、硬質被膜を基材表面に形成し、被覆切削工具(特許文献7)として用いられている。
【0007】
また、一般的にTiNは(111)面に配向した柱状結晶であることが知られている。上記のようにTiN膜は被覆切削工具として用いられているが、一方で、(111)面に配向したTiN膜はクラックが発生し易いとされており、上記のクラックの発生を防ぐために、Ti膜を800乃至900℃のN雰囲気下でアニール処理を行うことで変成させたTiN膜上に、反応性スパッタリング法を用いてTiN膜を形成することで、(200)面に配向したTiN膜を得る方法が提案されている(特許文献8)。
【0008】
また、n型電界効果トランジスタ(以下、n型MOSFETと呼ぶことがある)の小型化に伴い、メタルゲート電極にTiN膜を用いる試みがなされているが、電気的な損失の少ないトランジスタを得るために、高い電子移動度を有するTiN膜が望まれている(非特許文献3、非特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平8−169730号公報
【特許文献2】特開平7−57905号公報
【特許文献3】特開昭54−2942号公報
【特許文献4】特開平3−53058号公報
【特許文献5】特開平10−317123号公報
【特許文献6】特開平5−78820号公報
【特許文献7】特開平7−285001号公報
【特許文献8】特開平8−64555号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】F. Simonis, M.V. Leij, C.J. Hoogendoom. Solar Energy Mater 1979;1:221.
【非特許文献2】http://www.citizen.co.jp/dlc/ip.html(検索日2009年7月9日)
【非特許文献3】http://www.selete.co.jp/up_files/pdf/public_120.pdf(検索日2009年9月8日)
【非特許文献4】Chang Yong Kang, Rino Choi, M.M.Hussain, Jinguo Wang, Young Jun Suh, H.C.Floresca, Moon J.Kim, Jiyoung Kim, Byoung Hun Lee and Raj Jammy, Appl.Phys.Lett.91,033511.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
現在、TiNを主成分とするセラミック膜は、導電性薄膜、金色を呈する被覆膜、硬質被膜等として利用されており、その用途に合わせて、導電性、反射色調、硬度等の性質が要求され、上記の性質を優れたものとするために、結晶化度が高いTiN膜が求められている。
【0012】
TiN膜の結晶化度を向上させるために、窒素分圧を精密に制御する、基板バイアススパッタ法を用いる、あるいはイオンプレーティング法を用いる、基材や成膜後の膜を加熱する、等の方法を用いていた。
【0013】
しかしながら、いずれの方法も特別なツール、例えば、窒素分圧制御系統、基板バイアス印加電源、基板加熱機構、高密度プラズマ発生装置等が必要であり、さらにこれらは、大面積の基材上に均一に成膜することが難しく、高い生産性を実現することが難しかった。
【0014】
かくして本発明は、結晶化度が高いTiN系セラミック膜を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本出願人が鋭意検討を行った結果、酸化亜鉛を主成分とする膜の上にTiN膜を形成することによって、TiN膜の結晶化度が向上することが明らかとなった。また、上記方法によって得られるTiN膜は、膜の電子移動度(以下、Hall移動度と表記することもある)が向上した膜であることが明らかとなった。
【0016】
すなわち本発明のセラミック積層膜は、蒸着プロセスを経て形成されるセラミック積層膜であり、該セラミック積層膜は基材上に、下地膜、窒化チタン膜、が順次積層されてなるものであり、上記下地膜は酸化亜鉛を主成分とする膜であり、上記下地膜の膜厚は1〜150nm、上記窒化チタン膜の膜厚は1〜50000nmであることを特徴とする。
【0017】
下地膜の膜厚が150nmを越えると、高い内部応力に依る剥離が生じる可能性が高くなるだけでなく、下地膜の表面が粗くなることで、窒化チタン膜の結晶成長が阻害され、好ましい結晶化度を示さないことがある。また、上記の下地膜の膜厚は下地膜が連続的となる膜厚であれば良く、下地膜が不連続的から連続的になるための臨界膜厚は、成膜装置、成膜方法、成膜条件により容易に変わるため、下限は特に限定しなくともよいが、1nm以上としても差し支えない。また、窒化チタン膜の膜厚が厚いほど、窒化チタン膜の電気伝導性は高くなり、可視光透過率は低くなる。窒化チタン膜の膜厚は、その用途に合わせて適宜選択されればよいが、本発明においては1nm以上、50000nm以下とし、好ましくは20nm以上、30000nm以下としても差し支えない。
【0018】
また、本発明のセラミック積層膜は、窒化チタン膜の膜厚が1〜300nmであることを特徴とする。
【0019】
本発明のセラミック積層膜は、電子移動度が向上した膜である。電子移動度とは、膜中の自由電子の動き易さを表す指標であり、この値が高いほど、分光反射率が増加する角度が急峻になる相関があることから、例えば上記のセラミック積層膜が熱線反射膜として用いられる場合は近赤外線反射率の向上、また装飾膜として用いる場合は黄色の反射率の増加により、金色の色調が得られやすい等の効果がある。またn型MOSFETのメタルゲート電極として用いられる場合、TiN膜の高い電子移動度に起因して、トランジスタ全体の電子移動度が向上する効果がある。そのため、窒化チタン膜の膜厚を1〜300nmとすることで、上記用途に適した膜とすることが可能となる。
【0020】
また、本発明のセラミック積層膜の窒化チタン膜はCuKα線を用いたX線回折測定において、42°付近に窒化チタンの(200)面に帰属される回折線が検出されることを特徴とする。
【0021】
なお、「基材上」は、セラミック積層膜が基材に接するものでも、基材と該セラミック積層膜との間に他の膜が介在するものでも良い。
【0022】
また、本発明のセラミック積層膜は、CuKα線を用いたX線回折測定において、窒化チタンの(111)面に由来する回折線の強度I111と、(200)面に由来する回折線の強度I200との比(=I200/I111)が、0.5以上であることを特徴とする。
【0023】
TiN(200)面及びTiN(111)面の回折線の強度I(200)及びI(111)の強度比I(200)/I(111)において、本発明のセラミック膜は0.5以上となることが示された。
【0024】
また、本発明のセラミック積層膜は、表面抵抗が200Ω/□以下であり、前記窒化チタン膜の比抵抗が5×10−4Ωcm以下であることを特徴とする。
【0025】
表面抵抗が200Ω/□、及び窒化チタン膜の比抵抗が5×10−4Ωcmを越える場合、好ましい可視光透過性と赤外線反射特性を両立できないことがある。
【0026】
また、本発明のセラミック積層膜は、前記下地膜と前記窒化チタン膜との界面粗さが、2.0nm以下であることを特徴とする。
【0027】
下地膜と窒化チタン膜との界面粗さは、X線回折測定装置(Rigaku社製RINT−UltimaIII)などを用いて、X線反射率を測定し、該装置に付随した汎用プログラムによって求めることが可能であり、値が小さいほど平滑であることを示すものである。
【0028】
界面粗さが2.0nmを超えると、TiN層の結晶性を向上できないことがある。また、界面粗さの下限は、基材の種類に依存する傾向にあるため、特に限定されるものではないが、小さいほどTiN層の結晶性が向上する。比較的平滑とされるガラス基材の場合、表面粗さが0.2nm程度であることから、0.2nm以上としてもよい。
【発明の効果】
【0029】
本発明のセラミック積層膜は、TiNの結晶化度が高く、(200)面に配向を持つ膜である。また、本発明のセラミック積層膜は、電子移動度を向上せしめることが可能である。また、本発明のセラミック積層膜は、表面抵抗及びTiN膜の比抵抗が低く熱線反射性能に優れており、反射色調が金色を呈する。また、本発明のセラミック積層膜は、特殊なツールや設備、あるいは加熱工程を必要とせず、簡便な方法で製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】マグネトロンスパッタ装置の概略図である。
【図2】下地膜と窒化チタン膜とで構成されるセラミック積層膜の断面模式図である。
【図3】基材上に直接形成した窒化チタン膜の断面模式図である。
【図4】実施例1、2及び比較例1のX線回折パターンを表す平面図である。
【図5】インライン型マグネトロンスパッタ装置の概略図である。
【図6】実施例3及び比較例2のX線回折パターンを表す平面図である。
【図7】実施例4〜7、比較例3のX線回折パターンを表す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明のセラミック積層膜は、蒸着プロセスを経て形成されるセラミック積層膜であり、該セラミック積層膜は基材上に、下地膜、窒化チタン膜、が順次積層されてなるものである。また、本発明のセラミック積層膜は、窒化チタン膜の上に、さらにセラミック膜を形成してもよい。
【0032】
上記下地膜および窒化チタン膜は、蒸着プロセスを用いて形成されることが好ましい。蒸着プロセスには、スパッタリング、電子ビーム蒸着、イオンビームデポジション、イオンプレーティングなどを用いても良いが、均一性を確保しやすいスパッタリングは好適に用いられる。
【0033】
成膜装置としては、図1に示すようなマグネトロンスパッタ装置が好適に用いられる。ガラス1を基板ホルダー2に保持させた後、真空チャンバー3内を真空ポンプ4によって排気し、成膜中、真空ポンプ4は連続して稼働させ、真空チャンバー内の雰囲気ガスは、ガス導入管5より導入し、ガスの流量をマスフローコントローラー(図示せず)により制御して調整する。なお、基板ホルダー2はターゲット8に対して正面に設置されないものとする。成膜中の真空チャンバ−内の圧力は、真空チャンバーと真空ポンプの間に設置されたバルブ6の開度を制御することで調節する。裏側にマグネット7が配置されたターゲット8を用い、ターゲットへ電源ケーブル9を通じで電源10より投入する。ここで、真空ポンプの種類、ターゲットの個数や種類、直流電源と交流電源の選択は適宜なされれば良く、特に限定しない。
【0034】
下地膜を形成する工程において、成膜時の真空チャンバーの圧力は2.0Pa以下とすることが好ましい。2.0Paを超えると、下地膜と窒化チタン膜との界面粗さが大きくなり、後に形成する窒化チタン膜の結晶性を向上できないことがある。また、下限については、成膜時の放電を安定に保持するために0.1Pa以上とすることが好ましいが、この下限は、真空チャンバーの容積、ターゲットの面積などによって容易に変わるため、特に限定しない。
【0035】
上記下地膜上に窒化チタン膜を形成する工程においては、薄膜原料として金属ターゲットを用いて、窒素ガスを導入しながら成膜する反応性スパッタリングが製造コストに優れるため好適であるが、窒化物ターゲットを用いても良い。
【0036】
プラズマ発生源には直流電源、交流電源、または交流と直流を重畳した電源、いずれの電源も好適に用いられるが、交流と直流を重畳した電源は連続生産性に優れており、好適に用いられる。
【0037】
前記下地膜には、酸化亜鉛の他に、酸化亜鉛にSn、Al、Ti、Si、Cr、Mg、Gaなどから選ばれる少なくとも一つの金属を添加した酸化亜鉛化合物を用いても良い。
【0038】
基材には、ガラスが好適に用いられる。ガラスの例としては、石英ガラスや、建築用や車両用、ディスプレイ用に使用されているソーダ石灰ケイ酸塩ガラスからなるフロート板ガラス、無アルカリガラス、ホウケイ酸塩ガラス、低膨張ガラス、ゼロ膨張ガラス、低膨張結晶化ガラス、ゼロ膨張結晶化ガラス、TFT用ガラス、PDP用ガラス、光学フィルム用基板ガラス等が挙げられる。また、ガラス基材以外の例としては、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリ塩化ビニール樹脂、ポリエチレン樹脂等の樹脂基材が挙げられる。
【0039】
一般的に、電気伝導性を有する膜材料においては、その電気伝導度の逆数である比抵抗の値に応じて、熱線反射性能、すなわち近赤外線反射性能が決まるとされており、比抵抗の値が小さいほど熱線反射性能が優れていると言われている。本発明のセラミック積層膜は比抵抗の値が小さく、熱線反射膜として用いることが可能である。例えば、建築用の窓ガラスや外壁等の表面に好適に用いられる。
【0040】
時計や装身具などの外装部品は、装飾的要素である色調と耐摩傷性とを同時に備えることが要求される。本発明のTiN膜は金色色調を呈するものであり、なおかつ、前述したように、TiN膜の結晶化度は硬度と相関関係があるとされていることから、本発明のセラミック積層膜は、外装部品等の装飾品に好適に用いられる。
【0041】
n型MOSFETには、トランジスタの駆動速度を向上するために、トランジスタ全体の電子移動度の向上が要求されている。更に、n型MOSFETの小型化に伴い、メタルゲート電極にTiN膜を適用する試みがなされており、トランジスタの損失を引き起こさない高い電子移動度が要求されている。本発明のTiN膜は、高い電子移動度を有するものであり、n型MOSFETに好適に用いられる。
【実施例】
【0042】
以下、図面を参照しながら本発明を詳細に説明する。
【0043】
実施例1
図2に示すような、ガラス1に酸化亜鉛膜11と窒化チタン膜12を順次積層したセラミック積層膜を作製した。ガラスとしては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。セラミック積層膜の成膜は、図1に示すマグネトロンスパッタリング装置を用いて行った。
【0044】
酸化亜鉛膜の成膜は、ガラス1を基板ホルダー2に保持させた後、真空チャンバー3内を真空ポンプ4によって排気して行った。成膜中、真空ポンプ4は連続して稼働させ、真空チャンバー内の雰囲気ガスは、ガス導入管5より、酸素ガスを導入し、酸素ガスの流量をマスフローコントローラー(図示せず)により制御して調整した。真空ポンプ4にはターボ分子ポンプを用いた。成膜中の真空チャンバ−内の圧力は、真空チャンバーと真空ポンプの間に設置された排気バルブ6の開度を制御することで0.2Paに調節した。裏側にマグネット7が配置されたターゲット8には、Znターゲットを用い、Znターゲットへ電源ケーブル9を通じで電源10より投入される電力は100Wとし、電源10には直流電源を用いた。酸化亜鉛膜の厚さが30nmになるように、成膜時間を制御した。なお、以降いずれの膜についても、成膜時間を制御することで所望の膜厚を得ており、意図的な基板加熱は行わなかった。
【0045】
次に、酸化亜鉛膜の上に窒化チタン膜を、真空を維持したまま連続して成膜した。ターゲット8にチタンターゲットを用いて、真空チャンバー3内の雰囲気ガスは、ガス導入管5より、アルゴンと窒素ガスを8:2の割合になるように導入し、圧力は、排気バルブ6を制御して0.5Paに調節した。チタンターゲット8へ電源ケーブル9を通じて電源10より投入する電力は100Wとし、電源10には直流電源を用いた。窒化チタン膜の厚さが60nmになるように、成膜時間を制御した。
【0046】
実施例2
酸化亜鉛膜の膜厚を55nmとした以外は実施例1と同様にしてセラミック積層膜を作製した。
【0047】
比較例1
図3に示すような、ガラスに窒化チタン膜を作製した。ガラスとしては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。窒化チタン膜の成膜は、図1に示すマグネトロンスパッタリング装置を用いて行い、成膜条件は実施例1と同様にした。
(X線回折測定)
・結晶構造の評価
X線回折測定装置(Rint−ultimaIII、リガク社製)を用いて、CuKα線を用いたX線回折によりセラミック積層膜の結晶構造を評価した。装置に付随した汎用のプログラムJADEを用いて回折線の強度および面積を算出した。
【0048】
・配向度の評価
上記X線回折測定により得られた回折線から、TiN(200)面及びTiN(111)面の回折線の強度I(200)及びI(111)を求め、強度比I(200)/I(111)(以下、ピーク強度比と呼ぶことがある)を算出した。この値が大きい程、TiN層が(200)面に優先配向していることを意味する。
【0049】
・結晶化度の評価
上記X線回折測定により得られたTiN(200)面およびTiN(111)面の回折線の面積の総和(以下、ピーク面積と呼ぶことがある)も算出した。この値が大きい程、TiN層の結晶化度が高いことを意味する。
【0050】
(光学特性の評価)
分光光度計(日立製作所製U−4000)を用いて、セラミック積層膜の分光透過率および分光反射率を測定し、JIS3106に準拠して可視光透過率およびセラミック積層膜面の日射反射率を算出した。さらに、CIEL*a*b*座標で表したセラミック積層膜面の反射色調a*、b*を算出した。
【0051】
(比抵抗の評価)
積層体の表面抵抗を4探針抵抗測定器(ResistestVIII、Napson社製)を用いて測定し、表面抵抗とTiN層の膜厚との積から比抵抗を算出した。
【0052】
(電子移動度の評価)
Hall効果測定装置(HL5500PC、Bio−Rad社製)を用いて測定された電子密度および比抵抗から電子移動度を算出した。
【0053】
図4に、実施例1、2及び比較例1のX線回折パターンを示す。実施例1および2では2θが42°付近に、TiN(200)面に帰属されるシャープなピークが観測された。一方、比較例1では、TiN(111)面による微小なピークが観測されるのみであった。以上の結果から、実施例1および2のセラミック積層膜における窒化チタン膜は、(200)面に配向していることがわかった。
【0054】
また、表1に実施例1、2および比較例1の、X線回折パターンより算出したピーク強度比(=I200/I111)およびピーク面積、表面抵抗、窒化チタン膜の比抵抗、可視光透過率、セラミック積層膜面の日射反射率、CIEL*a*b*座標で表したセラミック積層膜面の反射色調a*、b*、電子移動度を示す。実施例1および2は、ピーク強度比が0.9以上、かつピーク面積が大きく、優れた(200)面の配向度と結晶化度を有していた。更には、表面抵抗が低く、また窒化チタン膜の比抵抗も低いものであり、この低比抵抗性に起因して、高い可視光透過率と日射反射率を両立しており、さらには、反射色調はb*の値が大きく、金色の色味が強いものであった。また、実施例1及び2は、0.5以上の高い電子移動度を有していた。一方で、比較例1はTiN(200)面に帰属されるピークが見られず、また、ピーク面積も実施例1の8分の1以下であり、これに起因して、表面抵抗、比抵抗、可視光透過率、日射反射率、電子移動度に関しては、実施例1及び2よりも劣る結果となった。
【0055】
【表1】


実施例3
図2に示すような、ガラス1に酸化亜鉛膜11と窒化チタン膜12を順次積層したセラミック積層膜を作製した。ガラスとしては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。セラミック積層膜の成膜は、図5に示すインライン型マグネトロンスパッタリング装置を用いて行った。図5は、該装置を上方から観察したときの要部を示すものである。バッキングプレート23上にターゲット13としてZnターゲットを用い、基材ホルダー14に板ガラス15を保持させた後、真空チャンバー20内を、真空ポンプ17を用いて排気した。
【0056】
真空チャンバー20内の雰囲気ガスは、ガス導入管19より、Oガスを導入した。成膜中の真空チャンバー20内の圧力は、開閉バルブ18により0.3Paに調節した。さらに、DC電源22の出力電力を1000Wとした。
【0057】
基材ホルダー14は、搬送ロール24上を搬送され、ターゲット13の横を通過させ、膜厚が30nmになるように搬送速度を調整してZnO膜を得た。
【0058】
基材を保持した基材ホルダー14は移動可能な構造となっており、基材ホルダーの移動速度を調節することで、成膜時の膜厚を変えることが可能である。該移動速度は一定とし、基材が装置内を移動している間は変更しないものとする。
【0059】
引き続いて、バッキングプレート23上にターゲット13としてTiターゲットを用い、基材ホルダー14に下地膜としてZnO膜を形成した板ガラス15に窒化チタン膜を形成した。
【0060】
真空チャンバー20内の雰囲気ガスは、ガス導入管19より、ArとNガスを導入し、その際、N/(N+Ar)×100で算出されるNガス分圧を20体積%とした。成膜中の真空チャンバー20内の圧力は、開閉バルブ18により0.5Paに調節した。さらに、DC電源22の出力電力を3000Wとした。
【0061】
基材ホルダー14は、搬送ロール24上を搬送され、ターゲット13の横を通過させ、膜厚が80nmになるように搬送速度を調整し、窒化チタン膜を形成し、セラミック積層膜を得た。
【0062】
比較例2
図3に示すような、ガラスに窒化チタン膜を作製した。ガラスとしては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。窒化チタン膜の成膜は、図5に示すマグネトロンスパッタリング装置を用いて行い、成膜条件は実施例3と同様にした。
【0063】
図6に、実施例3及び比較例2のX線回折パターンを示す。実施例3では、2θが42°付近にTiN(200)面に帰属される非常にシャープなピークが観測された。一方、比較例2では、TiN(111)面による微小なピークが観測されるのみであった。以上の結果から、実施例3のセラミック積層膜における窒化チタン膜の(200)面の配向度と結晶化度は、比較例2よりも高いことが分かった。
【0064】
表2に実施例3および比較例2の、X線回折パターンより算出したピーク強度比(=I200/I111)およびピーク面積、表面抵抗、窒化チタン膜の比抵抗、可視光透過率、セラミック積層膜面の日射反射率、CIEL*a*b*座標で表したセラミック積層膜面の反射色調a*、b*、電子移動度を示す。実施例3のセラミック積層膜は、優れた(200)面の配向度と、結晶化度を有しており、表面抵抗が低く、また窒化チタン膜の比抵抗も低いものであった。さらに、実施例3では、高い可視光透過率と日射反射率を両立しており、なおかつ、反射色調はb*の値が大きく、金色の色味が強いものであった。また、実施例3は比較例2よりも高い電子移動度を示した。一方で、比較例2はTiN(200)面に帰属されるピークが見られず、また、ピーク面積は実施例3の7分の1以下であり、表面抵抗、比抵抗、可視光透過率、日射反射率、電子移動度に関しては、実施例3よりも劣る結果となった。
【0065】
【表2】


実施例4
図2に示すような、ガラス1に酸化亜鉛膜11と窒化チタン膜12を順次積層したセラミック積層膜を作製した。窒化チタン膜を成膜する際、真空チャンバー20内の雰囲気ガスをNガスのみとし、真空チャンバー20内の圧力を、開閉バルブ18により1.0Paに調節し、膜厚を70nmとなるように搬送速度を調整した以外は、実施例3と同様の方法で窒化チタン膜を形成し、セラミック積層膜を得た。
【0066】
実施例5
下地膜となる酸化亜鉛膜を成膜中の真空チャンバー20内の圧力を、開閉バルブ18により1.5Paに調節した以外は、実施例4と同様にしてセラミック積層膜を得た。
【0067】
実施例6
下地膜となる酸化亜鉛膜を成膜中の真空チャンバー20内の圧力を、開閉バルブ18により3.3Paに調節した以外は、実施例4と同様にしてセラミック積層膜を得た。
【0068】
比較例3
図3に示すような、ガラスに窒化チタン膜を作製した。ガラスとしては、厚さ3mmのソーダライムガラスを用いた。窒化チタン膜の成膜は、図5に示すマグネトロンスパッタリング装置を用いて行い、成膜条件は実施例4と同様にした。
【0069】
図7に実施例4〜6、比較例3のX線回折パターンを示す。実施例4〜6では2θが42°付近にTiN(200)面に帰属されるピークが観測された。一方、比較例3では、TiNによるピークが観測されず、極めて結晶化度の低い膜であった。以上の結果から、実施例4〜6の積層膜における窒化チタン膜の(200)面の配向度および結晶化度は、比較例3よりも高いことが分かった。
【0070】
表3に実施例4〜6および比較例3の、X線回折パターンより算出したピーク強度比(=I200/I111)およびピーク面積、表面抵抗、窒化チタン膜の比抵抗、可視光透過率、セラミック積層膜面の日射反射率、CIEL*a*b*座標で表したセラミック積層膜面の反射色調a*、b*、電子移動度を示す。実施例4〜6のセラミック積層膜は、優れた(200)面の配向度および結晶化度を有しており、表面抵抗が低く、また窒化チタン膜の比抵抗も低いものであった。さらに、界面粗さが小さくなるほど、窒化チタン膜の結晶化度が高くなり、低い比抵抗を示した。さらに、実施例4〜6のセラミック積層膜は、高い可視光透過率と電子移動度を示した。
【0071】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明のセラミック積層膜は、窒化チタン膜の優れた結晶化度に起因して、低比抵抗性、熱線反射性、金色の反射色調を呈し、また、結晶化度が高いことから高い耐摩耗性および硬さを示すことが推察される。また、電子移動度に優れていることから、n型MOSFET等の電極部材として利用し得る。さらに、クラックが発生し易い(111)面以外にも強い配向を持つことから、クラックの発生を抑制する効果を持つことが期待される。上記の性質を有することから、建築物の窓ガラスや外壁、あるいはアクセサリなどの装飾品、あるいはオブジェなどの建造物、あるいは切削工具になどに適用し得る。
【符号の説明】
【0073】
1 ガラス
2 基板ホルダー
3 真空チャンバー
4 真空ポンプ
5 ガス導入管
6 排気バルブ
7 マグネット
8 ターゲット
9 電源ケーブル
10 電源
11 酸化亜鉛膜
12 窒化チタン膜
13 ターゲット
14 基材ホルダー
15 板ガラス
16 カソードマグネット
17 真空ポンプ
18 開閉バルブ
19 ガス導入管
20 真空チャンバー
21 電源コード
22 DC電源
23 バッキングプレート
24 搬送ロール


【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着プロセスを経て形成されるセラミック積層膜であり、該セラミック積層膜は基材上に、下地膜、窒化チタン膜、が順次積層されてなるものであり、上記下地膜は酸化亜鉛を主成分とする膜であり、上記下地膜の膜厚は1〜150nm、上記窒化チタン膜の膜厚は1〜50000nmであることを特徴とするセラミック積層膜。
【請求項2】
上記窒化チタン膜の膜厚が1〜300nmであることを特徴とするセラミック積層膜。
【請求項3】
上記窒化チタン膜はCuKα線を用いたX線回折測定において、42°付近に窒化チタンの(200)面に帰属される回折線が検出されることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のセラミック積層膜。
【請求項4】
CuKα線を用いたX線回折測定において、窒化チタンの(111)面に由来する回折線の強度I111と、(200)面に由来する回折線の強度I200との比(=I200/I111)が、0.5以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載のセラミック積層膜。
【請求項5】
表面抵抗が200Ω/□以下であり、前記窒化チタン膜の比抵抗が5×10−4Ωcm以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載のセラミック積層膜。
【請求項6】
前記下地膜と前記窒化チタン膜との界面粗さが、2.0nm以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載のセラミック積層膜。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載のセラミック積層膜を有することを特徴とする熱線反射ガラス。
【請求項8】
請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載のセラミック積層膜を有することを特徴とする装飾品。
【請求項9】
請求項1に記載のセラミック積層膜を有することを特徴とする切削工具。
【請求項10】
蒸着プロセスを経て基材上にセラミック積層膜を形成する方法において、下地膜を形成する工程、前記下地膜上に窒化チタンを形成する工程、及び、前記窒化チタン膜を形成する際に、少なくともNを含むガスを雰囲気ガスとして真空チャンバー内に導入する工程、を有し、前記下地膜を形成する際の真空チャンバー内の圧力を低く調整することで、前記下地膜と前記窒化チタン膜との界面粗さを2.0nm以下とすることを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載のセラミック積層膜の形成方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−58085(P2011−58085A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−212264(P2009−212264)
【出願日】平成21年9月14日(2009.9.14)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】