説明

デジタル位相同期回路

【課題】ホールドオーバ期間中の温度特性と経年変化に対する影響を抑え、周波数の高安定性を維持するホールドオーバ機能を有するデジタル位相同期回路を得る。
【解決手段】電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度を測定する温度測定手段と、同期対象と同期している間、デジタルフィルタ手段からの出力で電圧制御型クロック発振手段を制御するとともにデジタルフィルタ手段からの出力と電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度、経過時問の履歴から経過時間と電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度と項に持つ2元多項式を求め、同期対象と同期していない間、同期対象に同期しなくなってからの経過時間および電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度から2元多項式で電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を推定するとともに推定した制御信号で電圧制御型クロック発振手段を制御するホールドオーバ手段と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、移動体通信システムにおける基地局間同期を実現するためのデジタル位相同期回路(Digital Phase Locked Loop、以下、DPLLと略す)に関し、特にGPS(G1oba1 Positioning System)衛星に同期したGPSレシーバが出力する1PPS(Pu1se Per Second)を基準信号としたDPLLに関するものである。
【背景技術】
【0002】
移動体通信システムでは、周波数の有効利用の面から高い周波数安定度を求められている。特に、無線多重方式にOFDMA(Orthogonal Frequency Divisional Multiple Access)を使用する場合、サブキャリアの間隔が狭く、他の無線方式に比べて高い周波数安定度が必要である。また、高速なハンドオーバを実現する為に基地局間のフレーム同期精度も求められる。
【0003】
これらの要求を満足する為、基地局にDPLLを実装して、GPS衛星に同期したGPSレシーバが出力する1PPSをDPLLの基準信号に使って、このDPLLで得られた同期クロックを基地局の標準クロックに用いて基地局間同期を実現している。ただし、天候不順やGPSレシーバの故障等、GPSに関する障害が発生した場合、基地局間同期は機能しなくなる。これを回避する為、一部のシステムではDPLLにホールドオーバ機能を実装して、障害発生後一定期間、基地局間同期の状態を保持する機能を有する。
【0004】
ホールドオーバ時に温度に対する影響を小さくする為、発振器に温度特性の良好なOCXO(Oven Contro11ed Osci11ator)を実装している。
【0005】
GPSレシーバはGPSアンテナを通じてGPS衛星からの電波を受信する。GPS衛星に同期している間、GPSレシーバは、GPS衛星に同期した1PPSを出力する。位相検出器は、この1PPSとOCXOの出力クロックを分周器で分周した分周クロックの位相差を検出する。デジタルフィルタは低域通過型のフィルタであり、位相差の高周波成分を減衰する。デジタルフィルタ出力はホールドオーバ回路を通過して、D/A変換器でアナログ信号に変換後、OCXOに入力される。この入力された電圧に応じてOCXOの出力クロックの周波数を制御することができる。以上の動作により、GPS衛星に同期したOCXOの出力クロックを得ることができる。
【0006】
GPSに関する障害が発生した場合、GPSレシーバは1PPSの出力を停止する。これを基準信号断検出で検出して基準信号断信号を出力する。これを受けてホールドオーバ回路は、直前のデジタルフィルタ出力を保持して、これをD/A変換器でアナログ信号に変換後、OCXOに入力する。以上の動作により、ホールドオーバ期間中、GPS衛星に同期していたときの状態を維持して、安定したOCXOの出力クロックを得ることができる。
【0007】
ただし、ホールドオーバ期間中のOCXOの周波数安定度はOCXOの特性に依存する。一例としてOCXOの特性を紹介すると、周波数温度特性は、最大±10×10−9(−10℃〜+70℃)、経年変化は、最大±2×10−9(/Day)となっている。
【0008】
ここで、ホールドオーバ期問中の周波数温度特性を改善する方法として、同期中、VCO(Vo1tage Contro11ed Osci11ator)周辺の温度を測定して、測定したVCO周辺温度に対するVCO制御電圧値をメモリに記録する。ホールドオーバ期問中は、測定したVCO周辺温度に対するVCO制御電圧値をメモリから読み出して、読み出したVCO制御電圧をVCOに入力して、周波数温度特性に対するVCOの周波数安定度を改善している(例えば、特許文献1参照)。
【0009】
また、ホールドオーバ期間中の経年変化を改善する方法として、同期中、計時手段で通知される周期毎に位相検出器出力の位相差を読み取り、読み取った位相差の情報からVCOの経年変化に対する位相差情報を予測して、その経年変化に対する位相差を補正するためのVCO制御電圧値をメモリに記録する。ホールドオーバ期問中は、計時手段で通知される周期毎に、メモリからその周期に対応するVCO制御電圧値を読み出して、読み出したVCO制御電圧をVCOに入力して、経年変化に対するVCOの周波数安定度を改善している(例えば、特許文献2参照)。
【0010】
また、DPLLに関する事例ではないが、振動回路に対する周波数温度特性と経年変化を改善する方法として、水晶発振器の発振周波数を経年変化と温度の関数で表して、この関数のパラメータである公称周波数と経年変化に関する係数、温度に関する係数を水晶発振器メーカーから入手して不揮発メモリに記録する。ホールドオーバ期間中は、水晶発振器の発振周波数を先の関数で予測して、予測した周波数と標準周波数を比較後、比較した誤差を元に水晶発振器の出力クロックに端数処理を施す。つまり、水晶発振器の出力クロックにサイクルを追加、あるいは削除を施して、所望の振動信号を得る。同期中、基準信号と水晶発振器の発振周波数を比較して、比較した誤差情報の履歴を元に先の関数のパラメータを再評価してパラメータを更新する(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−217722号公報
【特許文献2】特開2006−121171号公報
【特許文献3】特表2004−516740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1に記載された発明は、ホールドオーバ期間中の経年変化を改善できない。したがって、経年変化に対する周波数安定度の劣化が発生する。
また、特許文献2に記載された発明は、ホールドオーバ期間中の周波数温度特性を改善できない。したがって、温度特性に対する周波数安定度の劣化が発生する。
また、特許文献3に記載された発明は端数処埋を施している為、得られた振動信号は大きなジッタを含む。また、水晶発振器の発振周波数を予測するための関数のパラメータを不揮発メモリに記録する手段は工場出荷前の調整時に実施される為、調整費用がかさむことになる。
【0013】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、ホールドオーバ期間中の温度特性と経年変化に対する影響を抑え、且つ、工場出荷前の調整を必要としない、周波数の高安定性を維持するホールドオーバ機能を有するデジタル位相同期回路を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この発明に係るデジタル位相同期回路は、同期対象の信号源からの信号を検出したとき基準信号を出力する基準信号抽出手段と、上記基準信号の未出力状態を検出する基準信号断検出手段と、出力するクロックの周波数が電圧で制御される電圧制御型クロック発振手段と、上記電圧制御型クロック発振手段から出力されるクロックを分周する分周手段と、上記分周手段で分周された分周クロックと上記基準信号抽出手段からの基準信号との位相差を比較する位相検出手段と、上記位相検出手段で検出された位相差の高周波成分を除去するデジタルフィルタ手段と、を有するホールドオーバ機能を具備するデジタル位相同期回路において、上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度を測定する温度測定手段と、上記同期対象と同期している間、上記デジタルフィルタ手段からの出力で上記電圧制御型クロック発振手段を制御するとともに上記デジタルフィルタ手段からの出力と上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度、経過時問の履歴から経過時間と上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度と項に持つ2元多項式を求めて、上記同期対象と同期していない間、同期していない経過時間および上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度から上記2元多項式で上記電圧制御型クロック発振手段を制御する電圧を推定するとともに推定した電圧で上記電圧制御型クロック発振手段を制御するホールドオーバ手段と、を有する。
【0015】
また、この発明に係る他のデジタル位相同期回路は、上記ホールドオーバ手段が上記基準信号抽出手段から基準信号が出力されている間、上記デジタルフィルタ手段から出力されたデジタルフィルタ出力の履歴と上記温度測定手段で測定された温度の履歴とを記憶する記憶手段と、上記記憶手段に記憶されたデジタルフィルタ出力の履歴と温度の履歴とから時間と温度とを変数とするデジタルフィルタ出力を近似する2元多項式を求めるとともに、上記基準信号抽出手段から基準信号が出力されていない間、上記基準信号の出力が断絶された時点からの経過時間と上記温度測定手段で測定した温度を用いて上記2元多項式から上記電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を求める演算手段と、上記基準信号抽出手段から基準信号が出力されている間、上記デジタルフィルタ手段から出力されたデジタルフィルタ出力を上記D/A変換手段に出力するとともに、上記基準信号が出力されていない間、上記演算手段で求めた上記電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を上記D/A変換手段に出力する切替手段と、を有する。
【0016】
また、この発明に係る他のデジタル位相同期回路は、上記演算手段は、上記同期対象と同期している間、上記記憶手段で記憶された上記デジタルフィルタ手段からの出力の履歴と温度の履歴とを参照して複数の2元多項式を求めるとともに、それぞれの2元多項式で求めた上記電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号と実際のデジタルフィルタ手段からの出力との誤差が最も小さい2元多項式を選択し、且つ上記同期対象と同期していない間、先に選択した2元多項式で電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を求める
【0017】
また、この発明に係る他のデジタル位相同期回路は、上記演算手段は、上記同期対象と同期している間、上記記憶手段で記録された上記デジタルフィルタ出力の履歴と温度の履歴を参照する範囲を複数用意し、その複数の範囲の履歴に1対1に対応した複数の2元多項式を求める。
【発明の効果】
【0018】
この発明に係るデジタル位相同期回路によれば、同期対象の信号源からの信号を検出したとき基準信号を出力する基準信号抽出手段と、上記基準信号の未出力状態を検出する基準信号断検出手段と、出力するクロックの周波数が電圧で制御される電圧制御型クロック発振手段と、上記電圧制御型クロック発振手段から出力されるクロックを分周する分周手段と、上記分周手段で分周された分周クロックと上記基準信号抽出手段からの基準信号との位相差を比較する位相検出手段と、上記位相検出手段で検出された位相差の高周波成分を除去するデジタルフィルタ手段と、を有するホールドオーバ機能を具備するデジタル位相同期回路において、上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度を測定する温度測定手段と、上記同期対象と同期している間、上記デジタルフィルタ手段からの出力で上記電圧制御型クロック発振手段を制御するとともに上記デジタルフィルタ手段からの出力と上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度、経過時問の履歴から経過時間と上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度と項に持つ2元多項式を求めて、上記同期対象と同期していない間、同期していない経過時間および上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度から上記2元多項式で上記電圧制御型クロック発振手段を制御する電圧を推定するとともに推定した電圧で上記電圧制御型クロック発振手段を制御するホールドオーバ手段と、を有するので、経年変化と温度特性に対するホールドオーバ期間中の周波数安定度の劣化を抑止する効果を得られる。
【0019】
また、この発明に係る他のデジタル位相同期回路によれば、対象の信号源に同期している間、上記記憶手段で記録されたデジタルフィルタ出力の履歴と上記電圧制御型クロック発振手段周辺の温度の履歴から2元多項式を上記演算手段で求めるようにしたので、上記電圧制御型クロック発振手段のパラメータを事前に必要としない為、工場出荷前の調整費用を省くことができ、装置のコストを抑える効果を得られる。
【0020】
また、この発明に係る他のデジタル位相同期回路によれば、上記演算手段は、上記同期対象と同期している間、上記記憶手段で記憶された上記デジタルフィルタ手段からの出力の履歴と温度の履歴とを参照して複数の2元多項式を求めるとともに、それぞれの2元多項式で求めた上記電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号と実際のデジタルフィルタ手段からの出力との誤差が最も小さい2元多項式を選択し、且つ上記同期対象と同期していない間、先に選択した2元多項式で電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を求めるので、ホールドオーバ期間中の周波数安定度を高安定化する効果を得られる。
【0021】
また、この発明に係る他のデジタル位相同期回路によれば、上記演算手段は、上記同期対象と同期している間、上記記憶手段で記録された上記デジタルフィルタ出力の履歴と温度の履歴を参照する範囲を複数用意し、その複数の範囲の履歴に1対1に対応した複数の2元多項式を求めるので、ホールドオーバ期間中の周波数安定度を高安定化する効果を得られる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】この発明の実施の形態1に係るホールドオーバ機能を有するデジタル位相同期回路を示すブロック図である。
【図2】GPS衛星に同期している間に測定したデジタルフィルタからのフィルタ済位相差信号とOCXOの周辺の温度を図示したグラフである。
【図3】GPS衛星に同期している間のデジタルフィルタのフィルタ済位相差信号とOCXO制御電圧推定値とを図示したグラフである。
【図4】2元多項式で求めたOCXO制御電圧推定値の標準偏差である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明のデジタル位相同期回路(DPLL)の好適な実施の形態につき図面を用いて説明する。
実施の形態1.
図1は、この発明の実施の形態1に係るホールドオーバ機能を有するデジタル位相同期回路(DPLL)を示すブロック図である。
この発明の実施の形態1に係るホールドオーバ機能を有するDPLLは、GPSアンテナ2、基準信号抽出手段としてのGPSレシーバ3、位相検出器4、デジタルフィルタ5、基準信号断検出回路6、ホールドオーバ回路7、D/A変換器8、OCXO9、分周器11、および、温度センサ12を有する。
【0024】
GPSアンテナ2は、図示しないGPS衛星からの電波を受ける。
GPSレシーバ3は、GPSアンテナ2が受信した電波から同期対象のGPS衛星が発する信号を受信している間、GPS衛星に同期した基準信号として1PPSを出力する。
位相検出器4は、GPSレシーバ3から出力される1PPSと分周器11から出力される分周クロックとの位相差を検出するとともに位相差に応じた信号を出力する。
デジタルフィルタ5は、低域通過型のフィルタであり、位相検出器4から出力される位相差に応じた信号の高周波成分を減衰し、フィルタ済位相差信号を出力する。
基準信号断検出回路6は、GPSレシーバ3から1PPSが出力されないことを検出し基準信号断信号を出力する。
【0025】
ホールドオーバ回路7は、基準信号断信号が入力されていないときはデジタルフィルタ5からのフィルタ済位相差信号をそのまま出力するとともに基準信号断信号が入力されているときには、基準信号断信号が入力されていないときのフィルタ済位相差信号の履歴と温度センサ12からの温度の履歴とから推定する推定値を出力する。
D/A変換器8は、ホールドオーバ回路7から出力される信号をアナログ信号に変換する。
OCXO9は、D/A変換器8から出力されるアナログ信号の電圧に応じて制御される周波数のクロックを出力する。
分周器11は、OCXO9から出力されるクロックを分周した分周クロックを出力する。
温度センサ12は、OCXO9の近傍の温度を計測し、ホールドオーバ回路7に入力する。
【0026】
この発明の実施の形態1に係るホールドオーバ回路7は、演算器15、メモリ16、および切替器17を有する。
演算器15は、GPS衛星に同期している間、つまり、基準信号断検出回路6から出力される基準信号断信号が非アクティブの間、デジタルフィルタ5からのフィルタ済位相差信号vと温度センサ12で測定したOCXO9の周辺の温度Tとを所定の周期でメモリ16に記憶する。また、メモリ16に記憶したデジタルフィルタ5から出力されるフィルタ済位相差信号vの履歴およびOCXO9の周辺の温度Tの履歴から、OCXO9を制御する電圧を近似する2元近似式を求める。
また、演算器15は、GPSに関する障害が発生している間、つまり、基準信号断検出回路6から出力される基準信号断信号がアクティブの間、ホールドオーバ経過時間tとOCXO9の周辺の温度Tから2元多項式でOCXO制御電圧推定値を求める。
【0027】
切替器17は、GPS衛星に同期している間、つまり、基準信号断検出回路6から出力される基準信号断信号が非アクティブの間、デジタルフィルタ5から出力されるフィルタ済位相差信号vを出力する。一方、GPSに関する障害が発生した場合、つまり、基準信号断検出回路6から出力される基準信号断信号がアクティブの間、演算器15から出力されるOCXO制御電圧推定値を出力する。
切替器17から出力される信号はD/A変換器8に入力される。
【0028】
次に、この発明の実施の形態1に係るホールドオーバ回路7を中心に実施例を説明する。
演算器15は、GPS衛星に同期している間、つまり、基準信号断検出回路6から出力される基準信号断信号が非アクティブの間、デジタルフィルタ5から出力されるフィルタ済位相差信号vと温度センサ12で測定したOCXO9の周辺温度Tとを所定の周期でメモリ16に記憶する。一例として、所定の周期は1時間間隔である。
演算器15は、メモリ16に記憶されたデジタルフィルタ5から出力されるフィルタ済位相差信号vの履歴およびOCXO9の周辺の温度Tの履歴から、OCXO9を制御するOCXO制御電圧推定値を2元多項式を用いて推定する。
切替器17は、デジタルフィルタ5から出力されるフィルタ済位相差信号vと演算器15から出力されるOCXO制御電圧推定値とを切り替える。切替器17から出力される信号はD/A変換器8に入力される。
【0029】
GPSに関する障害が発生した場合、つまり、基準信号断検出回路6から出力される基準信号断信号がアクティブの間、演算器15は、ホールドオーバ経過時間tとOCXO9の周辺の温度Tから2元多項式でOCXO制御電圧推定値を求める。
【0030】
次に、OCXO制御電圧を推定する2元多項式について説明する。
公称周波数10MHz、周波数制御特性±1×10−6(制御電圧0V〜4.0V)のOCXO9と、分解能18bit、出力電圧範囲0V〜+4.0VのD/A変換器8とを用いたDPLLを例とする。
図2は、GPS衛星に同期しているときの同期経過時間に対するデジタルフィルタ5からの出力およびOCXO9の周辺の温度を実測したデータを表したグラフである。
この図2からGPS同期経過時間およびOCXO9の周辺の温度がデジタルフィルタ5の出力に及ぼす影響が分かる。また、この図2からデジタルフィルタ5の出力、つまり、OCXO制御電圧v(t,T)は、経過時間tとOCXO9の周辺の温度Tを項とする2元多項式である式(1)、または、式(2)で表せることが分かっている。但し、ここで示した式(1)及び式(2)は全ての電圧制御型発振器に適用することができるものではなく、電圧制御型発振器毎に異なっているので電圧制御型発振器が異なる毎に求める。
【0031】
【数1】

【0032】
式(1)と式(2)中の係数A、B、C、Dを求める方法として、一般的に最小二乗法で求められることが知られている。GPS衛星に同期している間、メモリ16に記憶したデジタルフィルタ5からのフィルタ済位相差信号vとOCXO9の周辺の温度Tから式(3)に示す履歴を得たとする。
【0033】
【数2】

【0034】
ここで、経過時間の履歴(t,t,・・・,t)はメモリ16に記憶していないが、メモリ16にデジタルフィルタ5からのフィルタ済位相差信号vとOCXO9の周辺の温度Tを最後に記録した時間を原点に取り、記録周期を1時間間隔とした場合、経過時間の履歴(t,t,・・・,t)は式(4)となる。
【0035】
【数3】

【0036】
式(1)中の係数A、B、Cまたは式(2)中の係数A、B、C、Dは、それぞれデジタルフィルタ5からのフィルタ済位相差信号vとOCXO9の周辺の温度T、式(4)で表される経過時問の履歴(t,t,・・・,t)から式(5)または式(6)で求めることができる。
【0037】
【数4】

【0038】
一例として、GPS衛星に同期している間のデジタルフィルタ5からのフィルタ済位相差信号vと式(2)で求めたOCXO制御電圧推定値v(t,T)を図3に示す。図3から分かる通り、デジタルフィルタ5からのフィルタ済位相差信号vは、経過時間tとOCXO9の周辺の温度Tを項に含む2元多項式で近似することが出来て、ホールドオーバ期間中も、この2元多項式でOCXO制御電圧推定値を求めることが出来る。
【0039】
図4は、デジタルフィルタ5の出力とOCXO9の周辺の温度、経過時間の履歴数と2元多項式、履歴の更新時間に対するOCXO制御電圧推定値210の近似精度を、GPS衛星に同期している間のデジタルフィルタ出力112を期待値として2元多項式で求めたOCXO制御電圧推定値210の標準偏差で示した表である。
【0040】
標準偏差σは、デジタルフィルタ5からのフィルタ済位相差信号vとOCXO9の周辺の温度T、経過時間tの履歴のうち24サンプルを用いて、式(7)で求められる。
【0041】
【数5】

【0042】
図4から分かる通り、時問の経過とともに2元多項式や履歴数はOCXO制御電圧推定値の近似精度に影響することが分かる。つまり、OCXO制御電圧推定値の標準偏差が最も少ない2元多項式と履歴数を選択して、ホールドオーバ期間中のOCXO制御電圧推定値を求めることで、より高い周波数安定度を得ることが出来る。
【0043】
上述のこの発明の実施の形態1に係るDPLLは、OCXO9の周辺の温度を測定する温度センサ12と、GPS衛星と同期している間、デジタルフィルタ5からの出力でOCXO9を制御するとともにデジタルフィルタ5からの出力とOCXO9の周辺の温度、経過時問の履歴から経過時間とOCXO9の周辺の温度と項に持つ2元多項式を求め、GPS衛星と同期していない間、GPS衛星に同期しなくなってからの経過時間およびOCXO9の周辺の温度から2元多項式でOCXO9を制御する制御信号を推定するとともに推定した制御信号でOCXO9を制御するホールドオーバ回路7と、を有するので、経年変化と温度特性に対するホールドオーバ期間中の周波数安定度の劣化を抑止する効果を得られる。
【0044】
従って、この発明の実施の形態1に係るDPLLを実装した基地局装置であれば、GPS衛星との同期が取れなくなっても基地局間同期を維持することが出来る。
【0045】
なお、この発明の実施の形態1に係るDPLLは、GPS衛星に同期したGPSレシーバ3が出力する1PPSを基準信号に用いているが、この基準信号に特定する必要は無く、例えば、DPLLの基準信号を通信網から抽出した基準クロックに置き換えることが出来る。通信網の障害で基準クロックを抽出できない場合でも、ホールドオーバ期間中の周波数安定度を高安定化することが出来る。
【0046】
また、この発明の実施の形態1に係るDPLLは、移動体通信システムの基地局に実装して、ホールドオーバ期間中の基地局間同期維持に適用しているが、この目的に特定する必要は無く、例えば、このDPLLを通信システム内の伝送装置に実装して、ホールドオーバ期間中の高い周波数安定度を必要とする伝送装置に利用することが出来る。
【0047】
また、この発明の実施の形態1に係るDPLLは、式(1)または式(2)で表される2元多項式をデジタルフィルタ5からの出力とOCXO9の周辺の温度、経過時問の履歴から求めているが、式(1)および式(2)で表される2元多項式を求め、デジタルフィルタ5からの出力との誤差の少ない方の2元多項式を用いてホールドオーバ期間中にOCXO制御電圧推定値を求めても良い。
また、2つの2元多項式ではなく、3つ以上の2元多項式をデジタルフィルタ5からの出力とOCXO9の周辺の温度、経過時問の履歴から求め、デジタルフィルタ5からの出力との誤差の最も少ない2元多項式を用いてホールドオーバ期間中にOCXO制御電圧推定値を求めても良い。
【0048】
また、上述のこの発明の実施の形態1に係るDPLLは、経過時間の履歴を1つとして2元多項式をデジタルフィルタ5からの出力とOCXO9の周辺の温度、経過時問の履歴から求めているが、経過時間の履歴を複数の範囲に分け、その範囲それぞれのデジタルフィルタ5からの出力とOCXO9の周辺の温度、経過時問の履歴から2元多項式を求めても良い。
【0049】
このように、複数の2元多項式を用いたり、複数の範囲での2元多項式を用いたりすることにより、ホールドオーバ期間中の周波数安定度をより高安定化する効果を得られる。
【符号の説明】
【0050】
2 GPSアンテナ、3 GPSレシーバ、4 位相検出器、5 デジタルフィルタ、6 基準信号断検出回路、7 ホールドオーバ回路、8 D/A変換器、11 分周器、12 温度センサ、15 演算器、16 メモリ、17 切替器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同期対象の信号源からの信号を検出したとき基準信号を出力する基準信号抽出手段と、
上記基準信号の未出力状態を検出する基準信号断検出手段と、
出力するクロックの周波数が電圧で制御される電圧制御型クロック発振手段と、
上記電圧制御型クロック発振手段から出力されるクロックを分周する分周手段と、
上記分周手段で分周された分周クロックと上記基準信号抽出手段からの基準信号との位相差を比較する位相検出手段と、
上記位相検出手段で検出された位相差の高周波成分を除去するデジタルフィルタ手段と、
を有するともにホールドオーバ機能を具備するデジタル位相同期回路において、
上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度を測定する温度測定手段と、
上記同期対象と同期している間、上記デジタルフィルタ手段からの出力で上記電圧制御型クロック発振手段を制御するとともに上記デジタルフィルタ手段からの出力と上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度、経過時問の履歴から経過時間と上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度と項に持つ2元多項式を求め、上記同期対象と同期していない間、上記同期対象に同期しなくなってからの経過時間および上記電圧制御型クロック発振手段の周辺の温度から上記2元多項式で上記電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を推定するとともに推定した制御信号で上記電圧制御型クロック発振手段を制御するホールドオーバ手段と、
を有することを特徴とするデジタル位相同期回路。
【請求項2】
上記ホールドオーバ手段は、
上記基準信号抽出手段から基準信号が出力されている間、上記デジタルフィルタ手段からの出力の履歴と上記温度測定手段で測定された温度の履歴とを記憶する記憶手段と、
上記記憶手段に記憶されたデジタルフィルタ手段からの出力の履歴および上記温度の履歴から経過時間および温度を変数とするデジタルフィルタ手段からの出力を近似する2元多項式を求めるとともに、上記基準信号抽出手段から基準信号が出力されていない間、上記基準信号の出力が断絶された時点からの経過時間および上記温度測定手段で測定した温度を用いて上記2元多項式から上記電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を求める演算手段と、
上記基準信号抽出手段から基準信号が出力されている間、上記デジタルフィルタ手段からの出力を上記電圧制御型クロック発振手段に出力するとともに、上記基準信号が出力されていない間、上記演算手段で推定した上記電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を上記電圧制御型クロック発振手段に出力する切替手段と、
を有することを特徴とする請求項1に記載のデジタル位相同期回路。
【請求項3】
上記演算手段は、上記同期対象と同期している間、上記記憶手段で記憶された上記デジタルフィルタ手段からの出力の履歴と温度の履歴とを参照して複数の2元多項式を求めるとともに、それぞれの2元多項式で求めた上記電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号と実際のデジタルフィルタ手段からの出力との誤差が最も小さい2元多項式を選択し、且つ上記同期対象と同期していない間、先に選択した2元多項式で電圧制御型クロック発振手段を制御する制御信号を求めることを特徴とする請求項2に記載のデジタル位相同期回路。
【請求項4】
上記演算手段は、上記同期対象と同期している間、上記記憶手段で記録された上記デジタルフィルタ出力の履歴と温度の履歴を参照する範囲を複数用意し、その複数の範囲の履歴に1対1に対応した複数の2元多項式を求めることを特徴とする請求項3に記載のデジタル位相同期回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−61421(P2011−61421A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207967(P2009−207967)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(591036457)三菱電機エンジニアリング株式会社 (419)
【Fターム(参考)】