説明

ハイブリッド車両の制御装置

【課題】エンジン及びモータからの動力によって走行するハイブリッド車両において、ABS制御やスリップ率制御などの車両安定制御を安定的に実施可能なハイブリッド車両の制御装置を提供する。
【解決手段】本発明に係るハイブリッド車両の制御装置(18)は、スリップ状態にあるか否かを判定する駆動輪状態判定手段(22)と、スリップ状態と判定時にエンジン(2)及びモータ(4)の少なくとも一方の運転状態を制御することでスリップ状態から回復させる車両安定制御手段(24)と、車両安定制御手段の作動を判定する車両安定制御判定手段(27)と、車両安定制御手段の作動時にクラッチ(3)を切断状態に設定するクラッチ制御手段(28)とを備えたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジン及びモータの少なくとも一方から出力された動力を、変速機を介して駆動輪に伝達することにより走行を行うハイブリッド車両の制御装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関、及び、バッテリに蓄えられた電力で動作可能なモータ(電動機)の少なくとも一方を動力源として走行するハイブリッド車両が注目されている。ハイブリッド車両は、減速時にモータを回生駆動して発電し、得られた電力をバッテリに充電して蓄える。そして、当該充電した電力を用いて電動機を力行駆動することにより、内燃機関の燃料消費量を削減し、燃費性能の改善を図っている。
【0003】
この種のハイブリッド車両では、スリップ状態に陥った場合に車両挙動を安定状態に回復させるために、アンチロックブレーキ制御(以下、「ABS制御」と称する)やスリップ率制御などの車両安定制御が実行される場合がある。これらの制御では、駆動輪のスリップ率を検出し、該検出したスリップ率値が予め設定された所定閾値を超えてスリップ状態にあると判定された場合に、ABS制御では油圧ブレーキやエアブレーキ等の制動手段の制動力を減少させることにより、車両挙動の回復を図る。一方、スリップ率制御では、走行用動力源であるモータから所定トルクを出力することにより、駆動輪のロックを防止して、車両挙動の回復を図る。
【0004】
このような車両安定制御は、制動手段や走行用モータがECUなどのコントロールユニットから送信される制御信号に従って制御されることによって行われる。このとき、車両安定制御下にある駆動輪に対して、ドライバ要求トルク(例えばアクセルペダルの踏み込み量に応じてエンジンもしくはモータに要求される出力トルク)に応じてエンジンやモータから余分なトルクが出力されてしまうと、車両安定制御によって支配されている車両挙動が乱れてしまうという問題がある。このような問題に対して例えば特許文献1では、車両安定制御の一種であるABS制御が実行されているときには、モータによる回生トルクを(段階的にゼロまで)減少させることにより、ブレーキの効きの低下を防止し、車両挙動の安定化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−297462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したように、車両安定制御下にある場合には、ドライバ要求トルクをゼロに設定することで、車両挙動の安定化を図ることができる。しかしながら、走行車両におけるエンジン回転数は様々な値を推移しており、このように逐次変化するエンジン回転数を有するエンジンの出力トルクが完全にゼロになるように、エンジン制御を行うことは現実的には困難である。そのため、ECU側でドライバ要求トルクをゼロに設定した場合であっても、実際にはエンジンから正又は負のトルクが少なからず出力されることとなる。
【0007】
ABS制御やスリップ率制御が実行されている最中に、エンジンの動力を駆動輪側に伝達するためのクラッチが接続されている場合、エンジン要求トルクがゼロに設定したとしても、実際には上記説明したようなエンジントルクが駆動輪側に少なからず伝達されてしまい、車両の走行安定性を低下させるおそれがある。例えば、エンジン要求トルクをゼロに設定した際に、実際にエンジンから出力されるトルクが負トルクである場合には、エンジンブレーキの作用によって駆動輪に減速トルクが付加される。そのため、特に走行路面が低μ路などである場合には駆動輪がロック傾向を示しやすくなり、車両の走行安定性が低下してしまう。逆に、エンジン要求トルクをゼロに設定した際に、実際にエンジンから出力されるトルクが正トルクである場合には、エンジン要求トルクがゼロであるにも関わらず、車両に駆動トルクが作用してしまい、車両の減速力が不足することとなる。その結果、制動距離が長くなるなど制動性能が悪化してしまい、車両の走行安定性が低下してしまう。
【0008】
本発明は上記問題点に鑑みなされたものであり、エンジン及びモータからの動力によって走行するハイブリッド車両において、ABS制御やスリップ率制御などの車両安定制御を安定的に実施可能なハイブリッド車両の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係るハイブリッド車両の制御装置は上記課題を解決するために、エンジン及びモータ間にクラッチが設けられ、前記エンジン及び前記モータの少なくとも一方で発生した動力を駆動輪に伝達することにより走行を行うハイブリッド車両の制御装置であって、前記駆動輪がスリップ状態にあるか否かを判定する駆動輪状態判定手段と、該駆動輪状態判定手段によって前記駆動輪がスリップ状態であると判定されたときに、前記エンジン及び前記モータの少なくとも一方の運転状態を制御することにより、前記駆動輪をスリップ状態から回復させる車両安定制御手段と、該車両安定制御手段が作動しているか否かを判定する車両安定制御判定手段と、該車両安定制御判定手段によって前記車両安定制御手段が作動していると判定されたときに、前記クラッチを切断状態に設定するクラッチ制御手段とを備えたことを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、駆動輪がスリップ状態に陥ることによって車両安定制御が作動した場合に、エンジンの出力トルクが駆動輪側に伝達されないように、クラッチを切断状態に設定する。特に走行中のエンジントルクはドライバ要求トルクによって正確にゼロに制御することが困難であるが、このようにクラッチを切断状態にすることによって、機械的にエンジントルクが駆動輪に伝達されることを防止できる。これにより、ABS制御やスリップ率制御などの車両安定制御の作動時にエンジンの出力トルクが伝達されることによって、車両挙動の安定性が損なわれてしまうことを効果的に防止することができる。
【0011】
本発明の一態様としては、前記車両安定制御手段は、前記駆動輪状態判定手段によって前記駆動輪がスリップ状態であると判定されたときに、前記駆動輪のスリップ率が目標スリップ率となるように、前記駆動輪の制動トルクを制御するABS制御を行うことにより前記駆動輪をスリップ状態から回復させると共に、前記モータの出力トルクをゼロに設定するとよい。この態様では、車両安定制御はいわゆるABS制御であり、車両安定制御下において上記のようにクラッチを切断状態にすることによって、エンジンから受ける影響(ドライバ要求トルクをゼロに設定した際に、実際にエンジンから出力されるトルクの影響)を排除して、車両安定制御の制御精度を向上することができる。一方、モータはエンジンに比べて制御性に優れているため出力トルクを容易にゼロに設定することができる。これにより、エンジンやモータからの影響を受けることなく車両安定制御を精度よく行うことができ、速やかにスリップ状態から車両挙動を安定化することができる。
【0012】
本発明の他の態様としては、前記車両安定制御手段は、前記駆動輪状態判定手段によって前記駆動輪がスリップ状態であると判定されたときに、前記駆動輪のスリップ率が目標スリップ率となるように前記モータに駆動トルク又は回生トルクを付与して、前記駆動輪のスリップ状態を抑制するスリップ率制御を行うことにより前記駆動輪をスリップ状態から回復させてもよい。この態様では、車両安定制御はいわゆるスリップ率制御であり、車両安定制御下において上記のようにクラッチを切断状態にすることによって、エンジンから受ける影響を排除して、車両安定制御の制御精度を向上することができる。一方、制御性に優れたモータから駆動トルク又は回生トルクを付与することで、スリップ状態にある車両挙動を回復させることができる。
【0013】
また、前記エンジンの動力はデュアルクラッチトランスミッションを介して前記駆動輪に伝達され、前記デュアルクラッチトランスミッションは、前記エンジン及び前記モータの動力が前記駆動輪に伝達可能な第1の動力伝達系と、前記第1の動力伝達系の前記エンジン及び前記モータ間に設けられる第1のクラッチと、前記エンジンの動力が前記駆動輪に伝達可能な第2の動力伝達系と、前記第2の動力伝達系に設けられる第2のクラッチとを備え、前記第1の動力伝達系と前記第2の動力伝達系のいずれかを介して前記駆動輪に動力を伝達し、前記クラッチ制御手段は、前記車両安定制御判定手段によって前記車両安定制御手段が作動していると判定されたときに、前記第1のクラッチ及び前記第2のクラッチを切断状態に設定してもよい。この態様は、変速時のエネルギーロスが少ないとして近年着目されているデュアルクラッチトランスミッションを搭載したハイブリッド車両に本発明を適用した場合である。この場合においても、前記第1のクラッチ及び前記第2のクラッチを切断状態に設定することによって、車両安定制御が作動した際に、エンジントルクが駆動輪側に伝達することを機械的に防止することで、車両挙動の安定化を図ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、駆動輪がスリップ状態に陥ることによって車両安定制御が作動した場合に、エンジンの出力トルクが駆動輪側に伝達されないように、クラッチを切断状態に設定する。特に走行中のエンジントルクはドライバ要求トルクによって正確にゼロに制御することが困難であるが、このようにクラッチを切断状態にすることによって、機械的にエンジントルクが駆動輪に伝達されることを防止できる。これにより、ABS制御やスリップ率制御などの車両安定制御の作動時にエンジンの出力トルクが伝達されることによって、車両挙動の安定性が損なわれてしまうことを効果的に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】第1実施例に係るハイブリッド電気自動車の全体構成を概念的に示すブロック図である。
【図2】ABS制御作動時におけるブレーキペダルの踏み込み量、駆動輪のスリップ率、及び、機械ブレーキによるブレーキ制動力の推移を示すグラフ図である。
【図3】スリップ率制御におけるスリップ率とモータ出力トルクの推移を示すグラフ図である。
【図4】ECUの機能ブロック図である。
【図5】車両安定制御としてABS制御が作動される場合のハイブリッド車両の制御内容を示すフローチャート図である。
【図6】車両安定制御としてスリップ率制御が作動されるハイブリッド車両における制御内容を示すフローチャート図である。
【図7】第2実施例に係るハイブリッド車両の全体構成を概念的に示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施例を例示的に詳しく説明する。但しこの実施例に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は特に特定的な記載がない限りは、この発明の範囲をそれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例に過ぎない。
【0017】
(第1実施例)
図1は、第1実施例に係るハイブリッド車両1の全体構成を概念的に示すブロック図である。ハイブリッド車両1は走行用動力源としてエンジン2及びモータ4を有するパラレル式ハイブリッド電気自動車である。エンジン2の出力軸とモータ4の回転軸とはクラッチ3を介して接続されており、該クラッチ3の接続状態に応じて動力の伝達が切り換えられ、クラッチ3が接続されている場合には、動力源としてエンジン2、またはエンジン2とモータ4を併用し、クラッチ3が切断されている場合には、動力源としてモータ4を用いて、変速機5にて所定のギア比でプロペラシャフト6に伝達される。プロペラシャフト6に伝達された動力は、差動装置7及び駆動軸8を介して駆動輪9が駆動されることにより、ハイブリッド車両1の走行が行われる。
【0018】
エンジン2は、ハイブリッド車両1の動力源の一つとして機能する内燃機関であり、ガソリンエンジンであってもよいし、ディーゼルエンジンであってもよい。ガソリンエンジンの場合には燃焼室に直接燃料を噴射する、いわゆる直噴式ガソリンエンジンであってもよい。
【0019】
クラッチ3は、エンジン2の出力軸とモータ4の回転軸との間の接続状態を切り替える動力伝達機構である。クラッチ3が接続状態にある場合、エンジン2及びモータ4の出力トルクは共に駆動輪9側に伝達される。一方、クラッチ3が切断状態にある場合、エンジン2の出力トルクはモータ4側に伝達されないため、駆動輪9側にはモータ4からの出力トルクのみが伝達されることとなる。
【0020】
モータ4は、所定の磁場を発生させるステータ(固定子)と、該ステータによって発生された磁場を横切るように回転するロータ(回転子)とを含んでなる電動機である。モータ4は、インバータ10を介してバッテリ11から供給される電力により力行駆動することにより、駆動トルクを発生させ、ハイブリッド電気自動車1の動力源の一つとして機能する。またモータ4が回生駆動された場合には、回生エネルギーを発生させることによって発電を行うと共に、制動トルクを発生させて回生ブレーキとしても機能する。尚、モータ4で発電された電力は、インバータ10にて直流変換された後、バッテリ11に充電される。
【0021】
変速機5は複数の変速段を有するマニュアルトランスミッション又はオートマティックトランスミッションであり、その変速段は段階的に可変であってもよいし、連続的に可変であってもよい。
【0022】
ハイブリッド車両1の左右に設けられた各駆動輪9には、車輪速度センサ12が設けられている。車輪速度センサ12によって検出された車輪速度はECU18に送信され、各駆動輪9のスリップ率に換算される。スリップ率の換算方法については公知であるため説明を省略するが、ハイブリッド車両1は換算したスリップ率に基づいてABS制御やスリップ率制御などの車両安定制御を実行することにより、車両挙動の安定化を図っている。
【0023】
バッテリ11は、モータ4を力行駆動するための電力を蓄積する二次電池セルからなる蓄電池である。バッテリ11には予め直流電力が充電されており、放電時に出力された直流電力がインバータ10によって交流変換され、モータ4の力行駆動のために消費される。一方、モータ4の回生駆動時には、モータ4で発電した交流電力をインバータ10によって直流変換し、バッテリ11に充電される。
【0024】
尚、バッテリ11の上限充電量及び下限充電量は、バッテリ11を構成する二次電池セルの種類・数などの諸条件により予め規定されている。バッテリの充電量は、上限充電量から下限充電量の範囲内に収まるように電子デバイスによって制御されており、過充電・過放電状態に陥ることを防止することによって、バッテリ11の長寿命化が図られている。
【0025】
クラッチ3が接続状態にある場合、エンジン2の出力軸はモータ4の回転軸と機械的に接続される。このときモータ4を力行駆動すると、駆動輪9にはエンジン2及びモータ4の双方からの出力トルクが伝達されることとなる。つまり、駆動輪9を駆動させるためのトルクの一部はエンジン2から供給されると共に、残りはモータ4から供給される。また、走行中にバッテリ11の充電量が少なくなったときには、エンジン2の出力トルクの一部を用いて駆動輪9を駆動しつつ、エンジン2の出力トルクの残りを用いてモータ4を回生駆動させ、発電した電力をバッテリ11に充電することもできる。
【0026】
一方、クラッチが切断状態にある場合、エンジン2の出力軸はモータ4の回転軸と機械的に切断される。このときモータ4を力行駆動すると、駆動輪9にはエンジン2からの出力トルクは伝達されず、モータ4からの出力トルクのみが伝達される。即ち、ハイブリッド電気自動車1の走行は、専ら、バッテリ11に蓄えられた電力を用いてモータ4を駆動することによって行われる。
【0027】
ブレーキペダル13は、ドライバによる踏み込み量がECU18に送信され、ECU18は制御信号に基づいて各駆動輪9に設けられた機械ブレーキ14を作動させることによって制動トルクを発生させ、ハイブリッド車両1を減速する。本実施例では特に、機械ブレーキ14は油圧制御式ブレーキであり、図不示の油圧制御機構によって図示しない制動用ECUからの制御信号に対応する油圧が印加されることによって制動トルクが制御できるように構成されている。尚、機械ブレーキ14に印加される油圧値は、図不示の油圧センサによって検出され、ECU18に送信されることによって各種制御に使用される。
【0028】
アクセルペダル16もまたドライバによる踏み込み量がECU18に送信され、ECU18は制御信号に基づいて動力源であるエンジン2及びモータ4を制御して、車両を加速する。
【0029】
ECU18は、ハイブリッド車両1に設けられた各種センサの検出値、アクセルペダル16やブレーキペダル13などから取得したドライバからの加減速要求に関する情報(それぞれの踏み込み量)に基づいて、ハイブリッド車両1の動作全体を制御する電子制御ユニットである。例えば、ECU18は上記各種情報に基づいて算出したドライバ要求トルクに基づいて、エンジン2から出力すべきトルクを制御したり、インバータ10を制御することによってモータ4を力行又は回生駆動する。その他、ECU18はバッテリ11の充電残量のチェックなどハイブリッド車両1の走行に必要な各種制御を行う。
【0030】
ECU18は、それぞれCPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等を備えて構成される電子制御ユニットであり、ROMに格納された制御プログラムに従って、後述する各種制御を実行することが可能に構成されている。これら各種制御の物理的、機械的及び電気的な構成はこれに限定されるものではない。
【0031】
本実施例に係るハイブリッド車両1では、車両安定制御としてABS制御及びスリップ率制御が行われる。ここで、ABS制御及びスリップ率制御について具体的に説明する。
【0032】
図2はABS制御作動時における駆動輪9のスリップ率S、ブレーキペダル13の踏み込み量、及び、機械ブレーキ14によるブレーキ制動力の推移を示すグラフ図である。図2(a)に示す駆動輪9のスリップ率は、車輪速度センサ12によって検出された車輪速度をECU18にて換算することによって求めた値である。図2(b)はブレーキペダル13からECU18が検知した踏み込み量を示している。図2(c)に示すブレーキ制動力は、図示しない制動用ECUからの制御信号によって最終的に機械ブレーキ14で発生される制動トルク値を示している。
【0033】
まず、ハイブリッド車両1は一定速度で走行する定常状態にあるとし、時刻t0において、ドライバがブレーキペダル13を踏み込むことにより、ハイブリッド車両1を減速させようとする状況を想定する。この減速動作において、ドライバはブレーキペダル13の踏み込み量を、時刻t0〜t1にかけて次第に増加するように踏み、時刻t1以降は一定値に保つものとする。このとき、時刻t0〜t1では、スリップ率Sが予め規定された所定閾値S1未満であるため、ABS制御は作動せず、ブレーキペダル13の踏み込み量に応じて機械ブレーキ14からの制動トルクも次第に増加する。
【0034】
時刻t1に達するとスリップ率Sが所定閾値S1を超えるため、ハイブリッド車両1がスリップ状態に陥ったことを示している。するとABS制御が作動し、以下のように図示しない制動用ECUによる制動トルクの制御が行われる。
【0035】
時刻t1以降ではブレーキペダル13の踏み込み量は一定であるが、スリップ率Sが高い状態でこのまま制動トルクを維持すると、駆動輪9がロック傾向を示して車両挙動の回復を行うことができない。そこで、図示しない制動用ECUはブレーキペダル13の踏み込み量に関わらず、スリップ率Sが所定閾値S1を越えた後、機械ブレーキ14の制動トルクを減少させることにより、駆動輪9のロック傾向を緩和し、スリップ率Sの減少を図る。なお、機械ブレーキ14は、スリップ率Sに対して若干遅れて制動トルクが制御されるようになっている。そして、時刻t2にてスリップ率Sが所定閾値S1を下回ると、再びブレーキペダル13の踏み込み量に応じた制動力が得られるように、制動トルクの制御が行われる。
【0036】
時刻t2以降では、時刻t3〜t4、t5〜6においてスリップ率Sが所定閾値S1より大きくなっているので、これらの期間においても上記と同様に制動トルクを図示しない制動用ECUによって減少するように制御することで、車両挙動の回復を行っている。
【0037】
このようにABS制御では、図示しない制動用ECUによって制動トルクを減少させることによって車両挙動の安定化が行われている。このとき、図示しない制動用ECUによる制動トルク制御によって車両挙動を安定化するためには、エンジン2やモータ4からの出力トルクがゼロであることが好ましい。そこで、本実施例に係るハイブリッド車両1では、ECU18はABS制御の作動中にはエンジン2やモータ4からの出力トルクがゼロになるように制御を行っている(しかしながら、後述するようにエンジン2の出力トルクを正確にゼロにするのは技術的に困難であり、実際には少なからず正又は負のトルクが出力されてしまう)。
【0038】
図3はスリップ率制御における駆動輪9のスリップ率とモータ4の出力トルクの推移を示すグラフ図である。図3(a)に示すスリップ率は、図2(a)と同様に、各駆動輪9に設置された車輪速度センサ12によって検出された車輪速度をECU18にて換算することによって求めた値を使用している。図3(b)に示すモータ出力トルクはECU18による制御値である。
【0039】
まず、ハイブリッド車両1はドライバがアクセルペダル16を一定量で踏み込んでいる状態からアクセルを離して減速を開始した際に、時刻t0で路面が低μ路に差しかかることにより、スリップ率Sが上昇した状況を想定する。スリップ率Sが時刻t0からt1にかけて上昇し、時刻t1で所定閾値S1を超えることによりハイブリッド車両1がスリップ状態に陥ると、スリップ率制御が作動する。このとき、ハイブリッド車両1の駆動輪9がロック傾向を示すので、該ロック傾向を緩和するように、ECU18はモータ4を力行駆動に切替又は回生駆動を減少させる。これによりスリップ率Sが減少し、時刻t2にて所定閾値S1を下回ると、再びモータ4の駆動制御を通常の回生駆動に戻す。時刻t2以降においても、時刻t3〜t4、t5〜6においてスリップ率Sが所定閾値S1より大きくなることによりスリップ状態に陥っているので、上記と同様にモータ4の出力トルクをECU18によって制御することにより、車両挙動の回復が図られている。
【0040】
続いて、以上のように構成されたハイブリッド車両1の具体的な動作について説明する。図4はECU18の機能ブロック図である。
【0041】
車輪速度センサ12によって検出された車輪速度は、ECU18のスリップ率換算部21に入力されることにより、対応するスリップ率Sが算出される。スリップ率Sは駆動輪状態判定部22に送信され、記憶部23に予め格納されている所定閾値S1と比較されることによって、ハイブリッド車両1がスリップ状態にあるか否かが判定される。車両安定制御部24は、駆動輪状態判定部22における判定結果に応じて車両安定制御(ABS制御又はスリップ率制御)を実施する。
【0042】
出力トルク算出部25では、アクセルペダル16の踏み込み量と車両安定制御部24からの指令とに基づいてエンジン2及びモータ4への出力トルクをそれぞれ算出して、エンジン2及びモータ4の出力トルク制御を行う。また、制動トルク算出部26では、ブレーキペダル13の踏み込み量と車両安定制御部24からの指令とに基づいてエンジン2(エンジンブレーキ)、モータ4(回生ブレーキ)の制動トルクをそれぞれ算出して、エンジン2、モータ4の制動トルク制御を行う。このとき車両安定制御判定部27は車両安定制御部24が作動しているか否かを判定し、その作動状態および図示しない制動用ECUからのABS作動情報に応じてクラッチ制御部28によってクラッチ3の接続状態を切り替え制御する。
【0043】
図5は車両安定制御としてABS制御が作動される場合のハイブリッド車両1の制御内容を示すフローチャート図である。
【0044】
ECU18は、車両安定制御部24にてABS制御が作動中であるか否かを判定する(ステップS101)。ABS制御が作動中でない場合(ステップS101:NO)、クラッチの接続状態、エンジンの運転状態、モータの駆動状態を通常通り制御する(ステップS105)。
【0045】
一方、ABS制御が作動中である場合(ステップS101:YES)、車両ECU18はクラッチ制御部28にアクセスすることによって、クラッチ3が接続状態にあるか否かを判定する(ステップS102)。上述したように、ABS制御下にある場合、出力トルク算出部25からエンジン2に対して要求する出力トルクをゼロに設定することで、車両挙動の安定化が図られる。しかしながら、走行車両におけるエンジン回転数は様々な値を推移しており、このように逐次変化するエンジン回転数を有するエンジン2の出力トルクが完全にゼロになるように、エンジン制御を行うことは現実的には困難である。そのため、出力トルク算出部25側でエンジン2からの出力トルクをゼロに設定した場合であっても、実際にはエンジン2から正又は負のトルクが少なからず出力されることとなる。
【0046】
このときクラッチ3が接続状態にあると、エンジン2からの出力トルクが駆動輪9側に少なからず伝達されてしまい、ABS制御の制御性を悪化させ、車両挙動の安定性を悪化させてしまうおそれがある。そこで、ABS制御の作動中にクラッチ3が接続状態にある場合(ステップS102:YES)、クラッチ制御部28はクラッチ3を強制的に切断状態に切り替えることによって、エンジン2からの出力トルクが駆動輪9側に伝達されることを防止する(ステップS103)。このようにクラッチ3を切断状態にすることによって、機械的にエンジン2から出力トルクが駆動輪9に伝達されることを防止できるので、車両挙動の安定性が損なわれてしまうことを効果的に防止することができる。
【0047】
一方、ABS制御の作動中にクラッチ3が切断状態にある場合は(ステップS102:NO)、クラッチ3の切断状態を継続する(ステップS104)。このとき、エンジン2の運転状態をアイドリング状態にすると共に、モータ4の駆動状態をゼロトルク状態にする。
【0048】
続いて図6は、車両安定制御としてスリップ率制御が作動されるハイブリッド車両1における制御内容を示すフローチャート図である。ここで、図6のステップS201及びS202については、図5のステップS101及びS102と同様であるため、説明は省略することとする。
【0049】
スリップ率制御の作動中は、駆動輪9のスリップ率が目標スリップ率となるようにモータ4に駆動トルク又は回生トルクを付与して、駆動輪9のスリップ状態を抑制する。このとき、出力トルク算出部25はエンジン2からの出力トルクがゼロになるように制御するが、実際には上述したように、エンジン2から正又は負のトルクが少なからず出力される。このときクラッチ3が接続状態にあると、エンジン2からの出力トルクが駆動輪9側に少なからず伝達されてしまい、スリップ率制御の制御性を悪化させ、車両挙動の安定性を悪化させてしまうおそれがある。そこで、スリップ率制御の作動中にクラッチ3が接続状態にある場合(ステップS202:YES)、クラッチ制御部28はクラッチ3を強制的に切断状態に切り替えることによって、エンジン2からの出力トルクが駆動輪9側に伝達されることを防止する(ステップS203)。
【0050】
このようにクラッチ3を切断状態にすることによって、機械的にエンジン2からの出力トルクが駆動輪9に伝達されることを防止できるので、車両挙動の安定性が損なわれてしまうことを効果的に防止することができる。一方、スリップ率制御の作動中にクラッチ3が切断状態にある場合は(ステップS202:NO)、クラッチ3の切断状態を継続する(ステップS204)。このとき、エンジン2の運転状態はアイドリング状態に設定すると共に、モータ4の駆動状態は、図3に示す如く、スリップ率制御に準じて制御する。
【0051】
(第2実施例)
続いて本発明を、複数のクラッチを有するデュアルクラッチトランスミッション30を有するハイブリッド車両1´に適用した例について説明する。図7は第2実施例に係るハイブリッド車両1´の全体構成を概念的に示すブロック図である。尚、上記第1実施例と共通する箇所については、共通の符号を付すこととし、その詳細な説明は適宜省略することとする。
【0052】
デュアルクラッチトランスミッション30は、エンジン2の出力トルクを駆動輪9側に伝達するための経路として、第1の動力伝達系と第2の動力伝達系を有している。図7(a)は第1の動力伝達系を介してエンジン2の動力が駆動輪9に伝達される場合を図示している。第1の動力伝達系はエンジン2と駆動輪9側との接続状態を切り替えるための第1のクラッチ31と、エンジン2と共に走行用動力源として機能するモータ4と、偶数変速段(2速、4速、6速)を担当する変速ギア群30aとからなる。
【0053】
図7(b)は第2の動力伝達系を介してエンジン2の動力が駆動輪9に伝達される場合を図示している。第2の動力伝達系はエンジン2と駆動輪9側との接続状態を切り替えるための第2のクラッチ32と、奇数変速段(1速、3速、5速)を担当する変速ギア群30bとからなる。
【0054】
図7(a)に示すように、エンジン2の動力が第1の動力伝達系を介して駆動輪9側に伝達されている際には偶数変速段30aが接続されているが、第2の動力伝達系の奇数変速段30bでは、次のタイミングで変速される変速段を予め選択(プレシフト)しておく。これにより、デュアルクラッチトランスミッション30では変速動作に要する時間を短縮し、トルク抜けなどのエネルギーロスを減少させることができる。このようにハイブリッド車両1´は、第1のクラッチ31及び第2のクラッチ32の接続状態を交互に接続/切断に切り替えることにより、第1の動力伝達系又は第2の動力伝達系のいずれかを介して、適切なギアを選択しながら走行する。
【0055】
このとき、ABS制御やスリップ率制御などの車両安定制御が作動した場合には、駆動輪9の挙動がエンジン2側の影響を受けないように、第1のクラッチ31及び第2のクラッチ32を切断状態に強制的に切り替える。つまり、本実施例のハイブリッド車両1´では、走行中は基本的に第1のクラッチ31又は第2のクラッチ32のいずれかが接続状態にあるが(減速時の一部を除く)、車両安定制御が作動するタイミングで切断状態に切り替えることによって、エンジン2を駆動輪9側から機械的に隔離して、車両安定制御の制御性を確保する。
【0056】
尚、第1実施例と同様に、作動する車両安定制御がABS制御の場合にはエンジン2はアイドリング状態、モータ4の出力トルクはゼロに設定され、車両安定制御がスリップ率制御である場合には、エンジン2の出力トルクのみがアイドリング状態に設定される。
【0057】
以上説明したように、本実施例によれば、スリップ状態に陥ったために車両安定制御が作動した場合に、エンジントルクが駆動輪9側に伝達されないように、クラッチ3を切断状態に設定する。エンジントルクはドライバ要求トルクによってゼロに制御することが困難であるが、このようにクラッチ3を切断状態にすることによって、機械的にエンジントルクが駆動輪9に伝達されることを防止できる。これにより、ABS制御やスリップ率制御などの車両安定制御の作動時にエンジントルクが伝達されることによって、車両挙動の安定性が損なわれてしまうことを効果的に防止することができる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、エンジン及びモータの少なくとも一方から出力された動力を、変速機を介して駆動輪に伝達することにより走行を行うハイブリッド車両の制御装置に利用可能である。
【符号の説明】
【0059】
1 ハイブリッド車両
2 エンジン
3 クラッチ
4 モータ
5 変速機
6 プロペラシャフト
7 差動装置
8 駆動軸
9 駆動輪
10 インバータ
11 バッテリ
12 車輪速度センサ
13 ブレーキペダル
14 機械ブレーキ
16 アクセルペダル
18 ECU
21 スリップ率換算部
22 駆動輪状態判定部
23 記憶部
24 車両安定制御部
25 出力トルク算出部
26 制動トルク算出部
27 車両安定制御判定部
28 クラッチ制御部
30 デュアルクラッチトランスミッション
31 第1のクラッチ
32 第2のクラッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン及びモータ間にクラッチが設けられ、前記エンジン及び前記モータの少なくとも一方で発生した動力を駆動輪に伝達することにより走行を行うハイブリッド車両の制御装置であって、
前記駆動輪がスリップ状態にあるか否かを判定する駆動輪状態判定手段と、
該駆動輪状態判定手段によって前記駆動輪がスリップ状態であると判定されたときに、前記エンジン及び前記モータの少なくとも一方の運転状態を制御することにより、前記駆動輪をスリップ状態から回復させる車両安定制御手段と、
該車両安定制御手段が作動しているか否かを判定する車両安定制御判定手段と、
該車両安定制御判定手段によって前記車両安定制御手段が作動していると判定されたときに、前記クラッチを切断状態に設定するクラッチ制御手段と
を備えたことを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項2】
前記車両安定制御手段は、前記駆動輪状態判定手段によって前記駆動輪がスリップ状態であると判定されたときに、前記駆動輪のスリップ率が目標スリップ率となるように、前記駆動輪の制動トルクを制御するABS制御を行うことにより前記駆動輪をスリップ状態から回復させると共に、前記モータの出力トルクをゼロに設定することを特徴とする請求項1に記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項3】
前記車両安定制御手段は、前記駆動輪状態判定手段によって前記駆動輪がスリップ状態であると判定されたときに、前記駆動輪のスリップ率が目標スリップ率となるように前記モータに駆動トルク又は回生トルクを付与して、前記駆動輪のスリップ状態を抑制するスリップ率制御を行うことにより前記駆動輪をスリップ状態から回復させることを特徴とする請求項1に記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項4】
前記エンジン及び前記モータの動力はデュアルクラッチトランスミッションを介して前記駆動輪に伝達され、
前記デュアルクラッチトランスミッションは、前記エンジン及び前記モータの動力が前記駆動輪に伝達可能な第1の動力伝達系と、前記第1の動力伝達系の前記エンジン及び前記モータ間に設けられる第1のクラッチと、前記エンジンの動力が前記駆動輪に伝達可能な第2の動力伝達系と、前記第2の動力伝達系に設けられる第2のクラッチとを備え、前記第1の動力伝達系と前記第2の動力伝達系のいずれか一方を介して前記駆動輪に動力を伝達し、
前記クラッチ制御手段は、前記車両安定制御判定手段によって前記車両安定制御手段が作動していると判定されたときに、前記第1のクラッチ及び前記第2のクラッチを切断状態に設定することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のハイブリッド車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−43459(P2013−43459A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−180248(P2011−180248)
【出願日】平成23年8月22日(2011.8.22)
【出願人】(598051819)ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト (1,147)
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
【住所又は居所原語表記】Mercedesstrasse 137,70327 Stuttgart,Deutschland
【Fターム(参考)】