説明

ハードディスクドライブ装置のアクチュエータ用転がり軸受及び軸受ユニット

【課題】 低トルク、低アウトガス化とともにトルクハッシュネスを抑えた高性能のハードディスクドライブ装置(HDD)のアクチュエータ用転がり軸受、並びに前記転がり軸受をユニット化したHDDのアクチュエータ用転がり軸受ユニットを提供する。
【解決手段】 HDDの磁気ヘッドを振動支承するアクチュエータの転がり軸受において、内輪軌道及び外輪軌道の中心線平均面粗さが0.03μm以下であり、かつ、パーフルオロポリエーテル及びその誘導体、フルオロポリエーテル及びその誘導体から選ばれる潤滑油、好ましくは直鎖パーフルオロポリエーテルを封入、もしくは内輪軌道面、外輪軌道面、転動体及び保持器に塗油したことを特徴とするHDDのアクチュエータ用転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハードディスクドライブ装置(以下「HDD」と称する)の構成部品であるアクチュエータ(特にスイングアーム)に組込まれるHDDのアクチュエータ用転がり軸受、または前記転がり軸受をハウジングに収容してユニット化したHDDのアクチュエータ用転がり軸受ユニットに関する。
【背景技術】
【0002】
HDDでは、薄型化に伴いボイスコイルモータ(VCM)の出力低下に対応するため、アクチュエータに組み込まれる転がり軸受には低トルク化が要求されており、従来のグリース潤滑から潤滑油を用いる潤滑方式に移行する傾向にある。その一方で、HDDはより高記録密度化、高精度化が進み、最近ではフライングハイトが100nm以下にまで極端に狭くなってきている。このような微小隙間を有するHDDにおいては、磁気ディスク上への異物の付着は致命的な障害になりかねない。
【0003】
しかし、HDDの構造上、磁気ディスクの近傍にスイングアームを支承する転がり軸受が配置されており、転がり軸受から潤滑油が漏洩、飛翔して磁気ディスク上に溜まることがある。そして、磁気ディスク上の潤滑油により、磁気ディスクと磁気ヘッドとが吸着を起こしたり、付着した潤滑油により「揺らぎ」が生じて正常な読み込み/書き込みができなくなる等の問題が発生する。
【0004】
また、上記のように潤滑油そのものが付着しない場合でも、VCMの発熱により、潤滑油が加熱されてアウトガスが発生し、アウトガスの液化物が磁気ディスク上に付着することもある。また、各種のケミカルコンタミネーチョン(化学的汚染)も同様の悪影響を及ぼす。
【0005】
このように、HDDのアクチュエータ用転がり軸受には、低トルクとともにアウトガスの発生が少なく、ケミカルコンタミネーションも少ないことが要求され、従来では25℃における蒸気圧が1.3×10-3Pa以下の合成潤滑油を封入した軸受(特許文献1参照)をHDDのアクチュエータに組み込んだり、あるいは軸受の潤滑に、側鎖パーフルオロポリエーテルにフッ化エーテル脂肪族ジアミド化合物を添加した潤滑油組成物(特許文献2参照)や、パーフルオロポリエーテルに含フッ素有機リン化合物を添加した潤滑油組成物(特許文献3参照)を使用することが行なわれている。
【0006】
【特許文献1】特開2002−130304号公報
【特許文献2】特開2001−207186号公報
【特許文献3】特開2003−27079号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、HDDの飛躍的な記録容量の増大に伴い、磁気ディスクのトラック幅は数μmまで微細化されており、軸受の軌道面の面粗さが関係する微細なトルク変動(トルクハッシュネス)も位置決め精度不良要因として懸念されるようになってきている。
【0008】
そこで本発明の目的は、低トルク、低アウトガス化とともにトルクハッシュネスを抑えた高性能のHDDのアクチュエータ用転がり軸受、並びに前記転がり軸受をユニット化したHDDのアクチュエータ用転がり軸受ユニットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は、下記に示すHDDのアクチュエータ用転がり軸受及び軸受ユニットを提供する。
(1)HDDの磁気ヘッドを振動支承するアクチュエータの転がり軸受において、内輪軌道及び外輪軌道の中心線平均面粗さが0.03μm以下であり、かつ、パーフルオロポリエーテル及びその誘導体、フルオロポリエーテル及びその誘導体から選ばれる潤滑油を封入、もしくは内輪軌道面、外輪軌道面、転動体及び保持器に塗油したことを特徴とするHDDのアクチュエータ用転がり軸受。
(2)前記潤滑油が、直鎖パーフルオロポリエーテルであることを特徴とする上記(1)記載のHDDのアクチュエータ用転がり軸受。
(3)上記(1)または(2)記載のHDDのアクチュエータ用転がり軸受をハウジングに収容してなることを特徴とするHDDのアクチュエータ用転がり軸受ユニット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、内輪軌道及び外輪軌道が、中心線平均面粗さ0.03μm以下と平滑化されておりトルクハッシュネスを抑えることができ、更に、パーフルオロポリエーテル及びその誘導体、フルオロポリエーテル及びその誘導体から選ばれる潤滑油を封入、もしくは軸受の各面に塗油したため、低トルク、低アウトガスでトルクハッシュネスも無く、高性能のHDDのアクチュエータ用転がり軸受並びに軸受ユニットが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明のHDDのアクチュエータ用転がり軸受(以下、単に「転がり軸受」と称する)に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0012】
本発明の転がり軸受は、その構成自体には制限が無く、例えば図1に示されるように、外周面に内輪軌道1を有する内輪2と、内周面に外輪軌道3を有する外輪4とを同心に配置し、内輪軌道1と外輪軌道3との間に複数個の玉5を保持器7により転動自在に設け、内輪2と外輪4との隙間をシール部材6で密封して構成されるが、内輪軌道1及び外輪軌道3が、中心線平均面粗さ0.03μm以下に仕上げられている。尚、この中心線平均粗さの値はより小さいことが好ましい。このような仕上げにより、トルクハッシュネスを抑えることができる。
【0013】
また、潤滑のために、パーフルオロポリエーテル(PFPE)及びその誘導体、フルオロポリエーテル及びその誘導体から選ばれる潤滑油を封入、もしくは内輪軌道面、外輪軌道面、玉5及び保持器7に塗油する。本発明では潤滑油による潤滑であるため、グリース潤滑に比べて低トルクとなる。
【0014】
磁気ディスクには耐摩耗性、摺動性のために含フッ素重合体が塗布されているが、上記の各潤滑油はこの含フッ素重合体よりも蒸気圧が低く、潤滑性能を維持しつつ低アストガスを実現できる。PFPE及びその誘導体は、
−CX2X−O− (Xは1〜4の整数)
を主要構造単位とし、平均分子量1000〜15000のものが好ましい。潤滑性能やトルク性能を考慮すると、分子量は3000〜13000がより好ましい。具体的には、PFPEの側鎖構造として
【0015】
【化1】

【0016】
直鎖構造として
【0017】
【化2】

【0018】
が挙げられる。上記のようなPFPEの平均分子量が3000〜13000の重合体は粘度指数が高く、流動点も低いので、広い温度範囲で良好な潤滑特性が得られる。
【0019】
このようなPFPEは市場からも入手でき、側鎖構造品として例えばDUPONT社のクライトックス143、クライトックスGPL、クライトックス1500、ソルベイソレクシス社のフォンブリンYスタンダード、NOKクリューバー社のバリエルタJフルード、直鎖構造品として例えばダイキン工業社のデムナム、ソルベイソレクシス社のフォンブリンZを好適に用いることができる。中でも、直鎖構造を有するPFPEは粘度指数が高く、流動点も側鎖構造のものより低く、蒸発特性、潤滑特性に優れていることから好適に用いられる。
【0020】
また、フルオロポリエーテルの誘導体として、直鎖及び側鎖構造の両末端基に、官能基としてイソシアネート基、水酸基、カルボキシル基、エステル基を導入した変性構造を有するものが挙げられる。中でも、下記に示す水酸基、カルボキシル基またはエステル基変性物が好ましい。
【0021】
【化3】

【0022】
また、末端の官能基を異種で組み合わせたものも使用できる。更に、片末端基に上記官能基を導入したものも使用できる。更には、下記に示すようなアルコール変性物も使用できる。
HO−(CH2CH2−O)n−CH2−CF2
【0023】
このようなフルオロポリエーテル及びその誘導体は市場からも入手でき、例えば、ソルベイソレクシスのフォンブリンZ誘導体、DUPONT社のクライトックス157、ダイキン工業社のデムナム変性タイプを好適に使用できる。
【0024】
これらのPFPE及びその誘導体、フルオロポリエーテル及びその誘導体は、平均分子量または官能基の異なるものを混合して使用することができ、粘度の調整等を行なうことができる。また、PFPEとフルオロポリエーテル誘導体とを混合することにより、金属への濡れ性の向上を図ることができるが、フルオロポリエーテル誘導体は、末端の双方または片方が上記のような官能基で変性されているため、PFPE単独の場合と比較して蒸気圧が高くなる。従って、アストガスの低減を最優先する場合は、直鎖構造を有するPFPEを用いることが好ましい。
【0025】
上記の潤滑油の適用量は、内輪、外輪及び転動体で形成される軸受内部空間容積の0.1%〜10%が好ましい。更に、潤滑性や潤滑油漏洩を考慮すれば、0.25%〜5%が好ましい。特に上限値を超えると、低トルク化を図ることができなくなる。適用方法に限定はされないが、極微少量計量できるマイクロシリンジやプランジャーポンプによって潤滑油組成物を規定量計り取り、内輪、外輪、転動体、保持器が組み上がった状態で転動体上に吐出し、軸受を数回転回転させる方法が好ましい。また、潤滑油組成物の漏洩を防ぐためには、潤滑油組成物を薄膜として塗油することが好ましく、その場合は、潤滑油組成物を溶剤に希釈した潤滑油希釈液に軸受を浸漬し、外面に付着した潤滑油希釈液を拭き取り、乾燥すればよい。また、潤滑油希釈液を転動体上に吐出した後に乾燥することで、拭き取り作業を省略できる。
【0026】
本発明のように、内輪軌道面及び外輪軌道面の中心線平均面粗さを0.03μm以下とし、PFPE及びその誘導体、フルオロポリエーテル及びその誘導体から選ばれる潤滑油、好ましくは直鎖PFPEを封入、もしくは内輪軌道面、外輪軌道面、転動体及び保持器に塗油した転がり軸受は、従来よりも高耐久性、低トルク、低トルクハッシュネス、低アウトガスが図れ、この転がり軸受を組み込むことにより、信頼性が高く、かつ、高性能なHDD用アクチュエータを提供することができる。
【0027】
また、本発明の転がり軸受は、ユニット化することもできる。図2はその一例を示す断面図であるが、本発明の転がり軸受8を一対で使用し、外輪をハウジング9に、内輪を軸10に装着して軸受ユニットを構成することができる。
【実施例】
【0028】
以下に実施例及び比較例により、本発明を明確にする。
(実施例1〜3、比較例1)
表1に示す配合にて潤滑油組成物を調製した。また、日本精工製転がり軸受「SMR74(外径7mm、内径4mm、幅2mm)」を用い、その内輪軌道面及び外輪軌道面を軸受中心線平均面粗さ0.030μmに加工して供試軸受Aとした。また、同軸受の内輪軌道面及び外輪軌道面を軸受中心線平均面粗さ0.050μmに加工して供試軸受Bとした。
【0029】
そして、上記の潤滑油組成物、供試軸受A及び供試軸受Bを用いて下記の試験を行った。
【0030】
(1)トルクハッシュネス評価試験
供試軸受Aまたは供試軸受Bに、それぞれ軸受内部空間容積の約3%となるように実施例1の潤滑油組成物を封入し、軸受内輪を低速(回転数:2rpm)で回転させ、軸受外輪のトルクを測定した。供試軸受Aについての測定結果を図3に、供試軸受Bについての測定結果を図4に示す。
【0031】
(2)アウトガス試験
供試軸受Aに各潤滑油組成物を軸受内部空間容積の約3%封入し、85℃で1時間加熱したときに発生したガス量をヘッドスペース質量分析型ガスクロマトグラフ(GCMS)にて測定した。評価基準は、ガス発生量500ng以下を「◎」、501〜1000ngを「○」、1001〜1500ngを「△」、1501ng以上を「×」とし、「◎」、「○」及び「△」を合格、「×」を不合格とした。結果を表1に示す。
【0032】
(3)フレッチング耐久評価
供試軸受Aに実施例1の潤滑油組成物を封入量を変えて封入し、フレッチング耐久試験を行った。試験条件は、揺動角度8°、周波数90Hzでトルク変動を経時的に観察し、±4°近傍にトルク変動が現れた回数をフレッチング耐久回数とした。2000万回以上を合格とした。結果を図5に示す。
【0033】
【表1】

【0034】
上記の試験結果から、内輪軌道面及び外輪軌道面を軸受中心線平均面粗さ0.030μm以下とすることにより、トルクハッシュネスが抑えられることがわかる。また、本発明で用いる潤滑油は、アウトガスが少なく、フレッチング耐久性も高いことがわかる。更に、潤滑油の封入量は軸受内部空間容積の0.1〜10%が適当であることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明のHDDのアクチュエータ用転がり軸受の一例を示す断面図である。
【図2】HDDのアクチュエータ用転がり軸受ユニットの一例を示す断面図である。
【図3】供試軸受Aのトルクハッシュネスの測定結果を示すグラフである。
【図4】供試軸受Bのトルクハッシュネスの測定結果を示すグラフである。
【図5】潤滑油封入量とフレッチング耐久回数との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0036】
1 内輪軌道
2 内輪
3 外輪軌道
4 外輪
5 玉
6 シール部材
7 保持器
8 転がり軸受
9 ハウジング
10 軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハードディスクドライブ装置の磁気ヘッドを振動支承するアクチュエータの転がり軸受において、
内輪軌道及び外輪軌道の中心線平均面粗さが0.03μm以下であり、かつ、パーフルオロポリエーテル及びその誘導体、フルオロポリエーテル及びその誘導体から選ばれる潤滑油を封入、もしくは内輪軌道面、外輪軌道面、転動体及び保持器に塗油したことを特徴とするハードディスクドライブ装置のアクチュエータ用転がり軸受。
【請求項2】
前記潤滑油が、直鎖パーフルオロポリエーテルであることを特徴とする請求項1記載のハードディスクドライブ装置のアクチュエータ用転がり軸受。
【請求項3】
請求項1または2記載のハードディスクドライブ装置のアクチュエータ用転がり軸受をハウジングに収容してなることを特徴とするハードディスクドライブ装置のアクチュエータ用転がり軸受ユニット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−97826(P2006−97826A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−286266(P2004−286266)
【出願日】平成16年9月30日(2004.9.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】