説明

バチルス属細菌の殺菌方法又は溶菌方法とその利用

【課題】バチルス属細菌に対して優れた殺菌作用、溶菌作用を有し、かつ人体に対して安全性の高い物質を用いたバチルス属細菌の殺菌方法、溶菌方法と、これを利用した殺菌剤、溶菌剤を提供すること。
【解決手段】本発明は、バチルス属細菌又はその近縁種の細菌に対して、α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを水性溶媒に溶解させた溶液を作用させることを特徴とするバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法、溶菌方法と、これらの細菌に対する新しいタイプの殺菌剤、抗菌剤又は溶菌剤およびこの性質を利用する種々の用途に関する発明である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サイクロデキストリンを用いたバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の細胞膜破壊作用による殺菌方法又は溶菌方法と、このメカニズムを利用するバチルス属細菌又はその近縁種の細菌に対する殺菌・抗菌剤、及びサイクロデキストリンの利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から殺菌剤に関しては、抗生物質をはじめ天然物質、化学合成物質まで膨大な報告がなされており、その作用機序としては、細胞壁合成阻害、細胞膜合成阻害、タンパク質合成阻害および核酸合成阻害等が挙げられる。また、細胞壁のペプチドグリカン分解酵素であるリゾチームには溶菌作用がある。さらに一部のプロテアーゼにおいても溶菌作用が報告されている。これらの殺菌剤の効果は、広い抗菌スペクトラムを示し、グラム陰性菌、グラム陽性菌、あるいは真菌に対してそれぞれ良好に効くものが一般的であり、これは殺菌剤としては望まれる性質である。
【0003】
バチルス属細菌は芽胞を形成する好気性、または通性嫌気性の大型のグラム陽性桿菌であり、土壌、水、塵埃などに広く分布している。代表的なバチルス属細菌として納豆菌があり、また数種類の中性及び好アルカリ性バチルス細菌は、酵素生産、タンパク質生産工業において重要な産業用微生物である。一方、ヒト、家畜等に病原性を示すバチルス属細菌であるセレウス菌(Bacillus cereus)は、食物中で増殖して毒素を産生することから細菌性食中毒の原因となり、食品衛生上、対処すべき重要な病原菌でもある。また、炭疽病はヒトや家畜特有の感染症であり炭疽菌(Bacillus anthracis)がその原因菌である。
【0004】
このような細菌汚染の防止などの目的で、これらの細菌を迅速に殺菌する必要がある。抗生物質は優れた殺菌効果はあるが、高価であり、さらに広範囲、高頻度の使用による耐性菌の誘発も問題である。また、ペプチドグリカンの分解酵素であるリゾチームで溶菌させる方法もあるが、酵素反応であるため、反応条件に制限があり、且つ高価である。従って、優れた殺菌作用を有すると同時に、比較的簡便に使用することができ、人体に対して安全性の高い比較的廉価な殺菌剤、溶菌剤が求められている(例えば、非特許文献1及び2参照)。
なお、前述のように一般的な殺菌剤はその抗菌スペクトラムが広いことを特徴とするが、ある種の菌にのみ特異的に作用する殺菌剤は知られていない。特に食中毒の原因菌として土壌中に広範囲に存在しているセレウス菌やその近縁種に特異的に殺菌効果を示すような殺菌剤は全く知られていない。
【0005】
本発明者らは、このような状況を鑑みてバチルス属細菌に対する新しいメカニズムによる殺菌方法や溶菌方法を検討していたが、環状オリゴ糖のある種のものを用いるとこのような目的を達成することができることを見出した。
【0006】
環状オリゴ糖、特にサイクロデキストリンは、その特徴的な分子構造から水不溶性の物質や香料などを取り込んで溶解する包接物質として、既にさまざまな分野で利用されている。殺菌剤、抗菌剤などの用途にこの物質を利用したものも若干報告されている。例えば、抗菌性ペプチドであるラクトフェリン加水分解物にサイクロデキストリンを加えることによってブドウ球菌への殺菌効果を増強させる方法(例えば、特許文献1参照)、抗菌活性物質であるオラネキシジン酸の溶解性を高めるためにサイクロデキストリンを使用する方法(例えば、特許文献2参照)などがあるが、これらはいずれもサイクロデキストリンを抗菌活性物質の補助剤として使用するものである。また、特殊なサイクロデキストリンがある種の細菌に対して抗菌活性を有することも若干報告されている。例えば、グルコースの枝がサイクロデキストリン環のグルコース残基に2個以上結合した複分岐サイクロデキストリンがブドウ球菌、虫歯菌、食中毒菌に対して抗菌活性を示すことを記載しており(例えば、特許文献3参照)、ある種のアミノサイクロデキストリン誘導体がシュードモナス菌や赤痢菌に対して抗菌活性を示すことを記載している(例えば、特許文献4参照)。
【0007】
【特許文献1】特開平5−320067号公報
【特許文献2】特開2005−22995号公報
【特許文献3】特開平7−206618号公報
【特許文献4】特開昭51−142088号公報
【非特許文献1】「抗生物質の基礎知識」中沢昭三 著 南山堂(1981年)
【非特許文献2】「防菌防黴の化学」堀口博 著 三共出版(1982年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
即ち、本発明は、バチルス属細菌に対して特異的に優れた殺菌作用を有すると同時に、超音波処理などでは破壊されにくいバチルス属細菌に対して溶菌作用を有するとともに、人体に対して安全性の高い物質を用いるバチルス属細菌の殺菌方法、溶菌方法と、これを利用する殺菌剤等を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、以上のような従来の問題点を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、多くの環状オリゴ類の中でメチル化β−サイクロデキストリンとα−サイクロデキストリンが、バチルス属細菌とその近縁種の細菌に対して特異的に強力な殺菌効果及び溶菌作用を示すことを見出し、本発明を完成した。
【0010】
即ち、本発明は、以下の内容をその要旨とするものである。
(1)バチルス属細菌又はその近縁種の細菌に対して、α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを水性溶媒に溶解させた溶液を作用させることを特徴とする、バチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
(2)α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを含む溶液のα−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンの濃度が5ミリモル以上であることを特徴とする、前記(1)に記載のバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
(3)バチルス属細菌又はその近縁種の細菌に対してα−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを水性溶媒に溶解させた溶液を作用させ、その細胞膜の一部を破壊し、菌体内の成分を取得することを特徴とする、前記(1)又は(2)に記載のバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
(4)α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを溶解する水性溶媒が水であることを特徴とする、前記(1)ないし(3)のいずれかに記載のバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
(5)バチルス属細菌の近縁種の細菌が、パエニバチルス属、オーシャンバチルス属又はジオバチルス属に属する細菌のいずれかであることを特徴とする、前記(1)ないし(4)のいずれかに記載のバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
(6)α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを活性成分として含有することを特徴とする、バチルス属細菌又はその近縁種の細菌用の殺菌剤又は抗菌剤。
(7)α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とする食品防腐剤。
(8)α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とする野菜、蔬菜類の殺菌洗浄剤。
(9)α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とする身体洗浄消毒剤。
(10)α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とする家畜飼料用殺菌剤。
(11)α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とするバチルス属細菌又はその近縁種の細菌用溶菌剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、多くの環状オリゴ糖の中でα−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンをバチルス属細菌またはその近縁種の細菌に作用させると、これらの細菌の細胞膜の一部を破壊して、その結果としてバチルス属細菌またはその近縁種の細菌に対して優れた殺菌作用、抗菌作用及び溶菌作用を示す。α−サイクロデキストリンは食品添加物として使用されているもので、人体に対して安全性の高い物質であり、かつこれらの物質が本発明の方法によって食中毒の原因菌であるセレウス菌に対して強い殺菌作用を示すことから、特に食品類の防腐剤、食品保存剤としてその効果を発揮する。またメチル化β−サイクロデキストリンもそれに準じて安全性の高い物質として知られているものであり、食品以外の防腐剤、保存剤、溶菌剤等に広く使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
サイクロデキストリンは、多数のD−グルコピラノース基がα1-4グリコシド結合によって王冠状に環化した構造を持つもので、結晶性に優れた環状オリゴ糖である。1分子中に含まれるグルコース基の数で区別して、グルコース基の数が6個のα−サイクロデキストリン、7個のβ−サイクロデキストリン、8個のγ−サイクロデキストリン、9個のδ−サイクロデキストリンの4種類のサイクロデキストリンがあり、更にこれにメチル基、エチル基、アルキル基、アミノ基、グルコシル基、マルトシル基、アセチル基、シトリル基、4級アンモニウム基などの置換基が導入された種々のサイクロデキストリン誘導体がある。
【0013】
本発明に使用することのできるサイクロデキストリン又はその誘導体は、これらのうちのα−サイクロデキストリン(以下「α−CD」ということがある)又はメチル化β−サイクロデキストリン(以下「Mβ−CD」ということがある)のいずれかである。
【0014】
このα−CD又はMβ−CDを、水或いは親水性の溶媒(これらをまとめて「水性溶媒」ということがある。)に溶解し、この溶液をバチルス属細菌またはその近縁種の細菌に作用させると、バチルス属細菌またはその近縁種の細菌の細胞膜上に存在する特定の脂質がα−CD又はMβ−CDに包接され、その結果、これらの細菌の増殖が抑制され、更にはこれらの細菌の細胞膜の一部が破壊されることがわかった。そしてその結果、バチルス属細菌またはその近縁種の細菌に対して強い殺菌作用、抗菌作用、溶菌作用を示す。
【0015】
α−CDとMβ−CDがバチルス属細菌またはその近縁種の細菌に対して強い抗菌活性を示すのは、およそ次のような理由からと推定される。即ち、α−CDはグルコースが6個から構成されサイクロデキストリンの中では最も小さい環状構造であるため、細胞膜上の特定の脂質などを包接する力が強く、その結果強い抗菌活性を示す。また。Mβ−CDは、β−CDをメチル化することによってより疎水性となったものであり、そのため細胞膜上の特定の脂質などを包接する力がより強くなり、強い抗菌活性を示すものと考えられる。
【0016】
α−CD又はMβ−CDを溶解する水性溶媒としては水が最も好ましく、それぞれの用途に応じて脱イオン水、蒸留水、超純水などの精製水や水道水を使用することができる。更に、水以外にも、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グリシン水酸化ナトリウム緩衝液などの種々の緩衝液、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン、エチレングリコール及びこれらの水溶液のような親水性の溶媒を使用することもできる。
細菌の増殖抑制作用又は殺菌作用を示すために必要なα−CD又はMβ−CDの濃度は、細菌の種類によっても変わるが、一般的に5ミリモル以上の濃度であれば十分にその効果を発揮する。
【0017】
本発明の方法は、バチルス属細菌またはその近縁種の細菌に対して特異的に優れた菌の増殖抑制作用や抗菌作用、溶菌作用を発揮し、効果的にこれらの菌を殺菌することができるが、バチルス属細菌またはその近縁種の細菌以外の細菌に対してはあまり大きな菌の増殖抑制作用や抗菌作用、溶菌作用を示さない。
【0018】
このようなバチルス属細菌としては、例えばバチルス セレウス(Bacillus cereus)、バチルス ズブチリス(Bacillus ubtilis)、バチルス ハロデユランス(Bacillus halodurans)、納豆菌(バチルス ズブチリス ナットウ:Bacillus subtilis natto)、炭疽菌(バチルス アンスラシス:Bacillus anthracis)バチルス アシディコーラ(Bacillus acidicola)、バチルス アシドプルリティカス(Bacillus acidopullulyticus)、バチルス アシドボランス(Bacillus acidovorans)、バチルス アエオリウス(Bacillus aeolius)、バチルス アエスチャリイ(Bacillus aestuarii)、バチルス アガラドヘレンス(Bacillus garadhaerens)、バチルス アキバイ(Bacillus akibai)、バチルス アルカリイヌリナス(Bacillus alcaliinulinus)、バチルス アルカリフィルス(Bacillus alcalophilus)、バチルス アルギコーラ(Bacillus algicola)、バチルス アルカリトレランス(Bacillus alkalitolerans )、バチルス アルカロガヤ(Bacillus alkalogaya)、バチルス アルベアユエンシス(Bacillus alveayuensis)、バチルス アミリエンシス(Bacillus amiliensis)、バチルス アミノボランス(Bacillus aminovorans)、バチルス アミロリクエファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)、バチルス アクイマリス(Bacillus aquimaris)、バチルス アルブチニボランス(Bacillus arbutinivorans)、バチルス アレノシイ(Bacillus arenosi)、バチルス アルセニシセレナティス(Bacillus arseniciselenatis)、バチルス アルセニカス(Bacillus arsenicus )、バチルス アーヴァイ(Bacillus arvi)、バチルス アサヒイ(Bacillus asahii)、バチルス アトロファエウス(Bacillus atrophaeus )、バチルス アキサクィエンシス(Bacillus axarquiensis)、バチルス アゾトフォーマンス(Bacillus azotoformans)、バチルス バディウス(Bacillus badius)、バチルス バエクリュンエンシス(Bacillus baekryungensis)、バチルス バーバリカス(Bacillus barbaricus)、バチルス バタビエンシス(Bacillus bataviensis)、バチルス ベンゾボランス(Bacillus benzoevorans)、バチルス ボゴリエンシス(Bacillus bogoriensis)、バチルス ボロフィリカス(Bacillus borophilicus)、バチルス ボロトレランス(Bacillus borotolerans)、バチルス カルドリティカス(Bacillus caldolyticus )、バチルス カルドテナックス(Bacillus caldotenax)、バチルス カルドベロックス(Bacillus caldovelox)、バチルス カーボニフィルス(Bacillus carboniphilus)、バチルス カザマンセンシス(Bacillus casamancensis)、バチルス カテニュロータス(Bacillus catenulatus)、バチルス セルロシリティカス(Bacillus cellulosilyticus)、バチルス スフェリカス(Bacillus sphericus)、バチルス チュリンゲンシス(Bacillusthuringiensis)などが挙げられる。
【0019】
また、バチルス属細菌の近縁種の細菌としては、例えば、パエニバチルス アベカワエンシス(Paenibacillus abekawaensis)、パエニバチルス アガレキセデンス(Paenibacillus agarexedens)、パエニバチルス アガリデボランス(Paenibacillus agaridevorans)、パエニバチルス アルバイ(Paenibacillus alvei)、パエニバチルス アサメンシス(Paenibacillus assamensis)、パエニバチルス ボレアリス( Paenibacillus borealis)、パエニバチルス ブラシレンシス( Paenibacillus brasilensis)、パエニバチルス キチノリティカス(Paenibacillus chitinolyticus)、パエニバチルス カードラノリティカス(Paenibacillus curdlanolyticus)、パエニバチルス エヒメンシス(Paenibacillus ehimensis)、パエニバチルス フクイネンシス(Paenibacillus fukuinensis)、パエニバチルス グルカノリティカス(Paenibacillus glucanolyticus)、パエニバチルス ホドガヤエンシス( Paenibacillus hodogayensis)、パエニバチルス クリベンシス(Paenibacillus kribbensis)、パエニバチルス ラクティス(Paenibacillus lactis)、パエニバチルス ラーバエ(Paenibacillus larvae)、パエニバチルス ロータス(Paenibacillus lautus)、パエニバチルス マセランス(Paenibacillus macerans)、パエニバチルス ポリミキサ(Paenibacillus polymyxa)、パエニバチルス サンギニス(Paenibacillus sanguinis)、パエニバチルス テラーエ(Paenibacillus terrae)、パエニバチルス チアミノリティカス( Paenibacillus thiaminolyticus)、パエニバチルス キシラニリティカス(Paenibacillus xylanilyticus )等のパエニバチルス属の細菌、及びジオバチルス アナトリカス(Geobacillus anatolicus)、ジオバチルス カルドプロテオリティカス(Geobacillus caldoproteolyticus)、ジオバチルス カルドキシロシリティカス(Geobacillus caldoxylosilyticus)、ジオバチルス デビリス(Geobacillus debilis )、ジオバチルス ガーゲンシス(Geobacillus gargensis)、ジオバチルス コーストフィラス(Geobacillus kaustophilus)、ジオバチルス ステアロサーモフィラス(Geobacillus stearothermophilus)、ジオバチルス サーモカテニュロータス(Geobacillus thermocatenulatus )、ジオバチルス サーモデニトリフィカンス(Geobacillus thermodenitrificans)、ジオバチルス サーモグルコシダシウス(Geobacillus thermoglucosidasius )、ジオバチルス サーモレオボランス(Geobacillus thermoleovorans)、ジオバチルス ウラリカス(Geobacillus uralicus)、ジオバチルス ウゼネンシス( Geobacillus uzenensis )、ジオバチルス バルカニ(Geobacillus vulcani)等のジオバチルス属と、オーシャンバチルス イヘヤエンシス(Oceanobacillus iheyensis)、オーシャンバチルス オンコリンチ(Oceanobacillus oncorhynchi)、オーシャンバチルス ピクチャーエ(Oceanobacillus picturae)、オーシャンバチルス プロファンダス(Oceanobacillus rofundus)等のオーシャンバチルスに属する細菌が挙げられる。
【0020】
以上に述べたように、α−CD又はMβ−CDをバチルス属細菌またはその近縁種の細菌に作用させることによって、これらの細菌の細胞膜を破壊して、細菌の増殖を抑制し、これらの細菌を殺すことが分かった。その結果、バチルス属細菌またはその近縁種の細菌に対して、強い殺菌作用、抗菌作用、溶菌作用を示し、これらの細菌に対する殺菌剤、抗菌剤又は溶菌剤として利用することができる。
【0021】
更にこのようなα−CD又はMβ−CDのバチルス属細菌またはその近縁種の細菌に対する作用を利用して、次のような種々の用途に利用することができる。
本発明の方法は食中毒の原因菌であるセレウス菌(Bacillus cereus)に対して優れた抗菌作用を有しており、食品保存剤として使用することができる。即ち、α−CD又はMβ−CDの5ミリモル〜50ミリモル(0.7質量%〜7質量%)の濃度の水溶液を、食品、特に水分の多い飲食物に添加することによって、保存中の食品中の細菌類の増殖を抑制し、食品の腐敗を防止することができ、食品保存剤として有用である。
また、生鮮野菜や蔬菜類を、α−CD又はMβ−CDを5ミリモル〜50ミリモルの濃度で含む水道水の中に5〜15分間浸漬したのち、十分に水洗してサラダなどの食品素材として使用することによって、生鮮野菜や蔬菜類を十分に消毒、殺菌することができる。即ち、α−CD又はMβ−CDを野菜や蔬菜類の殺菌洗浄剤として使用することができる。
【0022】
牛、馬、豚、その他の家畜の飼育において、家畜用飲料水の中にα−CD又はMβ−CDを5ミリモル〜50ミリモルの濃度で添加し、これを家畜用飼料に加えることによって、家畜飼料の雑菌の増殖を抑制し、殺菌する、家畜用飼料の殺菌剤として使用することができる。
また、α−CD又はMβ−CDを5ミリモル〜50ミリモルの濃度で加えた水道水を家畜舎の内部に散布することによって、家畜舎内部の殺菌を行うことができ、家畜舎用殺菌剤として使用することができる。この場合、家畜舎用のその他の種類の殺菌剤と併用することもできる。
【0023】
α−CD又はMβ−CDを5ミリモル〜50ミリモルの濃度で加えた水道水を用いて、手や足、これらの指先などのヒトの身体用洗浄消毒剤として使用することができる。さらに界面活性剤などの洗浄活性成分を含む洗浄剤と併用しても構わないし、またα−CD又はMβ−CDを5ミリモル〜50ミリモルの濃度で普通の洗浄剤に加えて身体用洗浄剤として使用することができる。
【0024】
界面活性剤などの洗浄活性成分を含む洗浄剤にα−CD又はMβ−CDを5ミリモル〜50ミリモルの濃度で加えて、この洗浄剤溶液に医療用器具類を浸漬し洗浄することによって、医療用器具類を洗浄し、かつ殺菌処理することができる。浸漬時間は5〜15分間程度である。即ち、洗浄活性成分とともにα−CD又はMβ−CDを含んだ洗浄・殺菌作用を有する医療用器具用洗浄剤として利用することができる。
【0025】
バチルス属細菌またはその近縁種の細菌の菌体懸濁液に、α−CD又はMβ−CDを5ミリモル〜50ミリモルの濃度になるように添加し、室温で5〜30分間程度緩やかに振とうすることによりこれらの細菌の菌体を溶かすことができる。この作用を利用して、菌体内のタンパク質、核酸などを容易に取得できることができる。一般にバチルス属細菌またはその近縁種の細菌は超音波処理などで菌体を破壊されにくいが、本発明の方法によればこのようなバチルス属細菌またはその近縁種の細菌の菌体を溶かし菌体内のタンパク質、核酸など容易に得ることができ、このような細菌類の溶菌剤として有用である。従って、α−CD又はMβ−CDを含有する溶菌剤として、研究レベルの溶菌剤キットから工業生産レベルの溶菌剤に至るまで利用することができる。
【実施例】
【0026】
次に、本発明を実施例によって更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例中で「%」は特に異なる注記をしない限り質量基準である。
【0027】
(1)Mβ−CDの細菌の増殖抑制作用
対象の細菌としてバチルス ハロデユランス(Bacillus halodurans)を使用して、Mβ−CDの増殖抑制作用を調べた。
即ち、Horikoshi II 寒天培地(pH10)上にて、37℃で18〜24時間培養したバチルス ハロデユランスが5×10/mLと5×10/mLの菌数となるように調製した菌液0.1mLを均一に塗布し、Mβ−CDをそれぞれ5mg、10mg、20mg滲みこませた濾紙デスクを寒天培地上に置き、37℃、24時間静置培養した。
【0028】
その結果を図1に示す。図1の(a)が低濃度菌の場合(5×10/mL)を、(b)が高濃度菌の場合(5×10/mL)を示す。また、それぞれの培地において、図中に示されている数値がデスクに浸透させたMβ−CD量(mg)である。これらの結果からわかるように、いずれの濾紙デスクでも、その周辺には明瞭な増殖阻止円が認められ、Mβ−CDにバチルス ハロデユランスの増殖抑制作用があることが示された。
【0029】
次に、液体培養での菌の増殖抑制作用の検討を行った。
即ち、Mβ−CDの濃度が0mM、2.5mM、5.0mM及び7.5mMとなるように調製したHorikoshi II 培地(pH7)にバチルス ハロデユランスを接種し(A600=0.03)、37℃で、振盪培養を行った。定時的にサンプルを採取し、分光光度計を用いて細菌の増殖を600nmにおける吸光度(A600)を測定することによって求めた。
その結果を図2に示す。図2において、Mβ−CDの濃度は0mM(○)、2.5mM、(●)、5.0mM(□)、及び7.5mM(■)である。この結果からわかるように、5mM以上のMβ−CDの添加で顕著な菌の増殖抑制作用が認められた。7.5mMのMβ−CDの添加の場合は、細菌の増殖は完全に抑制された。しかも、その効果は16時間経過した後も明らかであった。
【0030】
なお、ここで使用したHorikoshi II 培地は、次のようにして調製したものを用いた。即ち、可溶性でんぷん(和光純薬)10g、ポリペプトン(ディフコ)5g、酵母エキス(ディフコ)5g、リン酸水素二カリウム1g、硫酸マグネシウム七水和物0.2gを0.8リットルの蒸留水に溶解した後、水酸化ナトリウム水溶液でpH7.5に調整した。Horikoshi II(pH10)の場合は別途2%炭酸ナトリウム水溶液を0.2リットル調製し、Horikoshi II(pH7)の場合は別途2%塩化ナトリウム水溶液を0.2リットル調製し、これらをオートクレーブにより蒸気圧滅菌した後、混合して調製した。固体培地の場合はさらに1.5%になるように寒天を添加した。
【0031】
(2)CDの各種細菌に対する溶菌作用
α−CD及びMβ−CDを用いて、各種の細菌に対する溶菌作用を調べた。即ち、検討対象の細菌として、グラム陽性菌である黄色ブドウ状球菌(スタフィロコッカス オウレウス:Staphylococcus aureus) 、グラム陰性菌である大腸菌のイシェリシア コーリ(Escherichia coli) 、及びバチルス属の細菌として、枯草菌(バチルス ズブチリス:Bacillus subtilis) 、セレウス菌(バチルス セレウス:Bacillus cereus)、及びバチルス ハロデュランス(Bacillus halodurans)、さらに近縁種の細菌としてパエニバチルス属のパエニバチルス キャンピナセンシス(Paenibacillus campinasensis)、オーシャンバチルス属のオーシャンバチルス イヘヤエンシス(Oceanobacillus iheyensis 831)、ジオバチルス属のジオバチルス コーストフィラス(Geobacillus kaustophilus 426)について検討を加えた。
黄色ブドウ状球菌(S. aureus)、大腸菌(E. coli) 、及びセレウス菌(B. cereus) はLB 培地で培養し、枯草菌(B. subtilis)とバチルス ハロデュランス(B. halodurans) は前記Horikoshi II 培地(pH7)で培養した。また、パエニバチルス属の菌(P. campinasensis)はHorikoshi II培地(pH9)で培養し、オーシャンバチルス属の菌(O. iheyensis 831)はLB培地(pH9) で培養した。以上の菌は、いずれも37℃で4〜16時間好気的に振盪培養を行った。好熱菌のジオバチルス属の菌(G. kaustophilus 426)は、LB培地(pH7)を用いて55℃で6時間振盪培養を行った。
それぞれの培養液の菌体を10mMリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄した後、同じ緩衝液に再度懸濁し、溶菌実験の試験材料とした。
【0032】
なお、ここで使用したLB培地(Luria-Bertani)は、次のようにして調製したものを用いた。即ち、トリプトン(ディフコ)10g、酵母エキス5g、塩化ナトリウム10gを1リットルの蒸留水に溶解した後、オートクレーブにより蒸気圧滅菌した。LB培地のpHは滅菌前に5N水酸化ナトリウムによって調整した。
【0033】
それぞれの被検細菌懸濁液に、10mM及び20mMになるようにα−CDまたはMβ−CD水溶液を添加し、CD未添加群を対照菌体として、これらを37℃で30分間振盪した。その後、分光光度計を用いてそれぞれのサンプルの600nmでの吸光度(A600)を測定した。その結果から次の式によって溶菌率を算出した。
【0034】
【数1】

【0035】
その結果を図3に示す。ここで、図3AはMβ−CDによる、図3Bはα−CDによる各菌株に対する溶菌率を示している。各図において白色棒がCD濃度10mM、黒色棒がCD濃度20mMの場合の結果である。
この結果から、スタフィロコッカス オウレウス(S. aureus )および大腸菌(E. coli)に対しては、20mMのα−CDまたはMβ−CDを添加した場合でも明瞭な効果は見られなかったが、バチルス属細菌とその近縁種の細菌に対しては、α−CDまたはMβ−CDの添加によって高い溶菌作用が示された。即ち、α−CDまたはMβ−CDを細菌に接触させる本発明の方法によれば、α−CDとMβ−CDはバチルス属細菌とその近縁種の細菌に対してのみ優れた溶菌作用を示し、これらの細菌の殺菌剤、抗菌剤、溶菌剤として有利に使用できることがわかった。また、食中毒菌であるセレウス菌(B. cereus )にも顕著な溶菌効果が認められ、本発明の方法が生野菜の殺菌洗浄剤や身体の洗浄消毒剤として利用できることがわかった。
【0036】
(3)各種サイクロデキストリンの細菌に対する溶菌作用
Horikoshi II培地(pH10)にて37℃で6時間振盪培養を行ったバチルス ハロデユランス(B. halodurans)を用いて、各種のサイクロデキストリンのバチルス ハロデユランスに対する溶菌作用を調べた。 即ち、サイクロデキストリンとして、各々10mMのMβ−CD、α−CD、β−CD及びγ−CDを用い、上記(2)と同様の方法によって溶菌率を求めた。
その結果を図4に示す。この結果から、Mβ−CDとα−CDは優れた溶菌率を示すが、β−CDとγ−CDは溶菌率が低く、殺菌作用や溶菌作用が小さいことがわかった。
【0037】
(4)Mβ−CD処理による細胞膜破壊
Horikoshi II培地(pH10)にて37℃で6時間振盪培養を行ったバチルス ハロデユランス(B. halodurans)を用いて、Mβ−CD処理による細胞膜の破壊の様子を調べた。
バチルス ハロデユランスを10mMのMβ−CDを含むリン酸緩衝液(pH7.4)に懸濁し、37℃で30分間振盪した後、蛍光色素のSYTO9とヨウ化プロピジウム(PI)を用いて菌体を染色し、蛍光顕微鏡を用いて膜の状態を観察した。また、比較対照としてMβ−CDを添加しないリン酸緩衝液、及び強力な抗生物質として知られているアンピシリン(シグマ)を40mMの濃度で添加したリン酸緩衝液を使用した場合についても、同様にして振盪培養を行い、SYTO9とPIで菌体を染色して、細胞膜の状態を観察した。
【0038】
蛍光顕微鏡での観察において、細菌の細胞膜が正常の場合には、緑の蛍光色素SYTO9しか菌体内に取り込めないため、細菌は緑色の蛍光に染色される。一方、細胞膜が何らかの損傷を受けている場合には、正常の場合には菌体内に入れない赤の蛍光色素PIが細胞膜を通過して菌体内に入り、菌体の一部を赤色に染色する。
【0039】
得られた蛍光顕微鏡写真を図5〜図9に示す。図5はMβ−CD未処理の場合を、図6は10mMのMβ−CD添加した直後にSYTO9とPIで染色した場合を、図7は10mMのMβ−CDを添加し、SYTO9とPIで染色した後30分経過した場合を、図8はアンピシリンを添加し、染色後30分経過した場合を示す。図9は図6の染色された菌体の一部の拡大写真である。
【0040】
これらの蛍光顕微鏡写真から次のことが分かる。即ち、Mβ−CDで処理しない場合には、図5のように、細菌の細胞膜が損傷を受けておらず、PIが菌体内に入り込むことがないので、全体が緑色に染色されている。一方、Mβ−CDで処理した場合には、処理直後では、図6のように、細菌の細胞膜が損傷を受け始めているため、PIが菌体の一部に入り込み、膜が正常な部分と損傷を受けた部分が存在するため、SYTO9とPIに染色されて、赤色と緑色の交互に入り混じった特徴的な点状染色像を示した。更に、Mβ−CDで処理して30分経過後には、図7に示すように、細菌の膜全体が損傷を受けたため全体が赤色に染色され、さらに溶菌も見られたため菌体の数が減少していた。これに対し、強力な抗生物質であるアンピシリンを添加した場合は、40mMの濃度で処理して、染色後30分経過した場合であっても、細菌は全体が緑色に染色されたままとなっている。これはアンピシリンが細菌の増殖中に効果を示す抗生物質であることに起因している。
このことから、Mβ−CDはアンピシリンとは異なった殺菌機構を有しており、細菌の細胞膜を破壊し、細菌を溶解して殺菌作用を発現するものであって、速効性に優れた抗菌剤として使用できることを示している。
【0041】
図10には、同様に10mMのMβ−CDを添加して処理し、10分経過した後の菌体の状態を示す走査電子顕微鏡写真(25,000倍)を示す。この写真からも菌体の細胞膜に多数の孔が見られ、細胞膜が大きく損傷を受けていることがわかる。
【0042】
(5)Mβ−CD処理による菌体上脂質の除去
10mM、20mM及び40mMのMβ−CDを含むリン酸緩衝液、及びMβ−CDを添加しない酸緩衝液を用いて、上記(4)と同様の方法でバチルス ハロデユランスを処理した後、それぞれの菌体から総脂質を抽出した。それぞれの抽出液について質量分析を行った。その結果のマススペクトルのチャートを図11に示す。図11において、Aが40mMの、Bが20mMの、Cが10mMのMβ−CDを添加した場合、DがMβ−CD無添加の場合のチャートである。このチャートからわかるように、Mβ−CD無添加の場合に650〜750m/zに見られた分子量650〜690Daの脂質(図11のチャートの矢印部分)がMβ−CDの濃度が増加するにしたがって減少し、消失した。
【0043】
これは細菌がMβ−CDと接触することによって、細胞膜上の特定の脂質がMβ−CDに包接されて除去されたことを示している。この脂質はほかの細菌には存在しないが、バチルス属およびその近縁類の細胞膜の構造中に存在すると考えられる。この脂質はこれらの細菌の膜の安定性維持には非常に重要で、欠損することにより溶菌してしまうことを示唆している。
【0044】
(6)Mβ−CD処理による菌体内タンパク質の抽出
バチルス ハロデユランス(Bacillus halodurans)を用いて、菌体内のタンパク質の抽出の可否を調べた。まず、バチルス ハロデユランスをHorikoshi II (pH10)にて37℃で16時間振盪培養を行った。この菌体を10mMリン酸緩衝液(pH7.4)で洗浄した後、同じ緩衝液に再度懸濁して、タンパク質抽出の試験材料とした(A600=1.0)。この細菌懸濁液に10mMとなるようにMβ−CD水溶液を添加し、37℃で30分間緩やかに振盪した。比較対照として、Mβ−CD無添加の細菌懸濁液について同じ条件で振盪した。その後、遠心分離により菌体を除去した。得られた上清中の総タンパク質の量をProtein Assay Kit( Bio-Rad Laboratories)を用いて定量した。尚、標準タンパク質として牛血清アルブミンを用いた。
【0045】
この結果、10mMのMβ−CD処理の場合には、リン酸緩衝液中に約0.5mg/mLの総タンパク質が検出されたが、Mβ−CD無添加の場合にはリン酸緩衝液中に総タンパク質は検出されなかった。これは細胞膜の破壊によって、菌体内のタンパク質が溶出していることを示している。
【0046】
(7)Mβ−CD処理による核酸の抽出
上記(6)で得られた上清中の核酸の量を、10mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で10倍希釈した後、分光光度計を用いて260nmの吸光度(A260)を測定して求めた。
【0047】
この結果、10mMのMβ−CD処理の場合には、上清中に核酸の吸収ピークが検出されたが(183μg/mL)、Mβ−CD無添加の場合には核酸の存在を示す吸収ピークが検出されなかった。これは細胞膜の破壊によって、菌体内の核酸が溶出していることを示している。
【0048】
(8)麦茶を用いたサイクロデキストリンの食品保存剤の検討
飲食品として市販の麦茶(国太楼製)を用いて、本発明のサイクロデキストリンの細菌増殖抑制及び殺菌効果を検討した。
上記の麦茶にα−CD又はMβ−CDの最終濃度が10mM又は20mMとなるようにα−CD又はMβ−CDを添加した麦茶を用意した。それぞれの麦茶0.9mLに、菌濃度が約1×10CFU/mLのセレウス菌(B. cereus )0.1mLを接種して被検試料とした。また、α−CDもMβ−CDも添加しない麦茶をコントロールとした。これらの被検試料の麦茶を室温で3日間静置した後、それぞれの麦茶0.1mLをLB寒天培地に塗抹し、37℃で24時間静置培養し、培養後の生菌数を測定した。その結果を図12Aに示す。当初の菌液が麦茶で10倍に希釈されているので、当初1×10CFU/mLの生菌数であったものが、CDを添加しないコントロールでは約2.2×10CFU/mLに増加しているのに対して、α−CDを10mM又はMβ−CDを20mM添加することにより、麦茶中の生菌数は3〜5.8×10CFU/mL程度となり、その増殖がかなり抑制された。また、α−CDが20mMの場合は細菌が検出されず、細菌の増殖は完全に抑制された。
【0049】
さらに殺菌効果の検討を行うため、上記と同様にα−CD又はMβ−CDの最終濃度が10mM又は20mMとなるようにα−CD又はMβ−CDを添加した麦茶を用意し、これらの麦茶0.9mLに約1×10CFU/mLのセレウス菌(B. cereus )0.1mLを懸濁して被検試料とした。これらの被検試料を37℃で1時間静置した後、被検試料の麦茶中の生菌数を上記と同方法にて測定した。その結果を図12Bに示す。これは37℃という比較的高温の環境下で、1時間という比較的短時間での高濃度の細菌の生存状態を見たものであるが、コントロールの場合に1.3×10CFU/mL程度となったものが、α−CD又はMβ−CDの10mMを添加することにより6×10CFU/mL程度となり、麦茶中の生菌数はかなり減少した。また、Mβ−CDが20mMの場合には3×10CFU/mL程度に減少し、α−CDが20mMの場合には1×10CFU/mLと大きく減少した。これらはα−CD又はMβ−CDの殺菌作用によるものと思われる。
以上のように本発明のα−CD又はMβ−CDを用いる方法は食中毒の原因菌であるセレウス菌に対して優れた増殖抑制や殺菌作用を有しており、食品の腐敗防止剤や食品保存剤などとして有用である。
【0050】
(9)逆性石けんとサイクロデキストリンの併用による身体洗浄消毒剤の検討
身体洗浄消毒剤として、0.01% 逆性石けん(日本製薬)含有液(Benzalkonium Chloride、 図13では「BC」と表記)、または逆性石けんとα-CD含有液(同じく「BC+αCD」と表記)、 逆性石けんとMβ−CD含有液(同じく「BC+MβCD」と表記)を用いた。α-CDとMβ−CDは、それぞれ10mMと20mMの濃度で用いた。これらの身体洗浄消毒剤に、約1×10CFU/mLのセレウス菌(B. cereus )を接種し、室温で5分間作用させた後に、600nmの吸光度(A600)を測定し、前記の計算式によって溶菌率を計算した。その結果を図13に示す。逆性石けん単独のものに比べて、逆性石けんにα−CD又はMβ−CDを併用したものは溶菌率が顕著に増加しており、逆性石けん単独に比べて殺菌作用が大きく増強されたことがわかる。
本発明のα−CD又はMβ−CDを用いる方法は食中毒の原因菌であるセレウス菌に対して優れた殺菌作用を有しており、逆性石けんと併用することで優れた相乗効果を示すので、身体洗浄消毒剤や手指洗浄殺菌剤(消毒剤)として有用である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の方法によって、バチルス属細菌及びその近縁種の細菌に対して特異的に優れた増殖抑制作用、殺菌作用、溶菌作用などを示すことができ、これらの細菌による種々の障害を解決することができる。特に、本発明の方法は食中毒の原因菌であるセレウス菌に対して有効であり、食品の腐敗防止剤や食品保存剤、身体用洗浄消毒剤、家畜用飼料の殺菌剤などとして有用である。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】メチル化β−サイクロデキストリンによる細菌増殖抑制状態を示す写真である。
【図2】メチル化β−サイクロデキストリンによる細菌増殖抑制試験(液体培養)の結果を示すグラフである。
【図3】α−サイクロデキストリン及びメチル化β−サイクロデキストリンの各種細菌に対する溶菌作用の試験結果を示すグラフである。
【図4】各種のサイクロデキストリンのバチルス ハロデユランスに対する溶菌作用の試験結果を示すグラフである。
【図5】メチル化β−サイクロデキストリンで処理しないバチルスハロデユランスの蛍光顕微鏡写真である。
【図6】メチル化β−サイクロデキストリンで処理した直後のバチルスハロデユランスの蛍光顕微鏡写真である。
【図7】メチル化β−サイクロデキストリンで処理した後30分経過後のバチルスハロデユランスの蛍光顕微鏡写真である。
【図8】アンピシリンを添加、染色後30分経過したバチルスハロデユランスの蛍光顕微鏡写真である。
【図9】メチル化β−サイクロデキストリンで処理した図6の染色された菌体の一部の拡大写真である。
【図10】メチル化β−サイクロデキストリンで処理した後10分経過後のバチルスハロデユランスの走査電子顕微鏡写真である。
【図11】メチル化β−サイクロデキストリンで処理したバチルスハロデユランスから抽出した総脂質のマススペクトルを示す図である。
【図12】麦茶を用いたα−サイクロデキストリン及びメチル化β−サイクロデキストリンの細菌増殖抑制効果及び殺菌効果を示すグラフである。
【図13】α−サイクロデキストリン及びメチル化β−サイクロデキストリンと逆性せっけんの併用による殺菌効果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バチルス属細菌又はその近縁種の細菌に対して、α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを水性溶媒に溶解させた溶液を作用させることを特徴とする、バチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
【請求項2】
α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを含む溶液のα−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンの濃度が5ミリモル以上であることを特徴とする、請求項1に記載のバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
【請求項3】
バチルス属細菌又はその近縁種の細菌に対してα−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを水性溶媒に溶解させた溶液を作用させ、その細胞膜の一部を破壊させ、菌体内の成分を取得することを特徴とする、請求項1又は2に記載のバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
【請求項4】
α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを溶解する水性溶媒が水であることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載のバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
【請求項5】
バチルス属細菌の近縁種の細菌が、パエニバチルス属、オーシャンバチルス属又はジオバチルス属に属する細菌のいずれかであることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載のバチルス属細菌又はその近縁種の細菌の殺菌方法又は溶菌方法。
【請求項6】
α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを活性成分として含有することを特徴とする、バチルス属細菌又はその近縁種の細菌用の殺菌剤又は抗菌剤。
【請求項7】
α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とする食品防腐剤。
【請求項8】
α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とする野菜、蔬菜類の殺菌洗浄剤。
【請求項9】
α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とする身体用洗浄消毒剤。
【請求項10】
α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とする家畜飼料用殺菌剤。
【請求項11】
α−サイクロデキストリン又はメチル化β−サイクロデキストリンを有効成分として含有することを特徴とするバチルス属細菌又はその近縁種の細菌用溶菌剤。


【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図1】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−332128(P2007−332128A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−289324(P2006−289324)
【出願日】平成18年10月25日(2006.10.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月30日 独立行政法人海洋研究開発機構主催の「International Symposium on Extremophiles and Their Applications」において文書をもって発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年12月8日 日本分子生物学会主催の「第28回日本分子生物学会年会」において文書をもって発表
【出願人】(504194878)独立行政法人海洋研究開発機構 (110)
【Fターム(参考)】