説明

フィルターならびに該フィルターを用いた液体吐出ヘッド

【課題】 フィルターより遊離した付着物が流路を塞いだり、吐出ノズルの開口部近辺に付着してインクの円滑な吐出を妨げることの低減を図る。
【解決手段】 通液流路に設置される金属繊維不織布焼結体からなるフィルターにおいて、その最外部及び最外部近傍にある金属繊維の表面に付着する物質を、金属繊維の表面層と共に除去した金属繊維不織布焼結体よりなるフィルターを構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体の通液流路に設置されるフィルターならびに該フィルターを用いた液体吐出ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、理学技術や描画技術などの進歩に伴い、薬液を精密に濾過する需要が大きくなってきている。
【0003】
特に、インクをメディアに飛翔させて像を形成するインクジェットプリンタにおいては、要求される画像の高精細化にともない、飛翔させるインクの微小液滴化が必要不可欠となっており、数ピコリットルの液滴をメディアへと飛翔させるために、旧来のインクヘッドに比べ吐出ノズル孔の小さいものが使用されている。
【0004】
現在市販されているインクジェットプリンタにおいては、吐出原理が異なっていても装着されるインクジェットヘッドのノズル径は30μm以下のものが多く、画像精度の要求から今後もノズル径が細くなる傾向にある。このような微細ノズルからインクを精密に飛翔させる際、インク中に異物が混入していると、飛翔させるインクの体積が変動して描画精度を劣化させる原因となる場合がある。また、異物が吐出孔近辺に付着した場合、吐出精度に継続的な影響を与えてしまう。通常、このような現象を防止する目的で、インクヘッド近傍のインク流路に精密濾過を目的としたフィルターが設置されている。
【0005】
この目的に使用されるフィルターとしては、従来、樹脂繊維や金属繊維を編んでメッシュ状にしたもの、薄い金属板にパターンエッチングやパターンメッキなどの手法を用いて開口部を形成したものなどが多用されてきた。さらに、これらの金属フィルターに電解研磨処理を施し、開口部形成面の傷や凹凸、表面に焼きついた酸化物などを除去し、インク中に含まれる顔料がフィルターで凝集することを防止したフィルター装置が特開2001−253083などに開示されている。このような顔料を使用するインクジェットプリンターの場合、顔料のメディアへの付着により描画を行うために、有機系の染料を用いたインクジェットプリンターに比べて吐出ノズルの径が30μm前後と大きく、後者に比べて濾過フィルターも粗いものを使用することが可能であるが、逆に顔料が通過できないような狭い開口部しか有しないフィルターは使用できないという制約がある。
【0006】
これに対し、発色に染料を使用するインクジェットプリンターにおいては、顔料の制約がないので濾過精度を向上させるために金属繊維不織布焼結体などの非常に開口径が狭いものを利用でき、画像品位向上のために吐出ノズル径も15μm前後と狭くして吐出精度を向上させることが可能となる。このような精密濾過のために使用される金属繊維不織布焼結体は、ウェブ状のステンレス繊維を真空炉中で焼結させた後、加圧プレスにより平坦化したものであり、高品位の描画が必要なインクジェットプリンターに採用されている。また、さらに高品位の濾過精度を要求される場合、中心部に配置した平均線径5μm程度のウェブ状シートを、その両面に配置した平均線径15μm程度のウェブ状シートで挟み込み、これを真空炉中で焼結後、加圧プレスして平坦化したものなどが用いられている。
【0007】
ところが、これらの金属繊維不織布焼結体では、特開平6−200456などに開示されているように、製造工程時に使用する焼結用スペーサー由来の粒径10μm前後の異物が、金属繊維シート状焼結体の表面に付着してしまう。また、金属繊維ウェブの焼結後にシートの整面を目的として行う加圧プレス時にも、コンタミが金属繊維不織布焼結体表面に押し込まれたり、金属繊維に欠陥やひずみを生じさせてしまう場合がある。
【特許文献1】特開2001−253083号公報
【特許文献2】特開平06−200456号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これらの付着物がある金属繊維シート状焼結体をフィルターとして使用した場合、上述した吐出ノズル径の大きい記録ヘッドでは問題とならないが、吐出ノズル径が狭い記録ヘッドでは、フィルターより遊離した付着物が流路を塞いだり、吐出ノズルの開口部近辺に付着してインクの円滑な吐出を妨げたりし、記録精度に影響を与えてしまう。この結果、出荷検査時の記録精度試験などで規格外となり総合的な歩留まりを低下させたり、出荷後の信頼性を低下させたりする問題が生じる。
【0009】
このような問題は、上記インクジェット装置に設置されるフィルターのみに限定されるものではなく、例えば、わずかなコンタミの進入なども嫌う超精密濾過が必要な生体関連や理学関連の装置においても同様に発生している。
【0010】
そこで、本発明は、本発明は上述の点に鑑みてなされたものであり、上述の問題点を解決・除去し、フィルター自体が原因となるコンタミに関する問題を解決した金属繊維不織布焼結体よりなるフィルターならびに該フィルターを用いた液体吐出ヘッドを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明では、通液流路に設置される金属繊維不織布焼結体からなるフィルターにおいて、前記フィルターの最外部及びその最外部近傍にある金属繊維の表面に付着する物質を、金属繊維の表面層と共に除去したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、金属繊維不織布焼結体シートの最外層およびその近傍にある金属繊維表面の微細な付着物を、その金属繊維表面層と共に除去することで、同一除去工程で金属繊維不織布焼結体シート製造時に生じた欠陥や結晶粒界と共に付着物も除去できる。
【0013】
また、このような処理を施したフィルターを液体吐出へッドに適用した場合には、通液流路や吐出孔周辺に微細な異物が付着する可能性が大幅に減じるので、液体と出時のよれや液体の不吐出などによる品質不良が低減される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に各図面を参照しつつ、本発明の実施の形態について詳述する。
【0015】
図1は、金属繊維不織布焼結体シート1の代表的な製法を示す模式図であり、まず、平均線径の細い金属繊維ウェブシート1aを平均線径の太い金属繊維ウェブシート1bで挟み、さらにこれを離型シート1cにて挟み込んだものを多段に重ね、これらを加圧しながら真空加熱して繊維どうしの接点で金属を原子拡散結合させている。次に、離型シート1cを引き剥がし、焼結させた金属繊維シートを圧延して表面の整面を行い金属繊維不織布焼結体シート1としている。
【0016】
ところが、上述の焼結時に離型シート1cから離型層を構成する物質が剥離し、金属繊維不織布焼結体シート1の外層近傍にある金属繊維表面に付着・溶着したり、後続の圧延工程にて異物が押し込まれて付着する場合がある。
【0017】
図2は、平均線径4μmのオーステナイト系ステンレス繊維からなるウェブシート1aと、平均線径12μmのオーステナイト系ステンレス繊維からなるウェブシート1bと、酸化チタンよりなる離型層を有する離型シート1cを用い、図1に示した方式で金属繊維不織布焼結体1を作製したときに、その外層近傍にあるステンレス繊維表面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて拡大観察したときの模式図であり、平均線径4μmのオーステナイト系ステンレス繊維からなるウェブシート1aは、平均線径12μmのオーステナイト系ステンレス繊維からなるウェブシート1bの層に遮られて、外側から観察できなかった。
【0018】
図2において2aは、離型シート1cの離型層より剥離した酸化チタンであり、5μm以下の破片が集合したような形で、不織布焼結体シート1の外層近傍にあるウェブシート1bのステンレス繊維表面に付着している。
【0019】
また、2bは、ウェブ状ステンレス繊維製造工程やステンレス不織布焼結体製造工程において、ステンレス繊維表面近傍に生じた結晶粒界や欠陥であり、金属繊維と金属繊維が重なり合っている部分に特に多く観察された。
【0020】
上述のステンレス繊維表面に付着した酸化チタンを薬液のみにて溶解除去しようとした場合、酸化チタンの耐薬品性が高いため、結果として、ステンレス繊維表面をオーバーエッチングする危険性が高い。特に、ステンレス繊維の接合部や線径の細い部分が過剰にエッチングされた場合には、フィルターとしての強度や機能が低下してしまう。これを防止するには、酸化チタンの直接的なエッチングは期待できなくとも、酸化チタンと接合しているステンレスの部分を穏やかに溶解するプロセスを用いて、付着する酸化チタンをステンレス繊維から脱離させることが望ましい。
【0021】
このような除去プロセスを実現するためには、電解質水溶液にステンレス不織布焼結体シートを接触させながら該シートを陽極として電解を行う電解研磨処理が有利である。電解研磨の場合、該シートの最外部近傍にあるステンレス繊維表面は対向電極と正対しているため正常にエッチングされるが、ステンレス繊維の接合部は陰となるので電流密度が小さくなり、結果としてエッチングレートも遅くなる。同様の理由で、シート内部に挟み込まれたウェブシート1aのような細線も、ほとんどエッチングされないので、ステンレス繊維の接合部や線径の細い部分が過剰にエッチングされることでフィルターとしての強度や機能が低下するという危険性が少なくなる。
【0022】
図3は、オーステナイト系ステンレスよりなる金属繊維不織布焼結体シート1を陽極として電解研磨を施した後、その外層近傍にあるステンレス繊維表面をSEMにて拡大観察したときの模式図であり、付着物と結晶粒界や欠陥が除去されていることが分かる。
【0023】
このとき、浴組成や電解研磨条件により、図4の2cに示したように、結晶粒界や欠陥の部位が電解研磨後に強調されて観察される場合がある。この現象は、金属繊維不織布焼結体製造工程において生じた金属繊維表面の結晶粒界や欠陥が電解研磨により優先的にエッチングされた場合に生じるが、フィルターとしての強度や機能が低下しない範囲においての使用ならば、問題なく実用に供することができる。
【0024】
これらのもとで使用する電解研磨液としては、酸系、または、アルカリ系の電解質水溶液のどちらも好適に使用可能であり、このような条件を満たす電解質水溶液として一例をあげると、少量の硫酸、その他を添加したリン酸を主成分とする酸性水溶液、及び、少量の有機酸、その他を添加した水酸化カリウムを主成分とするアルカリ性の水溶液などがあり、状況に応じて好適に使用することができる。
【0025】
また、金属繊維がステンレスである場合には、電解研磨終了後にステンレス表面を硝酸水溶液と接触させて酸化膜を形成することにより、フィルターを行う薬液からのステンレスの保護やステンレス組成の薬液への溶け出し防止を強化することができる。ここで使用する硝酸水溶液は、30〜40%の濃度のものを好適に使用することが可能であり、この水溶液中に室温以上の浴温で30分以上浸漬することが好ましい。
【0026】
以上のようにして作製した金属繊維不織布焼結体フィルター6を装置に装着したときの一例に関する模式図を、図5〜図8に示す。ここで装着されたフィルター6は、SUS316Lよりなる平均線径12μmのステンレス繊維からなるウェブシート1bと平均線径4μmのステンレス繊維からなるウェブシート1aを、図1のようにして不織布焼結体シート1としたものより作成されている。このシート1を所定の大きさの短冊に切りそろえた後に、上述のプロセスにより電解研磨を施し、水洗後に硝酸水溶液中に浸漬してステンレス繊維表面に酸化膜を形成後、更に水洗と乾燥とを施し、最後にフィルターとして製品に装着する大きさに切断加工している。
【0027】
図5は、記録ヘッド5cが実装された記録ヘッドモジュール5bに、インクタンク5aを装着したときの模式図である。
【0028】
図6は、イエローのインクタンクを取り外した記録ヘッドモジュール5bを上部より俯瞰したときの模式図であり、インクタンク5aと、記録ヘッドモジュール5bの接合部にフィルター6が取り付けられている。
【0029】
また、図7は、インクタンク5aを側面から見たときの模式図であり、インクタンク5aの端部に取り付けられた圧接体7aと記録ヘッドモジュール5bに取り付けられたフィルター6とが接続され、インク供給路を経由してインク7bが記録ヘッド5cに供給される構成となっている。
【0030】
さらに、図8は、ガイド軸8c上を自在に移動するキャリッジ8bに、インクタンク5aを装着した記録ヘッドモジュール5bをヘッド固定機構8aにより取り付けた、インクジェットプリンターの模式図である。図面上では図示されていないが、フィルター6は、装着されている6個のインクタンクの夫々に対応して、個別に記録ヘッドモジュール5b上に取り付けられている。
【0031】
このようにして作製したインクジェット記録装置は、フィルター6に由来するチタン系のコンタミが除去されているために、描画時のよれ、液体としてのインクの不吐出などが発生しなかった。また、装置の耐久試験においても、インクタンク脱着時に由来するインク流路への気泡の巻き込みが低減し、インクを加熱するヒーターボードに気泡が乗ることで生じるインクの不吐出現象が低減され、加速試験でヒーターの破壊に至るまでの耐久時間が増加した。この際、インクタンク脱着時の気液交換もスムーズに行えるようになり、インクの使用効率が向上していた。
【0032】
さらに、記録ヘッドモジュール5bからインクタンク5aを取り外す際に、インクタンク5aの圧接体7aとフィルター6の表面との擦過性も改善され、インクタンク5aの脱着を容易に行うことができた。
【0033】
上述の説明は、本発明の特徴をインクジェット記録装置を用いて詳述したに過ぎず、本発明のフィルターを装着する装置を限定するものではなく、微細なコンタミを嫌う精密濾過が必要な装置に対して自由に適用することができる。
【0034】
また、本発明のフィルターの線径についても使用目的に合わせて自由に選定することができる。
【0035】
(実施例1)
金属繊維不織布焼結体シート1の電解研磨処理を以下に説明する。
【0036】
図9に示すように、平均線径4μmの金属繊維からなるウェブシート1aを3枚重ねた後、両側から平均線径12μmの金属繊維からなるウェブシート1bで挟んで金属繊維不織布焼結体シート1を作製した。これを、図10に示すようなSUS304を用いて作製した枠体10に挟み込んで固定し、図11に示すような電解処理槽11中の電解液に浸漬する。そして、金属繊維不織布焼結体シート1自体を陽極、金属繊維不織布焼結体シート1の両面に対向するように設けた電極11aを陰極として通電し、電解研磨処理を施した。
【0037】
図12(a)は電解研磨処理の実施前、図12(b)は電解研磨処理の実施後のそれぞれの金属繊維不織布焼結体シート1を、SEMを用いて観察した模式図である。これより、電解研磨処理の実施後においても、内層に位置する平均線径4μmの金属繊維からなるウェブシート1aの金属繊維がダメージを受けていないことが分かる。
【0038】
63mm×375mmに切断した金属繊維不織布焼結体シート1を、上述のようにして電解研磨を施した後、水洗し、硝酸水溶液中に浸漬後、再度水洗し、シート1を乾燥させ、これをフィルターの形状に加工してSEM観察を行った。その結果、図12(b)に示したように最外層近傍の付着物2aが除去されており、フィルターとしての特性も劣化していなかった。
【0039】
このときの諸条件を以下に記す。
・金属繊維不織布焼結体シートの構成
平均線径4μmのSUS316Lよりなるステンレス繊維ウェブを平均線径12μmのSUS316Lよりなるステンレス繊維ウェブにより挟み、真空焼結後にシートの厚さを0.3mmに圧延したもの。
・電解研磨液の組成
Phosphoric acid(90%リン酸、d≒1.69、キシダ化学(株)製) 950ml
Sulfuric acid(98%硫酸、d≒1.84、キシダ化学(株)製) 50ml
その他添加剤 少量
・印加電流密度(シート寸法に対して)
0.05A/cm□
・通電時間
11分
・電解研磨浴温度
60℃
・硝酸水溶液の組成
Nitric Acid(60%硝酸、キシダ化学(株)製)600ml
イオン交換水 400ml
・浸漬時間
2時間
・硝酸水溶液浴温度
25℃
【0040】
(実施例2)
実施例1において作製したフィルター6を図5、図6に示したような6色のインク流路を有する記録ヘッドモジュール5bに装着し、各色のインクタンク5aを装着した。そして、図8に示したインクジェットプリンターに取り付けて記録テスト、及び、耐久テストを行った。
【0041】
このとき、フィルター6由来の金属、または、金属酸化物が原因の吐出不良、及び、記録不良は発生しなかった。
【0042】
また、耐久試験中のインク使用効率が5%向上し、インクジェット記録へッド5cの液体吐出エネルギー発生要素であるヒーターの破壊に至る時間も10%向上し、へッド寿命が延びた。
【0043】
(実施例3)
電解研磨条件として以下に記したものを用いた他は実施例1と同様の条件を用いた。
このとき、金属繊維不織布焼結体シート1をフィルター6の形状に加工してSEM観察を行ったところ、図12(b)に示したようにシート最外層近傍の付着物2aが除去されており、フィルターとしての特性も劣化していなかった。
・電解研磨液の組成
Photassium hydroxide solution(1N、キシダ化学(株)製) 1000ml
Photassium oxalate,1−hydrate(シュウ酸カリウム1水和物、キシダ化学(株)製) 30g
その他添加剤 少量
・印加電流密度(シート寸法に対して)
0.05A/cm□
・通電時間
6分
・電解研磨浴温度
40℃
【0044】
(実施例4)
実施例3において作製したフィルター6を図5、図6に示したような6色のインク流路を有する記録ヘッドモジュール5bに装着し、各色のインクタンク5aを装着した。そして、図8に示したインクジェットプリンターに取り付けて記録テスト、及び、耐久テストを行った。
【0045】
このとき、フィルター6由来の金属、または、金属酸化物が原因の吐出不良、及び、記録不良は発生しなかった。
【0046】
また、耐久試験中のインク使用効率が5%向上し、ヒーター破壊に至る時間も10%向上した。
【0047】
(実施例5)
実施例1において、印加電流密度を0.06A/cm□、通電時間を12分とした以外は、同一の条件にて処理を行った。
【0048】
このとき、金属繊維不織布焼結体シート1をフィルター6の形状に加工してSEM観察を行ったところ、金属繊維の表面が図4に示したような表面状態を有しており、シート1の最外層近傍の付着物2aが除去されていた。また、フィルターとしての特性も劣化していなかった。
【0049】
(実施例6)
実施例5において作製したフィルター6を図5、図6に示したような6色のインク流路を有する記録ヘッドモジュール5bに装着し、各色のインクタンク5aを装着した。そして、図8に示したインクジェットプリンターに取り付けて記録テスト、及び、耐久テストを行った。
【0050】
このとき、フィルター由来の金属、または、金属酸化物が原因の吐出不良、及び、記録不良は発生しなかった。
【0051】
また、耐久中のインク使用効率が5%向上し、ヒーター破壊に至る時間も10%向上した。
【0052】
以上、本発明に係る具体的な実施例を用いて説明したが、金属繊維不織布焼結体シートの平均線径や電解研磨浴組成、その他を限定するものではなく、以下に例示される実施の形態を含むものである。
・通液流路に設置される金属繊維不織布焼結体からなるフィルターにおいて、その最外部及び最外部近傍にある金属繊維の表面に付着する物質を、金属繊維の表面層と共に除去した金属繊維不織布焼結体よりなるフィルターを構成したこと。
・付着物を金属繊維の表面層と共に除去する工程が、電解質水溶液にフィルターを接触させながら該フィルターを陽極とし、電解研磨処理により行われること。
・金属繊維が、オーステナイト系ステンレスよりなる金属繊維であること。
・金属繊維不織布焼結体からなるフィルターが、ウェブ状の金属繊維シートを積層し、真空加熱炉中にて焼結して繊維どうしの接点で金属を原子拡散接合させた後、加圧プレスして得られるシートを電解研磨したものであること。
・金属繊維不織布焼結体からなるフィルターが、中心部の平均線径の細いウェブ状の金属繊維シートを、これよりも平均線径の太いウェブ状の金属繊維シートで挟み込み、焼結・加圧プレスした後、電解研磨したものであること。
・金属繊維不織布焼結体からなるフィルターが、薬液エリアに対向する側の金属繊維表面近傍に存在する結晶粒界及び欠陥を、電解研磨処理により表面付着物と共に除去したものであること。
・金属繊維不織布焼結体からなるフィルターが、電解処理を施した金属繊維不織布焼結体を硝酸水溶液中に浸漬し、表面に酸化膜を形成したものであること。
【0053】
上述のように、金属繊維不織布焼結体製造過程における表面付着物を金属繊維の表面層と共に除去することにより、真空焼結時に生じた凹凸や焼結後に行う加圧プレス時に生じた凹凸などと共に、熱溶着或いは機械的に金属繊維に押し込まれた付着物を除去することが可能となる。
【0054】
これらの除去プロセスを電解質水溶液に金属繊維不織布焼結体フィルターを接触させながら、該フィルターを陽極として電解を実施する電解研磨処理により行うことで、陰極に直接対峙しない金属繊維の接合部に与えるダメージを最小限に留めながら付着物や凹凸の除去が行えるので、付着物除去後においてもフィルターの引っ張り強度を劣化させることがない。
【0055】
また、このような電解研磨処理に使用する電解質水溶液としては、酸系のものでもアルカリ系のものでも好適に選択することが可能であり、被処理物の低電流密度部位のエッチングレートが抑制されるように電解質水溶液の組成を調整することが望ましい。これにより、金属繊維の接合部や付着物のないフィルター中心部などの電解研磨する必要のないところにダメージを与える可能性が低くなる。
【0056】
このような条件を満たす電解質水溶液として一例をあげると、少量の硫酸、その他を添加したリン酸を主成分とする酸性水溶液、及び、少量の有機酸、その他を添加した水酸化カリウムを主成分とするアルカリ性の水溶液などがあり、状況に応じて好適に使用することができる。
【0057】
これらの電解を行う際に被処理物の対極として使用する材質は、導電性を有し電解研磨処理液に不溶なものであれば使用することが可能であり、ステンレス板、ステンレス板の表面に白金をコーティングしたもの、その他を状況に応じて好適に選択使用することができる。ここで、銅の金属板などは、導電性には優れているが電解処理液中に溶解しやすく、被処理物に付着し、フィルターとして装置へ組み込み後に溶出する可能性があるので避ける必要がある。
【0058】
また、中心部の平均線径の細いウェブ状の金属繊維シートをこれよりも平均線径の太いウェブ状の金属繊維シートで挟み込み、真空焼結・加圧プレスした濾過能力のより高い金属繊維不織布焼結体フィルターに対して、電気エネルギーを併用しない化学研磨処理を適用した場合、外側の太い金属繊維と内側の細い金属繊維とでエッチングレートのコントラストがとり辛く、内側の細い金属繊維がオーバーエッチされて断線し、フィルターの機能が低下する危険性が大きい。ところが、このようなフィルターの付着物除去に電解研磨処理を適用すると、電解研磨のドライビングフォースとなる投入電力は平均線径が太い外側の金属繊維にて優先的に消費され、平均線径の細い内側の金属繊維に対する研磨レートが無視できる程度まで減少するので、平均線径の細い金属繊維のオーバーエッチによる断線が生じる可能性が小さくなる。
【0059】
また、電解処理前のウェブ状ステンレス繊維製造工程やステンレス不織布焼結体製造工程において、ステンレス繊維表面近傍に結晶粒界や欠陥が形成されている場合、電解研磨に用いる電解質水溶液の種類や電解条件によっては、電解研磨処理中にそれらの結晶粒界や欠陥が優先的にエッチングを受け、シート最外層の金属繊維表面に微細な溝が形成されてしまう場合がある。ただし、電解研磨によって生じるこれらの溝は非常に浅いものであるため、電解研磨に引き続いて行う水洗処理を十分に行うことで、溝内部の電解研磨液残存は問題にならない。また、同様に金属繊維が断線することもないので、フィルターとしての機能が低下する危険性もない。このとき、電解研磨されたステンレス繊維表面には自然酸化膜が形成されるが、その状態は不均一であり、フィルターとして装置に装着して連続的に薬液へ接触させたときに、ステンレス繊維表面の部分的な腐食やステンレス成分の薬液中への溶け出しが生じる可能性がある。
【0060】
これを防止するためには、電解研磨処理後に行う水洗処理工程に引き続いて、ステンレス繊維不織布焼結体を硝酸水溶液中に浸漬し、ステンレス繊維表面に均一で、ある程度の厚みを有する酸化膜を形成する必要があり、この目的のために、30〜40%程度の硝酸水溶液にステンレス繊維不織布焼結体を室温で30分以上浸漬することが好ましい。
・金属繊維不織布焼結体よりなるフィルターが、薬液を飛翔させて像を形成する部材に液体(薬液、インク等)を供給する経路中に設置されていること。
・金属繊維不織布焼結体よりなるフィルターが用いられた液体吐出へッドが、液体(薬液、インク等)を加熱しり、機械的に押し出したりすることにより、液体をメディアに飛翔させて描画を行うこと。あるいは、このような液体吐出へッドを搭載したインクジェットプリンターであること。
・金属繊維不織布焼結体よりなるフィルターが、取り外し自在なインクタンクと記録ヘッドモジュールとの接合部に設置されるものであること。
【0061】
上述のように、液体(薬液、インク等)を飛翔させて像を形成する装置の薬液供給経路に本発明の構成からなるフィルターを設置することで、微細なゴミが原因となる描画不良を低減することが可能となり、完成品の歩留まりが向上する。
【0062】
特に、上記の装置が液体を加熱したときの発泡エネルギーにより薬液をメディアに飛翔させて描画を行うインクジェットプリンターである場合、近年では描画精度の向上に伴いインク吐出ノズル径が15μm前後のものが多用され、さらに吐出口径が狭くなる傾向にあるので、薬液供給経路に設置するフィルターにも10μm以下の異物除去能力が要求されている。ところが、金属繊維や樹脂繊維を編み込むことにより、又は、金属板にパタニング・エッチングなどを行うことにより作製したメッシュフィルターを用いて、上記の微細ノズルに悪影響を与える微細な異物を除去することは、かなりの困難を伴う。なぜならば、10μm前後、又は、これよりも小さな異物をメッシュ系のフィルターにて濾過しようとすると、通液抵抗が大きくなり好ましくなく、さらに、フィルター作製の難易度も大きく上がるためにコストアップとなるからである。従って、上述したような系には、異なる線径を有する金属繊維ウェブを組み合わせて微細な異物の除去能力を向上させた金属繊維不織布焼結体よりなるフィルターを使用する必要が生じる。このとき、金属繊維不織布焼結体フィルター自身からフィルターの製造工程に由来する異物が剥離すると、その異物が微細な吐出ノズルを塞いだり、円滑な吐出を妨げたりして、インクジェットプリンターの描画精度を著しく劣化させる危険性がある。
【0063】
このような場合、本発明に記載のフィルターをインク流路に取り付けることにより、フィルター由来の異物がインク吐出ヘッドに入り込むことを防止できるので、上述した描画精度の劣化を防止することが可能となる。
【0064】
さらに、本発明のフィルターを装着したインクジェットプリンターの通液流路中で、該フィルターを設置するのに最も好適な場所としては、取り外し自在なインクタンクと記録ヘッドモジュールとの接合部があげられる。この部位にフィルターを設置することで、インクタンク由来の異物を除去するだけでなく、インクタンク脱着時に由来するインク流路への気泡の巻き込みが低減し、インクを加熱するヒーターボードに気泡が乗ることで生じるインクの不吐出現象が低減される。
【0065】
これは、インクタンクの端面に取り付けられた圧接体と電解研磨処理により表面が滑らかになった金属繊維不織布焼結体フィルターの密着性が向上するためであり、同様の理由から、インクタンク脱着時の気液交換もスムーズに行えるようになるので、インクの使用効率も向上する。
【0066】
さらに、記録ヘッドモジュールからインクタンクを取り外す際に、インクタンクの圧接体とフィルター表面との擦過性も改善されるので、インクタンクの脱着が容易になるなどの効果も期待できる。
【0067】
(比較例1)
実施例1において使用した金属繊維不織布焼結体シート1にイオン交換水中で超音波洗浄を施した後、これを乾燥させてフィルター6の形状に加工しSEM観察を行ったところ、図2に示したように最外層近傍の付着物が除去されていなかった。
【0068】
また、超音波振動により金属繊維のほつれが発生し、フィルターとしての特性が劣化した。
【0069】
(比較例2)
比較例1において作製したフィルターを図5、図6に示したような6色のインク流路を有する記録ヘッドモジュール5bに装着し、各色のインクタンク5aを装着後、図8に示したインクジェットプリンターに取り付けて記録テスト及び耐久テストを行った。
【0070】
このとき、フィルター由来の金属、または、金属酸化物が原因の吐出不良、及び、記録不良が5%発生した。
【0071】
また、未処理品に比べて耐久寿命に顕著な差異は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明に係る実施例としての金属繊維不織布焼結体シートの構成を説明する模式図である。
【図2】離型シート剥離後の金属繊維不織布焼結体シートのSEM観察像を模式的に現した図である。
【図3】電解研磨後の金属繊維不織布焼結体シートのSEM観察像を模式的に現した図である。
【図4】電解研磨後の金属繊維不織布焼結体シートのSEM観察像を模式的に示した図である。
【図5】記録へッドの模式図である。
【図6】記録へッドモジュールの模式図である。
【図7】インクタンクの模式図である。
【図8】インクジェットプリンターの模式図である。
【図9】金属繊維不織布焼結体シートの構成を説明する模式図である。
【図10】電解研磨を行なうために金属繊維不織布焼結体シートを固定した様子を示す模式図である。
【図11】金属繊維不織布焼結体シートを電解研磨する様子を示す模式図である。
【図12】電解研磨処理前後の金属繊維不織布焼結体シートのSEM観察像を模式的に示した図である。
【符号の説明】
【0073】
1 金属繊維不織布焼結体
1a 平均線径4μmの金属繊維からなるウェブシート
1b 平均線径12μmの金属繊維からなるウェブシート
1c 離型シート
2a 付着物
2b 結晶粒界又は欠陥
2c エッチング痕
5a インクタンク
5b 記録ヘッドモジュール
5c 記録ヘッド
6 フィルター
7a 圧接体
7b インク
10 枠体
11 電解処理槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
通液流路に設置される金属繊維不織布焼結体からなるフィルターにおいて、
前記フィルターの最外部及びその最外部近傍にある金属繊維の表面に付着する物質を、金属繊維の表面層と共に除去したことを特徴とするフィルター。
【請求項2】
前記付着物質が、前記フィルターを構成する金属繊維とは異なる金属或いは異なる金属酸化物であることを特徴とする請求項1に記載のフィルター。
【請求項3】
前記フィルターが、付着物を前記金属繊維の表面層と共に除去する際に、電解質水溶液に前記フィルターを接触させながら当該フィルターを陽極とし、電解研磨処理により行われることを特徴とする請求項1または2に記載のフィルター。
【請求項4】
前記金属繊維が、オーステナイト系ステンレスよりなる金属繊維であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のフィルター。
【請求項5】
前記フィルターが、ウェブ状の金属繊維シートを積層し、真空加熱炉中にて焼結して繊維どうしの接点で金属を原子拡散接合させた後、加圧プレスして得られるシートを電解研磨したものであることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載のフィルター。
【請求項6】
前記フィルターが、中心部の平均線径の細いウェブ状の金属繊維シートを、これよりも平均線径の太いウェブ状の金属繊維シートで挟み込み、焼結・加圧プレスした後、電解研磨したものであることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載のフィルター。
【請求項7】
前記フィルターが、金属繊維表面近傍に存在する結晶粒界を前記電解研磨処理により、表面付着物と共に除去したことを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載のフィルター。
【請求項8】
前記電解処理を施した金属繊維不織布焼結体を硝酸水溶液中に浸漬し、表面に酸化膜を形成したことを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載のフィルター。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれかに記載のフィルターが、液体を飛翔させて像を形成する部材の液体供給経路中に設置されていることを特徴とする液体吐出へッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−198520(P2006−198520A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−12758(P2005−12758)
【出願日】平成17年1月20日(2005.1.20)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】