説明

ベルト式無段変速機の制御装置

【課題】定常的に必要とされる余剰圧を必要最低限に低減し得るように制御する。
【解決手段】油圧センサによる油圧検出値と目標供給油圧との差から余剰圧(PMA)を求め、現在の余剰圧(PMA)と該余剰圧(PMA)の変化速度とから所定時間後の作動油圧が必要最低油圧以下になるか否かを判定する。必要最低油圧以下になると予測される場合に、供給油圧を増加するよう補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はベルト式無段変速機の制御装置に関し、特に、ベルト式無段変速機におけるベルト側圧(クランプ圧)の余剰圧を適正に制御できるようにしたことに関する。
【背景技術】
【0002】
プーリ幅可変の駆動側プーリと、プーリ幅可変の従動側プーリと、これら駆動側プーリおよび従動側プーリ間に掛け渡されたベルト部材とからなるベルト式無段変速機は既に公知であり、実用に供されている。この変速機においては、駆動側プーリのプーリ幅制御(軸推力制御)を行う駆動側油圧アクチュエータと従動側プーリのプーリ幅制御(軸推力制御)を行う従動側油圧アクチュエータとを有し、これら両油圧アクチュエータに供給する油圧することにより両プーリの軸推力を制御してプーリ幅設定制御を行い、変速比を無段階に可変設定することができる。
【0003】
この種のベルト式無段変速機の制御装置においては、ベルトスリップを発生させないために最低限必要なプーリ軸推力(ベルト挟持力)をプーリに付与するように従動側(ドリブン側)プーリに作用する油圧(軸推力)を制御し、変速比を調整するためのプーリ軸推力バランスは駆動側(ドライブ側)プーリに作用する油圧(軸推力)の制御により設定するように構成されている。この場合、ベルト伝達トルク(プーリ間の伝達トルク)と変速比とから従動側プーリの軸推力を決定し、目標とする変速比と伝達トルク比とから駆動側と従動側のプーリ軸推力比を求め、動的変速特性および変速比のフィードバック要素からプーリ軸推力偏差を求め、従動側プーリ軸推力とプーリ軸推力比の積にプーリ軸推力偏差を加算した値を駆動側軸推力(油圧力)として設定するように構成されている。
【0004】
下記特許文献1においては、駆動側プーリの軸推力が大きく低下するような変速時においても、必要最小限のプーリ軸推力を用いてベルトスリップの発生を防止しつつ、目標とする変速を実現することが示されている。下記特許文献2においては、油圧の脈動変化に対応して制御を行うことが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−18347号
【特許文献2】特開平5−79550号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ベルト式無段変速機(CVT)のベルト側圧(クランプ圧)はベルトスリップ防止のために必要最低圧以上の油圧を必ず出力する必要があるため、脈動、環境変化、経年劣化、物バラツキ(個別CVT製品毎のバラツキ)等種々の要素による油圧低下を見込んで、余剰圧を設定する必要があった。油圧センサを採用することにより、環境変化や経年劣化による油圧低下を検知し、余剰圧を定常的に低くする技術が開発されてきているが、瞬間的な油圧低下や脈動の発生に対応するために、余剰圧を或る程度確保しておく必要があった。しかし、余剰圧を余分に確保しておくことは、燃費を低下させるのみならず、ベルト耐久性も低下させるおそれがあるので、改善が望まれる。
【0007】
本発明は上述の点に鑑みてなされたもので、定常的に必要とされる余剰圧を必要最低限に低減し得るように制御できるようにしたベルト式無段変速機の制御装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、エンジン出力を無段階に変速して車輪に伝達するベルト式無段変速機の制御装置であって、車速および加速指示情報に基づいて目標変速比(itgt)および目標変速比変化速度(ditgt)を求め、変速機入力トルク(Tin)および変速比(i)に応じてベルトスリップを発生させずに動力伝達を行わせるために必要な従動側プーリ必要軸推力(Qdnnec)を求め、前記従動側プーリ必要軸推力(Qdnnec)を従動側プーリ目標軸推力(Qdncmd)として設定し、前記従動側プーリ目標軸推力(Qdncmd)を用いて変速比を前記目標変速比(itgt)まで前記目標変速比変化速度(ditgt)で変化させるために前記駆動側プーリに必要とされる軸推力を駆動側プーリ目標軸推力(Qdrcmd)として設定し、前記従動側プーリ目標軸推力(Qdncmd)及び駆動側プーリ目標軸推力(Qdrcmd)に応じて設定される目標供給油圧(Pdrsup,Pdnsup)に基づいて変速制御を行うベルト式無段変速機の制御装置(50)であることを前提としており、そのようなベルト式無段変速機の制御装置(50)において、油圧センサによる油圧検出値に基づいて、現在の油圧変化速度から所定時間後の油圧低下量を予測し、必要最低油圧以下になると予測される場合に、供給油圧を増加するよう補正する補正手段(B5)を具備したことを特徴としている。
【0009】
本発明によれば、現在の油圧変化速度から所定時間後の油圧低下量を予測し、必要最低油圧以下になると予測される場合に、供給油圧を増加するよう補正するようにしているので、必要最小限の余剰圧を常時確保するように制御することができる。換言すれば、定常的な余剰圧を確保するために常時一定の油圧を無駄に加算するのではなく、必要最小限の余剰圧を確保するように必要なときにのみ供給油圧を増加するよう制御する。従って、定常的に必要とされる余剰圧を必要最低限に低減することができ、燃費向上及びベルト耐久性の向上を期待することができ、また、油圧の脈動変化発生時や瞬間的な油圧低下時においても適切な余剰圧を確保することができるので、ベルトスリップを防止し、タフネスを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明を適用可能なベルト式無段変速機の構成例を示すスケルトン図。
【図2】本発明の一実施例に係るベルト式無段変速機の制御装置の概略を概念的に示すブロック図。
【図3】図2の補正部が実行する「下限保証油圧加算量算出処理」の動作概念を説明するタイムチャート。
【図4】図2の補正部が実行する「下限保証油圧加算量算出処理」の一具体例を示すフロー図。
【図5】図4における「PMA低下判断」ルーチンの具体例を示すフロー図。
【図6】PMA変化量判定基準値を求めるために使用するマップの一例。
【図7】図4における「下限保証油圧加算量決定ルーチン」ルーチンの具体例を示すフロー図。
【図8】図7の動作例を示すグラフ。
【図9】図4における「油圧指令値急変判断」ルーチンの具体例を示すフロー図。
【図10】図4における「PMA低下復帰判断」ルーチンの具体例を示すフロー図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施例を添付図面を参照して詳細に説明する。
【0012】
図1は、本発明に従う制御が行われるベルト式無段変速機の構成を示している。なお、ベルト式無段変速機それ自体は前記特許文献1等で公知の装置を用いてよい。ベルト式無段変速機CVTは、入力軸1とカウンター軸2との間に配設された金属Vベルト機構10と、入力軸1と駆動側可動プーリ11との間に配設された遊星歯車式前後進切換機構20と、カウンター軸2と出力部材(ディファレンシャル機構8など)との間に配設されたメインクラッチ5とから構成される。なお、本無段変速機CVTは車両用として用いられ、入力軸1はカップリング機構CPを介してエンジンENGの出力軸に繋がり、ディファレンシャル機構8に伝達された動力は左右の車輪に伝達される。
【0013】
金属Vベルト機構10は、入力軸1上に配設された駆動側プーリ11と、カウンター軸2上に配設された従動側プーリ16と、両プーリ11,16間に巻き掛けられた金属Vベルト15とからなる。
【0014】
駆動側プーリ11は、入力軸1上に回転自在に配設された固定プーリ半体12と、この固定プーリ半体12に対して軸方向に相対移動可能な可動プーリ半体13とからなる。可動プーリ半体13の側方には、固定プーリ半体12に結合されたシリンダ壁12aにより囲まれて駆動側シリンダ室14が形成されており、駆動側シリンダ室14内に供給される油圧Pdrにより、可動プーリ半体13を軸方向に移動させる側圧、すなわち、駆動側プーリの軸推力Qdrが発生される。
【0015】
従動側プーリ16は、カウンター軸2に固設された固定プーリ半体17と、この固定プーリ半体17に対して軸方向に相対移動可能な可動プーリ半体18とからなる。可動プーリ半体18の側方には、固定プーリ半体17に結合されたシリンダ壁17aにより囲まれて従動側シリンダ室19が形成されており、従動側シリンダ室19内に供給される油圧Pdnにより、可動プーリ半体18を軸方向に移動させる側圧、すなわち、従動側プーリの軸推力Qdnが発生される。
【0016】
このため、上記両シリンダ室14,19への供給油圧Pdr,Pdnを適宜制御することにより、ベルト15の滑りを発生することのない適切なプーリ側圧を設定するとともに両プーリ11,16のプーリ幅を変化させることができ、これにより、Vベルト15の巻掛け半径を変化させて変速比を無段階に変化させることができる。
【0017】
遊星歯車式前後進切換機構20はダブルピニオンタイプのプラネタリギヤ列を有し、そのサンギヤ21は入力軸1に結合され、キャリア22は固定プーリ半体12に結合され、リングギヤ23は後進ブレーキ27により固定保持可能である。また、サンギヤ21とリングギヤ23とを連結可能な前進クラッチ25を有し、この前進クラッチ25が係合されると全ギヤ21,22,23が入力軸1と一体に回転し、駆動側プーリ11は入力軸1と同方向(前進方向)に駆動される。一方、後進ブレーキ27が係合されると、リングギヤ23が固定保持されるため、キャリア22はサンギヤ21とは逆の方向に駆動され、駆動側プーリ11は入力軸1とは逆方向(後進方向)に駆動される。
【0018】
メインクラッチ5は、カウンター軸2と出力側部材との間の動力伝達を制御するクラッチであり、係合時には両者間での動力伝達が可能となるとともに、係合力を制御することにより入力側と出力側との間のトルクの伝達容量(トルク容量)も制御できる。このため、メインクラッチ5が係合の時には、金属Vベルト機構10により変速されたエンジン出力がギヤ6a,6b,7a,7bを介してディファレンシャル機構8に伝達され、このディファレンシャル機構8により左右の車輪(図示せず)に分割されて伝達される。また、メインクラッチ5が解放されたときには、この動力伝達が行えず、変速機は中立状態となる。
【0019】
上記のようなベルト式無段変速機CVT用の制御装置においては、駆動側および従動側シリンダ室14,19の供給油圧Pdr,Pdnを制御して駆動側および従動側プーリの軸推力Qdr,Qdnを制御し、ベルトスリップを発生させることなく必要最小限の軸推力を設定しつつ、適切な変速制御を行わせるようにしている。
【0020】
この制御は、種々の運転条件を検出し、この検出運転条件に基づいて行われる。このため、制御装置50は、図2に示すように、変速機入力トルク(エンジンEから入力軸1に入力されるトルク)(Tin)を検出する入力トルク検出器31と、ベルト機構10における変速比(i)を検出する変速比検出器32と、車速(V)を検出する車速センサ33と、エンジンスロットル開度(th)(すなわち加速指示情報)を検出するスロットル開度センサ34とを備える。なお、入力トルク検出器31は入力トルクを直接検出するものでも良いが、エンジンの吸気負圧と回転数からエンジン出力トルクを算出して変速機入力トルクを求めるものでも良い。また、変速比検出器32は可動プーリ半体の軸方向位置から変速比を直接検出しても良いが、駆動側プーリの回転数と従動側プーリの回転数とを検出して、これら回転数の比から変速比を求めても良い。また、スロットル開度センサ34に代えてアクセル開度を検出するアクセル開度センサを用いてもよい。これらによる検出信号は、制御装置50に入力されて演算処理が行われ、駆動側および従動側シリンダ室14,19に供給する油圧を制御する変速制御バルブの作動制御信号が出力される。この変速制御バルブは、例えば、リニアソレノイドバルブであり、制御装置50からの作動制御信号を受けてその作動が制御され、駆動側および従動側シリンダ室14,19の油圧制御がなされる。
【0021】
この制御装置50における演算処理について以下に説明する。入力トルク検出器31により検出された変速機入力トルク(Tin)信号および変速比検出器32により検出された変速比(i)信号はプーリ必要軸推力算出部B1に入力される。ここでは、入力トルク(Tin)と変速比(i)に応じて、ベルトスリップを発生させない範囲での必要最小限の軸推力として、駆動側プーリ必要軸推力(Qdrnec)と従動側プーリ必要軸推力(Qdnnec)とを求める。
【0022】
一方、これと並行して、車速センサ33により検出された車速(V)信号およびエンジンスロットル開度センサ34により検出されたエンジンスロットル開度(th)信号は、目標変速比算出部B2に入力される。ここでは、車速(V)とスロットル開度(th)とに応じて目標変速比(itgt)が求められ、さらに、この目標変速比(itgt)の時間変化量として目標変速比変化速度(ditgt)が求められる。
【0023】
そして、入力トルク検出器31により検出された変速機入力トルク(Tin)信号および変速比検出器32により検出された変速比(i)信号と、プーリ必要軸推力算出部B1において求められた駆動側プーリ必要軸推力(Qdrnec)および従動側プーリ必要軸推力(Qdnnec)信号と、目標変速比算出部B2において求められた目標変速比(itgt)および目標変速比変化速度(ditgt)信号とが、変速比制御部B3に入力される。変速比制御部B3においては、これら入力信号に基づいて、現在の変速比を目標変速比(itgt)まで目標変速比変化速度(ditgt)で変化させるに必要な駆動側および従動側プーリの目標軸推力(Qdrcmd,Qdncmd)を決定する。
【0024】
このように決定された目標軸推力(Qdrcmd,Qdncmd)信号は、プーリ供給油圧算出部B4に入力され、ここで、この目標軸推力を得るために必要な駆動側および従動側シリンダ室14,19の目標供給油圧(Pdrsup,Pdnsup)を求める。具体的には、目標軸推力(Qdrcmd,Qdncmd)をシリンダ室14,19の受圧面積で割ってシリンダ室に必要な油圧を求め、これを油圧変動要素で補正して目標供給油圧(Pdrsup,Pdnsup)が求められる。
【0025】
このようにして求められた駆動側および従動側の目標供給油圧(Pdrsup,Pdnsup)信号は、補正部B5を経由して、電流変換部B6に入力され、ここで、駆動側および従動側シリンダ室14,19に供給する油圧を制御する変速制御バルブの作動制御電流信号が求められる。この変速制御バルブは、例えば、リニアソレノイドバルブであり、電流変換部B6において求められた制御電流により作動が制御され、駆動側および従動側シリンダ室14,19の油圧を目標供給油圧(Pdrsup,Pdnsup)に従って制御する。なお、制御装置50において、電流変換部B6以外の部分は、車両用電子制御装置が具備するコンピュータによって実装される。
【0026】
目標供給油圧(Pdrsup,Pdnsup)を算出するための構成は、上記例に限らず、どのような構成を採用してもよい。本発明においては、補正部B5を設け、以下述べるように、必要最小限の余剰圧を適切に確保しうるようにしたことを特徴としている。
【0027】
図3は、補正部B5が実行する「下限保証油圧加算量算出処理」の動作概念を説明するタイムチャートである。図3において、「油圧指令値」は上記目標供給油圧(Pdrsup又はPdnsup)に相当し、「実油圧」は油圧センサ35によって検出される油圧検出値の一例を示す。油圧センサ35は例えば従動側シリンダ室19の油圧を検出するように設けられている。図3では、実油圧が脈動している例を示している。PMAは余剰圧を示し、下記式のように、実油圧(油圧検出値)と油圧指令値(目標供給油圧)の差が余剰圧PMAとして常に算出される。また、「PMA下限」は必要最低油圧に対応している。
PMA=実油圧(油圧検出値)−油圧指令値(目標供給油圧)
【0028】
基本的には、補正部B5は、油圧センサ35による油圧検出値に基づいて、現在の油圧変化速度から所定時間後(例えば100ms後)の油圧低下量を予測し、必要最低油圧以下になると予測される場合に、供給油圧(従動側プーリー16の目標供給油圧Pdnsup)を増加するよう補正する。図3においては、時点tcにおいて、実油圧の現在値から予測される所定時間Δt後の油圧低下量ΔPが「PMA下限」(必要最低油圧)以下になるケースを図示している。すなわち、本発明に従う補正を行わなかったとすると、実油圧は、点線で示すような脈動変化をするケースを想定している。補正部B5は、時点tcにおいて、実油圧の現在値から予測される所定時間Δt後の油圧低下量ΔPが「PMA下限」(必要最低油圧)以下になると判定すると、油圧指令値に所定の「下限保証油圧加算量」を加算する(すなわち、供給油圧を増加する)ように補正する。これにより、実線で示すように、実油圧が「PMA下限」(必要最低油圧)以下にならないように制御される。
【0029】
図4は、補正部B5において実行される「下限保証油圧加算量算出処理」の一具体例を示すフロー図である。「PMA低下判断」ルーチンS1では、所定時間Δt後に予測される余剰圧PMAが「PMA下限」(必要最低油圧)以下になるかどうかを判断する。
【0030】
図5は、「PMA低下判断」ルーチンS1の具体例を示している。ステップS11では、車両の状態が所定のPMA算出条件を満たしているかどうかを判定する。エンジン回転数や油圧検出値などが所定のPMA算出条件を満たしている場合にのみ、ステップS12に進み、「PMA低下判断」を続行する。所定のPMA算出条件を満たしていない場合、例えば本発明に従う余剰圧PMA制御を行うべきでないような運転状態の場合、「PMA低下判断」を打ち切り、ステップS19でPMA低下判定フラグをリセットする。
【0031】
ステップS12では、従動側プーリ16の現在の軸推力が駆動側プーリ11の軸推力値以下に低下したかどうかを判定し、YESであれば、ステップS13に進み、「PMA低下判断」を続行する。従動側プーリ16の現在の軸推力は、従動側シリンダ室19の油圧を検出する油圧センサ35による油圧検出値に基づいて判定する。従動側プーリ16の現在の軸推力が駆動側プーリ11の軸推力以上である場合は、余剰圧PMAの低下のおそれを配慮する必要がないので、「PMA低下判断」を打ち切り、ステップS19でPMA低下判定フラグをリセットする。
【0032】
ステップS13では、現在の余剰圧PMA(実油圧と油圧指令値の差)と油温に応じて、PMA変化量判定基準値を求める。図6は、PMA変化量判定基準値を求めるために使用するマップの一例を示す。横軸が余剰圧PMAであり、たて軸が単位時間当たりのPMA変化量(つまり余剰圧変化速度)である。単位時間とは、例えば「PMA低下判断」ルーチンS1の繰り返し実行周期である。このマップは、現在の余剰圧(PMA)に対する余剰圧変化速度の関数により所定時間後の作動油圧が必要最低油圧以下になるか否かを予測するマップである。該マップは補償対象とする油圧脈動周波数に応じて異なる特性を有している。図6では、一例として、油圧脈動周波数が0.1Hzの場合と、2Hzの場合の関数特性が併せて示されている。油圧脈動による悪影響から救済するために、救済のターゲットとする油圧脈動周波数(例えば2Hzなら2Hz)を特定し、該特定した油圧脈動周波数に対応するマップを使用する。これにより、救済のターゲットとする油圧脈動周波数に応じて最適の制御を行うことができる。
【0033】
該マップの使用法について述べると、該マップにおいて、横軸に現在の余剰圧PMAを当てはめ、該当する縦軸の値をPMA変化量判定基準値として引き出す。そして、該引き出したPMA変化量判定基準値と現在のPMA変化量とを比較し、現在のPMA変化量が該引き出したPMA変化量判定基準値と同じかそれよりも小さい場合、所定時間後の油圧低下量が必要最低油圧以下になると予測する。そして、そのように予測したならば、供給油圧を増加するよう補正する。従って、マップで示されるPMA変化量判定基準値の関数(カーブ)は、所定時間後の油圧低下量が必要最低油圧以下になると予測する判定の基準ラインを示している。
【0034】
図6に示すマップ特性は、或る特定の油温のときの特性を示している。図示例では、横軸の余剰圧PMAが0乃至所定の最低保証圧(Pmin kgf/cm2)の範囲では、PMA変化量判定基準値は0(PMAが変化しないことに相当)を維持しており、PMAが最低保証圧(Pmin kgf/cm2)より大きい範囲では、各油圧脈動周波数に応じた傾き特性でPMA変化量判定基準値が負の領域(つまり減少変化領域)において変化する。このような特性は、現在の余剰圧PMAが最低保証圧(Pmin kgf/cm2)以下であるならば、PMA変化量が0であっても、所定時間後の油圧低下量が必要最低油圧以下になると予測し、供給油圧を増加するよう制御することを意味している。すなわち、PMA変化量が0であっても、常時、余剰圧PMAが最低保証圧(Pmin kgf/cm2)以下とならないように制御する。また、PMAが最低保証圧(Pmin kgf/cm2)より大きい範囲では、マップの傾き特性に応じて、PMA変化量が0以下(減少を示すマイナス値)の所定の判定基準値より小さくなったとき(つまり、マイナス方向により大きく変化したとき)、所定時間後の油圧低下量が必要最低油圧以下になると予測し、供給油圧を増加するよう制御することを意味している。このように、PMAが最低保証圧(Pmin kgf/cm2)より大きい範囲でマップの傾き特性に応じた適切な供給油圧増加制御を行うようにしているので、定常的な余剰圧を確保するために常時一定の油圧を無駄に加算するのではなく、必要最小限の余剰圧を確保するように必要なときにのみ供給油圧を増加するよう適切な制御がなされる。
【0035】
油温に依存して油の粘性が変化して、プーリに作用する油圧とそれによって得られるプーリ軸推力(ベルト挟持力)との関係が変化するので、図6に示すマップ特性は、油温をパラメータとして持ち替えられるようになっている。このように、図6に示すマップ特性を油温をパラメータとして持ち替えることにより、前記「必要最低油圧」が油温に応じて適切に可変設定されることになる。
【0036】
図5に戻ると、ステップS14では、現在のPMA変化量が前記ステップS13で求めたPMA変化量判定基準値よりも小さいか(換言すれば、マイナス方向の変化つまり減少変化が基準値よりも大きいか)を判定する。YESであれば、ステップS15で所定のタイマーをセットした後、ステップS16でPMA低下判定フラグをセットする。NOであれば、ステップS15でタイマー値が0になったか(タイムアップしたか)を調べる。タイムアップしていなければ、ステップS16でPMA低下判定フラグをセットする。タイムアップしたならば、ステップS18でPMA低下判定フラグをリセットする。これにより、タイマーの動作時間に満たない時間で一時的にセットされたPMA低下判定フラグがリセットされる。PMA低下判定フラグがセットされたということは、所定時間後の作動油圧が必要最低油圧以下になると予測されたことを意味する。
【0037】
図4に戻り、「PMA低下判断」ルーチンS1から「PMA低下復帰判断」ルーチンS2、「油圧指令値急変判断」ルーチンS3を経由して、ステップS4で上記PMA低下判定フラグがセットされているかをチェックする。上記PMA低下判定フラグがセットされていれば、ステップS5を経由してステップS6に行く。ステップS5では、追って説明する「油圧指令値急変判断」ルーチンS3の処理によってセット/リセットの制御がなされる油圧指令値急変フラグがセットされているかどうかをチェックする。通常は油圧指令値急変フラグはリセットされており、ステップS5はNOと判定されて、ステップS6に進む。続くステップS6、S7、S8の処理により、供給油圧を増加するための制御がなされる。
【0038】
ステップS6では、現在の余剰圧PMAとPMA変化量に応じて、所定のマップから油圧加算量ベース値を求める。ステップS7では、前ステップS6で求めた油圧加算量ベース値を限界づける処理を行う。具体的には、ステップS6で求めた油圧加算量ベース値が所定の限界値を越えている場合、該限界値が最大値となるように油圧加算量ベース値を限界づけ、こうして限界づけられた油圧加算量ベース値を油圧加算量ベース制限値とする。
【0039】
ステップS8では、前ステップS7で求めた油圧加算量ベース制限値に基づき下限保証油圧加算量を決定する下限保証油圧加算量決定ルーチンを行う。この下限保証油圧加算量決定ルーチンの詳細は、図7に示されている。ステップS7で求められる油圧加算量ベース制限値は、例えば図8で点線100で示すような階段状に変化する値である。下限保証油圧加算量決定ルーチンS8(図7)においては、このような階段状に変化する油圧加算量ベース制限値を、例えば図8で実線101で示すような急激な変化をしないような特性に変換し、これを油圧加算量目標値として出力する。
【0040】
図7において、ステップS20では、前ステップS7で求めた油圧加算量ベース制限値が、前回の油圧加算量目標値と同じか又はそれより大きいかを判断する。YESの場合は、油圧加算量目標値を前回値よりも大きくすることが要求されていることを意味する。そこで、まず、ステップS21で所定のタイマーをセットし、ステップS22で前回の油圧加算量目標値に所定量を加算したものを「油圧加算量制限値」とする。次に、ステップ23で、「油圧加算量ベース制限値」と「油圧加算量制限値」のうち値の小さい方を、新たな「油圧加算量目標値」として設定する。すなわち、1処理サイクル当りの油圧加算量目標値の増加を上記「所定量」に制限している。この制限により、油圧加算量目標値が増加するときの変化を緩やかにしている(急激に増加変化しないようにする)。このステップ23で設定された「油圧加算量目標値」に従いプーリ軸推力を発生させるための油圧装置の油圧(目標供給油圧(Pdrsup,Pdnsup))が設定される。
【0041】
一方、油圧加算量ベース制限値が前回の油圧加算量目標値よりも小さい場合は、油圧加算量目標値を減少させる必要が有り、ステップS20のNOからステップS24に進む。ステップS24では、前記ステップS21でセットしたタイマーがタイムアップしたかを調べる。タイムアップしてなければ今回の処理を終了する。タイムアップしたならば、ステップS25で前回の油圧加算量目標値から所定量を減算したものを「油圧加算量制限値」とする。次に、ステップ26で、「油圧加算量ベース制限値」と「油圧加算量制限値」のうち値の大きい方を、新たな「油圧加算量目標値」として設定する。これにより、油圧加算量目標値が減少するときの変化を緩やかにしている(急激に減少変化しないようにする)。このステップ26で設定された「油圧加算量目標値」に従いプーリ軸推力を発生させるための油圧装置の油圧(目標供給油圧)が設定される。なお、ここで使用されるタイマーは、油圧加算量目標値を減少させる制御に所定の時間遅れをもたせることにより、油圧減少制御に関して応答遅れを設定し、プーリ軸推力が不足気味にならないようにするためのものである。
【0042】
図4に戻り、「油圧指令値急変判断」ルーチンS3では、油圧指令値(目標供給油圧)が急激に変化したか否かを判定する。図9は、この「油圧指令値急変判断」ルーチンS3で行う処理の一例を示している。ステップS27では、前回の油圧指令値(目標供給油圧)と今回の油圧指令値(目標供給油圧)との差を油圧指令値変化量として算出する。ステップS28では、この油圧指令値変化量が所定値より大きいかを判定する。この油圧指令値変化量が所定値より大きい場合は、油圧指令値の急変であると判断し、ステップS29で所定のタイマーをセットし、ステップS30で油圧指令値急変フラグをセットする。これにより、油圧指令値(目標供給油圧)が急激に変化したと判定される。
【0043】
油圧指令値変化量が所定値より大きくない場合は、ステップS28のNOからステップS31に進む。ステップS31では、前記ステップS29でセットしたタイマーがタイムアップしたかを調べる。タイムアップしていなければ、ステップS30に行き油圧指令値急変フラグをセットする。タイムアップしたならば、ステップS32に行き油圧指令値急変フラグをリセットする。このタイマーは、油圧指令値急変フラグを一旦セットしたならば所定時間の間「油圧指令値急変」判定状態を維持し、「油圧指令値急変」判定状態が不安定に変動することを防ぐためである。
【0044】
図4に戻り、油圧指令値急変フラグがセットされているならば、ステップS5のYESからステップS9に行き、前回算出した「油圧加算量目標値」(油圧加算値)を油圧加算量ベース値として設定する。その後、ステップS7に行き、さらに、ステップS8の処理を行い、前述したような「油圧加算量目標値」の算出を行う。これにより、今回の算出演算において、前回算出した「油圧加算量目標値」(油圧加算値)がそのまま今回の「油圧加算量目標値」(油圧加算値)として算出されるようになる。従って、目標供給油圧が急激に変化した場合は、前回算出した「油圧加算量目標値」(油圧加算値)を今回の「油圧加算量目標値」(油圧加算値)として用いて、供給油圧を安定的に増加するよう補正する。なお、ステップS9では、現在の余剰圧PMAとPMA変化量に応じて所定のマップから求めた油圧加算量ベース値と前回の「油圧加算量目標値」のうち大きい方を、今回の油圧加算量ベース値として設定するようにしてもよい。これにより、油圧指令値を増加する急変の場合の応答性をよくすることができる。
【0045】
図4において、「PMA低下復帰判断」ルーチンS2では、余剰圧PMAの低下が解消されたかを判定する。図10は、この「PMA低下復帰判断」ルーチンS2で行う処理の一例を示している。ステップS33では、前記ステップS11(図5)と同様に、車両の状態が所定のPMA算出条件を満たしているかどうかを判定する。エンジン回転数や油圧検出値などが所定のPMA算出条件を満たしている場合、ステップS33のYESからステップS34に進んで所定のタイマー1をセットし、更にステップS35に進み、「PMA低下復帰判断」を続行する。一方、所定のPMA算出条件を満たしていない場合、ステップS33のNOからステップS42に進んでタイマー1の所定動作時間が経過したか否かをチェックし、経過しているならばPMA復帰判定フラグをセットする(S43)。経過していないならばPMA復帰判定フラグをリセットする(S44)。すなわち、本発明に従うPMA低下対処のための制御を一旦開始したら、該制御を行うべきでない運転状態となった場合でも、すぐにPMA復帰判定フラグをセットするのではなく、そのような運転状態が所定時間継続した場合に、PMA復帰判定フラグをセットする。
【0046】
ステップS35では、前記ステップS12(図5)と同様に、従動側プーリ16の現在の軸推力が所定値以下に低下したかどうかを判定し、YESであれば、ステップS36に進む。本発明に従うPMA低下対処のための制御を開始した場合(つまり、PMA低下判定フラグがセットされた場合)、少なくとも一度はステップS35がNOとなり、ステップS36に進む。ステップS36では、現在の油圧加算量目標値と油温に応じて、PMA復帰判定基準値を求める。次のステップS37では、現在の余剰圧PMAが該PMA復帰判定基準値よりも大きいかを調べる。本発明に従うPMA低下対処のための制御を開始した直後は、ステップS37はNOであり、ステップS40に進んで所定のタイマー2をセットし、その後、PMA低下復帰判定フラグをリセットする(S41)。
【0047】
本発明に従うPMA低下対処のための制御を行うことにより、余剰圧PMAが増加し、現在の余剰圧PMAが該PMA復帰判定基準値よりも大きくなると、ステップS37ではYESと判定され、ステップS38に行く。ステップS38では、上記所定のタイマー2が0になったか(つまり、タイムアップしたか)を調べる。タイムアップしてなければ、ステップ41でPMA復帰判定フラグをリセットするが、タイムアップしたならば、ステップS39に進み、PMA復帰判定フラグをセットする。
【0048】
図4に戻り、ステップS4でPMA低下判定フラグがセットされていないと判定されると、ステップS10に進み、PMA復帰判定フラグがセットされているかを調べる。PMA復帰判定フラグがセットされていれば、ステップS45で油圧加算量ベース値を0に設定する。その後、ステップS7に進む。これにより、図7のS24,S25,S26のルートの処理によって、徐々に油圧加算量目標値が減少される。
【符号の説明】
【0049】
CVT ベルト式無段変速機
1 入力軸
2 カウンター軸
10 金属Vベルト機構
11 駆動側プーリ
16 従動側プーリ
35 油圧センサ
50 制御装置
B5 補正部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジン出力を無段階に変速して車輪に伝達するベルト式無段変速機の制御装置であって、車速および加速指示情報に基づいて目標変速比および目標変速比変化速度を求め、変速機入力トルクおよび変速比に応じてベルトスリップを発生させずに動力伝達を行わせるために必要な従動側プーリ必要軸推力を求め、前記従動側プーリ必要軸推力を従動側プーリ目標軸推力として設定し、前記従動側プーリ目標軸推力を用いて変速比を前記目標変速比まで前記目標変速比変化速度で変化させるために前記駆動側プーリに必要とされる軸推力を駆動側プーリ目標軸推力として設定し、前記従動側プーリ目標軸推力及び駆動側プーリ目標軸推力に応じて設定される目標供給油圧に基づいて変速制御を行うベルト式無段変速機の制御装置において、
油圧センサによる油圧検出値に基づいて、現在の油圧変化速度から所定時間後の油圧低下量を予測し、必要最低油圧以下になると予測される場合に、供給油圧を増加するよう補正する補正手段を具備することを特徴とするベルト式無段変速機の制御装置。
【請求項2】
前記必要最低油圧は、油温に応じて可変設定されることを特徴とする請求項1に記載のベルト式無段変速機の制御装置。
【請求項3】
前記補正手段は、前記目標供給油圧が急激に変化したか否かを判定する手段を更に含み、前記目標供給油圧が急激に変化した場合は、前回算出した油圧加算値を今回の油圧加算値として用いて、供給油圧を増加するよう補正することを特徴とする請求項1又は2に記載のベルト式無段変速機の制御装置。
【請求項4】
前記補正手段は、供給油圧を増加するための油圧加算値が急激に変化しないように制御することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載のベルト式無段変速機の制御装置。
【請求項5】
前記補正手段は、前記油圧センサによる油圧検出値と前記目標供給油圧との差から余剰圧を求め、現在の余剰圧と該余剰圧の変化速度とから所定時間後の作動油圧が必要最低油圧以下になるか否かを判定する判定手段を含むことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のベルト式無段変速機の制御装置。
【請求項6】
前記判定手段は、現在の余剰圧に対する余剰圧変化速度の関数により所定時間後の余剰圧が必要最低油圧以下になるか否かを予測するマップを有し、該マップは補償対象とする油圧脈動周波数に応じて異なる特性を有することを特徴とする請求項5に記載のベルト式無段変速機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−219946(P2012−219946A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−87805(P2011−87805)
【出願日】平成23年4月11日(2011.4.11)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】