説明

ペロブスカイト型酸化膜、その製造方法、評価方法及びそれを用いたデバイス

【課題】本発明では、電圧印加時に局所的に微細な応力を緩和することができる圧電体膜、圧電体薄膜素子、及びそれらを用いるデバイスを得ることを目的とする。
【解決手段】鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有する酸化膜であって、酸化膜の膜表面の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることを特徴とするペロブスカイト型酸化膜からなる圧電体膜を提供することにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペロブスカイト型酸化膜、その製造方法、評価方法及びそれを用いたデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、圧電体を用いたアクチュエータ、センサー及び記憶素子などの各種デバイスの研究及び開発が盛んであり、スパッタ法等の気相成長法により成膜される圧電体膜が、高性能機能膜として注目されている。このような圧電体膜は、高い圧電性能が要求されるインクジェット式記録ヘッド(液体吐出デバイス)やマイクロポンプなどの圧電アクチュエータの圧電体薄膜素子として使用されている。
【0003】
圧電体薄膜素子に電界を印加して、圧電体膜に高い応力を発生させ、高湿度、高温度の条件にすればするほど、圧電体膜は、変位性能の低下、すなわち、劣化が発生する現状がある。
具体的には、圧電体膜周辺の水分によりリーク電流が増大されて、絶縁破壊が引き起こされたり、圧電体膜の構成要素がイオン化されイオンマイグレーションが促進されたりするといった問題がある。
従って、高い圧電性能が要求される圧電体膜にとって、熱・湿度対策は重要な課題であり、その圧電体膜が使用されるデバイスの耐久性を考える上でも前記課題は避けられない問題である。
【0004】
かかる状況を踏まえ、電力印加時の高い応力を緩和して、劣化の発生を抑制し、圧電体膜の耐久性をあげる方法として、例えば、特許文献1には、配向成膜とエピタキシャル成膜を組み合わせて形成した応力緩和層を設けることで圧電体膜にかかる平均応力を分散させる方法が記載されている。
また、特許文献2には、圧電体層に細い切れ目をいれ、圧電素子の応力を緩和する応力緩和部を形成する方法が開示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2006−100814
【特許文献2】特開2005−253274
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1及び2に記載されるような応力緩和層や応力緩和部を形成する方法は、余分な手間や製造コストをかけることになる。
また、上記方法では、電圧印加時、圧電体膜にかかる応力を充分に緩和できず、満足な耐久性が得られないという現状がある。その理由としては、劣化の起点となる箇所は、局所的に微細な応力が集中してかかっている場合が多く、応力緩和層または応力緩和部の形成では、その応力を解消することができないことがあげられる。
かかる状況を踏まえ、本発明では、電圧印加時に局所的に微細な応力を緩和することができる圧電体膜、圧電体薄膜素子、及びそれらを用いるデバイスを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記課題を解決するために、鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有する酸化膜であって、前記酸化膜の膜表面の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることを特徴とするペロブスカイト型酸化膜を提供する。
ここで、前記ラマンスペクトルを測定する前記複数の点が、上部電極から3μm以内の前記酸化膜の膜表面領域における複数の点であることが好ましい。
また、前記酸化膜が、チタン酸ジルコン酸鉛膜であることが好ましい。
また、前記酸化膜が、チタン酸ジルコン酸鉛膜に加え、さらに、ニオブ(Nb)、ビスマス(Bi)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、カルシウム(Ca)及びランタン(La)からなる群より選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有することが好ましい。
また、前記酸化膜は、スパッタ法により成膜されたものであることが好ましい。
また、前記酸化膜は、スパッタ法により成膜された後、アニールされたものであることが好ましい。
また、前記アニールの温度は、150℃〜500℃であり、前記アニールの時間は、2時間〜10時間であることが好ましい。
【0008】
また、前記課題を解決するために、前記ペロブスカイト型酸化膜からなる圧電体と、この圧電体に電圧を印加するために、前記圧電体の両面に形成された下部電極及び上部電極とを備えることを特徴とする圧電体薄膜素子を提供する。
また、前記圧電体薄膜素子を搭載したことを特徴とする液体吐出デバイスを提供する。
また、前記圧電体薄膜素子と、液体が貯留される液体貯留室と、前記圧電体薄膜素子に電圧を印加することにより、前記液体貯留室から外部に前記液体を吐出させる液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出デバイスを提供する。
また、前記圧電体薄膜素子を搭載したことを特徴とするマイクロポンプを提供する。
また、前記圧電体薄膜素子を搭載したことを特徴とする表面弾性波デバイスを提供する。
また、前記鉛含有薄膜からなる圧電体と、この圧電体に電圧を印加するために、前記圧電体の両面に形成された下部電極及び上部電極を備え、前記圧電体の前記鉛含有薄膜の前記下部電極界面付近の鉛量が、前記鉛含有薄膜の全体の鉛量に対して等しいか多いことを特徴とする圧電体薄膜素子を提供する。
また、前記圧電体薄膜素子と、液体が貯留される液体貯留室と、前記圧電体薄膜素子に電圧を印加することにより、前記液体貯留室から外部に前記液体を吐出させる液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出デバイスを提供する。
【0009】
また、本発明は、前記課題を解決するために、鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有するペロブスカイト型酸化膜をスパッタ法により成膜し、成膜された前記酸化膜を所定温度で所定時間アニールしてペロブスカイト型酸化膜を製造する製造方法であって、アニールされた前記酸化膜の膜表面の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下となる条件を予め求めておき、求められた前記条件に従って、前記ペロブスカイト型酸化膜を製造することを特徴とするペロブスカイト型酸化膜の製造方法を提供する。
ここで、前記ピークシフト量の絶対値の平均値で耐久性を評価し、前記耐久性が評価されたペロブスカイト型酸化膜を製造することが好ましい。
また、前記アニールの温度は、150℃〜500℃であり、前記アニールの時間は、2時間〜10時間であることが好ましい。
【0010】
また、本発明は、前記課題を解決するために、鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有するペロブスカイト型酸化膜を評価する方法であって、前記酸化膜の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることで前記酸化膜を評価することを特徴とするペロブスカイト型酸化膜の評価方法を提供する。
ここで、前記酸化膜の評価は、前記ピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることで前記酸化膜の耐久性を評価することが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、電圧印加時、圧電体膜に局所的で微細に発生する高い応力を緩和して、応力集中を抑制することにより、高湿度、高温環境下において、耐久性が向上した圧電体膜、その製造方法、評価方法及びそれを用いるデバイスを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明にかかる圧電体膜、圧電体薄膜素子、及びそれらを搭載した液体吐出デバイスを添付の図面に示す好適な実施形態に基づいて詳細に説明する。
図1は、本発明の圧電体膜、圧電体薄膜素子、及びそれらが搭載されたダイアフラム型圧電アクチュエータ(以下、圧電アクチュエータという)を利用したインクジェット式記録ヘッド(液体吐出デバイス)の構造の一実施形態を模式的に示す断面図である。
【0013】
図1が示すように、インクジェット式記録ヘッド(液体吐出デバイス)10は、本発明の圧電体膜12を備える圧電体薄膜素子14に圧電体膜12の伸縮により振動する振動板16と、圧電体薄膜素子14の駆動を制御する駆動回路等の制御手段18とを備える圧電アクチュエータ20と、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)22と、インク室(液体貯留室)22から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)24を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)26とを備える。
【0014】
圧電体膜12は、鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有する酸化膜であって、前記酸化膜の膜表面の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることを特徴とするペロブスカイト型酸化膜である。
なお、上記顕微ラマン分光分析は、前記酸化膜(圧電体膜)に電界を印加した状態と印加していない状態におけるラマンスペクトルを測定し、そのピークシフト量の差により、どれだけ前記酸化膜(圧電体膜)に応力がかかっているのかを測定および評価することができる方法である。ピークシフト量の差が大きければ、前記酸化膜(圧電膜)にかかっている応力が大きいことを示し、反対に、ピークシフト量の差が小さければ、かかっている応力が小さいことを示す。
【0015】
従って、上記顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることで前記酸化膜を評価すれば、どれだけ前記酸化膜(圧電体膜)に応力(局所的応力)がかかっているのかを把握することできる。
また、前記ピークシフト量の絶対値の平均値が2.2cm−1以下であることで前記酸化膜の耐久性を評価することができる。
なお、上記酸化膜の膜表面における測定位置により、ピークシフト量の値にばらつきがあるので、20箇所程度測定することが好ましい。
前記ペロブスカイト型酸化膜であれば、高温、高湿度下における圧電体膜の劣化を抑制し、耐久性を向上させる効果がある。
【0016】
圧電体膜12におけるペロブスカイト型酸化膜の組成は、上記した特徴を有していれば、特に限定されない。
なお、ペロブスカイト型酸化物としては、下記一般式(P)で表される1種または2種以上の化合物からなることが好ましい。
【0017】
一般式ABO・・・(P)
(式中、A:Aサイトの元素である鉛元素(Pb)、
B:Bサイトの元素であり、Ti、Zr、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Mg、Sc、Co、Cu、In、Sn、Ga、Zn、Cd、Fe、Ni、Hf及びALからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素、
O:酸素元素、
Aサイト元素とBサイト元素と酸素元素のモル比は、1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取りえる範囲内で基準モル比からずれてもよい。)
【0018】
上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物としては、チタン酸鉛、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)、ジルコニウム酸鉛、チタン酸鉛ランタン、ジルコン酸チタン酸鉛ランタン、マグネシウム二オブ酸ジルコニウムチタン酸鉛、ニッケル二オブ酸ジルコニウムチタン酸鉛、亜鉛二オブ酸ジルコニウムチタン酸鉛等の鉛含有化合物、及びこれらの混合系が挙げられる。
【0019】
なお、電気特性がよくなることから、さらに、ニオブ(Nb)、ビスマス(Bi)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、カルシウム(Ca)及びランタン(La)(=ランタニド元素(La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、及びLu)からなる群より選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有することが好ましい。
【0020】
圧電体膜12の製造方法としては、鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有するペロブスカイト型酸化膜の膜表面の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下となる条件を予め求めておき、求められた前記条件に従って、圧電体膜12のペロブスカイト型酸化膜を製造する方法が挙げられるが、本発明はこれに限定されない。
従って、例えば、鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有するペロブスカイト型酸化膜を作製し、その膜表面の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下となる酸化膜を選択する方法により、圧電体膜12のペロブスカイト型酸化膜を製造してもよい。
【0021】
上記鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有するペロブスカイト型酸化膜は成膜できれば、成膜方法、例えば、成膜温度、ガス圧等の条件は特に限定されないが、スパッタ法等の気相蒸着法により成膜されたものであることが好ましい。
また、上記ピークシフト量の絶対値の平均値で耐久性を評価し、その耐久性が評価されたペロブスカイト型酸化膜を製造することが好ましい。
また、本発明のペロブスカイト型酸化膜は、スパッタ法等の気相蒸着法により成膜された後、アニールされたものであることが好ましい。
また、アニールの温度は、150℃〜500℃であり、アニールの時間は、2時間〜10時間であることが好ましい。
【0022】
圧電体薄膜素子14は、基板28の表面に、下部電極30と、圧電体膜12と、上部電極32とが順次積層された素子である。圧電体膜12は、下部電極30と上部電極32により厚み方向に電界が印加されるようになっている。
【0023】
基板28の材料としては、特に制限はなく、シリコン、ガラス、ステンレス(SUS)、イットリウム安定化ジルコニウム(YSZ)、アルミナ、サファイア、SiC、及びSrTiO等の基板が挙げられる。また、基板28としては、シリコン基板上にSiO膜とSi活性層とが順次積層されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0024】
下部電極30の材料としては、特に制限はなく、金(Au)、白金(Pt)、イリジウム(Ir)、酸化イリジウム(IrO)、酸化ルテニウム(RuO)、LaNiO、及びSrRuO等の金属または金属酸化物、及びこれらの組み合わせが主成分として挙げられる。
上部電極32の材料としては、特に制限はなく、下部電極30で示した材料、アルミニウム(Al)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、銅(Cu)等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組み合わせが主成分として挙げられる。
なお、下部電極30と上部電極32の厚みは特に制限はなく、50〜500nmであることが好ましい。
【0025】
ここで、圧電体薄膜素子14の圧電体膜(鉛含有薄膜)12における下部電極30の界面付近の鉛量は、圧電体膜(鉛含有薄膜)12全体の鉛量に対して、等しいか多いことが好ましい。酸化鉛やパイロクロア相といった異相のないペロブスカイト型構造を有する圧電体膜(鉛含有薄膜)12が得られるからである。
なお、上記界面付近とは、圧電体膜12の膜表面から100nm程度の領域をさす。
【0026】
圧電アクチュエータ20は、圧電体薄膜素子14の基板28の裏面に、振動板16が取り付けられたものである。また、圧電アクチュエータ20には、圧電体薄膜素子14の駆動を制御する駆動回路等の制御手段18も備えられている。
【0027】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出デバイス)10は、概略、圧電アクチュエータ20の裏面に、インク室(液体貯留室)22及びインク室(液体貯留室)22から外部にインク吐出口(液体吐出口)24を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)26が取り付けられたものである。
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出デバイス)10では、圧電体薄膜素子14に印加する電界強度を増減させて圧電体薄膜素子14を伸縮させ、これによってインク室(液体貯留室)22からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0028】
上述した実施形態では、基板28、振動版16及びインクノズル(液体貯留吐出部材)26をそれぞれ別々の層として形成したが、基板28の一部を振動板16及びインクノズル(液体貯留吐出部材)26に加工してもよい。
例えば、基板28がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板28を裏面側からエッチングしてインク室(液体貯留室)22を形成し、基板自体の加工により、振動版16とインクノズル(液体貯留吐出部材)26とを形成してもよい。
【0029】
また、上述の実施形態では、本発明における圧電体膜を備える圧電アクチュエータを用いたインクジェット吐出ヘッドについて説明したが、これに限定されず、マイクロポンプ、表面弾性波デバイスなどの圧電アクチュエータを適用可能な各種の装置において、本発明を適用することができる。
【実施例】
【0030】
以下に、本発明の実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
本実施例にかかる圧電体膜、圧電体薄膜素子は、上述したインクジェット記録ヘッド(液体吐出デバイス)10におけるものと同様の構成を有する。
【0031】
〔実施例1〕
(顕微ラマン分光分析)
厚さ500μmのSi基板28上に、厚さ20nmのチタン(Ti)層、厚さ100nmの白金(Pt)層をスパッタ法により順次積層させて下部電極30を形成し、その下部電極30上に、厚さ4.0μmのチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)膜(圧電体膜)12をスパッタ法により成膜した後、スパッタ装置内の温度をゆっくり下げ、300℃で5時間アニールさせたもの(試料A)と、アニールを行わないもの(試料B)との2つの試料を作製した。
なお、スパッタ装置は、アルバック製MPS−3000を用い、PZTターゲット(組成Pb1.3(Zr0.52 Ti0.48)O)を使用し、PZT膜(圧電体膜)12の成膜条件は、全圧0.5Pa、成膜ガスAr99%、 O1%、成膜温度500℃、RFパワー500Wとした。
次に、両試料について、PZT膜(圧電体膜)12に、厚さ20nmのチタン(Ti)層、厚さ100nmの白金(Pt)層をスパッタ法により順次積層させて上部電極32をパターン形成した。なお、上部電極32は、300×800μmにパターニングし、角部は、電界集中を避けるために、Rがかけられている。
【0032】
上記方法により作製された2つの試料(PZT膜)の局所的歪みを顕微ラマン分光分析により実施した。
顕微ラマン測定装置としては、Renishaw社製in Via Reflex(532nm励起、3mW、50倍レンズ)を使用し、測定波数は120cm−1〜700cm−1とした。
顕微ラマン分光分析は、100kV/cmの電界を印加した場合において、PZT膜(圧電体膜)12の露出部の上部電極32とPZT膜(圧電体膜)12との境界から3μm以内のPZT膜(圧電体膜)12の膜の表面領域における複数箇所(約20箇所)の測定を行い、応力によるラマンシフトが顕著であるとされている500〜650cm−1の波長シフトを観察した。この波長の振動は、先述した一般式(P)のAサイトイオンのPbと、BサイトイオンのTi/Zrが逆位相で振動するモードA1(3TO)であり、応力に敏感な格子振動である。(Manoj K. Singh, Sangwoo Ryu, and Hyun M. Jang, Phys. Rev. B, 72 (2005) 132101)
なお、電界印加はプローバーを上部電極、下部電極に当てて行った。
また、電界印加による局所的応力の存在を明らかにするため、PZT膜(圧電体膜)12の露出部の上部電極32とPZT膜(圧電体膜)12との境界から20μm離れたPZT膜(圧電体膜)12の膜の表面における複数箇所(約20箇所)においても、試料A及びBと同様の測定をおこない、比較を行った(試料C)。
なお、電界印加による局所的応力の発生を明らかにするために、各試料について、電界を印加していない場合(0kV/cm)におけるラマン顕微測定も同様に行った。
【0033】
図2は、縦軸に強度、横軸に500〜400cm−1のラマンシフトを示す、各試料A〜Cの100kV/cmおよび0kV/cmの電界を印加した場合のラマンスペクトルをそれぞれ示した図である。なお、各スペクトルは、各試料の1箇所における測定スペクトルをそれぞれ示したものである。
【0034】
図2から、PZT膜(圧電体膜)12を成膜後、試料A及びCの場合は、0kV/cmと100kV/cmの応力集中が500〜600cm−1におけるラマンスペクトルのラマンシフトの変化が小さく、一方、試料Bの場合は、ラマンバンドが0kV/cm電界印加におけるスペクトルと100kV/cm電界印加におけるスペクトルとでラマンシフトが大きく変化していることが確認された。
その結果、試料A及びCについては、測定箇所における応力が小さく、試料Bについては、応力が大きいことが確認された。
従って、PZT膜(圧電体膜)12への電界印加時、アニールを行わず膜内3μmを測定した試料Bには大きな応力が発生し、アニールを行わず膜内20μmを測定した試料Cには応力の発生が見られないことから、PZT膜(圧電体膜)12への電界印加により、局所的に応力が発生することがわかる。
【0035】
また、試料A及びBについて、0kV/cmと100kV/cmのラマンピークのシフト量とその測定頻度を示したヒストグラムを図3に示した。図3(A)及び(B)は、試料A及びBの結果を示す。
図3(A)に示されるように、PZT膜(圧電体膜)12を成膜後、アニールを行った試料Aのラマンシフト量は、測定したすべての箇所において2.0cm−1以下であるのに対し、PZT膜(圧電体膜)12を成膜後、アニールを行わない試料Bの場合は、図3(B)が示すように、大きなバラツキが見られ、2.0cm−1以上のラマンシフト量をもふくむ測定箇所が存在することが確認された。
図2及び図3の結果より、アニールを行わなかった試料Bに対し、アニールを行った試料Aは、PZT膜(圧電体膜)12への電界印加時の応力の発生が小さい(少ない)ことから、PZT膜(圧電体膜)12を成膜後、アニールを行えば、電力印加時の局所的な応力集中が低減されることが見出された。
【0036】
(高湿耐久性評価)
また、上記試料A及びBの圧電体薄膜素子14を用いて、耐久性評価を行った。
2つの試料を温度40度、相対湿度80%の雰囲気中において、圧電体薄膜素子14の駆動電極である上部電極32に、60kV/cmの台形波、1サイクルのサイクル周期が0.1sec(100kHz)の電界を連続的に印加し、圧電体膜12が破壊されるまでのサイクル数を測定した。
ここで、圧電体膜12の破壊とは、電界印加前の圧電体膜12において1−3%である誘電正接が、電界印加後、圧電体膜の組成元素がイオンマイグレーションを起こし、膜が劣化するにつれて上昇し、20%まで達したときと定義する。
【0037】
その結果、PZT膜(圧電体膜)12を成膜後、アニールを行い、電界印加時における応力集中が低減された試料Aは、30億サイクル、アニールを行わず、電界印加時における応力集中が低減されなかった試料Bは、2500億サイクルでPZT膜(圧電体膜)12が破壊されるという結果が示された。
以上の結果により、PZT膜(圧電体膜)12を成膜後、アニールを行い、PZT膜(圧電体膜)12の局所的応力を緩和させることが、耐久性向上に効果的であることが確認された。
【0038】
〔実施例2〕
実施例1と同様に、基板28上に、下部電極30をスパッタ法により形成した後、成膜温度、ガス圧等の成膜処方を様々に変化させて厚さ4.0μmのPZT膜をスパッタ法により成膜した後、アニールを行い、さらに、スパッタ法により上部電極32を作成した試料を複数作成した。
次に、実施例1と同様に、各試料について、電界印加時における、上部電極32とPZT膜(圧電体膜)12の境界から3μm以内のPZT膜(圧電体膜)12の膜の膜表面領域において、ラマン顕微測定と、高湿耐久性評価を行った。
図4に各試料から得られたラマン顕微測定による複数(約20箇所)の測定箇所の500〜600cm−1における各平均ラマンシフト量とその耐久寿命の相関関係を示したグラフを示す。
【0039】
図4の結果より、成膜温度、ガス圧等の成膜処方を変化させると、各測定箇所における平均ラマンシフト量が移動し、PZT膜(圧電体膜)12における電界印加時の局所的応力が変化することが確認できた。また、局所適応力が変化した各試料の耐久性も大きく変化することが確認できた。
また、実用上の目安となる100億サイクルの耐久性を達成するには、電界印加時の平均ラマンシフト量が2.2cm−1以下であることが必要であることが見出された。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の圧電体膜は、圧電体薄膜素子、液体吐出デバイス、マイクロポンプ、及び表面弾性波デバイス等に好ましく利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の圧電体膜、圧電薄膜素子、及びインク液体デバイスの一実施形態の概略構造を示す模式図である。
【図2】実施例1における圧電体膜のラマンスペクトルを示す図である。
【図3】実施例1における圧電体膜のラマンピークシフト量とその各測定頻度を示したヒストグラムの図である。
【図4】平均ラマンシフト量とその耐久寿命の相関関係を示したグラフである。
【符号の説明】
【0042】
10 インクジェット式記録ヘッド(液体吐出デバイス)
12 圧電体膜(PZT膜)
14 圧電体薄膜素子
16 振動板
18 制御手段
20 圧電アクチュエータ
22 インク室(液体貯留室)
24 インク吐出口(液体吐出口)
26 インクノズル(液体貯留吐出部材)
28 基板
30 下部電極
32 上部電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有する酸化膜であって、
前記酸化膜の膜表面の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、
電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることを特徴とするペロブスカイト型酸化膜。
【請求項2】
前記ラマンスペクトルを測定する前記複数の点が、上部電極から3μm以内の前記酸化膜の膜表面領域における複数の点であることを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイト型酸化膜。
【請求項3】
前記酸化膜が、チタン酸ジルコン酸鉛膜であることを特徴とする請求項1または2に記載のペロブスカイト型酸化膜。
【請求項4】
前記酸化膜が、チタン酸ジルコン酸鉛膜に加え、さらに、ニオブ(Nb)、ビスマス(Bi)、ストロンチウム(Sr)、バリウム(Ba)、カルシウム(Ca)及びランタン(La)からなる群より選ばれる少なくとも1つの金属元素を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化膜。
【請求項5】
前記酸化膜は、スパッタ法により成膜されたものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化膜。
【請求項6】
前記酸化膜は、スパッタ法により成膜された後、アニールされたものであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化膜。
【請求項7】
前記アニールの温度は、150℃〜500℃であり、前記アニールの時間は、2時間〜10時間であることを特徴とする請求項6に記載のペロブスカイト型酸化膜。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載のペロブスカイト型酸化膜からなる圧電体と、
この圧電体に電圧を印加するために、前記圧電体の両面に形成された下部電極及び上部電極とを備えることを特徴とする圧電体薄膜素子。
【請求項9】
請求項8に記載の圧電体薄膜素子を搭載したことを特徴とする液体吐出デバイス。
【請求項10】
請求項8に記載の圧電体薄膜素子と、
液体が貯留される液体貯留室と、
前記圧電体薄膜素子に電圧を印加することにより、前記液体貯留室から外部に前記液体を吐出させる液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出デバイス。
【請求項11】
請求項8に記載の圧電体薄膜素子を搭載したことを特徴とするマイクロポンプ。
【請求項12】
請求項8に記載の圧電体薄膜素子を搭載したことを特徴とする表面弾性波デバイス。
【請求項13】
請求項1〜7のいずれかに記載の鉛含有薄膜からなる圧電体と、
この圧電体に電圧を印加するために、前記圧電体の両面に形成された下部電極及び上部電極を備え、
前記圧電体の前記鉛含有薄膜の前記下部電極界面付近の鉛量が、前記鉛含有薄膜の全体の鉛量に対して等しいか多いことを特徴とする圧電体薄膜素子。
【請求項14】
請求項13に記載の圧電体薄膜素子と、
液体が貯留される液体貯留室と、
前記圧電体薄膜素子に電圧を印加することにより、前記液体貯留室から外部に前記液体を吐出させる液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出デバイス。
【請求項15】
鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有するペロブスカイト型酸化膜をスパッタ法により成膜し、
成膜された前記酸化膜を所定温度で所定時間アニールしてペロブスカイト型酸化膜を製造する製造方法であって、
アニールされた前記酸化膜の膜表面の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、
電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下となる条件を予め求めておき、求められた前記条件に従って、前記ペロブスカイト型酸化膜を製造することを特徴とするペロブスカイト型酸化膜の製造方法。
【請求項16】
前記ピークシフト量の絶対値の平均値で耐久性を評価し、
前記耐久性が評価された前記ペロブスカイト型酸化膜を製造する請求項15に記載のペロブスカイト型酸化膜の製造方法。
【請求項17】
前記アニールの温度は、150℃〜500℃であり、前記アニールの時間は、2時間〜10時間であることを特徴とする請求項15または請求項16に記載のペロブスカイト型酸化膜の製造方法。
【請求項18】
鉛を主成分として含有し、ペロブスカイト型結晶構造を有するペロブスカイト型酸化膜を評価する方法であって、
前記酸化膜の複数の点について顕微ラマン分光分析を行って、電界100kV/cmを印加した場合と電界を印加しない場合とのラマンスペクトルを測定し、
電界100kV/cm印加時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルと、電界を印加しない時の500〜650cm−1におけるラマンスペクトルのピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることで前記酸化膜を評価することを特徴とするペロブスカイト型酸化膜の評価方法。
【請求項19】
前記酸化膜の評価は、前記ピークシフト量の絶対値の平均値が、2.2cm−1以下であることで前記酸化膜の耐久性を評価することである請求項18に記載のペロブスカイト型酸化膜の評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−70394(P2010−70394A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−236636(P2008−236636)
【出願日】平成20年9月16日(2008.9.16)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】