説明

ポリエステル容器及びその製造方法

【課題】器壁の内面及び/又は外面に蒸着膜を形成することにより、著しくガスバリア性が向上したポリエステル容器を提供する。
【解決手段】器壁がポリエステル樹脂からなり、器壁の内面及び/又は外面にプラズマCVD法によって形成された蒸着膜が形成されているポリエステル容器において、蒸着膜は、FT−IR測定で、波数3200〜2600cm−1の領域にCH、CH及びCHに由来する炭化水素系ピークを示し、これら炭化水素系ピークから算出されるCH、CH及びCHの合計当りのCH比が35%以下及びCH比が40%以上であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル容器及びその製造方法に関するものであり、より詳細には、プラズマCVD法により蒸着膜が内面及び/又は外面に形成されているポリエステル容器及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、各種基材の特性を改善するために、その表面にプラズマCVD法による蒸着膜を形成することが行われており、包装材料の分野では、容器などのプラスチック基材に対して、プラズマCVD法により蒸着膜を形成させて、ガス遮断性を向上させることが公知である。例えば、有機ケイ素化合物と酸素との混合ガスを反応ガスとして用い、プラズマCVD法によりポリエチレンテレフタレート(PET)ボトルに代表されるポリエステル容器の表面に、酸化ケイ素の蒸着膜を形成させることによってガスバリア性を高める技術が種々提案されている(特許文献1,2等参照)。
【0003】
また、酸化ケイ素以外の蒸着膜についても種々検討されており、例えば、特許文献3には、アモルファス炭素を主成分とし、膜中のCH,CH,CHの組成(FT−IR測定による吸収ピークから算出)が、これら3成分の合計を基準として、25%、60%、15%の割合となっているDLC膜をプラスチック容器の表面に形成することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭59−51051号
【特許文献2】特開2003−328131号
【特許文献3】特開2006−131306号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような蒸着膜が形成されたポリエステル容器では、確かにガスバリア性の向上が認められるものの、さらなるガスバリア性の向上が求められているのが現状である。
【0006】
従って、本発明の目的は、器壁の内面及び/又は外面に蒸着膜を形成することにより、著しくガスバリア性が向上したポリエステル容器及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、ポリエステル容器の器壁に形成する蒸着膜について種々検討した結果、特定の組成の炭化水素蒸着膜を形成することにより、ガスバリア性が飛躍的に向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
即ち、本発明によれば、器壁がポリエステル樹脂からなり、器壁の内面及び/又は外面にプラズマCVD法によって形成された蒸着膜が形成されているポリエステル容器において、
前記蒸着膜は、FT−IR測定で、波数3200〜2600cm−1の領域にCH、CH及びCHに由来する炭化水素系ピークを示し、これら炭化水素系ピークから算出されるCH、CH及びCHの合計当りのCH比が35%以下及びCH比が40%以上であることを特徴とするポリエステル容器が提供される。
かかるポリエステル容器においては、前記蒸着膜の厚みが30乃至180nmの範囲にあることが好適である。
【0009】
本発明によれば、また、脂肪族不飽和炭化水素及び芳香族炭化水素から選択された少なくとも1種の炭化水素系化合物のガスを反応性ガスとして供給し、且つマイクロ波あるいは高周波によるプラズマCVDによってポリエステル容器の内面及び/又は外面に、FT−IR測定で、波数3200〜2600cm−1の領域にCH、CH及びCHに由来する炭化水素系ピークを示し、これら炭化水素系ピークから算出されるCH、CH及びCHの合計当りのCH比が35%以下及びCH比が40%以上となる組成を有する炭化水素系蒸着膜を形成することを特徴とするポリエステル容器の製造方法が提供される。
かかる製造方法においては、
(1)前記炭化水素系化合物として、エチレン又はアセチレンを使用すること、
(2)450W以上の出力でマイクロ波あるいは高周波によるプラズマCVDを行うこと、
(3)前記炭化水素系蒸着膜の成膜時間が0.5乃至4秒であること、
が好適である。
【発明の効果】
【0010】
本発明においては、ポリエステル容器の器壁の内面及び/又は外面に形成する蒸着膜が炭化水素系の蒸着膜であり、特にFT−IR測定により、波数3200〜2600cm−1の領域にCH、CH及びCHに由来するピークを示し、且つこれら炭化水素系ピークから算出されるCH、CH及びCHの合計当りのCH比が35%以下及びCH比が40%以上となる組成を有していることが顕著な特徴である。例えば、後述する実施例で作成されたポリエチレンテレフタレート(PET)基板上に形成した炭化水素系蒸着膜のFT−IRチャートを示す図2を参照されたい。この図2によれば、波数2960cm−1に非対称振動モードのCH結合に由来するピークが存在し、波数2925cm−1に非対称振動モードのCH結合に由来するピークが存在し、波数2915cm−1に非対称振動モードのCH結合に由来するピークが存在していることが示されている。本発明で形成される炭化水素系蒸着膜は、これらの非対称振動モードの同じ振動モードの吸収ピークに着目し、そのピーク強度を基準として算出され(詳細な算出方法は実験例参照)CH比が35%以下、CH比が40%以上となるような組成を有しているものであり、このような組成を有する炭化水素系蒸着膜は、PETに代表されるポリエステル容器基材に対して優れた密着性を示すと同時に、ガスバリア性を飛躍的に向上させるのである。
【0011】
即ち、後述する実施例及び比較例の実験結果に示されているように、本発明に従って上記の炭化水素系蒸着膜が形成されているPETボトルの酸素バリア性は、公知の酸化ケイ素膜が形成されているPETボトルの約6倍以上も高く、さらに、その水分に対するバリア性も約2倍以上向上している。さらに、本発明の蒸着膜が内面に形成されているPETボトルに水を充填した長期保存試験の結果においても、37℃、6ヶ月間の保存でも蒸着膜の剥離は全く生じることが無く、PETに対する密着性も著しく向上していることが判る。
【0012】
本発明において、上記のような組成の炭化水素系蒸着膜の形成により、ガスバリア性の著しい向上がもたらされる理由は正確に解明されたわけではないが、本発明者等は、次のように推定している。
即ち、CH比及びCH比が上記範囲内にあるということは、適度な柔軟性を有していると同時に、この膜が枝分かれ構造が多い分子から形成され、緻密な構造を有していることを示しており、この結果、酸素や水分に対するバリア性が向上し、しかもポリエステル容器壁との密着性も高められているため、ガスバリア性の著しい向上がもたらされるものと思われる。例えば、前述した特許文献3提案の炭化水素系蒸着膜を形成したときには、本発明に比してCH比が大きいため、膜組成が緻密ではなくルーズであるため、密着性能は満足するものの、満足できるガスバリア性を得ることができない。また、CH比が低く、例えばCH比がゼロのような組成の炭化水素系蒸着膜は、柔軟性が損なわれ、著しく硬質のため、容器壁の変形に追順できず、膜が剥離してしまい、所定のバリア性が得られないのである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明のPETボトル器壁断面図を示す。
【図2】実施例1で作成した本発明のPETボトルにおける炭化水素系蒸着膜のFT−IRチャートを示す。
【図3】実施例6で作成した本発明のPETボトルにおける炭化水素系蒸着膜のFT−IRチャートを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のポリエステル容器は、図1の容器壁断面図に示されているように、ポリエステルからなる器壁1の内面或いは外面に所定の組成の炭化水素系蒸着膜3が形成されたものであるが、このような蒸着膜3は、必要により、容器壁1の内面と外面との両方に形成することも勿論可能である。
【0015】
<ポリエステル>
本発明において、容器の器壁1を構成するポリエステルとしては、包装材料の分野での汎用されている各種のポリエステル、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリエチレンナフタレート(PEN)などが代表的であるが、ポリエステルの諸特性が損なわれない限り、これらのポリエステルとポリカーボネート、ポリアリレートなどとのブレンド物であってもよい。最も好適には、耐熱性や耐熱圧性などの観点から、PETが使用される。
【0016】
また、上記のPETは、ホモポリマーに限定されず、例えばエステル反復単位が70モル%以上、特に80モル%以上がエチレンテレフタレート単位を占めており、ガラス転移点(Tg)が50乃至90℃、特に55乃至80℃の範囲にあり、且つ融点(Tm)が200乃至275℃、特に220乃至270℃程度の範囲にあるものであれば、他のポリエステル単位を共重合単位として含有するものであってよい。このような他のポリエステル単位としては、テレフタル酸以外の二塩基酸として、イソフタル酸、フタル酸、ナフタレンジカルボン酸等の芳香族カルボン酸、シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環族ジカルボン酸、コハク酸、アジピン酸、セバチン酸、ドデカンジオン酸などの脂肪族ジカルボン酸が使用されたポリエステル単位や、エチレングリコール以外のジオール成分として、プロピレングリコール、1,4−ブタンジオール、ジエチレングリコール、1,6−ヘキシレングリコール、シクロヘキサンジメタノール、ビスフェノールAのエチレンオキサイド付加物などが使用されたポリエステル単位を挙げることができる。
【0017】
尚、上記のポリエステルは、少なくともフィルムを形成するに足る分子量を有するものであり、一般に、その固有粘度(IV)が0.6乃至1.4dL/g、特に0.63乃至1.3dL/gの範囲にあり、容器への成形手段に応じて、射出グレード、押出グレードのものが使用される。
【0018】
また、炭化水素系蒸着膜を形成すべきポリエステル容器は、例えば、上記ポリエステルを用いての押出成形、射出成形等により試験管形状乃至シート形状のプリフォームを成形し、次いで二軸延伸ブロー成形、ダイレクトブロー成形等のブロー金型を用いてのブロー成形や、プラグアシスト成形などの真空成形により、ボトル形状或いはカップ形状の容器に成形されたものである。また、後述する方法によって、炭化水素系蒸着膜が形成されたポリエステルフィルムを貼り合わせて得られる袋状容器であってもよい。
【0019】
<炭化水素系蒸着膜>
本発明において、上述したポリエステル容器の内面及び/又は外面に形成する炭化水素系蒸着膜3は、所定の化合物ガスを含む反応性ガスを使用したプラズマCVD、例えばマイクロ波や高周波を利用してのグロー放電によるプラズマCVDにより成膜される。尚、高周波による場合には、膜を形成すべきポリエステル壁を一対の電極基板で挟持する必要があるため、このような電極基板を使用せずに成膜できるマイクロ波によるプラズマCVDを採用することがより好適である(即ち、一対の電極基板によりポリエステル容器壁1を挟持するためには、装置構造が複雑になってしまう)。
【0020】
このようなプラズマCVDは、例えば、所定の真空度に保持されたチャンバー内に成膜すべきポリエステル容器を配置し、該容器の内面に成膜するときには、容器の内部を排気して所定の真空度に保持した状態で容器内部に所定の反応ガスを供給し、且つ所定の出力でマイクロ波を供給することにより、容器壁の内面に成膜することができる。高周波の場合には、容器を一対の電極の間に保持し、上記と同様、反応ガスを供給しながら所定の出力で高周波を印加することにより、成膜することとなる。容器の外面に成膜するときには、容器の外部を所定の真空度に保持した状態で容器外部に所定の反応ガスを供給し、マイクロ波の供給或いは高周波の印加により、成膜が行われる。
【0021】
本発明において、上記のようなプラズマCVDにより形成される炭化水素系蒸着膜3は、反応性ガスとして炭化水素化合物のガスを使用してのプラズマCVDにより形成され、主成分として炭素元素(C)を含んでいるが、既に述べたように、CH結合、CH結合及びCH結合を含んでおり、例えばCH結合をほとんど含んでいない硬質のダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)とは異なる組成を有している。これらの結合の存在は、FT−IR測定により、3200〜2600cm−1の領域にCH、CH及びCHに由来するピークを示すことから確認できる。
【0022】
また、上記の各結合構造の存在比は、FT−IRから求まるスペクトルを基に算出でき、各ピーク強度にそれぞれの吸収ピーク固有の吸光度係数を掛けた値から求めることができる。具体的には、各結合成分量の総量に対して、CH比が35%以下、及びCH比が40%以上の範囲にあることがバリア性の観点から必要である。このような組成を有していることにより、炭化水素系蒸着膜3は、適度な柔軟性を示し、ポリエステル容器壁1に優れた密着性を示すと共に、緻密な構造を有し、酸素や水分に対して優れたバリア性を示す。特に本発明においては、酸素や水分に対して優れたバリア性が発現するという観点から、CH比が35%以下及びCH比が40%以上、好ましくは、CH比が30%以下及びCH比が45%以上、特に好ましくは、CH比が20%以下及びCH比が55%以上であることが好適である。また、CH,CH,CHの相対比は、CH比が10〜40%、CH比が0〜35%、CH比が40〜90%の範囲にあることが好ましく、CH比が10〜40%、CH比が0〜30%、CH比が45〜90%の範囲にあることがより好ましく、CH比が10〜40%、CH比が0〜20%、CH比が55〜90%の範囲にあることが更に好ましい。
【0023】
また、本発明においては、上記の炭化水素系蒸着膜3に、極性基を導入することも可能であり、膜中に極性基を導入することにより、該極性基と器壁1を形成するポリエステル中に含まれるカルボニル基との間に水素結合が形成され、該膜3と器壁1との間の接合強度が向上し、例えば水充填時の長期保存性を高め、水分の侵入などによると思われる蒸着膜3の剥離を一層有効に防止できる。
【0024】
このような極性基は、カルボニル基との間に水素結合を形成し得るものであればよく、例えば水酸基、アミノ基、アミド基、カルボキシル基、エステル基などを例示することができるが、成膜中に分解せず、容易に膜中に導入可能であることから、水酸基(OH基)が最も好適である。尚、このような極性基の存在は、FT−IR測定によって容易に確認することができ、例えばOH基は、波数が3200〜3800cm−1の領域に吸収ピークを示す。また、極性基の導入は、成膜に際して、極性基含有有機化合物或いは成膜に際しての反応により極性基を生成させる化合物を併用することにより、容易に実現することができる。
【0025】
さらに、上記のような炭化水素系蒸着膜3は、厚みが30乃至180nm、好ましくは40乃至180nm、最も好ましくは60乃至160nmの範囲にあり、容器の内面と外面の両方に炭化水素系蒸着膜を形成する場合には、その合計厚みが、この範囲内であることが好適である。即ち、厚みが上記範囲を下回る場合、所定のガスバリア性を確保するのが難しく、上記範囲を上回る場合は、蒸着膜そのものの剛性が高まり、容器壁1が変形した場合に、蒸着膜変形が容器壁1の変形に追順することが困難となり、膜割れや剥離を生じ、結果的にバリア性が低下してしまうおそれがある。
【0026】
<成膜条件>
本発明において、上記の炭化水素系蒸着膜3の形成には、炭化水素化合物が使用されるが、このような炭化水素化合物としては、ガス化が容易であれば、特に制限されず、種々の炭化水素化合物を使用することができる。例えば、ガス化が容易であるという観点から、不飽和脂肪族炭化水素や芳香族炭化水素が好適であり、具体的には、不飽和脂肪族炭化水素として、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン等のアルケン類、アセチレン、メチルアセチレンなどのアルキン類、ブタジエン、ペンタジエン等のアルカジエン類、シクロペンテン、シクロヘキセンなどのシクロアルケン類を挙げることができ、芳香族炭化水素として、ベンゼン、トルエン、キシレン、インデン、ナフタレン、フェナントレンなどを挙げることができ、不飽和脂肪族炭化水素が好適であり、特に、エチレン、アセチレンが最適である。
【0027】
また、前述した極性基を炭化水素系蒸着膜3中に導入する場合には、上記の炭化水素系化合物のガスと共に、極性基含有有機化合物或いは成膜に際して極性基を生成させる化合物のガスを併用し、これらの混合ガスを反応性ガスとして用いてプラズマCVDによる成膜が行われる。このような極性基導入のために使用される化合物としては、具体的には、各種アルコール乃至フェノール類、アミン類、アミド類、カルボン酸類、エステル類、或いはケトン類などを例示することができるが、更に、酸素ガスや炭酸ガス等の無機ガスも例示できる。特にガス化が容易であり、安価であるばかりか効果的に水酸基を導入し得るという観点から、含酸素系の有機化合物、特にメタノール、エタノール、アセトンが好適である。
【0028】
また、上記のような極性基含有有機化合物のガスを炭化水素系化合物のガスと混合した反応性ガスを用いてプラズマCVDを行う場合、前記炭化水素系化合物のガスと前記極性基含有有機化合物のガスとを、99.8:0.2乃至90.0:10.0の流量比で供給するのがよい。極性基含有有機化合物の流量が少ないと、極性基の導入による蒸着膜3の接合強度の向上が不十分となり、極性導入の効果を十分に発揮させることが困難となり、また、必要以上に多量の極性基含有有機化合物を使用することは、極性基の過剰な導入により、炭化水素系蒸着膜3の酸素や水分に対するバリア性が低下するおそれがある。
【0029】
本発明においては、上記のような炭化水素系化合物のガス、或いは炭化水素系化合物のガスと極性基含有有機化合物のガスとの混合ガスを反応性ガスとして使用してのプラズマCVDは、マイクロ波或いは高周波を利用してのグロー放電により行われ、これにより目的とする炭化水素系蒸着膜が得られるが、前述した組成を得るために、従来公知の炭化水素系蒸着膜を形成する場合と比較すると、比較的高出力でのマイクロ波や高周波によるグロー放電によってプラズマCVDを行う必要がある。具体的には、マイクロ波及び高周波の出力は、何れも450W以上とすべきであり、マイクロ波の場合は500W以上1200W以下がより好ましく、更には600W以上900W以下の出力とするのがより好適である。高周波の場合は、450乃至950Wの出力が好ましい。即ち、低出力の場合には、CH比が前述した範囲よりも多くなってしまい、この結果、緻密な層とすることができず、酸素や水分に対するバリア性が不満足なものとなる。また、必要以上に出力を高くすると、蒸着膜3が著しく硬質なものとなってしまい、容器壁1との密着性が損なわれてしまい、やはり酸素や水分に対するバリア性が不満足なものとなってしまう。従って、マイクロ波或いは高周波の出力は、上記範囲とすることが好適である。
【0030】
また、本発明において、炭化水素系化合物のガスと極性基含有有機化合物のガスとの混合ガスを反応性ガスとして膜中に極性基を導入する場合、初期の出力を低出力とし、最終的に上記のような比較的高出力でプラズマCVDを行うことも可能である。即ち、低出力でのプラズマCVDにより成膜を行う場合、極性基のラジカル分解が抑制され、この結果、OH基等の極性基が器壁1の表面側に多く分布した膜構造が形成されることとなり、膜中に存在する極性基の大部分が器壁1を構成しているポリエステルとの水素結合の生成に寄与することとなり、炭化水素系蒸着膜3と器壁1との接合強度を効果的に向上させることが可能となるからである。このような初期段階での出力は、一般に、マイクロ波及び高周波による何れの場合においても420乃至600W程度でよい。
【0031】
本発明においては、前述した比較的高出力でのマイクロ波或いは高周波によるグロー放電でプラズマ反応を行うため、その成膜時間は、0.5乃至4秒の範囲とすることが好適である。即ち、成膜時間が必要以上に長くなると、蒸着膜3が硬質化し、容器壁1との密着性が損なわれ、酸素や水分に対するバリア性が低下する傾向があるからである。また、極性基を導入するために、初期出力を低出力に設定する場合、低出力下でのプラズマCVDは短時間でよく、例えば全体の成膜時間が上記範囲内とするようなものであればよい。
【0032】
本発明では、上記のような範囲の出力でのマイクロ波或いは高周波によるプラズマCVDを行い、且つ上記のような成膜時間とすることにより、CH、CH及びCHの各比が前述した範囲となり、且つ厚みが前述した範囲となる炭化水素系蒸着膜3が形成され、さらには所定量の極性基が導入され、容器壁1との接合強度の高い炭化水素系蒸着膜3を得ることができる。
【0033】
尚、上記のようにして炭化水素系蒸着膜3の成膜を行う場合、マイクロ波或いは高周波によるプラズマCVDに際しては、蒸着膜3を形成する容器の容積などによっても異なるが、一般的には、前述した厚みの蒸着膜3が形成されるように反応性ガス(炭化水素系ガス)の流量を設定し(例えば、反応性ガスの流量を50乃至500sccmの範囲とする)、この範囲内でガス流量を調整して前記出力及び成膜時間で反応を行うのがよく、これにより、CH、CH及びCHの各比が前述した範囲となるように組成を調整することができる。尚、sccmは、standard cubic centimeter per minuteの略であり、0℃、1気圧下での値である。
【0034】
このようにして成膜が行われる本発明では、成膜時間が短時間であり、成膜に際しての熱衝撃により容器壁1の熱変形や熱劣化が生じることがない。
【0035】
上述した炭化水素系蒸着膜3が形成された本発明のポリエステル容器は、従来公知の酸化ケイ素膜やDLC膜などの蒸着膜を備えた容器に比して酸素や水分に対するバリア性が著しく高く、従って、容器内容物の品質保持性能が著しく高い。
【実施例】
【0036】
次に実験例をもって本発明を説明する。
以下の実施例及び比較例で用いた蒸着PETボトル、ボトルの特性評価方法及び蒸着膜の分析方法は、以下の通りである。
【0037】
(蒸着試験容器)
ポリエチレンテレフタレート製プリフォームを二軸延伸ブロー成形して得られた内容積470mlのPETボトルを用いた。
(蒸着処理)
プラズマCVD蒸着はそれ自体公知の手法を用いた。所定の真空度に保持されたチャンバー内に製膜すべきプラスチック容器を収容後、試験ガスを供給し、所定のマイクロ波を供給し製膜した。原料ガスにアセチレン150sccmを用い、ガスをプラスチック容器内部に導入し、2.45GHzのマイクロ波を1〜4秒出力することで炭化水素系膜を製膜した。同様に、アセチレンと含酸素有機炭素ガス(エタノール・メタノール・アセトン・CO)をそれぞれ混合した混合ガス(総通気量150sccm)を用いて、2.45GHzのマイクロ波を出力し成膜した。製膜後、ボトルを大気開放し、蒸着装置よりボトルを取り出した。なお、実験毎の試験ガス組成については、それぞれの実験例に記述した。
【0038】
[蒸着ボトルの評価]
(酸素バリア性)
蒸着PETボトルを、アズワン社製グローブボックス(SGVー80型真空ガス置換装置)に挿入し、窒素ガスでガス置換後、ゴム栓で密封し、37℃、25%RH環境下に7日保存した。次に、ガスタイトシリンジで容器内ガスを1ml採取し、酸素濃度測定ガスクロマトグラフィーにて酸素濃度を測定し、容器表面積で換算して一日当たりの酸素透過量とした(cc/m2・day)。なお酸素バリア性の許容範囲は、1.2cc/m2・day以下である。
【0039】
(水分バリア性)
蒸着PETボトルに、イオン交換水400mlを室温充填、ゴム栓で密栓後、重量測定した。次に、40℃、90%RH環境下に7日保存したあと、再度重量を測定し、容器表面積で換算することで一日当たりの水分透過量を得た(g/m2・day)。なお、水分バリア性の許容範囲は、0.5g/m2・day以下である。
【0040】
(膜剥離性評価)
蒸着PETボトルに、400mlのイオン交換水を室温下で充填し、ゴム栓で密封した後、37℃、90%環境下に6ヶ月間保存した後、形成された蒸着膜の状態を目視で観察し、剥離状態を判定した。
○:剥離が全く認められない。
×:剥離が認められた。
(総合評価)
酸素バリア性が1.2cc/m2・day以下、水分バリア性が0.5g/m2・day以下、かつ膜剥離性評価試験で蒸着膜の剥離がない場合に、総合評価を○にし、そうでない場合を×に判定した。
【0041】
(炭化水素系蒸着膜の分析)
−測定試料の調整−
蒸着PETボトルに、ヘキサフルオロ2プロパンノール(HFIP)を入れ、シェイク後、HFIPを回収し、5A濾紙で濾過した。次に、過剰なHFIPで濾過残渣を洗浄した。次に、残渣部をHFIPで分離回収した。HFIPに分散した蒸着膜分散物をKRS−5板上に滴下し、乾燥させた。
【0042】
−FT−IR測定−
顕微赤外FT−IR装置(日本分光社製 FT/IR 6300)を使用し、透過法で測定した(測定周波数範囲:600cm−1〜4000cm−1)。
実測スペクトルをベースライン補正後、文献(B.Dischler,E−Mas Meeting,June 1987,Vol.XVII,189)を基に帰属した。2600cm−1〜3200cm−1範囲から、非対称振動モードの吸収ピークとしてCH吸収バンド(2960cm−1)、CH吸収バンド(2925cm−1)、CH吸収バンド(2915cm−1)を選択し、さらに波形分離の都合上、対称振動モードの吸収バンド(CH+CH混合吸収バンド;2860cm−1)を用い、顕微赤外FT−IR装置付帯のカーブフィッテイングソフトにて、ガウス関数とローレンツ関数の合成関数から、非線形最小二乗法によりカーブフィッティングした。
非対称振動モードのCH吸収バンド(2960cm−1)、CH吸収バンド(2925cm−1)、CH吸収バンド(2915cm−1)のピーク強度につき、それぞれのピークに吸光度係数である0.31(2960cm−1)、0.29(2925cm−1)、0.14(2915cm−1)をかけて各構造成分量とした(参照文献:Polymer Analytical Handbook)。
吸光光度係数により補正したピーク強度につき、CH吸収バンド(2960cm−1)、CH吸収バンド(2925cm−1)、CH吸収バンド(2915cm−1)の総和を100とし、下記式に従い、CH,CH,CHそれぞれの構造成分比を求めた。
ちなみに、ここでは、CH、CH、CHそれぞれの成分量を相対的に比較するために、構成炭素が全て観測される非対称振動に着目した。更に、通常CHピーク強度は非対称振動モードピークが対称振動モードピーク強度より強く観測される特徴から、非対称振動に着目した。そのため、対称振動モードの吸収バンド(CH+CH混合吸収バンド;2860cm−1)を計算から削除した。
【0043】
CH(%)= I(CH)×100/{I(CH)+I(CH)+I(CH)}
CH(%)= I(CH)×100/{I(CH)+I(CH)+I(CH)}
CH(%)= I(CH)×100/{I(CH)+I(CH)+I(CH)}
I(CH)=(CH:2960cm−1)カーブフィッティング値×吸収光度係数(0.31)
I(CH)=(CH:2925cm−1)カーブフィッティング値×吸収光度係数(0.29)
I(CH)=(CH:2915cm−1)カーブフィッティング値×吸収光度係数(0.14)
加えて、3200cm−1〜3800cm−1のOH赤外吸収ピークについては、吸光度係数による補正を行わず、観測されたピーク強度そのものの値を用い、(2800cm−1〜3200cm−1)間ピーク強度と(3200cm−1〜3800cm−1)間ピーク強度の和を分母とし、(3200cm−1〜3800cm−1)のピーク強度を分子とすることで、相対的なOH基量を算出し、(%)で示した。
【0044】
(膜厚測定)
試験ボトルの蒸着時にボトル内面に20mm×20mm片のシリコンウエハーを挿入し、シリコンウエハー上に実験例ごとの蒸着膜を別途製膜した。次に、斜入射X線(Grazing Incidence X−ray)測定装置(薄膜X線分析装置PANalytical製 X’PertPROMRD)を用い、CuKα線を用い、入射角0.1°〜2.5°の入射角スキャン(ステップー:0.003°)を行い、X線の反射強度を測定した。測定X線反射曲線をX線装置付帯のWinGixaソフトで解析し、膜厚を求めた。
【0045】
<実施例1〜実施例11、比較例1,2>
蒸着試験用ボトルとして、先に示したPETボトルを使用し、表1〜表3に示す成膜条件を採用して前述した方法にしたがって蒸着を行い、蒸着PETボトルを作製した。
得られたボトルについて、前述した各種特性の評価等を行い、その結果を表1、表2に示した。また、実施例1の蒸着PETボトルについては、その炭化水素系蒸着膜のFT−IRチャートを図2に示した。また、実施例6の蒸着PETボトルについては、その炭化水素系蒸着膜のFT−IRチャートを図3に示した。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
【表3】

【0049】
表1、2から、次のことが明らかである。
ブランク1に示したように、蒸着膜がついていないPETボトルは、酸素バリア性が7.5cc/m・dayで、水分バリア性が1.70g/m・dayであった。
【0050】
実施例1は、PETボトルにアセチレンガスを150sccm通気下615Wのマイクロ波出力で2sec間成膜して蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性、及び、水分バリア性はそれぞれ、0.20cc/m・dayと0.27g/m・dayであり、良好なガスバリア性が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0051】
実施例2は、マイクロ波出力を600Wにした以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性、及び、水分バリア性はそれぞれ、0.43cc/m・dayと0.35g/m・dayであり、良好なガスバリア性が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0052】
実施例3は、マイクロ波出力を545Wにした以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性、及び、水分バリア性はそれぞれ、0.61cc/m・dayと0.48g/m・dayであり、良好なガスバリア性が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0053】
実施例4は、PETボトルにアセチレンガス149sccmと炭酸ガス1.0sccmの混合ガスを通気した以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、0.20cc/m・dayと0.28g/m・dayであり、良好なガスバリア性能が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0054】
実施例5は、PETボトルにアセチレンガス135sccmと炭酸ガス15.0sccmの混合ガスを通気した以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、0.38cc/m・dayと0.30g/m・dayであり、良好なガスバリア性能が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0055】
実施例6は、PETボトルにアセチレンガス146.5sccmとエタノール3.5sccmの混合ガスを通気した以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、0.42cc/m・dayと0.48g/m・dayであり、良好なガスバリア性能が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0056】
実施例7は、PETボトルにアセチレンガス146.5sccmとメタノール3.5sccmの混合ガスを通気した以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、0.42cc/m・dayと0.48g/m・dayであり、良好なガスバリア性能が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0057】
実施例8は、PETボトルにアセチレンガス146.5sccmとアセトン3.5sccmの混合ガスを通気した以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、0.42cc/m・dayと0.48g/m・dayであり、良好なガスバリア性能が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0058】
実施例9は、蒸着時間を1secにした以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、0.35cc/m・dayと0.32g/m・dayであり、良好なガスバリア性能が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0059】
実施例10は、蒸着時間を4secにした以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、0.18cc/m・dayと0.20g/m・dayであり、良好なガスバリア性能が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0060】
実施例11は、マイクロ波出力を900W、蒸着時間を1secにした以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、0.32cc/m・dayと0.29g/m・dayであり、良好なガスバリア性能が得られた。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0061】
比較例1は、マイクロ波出力を430Wにした以外は実施例1と同様にして蒸着PETボトルを作成した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、3.40cc/m・dayと1.17g/m・dayであり、ガスバリア性はいずれも目標値に達しなかった。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【0062】
比較例2は、PETボトルにHMDSO(ヘキサメチルジシロキサン)を2.7sccm通気下、500Wのマイクロ波出力で0.5sec間有機ケイ素膜を成膜後、HMDSOとOガス組成がそれぞれ2.7sccmと27.0sccmの混合ガスを通気下で500Wのマイクロ波出力で4.0sec間酸化ケイ素膜を成膜した。酸素バリア性能、及び、水分バリア性能値はそれぞれ、1.30cc/m・dayと0.60g/m・dayであり、ガスバリア性はいずれも目標値に達しなかった。膜剥離性評価で膜の剥離はなかった。
【符号の説明】
【0063】
1:容器壁
3:炭化水素系蒸着膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
器壁がポリエステル樹脂からなり、器壁の内面及び/又は外面にプラズマCVD法によって形成された蒸着膜が形成されているポリエステル容器において、
前記蒸着膜は、FT−IR測定で、波数3200〜2600cm−1の領域にCH、CH及びCHに由来する炭化水素系ピークを示し、これら炭化水素系ピークから算出されるCH、CH及びCHの合計当りのCH比が35%以下及びCH比が40%以上であることを特徴とするポリエステル容器。
【請求項2】
前記蒸着膜の厚みが30乃至180nmの範囲にある請求項1に記載のポリエステル容器。
【請求項3】
脂肪族不飽和炭化水素及び芳香族炭化水素から選択された少なくとも1種の炭化水素系化合物のガスを反応性ガスとして供給し、且つマイクロ波あるいは高周波によるプラズマCVDによってポリエステル容器の内面及び/又は外面に、FT−IR測定で、波数3200〜2600cm−1の領域にCH、CH及びCHに由来する炭化水素系ピークを示し、これら炭化水素系ピークから算出されるCH、CH及びCHの合計当りのCH比が35%以下及びCH比が40%以上となる組成を有する炭化水素系蒸着膜を形成することを特徴とするポリエステル容器の製造方法。
【請求項4】
前記炭化水素系化合物として、エチレン又はアセチレンを使用する請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
450W以上の出力でマイクロ波あるいは高周波によるプラズマCVDを行う請求項3または4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記炭化水素系蒸着膜の成膜時間が0.5乃至4秒である請求項3乃至5の何れかに記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−30676(P2010−30676A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−21117(P2009−21117)
【出願日】平成21年2月2日(2009.2.2)
【出願人】(000003768)東洋製罐株式会社 (1,150)
【Fターム(参考)】