説明

マーキング方法、単結晶炭化ケイ素製部材の製造方法、及び単結晶炭化ケイ素製部材

【課題】 単結晶の炭化ケイ素からなる対象物に、視認性の良好なマークを形成することのできる技術を提供する。
【解決手段】 マーキング方法は、(a)単結晶の炭化ケイ素からなるマーキング対象物Wを準備する工程と、(b)準備したマーキング対象物Wにパルスレーザ光を入射させることにより、該マーキング対象物Wの表面に、可視光に対する光学特性が残余の領域とは異なる改質領域を形成する工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単結晶の炭化ケイ素からなる対象物にマークを形成するマーキング方法及び単結晶炭化ケイ素製部材の製造方法、並びに炭化ケイ素製部材に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコンウエハの表面に、マークを形成する技術が知られている(特許文献1参照)。この技術によれば、シリコンウエハの表面にパルスレーザ光を入射させ、そのパルスレーザ光の入射領域を溶融させる。その溶融した箇所が凝固し再結晶化する過程で、その箇所に突起が形成される。この突起がマークを構成する。
【0003】
GeO−SiOガラス基板等の透明部材の内部に、マークを形成する技術も知られている。具体的には、透明部材の内部にパルスレーザ光を集光させ、透明部材の内部に微小なクラックを形成する技術が知られている(特許文献2参照)。この技術では、クラックがマークを構成する。また、透明部材にクラックを発生させることなく、透明部材の内部に、屈折率が変化した領域を形成する技術も知られている(特許文献3参照)。この技術では、屈折率の変化した領域がマークを構成する。
【0004】
【特許文献1】特開平10−4040号公報
【特許文献2】特開平6−500275号公報
【特許文献3】特開平11−267861号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明者は、従来マーキングの対象とはされていない単結晶の炭化ケイ素からなる部材にマーキングを施すことはできないかとの着想に至った。しかし、単結晶の炭化ケイ素からなる部材にマーキングを施すことには、例えば次のような困難性がある。
【0006】
即ち、炭化ケイ素は、大気圧下では液相状態とはならず、2000℃以上の温度に達したときに昇華する。従って、炭化ケイ素を溶融させ、かつその後に再結晶化させるというプロセスを経ることが困難であるため、特許文献1の技術をそのまま適用して単結晶の炭化ケイ素からなる部材の表面にマークを形成することは困難である。
【0007】
また、炭化ケイ素は熱的に安定した材料であるため、熱的な加工によって対象物に形態的な変化をもたらそうとする場合、シリコン基板等をマーキングの対象物とする場合に比べると、入射させるレーザ光の強度を大きくする必要がある。一方、炭化ケイ素はダイヤモンド等に次いで硬くて脆い性質をもつので、強度の大きなレーザ光を入射させると大きなクラックが生じやすい。大きなクラックが生じると、対象物の強度の低下を招く。さらに、炭化ケイ素は、金属以上に熱伝導率が良好であるため、熱的なプロセスのみによって対象物に局所的にマークを形成することは難しい。
【0008】
また、単結晶の炭化ケイ素は、可視光に対して透光性を有してはいるものの、上述したGeO−SiOガラス等のように可視光をほぼ透過させる部材に比べると、濃い色味(緑色又は黒紫色)を呈している。従って、仮に特許文献2の技術の如くして対象物の内部にマークを形成できたとしても、そのマークの視認性が問題となる。即ち、単結晶の炭化ケイ素は濃い色味を呈しているので、内部に形成されたマークの視認性が良好であるとは言い難い。なお、視認性の良好なマークが望まれているのは、マークを読み取るリーダ装置が読み取り不良を起こした場合には、結局のところ現状では作業者が視認によりマークを読み取ることが必要だからである。
【0009】
本発明の目的は、単結晶の炭化ケイ素からなる部材にマーキングを施す技術を提供することにある。また、本発明の目的は、単結晶の炭化ケイ素からなる部材の表面にレーザ加工を施す技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一観点によれば、(a)単結晶の炭化ケイ素からなるマーキング対象物を準備する工程と、(b)準備した前記マーキング対象物にパルスレーザ光を入射させることにより、該マーキング対象物の表面に、可視光に対する光学特性が残余の領域とは異なる改質領域を形成する工程とを有するマーキング方法が提供される。
【発明の効果】
【0011】
単結晶の炭化ケイ素からなるマーキング対象物にパルスレーザ光を入射させることにより、パルスレーザ光が入射した箇所に、Si及びCのいずれか一方の原子が他方の原子よりも多く存在する領域、即ちSiリッチ又はCリッチな領域を形成しうる。このため、単結晶の炭化ケイ素からなるマーキング対象物にマーキングを施すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
図1に、マーキング用レーザ光学系の概略図を示す。光源1が、パルスレーザ光を出射する。光源1から出射されたパルスレーザ光が、ミラー2及び3によって反射され、マスク4に入射する。マスク4には貫通孔4aが形成されていて、その貫通孔4aが形成された部分だけがパルスレーザ光の通過を許容する。マスク4の貫通孔4aを通過したパルスレーザ光は、ミラー5によって反射され、集光レンズ6を通って基板Wの表面に入射する。集光レンズ6が、マスク4の貫通孔4aを基板Wの表面に結像させる。基板Wは、単結晶の炭化ケイ素、詳細には六方晶系のα−SiCからなる。基板Wは、ステージ7によって保持されている。ステージ7は、光学定盤8上に配置されている。以下、このマーキング用レーザ光学系を用いた実験例について説明する。
【0013】
まず、第1の実験例について説明する。マスク4の貫通孔4aの直径を0.5mm、集光レンズ6の結像倍率を約1/8倍とした。このとき、基板Wの表面におけるパルスレーザ光のビームスポットの直径が約65μmとなる。光源1としてNd:YLFレーザ発振器を用い、その第2高調波(波長523nm)であるパルスレーザ光を、パルス幅が16ns以上、18ns以下、照射面における1パルスあたりのエネルギ密度(以下、パルスエネルギ密度という。)が約9.0J/cmになる条件で、基板Wの表面に4ショット入射させた。
【0014】
1ショット目のパルスレーザ光を基板Wに入射させた時点では、光学顕微鏡による観察によっては基板Wに何らの変化も認められなかった。これは、Nd:YAGレーザの第2高調波であるパルスレーザ光の光子エネルギが、炭化ケイ素のバンドギャップ(約2.39eV〜約3.33eV)よりも小さいため、1ショット目のパルスレーザ光は基板Wに殆ど吸収されずに、基板Wを透過したためであると考えられる。
【0015】
4ショット目のパルスレーザ光を基板Wに入射させたときに、基板Wの内部にクラックが発生した。このメカニズムは、次の通りであると考えられる。即ち、まず1ショット目〜3ショット目までのパルスレーザ光の入射によって、視覚では確認できないような結晶構造の変化が基板Wの内部において発生したものと考えられる。続く照射によって同一場所の結晶構造の変化が成長し、あるいは別の場所に結晶構造の変化が新しく発生したものと考えられる。そして、その結晶構造の変化した部分が、第2高調波に対して吸収を示すことで、ちょうど4ショット目のパルスレーザ光を大きく吸収することになり、吸収に伴なう熱的な衝撃によって基板Wにクラックが発生したものと考えられる。
【0016】
次に、第2の実験例について説明する。光源1としてNd:YLFレーザ発振器を用い、その第3高調波(波長349nm)であるパルスレーザ光を、照射面におけるパルスエネルギ密度が約1.9J/cmになる条件で、基板Wの表面に1ショット入射させた。これ以外の条件は、上述した第1の実験例の条件と同じである。
【0017】
この第2の実験例の条件によれば、基板Wの内部にクラックを生じさせることなく、基板Wの表面に視認性のよいマークを形成することができた。このメカニズムは次の通りであると考えられる。即ち、Nd:YLFレーザの第3高調波であるパルスレーザ光は、その光子エネルギが炭化ケイ素のバンドギャップよりも大きいため、第2高調波よりも基板Wに良好に吸収される。これにより、基板Wを構成するSiとCの共有結合が切り離されるといった光化学的な加工が行われたと考えられる。また、基板Wに吸収された光子エネルギの一部は、フォトルミネッセンス光として基板Wから外部に放出されたりするが、残余の少なくとも一部は熱エネルギに変換される。この熱エネルギによって、基板Wの熱的な加工も行われたと考えられる。
【0018】
そして、上述した光化学的な加工と熱的な加工とが並行して行われたことにより、基板Wの表面におけるパルスレーザ光が入射した箇所に、Si及びCのいずれか一方の原子が他方の原子よりも多く存在する領域、即ちSiリッチ又はCリッチな領域が形成されたと考えられる。そして、このSiリッチ又はCリッチな領域の光学的特性、詳細には光線反射率及び光線透過率の波長依存性が、残余の領域とは異なっているため、その領域において視認性の良好なマークが構成されたものと考えられる。なお、形態の観点からは、基板W表面のパルスレーザ光が入射した領域が僅かに窪んでいることが確認された。
【0019】
図2(a)に、第2の実験例において基板Wの表面に形成されたマークを現した顕微鏡写真を示す。これは、基板W表面のマークを含む領域に、白色光を照射した際の反射光に基づいてマークを撮影した写真である。白くて丸いドット状のマークが形成されているのが分かる。マークを構成している領域の光線反射率が、残余の領域よりも高いものとなっている。そのため、マークが光を乱反射し、白色を呈している。
【0020】
図2(b)に、図2(a)に示したマークと同一のマークを、基板Wの裏面から白色光を照らした場合の透過光に基づいて撮影した顕微鏡写真を示す。黒くて丸いドット状のマークが視認される。単結晶の炭化ケイ素は良好な透光性を示す一方、マークを構成している領域の光線透過率は残余の領域よりも低いものとなっている。従って、基板Wの裏面から光を照らした場合、マークが光を遮光して影を形成する。以上、図2(a)及び(b)に示したように、マークは反射光のみならず透過光によっても認識することができる。
【0021】
次に、第3の実験例について説明する。光源1としてNd:YLFレーザ発振器を用い、その第4高調波(波長262nm)を、照射面におけるパルスエネルギ密度が約1.0J/cmになる条件で、基板Wの表面に1ショット入射させた。これ以外の条件は、第1の実験例と同じである。
【0022】
この第3の実験例においても、上述した第2の実験例の場合と同様に、視認性のよいマークを形成することができた。Nd:YLFレーザの第4高調波であるパルスレーザ光も、その光子エネルギが炭化ケイ素のバンドギャップより大きいので、光化学的な加工と熱的な加工とが並行して行われた結果、視認性のよいマークが形成されたと考えられる。
【0023】
以上説明してきた知見に基づいてさらなる実験を重ねた結果、発明者は視認性のよいマークを形成するためには、Nd:YLFレーザの第3高調波であるパルスレーザ光を用いる場合には、パルス幅が16ns以上、18ns以下、照射面におけるパルスエネルギ密度が1.25J/cm以上となる条件で、基板W上の同一箇所にパルスレーザ光を1ショットのみ入射させるのが好ましいということを見出した。
【0024】
また、Nd:YLFレーザの第4高調波であるパルスレーザ光を用いる場合には、パルス幅が16ns以上、18ns以下、照射面におけるパルスエネルギ密度が0.5J/cm以上となる条件で、基板W上の同一箇所にパルスレーザ光を1ショットのみ入射させるのが好ましいということを見出した。第4高調波を用いる場合には、その光子エネルギが第3高調波よりも大きく、基板Wの示す光吸収率が第3高調波よりも大きくなるため、第3高調波を用いる場合よりも小さなパルスエネルギ密度でマークを形成することができる。
【0025】
また、より一般的には、波長が200nm以上、400nm以下、パルス幅が1ns以上、100ns以下のパルスレーザ光は、基板Wのマーキングに適していることを見出した。このような条件により、マーキング対象物の内部にクラックを生じさせることなく、マーキング対象物の表面に、可視光に対する光学特性が残余の領域とは異なる改質領域を形成し得るので、視認性のよいマークを形成することができる。
【0026】
さらに、上述してきた加工条件によれば、基板Wの内部にクラックを生じさせることなく、基板Wの表面に凹部を形成し得る。従って、本加工条件は単結晶の炭化ケイ素からなる部材のレーザ加工にも適用できると考えられる。
【0027】
以上、実施例について説明したが、本発明はこれに限られない。例えば、光源1を構成する固体レーザのレーザ媒質として、Nd:YLFの他に、Nd:YLF、YAG、YVO、YLF等を用いてもよい。また、炭化ケイ素は、バンドギャップが大きいため、例えば高電圧回路用の半導体材料として用いることができる。実施例では、基板Wをマーキング対象物としたが、基板Wとしてのウエハから切り出された複数のチップの各々にマーキングを施すようにしてもよい。図1のミラー5として、ガルバノスキャナを用いることで、2次元のマーキングを行ってもよい。この他、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】マーキング用レーザ光学系の概略図である。
【図2(a)】単結晶の炭化ケイ素からなる基板に形成されたマークを示す顕微鏡写真であって、反射光に基づいてマークを撮影した顕微鏡写真である。
【図2(b)】単結晶の炭化ケイ素からなる基板に形成されたマークを示す顕微鏡写真であって、透過光に基づいてマークを撮影した顕微鏡写真である。
【符号の説明】
【0029】
1 光源
2、3、5 ミラー
4 マスク
4a 貫通孔
6 集光レンズ
7 ステージ
8 光学定盤
W 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)単結晶の炭化ケイ素からなるマーキング対象物を準備する工程と、
(b)準備した前記マーキング対象物にパルスレーザ光を入射させることにより、該マーキング対象物の表面に、可視光に対する光学特性が残余の領域とは異なる改質領域を形成する工程と
を有するマーキング方法。
【請求項2】
前記工程(b)では、前記マーキング対象物の同一箇所に1ショットのみパルスレーザ光を入射させる請求項1に記載のマーキング方法。
【請求項3】
前記工程(b)では、パルス幅が1ns以上、100ns以下のパルスレーザ光を、前記マーキング対象物に入射させる請求項1又は2に記載のマーキング方法。
【請求項4】
前記工程(b)では、単結晶の炭化ケイ素のバンドギャップと同等のエネルギを有する光子の波長よりも短い波長のパルスレーザ光を、前記マーキング対象物に入射させる請求項1〜3のいずれかに記載のマーキング方法。
【請求項5】
前記パルスレーザ光の波長が、200nm以上である請求項4に記載のマーキング方法。
【請求項6】
前記工程(b)では、固体レーザの第3高調波であるパルスレーザ光を、照射面におけるパルスエネルギ密度が1.25J/cm以上となる条件で、前記マーキング対象物に入射させる請求項1〜5のいずれかに記載のマーキング方法。
【請求項7】
前記工程(b)では、固体レーザの第4高調波であるパルスレーザ光を、照射面におけるパルスエネルギ密度が0.5J/cm以上となる条件で、前記マーキング対象物に入射させる請求項1〜5のいずれかに記載のマーキング方法。
【請求項8】
(a)単結晶の炭化ケイ素からなる出発部材を準備する工程と、
(b)準備した前記出発部材にパルスレーザ光を入射させることにより、該出発部材の表面に、可視光に対する光学特性が残余の領域とは異なる改質領域を形成する工程と
を有する単結晶炭化ケイ素製部材の製造方法。
【請求項9】
(a)単結晶の炭化ケイ素からなる出発部材を準備する工程と、
(b)準備した前記出発部材にパルスレーザ光を入射させることにより、該出発部材の表面に凹部を形成する工程と
を有する単結晶炭化ケイ素製部材の製造方法。
【請求項10】
単結晶の炭化ケイ素からなり、表面に可視光に対する光学特性が残余の領域とは異なる改質領域が形成されている単結晶炭化ケイ素製部材。

【図1】
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【図2(a)】
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【図2(b)】
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【公開番号】特開2006−43717(P2006−43717A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−225643(P2004−225643)
【出願日】平成16年8月2日(2004.8.2)
【出願人】(000002107)住友重機械工業株式会社 (2,241)
【Fターム(参考)】