説明

ミシンの針棒駆動装置

【課題】 縫製時の針棒のストロークを必要最小限としつつ、休止時の針棒の下端とミシンテーブル上面との空間をより大きく確保すると共に、針棒の駆動タイミングを変更自在にする。
【解決手段】 ミシンの針棒を駆動するための針棒駆動装置において、昇降駆動される針棒と、針棒を駆動するために設けられた駆動源を有し、第1の制御手段により、針棒を所定のストローク範囲内で昇降駆動させるよう該駆動源の制御を行い、また、第2の制御手段により、針棒を該所定のストローク範囲における上死点よりも上方の所定の退避位置に移動させ、該退避位置にて保持するよう該駆動源の作動を制御する。また、第3の制御手段は、前記針棒の前記昇降駆動の時間的パターンを可変する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はミシンの針棒駆動装置に関し、詳細には、簡易な機構にて針棒を駆動するとともに、針棒の駆動タイミングの変更が容易に行え、且つ、縫製時の針棒のストロークを必要最小限とし、縫製停止時には針棒を縫製時のストローク上死点よりも上方へ退避できるようにしたミシンの針棒駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から知られるミシンの針棒駆動装置の一例として、下記特許文献1には、リニアモータによる針棒駆動機構を具備した刺繍ミシンが開示されている。この従来技術では、多頭式刺繍ミシンの各頭(ミシンヘッド)毎に針棒を駆動するためのリニアモータを個別に設けるとともに、各頭毎に備わる釜を回転する釜軸の回転角を検出する検出装置を設け、検出装置により検出された釜軸の回転角に同期して、該リニアモータの動作を制御する構成により、針棒を駆動するためのカム機構などの複雑な動力伝達機構が不要とされ、針棒駆動機構の構造を簡素化できるとともに、該リニアモータの動作を適切に制御することで、縫い調子の変更などに応じて針棒の駆動タイミングを自由に設定できるようになることが示された。
【特許文献1】特公平3−37960
【0003】
前記特許文献1の構成において、縫製時に針棒が昇降駆動されるストロークの幅は一定に固定されており、そのストロークの上死点はミシンテーブル上面との間隔を大きく空けた所定の位置に設定されていた。これは、該所定の位置に相当するストロークの上死点に位置した針棒の下端とミシンテーブル上面との間隔を十分に確保することで、例えばミシンテーブル上に配置された被縫製物(布)を張り替える作業等に際して、針棒の下端が該布に接触する等の支障をきたさないようにする必要があったからである。すなわち、針棒の前記昇降駆動のストローク幅は、縫製に際して最低限必要のストローク幅よりも大きいストローク幅に設定されてなければならなかった。このように、前記特許文献1の構成においては、大きいストローク幅にて針棒を駆動していたため、縫製時の騒音や振動が大きくなるという不都合があった。また、針棒のストローク幅が前記大きいストローク幅で一定に固定されていたので針棒の駆動タイミングの設定の自由度も制限されていた。また、一方では、刺繍作業の多様化に伴い、休止時(被駆動時)の針棒下端とミシンテーブル上面との空間はできるだけ大きく確保しておきたいという要望もある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この発明は、上記の点に鑑みてなされたもので、縫製時の針棒のストロークを必要最小限としつつ、休止時(被駆動時)の針棒の下端とミシンテーブル上面との空間をより大きく確保できるようにすると共に、針棒の駆動タイミングの変更を自在且つ容易に行えるようにしたミシンの針棒駆動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この発明は、ミシンの針棒を駆動するための針棒駆動装置であって、昇降駆動される針棒と、前記針棒を駆動するために設けられた駆動源と、前記針棒を所定のストローク範囲内で昇降駆動させるよう該駆動源の作動を制御する第1の制御手段と、前記針棒を前記所定のストローク範囲における上死点よりも上方の所定の退避位置に移動させて、該退避位置にて保持するよう該駆動源の作動を制御する第2の制御手段とを備えることを特徴とする。
また、この発明に係るミシンの針棒駆動装置は、前記針棒の前記昇降駆動の時間的パターンを可変する第3の制御手段を更に備えるものである。
【発明の効果】
【0006】
これによれば、駆動源は針棒のみを駆動するために設けられており、第1の制御手段による該駆動源の制御によって、針棒が所定のストローク範囲内で昇降駆動される。また、第2の制御手段の制御によって、針棒を前記所定のストローク範囲における上死点よりも上方の所定の退避位置に移動させて、該退避位置にて保持することが可能となる。これにより、針棒を前記退避位置に退避させて、針棒の下端とミシンテーブル上面との空間を十分広くとることができるので、例えば布等の被縫製物の張り替えなどの作業のときに針棒の下端が被縫製物に接触することを防ぐことができる。また、このような退避位置が設定されたことで、針棒の下端とミシンテーブル上面との空間を十分に確保しながらも、縫製時の針棒の前記所定のストローク範囲は縫製に必要な最小限の幅に留めることができるようになる。縫製時の針棒のストローク幅が小さくて済むので、縫製時の騒音や振動が低減される。更に、第3の制御手段によって針棒の昇降駆動の時間的パターンを容易且つ自在に変更できるようになっている。ここで、当該針棒駆動装置は縫製時のストローク幅が必要最小限にされているので、針棒の駆動タイミングの設定の自由度が増すこととなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下添付図面を参照して本発明の一実施形態について説明する。
図1は、この実施例に係る多頭式刺繍ミシンの正面図を示す。この多頭式刺繍ミシンの全体的な枠体を成すミシンフレームMには、複数(図において6個)のミシンヘッドHが配設される。各ミシンヘッドHはミシンフレームMに固定されたアーム1と、該アーム1において、左右方向にスライド可能に支持された針棒ケース2から構成されており、この針棒ケース2には複数(図において9本)の針棒3が上下動可能に設置される。各ミシンヘッドHの下方において、釜4と該釜4を支持する釜土台5とが各ミシンヘッドHに夫々対応して設けられている。図示しないが、釜4はミシン主軸の回転によって回転駆動されるようになっており、ミシン主軸には釜4の回転角を検出するエンコーダが設けられている。また、ミシンフレームMにはテーブル6が支持されており、このテーブル6の上面には被刺繍物を展張保持するための刺繍枠7が設けられている。この刺繍枠7は図示しない駆動機構によって、ミシンヘッドHに対して前後左右方向に駆動されるようになっている。
【0008】
図2は、1つのミシンヘッドHの側面断面図を示す。アーム1はミシンフレームMからミシン前面側(図において左側)に向けて延びるよう配設されており、針棒ケース2はアーム1の前面側及び上面側を覆うように配置されている。この針棒ケース2内には、針棒3を駆動するための動力伝達機構をはじめ刺繍動作を実現するための各種機械要素が収納される。図2から明らかなように、アーム1の前端部は断面が概ねコ字型(すなわち互いに略平行な上下端部と該上下端部に連なる側壁部を有する形状)に形成されており、このアーム1に対して、針棒3を駆動するための機構の主要な構成要素の1つとなるネジ棒8が回転可能に支持されている。このネジ棒8は、その周面において軸を中心に螺旋状に形成されたネジ山が設けられており、アーム1の前記上下端部に対して略垂直に配置されている。ネジ棒8の下端は、アーム1の下端部においてベアリング9を介して支持されており、また、ネジ棒8の上方部は、アーム1の上端部に固定された軸受部材10において、ベアリング11を介して支持される。また、ネジ棒8の上方部には拡径の規制部8aが、ネジ棒8と同軸に形成されており、これは前記軸受部材10の下面側に配置される。また、ネジ棒8の上方部であって、該軸受部材10の上面側には、2つのナット部材12が該ネジ棒8に対して螺合される。この規制部8aと2つのナット部材12とによって軸受部材10(ベアリング11)を挟み込むことで、ネジ棒8のアーム1に対する相対的な上下位置が規制される。なお、ナット部材12と軸受部材10上面との間にはワッシャー13が配設される。
【0009】
ネジ棒8の上端部には、ネジ棒8の軸と同軸にプーリ14が固定されており、プーリ14とネジ棒8は該軸を中心にして一体的に回転する。図2から明らかなように、ネジ棒8の上端側に設けられたプーリ14とナット部材12とはアーム1の上面から突出している。図3は図2のミシンヘッドから、針棒ケース2及び該針棒ケース2に装着された各種機械要素を除くことで、ネジ棒8及びその周辺機構の要部のみを抽出して示す一部断面斜視図である。ネジ棒8の上端部には、ネジ棒8の軸と同軸にプーリ14が固定されており、プーリ14とネジ棒8とは、前記軸を中心にして一体的に回転する。プーリ14の側周面にはベルト15が巻き掛けられており、このベルト15は次に述べるモータの回転駆動をプーリ14に伝達するのに用いる。図4は図3に示す要部を上面から見た平面図であり、前記モータの装着構造を示す。また、図5は、図4をミシンの前面からみた正面一部断面図である。図4及び図5に示すように、駆動モータ16は、当該ネジ棒8に対応して(つまり各ミシンヘッドHにつき1つずつ)設けられており、ベース部材16aを介してアーム1に固定されている。駆動モータ16は、その回転軸16bがネジ棒8の軸と平行になるよう配設され、該回転軸16bの上端には駆動プーリ17が固定される。ベルト15がプーリ14と駆動プーリ17に巻き掛けられることで、プーリ14はベルト15を介して駆動プーリ17と連動可能に連結される。これにより、駆動モータ16を駆動すると、その回転はベルト15を介してプーリ14に伝達される。従って、駆動モータ16の駆動によりプーリ14が回転されると、該プーリ14の回転に連動してネジ棒8が軸を中心に回転することになる。
【0010】
ネジ棒8には、針棒3を駆動するための機構の主要な構成要素の1つとなる移動子18が、ネジ棒8の軸方向に沿って上下移動可能に配設されている。移動子18は、全体として概ね円筒形状を成し、その略中心に当該移動子18の軸に沿ってネジ棒8の貫通を許す通孔(図示しない)を有する。移動子18は該通孔においてネジ棒8に螺合される。すなわち、移動子18の該通孔は、その内周面の一部又は全部がネジ棒8外周に設けられたネジ山と係合するネジ穴として形成される。これにより該ネジ棒8の回転が移動子18に対して伝達される。また、移動子18の前周面上の所定箇所には、前方に突出する第1係合突片18aが形成されており、また、後周面上の所定箇所には、後方に延びる係合凹片18bが形成されている。第1係合突片18aから所定間隔あけた下方箇所には、第2係合突片19が固定されており、これら第1係合突片18aと第2係合突片19は、詳しくは後述するように、移動子18の上下動に針棒3を連動させるための機械的連結要素として機能する。係合凹片18bは後端所定箇所において溝部(切り込み)を有する。アーム1には、前記係合凹片18bの溝部と係合すべき係止棒20がネジ棒8の軸と平行に設置されている。係止棒20が係合凹片18bの該溝部に嵌合されることにより、移動子18は軸(ネジ棒8)を中心に回転することが規制される。
【0011】
モータ16の駆動により、ネジ棒8が軸を中心に回転すると、移動子18にはその回転力が作用する。移動子18は、係止棒20と係合凹片18bの嵌合により回転規制されているのでネジ棒8の回転に追従して回転することがない。従って、ネジ棒8に螺合された移動子18は、ネジ棒8が軸を中心に回転すると、ネジ棒8周囲に設けられたネジ山のネジ作用によって、ネジ棒8の軸にそって上下方向に移動することになる。モータ16の回転方向を正逆切り替えることで、移動子18を上下往復移動させることができる。図5において、下方に変位した移動子18を2点鎖線で示している。
【0012】
アーム1の前面上部には、針棒ケース2をミシン正面から見て左右方向(図2において紙面に対して垂直向き)にスライド可能に支持するリニアレール21が配置されている。針棒ケース2の下端部背面には、該リニアレール21と平行に延びるガイドレール22が固定されるとともに、アーム1側には、回転可能なローラ23とガイド部材24とが設けられており、ローラ23とガイド部材24が該ガイドレール22を挟み込むことで、スライド時に、針棒ケース2の下端側がガイドされるようになっている。
【0013】
複数(この例では9本)の針棒3は、針棒ケース2において、各々上下動可能に支持されている。各針棒3の下端部には、針抱き25を介して縫針26が、夫々具備される。また、各針棒3の略中間部には、針棒抱き27が夫々固定されており、これら各針棒抱き27の背面には係合ピン28が突設されている。この係合ピン28は、移動子18に設けられた第1係合突片18a及び第2係合突片19に係合することで、該移動子18の上下動に針棒3を連動させるための要素として機能する。図2では、或る1つの(図において手前に表れている)針棒3に備わる係合ピン28が、該第1係合突片18a及び第2係合突片19に係合した状態を示す。図示の通り、係合ピン28は、第1係合突片18aと第2係合突片19の間に位置することで、両部材により上下から挟み込まれる。よって、当該針棒3は、係合ピン28にて移動子18と連結されるので、移動子18が上下方向に移動すると、該移動子18の上下移動に連動して上下往復駆動されることになる。図5には、第1係合突片18aと第2係合突片19の間に位置された係合ピン28の断面が示されている。第1係合突片18aと第2係合突片19の間隔は、係合ピン28の上下幅と概ね同等とされ、少なくとも、係合ピン28が第1係合突片18aと第2係合突片19の間に対して左右方向から進入/脱出しうる間隔が確保されていればよく、係合ピン28が第1係合突片18aと第2係合突片19の間に位置されたときの上下方向のガタを可及的少なくするのが望ましい。
【0014】
移動子18と連結される(つまり駆動される)針棒3の選択は図示しない色換え機構によって行われる。すなわち、該色替え機構により針棒ケース2を左右方向に移動させると、針棒ケース2のスライド位置に応じて、移動子18と連結される針棒3、つまり第1係合突片18aと第2係合突片19の間に位置する前記係合ピン28が切り替わる。このように、針棒ケース2のスライド位置に応じて、複数(9本)の針棒3のうちから駆動すべき任意の1本の針棒3を選択的に切り替えることができる。ここで、非選択の針棒3は、次に述べる所定の退避位置に留まり、色替え機構により選択されるまでは該退避位置に保持される。
【0015】
各針棒3の針棒抱き27の上側には上死点ストッパ29が固定されており、この上死点ストッパ29の上面にはクッション32が配設されている。また、各針棒3の上端部にはバネ受け30が設けられており、このバネ受け30と針棒ケース2の横フレーム2a上面との間には、当該針棒3を常に上昇させる方向に付勢する針棒保持バネ31が、針棒3と同軸に設けられている。前記色替え機構によって選択されていない各針棒3は、この針棒保持バネ31の弾性力によって常に上方に付勢されており、図2に示すように、当該針棒3の上死点ストッパ29が、クッション32を介して前記横フレーム2a下面に当接される位置(針棒3の非選択時の上死点)に位置される。このような非選択の針棒3の保持位置(非選択時の上死点)を本明細書中では「退避位置」という。この退避位置は、針棒3の昇降ストローク範囲よりも上方に規定されるものである。
なお、各針棒3の下端側には前記縫針26と共に、布押え33が夫々具備され、これは対応する針棒3の上下運動に追従して上下往復移動される。また、図2の符号44は釜土台5の上面に固定された周知の針板である。布押え33が対応する針棒3の上下駆動に連動して上下することで、針棒3が下方に降りたとき(縫針26が被刺繍物に通るとき)、当該布押え33は、被刺繍物を針板44上で押さえる。
【0016】
針棒ケース2の上方部において該針棒ケース2の左右両側面間には、天秤支持軸34がケースのスライド方向(左右方向)に沿って横架されている。この天秤支持軸34に対して、複数の針棒3の各々に対応する複数(この例では9つ)の天秤35が、夫々揺動可能に取り付けされる。各天秤35は、図2に示すようにその先端部が針棒ケース2からミシンの前面側(図2において左側)に突出されるよう配置される。天秤35は、その基端部(後端部)に設けられたボス部36において、該天秤支持軸34に取り付けられている。このボス部36には、後方側の周面の所定箇所において嵌合溝36aが形成され、この嵌合溝36aには、後述する駆動レバー41の先端部が嵌合される。また、ボス部36の前方周面の所定箇所には係合凹部36bが形成され、これは、後述するロックレバー38の係合爪38aが係合可能である。
【0017】
また、針棒ケース2において天秤支持軸34の略上方位置には、支持軸37が該天秤支持軸34と平行に支持されており、この支持軸37には、各天秤35に夫々対応して具備された9個のロックレバー38が揺動自在に支持される。ロックレバー38は、その自由端部(揺動端)において係合爪38aが設けられている。また、各ロックレバー38の基端部には、支持軸37の装着孔の外周に沿ってトーションバネ39が嵌装されている。トーションバネ39は、一方の端部がロックレバー38の本体に係止され、また、他方の端部が支持軸37と平行に設けられたバー39aに引掛けられている。このトーションバネ39がロックレバー38を図2において反時計方向に揺動付勢することで、各ロックレバー38の係合爪38bは対応するボス部36の係合凹部36bに嵌合されうる。常態では(対応する針棒3が非選択のときには)、当該ロックレバー38の係合爪38aがボス部36の係合凹部36bに嵌合して、天秤35を所定姿勢(上死点位置)にて、揺動しないよう保持される(ロック状態)。
【0018】
アーム1の上方所定箇所には、天秤35を駆動するための駆動モータ40(図2において点線で示す)が設けられている。駆動モータ40のモータ軸40aには、駆動レバー41が連結されており、この駆動レバー41は、駆動モータ40の駆動に応じて揺動駆動される。天秤35のボス部36は対応する針棒3が前記色替え機構によって選択された際、駆動レバー41の前方に位置されるようになっており、駆動レバー41の先端部が、該選択された針棒3に対応する天秤35のボス部36上の嵌合溝36aと嵌合する。これにより駆動レバー41の揺動駆動が当該天秤35に伝達される状態となる。図2に示すように、この状態では、当該天秤35においては、ロックレバー38による天秤35のロック状態が解除されているので、駆動レバー41の揺動駆動に連動して当該天秤35が上下揺動することになる。このロック解除のための機構については次に述べる。
【0019】
駆動モータ40が固定されているベース42の前端部の所定位置には、ローラ43が回転自由に支持されており、このローラ43は、色替え機構により選択された針棒3に対応するロックレバー38の後端に設けられた突起部38bに当接するようになっている。選択された針棒3に対応するロックレバー38は、突起部38bに対してローラ43が当接されることで前方側に押動され、トーションバネ39の付勢力に抗して支持軸37を支点として時計方向に回転変位する。ロックレバー38が時計方向に回転変位されることで、図2に示すように、ロックレバー38の係合爪38aがボス部36の係合凹部36bから脱出する。かくして、色替え機構で選択された天秤35では、ロック(所定姿勢の保持)状態が解除される。これにより、駆動モータ40を駆動すれば選択された針棒3に対応する天秤35が揺動されることとなる。
【0020】
次に、本実施例における針棒3の駆動動作について、図6及び図7に示すミシンヘッドHの側面断面図を参照して説明する。前述の通り、図2は、針棒3が、縫製時の駆動ストローク範囲の上死点よりも上方に規定された所定の退避位置にて保持されている状態を示す。このとき、駆動モータ16は、針棒3を当該退避位置に退避させるべく、移動子18が、針棒3の退避位置に相当する移動子18の移動範囲の上死点(ネジ棒8上の上死点)に位置するよう作動制御される。すなわち、移動子18を所定量上方移動させる向きに回転駆動された後に、その地点で回転停止する。これにより、現在色替え機構によって選択されている針棒3もまた、選択されていない針棒3と同じく、退避位置に位置される。このように現在選択された針棒3を含む全ての針棒3が退避位置にあるとき、全ての針棒3の係合ピン28の高さ位置と、移動子18側の第1係合突片18a‐第2係合突片19間の高さ位置とが揃っているので、色換え機構によって針棒ケース2をスライドさせて、任意の針棒3を選択することができる。例えば、被縫製物を張り替えるとき等は、針棒3がこの退避位置に位置されるよう制御する。これにより、退避位置にある針棒3の下端とテーブル6の上面との間隔を大きくとることができるようになるので、該張替え作業が行いやすい。
【0021】
図6は、選択された針棒3が、上下ストロークの上死点に位置された状態(上死点位置)を示す。上記退避位置で任意の針棒3を選択した後、刺繍開始の直前に、駆動モータ16を駆動してネジ棒8を所定量回転させることで、移動子18を図6に示すような所定の上死点位置まで下降させる。これにより、選択された針棒3は、移動子18の下降に追従して、上下ストロークの上死点まで下降する。なお、ここで示す針棒3のストローク範囲における上死点位置は、被刺繍物の厚さ等に応じて変更可能としてよい。
【0022】
図7は、選択された針棒3が、上下ストロークの下死点に位置された状態(下死点位置)を示す。刺繍開始に伴い、駆動モータ16を正回転に駆動することで、ネジ棒8を正方向に所定量回転させ、移動子18及び針棒3を図7に示す下死点まで下降させる。図7の下死点において、布押え33は針板44上で係止され、縫針26は、針板44上の孔に挿入されており、図示しない被刺繍物を貫く。移動子18及び針棒3が下死点まで下降された後、駆動モータ16を逆回転駆動することで、ネジ棒8を逆方向に所定量回転させて、移動子18及び針棒3を図6の上死点まで上昇させる。このように駆動モータ16が正逆双方向に所定量ずつ回転駆動されることで、移動子18及び針棒3は、所定の上下ストローク範囲(図6の上死点位置から図7の下死点位置の間)において昇降する。これにより縫針26が上下駆動され、刺繍を行うことができる。このように、刺繍作業時には、図6及び図7に示す上死点位置から下死点位置の間で針棒3を昇降駆動させ、色替え機構による針棒3の切り替え時や、刺繍終了後の被刺繍物の交換の際には、移動子18及び針棒3を図2に示すような退避位置へと上昇させることができる。この実施例によれば、針棒3を必要に応じて退避位置へ退避させることができるので、張替え作業の便宜等のために針棒3の下端とテーブル6の上面との間隔を広く取ることを考慮せずに針棒3の昇降駆動ストローク範囲を設定することができるため、該ストローク範囲を縫製に必要な最小限に設定できる。
【0023】
なお、この明細書中では、便宜上、移動子18及び針棒3を下降運動させるための回転向きを正方向、反対に移動子18及び針棒3を上昇運動させるための回転向きを逆方向としたが、何れの回転向きを正方向または逆方向と称してもよい。
【0024】
図8は針棒3の作動タイミングを示すチャート図である。図において、横軸にミシン主軸(釜4)の回転角を示し、縦軸に針棒3のストローク位置を示す。針棒3を昇降させる駆動モータ16の駆動は、ミシン主軸(釜4)の回転角に応じて制御されており、駆動モータ16の駆動制御は、釜4の回転角を検出するエンコーダからの出力信号に基づき行われる。図8において、実線は針棒3の基本的な作動タイミング(昇降駆動の時間的パターン)を示しており、この基本的作動タイミングと釜4の回転角度との対応関係は、図から明らかなように、主軸回転角度が180°のときに、針棒3が下死点位置(図7参照)に到らしめることを基準に駆動制御が行われており、主軸の回転角度が180°になった時点から、駆動モータ16の回転向きを反転させて、針棒3を上死点位置(図6参照)まで上昇させる。図8において、ストローク下死点位置から針棒退避位置までを、当該針棒3(及び移動子18)の移動可能な全範囲とすれば、針棒3の縫製時のストローク範囲(ストローク上死点位置から下死点位置の幅)は、前記全範囲のうち必要最小限に留めてあることが判る。
【0025】
針棒3の昇降駆動の時間的パターンの変更は、例えば図8において二点鎖線で示すように、実線で示す基本作動タイミングから針棒3の下降タイミングを主軸回転角度に対して遅らせるとともに、その上昇タイミングを主軸回転角度に対して早めるよう、駆動モータ16の作動を制御することで実現される。これにより、刺繍をゆるく縫ったり、或いは、きつく縫ったりするための「縫い調子」の変更に対応することが可能である。なお、図8の二点鎖線で示す針棒3の作動タイミングによれば、針棒3すなわち縫針26が針板44(図8において針板位置として示す)より上方に位置する時間t1を実線で示す基本タイミングでのその時間t2よりも長くすることができる。刺繍枠7の前後左右方向への駆動(図1参照)は、縫針26が針板44より上方に位置しているときに行われる(縫針26が針板44より下方に位置しているときは、当該縫針26は被刺繍布に刺さっている)。従って、その時間t1が長くとれることにより、刺繍枠を駆動しうる時間が長くなり、刺繍枠の移動量をできるだけ多く確保できるようになる。
【0026】
また、駆動モータ16の駆動を一定時間停止して、ネジ棒8の回転を一時停止するよう制御することで、図8に破線pで示すように、針棒3の駆動を1ストローク分停止させて、1針分目飛び(ジャンプ)させることができ、この間、刺繍枠をより多く動かすことができる。また、モータ16の駆動量を可変制御することで、図8において一点鎖線で示すように針棒3の昇降ストロークの上死点位置をより上方に変更する(図8では、増加させた上昇移動をS1、通常の上死点をS2で示す)等、針棒3のストローク上死点の位置を被刺繍物の厚さなどの縫製条件に応じて自在に設定/変更することもできる。
【0027】
以上説明したように、この実施例によれば、ネジ棒8及びネジ棒8に螺合させた移動子18とで針棒3を駆動するようにしたため、針棒3を駆動するために従来必要だったカム機構など複雑な動力伝達機構が不要となり、針棒駆動機構の構造を簡略化できる。また、この実施例によれば、刺繍時には図6及び図7に示す必要最小限のストロークで針棒3を昇降駆動し、また、非選択時や、布の張り替えなどの作業のときには、図2に示す退避位置へと針棒3を退避させることができるため、刺繍時に騒音や振動が低減できるだけでなく、昇降タイミングの設定、変更の自由度がより増すこととなる。更に、布の張り替えなどの作業のときに、刺繍時のストロークよりも更に上方の退避位置に針棒3を位置させるため、縫針の下端とテーブル上面との空間をより大きく確保できるようになる。
【0028】
上記実施例では、ネジ棒8が駆動モータ16により回転駆動されることで、移動子18が相対的に上下往復運動する例を示したが、これに限らず、移動子18を駆動モータ16にて回転駆動される雌ネジ体として構成し、該回転駆動される移動子(雌ネジ体)18に対してネジ棒8を昇降させるよう構成することで、該ネジ棒8の上下往復運動に連動して針棒3が往復駆動されるようにしてもよい。
なお、ネジ棒8を回転させる駆動モータ16は、各ミシンヘッドH毎に個別に具備されるものとしたが、これに限らず全てのミシンヘッドHのネジ棒8を単一の駆動源によって回転させるよう構成してもよい。また、移動子18と針棒3との駆動伝達を解除するジャンプ装置を設けてもよい。
【0029】
また、上記実施例では、針棒駆動機構をネジ棒8及びネジ棒8に螺合させた移動子18とから構成し、ネジ棒8がモータ16で回転駆動されることにより、移動子18をネジ作用によって昇降させる例を示したが、この発明に係る針棒駆動機構の構成はこれに限定されない。図9はこの発明に係る針棒駆動機構の別の構成例である。図9において、アーム50に具備された回転駆動モータの駆動シャフト51は、該アーム50の側面に対して略垂直に立ち上がる軸を中心に回転する。駆動レバー52は、その後端部にて、該駆動シャフト51に対して上下方向に揺動可能に枢支される。駆動レバー52の先端部には、連結レバー53の一端が回動自在に枢支されている。そして、この連結レバー53の他方の端部には、移動子54が回動自在に連結される。移動子54は、アーム50の前面側(図において左側)において上下方向に沿って架設された支持棒55に対して、上下方向に移動自在に取り付けられており、連結レバー53を介して駆動レバー52に連結される。この移動子54の前面側には、上下一対の係合突片56が形成されており、この係合突片56により現在選択されている針棒の係合ピン28が挟持される。これによれば、モータを正逆双方向的に回転駆動することで、駆動レバー52が駆動シャフト51を中心に上下方向に揺動駆動される。移動子54は連結レバー53を介して駆動レバー52に連結されているので、該駆動レバー52の揺動に追従して、支持棒55の軸方向に沿って上下往復移動する。該移動子54の上下動に連動して、現在選択されている針棒3が昇降駆動されることとなる。
図10には、針棒駆動機構の更に別の構成例を示す。図10において、アーム60の側面の上方に配置された回転駆動モータの回転軸61は、該側面に対し略垂直に立ち上がる軸を中心に回転するもので、該回転軸61には駆動プーリ62が装着される。また、駆動プーリ62から鉛直に下りた所定位置には、アーム60の側面に回動自在に支持された従動プーリ63が配置される。駆動プーリ62と従動プーリ63には、アーム60において上下方向に延びるよう配設された伝達ベルト64が巻き掛けられている。伝達ベルト64の前面(図において左側)には、移動子65が固定されている。移動子65は、アーム60の前面側において上下方向に沿って架設された支持棒66に対して、上下移動自在に取り付けられている。そして、移動子65の前面側には、一対の係合突片67が針棒の係合ピン28を挟持すべく配設される。これによれば、モータを正逆双方向的に回転駆動することで、伝達ベルト64上に固定された移動子54を、支持棒66の軸方向に沿って上下往復移動させることができる。よって、このような構成でも、該移動子65の上下動に連動して、選択された針棒3が昇降ストロークされる。
上記図9及び図10に示す針棒駆動機構は、針棒3がそれぞれ退避位置に位置されている状態にある。図9及び図10に示す構成においても、駆動モータの作動を適宜制御することで、針棒3を刺繍時には必要最小限のストロークにて昇降させ、また、針棒の駆動タイミングを自由に設定変更可能であり、布の張り替えなどの作業のときには退避位置に退避させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】この発明の一実施例に係る多頭式ミシンを示す正面図。
【図2】図1に示すミシンヘッドの側面断面図。
【図3】図2のミシンヘッドにおいてネジ棒及びその周辺機構の要部を抽出して示す斜視図。
【図4】図3に示すネジ棒及びその周辺機構の要部を上から見た平面図であって、アームに対する駆動モータの取り付け構造を示している。
【図5】図4をミシンヘッド前面側から見た正面断面図。
【図6】同実施例に係るミシンヘッドの側面断面図であって、針棒がストローク上死点にある状態を示す。
【図7】同実施例に係るミシンヘッドの側面断面図であって、針棒がストローク下死点にある状態を示す。
【図8】同実施例に係る針棒の作動タイミングを示すチャート図。
【図9】ミシンヘッドの側面断面図であって、針棒駆動機構の別の構成例を示す。
【図10】ミシンヘッドの側面断面図であって、針棒駆動機構の更に別の構成例を示す。
【符号の説明】
【0031】
1 アーム、2 針棒ケース、3 針棒、4 釜、5 釜土台、6 テーブル、7 刺繍枠、8 ネジ棒、16 駆動モータ、14 プーリ、15 ベルト、17 駆動プーリ、18 移動子、18a 第1係合突片、18b 係合凹片、19 第2係合突片、20 係止棒、26 縫針、28 係合ピン、M ミシンフレーム、H ミシンヘッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミシンの針棒を駆動するための針棒駆動装置であって、
昇降駆動される針棒と、
前記針棒を駆動するために設けられた駆動源と、
前記針棒を所定のストローク範囲内で昇降駆動させるよう該駆動源の作動を制御する第1の制御手段と、
前記針棒を前記所定のストローク範囲における上死点よりも上方の所定の退避位置に移動させて、該退避位置にて保持するよう該駆動源の作動を制御する第2の制御手段と
を備えることを特徴とするミシンの針棒駆動装置。
【請求項2】
前記針棒の前記昇降駆動の時間的パターンを可変する第3の制御手段を更に備えることを特徴とする請求項1に記載のミシンの針棒駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−6912(P2007−6912A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−366097(P2003−366097)
【出願日】平成15年10月27日(2003.10.27)
【出願人】(000219749)東海工業ミシン株式会社 (55)
【Fターム(参考)】