説明

ミシン及びミシンの糸切り方法

【課題】糸切りの際の電力消費の増大を回避できるミシン及びミシンの糸切り方法を提供する。
【解決手段】糸切り信号が入力されてからt5タイミングで逆転ソレノイドをONして布の送り方向を逆転させる。次いで、t8タイミングで糸切りソレノイドをONして上糸及び下糸を切断する。つまり、縫い目の最終針の針落ち点を1針手前と同等の位置に落としてから、上糸及び下糸を切断する。これにより、糸切り後の布の生地裏において縫い目端部に残る上糸と下糸の残り長さを揃えることができる。さらに逆転ソレノイドをOFFした後で、糸切りソレノイドをONするので、逆転ソレノイドのON期間と、糸切りソレノイドのON期間とが重複しない。これにより、糸切り時における電力消費の増大を回避できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はミシン及びミシンの糸切り方法に関する。
【背景技術】
【0002】
作業者の操作により自動で糸切りを行うミシンがある。ミシンは針が下停止位置から上昇に転じた後、針が針板よりも上昇位置にある状態で、上糸及び下糸よりなる縫糸を縫製物の下方にて切断する。布送りを正送り方向とした状態で縫糸の糸切りを行うミシンは、縫い目形成途中において、糸切り工程が行われるため、上糸・下糸がともに切断され縫い目が形成できない。縫製物の生地裏に残る縫糸のうち下糸の長さは上糸よりも一針分長くなり、見栄えが悪く縫製物の品質は低下する。上糸と下糸の残り長さをそろえるため作業者は生地裏に残存する縫い糸を手鋏み等にて除去する必要がある。特許文献1が開示する自動糸切りミシンの糸切り方法は、正送り方向にあるミシンの布送りを正送りよりも送り量が小さい逆送りに変換し、一針目以上の逆送り方向の縫い目を形成した後、針が針板よりも上昇位置にある状態で、縫糸を縫製物の下方にて切断する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平1−320087号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の自動糸切りミシンは、作業者が糸切りの操作をした直後から布送りを逆送りに変換し、逆送りしている間に糸切りを行う。布を逆送りする機構を駆動する時期と、糸切りを行う機構を駆動する時期とが一部重複する。故に、駆動時期が重複する時期は電力消費が増大する為、電源基板を大きくする必要があった。
【0005】
本発明の目的は、糸切りの際の電力消費の増大を回避できるミシン及びミシンの糸切り方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1態様に係るミシンは、上下動する縫針と、被縫製物を載置し且つ前記縫針を通す穴を有する針板と、前記縫針の上下動に同期して前記被縫製物を送る送り機構と、前記送り機構を駆動して前記被縫製物の正転送りを逆転送りに変更可能な送り駆動手段と、前記針板の下方に位置し上糸及び下糸を切断する糸切り機構と、前記糸切り機構を駆動する糸切り駆動手段と、前記糸切り駆動手段による前記糸切り機構の駆動の指示を入力する入力手段とを備えたミシンであって、前記入力手段により前記糸切り機構の駆動の指示があった場合、前記送り駆動手段を駆動して前記被縫製物を前記逆転送りする逆転送り手段と、前記逆転送り手段により前記被縫製物を前記逆転送りした後、前記送り駆動手段の駆動を停止する逆転送り停止手段と、前記逆転送り停止手段により前記被縫製物の前記逆転送りを停止した後、前記糸切り駆動手段を駆動する糸切り手段とを備えている。
【0007】
第1態様に係るミシンでは、逆転送り停止手段は、逆転送り手段により被縫製物を逆転送りした後、送り駆動手段の駆動を停止する。糸切り手段は、逆転送り停止手段により被縫製物の逆転送りを停止した後、糸切り駆動手段を駆動する。故に、送り駆動手段の駆動時期と、糸切り駆動手段の駆動時期とが重複しない為、電力消費の増大を回避できる。
【0008】
また、第1態様において、前記逆転送り手段は、前記送り機構における前記縫針の上下動の一周期あたりの前記被縫製物の送り量(1ピッチの送り量)のうち半分を超える量を前記正転送りした後、前記送り駆動手段を駆動して前記被縫製物を前記逆転送りしてもよい。1ピッチの送り量のうち半分を超える前に逆転送りすると、前記被縫製物における糸切り1針手前の縫い位置と同一位置あるいはさらに前位置側に針が刺さることになる。この状態で糸切りをした場合、糸切断後、糸切り1針手前の縫い目がほどけたり、糸切り動作時針板11の下方で上糸により形成された上糸ループSが捩れ上糸ループSが小さくなる。このため糸切り装置の移動刃は上糸ループの捕捉に失敗し糸切りができなくなる場合がある。1ピッチの送り量のうち半分を超えた後に逆転送りすれば、被縫製物における糸切り1針手前の縫い位置と同一位置あるいはさらに前位置側に針が刺さることがないので、糸切断後、糸切り1針手前の縫い目がほどけたり、糸切り動作時に上糸ループSが捩れることがない。よって糸切断後上糸、下糸の生地裏に残る長さを揃えることができるとともに、糸切ミスを確実に防止できるのである。逆転送りする量は、送り量のうち正転送りした量を除く量である。
【0009】
本発明の第2態様に係るミシンの糸切り方法は、上下動する縫針と、被縫製物を載置し且つ前記縫針を通す穴を有する針板と、前記縫針の上下動に同期して前記被縫製物を送る送り機構と、前記送り機構を駆動して前記被縫製物の正転送りを逆転送りに変更可能な送り駆動手段と、前記針板の下方に位置し上糸及び下糸を切断する糸切り機構と、前記糸切り機構を駆動する糸切り駆動手段と、前記糸切り駆動手段による前記糸切り機構の駆動の指示を入力する入力手段とを備えたミシンによって行われる糸切り方法であって、前記入力手段により前記糸切り機構の駆動の指示があった場合、前記送り駆動手段を駆動して前記被縫製物を前記逆転送りする逆転送り工程と、前記逆転送り工程において前記被縫製物を前記逆転送りした後、前記送り駆動手段の駆動を停止する逆転送り停止工程と、前記逆転送り停止工程において前記被縫製物の前記逆転送りを停止した後、前記糸切り駆動手段を駆動する糸切り工程とを備えている。
【0010】
第2態様に係るミシンの糸切り方法では、逆転送り停止工程は、逆転送り手段により被縫製物を逆転送りした後、送り駆動手段の駆動を停止する。糸切り工程は、逆転送り停止手段により被縫製物の逆転送りを停止した後、糸切り駆動手段を駆動する。故に、送り駆動手段の駆動時期と、糸切り駆動手段の駆動時期とが重複しない為、電力消費の増大を回避できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】ミシン1の斜視図である。
【図2】縫針14の周囲、及び釜機構30の周囲を示す断面図である。
【図3】縫針14の周囲、及び釜機構30の周囲を示す斜視図である。
【図4】脚柱部3の内部構造の一部を示す断面図である。
【図5】ミシン1の電気的構成を示すブロック図である。
【図6】ミシン1における残短処理方法のタイミングチャートである。
【図7】CPU71が実行する残短処理のフローチャートである。
【図8】CPU71が実行する残短処理のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態であるミシン1及び糸切り方法について、図面を参照して説明する。参照する図面は、本開示が採用し得る技術的特徴を説明する為に用いるものであり、記載している装置の構成、及びフローチャート等は、それのみに限定する趣旨ではなく、単なる説明例である。
【0013】
ミシン1の物理的構成について、図1を参照して説明する。以下説明では、図1の左側、右側、左斜め上方、右斜め下方を、ミシン1の左側、右側、後方、前方とする。なお、本実施形態のミシン1は、糸切り後の布の裏側において縫い目端部に残る上糸と下糸の残り長さを同じにできる「残短処理」を設定できる点に特徴を有する。
【0014】
ミシン1は、テーブル6に設けられた凹部(図示外)に嵌め込まれている。テーブル6の下面には、ミシン1の動作を制御する制御装置70が取り付けられている。制御装置70には、ロッド90を介して、踏み込み式のペダル91が接続されている。作業者がペダル91をつま先側に踏み込み、又は踵側に踏み込むことにより、スイッチ(図示外)が適宜ON、OFFされ、ミシン1における縫製作業の開始、停止、又は糸切り機構による糸切り作業等が行われる。
【0015】
図1に示すように、ミシン1は、土台となるベッド部2と、該ベッド部2の上面の右端部に鉛直方向に立設された柱状の脚柱部3と、該脚柱部3の上端部から左側方に延設され、かつ前記ベッド部2の上面に対向するアーム部4とを備えている。アーム部4の延設方向の先端部には、下方に突出する頭部49が設けられている。
【0016】
ベッド部2の上面左端側には、針板11が設けられている。図2に示すように、針板11において縫針14の直下には、針穴11Aが設けられている。さらに針板11には、後述する送り歯32が上下方向に出退する角穴12が設けられている。ベッド部2内における針板11の下方には、釜機構30が設けられている。釜機構30は、下糸用ボビン(図示外)を収容する。釜機構30の上方であって且つ針板11の下方には、縫製対象物(以下、一例として図2中の布10とする)を所定の移送量(送り量)でミシン1の前方及び後方の何れかに移送する送り歯32が設けられている。送り歯32は、後述する布送り機構によって駆動する。
【0017】
図1に示すように、脚柱部3の右側面の上部には、ミシン1の上軸(図示外)を手動で回転させる円柱状のプーリ5を持つミシンモータ87が設けられている。脚柱部3の前面の中央部には、送り歯32による布10の送り量を調節する為の送り量調節プーリ21が設けられている。脚柱部3の右側面の下部には、パルスモータである送り量調節用モータ22が固定部材25を介して固定されている。送り量調節用モータ22の出力軸22A(図4参照)の先端部には、駆動プーリ23が固定されている。送り量調節プーリ21と駆動プーリ23とには、タイミングベルト24が架け渡されている。送り量調節用モータ22は、後述する駆動回路83(図5参照)を介して制御装置70(図5参照)に接続されている。制御装置70は、送り量調節用モータ22の駆動を制御する。送り量調節用モータ22の駆動力は、駆動プーリ23からタイミングベルト24を介して送り量調節プーリ21に伝達される。故に、送り量調節プーリ21の回転に伴って布10の送り量が調節される。布10の送り量の調節機構については後述する。布の送り量は、後述する操作パネル7で設定可能である。
【0018】
図1、図2に示すように、頭部49の下部には、針棒13が上下方向に移動可能に設けられている。針棒13の下端には、縫針14が装着されている。針棒13の後方には、布を押さえる為の押え足15が設けられている。頭部49内には、針棒13を上下動する針棒上下動機構(図示外)と、上糸8Aを引き上げる天秤18(図1参照)を上下動させる天秤機構(図示外)とが設けられている。
【0019】
図1に示す脚柱部3の下方には、ミシン1を駆動するミシンモータ87(図5参照)が設けられている。ミシンモータ87の駆動力は、継ぎ手(図示外)を介して上軸(図示外)に伝達される。上軸は、アーム部4内において左右方向に延設されている。ミシンモータ87の駆動力は、上軸の途中に設けられた伝達機構(図示外)によって、下軸(図示外)にも伝達される。下軸は、ベッド部2内において左右方向に延設されている。作業者が、ペダル91を踏み込むとミシンモータ87が駆動し、針棒13と、天秤機構と、釜機構30と、送り機構とを含む各要素が同期駆動し、布に縫い目が形成される。
【0020】
図1に示すように、アーム部4の上面中央には、正面視横長の長方形状の操作パネル7が設けられている。操作パネル7の前面には、液晶ディスプレイ7A(以下、LCD7Aという)が設けられている。LCD7Aには、縫製模様の選択及び編集、糸切り時の残短処理の設定、解除等の縫製作業に必要な各種機能を実行させる機能名及び各種のメッセージ等が表示される。LCD7Aの前面にはタッチパネル7Bが設けられている。LCD7A、及びタッチパネル7Bは、制御装置70に接続されている。作業者はLCD7Aに表示された項目を指又はタッチペンで選択する。タッチパネル7Bは選択された項目を感知する。作業者はLCD7A及びタッチパネル7Bを介してミシン1に種々の指示を入力できる。
【0021】
次に、布送り機構について簡単に説明する。本実施形態の布送り機構は、図2に示す送り歯32を駆動する従来の周知の機構である。例えば、送り歯32には、ベッド部2に両端部を回転自在に支持された水平送り軸(図示外)にて前進、後進運動が与えられる。さらに、送り歯32を固着した送り台(図示外)と連動する上下送り軸(図示外)にて上下運動が与えられる。このような周知の手段によって布10を前後(正逆)方向に送ることができる。布10の送り方向の切り替えは、ベッド部2内に設けられた切替器(図示外)の傾きによって決定される。切替器の傾きによって布が逆転方向に送られ、返し縫い等が行われる。
【0022】
次に、切替器の傾きを調節する周知の機構について簡単に説明する。図1に示すベッド部2は内部に逆転ソレノイド58(図5参照)と、ソレノイドレバー(図示外)と、返し縫いレバー軸(図示外)と、レバー(図示外)と、切替器連捍組(図示外)を備えている。逆転ソレノイド58がONすると、ソレノイドレバー(図示外)を介して返し縫いレバー軸が回動する。返し縫いレバー軸の回動に応じてレバー(図示外)が揺動し、切替器連捍組(図示外)が上下方向に揺動する。これにより、切替器の傾きが対称位置に変化し、布10の送り方向が正送り方向から逆転送り方向へ切り替わる。このとき布10の送り量は変化しない。返し縫いレバー軸には、脚柱部3の前面の下側に配置された返し縫いレバー9(図1参照)が連結されている。返し縫いレバー9を下方へ手動操作することによっても、返し縫いレバー軸が回動されて切替器の傾きが対称位置に変化し、布10が逆転方向へ送られる。
【0023】
次に、布10の送り量の調節機構について説明する。図4に示すように、脚柱部3内において、送り量調節プーリ21に相対する位置では、送り調節カム50が軸54を支点として回動可能に軸支されている。送り調節カム50は、リンク56を介して、送り調節台57に連結されている。送り調節台57はリンク(図示外)を介して切替器に連結した周知のものでありベッド部2内に回動可能に設けられている。リンク56の上下動により送り調節台57が回動し切替器の傾きが変化する。切替器の傾き角の変化により水平送り軸(図示外)の揺動量を変化させて、送り歯32(図2参照)による送り量が変動する。
【0024】
送り調節カム50の前端部には、側面視V字状のカム面51が形成されている。送り調節カム50の後端部には、上記の切替器連捍組を構成する要素であるリンク56の上端部が回動可能に連結されている。脚柱部3の前面の上部に設けられた螺子孔3Aには、送り量調節プーリ21の中心から後方に突出する調節軸41が螺合されている。調節軸41の先端部42は、送り調節カム50のカム面51に係合する。
【0025】
カム面51は、下側に位置する正転送り制御面52と、上側に位置する逆転送り制御面53とを備えている。リンク56はバネにより図4の下方に付勢されており、正転送り制御面52を調節軸41の先端部42に付勢している。調節軸41をまわすと調節軸41が出没し先端部42の正転送り制御面52への当接位置が変化し、リンク56を介して切替器の遥動角度が変化する。このため、送り歯32による1ピッチの送り量を調節できる。
このような送り調節カム50を用いた構造は従来と同じである。
【0026】
図4は逆転ソレノイド58がOFFした状態を示している。調節軸41の先端部42は、正転送り制御面52に当接する。逆転ソレノイド58がONした状態では、リンク56がバネ力に抗して上昇し調節軸41の先端部42は、逆転送り制御面53に接触する。このとき切替器の遥動角度は正送りの角度から逆転送り角度に切り替わり、送り歯32の送り方向が逆転する。
【0027】
次に、糸切り機構について簡単に説明する。糸切り機構も従来の機構と同じである。図3に示すように、釜機構30の上方に位置する針板11の針穴11Aに近接し且つ針穴11Aを挟むようにして、移動刃61と固定刃62とが各々設けられている。移動刃61、固定刃62は、ベッド部2内に収納された糸切りソレノイド65(図5参照)と協働する。糸切りソレノイド65がONされると、糸切りカム(図示外)により、移動刃61が移動可能状態となる。縫針14が下死点から上昇するときに形成される上糸8AのループSは釜機構30に捕捉された後、釜機構30により押し広げられ三角状のループRになる。移動刃61の先端は、この三角状のループRの中に突入し、上糸8A、下糸8Bの糸分けを行う。移動刃61に補捉された上糸8A、下糸8Bは、移動刃の末広がり形状を呈する糸さばき(図示外)により、徐々に広げられながら固定刃62の先端で切断される。
【0028】
次に、ミシン1の電気的構成について、図5を参照して説明する。上述したように、ミシン1は、制御装置70を備えている。制御装置70は、CPU71を備えている。CPU71には、ROM72、RAM73、EEPROM74、及びI/Oインターフェース(以下、I/Oという)76が、バス77を介して接続されている。このような構成を有する制御装置70のI/O76には、ペダル91と、タッチパネル7Bと、LCD7Aを駆動する為の駆動回路81と、ミシンモータ87を駆動する為の駆動回路82と、送り量調節用モータ22を駆動する為の駆動回路83と、逆転ソレノイド58を駆動する為の駆動回路84と、糸切りソレノイド65を駆動する為の駆動回路85等が各々接続されている。
【0029】
次に、ミシン1における残短処理方法について、図6のタイミングチャートを参照して説明する。ここでは、残短処理を行うミシン1の外見上の動作について説明する。図6では、縫針14の針先位置を実線で示し、送り歯32の上下送りの位相を点線で示している。横軸は上軸の回転角度を示している。残短処理の設定、解除は、作業者が操作パネル7で設定する。
【0030】
まず、縫製作業中において、t1タイミングで作業者がペダル91を踵側に踏み返すと、糸切り信号が入力される。このとき、縫針14の針先は針板11の下方に位置し、送り歯32も針板11の下方に位置している。次いで、t2タイミングで縫針14が針板11よりも上方に引き上げられる。さらに、t3タイミングで送り歯32が針板11の上方に移動する。送り歯32が針板11より上方に位置している状態では、布10は正転方向に移送される。
【0031】
t4タイミングで縫針14が上死点に到達する。そして、上死点から上軸が所定角度(例えば35°)回転したt5タイミングで、逆転ソレノイド58(図5参照)がONされる。本実施形態において、逆転ソレノイド58をONするt5タイミングは、縫針14の一周期あたりの布10の送り量のうち半分を超える量を正転送りするタイミングに調整されている。このときに切替器の傾きが対称位置に変化し、布送り方向が逆転する。t5タイミングから、送り歯32が針板11に達するt6タイミングまでは、布10は逆転方向に移送される(図6中に示すQ区間)。t6タイミングで、送り歯32は針板11の下方に移動する。これにより、縫い目の最終針の針落ち点が1針手前と近傍の位置に落ちることになる。本実施例では、縫針14が針板11に侵入するとほぼ同時に送り歯32も針板11の下方に移動するように調整されている。
【0032】
次いで、t7タイミングで縫針14が下死点付近に位置すると針下信号がONされる。針下信号がONすると、逆転ソレノイド58がOFFされる。これにより、切替器の傾きが元に戻り、布送り方向は正転方向に戻る。そして、針下信号がONしたt7タイミングから上軸が所定角度(例えば25°)回転したt8タイミングで、糸切りソレノイド65に通電される。すると、図3に示すように、糸切りカム(図示外)により、移動刃61が移動する。縫針14が下死点から上昇したときに形成された上糸ループSは釜機構30に捕捉される。
【0033】
針板11の下側では、上糸ループSは釜機構30により拡大されて三角状のループRになる。本実施形態では、糸切り信号が入力されてから布10を半分以上正送りした後で逆送りしている。これにより、被縫製物における糸切り1針手前の縫い位置と同一位置あるいはさらに前位置側に針が刺さることがないので、糸切り後に糸切り1針手前の縫い目がほどけることはない。また、糸切り動作時に上糸ループSは捩れていない状態で釜機構30に捕捉されループR(図3参照)を形成できる。ループRが小さくなることなく、移動刃61の先端は、三角状のループRの中に確実に突入できるので、糸切りミスも確実に防止できる。このとき天秤18(図1参照)は最下位位置よりもやや上昇した位置にある。移動刃61に捕捉された上糸8A、下糸8Bは、糸さばき(図示外)により、徐々に広げられる。このとき上糸8Aに無理な力が生じないよう、同時に糸ゆるめが働く。こうして上糸8A、下糸8Bは固定刃62の先端で切断される。
【0034】
次に、CPU71が実行する残短処理について、図7のフローチャート、及び図8のタイミングチャートを参照して説明する。縫製作業中、作業者がペダル91を踵側に踏み返し、図8においてt11タイミングで制御装置70に糸切り信号が入力された場合、CPU71はROM72(図5参照)に記憶された「残短処理プログラム」を呼び出して本処理を実行する。
【0035】
まず、CPU71は、操作パネル7において残短処理が設定されているか否かを判断する(S10)。例えば、残短処理が設定されている場合、RAM73(図5参照)には残短フラグ「1」が記憶され、設定されていない場合、残短フラグ「0」が記憶されている。CPU71は、RAM73に記憶されている残短フラグが「0」か「1」かで、残短処理が設定されているか否か判断できる。
【0036】
CPU71は、残短処理が設定されていると判断した場合(S10:YES)、針下信号がONされているか否か判断する(S11)。CPU71は、針下信号はOFFであると判断した場合(S11:NO)、S11に戻って待機状態となる。CPU71は、t12タイミングで、針下信号はONであると判断した場合(S11:YES)、縫針14の針先位置は針板11の下方に位置し、送り歯32も針板11の下方に位置している。
【0037】
そこで、CPU71は、上軸の位相は逆転ソレノイドON位置か否か判断する(S12)。逆転ソレノイドON位置とは、針先位置が上死点に達した位置から上軸が所定角度(例えば35°)回転した位置である。逆転ソレノイド58をONする上軸の所定角度は、縫針14の一周期あたりの布10の送り量のうち半分を超える量を正転送りできる角度に設定される。本実施形態では、針先位置が上死点に達した位置から35°に設定されているが、ミシンの動作条件(例えば、ミシンモータ87の回転数等)によって変更可能であり、例えば−55°〜+75°の範囲内で調整するのが好ましい。
【0038】
CPU71は、上軸の位相が逆転ソレノイドON位置でないと判断した場合(S12:NO)、S12に戻って待機状態となる。CPU71は、t13タイミングで上軸の位相が逆転ソレノイドON位置であると判断した場合(S12:YES)、逆転ソレノイド58(図5参照)をONする(S13)。これにより、縫針14の一周期あたりの布10の送り量のうち半分を超える量を正転送りした後で、切替器の傾きが対称位置に変化し、布送り方向が逆転する。送り歯32が針板11の下方に移動するまでは、布10は逆転方向に移送される。これにより、縫い目の最終針の針落ち点を1針手前近傍の位置に落とすことができる。
【0039】
次いで、CPU71は、針下信号がONか否か判断する(S14)。CPU71は、針下信号がONでないと判断した場合(S14:NO)、S14に戻って待機状態となる。CPU71は、t14タイミングで針下信号がONと判断した場合(S14:YES)、縫針14は下死点付近に位置するので、逆転ソレノイド58がOFFされる(S15)。これにより、切替器の傾きが元に戻り、布送り方向は正送り方向に戻る。
【0040】
CPU71は、上軸の位相が糸切りソレノイドON位置か否か判断する(S16)。糸切りソレノイドON位置とは、針下信号がONしたときから上軸が所定角度(例えば25°)回転した位置である。本実施形態では、針下信号がONしたときから25°に設定されているが、ミシンの動作条件(例えば、ミシンモータ87の回転数等)によってはこの値に限定されない。CPU71は、上軸の位相が糸切りソレノイドON位置でないと判断した場合(S16:NO)、S16に戻って処理を繰り返す。
【0041】
CPU71は、上軸の位相が糸切りソレノイドON位置と判断した場合(S16:YES)、t15タイミングで糸切りソレノイド65をONする(S17)。糸切り機構は糸切り動作を開始する。上述したように、針板11の下側では、図6に示すように、釜機構30により上糸8Aの三角状のループRが形成される。本実施形態では、糸切り信号が入力されてから布10を半分を超える量正送りした後で逆送りしている。これにより、被縫製物における糸切り1針手前の縫い位置と同一位置あるいはさらに前位置側に縫針14が刺さることがない。このため糸切り1針手前の縫い目はほどけない。上糸ループSは捩れることがなく釜機構30に捕捉され、ループRになるので、ループRが小さくなることはない。故に、移動刃61の先端は、三角状のループRの中に確実に突入できるので、糸切りミスを確実に防止できる。こうして上糸8A、下糸8Bは糸切り機構により切断される。
【0042】
次いで、CPU71は、針上信号がONであるか否か判断する(S18)。CPU71は、針上信号がONでないと判断した場合(S18:NO)、S18に戻って処理を繰り返す。CPU71は、t16タイミングで針上信号がONと判断した場合(S18:YES)、続いて、上軸の位相が針上停止位置であるか否か判断する(S19)。針上停止位置とは、例えば、針上信号がONされてから上軸が所定角度(例えば、10°)回転した位置である。本実施形態では、針上信号がONしたときから10°に設定されているが、ミシンの動作条件(例えば、ミシンモータ87の回転数等)によってはこの値に限定されない。
【0043】
CPU71は、上軸の位相が針上停止位置でないと判断した場合(S19:NO)、S19に戻り、待機状態となる。CPU71は、t17タイミングで上軸の位相が針上停止位置と判断した場合(S19:YES)、糸切りソレノイド65をOFFし、かつミシンモータ87の駆動を停止する(S20)。こうして、本処理を終了する。
【0044】
上記説明において、図5に示す逆転ソレノイド58が本発明の「送り駆動手段」に相当し、糸切りソレノイド65が本発明の「糸切り駆動手段」に相当し、ペダル91が本発明の「入力手段」に相当する。図6に示すS12、S13の処理を実行するCPU71が本発明の「逆転送り手段」に相当し、S14、S15の処理を実行するCPU71が本発明の「逆転送り停止手段」に相当し、S16、S17の処理を実行するCPU71が本発明の「糸切り手段」に相当する。
【0045】
以上説明したように、本実施形態のミシン1では、糸切り信号が入力されてから所定のタイミングで布10を逆送り方向に移送してから上糸8A、下糸8Bを切断する。つまり、最終針の針落ち点を1針手前の近傍の位置に落としてから、上糸8A、下糸8Bを切断するので、糸切り後の布10の生地裏において縫い目端部に残る上糸8Aと下糸8Bの残り長さを揃えることができる。故に、作業者が生地裏の糸を鋏み等で切断する手間を省くことができる。
【0046】
さらに、本実施形態では特に、逆転ソレノイド58を通電して遮断した後で、糸切りソレノイド65を通電している。つまり、布10を逆送り方向に移送した後で、上糸8A、下糸8Bの切断作業を行っている。これにより、逆転ソレノイド58のON期間(通電期間)と、糸切りソレノイド65のON期間(通電期間)とが重複しないので、糸切り時において電力消費が増大することがない。
【0047】
さらに、本実施形態では特に、糸切り信号が入力されてから縫針14の一周期あたりの布10の送り量のうち半分を超える量を正転送りした後で、逆転ソレノイド58を通電し、逆転送りをしている。従来のように、糸切り信号が入力されてすぐに布送り方向を逆転して糸を切断しようとした場合、被縫製物における糸切り1針手前の縫い位置と同一位置あるいはさらに前位置に縫針14が刺さることになる。このため糸切断後糸切り直前の縫い目がほどけたり、糸切り機構による糸切りの際に上糸ループSが捩れ三角状のループRが小さく形成されてしまう。本実施形態によれば、被縫製物における糸切り1針手前の縫い位置と同一位置あるいはさらに前位置側に縫針14が刺さることがないので、糸切り1針手前の縫い目がほどけることもなく、さらに糸切り機構による糸切りの際に、上糸ループSが捩れないので、三角状のループRが小さくなることがない。故に、移動刃61の先端は、三角状のループRの中に確実に突入できる。よって糸切断後上糸8A、下糸8Bの生地裏に残る長さをそろえることができるとともに、糸切りミスを確実に防止できる。
【0048】
なお、本発明は上記実施の形態に限定されず、様々な変形が可能である。例えば、上記実施形態では、作業者がペダル91を踏み返すことにより、糸切り信号が入力されるようにしているが、この方法に限定されない。手元スイッチP(図1参照)を作業者が押すことにより糸切信号を入力してもよい。自動返し縫いプログラムのように、縫製終了時に自動的に数針返し縫いを行ってから糸切信号を自動的に発生される濃さも可能である。また、ミシンに布を送る補助装置を取り付け、補助装置側から糸切信号をミシンに入力するようにしても良い。
【符号の説明】
【0049】
1 ミシン
8A 上糸
8B 下糸
14 縫針
21 送り量調節プーリ
22 送り量調節用モータ
24 タイミングベルト
32 送り歯
58 逆転ソレノイド
61 移動刃
62 固定刃
65 糸切りソレノイド
70 制御装置
71 CPU
72 ROM
73 RAM
87 ミシンモータ
91 ペダル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上下動する縫針と、
被縫製物を載置し且つ前記縫針を通す穴を有する針板と、
前記縫針の上下動に同期して前記被縫製物を送る送り機構と、
前記送り機構を駆動して前記被縫製物の正転送りを逆転送りに変更可能な送り駆動手段と、
前記針板の下方に位置し上糸及び下糸を切断する糸切り機構と、
前記糸切り機構を駆動する糸切り駆動手段と、
前記糸切り駆動手段による前記糸切り機構の駆動の指示を入力する入力手段と
を備えたミシンであって、
前記入力手段により前記糸切り機構の駆動の指示があった場合、前記送り駆動手段を駆動して前記被縫製物を前記逆転送りする逆転送り手段と、
前記逆転送り手段により前記被縫製物を前記逆転送りした後、前記送り駆動手段の駆動を停止する逆転送り停止手段と、
前記逆転送り停止手段により前記被縫製物の前記逆転送りを停止した後、前記糸切り駆動手段を駆動する糸切り手段と
を備えたことを特徴とするミシン。
【請求項2】
前記逆転送り手段は、前記送り機構における前記縫針の上下動の一周期あたりの前記被縫製物の送り量のうち半分を超える量を前記正転送りした後、前記送り駆動手段を駆動して前記被縫製物を前記逆転送りすることを特徴とする請求項1に記載のミシン。
【請求項3】
上下動する縫針と、被縫製物を載置し且つ前記縫針を通す穴を有する針板と、前記縫針の上下動に同期して前記被縫製物を送る送り機構と、前記送り機構を駆動して前記被縫製物の正転送りを逆転送りに変更可能な送り駆動手段と、前記針板の下方に位置し上糸及び下糸を切断する糸切り機構と、前記糸切り機構を駆動する糸切り駆動手段と、前記糸切り駆動手段による前記糸切り機構の駆動の指示を入力する入力手段とを備えたミシンによって行われるミシンの糸切り方法であって、
前記入力手段により前記糸切り機構の駆動の指示があった場合、前記送り駆動手段を駆動して前記被縫製物を前記逆転送りする逆転送り工程と、
前記逆転送り工程において前記被縫製物を前記逆転送りした後、前記送り駆動手段の駆動を停止する逆転送り停止工程と、
前記逆転送り停止工程において前記被縫製物の前記逆転送りを停止した後、前記糸切り駆動手段を駆動する糸切り工程と
を備えたことを特徴とするミシンの糸切り方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−165849(P2012−165849A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−28239(P2011−28239)
【出願日】平成23年2月14日(2011.2.14)
【出願人】(000005267)ブラザー工業株式会社 (13,856)
【Fターム(参考)】