説明

メッキ部材およびその製造方法

【課題】真鍮など、金銅メッキ後の熱処理によってピンクゴールド色を損なってしまう銅含有金属素材を用いた場合でも、ピンクゴールド色を損なわないメッキ部材を提供する。
【解決手段】銅を含有する金属部材に金銅メッキを施してなるメッキ部材であって、前記金属部材と金銅メッキからなる層との間に、金銅メッキ中の金原子および銅原子の拡散を防止する鉄またはニッケルからなる金属層を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メッキされた時計ケース、時計バンドあるいは時計針のようなメッキ部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
時計の金属製ケースや金属製バンドあるいは時計針としては、比較的安価で耐久性のあるSUSなどの金属素材がよく用いられる。このような金属素材からなるケース、バンドおよび時計針には、装飾目的で金銅メッキが多用されている(例えば、特許文献1)。この金銅メッキは、ピンクゴールドメッキとも呼ばれ、金(Au)75atom%および銅(Cu)25atom%の比率で金属素材表面にメッキを行ったものが一般的である。ただし、銅が大気中で変色しやすいことから、ピンクゴールドメッキ処理を行ったメッキ部材に対して窒素雰囲気中でアニール処理(熱処理)を行い、金と銅の合金化により変色を防止する必要がある。この熱処理は、例えば400℃で30分間のようにかなり厳しい条件である。
【0003】
【特許文献1】特開平9−268373号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、時計の金属製ケースや金属製バンドあるいは時計針として、加工性の観点より金属素材として真鍮のような銅含有金属素材もよく用いられる。しかしながら、ピンクゴールドメッキ処理を行った真鍮製メッキ部材を熱処理すると、ピンクゴールド色が変化して装飾価値を損なってしまう。そして、真鍮のような銅含有金属素材についてはいずれもこのような現象を生ずることがわかってきた。それ故、真鍮のような銅含有金属素材にはピンクゴールドメッキを施すことが困難であった。
そこで、本発明は、真鍮など、金銅メッキ後の熱処理によってピンクゴールド色を損なってしまう銅含有金属素材を用いた場合でも、ピンクゴールド色を損なわないメッキ部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、鋭意研究の結果、メッキ層中の金原子や銅原子が、銅原子を含む真鍮層に対して親和性が高く、熱処理によって真鍮層に拡散しやすくなることを見出した。そして、金原子や銅原子の真鍮層への拡散を防止する手段を種々検討した結果、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明のメッキ部材は、銅を含有する金属部材に金銅メッキを施してなるメッキ部材であって、前記金属部材と金銅メッキからなる層との間に、前記金銅メッキ中の金原子および銅原子の拡散を防止する金属層を備えたことを特徴とする。
【0006】
本発明のメッキ部材によれば、金属部材と金銅メッキからなる層との間に、金銅メッキ中の金原子および銅原子の拡散を防止する金属層を備えているので、厳しい条件で熱処理を行っても金原子や銅原子の拡散を防止することができる。それ故、本発明のメッキ部材を熱処理して金−銅の合金化処理を行っても、金銅メッキ層における金原子と銅原子の割合が変動することはなく、金銅メッキ層のピンクゴールド色を維持することができる。
なお、金属層は1層である必要はなく、2層以上であってもよい。その場合、各金属層は、各々異なる金属からなる層であってもよい。
【0007】
本発明のメッキ部材では、前記金属層が鉄およびニッケルのうち少なくともいずれかを含有することが好ましい。
この発明によれば、金属部材と金銅メッキからなる層との間に存在する金属層が、鉄およびニッケルのうち少なくともいずれかを含有する層であるので、メッキ部材の熱処理によって金原子および銅原子の拡散を効果的に防止することが可能となる。この金属層としては、鉄あるいはニッケルのうち少なくともいずれかを含有すればよいが、銅原子の拡散防止効果の観点より、これらの金属の総含有量としては、70atom%以上であることが好ましく、より好ましくは80atom%以上であり、さらに好ましくは90atom%以上であり、もっとも好ましくは99atom%以上である。また、金属層としては1層である必要はなく、例えば、鉄層とニッケル層を積層するような構造でもよい。
【0008】
本発明のメッキ部材は、前記金属層の厚みが0.05〜4μmであることが好ましく、0.1〜2μmであることがより好ましい。
この発明によれば、前記した金属層の厚みが0.05μm以上であるので、金銅メッキ層からの銅原子の拡散をより効果的に防ぐことができる。また、この金属層の厚みが4μmを超えても、効果の向上という点ではあまり技術的意義はない。むしろ、金属層が厚すぎると、下地である金属部材の形状に丸みを帯びさせてしまうおそれがある。例えば、時計針のように角部の微細な形状がデザイン上重要な場合に、角部が丸くなってしまうことは問題である。また、金属層の上にさらに金銅メッキを施す点からも、金属層が厚すぎると、金銅メッキ層の厚みに制限が生じてしまうおそれもある。
【0009】
本発明では、前記銅を含有する金属部材が真鍮製であることが好ましい。
この発明によれば、熱処理を行うことができ、高湿度下においても美しいピンクゴールド色を維持できる真鍮製メッキ部材を提供できる。従来、ステンレスも金銅メッキ用金属部材として使用されてきた。しかし、ステンレスは加工性に劣っているため、装飾分野への展開に難があった。真鍮は安価で加工性に優れるため、ステンレスのような難加工性金属部材と同様な熱処理が可能になり、高湿度化でもピンクゴールド色の維持が可能になることは、材料選択の幅が広がるという点で非常に価値が高い。
【0010】
本発明のメッキ部材は、高湿度下でもピンクゴールド色を維持できるので、時計ケース、時計バンドおよび時計針など、装飾効果と耐候性が要求される種々の分野に適用が可能である。
【0011】
本発明は、銅を含有する金属部材に金銅メッキを施すメッキ部材の製造方法であって、前記金属部材の表面に前記金銅メッキ中の金原子または銅原子の拡散を防止する金属層を設ける金属層形成工程と、前記金属層の表面に金銅メッキを施すメッキ処理工程と、前記メッキ処理工程後に前記金属部材を熱処理する熱処理工程とを備えたことを特徴とする。
【0012】
本発明のメッキ部材の製造方法によれば、銅を含有する金属部材の表面に所定の金属層を設ける金属層形成工程と、この金属層の表面に金銅メッキを施すメッキ処理工程とを備えているので、この後に、金属部材を熱処理する熱処理工程を経ても金銅メッキの色調が変化することがない。そして、熱処理工程を得たメッキ部材は、金原子と銅原子が金−銅合金化しているので、大気中の炭酸ガスや水分によって変色を生じることもない。
【0013】
本発明では、前記金属層形成工程が、蒸着、スパッタリングおよびメッキのいずれか方法により金属層を形成する工程であることが好ましい。
この発明によれば、金属層を、蒸着、スパッタリングおよびメッキのいずれかの方法で形成するので、緻密な金属層を得ることできる。また、蒸着、スパッタリングおよびメッキのいずれも、所定の金属層を金属部材の表面に形成できればよく、特殊な条件を必要としない。従って、これらの膜形成手段としては通常知られた方法でよいため、非常に簡便に所定の金属層を金属部材の表面に形成できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のメッキ部材は、金属部材と金銅メッキからなる層との間に、金銅メッキ中の金原子および銅原子の拡散を防止する金属層を備えているので、熱処理によっても金原子や銅原子の拡散を防止することができ、金銅メッキ層のピンクゴールド色を維持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明を実施例により具体的に説明する。
【実施例】
【0016】
本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
〔実施例1〕
真鍮製の時計針(長さ1.5cm、幅2mm、厚み0.15mm)に対して、表面に金属層を設けた後、金銅メッキ(ピンクゴールドメッキ)を施し、熱処理および耐湿試験による変色の有無を調べた。具体的には以下の通りである。
(前処理工程)
真鍮製の時計針にSUS製のワイヤーを通して保持し、エタノール50質量%、アセトン50質量%の混合液にて10分間超音波洗浄を行った後、水洗した。
【0017】
(金属層形成工程)
前記の時計針に対して鉄メッキを行い、平均厚み0.5μmの鉄メッキ層を時計針表面に形成した。メッキ条件は、以下の通りである。
メッキ液:硫酸第一鉄と塩化第一鉄の混合溶液
pH:4.5
温度:50℃
電流密度:2A/dm
なお、pHは、必要に応じて3.5〜5.5の範囲で変更してもよく、電流密度も必要に応じて1.0〜20Aの範囲で変更してもよい。
【0018】
(金銅メッキ処理工程)
鉄メッキ層を形成した時計針に対して金銅メッキを行い、平均厚み2.5μmのピンクゴールドメッキ層を時計針表面に形成した。金銅メッキ処理の条件は、以下の通りである。
メッキ液:シアン化第一金、シアン化第一銅、シアン化カリウムおよび光沢剤を含む混合溶液
pH:11
温度:60℃
電流密度:0.8A/dm
なお、電流密度は必要に応じて0.5〜1.0Aの範囲で変更してもよい。
【0019】
(熱処理工程)
ピンクゴールドメッキ層を形成した時計針を窒素雰囲気下において400℃で30分間熱処理(アニール処理)を行った。
【0020】
〔実施例2〕
厚み0.5μmの金属層(鉄層)の形成をスパッタリングにより行った点のみが実施例1と異なる。なお、スッパタリング条件は特に限定されず、本実施例では、純鉄をターゲットとした常法によりスパッタリングを行った。
【0021】
〔実施例3〕
実施例1において、鉄メッキの代わりにニッケルメッキを行った点のみが実施例1と異なる。ニッケルメッキの条件は以下の通りである。
メッキ液:硫酸ニッケルとピロリン酸カリウムの混合溶液
pH:10
温度:50℃
電流密度:0.8A/dm
なお、pHは、必要に応じ8〜11の範囲で変更してもよく、電流密度も必要に応じて0.5〜1.0Aの範囲で変更してもよい。
【0022】
〔実施例4〕
厚み0.5μmの金属層(ニッケル層)の形成をスパッタリングにより行った点のみが実施例1と異なる。なお、スッパタリング条件は特に限定されず、本実施例では、純ニッケルをターゲットとした常法によりスパッタリングを行った。
【0023】
〔比較例1〕
実施例1において、金属層形成工程および熱処理工程を省いた以外は、実施例1と同様にして金銅メッキを施した時計針を製造した。
【0024】
〔比較例2〕
実施例1において、金属層形成工程を省いた以外は、実施例1と同様にして金銅メッキを施した時計針を製造した。
【0025】
〔評価方法〕
(熱処理後の外観評価)
熱処理後の時計針を目視し、以下の基準で変色の度合いを評価した。特に、ピンクゴールド色特有の「ピンク調」が消失するか否かに着目した。なお、比較例1では前記したように熱処理を行っておらず、金銅メッキ直後の外観評価結果である。評価結果を表1に示す。
OK:ピンクゴールド色に変化なし
NG:ピンクゴールド色に変化あり
【0026】
(耐湿試験および外観評価)
熱処理後の時計針を、40℃、90%RHの環境にセットされた恒温高湿槽内に100時間放置した。耐湿試験後の時計針を目視し、以下の基準で変色の度合いを評価した。特に、大気中の炭酸ガスや水分による緑青が発生しているか否かに着目した。評価結果を表1に示す。
○:ピンクゴールド色に変化なし
×:ピンクゴールド色に変化あり
【0027】
【表1】

【0028】
〔評価結果〕
表1の結果より、本発明の時計針は、熱処理を行ってもピンクゴールド色に何ら変化がなく、さらに、耐湿試験後においても、ピンクゴールド色に何ら変化がないことがわかる。一方、比較例1の時計針は、熱処理を行っていないので、耐湿試験前の外観に問題はないが、耐湿試験により時計針表面が緑色(緑青と推定)に変色していた。また、比較例2の時計針は、熱処理によりピンクゴールド色が変化していた(ピンクの色調が喪失)。
上記した結果より、本発明の時計針においては、鉄あるいはニッケルの金属層が、金銅メッキ層中の銅原子および金原子の拡散を効果的に防止していることが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、時計針、時計バンド、あるいは時計ケースなど、ピンクゴールドメッキを施した製品およびその製造方法として好適に利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅を含有する金属部材に金銅メッキを施してなるメッキ部材であって、
前記金属部材と金銅メッキからなる層との間に、
前記金銅メッキ中の金原子および銅原子の拡散を防止する金属層を備えた
ことを特徴とするメッキ部材。
【請求項2】
請求項1に記載のメッキ部材において、
前記金属層が鉄およびニッケルのうち少なくともいずれかを含有する
ことを特徴とするメッキ部材。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のメッキ部材において、
前記金属層の厚みが0.05〜4μmである
ことを特徴とするメッキ部材。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載のメッキ部材において、
前記銅を含有する金属部材が真鍮製である
ことを特徴とするメッキ部材。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載のメッキ部材において、
該メッキ部材が時計ケース、時計バンドおよび時計針のいずれかである
ことを特徴とするメッキ部材。
【請求項6】
銅を含有する金属部材に金銅メッキを施すメッキ部材の製造方法であって、
前記金属部材の表面に前記金銅メッキ中の金原子または銅原子の拡散を防止する金属層を設ける金属層形成工程と、
前記金属層の表面に金銅メッキを施すメッキ処理工程と、
前記メッキ処理工程後に前記金属部材を熱処理する熱処理工程とを備えた
ことを特徴とするメッキ部材の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載のメッキ部材の製造方法において、
前記金属層形成工程が、蒸着、スパッタリングおよびメッキのいずれかの方法により金属層を形成する工程である
ことを特徴とするメッキ部材の製造方法。

【公開番号】特開2010−65248(P2010−65248A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−230617(P2008−230617)
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】