説明

レーザ素子

【課題】 従来の長波長レーザにおいて、動作点が安定せずにレーザ発振を不安定にするという課題があった。
【解決手段】 表面プラズモン導波路の表面電流が極大となる部分に抵抗体を備え、表面プラズモン導波路における第一のクラッドと第二にクラッドの間の電位差を安定化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、利得媒質が、電磁波に対する誘電率実部が負である負誘電率媒質で挟まれた発振素子に関する。特に、30GHz乃至30THzの周波数領域内の周波数を含む電磁波を出力するレーザ素子に関する。
【0002】
なお、以下では、30GHz乃至30THzの周波数領域の電磁波をミリ波及びテラヘルツ波と称する。但し、30GHz寄りの領域をミリ波帯、30THz寄りの領域をテラヘルツ帯と称する場合もある。
【背景技術】
【0003】
新しい種類の半導体レーザとして、伝導帯或いは価電子帯の同一エネルギー帯内におけるキャリアのエネルギー準位間遷移(サブバンド間遷移)に基づく量子カスケードレーザと呼ばれる半導体レーザがある。
【0004】
量子カスケードレーザの発振波長は、光学遷移に関する二つのエネルギー準位のエネルギー間隔に依存する。従って、広いスペクトル領域(中赤外域からテラヘルツ帯まで)に亘って発振波長を選択できる可能性があり、はじめに、中赤外域の4.2μmに発振波長が選択された構成によって、このようなレーザが実現可能であることが実証された。
【0005】
最近では、生体センシングなどに有用と考えられているテラヘルツ帯の電磁波資源の需要もあり、発振波長を中赤外域より長波長側に選択された長波長レーザの開発が行われるようになっている。
【0006】
長波長レーザでは、その周波数領域において利得を有するような利得媒質の構成とともに、同利得媒質へのタイトな光閉じ込めを行える表面プラズモン導波路と呼ばれる構造を伴っている。これは、従来の半導体レーザで知られるような誘電体クラッドによって光閉じ込めを行うものとは異なるものである。
【0007】
特許文献1は、誘電率実部が負である負誘電率媒質をクラッドとして用いる方法を開示している。このとき、クラッドに導かれる導波モードは、表面プラズモンと呼ばれる負誘電率媒質内の荷電キャリアの分極振動が寄与した電磁波である。表面プラズモンには回折限界が存在しないため、モード強度の多くを、利得媒質へ閉じ込めることが可能である。
【0008】
このような手法を用いることによって、発振波長が長波長よりの11.4μmのレーザ発振を達成している。
【0009】
また、非特許文献1は、誘電率実部が負である負誘電率媒質をクラッドとして、利得媒質の上下に配する方法を開示している。このときも、クラッドに導かれる導波モードは表面プラズモンである。二枚の負誘電率媒質をクラッドとした利得媒質では、特許文献1と比べても更に多くのモード強度を利得媒質へ閉じ込めることが可能である。このような手法を用いることによって、発振波長が更に長波長よりの約100μm(3THz)のレーザ発振を達成している。
【0010】
このような表面プラズモン導波路と呼ばれる構造を伴った長波長レーザにおいて、所望のレーザ発振を得るための安定化が試されている。特許文献2では、異なる負誘電率媒質を導波モードの伝播方向に繰り返したDFB構造として発振波長を安定化する手法を開示している。一方で、発振波長が更に長波長よりのテラヘルツ帯ともなると、電子デバイスにおける安定化技術も利用できる可能性がある。非特許文献2は、電子デバイスであるが、アンテナ型共振器の外部に抵抗体を挿入して0.59THz(511μm)の発振を安定化する手法を開示している。
【特許文献1】特開2000−138420号公報
【特許文献2】特開2001−291929号公報
【非特許文献1】Appl.Phys.Lett.,Vol.83,2124(2003)
【非特許文献2】Jpn.J.Appl.Phys.,Vol.44,7809(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来の長波長レーザにおいて、利得媒質への電流注入の方法として、トンネル注入が使用されるため、動作点が安定せずにレーザ発振を不安定にする場合があるという課題があった。
【0012】
動作点が安定しないのは、トンネル注入に伴い電流電圧特性(I−V特性)において負性抵抗領域が現れるためで、典型的な光半導体レーザには見られない現象である。したがって、特許文献2に開示される手法は、従来の長波長レーザのための十分な安定化構造とはいえず、動作点をも安定化させることもできる安定化構造が求められていた。また、非特許文献2に開示される手法は電子デバイスにおける安定化手法のため、そのままレーザに用いるとレーザ発振が得られなくなる問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係るレーザ素子は、特定の電磁波に対して利得を有する利得媒質と、前記電磁波を共振させるための共振器構造を備えたレーザ素子であって、
前記電磁波に対する誘電率実部が負である負誘電率媒質で構成される第一のクラッドと第二のクラッドと間に前記利得媒質を介在させて導波路が形成されており、
前記電磁波が前記導波路を伝搬する際に、
前記第二のクラッドを基準としたときの前記第一のクラッドにおける表面電流が極大となる部分に、前記第一のクラッドと前記第二のクラッドとの間の電位差を安定させるための抵抗体を備えることを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係るレーザ素子は、特定の電磁波に対して利得を有する利得媒質と、前記電磁波を共振させるための共振器構造を備えたレーザ素子であって、
前記電磁波に対する誘電率実部が負である負誘電率媒質で構成される第一のクラッドと第二のクラッドと間に前記利得媒質を介在させて導波路が形成されており、
前記導波路の前記第一のクラッドにおける前記第二のクラッドを基準とした前記電磁波の表面電流が極大となる部分に、前記第一のクラッドと第二のクラッドとの間の電位差を安定させるための抵抗体を備えることを特徴とする。
【0015】
また、別の本発明に係るレーザ素子は、
発振されるべき電磁波に対して利得を有する利得媒質と、前記電磁波を共振させるための共振器構造を備えたレーザ素子であって、
前記利得媒質は前記電磁波の伝播方向に沿って伸びて、その厚さ方向の上下において、前記電磁波に対する誘電率実部が負の負誘電率媒質の第一のクラッドと第二のクラッドで挟まれて前記導波路を構成しており、
前記導波路の前記第一のクラッドにおける前記第二のクラッドを基準とした前記発振されるべき電磁波の表面電流が極大となる部分に、前記第一のクラッドと第二のクラッドとの間の電位差を安定させるための抵抗体を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、従来の長波長レーザ素子の発振波長を安定化する上に、従来不安定であった動作点におけるレーザ発振の安定化をも行えるようになる。
【0017】
これは、例えば、効率のよい動作点を選ぶことによるレーザ発振の出力の増大、動作点を掃引することによる発振波長の可変動作など、レーザ発振の基本的な制御を可能にする。これに伴い、ミリ波帯からテラヘルツ帯まで30GHz乃至30THzの周波数領域におけるアプリケーション、例えば、生体センシングなどに用いるスペクトル検査とこれに基づく物質の同定や、イメージングなどに適用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
第1の本発明に係るレーザ素子は、特定の電磁波に対して利得を有する利得媒質と、前記電磁波を共振させるための共振器構造を備えたレーザ素子であって、以下の特徴を有する。
【0019】
即ち、前記電磁波に対する誘電率実部が負である負誘電率媒質で構成される第一のクラッドと第二のクラッドと間に前記利得媒質を介在させて導波路が形成されている。そして、前記電磁波が前記導波路を伝搬する際に、前記第二のクラッドを基準としたときの前記第一のクラッドにおける表面電流が極大となる部分に、抵抗体を備える。ここでいう抵抗体とは、前記第一のクラッドと前記第二のクラッドとの間の電位差を安定させるための抵抗体である。
【0020】
この抵抗体自体は、第一のクラッド上部あるいは第二のクラッド下部(図2の第二のクラッド101からみて基板11側)に設けることができる。
【0021】
前記導波路は、前記電磁波の前記伝播方向において開放端となる端面を有しており、前記抵抗体を備える部分は、前記端面より光学的な長さで前記電磁波の波長の四分の一だけ離れた部分を少なくとも含むように構成できる。
【0022】
前記導波路は、前記電磁波の前記伝播方向において固定端となる端面を有しており、前記抵抗体を備える部分は、前記端面より光学的な長さで前記電磁波の波長の二分の一だけ離れた部分を少なくとも含むように構成できる。
【0023】
前記抵抗体は、例えば、導電性材料で形成される膜抵抗体で構成したり、半金属、透明性導電膜又は半導体によって構成できる。また、前記抵抗体は、金属と前記半導体の間に生じるショットキー障壁を含む抵抗体である。
【0024】
なお、前記表面電流が極大となる部分が複数有る場合には、前記複数の表面電流が極大となる部分には抵抗温度係数の符号の異なる前記抵抗体を備える構成にできる。
【0025】
前記負誘電率媒質は、金属、キャリアドープした半導体、又は金属とキャリアドープした半導体によって構成さできる。
【0026】
前記利得媒質は、フォトンアシストトンネルに基づいた共鳴トンネルダイオードで構成できる。
【0027】
前記電磁波の周波数は30GHzから30THzまでの周波数領域内の周波数を含む電磁波であることが好適である。
【0028】
以下に、本発明を実施するための最良の形態について図面を参照して説明する。
【0029】
図1は、本発明を適用できるレーザ素子構成を表し、図1(a)は本発明を適用できるレーザ素子構成の斜視図、図1(b)は本発明を適用できるレーザ素子構成の断面図を示すものである。
【0030】
図1(b)において、101と102は負誘電率媒質であって、発振されるべき電磁波の周波数領域において負の誘電率実部を有する物質である。ミリ波帯からテラヘルツ帯の周波数領域においては、例えば、キャリアドープした半導体(例えば、InAs、InP、GaAs、Siなど)、金属(例えば、Ag、Au、Cu、Alなど)、またはこれらの複数の物質によって構成される。
【0031】
また、図1(b)において、103は上記の負誘電率媒質101、102で上下を挟まれた利得媒質である。利得媒質は、一般に、キャリアを注入すると利得が発生する物質であって、外部から電流注入を行うためには利得媒質103と負誘電率媒質101、102との電気的な接触を図る必要がある。このため、高濃度キャリアドープされた半導体を電気的接点111、112として利用する。ここで、高濃度とは、少なくとも誘電率実部が負になるようなキャリア濃度より濃度が高いものとする。
【0032】
また、121と122は電極である。
【0033】
このような構成で、負誘電率媒質101、102と電気的接点111、112はミリ波帯やテラヘルツ帯の電磁波にとって、幾何光学的な反射面をなすクラッドとして機能する。したがって、このようなクラッド(負誘電率媒質101、102と電気的接点111、112)によって導かれる電磁波は、回折限界をもたない表面プラズモンが導波モードとして許容される。このことによって、利得媒質103の厚さの制約が少なくなり、長波長レーザに好ましいといえる。
【0034】
ところで、このようなクラッド(負誘電率媒質101、102と電気的接点111、112)に沿って伝搬する表面プラズモンは、クラッドの内部におけるキャリアの変動を伴いながら伝播するものである。したがって、クラッドの内部におけるキャリアの変動を制御することができると、表面プラズモンそのものを制御すること可能になると考えられる。
【0035】
荷電キャリアの制御方法としては、真空管におけるグリッドのように、空間部分における電位をあらかじめ与えておく方法が考えられる。一方で、一般にレーザにおいて、電磁波は共振器構造において定在波を形成するものであって、ある発振波長を考えると、共振器構造の空間電位は時間的に一定となっている。表面プラズモン導波路を伴った長波長レーザにおいて、これらの関係は大変都合よく、これを積極的に利用したレーザ発振の制御を考えることができる。すなわち、クラッド(負誘電率媒質101、102と電気的接点111、112)における電磁波の節となる部分又は腹となる部分に電極などを挿入すれば、レーザ発振を制御することが可能である。
【0036】
更に、挿入すべき電極を有限な電気抵抗を持たせた構造へ置き換えると、電流注入における動作点の制御も可能にする。12はこのための抵抗体である。後述するように、動作点の制御のために抵抗体12の電気抵抗は、典型的には、比較的小さい値が好ましい。
【0037】
比較的低抵抗な抵抗体12は、挿入した部分の電位を一定にするように働くため、表面プラズモン導波路において発振されるべき電磁波の節となる部分を注意して選んで抵抗体12を挿入する。
【0038】
ここで、電磁波の節となる部分は、導波路における第二のクラッドを基準とした第一のクラッドの電位と表面電流の関係で読み替えると、表面電流が極大となる部分のことを指す。第一のクラッドとは、負誘電率媒質101と電気的接点111で構成される。第二のクラッドとは、負誘電率媒質102と電気的接点112で構成される。電気的接点は必要に応じて省略できる。
【0039】
もちろん、第一のクラッドを基準とした第二のクラッドの電位と表面電流の関係で読み替え、表面電流が極大となる部分としてもよい。或いは、発振を望まない電磁波で考えれば、抵抗体12は表面電流が極大とはならない部分(例えば、電磁波の腹)へ挿入されていることになる。すなわち、抵抗体12は空間電位を一定にするように働くため、発振を望まない電磁波に対しては損失として働く。本発明を適用できる最良の形態において、抵抗体12は、このような現象を利用して発振波長を安定化する。
【0040】
利得媒質103としては、例えば、共鳴トンネルダイオード(Resonant Tunneling Diode)を用いてもよい。量子カスケードレーザで用いられる数百から数千層もの半導体多層膜構造を用いてもよい。これらは、電流注入によってミリ波帯やテラヘルツ帯の電磁波に電磁波利得を発生する。ただし、電流注入を行う際トンネル注入を伴っており、利得を発生させるの動作点付近のI−V特性には負性抵抗領域を持つ。負性抵抗領域は、非線形微分方程式であるvan del pol方程式で記述されるように、不安定な分岐である。したがって、このような利得媒質103を選ぶとき、所望の動作点を設定するための安定化が必須となる。負性抵抗領域のおける不安定性を安定化するためには、電子デバイス技術でよく知られるように、負性抵抗より低抵抗な抵抗器を並列に挿入して全体を受動回路とする方法が考えられ、本発明を適用できる最良の形態においた抵抗体12がこれを担う。
【0041】
図1(a)において、共振器構造は端面104、105によって形成する。図1(a)のように端面の処理がされていない場合は、開放端となる。したがって、開放端104、105の部分はこのような導波路型共振器において表面電流が極小となる。これは、端面104、105における寄生リアクタンス成分を無視した極限での近似であるが、典型的な場合、よい近似となっている。このとき、端面104、105から導波路に沿って表面電流がはじめて極大となる部分は、発振波長をλとした光学的な長さでλ/4だけ離れた部分となる。これは電気的な長さではπ/2に相当する。あとは分布定数回路と同様に、光学的な長さでλ/2毎に(電気的な長さでいうとπ毎に)定常的に等価な部分が現れる。或いは、端面における第一のクラッド(負誘電率媒質101と電気的接点111)と第二のクラッド(負誘電率媒質102と電気的接点112)を短絡するように端面の処理を行うと、固定端となる。この場合、固定端104、105の部分はこのような導波路型共振器において表面電流が極大となる。このとき、端面104、105から導波路に沿って表面電流がはじめて極大となる部分は、発振波長をλとした光学的な長さでλ/2だけ離れた部分となる。これは電気的な長さではπに相当する。あとは分布定数回路と同様に、光学的な長さでλ/2毎に(電気的な長さでいうとπ毎に)定常的に等価な部分が現れる。いずれの場合も、抵抗体12は、表面プラズモン導波路における発振されるべき電磁波の表面電流が極大となる部分へ挿入する。尚、挿入される抵抗体12は最低1個でもよいが、十分な安定化を期すためには複数個が望ましい。
【0042】
抵抗体12は負誘電率の第一のクラッド(負誘電率媒質101と電気的接点111)と第二のクラッド(負誘電率媒質102と電気的接点112)の間へ挿入されればよく、例えば、図1(b)のように電極121、122を介して挿入する。もちろん、これに限ることはなく負誘電率媒質101と102を横方向に引き出して、直接、電気的に接するようにしてもよい。いずれにしても、利得媒質103の側壁に接触しないようにすればよい。そのための13はパッシベーションのために設けられた領域であり、図1(b)のように誘電体を充填する。好ましくは低誘電率で低損失な誘電体か、ほぼ無損失なエアギャップがよい。
【0043】
抵抗体12の構成としては、比較的低抵抗な抵抗値を実現しやすいような導電性材料が好ましいといえる。例えば、半金属(例えば、Bi、グラファイト)や透明性導電膜(例えばITO、ZnOやZnSn)が考えられる。また、poly−Siのような比較的電気伝導度の高い半導体でもよい。これらは、素子本体10の上の成膜した膜抵抗体12として用いると、寄生リアクタンスも低減することができ、また、モノリシック化のためにも好ましい。ただし、膜抵抗体12は、材料や形状などがそれぞれ異なるものでもよく、一般には、図1(b)のように12A、12B、12C...などと表される。例えば、12A、12Cは温度が上がるほど電気伝導度が下がるような抵抗温度係数を持つ半金属、12Bは温度が上がるほど電気伝導度が上がるような抵抗温度係数を持つ半導体などとしてもよい。というのも、膜抵抗体12の抵抗値によっては、安定化のための電流によってジュール熱が発生することがあるが、これらを補償する方法も考えられるからである。透明性半導体はどちらの使い方もできる。また、抵抗体12はこれに限ることはなく、あとで説明するように、安定化のために流れる電流そのものを抑制することができる非線形抵抗体を利用してもよい。
【0044】
このようなレーザ素子の駆動は、図示しない外部電界制御手段に電極121、122を接続して行えばよい。ただし、利得媒質103への電流注入と安定化のために抵抗体12を流れる電流を考慮し、十分な駆動能力の外部電界制御手段を利用するとよい。
【0045】
更に具体的な構成については、以下の実施例において説明する。
【実施例1】
【0046】
図2は、本発明を適用できるレーザ素子を構成する一実施例を示している。本実施例において、利得媒質は共鳴トンネルダイオード(RTD)である。RTDにおいて生じる利得は、ミリ波帯からテラヘルツ帯までに及んでいると考えられている。RTDでは電流注入の方法としてトンネル注入を利用しており、I−V特性に負性抵抗領域が現れる。RTDにおいては利得の発生する動作点は負性抵抗領域とオーバーラップしており、通常、動作点は不安定である。したがって、レーザ発振の安定化が必要であり、本発明を適用できるレーザ素子を構成する利得媒質として好ましい例となる。
【0047】
図2(b)は本実施例におけるレーザ素子構成の断面図を示すものである。利得媒質203はRTDであり、スペーサ層/障壁層/井戸層/障壁層/井戸層/障壁層/スペーサ層のように障壁層を三枚用いた構成になっている。これらはInP基板上に格子整合するInGaAsを井戸層として、障壁層には格子整合するInAlAs、非整合のAlAsやSb系のAlGaAsSbを用いてもよい。より具体的には、エミッタ側からコレクタ側へ順に、以下のように半導体多層膜構造から構成する。
InGaAs 5.0nm / AlAs 1.3nm/InGaAs 5.6nm / InAlAs 2.6nm/InGaAs 7.6 nm/AlAs 1.3nm/InGaAs 5.0nm
いずれの層も意図的にキャリアドープを行わないアンドープとしておく。エミッタからトンネル注入されるキャリア(ここでは電子)は、以上の半導体多層膜構造を通過するとき、フォトンアシストトンネルと呼ばれる現象に基づいてミリ波帯からテラヘルツ帯までの周波数領域で利得を発生する。また、0.7Vの電界印加時においてピーク電流密度が約280kA/cm、0.7−0.9Vにおいて負性抵抗を示すものである。
【0048】
詳細に解析すれば、例えば、動作点を0.7Vとした電界印加時では、0.3‐1THzの周波数領域で600cm‐1程度の利得を有していると考えられる。なお、RTDの解析についてはJpn.J.Appl.Phys.,Vol.40,5251(2001)を参照した。
【0049】
このような利得媒質203は、負誘電率媒質でもある電気的接点211、212に挟まれる。利得媒質203の電気的接点211、212としては、例えばInP基板に格子整合するn−InGaAs 50nmの半導体膜で構成する。ここではキャリアとして電子を選び、Siをドーパントとして用いて電子濃度を2×1018cm‐3とする。更に、負誘電率媒質201、202に挟まれるが、やはりInP基板に格子整合するn−InGaAs 100nmの半導体膜で構成する。ここでは電子濃度を1×1019cm‐3として、Ti/Pd/Auなどの電極221、222とオーミックに接する。ただし、以上はInP基板上の構成の一例を示したもので、これに限るものではない。InAs基板上のInAs/AlAsSbやInAs/AlSb、GaAs基板上のGaAs/AlAsやGaAs/AlGaAs、Si基板上のSi/SiGeといった半導体多層膜構成も考えられる。これらの素子本体20は、図2(a)における転写用基板21上に転写され、更に、誘電体23によって埋め込まれた埋め込み型とする。誘電体23としては、BCBなど低誘電率で且つ損失の少ないものを選択する。このようにすると、抵抗体22を利得媒質の側壁に接触させずに、電極222、221の間に挿入することができる。また、抵抗体22を誘電体23上に引き出して長さを調整することができるため、抵抗体22の抵抗値を調整できる。ここでは、素子本体20の大きさを表面プラズモンの伝播方向に300μm、横方向に5μmとする。なお、図2(a)で204、205は端面を表す。
【0050】
以上のレーザ素子構成において、抵抗体22は負誘電率の第一のクラッド(負誘電率媒質201と電気的接点211)と第二のクラッド(負誘電率媒質202と電気的接点212)の間へ、電極221、222を介して挿入する。本実施例では抵抗体22の材料としては、半金属であるBiを用いて、リボン状の膜とする。Biを蒸着法で成膜としたときの手元の測定によると、比抵抗は約3Ω.μmであった。したがって、比較的作製しやすい形状のBi膜抵抗体22は、抵抗値を数Ωから数十Ω程度まで任意に調整することができる。抵抗値Rは、発振波長から見てBi膜抵抗体22をほとんど無視できるように、
Zin<R (式1)
とする。ここで、ZinはBi膜抵抗体22を配置する表面プラズモン導波路における表面電流が極大となる部分の入力インピーダンスの大きさである。この部分におけるZinは、素子本体20の表面プラズモン導波路における特性インピーダンスZ0より十分に小さい(Zin<<Z0)ため、Z0より大きい抵抗値を選択すれば式1を満たすことができる。いまの場合、表面プラズモン導波路における特性インピーダンスZ0を詳細に解析すれば、0.3−1THzにおいて0.1Ω程度である。ただし、表面プラズモン導波路の解析方法については、素子本体20におけるそれぞれの層の自由キャリア濃度をよく知られたドゥルーデの複素誘電率モデルに反映し、マクスウェル方程式の有限要素法ソルバを用いている。そこで、本実施例では図2(b)に記述するように、片側が膜厚1.2μm、幅4μm、誘電体上の長さが10μmのリボン状のBi膜抵抗体22を、素子本体20を横断するように両側に配置し、抵抗値Rを約3Ωへ調整する。このようにして、表面電流が極大となる部分の入力インピーダンスの大きさZinとBi膜抵抗体22の抵抗値Rとの間にインピーダンス不整合を確保する。配置方法に関しては、本実施例の場合、端面204、205は開放端であるから、端面204、205から光学的な長さでλ/4だけ離れた部分がはじめの表面電流の極大となる部分となる。したがって、この部分より伝播方向にλ/2のピッチで部分的に抵抗体22を配置する方法を選択する。光学的な長さnLで表され(等価屈折率n、物理的長さL)、表面プラズモン導波路における等価屈折率を求め、発振波長を決めると物理的長さのピッチが求まる。いまの場合、表面プラズモン導波路における等価屈折率は0.3−1THz周辺で約12である(表面プラズモン導波路の解析については上記の手法を利用した)。本実施例では、1THzを選択することにする。このとき、光学的な長さλ/2は物理的長さに換算すると12.5μmである。また、素子本体20の動作点を安定化するために、
【0051】
【数1】

【0052】
とする。ここで、NDR(<0)は動作点における素子本体20の負性抵抗(Negative Differential Resistance)の値、rは素子全体20に並列した抵抗体22の抵抗の和である。いまの場合、利得媒質203の動作点における面積当りのNDRは約−2×10−6Ω.cmであって、伝播方向12.5μm当りのNDRは約−3.2Ωとなる。このように比較的低抵抗なときは、抵抗体22を並列に数多く配置するとよい。本実施例では、例えば、表面プラズモン導波路におけるすべての表面電流の極大となる部分に配置する。このときBi膜抵抗体22の1個当りに換算して3.2Ω以下となれば、式2を満たすことができるが、いまの場合、そのようになっている。したがって、Bi膜抵抗体22は素子本体20上に24個配置される。
【0053】
以上のレーザ素子構成において、発振波長の周辺におけるレーザ発振の安定化を確かめるために計算と、DCの周辺における動作点の安定化を確かめる計算を行った。実際には、1THzの発振波長を除く全周波数領域に、Bi膜抵抗体22による損失の効果が見られれば安定化の効果があるといえるが、計算では便宜上、主要な二つ周波数領域で行えば十分と考えられる。
【0054】
図3は、発振波長の周辺におけるQ値の計算結果を示したものである。
【0055】
計算では、本実施例のレーザ素子構成で全電磁界シミュレーションを行っている。全電磁界シミュレーションでは、3次元有限要素法ソルバとして知られる商用のアンソフト社HFSSver10.1を用いた。
【0056】
また、負誘電率材料の指定方法としては、ドゥルーデの複素誘電率モデルを近似して用いている。近似は、ドゥルーデの複素誘電率モデルにおける交流伝導度σ(ω)を直流伝導度σ(0)へ置き換えるものである。
【0057】
これは、負誘電率材料におけるキャリアの緩和時間τと解くべき角周波数ωの関係がωτ<1を満たす場合、よい近似となることで知られる。
【0058】
ここでは、シミュレーションを行う周波数領域を0.3−1THz周辺とする。
【0059】
電極材201、202における電子の緩和時間τは0.05psec、n−InGaAs系の半導体材料201、202、221、222における電子の緩和時間τは0.1psecとしてモデル化できることが知られている。緩和時間については非特許文献1を参照した。
【0060】
ゆえにこれを適用し、n−InGaAs系の半導体材料201、202、221、222は一律にσ(0)=6×10S/mとする。尚、InGaAs系の半導体材料は背景誘電率11.6が想定されるため、i−InGaAs系の半導体材料203の誘電率は背景誘電率そのものとしておく。
【0061】
更に、計算規模の簡略化のため、電極材201、202における内部にメッシュを用いず、表面電流のみ近似できるように直流伝導度σ(0)を十分に大きくしている。
【0062】
以上のモデル化の下で計算を行い、図3(a)は計算結果を示している。これを見ると24番目のモード(縦モード)のQ値にピークがあり、その他のモードはQ値が比較的小さいことがわかる。したがって、レーザ発振においては24番目のモードが選択されるため、発振波長は安定である。また、24番目のモードに対応する発振波長1.05THzであった。
【0063】
この結果は、Bi膜抵抗体22を上記のように表面電流が極大となる部分に挿入し、所望のレーザ発振以外のモードに損失を与えたために得られたものと考えられる。
【0064】
図3(b)は比較のための、Bi膜抵抗体22を挿入しないときの計算結果を示している。24番目のモードは、図3(a)、(b)を比較するとわかるように、Bi膜抵抗体22の影響をあまり受けていない。これは、Bi膜抵抗体22の幅によっても前後する。図3(c)は全電磁界シミュレーションに用いた解析モデルの斜視図を示すものである。それと同時に、電極材221とn−InGaAs201の境界部における24番目のモードの表面電流分布を表している。全電磁界シミュレーションにおいて、Bi膜抵抗体22は、表面電流分布の大きい部分に配置されていることが可視化されている。
【0065】
図4は、DCの周辺におけるリターン損失の計算結果を示したものである。計算は、本実施例のレーザ素子構成を集中定数回路とみなし、電極221、222を1ポートとしたsパラメータ解析を行ったものである。
【0066】
素子本体20の大きさが考える周波数領域(この場合はDCの周辺)において十分に小さいので妥当と考えられる。
【0067】
ここでは、素子本体20のNDR、Bi膜抵抗体22の合成抵抗rの他に、Ti/Pd/Au電極221、222によるオーミック接触抵抗(1×10−7Ω.cm)を考慮する。更に、Bi膜抵抗体22における静電容量(BCB23の誘電率は2.6を仮定した)をも考慮する。
【0068】
図4の計算結果を見るとわかるように、DC−30GHzまでの全周波数領域において0dB以下となり、動作点は安定である。この結果は、典型的な場合、式2を満たすようにBi膜抵抗体22を挿入するときに得られる。
【0069】
本実施例のレーザ素子構成は次の作製方法で作製することができる。
【0070】
まず、InP基板上に、分子ビームエピタキシー(MBE)法などによって、下記の層を作製する。
【0071】
n−InGaAs層202、212、InGaAs/AlAsまたはInGaAs/InAlAsによる多重量子井戸203、n−InGaAs層211、201をエピタキシャル成長する。
【0072】
その表面に電極としてTi/Pd/Au221を蒸着し、上記のような幅5μm、長さ300μmのメサ状に基板までのエッチングを行う。エッチングにはフォトリソグラフィとICP(誘導性結合プラズマ)によるドライエッチングを用いる。次に、上記電極221とAu薄膜を蒸着した転写用基板21上のAu薄膜との間で、圧着によるボンディングを行う。AuSnなど半田を用いた加熱融着でもよい。その後、塩酸によりウエットエッチングを行うと、InP基板だけが選択的に除去されるため、メサ状のエピタキシャル層が転写用基板21上に転写される形となる。次に、スピンコートによりBCB23を塗布した後、メサ状のエピタキシャル層を露出させる。更に、上記InP基板を除去した後に現れたn−InGaAs層202の表面に、リフトオフ法により電極222を形成する。最後に、リフトオフ法によりBi膜抵抗体22を蒸着して上記構成を完成する。
【0073】
尚、本実施例における膜抵抗体の変形例としては、Biのような半金属以外に、比抵抗が比較的近い透明性導電膜も考えられる。本実施例において、このようなITOやZnOなどを同様の形状の膜として用いてもよい。
【実施例2】
【0074】
図5は、本発明を適用できるレーザ素子を構成する一実施例を示している。本実施例においても、利得媒質は実施例1と同じ共鳴トンネルダイオード(RTD)である。実施例1のRTDのNDRは比較的低抵抗なため、安定化に用いる抵抗体の抵抗値も比較的低く、例えば1個の抵抗体で100mAオーダの電流を余計に消費するものであった。ただし、抵抗体は線形抵抗体に限ることはなく非線形抵抗体でもよい。本実施例では、これを改良するための金属と半導体の界面に形成されるショットキー障壁を利用した非線形抵抗体を利用するものである。構成はやや複雑になるが、本発明を適用できるレーザ素子を構成する抵抗体として、更に好ましい例となる。
【0075】
図5(b)において、利得媒質503は簡単のため実施例1と同じInP基板上のRTDとする。電気的接点511、512としては電子濃度が2×1018cm‐3のn−InGaAs 50nm、負誘電率媒質501、502としては電子濃度が1×1019cm‐3のn−InGaAs 100nmの半導体膜で構成する。また、電極521、522としてTi/Pt/Auを用いる。これらの素子本体50は、図5(a)における転写用基板51上に転写され、更に、誘電体53によって埋め込まれた埋め込み型とする。更に、本実施例では、非線形抵抗体としてショットキー障壁を用いる。そのため転写用基板51は、比抵抗が約1Ω.cmのn−Si基板を用いる。n−Si51に対して、ショットキー電極を構成するための電極材は電子デバイス技術においてよく知られており、いくつかを選択することができる。ショットキー電極材52はリボン状の膜として、ショットキー障壁54となるn−Si51の一表面上と素子本体50上の電極522とを電気的に接続する。こうしたショットキー障壁54を含む抵抗体52は電極521、522と電気的に接するようになる。ここでは、素子本体50の大きさを表面プラズモンの伝播方向に300μm、横方向に5μmとする。また、ショットキー障壁54の表面の面積としては、例えば4μm角とする。
【0076】
以上のレーザ素子構成において、ショットキー障壁54を含む抵抗体52は負誘電率の第一のクラッド(負誘電率媒質501と電気的接点511)と第二のクラッド(負誘電率媒質502と電気的接点512)の間へ、電極521、522を介して挿入されている。ただし、ショットキー障壁54を含む抵抗体52の抵抗値としては、式1は同じであるが、式2は実施例1とは異なる。具体的には、動作点における抵抗値Rは、発振波長から見てショットキー障壁54を含む抵抗体52をほとんど無視できるように、
Zin<R (式1)
とする。また、素子本体50の動作点を安定化するために、
【0077】
【数2】

【0078】
とする。ここで、NDR(<0)は動作点における素子本体50の負性抵抗の値、DRは動作点における素子全体50に並列したショットキー障壁54を含む抵抗体52の微分抵抗(Differential Resistance)の和である。この式は、式2を更に一般化したものと考えてよい。これを満たすようにショットキー電極材52を検討した計算結果が図6である。計算では、よく知られたthermionic−field emissionモデルを用いた。ここで、n−Siに対するショットキー障壁の高さ(Schottky Barrier Height)をPt、Pd、Tiのそれぞれを順に0.9eV、0.8 eV、0.5eVと仮定した。また、ショットキー障壁54界面のn値(ideal factor)については、典型的な値である1.1を仮定した。図6(a)において、動作点0.7Vを見ると、ショットキー電極材52にPtを用いたとき抵抗値Rは10Ω程度である。図6(b)において、動作点0.7Vを見ると、ショットキー電極材52にPtを用いたときショットキー障壁54を含む抵抗体52の1個の当りの微分抵抗値DRは1Ω程度である。したがって、式1と式3を同時に満たすためにショットキー電極材52はPtが好ましい。こうしたPt52を、実施例1と同様に、素子本体20上に12.5umピッチで24個配置すると、発振波長約1THzのレーザ発振が安定化される。
【0079】
非線形抵抗体を用いた本実施例では、レーザ発振の安定化のために1個の抵抗体当り10mAオーダの電流を余計に消費するが、これは実施例1より小さく、好ましい変形例といえる。
【0080】
本実施例のレーザ素子構成は次の作製方法で作製することができる。まず、InP基板上に、分子ビームエピタキシー(MBE)法などによって、下記の層を形成する。
【0081】
n−InGaAs層502、512、InGaAs/AlAsまたはInGaAs/InAlAsによる多重量子井戸503、n−InGaAs層511、501をエピタキシャル成長する。
【0082】
その表面に電極としてTi/Pt/Au521を蒸着し、上記のような幅5μm、長さ300μmのメサ状に基板までのエッチングを行う。エッチングにはフォトリソグラフィとICP(誘導性結合プラズマ)によるドライエッチングを用いる。また、転写用n−Si基板51には上記のような4μm角のメサ状にエッチングを行い、エッチングした部分へはTi/Au薄膜を蒸着する。次に、上記電極521と転写用n−Si基板51上のTi/Au薄膜との間で、圧着によるボンディングを行う。AuSnなど半田を用いた加熱融着でもよい。その後、塩酸によりウエットエッチングを行うと、InP基板だけが選択的に除去されるため、メサ状のエピタキシャル層が転写用基板51上に転写される形となる。次に、スピンコートによりBCB53を塗布した後、メサ状のエピタキシャル層を露出させる。更に、上記InP基板を除去した後に現れたn−InGaAs層502の表面に、リフトオフ法により電極522を形成する。最後に、リフトオフ法によりPt52を蒸着して上記構成を完成する。
【実施例3】
【0083】
図7は、本発明を適用できるレーザ素子を構成する一実施例を示している。本実施例において、利得媒質は量子カスケードレーザで用いられる数百から数千層もの半導体多層膜構造である。このような利得媒質において、サブバンド間遷移に基づいて生じる利得はテラヘルツ帯に広く及んでいると考えられる。量子カスケードレーザで用いられる数百から数千層もの半導体多層膜構造においても電流注入の方法としてトンネル注入を利用しており、I−V特性に負性抵抗領域が現れる。例えば、図8はその典型例を示している。利得の発生する動作点は負性抵抗領域を一部含んでおり、このような領域を動作点に選ぶとき、通常は、不安定である。更に、図8はI−V特性に加えて、電流レーザ発振出力特性(I−L特性)も示しており、負性抵抗領域においてI−L特性の失活する様子が見て取れる。ここでは電流Iを横軸にとっているが、このような典型例は、例えば、電圧Vを制御するときに見られる現象である。したがって、レーザ発振の安定化が必要であり、本発明を適用できるレーザ素子を構成する利得媒質として好ましい例となる。
【0084】
図7(b)において、利得媒質703は量子カスケードレーザで用いられる数百から数千層もの半導体多層膜構造である。
【0085】
例えば、障壁層/井戸層/障壁層/井戸層/障壁層/井戸層/障壁層/井戸層のように障壁層を四枚用いたモジュールを繰り返した構成になっている。
【0086】
繰り返しの一単位は、当業者であればよく知られた4−well型の設計となっているが、3−well型、或いはBound−to−Continuum型を用いてもよい。これらはGaAs基板上に格子整合するGaAsを井戸層として、障壁層には格子整合するAlGaAsや非整合のAlGaAsを用いてもよい。
より具体的には、エミッタ側からコレクタ側へ順に、
AlGaAs 4.9nm/GaAs 7.9nm/AlGaAs 2.5nm/GaAs 6.6nm/AlGaAs 4.1nm/n−GaAs 15.6nm/AlGaAs 3.3nm/GaAs 9.0nm
の半導体多層膜構造を178回繰り返して構成する。
【0087】
なお、利得媒質の構成についてはOpt.Expr.,Vol.13,3331(2005)を参照した。ここで、15.6nmのn−GaAsは当業者であればよく知られたインジェクタと呼ばれる層であって、キャリアドープを行い、2×1016cm‐3程度の軽微な電子濃度とする。他の層は意図的にキャリアドープを行わないアンドープとしておく。エミッタからトンネル注入されるキャリア(ここでは電子)は、以上の半導体多層膜構造を通過するとき、サブバンド間遷移に基づいてテラヘルツ帯の周波数領域で利得を発生する。また、13Vの電界印加時においてピーク電流密度(図8におけるJpに相当)が約0.8kA/cm、13−14Vにおいて負性抵抗を示すものである。このような利得媒質703は、電気的接点を兼ねた負誘電率媒質701、702に挟まれる。利得媒質703の電気的接点701、702としては、例えばGaAs基板に格子整合するn−GaAs 50nmの半導体膜で構成する。ここでは電子濃度を5×1018cm‐3とする。このようにして、Ti/Pd/Auなどの電極521、522とオーミックに接する。ただし、以上はGaAs基板上の構成の一例を示したもので、これに限るものではない。InAs基板上のInAs/AlAsSbやInAs/AlSb、InP基板上のInGaAs/InAlAs、InGaAs/AlAsやInGaAs/AlGaAsSb、Si基板上のSi/SiGeといった半導体多層膜構成も考えられる。これらの素子本体70は、図7(a)における転写用基板71上に転写され、更に、誘電体73によって埋め込まれた埋め込み型とする。誘電体73としては、BCBなど低誘電率で且つ損失の少ないものを選択する。ここでは、素子本体70の大きさを表面プラズモンの伝播方向に1000μm、横方向に20μmとする。なお、図7(a)で704、705は端面を表す。
【0088】
以上のレーザ素子構成において、抵抗体72は負誘電率の第一のクラッド(負誘電率媒質201)と第二のクラッド(負誘電率媒質202)の間へ、電極721、722を介して挿入する。本実施例では抵抗体72の材料としては、透明性導電膜であるITOを用いて、リボン状の膜とする。ITOを低温環境下においてRFスパッタ法で成膜したとき、比抵抗は10Ω.μm程度として知られている(比抵抗については、日本学術振興会“透明導電膜の技術”オーム社(1999)の5章を参照した)。抵抗値Rは、発振波長から見てITO膜抵抗体72をほとんど無視できるように、
Zin<R (式1)
とする。ZinはITO膜抵抗体72を配置する表面プラズモン導波路における表面電流が極大となる部分の入力インピーダンスの大きさである。この部分におけるZinは、素子本体70の表面プラズモン導波路における特性インピーダンスZ0より十分に小さい(Zin<<Z0)ため、Z0より大きい抵抗値を選択すれば式1を満たすことができる。いまの場合、表面プラズモン導波路における特性インピーダンスZ0を詳細に解析すれば、3THz周辺において60Ω程度である。ただし、表面プラズモン導波路の解析方法については、素子本体50におけるそれぞれの層の自由キャリア濃度をよく知られたドゥルーデの複素誘電率モデルに反映し、マクスウェル方程式の有限要素法ソルバを用いている。そこで、本実施例では図7(b)に記述するように、片側が膜厚1.0μm、幅5μm、誘電体上の長さが40μmのリボン状のITO膜抵抗体72を、素子本体70を横断するように片側に配置し、抵抗値Rを約80Ωへ調整する。このようにして、表面電流が極大となる部分の入力インピーダンスの大きさZinとITO膜抵抗体72の抵抗値Rとの間にインピーダンス不整合を確保する。配置方法に関しては、本実施例の場合、端面704、705は開放端であるから、端面704、705から光学的な長さでλ/4だけ離れた部分がはじめの表面電流の極大となる部分となる。したがって、この部分より伝播方向にλ/2のピッチで部分的に抵抗体72を配置する方法を選択する。光学的な長さはnLで表され(等価屈折率n、物理的長さL)、表面プラズモン導波路における等価屈折率を求め、発振波長を決めると物理的長さのピッチが求まる。いまの場合、表面プラズモン導波路における等価屈折率は3THz周辺で約3.0である(表面プラズモン導波路の解析については上記の手法を利用した)。本実施例では、3THzを選択することにする。このとき、光学的な長さλ/2は物理的長さに換算すると16.7μmである。また、素子本体70の動作点を安定化するために、
【0089】
【数3】

【0090】
とする。ここで、NDR(<0)は動作点における素子本体70の負性抵抗(Negative Differential Resistance)の値、rは素子全体70に並列した抵抗体72の抵抗の和である。いまの場合、利得媒質703の動作点における面積当りのNDRは約−1×10−2Ω.cmであって、伝播方向16.7μm当りのNDRは約−3000Ωとなる。このように比較的高抵抗なときは、抵抗体72を並列に数少なく配置するとよい。本実施例では、例えば、表面プラズモン導波路における端面704、705からはじめの表面電流の極大となる部分に配置する。このときITO膜抵抗体72の1個当りに換算して100Ω以下となれば、式2を満たすことができるが、いまの場合、そのようになっている。こうしたITO膜抵抗体72を素子本体70上に2個配置すると、発振波長約3THzのレーザ発振が安定化される。
【0091】
本実施例のレーザ素子構成は次の作製方法で作製することができる。まず、GaAs基板上に、分子ビームエピタキシー(MBE)法などによって、AlGaAsによるエッチストップ層、n−GaAs層702、GaAs/AlGaAsによる多重量子井戸703、n−InGaAs層701をエピタキシャル成長する。その表面に電極としてTi/Pd/Au721を蒸着し、上記のような幅20μm、長さ1000μmのメサ状に基板までのエッチングを行う。エッチングにはフォトリソグラフィとICP(誘導性結合プラズマ)によるドライエッチングを用いる。次に、上記電極721とAu薄膜を蒸着した転写用基板71上のAu薄膜との間で、圧着によるボンディングを行う。AuSnなど半田を用いた加熱融着でもよい。その後、アンモニア水と過酸化水素水によりウエットエッチングを行うと、エッチストップ層までGaAs基板だけが選択的に除去される。更にエッチストップ層を除去すると、メサ状のエピタキシャル層が転写用基板71上に転写される形となる。次に、スピンコートによりBCB73を塗布した後、メサ状のエピタキシャル層を露出させる。更に、上記InP基板を除去した後に現れたn−GaAs層702の表面に、リフトオフ法により電極722を形成する。最後に、リフトオフ法によりITO膜抵抗体72を成膜して上記構成を完成する。
【0092】
尚、本実施例における膜抵抗体の変形例としては、ITOのような透明性導電膜の外に、比抵抗が比較的近い半導体も考えられる。本実施例において、このようなpoly−Siなどを同様の形状の膜として用いてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0093】
【図1】本発明を実施するための最良の形態について示す図。
【図2】実施例1のレーザ素子構成について示す図。
【図3】実施例1において、本発明を適用することのできる抵抗体によってレーザ発振の発振波長が安定化されることを説明する図。
【図4】実施例1において、本発明を適用することのできる抵抗体によってレーザ発振の動作点が安定化されることを説明する図。
【図5】実施例2のレーザ素子構成について示す図。
【図6】実施例2において、本発明を適用することのできる非線形抵抗体を説明する図。
【図7】実施例3のレーザ素子構成について示す図。
【図8】従来の長波長レーザにおいてレーザ発振の動作点が不安定であることを説明する図。
【符号の説明】
【0094】
101、102、201、202、501、502 負誘電率媒質
111、112、211、212、511、512、701、702 電気的接点(負誘電率媒質)
103、203、503、603 利得媒質
121、122、221、222、521、522、721、722 電極
104、105、204、205、504、505、704、705 端面
10、20、50、70 素子本体
11 基板
21、51、71 転写用基板
12 抵抗体
22、72 膜抵抗体
52 ショットキー電極(抵抗体)
13、23、53、63 誘電体
54 ショットキー障壁

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の電磁波に対して利得を有する利得媒質と、前記電磁波を共振させるための共振器構造を備えたレーザ素子であって、
前記電磁波に対する誘電率実部が負である負誘電率媒質で構成される第一のクラッドと第二のクラッドと間に前記利得媒質を介在させて導波路が形成されており、
前記電磁波が前記導波路を伝搬する際に、前記第二のクラッドを基準としたときの前記第一のクラッドにおける表面電流が極大となる部分に、前記第一のクラッドと前記第二のクラッドとの間の電位差を安定させるための抵抗体を備えることを特徴とするレーザ素子。
【請求項2】
前記導波路は、前記電磁波の前記伝播方向において開放端となる端面を有しており、前記抵抗体を備える部分は、前記端面より光学的な長さで前記電磁波の波長の四分の一だけ離れた部分を少なくとも含むことを特徴とする請求項1記載のレーザ素子。
【請求項3】
前記導波路は、前記電磁波の前記伝播方向において固定端となる端面を有しており、前記抵抗体を備える部分は、前記端面より光学的な長さで前記電磁波の波長の二分の一だけ離れた部分を少なくとも含むことを特徴とする請求項1記載のレーザ素子。
【請求項4】
前記抵抗体は、導電性材料で形成される膜抵抗体であることを特徴とする請求項1から3までいずれか記載のレーザ素子。
【請求項5】
前記抵抗体は、半金属、透明性導電膜又は半導体によって構成されることを特徴とする請求項1から4までいずれか記載のレーザ素子。
【請求項6】
前記抵抗体は、金属と前記半導体の間に生じるショットキー障壁を含む抵抗体であることを特徴とした請求項1から5までいずれか記載の記載のレーザ素子。
【請求項7】
前記表面電流が極大となる部分は複数有り、前記複数の表面電流が極大となる部分には抵抗温度係数の符号の異なる前記抵抗体を備えることを特徴とする請求項1から5までいずれか記載の記載のレーザ素子。
【請求項8】
前記負誘電率媒質は、金属、キャリアドープした半導体、又は金属とキャリアドープした半導体によって構成されることを特徴とする請求項1から6までいずれかに記載のレーザ素子。
【請求項9】
前記利得媒質は、フォトンアシストトンネルに基づいた共鳴トンネルダイオードであることを特徴とする請求項1から7までいずれか記載のレーザ素子。
【請求項10】
前記電磁波の周波数は30GHzから30THzまでの周波数領域内の周波数を含む電磁波であることを特徴とする請求項1から9までいずれか記載のレーザ素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−59922(P2009−59922A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−226341(P2007−226341)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】