説明

信号処理装置、レーダ装置及び信号処理プログラム

【課題】サイドローブによる偽像を抑圧することができる信号処理装置を提供する。
【解決手段】レーダ指示機3は、物標存在領域検出部21と、過去スイープ蓄積部22と、偽像抑圧部23と、を備えている。物標存在領域検出部21は、物標が存在する領域を検出する。過去スイープ蓄積部22は、方位方向に連続したレーダエコーを取得可能である。偽像抑圧部23は、方位方向に連続したレーダエコーから得られる情報に基づいて、前記レーダエコーに含まれる偽像を抑圧する処理を行うことが可能である。そして、偽像抑圧部23は、物標が存在する領域のレーダエコーに対しては、それ以外の領域のレーダエコーに対する処理とは異なる処理を行っている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主要には、レーダ装置が備える信号処理装置に関する。詳細には、前記信号処理装置において、レーダエコーに含まれる偽像を抑圧するための構成に関する。
【背景技術】
【0002】
レーダの表示画面に偽像が現れると、本来存在しないターゲットをオペレータが誤認識したり、信号強度の弱いターゲットが偽像によって隠されてしまったりするという問題がある。なお、偽像とは、レーダ波の主ビーム以外のビームによる反射波がアンテナに受信されたときや、レーダ波が多重反射してアンテナに受信されたときなどに発生する不要映像である。
【0003】
このため、偽像を除去するための構成が、従来から各種提案されている。
【0004】
例えば特許文献1が開示するレーダ装置は、当該レーダ装置が搭載された移動体の構造物によって生じる多重反射による偽像のレベルを検出し、検出した偽像のレベルに応じてレベル調整を行う構成である。また、特許文献2が開示するレーダ装置は、予め設定された偽像処理領域内に物標と見なされる映像が複数存在していた場合に、最も近距離の映像を実像と判断し、その他の映像は多重反射による偽像と判断して除去する構成である。また、特許文献3が開示するレーダ装置は、物標の重心位置の分散が基準値より大きい値であった場合に、偽像が発生したと判断して補正閾値レベルを上げる構成である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−170165号公報
【特許文献2】特開平8−82671号公報
【特許文献3】特開平8−75841号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1や2の構成では、多重反射による偽像を除去することはできるものの、サイドローブによる偽像を除去することはできない。
【0007】
一方、特許文献3の構成では、一時的に偽像が発生した場合は、物標の重心位置の分散が大きくなるため偽像の発生を検出することができるものの、偽像が常に発生している場合には検出することができない。従って、このような場合は偽像を抑圧することができない。また、特許文献3は、閾値レベルを上げることにより偽像を除去しているので、必要な信号までも除去してしまうおそれがある。
【0008】
本発明は以上の事情に鑑みてされたものであり、その主要な目的は、サイドローブによる偽像を適切に抑圧することができる信号処理装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段及び効果】
【0009】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段とその効果を説明する。
【0010】
本発明の第1の観点によれば、以下の構成の信号処理装置が提供される。即ち、この信号処理装置は、物標存在領域検出部と、レーダエコー取得部と、偽像抑圧部と、を備える。前記物標存在領域検出部は、物標が存在する領域を検出する。前記レーダエコー取得部は、方位方向に連続したレーダエコーを取得する。前記偽像抑圧部は、前記方位方向に連続したレーダエコーから得られる情報に基づいて、前記レーダエコーに含まれる偽像を抑圧する処理を行う。そして、前記偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域のレーダエコーに対しては、それ以外の領域のレーダエコーに対する処理とは異なる処理を行う。なお、本明細書において、「方位方向に連続する」とは、自装置を中心とした円又は円弧上で連続することをいう。
【0011】
即ち、サイドローブによる偽像は、物標と同じ距離で広がるようにして現れる。従って、方位方向に連続するレーダエコーに基づいて、サイドローブによる偽像を適切に抑圧することができる。また、物標が存在する領域を予め検出しておいたうえで、当該物標が存在する領域は偽像抑圧処理を異ならせることにより、物標のエコーまでもが抑圧されてしまうことを防ぐことができる。
【0012】
上記の信号処理装置において、前記偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域のレーダエコーと、その周囲の領域のレーダエコーと、で処理を異ならせることが好ましい。
【0013】
即ち、サイドローブによる偽像は、物標の周囲の領域に現れ易い。そこで、上記のように構成することにより、物標のレーダエコーに対する処理と、サイドローブによる偽像に対する処理と、を異ならせることができる。これにより、サイドローブによる偽像を適切に抑圧しつつ、物標のエコーまでもが抑圧されてしまうことを防ぐことができる。
【0014】
上記の信号処理装置において、前記偽像抑圧部は、前記方位方向に連続するレーダエコーの移動平均に基づいて物標が存在しない領域の閾値を決定し、当該閾値に基づいて偽像を抑圧することが好ましい。
【0015】
即ち、物標が存在する領域(真のエコー像が検出される領域)以外の領域においては、偽像を除去することが好ましい。そこで、このような領域について、方位方向に連続するレーダエコーの移動平均に基づいて閾値を決定することにより、当該方位方向に連続するレーダエコーに対してハイパスフィルタ処理と同等の処理を行うことができる。このハイパスフィルタ処理により、方位方向に広がる偽像(サイドローブによる偽像)を除去することができる。
【0016】
上記の信号処理装置において、前記偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域の閾値を、予め定められた所定の閾値とすることもできる。
【0017】
即ち、物標が存在する領域のレーダエコーは除去する必要が無いので、固定の閾値を用いることができる。これにより、閾値を算出するための演算負荷を低減することができる。
【0018】
上記の信号処理装置は、以下のように構成することもできる。即ち、前記偽像抑圧部は、前記方位方向に連続するレーダエコーの移動平均に基づいて閾値を決定し、当該閾値に基づいて偽像を抑圧するものである。そして、当該偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域と、それ以外の領域とで、前記移動平均を取るデータ点数又は前記移動平均に乗じるオフセット係数の少なくとも何れか一方を異ならせる。
【0019】
これにより、上記ハイパスフィルタ処理の効果を、物標が存在する領域と、それ以外の領域と、で異ならせることができる。これにより、より適切に偽像を抑圧することができる。
【0020】
上記の信号処理装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、この信号処理装置は、地図情報を取得する地図情報取得部を備える。そして、前記物標存在領域検出部は、前記地図情報に基づいて、物標が存在する領域を検出する。
【0021】
これにより、物標(具体的には、陸地)が存在する領域を特定することができる。
【0022】
上記の信号処理装置は、以下のように構成されることが好ましい。即ち、この信号処理装置は、AIS情報を取得するAIS情報取得部を備える。そして、前記物標存在領域検出部は、前記AIS情報に基づいて、物標が存在する領域を検出する。
【0023】
これにより、物標(具体的には、AISを搭載している船舶)が存在する領域を特定することができる。
【0024】
上記の信号処理装置において、前記偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域から方位方向に所定距離以上離れた領域については、前記偽像の抑圧を行わないように構成することもできる。
【0025】
即ち、サイドローブによる偽像は、物標が存在する領域の周囲に現れる。従って、上記のように構成することにより、偽像が発生しない領域については偽像を抑圧する処理を行わないので、レーダエコーの信号レベルが意図せずに抑圧されてしまうことを防ぐことができる。また、偽像の抑圧が必要な部分についてのみ処理を行うので、計算負荷を低減することができる。
【0026】
上記の信号処理装置において、前記偽像抑圧部は、自装置からの距離が所定距離未満の領域についてのみ、前記偽像の抑圧を行うように構成することもできる。
【0027】
即ち、偽像は、強い反射が返ってき易い近距離に出現し易いので、上記のように構成することにより、偽像が発生し易い領域にのみ処理を行うことができる。これにより、計算負荷を低減することができる。
【0028】
本発明の第2の観点によれば、上記の信号処理装置と、前記信号処理装置に対してレーダエコーを出力するレーダアンテナと、を備えるレーダ装置が提供される。
【0029】
このレーダ装置は、信号処理装置によって、サイドローブによる偽像を抑圧することができる。
【0030】
本発明の第3の観点によれば、以下に示すような信号処理プログラムが提供される。即ち、この信号処理プログラムは、物標存在領域検出ステップと、レーダエコー取得ステップと、偽像抑圧ステップと、を含む処理を信号処理装置に実行させるプログラムである。前記物標存在領域検出ステップでは、物標が存在する領域を検出する。前記レーダエコー取得ステップでは、方位方向に連続したレーダエコーを取得する。前記偽像抑圧ステップでは、前記方位方向に連続したレーダエコーから得られる情報に基づいて、前記レーダエコーに含まれる偽像を抑圧する処理を行う。そして、前記偽像抑圧ステップにおいて、前記物標が存在する領域のレーダエコーに対しては、それ以外の領域のレーダエコーに対する処理とは異なる処理を実行させる。
【0031】
即ち、サイドローブによる偽像は、物標と同じ距離で広がるようにして現れる。従って、方位方向に連続するレーダエコーに基づいて、サイドローブによる偽像を適切に抑圧することができる。また、物標が存在する領域を予め検出しておいたうえで、当該物標が存在する領域は偽像抑圧処理を異ならせることにより、物標のエコーまでもが抑圧されてしまうことを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施形態に係る船舶用レーダ装置の全体的な構成を示すブロック図。
【図2】(a)表示部に表示されるレーダ映像の例を示す模式図。(b)偽像抑圧処理を行わなかった場合のレーダ映像の例を示す模式図。
【図3】(a)オフセット係数一定で求めたハイパスフィルタ処理閾値を示すグラフ。(b)ハイパスフィルタ処理によって物標エコーが抑圧されてしまった様子を示すグラフ。
【図4】(a)物標存在領域検出部の検出結果を考慮して求めたハイパスフィルタ処理閾値を示すグラフ。(b)本実施形態における偽像抑圧処理の結果を示すグラフ。
【図5】(a)変形例において求めたハイパスフィルタ処理閾値を示すグラフ。(b)当該変形例における偽像抑圧処理の結果を示すグラフ。
【図6】別の変形例に係る船舶用レーダ装置の構成を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0033】
次に、図面を参照して本発明の第1実施形態を説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る船舶用レーダ装置1のブロック図である。図1に示すように、船舶用レーダ装置1は、アンテナユニット2と、レーダ指示機3と、を備えている。
【0034】
アンテナユニット2は、レーダアンテナ11と、送受信部12と、を備えている。本実施形態の船舶用レーダ装置は、いわゆるパルスレーダ装置として構成されている。即ち、レーダアンテナ11から指向性の高いパルス状の電波を送信し、当該レーダアンテナ11がエコー(反射波)を受信するまでの時間に基づいて、エコー源(船舶や陸地などの物標)までの距離rを得る。また、前記エコーを受信したときのレーダアンテナ11の向き(電波の送受信方向)によって、エコー源が存在する方位θがわかる。即ち、エコー源の水平面上での位置を極座標(r,θ)で取得することができる。そして、レーダアンテナ11は、前記電波の送受信を繰り返しながら、水平面内を回転するように構成されている。これにより、自船周囲の物標の様子を、360°にわたってスキャンすることができる。
【0035】
なお、以下の説明で、パルス状電波を1回送信し、そのエコーを受信する動作を「スイープ」と呼ぶ。また、スイープを繰り返しながらレーダアンテナ11を1回転させる動作を「スキャン」と呼ぶ。
【0036】
送受信部12は、レーダアンテナ11が受信した信号(レーダエコー)をサンプリングし、デジタル化したレーダエコーをレーダ指示機3に対して出力するように構成されている。なお以下の説明において、デジタル化されたレーダエコーの個々のサンプル値のことを、「受信データ」と呼ぶことがある。各受信データの値は、レーダエコーの信号レベルを表している。また、以下の説明で、各受信データに対応したエコー源(物標)の水平面上における位置(上記極座標で取得された位置)のことを、単に「受信データの位置」と言うことがある。
【0037】
レーダ指示機(信号処理装置)3は、制御部14と、表示メモリ15と、表示部16と、を備えている。また、制御部14は、スイープメモリ13を備えている。
【0038】
スイープメモリ13は、送受信部12から順次入力されてくる受信データを、1スイープ分記憶可能なバッファメモリである。スイープメモリ13に一時的に記憶された受信データは、制御部14によって順次読み出される。なお、前記1スイープ分の受信データは、スイープメモリ13の先頭アドレスから順に格納されていく。従って、スイープメモリ13から受信データを読み出す際の読み出しアドレスに基づいて、当該受信データがサンプリングされたタイミング(レーダアンテナ11にエコーが受信されたタイミング)がわかるようになっている。
【0039】
制御部14は、スイープメモリ13から読み出した受信データに対して、偽像を抑圧する処理など、適宜の処理を行い、表示メモリ15に出力する。なお、偽像を抑圧する処理については後述する。
【0040】
表示メモリ15は、ラスタ画像形式のレーダ映像を記憶可能に構成されている。当該レーダ映像は、制御部14が出力する受信データ(偽像抑圧済みの受信データ)に基づいて生成される。レーダ映像の生成方法は周知であるが、簡単に説明すると以下のとおりである。
【0041】
前述のように、エコー源の位置(受信データの位置)は、極座標で取得することができる。一方、ラスタ画像の各画素のアドレスは、直交座標で表現される。制御部14は、受信データを表示メモリ15に対して出力する際に、当該受信データの位置を前記極座標から直交座標に座標変換し、当該直交座標の位置に対応する画素のアドレスを指定する。これにより、画像メモリに記憶されているラスタ画像の適切な画素に、受信データの値が記憶される。そして、上記処理を繰り返すことにより、ラスタ画像上に次々と受信データの値がプロットされていくので、結果として、自船周囲のエコー源(物標)の様子を示すレーダ映像を生成することができる。
【0042】
表示部16は、例えばカラー表示可能な液晶ディスプレイであり、表示メモリ15から前記レーダ映像を読み出し、表示するように構成されている。船舶用レーダ装置1のオペレータは、この表示部16に表示されたレーダ映像を確認することにより、自船周囲の物標の様子を確認することができる。
【0043】
ここで、本実施形態のレーダ装置の表示部16に表示されるレーダ映像の例を、図2(a)の模式図に示す。また、これと比較するために、従来のレーダ装置におけるレーダ映像(本発明の偽像抑圧処理を行わない場合のレーダ映像)の例を、図2(b)の模式図に示す。
【0044】
図2(b)に示すように、従来のレーダ装置においては、有効反射断面積の大きい物標(大型船舶や陸地など)を示すエコー像の周囲には、サイドローブによる偽像が表示されていた。このため、従来のレーダ装置においては、物標の位置、物標の大きさ等を、レーダ装置のオペレータが誤認識してしまうおそれがあった。
【0045】
この点、本実施形態の船舶用レーダ装置1においては、制御部14においてサイドローブによる偽像を抑圧する処理を行っている。これにより、図2(a)に示すように、サイドローブによる偽像が表示されてしまうことを防止し、物標(陸地や船舶)を示すエコー像のみを表示することができる。従って、本実施形態の船舶用レーダ装置1のオペレータは、サイドローブによる偽像に惑わされることなく、自船周囲の物標の様子を正確に把握することができる。
【0046】
次に、サイドローブによる偽像を抑圧するための処理について詳しく説明する。当該処理を行う制御部14は、図略のCPU、ROM、RAM等のハードウェアと、前記ROMに記憶された信号処理プログラム等のソフトウェアと、から構成されている。
【0047】
前記信号処理プログラムは、レーダエコーから偽像を除去する処理を制御部14に行わせるためのプログラムであり、物標存在領域検出ステップと、レーダエコー取得ステップと、偽像抑圧ステップと、を含んでいる。そして、前記ハードウェアと前記ソフトウェアとが協働して動作することにより、制御部14を、物標存在領域検出部21、過去スイープ蓄積部(レーダエコー取得部)22、偽像抑圧部23等として機能させることができる。
【0048】
スイープメモリ13から読み出された受信データは、物標存在領域検出部21と、過去スイープ蓄積部22に出力される。なお、物標存在領域検出部21と過去スイープ蓄積部22については後述する。
【0049】
偽像抑圧部23は、レーダエコーに含まれる偽像を抑圧する処理を行う。なお、偽像抑圧部23における処理内容は、前記信号処理プログラムの偽像抑圧ステップに対応している。
【0050】
ここで、サイドローブに基づく偽像の特徴について簡単に説明する。上記の図2(b)に示すように、サイドローブに基づく偽像は、有効反射断面積の大きい物標(大型船舶や陸地など)が存在する領域の周囲に現れる。これは、有効反射断面積の大きい物標は、サイドローブによるビームも強く反射してしまうためである。
【0051】
ここで、「物標が存在する領域の周囲」とは、自装置を中心とした極座標で見たときに、物標が存在する領域と同じ距離であって、かつ物標が存在する領域に対して方位方向で隣接する領域のことを指す。
【0052】
物標が存在する領域の周囲にサイドローブによる偽像が出現し易い理由について、以下に簡単に説明する。即ち、サイドローブは、メインローブと同じタイミングで、メインローブとは異なる方向に放射されるものである。従って、サイドローブによる偽像は、図2(b)に示すように、真の物標エコー像(メインローブによるエコー像)と同じ距離で、かつ真の物標エコー像とは異なる方向に現れる。しかも、有効反射断面積の大きな物標によってサイドローブが反射されるので、当該サイドローブによる偽像は、ある程度の広がりを持つことになる。言い換えれば、サイドローブによる偽像は、真の物標エコー像に隣接し、当該物標エコー像から方位方向に広がるように(自船を中心とした円弧上で広がるように)現れる。
【0053】
この点に着目し、本実施形態の偽像抑圧部23は、方位方向で連続するレーダエコー(自船を中心とした円弧上で連続するレーダエコー)に対して、ハイパスフィルタ処理を施すように構成されている。これにより、方位方向に広がる偽像(サイドローブによる偽像)を除去することができる。
【0054】
しかしながら、レーダエコー全体に対して上記ハイパスフィルタ処理を均一に行った場合、サイドローブによる偽像か否かにかかわらず、方位方向に広がるエコーを全て抑圧してしまうという問題がある。例えば、大きな物標(陸地や大型船舶など)は、メインローブによる真のエコー像も大きく、方位方向の幅も大きくなる。従って、このような真のエコー像も、上記ハイパスフィルタ処理で抑圧されてしまうと考えられる。すると、レーダ映像に陸地や船舶のエコー像が表示されなくなってしまい、船舶用レーダ装置1のオペレータが、自船の周囲の状況を正確に判断できないおそれがある。
【0055】
以上の点を考慮し、本実施形態の偽像抑圧部23は、物標が存在する領域か否かに応じて処理を異ならせるように構成している。この構成を実現するため、本実施形態の制御部14は、物標存在領域検出部21を備えている。
【0056】
前記物標存在領域検出部21は、物標が存在する領域を検出するように構成されている。より具体的に言うと、物標存在領域検出部21は、スイープメモリ13から読み出された受信データのそれぞれについて、物標(具体的には、陸地又は船舶)が存在する領域からのエコーを示す受信データであるか否かを識別するように構成されている。なお、この物標存在領域検出部21における処理内容は、前記信号処理プログラムの物標存在領域検出ステップに対応している。
【0057】
上記のように船舶が存在する領域の検出を可能にするため、本実施形態のレーダ指示機3には、AIS受信機と25と、GPS受信機27と、磁気方位センサ28と、が接続されている。
【0058】
AIS受信機25は、他船から送信されてくるAIS信号を受信するように構成されている。AIS(Univeral Shipborne Automatic Identification System:船舶自動識別システム)とは、自船の位置情報や航行情報等を無線通信によって周囲に送信するシステムであり、前記情報を他船から受信することで当該他船の船位等の情報(AIS情報)を取得することができるものである。
【0059】
AIS受信機25が取得したAIS情報は、レーダ指示機3が備えるAIS情報取得部29に出力される。AIS情報取得部29は、AIS受信機25からのAIS情報をレーダ指示機3に取り込むための外部インタフェース(例えば接続コネクタ等)である。
【0060】
GPS受信機27は、GPS衛星からのGPS信号を受信して自船の位置(地球基準の絶対的な位置)に関する情報を取得するように構成されている。GPS受信機27が取得したGPS情報は、レーダ指示機3が備えるGPS情報取得部30に出力される。
【0061】
磁気方位センサ28は、自船の船首方向(地球基準の絶対的な方角)を取得するように構成されている。磁気方位センサ28が取得した自船の船首方向の情報は、レーダ指示機3が備える方位情報取得部31に出力される。
【0062】
また、物標存在領域検出部21には、レーダアンテナ11が向いている方位θを示すHD信号が入力されている。一方、前述のように、スイープメモリ13からの受信データの読み出しアドレスに基づいて、当該受信データに対応するエコーがレーダアンテナ11に受信されたタイミングを取得することができる。そして、エコーを受信したタイミングがわかれば、エコー源までの距離rを求めることができる。従って、物標存在領域検出部21において、識別対象である受信データの位置を、極座標(r,θ)で取得することができる。
【0063】
そして、物標存在領域検出部21は、AISで取得した他船の船位と、識別対象である受信データの位置と、を照らし合わせることにより、当該受信データが、AISを搭載した船舶が存在する領域からのエコーを示す受信データであるか否かを識別するように構成されている。
【0064】
なお、レーダ装置で取得される受信データの位置(エコー源の位置)は、自船を中心とした相対的な位置情報である。一方、AIS情報に基づいて取得される他船の船位は、地球基準の絶対的な位置情報である。そこで、物標存在領域検出部21は、AIS情報に基づいて取得した他船の絶対的な船位情報を、前記GPS情報及び方位情報を用いて相対的な位置情報に変換したうえで、識別対象である受信データの相対的な位置情報と照らし合わせるように構成されている。
【0065】
また、陸地が存在する領域の検出を可能にするため、本実施形態のレーダ指示機3は、地図情報(電子海図又は海岸線データなど)を取得する地図情報取得部26を備えている。なお、地図情報を取得する手段は、適宜のものを用いることができる。例えば、地図情報取得部26は、地図情報を記録した記録媒体を読み込むことで当該地図情報を取得するように構成されていても良いし、レーダ指示機3に接続された外部機器と通信を行うことで当該外部機器が保持している地図情報を取得するように構成されていても良い。
【0066】
物標存在領域検出部21は、前記地図情報に含まれる陸地の形状及び位置に関する情報と、識別対象である受信データの位置と、を照らし合わせることにより、当該受信データが、陸地が存在する領域からのエコーを示す受信データであるか否かを識別するように構成されている。
【0067】
なお、地図情報に含まれる情報は地球基準の絶対的な座標で表現されている。従って、物標存在領域検出部21は、地図情報に基づいて取得した陸地の形状及び位置に関する情報を、自船を中心とした相対的な情報に変換したうえで、識別対象である受信データの位置情報と照らし合わせるように構成されている。
【0068】
以上のようにして、物標存在領域検出部21は、物標(陸地、又はAISを搭載した船舶)が存在する領域を検出することができる。そして、物標存在領域検出部21における物標存在領域の検出結果は、偽像抑圧部23へ出力される。
【0069】
次に、偽像抑圧部23で行われるハイパスフィルタ処理について説明する。
【0070】
本実施形態におけるハイパスフィルタ処理は以下のようなものである。まず、方位方向に連続する受信データの移動平均を求める。続いて、前記移動平均に対して所定のオフセット係数を乗じ、ハイパスフィルタ処理閾値を求める。そして、当該ハイパスフィルタ処理閾値を、元の信号から減算する。即ち、移動平均によって低周波数成分を取り出すことができるので、この移動平均から求めたハイパスフィルタ処理閾値を元の信号から減算することにより、低周波数成分を除去して高周波数成分を残すことができるのである。
【0071】
更に具体的に説明すると以下のとおりである。まず、スイープメモリ13から読み出された受信データは、過去スイープ蓄積部22に一時的に記憶される。過去スイープ蓄積部22は、過去数スイープ分の受信データを記憶可能なリング状のバッファメモリとして構成されている。このように過去スイープ蓄積部22を構成したのは、方位方向に連続する受信データを取得するためである。
【0072】
即ち、1回のスイープで取得することができるのは、距離方向に連続する受信データ(自船を始点とする直線上で連続する受信データ)である。従って、方位方向に連続する受信データ(自船を中心とした円弧上で連続する受信データ)を取得するためには、複数スイープ分の受信データが必要となる。このように、過去スイープ蓄積部22によって、方位方向に連続するレーダエコーを取得することができるので、当該過去スイープ蓄積部22は、レーダエコー取得部と呼ぶことができる。なお、過去スイープ蓄積部22における処理内容は、前記信号処理プログラムのレーダエコー取得ステップに対応している。
【0073】
偽像抑圧部23は、過去スイープ蓄積部22に記憶されている受信データの中から、ハイパスフィルタ処理の対象となる受信データ(処理対象の受信データ)を1つ選択する。続いて、偽像抑圧部23は、過去スイープ蓄積部22に記憶されている受信データの中から、処理対象の受信データに対して方位方向に連続する受信データを、所定数だけ抽出する。これにより、自船を中心とした円弧上で連続している受信データ群を取得することができる。
【0074】
そして、偽像抑圧部23は、上記のようにして過去スイープ蓄積部22から取得した受信データ群について、平均値を計算する。これにより、方位方向に連続する受信データ系列について、処理対象の受信データの位置における移動平均を求めたことになる。
【0075】
次に、偽像抑圧部23は、物標存在領域検出部21から入力された物標存在領域の検出結果を参照して、前記処理対象の受信データが、物標が存在する領域からのエコーを示す受信データであるか否かを判別する。偽像抑圧部23は、この判別結果に基づいて、第1係数と第2係数の何れか一方を、オフセット係数として採用する。
【0076】
具体的には以下のとおりである。処理対象の受信データが、物標が存在する領域からのエコーを示す受信データであった場合、偽像抑圧部23は、前記移動平均値に対して所定の第1係数を乗じた値を、ハイパスフィルタ処理閾値とする。一方、処理対象の受信データが、物標が存在する領域からのエコーを示す受信データではなかった場合、偽像抑圧部23は、前記移動平均値に対して所定の第2係数を乗じた値を、ハイパスフィルタ処理閾値とする。ここで、第2係数>第1係数である。即ち、本実施形態の偽像抑圧部23は、物標が存在する領域については、物標が存在しない領域に比べて、オフセット係数を小さくするように構成されている。なお、第1係数は必ず1以下の値とするが、第2係数は正の値であれば1以上の値であっても良い。
【0077】
そして、偽像抑圧部23は、処理対象の受信データの値から、前記ハイパスフィルタ処理閾値を減算する。以上の処理を順次全ての受信データに対して行うことにより、低周波数成分を除去することができるので、サイドローブによる偽像を抑圧することができる。
【0078】
次に、物標が存在する領域においてオフセット係数を小さくすることの効果について、詳しく説明する。前述のように、全てのレーダエコーに対して均一にハイパスフィルタ処理を行った場合、物標からのエコーまでも抑圧してしまうという問題がある。ここで、「全てのレーダエコーに対して均一にハイパスフィルタ処理を行う」とは、上記の実施形態に対応させて言うと、全てのレーダエコーに対してオフセット係数を一定とする場合に相当する。
【0079】
オフセット係数を一定とした場合について、図3を参照して説明する。図3(a)に示すのは、自船周囲の物標の様子が図2(b)に示したレーダ映像のような場合、自船からの距離がr1,r2,r3のそれぞれの場合における方位方向エコー断面のグラフである。なお、方位方向エコー断面とは、方位方向で連続する受信データ(自船からの距離が同じ受信データ)を、方位(アンテナ角度)θに従って並べた受信データ系列を指す。グラフの縦軸は信号レベル、横軸は方位θを示している。また、当該受信データ系列について移動平均を求め、当該移動平均に一定のオフセット係数を乗じて求めたハイパスフィルタ処理閾値を、図3(a)に二点鎖線で示す。
【0080】
オフセット係数を一定としてハイパスフィルタ処理閾値を求めた場合、当該ハイパスフィルタ処理閾値は、方位方向で連続する受信データ系列の移動平均に比例して変動する。従って、この場合、図3(a)に示すように、有効反射断面積の大きな物標(陸地や大型船舶)が存在する領域や、サイドローブによる偽像が出現している領域では、その他の領域に比べてハイパスフィルタ処理閾値が大きくなる。
【0081】
オフセット係数を一定として求めたハイパスフィルタ処理閾値を受信データから減算した結果(均一にハイパスフィルタ処理を行った場合の結果)を、図3(b)に示す。前記オフセット係数が適切な値であれば、上記ハイパスフィルタ処理を行うことにより、低周波数成分を除去することができる。これにより、図3(b)に示すように、物標の周囲に出現する偽像(サイドローブによる偽像)を抑圧することができる。しかしながら、オフセット係数を一定とした場合、図3(b)に示すように、大型船舶や陸地が存在する領域のエコーまでも大きく抑圧してしまう。これは、前述のように、オフセット係数を一定とすると、有効反射断面積の大きな物標が存在する領域において、ハイパスフィルタ処理閾値が大きくなるためである。
【0082】
次に、本実施形態の構成で求めたハイパスフィルタ処理閾値(物標が存在する領域でオフセット係数を変更して求めたハイパスフィルタ処理閾値)の例を、図4(a)に二点鎖線で示す。また、本実施形態の構成で求めたハイパスフィルタ処理閾値を受信データから減算した結果(本実施形態の偽像抑圧処理の結果)を、図4(b)に示す。
【0083】
前記第1係数を十分に小さい値とすることにより、図4(a)に示すように、物標(陸地や大型船舶)が存在する領域のハイパスフィルタ処理閾値を、十分に小さい値とすることができる。従って、当該ハイパスフィルタ処理閾値を受信データから減算しても、物標が存在する領域の受信データの値を過度に低下させてしまうことがない。これにより、図4(b)に示すように、偽像抑圧処理によって物標のレーダエコーが抑圧されることを防止することができる。なお、このようにハイパスフィルタ処理閾値を十分に小さい値とするために、第1係数は少なくとも1以下と値とすることが好ましく、ゼロ又はゼロに近い値とすることが更に好ましい。
【0084】
また、前記第2係数を適切な値とすることにより、物標が存在する領域以外の領域については、低周波数成分を適切に除去することができる。ここで、「物標が存在する領域以外の領域」には、「物標が存在する領域の周囲(サイドローブによる偽像が出現し易い領域)」も含まれている。従って、図4(b)に示すように、物標が存在する領域の周囲に出現する偽像(サイドローブによる偽像)を適切に抑圧することができる。
【0085】
即ち、本実施形態の構成により、陸地や大型船舶からのレーダエコーを抑圧することなく、サイドローブによる偽像のみを抑圧することができる。
【0086】
なお、上記AISは大型船舶には搭載が義務付けられているが、小型船舶には必ずしも搭載されているとは限らない。従って、本実施形態の構成では、物標存在領域検出部21において、小型船舶からのレーダエコーを、物標が存在する領域からのレーダエコーとして識別することができない場合がある。この場合、当該小型船舶が存在する領域には、移動平均値に第2係数を乗じて求めたハイパスフィルタ処理閾値が適用されてしまう。即ち、小型船舶からのレーダエコーには、偽像を抑圧するためのハイパスフィルタ処理と同じ処理が適用されてしまう。
【0087】
しかしながら、小型の船舶はエコー像が小さく、方位方向で見たときの信号の幅も狭いため、ハイパスフィルタ処理を行っても殆ど抑圧されない(図3、図4を参照のこと)。従って、仮に小型船舶が存在する領域を検出できなかったとしても、当該小型船舶からのレーダエコーが本実施形態の偽像抑圧処理で抑圧されてしまうおそれは少ない。即ち、本実施形態の構成により、実質的に、全ての物標エコーを残しつつ、サイドローブによる偽像のみを抑圧することができるのである。
【0088】
以上で説明したように、本実施形態の船舶用レーダ装置1は、レーダ指示機3と、レーダ指示機3に対してレーダエコーを出力するレーダアンテナ11と、を備えている。前記レーダ指示機3は、物標存在領域検出部21と、過去スイープ蓄積部22と、偽像抑圧部23と、を備えている。物標存在領域検出部21は、物標が存在する領域を検出する。過去スイープ蓄積部22は、方位方向に連続したレーダエコーを取得可能である。偽像抑圧部23は、方位方向に連続したレーダエコーから得られる情報に基づいて、前記レーダエコーに含まれる偽像を抑圧する処理を行うことが可能である。そして、偽像抑圧部23は、物標が存在する領域のレーダエコーに対しては、それ以外の領域のレーダエコーに対する処理とは異なる処理を行っている。具体的には、オフセット係数を異ならせている。
【0089】
また、本実施形態の信号処理プログラムは、物標存在領域検出ステップと、レーダエコー取得ステップと、偽像抑圧ステップと、を含む処理を信号処理装置に実行させるプログラムである。物標存在領域検出ステップでは、物標が存在する領域を検出する。レーダエコー取得ステップでは、方位方向に連続したレーダエコーを取得する。偽像抑圧ステップでは、方位方向に連続したレーダエコーから得られる情報に基づいて、レーダエコーに含まれる偽像を抑圧する処理を行う。そして、偽像抑圧ステップにおいて、物標が存在する領域のレーダエコーに対しては、それ以外の領域のレーダエコーに対する処理とは異なる処理を実行させている。
【0090】
即ち、サイドローブによる偽像は、物標と同じ距離で広がるようにして現れる。従って、方位方向に連続するレーダエコーに基づいて、サイドローブによる偽像を適切に抑圧することができる。また、物標が存在する領域を予め検出しておいたうえで、当該物標が存在する領域は偽像抑圧処理を異ならせることにより、物標のエコーまでもが抑圧されてしまうことを防ぐことができる。
【0091】
また、本実施形態のレーダ指示機3において、偽像抑圧部23は、前記物標が存在する領域のレーダエコーと、その周囲の領域のレーダエコーと、でオフセット係数を異ならせている。
【0092】
即ち、サイドローブによる偽像は、物標の周囲の領域に現れ易い。そこで、上記のように構成することにより、物標のレーダエコーに対する処理と、サイドローブによる偽像に対する処理と、を異ならせることができる。これにより、サイドローブによる偽像を適切に抑圧しつつ、物標のエコーまでもが抑圧されてしまうことを防ぐことができる。
【0093】
また、本実施形態のレーダ指示機3において、偽像抑圧部23は、方位方向に連続するレーダエコーの移動平均に基づいてハイパスフィルタ処理閾値を決定し、当該ハイパスフィルタ処理閾値に基づいて偽像を抑圧することが可能である。
【0094】
即ち、方位方向に連続するレーダエコーの移動平均に基づいてハイパスフィルタ処理閾値を決定することにより、当該方位方向に連続するレーダエコーに対してハイパスフィルタ処理と同等の処理を行うことができる。このハイパスフィルタ処理により、方位方向に広がる偽像(サイドローブによる偽像)を除去することができる。
【0095】
また、本実施形態のレーダ指示機3において、偽像抑圧部23は、前記方位方向に連続するレーダエコーの移動平均に基づいて閾値を決定し、当該閾値に基づいて偽像を抑圧するものである。そして、当該偽像抑圧部23は、前記物標が存在する領域と、それ以外の領域とで、前記移動平均に乗じるオフセット係数を異ならせている。
【0096】
これにより、上記ハイパスフィルタ処理の効果を、物標が存在する領域と、それ以外の領域と、で異ならせることができる。これにより、より適切に偽像を抑圧することができる。
【0097】
また、本実施形態のレーダ指示機3は、地図情報を取得する地図情報取得部26を備えている。そして、物標存在領域検出部21は、前記地図情報に基づいて、物標が存在する領域を検出する。
【0098】
これにより、物標(具体的には、陸地)が存在する領域を特定することができる。
【0099】
また、本実施形態のレーダ指示機3は、AIS情報を取得するAIS情報取得部29を備えている。そして、物標存在領域検出部21は、前記AIS情報に基づいて、物標が存在する領域を検出する。
【0100】
これにより、物標(具体的には、AISを搭載している船舶)が存在する領域を特定することができる。
【0101】
次に、本発明の第2実施形態について説明する。なお、以下の説明で、上記第1実施形態と同一又は類似の構成については、第1実施形態と同一の符号を付して説明を省略する。
【0102】
本実施形態の偽像抑圧部23は、物標が存在する領域においては、移動平均にオフセット係数を乗じてハイパスフィルタ処理閾値を算出するのではなく、当該ハイパスフィルタ処理閾値を所定の値(固定値)とするように構成されている。
【0103】
即ち、物標が存在する領域では、ハイパスフィルタ処理によって偽像を抑圧する必要が無いため、ハイパスフィルタ処理閾値を移動平均に基づいて求める必要が無く、固定値とすることができる。そして、物標が存在する領域に適用するハイパスフィルタ処理閾値として、十分に小さい値を予め設定しておけば、当該物標のエコーが抑圧されてしまうことを防止することができるので、第1実施形態と実質的に同様の効果を得ることができる。また、この構成によれば、物標が存在する領域においては、ハイパスフィルタ処理閾値を算出するための処理(移動平均の算出、当該移動平均にオフセット係数を乗じる処理など)を省略することができる。
【0104】
以上で説明したように、本実施形態のレーダ指示機3において、偽像抑圧部23は、物標が存在する領域のハイパスフィルタ処理閾値を、予め定められた所定の閾値としている。
【0105】
即ち、物標が存在する領域のレーダエコーは除去する必要が無いので、固定の閾値を用いることができる。これにより、閾値を算出するための演算負荷を低減することができる。
【0106】
次に、本発明の第3実施形態について説明する。なお、以下の説明で、上記第1及び第2実施形態と同一又は類似する構成については、第1及び第2実施形態と同一の符号を付し、説明を省略する。
【0107】
図2(b)に示すように、サイドローブに基づく偽像は、物標が存在する領域の周囲に現れる。逆に言えば、サイドローブに基づく偽像は、物標が存在する領域から方位方向で所定距離以上離れた領域には出現しない。そして、偽像が出現しないと予めわかっている領域については、ハイパスフィルタ処理を行う必要は無い。
【0108】
そこで、本実施形態の偽像抑圧部23は、物標が存在する領域から方位方向で所定距離以上離れた領域については、ハイパスフィルタ処理を行わないように構成されている。これにより、サイドローブに基づく偽像が出現する可能性が無い領域については、ハイパスフィルタ処理を行わないので、計算負荷を低減することができる。また、必要以上の処理を行わないので、偽像以外のエコーが意図せずに抑圧されてしまうことを防止することができる。
【0109】
なお、ハイパスフィルタ処理を行うか否かの判定は、受信データごとに行われる。即ち、方位方向エコー断面内において、物標が存在する領域を示す受信データから数えて所定データ点数の範囲にある受信データは、物標が存在する領域の周囲のレーダエコーを示す受信データである。従って、このような受信データは、サイドローブに基づく偽像を示している可能性が高いので、ハイパスフィルタ処理を行う。
【0110】
一方、方位方向エコー断面内において、物標が存在する領域を示す受信データから数えて所定データ点数の範囲の外にある受信データは、物標が存在する領域から所定距離以上離れた領域のレーダエコーを示す受信データである。従って、このような受信データは、サイドローブに基づく偽像を示してはいないと考えられるので、ハイパスフィルタ処理を行わない。
【0111】
以上で説明したように、本実施形態のレーダ指示機3において、偽像抑圧部23は、前記物標が存在する領域から方位方向に所定距離以上離れた領域については、偽像の抑圧を行わないように構成されている。
【0112】
即ち、サイドローブによる偽像は、物標が存在する領域の周囲に現れる。従って、上記のように構成することにより、偽像が発生しない領域については偽像を抑圧する処理を行わないので、レーダエコーの信号レベルが意図せずに抑圧されてしまうことを防ぐことができる。また、偽像の抑圧が必要な部分についてのみ処理を行うので、計算負荷を低減することができる。
【0113】
次に、本発明の第4実施形態について説明する。なお、以下の説明で、上記第1から第3実施形態と同一又は類似する構成については、第1から第3実施形態と同一の符号を付し、説明を省略する。
【0114】
本実施形態において、偽像抑圧部23は、自船からの距離に応じてハイパスフィルタ処理の有無を切り替えるように構成されている。即ち、サイドローブによる偽像は、自船からの距離が近い物標の近傍に出現し易く、自船から遠く離れた位置の物標の近傍には出現しにくい。これは、自船に近い位置にある物標ほど、強い反射を返すためである。
【0115】
この点に着目し、本実施形態において、偽像抑圧部23は、自船からの距離が所定距離未満の位置からのエコーを示す受信データについてのみハイパスフィルタ処理を行い、自船からの所定距離以上離れた位置からのエコーを示す受信データについては、ハイパスフィルタ処理を行わないように構成されている。これにより、偽像が発生し易い領域のみハイパスフィルタ処理を行うので、演算負荷を低減することができる。
【0116】
以上で説明したように、本実施形態において、偽像抑圧部23は、自装置からの距離が所定距離未満の領域についてのみ、ハイパスフィルタ処理を行うように構成することもできる。即ち、偽像は、強い反射が返ってき易い近距離に出現し易いので、上記のように構成することにより、偽像が発生し易い領域にのみ処理を行うことができる。これにより、計算負荷を低減することができる。
【0117】
以上に本発明の好適な実施の形態を説明したが、上記の構成は例えば以下のように変更することができる。
【0118】
偽像を抑圧する処理はハイパスフィルタ処理としたが、これに限らない。同一距離からのエコー(方位方向で連続するエコー)に対して信号処理を行って偽像を抑圧する処理であれば、本発明の構成を適用することができる。即ち、本発明の要点は、方位方向に連続するレーダエコーに基づいてサイドローブによる偽像を抑圧する点と、物標からのエコーが抑圧されることを防ぐために物標存在領域を予め検出し、物標存在領域とそれ以外とで処理を異ならせる点にある。従って、偽像を抑圧するための処理の内容は特に限定されず、ハイパスフィルタ処理に限るものではない。
【0119】
制御部14は、CPU、ROM、RAM等のハードウェアと、プログラム等のソフトウェアと、から構成されるとして説明したが、これに限らず、専用のハードウェアから構成されていても良い。
【0120】
本発明のレーダ装置は、船舶用レーダ装置に限らず、他の用途のレーダ装置にも適用することができる。また、本発明のレーダ装置はパルスレーダ装置に限るものではなく、例えばFMCWレーダなど、他の形式のレーダ装置にも適用することができる。
【0121】
物標存在領域検出部において、物標が存在する領域を検出する方法は、上記の方法に限らず、適宜の方法を用いることができる。例えば、信号レベルが所定値以上の受信データが検出された場合に、当該受信データの位置に物標が存在すると判定するように構成することができる。
【0122】
本発明の信号処理装置は、表示部16を備えたレーダ指示機3に限らない。例えば、それ自体は表示部を備えず、偽像を抑圧したレーダ映像の生成のみを行い、当該レーダ映像のデータを外部のディスプレイに対して出力するように構成された信号処理装置であっても良い。
【0123】
また、偽像を抑圧した受信データは、レーダ映像を生成する以外の目的で用いても良い。例えば、偽像を抑圧した受信データに基づいてTT(Target Tracking:目標追尾)処理を行うように構成すれば、物標のエコーを正確に追尾することができる。
【0124】
上記実施形態では、物標が存在する領域においてハイパスフィルタ処理閾値が小さい値となるように構成し、これによりハイパスフィルタ処理の効果を弱めて、有効反射断面積の大きい物標からのエコーが抑圧されてしまうことを防止していた。しかしながら、物標が存在する領域では、そもそもハイパスフィルタ処理を行う必要が無いので、当該領域ではハイパスフィルタ処理を行わないように構成しても良い。
【0125】
上記実施形態では、ハイパスフィルタ処理により偽像を抑圧することができるものの、偽像を完全に消すことは難しい(例えば、図4(b)に示すように、偽像が若干残ってしまうことがある)。もちろん、ハイパスフィルタ処理閾値を十分に大きな値とすれば、偽像を完全に除去することができるものの、必要なレーダエコーまで意図せず抑圧してしまうリスクがある。そこで、物標存在領域の周囲(サイドローブによる偽像が発生し易い領域)のみ、オフセット係数を大きくする構成が考えられる。
【0126】
例えば図5(a)の例では、物標存在領域の周囲において、当該物標存在領域に近づくにつれて、オフセット係数を1.1,1.2,1.3・・・というように、徐々に大きくしている。これにより、物標存在領域の周囲においてのみハイパスフィルタ処理閾値を大きくすることができるので、図5(b)に示すように、完全にサイドローブを消すことができる。また、この構成によれば、サイドローブが出現する可能性の低い領域では、ハイパスフィルタ処理閾値が不必要に大きな値となることがないので、必要なレーダエコーが意図せずに抑圧されてしまうことを防止できる。
【0127】
また、上記実施形態では、移動平均に乗じる係数(オフセット係数)を変更することにより、ハイパスフィルタ処理の強度を変更する構成としている。これに代え、或いはこれに加えて、移動平均をとるデータの点数を、領域ごとに変更するように構成することもできる。ここで、移動平均を取るデータ点数を少なくするほど、信号レベルの変動に対するハイパスフィルタ処理閾値の追従性が良くなる。従って、例えば、物標存在領域の周囲(サイドローブが発生している領域)において移動平均を取るデータ点数を少なくすることにより、サイドローブによる偽像を完全に抑圧することができる。これにより、図4(b)のような細かいピークが残ってしまうことを防止し、サイドローブによる偽像をより適切に抑圧することができる。また例えば、物標存在領域において移動平均を取るデータ点数を多くすることにより、ハイパスフィルタ処理閾値の追従性を低下させることができる。これにより、物標のレーダエコーが抑圧されにくくすることができる。
【0128】
なお、上記のように移動平均を取るデータ点数を変化させる構成の場合、オフセット係数は全ての領域で一定としても良い。仮にオフセット係数が全領域で一定であっても、移動平均を取るデータ点数を変化させることにより、物標存在領域とそれ以外の領域とでハイパスフィルタ処理の掛かり方を変化させることができる。更に、この場合、移動平均にオフセット係数を掛ける処理を省略し、移動平均の値をそのままハイパスフィルタ処理閾値として採用するように構成しても良い(オフセット係数=1の場合に相当)。
【0129】
また、例えば、陸地が存在する領域、陸地が存在する領域の周囲、AISを搭載した船舶が存在する領域、AISを搭載した船舶が存在する領域の周囲、その他の領域、のそれぞれの場合において、オフセット係数(及び/又は移動平均を取るデータ点数)を異ならせても良い。これにより、より適切に偽像を抑圧することができる。
【0130】
上記実施形態では、表示メモリ15に対して受信データを出力する前に偽像抑圧処理を行っているが、これに代えて、表示メモリ15には偽像抑圧処理を行わずに受信データを出力しておき、当該表示メモリ15に記憶された受信データに対して偽像抑圧処理を行っても良い。この変形例に係るレーダ装置の図を、図6に示す。
【0131】
なお、表示メモリ15には、アンテナ1回転分(スキャン1回分)の受信データに基づいて生成されたレーダ映像が記憶されている。従って、表示メモリ15から、方位方向で連続する受信データを取得することができる。この場合、表示メモリ15がエコーデータ取得部として機能する。なお、本変形例では、上記実施形態のレーダ指示機3が備えていた過去スイープ蓄積部22を省略することができる。
【0132】
ただし、受信データの位置が極座標で表現されていれば、方位方向に連続するデータ(自船を中心とした円弧上で連続するデータ)を取り出すのは簡単であるが、方位方向に連続するデータをラスタ画像形式のレーダ映像から取り出そうとすると、座標変換等の演算が必要となる。従って、上記実施形態のように、受信データを画像メモリに記憶する前に(受信データの位置が極座標で表現されている間に)、ハイパスフィルタ処理を行うことが好ましい。
【0133】
上記実施形態では、レーダ指示機3において偽像抑圧処理を行う構成としたが、これに代えて、アンテナユニット内で偽像抑圧処理を行い、偽像抑圧済みのレーダ映像をレーダ指示機に出力するように構成しても良い。この場合、本発明の信号処理装置は、当該アンテナユニット内に設けられることになる。
【符号の説明】
【0134】
1 船舶用レーダ装置(レーダ装置)
3 レーダ指示機(信号処理装置)
21 物標存在領域検出部
22 過去スイープ蓄積部(レーダエコー取得部)
23 偽像抑圧部
26 地図情報取得部
29 AIS情報取得部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物標が存在する領域を検出する物標存在領域検出部と、
方位方向に連続したレーダエコーを取得するレーダエコー取得部と、
前記方位方向に連続したレーダエコーから得られる情報に基づいて、前記レーダエコーに含まれる偽像を抑圧する処理を行う偽像抑圧部と、
を備え、
前記偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域のレーダエコーに対しては、それ以外の領域のレーダエコーに対する処理とは異なる処理を行うことを特徴とする信号処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の信号処理装置であって、
前記偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域のレーダエコーと、その周囲の領域のレーダエコーと、で処理を異ならせることを特徴とする信号処理装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の信号処理装置であって、
前記偽像抑圧部は、前記方位方向に連続するレーダエコーの移動平均に基づいて物標が存在しない領域の閾値を決定し、当該閾値に基づいて偽像を抑圧することを特徴とする信号処理装置。
【請求項4】
請求項1から3までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
前記偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域の閾値を、予め定められた所定の閾値とすることを特徴とする信号処理装置。
【請求項5】
請求項1から3までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
前記偽像抑圧部は、前記方位方向に連続するレーダエコーの移動平均に基づいて閾値を決定し、当該閾値に基づいて偽像を抑圧するものであり、
当該偽像抑圧部は、前記物標が存在する領域と、それ以外の領域とで、前記移動平均を取るデータ点数又は前記移動平均に乗じるオフセット係数の少なくとも何れか一方を異ならせることを特徴とする信号処理装置。
【請求項6】
請求項1から5までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
地図情報を取得する地図情報取得部を備え、
前記物標存在領域検出部は、前記地図情報に基づいて、物標が存在する領域を検出することを特徴とする信号処理装置。
【請求項7】
請求項1から6までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
AIS情報を取得するAIS情報取得部を備え、
前記物標存在領域検出部は、前記AIS情報に基づいて、物標が存在する領域を検出することを特徴とする信号処理装置。
【請求項8】
請求項1から7までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
前記偽像抑圧部は、物標が存在する領域から方位方向に所定距離以上離れた領域については、前記偽像の抑圧を行わないことを特徴とする信号処理装置。
【請求項9】
請求項1から8までの何れか一項に記載の信号処理装置であって、
前記偽像抑圧部は、自装置からの距離が所定距離未満の領域についてのみ、前記偽像の抑圧を行うことを特徴とする信号処理装置。
【請求項10】
請求項1から9までの何れか一項に記載の信号処理装置と、
前記信号処理装置に対してレーダエコーを出力するレーダアンテナと、
を備えることを特徴とするレーダ装置。
【請求項11】
物標が存在する領域を検出する物標存在領域検出ステップと、
方位方向に連続したレーダエコーを取得するレーダエコー取得ステップと、
前記方位方向に連続したレーダエコーから得られる情報に基づいて、前記レーダエコーに含まれる偽像を抑圧する処理を行う偽像抑圧ステップと、
を含む処理を信号処理装置に実行させ、
前記偽像抑圧ステップにおいて、前記物標が存在する領域のレーダエコーに対しては、それ以外の領域のレーダエコーに対する処理とは異なる処理を実行させることを特徴とする信号処理プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−128069(P2011−128069A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−288097(P2009−288097)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(000166247)古野電気株式会社 (441)
【Fターム(参考)】