説明

光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体の製造方法

【課題】高い光学収率で且つ工業的に有利な方法で光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体を製造し得る方法を提供すること。
【解決手段】ジメチルアルキルホスフィンボラン等のホスフィンボラン化合物、触媒量の光学活性アミン及び溶媒の存在下、有機リチウム化合物を添加する第一工程、第一工程終了後に、モノハロゲン化ホスフィンを加えるか、又はジハロゲン化ホスフィンを加えた後にグリニアル試薬を加える第二工程、及び第二工程で得られた生成物にテトラヒドロフラン−ボラン錯体等を加える第三工程を有することを特徴とする光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体の製造方法。モノハロゲン化ホスフィン又はジハロゲン化ホスフィンを加える前に、テトラヒドロフラン等の配位性溶媒を加えることが好ましい。光学活性アミンはスパルテインであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不斉合成反応における不斉触媒の配位子として有用な光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
農薬や医薬品を始めとする光学活性な化合物の製造方法として、触媒的不斉合成が知られている。光学活性な触媒(以後、不斉触媒という)を用いて行う触媒的不斉合成反応は、ごく少量の不斉触媒を用いて大量の光学活性化合物を合成することができるため、工業的な利用価値が高い。有用な不斉触媒及びこれを構成する不斉配位子の一つとして、下記一般式(4)で表される光学活性ビスホスフィノメタン及びこのロジウム錯体が知られている(特許文献1参照)。
【0003】
【化5】

【0004】
特許文献1に記載の製造方法は、光学活性アミンである(−)−スパルテインを用い、sec−ブチルリチウムの存在下、リン原子上の不斉を保ったままアルキルジクロロホスフィンをカップリング反応させて、前記の一般式(4)で表される光学活性ビスホスフィノメタンを製造する方法である。
【0005】
また、特許文献1に記載の化合物と骨格が一部異なるが、類似の構造を有する下記一般式(5)で表される化合物の製造方法も知られている(非特許文献1参照)。この方法においては、ホスフィンボランに(−)−スパルテイン−sec−ブチルリチウム錯体を作用させ、続いて塩化銅を加えることで目的とする化合物を得ている。
【0006】
【化6】

【0007】
【特許文献1】特開2000−136193号公報 第4頁
【非特許文献1】J.Am.Chem.Soc., Vol.128, No.29, 2006, p.9336-9337
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、一般式(4)中のR基が嵩高い化合物や、一般式(4)中のメチル基を他の嵩高いアルキル基等に置換した化合物に対して、特許文献1の方法を適用しようとすると、カップリング反応が進まず、収率が非常に低くなることが判明した。また、反応で使用する(−)−スパルテインは非常に高価であり、反応後に回収して再使用するとしても、工業的な実施においては不利となる。一方、非特許文献1の方法は、(−)−スパルテインの使用量は少ないが、キラル化合物の収率が十分に高いとは言いがたい。
【0009】
したがって本発明の目的は、従来よりも一層高い光学収率で且つ工業的に有利な方法で、光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体を製造し得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意検討した結果、特許文献1に記載された方法では、下記構造式(6)で表されるように、sec−ブチルリチウムを介してスパルテインがホスフィンボランに配位した構造となり、反応点であるCH2に近接するスパルテインが立体障害となり、反応性が悪く収率が低下するのではないかと考えた。
【0011】
【化7】

【0012】
また、非特許文献1に記載の方法では、一部のsec−ブチルリチウムが光学活性アミンを介さずホスフィンボランと直接反応してしまい、立体選択的脱プロトン化が起こらず、その結果、光学収率が低下するのではないかと考えた。そしてこれらの考察に基づき、光学活性アミンを触媒量用いるのみで、目的とする光学活性体を選択的に且つ高純度で得られる方法を見出した。
【0013】
すなわち本発明は、下記一般式(1)
【化8】

で表される光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体を製造する方法であって、
(I)下記一般式(2)
【化9】

で表されるホスフィン化合物及び触媒量の光学活性アミン及び溶媒の存在下、有機リチウム化合物を添加する第一工程、
(II)第一工程終了後に、下記一般式(3)
【化10】

で表されるモノハロゲン化ホスフィンを加えるか、又は
下記一般式(3’)
【化11】

で表されるジハロゲン化ホスフィンを加えた後にグリニアル試薬を加える第二工程、
(III)第二工程で得られた生成物に、テトラヒドロフラン−ボラン錯体を加えるか(Zが三水素化ホウ素基の場合)、該生成物を酸化させるか(Zが酸素原子の場合)、又は該生成物を硫黄と反応させる(Zが硫黄原子の場合)第三工程、を有することを特徴とする、光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、高い光学収率で且つ工業的に有利な方法で光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。本発明の製造方法は、第一工程、第二工程及び第三工程の三つの工程に大別される。それぞれの工程について以下に詳述する。
【0016】
(I)第一工程
本発明の製造方法で使用する原料の一つは、前記の一般式(2)で表されるホスフィン化合物である。このホスフィン化合物におけるR1は、炭素数1〜18、好ましくは1〜8の直鎖アルキル基、炭素数1〜18、好ましくは1〜8の分岐のアルキル基、炭素数1〜18、好ましくは1〜8のシクロアルキル基、炭素数1〜18、好ましくは1〜10のアルキルシクロアルキル基、又はアダマンチル基を表す。但しR1はメチル基ではない。
【0017】
1としては、例えばエチル基、n−プロピル基、sec−プロピル基、n−ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n−ヘキシル基、sec−ヘキシル基、n−ヘプチル基、sec−ヘプチル基、n−オクチル基、sec−オクチル基、tert−オクチル基、n−デシル基、n−ドデシル基、n-ヘキサデシル基、n−オクタデシル基、シクロへキシル基、シクロオクチル基、アダマンチル基、メチルシクロヘキシル基等が挙げられる。これらの基を有するホスフィン化合物としては、一般式(2)においてZが三水素化ホウ素である場合には、例えばジメチルエチルホスフィンボラン、ジメチルn−プロピルホスフィンボラン、ジメチルsec−プロピルホスフィンボラン、ジメチルn−ブチルホスフィンボラン、ジメチルsec−ブチルホスフィンボラン、ジメチルtert−ブチルホスフィンボラン等が挙げられる。
【0018】
一般式(2)においてZが酸素原子である場合のホスフィン化合物としては、例えばジメチルエチルホスフィンオキサイド、ジメチルn−プロピルホスフィンオキサイド、ジメチルsec−プロピルホスフィンオキサイド、ジメチルn−ブチルホスフィンオキサイド、ジメチルsec−ブチルホスフィンオキサイド、ジメチルtert−ブチルホスフィンオキサイド等が挙げられる。一般式(2)においてZが硫黄原子である場合のホスフィン化合物としては、例えばジメチルエチルホスフィンオキサイド、ジメチルn−プロピルホスフィンオキサイド、ジメチルsec−プロピルホスフィンスルフィド、ジメチルn−ブチルホスフィンスルフィド、ジメチルsec−ブチルホスフィンスルフィド、ジメチルtert−ブチルホスフィンスルフィド等が挙げられる。
【0019】
目的とするジアルキルホスフィノメタン誘導体が、リン原子上に不斉源を有するためには、上述のとおり、一般式(2)で示されるホスフィン化合物におけるR1はメチル基以外の基であることが必要である。またR1はメチル基よりも相対的に嵩高い基であることが好ましい。このようなホスフィン化合物としては、一般式(2)においてZが三水素化ホウ素である場合、ジメチルアダマンチルホスフィンボラン、ジメチルtert−ブチルホスフィンボラン、ジメチルtert−オクチルホスフィンボラン、ジメチルメチルシクロヘキシルホスフィンボラン等が挙げられる。一般式(2)においてZが酸素原子素である場合、ジメチルアダマンチルホスフィンオキシド、ジメチルtert−ブチルホスフィンオキシド、ジメチルtert−オクチルホスフィンオキシド、ジメチルメチルシクロヘキシルホスフィンオキシド等が挙げられる。一般式(2)においてZが硫黄原子素である場合、ジメチルアダマンチルホスフィンスルフィド、ジメチルtert−ブチルホスフィンスルフィド、ジメチルtert−オクチルホスフィンスルフィド、ジメチルメチルシクロヘキシルホスフィンスルフィド等が挙げられる。
【0020】
一般式(2)で示されるホスフィン化合物は、当該技術分野において公知の方法で製造することができる。例えば一般式(2)においてZが三水素化ホウ素である場合、つまりホスフィン化合物がホスフィンボランであり、該ホスフィンボランとして例えばtert−ブチルジメチルホスフィンボランを製造する場合には、三塩化リン(PCl3)にtert−ブチルマグネシウムクロリドを反応させ、次いで2当量のメチルマグネシウムブロミドを反応させた後、ボラン−テトラヒドロフラン錯体で処理することにより、目的物を得ることができる。
【0021】
一般式(2)においてZが酸素原子である場合、つまりホスフィン化合物がホスフィンオキサイドであり、該ホスフィンオキサイドとして例えばtert−ブチルジメチルホスフィンオキサイドを製造する場合には、前記のホスフィンボランを製造する際に用いたボラン−テトラヒドロフラン錯体に代えて、1〜2当量の過酸化水素で処理することにより容易に目的物を得ることができる。
【0022】
一般式(2)においてZが硫黄原子である場合、つまりホスフィン化合物がホスフィンスルフィドであり、該ホスフィンスルフィドとして例えばtert−ブチルジメチルホスフィンスルフィドを製造する場合には、tert−ブチルジメチルホスフィンに硫黄を1.05等量添加すればよい。
【0023】
光学活性アミンとしては、光学活性な第三級ジアミンやトリアミンを用いることができる。そのようなアミンとしては例えばスパルテイン、1,2−ビス−(N,N−ジメチルアミノ)シクロヘキサン、N,N,N’,N’−テトラメチル−1,1’−ビナフチル−2,2’−ジアミンなどが挙げられる。これらのうちスパルテイン((−)−スパルテイン)を用いることが好ましい。光学活性アミンは、後述するように触媒量用いられる。
【0024】
有機リチウム化合物は、一般式(2)で表されるホスフィン化合物におけるプロキラルなメチル基の水素を脱プロトン化させるために用いられる。有機リチウム化合物の具体例としては、メチルリチウム、エチルリチウム、n−プロピルリチウム、sec−プロピルリチウム、n−ブチルリチウム、sec−ブチルリチウム、tert−ブチルリチウム、ジメチルアミノリチウム、ジエチルアミノリチウム、ジイソプロピルアミノリチウム、ジフェニルアミノリチウム、ジベンジルアミノリチウムが挙げられる。特にn−ブチルリチウムやsec−ブチルリチウムを用いることが好ましい。
【0025】
有機アルカリ金属化合物の使用量は、一般式(2)で表されるホスフィン化合物に対して1.0〜1.3当量、特に1.0〜1.1当量であることが好ましい。
【0026】
第一工程において用いられる溶媒としては、上述した各化合物を可溶化するものが好ましく用いられる。具体例としてはトルエン、キシレンなどの芳香族溶媒、ペンタン、ヘキサンなどの脂肪族溶媒、ジエチルエーテル、メチルtert−ブチルエーテル、メチルシクロペンチルエーテルなどのエーテル系溶媒等が挙げられる。好ましくは、光学収率が良い点から、ジエチルエーテルなどのエーテル系溶媒が用いられる。これら溶媒は単独で用いてもよく、或いは2種以上を混合して用いてもよい。溶媒の使用量は上述した各化合物の溶解度や経済性を考慮して適宜決定すればよい。
【0027】
第一工程においては、光学活性アミンとホスフィン化合物が存在する系内に、有機リチウム化合物を添加することが重要である。この反応機構を、光学活性アミンとして(−)−スパルテインを用い、有機アルカリ化合物としてsec−ブチルリチウムを用いた場合を例にとり、以下のスキーム1に従って説明する。
【0028】
【化12】

【0029】
反応系にホスフィン化合物1と触媒量の(−)−スパルテイン2とを予め仕込んでおき、そこにsec−ブチルリチウム3を徐々に添加する。反応系内に添加されたsec−ブチルリチウム3は、(−)−スパルテイン2と配位結合して錯体4を形成した直後に、ホスフィン化合物1のプロキラルなメチル基の水素をエナンチオ選択的に脱プロトン化し、(−)−スパルテインが当該メチル基の位置に配位する(化合物5)。sec−ブチルリチウムが更に添加されると、化合物5におけるプロキラルなメチル基に配位した(−)−スパルテインの結合が外れ、エナンチオ選択的にリチオ化されたホスフィン化合物6が生成する。また(−)−スパルテイン2は遊離状態となる。遊離状態となった(−)−スパルテイン2には、再度sec−ブチルリチウム3が結合して錯体4が形成される。以後は、上述の反応が繰り返される。この説明から明らかなように、ホスフィン化合物1のエナンチオ選択的リチオ化において(−)−スパルテインは触媒として作用する。
【0030】
以上の反応スキームによれば、ホスフィン化合物1とsec−ブチルリチウム3とが直接反応しないので、ラセミ体の生成が非常に少なくなる。その結果、光学収率が高くなるという利点がある。更に、(−)−スパルテイン2による立体障害がないので、反応が進行しやすく収率が高くなるという利点もある。
【0031】
更に、(−)−スパルテイン2は高価な化合物であることから、その使用量は少ないことが好ましい。上述のとおり(−)−スパルテイン2を触媒的に用いることは、その使用量が少なくなることを意味するので、上述のスキームによりホスフィン化合物1をエナンチオ選択的リチオ化できることは経済性の面から極めて有利である。(−)−スパルテイン2の使用量は、ホスフィン化合物1に対して0.05〜0.5当量、特に0.1〜0.2当量という少量とすることができる。
【0032】
ところで、(−)−スパルテイン及びホスフィン化合物は、何れもsec−ブチルリチウムと結合可能な化合物である。したがって(−)−スパルテイン及びホスフィン化合物が存在する反応系にsec−ブチルリチウムを添加すると、sec−ブチルリチウムの獲得に関して(−)−スパルテインとホスフィン化合物との間で競争反応が起こる。この場合、アミンである(−)−スパルテインの方が、ホスフィン化合物よりも反応速度が速いので、ホスフィン化合物がsec−ブチルリチウムによって直接リチオ化されることは少ない。尤も、反応系へのsec−ブチルリチウムの添加速度を高めたり、(−)−スパルテインの使用量を極端に減らしたりすると、ホスフィン化合物がsec−ブチルリチウムによって直接リチオ化されてしまい、エナンチオ選択性が低下することがある。この観点から、ホスフィン化合物と、光学活性アミンである(−)−スパルテインと、有機リチウム化合物であるsec−ブチルリチウムとによって生じる錯体の生成反応が、ホスフィン化合物と、有機アルカリ金属化合物であるsec−ブチルリチウムとの反応よりも優先的に起こるような添加速度でsec−ブチルリチウムを反応系に添加することが好ましい。具体的には、光学活性アミンの添加量が0.1当量以下の場合には、6時間以上の長時間をかけて有機リチウム化合物を添加することが好ましい。光学活性アミンの添加量が0.1当量超で且つ0.2当量以下の場合には、有機リチウム化合物の添加時間を3時間以上とすることが好ましい。光学活性アミンの添加量が0.2当量超で且つ0.4当量以下の場合には、有機リチウム化合物の添加時間を1.5時間以上とすることが好ましい。光学活性アミンの添加量が0.4当量超で且つ0.5当量以下の場合には、有機リチウム化合物の添加時間を1時間以上とすることが好ましい。
【0033】
第一工程は窒素雰囲気等の不活性雰囲気下で行う。第一工程における反応温度は、−70〜−80℃とすることが、リチオ化されたホスフィン化合物6のエナンチオ選択性の向上が期待できる点から好ましい。
【0034】
(II)第二工程
第二工程においては、第一工程でエナンチオ選択的にリチオ化されたホスフィン化合物と一般式(3)で表されるモノハロゲン化ホスフィンを反応させる。この反応によって、下記一般式(7)で表される化合物が得られる。また、一般式(3)で表されるモノハロゲン化ホスフィンを反応させることに代えて、一般式(3’)で表されるジハロゲン化ホスフィンを加えて反応させた後に、反応生成物にグリニアル試薬を加えて反応させることでも下記一般式(7)で表される化合物が得られる。
【0035】
【化13】

【0036】
第二工程において、一般式(3)で表されるモノハロゲン化ホスフィンを用いる場合、該モノハロゲン化ホスフィンの添加量は、一般式(2)で表されるホスフィン化合物に対して1.0〜1.2当量、特に1.0〜1.1当量とすることが好ましい。モノハロゲン化ホスフィンを添加するときの温度は−70〜−80℃とすることが好ましい。また添加は、反応熱で温度が上がらないようにするために0.5〜1時間かけて徐々に行うことが好ましい。
【0037】
一般式(3)において、R2及びR3は、それぞれ炭素数1〜18、好ましくは1〜8の直鎖アルキル基、炭素数1〜18、好ましくは1〜8の分岐のアルキル基、炭素数1〜18、好ましくは1〜8のシクロアルキル基、炭素数1〜18、好ましくは1〜10のアルキルシクロアルキル基、アダマンチル基を表す。R2及びR3は同一でもよく或いは異なっていてもよい。また、一般式(3)において、Xで表されるハロゲンとしては、塩素、臭素又はヨウ素が挙げられる。
【0038】
一般式(3)で表されるモノハロゲン化ホスフィンとしては、例えば、ジメチルクロロホスフィン、ジエチルクロロホスフィン、ジ(n−プロピル)クロロホスフィン、ジ(sec−プロピル)クロロホスフィン、ジ(n−ブチル)クロロホスフィン、ジ(tert−ブチル)クロロホスフィン、ジ(sec−ブチル)クロロホスフィン、ジ(n−ヘキシル)クロロホスフィン、ジ(sec−ヘキシル)クロロホスフィン、ジ(n−ヘプチル)クロロホスフィン、ジ(sec−ヘプチル)クロロホスフィン、ジ(n−オクチル)クロロホスフィン、ジ(sec−オクチル)クロロホスフィン、ジ(tert−オクチル)クロロホスフィン、ジ(n−デシル)クロロホスフィン、ジ(n−ドデシル)クロロホスフィン、ジ(n−ヘキサデシル)クロロホスフィン、ジ(n−オクタデシル)クロロホスフィン、メチルエチルクロロホスフィン、メチル(n−ブチル)クロロホスフィン、メチル(tert−ブチル)クロロホスフィン、メチル(n−オクチル)クロロホスフィン、メチル(tert−オクチル)クロロホスフィン、メチルアダマンチルクロロホスフィン、メチルシクロヘキシルクロロホスフィン、メチルシクロオクチルクロロホスフィン、メチル(メチルシクロヘキシル)クロロホスフィン等が挙げられる。
【0039】
モノハロゲン化ホスフィンとして市販のものを使用してもよいし、或いは公知の製造方法により製造されたものを使用してもよい。公知の製造方法の一例としては、三塩化リンを出発原料として、以下の反応式に示すようなグリニアル反応により、ジアルキルクロロホスフィンを得る方法が挙げられる。
【0040】
【化14】

【0041】
第二工程において、一般式(3’)で表されるジハロゲン化ホスフィンを用いる場合、該ジハロゲン化ホスフィンの添加量は、ホスフィン化合物に対して1〜2当量、特に1〜1.3当量とすることが好ましい。ジハロゲン化ホスフィンを添加するときの温度は−70〜−80℃とすることが好ましい。ジハロゲン化ホスフィンは、溶媒に溶解させた状態で添加することが好ましい。好ましい溶媒としては、例えばジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等の環状又は鎖状エーテルや、トルエン、キシレン等の芳香族系炭化水素、ヘプタン、ヘキサン、ペンタン等の脂肪族炭化水素等が挙げられる。
【0042】
ジハロゲン化ホスフィンは、第一工程でエナンチオ選択的にリチオ化されたホスフィン化合物と反応し、以下の化合物が生成する。
【0043】
【化15】

【0044】
次いで反応系にグリニアル試薬を加え、前記の化合物におけるPに結合したXをグリニアル試薬におけるアルキル基と置換する。本工程で用いられるグリニアル試薬はR3MgX(R3及びXは前記と同義である)で表される化合物である。この反応によって上述の一般式(7)で表される化合物が得られる。グリニアル試薬の添加量は、一般式(2)で表されるホスフィン化合物に対して1〜2当量、特に1〜1.5当量であることが好ましい。
【0045】
第二工程においては、反応系にモノハロゲン化ホスフィン又はジハロゲン化ホスフィンを加える前に、配位性溶媒を反応系に加えることが好ましい。そして、配位性溶媒を、リチオ化されたホスフィン化合物に配位させた後に、前記のモノハロゲン化ホスフィン又はジハロゲン化ホスフィンを添加することが好ましい。モノハロゲン化ホスフィン又はジハロゲン化ホスフィンの添加に先立ち配位性溶媒を加えることによって、プロトンが引き抜かれたプロキラルなホスフィン化合物のリチウム塩に配位性溶媒が配位し、反応点の周囲の嵩高さが解消され、反応が進行しやすくなるという利点がある。更に、前記のリチウム塩の溶解性が向上することと相まって反応性が高まるという利点もある。配位性溶媒とは、リチウムに配位することのできる溶媒を言う。その例としては、テトラヒドロフランやジオキサン等が挙げられる。これらのうち、テトラヒドロフランを用いることが、安全性の点から好ましい。
【0046】
配位性溶媒の添加量は、一般式(2)で表されるホスフィン化合物に対して5〜20倍モル、特に10〜15倍モルとすることが、反応系の濃度が適度なものとなり、十分な反応速度が得られる点から好ましい。配位性溶媒を添加するときの温度は−80〜−50℃とすることが好ましい。添加は一括添加でも良く、或いは徐々に添加してもよい。
【0047】
配位性溶媒の添加後にモノハロゲン化ホスフィン又はジハロゲン化ホスフィンを添加して、リチオ化されたホスフィン化合物と反応させたら、反応系を熟成させることが好ましい。熟成の温度は−50〜−20℃とすることが好ましい。熟成時間は10〜20時間とすることが好ましい。ジハロゲン化ホスフィンを用いる場合には、熟成後に前記のグリニアル試薬を添加する。このようにして、前記の一般式(7)で示される化合物が得られる。
【0048】
(III)第三工程
本工程においては、第二工程で得られた生成物である前記の一般式(7)で示される化合物に、テトラヒドロフラン−ボラン錯体を加えるか(Zが三水素化ホウ素基の場合)、該生成物を酸化させるか(Zが酸素原子の場合)、又は該生成物を硫黄と反応させる(Zが硫黄原子の場合)。これによって目的とする化合物である一般式(1)で表される化合物が得られる。
【0049】
一般式(7)で表される化合物においてZが三水素化ホウ素である場合には、該化合物をボラン化して、下記一般式(8)で示される化合物を得る。ボラン化のためには、熟成後の反応系にボラン−テトラヒドロフラン錯体を添加する。ボラン−テトラヒドロフラン錯体の添加量は、一般式(7)で示される化合物に対して1〜1.5当量とすることが好ましい。ボラン化は、−50〜−20℃で1〜2時間行うことが好ましい。
【0050】
【化16】

【0051】
一般式(7)で表される化合物においてZが酸素原子である場合には、該化合物を過酸化水素やm−クロロ過安息香酸などの酸化剤によって酸化することで、下記一般式(9)で表される化合物を得る。この酸化の方法に代えて、T. Imamotoらによってメイン・グループ・ケミストリー第1巻、第331−338頁に発表された方法によって一般式(9)で示される化合物を得てもよい。
【0052】
【化17】

【0053】
一般式(7)で表される化合物においてZが硫黄原子である場合には、該化合物を硫黄(S8)させることで、下記一般式(10)で表される化合物を得る。この方法に代えて、T. Imamotoらによってメイン・グループ・ケミストリー第1巻、第331−338頁に発表された方法によって一般式(10)で示される化合物を得てもよい。
【0054】
【化18】

【0055】
以上のようにして得られた一般式(1)で表される化合物は、R2及びR3の何れか一方がメチル基で且つ他方がR1と同じである場合には、光学活性体とメソ体との混合物になっているので、これを常法(例えばカラムクロマトグラフィー)により分離して、光学活性体のみを単離すればよい。
【0056】
以上のようにして得られた一般式(1)で表される化合物を、不斉合成反応における不斉触媒の配位子として用いるためには、該化合物における三水素化ホウ素基、酸素原子及び硫黄原子を、該化合物から除去して下記一般式(11)で表されるホスフィン化合物とすればよい。
【0057】
【化19】

【0058】
具体的には、三水素化ホウ素基を除去するためには、一般式(8)で表される化合物を脱ボラン化させて、一般式(11)で表されるホスフィン化合物を遊離させればよい。ホスフィン化合物を遊離させるためには、例えばジエチルアミンやモルフォリンのような第二級アミン、DABCOやトリエチルアミンなどの塩基を用いる方法が知られている(J.Am.Chem.Soc., 112, p.5244(1990);J.Am.Chem.Soc., 121, p.1090(1999))。また、第三級アミンを過剰に用いる方法も知られている(J.Am.Chem.Soc., 121, p.1090(1999))。更に、テトラフルオロホウ酸やトリフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸などの強酸を用いる方法(Tetrahedron Lett., 35, 9319(1994);J.Organomet.Chem., 621, 120(2001);J.Am.Chem.Soc., 120, p.1635(1998)も知られている。これらの方法に加え、特開2005−97131号公報に記載されている、モレキュラーシーブの存在下、アルコール溶媒中でホスフィンボランからホスフィンを遊離させる方法を用いることもできる。
【0059】
一般式(9)及び(10)で表される化合物からそれぞれ酸素原子及び硫黄原子を除去するためには、例えばヘキサクロロジシラン(Si2Cl6)を用いてこれらの化合物を還元すればよい。それによって一般式(11)で表されるホスフィン化合物を得ることができる。
【0060】
遊離された一般式(11)で表されるホスフィン化合物を、ロジウムや銅等の金属に配位させることで不斉触媒が得られる。ホスフィン化合物から不斉触媒を得るには、例えば実験化学講座 第4版(日本化学会編、丸善株式会社発行)第18巻 第327〜353頁に記載されている方法を採用することができる。例えばロジウム錯体を得るには、ホスフィン化合物を[RhX(diene)2]と反応させればよい。ここで、Xはハロゲン、BF4-、PF6-、ClO4-などを表し、dieneは1,5−シクロオクタジエンやビシクロ[2,2,1]ヘプタ−2,5−ジエンなどの二座配位化合物である。このロジウム錯体におけるホスフィン化合物とロジウムのモル比は好ましくは1〜2:1である。
【0061】
このようにして得られた不斉触媒は、例えば不飽和カルボン酸の不斉水素化による光学活性な飽和カルボン酸又はそのエステルの製造や、プロキラルなケトンの不斉ヒドロシリル化による光学活性な第二級アルコールの製造を始めとして、種々の不斉合成に好適に用いることができる。
【実施例】
【0062】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。特に断らない限り「%」は「重量%」を意味する。
【0063】
〔実施例1〕
1,1−ビス[ボラナート(tert−ブチル)メチルホスフィノ]メタンの合成
500mlの四つ口フラスコを十分に乾燥させ、N2雰囲気下で室温にて、tert−ブチルジメチルホスフィンボラン(5.2g、39.3mmol)及び(−)−スパルテイン(1.8g、0.2eq)を仕込み、ヘキサン(20ml)とメチルtert−ブチルエーテル(20ml)で溶解させた。次いで、ドライアイス−アセトンバスにて−78℃まで冷却し、sec−ブチルリチウム(43.3ml、1.1eq)を3時間かけてゆっくりと滴下した。滴下後の反応液は混濁していた。続いて、反応液にテトラヒドロフラン(20ml)を添加した。反応液は黄色透明になった。この反応液に、tert−ブチルジクロロホスフィン(6.5g、41.3mmol)のメチルtert−ブチルエーテル溶液(40ml)を30分間にわたって徐々に滴下した。反応液を−50℃まで昇温させ、18時間攪拌熟成させた。熟成後、この反応液を徐々に0℃まで昇温し、39.3mlのメチルマグネシウムブロミド(1.0Mの溶液、39.3mmol)を滴下した後、98.5mlのボラン−テトラヒドロフラン錯体(1.0Mのテトラヒドロフラン溶液、98.5mmol)を添加し、次いで反応液を室温まで昇温した。反応終了後、5%塩酸によりスパルテインを除去し、酢酸エチルを加え反応液のpHが中性近辺になるまで水洗を行った。引き続き有機層を硫酸マグネシウムによって脱水し濃縮した。なお1回目の廃水は再抽出した。濃縮後、カラムクロマトグラフィーにより未反応の原料及び不純物を除去した。この化合物をメタノールにより再結晶を行い、(R,R)−1,1−ビス[ボラナート(tert−ブチル)メチルホスフィノ]メタンを得た。(3.8g、Yp=38%、99%ee)。
【0064】
〔実施例2〕
1,1−ビス[ボラナート(tert−ブチル)メチルホスフィノ]メタンの合成
500mlの四つ口フラスコを十分に乾燥させ、N2雰囲気下で室温にて、tert−ブチルジメチルホスフィンボラン(5.0g、37.8mmol)及び(−)−スパルテイン(1.7g、0.2eq)を仕込み、ヘキサン(20ml)とメチルtert−ブチルエーテル(20ml)で溶解させた。次いで、ドライアイス−アセトンバスにて−78℃まで冷却し、sec−ブチルリチウム(41.7ml、1.1eq)を3時間かけてゆっくりと滴下した。滴下後の反応液は混濁していた。この反応液に、tert−ブチルジクロロホスフィン(6.3g、40mmol)のメチルtert−ブチルエーテル溶液(40ml)を30分間にわたって徐々に滴下した。反応液を−50℃まで昇温させ、18時間攪拌熟成させた。熟成後、この反応液を徐々に0℃まで昇温し、37.8mlのメチルマグネシウムブロミド(1.0Mの溶液、37.8mmol)を滴下した後、94.7mlのボラン−テトラヒドロフラン錯体(1.0Mのテトラヒドロフラン溶液、94.7mmol)を添加し、次いで反応液を室温まで昇温した。反応終了後、5%塩酸によりスパルテインを除去し、酢酸エチルを加え反応液のpHが中性近辺になるまで水洗を行った。引き続き有機層を硫酸マグネシウムによって脱水し濃縮した。なお1回目の廃水は再抽出した。濃縮後、カラムクロマトグラフィーにより未反応の原料及び不純物を除去した。この化合物をメタノールにより再結晶を行い、(R,R)−1,1−ビス[ボラナート(tert−ブチル)メチルホスフィノ]メタンを得た。(2.6g、Yp=28%、99%ee)。
【0065】
〔比較例1〕
1,1−ビス[ボラナート(tert−ブチル)メチルホスフィノ]メタンの合成
500mlの四つ口フラスコを十分に乾燥させ、N2雰囲気下で室温にて、(−)−スパルテイン(7.8g、1.1eq)を仕込み、ヘキサン(30ml)とメチルtert−ブチルエーテル(30ml)で溶解させた。次いで、ドライアイス−アセトンバスにて−78℃まで冷却し、sec−ブチルリチウム(33.3ml、1.1eq)を滴下した。1時間攪拌熟成後、tert−ブチルジメチルホスフィンボラン(4.0g、30.0mmol)を仕込み、更に1時間攪拌熟成を行った。この後、tert−ブチルジクロロホスフィン(5.1g、31.8mmol) のメチルtert−ブチルエーテル溶液(30ml)を30分間にわたって徐々に滴下した。反応液を−50℃まで昇温させ、20時間攪拌熟成させた。熟成後、この反応液を徐々に0℃まで昇温し、30.3mlのメチルマグネシウムブロミド(1.0Mの溶液、30.3mmol)を滴下した後、121.0mlのボラン−テトラヒドロフラン錯体(1.0Mのテトラヒドロフラン溶液、121.0ml)を添加し、次いで反応液を室温まで昇温した。反応終了後、5%塩酸によりスパルテインを除去し、酢酸エチルを加え反応液のpHが中性近辺になるまで水洗を行った。引き続き有機層を硫酸マグネシウムによって脱水し濃縮した。なお1回目の廃水は再抽出した。濃縮後、カラムクロマトグラフィーにより未反応の原料及び不純物を除去した。この化合物をメタノールにより再結晶を行い、(R,R)−1,1−ビス[ボラナート(tert−ブチル)メチルホスフィノ]メタンを得た。(1.5g、Yp=20%、99%ee)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)
【化1】

で表される光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体を製造する方法であって、
(I)下記一般式(2)
【化2】

で表されるホスフィン化合物及び触媒量の光学活性アミン及び溶媒の存在下、有機リチウム化合物を添加する第一工程、
(II)第一工程終了後に、下記一般式(3)
【化3】

で表されるモノハロゲン化ホスフィンを加えるか、又は
下記一般式(3’)
【化4】

で表されるジハロゲン化ホスフィンを加えた後にグリニアル試薬を加える第二工程、
(III)第二工程で得られた生成物に、テトラヒドロフラン−ボラン錯体を加えるか(Zが三水素化ホウ素基の場合)、該生成物を酸化させるか(Zが酸素原子の場合)、又は該生成物を硫黄と反応させる(Zが硫黄原子の場合)第三工程、
を有することを特徴とする、光学活性なジアルキルホスフィノメタン誘導体の製造方法。
【請求項2】
前記ホスフィン化合物と前記光学活性アミンと前記有機リチウム化合物とによって生じる錯体の生成反応が、該ホスフィン化合物と該有機リチウム化合物との反応よりも優先的に起こるような添加速度で該有機リチウム化合物を加える請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
第一工程において用いられる前記溶媒がエーテル系溶媒である請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
第二工程において、前記ハロゲン化ホスフィンを加える前に、配位性溶媒を加える請求項1ないし3の何れかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記配位性溶媒が、テトラヒドロフランである請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
前記光学活性アミンが(−)−スパルテインである請求項1ないし5の何れかに記載の製造方法。
【請求項7】
前記光学活性アミンの添加量を、前記ホスフィン化合物に対して0.05〜0.5当量とする請求項1ないし6の何れかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2008−189610(P2008−189610A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−27112(P2007−27112)
【出願日】平成19年2月6日(2007.2.6)
【出願人】(000230593)日本化学工業株式会社 (296)
【Fターム(参考)】