説明

光学物品およびその製造方法

【課題】帯電防止性およびその耐久性の良好な第1の層を含む光学物品を提供する。
【解決手段】光学物品は、光学基材と、光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された、TiOx(0<x≦2)を含む透光性の第1の層とを有する。この光学物品においては、第1の層の表層域のアルゴン濃度は第1の層の深部のアルゴン濃度よりも高い。この光学物品の一例は、第1の層を表面から深さ方向に二次イオン質量分析した際のスペクトルにおいてアルゴンのピークが表層域にあるものである。この光学物品は、たとえば、眼鏡レンズに好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズなどのレンズ、その他の光学材料あるいは製品に用いられる光学物品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズなどの光学物品においては、光学基材の上に、種々の機能を備えた層(膜)が形成されているものが知られている。このような層としては、例えば、光学基材の耐久性を確保するためのハードコート層、ゴーストやちらつきを防止するための反射防止層などが公知である。
【0003】
特許文献1には、低耐熱性基材に好適な帯電防止性能を有する光学要素の提供を目的とする技術が開示されている。具体的には、プラスチック製の光学基材上に複層構成の反射防止膜を備えた眼鏡レンズなどの光学要素において、反射防止膜が透明導電層を含み、該透明導電層をイオンアシスト真空蒸着により形成し、他の反射防止膜の構成層は、電子ビーム真空蒸着等により形成することが記載されている。導電層としては、インジウム、スズ、亜鉛等のいずれか、又は2種以上の複数を成分とする無機酸化物が挙げられており、特に、インジウム錫酸化物(ITO)が望ましいことが記載されている。
【特許文献1】特開2004−341052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
光学基材の上に形成される層に、帯電防止や電磁遮蔽などを目的として導電性を付与するため、ある程度の厚みをもつ導電層を形成することが公知である。導電層としては、例えば、ITO(Indium Tin Oxide)層が一般に知られているが、ITOは比較的高価であり、製造コストを押し上げてしまうという問題がある。
【0005】
また、多層構造の反射防止層など、所定の光学設計や膜設計にしたがって製造される膜あるいは層に対し、さらにある程度の膜厚の導電層を加える場合には、新規に光学設計や膜設計を行う必要が生じてくる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、光学基材と、光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された、TiOx(0<x≦2)を含む透光性の第1の層とを有し、第1の層の表層側のアルゴン濃度が第1の層の光学基材側(深部)のアルゴン濃度よりも高い、光学物品である。
【0007】
本願発明者らは、TiOx(0<x≦2)を含む透光性の第1の層であって、その表層側のアルゴン濃度が高い層であれば透光性と導電性とがあり、光学物品に帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能を付与できることを見出した。したがって、ITO(Indium Tin Oxide)を積層してもよいが、ITOを積層しなくても帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能を備えた眼鏡レンズなどの光学物品を提供できる。
【0008】
この光学物品は、典型的には、第1の層を表面から深さ方向に二次イオン質量分析(SIMS、Secondary Ion Mass Spectrometry)すると、そのスペクトルにおいてアルゴンのピークが表層側に表れる。SIMS分析において、第1の層のアルゴンの原子量に該当するスペクトルを第1の層の光学基材側の値によりノーマライズした際のピークが表層側に表れるものであってもよい。
【0009】
この光学物品において、第1の層の表層側のX線光電子分光法(XPS、X-ray Photoelectron Spectroscopy)によるアルゴン原子濃度は、少なくとも2.0%であることが好ましく、帯電防止効果が得やすい。第1の層の表層側のXPSによるアルゴン原子濃度は、2.2%以上がより好ましく、2.5%以上がいっそう好ましい。
【0010】
また、この光学物品において、第1の層の層厚は、少なくとも4nmが好ましく、帯電防止効果が得やすい。第1の層の層厚は、5nm以上がより好ましく、8nm以上がいっそう好ましい。
【0011】
第1の層は、単層でも、多層構造の層の1つまたは複数であっても良い。多層構造の典型的なものは反射防止層である。この光学物品は、多層構造の反射防止層を有するものであってもよく、第1の層は、多層構造の反射防止層に含まれる層であってもよい。また、この光学物品は、第1の層の上に、直にまたは他の層を介して形成された防汚層をさらに有するものであってもよい。
【0012】
光学基材の典型的なものはプラスチックレンズ基材である。光学物品の一形態は眼鏡レンズであり、本発明の他の態様の1つは、眼鏡レンズと、眼鏡レンズが装着されたフレームとを有する眼鏡である。
【0013】
本発明の他の態様は、光学物品の製造方法である。この製造方法は、以下の工程を含む。
(1)光学基材の上に直にまたは他の層を介して、TiO2を含む透光性のターゲット層を形成すること。
(2)ターゲット層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射すること。
【0014】
この製造方法により、ターゲット層を、TiOx(0<x≦2)を含む透光性の第1の層であって、表層側のアルゴン濃度が光学基材側のアルゴン濃度よりも高い第1の層に変更(変換)でき、第1の層を備えた光学物品を製造できる。したがって、この製造方法により、眼鏡レンズなどとして十分な透光性と、帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能とを備えた光学物品を製造し、提供できる。
【0015】
この光学物品の製造方法において、ターゲット層は多層構造の反射防止層に含まれる1つの層であってもよい。また、この光学物品の製造方法は、照射済みのターゲット層、すなわち、第1の層の上に、直にまたは他の層を介して防汚層を形成することを含んでいてもよい。
【0016】
この光学物品の製造方法において、混合ガスをイオン化させて照射する時間(以下、照射時間という)は、30秒から300秒の範囲であることが好ましい。照射時間が30秒を下回ると帯電防止性能が得られにくい。また、照射時間が300秒(5分)を超えると、光学基材の温度が上がり過ぎる可能性があり、光学物品の製造コストが上がり好ましくない。照射時間は、100秒から300秒の範囲がより好ましく、120秒から300秒の範囲がいっそう好ましい。
【0017】
また、混合ガスのアルゴンガスと酸素ガスとの比(混合比)は、10:1から1:2の範囲が好ましい。混合比が10:1を上回ると透明度が下がり易く、混合比が1:2を下回ると帯電防止性能が得られにくい。混合比は5:1から1:1の範囲がより好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】多層構造の反射防止層を含むレンズの構造を示す断面図。
【図2】反射防止層の製造に用いる蒸着装置を模式的に示す図。
【図3】ZrO2/SiO2(全5層)の反射防止層を含むサンプルの反射防止層の層構造を示す図。
【図4】反射防止層に含まれる導電処理層の製造条件および評価結果をまとめて示す図。
【図5】図5(A)は、サンプルの表面のシート抵抗を測定する様子を示す断面図、図5(B)は、サンプルの表面のシート抵抗を測定する様子を示す平面図。
【図6】XPS分析用のサンプルの構造を模式的に示す図。
【図7】XPS分析用のサンプルの製造条件および評価結果をまとめて示す図。
【図8】XPS分析結果を示す図であって、図8(a)Ar2pスペクトルを示す図、図8(b)は、Ti2pスペクトルを示す図。
【図9】SIMS分析用のサンプルの構造を模式的に示す図。
【図10】Arに注目したSIMSによるデプスプロファイル測定結果を示す図。
【図11】反射率測定用のサンプルおよび反射率の計測方法を模式的に示す図。
【図12】反射率の計測結果を示す図。
【図13】他の実施例のサンプルの製造条件および評価結果をまとめて示す図。
【図14】多層構造の反射防止層を含む他のレンズの構造を示す断面図。
【図15】図15(a)は第2層をイオン照射した例、図15(b)は第6層をイオン照射した例を示す図。
【図16】図16(a)は図15(a)に示す他の実施例および比較例のサンプルの製造条件および評価結果をまとめて示す図、図16(b)は図15(b)に示す他の実施例および比較例のサンプルの製造条件および評価結果をまとめて示す図。
【図17】眼鏡の概要を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下では、光学物品として眼鏡用のレンズを例示して説明するが、本発明を適用可能な光学物品はこれに限定されるものではない。
【0020】
図1に、本発明の一実施形態のレンズの構成を、基材を中心とした一方の面の側の断面図により示している。レンズ(光学物品)10は、レンズ基材(光学基材)1と、レンズ基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成された透光性で多層構造の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含む。反射防止層3は、光学基材1の上にハードコート層2および反射防止層3の他の層を介して形成された導電処理層(第1の層)33を含む。第1の層33は、TiOx(0<x≦2)を含む透光性の層であり、第1の層33の表層側(表層域)33aのアルゴン濃度が第1の層33の深部(光学基材側)33bのアルゴン濃度よりも高い。
【0021】
TiOx(0<x≦2)を含み、表層域33aのアルゴン濃度が深部(光学基材側)33bのアルゴン濃度よりも高い第1の層33は、眼鏡レンズとして十分な透光性があり、シート抵抗が低く導電性がある。この第1の層33は、典型的には以下のステップを含む製造方法により製造できる。
(1)光学基材の上に直にまたは他の層を介して、TiO2を含む透光性のターゲット層を形成するステップ。
(2)ターゲット層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射するステップ。
【0022】
TiO2を含むターゲット層の表面に、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射することにより、表層域33aに酸素欠陥(酸素欠損)を含む第1の層33が形成され、表層域33aの酸素欠損がキャリアとなって導電性を発現すると発明者らは推測している。さらに、アルゴンガスだけではなく、酸素ガスを含む混合ガスをイオン化させて照射することにより、アルゴンイオンによる酸素欠損が酸素イオンの存在により適宜修正され大幅な光透過性の低下が抑制され、さらに、ある程度の濃度のアルゴン原子が表層域33aに捕らわれた状態となり、表層域33aの導電性が維持されると推定している。したがって、アルゴン原子の存在により、第1の層33の表層域33aに酸素欠陥(酸素欠損)が生じ、表層域33aの少なくとも一部においてTiO2がTiOx(0<x≦2)、たとえば、導電性のあるTiO1.7に変換され、シート抵抗が低下すると考えられる。
【0023】
さらに、このレンズ(光学物品)10においては、第1の層33の表層域33aのアルゴン濃度は高く、第1の層33の深部33bのアルゴン濃度は低いかまたはゼロである。したがって、酸素欠損域は表層域33aに限られる。このため、第1の層33の透光性に影響を与えにくく、しかも、酸素欠陥による導電性の向上(シート抵抗の低下)は期待できる。
【0024】
金属酸化物の物性は、非化学量論な酸素組成により顕著に変化することが多く、金属原子が化学量論比より少ないと酸素空孔が形成され導電性が向上することがある。その一方、歪や酸素空孔の増加により、それらが色中心となり光を吸収して着色が見られたり、層の屈折率が変化したりする可能性があり透光性が低下する。このため、導電性が向上するという効果だけを得ることは難しい。このレンズ10および製造方法においては、ターゲット層の表面にアルゴンおよび酸素の混合ガスをイオン化して照射することにより、表層域33aに限って酸素欠陥(酸素欠損)が導入されるようにしている。したがって、層構造の光学的な、および/または物理的な特性に与える影響を抑制しながら、導電性を向上できる。
【0025】
さらに、イオン化したガスを照射することにより得られる効果は欠陥が回復するなどの要因により時間とともに低下しやすい。しかしながら、このレンズ10および製造方法においては、ターゲット層の表面にアルゴンおよび酸素の混合ガスをイオン化して照射することにより、表層域33aにアルゴンが長期間にわたり残存することを可能としていると想定される。したがって、混合ガスをイオン化して照射することにより得られる、第1の層33の表面抵抗が低い状態(低抵抗化、導電化)は長時間にわたり維持される。このため、光学的特性に優れ、さらに導電性が向上したレンズ(光学物品)10を製造し提供できる。
【0026】
すなわち、このレンズ10においては、帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能の劣化速度は非常に遅く、長期間にわたり帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能を備えたレンズ10を提供できる。アルゴンが長期間にわたり第1の層33の表層域33aに局在し、第1の層33の内部応力の局所的上昇が引き起こされ、酸素欠損の再結合が抑制されている、あるいは、局在準位が形成されているためであると推測される。
【0027】
さらに、帯電防止性能および/または電磁遮蔽性能を得るためにITOを使用しないで済むという効果が得られる。ITO(Indium Tin Oxide)は透明で電気抵抗が低い材料として知られているが、In(インジウム)は稀少金属(レアメタル)であり高価である。しかも、ITOは、酸・アルカリに溶解しやすいことから、眼鏡レンズなどの環境適応性を必要とする光学物品への適用は好ましいものではない。
【0028】
TiOx(0<x≦2)を含む第1の層33は、酸・アルカリに対しても耐久性がある。このため、帯電防止性能があり、低コストで汗などに含まれる酸やアルカリにも強いレンズ10を提供できる。本発明に含まれる光学物品は、ITO層を含んでいてもよいが、ITO層を形成しなくても導電性を付与できるので、低コストで様々な環境で使用しやすいレンズ10を提供できる。
【0029】
以下に詳述する実施形態においては、数ナノメートルに堆積したTiO2の層に、数百エレクトロンボルトのエネルギーを持つアルゴンおよび酸素の混合イオンビームを照射することでTiO2の結合を切断し、TiO2中にTiOx を形成する例を説明する。また、TiOx がキャリアとなって導電性が発現し、帯電防止の光学物品とすることができることを示す。さらに、透明性を得るためにはTiOx の膜厚を薄くすることが必要であるが、薄いTiOx は不安定であり、欠陥の再結合等により導電性が低下していく。したがって、長期にわたって安定した帯電防止性を維持することが可能な条件について示す。また、欠損の近傍に適度なアルゴン原子を存在させることで再結合を防ぎ、耐久性を向上させることができることを示し、帯電防止眼鏡レンズに適応するのに適した幾つかの条件を示す。
【0030】
(第1の実施形態)
1. レンズの概要
1.1 レンズ基材
レンズ基材1は、特に限定されないが、(メタ)アクリル樹脂をはじめとしてスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を挙げることができる。レンズ基材1の屈折率は、たとえば、1.60〜1.75程度である。レンズ基材1の屈折率は、これに限定されるものではなく、上記の範囲内でも、上記の範囲から上下に離れていてもよい。
【0031】
1.2 ハードコート層(プライマー層)
レンズ基材1の上に形成されるハードコート層2は、レンズ10(レンズ基材1)に耐擦傷性を付与する、あるいはレンズ10(レンズ基材1)の強度を高めるためのものである。ハードコート層2に使用される材料としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等を挙げることができる。
【0032】
ハードコート層2の一例は、シリコン系樹脂である。ハードコート層2は、例えば、金属酸化物微粒子、シラン化合物を含むコーティング組成物を塗布して硬化させることにより、形成することができる。このコーティング組成物には、コロイダルシリカ、および多官能性エポキシ化合物等の成分が含まれていてもよい。
【0033】
このコーティング組成物に含まれる金属酸化物微粒子の具体例は、SiO2、Al23、SnO2、Sb25、Ta25、CeO2、La23、Fe23、ZnO、WO3、ZrO2、In23、TiO2等の金属酸化物からなる微粒子または2種以上の金属の金属酸化物からなる複合微粒子である。これらの微粒子を分散媒(たとえば、水、アルコール系もしくはその他の有機溶媒)にコロイド状に分散させたものを、コーティング組成物に混合することができる。
【0034】
レンズ基材1とハードコート層2との密着性を確保するために、レンズ基材1とハードコート層2との間にプライマー層を設けてもよい。プライマー層は、高屈折率レンズ基材の欠点である耐衝撃性を改善するためにも有効である。プライマー層に使用される材料(プライマー層のベースを形成するための樹脂)としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等が挙げられる。密着性を持たせるためのプライマー層としては、ウレタン系樹脂およびポリエステル系樹脂が好適である。
【0035】
ハードコート層2およびプライマー層の製造方法の典型的なものは、ディッピング法、スピンナー法、スプレー法、フロー法によりコーティング組成物を塗布し、その後、40〜200℃の温度で数時間加熱乾燥する方法である。
【0036】
1.3 反射防止層
ハードコート層2の上に形成される反射防止層3の典型的なものは、無機系の反射防止層と有機系の反射防止層である。この実施形態のレンズ10は、無機系の反射防止層を含んでいる。
【0037】
無機系の反射防止層は、典型的には多層膜で構成される。このような多層構造の反射防止層は、例えば、屈折率が1.3〜1.6である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.6である高屈折率層とを交互に積層して形成することができる。層数としては、5層ないし7層程度が好ましい。
【0038】
反射防止層を構成する各層に使用される無機物の例としては、SiO2、SiO、ZrO2、TiO2、TiO、Ti23、Ti25、Al23、TaO2、Ta25、NdO2、NbO、Nb23、NbO2、Nb25、CeO2、MgO、Y23、SnO2、MgF2、WO3、HfO2、Y23などが挙げられる。これらの無機物は、単独で用いるか、もしくは2種以上を混合して用いる。
【0039】
反射防止層3を形成する方法(製造方法)としては、乾式法、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法などが挙げられる。真空蒸着法においては、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いてもよい。
【0040】
無機系の反射防止層3の代わりに有機系の反射防止層を形成することも可能である。有機系の反射防止層を形成する方法(製造方法)の1つは湿式法である。有機系の反射防止層は、例えば、内部空洞を有するシリカ系微粒子(以下、「中空シリカ系微粒子」ともいう)と、有機ケイ素化合物とを含んだ反射防止層形成用のコーティング組成物を、ハードコート層、プライマー層と同様の方法でコーティングして形成することもできる。反射防止層形成用のコーティング組成物に中空シリカ系微粒子を用いるのは、内部空洞内にシリカよりも屈折率が低い気体または溶媒が包含されているためであり、空洞のないシリカ系微粒子を用いた場合と比べてより屈折率が低減し、結果的に優れた反射防止効果を付与できるからである。中空シリカ系微粒子は、例えば、特開2001−233611号公報に記載されている方法などで製造することができるが、平均粒子径が1〜150nmの範囲にあり、かつ屈折率が1.16〜1.39の範囲にあるものを使用することが望ましい。この有機系の反射防止層の層厚は、50〜150nmの範囲が好ましい。
【0041】
1.3.1 導電処理
反射防止層3は、第1の層33を含む。第1の層33はレンズ10の導電化(低抵抗化)に寄与する層であり、以降では導電処理層33と称する。第1の層33は導電化層、低抵抗化層などと呼ばれてもよい。導電処理層33の基本的な組成は、TiOx(0<x≦2)であり、反射防止層3の高屈折率層と低屈折率層との組み合わせがTiO2/SiO2、の場合は、いずれかの高屈折率層の表層に導電処理層(第1の層)33が形成(構成)される。反射防止層3の高屈折率層と低屈折率層との組み合わせが、ZrO2/SiO2、Ta25/SiO2、NdO2/SiO2、HfO2/SiO2、Al23/SiO2などであれば、いずれか少なくとも1つの層、典型的にはいずれか少なくとも1つの高屈折率層の表面に重ねて導電処理層(第1の層)33が形成される。有機系の反射防止層においても、その表面に重ねて導電処理層(第1の層)33を形成することにより表面抵抗を下げることが可能である。
【0042】
以下において説明するレンズ10は、SiO2からなる低屈折率層31と、ZrO2からなる高屈折率層32とが積層された多層構造の反射防止層3を含む。この反射防止層3の基本構造は5層構造であり、3層の低屈折率層31と、2層の高屈折率層32とが交互に積層されている。したがって、導電処理層33は組成の異なる、ZrO2からなる高屈折率層32に重ねて形成される。以下に述べる例では、最上層の低屈折率層(第5層)31と最上層の高屈折率層(第4層)32との間の設けられた導電処理層33を含む。すなわち、この反射防止層3は、基本的には5層構造であるが、導電処理層33を加えて6層構造であるといってもよい。
【0043】
以下に述べるレンズ10の導電処理層33は、TiOx(0<x≦2)からなり、表面側の層(表層域)33aにアルゴンを多く含む透光性の層である。導電処理層33を構成する組成であるTiOx(0<x≦2)の比率xは導電処理層33の全体にわたり一定である必要はない。表層域33aには、TiOx1(x1≒1.7〜1.8)が比較的多く含まれ、深部(基材1の側)33bにはTiOx2(x2≒2.0)が比較的多く含まれていると想定される。また、アルゴンの濃度も表層域33aでは高く、深部33bでは低く、導電処理層33の中でアルゴン濃度が傾斜した状態、または段階的に変化した状態となっている。
【0044】
表面がアルゴンリッチの導電処理層33は、ターゲットとなるTiO2を主成分とする層を形成する工程と、この層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射する工程とを含む製造方法により製造可能である。アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射することは重要である。イオン化したアルゴンガスを照射することによりアルゴン濃度の高い表層域33aを備えた導電処理層33を形成するだけでなく、イオン化した酸素ガスを照射することにより、照射による表層域33aの欠陥をある程度修復して光学的な性能が大幅に劣化するのを抑制できる。さらに、表層域33aの欠陥をある程度修復することにより表層域33aに安定した状態でアルゴン(原子)を封じ込め、電気的性質が長期間にわたり安定した導電処理層33の製造を可能とする。
【0045】
具体的には、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射することにより、ターゲットとするTiO2層の表層域33aの一部のTiO2の酸素原子が分離あるいは離脱し、金属原子と酸素原子との化学量論比が所定の化合物としての比から外れた組成(非化学量論な組成)となる。このため、表層域33aに酸素欠陥(酸素欠損)が生じ、この酸素欠損がキャリアとなって導電性が発現する(シート抵抗が低下する)と考えられる。さらに、表層域33aにアルゴンが局在した状態で残るので、酸素欠損の再結合が抑制され、あるいは、局在準位が形成される。このため、時間とともに導電性が低下するといったことがないか、あるいは少ない。したがって、導電処理層33を含めることにより反射防止層3に帯電防止性能が付与され、この帯電防止性能は長期にわたり維持される。また、導電処理層33の酸素欠損域は表層域33aに限られる。このため、反射防止層3の光学的性能への影響は少ない。
【0046】
導電処理層33におけるアルゴン濃度の変化を測定する方法の1つは、以下に詳述するように、導電処理層33の表面から深さ方向に二次イオン質量分析(SIMS、Secondary Ion Mass Spectrometry)を実施することである。もちろん、分析方法はこれに限定されず、分析時において有効と認められる方法であればよい。アルゴン濃度の具体的な値は、たとえば、X線光電子分光法(XPS、X-ray Photoelectron Spectroscopy)により測定できる。
【0047】
導電処理層33の層厚は、高屈折率層32の性能に影響を及ぼさない範囲であれば特に限定されない。高屈折率層32が酸化チタン系以外の組成の場合は、イオン化された混合ガスの照射による導電処理の効果を得て、適当な濃度のアルゴンを表層域33aに存在させるためには、導電処理層33の層厚は4nm以上が好ましい。一方、この場合の導電処理層33の層厚は、厚すぎると光吸収ロスが増加する可能性があり、15nm以下であることが好ましい。
【0048】
1.4 防汚層
反射防止層3の上に、撥水膜または親水性の防曇膜(防汚層)4を形成することが多い。防汚層4の一例は、光学物品(レンズ)10の表面の撥水撥油性能を向上させる目的で、反射防止層3の上に、フッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる層を形成したものである。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。
【0049】
含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)として用いることが好ましい。防汚層は、この撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を反射防止層上に塗布することにより形成することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法などを用いることができる。なお、撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて、防汚層を形成することも可能である。
【0050】
上記のような撥水撥油性を有する防汚層4は、その層厚は特に限定されないが、0.001〜0.5μmが好ましい。より好ましくは0.001〜0.03μmである。防汚層4の層厚が薄すぎると撥水撥油効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので好ましくない。また、防汚層4の厚さが0.03μmより厚くなると反射防止効果が低下する可能性がある。
【0051】
2. サンプルの製造(タイプA)
ZrO2/SiO2全5層の反射防止層3であって、その中に導電処理層33が形成されたサンプルを製造した。各実施例および比較例のサンプルの反射防止層3の構造を図3にまとめて示している。また、各実施例および比較例のサンプルの導電処理層33の製造条件および評価を図4にまとめて示している。
【0052】
2.1 実施例1(サンプルS1)
2.1.1 レンズ基材の選択およびハードコート層の成膜
レンズ基材1としては、屈折率1.67の眼鏡用のプラスチックレンズ基材(商品名:セイコースーパーソブリン(SSV)(セイコーエプソン(株)製))を用いた。
【0053】
ハードコート層2を形成するための塗布液(コーティング液)を次のように調製した。エポキシ樹脂−シリカハイブリッド(商品名:コンポセランE102(荒川化学工業(株)製))20重量部に、酸無水物系硬化剤(商品名:硬化剤液(C2)(荒川化学工業(株)製))4.46重量部を混合、攪拌して、塗布液(コーティング液、コーティング溶液)を得た。このコーティング溶液を、所定の厚さになるようにスピンコーターを用いてレンズ基材1の上に塗布した。塗布後のレンズ基材1を125℃で2時間焼成して、ハードコート層2を成膜した。
【0054】
2.1.2 反射防止層の成膜
実施例1のレンズサンプルS1の反射防止層3(タイプA)を成膜した。以降では、各々の実施例のサンプルはサンプルS1と呼び、各々の実施例のサンプルを総称(共通)する場合についてはサンプル10と呼ぶ。
【0055】
2.1.2.1 蒸着装置
図2に、無機系の多層構造の反射防止層3と、その中に含まれる導電処理層33とを連続的に製造(成膜)できる蒸着装置100の一例を示している。この蒸着装置100は、電子ビーム蒸着装置であり、真空容器110と、排気装置120と、ガス供給装置130とを備えている。真空容器110は、ハードコート層2までが形成(成膜)されたレンズサンプル10が載置されるサンプル支持台115と、サンプル支持台115にセットされたレンズサンプル10を加熱するための基材加熱用ヒーター116と、熱電子を発生するフィラメント117とを備えている。基材加熱用ヒーター116は、例えば赤外線ランプであり、レンズサンプル10を加熱することによりガス出しあるいは水分とばしを行い、レンズサンプル10の表面に形成される層の密着性を確保する。
【0056】
この蒸着装置100では、電子銃(不図示)により蒸発源(るつぼ)112および113にセットされた材料(蒸着材料)に熱電子114を照射し蒸発させて、レンズサンプル10に上記材料を蒸着する。
【0057】
さらに、この蒸着装置100は、イオンアシスト蒸着を可能とするために、真空容器110の内部に導入したガスをイオン化して加速し、レンズサンプル10に照射するためのイオン銃118を備えている。また、真空容器110には、残留した水分を除去するためのコールドトラップや、層厚を管理するための装置等をさらに設けることができる。層厚を管理する装置としては、例えば、反射型の光学膜厚計や水晶振動子膜厚計などがある。
【0058】
真空容器110の内部は、排気装置120に含まれるターボ分子ポンプまたはクライオポンプ121および圧力調節バルブ122により、高真空、例えば1×10-4Paに保持することができる。一方、真空容器110の内部は、ガス供給装置130により所定のガス雰囲気にすることも可能である。例えば、ガス供給装置130に含まれるガス容器131には、アルゴン(Ar)、窒素(N2)、酸素(O2)などが用意されている。ガスの流量は、流量制御装置132により制御でき、真空容器110の内圧は、圧力計135により制御できる。
【0059】
したがって、この蒸着装置100における主な蒸着条件は、蒸着材料、電子銃の加速電圧および電流値、イオンアシストの有無である。イオンアシストを利用する場合の条件は、イオンの種類(真空容器110の雰囲気)と、イオン銃118の電圧値および電流値とにより与えられる。以下において、特に記載しない限り、電子銃の加速電圧は5〜10kVの範囲、電流値は50〜500mAの範囲の中で、成膜レートなどをもとに選択される。また、イオンアシストを利用する場合は、イオン銃118が電圧値200V〜1kVの範囲、電流値が100〜500mAの範囲で、成膜レートなどをもとに選択される。
【0060】
2.1.2.2 前処理
ハードコート層2が形成されたレンズサンプル10をアセトンにて洗浄した。そして、真空容器110の内部にて約70℃の加熱処理を行い、レンズサンプル10に付着した水分を蒸発させた。次に、レンズサンプル10の表面にイオンクリーニングを実施した。具体的には、イオン銃118を用いて酸素イオンビームを数百eVのエネルギーでレンズサンプル10の表面に照射し、レンズサンプル10の表面に付着した有機物の除去を行った。この処理(方法)により、レンズサンプル10の表面に形成する層(膜)の付着力を強固なものとすることができる。なお、酸素イオンの代わりに、不活性ガス、例えばアルゴン(Ar)ガスやキセノン(Xe)ガス、あるいは、窒素(N2)を用いて同様の処理を行ってもよい。また、酸素ラジカルや酸素プラズマを照射してもよい。
【0061】
2.1.2.3 低屈折率層(第1層、第3層、第5層)および高屈折率層(第2層、第4層)の成膜
真空容器110の内部を十分に真空排気した後、電子ビーム真空蒸着法により、低屈折率層31および高屈折率層32を交互に積層して反射防止層3を製造した。実施例1のレンズサンプルS1では、二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31として形成し、酸化ジルコニウム(ZrO2)層を高屈折率層32として形成した。
【0062】
図3に示すように、第1層、第3層および第5層が低屈折率層31であり、イオンアシストは行わず、真空蒸着によりSiO2層を成膜した。成膜レートは2.0nm/secとし、電子銃の加速電圧は7kV、電流は100mAとした。第1層、第3層および第5層の膜厚(層厚)は、それぞれ、29nm、16nm、91nmとなるように管理した。
【0063】
第2層および第4層が高屈折率層32であり、タブレット状のZrO2焼結体材料を電子ビームで加熱蒸発させZrO2層として成膜した。成膜レートは0.8nm/secとした。第2層および第4層の膜厚(層厚)は、それぞれ、40nm、60nmとなるように管理した。
【0064】
2.1.2.4 導電処理層の成膜
第4層(ZrO2)32の成膜の後、第5層(SiO2)31を成膜する前に導電処理層33を成膜した。
【0065】
まず、酸素ガスを導入しながらイオンアシスト蒸着を行い、第4層の上にターゲットとなるTiO2層(膜厚8nm)を成膜した。成膜レートは0.4nm/sec、照射イオンビームのエネルギー(イオン加速電圧)は500eV、イオンビーム電流は200mA、イオン銃(イオンガン)への導入ガスは酸素ガス(O2ガス)35sccmであり、さらに、真空容器(チャンバー)110への導入ガスは酸素ガス(O2ガス)15sccmである。
【0066】
その後、蒸着装置(真空蒸着装置)100を用い、ターゲットとなるTiO2層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射し、ターゲットであるTiO2層を導電処理層33に改質した。イオンガンに導入されたガスはアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスであり、アルゴンガス(Arガス)16.5sccm、酸素ガス(O2ガス)3.5sccmを含む(混合比約4.7:1)。照射イオンビームのエネルギー(イオン加速電圧)は800eV、イオンビーム電流は200mAとし、30秒照射(処理)した。
【0067】
2.1.3 防汚層の成膜
反射防止層3を形成した後のレンズサンプル10に酸素プラズマ処理を施し、真空容器110内で、分子量の大きなフッ素含有有機ケイ素化合物を含む「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)を含有させたペレット材料を蒸着源として、約500℃で加熱し、KY−130を蒸発させて、反射防止層3の上(反射防止層3の最終のSiO2層31の上)に防汚層4を成膜した。蒸着時間は約3分間程度とした。酸素プラズマ処理を施すことにより最終のSiO2層31の表面にシラノール基を生成できるので、反射防止層3と防汚層4との化学的密着性(化学結合)を高めることができる。
【0068】
蒸着終了後、真空蒸着装置100からレンズサンプル10を取り出し、反転して再び投入し、上記の2.1.2.2〜2.1.2.4および2.1.3の工程を同じ手順で繰り返し、反射防止層3の成膜、および防汚層4の成膜を行った。その後、レンズサンプル10を真空蒸着装置100から取り出した。これにより、レンズ基材1の両面に、ハードコート層2、タイプA1の反射防止層3、および防汚層4が形成された、実施例1のレンズサンプルS1が得られた。
【0069】
2.2 実施例2および3(サンプルS2およびS3)
実施例1のサンプルS1と同様にして、実施例2および3のサンプルS2およびS3を製造した。ただし、この際、実施例2のサンプルS2では、導電処理層を形成する上記2.1.2.4の工程において、イオン化した混合ガスの照射時間を120秒とした。また、実施例3のサンプルS3では、導電処理層を形成する上記2.1.2.4の工程において、イオン化した混合ガスの照射時間を240秒とした。いずれのサンプルも他の条件は実施例1と同様の条件で行った。
【0070】
2.3 比較例1および2(サンプルR1およびR2)
上記の実施例により得られたサンプルと比較するために、比較例1および2のサンプルR1およびR2を製造した。比較例1のサンプルR1は、導電処理層を形成する2.1.2.4の工程において、TiO層の代わりにTiOy(y=1.7)層(層厚8nm)を成膜し、イオン化したガスは照射しなかった(イオンアシスト蒸着は実施しなかった)。
【0071】
具体的には、MERCK社製の蒸着材料(Patinal TitaniumOxide S TiO1.7)を用いた。電子ビーム加熱において真空中(真空容器110中)で材料を溶融し、蒸発させた。このとき、電子銃の加速電圧は6kV、電流は270mAとした。また、この際、チャンバー(真空容器)110内にはガスは導入せず、イオンアシストも行わなかった。TiO1.7の蒸気のみで導電処理層を成膜し、膜厚8nmのTiO1.7を成膜するのに要した時間は50秒であった。
【0072】
比較例2のサンプルR2は、導電処理層を形成する上記2.1.2.4の工程において、ターゲットとなるTiO2層の表面にアルゴンガスのみをイオン化させて照射した。この際、イオンガンにアルゴンガス(Arガス)を20sccmで導入した。いずれのサンプルも他の条件は実施例1と同様の条件で行った。
【0073】
3. サンプルS1〜S3およびR1〜R2の評価
上記により製造されたサンプルS1〜S3およびR1〜R2について、光吸収ロスおよび初期シート抵抗値をそれぞれ測定するとともに、帯電防止性(初期)および帯電防止性の耐久性をそれぞれ評価した。
【0074】
3.1 光吸収ロス(光の吸収損失)
上記により製造されたサンプルS1〜S3およびR1〜R2について、光吸収ロス(光の吸収損失)を測定した。光吸収ロスは、表面が湾曲していたりすると測定が難しい。このため、平行平板ガラスを基材とし、上記と同様の工程で導電処理層33を含む反射防止層3および防汚層4を備えたサンプルを用意して光吸収ロスを測定した。ただし、これらのサンプルではハードコート層は成膜しなかった。
【0075】
光吸収ロスは、分光光度計を用いて反射率と透過率を測定し、(A)式にて吸収率を算出した。測定には、日立製分光光度計U−4100を使用した。
吸収率(吸収損失)=100%−透過率−反射率 ・・・・(A)
【0076】
以下、吸収率は波長550nm付近の吸収率を記している。図4に測定結果をまとめて示している。実施例1〜3のサンプルS1〜S3および比較例1のサンプルR1の光吸収ロスは1%以下という小さな値であった。したがって、十分に透光性は高く、反射防止層3の透光性に大きな影響はないと考えられる。
【0077】
これに対し、ターゲットとなるTiO2層の表面にアルゴンガスのみをイオン化させて照射した比較例2のサンプルR2は、光吸収ロスが2.26%と高い値を示した。したがって、アルゴンおよび酸素の混合ガスをイオン化させて照射することにより光吸収ロスを低減できることがわかった。
【0078】
3.2 シート抵抗
上記により製造されたサンプルS1〜S3およびR1〜R2について、製造直後(1時間以内)、シート抵抗を測定した。図5(A)および(B)に、各サンプルのシート抵抗を測定する様子を示している。この例では、測定対象、例えば、レンズサンプル10の表面10Fにリングプローブ61を接触させて、レンズサンプル10の表面10Fのシート抵抗を測定した。測定装置60は、三菱化学(株)製高抵抗抵抗率計ハイレスタUP MCP−HT450型を使用した。使用したリングプローブ61は、URSタイプであり、2つの電極を有する。外側のリング電極61Aは、外径が18mm、内径が10mmであり、内側の円形電極61Bは、直径が7mmである。それらの電極間に100V〜10000Vの電圧を印加し、各サンプルのシート抵抗を計測した。
【0079】
図4に測定結果をまとめて示している。実施例1〜3のサンプルS1〜S3のシート抵抗は、それぞれ、1×1010[Ω/□]、4×108[Ω/□]、3×108[Ω/□]であった。これに対し、比較例1のサンプルR1のシート抵抗は、1×1012[Ω/□]であった。したがって、ターゲットとなるTiO2層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射して導電処理することにより、導電性があるといわれているTiOy(y=1.7)からなる導電処理層よりもさらにシート抵抗を1/102〜1/104程度下げることができることがわかった。
【0080】
一方、比較例2のサンプルR2のシート抵抗は、6×105[Ω/□]であり、さらに低抵抗化できる。しかしながら、上記で説明したように光吸収ロスが大きく、レンズ10の用途が、光吸収ロスが大きくてもよい用途、たとえば、サングラスなどに限定されてしまう恐れがある。
【0081】
レンズなどの光学物品の表面抵抗(シート抵抗)を低減することにより、幾つかの効果が得られる。典型的な効果は、帯電防止および電磁遮蔽である。眼鏡用のレンズにおける帯電防止性の有無の目安は、シート抵抗が1×1012[Ω/□]以下であるか否かであると考えられている。すなわち、シート抵抗が1×1012[Ω/□]以下であれば帯電防止性があるといえる。
【0082】
使用上の安全性などを考慮すると、上記の測定方法で測定されたシート抵抗が1×1011[Ω/□]以下であることがいっそう好ましい。サンプルS1〜S3は、上記の測定方法で測定されたシート抵抗が1×1011[Ω/□]以下であり、使用上安全であって、しかも、非常に優れた帯電防止性を備えているといえる。以下、帯電防止性およびその耐久性を評価した。
【0083】
3.2.1 帯電防止性(初期)
各サンプルの製造直後(作製当日)のシート抵抗を以下の基準で評価し、図4に纏めて示した。○、△、×の評価基準はそれぞれ以下の通りである。
○:1×1011[Ω/□]以下である
△:1×1011[Ω/□]を超えるが、1×1012[Ω/□]以下である
×:1×1012[Ω/□]を超える。
【0084】
この評価基準によれば、実施例1〜3のサンプルS1〜S3の評価は○、比較例1のサンプルS1の評価は△、比較例2のサンプルS2の評価は○であり、比較例1のサンプルR1を含め、帯電防止性を備えていることが分かる。
【0085】
3.2.2 帯電防止性の耐久性
各サンプルを60℃98%RHに保管し、シート抵抗の変化(劣化)を調べた。より具体的には、各サンプルのシート抵抗が1×1012[Ω/□]に達するまでの時間を計測し、その時間で耐久性を判断した。◎、○、△、×の評価基準はそれぞれ以下の通りである。
◎:350時間以上を要するもの
○:250時間以上350時間未満のもの
△:100時間以上250時間未満のもの
×:100時間未満のもの
【0086】
実施例1〜3のサンプルS1〜S3は100時間以上の耐久性を示し、さらに、実施例2〜3のサンプルS2〜S3は350時間以上の耐久性を示した。なお、比較例2のサンプルR2も350時間以上の耐久性を示し、この範囲で耐久性の差は表れなかった。いずれにしても、ターゲットとなるTiO2層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射し、導電処理層33を形成することにより、シート抵抗を下げることができ、帯電防止および電磁遮蔽の効果を得ることができ、さらにその効果を長時間にわたり維持できることがわかった。
【0087】
3.3 その他
実施例1〜3のサンプルS1〜S3について、耐薬品性およびむくみの評価を行った。
【0088】
3.3.1 耐薬品性(酸・アルカリに対する耐食性)
耐薬品性は、各サンプルの表面に傷をつけ、その後、薬液浸漬を行い、反射防止膜の剥がれの有無を観察することにより評価した。より具体的には、耐薬品性は、以下の擦傷工程および薬液浸漬工程を行い、評価した。
(1)擦傷工程
容器(ドラム)の内壁に評価用のサンプル10を4つ貼り付け、擦傷用として不織布とオガクズを入れた。そして、蓋をした後、ドラムを30rpmで30分間回転させた。
(2)薬液浸漬工程
人の汗を模した薬液(純水に乳酸を50g/L、塩を100g/L溶解した溶液)を用意した。(1)の擦傷工程を経たサンプル10を、50℃に保持した薬液に100時間浸漬した。
【0089】
上記の工程を経たサンプルを(1)および(2)の工程を行っていない基準のサンプルと比べて目視により評価した。実施例1〜3のサンプルS1〜S3および比較例1、2のサンプルR1、R2は、いずれも基準のサンプルと比較し傷がほとんど見えず、同等の透明性があった。したがって、これらのサンプルS1〜S3、R1およびR2は、いずれも耐薬品性(酸・アルカリに対する耐食性)が良好であることがわかった。
【0090】
3.3.2 むくみ(耐湿性)
耐湿性は、恒温恒湿度環境試験を行うことにより評価した。具体的には、作製した各サンプルS1〜S3およびR1、R2を恒温恒湿度環境(60℃、98%RH)で8日間放置し、以下の判定を行うことにより評価した。
【0091】
上記の恒温恒湿度環境試験を経た各サンプルの表面または裏面の表面反射光を観察し、むくみの有無を判断した。具体的には、各サンプルの凸面における蛍光灯の反射光を観察した。蛍光灯の反射光の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「むくみ無し」と判定した。一方、蛍光灯の反射光の像の輪郭がぼやけている、またはかすれて観察されるときは「むくみ有り」と判定した。
【0092】
実施例1〜3のサンプルS1〜S3および比較例1、2のサンプルR1、R2は、いずれも「むくみ無し」であった。すなわち、実施例1〜3のサンプルS1〜S3および比較例1、2のサンプルR1、R2は、いずれも耐湿性が良好であることがわかった。
【0093】
3.4 総合評価
以上より、実施例1〜3のサンプルS1〜S3は、帯電防止性およびその耐久性を示し、さらに、眼鏡レンズなどとしての使用に十分な程度の透明性を有していることがわかった。特に、実施例2〜3のサンプルS2〜S3は、帯電防止の耐久性が高いことがわかった。したがって、導電化処理(2.1.2.4)において、ターゲットとなるTiO2層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射する時間(イオンビーム照射時間)は、120秒以上であることがより好ましいと考えられる。
【0094】
さらに、導電処理層33の状態を確認するために、X線光電子分光(XPS)分析、二次イオン質量分析(SIMS)、反射率測定を行った。
【0095】
4.X線光電子分光法(XPS)
導電処理層33の表層域33aにおけるアルゴン濃度を確認するために実施例1〜3のサンプルS1〜S3に相当するXPS分析用のサンプルX1〜X3を製造し、XPS分析を行った。XPS分析用のサンプルX1〜X3は、図6に示すように、シリコンウエハー(Si(100))を基材とし、その上に、上記の実施例1〜3の導電処理層33の成膜条件(2.1.2.4)で導電処理層33を形成した。すなわち、酸素ガスを導入しながらイオンアシスト蒸着を行い、層厚8nmのターゲットのTiO2層を形成し、アルゴンガスおよび酸素ガスの混合ガスをイオン化して照射した。なお、シリコンウエハー(Si(100))は低効率が低いために導電層自身のシート抵抗が計測できない。したがって、ガラス基板の上に同様の過程で導電処理層33を成膜し、電気的性質を確認した。
【0096】
図7に、導電処理層33の成膜条件と、XPS分析により得られたアルゴンの原子数濃度(光電子の取出し角度は45°)と電気的特性とを示している。XPS分析において光電子の取出し角度が45°の結果は比較的導電処理層33の表層域33aの状態を反映していると考える。したがって、実施例1〜3のサンプルX1〜X3の導電処理層33の表層域33aにはアルゴン原子が2.0%以上存在していることがわかった。
【0097】
サンプルX1〜X3の電気的特性は、基材の相違などより電気抵抗の値そのものは異なるが、表面の電気抵抗(初期シート抵抗)の数値の傾向、電気抵抗の劣化性(帯電防止の耐久性)の傾向はサンプルR1〜R3と同じであった。これらの結果から、帯電防止性を得るためには、導電処理層33の表層域33aのアルゴン濃度、典型的にはXPS分析から求めたアルゴンの原子数濃度は2.0%以上が好ましいことがわかった。また、帯電防止性能の耐久性(電気抵抗の劣化性)を考慮すると、導電処理層33の表層域33aのアルゴン濃度は2.2%以上が好ましく、2.5%以上がさらに好ましいことがわかった。
【0098】
図8(a)および(b)に、サンプルX2のXPS分析により得られたスペクトルの一例を示している。図8(a)は、Ar2pスペクトル(光電子取出し角度45°)を示している。横軸は結合エネルギー(Bonding Energy)(eV)を示し、縦軸はカウントされた光電子の一秒当たり個数(c/s)を示す。また、参考までにターゲットのTiOを積層した状態のサンプルをXPS分析したときのスペクトルを破線で示している。参考のサンプルのXPS分析と比較し、サンプルX2ではアルゴンが表層域33aに含まれていることが分かる。
【0099】
図8(b)は、チタン原子からの光電子(Ti2p)のスペクトル(光電子取出し角度75°)を示す。横軸は結合エネルギー(Bonding Energy)(eV)、縦軸は規格化した光電子の強度(Normalized Intensity)である。また、参考までにターゲットのTiOを積層した状態のサンプルをXPS分析したときのスペクトルを破線で示している。図中の矢印で示した部分がTiO2状態のTiから放出された光電子(459eV付近の結合エネルギー)のスペクトルに加えて、低価数状態、すなわち、TiOy(0<y<2、典型的にはy=1.7)状態のTiから放出された光電子(457eV付近の結合エネルギー)のスペクトルが表れている部分である。したがって、サンプルX2においては、ターゲットのTiO2層にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化して照射することにより、表層域33aにアルゴンガスが存在し、少なくとも表層域33aに低価数状態のTi、すなわち、TiOx(0<x≦2)が存在する導電処理層33が形成されていることがわかる。
【0100】
5.二次イオン質量分析(SIMS)
導電処理層33の表層域33aにおけるアルゴン濃度を確認するために、さらに、実施例2のサンプルS2に相当するSIMS分析用のサンプルSM2を製造し、SIMS分析を行った。SIMS分析用のサンプルSM2は、図9に示すように、シリコンウエハー(Si(100))を基材とし、その上に、上記の実施例2の高屈折率層の成膜条件(2.1.2.3)で厚さ10nmのZrO2層32を形成し、さらに、導電処理層33の成膜条件(2.1.2.4)で導電処理層33を形成し、再び、厚さ10nmのZrO2層32を形成した。ただし、導電処理層33のターゲットのTiO2層の厚みを10nmにした。すなわち、厚み10nmのターゲットのTiO2層を形成し、アルゴンガスおよび酸素ガスの混合ガスをイオン化して照射して導電処理層33を形成した。
【0101】
SIMS分析用のサンプルSM2において、上部のZrO2層32は、導電処理層33の表面の汚染および酸化を抑制し、さらに、Arの離脱を抑制するためである。
【0102】
図10に、ArをターゲットとしたSIMS分析によるデプスプロファイル測定結果を示している。このSIMS分析においては、PHI/Adept−1010を用い、エッチング元素であるセシウムイオンを1.5kV、50nAでサンプルSM2に照射しエッチングされた成分を分析した。図10には、サンプルSM2のデプスプロファイルと、比較用に厚み10nmのTiO2層を形成しイオン化した混合ガスを照射していないサンプルのデプスプロファイル(破線)を示している。横軸は時間(seconds)、縦軸はカウントされたターゲットの二次イオン(40Ar+113Cs)イオン(173amu)の一秒当たり個数(c/s)を示している。
【0103】
カウントするターゲットの二次イオンは、(40Ar+113Cs)イオン(173amu)であるが(94Zr+46Ti+17O+16O)イオン(173amu)などのバックグラウンド(質量干渉)がある。図10に示すように、サンプルSM2のデプスプロファイルは、導電処理層33の表層域33aに相当する部分(150秒〜250秒のあたり)の比較的鋭いピークと、導電処理層33の全体に相当する部分(150秒〜400秒のあたり)の台形に近いピークとの合成であると考えられる。一方、比較用のサンプルのデプスプロファイルは、TiO2層の全体に相当する部分(150秒〜400秒のあたり)の台形に近いピークのみを備えている。したがって、導電層33およびTiO2層の全体に相当する部分(150秒〜400秒のあたり)の台形に近いピークはバックグラウンドのピークであり、表層域33aに相当する部分(150秒〜250秒のあたり)の比較的鋭いピークが(40Ar+113Cs)イオンのピークであると考えられる。したがって、アルゴンのピークは、SMIS分析のデプスプロファイルを、導電層33およびTiO2層の深部に相当する部分に表れる台形に近いピークの後半部により規格化(ノーマライズ)することにより判明することがわかる。
【0104】
以上より、導電処理層33の表層側(表層域)33aのアルゴン濃度は導電処理層33の深部(光学基材側)33bのアルゴン濃度よりも高いことがわかった。導電処理層33のアルゴン濃度に傾斜または段差があることは、導電処理層33を表面から深さ方向にSIMS(二次イオン質量)分析した際のスペクトルにおいてアルゴンのピークが表層側(表層域)33aに表れることで確認できる。また、SIMS分析では、導電処理層33のアルゴンの原子量に該当するスペクトル、すなわち上記の173amuのデプスプロファイルにおいて、光学基材側の深部33bの値によりノーマライズした際のピークが表層側の表層域33aに表れる。
【0105】
6.反射率変化の測定
導電処理層33を形成する際に、混合ガスをイオン化して照射する際の層の状態変化を確認するために、さらに、実施例3のサンプルS3に相当する反射率変化測定用のサンプルSL3を製造し、反射率の変化を測定した。サンプルSL3は、図11に示すように、白色ガラス(ショット社製B270)を基板に用い、その上に、導電処理層33の成膜条件(2.1.2.4)で導電処理層33を形成した。すなわち、サンプルSL3は厚み8nmのターゲットのTiO2層を形成したものであり、実施例3と同じ条件でアルゴンガスおよび酸素ガスの混合ガスをイオン化して照射して導電処理層33を形成する過程の反射率の変化を測定した。
【0106】
図12に、反射率の計測結果を示している。反射率の測定には、光学式膜厚計(シンクロン社製OPM−8)を用い、波長440nmの光の反射率を測定した。なお、光の入射角度は基板の法線となす角度が5°になるように設定した。この測定における光の反射率は、導電処理層33の透過性を示すものではなく、イオン化したガスを照射しながら導電処理層33の物理的な性質の変化の有無を確認するための手段である。したがって、反射率の時間による相対的は変化が測定できればよい。したがって、図12には、照射開始時の反射率を100として、その後の反射率の変化を示している。
【0107】
図12に示すように、反射率はイオン化された混合ガス(Ar: O2=16.5:3.5)の照射開始後、約30秒で急激に低下し、その後、約100秒程度まで緩やかに低下することがわかった。また、反射率は照射開始後約100秒でほぼ一定になり、約120秒後からは変化が殆ど見られないことがわかった。図4に示した実施例1〜3の結果、および図7に示したXPS分析の結果も加味すると、混合ガスのイオンビームを30秒程度照射すると、表層域33aのアルゴン濃度はかなり急激に上昇し、100秒程度照射するとほぼ一定になり、さらに120秒程度以上照射してもそれほど濃度は上昇しないと考えられる。
【0108】
したがって、導電処理層33を形成する際の条件においては、混合ガスをイオン化して照射する時間(イオンビームの照射時間)は30秒以上が好ましく、100秒以上がさらに好ましく、120秒以上がさらに好ましいことがわかった。なお、イオンビームを300秒以上照射すると、導電処理層33を含め、サンプルの温度が数10度を超え、プラスチック基材の場合は耐熱温度を超える可能性がある。また、照射時間が120秒を超えてもアルゴンの濃度はほとんど上昇しないと考えられる。したがって、イオンビームの照射時間は300秒以下であることが好ましい。
【0109】
7. 他の実施例
7.1 実施例4〜9(サンプルS4〜S9)
実施例1のサンプルS1と同様にして、実施例4〜9のサンプルS4〜S9を製造した。なお、実施例4〜9においては、導電処理層の成膜(2.1.2.4)においてターゲットとなるターゲットとなるTiO2層の層厚をそれぞれ変更し、混合ガスをイオン化して照射する時間(イオンビーム照射時間)をすべて120秒とした以外は実施例1と同じ条件でサンプルS4〜S9を製造した。サンプルS4のTiO2層の層厚は4nm、サンプルS5のTiO2層の層厚は6nm、サンプルS6のTiO2層の層厚は8nm、サンプルS7のTiO2層の層厚は10nm、サンプルS8のTiO2層の層厚は12nm、サンプルS9のTiO2層の層厚は15nmである。
【0110】
7.2 サンプルS4〜S9の評価
図13に実施例4〜9のサンプルS4〜S9の製造条件と評価結果とをまとめて示している。サンプルS4〜S9については、光吸収ロスおよび初期シート抵抗値をそれぞれ測定するとともに、帯電防止性(初期)および帯電防止性の耐久性をそれぞれ評価した。なお、各種の測定および評価は、サンプルS1〜S3で行ったものと同様であり、以降では説明を省略する。
【0111】
実施例4〜9のサンプルS4〜S9の光吸収ロスは、それぞれ、0.23%、0.49%、0.74%、0.91%、1.1%、1.4%であり、光吸収ロスは1%前後の範囲に収まることがわかった。サンプルS4〜S9のシート抵抗は、それぞれ、5×1010[Ω/□]、1×109[Ω/□]、3×108[Ω/□]、2×108[Ω/□]、1×108[Ω/□]、8×107[Ω/□]であり、いずれも良好な帯電防止性を示す値(1×1011[Ω/□])以下であった。サンプルS4〜S9は、いずれも、優れた初期帯電防止性を備えており、また、良好な耐久性を示した。特に、層厚が6nm以上のサンプルは帯電防止性の耐久性が高く、層厚8nm以上のサンプルは帯電防止性の低下が認められなかった。
【0112】
したがって、導電処理層33を形成する際の条件においては、混合ガスをイオン化して照射するターゲットとなるTiO2層の厚み、すなわち、導電処理層33の厚みは、4nm以上が好ましく、5nm以上がさらに好ましく、6nm以上がいっそう好ましく、8nm以上がもっとも好ましいことがわかった。なお、導電処理層33を他の組成の高屈折率層に対して独立して設ける場合は、吸収ロスや多層構造の反射防止膜の光学的特性への影響を考えると、ターゲットとなるTiO2層の厚み、すなわち、導電処理層33の厚みは15nm以下であることが好ましい。
【0113】
なお、実施例4〜9のサンプルS4〜S9についても、耐薬品性およびむくみについて実施例1〜3のサンプルS1〜S3と同様に評価した。耐薬品性およびむくみの評価はいずれも○であった。
【0114】
(第2の実施形態)
図14に、異なるタイプの反射防止層に本発明を適用した例を示している。このレンズ(光学物品)10bも、レンズ基材(光学基材)1と、レンズ基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成された多層構造の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含む。
【0115】
図15に、以下に説明する実施例10および比較例3のサンプルの層構造を示している。反射防止層3は7層構造であり、SiO2からなる低屈折率層31と、TiO2からなる高屈折率層32とを、低屈折率層31が4層分、高屈折率層32が3層分となるように、交互に積層されている。最下段の高屈折率層(第2層)32が第1の層(導電層、導電処理層)33を兼ねており、導電処理層33が同系の組成の高屈折率層の表面側に作りこまれた例である。
【0116】
8. 実施例10(サンプルS10)、実施例11(サンプルS11)
実施例10および11では、低屈折率層および高屈折率層の成膜(2.1.2.3)および導電処理層の成膜(2.1.2.4)を除き、実施例1と同様にサンプルS10およびS11を製造した。サンプルS10およびS11の反射防止層3では、第1層、第3層、第5層および第7層が低屈折率のSiO2層31であり、これらについては層厚を図15(a)および(b)に示した値に設定した以外は、実施例1の低屈折率層の成膜(2.1.2.3)と同じ条件で成膜した。
【0117】
サンプルS10の反射防止層3の第2層、第4層および第6層は高屈折率のTiO2層32であり、これらについては実施例1の導電処理層の成膜(2.1.2.4)のイオンビーム照射のターゲットとなるTiO2層と同様の条件で成膜した。すなわち、酸素ガスを導入しながらイオンアシスト蒸着を行い、TiO2層を成膜した。成膜レートは0.4nm/secとし、電子銃の加速電圧は7kV、電流は360mAとした。イオンアシストの条件は、イオン種が酸素、イオンアシスト電圧は500eV、電流は150mAである。第2層、第4層および第6層の層厚は、それぞれ、13.3nm、46.0nm、37.5nmとなるように管理した。
【0118】
8.1 導電処理層の形成
サンプルS10の反射防止層3を形成する過程において、第2層(最下層の高屈折率層)のTiO2層32を成膜したのち、その表面に、混合ガスの比率と照射時間とを除き、実施例1の導電処理層の成膜(2.1.2.4)と同じ条件でアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化して照射した。イオンガンに導入した混合ガスはアルゴンガス(Arガス)を15sccm、酸素ガス(O2ガス)を5sccm含み、混合比は3:1である。また、イオンビームの照射時間は120秒である。
【0119】
サンプルS11の反射防止層3を形成する過程において、第6層(最上層の高屈折率層)のTiO2層32を成膜したのち、その表面に、混合ガスの比率と照射時間とを除き、実施例1の導電処理層の成膜(2.1.2.4)と同じ条件でアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化して照射した。イオンガンに導入した混合ガスはアルゴンガス(Arガス)を10sccm、酸素ガス(O2ガス)を10sccm含み、混合比は1:1である。また、イオンビームの照射時間は120秒である。
【0120】
混合ガスのアルゴンガスと酸素ガスとの比率(混合比)は、10:1から1:2の範囲が好ましい。混合比が10:1を上回るとアルゴンが増え過ぎて欠陥形成が進み、酸素が少なくて欠陥回復が遅れるので透明度が下がり易い。一方、混合比が1:2を下回るとアルゴンが少なすぎて帯電防止性能が得られにくい。混合比は5:1から1:1の範囲がより好ましい。なお、導電処理を行う高屈折率のTiO2層32は、最下層(第2層)、最上層(第6層)第に限定されない。
【0121】
9. 比較例3(サンプルR3)、比較例4(サンプルR4)
上記のサンプルS10と比較するために、比較例3、比較例4のサンプルR3、R4を用意した。比較例3のサンプルR3、比較例4のサンプルR4は実施例10、実施例11と同様に製造され、導電処理層の形成(8.1)は行わなかった。
【0122】
10. サンプルS10およびR3、サンプルS11およびR4の評価
図16(a)に、サンプルS10とサンプルR3の製造条件および評価結果をまとめて示している。また、図16(b)に、サンプルS11とサンプルR4の製造条件および評価結果をまとめて示している。上記により製造されたサンプルS10、S11とサンプルR3、R4とについて、光吸収ロスおよび初期シート抵抗値をそれぞれ測定するとともに、帯電防止性(初期)および帯電防止性の耐久性をそれぞれ評価した。各種の測定および評価は、サンプルS1〜S3で行ったものと同様にして行った。
【0123】
実施例10のサンプルS10の光吸収ロスは0.75%であり、十分に透光性は高く、比較例3のサンプルR3と性能的な差は少なかった。実施例10のサンプルS10のシート抵抗は1×109[Ω/□]であり、帯電防止性の評価基準(1×1011[Ω/□])以下であり、帯電防止性の評価は○であった。また、帯電防止性の耐久性も備えていた。一方、比較例3のサンプルR3のシート抵抗は1×1013[Ω/□]であり、帯電防止性の評価は×であった。
【0124】
実施例11のサンプルS11の光吸収ロスは0.90%であり、十分に透光性は高く、比較例4のサンプルR4と性能的な差は少なかった。実施例11のサンプルS11のシート抵抗は2×109[Ω/□]であり、帯電防止性の評価基準(1×1011[Ω/□])以下であり、帯電防止性の評価は○であった。また、帯電防止性の耐久性も備えていた。一方、比較例3のサンプルR4のシート抵抗は1×1013[Ω/□]であり、帯電防止性の評価は×であった。
【0125】
なお、実施例10、11のサンプルS10、S11および比較例3、4のサンプルR3、R4についても、耐薬品性およびむくみについて実施例1〜3のサンプルS1〜S3と同様に評価した。耐薬品性およびむくみの評価はいずれも○であった。
【0126】
11. まとめ
TiO(0<z<2)が導電性を示すことは以前から知れているが、この材料は、酸素欠損(欠陥)がキャリアとなって導電性を発現している。しかしながら、再結合し欠陥濃度が減少していくと共に導電性も低下していく。安定なTiO膜を得るためには膜厚を厚くするか、zの値を小さくすることで可能であるが、その分、透明性が低下してしまうという問題があった。そのために、透明性を必要とする帯電防止膜(眼鏡レンズ等)への適応は困難であった。
【0127】
本発明においては、以上に説明したように、比較的膜厚(層厚)の小さなTiO2層をターゲットとしてアルゴンガスおよび酸素ガスの混合ガスをイオン化して照射することにより表面の電気抵抗を低下でき、導電性を備えた、低抵抗の層(導電処理層、第1の層)33が形成できることがわかった。製造された導電処理層33は表面側(表層域)33aのアルゴン原子の濃度が基材側(深部)33bよりも高いことがSIMS分析により確認できた。したがって、導電処理層33においては、TiO2を含むターゲット層の表面に、アルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射することにより、表層域33aに酸素欠陥(酸素欠損)が形成され、表層域33aの酸素欠損がキャリアとなって導電性を発現していると考えられる。さらに、イオン化された混合ガス中の酸素イオンにより、アルゴンイオンによる酸素欠損が適宜修正され大幅な光透過性の低下が抑制され、さらに、アルゴン原子が表層域33aに捕らわれた状態となるのを補助していると考えられる。したがって、アルゴン原子が表層域33aに安定して存在し、帯電防止性を長期間にわたり維持できる導電処理層33を形成できると考えられる。
【0128】
すなわち、導電処理層33の表層域33aにおいては、TiO2薄膜中に局在した状態でアルゴン原子が存在しており、その付近にはTiO(0<z<2)からなる4価以下のチタンが存在していると考えられる。さらに、アルゴン原子が安定して存在しているので、TiOも安定して存在し、導電性も安定して発現していると考えられる。また、この導電処理層33は眼鏡レンズとして、透明性、導電膜、耐久性を十分に兼ね備えたものである。
【0129】
したがって、導電処理層33を反射防止膜3の中に含めることにより、帯電防止機能、電磁波遮断機能などの導電性を発現させることにより得られる効果・機能を備えたレンズを提供できる。
【0130】
本明細書において開示した低抵抗化の処理(導電化の処理)は、導電処理層および導電処理層を含む機能的な層の光学的な機能にほとんど影響を与えない処理であり、さらに、新たに光学的に影響の大きな厚みの導電層を積み上げることも不要な処理である。たとえば、帯電防止性能を得るなどの目的で、耐薬品性および耐湿性の劣化の要因になるITO層を形成する必要はなく、反射防止層を形成するための多層膜の膜設計を変える必要も基本的にはない。さらに、従来の反射防止層の構成、材料および蒸着プロセスをほとんど変えずに、表面抵抗を下げることができる。したがって、多種多様な光学物品に対し、低コストで容易に適用できる低抵抗化の処理である。
【0131】
上記の実施例で示した反射防止層の層構造は幾つかの例にすぎず、本発明がそれらの層構造に限定されることはない。例えば、3層以下、あるいは9層以上の反射防止層に適用することも可能であり、低抵抗化の処理を施す層は1つの層に限定されない。また、反射防止層の高屈折率層と低屈折率層との組み合わせは、TiO2/SiO2、ZrO2/SiO2に限定されることはなく、Ta25/SiO2、NdO2/SiO2、HfO2/SiO2、Al23/SiO2などであってもよく、それらの系のいずれかの層の表層を処理することが可能である。さらに、無機系の反射防止層のみではなく、有機系の反射防止層にも本発明は適用可能である。
【0132】
この光学物品(レンズ)10を備えた物品(製品)あるいはシステムの一例としては、眼鏡を挙げることができる。図17に、イオン照射により帯電防止機能が高められた眼鏡レンズ10と、その眼鏡レンズ10が装着されたフレーム201とを含む眼鏡200を示している。
【0133】
また、以上では光学物品の例として眼鏡レンズを例に説明しているが、本発明は眼鏡レンズに限定されない。本発明の異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を通して画像を投影および/または取得する装置とを有するシステムである。投影するための装置を含むシステムの典型的なものはプロジェクターである。この場合、光学物品の典型的なものは、投射用のレンズ、ダイクロイックプリズム、カバーガラスなどである。画像形成装置の1つであるLCD(液晶デバイス)などのライトバルブあるいはそれらに含まれる素子にこの技術を適用してもよい。カメラなどの光学物品を通して画像を取得するためのシステムに適用することも可能である。この場合、光学物品の典型的なものは、結像用のレンズ、カバーガラスなどである。撮像装置の1つであるCCDなどにこの技術を適用してもよい。また、DVDなどの光学物品を介して情報源にアクセスする情報記録装置にこの技術を適用してもよい。
【符号の説明】
【0134】
1 レンズ基材、 2 ハードコート層、 3 反射防止層、 4 防汚層
10(10a、10b) レンズサンプル
33 第1の層、 33a 第1の層の表層域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材と、
前記光学基材の上に直にまたは他の層を介して形成された、TiOx(0<x≦2)を含む透光性の第1の層とを有し、
前記第1の層の表層側のアルゴン濃度が前記第1の層の光学基材側のアルゴン濃度よりも高い、光学物品。
【請求項2】
請求項1において、前記第1の層を表面から深さ方向に二次イオン質量分析した際のスペクトルにおいてアルゴンのピークが前記表層側に表れる、光学物品。
【請求項3】
請求項2において、前記第1の層のアルゴンの原子量に該当するスペクトルを前記第1の層の光学基材側の値によりノーマライズした際のピークが前記表層側に表れる、光学物品。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、前記第1の層の表層側のXPSによるアルゴン原子濃度は、少なくとも2.0%である、光学物品。
【請求項5】
請求項4において、前記アルゴン原子濃度が少なくとも2.5%である、光学物品。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかにおいて、前記第1の層の層厚は、少なくとも4nmである、光学物品。
【請求項7】
請求項6において、前記第1の層の層厚は、少なくとも8nmである、光学物品。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれかにおいて、当該光学物品は、多層構造の反射防止層を有するものであり、前記第1の層は、前記多層構造の反射防止層に含まれる層である、光学物品。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれかにおいて、前記第1の層の上に、直にまたは他の層を介して形成された防汚層をさらに有する、光学物品。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれかにおいて、前記光学基材は、プラスチックレンズ基材である、光学物品。
【請求項11】
請求項10に記載の光学物品を有し、当該光学物品は眼鏡レンズであり、
さらに、前記眼鏡レンズが装着されたフレームを有する、眼鏡。
【請求項12】
光学基材の上に直にまたは他の層を介して、TiO2を含む透光性のターゲット層を形成することと、
前記ターゲット層の表面にアルゴンガスと酸素ガスとの混合ガスをイオン化させて照射することとを有する、光学物品の製造方法。
【請求項13】
請求項12において、前記ターゲット層は多層構造の反射防止層に含まれる1つの層である、光学物品の製造方法。
【請求項14】
請求項12ないし13のいずれかにおいて、前記混合ガスをイオン化させて照射する時間は、30秒から300秒の範囲である、光学物品の製造方法。
【請求項15】
請求項12ないし14のいずれかにおいて、前記混合ガスのアルゴンガスと酸素ガスとの比が10:1から1:2の範囲である、光学物品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−32690(P2012−32690A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−173381(P2010−173381)
【出願日】平成22年8月2日(2010.8.2)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】