説明

分光光度計用セル

【課題】分光光度計用のセルであって、厚みがマイクロメートルオーダーであり、かつ、光路長が無段階で可変のセルを実現する。
【解決手段】分光光度計用セル3は、2枚の光透過部材31a、31bを有し、これら光透過部材31a、31bはフッ化物のイオン結晶材からなる平板状である。枠材32の左右面は溶液通路となる開口が形成され、この開口の中央部付近に通路形成用部材35が配置され、枠材32の左右面に光透過部材31a、31bが固定される。枠材32の左右端面は略台形状であり、上面側端面32aは、下上面側端面32bより厚みが小である。枠材32の左右端面には溶液入口孔33と溶液出口孔34が形成される。この分光光度計用セル3の厚み(光路長)は、例えば、上端部で0.005mm、下端部で0.04mm程度の非常に薄いものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分光光度計の測定試料の吸光度を測定するためのセルに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から利用されている分光光度計において、未知の試料の吸光度を測定するために、その試料は、溶液セルを通過させられる。この溶液セルは、一定の光路長を持っており、一般的には光路長が10mmの角セルが使用される。
【0003】
吸光度測定では、相対誤差を小さくするために、最適の吸光度が得られる試料濃度での測定が求められる。試料を測定した後、測定した試料の吸光度が測定レンジより高い場合は、その試料を希釈するか、若しくは、光路長の短いセルに交換する必要がある。
【0004】
また、測定した試料の吸光度が、測定レンジより低い場合は、その試料を濃縮するか、若しくは、光路長の長いセルに交換する必要があった。
【0005】
そこで、特許文献1には、セルの形状を階段状に加工することにより複数の光路長を有することが可能なセルが記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、セルの側壁を傾斜状に形成し、上部から下部に向かうに従って光路長が大となる任意可変の光路長を有するセルが記載されている。
【0007】
これらのセルを使用する事により、上述のような試料の希釈や濃縮、セルの交換といった操作からは解放される。
【0008】
【特許文献1】特開平8−313429号公報
【特許文献2】特開昭51−109882号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、イオンの溶けた水溶液等の真空紫外域や赤外域を測定する場合、水等の溶媒自体の光吸収度が高いため、セルの厚みにより光が試料を通過しないことが考えられる。
【0010】
このため、試料セルの厚みは、マイクロメートルオーダーのものが必要となる。
【0011】
ここで、厚みがマイクロメートルオーダーのセルを特許文献2に記載されているように、セルの側壁を傾斜状に形成し、任意可変の光路長とすれば、従来技術と同様に、試料の希釈や濃縮、セルの交換といった操作からは解放される。
【0012】
しかしながら、真空紫外域や赤外域用のセルをガラス材やプラスチック材で構成することは透過率の問題から非常に困難であり、さらに、マイクロメートルオーダーの厚みが薄いものを、特許文献2に記載されているように、傾斜状に形成することは非常に困難である。
【0013】
また、従来技術が対象とするような寸法のセルであれば、測定に使用した光路長をノギス等により正確に測定することが可能であるが、厚みがマイクロメートルオーダーのセルの場合には、光路長が短いため、測定点における光路長を実測することは非常に困難である。
【0014】
したがって、従来技術においては、厚みがマイクロメートルオーダーであり、かつ、光路長が無段階で可変のセルを実現することができなかった。
【0015】
本発明の目的は、分光光度計用のセルであって、厚みがマイクロメートルオーダーであり、かつ、光路長が無段階で可変のセルを実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するため、本発明は、次のように構成される。
【0017】
(1)分光光度計に用いられ、試料液を内部に通過させ、内部に通過させた試料液に測定光が透過される、分光光度計用セルにおいて、イオン結晶材から形成される平板状の2つの光透過部材と、開口が形成され、上記2つの光透過部材が互いに対向して固定される左右面部と、ほぼ台形状の互いに対向する2つの端面部と、端面部の一方に形成される溶液入口孔と、端面部の他方に形成される溶液出口孔とを有する枠部材と、を備える。
【0018】
(2)好ましくは、上記(1)において、上記光透過部材は、フッ化物のイオン結晶材である。
【0019】
(3)上記(1)または(2)の分光光度計用セルを用いて、試料の吸光度を測定する分光光度計において、モル吸光係数が既知の標準液を上記分光光度計用セルに満たし、吸光度と光路長の関係から、上記分光光度計用セルの光透過位置と光路長との関係が予め測定され、測定された試料の吸光度に基づいて、上記分光光度計用セルの光透過位置を変更するか否かを判断する演算部を備える。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、分光光度計用のセルであって、厚みがマイクロメートルオーダーであり、かつ、光路長が無段階で可変のセルを実現することができる。
【0021】
また、上記厚みがマイクロメートルオーダーであり、かつ、光路長が無段階で可変のセルを用いた分光光度計を実現することができる。
【0022】
光路長任意可変セルを用いるため、測定に最適な濃度への試料の濃縮や希釈の手間が省け、その測定部位における光路長を知ることができることから未知試料のモル吸光係数を簡単に求めることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態を添付図面を参照して説明する。
まず、本発明が適用される分光光度計の概略構成について説明する。
【0024】
吸光度及び吸収スペクトルを測定する装置は種々の型があるが、その基本構成は、図1に示すように、分光光度計は、光源1と、モノクロメータ2と、光路長可変セル3と、光検出器4と、増幅器5と、演算及び信号表示装置6とを備えている。セル3はフローセルであり、試料10の流入、流出(充填、排出)が可能となっている。
【0025】
光源1により放射された光は、モノクロメータ2に入り、単色光束7になって、セル3を通過し、光検出器4に入る。この光検出器4に入った光は、電気信号9に変換され、増幅器5で増幅される。そして、増幅器5で増幅された信号は、演算及び信号表示装置6に供給され、この演算及び信号表示装置6により測定結果として表示される。
【0026】
上述した一連の測定動作の流れにおいて、セル3を通過するとき試料による光の吸収は、ランベルト−ベールの法則の式(1)に従う。
【0027】
A = log(I/ I )=ε×c× L … 式(1)
上記式(1)において、Aは吸光度、I は入射光束の強度、Iは透過した後の光束の強度、εはモル吸光係数(M−1cm−1)、cは試料の濃度(M)、Lは液層の長さ(光路長(cm))である。
【0028】
通常の吸光度測定では、光路長が10mmの角セルが使用されるが、このセルの材質は、通常、石英やガラスやプラスチックである。
【0029】
ここで、イオンの溶けた水溶液を測定する場合、波長測定領域が真空紫外域や赤外域となるため、上述したように、セルの厚みがマイクロメートルオーダーのものが必要となる。
【0030】
また、セルの材質を、例えば、フッ化物のイオン結晶材料(例えば、MgF、CaF)とすれば、真空紫外域、赤外域の光を透過するため適している。
【0031】
しかしながら、フッ化物のイオン結晶材料は、ガラス材やプラスチック材とは異なり、自由成形が困難で、単純な平板形状に制限されてしまう。
【0032】
したがって、フッ化物のイオン結晶材料のみでは、光路長が無段階で可変のセルを製作することはできない。
【0033】
そこで、本発明においては、光の透過部分を平板状のフッ化物のイオン結晶材料で形成し、光路長が無段階で可変となるように、フッ化物のイオン結晶材を固定する枠材を、自由成型が可能なガラス材またはプラスチック、金属等で形成する。
【0034】
図2は、本発明による分光光度計用セル3の分解斜視図、図3は、光透過方向と略直交する方向から見た分光光度計用セル3の外観図である。
【0035】
図2の(A)に示すように、分光光度計用セル3は、2枚の光透過部材31a、31bを有している。これら光透過部材31a、31bは、フッ化物のイオン結晶材からなる平板状のものである。
【0036】
また、図2の(B)に示すように、枠材32は、左右面は溶液通路となる開口が形成され、この開口の中央部付近に通路形成用部材35が配置されている。枠材32の左右面に光透過部材31a、31bが固定される。
【0037】
また、図3にも示すように、この枠材32の左右端面は略台形状となっており、上面側端面32aは、下上面側端面32bより厚みが小となっている。
【0038】
さらに、この枠材32の左右端面には、溶液入口33と、溶液出口34が形成されている。これにより、溶液は、図2の(B)に示す矢印の方向に流れる。
【0039】
この分光光度計用セル3の厚み(光路長)は、例えば、上端部で0.005mm、下端部で0.04mm程度の非常に薄いものである。
【0040】
したがって、この分光光度計用セル3の厚み(光路長)を、ノギス等により実測することは非常に困難である。
【0041】
そのため、本発明においては、モル吸光係数が既知もしくは算出済みの試料を溶解したサンプル(標準溶液)を用いて光路長を算出する。以下にモル吸光係数の算出方法を説明する。
【0042】
図5は、未知試料のモル吸光係数を測定する動作フローチャートである。
まず、光路長が既知であり、それぞれ光路長が異なるセルを複数用意し、測定波長域に吸収極大を持つような化合物(臭化カリウムを例とする(波長λmax=187nm))の溶液を、光路長既知の複数のセルに入れ、吸光度の差を測定する(ステップS1、S2、S3、S4)。
【0043】
そして、光路長と吸光度との関係を求める。
【0044】
臭化カリウム水溶液を用いて光路長と吸光度との関係を求めた結果の一例を図4に示す。上記式(1)のランベルト−ベールの法則を変形すると、式(2)が得られる。つまり、図4に示すグラフで得られた検量関係の傾きに、標準試料のモル濃度で割った値が目的のモル吸光係数となる。臭化カリウムでは、ε=1.50×10 (λ=187nm)が得られた。
【0045】
ε = (A /L)/c … 式(2)
次に、本発明の光路長任意可変セル3に、モル吸光係数を算出した標準溶液を加え、測定したい光路長の部分でセルを固定し、溶媒のみを入れた時との吸光度の差を測定する。得られた吸光度値より先に求めたモル吸光係数と、標準溶液のモル濃度から測定部位の光路長が算出できる(ステップS5、S6)。
【0046】
ある部位にて、2mMの臭化カリウム水溶液を用いて測定した結果、吸光度0.45が得られた場合の光路長は、ランベルト−ベールの法則から、150マイクロメートルと算出することが可能である。
【0047】
以上のように、光路長の算出結果から、未知試料の濃度が既知であれば化合物の物性を見極めるのに重要なモル吸光係数を算出することができる(ステップS7)。
【0048】
そして、図1に示した演算及び信号表示装置6は、測定された試料の吸光度に基づいて、分光光度計用セル3の光透過位置を変更するか否かを判断し、その結果を標示する。その表示に従って、光透過位置を変更することができる。
【0049】
この場合、分光光度計用セル3の光透過位置を変更する機構を設け、演算及び信号表示装置6の制御に基づき、自動的に分光光度計用セル3の光透過位置を変更することもできる。
【0050】
なお、光路長任意可変セル3の厚み(光路長)は、上端部で0.005mm、下端部で0.04mm程度としたが、上端部で0.005mm、下端部で0.1mm程度とすることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明が適用される分光光度計の概略構成図である。
【図2】本発明の一実施形態である分光光度計用セルの分解斜視図である。
【図3】光透過方向と略直交する方向から見た分光光度計用セルの外観図である。
【図4】光路長と吸光度との関係を示す特性グラフである。
【図5】未知試料の吸光係数を測定する動作フローチャートである。
【符号の説明】
【0052】
1 光源
2 モノクロメータ
3 光路長可変セル
4 光検出器
5 増幅器
6 演算及び信号表示装置
31a、31b 光透過部材
32 枠材
32a 上面側端面
32b 下面側端面
33 溶液入口
34 溶液出口
35 通路形成用部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分光光度計に用いられ、試料液を内部に通過させ、内部に通過させた試料液に測定光が透過される、分光光度計用セルにおいて、
イオン結晶材から形成される平板状の2つの光透過部材と、
開口が形成され、上記2つの光透過部材が互いに対向して固定される左右面部と、ほぼ台形状の互いに対向する2つの端面部と、端面部の一方に形成される溶液入口孔と、端面部の他方に形成される溶液出口孔とを有する枠部材と、
を備えることを特徴とする分光光度計用セル。
【請求項2】
請求項1記載の分光光度計用セルにおいて、上記光透過部材は、フッ化物のイオン結晶材であることを特徴とする分光光度計用セル。
【請求項3】
請求項1または2記載の分光光度計用セルを用いて、試料の吸光度を測定する分光光度計において、モル吸光係数が既知の標準液を上記分光光度計用セルに満たし、吸光度と光路長の関係から、上記分光光度計用セルの光透過位置と光路長との関係が予め測定され、測定された試料の吸光度に基づいて、上記分光光度計用セルの光透過位置を変更するか否かを判断する演算部を備えることを特徴とする分光光度計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−234551(P2006−234551A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−49032(P2005−49032)
【出願日】平成17年2月24日(2005.2.24)
【出願人】(000233550)株式会社日立ハイテクサイエンスシステムズ (112)
【Fターム(参考)】